72. 一家 - 中野 鈴子
一家 - 中野 鈴子
わたし の 祖先 は 代々 が 百姓 であった ・・
八 町 は なれた 五万 石 の 城下町 ・・
ゆきとどいた 殿様 の ムチ の 下 で 這い まわった ・・
少し の こと に 重い チョウ バツ ・・
百 たたき の 音 が 夜 気 を 破った ・・
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天 保 に 生まれた 祖父 は いつも 言った ・・
百姓 の ような つらい 仕事 が あろう か ・・
味 無い もの 食って 着る もの も 着 ず ・・
銭 も のこら ん ・・
金づち の 川 流れ だ ・・
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わたし の 父母 は 五 人 の 子供 を 育てた ・・
父母 は 子供 を 百姓 に さ せる 気 は なかった ・・
二 人 の 男の子 は 五 つ 六 つ から 朝晩 瀬戸 の 天神 様 へ おまいり した ・・
小学校 を 出る と 学校 へ 入る ため に ズッ と 村 を はなれた ・・
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一 番 目 の 息子 は 彼 が 二十 年 近く の 学校 生活 を 終えた とき ・・
父親 の 油 と 汗 、 いく ば く か の 田地 に すりかえられて いる 自分 を 発見 した ・・
彼 は 父親 の 血肉 と 一家 の たてなおし を 背負って 外国 に 仕事 を 見つけ 海 を 渡った ・・
慣れ ぬ 異国 の 風 は 日 なら ず して 彼 を たおした ・・
はるばる 父 が かけつけた とき 、 彼 は 骨 に なって いた ・・
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二 番 目 の 息子 は 休み に 村 へ 帰って も 浮か ぬ か おして 黙って いた ・・
その うち 治安 維持 法 で 監獄 へ 入った ・・
父母 は 絶望 し かなしみ 、 門 の 戸 を 締め 村人 の 目 を さけた ・・
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町 の 質屋 へ 嫁 入った 上 の 娘 の わたし は ・・
換算 さ れる 毎日 の 利上げ が ・・
いやらしき こと の 目盛り の ように 思わ れ 、 堪え 切れ ず 兄 を 頼って 上京 した ・・
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まん 中 の 娘 は 、 おとなしく 美しかった が ・・
肺 を こわし 死んだ 赤ん坊 の あと を 追った ・・
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二 番 目 の 息子 が 再び 捕まった ・・
こん 度 は 父母 は ただ かなしま なかった ・・
決心 の 色 を あらわし 村人 の 白 眼 の 中 で 田 圃 を 打った ・・
新しい 別な のぞみ が 培われて いた ・・
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いま 次男 と 長女 は そのまま 帰ら ず ・・
長男 と なか の 娘 は 村 の 墓穴 ・・
小 地主 の あととり に 嫁いだ 末娘 は 封建 的 重み と 生活 の 不安定 の なか に 円い 体 が 痩せ おどおど して いる ・・
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門 の 柱 は くさり 倉 の 壁 は くずれる ・・
仏壇 の 中 で ネズミ が あばれ まわる ・・
肥って いた 父 の 皮膚 は たるみ シミ が ふえて いる ・・
目 の 光り は 消え 歩く 足下 が ふらつく ・・
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母 の おと がい が とがり 髪 が ちぎれ ・・
しゃべる 言葉 は みな 泣き声 と 変ら ぬ ・・
日々 借金 の 利上げ に 追わ れ ・・
年々 思いがけぬ 不幸 が 形 を 変えて あらわれる ・・
ひさし の 深い 納屋 の 奥 に ・・
父母 は だんだん おとろえて ゆく ・・
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彼ら は おとろえる ・・
だが いま おとろえる 体 内 に 新しい 考え が つよまって ゆく ・・
息子 、 娘 の 上 に 期待 を つなぐ ・・
薄く なった 目 を 見開いた 老い の 身 を ふりかざして いる ・・