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或る女 - 有島武郎(アクセス), 6. 或る女

6. 或る 女

葉子 が 米国 に 出発 する 九 月 二十五 日 は あす に 迫った 。 二百二十 日 の 荒れ そこねた その 年 の 天気 は 、 いつまで たって も 定まら ないで 、 気 違い 日和 と も いう べき 照り 降り の 乱雑な 空 あい が 続き 通して いた 。 ・・

葉子 は その 朝 暗い うち に 床 を 離れて 、 蔵 の 陰 に な つた 自分 の 小 部屋 に は いって 、 前々 から 片づけ かけて いた 衣類 の 始末 を し 始めた 。 模様 や 縞 の 派手な の は 片 端 から ほどいて 丸めて 、 次の 妹 の 愛子 に やる ように と 片すみ に 重ねた が 、 その 中 に は 十三 に なる 末 の 妹 の 貞 世に 着せて も 似合わ し そうな 大柄な もの も あった 。 葉子 は 手早く それ を えり分けて 見た 。 そして 今度 は 船 に 持ち込む 四季 の 晴れ着 を 、 床の間 の 前 に ある まっ黒 に 古ぼけた トランク の 所 まで 持って行って 、 ふた を あけよう と した が 、 ふと その ふた の まん 中 に 書いて ある Y ・ K と いう 白 文字 を 見て 忙しく 手 を 控えた 。 これ は きのう 古藤 が 油絵 の 具 と 画 筆 と を 持って 来て 書いて くれた ので 、 かわき きら ない テレビン の 香 が まだ かすかに 残って いた 。 古藤 は 、 葉子 ・ 早月 の 頭文字 Y ・ S と 書いて くれ と 折り入って 葉子 の 頼んだ の を 笑い ながら 退けて 、 葉子 ・ 木村 の 頭文字 Y ・ K と 書く 前 に 、 S ・ K とある 字 を ナイフ の 先 で 丁寧に 削った のだった 。 S ・ K と は 木村 貞一 の イニシャル で 、 その トランク は 木村 の 父 が 欧 米 を 漫遊 した 時 使った もの な のだ 。 その 古い 色 を 見る と 、 木村 の 父 の 太っ腹な 鋭い 性格 と 、 波 瀾 の 多い 生涯 の 極 印 が すわって いる ように 見えた 。 木村 は それ を 葉子 の 用 に と 残して 行った のだった 。 木村 の 面影 は ふと 葉子 の 頭 の 中 を 抜けて 通った 。 空想 で 木村 を 描く 事 は 、 木村 と 顔 を 見 合わす 時 ほど の 厭わ しい 思い を 葉子 に 起こさ せ なかった 。 黒い 髪 の 毛 を ぴったり と きれいに 分けて 、 怜 か しい 中高 の 細 面 に 、 健康 らしい ばら色 を 帯びた 容貌 や 、 甘 すぎる くらい 人情 に おぼれ やすい 殉情 的な 性格 は 、 葉子 に 一種 の なつかし さ を さえ 感ぜ しめた 。 しかし 実際 顔 と 顔 と を 向かい合わ せる と 、 二 人 は 妙に 会話 さえ はずま なく なる のだった 。 その 怜 か しい の が いやだった 。 柔和な の が 気 に さわった 。 殉情 的な くせ に 恐ろしく 勘定 高い の が たまらなかった 。 青年 らしく 土俵ぎわ まで 踏み込んで 事業 を 楽しむ と いう 父 に 似た 性格 さえ こま しゃ くれて 見えた 。 ことに 東京 生まれ と いって も いい くらい 都 慣れた 言葉 や 身 の こなし の 間 に 、 ふと 東北 の 郷土 の 香 い を かぎ 出した 時 に は かんで 捨てたい ような 反感 に 襲わ れた 。 葉子 の 心 は 今 、 おぼろげな 回想 から 、 実際 膝 つき合わせた 時 に いやだ と 思った 印象 に 移って 行った 。 そして 手 に 持った 晴れ着 を トランク に 入れる の を 控えて しまった 。 長く なり 始めた 夜 も その ころ に は ようやく 白み 始めて 、 蝋燭 の 黄色い 焔 が 光 の 亡骸 の ように 、 ゆるぎ も せ ず に ともって いた 。 夜 の 間 静まって いた 西 風 が 思い出した ように 障子 に ぶつかって 、 釘 店 の 狭い 通り を 、 河 岸 で 仕出し を した 若い 者 が 、 大きな 掛け声 で がらがら と 車 を ひき ながら 通る の が 聞こえ 出した 。 葉子 は きょう 一 日 に 目まぐるしい ほど ある たくさんの 用事 を ちょっと 胸 の 中 で 数えて 見て 、 大急ぎで そこら を 片づけて 、 錠 を おろす もの に は 錠 を おろし 切って 、 雨戸 を 一 枚 繰って 、 そこ から さし込む 光 で 大きな 手 文庫 から ぎっしり つまった 男 文字 の 手紙 を 引き出す と 風呂敷 に 包み込んだ 。 そして それ を かかえて 、 手 燭 を 吹き 消し ながら 部屋 を 出よう と する と 、 廊下 に 叔母 が 突っ立って いた 。 ・・

