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Aozora Bunko imports, 三つの宝

三 つ の 宝

三 つ の 宝

芥川 龍 之介

+ 目次 森 の 中 。 三 人 の 盗人 が 宝 を 争って いる 。 宝 と は 一 飛び に 千里 飛ぶ 長靴 、 着れば 姿 の 隠れる マントル 、 鉄 でも まっ二 つ に 切れる 剣 ―― ただし いずれ も 見た ところ は 、 古 道具 らしい 物 ばかり である 。 第 一 の 盗人 その マントル を こっち へ よこせ 。

第 二 の 盗人 余計な 事 を 云 う な 。 その 剣 こそ こっち へ よこせ 。 ―― おや 、 おれ の 長靴 を 盗んだ な 。

第 三 の 盗人 この 長靴 は おれ の 物 じゃ ない か ? 貴 様 こそ おれ の 物 を 盗んだ のだ 。

第 一 の 盗人 よし よし 、 では この マントル は おれ が 貰って 置こう 。

第 二 の 盗人 こん 畜生 ! 貴 様 なぞ に 渡して たまる もの か 。

第 一 の 盗人 よくも おれ を 撲った な 。 ―― おや 、 また おれ の 剣 も 盗んだ な ?

第 三 の 盗人 何 だ 、 この マントル 泥 坊 め !

三 人 の 者 が 大 喧嘩 に なる 。 そこ へ 馬 に 跨った 王子 が 一 人 、 森 の 中 の 路 を 通りかかる 。

王子 おいおい 、 お前たち は 何 を して いる のだ ? ( 馬 から 下りる )

第 一 の 盗人 何 、 こいつ が 悪い のです 。 わたし の 剣 を 盗んだ 上 、 マントル さえ よこせ と 云 う もの です から 、――

第 三 の 盗人 いえ 、 そい つ が 悪い のです 。 マントル は わたし の を 盗んだ のです 。

第 二 の 盗人 いえ 、 こいつ 等 は 二 人 と も 大 泥 坊 です 。 これ は 皆 わたし の もの な のです から 、――

第 一 の 盗人 嘘 を つけ !

第 二 の 盗人 この 大 法螺吹き め !

三 人 また 喧嘩 を しよう と する 。

王子 待て 待て 。 たかが 古い マントル や 、 穴 の あいた 長靴 ぐらい 、 誰 が とって も 好 い じゃ ない か ?

第 二 の 盗人 いえ 、 そう は 行きません 。 この マントル は 着た と 思う と 、 姿 の 隠れる マントル な のです 。

第 一 の 盗人 どんな また 鉄 の 兜 でも 、 この 剣 で 切れば 切れる のです 。

第 三 の 盗人 この 長靴 も はき さえ すれば 、 一 飛び に 千里 飛べる のです 。

王子 なるほど 、 そう 云 う 宝 なら 、 喧嘩 を する の も もっともな 話 だ 。 が 、 それ ならば 欲張ら ず に 、 一 つ ずつ 分ければ 好 い じゃ ない か ?

第 二 の 盗人 そんな 事 を して ごらん なさい 。 わたし の 首 は いつ何時 、 あの 剣 に 切ら れる か わかり は しません 。 第 一 の 盗人 いえ 、 それ より も 困る の は 、 あの マントル を 着られれば 、 何 を 盗ま れる か 知れます まい 。 第 二 の 盗人 いえ 、 何 を 盗んだ 所 が 、 あの 長靴 を はかなければ 、 思う ように は 逃げられ ない 訣 です 。 王子 それ も なるほど 一理 窟 だ な 。 では 物 は 相談 だ が 、 わたし に みんな 売って くれ ない か ? そう すれば 心配 も 入ら ない はずだ から 。

第 一 の 盗人 どう だい 、 この 殿様 に 売って しまう の は ?

第 三 の 盗人 なるほど 、 それ も 好 い かも 知れ ない 。

第 二 の 盗人 ただ 値段 次第 だ な 。

王子 値段 は ―― そうだ 。 その マントル の 代り に は 、 この 赤い マントル を やろう 、 これ に は 刺繍 の 縁 も ついて いる 。 それ から その 長靴 の 代り に は 、 この 宝石 の はいった 靴 を やろう 。 この 黄金 細工 の 剣 を やれば 、 その 剣 を くれて も 損 は ある まい 。 どう だ 、 この 値段 で は ?

第 二 の 盗人 わたし は この マントル の 代り に 、 その マントル を 頂きましょう 。 第 一 の 盗人 と 第 三 の 盗人 わたし たち も 申し分 は ありません 。 王子 そう か 。 では 取り換えて 貰おう 。

王子 は マントル 、 剣 、 長靴 等 を 取り換えた 後 、 また 馬 の 上 に 跨り ながら 、 森 の 中 の 路 を 行き かける 。

王子 この先 に 宿屋 は ない か ?

第 一 の 盗人 森 の 外 へ 出 さえ すれば 「 黄金 の 角笛 」 と いう 宿屋 が あります 。 では 御 大事に いらっしゃい 。

王子 そう か 。 では さようなら 。 ( 去る )

第 三 の 盗人 うまい 商売 を した な 。 おれ は あの 長靴 が 、 こんな 靴 に なろう と は 思わ なかった 。 見ろ 。 止め 金 に は 金剛 石 が ついて いる 。

第 二 の 盗人 おれ の マントル も 立派な 物 じゃ ない か ? これ を こう 着た 所 は 、 殿様 の ように 見える だろう 。

第 一 の 盗人 この 剣 も 大した 物 だ ぜ 。 何しろ 柄 も 鞘 も 黄金 だ から な 。 ―― しかし ああ やすやす 欺 さ れる と は 、 あの 王子 も 大 莫迦 じゃ ない か ?

第 二 の 盗人 しっ! 壁 に 耳 あり 、 徳利 に も 口 だ 。 まあ 、 どこ か へ 行って 一 杯 やろう 。

三 人 の 盗人 は 嘲笑 いながら 、 王子 と は 反対の 路 へ 行って しまう 。

「 黄金 の 角笛 」 と 云 う 宿屋 の 酒場 。 酒場 の 隅 に は 王子 が パン を 噛 じって いる 。 王子 の ほか に も 客 が 七八 人 、―― これ は 皆 村 の 農夫 らしい 。

宿屋 の 主人 いよいよ 王女 の 御 婚礼 が ある そうだ ね 。

第 一 の 農夫 そう 云 う 話 だ 。 なんでも 御 壻 に なる 人 は 、 黒 ん 坊 の 王様 だ と 云 う じゃ ない か ?

第 二 の 農夫 しか し 王女 は あの 王様 が 大嫌いだ と 云 う 噂 だ ぜ 。

第 一 の 農夫 嫌いなれば お 止し なされば 好 い のに 。

主人 ところ が その 黒 ん 坊 の 王様 は 、 三 つ の 宝もの を 持って いる 。 第 一 が 千里 飛べる 長靴 、 第 二 が 鉄 さえ 切れる 剣 、 第 三 が 姿 の 隠れる マントル 、―― それ を 皆 献上 する と 云 う もの だ から 、 欲 の 深い この 国 の 王様 は 、 王女 を やる と おっしゃった のだ そうだ 。

第 二 の 農夫 御 可哀そうな の は 王女 御 一 人 だ な 。

第 一 の 農夫 誰 か 王女 を お 助け 申す もの は ない だろう か ?

主人 いや 、 いろいろの 国 の 王子 の 中 に は 、 そう 云 う 人 も ある そうだ が 、 何分 あの 黒 ん 坊 の 王様 に は かなわない から 、 みんな 指 を 啣 えて いる のだ と さ 。

第 二 の 農夫 おまけ に 欲 の 深い 王様 は 、 王女 を 人 に 盗ま れ ない ように 、 竜 の 番人 を 置いて ある そうだ 。

主人 何 、 竜 じゃ ない 、 兵隊 だ そうだ 。

第 一 の 農夫 わたし が 魔法 でも 知っていれば 、 まっ先 に 御 助け 申す のだ が 、―― 主人 当り前 さ 、 わたし も 魔法 を 知っていれば 、 お前 さん など に 任せて 置き は し ない 。 ( 一同 笑い 出す )

王子 ( 突然 一同 の 中 へ 飛び出し ながら ) よし 心配 する な ! きっと わたし が 助けて 見せる 。

一同 ( 驚いた ように ) あなた が

王子 そうだ 、 黒 ん 坊 の 王 など は 何 人 でも 来い 。 ( 腕組 を した まま 、 一同 を 見まわす ) わたし は 片っ端から 退治 して 見せる 。

主人 です が あの 王様 に は 、 三 つ の 宝 が ある そうです 。 第 一 に は 千里 飛ぶ 長靴 、 第 二 に は 、――

王子 鉄 でも 切れる 剣 か ? そんな 物 は わたし も 持って いる 。 この 長靴 を 見ろ 。 この 剣 を 見ろ 。 この 古い マントル を 見ろ 。 黒 ん 坊 の 王 が 持って いる の と 、 寸分 も 違わ ない 宝 ばかり だ 。

一同 ( 再び 驚いた ように ) その 靴 が その 剣 が その マントル が

主人 ( 疑わし そうに ) しかし その 長靴 に は 、 穴 が あいて いる じゃ ありません か ? 王子 それ は 穴 が あいて いる 。 が 、 穴 は あいて いて も 、 一 飛び に 千里 飛ば れる のだ 。

主人 ほんとうです か ?

