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坊っちゃん/夏目漱石, 坊っちゃん / 夏目漱石 / 第1章

坊っちゃん / 夏目漱石 / 第1章

坊っちゃん 夏目 漱石

親譲 の 無鉄砲 で 小供 の 時 から 損 ばかり している 。 小学校 に 居る 時分 学校 の 二 階 から 飛び降りて 一 週間 ほど 腰 を 抜かした 事 が ある 。 なぜ そんな 無闇 を した と 聞く 人 が ある かも知れぬ 。 別段 深い 理由 でも ない 。 新築 の 二階 から 首 を 出して いたら 、 同級生 の 一人 が 冗談 に 、 いくら 威張 ても 、 そこ から 飛び降りる 事 は 出来 まい 。 弱虫 やーい 。 と 囃した から である 。 小使 に 負ぶ さ って 帰って 来た 時 、 おやじ が 大きな 眼 を して 二階 ぐらい から 飛び降りて 腰 を 抜かす 奴 が ある かと 云いった から 、 この 次 は 抜かさ ず に 飛んで 見せ ます と 答えた 。

親類 の もの から 西洋製 の ナイフ を もらって 奇麗 きれいな 刃 を 日 に 翳して 、 友達 に 見せて いたら 、 一 人 が 光る 事 は 光る が 切れ そう も ない と 云った 。 切れ ぬ 事 が ある か 、 何でも 切って みせる と 受け 合った 。 そん なら 君 の 指 を 切って みろ と 注文 した から 、 何 だ 指 ぐらい この 通り だ と 右 の 手 の 親指 の 甲 を はす に 切り 込んだ 。 幸 ナイフ が 小さい の と 、 親指 の 骨 が 堅かった ので 、 今 だに 親指 は 手 に 付いて いる 。 しかし 創痕 は 死ぬ まで 消え ぬ 。

庭 を 東 へ 二十 歩 に 行き 尽す と 、 南 上がり に いささか ばかりの 菜園 が あって 、 真中 に 栗 の 木 が 一 本 立って いる 。 これ は 命 より 大事な 栗 だ 。 実の 熟する 時分 は 起き 抜け に 背 戸 ( せ ど ) を 出て 落ちた 奴 を 拾って きて 、 学校 で 食う 。 菜園 の 西側 が 山城屋 という 質屋 の 庭 続き で 、 この 質屋 に 勘太郎 いう 十三四 の 倅 が 居た 。 勘太郎 は 無論 弱虫 である 。 弱虫 の 癖 に 四 つ 目 垣 を 乗りこえて 、 栗 を 盗み に くる 。 ある 日 の 夕方 折戸 ( おり ど ) の 蔭 に 隠れて 、 とうとう 勘太郎 を 捕まえて やった 。 其時 勘太郎 は 逃げ 路 を 失って 、 一生懸命に 飛び かかって きた 。 向う は 二 つ ばかり 年上 である 。 弱虫 だ が 力 は 強い 。 鉢 の 開いた 頭 を 、 こっち の 胸 へ 宛てて ぐいぐい 押した 拍子 に 、 勘太郎 の 頭 が すべって 、 おれ の 袷 の 袖 の 中 に はいった 。 邪魔に なって 手 が 使え ぬ から 、 無 暗に 手 を 振ったら 、 袖 の 中 に ある 勘太郎 の 頭 が 、 右左 へ ぐらぐら 靡 いた 。 しまい に 苦し がって 袖 の 中 から 、 おれ の 二の腕 へ 食い付いた 。 痛かった から 勘 太郎 を 垣根 へ 押しつけて おいて 、 足 搦 ( あし がら ) を かけて 向う へ 倒して やった 。 山城屋 の 地面 は 菜園 より 六 尺 がた 低い 。 勘太郎 は 四 つ 目 垣 を 半分 崩して 、 自分 の 領分 へ 真 逆様に 落ちて 、 ぐう と 云った 。 勘太郎 が 落ちる とき に 、 おれ の 袷 の 片 袖 が もげて 、 急に 手 が 自由に なった 。 その 晩 母 が 山城 屋 に 詫び に 行った ついで に 袷 の 片 袖 も 取り 返して 来た 。

此外 いたずら は 大分 やった 。 大工 の 兼 公 ( かね こう ) と 肴 屋 ( さかな や ) の 角 ( かく ) を つれて 、 茂 作 ( もさく ) の 人参 畠 ( にんじ ん ば たけ ) を あらした 事 が ある 。 人参 の 芽 が 出揃 ( でそろ ) わ ぬ 処 ( ところ ) へ 藁 ( わら ) が 一面に 敷 ( し ) いて あった から 、 その 上 で 三 人 が 半日 相撲 ( すもう ) を とりつ づけ に 取ったら 、 人参 が みんな 踏 ( ふ ) み つぶさ れて しまった 。 古川 ( ふる か わ ) の 持って いる 田圃 ( たんぼ ) の 井戸 ( いど ) を 埋 ( う ) め て 尻 ( しり ) を 持ち 込ま れた 事 も ある 。 太い 孟宗 ( もう そう ) の 節 を 抜いて 、 深く 埋めた 中 から 水 が 湧 ( わ ) き 出て 、 そこいら の 稲 ( いね ) に みず が かかる 仕掛 ( しかけ ) であった 。 其時分 は どんな 仕掛 か 知ら ぬ から 、 石 や 棒 ( ぼう ) ちぎれ を ぎ ゅう ぎ ゅう 井戸 の 中 へ 挿 ( さ ) し 込んで 、 水 が 出 なく なった の を 見届けて 、 うち へ 帰って 飯 を 食って いたら 、 古川 が 真 赤 ( まっか ) に なって 怒鳴 ( ど な ) り 込んで 来た 。 たしか 罰金 ( ばっきん ) を 出して 済んだ ようである 。

おやじ は ちっとも おれ を 可愛 ( かわい ) が って くれ なかった 。 母 は 兄 ばかり 贔屓 ( ひいき ) に して いた 。 この 兄 は やに 色 が 白く って 、 芝居 ( しばい ) の 真似 ( まね ) を して 女形 ( おんな がた ) に なる の が 好きだった 。 おれ を 見る 度 に こいつ は どうせ 碌 ( ろく ) な もの に は なら ない と 、 おやじ が 云った 。 乱暴で 乱暴で 行く先 が 案じ られる と 母 が 云った 。 なるほど 碌 な もの に は なら ない 。 御覧 の 通り の 始末 である 。 行く先 が 案じ られた の も 無理 は ない 。 ただ 懲役 ( ちょうえき ) に 行か ないで 生きて いる ばかりである 。

母 が 病気 で 死ぬ 二三 日 ( に さんち ) 前 台所 で 宙返り を して へっ つい の 角 で 肋骨 ( あばらぼね ) を 撲 ( う ) って 大いに 痛かった 。 母 が 大層 怒 ( おこ ) って 、 お前 の ような もの の 顔 は 見 たく ない と 云う から 、 親類 へ 泊 ( とま ) り に 行って いた 。 すると とうとう 死んだ と 云う 報知 ( しらせ ) が 来た 。 そう 早く 死ぬ と は 思わ なかった 。 そんな 大病 なら 、 もう 少し 大人しく すれば よかった と 思って 帰って 来た 。 そう したら 例の 兄 が おれ を 親不孝だ 、 おれ の ため に 、 おっかさん が 早く 死んだ んだ と 云った 。 口惜しかった から 、 兄 の 横っ面 を 張って 大変 叱られた。

母 が 死んで から は 、 おやじ と 兄 と 三 人 で 暮していた 。 おやじ は 何にも せぬ 男 で 、 人 の 顔 さえ 見れば 貴様 は 駄目 だ 駄目だ と 口癖 の ように 云って いた 。 何 が 駄目 なんだ か 今に 分らない 。 妙 な おやじ が あった もん だ 。 兄 は 実業 家 に なる と か 云って しきりに 英語 を 勉強 して いた 。 元来 女 の ような 性分 で 、 ずるい から 、 仲 が よく なかった 。 十日 に 一遍 ぐらい の 割 で 喧嘩 を していた 。 ある 時 将棋 を さしたら 卑怯 な 待駒 ( まちごま ) を して 、 人 が 困る と 嬉しそう に 冷やかした 。 あんまり 腹 が 立った から 、 手 に 在った 飛車 を 眉間 へ 擲きつけて やった 。 眉間 が 割れて 少々 血 が 出た 。 兄 が おやじ に 言付けた 。 おやじ が おれ を 勘当 する と 言い出した 。

その 時 は もう 仕方 が ない と 観念 して 先方 の 云う 通り 勘当 される つもりで いたら 、 十年来 召し 使って いる 清 と いう 下女 が 、 泣き ながら おやじ に 詫まって 、 ようやく おやじ の 怒り が 解けた 。 それにもかかわらず あまり おやじ を 怖いと は 思わ なかった 。 かえって この 清 と 云う 下女 に 気の毒 であった 。 この 下女 は もと 由緒 の ある もの だった そうだ が 、 瓦解 の とき に 零落 して 、 つい 奉公 まで する ように なった のだ と 聞いて いる 。 だから 婆さん である 。 この 婆さん が どういう 因縁 ( いん えん ) か 、 おれ を 非常に 可愛がって くれた 。 不思議な もの である 。 母 も 死ぬ 三 日 前 に 愛想 ( あいそ ) を つかした ―― おやじ も 年中 持て余して いる ―― 町内 で は 乱暴 者 の 悪 太郎 と 爪弾き を する ―― この おれ を 無暗 に 珍重 して くれた 。 おれ は 到底 ( とうてい ) 人 に 好か れる 性 ( たち ) で ない と あきらめて いた から 、 他人 から 木 の 端 ( は し ) の ように 取り扱 ( あつ か ) われる の は 何とも 思わ ない 、 かえって この 清 の ように ちやほや して くれる の を 不審 ( ふしん ) に 考えた 。 清 は 時々 台所 で 人 の 居 ない 時 に 「 あなた は 真 っ直 で よい ご 気性 だ 」 と 賞 める (ほめる) 事 が 時々 あった 。 しかし おれ に は 清 の 云う 意味 が 分から なかった 。 好 ( い ) い 気性 なら 清 以外 の もの も 、 もう 少し 善く して くれる だろう と 思った 。 清 が こんな 事 を 云う 度 に おれ は お 世辞 は 嫌 ( きら ) い だ と 答える の が 常 であった 。 すると 婆さん は それ だ から 好い ご 気性 です と 云って は 、 嬉し そうに おれ の 顔 を 眺めて いる 。 自分 の 力 で おれ を 製造 して 誇ってる( ほこ ) ように 見える 。 少々 気味 が わるかった 。

母 が 死んで から 清 は いよいよ おれ を 可愛がった 。 時々 は 小 供心 に なぜ あんなに 可愛がる の か と 不審 に 思った 。 つまらない 、 ( よ )廃せば いい のに と 思った 。 気の毒だ と 思った 。 それ でも 清 は 可愛がる 。 折々 は 自分 の 小遣い で 金鍔 ( きんつば ) や 紅梅焼 ( こうばい や き ) を 買って くれる 。 寒い 夜 など は ひそかに 蕎麦 粉 ( そば こ ) を 仕入れて おいて 、 いつの間にか 寝 ( ね ) て いる 枕元 ( まくらもと ) へ 蕎麦 湯 を 持って 来て くれる 。 時に は 鍋 焼 饂飩 ( なべ やき うどん ) さえ 買って くれた 。 ただ 食い物 ばかり で は ない 。 靴 足袋 ( くつ たび ) も もらった 。 鉛筆 ( えんぴつ ) も 貰った 、 帳面 も 貰った 。 これ は ずっと 後 の 事 である が 金 を 三 円 ばかり 貸して くれた 事 さえ ある 。 何も 貸せ と 云った 訳 で は ない 。 向う で 部屋 へ 持って 来て お 小遣い が なくて お 困り でしょう 、 お 使い なさい と 云って くれた んだ 。 おれ は 無論 入ら ない と 云った が 、 是非 使え と 云う から 、 借りて おいた 。 実は 大変 嬉しかった 。 その 三 円 を 蝦蟇口 ( がまぐち ) へ 入れて 、 懐 ( ふところ ) へ 入れた なり 便所 へ 行ったら 、 す ぽり と 後架 ( こう か ) の 中 へ 落して しまった 。 仕方 が ない から 、 のそのそ 出て きて 実は これ これ だ と 清 に 話した ところ が 、 清 は 早速 竹 の 棒 を ( さ が ) 捜 して 来て 、 取って 上げ ます と 云った 。 しばらく する と 井戸端 ( いどばた ) で ざあざあ 音 が する から 、 出て みたら 竹 の 先 へ 蝦蟇口 の 紐 ( ひも ) を 引き 懸けた ( か ) の を 水 で 洗って いた 。 それ から 口 を あけて 壱 円 札 ( いちえん さつ ) を 改めたら 茶色 に なって 模様 が 消え かかって いた 。 清 は 火鉢 で( かわ ) 乾かして 、 これ で いい でしょう と 出した 。 ちょっと かいで みて ( くさ ) 臭い や と 云ったら 、 それ じゃ お 出し なさい 、 取り換えて 来て 上げ ます から と 、 どこ で どう 胡魔化した か 札 の 代り に 銀貨 を 三 円 持って 来た 。 この 三 円 は 何 に 使った か 忘れて しまった 。 今に 返す よ と 云った ぎり 、 返さ ない 。 今 と なって は 十 倍 に して 返して やり たくて も 返せ ない 。