「 もう 起きた んです ね …… 片づいた かい 」・・

と 挨拶 して まだ 何 か いい た そうであった 。 両親 を 失って から この 叔母 夫婦 と 、 六 歳 に なる 白 痴 の 一 人 息子 と が 移って 来て 同居 する 事 に なった のだ 。 葉子 の 母 が 、 どこ か 重々しくって 男 々 しい 風采 を して いた の に 引きかえ 、 叔母 は 髪 の 毛 の 薄い 、 どこまでも 貧相に 見える 女 だった 。 葉子 の 目 は その 帯 しろ 裸 な 、 肉 の 薄い 胸 の あたり を ちらっと かすめた 。 ・・

「 おや お 早う ございます …… あら かた 片づきました 」・・

と いって そのまま 二 階 に 行こう と する と 、 叔母 は 爪 に いっぱい 垢 の たまった 両手 を もやもや と 胸 の 所 で ふり ながら 、 さえぎる ように 立ちはだかって 、・・

「 あの お前 さん が 片づける 時 に と 思って いた んだ が ね 。 あす の お 見送り に 私 は 着て 行く もの が 無い んだ よ 。 お かあさん の もの で 間に合う の は 無い だろう か しら ん 。 あす だけ 借りれば あと は ちゃんと 始末 を して 置く んだ から ちょっと 見 ておくれで ない か 」・・

葉子 は また か と 思った 。 働き の ない 良 人 に 連れ添って 、 十五 年 の 間 丸 帯 一 つ 買って もらえ なかった 叔母 の 訓練 の ない 弱い 性格 が 、 こう さもしく なる の を あわれま ない でも なかった が 、 物 怯 じし ながら 、 それでいて 、 欲 に かかる と ずうずうしい 、 人 の すき ばかり つけねらう 仕打ち を 見る と 、 虫 唾 が 走る ほど 憎かった 。 しかし こんな 思い を する の も きょう だけ だ と 思って 部屋 の 中 に 案内 した 。 叔母 は 空々しく 気の毒だ と かすま ない と か いい 続け ながら 錠 を おろした 箪笥 を 一 々 あけ させて 、 いろいろ と 勝手に 好み を いった 末 に 、 りゅう と した 一 揃え を 借 る 事 に して 、 それ から 葉子 の 衣類 まで を とやかく いい ながら 去り が て に いじ くり 回した 。 台所 から は 、 みそ汁 の 香 いが して 、 白 痴 の 子 が だらしなく 泣き 続ける 声 と 、 叔父 が 叔母 を 呼び 立てる 声 と が 、 すがすがしい 朝 の 空気 を 濁す ように 聞こえて 来た 。 葉子 は 叔母 に いいかげんな 返事 を し ながら その 声 に 耳 を 傾けて いた 。 そして 早月 家 の 最後 の 離散 と いう 事 を しみじみ と 感じた のであった 。 電話 は ある 銀行 の 重役 を して いる 親類 が いいかげんな 口実 を 作って 只 持って行って しまった 。 父 の 書斎 道具 や 骨董 品 は 蔵書 と 一緒に 糶売 り を さ れた が 、 売り上げ 代 は とうとう 葉子 の 手 に は はいら なかった 。 住居 は 住居 で 、 葉子 の 洋行 後 に は 、 両親 の 死後 何 か に 尽力 した と いう 親類 の 某 が 、 二束三文 で 譲り受ける 事 に 親族 会議 で 決まって しまった 。 少し ばかり ある 株券 と 地所 と は 愛子 と 貞 世 と の 教育 費 に あてる 名 儀 で 某 々 が 保管 する 事 に なった 。 そんな 勝手 放題 なま ね を さ れる の を 葉子 は 見向き も し ないで 黙って いた 。 もし 葉子 が 素直な 女 だったら 、 かえって 食い 残し と いう ほど の 遺産 は あてがわれて いた に 違いない 。 しかし 親族 会議 で は 葉子 を 手 に おえない 女 だ と して 、 他 所 に 嫁 入って 行く の を いい 事 に 、 遺産 の 事 に は いっさい 関係 さ せ ない 相談 を した くらい は 葉子 は とうに 感づいて いた 。 自分 の 財産 と なれば なる べき もの を 一部分 だけ あてがわれて 、 黙って 引っ込んで いる 葉子 で は なかった 。 それ か と いって 長女 で は ある が 、 女 の 身 と して 全 財産 に 対する 要求 を する 事 の 無益な の も 知っていた 。 で 「 犬 に やる つもりで いよう 」 と 臍 を 堅 め て かかった のだった 。 今 、 あと に 残った もの は 何 が ある 。 切り回し よく 見かけ を 派手に して いる 割合 に 、 不足 がちな 三 人 の 姉妹 の 衣類 諸 道具 が 少し ばかり ある だけ だ 。 それ を 叔母 は 容赦 も なく そこ まで 切り込んで 来て いる のだ 。 白紙 の ような はかない 寂し さ と 、「 裸 に なる なら きれいさっぱり 裸 に なって 見せよう 」 と いう 火 の ような 反抗 心 と が 、 むちゃくちゃに 葉子 の 胸 を 冷やしたり 焼いたり した 。 葉子 は こんな 心持ち に なって 、 先ほど の 手紙 の 包み を かかえて 立ち上がり ながら 、 うつむいて 手ざわり の いい 絹 物 を なで 回して いる 叔母 を 見おろした 。 ・・