王子 ( 憐 むように ) お前 に は 嘘 だ と 思わ れる かも 知れ ない 。 よし 、 それ ならば 飛んで 見せる 。 入口 の 戸 を あけて 置いて くれ 。 好 い か 。 飛び上った と 思う と 見え なく なる ぞ 。

主人 その 前 に 御 勘定 を 頂きましょう か ? 王子 何 、 すぐに 帰って 来る 。 土産 に は 何 を 持って 来て やろう 。 イタリア の 柘榴 か 、 イスパニア の 真 桑 瓜 か 、 それとも ずっと 遠い アラビア の 無花果 か ?

主人 御土産 ならば 何でも 結構です 。 まあ 飛んで 見せて 下さい 。

王子 で は 飛ぶ ぞ 。 一 、 二 、 三 !

王子 は 勢 好く 飛び上る 。 が 、 戸口 へ も 届か ない 内 に 、 ど たり と 尻餅 を ついて しまう 。 一同 どっと 笑い 立てる 。

主人 こんな 事 だろう と 思った よ 。

第 一 の 農夫 干 里 どころ か 、 二三 間 も 飛ば なかった ぜ 。

第 二 の 農夫 何 、 千里 飛んだ の さ 。 一 度 千里 飛んで 置いて 、 また 千里 飛び 返った から 、 もと の 所 へ 来て しまった のだろう 。

第 一 の 農夫 冗談 じゃ ない 。 そんな 莫迦 な 事 が ある もの か 。

一同 大笑い に なる 。 王子 は すごすご 起き上り ながら 、 酒場 の 外 へ 行こう と する 。

主人 もしもし 御 勘定 を 置いて 行って 下さい 。

王子 無言 の まま 、 金 を 投げる 。

第 二 の 農夫 御土産 は ?

王子 ( 剣 の 柄 へ 手 を かける ) 何 だ と ?

第 二 の 農夫 ( 尻ごみ し ながら ) いえ 、 何とも 云 い は しません 。 ( 独り 語 の ように ) 剣 だけ は 首 くらい 斬 れる かも 知れ ない 。

主人 ( なだめる ように ) まあ 、 あなた など は 御 年若な のです から 、 一 先 御 父 様 の 御国 へ お 帰り なさい 。 いくら あなた が 騒いで 見た ところ が 、 とても 黒 ん 坊 の 王様 に はかない は しません 。 とかく 人間 と 云 う 者 は 、 何でも 身のほど を 忘れ ない ように 慎み深く する の が 上 分別 です 。

一同 そう なさい 。 そう なさい 。 悪い 事 は 云 い は しません 。 王子 わたし は 何でも 、―― 何でも 出来る と 思った のに 、( 突然 涙 を 落す ) お前たち に も 恥ずかしい ( 顔 を 隠し ながら ) ああ 、 このまま 消えて も しまいたい ようだ 。 第 一 の 農夫 その マントル を 着て 御覧 なさい 。 そう すれば 消える かも 知れません 。 王子 畜生 ! ( じだんだ を 踏む ) よし 、 いくら でも 莫迦 に しろ 。 わたし は きっと 黒 ん 坊 の 王 から 可哀そうな 王女 を 助けて 見せる 。 長靴 は 千里 飛ば れ なかった が 、 まだ 剣 も ある 。 マントル も 、――( 一生懸命に ) いや 、 空手 でも 助けて 見せる 。 その 時 に 後悔 し ない ように しろ 。 ( 気 違い の ように 酒場 を 飛び出して しまう 。 主人 困った もの だ 、 黒 ん 坊 の 王様 に 殺さ れ なければ 好 いが 、――

王 城 の 庭 。 薔薇 の 花 の 中 に 噴水 が 上って いる 。 始 は 誰 も いない 。 しばらく の 後 、 マントル を 着た 王子 が 出て 来る 。

王子 やはり この マントル は 着た と 思う と 、 たちまち 姿 が 隠れる と 見える 。 わたし は 城 の 門 を はいって から 、 兵卒 に も 遇 えば 腰元 に も 遇った 。 が 、 誰 も 咎めた もの は ない 。 この マントル さえ 着て いれば 、 この 薔薇 を 吹いて いる 風 の ように 、 王女 の 部屋 へ も はいれる だろう 。 ―― おや 、 あそこ へ 歩いて 来た の は 、 噂 に 聞いた 王女 じゃ ない か ? どこ か へ 一 時 身 を 隠して から 、―― 何 、 そんな 必要 は ない 、 わたし は ここ に 立って いて も 、 王女 の 眼 に は 見え ない はずだ 。

王女 は 噴水 の 縁 へ 来る と 、 悲し そうに ため息 を する 。

王女 わたし は 何と 云 う 不 仕 合せ な のだろう 。 もう 一 週間 も たた ない 内 に 、 あの 憎らしい 黒 ん 坊 の 王 は 、 わたし を アフリカ へ つれて 行って しまう 。

獅子 や 鰐 の いる アフリカ へ 、( そこ の 芝 の 上 に 坐り ながら ) わたし は いつまでも この 城 に いたい 。 この 薔薇 の 花 の 中 に 、 噴水 の 音 を 聞いて いたい 。 ……

王子 何と 云 う 美しい 王女 だろう 。 わたし はたと い 命 を 捨てて も 、 この 王女 を 助けて 見せる 。

王女 ( 驚いた ように 王子 を 見 ながら ) 誰 です 、 あなた は ?

王子 ( 独り 語 の ように ) しまった ! 声 を 出した の は 悪かった のだ !

王 女声 を 出した の が 悪い ? 気 違い かしら ? あんな 可愛い 顔 を して いる けれども 、――

王子 顔 ? あなた に は わたし の 顔 が 見える のです か ?

王女 見えます わ 。 まあ 、 何 を 不思議 そうに 考えて いらっしゃる の ?

王子 この マントル も 見えます か ? 王女 ええ 、 ずいぶん 古い マントル じゃ ありません か ? 王子 ( 落胆 した ように ) わたし の 姿 は 見え ない はずな のです が ね 。

王女 ( 驚いた ように ) どうして ?

王子 これ は 一 度 着 さえ すれば 、 姿 が 隠れる マントル な のです 。

王女 それ は あの 黒 ん 坊 の 王 の マントル でしょう 。

王子 いえ 、 これ も そう な のです 。

王女 だって 姿 が 隠れ ない じゃ ありません か ? 王子 兵卒 や 腰元 に 遇った 時 は 、 確かに 姿 が 隠れた のです が ね 。 その 証拠 に は 誰 に 遇って も 、 咎められた 事 が なかった のです から 。 王女 ( 笑い 出す ) それ は その はず です わ 。 そんな 古い マントル を 着て いらっしゃれば 下 男 か 何かと 思わ れます もの 。 王子 下 男 ! ( 落胆 した ように 坐って しまう ) やはり この 長靴 と 同じ 事 だ 。

王女 その 長靴 も どうかしました の ? 王子 これ も 千里 飛ぶ 長靴 な のです 。

王女 黒 ん 坊 の 王 の 長靴 の ように ?

王子 ええ 、―― ところが この 間 飛んで 見たら 、 たった 二三 間 も 飛べ ない のです 。 御覧 なさい 。

まだ 剣 も あります 。 これ は 鉄 でも 切れる はずな のです が 、――

王女 何 か 切って 御覧 に なって ?

王子 いえ 、 黒 ん 坊 の 王 の 首 を 斬る まで は 、 何も 斬ら ない つもりな のです 。

王女 あら 、 あなた は 黒 ん 坊 の 王 と 、 腕 競 べ を なさり に いら しった の ?

王子 いえ 、 腕 競 べ など に 来た のじゃ ありません 。 あなた を 助け に 来た のです 。

王女 ほんとうに ?

王子 ほんとうです 。

王女 まあ 、 嬉しい !

突然 黒 ん 坊 の 王 が 現れる 。 王子 と 王女 と は びっくり する 。

黒 ん 坊 の 王 今日 は 。 わたし は 今 アフリカ から 、 一 飛び に 飛んで 来た のです 。 どう です 、 わたし の 長靴 の 力 は ?

王女 ( 冷淡に ) で は もう 一 度 アフリカ へ 行って いらっしゃい 。

王 いや 、 今日 は あなた と 一しょに 、 ゆっくり 御 話 が したい のです 。 ( 王子 を 見る ) 誰 です か 、 その 下 男 は ?