清 が 物 を くれる 時 に は 必ず おやじ も 兄 も 居 ない 時 に 限る 。 おれ は 何 が 嫌いだ と 云って 人 に 隠れて 自分 だけ 得 を する ほど 嫌いな 事 は ない 。 兄 と は 無論 仲 が よく ない けれども 、 兄 に 隠して 清から 菓子 ( かし ) や 色 鉛筆 を 貰い たく は ない 。 なぜ 、 おれ 一 人 に くれて 、 兄さん に は 遣 ( や ) ら ない の か と 清 に 聞く 事 が ある 。 すると 清 は 澄 ( す ま ) した もの で お 兄 様 ( あに いさま ) は お 父 様 ( とう さま ) が 買って お 上げ なさる から 構い ませ ん と 云う 。 これ は 不公平である 。 おやじ は 頑固 ( がんこ ) だ けれども 、 そんな 依 怙贔 負 ( えこひいき ) は せ ぬ 男 だ 。 しかし 清 の 眼 から 見る と そう 見える のだろう 。 全く 愛 に 溺 ( お ぼ ) れて いた に 違 ( ち が ) い ない 。 元 は 身分 の ある もの でも 教育 の ない 婆さん だ から 仕方 が ない 。 単に これ ばかり で は ない 。 贔負 目 は 恐ろしい もの だ 。 清 は おれ を もって 将来 立身 出世 して 立派な もの に なる と 思い 込んで いた 。 その 癖 勉強 を する 兄 は 色 ばかり 白く って 、 とても 役 に は 立た ない と 一 人 で きめて しまった 。 こんな 婆さん に 逢 ( あ ) って は 叶 ( かな ) わ ない 。 自分 の 好きな もの は 必ず えらい 人物 に なって 、 嫌いな ひと はき っと 落ち 振れる もの と 信じて いる 。 おれ は その 時 から 別段 何 に なる と 云う 了 見 ( りょうけん ) も なかった 。 しかし 清 が なる なる と 云う もの だ から 、 やっぱり 何 か に 成れる んだろう と 思って いた 。 今 から 考える と 馬鹿々々 しい 。 ある 時 など は 清 に どんな もの に なる だろう と 聞いて みた 事 が ある 。 ところが 清 に も 別段 の 考え も なかった ようだ 。 ただ 手車 へ 乗って 、 立派な 玄関 の ある 家 を こしらえる に 相違 ない と 云った 。

それ から 清 はおれ が うち でも 持って 独立 したら 、 一所 に なる 気 で いた 。 どうか 置いて 下さい と 何遍 も 繰 り 返して 頼んだ 。 おれ も 何だか うち が 持てる ような 気 が して 、 うん 置いて やる と 返事 だけ は して おいた 。 ところが この 女 は なかなか 想像 の 強い 女 で 、 あなた は どこ が お 好き 、 麹 町 ( こうじ まち ) です か 麻 布 ( あざ ぶ ) です か 、 お 庭 へ ぶらんこ を お こしらえ 遊ば せ 、 西 洋間 は 一 つ で たくさんです など と 勝手な 計画 を 独り で 並 ( なら ) べ ていた 。 その 時 は 家 なんか 欲しく も 何とも なかった 。 西洋館 も 日本建 ( にほんだて ) も 全く 不用であった から 、 そんな もの は 欲しく ない と 、 いつでも 清 に 答えた 。 すると 、 あなた は 欲 が すくなく って 、 心 が 奇麗だ と 云って また 賞 め た 。 清 は 何と 云って も 賞 め て くれる 。

母 が 死んで から 五六 年 の 間 は この 状態 で 暮して いた 。 おやじ に は 叱ら れる 。 兄 と は 喧嘩 を する 。 清 に は 菓子 を 貰う 、 時々 賞 め られる 。 別に 望み も ない 。 これ で たくさんだ と 思って いた 。 ほか の 小 供 も 一概 に こんな もの だろう と 思って いた 。 ただ 清 が 何かにつけ て 、 あなた は お 可哀想 ( かわいそう ) だ 、 不 仕合 ( ふしあわせ ) だ と 無 暗に 云う もの だ から 、 それ じゃ 可哀想で 不 仕 合せ なんだろう と 思った 。 その 外 に 苦 に なる 事 は 少しも なかった 。 ただ おやじ が 小遣い を くれない に は 閉口 した 。

母 が 死んで から 六 年 目 の 正月 に おやじ も 卒 中 で 亡くなった 。 その 年 の 四 月 に おれ は ある 私立 の 中学校 を 卒業 する 。 六月 に 兄 は 商業 学校 を 卒業 した 。 兄 は 何とか 会社 の 九州 の 支店 に 口 が あって 行 ( ゆ ) か なければ なら ん 。 おれ は 東京 で まだ 学問 を し なければ なら ない 。 兄 は 家 を 売って 財産 を 片付けて 任地 へ 出立 ( し ゅっ たつ ) する と 云い 出した 。 おれ は どうでも する が よかろう と 返事 を した 。 どうせ 兄 の 厄介 ( やっかい ) に なる 気 は ない 。 世話 を して くれる に した ところ で 、 喧嘩 を する から 、 向う でも 何とか 云い 出す に 極 ( きま ) って いる 。 なまじ い 保護 を 受ければ こそ 、 こんな 兄 に 頭 を 下げ なければ なら ない 。 牛乳 配達 を して も 食って られる と 覚悟 を した 。 兄 は それ から 道具 屋 を 呼んで 来て 、 先祖 代々 の 瓦 落 多 を 二束三文 に 売った 。 家屋 敷 は ある 人 の 周旋 である 金満 家 に 譲った 。 この 方 は 大分 金 に なった ようだ が 、 詳 しい 事 は 一 向 知ら ぬ 。 おれ は 一ヶ月 以前 から 、 しばらく 前途 の 方向 の つく まで 神田 の 小川 町 へ 下宿 して いた 。 清 は 十 何年 居た うち が 人手 に 渡 る の を 大いに 残念 がった が 、 自分 の もの で ない から 、 仕様がなかった 。 あなた が もう 少し 年 を とって いらっしゃれば 、 ここ が ご 相続 が 出来 ます もの を と しきりに 口説いて いた 。 もう 少し 年 を とって 相続 が 出来る もの なら 、 今 でも 相続 が 出来る はずだ 。 婆さん は 何 も 知ら ない から 年 さえ 取れば 兄 の 家 が もらえる と 信じて いる 。

兄 と おれ は かよう に 分 れた が 、 困った の は 清 の 行く先 である 。 兄 は 無論 連れて 行ける 身分 で なし 、 清 も 兄 の 尻 に くっ付いて 九州 下 ( くんだ ) り まで 出掛ける 気 は 毛頭 なし 、 と 云って この 時 の おれ は 四 畳 半 ( よじょう はん ) の 安 下宿 に 籠 ( こも ) って 、 それ すら も いざ と なれば 直ちに 引き払 ( はら ) わ ねば なら ぬ 始末 だ 。 どうする 事も 出来ん 。 清 に 聞いて みた 。 どこ か へ 奉公 でも する 気 かね と 云ったら あなた が お うち を 持って 、 奥 ( おく ) さま を お 貰い に なる まで は 、 仕方 が ない から 、 甥 ( おい ) の 厄介に なり ましょう と ようやく 決心 した 返事 を した 。 この 甥 は 裁判 所 の 書記 で まず 今日 に は 差支 え なく 暮して いた から 、 今 まで も 清 に 来る なら 来 いと 二三 度 勧めた のだ が 、 清 はた とい 下 女 奉公 は して も 年 来 住み 馴 れた 家 の 方 が いい と 云って 応じ なかった 。 しかし 今 の 場合 知ら ぬ 屋敷 へ 奉公 易 ( ほうこう が ) え を して 入ら ぬ 気 兼 ( きがね ) を 仕直 す より 、 甥 の 厄介に なる 方 が ましだ と 思った のだろう 。 それにしても 早く うち を 持て の 、 妻 ( さ い ) を 貰え の 、 来て 世話 を する の と 云う 。 親身 ( しんみ ) の 甥 より も 他人 の おれ の 方 が 好きな のだろう 。

九州 へ 立つ 二 日 前 兄 が 下宿 へ 来て 金 を 六百 円 出して これ を 資本 に して 商 買 を する なり 、 学資 に して 勉強 を する なり 、 どうでも 随意 に 使う が いい 、 その代り あと は 構わ ない と 云った 。 兄 に して は 感心な やり 方 だ 、 何の 六百 円 ぐらい 貰わ ん で も 困り は せ ん と 思った が 、 例 に 似 ぬ 淡泊 ( たん ば く ) な 処置 が 気に入った から 、 礼 を 云って 貰って おいた 。 兄 は それ から 五十 円 出して これ を ついでに 清 に 渡して くれ と 云った から 、 異議 なく 引き受けた 。 二 日 立って 新 橋 の 停車場 ( ていしゃば ) で 分れ たぎり 兄 に は その後 一 遍 も 逢わ ない 。

おれ は 六百 円 の 使用法 に ついて 寝 ながら 考えた 。 商買 を した って 面倒 くさく って 旨く 出来る もの じゃ なし 、 ことに 六百 円 の 金 で 商買 らしい 商買 が やれる 訳 でも なかろう 。 よし やれる と して も 、 今 の ようじゃ 人 の 前 へ 出て 教育 を 受けた と 威張れ ない から つまり 損に なる ばかりだ 。 資本 など は どうでも いい から 、 これ を 学資 に して 勉強 して やろう 。 六百 円 を 三 に 割って 一 年 に 二百 円 ずつ 使えば 三 年間 は 勉強 が 出来る 。 三年間 一生懸命に やれば 何 か 出来る 。 それ から どこ の 学校 へ はいろう と 考えた が 、 学問 は 生来 どれ も これ も 好きで ない 。 ことに 語学 と か 文学 と か 云う もの は 真 平 ( まっぴら ) ご免 ( めん ) だ 。 新 体 詩 など と 来て は 二十 行 ある うち で 一行 も 分ら ない 。 どうせ 嫌いな もの なら 何 を やっても 同じ 事 だと思った が 、 幸い 物理 学校 の 前 を 通り掛かったら 生徒募集 の 広告 が 出て いた から 、 何も 縁 だ と 思って 規則書 を もらって すぐ 入学 の 手続き を して しまった 。 今 考える と これ も 親譲り の 無鉄砲 から 起 った 失策 だ 。

三年間 まあ 人並 に 勉強 は した が 別段 たち の いい 方 で も ない から 、 席順 は いつでも 下 から 勘定 する 方 が 便利であった 。 しかし 不思議な もの で 、 三 年 立ったら とうとう 卒業 して しまった 。 自分 でも 可 笑 ( おか ) しい と 思った が 苦情 を 云う 訳 も ない から 大人しく 卒業 して おいた 。

卒業 して から 八 日 目 に 校長 が 呼び に 来た から 、 何 か 用 だろう と 思って 、 出掛けて 行ったら 、 四国 辺 の ある 中学校 で 数学 の 教師 が 入る 。 月給 は 四十 円 だ が 、 行って は どう だ と いう 相談 である 。 おれ は 三 年間 学問 は した が 実 を 云う と 教師 に なる 気 も 、 田舎 へ 行く 考え も 何も なかった 。 もっとも 教師 以外 に 何 を しよう と 云う あて も なかった から 、 この 相談 を 受けた 時 、 行き ましょう と 即席 ( そくせき ) に 返事 を した 。 これ も 親譲り の 無鉄砲 が 祟った のである 。

引き受けた 以上 は 赴任 せ ねば なら ぬ 。 この 三 年間 は 四 畳 半 に 蟄居 ( ちっ きょ ) して 小言 は ただ の 一 度 も 聞いた 事 が ない 。 喧嘩 も せ ず に 済んだ 。 おれ の 生涯 の うち で は 比較的 呑気 な 時節 であった 。 しかし こう なる と 四 畳 半 も 引き払わ なければ なら ん 。 生れて から 東京 以外 に 踏み出した の は 、 同級生 と 一 所 に 鎌倉 ( かまくら ) へ 遠足 した 時 ばかり である 。 今度 は 鎌倉 どころ で は ない 。 大変な 遠く へ 行か ねば なら ぬ 。 地図 で 見る と 海浜 で 針 の 先ほど 小さく 見える 。 どうせ 碌 な 所 で は ある まい 。 どんな 町 で 、 どんな 人 が 住んで る か 分ら ん 。 分ら ん で も 困ら ない 。 心配に は なら ぬ 。 ただ 行く ばかりである 。 もっとも 少々 面倒臭い 。

家 を 畳 んで から も 清 の 所 へ は 折々 行った 。 清 の 甥 と いう の は 存外 結構な 人 である 。 おれ が 行く たび に 、 居り さえ すれば 、 何 くれ と 款待 な して くれた 。 清 は おれ を 前 へ 置いて 、 いろいろ おれ の 自慢 ( じまん ) を 甥 に 聞か せた 。 今に 学校 を 卒業 する と 麹 町 辺 へ 屋敷 を 買って 役所 へ 通う のだ など と 吹聴 ( ふいちょう ) した 事 も ある 。 独り で 極 ( き ) め て 一 人 ( ひと り ) で 喋 舌 ( し ゃべ ) る から 、 こっち は 困 ( こ ) まって 顔 を 赤く した 。 それ も 一 度 や 二 度 で は ない 。 折々 おれ が 小さい 時 寝小便 を した 事 まで 持ち出す に は 閉口 した 。 甥 は 何と 思って 清 の 自慢 を 聞いて いた か 分ら ぬ 。 ただ 清 は 昔風 ( むかしふう ) の 女 だ から 、 自分 と おれ の 関係 を 封建 ( ほうけん ) 時代 の 主従 ( しゅじゅう ) の ように 考えて いた 。 自分 の 主人 なら 甥 の ため に も 主人 に 相違 ない と 合点 ( がてん ) した もの らしい 。 甥 こそ いい 面 ( つら ) の 皮 だ 。