「 それ じゃ わたし まだ ほか に 用 が あります し します から 錠 を おろさ ず に おきます よ 。 ご ゆっくり 御覧 なさい まし 。 そこ に かためて ある の は わたし が 持って行く んです し 、 ここ に ある の は 愛 と 貞 に やる のです から 別に な すって おいて ください 」・・

と いい捨てて 、 ず ん ず ん 部屋 を 出た 。 往来 に は 砂 ほこり が 立つ らしく 風 が 吹き 始めて いた 。 ・・

二 階 に 上がって 見る と 、 父 の 書斎 であった 十六 畳 の 隣 の 六 畳 に 、 愛子 と 貞 世 と が 抱き合って 眠って いた 。 葉子 は 自分 の 寝床 を 手早く たたみ ながら 愛子 を 呼び起こした 。 愛子 は 驚いた ように 大きな 美しい 目 を 開く と 半分 夢中 で 飛び起きた 。 葉子 は いきなり 厳重な 調子 で 、・・

「 あなた は あす から わたし の 代わり を し ない じゃ なら ない んです よ 。 朝 寝坊 なん ぞ して いて どう する の 。 あなた が ぐずぐず して いる と 貞 ちゃん が かわいそうです よ 。 早く 身 じまい を して 下 の お 掃除 でも なさい まし 」・・

と にらみつけた 。 愛子 は 羊 の ように 柔和な 目 を まばゆ そうに して 、 姉 を ぬすみ 見 ながら 、 着物 を 着か えて 下 に 降りて 行った 。 葉子 は なんとなく 性 の 合わ ない この 妹 が 、 階子 段 を 降り きった の を 聞き すまして 、 そっと 貞 世 の ほう に 近づいた 。 面ざし の 葉子 に よく 似た 十三 の 少女 は 、 汗 じみ た 顔 に は 下げ 髪 が ねばり 付いて 、 頬 は 熱 で も ある ように 上気 して いる 。 それ を 見る と 葉子 は 骨 肉 の いとし さ に 思わず ほほえま せられて 、 その 寝床 に いざ り 寄って 、 その 童 女 を 羽 がい に 軽く 抱きすくめた 。 そして しみじみ と その 寝顔 に ながめ 入った 。 貞 世 の 軽い 呼吸 は 軽く 葉子 の 胸 に 伝わって 来た 。 その 呼吸 が 一 つ 伝わる たび に 、 葉子 の 心 は 妙に めいって 行った 。 同じ 胎 を 借りて この世 に 生まれ 出た 二 人 の 胸 に は 、 ひた と 共鳴 する 不思議な 響き が 潜んで いた 。 葉子 は 吸い取ら れる ように その 響き に 心 を 集めて いた が 、 果ては 寂しい 、 ただ 寂しい 涙 が ほろほろ と とめど なく 流れ出る のだった 。 ・・

