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Readings (6-7mins), 2. 雪の障子 - 島崎藤村

2. 雪 の 障子 - 島崎 藤村

雪 の 障子 - 島崎 藤村

めずらしい もの が 降った 。 旧 冬 十一 月 から ことし の 正月 末 へ かけて 、 こんな 冬季 の 乾燥 が 続き に 続いたら 、 今に 飲料 水 に も 事欠く であろう と 言わ れ 、 雨 一 滴 来 ない 庭 の 土 は 灰 の 塊 の ごとく 、 草木 も ほとほと 枯れ 死ぬ か と 思わ れた 後 だけ に 、 この 雪 は めずらしい 。 長く 待ち受けた もの が 漸 く の こと で 町 を 埋め に 来て 呉 れた と いう 気 も する 。 この 雪 が 来た 晩 の 静か さ 、 戸 の 外 は ひっそり と して 音 一 つ し なかった 。 あれ は 降り積もる もの に 潜む 静か さ で 、 ただ の 静か さ で も なかった 。 いきぐるしい ほど 乾き 切った この 町 中 へ 生気 を そそぎ 入れる ような 静か さ であった 。 ・・

にわかに 北 の 障子 も 明るい 。 雪 が 来て 部屋 々々 の 隅 に ある 暗 さ を 追い出した か の よう 。 こんな もの が 降った と いう だけ でも 、 何 が なし に うれしい ところ を 見る と 、 いく つ に なって も わたし なぞ は まだ 雪 の 子供 だ と 見える 。 麻布 飯倉 に 住んだ 頃 は 界隈 が 岡 の 地勢 であった から 、 あの 辺 の 町 中 に は かなり 勾配 の 急な 傾斜 が あった 。 山国 に 生れた わたし は 、 雪 が 来る と 自分 の 幼い 日 の こと を 思い出し 、 谷底 に あった ような 旧 い住居 を 出て は 、 よく あの 植木 坂 へ 氷 滑り に 走り 出た 。 ・・

降った ばかりの 雪 は 冷たい ようで 、 実は 暖かい 。 それ を 踏めば 歓 び が 湧く 。 わたし の 郷里 は それほど 雪 の 深い 山里 で も ない のだ が 、 それ でも 家 の 前 の 旧 い 街道 は 毎年 の ように 白い 雪道 に 変った もの だ 。 革 の む なび 、 麻 の 蠅 は らい 、 紋 の ついた 腹掛 から 、 鬣 、 尻尾 まで 雪 に 濡れ ながら 荷 馬 の 往来 した の も 、 あの 道 だ 。 古い わたし の 家 に 生れた もの は 、 祖父 も 、 父 も 、 みな 往時 旅人 の 送り迎え に 従事 した 人 達 であった から 、 雪 が 来る たび に わたし は いろいろな こと を 思い出す 。 そして あの 山間 の 雪道 を 踏んで 働いた 遠い 祖先 の 方 に まで 心 を さそわ れる 。 ・・

雪 の 中 に は いろいろな もの が 隠れて いる 。 ちょっと 思い出して 見た ばかり でも 、 幻 の ように 立つ 像 は 数え 切れ ない ほど ある 。 ある もの は 血 を もって 雪 を 染め 、 ある もの は 深い 雪 の 中 に 坐り つくした 。 ・・

雪中 の 動き こそ 、 昔 の 人 達 が いろいろ さまざまな 形 で わたし たち に 教えて 見せて 呉 れた 生命 表現 の おもしろ さ で は ある 。 あの 不 死 の 鳥 の ような 鷺 娘 の 濃 情 が 古い 舞踊 の 一 つ と して 今日 まで 残り 伝えられて いる と いう の も 、 雪中 の 動き から だ 。 眼 に 入る 冬 の 牡丹 花 に 千鳥 の 啼 き 声 を ききつけ 、 寒 苦 の 思い を 雪 の ほととぎす に まで 持って行った 古人 の 想像 は 、 やはり この 消息 を 語って いる 。 ・・

