人工 知能 は 人間 を 超える か Chapter 06 (1)
ディープラーニング から の 技術 進展
ディープラーニング は 特徴 表現 学習 の 一種 であり 、 その 意義 の 評価 に ついて は 、 専門 家 の 間 でも 大きく 2 つ の 意見 に 分かれて いる 。
1 つ は 、 機械 学習 の 発明 の ひと つ に すぎ ず 、 一時的な 流行 に とどまる 可能 性 が 高い と いう 立場 である (* 注 45)。
これ は 機械 学習 の 専門 家 に 多い 考え 方 だ 。 もう 1 つ は 、 特徴 表現 を 獲得 できる こと は 、 本質 的な 人工 知能 の 限界 を 突破 して いる 可能 性 が ある と する 立場 である 。 こちら は 機械 学習 より も 、 もう 少し 広い 範囲 を 扱う 人工 知能 の 専門 家 に 多い とらえ 方 である 。
本書 は 、 後者 の 立場 に 立つ 。
専門 家 は 往々 に して 技術 の 可能 性 を 見誤る もの だ し 、 本書 で これ まで 述べて きた ような 歴史 的 経緯 を 考える と 、 特徴 表現 学習 の 壁 を 突破 できる 意義 は きわめて 大きい と 思う から だ 。
ディープラーニング の 研究 は 現在 、 画像 を 読み 込んで 特徴 量 を 抽出 する ところ まで は 実現 して いる 。
特徴 表現 学習 の 基礎 技術 と いう 意味 で は 、50 年 来 の ブレークスルー と 呼んで よい と 思う が 、 これ から 起きる と 予想 さ れる 人工 知能 技術 全体 の 発展 から 見れば 、 ほんの 入り口 に すぎ ない 。 図 25 は 私 が 予想 する 今後 の 技術 の 進展 である 。 おそらく 、「 特徴 表現 を 学習 する 」 と いう 技術 を 使って 、 いま まで の 人工 知能 の 研究 が もう 一 度 なぞら れる ような 発展 を 遂げて いく ので は ない か と 私 は 考えて いる 。 たとえば 音 に は 色 や 形 が ない ように 、 本来 、 視覚 と 聴覚 、 触覚 は データ の 種類 と して まったく 異なる のだ が 、 脳 の 面白い ところ は 、 こういった データ の 種類 に 依存 せ ず 、 同じ 処理 機構 で 処理 が 行われて いる 点 である 。 ディープラーニング でも 同様で 、 さまざまな データ に 対して 同じ ような 手法 が 適用 できる はずだ ( あるいは 、 そのように 改良 さ れる 必要 が ある )。
その 際 に 大きい の は 、 まず 時間 を 扱う こと 、 つまり 画像 で 言えば 「 動画 」 である 。
動画 でも 1 枚 1 枚 の パラパラ 漫画 の ような 画像 に バラ して 処理 する こと も できる が 、 それ は 本質 的な やり 方 で は ない 。 時間 を またがる 大局 的な 文脈 を 理解 する 必要 が あり 、 時間 の 扱い は 案外 難しい (* 注 46)。 そして 、 視覚 系 だけ で なく 、 音声 や 圧力 センサー と いった 、 画像 以外 の 情報 も 取り込む こと に よって 、 マルチモーダル な ( 複数 の 感覚 の データ を 組み合わせた ) 抽象 化 が できる ように なる はずだ 。
たとえば 、 触った 感覚 と いう の は 、 圧力 センサー の 時系列 の 変化 である 。
人間 が ネコ の 動き 、 鳴き声 や 音 、 触り 心地 など 、 さまざまな 情報 を 組み合わせて 「 ネコ 」 だ と 認識 して いる の と 同じ こと を 、 コンピュータ に 処理 さ せる 必要 が ある 。
人間 の 脳 から する と 、 自分 自身 の 身体 が 動こう が 、 その 結果 、 何 か 視覚 に 入って くる もの に 変化 が 起ころう が 、「 脳 の 外部 から 入って くる データ 」 と いう 意味 で は 同じである 。
ところが 、 人間 は 生き物 な ので 、「 自分 が 指令 を 出した から 身体 が 動き 、 それ に よって 目 に 見える もの が 変化 した 」 と いう データ が 入って くる の か 、 それとも 「 身体 は 動かして ない のに 、 目 に 見える もの が 変わった の か 」 を 区別 する 必要 が ある 。 つまり 、 ドア を 開けた から ドア が 開いた の か 、 勝手に ドア が 開いた の か は 、 人間 の 生存 に とって 非常に 重要な 差異 である 。 敵 が 潜んで いる かも しれ ない から だ 。 赤ちゃん の ころ から 、 もの を つかんだり 、 放したり 、 引っ張ったり 、 ちぎったり 、 投げたり 、 いろいろな こと を して いる 。 その 中 から 、「 もの を 動かす 」 と か 「 もの を 押す 」 と いう 概念 を 獲得 して いく 。