一家 の 離散 を 知ら ぬ 顔 で 、 女 の 身 そら を ただ ひと り 米国 の 果て まで さすらって 行く の を 葉子 は 格別 なんとも 思って い なかった 。 振り分け 髪 の 時分 から 、 飽 くまで 意地 の 強い 目 は し の きく 性質 を 思う まま に 増長 さして 、 ぐんぐん と 世の中 を わき目 も ふら ず 押し通して 二十五 に なった 今 、 こんな 時 に ふと 過去 を 振り返って 見る と 、 いつのまにか あたりまえの 女 の 生活 を すりぬけて 、 たった 一 人見 も 知ら ぬ 野ずえ に 立って いる ような 思い を せ ず に は いられ なかった 。 女学校 や 音楽 学校 で 、 葉子 の 強い 個性 に 引きつけられて 、 理想 の 人 で で も ある ように 近寄って 来た 少女 たち は 、 葉子 に おどおど しい 同性 の 恋 を ささげ ながら 、 葉子 に inspire されて 、 われ知らず 大胆な 奔放な 振る舞い を する ように なった 。 そのころ 「 国民 文学 」 や 「 文学 界 」 に 旗 挙げ を して 、 新しい 思想 運動 を 興そう と した 血気 な ロマンティックな 青年 たち に 、 歌 の 心 を 授けた 女 の 多く は 、 おおかた 葉子 から 血 脈 を 引いた 少女 ら であった 。 倫理 学者 や 、 教育 家 や 、 家庭 の 主権 者 など も その ころ から 猜疑 の 目 を 見張って 少女 国 を 監視 し 出した 。 葉子 の 多感な 心 は 、 自分 でも 知ら ない 革命 的 と も いう べき 衝動 の ため に あて も なく 揺 ぎ 始めた 。 葉子 は 他人 を 笑い ながら 、 そして 自分 を さげすみ ながら 、 まっ暗 な 大きな 力 に 引きずられて 、 不思議な 道 に 自覚 なく 迷い 入って 、 しまい に は まっし ぐ ら に 走り出した 。 だれ も 葉子 の 行く 道 の しる べ を する 人 も なく 、 他の 正しい 道 を 教えて くれる 人 も なかった 。 たまたま 大きな 声 で 呼び 留める 人 が ある か と 思えば 、 裏表 の 見えすいた ぺてん に かけて 、 昔 の まま の 女 で あら せよう と する もの ばかり だった 。 葉子 は そのころ から どこ か 外国 に 生まれて いれば よかった と 思う ように なった 。 あの 自由 らしく 見える 女 の 生活 、 男 と 立ち 並んで 自分 を 立てて 行く 事 の できる 女 の 生活 …… 古い 良心 が 自分 の 心 を さいなむ たび に 、 葉子 は 外国 人 の 良心 と いう もの を 見 たく 思った 。 葉子 は 心 の 奥底 で ひそかに 芸者 を うらやみ も した 。 日本 で 女 が 女らしく 生きて いる の は 芸者 だけ で は ない か と さえ 思った 。 こんな 心持ち で 年 を 取って 行く 間 に 葉子 は もちろん なんど も つまずいて ころんだ 。 そして ひと り で 膝 の 塵 を 払わ なければ なら なかった 。 こんな 生活 を 続けて 二十五 に なった 今 、 ふと 今 まで 歩いて 来た 道 を 振り返って 見る と 、 いっしょに 葉子 と 走って いた 少女 たち は 、 とうの昔 に 尋常な 女 に なり済まして いて 、 小さく 見える ほど 遠く の ほう から 、 あわれむ ような さげすむ ような 顔つき を して 、 葉子 の 姿 を ながめて いた 。 葉子 は もと 来た 道 に 引き返す 事 は もう でき なかった 。 できた ところ で 引き返そう と する 気 は みじんも なかった 。 「 勝手に する が いい 」 そう 思って 葉子 は また わけ も なく 不思議な 暗い 力 に 引っぱら れた 。 こういう はめ に なった 今 、 米国 に い よう が 日本 に いよう が 少し ばかりの 財産 が あろう が 無かろう が 、 そんな 事 は 些細 な 話 だった 。 境遇 でも 変わったら 何 か 起こる かも しれ ない 。 元 の まま かも しれ ない 。 勝手に なれ 。 葉子 を 心 の 底 から 動かし そうな もの は 一 つ も 身近に は 見当たら なかった 。 ・・