亡き 川越 の 老母 が まだ 娘 ざ かり の 頃 、 松 雪 庵 と いう 茶 の 師匠 の 内 弟子 と して 、 ある ところ へ 茶 を 立て に 行った と いう 雪 の 夜 の 話 は わたし の 家 に 残って いる 。 この 師匠 の 前身 は 十 年 も 諸国 行脚 の 旅 に 送った 尼僧 であった そうだ が 、 茶 人 と して 松 雪 庵 を 継いで から も 、 生涯 つつましく 暮して 居ら れた 婦人 の ようで 、 雪 の 夜 に も 炉 の 火 の 絶え ない 知人 の 許 へ 茶 を 立て に 行く こと を 年若な 弟子 に 命じた もの であった と いう 。 髪 を 銀杏 返し か 何 か に 結い 、 昔風の 質素な 風俗 で 、 白い 綿 の ような やつ が しきりに 降って 来る 中 を 急いで 行った 時 の 人 は 、 おそらく 熱い 風 雅 の 思い に 足袋 の 濡れる の を も 忘れた であろう 。 まだ 若い さかり の 娘 の 足 は 、 おそらく 踏んで 行く 夜 の 雪 の ため に 燃えた であろう 。 ・・

応 /\ と 言 へど 叩く や 雪 の 門 ・・

まさに 、 この 境地 だ 。 過去 に は こんな 人 達 も あった 。 ・・

〔 一九四〇 年 三 月 〕


2. 雪 の 障子 - 島崎 藤村 ゆき||しょうじ|しまさき|ふじむら

雪 の 障子 - 島崎 藤村 ゆき||しょうじ|しまさき|ふじむら Snow shoji-Toson Shimazaki

めずらしい もの が 降った 。 |||ふった Something rare has fallen. 旧 冬 十一 月 から ことし の 正月 末 へ かけて 、 こんな 冬季 の 乾燥 が 続き に 続いたら 、 今に 飲料 水 に も 事欠く であろう と 言わ れ 、 雨 一 滴 来 ない 庭 の 土 は 灰 の 塊 の ごとく 、 草木 も ほとほと 枯れ 死ぬ か と 思わ れた 後 だけ に 、 この 雪 は めずらしい 。 きゅう|ふゆ|じゅういち|つき||||しょうがつ|すえ||||とうき||かんそう||つづき||つづいたら|いまに|いんりょう|すい|||ことかく|||いわ||あめ|ひと|しずく|らい||にわ||つち||はい||かたまり|||くさき|||かれ|しぬ|||おもわ||あと||||ゆき|| Von November bis Ende des neuen Jahres heißt es, dass bei anhaltender Wintertrockenheit jetzt Trinkwassermangel herrscht und der Boden im Garten, in dem kein Regen fällt, Asche ist Vegetation scheint wie ein Klumpen zu sterben und zu sterben. From November to the end of the New Year, it is said that if such winter dryness continues, there will be a shortage of drinking water now, and the soil in the garden where no rain falls is ash. This snow is rare only after the vegetation, like a lump, seems to die and die. 長く 待ち受けた もの が 漸 く の こと で 町 を 埋め に 来て 呉 れた と いう 気 も する 。 ながく|まちうけた|||すすむ|||||まち||うずめ||きて|くれ||||き|| I feel that the things that have been waiting for a long time have finally come to fill the town. この 雪 が 来た 晩 の 静か さ 、 戸 の 外 は ひっそり と して 音 一 つ し なかった 。 |ゆき||きた|ばん||しずか||と||がい|||||おと|ひと||| The quietness of the evening when this snow came, the outside of the door was quiet and there was no sound. あれ は 降り積もる もの に 潜む 静か さ で 、 ただ の 静か さ で も なかった 。 ||ふりつもる|||ひそむ|しずか|||||しずか|||| It was the quietness of what was piled up, not just the quietness. いきぐるしい ほど 乾き 切った この 町 中 へ 生気 を そそぎ 入れる ような 静か さ であった 。 ||かわき|きった||まち|なか||せいき|||いれる||しずか|| It was as quiet as pouring vitality into this town, which was so dry that it was so dry. ・・

