人工 知能 は 人間 を 超える か Chapter 07 (1)
変わり ゆく もの
私 は 変わり ゆく もの が 好きだ 。 変化 が 好きだ 。 既存 の もの が 衰退 し 、 新しい もの が 出て くる 話 を 聞く と ワクワク する 。 変化 が 好きな の は 、「 知能 」 と いう 見え ない もの を 追い求めて いる から かも しれ ない 。 知能 と いう の は 「 もの 」 で は ない 。 目 に 見える もの でも 、 触れられる もの で も ない 。 ある 環境 の 中 で 機能 を 発揮 する 特定の 仕組み であって 、 その 見え ない 相互 作用 こそ が 知能 である 。
人工 知能 学会 の 25 周年 記念 で 、 何 か イベント を 企画 しろ と いう ので 、「 消え ゆく 学会 」 と いう シンポジウム を やった 。 この 情報 技術 の 進化 の 中 で 、 学会 なんて なくなる よ ね 、 と いう もの だ が 、 人工 知能 学会 の 誰 に も 怒ら れ なかった 。
この 時代 、 さまざまな もの が 変わって いく が 、 それ は 目 に 見える 「 もの 」 に 注目 して いる から だ 。 古い 産業 が 衰退 し 、 新しい 産業 が 生まれる と いう こと と 、 それ ら が 本質 的に 提供 して いる 価値 が 増大 し 、 生産 性 が 向上 して いる と いう こと は 矛盾 し ない 。 人 が 生まれ 、 そして 死ぬ と いう こと と 、 人間 社会 が より よい 社会 に なって いく と いう こと は 矛盾 し ない 。 「 ゆく 河 の 流れ は 絶えず して 、 しかも もと の 水 に あら ず 」 と いう の は 『 方丈 記 』 だ が 、 目 に 見える もの が 変わって いく こと は 、 つまり 目 に 見える 存在 理由 と 目 に 見え ない 存在 理由 が 分離 し 、 昇華 し 、 違う 形 の 形態 と して 再 構成 されて いく と いう こと で も ある 。 インターネット が 情報 流通 に おける 革命 を 起こし 、 以前 は 情報 が 流れ なかった ところ に も 、 情報 が 流れる ように なった 。 従来 は 、 情報 の 流れ と 組織 や 社会 システム が 一体 に なって 構築 されて いた が 、 それ が 引き離さ れた 瞬間 に 、 組織 や 社会 システム と 関係 の ない 情報 の 流れ が 生まれ 、 新たな 付加 価値 を 生んだ 。 情報 を 伝える の は 、 必ずしも 、 先生 から 生徒 へ 、 上司 から 部下 へ 、 マスメディア から 一般 大衆 へ と いう 固定 さ れた 経路 で なくて よかった のだ 。
人工 知能 で 引き起こさ れる 変化 は 、「 知能 」 と いう 、 環境 から 学習 し 、 予測 し 、 そして 変化 に 追従 する ような 仕組み が 、 これ また 人間 や その 組織 と 切り離さ れる と いう こと である 。 いま まで は 組織 の 階層 を 上がって 組織 と して の 判断 を 下して いた 。 個人 が 生活 の 中 で 判断 する こと も 、 自分 の 身体 は ひと つ である から 限界 が あった 。 それ が 分散 さ れ 、 必要な ところ に 必要な 程度 に 実行 さ れる ように なる のである 。
こうした 学習 や 判断 が いま 、 いかに 深く 社会 システム から 切り離せ ない 形 で 埋め込まれて いる か 。 それ を 考える と 、 学習 や 判断 を 独立 な もの と して とらえ 、 それ を 自由に 配置 する 価値 は 、 はてしなく 大きい ので は ない だろう か 。
人工 知能 が 人間 を 征服 する と いった 滑稽な 話 で は なく 、 社会 システム の 中 で 人間 に 付随 して 組み込まれて いた 学習 や 判断 を 、 世界中 の 必要な ところ に 分散 して 設置 できる こと で 、 より よい 社会 システム を つくる こと が できる 。 それ こそ が 、 人工 知能 が 持つ 今後 の 大きな 発展 の 可能 性 で は ない だろう か 。