しかし 一 つ あった 。 葉子 の 涙 は ただ わけ も なく ほろほろ と 流れた 。 貞 世 は 何事 も 知ら ず に 罪 なく 眠り つづけて いた 。 同じ 胎 を 借りて この世 に 生まれ 出た 二 人 の 胸 に は 、 ひた と 共鳴 する 不思議な 響き が 潜んで いた 。 葉子 は 吸い取ら れる ように その 響き に 心 を 集めて いた が 、 この 子 も やがて は 自分 が 通って 来た ような 道 を 歩く の か と 思う と 、 自分 を あわれむ と も 妹 を あわれむ と も 知れ ない 切ない 心 に 先だたれて 、 思わず ぎゅっと 貞 世 を 抱きしめ ながら 物 を いおう と した 。 しかし 何 を いい 得よう ぞ 。 喉 も ふさがって しまって いた 。 貞 世 は 抱きしめられた ので 始めて 大きく 目 を 開いた 。 そして しばらく の 間 、 涙 に ぬれた 姉 の 顔 を まじまじ と ながめて いた が 、 やがて 黙った まま 小さい 袖 で その 涙 を ぬぐい 始めた 。 葉子 の 涙 は 新しく わき返った 。 貞 世 は 痛まし そうに 姉 の 涙 を ぬぐい つづけた 。 そして しまい に は その 袖 を 自分 の 顔 に 押しあてて 何 か 言い 言い しゃくり上げ ながら 泣き出して しまった 。

6. 或る 女 ある|おんな 6. a woman 6. una mujer 6. bir kadın

葉子 が 米国 に 出発 する 九 月 二十五 日 は あす に 迫った 。 ようこ||べいこく||しゅっぱつ||ここの|つき|にじゅうご|ひ||||せまった September 25th, when Yoko left for the United States, was fast approaching. 二百二十 日 の 荒れ そこねた その 年 の 天気 は 、 いつまで たって も 定まら ないで 、 気 違い 日和 と も いう べき 照り 降り の 乱雑な 空 あい が 続き 通して いた 。 にひゃくにじゅう|ひ||あれ|||とし||てんき|||||さだまら||き|ちがい|ひより|||||てり|ふり||らんざつな|から|||つづき|とおして| Two hundred and twenty days of turbulent weather that year were unsettled, and the sky continued to be a mad day of drizzle and chaos. ・・