王子 下 男 ? ( 腹立たし そうに 立ち上る ) わたし は 王子 です 。 王女 を 助け に 来た 王子 です 。 わたし が ここ に いる 限り は 、 指 一 本 も 王女 に は さ させません 。 王 ( わざと 叮嚀 に ) わたし は 三 つ の 宝 を 持って います 。 あなた は それ を 知っています か ? 王子 剣 と 長靴 と マントル です か ? なるほど わたし の 長靴 は 一 町 も 飛ぶ 事 は 出来ません 。 しかし 王女 と 一しょならば 、 この 長靴 を はいて いて も 、 千里 や 二千 里 は 驚きません 。 また この マントル を 御覧 なさい 。 わたし が 下 男 と 思わ れた ため 、 王女 の 前 へ も 来られた の は 、 やはり マントル の おかげ です 。 これ でも 王子 の 姿 だけ は 、 隠す 事 が 出来た じゃ ありません か ? 王 ( 嘲笑 う ) 生意気な ! わたし の マントル の 力 を 見る が 好 い 。 ( マントル を 着る 。 同時に 消え失せる )

王女 ( 手 を 打ち ながら ) ああ 、 もう 消えて しまいました 。 わたし は あの 人 が 消えて しまう と 、 ほんとうに 嬉しくて たまりません わ 。 王子 ああ 云 う マントル も 便利です ね 。 ちょうど わたし たち の ため に 出来て いる ようです 。

王 ( 突然 また 現われる 。 忌 々 し そうに ) そうです 。 あなた 方 の ため に 出来て いる ような もの です 。 わたし に は 役 に も 何にも たた ない 。 ( マントル を 投げ捨てる ) しかし わたし は 剣 を 持って いる 。 ( 急に 王子 を 睨み ながら ) あなた は わたし の 幸福 を 奪う もの だ 。 さあ 尋常に 勝負 を しよう 。 わたし の 剣 は 鉄 でも 切れる 。 あなた の 首位 は 何でもない 。 ( 剣 を 抜く )

王女 ( 立ち上る が 早い か 、 王子 を かばう ) 鉄 でも 切れる 剣 ならば 、 わたし の 胸 も 突 ける でしょう 。 さあ 、 一 突き に 突いて 御覧 なさい 。

王 ( 尻ごみ を し ながら ) いや 、 あなた は 斬れません 。 王女 ( 嘲る ように ) まあ 、 この 胸 も 突け ない のです か ? 鉄 でも 斬 れる と おっしゃった 癖 に !

王子 お 待ち なさい 。 ( 王女 を 押し止め ながら ) 王 の 云 う 事 は もっともです 。 王 の 敵 は わたし です から 、 尋常に 勝負 を しなければ なりません 。 ( 王 に ) さあ 、 すぐに 勝負 を しよう 。 ( 剣 を 抜く )

王 年 の 若い の に 感心な 男 だ 。 好 いか ? わたし の 剣 に さわれば 命 は ない ぞ 。

王 と 王子 と 剣 を 打ち合せる 。 すると たちまち 王 の 剣 は 、 杖 か 何 か 切る ように 、 王子 の 剣 を 切って しまう 。

王 どう だ ?

王子 剣 は 切ら れた の に 違いない 。 が 、 わたし は この 通り 、 あなた の 前 でも 笑って いる 。

王 で は まだ 勝負 を 続ける 気 か ?

王子 あたり 前 だ 。 さあ 、 来い 。

王 もう 勝負 など は し ない でも 好 い 。 ( 急に 剣 を 投げ捨てる ) 勝った の は あなた だ 。 わたし の 剣 など は 何にも なら ない 。

王子 ( 不思議 そうに 王 を 見る ) なぜ ?

王 なぜ ? わたし は あなた を 殺した 所 が 、 王女 に は いよいよ 憎ま れる だけ だ 。 あなた に は それ が わから ない の か ?

王子 いや 、 わたし に は わかって いる 。 ただ あなた に は そんな 事 も 、 わかって い な そうな 気 が した から 。

王 ( 考え に 沈み ながら ) わたし に は 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 も 貰える と 思って いた 。 が 、 それ は 間違い だった らしい 。

王子 ( 王 の 肩 に 手 を かけ ながら ) わたし も 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 を 助けられる と 思って いた 。 が 、 それ も 間違い だった らしい 。

王 そうだ 。 我々 は 二 人 と も 間違って いた のだ 。 ( 王子 の 手 を 取る ) さあ 、 綺麗に 仲直り を しましょう 。 わたし の 失礼 は 赦 して 下さい 。

王子 わたし の 失礼 も 赦 して 下さい 。 今に なって 見れば わたし が 勝った か 、 あなた が 勝った か わから ない ようです 。

王 いや 、 あなた は わたし に 勝った 。 わたし は わたし 自身 に 勝った のです 。 ( 王女 に ) わたし は アフリカ へ 帰ります 。 どうか 御 安心な すって 下さい 。 王子 の 剣 は 鉄 を 切る 代り に 、 鉄 より も もっと 堅い 、 わたし の 心 を 刺した のです 。 わたし は あなた 方 の 御 婚礼 の ため に 、 この 剣 と 長靴 と 、 それ から あの マントル と 、 三 つ の 宝 を さし上げましょう 。 もう この 三 つ の 宝 が あれば 、 あなた 方 二 人 を 苦しめる 敵 は 、 世界 に ない と 思います が 、 もし また 何 か 悪い やつ が あったら 、 わたし の 国 へ 知らせて 下さい 。 わたし は いつでも アフリカ から 、 百万 の 黒 ん 坊 の 騎兵 と 一しょに 、 あなた 方 の 敵 を 征伐 に 行きます 。 ( 悲し そうに ) わたし は あなた を 迎える ため に 、 アフリカ の 都 の まん 中 に 、 大理石 の 御殿 を 建てて 置きました 。 その 御殿 の まわり に は 、 一面の 蓮 の 花 が 咲いて いる のです 。 ( 王子 に ) どうか あなた は この 長靴 を はいたら 、 時々 遊び に 来て 下さい 。

王子 きっと 御馳走 に なり に 行きます 。 王女 ( 黒 ん 坊 の 王 の 胸 に 、 薔薇 の 花 を さして やり ながら ) わたし は あなた に すまない 事 を しました 。 あなた が こんな 優しい 方 だ と は 、 夢にも 知ら ず に いた のです 。 どうか かんにん して 下さい 。 ほんとうに わたし は すまない 事 を しました 。 ( 王 の 胸 に すがり ながら 、 子供 の ように 泣き 始める )

王 ( 王女 の 髪 を 撫で ながら ) 有難う 。 よく そう 云って くれました 。 わたし も 悪魔 では ありません 。 悪魔 も 同様な 黒 ん 坊 の 王 は 御伽 噺 に ある だけ です 。 ( 王子 に ) そうじゃ ありません か ? 王子 そうです 。 ( 見物 に 向 いながら ) 皆さん ! 我々 三 人 は 目 が さめました 。 悪魔 の ような 黒 ん 坊 の 王 や 、 三 つ の 宝 を 持って いる 王子 は 、 御伽 噺 に ある だけ な のです 。 我々 は もう目 が さめた 以上 、 御伽 噺 の 中 の 国 に は 、 住んで いる 訣 に は 行きません 。 我々 の 前 に は 霧 の 奥 から 、 もっと 広い 世界 が 浮んで 来ます 。 我々 は この 薔薇 と 噴水 と の 世界 から 、 一しょに その 世界 へ 出て 行きましょう 。 もっと 広い 世界 ! もっと 醜い 、 もっと 美しい 、―― もっと 大きい 御伽 噺 の 世界 ! その 世界 に 我々 を 待って いる もの は 、 苦しみ か または 楽しみ か 、 我々 は 何も 知りません 。 ただ 我々 は その 世界 へ 、 勇ましい 一 隊 の 兵卒 の ように 、 進んで 行く 事 を 知っている だけ です 。

( 大正 十一 年 十二 月 )


三 つ の 宝 みっ|||たから Drei Schätze. Three treasures Trois trésors. Tre tesori. 세 가지 보물 Trzy skarby.

三 つ の 宝 みっ|||たから Three treasures

芥川 龍 之介 あくたがわ|りゅう|ゆきすけ Ryunosuke Ayukawa

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\+ 目次 もくじ 森 の 中 。 しげる||なか in the forest . 三 人 の 盗人 が 宝 を 争って いる 。 みっ|じん||ぬすびと||たから||あらそって| 宝 と は 一 飛び に 千里 飛ぶ 長靴 、 着れば 姿 の 隠れる マントル 、 鉄 でも まっ二 つ に 切れる 剣 ―― ただし いずれ も 見た ところ は 、 古 道具 らしい 物 ばかり である 。 たから|||ひと|とび||ちさと|とぶ|ながぐつ|きれば|すがた||かくれる||くろがね||まっ ふた|||きれる|けん||||みた|||ふる|どうぐ||ぶつ|| A treasure is a pair of boots that fly a thousand miles, a mantle that hides when worn, and a sword that can be cut in two even with iron. 第 一 の 盗人 その マントル を こっち へ よこせ 。 だい|ひと||ぬすびと|||||| First thief Send the mantle over here.