いよいよ 約束 が 極 まって 、 もう 立つ と 云う 三 日 前 に 清 を 尋 ( た ず ) ねたら 、 北 向き の 三 畳 に 風邪 ( かぜ ) を 引いて 寝て いた 。 おれ の 来た の を 見て 起き 直る が 早い か 、 坊 ( ぼ ) っちゃ ん いつ 家 ( うち ) を お 持ち なさい ます と 聞いた 。 卒業 さえ すれば 金 が 自然 と ポッケット の 中 に 湧いて 来る と 思って いる 。 そんなに えらい 人 を つら ま えて 、 まだ 坊っちゃん と 呼ぶ の は いよいよ 馬鹿 気 て いる 。 おれ は 単 簡 に 当分 うち は 持た ない 。 田舎 へ 行く んだ と 云ったら 、 非常に 失望 した 容子 ( ようす ) で 、 胡麻 塩 ( ごま しお ) の 鬢 ( びん ) の 乱れ を しきりに 撫 ( な ) で た 。 あまり 気の毒だ から 「 行 ( ゆ ) く 事 は 行く が じき 帰る 。 来年 の 夏 休み に は きっと 帰る 」 と 慰 ( なぐ さ ) め て やった 。 それ でも 妙な 顔 を して いる から 「 何 を 見 や げに 買って 来て やろう 、 何 が 欲しい 」 と 聞いて みたら 「 越後 ( え ちご ) の 笹 飴 ( ささ あめ ) が 食べ たい 」 と 云った 。 越後 の 笹 飴 なんて 聞いた 事 も ない 。 第 一方 角 が 違う 。 「 おれ の 行く 田舎 に は 笹 飴 は な さ そうだ 」 と 云って 聞か したら 「 そん なら 、 どっち の 見当 です 」 と 聞き 返した 。 「 西 の 方 だ よ 」 と 云う と 「 箱根 ( はこ ね ) の さき です か 手前 です か 」 と 問う 。 随分 持てあました 。

出立 の 日 に は 朝 から 来て 、 いろいろ 世話 を やいた 。 来る 途中 ( とちゅう ) 小間物 屋 で 買って 来た 歯磨 ( はみがき ) と 楊子 ( ようじ ) と 手拭 ( てぬぐい ) を ズック の 革 鞄 ( かばん ) に 入れて くれた 。 そんな 物 は 入ら ない と 云って も なかなか 承知 し ない 。 車 を 並べて 停車場 へ 着いて 、 プラットフォーム の 上 へ 出た 時 、 車 へ 乗り 込んだ おれ の 顔 を じっと 見て 「 もう お 別れ に なる かも知れません 。随分 ご 機嫌 よう 」 と 小さな 声 で 云った 。 目 に 涙 ( なみだ ) が 一杯 ( いっぱい ) たまって いる 。 おれ は 泣か なかった 。 しかし もう 少し で 泣く ところ であった 。 汽車 が よっぽど 動き 出して から 、 もう 大丈夫 ( だい しょうぶ ) だろう と 思って 、 窓 から 首 を 出して 、 振り向いたら 、 やっぱり 立って いた 。 何だか 大変 小さく 見えた 。

坊っちゃん / 夏目漱石 / 第1章 ぼっちゃん|なつめ そうせき|だい|しょう Botchan / Soseki Natsume / Kapitel 1 Botchan / Soseki Natsume / Κεφάλαιο 1 Botchan / Soseki Natsume / Chapter 1 Botchan / Soseki Natsume / Capítulo 1 Botchan / Soseki Natsume / Chapitre 1 Botchan / Soseki Natsume / Capitolo 1 보짱 / 나츠메 소세키 / 제1장 Botchan / Soseki Natsume / Hoofdstuk 1 Botchan / Soseki Natsume / Rozdział 1 Botchan / Soseki Natsume / Capítulo 1 Ботчан / Сосэки Нацумэ / Глава 1 Botchan / Soseki Natsume / Kapitel 1 Botchan / Soseki Natsume / Bölüm 1 少爷 / 夏目漱石 / 第 1 章 少爷 / 夏目漱石 / 第 1 章 少爺 / 夏目漱石 / 第 1 章 少爺 / 夏目漱石 / 第 1 章

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親譲 の 無鉄砲 で 小供 の 時 から 損 ばかり している 。 おや ゆずる||むてっぽう||こども||じ||そん||して いる Ele perde dinheiro desde criança devido à imprudência herdada do pai. I've always been reckless like my parents and have gotten myself into trouble since I was a child. Ha estado perdiendo dinero desde que era un niño debido a su imprudencia heredada de su padre. Il est le fils imprudent de son père et perd de l'argent depuis son enfance. Ele perde dinheiro desde criança devido à imprudência herdada do pai. Он - безрассудный сын отца и с детства постоянно теряет деньги. Han är en dumdristig son till sin far och har förlorat pengar sedan han var barn. 由于遗传自父亲的鲁莽,他从小就一直在赔钱。 由於遺傳自父親的魯莽行為,他從小就一直在賠錢。 小学校 に 居る 時分 学校 の 二 階 から 飛び降りて 一 週間 ほど 腰 を 抜かした 事 が ある 。 しょうがっこう||いる|じぶん|がっこう||ふた|かい||とびおりて|ひと|しゅうかん||こし||ぬかした|こと|| Als ich in der Grundschule war, sprang ich aus dem zweiten Stock des Schulgebäudes und verlor eine Woche lang meine Beine. When I was in elementary school, I once jumped from the second floor of the school and couldn't move my waist for about a week. Lorsque j'étais à l'école primaire, j'ai sauté du deuxième étage de l'école et j'ai perdu mes lombaires pendant une semaine. Quando eu estava no ensino fundamental, pulei do segundo andar do prédio da escola e perdi minhas pernas por uma semana. Когда я учился в начальной школе, я спрыгнул со второго этажа школы и на неделю потерял поясницу. När jag gick i grundskolan hoppade jag från skolans andra våning och förlorade min ländrygg i en vecka. 上小学的时候,我从教学楼二楼跳下,断了一个星期的腿。 上小學的時候,我從教學樓二樓跳下,斷了一個星期的腿。 なぜ そんな 無闇 を した と 聞く 人 が ある かも知れぬ 。 ||むやみ||||きく|じん|||かも しれ ぬ Manche fragen sich vielleicht, warum ich so rücksichtslos gehandelt habe. Some may wonder why I did such a reckless thing. Certains pourraient se demander pourquoi vous avez fait une chose aussi imprudente. Algumas pessoas podem perguntar por que fui tão imprudente. Кто-то может спросить, почему вы поступили так безрассудно. Vissa kanske frågar sig varför du gjorde en sådan hänsynslös sak. 有人可能会问我为什么做出如此鲁莽的举动。 有人可能會問我為什麼這麼魯莽。 別段 深い 理由 でも ない 。 べつだん|ふかい|りゆう|| Es ist nicht einmal ein besonders tiefer Grund. There wasn't any particularly deep reason. Il n'y a pas de raison plus profonde. Não é nem mesmo uma razão particularmente profunda. Более глубокой причины не существует. Det finns ingen djupare anledning. 這甚至不是一個特別深刻的原因。 新築 の 二階 から 首 を 出して いたら 、 同級生 の 一人 が 冗談 に 、 いくら 威張 ても 、 そこ から 飛び降りる 事 は 出来 まい 。 しんちく||ふた かい||くび||だして||どうきゅう せい||ひとり||じょうだん|||いば|て も|||とびおりる|こと||でき| Ich schaute aus dem zweiten Stock des neuen Schulhauses, als einer meiner Klassenkameraden scherzte, dass er nicht zu Boden springen konnte, egal wie sehr ich mich bemühte, mich zu rühmen. I was sticking my head out from the newly constructed second floor when a classmate jokingly said, "No matter how brave you act, you can't jump from there. Si vous êtes suspendu au deuxième étage d'un nouveau bâtiment, l'un de vos camarades de classe vous dira en plaisantant que vous ne pouvez pas sauter de là, même si vous êtes très courageux. Se estiveres pendurado no segundo andar de um edifício novo, um dos teus colegas brinca a dizer que não consegues saltar de lá, por muito corajoso que sejas. Om du hänger från andra våningen i en ny byggnad skämtar en av dina klasskamrater om att du inte kan hoppa därifrån, hur modig du än är. 我从新校舍的二楼望出去,一位同学开玩笑说,我怎么吹他也跳不下来。 我從新校舍的二樓望出去,一位同學開玩笑說,我怎麼吹他也跳不下來。 弱虫 やーい 。 よわむし|や - い Ich bin ein Schwächling. Coward!" Wimpy. Wimpy. 我是一个弱者。 我是一個弱者。 と 囃した から である 。 |はやし した|| Weil ich gesungen habe. The reason for this is that they were cheering. La raison en est qu'ils applaudissaient. That's why I did it. Orsaken till detta är att de jublade. 那是因为我唱歌。 那是因為我唱歌。 小使 に 負ぶ さ って 帰って 来た 時 、 おやじ が 大きな 眼 を して 二階 ぐらい から 飛び降りて 腰 を 抜かす 奴 が ある かと 云いった から 、 この 次 は 抜かさ ず に 飛んで 見せ ます と 答えた 。 しょう つか||ふ ぶ|||かえって|きた|じ|||おおきな|め|||ふた かい|||とびおりて|こし||ぬかす|やつ|||か と|うん いった|||つぎ||ぬかさ|||とんで|みせ|||こたえた When I was carried back home by a servant, my dad, with wide eyes, asked if there was anyone else stupid enough to jump from the second floor and hurt their waist. I replied, "Next time, I'll jump without getting hurt." Lorsque je suis rentré à la maison après avoir été battu par le messager, mon père m'a regardé avec de grands yeux et m'a demandé si je connaissais quelqu'un qui pourrait sauter du deuxième étage et le faire tomber de son perchoir. Quando voltei para casa depois de ter sido espancado pelo mensageiro, o meu pai olhou para mim com grandes olhos e perguntou-me se eu conhecia alguém que pudesse saltar do segundo andar e derrubá-lo do seu poleiro. När jag kom hem efter att ha blivit slagen av budbäraren tittade min far på mig med stora ögon och frågade mig om jag kände någon som kunde hoppa från andra våningen och slå ner honom från hans stolpe. 等我被女仆压倒回来,爸爸瞪大眼睛看着我,问有没有人从二楼跳下来丢了背。答道。 等我被下人壓倒回來,父親瞪大眼睛看著我說:“有沒有人會從二樓跳下來摔斷腿的?”

親類 の もの から 西洋製 の ナイフ を もらって 奇麗 きれいな 刃 を 日 に 翳して 、 友達 に 見せて いたら 、 一 人 が 光る 事 は 光る が 切れ そう も ない と 云った 。 しんるい||||せいよう せい||ないふ|||きれい||やい ば||ひ||かざして|ともだち||みせて||ひと|じん||ひかる|こと||ひかる||きれ|||||うん った I received a Western-made knife from a relative. As I held its beautiful blade up to the sun to show my friends, one of them commented, "It may shine, but it doesn't look sharp." J'ai reçu un couteau occidental d'un parent, et lorsque j'ai montré la belle lame au soleil à mes amis, l'un d'eux a dit qu'elle brillait, mais qu'elle ne semblait pas s'aiguiser. Um familiar deu-me uma faca ocidental e, quando a ergui ao sol para mostrar aos meus amigos como era bonita, um deles disse que brilhava, mas parecia não estar afiada. Jag fick en västerländsk kniv av en släkting, och när jag höll det vackra bladet upp mot solen och visade det för mina vänner sa en av dem att det glittrade, men att det inte verkade vara skarpt. 一位亲戚给了我一把西洋刀,举到太阳底下给我的朋友们看。 一位親戚給了我一把西洋刀,舉到太陽底下給我的朋友們看。 切れ ぬ 事 が ある か 、 何でも 切って みせる と 受け 合った 。 きれ||こと||||なんでも|きって|||うけ|あった I retorted, "What do you mean it's not sharp? I'll show you it can cut anything." Ele aceitou, dizendo que cortaria tudo o que não pudesse ser cortado. Han accepterade och sa att han skulle skära bort allt som inte kunde skäras bort. 他们承认有些东西是不能剪的,而且他们会剪掉任何东西。 他們承認有些東西是不能剪的,而且他們會剪掉任何東西。 そん なら 君 の 指 を 切って みろ と 注文 した から 、 何 だ 指 ぐらい この 通り だ と 右 の 手 の 親指 の 甲 を はす に 切り 込んだ 。 ||きみ||ゆび||きって|||ちゅうもん|||なん||ゆび|||とおり|||みぎ||て||おやゆび||こう||||きり|こんだ He then dared, "Then try cutting your finger." So, to prove my point, I promptly sliced into the back of my right thumb. Ele ordenou-me que cortasse o teu dedo, e assim fiz, e cortei a parte de trás do polegar da minha mão direita num bisel. Han beordrade mig att skära av ditt finger, så det gjorde jag, och jag skar baksidan av tummen på min högra hand till en fas. 既然如此,我命你斩断指头,便将你右手大拇指的手背斩入莲花之中。 既然如此,我命你斬斷指頭,便將你右手大拇指的手背斬入蓮花之中。 幸 ナイフ が 小さい の と 、 親指 の 骨 が 堅かった ので 、 今 だに 親指 は 手 に 付いて いる 。 さいわい|ないふ||ちいさい|||おやゆび||こつ||かたかった||いま||おやゆび||て||ついて| Fortunately, because the knife was small and the bone of my thumb was hard, my thumb is still attached to my hand. Felizmente, o polegar ainda está preso à mão porque a faca era pequena e o osso do polegar era duro. Lyckligtvis sitter tummen fortfarande fast i handen eftersom kniven var liten och tumbenet var hårt. 幸运的是,刀很小,我拇指的骨头很硬,所以我的拇指还在手上。 しかし 創痕 は 死ぬ まで 消え ぬ 。 |はじめ あと||しぬ||きえ| However, the scar will remain until I die. Mas as cicatrizes só desaparecerão com a morte. Men ärren försvinner inte förrän efter döden. 但直到你死去,伤疤才会消失。