葉子 は その 朝 暗い うち に 床 を 離れて 、 蔵 の 陰 に な つた 自分 の 小 部屋 に は いって 、 前々 から 片づけ かけて いた 衣類 の 始末 を し 始めた 。 ようこ|||あさ|くらい|||とこ||はなれて|くら||かげ||||じぶん||しょう|へや||||まえまえ||かたづけ|||いるい||しまつ|||はじめた That morning, while it was still dark, Yoko left her bed, went into her small room in the shadow of the storehouse, and began to put away the clothes she had been putting away for some time. 模様 や 縞 の 派手な の は 片 端 から ほどいて 丸めて 、 次の 妹 の 愛子 に やる ように と 片すみ に 重ねた が 、 その 中 に は 十三 に なる 末 の 妹 の 貞 世に 着せて も 似合わ し そうな 大柄な もの も あった 。 もよう||しま||はでな|||かた|はし|||まるめて|つぎの|いもうと||あいこ|||||かたすみ||かさねた|||なか|||じゅうさん|||すえ||いもうと||さだ|よに|きせて||にあわ||そう な|おおがらな||| I untied the flashy ones with patterns and stripes from one end, rolled them up, and piled them up in one corner so that I could give them to my younger sister, Aiko, but among them was my youngest sister, Sadayo, who turned thirteen. There was also a large one that seemed to bite. 葉子 は 手早く それ を えり分けて 見た 。 ようこ||てばやく|||えりわけて|みた Yoko quickly sorted it out and looked at it. そして 今度 は 船 に 持ち込む 四季 の 晴れ着 を 、 床の間 の 前 に ある まっ黒 に 古ぼけた トランク の 所 まで 持って行って 、 ふた を あけよう と した が 、 ふと その ふた の まん 中 に 書いて ある Y ・ K と いう 白 文字 を 見て 忙しく 手 を 控えた 。 |こんど||せん||もちこむ|しき||はれぎ||とこのま||ぜん|||まっ くろ||ふるぼけた|とらんく||しょ||もっていって||||||||||||なか||かいて||y|k|||しろ|もじ||みて|いそがしく|て||ひかえた And this time, I took the seasonal festive clothes I was going to bring on board to the black, worn-out trunk in front of the alcove, and tried to open the lid, but all of a sudden, Y・K was written in the middle of the lid. Seeing the white letters that said, I was busy refraining from my hands. これ は きのう 古藤 が 油絵 の 具 と 画 筆 と を 持って 来て 書いて くれた ので 、 かわき きら ない テレビン の 香 が まだ かすかに 残って いた 。 |||ことう||あぶらえ||つぶさ||が|ふで|||もって|きて|かいて||||||||かおり||||のこって| Furuto had brought oil paints and a paintbrush to write this the day before, and there was still a faint scent of turpentine that didn't dry out. 古藤 は 、 葉子 ・ 早月 の 頭文字 Y ・ S と 書いて くれ と 折り入って 葉子 の 頼んだ の を 笑い ながら 退けて 、 葉子 ・ 木村 の 頭文字 Y ・ K と 書く 前 に 、 S ・ K とある 字 を ナイフ の 先 で 丁寧に 削った のだった 。 ことう||ようこ|さつき||かしらもじ|y|s||かいて|||おりいって|ようこ||たのんだ|||わらい||しりぞけて|ようこ|きむら||かしらもじ|y|k||かく|ぜん||s|k||あざ||ないふ||さき||ていねいに|けずった| Furuto laughed and dismissed Yoko's request to write the initials of Yoko and Hayatsuki Y.S., before writing Y.K. A character was carefully carved out with the tip of a knife. S ・ K と は 木村 貞一 の イニシャル で 、 その トランク は 木村 の 父 が 欧 米 を 漫遊 した 時 使った もの な のだ 。 s|k|||きむら|さだいち|||||とらんく||きむら||ちち||おう|べい||まんゆう||じ|つかった||| SK is the initials of Teiichi Kimura, and the trunk was used by Kimura's father when he toured Europe and America. その 古い 色 を 見る と 、 木村 の 父 の 太っ腹な 鋭い 性格 と 、 波 瀾 の 多い 生涯 の 極 印 が すわって いる ように 見えた 。 |ふるい|いろ||みる||きむら||ちち||ふとっぱらな|するどい|せいかく||なみ|らん||おおい|しょうがい||ごく|いん|||||みえた 木村 は それ を 葉子 の 用 に と 残して 行った のだった 。 きむら||||ようこ||よう|||のこして|おこなった| 木村 の 面影 は ふと 葉子 の 頭 の 中 を 抜けて 通った 。 きむら||おもかげ|||ようこ||あたま||なか||ぬけて|かよった 空想 で 木村 を 描く 事 は 、 木村 と 顔 を 見 合わす 時 ほど の 厭わ しい 思い を 葉子 に 起こさ せ なかった 。 くうそう||きむら||えがく|こと||きむら||かお||み|あわす|じ|||いとわ||おもい||ようこ||おこさ|| 黒い 髪 の 毛 を ぴったり と きれいに 分けて 、 怜 か しい 中高 の 細 面 に 、 健康 らしい ばら色 を 帯びた 容貌 や 、 甘 すぎる くらい 人情 に おぼれ やすい 殉情 的な 性格 は 、 葉子 に 一種 の なつかし さ を さえ 感ぜ しめた 。 くろい|かみ||け|||||わけて|れい|||ちゅうこう||ほそ|おもて||けんこう||ばらいろ||おびた|ようぼう||あま|||にんじょう||||じゅんじょう|てきな|せいかく||ようこ||いっしゅ||||||かんぜ| しかし 実際 顔 と 顔 と を 向かい合わ せる と 、 二 人 は 妙に 会話 さえ はずま なく なる のだった 。 |じっさい|かお||かお|||むかいあわ|||ふた|じん||みょうに|かいわ||||| その 怜 か しい の が いやだった 。 |れい||||| 柔和な の が 気 に さわった 。 にゅうわな|||き|| 殉情 的な くせ に 恐ろしく 勘定 高い の が たまらなかった 。 じゅんじょう|てきな|||おそろしく|かんじょう|たかい||| 青年 らしく 土俵ぎわ まで 踏み込んで 事業 を 楽しむ と いう 父 に 似た 性格 さえ こま しゃ くれて 見えた 。 せいねん||どひょうぎわ||ふみこんで|じぎょう||たのしむ|||ちち||にた|せいかく|||||みえた Like a young man, he seemed to have a personality similar to his father's, where he enjoys business by stepping into the ring. ことに 東京 生まれ と いって も いい くらい 都 慣れた 言葉 や 身 の こなし の 間 に 、 ふと 東北 の 郷土 の 香 い を かぎ 出した 時 に は かんで 捨てたい ような 反感 に 襲わ れた 。 |とうきょう|うまれ||||||と|なれた|ことば||み||||あいだ|||とうほく||きょうど||かおり||||だした|じ||||すて たい||はんかん||おそわ| In particular, I was attacked by an antipathy that I wanted to throw away when I suddenly smelled the local scent of Tohoku between the words and behavior that were so familiar to me that I was born in Tokyo. 葉子 の 心 は 今 、 おぼろげな 回想 から 、 実際 膝 つき合わせた 時 に いやだ と 思った 印象 に 移って 行った 。 ようこ||こころ||いま||かいそう||じっさい|ひざ|つきあわせた|じ||||おもった|いんしょう||うつって|おこなった Yoko's mind had now shifted from the vague recollection to the impression she had disliked when she actually sat down with him. そして 手 に 持った 晴れ着 を トランク に 入れる の を 控えて しまった 。 |て||もった|はれぎ||とらんく||いれる|||ひかえて| And I refrained from putting the festive clothes I had in my hand into the trunk. 長く なり 始めた 夜 も その ころ に は ようやく 白み 始めて 、 蝋燭 の 黄色い 焔 が 光 の 亡骸 の ように 、 ゆるぎ も せ ず に ともって いた 。 ながく||はじめた|よ|||||||しらみ|はじめて|ろうそく||きいろい|ほのお||ひかり||なきがら||||||||| 夜 の 間 静まって いた 西 風 が 思い出した ように 障子 に ぶつかって 、 釘 店 の 狭い 通り を 、 河 岸 で 仕出し を した 若い 者 が 、 大きな 掛け声 で がらがら と 車 を ひき ながら 通る の が 聞こえ 出した 。 よ||あいだ|しずまって||にし|かぜ||おもいだした||しょうじ|||くぎ|てん||せまい|とおり||かわ|きし||しだし|||わかい|もの||おおきな|かけごえ||||くるま||||とおる|||きこえ|だした The westerly wind, which had been quiet during the night, struck against the shoji screens as if recalling, and I could hear the young people who had been catered by the riverside, yelling and rattling as they drove along the narrow streets of nail shops. . 葉子 は きょう 一 日 に 目まぐるしい ほど ある たくさんの 用事 を ちょっと 胸 の 中 で 数えて 見て 、 大急ぎで そこら を 片づけて 、 錠 を おろす もの に は 錠 を おろし 切って 、 雨戸 を 一 枚 繰って 、 そこ から さし込む 光 で 大きな 手 文庫 から ぎっしり つまった 男 文字 の 手紙 を 引き出す と 風呂敷 に 包み込んだ 。 ようこ|||ひと|ひ||めまぐるしい||||ようじ|||むね||なか||かぞえて|みて|おおいそぎで|||かたづけて|じょう||||||じょう|||きって|あまど||ひと|まい|くって|||さしこむ|ひかり||おおきな|て|ぶんこ||||おとこ|もじ||てがみ||ひきだす||ふろしき||つつみこんだ そして それ を かかえて 、 手 燭 を 吹き 消し ながら 部屋 を 出よう と する と 、 廊下 に 叔母 が 突っ立って いた 。 ||||て|しょく||ふき|けし||へや||でよう||||ろうか||おば||つったって| ・・