第 二 の 盗人 余計な 事 を 云 う な 。 だい|ふた||ぬすびと|よけいな|こと||うん|| その 剣 こそ こっち へ よこせ 。 |けん|||| Send that sword to me. ―― おや 、 おれ の 長靴 を 盗んだ な 。 |||ながぐつ||ぬすんだ|

第 三 の 盗人 この 長靴 は おれ の 物 じゃ ない か ? だい|みっ||ぬすびと||ながぐつ||||ぶつ||| 貴 様 こそ おれ の 物 を 盗んだ のだ 。 とうと|さま||||ぶつ||ぬすんだ| You stole my stuff.

第 一 の 盗人 よし よし 、 では この マントル は おれ が 貰って 置こう 。 だい|ひと||ぬすびと|||||||||もらって|おこう

第 二 の 盗人 こん 畜生 ! だい|ふた||ぬすびと||ちくしょう 貴 様 なぞ に 渡して たまる もの か 。 とうと|さま|||わたして|||

第 一 の 盗人 よくも おれ を 撲った な 。 だい|ひと||ぬすびと||||ぼく った| ―― おや 、 また おれ の 剣 も 盗んだ な ? ||||けん||ぬすんだ|

第 三 の 盗人 何 だ 、 この マントル 泥 坊 め ! だい|みっ||ぬすびと|なん||||どろ|ぼう|

三 人 の 者 が 大 喧嘩 に なる 。 みっ|じん||もの||だい|けんか|| そこ へ 馬 に 跨った 王子 が 一 人 、 森 の 中 の 路 を 通りかかる 。 ||うま||またがった|おうじ||ひと|じん|しげる||なか||じ||とおりかかる

王子 おいおい 、 お前たち は 何 を して いる のだ ? おうじ||おまえたち||なん|||| ( 馬 から 下りる ) うま||おりる

第 一 の 盗人 何 、 こいつ が 悪い のです 。 だい|ひと||ぬすびと|なん|||わるい| わたし の 剣 を 盗んだ 上 、 マントル さえ よこせ と 云 う もの です から 、―― ||けん||ぬすんだ|うえ|||||うん|||| He stole my sword and even said mantle.

第 三 の 盗人 いえ 、 そい つ が 悪い のです 。 だい|みっ||ぬすびと|||||わるい| マントル は わたし の を 盗んだ のです 。 |||||ぬすんだ| The mantle stole mine.

第 二 の 盗人 いえ 、 こいつ 等 は 二 人 と も 大 泥 坊 です 。 だい|ふた||ぬすびと|||とう||ふた|じん|||だい|どろ|ぼう| これ は 皆 わたし の もの な のです から 、―― ||みな||||||

第 一 の 盗人 嘘 を つけ ! だい|ひと||ぬすびと|うそ|| The first thief lie!

第 二 の 盗人 この 大 法螺吹き め ! だい|ふた||ぬすびと||だい|ほらふき|

三 人 また 喧嘩 を しよう と する 。 みっ|じん||けんか||||

王子 待て 待て 。 おうじ|まて|まて たかが 古い マントル や 、 穴 の あいた 長靴 ぐらい 、 誰 が とって も 好 い じゃ ない か ? |ふるい|||あな|||ながぐつ||だれ||||よしみ|||| Who would like an old mantle or boots with holes?

第 二 の 盗人 いえ 、 そう は 行きません 。 だい|ふた||ぬすびと||||いき ませ ん この マントル は 着た と 思う と 、 姿 の 隠れる マントル な のです 。 |||きた||おもう||すがた||かくれる|||

第 一 の 盗人 どんな また 鉄 の 兜 でも 、 この 剣 で 切れば 切れる のです 。 だい|ひと||ぬすびと|||くろがね||かぶと|||けん||きれば|きれる|

第 三 の 盗人 この 長靴 も はき さえ すれば 、 一 飛び に 千里 飛べる のです 。 だい|みっ||ぬすびと||ながぐつ|||||ひと|とび||ちさと|とべる|

王子 なるほど 、 そう 云 う 宝 なら 、 喧嘩 を する の も もっともな 話 だ 。 おうじ|||うん||たから||けんか||||||はなし| が 、 それ ならば 欲張ら ず に 、 一 つ ずつ 分ければ 好 い じゃ ない か ? |||よくばら|||ひと|||わければ|よしみ||||

第 二 の 盗人 そんな 事 を して ごらん なさい 。 だい|ふた||ぬすびと||こと|||| わたし の 首 は いつ何時 、 あの 剣 に 切ら れる か わかり は しません 。 ||くび||いつなんどき||けん||きら|||||し ませ ん I don't know when and when my neck will be cut by that sword. 第 一 の 盗人 いえ 、 それ より も 困る の は 、 あの マントル を 着られれば 、 何 を 盗ま れる か 知れます まい 。 だい|ひと||ぬすびと|||||こまる||||||き られれば|なん||ぬすま|||しれ ます| 第 二 の 盗人 いえ 、 何 を 盗んだ 所 が 、 あの 長靴 を はかなければ 、 思う ように は 逃げられ ない 訣 です 。 だい|ふた||ぬすびと||なん||ぬすんだ|しょ|||ながぐつ|||おもう|||にげ られ||けつ| The second thief, even though he stole what, he couldn't escape without his boots. 王子 それ も なるほど 一理 窟 だ な 。 おうじ||||いちり|いわや|| Prince, it's definitely a cave. では 物 は 相談 だ が 、 わたし に みんな 売って くれ ない か ? |ぶつ||そうだん||||||うって||| Then, as for the thing, it is a consultation, but can you sell me everyone? そう すれば 心配 も 入ら ない はずだ から 。 ||しんぱい||はいら|||

第 一 の 盗人 どう だい 、 この 殿様 に 売って しまう の は ? だい|ひと||ぬすびと||||とのさま||うって||| First thief How about selling to this lord?

第 三 の 盗人 なるほど 、 それ も 好 い かも 知れ ない 。 だい|みっ||ぬすびと||||よしみ|||しれ|

第 二 の 盗人 ただ 値段 次第 だ な 。 だい|ふた||ぬすびと||ねだん|しだい||

王子 値段 は ―― そうだ 。 おうじ|ねだん||そう だ その マントル の 代り に は 、 この 赤い マントル を やろう 、 これ に は 刺繍 の 縁 も ついて いる 。 |||かわり||||あかい|||||||ししゅう||えん||| それ から その 長靴 の 代り に は 、 この 宝石 の はいった 靴 を やろう 。 |||ながぐつ||かわり||||ほうせき|||くつ|| この 黄金 細工 の 剣 を やれば 、 その 剣 を くれて も 損 は ある まい 。 |おうごん|さいく||けん||||けん||||そん||| どう だ 、 この 値段 で は ? |||ねだん|| How about this price?

第 二 の 盗人 わたし は この マントル の 代り に 、 その マントル を 頂きましょう 。 だい|ふた||ぬすびと||||||かわり|||||いただき ましょう 第 一 の 盗人 と 第 三 の 盗人 わたし たち も 申し分 は ありません 。 だい|ひと||ぬすびと||だい|みっ||ぬすびと||||もうしぶん||あり ませ ん 王子 そう か 。 おうじ|| では 取り換えて 貰おう 。 |とりかえて|もらおう

王子 は マントル 、 剣 、 長靴 等 を 取り換えた 後 、 また 馬 の 上 に 跨り ながら 、 森 の 中 の 路 を 行き かける 。 おうじ|||けん|ながぐつ|とう||とりかえた|あと||うま||うえ||またがり||しげる||なか||じ||いき|

王子 この先 に 宿屋 は ない か ? おうじ|このさき||やどや||| Prince Is there an inn in the future?

第 一 の 盗人 森 の 外 へ 出 さえ すれば 「 黄金 の 角笛 」 と いう 宿屋 が あります 。 だい|ひと||ぬすびと|しげる||がい||だ|||おうごん||つのぶえ|||やどや||あり ます では 御 大事に いらっしゃい 。 |ご|だいじに| Thank you for coming.

王子 そう か 。 おうじ|| では さようなら 。 ( 去る ) さる

第 三 の 盗人 うまい 商売 を した な 。 だい|みっ||ぬすびと||しょうばい||| おれ は あの 長靴 が 、 こんな 靴 に なろう と は 思わ なかった 。 |||ながぐつ|||くつ|||||おもわ| I didn't expect that boots to look like this. 見ろ 。 みろ 止め 金 に は 金剛 石 が ついて いる 。 とどめ|きむ|||こんごう|いし||| A gold stone is attached to the clasp.