庭 を 東 へ 二十 歩 に 行き 尽す と 、 南 上がり に いささか ばかりの 菜園 が あって 、 真中 に 栗 の 木 が 一 本 立って いる 。 にわ||ひがし||にじゅう|ふ||いき|つくす||みなみ|あがり||||さいえん|||まんなか||くり||き||ひと|ほん|たって| About twenty steps to the east of the garden, there's a small vegetable patch facing the south, and in the middle of it stands a chestnut tree. Vinte passos a leste, há uma horta um pouco a sul e um castanheiro no meio dela. Tjugo steg österut finns det en grönsaksodling en bit söderut och ett kastanjeträd i mitten av den. 园东二十步,南侧有一小菜园,中间有一株栗树。 これ は 命 より 大事な 栗 だ 。 ||いのち||だいじな|くり| This chestnut is more precious to me than life itself. Esta é uma castanha mais preciosa do que a vida. Detta är en kastanj som är dyrbarare än livet. 这栗子比生命还重要。 実の 熟する 時分 は 起き 抜け に 背 戸 ( せ ど ) を 出て 落ちた 奴 を 拾って きて 、 学校 で 食う 。 じつの|じゅくする|じぶん||おき|ぬけ||せ|と||||でて|おちた|やつ||ひろって||がっこう||くう When the nuts ripen, I'd go out first thing in the morning, pick up the fallen ones, and eat them at school. Quando as bagas estão maduras, levantamo-nos, saímos pela porta das traseiras, apanhamos as que caem e comemo-las na escola. När bären är mogna går vi upp, går ut genom bakdörren, plockar upp de fallna bären och äter dem i skolan. 等到果子成熟了,我一觉醒来就从后门出去,把落下的捡起来,到学校吃。 菜園 の 西側 が 山城屋 という 質屋 の 庭 続き で 、 この 質屋 に 勘太郎 いう 十三四 の 倅 が 居た 。 さいえん||にしがわ||やましろ や|と いう|しちや||にわ|つづき|||しちや||かん たろう||じゅうさんし||せがれ||いた To the west of the vegetable garden is the yard of a pawnshop called Yamashiro-ya, where a 13-14-year-old boy named Kantaro lived. A oeste da horta encontra-se o jardim de uma loja de penhores chamada Yamashiroya, onde vivia um filho de 134 anos chamado Kantaro. Väster om grönsaksträdgården ligger trädgården för en pantlånare vid namn Yamashiroya, som hade en 134-årig son vid namn Kantaro. 勘太郎 は 無論 弱虫 である 。 かん たろう||むろん|よわむし| Of course, Kantaro was a coward. Kantaro é, evidentemente, um cobarde. Kantaro är naturligtvis en mes. 弱虫 の 癖 に 四 つ 目 垣 を 乗りこえて 、 栗 を 盗み に くる 。 よわむし||くせ||よっ||め|かき||のりこえて|くり||ぬすみ|| Despite being a coward, he would climb over the fence and steal chestnuts. Eles trepam a vedação de quatro olhos e roubam castanhas, por causa dos seus hábitos de covardia. De klättrar över det fyrögda staketet och stjäl kastanjer ur sina mesiga vanor. ある 日 の 夕方 折戸 ( おり ど ) の 蔭 に 隠れて 、 とうとう 勘太郎 を 捕まえて やった 。 |ひ||ゆうがた|おりど||||おん||かくれて||かん たろう||つかまえて| One evening, I hid in the shadow of the folding doors and finally caught Kantaro. Uma noite, escondido atrás de uma porta dobrável, apanhou finalmente Kantaro. En kväll, när han gömde sig bakom en vikdörr, fick han äntligen tag på Kantaro. 其時 勘太郎 は 逃げ 路 を 失って 、 一生懸命に 飛び かかって きた 。 そのとき|かん たろう||にげ|じ||うしなって|いっしょうけんめいに|とび|| At that moment, Kantaro, finding no escape, lunged at me with all his might. I det ögonblicket förlorade Kantaro sin flyktväg och gjorde sitt bästa för att hoppa på honom. 向う は 二 つ ばかり 年上 である 。 むかい う||ふた|||としうえ| He was about two years older than me. Den andra sidan är några år äldre. 弱虫 だ が 力 は 強い 。 よわむし|||ちから||つよい He was a coward, but he was strong. Han är svag men stark. 鉢 の 開いた 頭 を 、 こっち の 胸 へ 宛てて ぐいぐい 押した 拍子 に 、 勘太郎 の 頭 が すべって 、 おれ の 袷 の 袖 の 中 に はいった 。 はち||あいた|あたま||||むね||あてて||おした|ひょうし||かん たろう||あたま|||||あわせ||そで||なか|| As he forcefully pressed his balding head against my chest, Kantaro's head slipped into the sleeve of my kimono. Quando coloquei a cabeça aberta da taça no seu peito e empurrei com força, a cabeça de Kantaro deslizou para fora e para dentro das minhas mangas versáteis. När jag tryckte Hachihachis öppna huvud mot mitt bröst, gled Kantaros huvud ut och in i mina mångsidiga ärmar. 邪魔に なって 手 が 使え ぬ から 、 無 暗に 手 を 振ったら 、 袖 の 中 に ある 勘太郎 の 頭 が 、 右左 へ ぐらぐら 靡 いた 。 じゃまに||て||つかえ|||む|あんに|て||ふったら|そで||なか|||かん たろう||あたま||みぎひだり|||び| His head obstructed me from using my hand, so I shook my arm wildly, causing Kantaro's head inside my sleeve to wobble back and forth. Jag kunde inte använda mina händer eftersom de var i vägen, så jag viftade med handen och Kantaros huvud, som satt i min ärm, svängde till vänster och höger. しまい に 苦し がって 袖 の 中 から 、 おれ の 二の腕 へ 食い付いた 。 ||にがし||そで||なか||||にのうで||くいついた In the end, he bit my upper arm from inside the sleeve out of discomfort. Till slut bet hon i nöd i min arm genom ärmen. 痛かった から 勘 太郎 を 垣根 へ 押しつけて おいて 、 足 搦 ( あし がら ) を かけて 向う へ 倒して やった 。 いたかった||かん|たろう||かきね||おしつけて||あし|じゃく|||||むかい う||たおして| It hurt, so I pushed Kantaro against the fence, tripped him up, and knocked him over to the other side. Jag var tvungen att knuffa Kantaro mot staketet eftersom han hade ont, och jag var tvungen att ta itu med att hans ben förlängdes för att slå ner honom. 山城屋 の 地面 は 菜園 より 六 尺 がた 低い 。 やましろ や||じめん||さいえん||むっ|しゃく||ひくい The ground of Yamashiro-ya was much lower than the vegetable garden, by about six shaku (approximately 6 feet). 勘太郎 は 四 つ 目 垣 を 半分 崩して 、 自分 の 領分 へ 真 逆様に 落ちて 、 ぐう と 云った 。 かん たろう||よっ||め|かき||はんぶん|くずして|じぶん||りょうぶん||まこと|さかさまに|おちて|||うん った Kantaro, breaking half of the fence, fell headfirst into his own territory with a loud thud. 勘太郎 が 落ちる とき に 、 おれ の 袷 の 片 袖 が もげて 、 急に 手 が 自由に なった 。 かん たろう||おちる|||||あわせ||かた|そで|||きゅうに|て||じゆうに| When Kantaro fell, one sleeve of my kimono got torn off, and suddenly my hand was free. その 晩 母 が 山城 屋 に 詫び に 行った ついで に 袷 の 片 袖 も 取り 返して 来た 。 |ばん|はは||やましろ|や||わび||おこなった|||あわせ||かた|そで||とり|かえして|きた That evening, my mother went to Yamashiro-ya to apologize and took the opportunity to retrieve the torn sleeve of my kimono.

此外 いたずら は 大分 やった 。 これそと|||だいぶ| I played many pranks besides this. 大工 の 兼 公 ( かね こう ) と 肴 屋 ( さかな や ) の 角 ( かく ) を つれて 、 茂 作 ( もさく ) の 人参 畠 ( にんじ ん ば たけ ) を あらした 事 が ある 。 だいく||けん|おおやけ||||さかな|や||||かど||||しげる|さく|||にんじん|はた|||||||こと|| Once, I teamed up with Kanekou the carpenter and Kaku from the fish shop, and we wreaked havoc on Mosaku's carrot field. 人参 の 芽 が 出揃 ( でそろ ) わ ぬ 処 ( ところ ) へ 藁 ( わら ) が 一面に 敷 ( し ) いて あった から 、 その 上 で 三 人 が 半日 相撲 ( すもう ) を とりつ づけ に 取ったら 、 人参 が みんな 踏 ( ふ ) み つぶさ れて しまった 。 にんじん||め||でそろ||||ところ|||わら|||いちめんに|し||||||うえ||みっ|じん||はんにち|すもう||||||とったら|にんじん|||ふ||||| Straw was spread all over the area where the carrot sprouts hadn't fully grown yet. The three of us wrestled on it for half a day, and in the process, we trampled all the carrots. 古川 ( ふる か わ ) の 持って いる 田圃 ( たんぼ ) の 井戸 ( いど ) を 埋 ( う ) め て 尻 ( しり ) を 持ち 込ま れた 事 も ある 。 こかわ|||||もって||たんぼ|||いど|||うずま||||しり|||もち|こま||こと|| I once got into trouble for filling up the well in Furukawa's rice field. 太い 孟宗 ( もう そう ) の 節 を 抜いて 、 深く 埋めた 中 から 水 が 湧 ( わ ) き 出て 、 そこいら の 稲 ( いね ) に みず が かかる 仕掛 ( しかけ ) であった 。 ふとい|もう そう||||せつ||ぬいて|ふかく|うずめた|なか||すい||わ|||でて|そこ いら||いね||||||しかけ|| Water used to gush out from a deep spot in the ground through thick bamboo joints, and this mechanism irrigated the nearby rice plants. 其時分 は どんな 仕掛 か 知ら ぬ から 、 石 や 棒 ( ぼう ) ちぎれ を ぎ ゅう ぎ ゅう 井戸 の 中 へ 挿 ( さ ) し 込んで 、 水 が 出 なく なった の を 見届けて 、 うち へ 帰って 飯 を 食って いたら 、 古川 が 真 赤 ( まっか ) に なって 怒鳴 ( ど な ) り 込んで 来た 。 そのとき ふん|||しかけ||しら|||いし||ぼう||||||||いど||なか||さ|||こんで|すい||だ|||||みとどけて|||かえって|めし||くって||ふる かわ||まこと|あか||||どな||||こんで|きた At the time, I didn't know how this mechanism worked, so I crammed rocks and broken sticks into the well until the water stopped flowing. When I went home and was eating my meal, Furukawa stormed in, his face red with anger. たしか 罰金 ( ばっきん ) を 出して 済んだ ようである 。 |ばっきん|||だして|すんだ| Certainly I managed to settle the matter by paying a fine.

おやじ は ちっとも おれ を 可愛 ( かわい ) が って くれ なかった 。 |||||かわい||||| Mein Vater hat mich nicht einmal mit Zuneigung angeschaut. My father never showed me any affection. 母 は 兄 ばかり 贔屓 ( ひいき ) に して いた 。 はは||あに||ひいき|||| My mother always favored my older brother. この 兄 は やに 色 が 白く って 、 芝居 ( しばい ) の 真似 ( まね ) を して 女形 ( おんな がた ) に なる の が 好きだった 。 |あに|||いろ||しろく||しばい|||まね||||おんな が た|||||||すきだった This brother of mine had a fair complexion and liked to mimic theatrical performances, especially those of female roles. おれ を 見る 度 に こいつ は どうせ 碌 ( ろく ) な もの に は なら ない と 、 おやじ が 云った 。 ||みる|たび|||||ろく|||||||||||うん った Every time he looked at me, my father would say, "This one will never amount to anything good." 乱暴で 乱暴で 行く先 が 案じ られる と 母 が 云った 。 らんぼうで|らんぼうで|ゆくさき||あんじ|||はは||うん った Meine Mutter erzählte mir, dass er gewalttätig und missbräuchlich war und dass sie sich Sorgen machte, wohin er gehen würde. My mother used to say, "He's so unruly and reckless, I worry about his future." なるほど 碌 な もの に は なら ない 。 |ろく|||||| Indeed, I haven't turned out to be anything noteworthy. 御覧 の 通り の 始末 である 。 ごらん||とおり||しまつ| As you can see, this is how things have turned out. 行く先 が 案じ られた の も 無理 は ない 。 ゆくさき||あんじ||||むり|| It's not unreasonable that they worried about my future. ただ 懲役 ( ちょうえき ) に 行か ないで 生きて いる ばかりである 。 |ちょうえき|||いか||いきて|| I'm just living without ending up in penal servitude.