こうして 、 自ら の 行動 と 結果 を セット で 抽象 化 する こと の メリット は 、「 まず 椅子 を 動かして 、 その 上 に 乗って 、 高い ところ に ある バナナ を 取ろう 」 と いう ような 、「 行動 の 計画 」 が 立てられる ように なる こと だ 。 人間 は 、( 時に は 必要 以上 に ) 原因 と 結果 と いう 因果 関係 で ものごと を 理解 しよう と する が 、 それ は つまり 、 動物 と して 行動 の 計画 に 活 か したい から だろう 。 「 何 か を した から こう なった 」 と いう 原因 と 結果 で 理解 して いれば 、 それ ら を つなぎ合わせる こと で 目的 の 状態 を つくり出す 「 計画 的な 行動 」 が 可能に なる 。 「 椅子 を 動かす 」「 椅子 の 上 に 乗る 」 など の 行動 と 結果 の 抽象 化 が できて いない と 、 椅子 を 動かして バナナ を 取る こと は でき ない のだ 。 ただし 、「 押す 」 と いう 動作 の 獲得 だけ でも 、 そう 単純で は ない 。
たとえば 、 ロボット が テーブル を 1 の 力 で 押して も 動か なかった 。 2 の 力 で 数 ミリ 動き 、3 の 力 で 押せば 動かせる こと が わかった 。 そういう 経験 を 繰り返して 、「 もの を 押す 」 と いう 行動 が 抽象 化 できる 。 つまり 、「 押す 」 と いう 行動 ひと つ とって も 、 軽い もの は 小さな 力 で 、 重い もの は 大きな 力 で 押す ように 人間 は 学習 して いる (* 注 47)。
実は 、 こうした 動作 の 抽象 化 の 研究 は 、 発達 認知 に 関係 した ロボット の 研究 と して 以前 から 進んで おり 、 国 内 で は 、 東京 大学 の 國吉 康夫 氏 や 大阪 大学 の 浅田 稔 氏 、 ATR ( 国際 電気 通信 基礎 技術 研究 所 ) の 川 人 光男 氏 など が 有名である 。
「 行動 」 する の は 、 必ずしも 物理 的な ロボット である 必要 は ない 。
たとえば 、 グーグル が 買収 した ディープ ・ マインド ・ テクノロジーズ 社 は 、 これ を コンピュータ ゲーム の 中 で 実践 して いる 。 ブロック 崩し や インベーダーゲーム の ような 単純な ゲーム に おいて 、
・ 弾 が 前 から 飛んで きた とき に 〈 前提 条件 〉
右 に 動いたら 〈 行動 〉
スコア が 上がった 〈 結果 〉
と いった セット を 学習 して いる 。
ウェブ の 中 で 動作 する エージェント など に 対して 、 こうした 「 動作 の 概念 」 を 獲得 する こと は 、 実は 試行 錯誤 の 回数 を 非常に 多く できる と いう 意味 で 、 コンピュータ 向き の 方法 かも しれ ない 。
図 25 の ① と ② の 段階 で は 、 人工 知能 は 外界 に ある もの を 観察 して いる だけ だった 。
ところが 、③ で は 自分 も その 中 に 入り込んで 、 外界 と 相互 作用 を し ながら 、 自分 と 外界 の 関係 性 を 学ぶ こと に なる 。 この 段階 で 、 ナビゲーション や 外界 の シミュレーション 、 あるいは より 一般 化 した もの と して の 「 思考 」 と いった プロセス も 必要に なって くる はずである 。 実は 、 外界 と の 相互 作用 に よる 動作 概念 の 獲得 は 、 新たな 特徴 量 を 取り出す 上 で とても 重要である 。
昔 から 私 が 使って いる 例 である が 、「 素数 か どう か 」 と いう 特徴 量 を どのように 獲得 すれば よい か と いう 問題 が ある 。
2 は 素数 、3 も 素数 、4 は 素数 で ない 、5 は 素数 である 。 たとえば 、 パズル ゲーム で 、 主人公 の 持つ アイテム の 数 が 素数 であれば 敵 を 倒 せて 、 素数 で なければ 倒せ ない と いう 状況 が あった とき に 、「 アイテム の 数 が 素数 である か どう か 」 と いう 特徴 量 を つくる こと が できれば 、 この 問題 は 解き やすく なる 。
ところが 、 素数 か どう か と いう 特徴 量 は 、「1 から 順番 に その 数 を 割って いって 、1 以外 に 割り切れる もの が あったら 素数 で なく 、 割り切れる もの が なければ 素数 」 と いう ような 手続き の 組み合わせ に よって しか 定義 でき ない 。
実は 、 世の中 の 特徴 量 と 呼ば れる もの に は 、 こうした 「 一連の 行動 の 結果 と して 世界 から 引き出さ れる 特徴 量 」 も 多い のである 。
ゲーム が 簡単に クリア できる か 、 難しい の か と いった 難易 度 は 、 実際 に ゲーム を して み ない こと に は わから ない 。