第 二 の 盗人 おれ の マントル も 立派な 物 じゃ ない か ? だい|ふた||ぬすびと|||||りっぱな|ぶつ||| これ を こう 着た 所 は 、 殿様 の ように 見える だろう 。 |||きた|しょ||とのさま|||みえる|

第 一 の 盗人 この 剣 も 大した 物 だ ぜ 。 だい|ひと||ぬすびと||けん||たいした|ぶつ|| 何しろ 柄 も 鞘 も 黄金 だ から な 。 なにしろ|え||さや||おうごん||| ―― しかし ああ やすやす 欺 さ れる と は 、 あの 王子 も 大 莫迦 じゃ ない か ? |||あざむ||||||おうじ||だい|ばか|||

第 二 の 盗人 しっ! だい|ふた||ぬすびと| 壁 に 耳 あり 、 徳利 に も 口 だ 。 かべ||みみ||とくり|||くち| There is an ear on the wall, and a mouthful on Sake. まあ 、 どこ か へ 行って 一 杯 やろう 。 ||||おこなって|ひと|さかずき| Well, let's go somewhere and have a glass.

三 人 の 盗人 は 嘲笑 いながら 、 王子 と は 反対の 路 へ 行って しまう 。 みっ|じん||ぬすびと||ちょうしょう||おうじ|||はんたいの|じ||おこなって| The three thieves go to the opposite road to the prince, ridiculing.

「 黄金 の 角笛 」 と 云 う 宿屋 の 酒場 。 おうごん||つのぶえ||うん||やどや||さかば 酒場 の 隅 に は 王子 が パン を 噛 じって いる 。 さかば||すみ|||おうじ||ぱん||か|| 王子 の ほか に も 客 が 七八 人 、―― これ は 皆 村 の 農夫 らしい 。 おうじ|||||きゃく||しちはち|じん|||みな|むら||のうふ|

宿屋 の 主人 いよいよ 王女 の 御 婚礼 が ある そうだ ね 。 やどや||あるじ||おうじょ||ご|こんれい|||そう だ| The owner of the inn is finally having a wedding ceremony for the princess.

第 一 の 農夫 そう 云 う 話 だ 。 だい|ひと||のうふ||うん||はなし| なんでも 御 壻 に なる 人 は 、 黒 ん 坊 の 王様 だ と 云 う じゃ ない か ? |ご|むこ|||じん||くろ||ぼう||おうさま|||うん||||

第 二 の 農夫 しか し 王女 は あの 王様 が 大嫌いだ と 云 う 噂 だ ぜ 。 だい|ふた||のうふ|||おうじょ|||おうさま||だいきらいだ||うん||うわさ||

第 一 の 農夫 嫌いなれば お 止し なされば 好 い のに 。 だい|ひと||のうふ|きらいなれば||よし||よしみ||

主人 ところ が その 黒 ん 坊 の 王様 は 、 三 つ の 宝もの を 持って いる 。 あるじ||||くろ||ぼう||おうさま||みっ|||たからもの||もって| 第 一 が 千里 飛べる 長靴 、 第 二 が 鉄 さえ 切れる 剣 、 第 三 が 姿 の 隠れる マントル 、―― それ を 皆 献上 する と 云 う もの だ から 、 欲 の 深い この 国 の 王様 は 、 王女 を やる と おっしゃった のだ そうだ 。 だい|ひと||ちさと|とべる|ながぐつ|だい|ふた||くろがね||きれる|けん|だい|みっ||すがた||かくれる||||みな|けんじょう|||うん|||||よく||ふかい||くに||おうさま||おうじょ||||||そう だ The first is a pair of boots that can fly a thousand miles, the second is a sword that cuts even iron, and the third is a mantle that hides its appearance. You said so.

第 二 の 農夫 御 可哀そうな の は 王女 御 一 人 だ な 。 だい|ふた||のうふ|ご|かわいそうな|||おうじょ|ご|ひと|じん||

第 一 の 農夫 誰 か 王女 を お 助け 申す もの は ない だろう か ? だい|ひと||のうふ|だれ||おうじょ|||たすけ|もうす|||||

主人 いや 、 いろいろの 国 の 王子 の 中 に は 、 そう 云 う 人 も ある そうだ が 、 何分 あの 黒 ん 坊 の 王様 に は かなわない から 、 みんな 指 を 啣 えて いる のだ と さ 。 あるじ|||くに||おうじ||なか||||うん||じん|||そう だ||なにぶん||くろ||ぼう||おうさま||||||ゆび||かん|||||

第 二 の 農夫 おまけ に 欲 の 深い 王様 は 、 王女 を 人 に 盗ま れ ない ように 、 竜 の 番人 を 置いて ある そうだ 。 だい|ふた||のうふ|||よく||ふかい|おうさま||おうじょ||じん||ぬすま||||りゅう||ばんにん||おいて||そう だ

主人 何 、 竜 じゃ ない 、 兵隊 だ そうだ 。 あるじ|なん|りゅう|||へいたい||そう だ

第 一 の 農夫 わたし が 魔法 でも 知っていれば 、 まっ先 に 御 助け 申す のだ が 、―― 主人 当り前 さ 、 わたし も 魔法 を 知っていれば 、 お前 さん など に 任せて 置き は し ない 。 だい|ひと||のうふ|||まほう||しっていれば|まっ さき||ご|たすけ|もうす|||あるじ|あたりまえ||||まほう||しっていれば|おまえ||||まかせて|おき||| The first farmer If I knew magic too, I would first offer my help, but-if the master is common enough, I also know magic, and I will not leave it to you. ( 一同 笑い 出す ) いちどう|わらい|だす

王子 ( 突然 一同 の 中 へ 飛び出し ながら ) よし 心配 する な ! おうじ|とつぜん|いちどう||なか||とびだし|||しんぱい|| きっと わたし が 助けて 見せる 。 |||たすけて|みせる

一同 ( 驚いた ように ) あなた が いちどう|おどろいた|||

王子 そうだ 、 黒 ん 坊 の 王 など は 何 人 でも 来い 。 おうじ|そう だ|くろ||ぼう||おう|||なん|じん||こい Prince Yes, any number of Black Boy Kings can come. ( 腕組 を した まま 、 一同 を 見まわす ) わたし は 片っ端から 退治 して 見せる 。 うでぐみ||||いちどう||みまわす|||かたっぱしから|たいじ||みせる

主人 です が あの 王様 に は 、 三 つ の 宝 が ある そうです 。 あるじ||||おうさま|||みっ|||たから|||そう です 第 一 に は 千里 飛ぶ 長靴 、 第 二 に は 、―― だい|ひと|||ちさと|とぶ|ながぐつ|だい|ふた||

王子 鉄 でも 切れる 剣 か ? おうじ|くろがね||きれる|けん| そんな 物 は わたし も 持って いる 。 |ぶつ||||もって| この 長靴 を 見ろ 。 |ながぐつ||みろ この 剣 を 見ろ 。 |けん||みろ この 古い マントル を 見ろ 。 |ふるい|||みろ 黒 ん 坊 の 王 が 持って いる の と 、 寸分 も 違わ ない 宝 ばかり だ 。 くろ||ぼう||おう||もって||||すんぶん||ちがわ||たから||

一同 ( 再び 驚いた ように ) その 靴 が その 剣 が その マントル が いちどう|ふたたび|おどろいた|||くつ|||けん||||

主人 ( 疑わし そうに ) しかし その 長靴 に は 、 穴 が あいて いる じゃ ありません か ? あるじ|うたがわし|そう に|||ながぐつ|||あな|||||あり ませ ん| 王子 それ は 穴 が あいて いる 。 おうじ|||あな||| が 、 穴 は あいて いて も 、 一 飛び に 千里 飛ば れる のだ 。 |あな|||||ひと|とび||ちさと|とば||

主人 ほんとうです か ? あるじ|| Is your husband really?

王子 ( 憐 むように ) お前 に は 嘘 だ と 思わ れる かも 知れ ない 。 おうじ|れん||おまえ|||うそ|||おもわ|||しれ| よし 、 それ ならば 飛んで 見せる 。 |||とんで|みせる 入口 の 戸 を あけて 置いて くれ 。 いりぐち||と|||おいて| 好 い か 。 よしみ|| 飛び上った と 思う と 見え なく なる ぞ 。 とびあがった||おもう||みえ||| If you think you jumped up, it will disappear.