それ は 、 第 5 章 で 語った ような 「 特徴 表現 学習 」 が 実現 さ れ 、 ついに 人工 知能 の 学習 に おいて 、 ほとんど 人 間の手 を 借り なくて よい 段階 に 技術 的に 差しかかった いま だ から こそ 、 議論 できる こと な のだ 。
最後 の 章 で は 、 人工 知能 で 引き起こさ れる 社会 的な 変化 、 産業 的な 変化 、 そして 個人 に とって の 変化 を 述べて いこう 。
産業 へ の 波及 効果
第 3 次 AI ブーム を 迎えて いる 人工 知能 は この先 、 私 たち の 生活 に どのような 影響 を もたらす のだろう か 。 図 27 は 、 ディープラーニング 以後 の 人工 知能 の 発達 と 、 それ に よって 影響 を 受ける 産業 を まとめた 未来 予想 図 だ 。 図 中 の ① から ⑥ は 、183 ページ の 図 25「 ディープラーニング の 先 の 研究 」 の ナンバー に 対応 して いる 。
注意 して いただきたい の は 時間 軸 だ 。 技術 の 進展 は 早く と も 、 産業 で の 応用 や 社会 で 実際 に 使わ れる ように なる まで 、 かなり 時間 が かかる 場合 も ある 。 あくまでも 「 技術 の 進展 は この くらい の スピード で 進んで も おかしく ない ので は ない か 」 と いう 意味 で 、 時間 軸 を 当てはめて みた 。 これ まで の 人工 知能 の 技術 予想 が いつ の 時代 も 間違って いた ( 早く 見積もり すぎた ) こと も 頭 に 入れて おいて ほしい 。
① 広告 、 画像 診断 、 ネット 企業
ディープラーニング に よって 画像 認識 の 精度 が 向上 する と 、 従来 の マス 向け の 画一 的な 広告 から 、 個人 の 趣味 嗜好 に 応じた ターゲティング 広告 が 一般 化 する 。 また 、 レントゲン や CT など の 画像 を もと に した 診断 を 自動 で 下せる ように なる 。
さらに 現在 、 機械 学習 を 活用 して いる 検索 、 ソーシャルネットワーク など の インターネット 関連 企業 は 真っ先 に 影響 を 受ける 。 まさに 現在 の 私 たち が 経験 し つつ ある こと だ 。
② パーソナルロボット 、 防犯 ( 警備 会社 + 警察 )、 ビッグ データ 活用 企業
今後 数 年 の うち に 、 音声 や 手ざわり 感 など 、 マルチモーダル な 認識 精度 が 劇的に 向上 する こと が 見込ま れる 。 そう なる と 、 ソフトバンク が 2014 年 に 発表 した 人 型 ロボット 「 ペッパー 」 の ように 、 人間 の 感情 を 認識 して 定型 の コミュニケーション を したり 、 店舗 内 で 接客 したり する ロボット が 普及 する 可能 性 が ある 。
また 動画 の 認識 精度 が 向上 する こと で 、 街 中 に 張り巡らさ れた 防犯 カメラ に よる 防犯 システム が 構築 さ れ 、 犯罪 検挙 率 が 向上 する かも しれ ない 。
さまざまな ビッグ データ の 特性 に 合わせて 、 特徴 量 が うまく 生成 さ れる ように なる の も この 段階 だろう 。 そう する と 、 いま ビッグ データ 活用 を 進めて いる 各 企業 が さらに 競争 力 を 伸ばして いく こと に なる だろう 。
③ 自動車 メーカー 、 交通 、 物流 、 農業