将棋 の ある 盤面 を 見て 「 形勢 が 苦しい 」 か どう か 、 ある 数学 の 問題 を 見て 「 解き やすい 」 か どう か 、 ある コップ を 見て 「 割れ やす そう 」 か どう か 、 と いう の は 、 動作 して みた 結果 を 、 逆に 「 そのもの 自身 の 性質 」 と して とらえて いる のである 。
「 やさしい 」「 難しい 」 など の 形容詞 的な 概念 は 、 何度 も ゲーム を して みて 初めて 獲得 できる 抽象 的な 概念 だ 。
割れ やすい コップ と いう とき も 、 押す と 割れる 、 落とす と 割れる と いう 行動 と 結果 の セット が ある から わかる こと で 、「 割れ やすい 」「 割れ にくい 」 と いう 形容詞 も 、 ガラス や 陶器 、 プラスチック など の 素材 に よって 、 あるいは コップ の 形状 や 厚み に よって 、 どういう とき に どれ だけ 割れる か 、 何度 も 試して みて 初めて 獲得 できる 概念 である 。
③ の 学習 が 進めば 、 そうした 抽象 的な 概念 も コンピュータ が 学ぶ ように なる 。
ひと まとまり の 動作 が ものごと の 新しい 特徴 を 引き出す 。 人間 で いう と 、「 考えて アッ と ( 特徴 量 に ) 気づく 」「 やって みて コツ が ( 特徴 量 が ) わかる 」 と いう ような こと が 起こる 。
いったん 動作 を 通じた 特徴 量 を 得る こと が できれば 、 次 から は 見た 瞬間 、 割れ やすい コップ だ から 気 を つけて 扱おう 、 やわらかい ソファ だ から 座ったら これ くらい 身体 が 沈む だろう と いう 予測 が 立ち やすく なる 。
周囲 の 状況 に 対する 認識 が 一 段階 深く なり 、 ロボット の 行動 は より 環境 に 適した もの に なる 。 もちろん 、 それ は こうした 人工 知能 が 存在 する 環境 に 依存 する 。 人間 が 生活 する 環境 で 、 人間 並み の 「 身体 」 を 持てば 、 人間 が つくり上げる 概念 に ある 程度 近い もの は 獲得 できる はずだ 。 ネット 上 で のみ 行動 する 人工 知能 であれば 、 ネット 上 に ある 事象 を ベース と して そこ から 引き出さ れる 抽象 概念 は 獲得 する こと が できる 。
その 結果 、 コンピュータ が 「 言語 」 を 獲得 する 準備 が 整う 。
先 に 「 概念 」 を 獲得 できれば 、 後 から 「 言葉 ( 記号 表記 )」 を 結びつける の は 簡単だ から だ 。
「 ネコ 」「 ニャー と 鳴く 」「 やわらかい 」 と いう 概念 は すでに できて いる から 、 それぞれ に 「 ネコ 」「 ニャー と 鳴く 」「 やわらかい 」 と いう 言葉 ( 記号 表記 ) を 結びつけて あげれば 、 コンピュータ は その 言葉 と それ が 意味 する 概念 を セット で 理解 する 。
つまり 、 シンボルグラウンディング 問題 が 解消 さ れる 。 シマウマ を 1 回 も 見た こと が ない コンピュータ も 、「 シマシマ の ある ウマ 」 と 聞けば 、 あれ が シマウマ だ と 一 発 で わかる ように なる 。
ここ で は 、 概念 が 言葉 ( 記号 表記 ) と 結びつけられる こと が 重要であり 、 その 言葉 が 何 語 な の か は 問わ れ ない 。 つまり 、 ある 概念 に 英語 を 結びつける の も 、 日本 語 に する の も 、 中国 語 に する の も 、 労力 と して は 変わら ない 。 コンピュータ に よる 翻訳 が 本当に 実用 に 耐える もの に なる と すれば 、 この 段階 に きて から である 。 機械 翻訳 と いう の は 、 身近な だけ に 簡単な 技術 に 思える かも しれ ない が 、 実は 、 かなり 高度な 技術 な のである 。
もちろん 、 文化 や 言語 に よって 用いられる 概念 は さまざまである 。 たとえば 、 英語 に は 「 punctual 」 と いう よく 使わ れる 形容詞 が あり 、「 時間 に 正確だ 」 と いう 意味 で 、「 Heisapunctualperson .( 彼 は 時間 に 正確な 人 だ )」 と いう ふうに 使う 。 ところが 、 これ に 1 対 1 で 対応 する 日本 語 の 単語 は ない 。 どうしても 「 時間 に 正確だ 」 と 2 単語 を 使って 表現 しなければ なら ない 。 言葉 で 表さ れる 概念 は 、 ひと り の 人間 が つくり出す 概念 の うち でも 、 普遍 性 が 高く 、 ほか の 個体 と やりとり できる 概念 である 。
逆に 、 特定の 仕事 に 依存 する 概念 は 、 その 業界 の 人 に は 通じる が 、 一般 の 人 に は 通じ ない こと も ある 。