「 もう 起きた んです ね …… 片づいた かい 」・・ |おきた|||かたづいた| "You're already up... are you done?"

と 挨拶 して まだ 何 か いい た そうであった 。 |あいさつ|||なん||||そう であった I said hello, and it seemed like I still had something to say. 両親 を 失って から この 叔母 夫婦 と 、 六 歳 に なる 白 痴 の 一 人 息子 と が 移って 来て 同居 する 事 に なった のだ 。 りょうしん||うしなって|||おば|ふうふ||むっ|さい|||しろ|ち||ひと|じん|むすこ|||うつって|きて|どうきょ||こと||| After losing both parents, this aunt and her husband moved in with their six-year-old idiot only son and decided to live together. 葉子 の 母 が 、 どこ か 重々しくって 男 々 しい 風采 を して いた の に 引きかえ 、 叔母 は 髪 の 毛 の 薄い 、 どこまでも 貧相に 見える 女 だった 。 ようこ||はは||||おもおもしく って|おとこ|||ふうさい||||||ひきかえ|おば||かみ||け||うすい||ひんそうに|みえる|おんな| While Yoko's mother had a somewhat solemn and masculine appearance, her aunt had thin hair and looked utterly poor. 葉子 の 目 は その 帯 しろ 裸 な 、 肉 の 薄い 胸 の あたり を ちらっと かすめた 。 ようこ||め|||おび||はだか||にく||うすい|むね||||| ・・

「 おや お 早う ございます …… あら かた 片づきました 」・・ ||はやう||||かたづき ました "Good morning...it's almost finished"...

