88. ごわごわ ご む 靴 - 櫻 間中 庸
ごわごわ ご む 靴 - 櫻 間中 庸
山 と 山 と の 間 に 小さい 川 が あります 。 川 に は 、 澄みき つた 水 が 流れて ゐま す 。 川 の 底 に は 白くて 丸い 石 が 卵 の や う に 重なり合 つて ゐて 、 水 が 小石 にぶ つつ かつて 、 こ ぽり 、 こ ぽり と 音 を たてて ゐま す 。 ・・
「 ぽつ ちや り 」 と 何だか 黒い かたまり が 水 の 中 に 入 つて きました 。 ・・
ゆら 、 ゆら 、 ゆら 、・・
黒い ごわごわした かたまり は 川 の 底 まで ゆきました 。 ・・
こ ぽり 、 こ ぽり 、 こ ぽり 。 ・・
流れ が はやい ので 、 ごわごわ は 、 くるり くるり と お腹 を 見せたり 背中 を 見せたり こ ぽり こ ぽり と 流れて ゆきました 。 ・・
大きな 石 の ところ で 、 ごわごわ は やつ と とまりました 。 ・・
大きな 口 を あいて 水 を 飮 んで ゐま す 。 背中 は 太い 紐 で しば つて あります 。 ・・
黒い ごわごわ は 何で せ う 。 ・・
ああ 。 正雄 君 の ご む 靴 です 。 さ う です 。 今 さつき 正雄 君 が 栗 の 木 に 昇る とき 、 靴 を はいて ゐて は うまく 昇れ ない ので 栗 の 木 の 根 もと で ぬいだ とき 、 ころころ 轉 んで 、 ぽつ ちや り と 水 の 中 に 落ちた のです 。 ・・
正雄 君 は 知りません 。 ・・
栗 の 木 に は 、 とても 澤山 、 栗 が 實 つて ゐま す 。 いがい が の 中 から 、 い ゝ 色 の 栗 の 實 が 、 いく つ も いく つ も のぞいて ゐま す 。 ・・
正雄 君 は 一生懸命 、 栗 の 木 に 昇 つて ゐま す 。 ・・
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黒い ごわごわ ご む 靴 は 、 大きな 口 を あいて お腹 一 ぱい 水 を 飮 みました 。 ・・
めだか の 子供 が 友達 と 大ぜい で 寄つ てきました 。 めだか は 小さい 口 で ツイツイ と つついて みました 。 ・・
「 お 菓子 ぢや ない ね 」・・
「 つまらない な 」・・
めだか の 子供 は みんな 、 ちよ つと つついて みて 、 ツイツイ と あちら へ 泳いで ゆきました 。 ・・
どん この を ぢ さん が 眼 を 、 きよ と きよ と さ せて 、 小石 と 小石 の 間 から 出て きました 。 ・・
「 へんな もの が ゐる ぞ 」・・
さ う 言 つて 、 大きな 口 で 、 ぶ う 、 と ごわごわ ご む 靴 に ぶつ つかりました 。 ・・
ぽこ ん 、 と ご む 靴 は はね か へりました 。 どん この を ぢ さん は 驚いて どこ か へ 逃げて ゆきました 。 ・・
しばらく 誰 も きません でした 。 ・・
お 日 樣 が 、 水 の あちら に ぼんやり と うるんで 見えました 。 水 の 上 を 木 の 葉 が いく つ も いく つ も 流れて ゆく の が 見えました 。 ・・
ご む 靴 は 、 お しり の 所 に 何 が [#「 何 が 」 は ママ ] つきあた つた や う に 思 ひました 。 ・・
する と ・・
「 おや 、 何で せ う 。 まあ 。 い ゝ お家 が ある わ 」 と 言 ふ 聲 が 聞こえました 。 ・・
鮒 の を ば さん でした 。 鮒 の を ば さん は 、 ごわごわ ご む 靴 の お 口 から 入ら う と しました けれど 、 からだ が 大きい ので 入れません でした 。 ・・
「 おや 、 わたし は 入れ ない 」・・
さ う 言 つて 、 すう い と 行 つて しま ひました 。 その 聲 を 聞いて いた ど ぢ よう の を ぢい さん が 石 の 下 から 、 ぬ つと 顏 を 出しました 。 ・・
「 わし なら 大丈夫 入れる だ ら う 」 と 長い から だ を ぴんぴん 動かして ご む 靴 の 中 に 入 つて きました 。 ・・
「 これ は い ゝ 。 今夜 は よく 眠れる ぞ 」 とい つて 、 お ひげ を 動かしました 。 ・・
ごわごわ ご む 靴 は とうた うど ぢ よう の を ぢい さん の お家 に なりました 。 ・・
夜 が 來ました 。 お 月 樣 が 出た ので せ う 。 栗 が 金色 に 光りました 。 ころ ん 、 ころ ん 、 と ピアノ を たたく や うに 音 を たてて 栗 が 流れて ゐま した 。 どこ から か 、 ころころ と 何 か 轉 んで くる 音 が して 、 ぽん と ご む 靴 に つきあたりました 。 ご む 靴 の 中 に 眠 つて ゐた ど ぢ よう の を ぢい さん は 驚いて 、 とび出しました 。 ・・
「 おそろしい 家 だ 、 おそろしい 家 だ 」 と ぶつぶつ 言 ひ ながら 、 お 月 樣 の 光 で 明るい 川 の 中 を どこ か へ 行 つて 見え なく なりました 。 ・・
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ご む 靴 に ぶつ つか つたの は 栗 の 實 でした 。 ・・
ご む 靴 は 正雄 君 の こと を 思 ひました 。 正雄 君 は きつ と 、 どの ポケツト も どの ポケツト も 栗 の 實 で ふくらま せて 、 片方 の ご む 靴 を はいて 山 から 降りて お家 へ 歸 つた で せ う 。