母 が 病気 で 死ぬ 二三 日 ( に さんち ) 前 台所 で 宙返り を して へっ つい の 角 で 肋骨 ( あばらぼね ) を 撲 ( う ) って 大いに 痛かった 。 はは||びょうき||しぬ|ふみ|ひ|||ぜん|だいどころ||ちゅうがえり|||へ っ|||かど||あばらぼね|||ぼく|||おおいに|いたかった A few days before my mother died from her illness, I did a somersault in the kitchen and hurt my ribs badly against the corner of a low wooden cupboard. 母 が 大層 怒 ( おこ ) って 、 お前 の ような もの の 顔 は 見 たく ない と 云う から 、 親類 へ 泊 ( とま ) り に 行って いた 。 はは||たいそう|いか|||おまえ|||||かお||み||||いう||しんるい||とま||||おこなって| My mother was extremely angry and said she didn't want to see someone like me, so I went and stayed at a relative's house. すると とうとう 死んだ と 云う 報知 ( しらせ ) が 来た 。 ||しんだ||いう|ほうち|||きた Then I received the news that she had finally passed away. そう 早く 死ぬ と は 思わ なかった 。 |はやく|しぬ|||おもわ| I hadn't thought she would die so soon. そんな 大病 なら 、 もう 少し 大人しく すれば よかった と 思って 帰って 来た 。 |たいびょう|||すこし|おとなしく||||おもって|かえって|きた If she was that ill, I thought I should have behaved a bit better and returned home. そう したら 例の 兄 が おれ を 親不孝だ 、 おれ の ため に 、 おっかさん が 早く 死んだ んだ と 云った 。 ||れいの|あに||||おやふこうだ|||||お っか さん||はやく|しんだ|||うん った When I did, my older brother said to me that I was unfilial, and because of me, our mother died early. 口惜しかった から 、 兄 の 横っ面 を 張って 大変 叱られた。 くちおしかった||あに||よこっおもて||はって|たいへん|しかられた Out of regret, I slapped my brother across his face and got severely scolded. 口惜しかった から 、 兄 の 横っ面 を 張って 大変 叱られた。

母 が 死んで から は 、 おやじ と 兄 と 三 人 で 暮していた 。 はは||しんで|||||あに||みっ|じん||くらして いた After mother passed away, I lived with my father and older brother, the three of us together. おやじ は 何にも せぬ 男 で 、 人 の 顔 さえ 見れば 貴様 は 駄目 だ 駄目だ と 口癖 の ように 云って いた 。 ||なんにも|せ ぬ|おとこ||じん||かお||みれば|き さま||だめ||だめだ||くちぐせ|||うん って| My father was a man who did nothing, and he would habitually say "You're no good, you're no good" just by looking at someone's face. 何 が 駄目 なんだ か 今に 分らない 。 なん||だめ|||いまに|ぶん ら ない Even now, I don't understand what he meant by "no good." 妙 な おやじ が あった もん だ 。 たえ|||||| He was a strange old man. 兄 は 実業 家 に なる と か 云って しきりに 英語 を 勉強 して いた 。 あに||じつぎょう|いえ|||||うん って||えいご||べんきょう|| My brother often talked about becoming a businessman and frequently studied English. 元来 女 の ような 性分 で 、 ずるい から 、 仲 が よく なかった 。 がんらい|おんな|||しょうぶん||||なか||| He had a temperament like a woman's and was cunning, so we didn't get along well. 十日 に 一遍 ぐらい の 割 で 喧嘩 を していた 。 じゅう にち||ひと へん|||わり||けんか||して いた Sie kämpften etwa alle zehn Tage. We used to fight roughly once every ten days. ある 時 将棋 を さしたら 卑怯 な 待駒 ( まちごま ) を して 、 人 が 困る と 嬉しそう に 冷やかした 。 |じ|しょうぎ|||ひきょう||ま こま|まち ごま|||じん||こまる||うれし そう||ひやかした One time when we were playing shogi, he made a cowardly waiting move, and when I was in trouble, he teased me with a delighted look. あんまり 腹 が 立った から 、 手 に 在った 飛車 を 眉間 へ 擲きつけて やった 。 |はら||たった||て||あった|ひしゃ||みけん||なげう きつけて| I was so angry that I threw the rook piece I was holding right at his forehead. 眉間 が 割れて 少々 血 が 出た 。 みけん||われて|しょうしょう|ち||でた It left a gash on his forehead and a bit of blood came out. 兄 が おやじ に 言付けた 。 あに||||ことづけた Brother then told father. おやじ が おれ を 勘当 する と 言い出した 。 ||||かんどう|||いいだした Father started saying that he would disown me.

その 時 は もう 仕方 が ない と 観念 して 先方 の 云う 通り 勘当 される つもりで いたら 、 十年来 召し 使って いる 清 と いう 下女 が 、 泣き ながら おやじ に 詫まって 、 ようやく おやじ の 怒り が 解けた 。 |じ|||しかた||||かんねん||せんぽう||いう|とおり|かんどう|さ れる|||じゅう ねん らい|めし|つかって||きよ|||げ じょ||なき||||た まって||||いかり||とけた At that time, I had resigned myself to the idea that there was no other way and was prepared to be disowned, as father had said. Then the maid named Kiyo, who had been serving us for ten years, apologized (on my behalf) in tears to father, and gradually father's anger subsided. それにもかかわらず あまり おやじ を 怖いと は 思わ なかった 。 ||||こわい と||おもわ| Despite all this, I wasn't particularly afraid of my father. それにもかかわらず あまり おやじ を 怖いと は 思わ なかった 。 かえって この 清 と 云う 下女 に 気の毒 であった 。 ||きよ||うん う|げ じょ||きのどく| Instead, I felt sorry for Kiyo. この 下女 は もと 由緒 の ある もの だった そうだ が 、 瓦解 の とき に 零落 して 、 つい 奉公 まで する ように なった のだ と 聞いて いる 。 |げ じょ|||ゆいしょ|||||そう だ||かわら かい||||れい らく|||ほうこう|||||||きいて| I heard that this maid was originally from a distinguished family, but they fell into ruin during times of chaos and she ended up having to work as a servant. この 下女 は もと 由緒 の ある もの だった そうだ が 、 瓦解 の とき に 零落 して 、 つい 奉公 まで する ように なった のだ と 聞いて いる 。 だから 婆さん である 。 |ばあさん| Deshalb ist sie auch eine alte Dame. So, she was an old lady. (She became an old woman in this role of being a servant.) だから 婆さん である 。 この 婆さん が どういう 因縁 ( いん えん ) か 、 おれ を 非常に 可愛がって くれた 。 |ばあさん|||いんねん||||||ひじょうに|かわいがって| For some reason, this old lady was very fond of me. この 婆さん が どういう 因縁 ( いん えん ) か 、 おれ を 非常に 可愛がって くれた 。 不思議な もの である 。 ふしぎな|| Das ist eine merkwürdige Sache. It's strange. 母 も 死ぬ 三 日 前 に 愛想 ( あいそ ) を つかした ―― おやじ も 年中 持て余して いる ―― 町内 で は 乱暴 者 の 悪 太郎 と 爪弾き を する ―― この おれ を 無暗 に 珍重 して くれた 。 はは||しぬ|みっ|ひ|ぜん||あいそ||||||ねんじゅう|もてあまして||ちょう ない|||らんぼう|もの||あく|たろう||つまはじき||||||む くら||ちんちょう|| Drei Tage vor ihrem Tod hat meine Mutter mich aufgegeben - mein Vater konnte es nicht mehr ertragen - und er hat sich mit den Rüpeln in der Stadt angelegt. -- Er hielt mich für einen würdigen und würdevollen Mann. My mother had grown tired of me three days before she passed away - my father couldn't handle me all year round - and I was known in the town as a ruffian who would cause trouble. Yet, she cherished me without reason. おれ は 到底 ( とうてい ) 人 に 好か れる 性 ( たち ) で ない と あきらめて いた から 、 他人 から 木 の 端 ( は し ) の ように 取り扱 ( あつ か ) われる の は 何とも 思わ ない 、 かえって この 清 の ように ちやほや して くれる の を 不審 ( ふしん ) に 考えた 。 ||とうてい||じん||すか||せい||||||||たにん||き||はし|||||とりあつか||||||なんとも|おもわ||||きよ||||||||ふしん|||かんがえた Since I had resigned myself to the idea that I was not the kind to be liked by people, I didn't care if others treated me as insignificant. However, I found it suspicious that Kiyo would dote on me as she did. 清 は 時々 台所 で 人 の 居 ない 時 に 「 あなた は 真 っ直 で よい ご 気性 だ 」 と 賞 める (ほめる) 事 が 時々 あった 。 きよし||ときどき|だいどころ||じん||い||じ||||まこと|っなお||||きしょう|||しょう|め る||こと||ときどき| Sometimes, when no one was around in the kitchen, Kiyo would praise me, saying, "You have a straightforward and good nature." 清 は 時々 台所 で 人 の 居 ない 時 に 「 あなた は 真 っ直 で よい ご 気性 だ 」 と 賞 める (ほめる) 事 が 時々 あった 。 しかし おれ に は 清 の 云う 意味 が 分から なかった 。 ||||きよ||うん う|いみ||わから| However, I didn’t understand what Kiyo meant by that. 好 ( い ) い 気性 なら 清 以外 の もの も 、 もう 少し 善く して くれる だろう と 思った 。 よしみ|||きしょう||きよし|いがい|||||すこし|よく|||||おもった I thought that if I truly had a good disposition, others besides Kiyo would treat me a bit better. 清 が こんな 事 を 云う 度 に おれ は お 世辞 は 嫌 ( きら ) い だ と 答える の が 常 であった 。 きよし|||こと||うん う|たび|||||せじ||いや|||||こたえる|||とわ| Every time Kiyo said something like that, I would always respond that I disliked flattery. すると 婆さん は それ だ から 好い ご 気性 です と 云って は 、 嬉し そうに おれ の 顔 を 眺めて いる 。 |ばあさん|||||この い||きしょう|||うん って||うれし|そう に|||かお||ながめて| Then, the old woman would say, "It's precisely because of that, that you have a good disposition," and she would look at my face with delight. 自分 の 力 で おれ を 製造 して 誇ってる( ほこ ) ように 見える 。 じぶん||ちから||||せいぞう||ほこってる|||みえる It seemed as though she was proud, as if she had created me with her own hands. 少々 気味 が わるかった 。 しょうしょう|きみ|| It was a bit unsettling.

母 が 死んで から 清 は いよいよ おれ を 可愛がった 。 はは||しんで||きよし|||||かわいがった After my mother died, she became even more affectionate toward me. 時々 は 小 供心 に なぜ あんなに 可愛がる の か と 不審 に 思った 。 ときどき||しょう|とも こころ||||かわいがる||||ふしん||おもった Sometimes, with a child's innocence, I wondered why she doted on me so much. つまらない 、 ( よ )廃せば いい のに と 思った 。 ||はいせば||||おもった I thought it was pointless, she should just let it go. 気の毒だ と 思った 。 きのどくだ||おもった I felt sorry for her. それ でも 清 は 可愛がる 。 ||きよし||かわいがる But still, Kiyo was affectionate toward me 折々 は 自分 の 小遣い で 金鍔 ( きんつば ) や 紅梅焼 ( こうばい や き ) を 買って くれる 。 おりおり||じぶん||こづかい||きむ つば|きん つば||こうばい や|||||かって| From time to time, she would buy me treats with her own allowance, such as a certain type of sweet and red plum blossom confections 寒い 夜 など は ひそかに 蕎麦 粉 ( そば こ ) を 仕入れて おいて 、 いつの間にか 寝 ( ね ) て いる 枕元 ( まくらもと ) へ 蕎麦 湯 を 持って 来て くれる 。 さむい|よ||||そば|こな||||しいれて||いつのまにか|ね||||まくらもと|||そば|ゆ||もって|きて| On cold nights, she would secretly get some buckwheat flour, and bring soba soup to my bedside while I was asleep. 時に は 鍋 焼 饂飩 ( なべ やき うどん ) さえ 買って くれた 。 ときに||なべ|やき|うどん|||||かって| Manchmal kauften sie uns sogar Nabe Yaki Udon (in einem Topf gekochte Udon-Nudeln). Sometimes, she even bought me nabeyaki udon. ただ 食い物 ばかり で は ない 。 |くいもの|||| Aber es geht nicht nur ums Essen. It wasn't just food. 靴 足袋 ( くつ たび ) も もらった 。 くつ|たび|||| I also received tabi shoes. 鉛筆 ( えんぴつ ) も 貰った 、 帳面 も 貰った 。 えんぴつ|||もらった|ちょうめん||もらった I got pencils as well, I even received a notebook. これ は ずっと 後 の 事 である が 金 を 三 円 ばかり 貸して くれた 事 さえ ある 。 |||あと||こと|||きむ||みっ|えん||かして||こと|| This happened much later, but there was even a time she lent me three yen. 何も 貸せ と 云った 訳 で は ない 。 なにも|かせ||うん った|やく||| It's not like I asked her for a loan. 向う で 部屋 へ 持って 来て お 小遣い が なくて お 困り でしょう 、 お 使い なさい と 云って くれた んだ 。 むかい う||へや||もって|きて||こづかい||||こまり|||つかい|||うん って|| She just brought it to my room, saying, "You might be in trouble without some spending money, please use it." おれ は 無論 入ら ない と 云った が 、 是非 使え と 云う から 、 借りて おいた 。 ||むろん|はいら|||うん った||ぜひ|つかえ||うん う||かりて| I declined at first, but she insisted, so I borrowed it. 実は 大変 嬉しかった 。 じつは|たいへん|うれしかった Ich war wirklich sehr glücklich. Honestly, I was very happy. その 三 円 を 蝦蟇口 ( がまぐち ) へ 入れて 、 懐 ( ふところ ) へ 入れた なり 便所 へ 行ったら 、 す ぽり と 後架 ( こう か ) の 中 へ 落して しまった 。 |みっ|えん||がまぐち|||いれて|ふところ|||いれた||べんじょ||おこなったら||||あと か||||なか||おとして| I put those three yen into a coin purse and placed it in my pocket, but when I went to the restroom, I accidentally dropped it into the pit. 仕方 が ない から 、 のそのそ 出て きて 実は これ これ だ と 清 に 話した ところ が 、 清 は 早速 竹 の 棒 を **( さ が )** 捜 して 来て 、 取って 上げ ます と 云った 。 しかた|||||でて||じつは|||||きよし||はなした|||きよし||さっそく|たけ||ぼう||||さが||きて|とって|あげ|||うん った I had no choice but to come out and tell Kiyoshi what happened. Immediately, she looked for a bamboo stick, saying she would retrieve it for me. しばらく する と 井戸端 ( いどばた ) で ざあざあ 音 が する から 、 出て みたら 竹 の 先 へ 蝦蟇口 の 紐 ( ひも ) を 引き 懸けた **( か )** の を 水 で 洗って いた 。 |||いどばた|||ざ あざ あ|おと||||でて||たけ||さき||がまぐち||ひも|||ひき|かけた||||すい||あらって| After a while, I heard the sound of water, and when I went out, she was washing the coin purse she had hooked out with the bamboo stick. それ から 口 を あけて 壱 円 札 ( いちえん さつ ) を 改めたら 茶色 に なって 模様 が 消え かかって いた 。 ||くち|||いち|えん|さつ||||あらためたら|ちゃいろ|||もよう||きえ|| Dann öffnete ich den Mund und untersuchte den Ein-Yen-Schein, der sich braun verfärbt hatte und dessen Muster fast verschwunden war. When I checked inside the purse, the one-yen note had turned brown and the design was almost faded. 清 は 火鉢 で**( かわ )** 乾かして 、 これ で いい でしょう と 出した 。 きよし||ひばち|||かわかして||||||だした Kiyoshi dried it over a hibachi (brazier) and handed it to me, saying it should be fine now. ちょっと かいで みて **( くさ )** 臭い や と 云ったら 、 それ じゃ お 出し なさい 、 取り換えて 来て 上げ ます から と 、 どこ で どう 胡魔化した か 札 の 代り に 銀貨 を 三 円 持って 来た 。 ||||くさい|||うん ったら||||だし||とりかえて|きて|あげ|||||||こま か した||さつ||かわり||ぎんか||みっ|えん|もって|きた I sniffed it and commented on the smell. She told me to hand it over, saying she would replace it. Somehow, she managed to bring back three yen in coins instead of the note. この 三 円 は 何 に 使った か 忘れて しまった 。 |みっ|えん||なん||つかった||わすれて| Ich habe vergessen, wofür ich die drei Yen ausgegeben habe. I forgot what I used those three yen for. 今に 返す よ と 云った ぎり 、 返さ ない 。 いまに|かえす|||うん った||かえさ| I told her I would repay her someday, but I never did. 今 と なって は 十 倍 に して 返して やり たくて も 返せ ない 。 いま||||じゅう|ばい|||かえして||||かえせ| Now, even if I wanted to repay her tenfold, I couldn't.