にわかに 北 の 障子 も 明るい 。 |きた||しょうじ||あかるい The shoji screens in the north are also bright. 雪 が 来て 部屋 々々 の 隅 に ある 暗 さ を 追い出した か の よう 。 ゆき||きて|へや|||すみ|||あん|||おいだした||| It's as if the snow had come and kicked out the darkness in the corners of each room. こんな もの が 降った と いう だけ でも 、 何 が なし に うれしい ところ を 見る と 、 いく つ に なって も わたし なぞ は まだ 雪 の 子供 だ と 見える 。 |||ふった|||||なん|||||||みる|||||||||||ゆき||こども|||みえる Just because something like this has fallen, but when I look at what makes me happy, it seems that my riddle is still a child of snow, no matter how many times. 麻布 飯倉 に 住んだ 頃 は 界隈 が 岡 の 地勢 であった から 、 あの 辺 の 町 中 に は かなり 勾配 の 急な 傾斜 が あった 。 あざぶ|いいくら||すんだ|ころ||かいわい||おか||ちせい||||ほとり||まち|なか||||こうばい||きゅうな|けいしゃ|| When I lived in Azabu Iikura, the neighborhood was the terrain of Oka, so there was a steep slope in the town around that area. 山国 に 生れた わたし は 、 雪 が 来る と 自分 の 幼い 日 の こと を 思い出し 、 谷底 に あった ような 旧 い住居 を 出て は 、 よく あの 植木 坂 へ 氷 滑り に 走り 出た 。 やまぐに||うまれた|||ゆき||くる||じぶん||おさない|ひ||||おもいだし|たにそこ||||きゅう|いずまい||でて||||うえき|さか||こおり|すべり||はしり|でた Born in a mountainous country, when the snow came, I remembered my childhood, and when I left the old dwelling that was at the bottom of the valley, I often ran to that Ueki-zaka on an ice slide. ・・

降った ばかりの 雪 は 冷たい ようで 、 実は 暖かい 。 ふった||ゆき||つめたい||じつは|あたたかい The snow that has just fallen seems to be cold, but it is actually warm. それ を 踏めば 歓 び が 湧く 。 ||ふめば|かん|||わく If you step on it, you will be delighted. わたし の 郷里 は それほど 雪 の 深い 山里 で も ない のだ が 、 それ でも 家 の 前 の 旧 い 街道 は 毎年 の ように 白い 雪道 に 変った もの だ 。 ||きょうり|||ゆき||ふかい|やまざと||||||||いえ||ぜん||きゅう||かいどう||まいとし|||しろい|ゆきみち||かわった|| My hometown is not so snowy, but the old road in front of my house has turned into a white snowy road almost every year. 革 の む なび 、 麻 の 蠅 は らい 、 紋 の ついた 腹掛 から 、 鬣 、 尻尾 まで 雪 に 濡れ ながら 荷 馬 の 往来 した の も 、 あの 道 だ 。 かわ||||あさ||はえ|||もん|||はらがけ||たてがみ|しっぽ||ゆき||ぬれ||に|うま||おうらい|||||どう| It was that way that the packhorses came and went from the leather munavi, the hemp fly, the crested belly, the mane, and the tail while getting wet in the snow. 古い わたし の 家 に 生れた もの は 、 祖父 も 、 父 も 、 みな 往時 旅人 の 送り迎え に 従事 した 人 達 であった から 、 雪 が 来る たび に わたし は いろいろな こと を 思い出す 。 ふるい|||いえ||うまれた|||そふ||ちち|||おうじ|たびびと||おくりむかえ||じゅうじ||じん|さとる|||ゆき||くる||||||||おもいだす Every time the snow came, I remember many things, because the ones born in my old house, my grandfather and my father, were all those who used to pick up and drop off travelers. そして あの 山間 の 雪道 を 踏んで 働いた 遠い 祖先 の 方 に まで 心 を さそわ れる 。 ||さんかん||ゆきみち||ふんで|はたらいた|とおい|そせん||かた|||こころ||| And I am touched by the distant ancestors who worked on the snowy road in the mountains. ・・

雪 の 中 に は いろいろな もの が 隠れて いる 。 ゆき||なか||||||かくれて| Various things are hidden in the snow. ちょっと 思い出して 見た ばかり でも 、 幻 の ように 立つ 像 は 数え 切れ ない ほど ある 。 |おもいだして|みた|||まぼろし|||たつ|ぞう||かぞえ|きれ||| Even if I just remember and see it, there are countless statues that stand like illusions. ある もの は 血 を もって 雪 を 染め 、 ある もの は 深い 雪 の 中 に 坐り つくした 。 |||ち|||ゆき||しめ||||ふかい|ゆき||なか||すわり| Some dyed the snow with blood, and some sat in the deep snow. ・・