主人 その 前 に 御 勘定 を 頂きましょう か ? あるじ||ぜん||ご|かんじょう||いただき ましょう| 王子 何 、 すぐに 帰って 来る 。 おうじ|なん||かえって|くる 土産 に は 何 を 持って 来て やろう 。 みやげ|||なん||もって|きて| What should I bring with me as a souvenir? イタリア の 柘榴 か 、 イスパニア の 真 桑 瓜 か 、 それとも ずっと 遠い アラビア の 無花果 か ? いたりあ||ざくろ||||まこと|くわ|うり||||とおい|あらびあ||いちじく|

主人 御土産 ならば 何でも 結構です 。 あるじ|おみやげ||なんでも|けっこうです まあ 飛んで 見せて 下さい 。 |とんで|みせて|ください

王子 で は 飛ぶ ぞ 。 おうじ|||とぶ| 一 、 二 、 三 ! ひと|ふた|みっ

王子 は 勢 好く 飛び上る 。 おうじ||ぜい|すく|とびあがる が 、 戸口 へ も 届か ない 内 に 、 ど たり と 尻餅 を ついて しまう 。 |とぐち|||とどか||うち|||||しりもち||| However, before it reaches the doorway, it sticks to the bottom mochi. 一同 どっと 笑い 立てる 。 いちどう||わらい|たてる

主人 こんな 事 だろう と 思った よ 。 あるじ||こと|||おもった|

第 一 の 農夫 干 里 どころ か 、 二三 間 も 飛ば なかった ぜ 。 だい|ひと||のうふ|ひ|さと|||ふみ|あいだ||とば||

第 二 の 農夫 何 、 千里 飛んだ の さ 。 だい|ふた||のうふ|なん|ちさと|とんだ|| The second farmer What did you fly, Senri? 一 度 千里 飛んで 置いて 、 また 千里 飛び 返った から 、 もと の 所 へ 来て しまった のだろう 。 ひと|たび|ちさと|とんで|おいて||ちさと|とび|かえった||||しょ||きて||

第 一 の 農夫 冗談 じゃ ない 。 だい|ひと||のうふ|じょうだん|| そんな 莫迦 な 事 が ある もの か 。 |ばか||こと||||

一同 大笑い に なる 。 いちどう|おおわらい|| 王子 は すごすご 起き上り ながら 、 酒場 の 外 へ 行こう と する 。 おうじ|||おきあがり||さかば||がい||いこう||

主人 もしもし 御 勘定 を 置いて 行って 下さい 。 あるじ||ご|かんじょう||おいて|おこなって|ください Master Hello, please leave an account.

王子 無言 の まま 、 金 を 投げる 。 おうじ|むごん|||きむ||なげる

第 二 の 農夫 御土産 は ? だい|ふた||のうふ|おみやげ|

王子 ( 剣 の 柄 へ 手 を かける ) 何 だ と ? おうじ|けん||え||て|||なん||

第 二 の 農夫 ( 尻ごみ し ながら ) いえ 、 何とも 云 い は しません 。 だい|ふた||のうふ|しりごみ||||なんとも|うん|||し ませ ん ( 独り 語 の ように ) 剣 だけ は 首 くらい 斬 れる かも 知れ ない 。 ひとり|ご|||けん|||くび||き|||しれ| (Like a single word) Only the sword may be cut as much as the neck.

主人 ( なだめる ように ) まあ 、 あなた など は 御 年若な のです から 、 一 先 御 父 様 の 御国 へ お 帰り なさい 。 あるじ|||||||ご|としわかな|||ひと|さき|ご|ちち|さま||おくに|||かえり| いくら あなた が 騒いで 見た ところ が 、 とても 黒 ん 坊 の 王様 に はかない は しません 。 |||さわいで|みた||||くろ||ぼう||おうさま||||し ませ ん No matter how loud you saw it とかく 人間 と 云 う 者 は 、 何でも 身のほど を 忘れ ない ように 慎み深く する の が 上 分別 です 。 |にんげん||うん||もの||なんでも|みのほど||わすれ|||つつしみぶかく||||うえ|ぶんべつ| Anyway, it is wise for human beings to be modest so as not to forget anything about themselves.

一同 そう なさい 。 いちどう|| そう なさい 。 悪い 事 は 云 い は しません 。 わるい|こと||うん|||し ませ ん 王子 わたし は 何でも 、―― 何でも 出来る と 思った のに 、( 突然 涙 を 落す ) お前たち に も 恥ずかしい ( 顔 を 隠し ながら ) ああ 、 このまま 消えて も しまいたい ようだ 。 おうじ|||なんでも|なんでも|できる||おもった||とつぜん|なみだ||おとす|おまえたち|||はずかしい|かお||かくし||||きえて||しま い たい| 第 一 の 農夫 その マントル を 着て 御覧 なさい 。 だい|ひと||のうふ||||きて|ごらん| そう すれば 消える かも 知れません 。 ||きえる||しれ ませ ん Then it may disappear. 王子 畜生 ! おうじ|ちくしょう Prince damn it! ( じだんだ を 踏む ) よし 、 いくら でも 莫迦 に しろ 。 ||ふむ||||ばか|| わたし は きっと 黒 ん 坊 の 王 から 可哀そうな 王女 を 助けて 見せる 。 |||くろ||ぼう||おう||かわいそうな|おうじょ||たすけて|みせる 長靴 は 千里 飛ば れ なかった が 、 まだ 剣 も ある 。 ながぐつ||ちさと|とば|||||けん|| マントル も 、――( 一生懸命に ) いや 、 空手 でも 助けて 見せる 。 ||いっしょうけんめいに||からて||たすけて|みせる その 時 に 後悔 し ない ように しろ 。 |じ||こうかい|||| ( 気 違い の ように 酒場 を 飛び出して しまう 。 き|ちがい|||さかば||とびだして| 主人 困った もの だ 、 黒 ん 坊 の 王様 に 殺さ れ なければ 好 いが 、―― あるじ|こまった|||くろ||ぼう||おうさま||ころさ|||よしみ|

王 城 の 庭 。 おう|しろ||にわ 薔薇 の 花 の 中 に 噴水 が 上って いる 。 ばら||か||なか||ふんすい||のぼって| 始 は 誰 も いない 。 はじめ||だれ|| しばらく の 後 、 マントル を 着た 王子 が 出て 来る 。 ||あと|||きた|おうじ||でて|くる

王子 やはり この マントル は 着た と 思う と 、 たちまち 姿 が 隠れる と 見える 。 おうじ|||||きた||おもう|||すがた||かくれる||みえる わたし は 城 の 門 を はいって から 、 兵卒 に も 遇 えば 腰元 に も 遇った 。 ||しろ||もん||||へいそつ|||ぐう||こしもと|||ぐう った が 、 誰 も 咎めた もの は ない 。 |だれ||とがめた||| この マントル さえ 着て いれば 、 この 薔薇 を 吹いて いる 風 の ように 、 王女 の 部屋 へ も はいれる だろう 。 |||きて|||ばら||ふいて||かぜ|||おうじょ||へや|||| ―― おや 、 あそこ へ 歩いて 来た の は 、 噂 に 聞いた 王女 じゃ ない か ? |||あるいて|きた|||うわさ||きいた|おうじょ||| どこ か へ 一 時 身 を 隠して から 、―― 何 、 そんな 必要 は ない 、 わたし は ここ に 立って いて も 、 王女 の 眼 に は 見え ない はずだ 。 |||ひと|じ|み||かくして||なん||ひつよう|||||||たって|||おうじょ||がん|||みえ||

王女 は 噴水 の 縁 へ 来る と 、 悲し そうに ため息 を する 。 おうじょ||ふんすい||えん||くる||かなし|そう に|ためいき||

王女 わたし は 何と 云 う 不 仕 合せ な のだろう 。 おうじょ|||なんと|うん||ふ|し|あわせ|| Princess What a misconduct I am! もう 一 週間 も たた ない 内 に 、 あの 憎らしい 黒 ん 坊 の 王 は 、 わたし を アフリカ へ つれて 行って しまう 。 |ひと|しゅうかん||||うち|||にくらしい|くろ||ぼう||おう||||あふりか|||おこなって|

獅子 や 鰐 の いる アフリカ へ 、( そこ の 芝 の 上 に 坐り ながら ) わたし は いつまでも この 城 に いたい 。 しし||わに|||あふりか||||しば||うえ||すわり||||||しろ||い たい この 薔薇 の 花 の 中 に 、 噴水 の 音 を 聞いて いたい 。 |ばら||か||なか||ふんすい||おと||きいて|い たい ……

王子 何と 云 う 美しい 王女 だろう 。 おうじ|なんと|うん||うつくしい|おうじょ| わたし はたと い 命 を 捨てて も 、 この 王女 を 助けて 見せる 。 |||いのち||すてて|||おうじょ||たすけて|みせる

王女 ( 驚いた ように 王子 を 見 ながら ) 誰 です 、 あなた は ? おうじょ|おどろいた||おうじ||み||だれ|||

王子 ( 独り 語 の ように ) しまった ! おうじ|ひとり|ご||| 声 を 出した の は 悪かった のだ ! こえ||だした|||わるかった|

王 女声 を 出した の が 悪い ? おう|じょせい||だした|||わるい 気 違い かしら ? き|ちがい| あんな 可愛い 顔 を して いる けれども 、―― |かわいい|かお||||

王子 顔 ? おうじ|かお あなた に は わたし の 顔 が 見える のです か ? |||||かお||みえる||

王女 見えます わ 。 おうじょ|みえ ます| まあ 、 何 を 不思議 そうに 考えて いらっしゃる の ? |なん||ふしぎ|そう に|かんがえて||

王子 この マントル も 見えます か ? おうじ||||みえ ます| 王女 ええ 、 ずいぶん 古い マントル じゃ ありません か ? おうじょ|||ふるい|||あり ませ ん| 王子 ( 落胆 した ように ) わたし の 姿 は 見え ない はずな のです が ね 。 おうじ|らくたん|||||すがた||みえ|||||