清 が 物 を くれる 時 に は 必ず おやじ も 兄 も 居 ない 時 に 限る 。 きよし||ぶつ|||じ|||かならず|||あに||い||じ||かぎる When Kiyo gives me something, it's always when neither my father nor my older brother is around. おれ は 何 が 嫌いだ と 云って 人 に 隠れて 自分 だけ 得 を する ほど 嫌いな 事 は ない 。 ||なん||きらいだ||うん って|じん||かくれて|じぶん||とく||||きらいな|こと|| I really hate doing things secretly for my own gain, behind people's backs. 兄 と は 無論 仲 が よく ない けれども 、 兄 に 隠して 清から 菓子 ( かし ) や 色 鉛筆 を 貰い たく は ない 。 あに|||むろん|なか|||||あに||かくして|きよから|かし|||いろ|えんぴつ||もらい||| While I don’t get along with my brother, I don't want to receive candies or colored pencils from Kiyo behind his back. なぜ 、 おれ 一 人 に くれて 、 兄さん に は 遣 ( や ) ら ない の か と 清 に 聞く 事 が ある 。 ||ひと|じん|||にいさん|||つか|||||||きよし||きく|こと|| Sometimes I ask Kiyo why she gives things only to me and not to my brother. すると 清 は 澄 ( す ま ) した もの で お 兄 様 ( あに いさま ) は お 父 様 ( とう さま ) が 買って お 上げ なさる から 構い ませ ん と 云う 。 |きよし||きよし|||||||あに|さま|||||ちち|さま||||かって||あげ|||かまい||||うん う In response, Kiyo would say with a clear conscience that it doesn’t matter since my father buys things for my elder brother. これ は 不公平である 。 ||ふこうへいである Das ist ungerecht. This is unfair. おやじ は 頑固 ( がんこ ) だ けれども 、 そんな 依 怙贔 負 ( えこひいき ) は せ ぬ 男 だ 。 ||がんこ|||||よ|こひ|ふ|||||おとこ| While my father is stubborn, he is not a man to show such blatant favoritism. しかし 清 の 眼 から 見る と そう 見える のだろう 。 |きよし||め||みる|||みえる| But I suppose that's how it looks from Kiyo's perspective. 全く 愛 に 溺 ( お ぼ ) れて いた に 違 ( ち が ) い ない 。 まったく|あい||でき||||||ちが|||| But I suppose that's how it looks from Kiyo's perspective. 元 は 身分 の ある もの でも 教育 の ない 婆さん だ から 仕方 が ない 。 もと||みぶん|||||きょういく|||ばあさん|||しかた|| After all, despite her original status, she's an uneducated old woman, so it can't be helped. 単に これ ばかり で は ない 。 たんに||||| It's not just this. 贔負 目 は 恐ろしい もの だ 。 ひふ|め||おそろしい|| Favoritism is a frightening thing. 清 は おれ を もって 将来 立身 出世 して 立派な もの に なる と 思い 込んで いた 。 きよし|||||しょうらい|た み|しゅっせ||りっぱな|||||おもい|こんで| Kiyo believed that I would rise to prominence and become someone of distinction in the future. その 癖 勉強 を する 兄 は 色 ばかり 白く って 、 とても 役 に は 立た ない と 一 人 で きめて しまった 。 |くせ|べんきょう|||あに||いろ||しろく|||やく|||たた|||ひと|じん||| On the other hand, she had decided on her own that my studious brother, despite his talents, was of little use. こんな 婆さん に 逢 ( あ ) って は 叶 ( かな ) わ ない 。 |ばあさん||あ||||かのう||| It's impossible to deal with such an old woman. 自分 の 好きな もの は 必ず えらい 人物 に なって 、 嫌いな ひと はき っと 落ち 振れる もの と 信じて いる 。 じぶん||すきな|||かならず||じんぶつ|||きらいな||||おち|ふれる|||しんじて| She believes that those she likes will certainly become great people, while those she dislikes are bound to fail. おれ は その 時 から 別段 何 に なる と 云う 了 見 ( りょうけん ) も なかった 。 |||じ||べつだん|なん||||うん う|さとる|み||| Back then, I didn't particularly have any vision of what I wanted to become. しかし 清 が なる なる と 云う もの だ から 、 やっぱり 何 か に 成れる んだろう と 思って いた 。 |きよし|||||うん う|||||なん|||な れる|||おもって| But because Kiyo kept saying I would become something, I thought maybe I really could become something great. 今 から 考える と 馬鹿々々 しい 。 いま||かんがえる||ばか 々々| Looking back now, it seems so foolish. ある 時 など は 清 に どんな もの に なる だろう と 聞いて みた 事 が ある 。 |じ|||きよし||||||||きいて||こと|| At one time, I did ask Kiyo what she thought I would become. ところが 清 に も 別段 の 考え も なかった ようだ 。 |きよし|||べつだん||かんがえ||| It seemed that Kiyo didn't have a specific idea either. ただ 手車 へ 乗って 、 立派な 玄関 の ある 家 を こしらえる に 相違 ない と 云った 。 |て くるま||のって|りっぱな|げんかん|||いえ||||そうい|||うん った She simply said I would surely ride in a hand-pulled rickshaw and have a house with a splendid entrance.

それ から 清 はおれ が うち でも 持って 独立 したら 、 一所 に なる 気 で いた 。 ||きよし|||||もって|どくりつ||ひと しょ|||き|| After that, Kiyo believed that if I ever owned a home and became independent, she would be with me in that place. どうか 置いて 下さい と 何遍 も 繰 り 返して 頼んだ 。 |おいて|ください||なんべん||く||かえして|たのんだ She repeatedly begged me, asking to let her stay with me. おれ も 何だか うち が 持てる ような 気 が して 、 うん 置いて やる と 返事 だけ は して おいた 。 ||なんだか|||もてる||き||||おいて|||へんじ|||| I somehow felt that I might have a house someday, and I simply replied, "Alright, I'll let you stay." ところが この 女 は なかなか 想像 の 強い 女 で 、 あなた は どこ が お 好き 、 麹 町 ( こうじ まち ) です か 麻 布 ( あざ ぶ ) です か 、 お 庭 へ ぶらんこ を お こしらえ 遊ば せ 、 西 洋間 は 一 つ で たくさんです など と 勝手な 計画 を 独り で 並 ( なら ) べ ていた 。 ||おんな|||そうぞう||つよい|おんな|||||||すき|こうじ|まち|||||あさ|ぬの||||||にわ||||||あそば||にし|ようま||ひと||||||かってな|けいかく||ひとり||なみ||| She was a woman of imagination, however, and she had her own agenda: where would you like to live, Kojimachi or Azabu, a swing set in the garden, one Western-style room is too many, and so on. その 時 は 家 なんか 欲しく も 何とも なかった 。 |じ||いえ||ほしく||なんとも| At that time, I didn't desire a house at all 西洋館 も 日本建 ( にほんだて ) も 全く 不用であった から 、 そんな もの は 欲しく ない と 、 いつでも 清 に 答えた 。 せい ようかん||にっぽん けん|||まったく|ふようであった|||||ほしく||||きよし||こたえた Neither a Western-style mansion nor a Japanese one was of any interest to me. I always told Kiyo, "I don't want such things." すると 、 あなた は 欲 が すくなく って 、 心 が 奇麗だ と 云って また 賞 め た 。 |||よく||||こころ||きれいだ||うん って||しょう|| Then, she would say, "You have so few desires, your heart is pure," and praise me again. 清 は 何と 云って も 賞 め て くれる 。 きよし||なんと|うん って||しょう||| Kiyo would always praise me, no matter what I said.

母 が 死んで から 五六 年 の 間 は この 状態 で 暮して いた 。 はは||しんで||ごろく|とし||あいだ|||じょうたい||くらして| After my mother passed away, I lived in this condition for five or six years. おやじ に は 叱ら れる 。 |||しから| I would get scolded by my father. 兄 と は 喧嘩 を する 。 あに|||けんか|| I would fight with my brother. 清 に は 菓子 を 貰う 、 時々 賞 め られる 。 きよし|||かし||もらう|ときどき|しょう|| From Kiyo, I would receive sweets and occasionally get praised. 別に 望み も ない 。 べつに|のぞみ|| I had no particular wishes. これ で たくさんだ と 思って いた 。 ||||おもって| I thought this was enough. ほか の 小 供 も 一概 に こんな もの だろう と 思って いた 。 ||しょう|とも||ひと おおむね||||||おもって| I believed that other kids probably lived in the same way. ただ 清 が 何かにつけ て 、 あなた は お 可哀想 ( かわいそう ) だ 、 不 仕合 ( ふしあわせ ) だ と 無 暗に 云う もの だ から 、 それ じゃ 可哀想で 不 仕 合せ なんだろう と 思った 。 |きよし||なにかにつけ|||||かわいそう|||ふ|しあい||||む|あんに|うん う||||||かわいそうで|ふ|し|あわせ|||おもった Only because Kiyo would often say things like, "You are so pitiable, it's unfortunate," I thought maybe I was pitiable and unfortunate. その 外 に 苦 に なる 事 は 少しも なかった 。 |がい||く|||こと||すこしも| There wasn't anything else that bothered me. ただ おやじ が 小遣い を くれない に は 閉口 した 。 |||こづかい|||||へいこう| The only thing I was truly displeased with was my father not giving me pocket money.