周囲 を 観察 する だけ だった 人工 知能 が 、 自分 の 行為 の 結果 、 周囲 に どんな 影響 が 出る か 認識 できる ように なる と 、 ロボット の プランニング ( 行動 計画 ) の 精度 が 上がる 。 その 結果 、 たとえば 現在 、 グーグル が 先行 して テスト を 繰り返して いる 自動 運転 技術 が 実用 化 さ れ 、 商品 を 消費 者 に 届ける ラストワンマイル ( 物流 センター と 消費 者 を 結ぶ 最後 の 区間 ) は もしかすると 、 無人 ヘリコプター の ドローン が 担って いる かも しれ ない 。
農業 の 自動 化 も 含め 、 主に 身体 を 動かす 労働 の 分野 で 人間 の 代わり に 働く ロボット が 普及 する の も この ころ だろう 。 人間 が 何らか の 判断 を 担い 、 コントロール して いる 分野 である 。
従来 型 の 、 第 1 次 AI ブーム で 行わ れた ような プランニング で は なく 、 特徴 表現 学習 が 組み込ま れた プランニング で は 、 さまざまな 環境 で 汎用 的に 使う こと が できる 、 環境 の 変化 に も 対応 できる 、 例外 に 強い など の 特長 が ある はずだ 。
④ 家事 、 医療 ・ 介護 、 受付 ・ コール センター
行動 に 基づく 抽象 化 が できる ように なる と 、 たとえば ロボット が 「 人 間の手 を 強く 握る と 、 人間 は 痛い と 感じる 」 と いった こと を 理解 して 、 痛く ない ように やさしく 握る 、 傷つけ ない ように 運ぶ など 、 人間 に しか でき なかった ような 繊細な 行動 が できる ように なる 。 その 結果 、 物流 や 農業 など 、 それ まで 「 モノ 」 を 対象 と して きた ロボット の 活動 範囲 が 、 対人 的な サービス に まで 広がる だろう 。 たとえば 家事 、 医療 ・ 介護 など の 分野 に ロボット が 進出 して くる 。
また 、 こういう 言い 方 を する と 相手 は 喜ぶ と いった ように 、 感情 を コントロール する ような 対応 が できる ように なる 。 受付 や コール センター 業務 も 人工 知能 が 行う こと が 可能に なる の かも しれ ない 。
⑤ 通訳 ・ 翻訳 、 グローバル 化
人類 が 持って いる 「 概念 」 の かなり の 部分 を 獲得 した 人工 知能 は 、 それぞれ の 概念 に ふさわしい 「 言葉 ( 記号 表記 )」 を 割り当てる こと で 、 言葉 を 理解 する ように なる 。 Siri の ような 音声 対話 システム も 、 人間 が 用意 した 記述 に 基づいて 答える ので は なく 、 人工 知能 が 外界 を シミュレート し ながら 、 思考 して 答えられる ように なる 。 同時に 、 機械 翻訳 も 実用 的な レベル に 達する ため 、「 翻訳 」 や 「 外国 語 学習 」 と いう 行為 そのもの が なくなる かも しれ ない 。 自分 が 話した こと 、 書いた こと が 右 から 左 に 英語 に 訳さ れ 、 中国 語 に 訳さ れる なら 、 わざわざ 時間 を かけて 英語 や 中国 語 を 学ぶ 必要 は なく なる だろう 。
言葉 の 壁 が なくなる こと で 、 これ まで 以上 に 、 ビジネス の グローバル 化 が 進む はずだ 。 たとえば 現在 、 国 内 向け に 物品 を 販売 して いる EC サイト の 海外 展開 が 当たり前に なる だろう 。
⑥ 教育 、 秘書 、 ホワイトカラー 支援
人間 の 「 言葉 」 を 理解 できる ように なる と 、 人類 が 過去 に 蓄積 して きた 知識 を 人工 知能 に 吸収 さ せる こと が できる 。 その 結果 、 人工 知能 の 活動 範囲 は 人間 の 知的 労働 の 分野 に も 広がって いく はずだ 。 たとえば 教育 であり 、 初等 教育 や 受験 と いった 決められた もの 以外 に も 、 必要に 応じて 人工 知能 が 知識 を 身 に つけた 上 で 教えて くれる こと も 可能に なる かも しれ ない 。 また 、 臨機応変 に 状況 を 判断 し 、 必要な とき に は 学習 して 対応 する と いった 秘書 的な 業務 や 、 さらに は ホワイトカラー 全般 の 支援 も できる ように なる だろう 。 2030 年 代 以降 、 こうした こと が 実現 して いく はずだ 。