王女 ( 驚いた ように ) どうして ? おうじょ|おどろいた||

王子 これ は 一 度 着 さえ すれば 、 姿 が 隠れる マントル な のです 。 おうじ|||ひと|たび|ちゃく|||すがた||かくれる|||

王女 それ は あの 黒 ん 坊 の 王 の マントル でしょう 。 おうじょ||||くろ||ぼう||おう|||

王子 いえ 、 これ も そう な のです 。 おうじ||||||

王女 だって 姿 が 隠れ ない じゃ ありません か ? おうじょ||すがた||かくれ|||あり ませ ん| 王子 兵卒 や 腰元 に 遇った 時 は 、 確かに 姿 が 隠れた のです が ね 。 おうじ|へいそつ||こしもと||ぐう った|じ||たしかに|すがた||かくれた||| その 証拠 に は 誰 に 遇って も 、 咎められた 事 が なかった のです から 。 |しょうこ|||だれ||ぐう って||とがめ られた|こと|||| 王女 ( 笑い 出す ) それ は その はず です わ 。 おうじょ|わらい|だす|||||| そんな 古い マントル を 着て いらっしゃれば 下 男 か 何かと 思わ れます もの 。 |ふるい|||きて||した|おとこ||なにかと|おもわ|れ ます| 王子 下 男 ! おうじ|した|おとこ ( 落胆 した ように 坐って しまう ) やはり この 長靴 と 同じ 事 だ 。 らくたん|||すわって||||ながぐつ||おなじ|こと|

王女 その 長靴 も どうかしました の ? おうじょ||ながぐつ||どうかし ました| 王子 これ も 千里 飛ぶ 長靴 な のです 。 おうじ|||ちさと|とぶ|ながぐつ||

王女 黒 ん 坊 の 王 の 長靴 の ように ? おうじょ|くろ||ぼう||おう||ながぐつ||

王子 ええ 、―― ところが この 間 飛んで 見たら 、 たった 二三 間 も 飛べ ない のです 。 おうじ||||あいだ|とんで|みたら||ふみ|あいだ||とべ|| 御覧 なさい 。 ごらん|

まだ 剣 も あります 。 |けん||あり ます これ は 鉄 でも 切れる はずな のです が 、―― ||くろがね||きれる|||

王女 何 か 切って 御覧 に なって ? おうじょ|なん||きって|ごらん|| Did you cut something and see the princess?

王子 いえ 、 黒 ん 坊 の 王 の 首 を 斬る まで は 、 何も 斬ら ない つもりな のです 。 おうじ||くろ||ぼう||おう||くび||きる|||なにも|きら||| Prince No, I'm not going to cut anything until I cut the head of the Black King.

王女 あら 、 あなた は 黒 ん 坊 の 王 と 、 腕 競 べ を なさり に いら しった の ? おうじょ||||くろ||ぼう||おう||うで|きそう|||||||

王子 いえ 、 腕 競 べ など に 来た のじゃ ありません 。 おうじ||うで|きそう||||きた||あり ませ ん あなた を 助け に 来た のです 。 ||たすけ||きた|

王女 ほんとうに ? おうじょ|

王子 ほんとうです 。 おうじ|

王女 まあ 、 嬉しい ! おうじょ||うれしい

突然 黒 ん 坊 の 王 が 現れる 。 とつぜん|くろ||ぼう||おう||あらわれる 王子 と 王女 と は びっくり する 。 おうじ||おうじょ||||

黒 ん 坊 の 王 今日 は 。 くろ||ぼう||おう|きょう| わたし は 今 アフリカ から 、 一 飛び に 飛んで 来た のです 。 ||いま|あふりか||ひと|とび||とんで|きた| どう です 、 わたし の 長靴 の 力 は ? ||||ながぐつ||ちから|

王女 ( 冷淡に ) で は もう 一 度 アフリカ へ 行って いらっしゃい 。 おうじょ|れいたんに||||ひと|たび|あふりか||おこなって|

王 いや 、 今日 は あなた と 一しょに 、 ゆっくり 御 話 が したい のです 。 おう||きょう||||いっしょに||ご|はなし||し たい| ( 王子 を 見る ) 誰 です か 、 その 下 男 は ? おうじ||みる|だれ||||した|おとこ|

王子 下 男 ? おうじ|した|おとこ ( 腹立たし そうに 立ち上る ) わたし は 王子 です 。 はらだたし|そう に|たちのぼる|||おうじ| 王女 を 助け に 来た 王子 です 。 おうじょ||たすけ||きた|おうじ| わたし が ここ に いる 限り は 、 指 一 本 も 王女 に は さ させません 。 |||||かぎり||ゆび|ひと|ほん||おうじょ||||さ せ ませ ん As long as I'm here, I won't let the princess touch me with a single finger. 王 ( わざと 叮嚀 に ) わたし は 三 つ の 宝 を 持って います 。 おう||ていねい||||みっ|||たから||もって|い ます あなた は それ を 知っています か ? ||||しってい ます| 王子 剣 と 長靴 と マントル です か ? おうじ|けん||ながぐつ|||| なるほど わたし の 長靴 は 一 町 も 飛ぶ 事 は 出来ません 。 |||ながぐつ||ひと|まち||とぶ|こと||でき ませ ん しかし 王女 と 一しょならば 、 この 長靴 を はいて いて も 、 千里 や 二千 里 は 驚きません 。 |おうじょ||いっしょならば||ながぐつ|||||ちさと||にせん|さと||おどろき ませ ん また この マントル を 御覧 なさい 。 ||||ごらん| わたし が 下 男 と 思わ れた ため 、 王女 の 前 へ も 来られた の は 、 やはり マントル の おかげ です 。 ||した|おとこ||おもわ|||おうじょ||ぜん|||こ られた||||||| これ でも 王子 の 姿 だけ は 、 隠す 事 が 出来た じゃ ありません か ? ||おうじ||すがた|||かくす|こと||できた||あり ませ ん| 王 ( 嘲笑 う ) 生意気な ! おう|ちょうしょう||なまいきな わたし の マントル の 力 を 見る が 好 い 。 ||||ちから||みる||よしみ| ( マントル を 着る 。 ||きる 同時に 消え失せる ) どうじに|きえうせる

王女 ( 手 を 打ち ながら ) ああ 、 もう 消えて しまいました 。 おうじょ|て||うち||||きえて|しまい ました わたし は あの 人 が 消えて しまう と 、 ほんとうに 嬉しくて たまりません わ 。 |||じん||きえて||||うれしくて|たまり ませ ん| 王子 ああ 云 う マントル も 便利です ね 。 おうじ||うん||||べんりです| ちょうど わたし たち の ため に 出来て いる ようです 。 ||||||できて||

王 ( 突然 また 現われる 。 おう|とつぜん||あらわれる 忌 々 し そうに ) そうです 。 い|||そう に|そう です あなた 方 の ため に 出来て いる ような もの です 。 |かた||||できて|||| わたし に は 役 に も 何にも たた ない 。 |||やく|||なんにも|| ( マントル を 投げ捨てる ) しかし わたし は 剣 を 持って いる 。 ||なげすてる||||けん||もって| ( 急に 王子 を 睨み ながら ) あなた は わたし の 幸福 を 奪う もの だ 。 きゅうに|おうじ||にらみ||||||こうふく||うばう|| さあ 尋常に 勝負 を しよう 。 |じんじょうに|しょうぶ|| わたし の 剣 は 鉄 でも 切れる 。 ||けん||くろがね||きれる あなた の 首位 は 何でもない 。 ||しゅい||なんでもない Your top spot is nothing. ( 剣 を 抜く ) けん||ぬく (Pull out the sword)

王女 ( 立ち上る が 早い か 、 王子 を かばう ) 鉄 でも 切れる 剣 ならば 、 わたし の 胸 も 突 ける でしょう 。 おうじょ|たちのぼる||はやい||おうじ|||くろがね||きれる|けん||||むね||つ|| さあ 、 一 突き に 突いて 御覧 なさい 。 |ひと|つき||ついて|ごらん| Now, take a look at it.