母 が 死んで から 六 年 目 の 正月 に おやじ も 卒 中 で 亡くなった 。 はは||しんで||むっ|とし|め||しょうがつ||||そつ|なか||なくなった My father also passed away from a stroke during the New Year, six years after my mother died. その 年 の 四 月 に おれ は ある 私立 の 中学校 を 卒業 する 。 |とし||よっ|つき|||||しりつ||ちゅうがっこう||そつぎょう| In April of that year, I graduated from a private middle school. 六月 に 兄 は 商業 学校 を 卒業 した 。 ろくが つ||あに||しょうぎょう|がっこう||そつぎょう| In June, my older brother graduated from a commercial school. 兄 は 何とか 会社 の 九州 の 支店 に 口 が あって 行 ( ゆ ) か なければ なら ん 。 あに||なんとか|かいしゃ||きゅうしゅう||してん||くち|||ぎょう||||| My brother somehow secured a position at a company's branch in Kyushu and had to go there. おれ は 東京 で まだ 学問 を し なければ なら ない 。 ||とうきょう|||がくもん||||| I still had to pursue my studies in Tokyo. 兄 は 家 を 売って 財産 を 片付けて 任地 へ 出立 ( し ゅっ たつ ) する と 云い 出した 。 あに||いえ||うって|ざいさん||かたづけて|にんち||いでたち||||||うん い|だした My brother proposed selling the house and settling our assets before departing for his new position. おれ は どうでも する が よかろう と 返事 を した 。 |||||||へんじ|| I replied that whatever he decided would be fine. どうせ 兄 の 厄介 ( やっかい ) に なる 気 は ない 。 |あに||やっかい||||き|| I didn’t intend to rely on my brother anyway. 世話 を して くれる に した ところ で 、 喧嘩 を する から 、 向う でも 何とか 云い 出す に 極 ( きま ) って いる 。 せわ||||||||けんか||||むかう||なんとか|うん い|だす||ごく||| Even if he took care of me, we would just fight, so I was determined to say something or another to him. なまじ い 保護 を 受ければ こそ 、 こんな 兄 に 頭 を 下げ なければ なら ない 。 ||ほご||うければ|||あに||あたま||さげ||| If I accepted his half-hearted protection, I'd have to bow down to a brother like him. 牛乳 配達 を して も 食って られる と 覚悟 を した 。 ぎゅうにゅう|はいたつ||||くって|||かくご|| I was prepared to survive even if I had to deliver milk. 兄 は それ から 道具 屋 を 呼んで 来て 、 先祖 代々 の 瓦 落 多 を 二束三文 に 売った 。 あに||||どうぐ|や||よんで|きて|せんぞ|だいだい||かわら|おと|おお||にそくさんもん||うった My brother then called a dealer and sold the family heirlooms for a pittance. 家屋 敷 は ある 人 の 周旋 である 金満 家 に 譲った 。 かおく|し|||じん||しゅうせん||きんまん|いえ||ゆずった The house and property were handed over to a wealthy person through someone's mediation. この 方 は 大分 金 に なった ようだ が 、 詳 しい 事 は 一 向 知ら ぬ 。 |かた||だいぶ|きむ|||||しょう||こと||ひと|むかい|しら| It seems that this deal brought in a decent sum of money, but I didn’t know the details. おれ は 一ヶ月 以前 から 、 しばらく 前途 の 方向 の つく まで 神田 の 小川 町 へ 下宿 して いた 。 ||いっか げつ|いぜん|||ぜんと||ほうこう||||しんでん||おがわ|まち||げしゅく|| I had been renting a place in Ogawamachi, Kanda for about a month, waiting for my future direction to become clear. 清 は 十 何年 居た うち が 人手 に 渡 る の を 大いに 残念 がった が 、 自分 の もの で ない から 、 仕様がなかった 。 きよし||じゅう|なん ねん|いた|||ひとで||と||||おおいに|ざんねん|||じぶん||||||しようがなかった Kiyo, who had been with us for over ten years, was deeply saddened by the house changing hands, but there was nothing she could do since it wasn’t hers. あなた が もう 少し 年 を とって いらっしゃれば 、 ここ が ご 相続 が 出来 ます もの を と しきりに 口説いて いた 。 |||すこし|とし|||||||そうぞく||でき||||||くどいて| She often lamented, "If only you were a bit older, you could inherit this place." もう 少し 年 を とって 相続 が 出来る もの なら 、 今 でも 相続 が 出来る はずだ 。 |すこし|とし|||そうぞく||できる|||いま||そうぞく||できる| If age was the only requirement for inheritance, I should be able to inherit it now. 婆さん は 何 も 知ら ない から 年 さえ 取れば 兄 の 家 が もらえる と 信じて いる 。 ばあさん||なん||しら|||とし||とれば|あに||いえ||||しんじて| The old lady believed that if I were just a little older, I could inherit my brother's house because she didn’t know any better.

兄 と おれ は かよう に 分 れた が 、 困った の は 清 の 行く先 である 。 あに||||||ぶん|||こまった|||きよし||ゆくさき| My brother and I parted ways like this, but the real problem was what would become of Kiyoshi. 兄 は 無論 連れて 行ける 身分 で なし 、 清 も 兄 の 尻 に くっ付いて 九州 下 ( くんだ ) り まで 出掛ける 気 は 毛頭 なし 、 と 云って この 時 の おれ は 四 畳 半 ( よじょう はん ) の 安 下宿 に 籠 ( こも ) って 、 それ すら も いざ と なれば 直ちに 引き払 ( はら ) わ ねば なら ぬ 始末 だ 。 あに||むろん|つれて|いける|みぶん|||きよし||あに||しり||くっついて|きゅうしゅう|した||||でかける|き||もうとう|||うん って||じ||||よっ|たたみ|はん||||やす|げしゅく||かご|||||||||ただちに|ひきはら||||||しまつ| My brother, of course, wasn't in a position to take her with him, and Kiyoshi had no intention of following my brother all the way to Kyushu. Meanwhile, at that time, I was holed up in a small, cheap room, which I might have to leave at a moment's notice if things got tough. どうする 事も 出来ん 。 どう する|こと も|でき ん There was nothing I could do. 清 に 聞いて みた 。 きよし||きいて| I asked Kiyoshi. どこ か へ 奉公 でも する 気 かね と 云ったら あなた が お うち を 持って 、 奥 ( おく ) さま を お 貰い に なる まで は 、 仕方 が ない から 、 甥 ( おい ) の 厄介に なり ましょう と ようやく 決心 した 返事 を した 。 |||ほうこう|||き|||うん ったら||||||もって|おく|||||もらい|||||しかた||||おい|||やっかいに|||||けっしん||へんじ|| I asked if she had any intention of finding work somewhere. She replied that until I got a home and a wife, she would reluctantly rely on her nephew. この 甥 は 裁判 所 の 書記 で まず 今日 に は 差支 え なく 暮して いた から 、 今 まで も 清 に 来る なら 来 いと 二三 度 勧めた のだ が 、 清 はた とい 下 女 奉公 は して も 年 来 住み 馴 れた 家 の 方 が いい と 云って 応じ なかった 。 |おい||さいばん|しょ||しょき|||きょう|||さ し|||くらして|||いま|||きよし||くる||らい||ふみ|たび|すすめた|||きよし|||した|おんな|ほうこう||||とし|らい|すみ|じゅん||いえ||かた||||うん って|おうじ| This nephew of hers worked as a clerk at a courthouse and had a stable life, so he had invited her a few times before to come if she wished. But Kiyoshi had always refused, saying even if she were to work as a servant, she'd prefer to stay at a house she'd been familiar with for years. しかし 今 の 場合 知ら ぬ 屋敷 へ 奉公 易 ( ほうこう が ) え を して 入ら ぬ 気 兼 ( きがね ) を 仕直 す より 、 甥 の 厄介に なる 方 が ましだ と 思った のだろう 。 |いま||ばあい|しら||やしき||ほうこう|やす||||||はいら||き|けん|||しちょく|||おい||やっかいに||かた||||おもった| However, given the circumstances, she probably thought it would be better to rely on her nephew than to change her mindset about working for an unfamiliar household. それにしても 早く うち を 持て の 、 妻 ( さ い ) を 貰え の 、 来て 世話 を する の と 云う 。 |はやく|||もて||つま||||もらえ||きて|せわ|||||うん う Even so, she kept telling me to get my own place soon, to get a wife, and to let her come and take care of things. 親身 ( しんみ ) の 甥 より も 他人 の おれ の 方 が 好きな のだろう 。 しんみ|||おい|||たにん||||かた||すきな| She probably liked me, a stranger, more than her own nephew.

九州 へ 立つ 二 日 前 兄 が 下宿 へ 来て 金 を 六百 円 出して これ を 資本 に して 商 買 を する なり 、 学資 に して 勉強 を する なり 、 どうでも 随意 に 使う が いい 、 その代り あと は 構わ ない と 云った 。 きゅうしゅう||たつ|ふた|ひ|ぜん|あに||げしゅく||きて|きむ||ろくひゃく|えん|だして|||しほん|||しょう|か||||がくし|||べんきょう|||||ずいい||つかう|||そのかわり|||かまわ|||うん った Two days before I left for Kyushu, my elder brother came to my lodgings and gave me 600 yen, saying that I could use it as capital for business, as tuition for studying, or however I pleased; but in exchange, I shouldn't worry about anything afterwards. 兄 に して は 感心な やり 方 だ 、 何の 六百 円 ぐらい 貰わ ん で も 困り は せ ん と 思った が 、 例 に 似 ぬ 淡泊 ( たん ば く ) な 処置 が 気に入った から 、 礼 を 云って 貰って おいた 。 あに||||かんしんな||かた||なんの|ろくひゃく|えん||もらわ||||こまり|||||おもった||れい||に||たんぱく|||||しょち||き に はいった||れい||うん って|もらって| Considering it was my brother, it was a commendable approach. I thought I wouldn't be in trouble even if I didn't receive the 600 yen, but I liked his uncharacteristically straightforward manner, so I thanked him and accepted the money. 兄 は それ から 五十 円 出して これ を ついでに 清 に 渡して くれ と 云った から 、 異議 なく 引き受けた 。 あに||||ごじゅう|えん|だして||||きよし||わたして|||うん った||いぎ||ひきうけた My brother then took out 50 yen and asked me to pass it on to Kiyo on his behalf, and I accepted without objection. 二 日 立って 新 橋 の 停車場 ( ていしゃば ) で 分れ たぎり 兄 に は その後 一 遍 も 逢わ ない 。 ふた|ひ|たって|しん|きょう||ていしゃば|||ぶん れ||あに|||そのご|ひと|へん||あわ| Two days later, after parting at Shimbashi station, I never saw my brother again.

おれ は 六百 円 の 使用法 に ついて 寝 ながら 考えた 。 ||ろくひゃく|えん||しよう ほう|||ね||かんがえた I thought about how to use the 600 yen while lying in bed. 商買 を した って 面倒 くさく って 旨く 出来る もの じゃ なし 、 ことに 六百 円 の 金 で 商買 らしい 商買 が やれる 訳 でも なかろう 。 あきな か||||めんどう|||むね く|できる|||||ろくひゃく|えん||きむ||あきな か||あきな か|||やく|| Even if I tried trading, it would be troublesome and unlikely to go well, especially with just 600 yen. It's probably not enough to do any significant trading. よし やれる と して も 、 今 の ようじゃ 人 の 前 へ 出て 教育 を 受けた と 威張れ ない から つまり 損に なる ばかりだ 。 |||||いま|||じん||ぜん||でて|きょういく||うけた||いばれ||||そんに|| Even if I could, given my current state, I couldn't boast about being educated in public. It would essentially be a waste. 資本 など は どうでも いい から 、 これ を 学資 に して 勉強 して やろう 。 しほん||||||||がくし|||べんきょう|| Regardless of the capital, I decided to use this money for education and study. 六百 円 を 三 に 割って 一 年 に 二百 円 ずつ 使えば 三 年間 は 勉強 が 出来る 。 ろくひゃく|えん||みっ||わって|ひと|とし||にひゃく|えん||つかえば|みっ|ねんかん||べんきょう||できる If I divide the 600 yen by three and spend 200 yen per year, I can study for three years. 三年間 一生懸命に やれば 何 か 出来る 。 みっねんかん|いっしょうけんめいに||なん||できる If I work hard for three years, I can achieve something. それ から どこ の 学校 へ はいろう と 考えた が 、 学問 は 生来 どれ も これ も 好きで ない 。 ||||がっこう||||かんがえた||がくもん||せいらい|||||すきで| From there, I thought about which school to attend, but inherently, I didn't like any academic subject. ことに 語学 と か 文学 と か 云う もの は 真 平 ( まっぴら ) ご免 ( めん ) だ 。 |ごがく|||ぶんがく|||うん う|||まこと|ひら||ごめん|| Especially subjects like linguistics or literature, I wanted nothing to do with them. 新 体 詩 など と 来て は 二十 行 ある うち で 一行 も 分ら ない 。 しん|からだ|し|||きて||にじゅう|ぎょう||||いっこう||ぶん ら| Even with modern poetry, out of twenty lines, I wouldn’t understand a single one. どうせ 嫌いな もの なら 何 を やっても 同じ 事 だと思った が 、 幸い 物理 学校 の 前 を 通り掛かったら 生徒募集 の 広告 が 出て いた から 、 何も 縁 だ と 思って 規則書 を もらって すぐ 入学 の 手続き を して しまった 。 |きらいな|||なん||やって も|おなじ|こと|だ と おもった||さいわい|ぶつり|がっこう||ぜん||とおりかかったら|せいと ぼしゅう||こうこく||でて|||なにも|えん|||おもって|きそく しょ||||にゅうがく||てつづき||| Anyway, I figured that if I was going to dislike something, then anything I did would be the same. Fortunately, as I happened to pass by a school of physics, I saw an advertisement recruiting students. I took it as fate, so I got the rules and promptly went through the admission process 今 考える と これ も 親譲り の 無鉄砲 から 起 った 失策 だ 。 いま|かんがえる||||おやゆずり||むてっぽう||おこ||しっさく| In hindsight, this recklessness was an inherited trait from my parents, leading to a poor decision.

三年間 まあ 人並 に 勉強 は した が 別段 たち の いい 方 で も ない から 、 席順 は いつでも 下 から 勘定 する 方 が 便利であった 。 みっねんかん||ひとなみ||べんきょう||||べつだん||||かた|||||せきじゅん|||した||かんじょう||かた||べんりであった For three years, I did study to a fair extent, but I wasn't particularly outstanding, so it was always more convenient to count my rank from the bottom. しかし 不思議な もの で 、 三 年 立ったら とうとう 卒業 して しまった 。 |ふしぎな|||みっ|とし|たったら||そつぎょう|| However, mysteriously enough, after three years, I finally graduated. 自分 でも 可 笑 ( おか ) しい と 思った が 苦情 を 云う 訳 も ない から 大人しく 卒業 して おいた 。 じぶん||か|わら||||おもった||くじょう||うん う|やく||||おとなしく|そつぎょう|| I found it strange even myself, but there was no reason to complain, so I quietly accepted my graduation.