雪中 の 動き こそ 、 昔 の 人 達 が いろいろ さまざまな 形 で わたし たち に 教えて 見せて 呉 れた 生命 表現 の おもしろ さ で は ある 。 せっちゅう||うごき||むかし||じん|さとる||||かた|||||おしえて|みせて|くれ||せいめい|ひょうげん|||||| The movement in the snow is what makes the expression of life that people in the old days teach and show us in various ways. あの 不 死 の 鳥 の ような 鷺 娘 の 濃 情 が 古い 舞踊 の 一 つ と して 今日 まで 残り 伝えられて いる と いう の も 、 雪中 の 動き から だ 。 |ふ|し||ちょう|||さぎ|むすめ||こ|じょう||ふるい|ぶよう||ひと||||きょう||のこり|つたえ られて||||||せっちゅう||うごき|| It is because of the movement in the snow that the feelings of that immortal bird-like Heron Maiden have been passed down to this day as one of the old dances. 眼 に 入る 冬 の 牡丹 花 に 千鳥 の 啼 き 声 を ききつけ 、 寒 苦 の 思い を 雪 の ほととぎす に まで 持って行った 古人 の 想像 は 、 やはり この 消息 を 語って いる 。 がん||はいる|ふゆ||ぼたん|か||ちどり||てい||こえ|||さむ|く||おもい||ゆき|||||もっていった|こじん||そうぞう||||しょうそく||かたって| The imagination of an old man who squeezed the peony flowers in winter into his eyes and brought the feelings of cold to the snow, still speaks of this news. ・・

亡き 川越 の 老母 が まだ 娘 ざ かり の 頃 、 松 雪 庵 と いう 茶 の 師匠 の 内 弟子 と して 、 ある ところ へ 茶 を 立て に 行った と いう 雪 の 夜 の 話 は わたし の 家 に 残って いる 。 なき|かわごえ||ろうぼ|||むすめ||||ころ|まつ|ゆき|いおり|||ちゃ||ししょう||うち|でし||||||ちゃ||たて||おこなった|||ゆき||よ||はなし||||いえ||のこって| When the late Kawagoe's old mother was still a daughter, the story of a snowy night when she went to a certain place to make tea as a disciple of a tea master named Matsuyukian remains in my house. There is. この 師匠 の 前身 は 十 年 も 諸国 行脚 の 旅 に 送った 尼僧 であった そうだ が 、 茶 人 と して 松 雪 庵 を 継いで から も 、 生涯 つつましく 暮して 居ら れた 婦人 の ようで 、 雪 の 夜 に も 炉 の 火 の 絶え ない 知人 の 許 へ 茶 を 立て に 行く こと を 年若な 弟子 に 命じた もの であった と いう 。 |ししょう||ぜんしん||じゅう|とし||しょこく|あんぎゃ||たび||おくった|にそう||そう だ||ちゃ|じん|||まつ|ゆき|いおり||ついで|||しょうがい||くらして|おら||ふじん|||ゆき||よ|||ろ||ひ||たえ||ちじん||ゆる||ちゃ||たて||いく|||としわかな|でし||めいじた|||| It is said that the predecessor of this master was a nun who had traveled to various countries for ten years, but even after he succeeded Matsuyukian as a tea master, he seems to be a woman who lived humblely throughout her life. It is said that he ordered the younger disciples to go to make tea for the eaves of an acquaintance who was constantly burning in the fire even at night. 髪 を 銀杏 返し か 何 か に 結い 、 昔風の 質素な 風俗 で 、 白い 綿 の ような やつ が しきりに 降って 来る 中 を 急いで 行った 時 の 人 は 、 おそらく 熱い 風 雅 の 思い に 足袋 の 濡れる の を も 忘れた であろう 。 かみ||いちょう|かえし||なん|||ゆい|むかしふうの|しっそな|ふうぞく||しろい|めん||||||ふって|くる|なか||いそいで|おこなった|じ||じん|||あつい|かぜ|ただし||おもい||たび||ぬれる||||わすれた| If you hurry up with your hair tied to a ginkgo or something, in the old-fashioned simple manners, and the white cotton-like stuff is falling all the time, you'll probably get your socks wet with the thought of a hot breeze. I would have forgotten that too. まだ 若い さかり の 娘 の 足 は 、 おそらく 踏んで 行く 夜 の 雪 の ため に 燃えた であろう 。 |わかい|||むすめ||あし|||ふんで|いく|よ||ゆき||||もえた| The feet of the still young Sakari's daughter probably burned because of the snow at night when she stepped on. ・・

応 /\ と 言 へど 叩く や 雪 の 門 ・・ おう||げん||たたく||ゆき||もん Response / \ and the gate of snow ...

まさに 、 この 境地 だ 。 ||きょうち| This is exactly the situation. 過去 に は こんな 人 達 も あった 。 かこ||||じん|さとる|| In the past, there were people like this. ・・

〔 一九四〇 年 三 月 〕 いちきゅうし|とし|みっ|つき [March 1940]