王 ( 尻ごみ を し ながら ) いや 、 あなた は 斬れません 。 おう|しりごみ|||||||きれ ませ ん 王女 ( 嘲る ように ) まあ 、 この 胸 も 突け ない のです か ? おうじょ|あざける||||むね||つけ||| 鉄 でも 斬 れる と おっしゃった 癖 に ! くろがね||き||||くせ|

王子 お 待ち なさい 。 おうじ||まち| ( 王女 を 押し止め ながら ) 王 の 云 う 事 は もっともです 。 おうじょ||おしとどめ||おう||うん||こと|| 王 の 敵 は わたし です から 、 尋常に 勝負 を しなければ なりません 。 おう||てき|||||じんじょうに|しょうぶ||し なければ|なり ませ ん ( 王 に ) さあ 、 すぐに 勝負 を しよう 。 おう||||しょうぶ|| ( 剣 を 抜く ) けん||ぬく

王 年 の 若い の に 感心な 男 だ 。 おう|とし||わかい|||かんしんな|おとこ| 好 いか ? よしみ| わたし の 剣 に さわれば 命 は ない ぞ 。 ||けん|||いのち|||

王 と 王子 と 剣 を 打ち合せる 。 おう||おうじ||けん||うちあわせる すると たちまち 王 の 剣 は 、 杖 か 何 か 切る ように 、 王子 の 剣 を 切って しまう 。 ||おう||けん||つえ||なん||きる||おうじ||けん||きって|

王 どう だ ? おう||

王子 剣 は 切ら れた の に 違いない 。 おうじ|けん||きら||||ちがいない が 、 わたし は この 通り 、 あなた の 前 でも 笑って いる 。 ||||とおり|||ぜん||わらって|

王 で は まだ 勝負 を 続ける 気 か ? おう||||しょうぶ||つづける|き|

王子 あたり 前 だ 。 おうじ||ぜん| さあ 、 来い 。 |こい

王 もう 勝負 など は し ない でも 好 い 。 おう||しょうぶ||||||よしみ| ( 急に 剣 を 投げ捨てる ) 勝った の は あなた だ 。 きゅうに|けん||なげすてる|かった|||| わたし の 剣 など は 何にも なら ない 。 ||けん|||なんにも||

王子 ( 不思議 そうに 王 を 見る ) なぜ ? おうじ|ふしぎ|そう に|おう||みる|

王 なぜ ? おう| わたし は あなた を 殺した 所 が 、 王女 に は いよいよ 憎ま れる だけ だ 。 ||||ころした|しょ||おうじょ||||にくま||| あなた に は それ が わから ない の か ?

王子 いや 、 わたし に は わかって いる 。 おうじ|||||| ただ あなた に は そんな 事 も 、 わかって い な そうな 気 が した から 。 |||||こと|||||そう な|き|||

王 ( 考え に 沈み ながら ) わたし に は 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 も 貰える と 思って いた 。 おう|かんがえ||しずみ|||||みっ|||たから|||おうじょ||もらえる||おもって| が 、 それ は 間違い だった らしい 。 |||まちがい||

王子 ( 王 の 肩 に 手 を かけ ながら ) わたし も 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 を 助けられる と 思って いた 。 おうじ|おう||かた||て||||||みっ|||たから|||おうじょ||たすけ られる||おもって| が 、 それ も 間違い だった らしい 。 |||まちがい||

王 そうだ 。 おう|そう だ 我々 は 二 人 と も 間違って いた のだ 。 われわれ||ふた|じん|||まちがって|| ( 王子 の 手 を 取る ) さあ 、 綺麗に 仲直り を しましょう 。 おうじ||て||とる||きれいに|なかなおり||し ましょう わたし の 失礼 は 赦 して 下さい 。 ||しつれい||しゃ||ください

王子 わたし の 失礼 も 赦 して 下さい 。 おうじ|||しつれい||しゃ||ください 今に なって 見れば わたし が 勝った か 、 あなた が 勝った か わから ない ようです 。 いまに||みれば|||かった||||かった||||

王 いや 、 あなた は わたし に 勝った 。 おう||||||かった わたし は わたし 自身 に 勝った のです 。 |||じしん||かった| ( 王女 に ) わたし は アフリカ へ 帰ります 。 おうじょ||||あふりか||かえり ます どうか 御 安心な すって 下さい 。 |ご|あんしんな||ください 王子 の 剣 は 鉄 を 切る 代り に 、 鉄 より も もっと 堅い 、 わたし の 心 を 刺した のです 。 おうじ||けん||くろがね||きる|かわり||くろがね||||かたい|||こころ||さした| わたし は あなた 方 の 御 婚礼 の ため に 、 この 剣 と 長靴 と 、 それ から あの マントル と 、 三 つ の 宝 を さし上げましょう 。 |||かた||ご|こんれい|||||けん||ながぐつ|||||||みっ|||たから||さしあげ ましょう I will give you three treasures for your wedding, this sword and boots, and that mantle. もう この 三 つ の 宝 が あれば 、 あなた 方 二 人 を 苦しめる 敵 は 、 世界 に ない と 思います が 、 もし また 何 か 悪い やつ が あったら 、 わたし の 国 へ 知らせて 下さい 。 ||みっ|||たから||||かた|ふた|じん||くるしめる|てき||せかい||||おもい ます||||なん||わるい||||||くに||しらせて|ください わたし は いつでも アフリカ から 、 百万 の 黒 ん 坊 の 騎兵 と 一しょに 、 あなた 方 の 敵 を 征伐 に 行きます 。 |||あふりか||ひゃくまん||くろ||ぼう||きへい||いっしょに||かた||てき||せいばつ||いき ます ( 悲し そうに ) わたし は あなた を 迎える ため に 、 アフリカ の 都 の まん 中 に 、 大理石 の 御殿 を 建てて 置きました 。 かなし|そう に|||||むかえる|||あふりか||と|||なか||だいりせき||ごてん||たてて|おき ました その 御殿 の まわり に は 、 一面の 蓮 の 花 が 咲いて いる のです 。 |ごてん|||||いちめんの|はす||か||さいて|| ( 王子 に ) どうか あなた は この 長靴 を はいたら 、 時々 遊び に 来て 下さい 。 おうじ||||||ながぐつ|||ときどき|あそび||きて|ください

王子 きっと 御馳走 に なり に 行きます 。 おうじ||ごちそう||||いき ます 王女 ( 黒 ん 坊 の 王 の 胸 に 、 薔薇 の 花 を さして やり ながら ) わたし は あなた に すまない 事 を しました 。 おうじょ|くろ||ぼう||おう||むね||ばら||か||||||||||こと||し ました あなた が こんな 優しい 方 だ と は 、 夢にも 知ら ず に いた のです 。 |||やさしい|かた||||ゆめにも|しら|||| どうか かんにん して 下さい 。 |||ください ほんとうに わたし は すまない 事 を しました 。 ||||こと||し ました ( 王 の 胸 に すがり ながら 、 子供 の ように 泣き 始める ) おう||むね||||こども|||なき|はじめる

王 ( 王女 の 髪 を 撫で ながら ) 有難う 。 おう|おうじょ||かみ||なで||ありがたう よく そう 云って くれました 。 ||うん って|くれ ました わたし も 悪魔 では ありません 。 ||あくま||あり ませ ん 悪魔 も 同様な 黒 ん 坊 の 王 は 御伽 噺 に ある だけ です 。 あくま||どうような|くろ||ぼう||おう||おとぎ|はなし|||| ( 王子 に ) そうじゃ ありません か ? おうじ||そう じゃ|あり ませ ん| 王子 そうです 。 おうじ|そう です ( 見物 に 向 いながら ) 皆さん ! けんぶつ||むかい||みなさん 我々 三 人 は 目 が さめました 。 われわれ|みっ|じん||め||さめ ました The three of us woke up. 悪魔 の ような 黒 ん 坊 の 王 や 、 三 つ の 宝 を 持って いる 王子 は 、 御伽 噺 に ある だけ な のです 。 あくま|||くろ||ぼう||おう||みっ|||たから||もって||おうじ||おとぎ|はなし||||| 我々 は もう目 が さめた 以上 、 御伽 噺 の 中 の 国 に は 、 住んで いる 訣 に は 行きません 。 われわれ||もう め|||いじょう|おとぎ|はなし||なか||くに|||すんで||けつ|||いき ませ ん 我々 の 前 に は 霧 の 奥 から 、 もっと 広い 世界 が 浮んで 来ます 。 われわれ||ぜん|||きり||おく|||ひろい|せかい||うかんで|き ます 我々 は この 薔薇 と 噴水 と の 世界 から 、 一しょに その 世界 へ 出て 行きましょう 。 われわれ|||ばら||ふんすい|||せかい||いっしょに||せかい||でて|いき ましょう From this world of roses and fountains, let's get out of the world together. もっと 広い 世界 ! |ひろい|せかい もっと 醜い 、 もっと 美しい 、―― もっと 大きい 御伽 噺 の 世界 ! |みにくい||うつくしい||おおきい|おとぎ|はなし||せかい その 世界 に 我々 を 待って いる もの は 、 苦しみ か または 楽しみ か 、 我々 は 何も 知りません 。 |せかい||われわれ||まって||||くるしみ|||たのしみ||われわれ||なにも|しり ませ ん ただ 我々 は その 世界 へ 、 勇ましい 一 隊 の 兵卒 の ように 、 進んで 行く 事 を 知っている だけ です 。 |われわれ|||せかい||いさましい|ひと|たい||へいそつ|||すすんで|いく|こと||しっている||

( 大正 十一 年 十二 月 ) たいしょう|じゅういち|とし|じゅうに|つき (December, 11th year of the Taisho era)