卒業 して から 八 日 目 に 校長 が 呼び に 来た から 、 何 か 用 だろう と 思って 、 出掛けて 行ったら 、 四国 辺 の ある 中学校 で 数学 の 教師 が 入る 。 そつぎょう|||やっ|ひ|め||こうちょう||よび||きた||なん||よう|||おもって|でかけて|おこなったら|しこく|ほとり|||ちゅうがっこう||すうがく||きょうし||はいる Eight days after I graduated, the principal called for me. Thinking he had some business with me, I went to see him, only to learn that there was an opening for a mathematics teacher at a middle school in the Shikoku region. 月給 は 四十 円 だ が 、 行って は どう だ と いう 相談 である 。 げっきゅう||よ ん じゅう|えん|||おこなって||||||そうだん| The monthly salary is forty yen, and he was consulting me on whether or not I should take the position. おれ は 三 年間 学問 は した が 実 を 云う と 教師 に なる 気 も 、 田舎 へ 行く 考え も 何も なかった 。 ||みっ|ねんかん|がくもん||||み||うん う||きょうし|||き||いなか||いく|かんがえ||なにも| I had studied for three years, but to be honest, I had neither the intention of becoming a teacher nor any thoughts of going to the countryside. もっとも 教師 以外 に 何 を しよう と 云う あて も なかった から 、 この 相談 を 受けた 時 、 行き ましょう と 即席 ( そくせき ) に 返事 を した 。 |きょうし|いがい||なん||||うん う||||||そうだん||うけた|じ|いき|||そくせき|||へんじ|| Moreover, I had no other plans or ideas about what I would do other than teaching, so when he consulted me, I immediately replied that I would go. これ も 親譲り の 無鉄砲 が 祟った のである 。 ||おやゆずり||むてっぽう||たたりった| It was the reckless trait I inherited from my parents that had played a part.

引き受けた 以上 は 赴任 せ ねば なら ぬ 。 ひきうけた|いじょう||ふにん|||| Since I've accepted the offer, I must assume the post. この 三 年間 は 四 畳 半 に 蟄居 ( ちっ きょ ) して 小言 は ただ の 一 度 も 聞いた 事 が ない 。 |みっ|ねんかん||よっ|たたみ|はん||ちっきょ|ち っ|||こごと||||ひと|たび||きいた|こと|| For these three years, I've been cooped up in a four-and-a-half tatami room and have never once heard a complaint. 喧嘩 も せ ず に 済んだ 。 けんか|||||すんだ I managed without any quarrels. おれ の 生涯 の うち で は 比較的 呑気 な 時節 であった 。 ||しょうがい|||||ひかくてき|のんき||じせつ| It was a relatively carefree period in my life. しかし こう なる と 四 畳 半 も 引き払わ なければ なら ん 。 ||||よっ|たたみ|はん||ひきはらわ||| But now, I must leave this four-and-a-half tatami room. 生れて から 東京 以外 に 踏み出した の は 、 同級生 と 一 所 に 鎌倉 ( かまくら ) へ 遠足 した 時 ばかり である 。 うまれて||とうきょう|いがい||ふみだした|||どうきゅう せい||ひと|しょ||かまくら|||えんそく||じ|| The only time I've ventured outside Tokyo since I was born was on a trip to Kamakura with classmates. 今度 は 鎌倉 どころ で は ない 。 こんど||かまくら|||| This time, it's not Kamakura. 大変な 遠く へ 行か ねば なら ぬ 。 たいへんな|とおく||いか||| I have to go very far. 地図 で 見る と 海浜 で 針 の 先ほど 小さく 見える 。 ちず||みる||かいひん||はり||さきほど|ちいさく|みえる On the map, it looks as tiny as the tip of a needle on the coastline. どうせ 碌 な 所 で は ある まい 。 |ろく||しょ|||| Anyway, it probably isn't a decent place. どんな 町 で 、 どんな 人 が 住んで る か 分ら ん 。 |まち|||じん||すんで|||ぶん ら| I don't know what kind of town it is or who lives there. 分ら ん で も 困ら ない 。 ぶん ら||||こまら| Even if I don't know, it won't bother me. 心配に は なら ぬ 。 しんぱいに||| I'm not worried. ただ 行く ばかりである 。 |いく| I just have to go. もっとも 少々 面倒臭い 。 |しょうしょう|めん どくさい Although it's a bit of a hassle.

家 を 畳 んで から も 清 の 所 へ は 折々 行った 。 いえ||たたみ||||きよし||しょ|||おりおり|おこなった Even after closing down the house, I occasionally visited Kiyo's place. 清 の 甥 と いう の は 存外 結構な 人 である 。 きよし||おい|||||ぞんがい|けっこうな|じん| Kiyo's nephew turned out to be a surprisingly decent person. おれ が 行く たび に 、 居り さえ すれば 、 何 くれ と 款待 な して くれた 。 ||いく|||おり|||なん|||かんたい||| Every time I went, if he was there, he welcomed and treated me generously. 清 は おれ を 前 へ 置いて 、 いろいろ おれ の 自慢 ( じまん ) を 甥 に 聞か せた 。 きよし||||ぜん||おいて||||じまん|||おい||きか| Kiyo, with me present, would boast about various things to her nephew. 今に 学校 を 卒業 する と 麹 町 辺 へ 屋敷 を 買って 役所 へ 通う のだ など と 吹聴 ( ふいちょう ) した 事 も ある 。 いまに|がっこう||そつぎょう|||こうじ|まち|ほとり||やしき||かって|やくしょ||かよう||||ふいちょう|||こと|| She even spread rumors like, "He will soon graduate from school, buy a mansion in Kojimachi, and commute to the office." 独り で 極 ( き ) め て 一 人 ( ひと り ) で 喋 舌 ( し ゃべ ) る から 、 こっち は 困 ( こ ) まって 顔 を 赤く した 。 ひとり||ごく||||ひと|じん||||しゃべ|した|||||||こま|||かお||あかく| She talked on and on by herself, which embarrassed me and made my face turn red. それ も 一 度 や 二 度 で は ない 。 ||ひと|たび||ふた|たび||| It wasn't just once or twice. 折々 おれ が 小さい 時 寝小便 を した 事 まで 持ち出す に は 閉口 した 。 おりおり|||ちいさい|じ|ねしょうべん|||こと||もちだす|||へいこう| I was mortified when she even brought up the fact that I used to wet the bed when I was little. 甥 は 何と 思って 清 の 自慢 を 聞いて いた か 分ら ぬ 。 おい||なんと|おもって|きよし||じまん||きいて|||ぶん ら| I don't know what her nephew thought of Kiyo's boasts. ただ 清 は 昔風 ( むかしふう ) の 女 だ から 、 自分 と おれ の 関係 を 封建 ( ほうけん ) 時代 の 主従 ( しゅじゅう ) の ように 考えて いた 。 |きよし||むかしふう|||おんな|||じぶん||||かんけい||ほうけん||じだい||しゅじゅう||||かんがえて| Kiyo, being an old-fashioned woman, saw our relationship as if it was from the feudal age, like that of a lord and retainer. 自分 の 主人 なら 甥 の ため に も 主人 に 相違 ない と 合点 ( がてん ) した もの らしい 。 じぶん||あるじ||おい|||||あるじ||そうい|||がてん|||| It seemed she thought that if I was her master, then I must be a master in relation to her nephew as well. 甥 こそ いい 面 ( つら ) の 皮 だ 。 おい|||おもて|||かわ| That nephew surely had a thick skin.

いよいよ 約束 が 極 まって 、 もう 立つ と 云う 三 日 前 に 清 を 尋 ( た ず ) ねたら 、 北 向き の 三 畳 に 風邪 ( かぜ ) を 引いて 寝て いた 。 |やくそく||ごく|||たつ||うん う|みっ|ひ|ぜん||きよし||じん||||きた|むき||みっ|たたみ||かぜ|||ひいて|ねて| As the promise was drawing near and it was three days before I was set to leave, when I visited Kiyo, she was in the north-facing three-tatami room, down with a cold. おれ の 来た の を 見て 起き 直る が 早い か 、 坊 ( ぼ ) っちゃ ん いつ 家 ( うち ) を お 持ち なさい ます と 聞いた 。 ||きた|||みて|おき|なおる||はやい||ぼう|||||いえ||||もち||||きいた As soon as she saw me arrive, she quickly sat up and asked, "Master, when will you have your own house?" 卒業 さえ すれば 金 が 自然 と ポッケット の 中 に 湧いて 来る と 思って いる 。 そつぎょう|||きむ||しぜん||||なか||わいて|くる||おもって| She seems to think that money will naturally appear in my pocket as soon as I graduate. そんなに えらい 人 を つら ま えて 、 まだ 坊っちゃん と 呼ぶ の は いよいよ 馬鹿 気 て いる 。 ||じん||||||ぼっちゃん||よぶ||||ばか|き|| It's increasingly ridiculous to still call someone as grown-up as me "young master". おれ は 単 簡 に 当分 うち は 持た ない 。 ||ひとえ|かん||とうぶん|||もた| Simply put, I won't have a house of my own for a while. 田舎 へ 行く んだ と 云ったら 、 非常に 失望 した 容子 ( ようす ) で 、 胡麻 塩 ( ごま しお ) の 鬢 ( びん ) の 乱れ を しきりに 撫 ( な ) で た 。 いなか||いく|||うん ったら|ひじょうに|しつぼう||ようす|||ごま|しお||||びん|||みだれ|||ぶ||| When I told her I was going to the countryside, she looked very disappointed and repeatedly smoothed her disheveled sesame-gray hair. あまり 気の毒だ から 「 行 ( ゆ ) く 事 は 行く が じき 帰る 。 |きのどくだ||ぎょう|||こと||いく|||かえる Feeling sorry for her, I consoled her, 来年 の 夏 休み に は きっと 帰る 」 と 慰 ( なぐ さ ) め て やった 。 らいねん||なつ|やすみ||||かえる||い||||| "I might be leaving, but I'll be back soon. I will definitely return by next summer's vacation." それ でも 妙な 顔 を して いる から 「 何 を 見 や げに 買って 来て やろう 、 何 が 欲しい 」 と 聞いて みたら 「 越後 ( え ちご ) の 笹 飴 ( ささ あめ ) が 食べ たい 」 と 云った 。 ||みょうな|かお|||||なん||み||げ に|かって|きて||なん||ほしい||きいて||えちご||||ささ|あめ||||たべ|||うん った Even then, she had a strange expression, so I asked, "What should I bring back for you? What do you want?" to which she replied, "I want to eat Echigo's bamboo leaf candy." 越後 の 笹 飴 なんて 聞いた 事 も ない 。 えちご||ささ|あめ||きいた|こと|| I've never heard of Echigo's bamboo leaf candy. 第 一方 角 が 違う 。 だい|いっぽう|かど||ちがう First of all, the direction is different. 「 おれ の 行く 田舎 に は 笹 飴 は な さ そうだ 」 と 云って 聞か したら 「 そん なら 、 どっち の 見当 です 」 と 聞き 返した 。 ||いく|いなか|||ささ|あめ||||そう だ||うん って|きか||||||けんとう|||きき|かえした When I said, "I don't think the countryside I'm going to has bamboo leaf candy," she asked back, "Then where exactly are you heading?" 「 西 の 方 だ よ 」 と 云う と 「 箱根 ( はこ ね ) の さき です か 手前 です か 」 と 問う 。 にし||かた||||うん う||はこね|||||||てまえ||||とう When I replied, "To the west," she asked, "Beyond Hakone or before it?" 随分 持てあました 。 ずいぶん|もてあました I was quite taken aback.

出立 の 日 に は 朝 から 来て 、 いろいろ 世話 を やいた 。 し ゅったつ||ひ|||あさ||きて||せわ|| On the day of my departure, she came early in the morning and took care of various things for me. 来る 途中 ( とちゅう ) 小間物 屋 で 買って 来た 歯磨 ( はみがき ) と 楊子 ( ようじ ) と 手拭 ( てぬぐい ) を ズック の 革 鞄 ( かばん ) に 入れて くれた 。 くる|とちゅう||こまもの|や||かって|きた|はみがき|||ようじ|||てぬぐい|||||かわ|かばん|||いれて| On her way, she bought toothpaste, a toothpick, and a hand towel from a sundries shop and placed them in my leather bag. そんな 物 は 入ら ない と 云って も なかなか 承知 し ない 。 |ぶつ||はいら|||うん って|||しょうち|| Even when I said those things weren't necessary, she wouldn't listen. 車 を 並べて 停車場 へ 着いて 、 プラットフォーム の 上 へ 出た 時 、 くるま||ならべて|ていしゃば||ついて|||うえ||でた|じ When we arrived at the station and went up to the platform, as I was boarding the train, 車 へ 乗り 込んだ おれ の 顔 を じっと 見て 「 もう お 別れ に なる かも知れません 。随分 ご 機嫌 よう 」 と 小さな 声 で 云った 。 くるま||のり|こんだ|||かお|||みて|||わかれ|||かも しれません|ずいぶん||きげん|||ちいさな|こえ||うん った she looked intently at my face and said in a soft voice, "This might be our last goodbye. Please take care." 目 に 涙 ( なみだ ) が 一杯 ( いっぱい ) たまって いる 。 め||なみだ|||いっぱい||| Tears filled her eyes. おれ は 泣か なかった 。 ||なか| I didn't cry. しかし もう 少し で 泣く ところ であった 。 ||すこし||なく|| However, I was on the verge of tears. 汽車 が よっぽど 動き 出して から 、 もう 大丈夫 ( だい しょうぶ ) だろう と 思って 、 窓 から 首 を 出して 、 振り向いたら 、 やっぱり 立って いた 。 きしゃ|||うごき|だして|||だいじょうぶ|||||おもって|まど||くび||だして|ふりむいたら||たって| After the train started moving a fair distance, thinking it should be alright now, I stuck my head out of the window and looked back, and there she was, still standing. 何だか 大変 小さく 見えた 。 なんだか|たいへん|ちいさく|みえた She looked incredibly small from where I was.