じわじわ 広がる 人工 知能 の 影響
こうした 変化 は 、 いっぺんに 起きる わけで は ない 。 まず 研究 開発 が 先行 して 、 最初 は そういう こと が できる ように なった と いう ニュース が 広がり 、 そこ から しばらく 遅れて ビジネス に 展開 さ れる 。
たとえば 、 防犯 ・ 監視 に して も 、 まず 人工 知能 に よって カメラ に 映る 個人 ( 指名 手配 犯 など ) を 識別 できる ように なる かも しれ ない 。 すでに 一部 は 実現 さ れ つつ ある が 、 防犯 は 社会 的な コンセンサス が とり やすい ので 、 まず 企業 が それ を 導入 し 、 学校 も 導入 する と いった 形 で 、 防犯 カメラ に よる 監視 ネットワーク が できあがって いく 可能 性 は 十分 ある 。 このような 監視 ネットワーク と 過去 の 犯罪 履歴 の データベース が セット に なれば 、 犯罪 防止 に も なる だろう し 、 犯罪 が 起きた とき も 犯人 逮捕 に つながる 情報 が もたらさ れる 可能 性 が 高まる 。 治安 も よく なる かも しれ ない 。
だが 、 利便 性 が 増す 一方 で 、 たどる つもり に なれば 、 いくら でも 個人 の 行動 履歴 を たどる こと が できる ように なり 、 プライバシー と の 兼ね合い で 問題 も 生じる だろう 。 どこ まで 個人 を 特定 する こと を 認める の か 、 社会 全体 で コンセンサス を 得 ながら 、 慎重に 進めて いく こと に なる 。 こういう 世界 で は 、 たとえば 、「 忘れられる 権利 」 や 「 見逃さ れる 権利 」、 あるいは 「 警告 を 受ける 権利 」 など 、 いま まで 明示 的に 考えられて こ なかった ような さまざまな 権利 を 人 は 持って いる と 考える ほう が よい の かも しれ ない 。 製造 業 で は 、 ひと昔 前 まで 機械 で は 実現 でき なかった 熟練 工 の 技術 も 、 少しずつ ロボット で 代用 可能に なって いく だろう 。 また 、 従来 の 機械 学習 は 、 既存 プロセス の 「 改良 」「 改善 」 の レベル に とどまって いた が 、 ディープラーニング で 人工 知能 が 特徴 量 を 自ら つかむ ように なる と 、 新しい 工程 を 「 設計 」 できる ように なる かも しれ ない 。
これら は 特に 、 試行 錯誤 が 許されて いる 領域 で 顕著だろう 。 たとえば 、 ネット に おける ウェブサイト の 最適 化 など は 、 もう とっくに デザイン の 領域 に コンピュータ が 進出 して きて いる 。 同じ こと が リアルな 世界 で も 起こる こと で 、 生産 プロセス が 劇的に 向上 する 可能 性 が ある 。 たとえば 、 製薬 や 材料 の 分野 で は 、 すでに 多く の 部分 で コンピュータ と 機械 に よる 実験 が 行われて いる が 、 仮説 生成 まで 人工 知能 が 行う ように なれば 、 仮説 生成 と 実験 と いう 研究 開発 の プロセス を 人工 知能 が 担える ように なり 、 いま まで 以上 に 探索 できる 解 の 範囲 が 一気に 広がる かも しれ ない 。 もしかすると 、 音楽 や 絵画 と いった 芸術 の 世界 に も 、 このような 試行 錯誤 に よる 人工 知能 の 進出 は 及ぶ かも しれ ない 。 「 いい 音楽 」 から 特徴 量 を 学習 し 、 それ を まね して 、 組み合わせて 新しい 音楽 を つくる 。