と いって そのまま 二 階 に 行こう と する と 、 叔母 は 爪 に いっぱい 垢 の たまった 両手 を もやもや と 胸 の 所 で ふり ながら 、 さえぎる ように 立ちはだかって 、・・ |||ふた|かい||いこう||||おば||つめ|||あか|||りょうて||||むね||しょ||||||たちはだかって When I said that I was about to go upstairs, my aunt stood in my way as if to block me while waving her hands, which were full of dirt on my fingernails, at my chest.

「 あの お前 さん が 片づける 時 に と 思って いた んだ が ね 。 |おまえ|||かたづける|じ|||おもって|||| "I thought it was time for you to clean up. あす の お 見送り に 私 は 着て 行く もの が 無い んだ よ 。 |||みおくり||わたくし||きて|いく|||ない|| I don't have anything to wear to see you off tomorrow. お かあさん の もの で 間に合う の は 無い だろう か しら ん 。 |||||まにあう|||ない|||| あす だけ 借りれば あと は ちゃんと 始末 を して 置く んだ から ちょっと 見 ておくれで ない か 」・・ ||かりれば||||しまつ|||おく||||み||| Just borrow it tomorrow and I'll take care of the rest, so why don't you just take a look?"

葉子 は また か と 思った 。 ようこ|||||おもった Yoko thought again. 働き の ない 良 人 に 連れ添って 、 十五 年 の 間 丸 帯 一 つ 買って もらえ なかった 叔母 の 訓練 の ない 弱い 性格 が 、 こう さもしく なる の を あわれま ない でも なかった が 、 物 怯 じし ながら 、 それでいて 、 欲 に かかる と ずうずうしい 、 人 の すき ばかり つけねらう 仕打ち を 見る と 、 虫 唾 が 走る ほど 憎かった 。 はたらき|||よ|じん||つれそって|じゅうご|とし||あいだ|まる|おび|ひと||かって|||おば||くんれん|||よわい|せいかく||||||||||||ぶつ|きょう||||よく|||||じん|||||しうち||みる||ちゅう|つば||はしる||にくかった I felt pity for the untrained and weak personality of my aunt, who had been accompanied by her husband who didn't work and hadn't bought her a round obi for fifteen years, but she was timid. At the same time, however, when I saw him being arrogant when he was greedy, and when I saw him only picking on people, I hated him. しかし こんな 思い を する の も きょう だけ だ と 思って 部屋 の 中 に 案内 した 。 ||おもい|||||||||おもって|へや||なか||あんない| However, thinking that this was the only time I would feel this way, I led him into the room. 叔母 は 空々しく 気の毒だ と かすま ない と か いい 続け ながら 錠 を おろした 箪笥 を 一 々 あけ させて 、 いろいろ と 勝手に 好み を いった 末 に 、 りゅう と した 一 揃え を 借 る 事 に して 、 それ から 葉子 の 衣類 まで を とやかく いい ながら 去り が て に いじ くり 回した 。 おば||そらぞらしく|きのどくだ|||||||つづけ||じょう|||たんす||ひと|||さ せて|||かってに|よしみ|||すえ|||||ひと|そろえ||かり||こと|||||ようこ||いるい||||||さり||||||まわした 台所 から は 、 みそ汁 の 香 いが して 、 白 痴 の 子 が だらしなく 泣き 続ける 声 と 、 叔父 が 叔母 を 呼び 立てる 声 と が 、 すがすがしい 朝 の 空気 を 濁す ように 聞こえて 来た 。 だいどころ|||みそしる||かおり|||しろ|ち||こ|||なき|つづける|こえ||おじ||おば||よび|たてる|こえ||||あさ||くうき||にごす||きこえて|きた The smell of miso soup came from the kitchen, and the sound of an idiot child crying lazily and the voice of an uncle calling out to his aunt seemed to cloud the fresh morning air. 葉子 は 叔母 に いいかげんな 返事 を し ながら その 声 に 耳 を 傾けて いた 。 ようこ||おば|||へんじ|||||こえ||みみ||かたむけて| Yoko listened to her aunt's voice while giving irrelevant answers. そして 早月 家 の 最後 の 離散 と いう 事 を しみじみ と 感じた のであった 。 |さつき|いえ||さいご||りさん|||こと||||かんじた| And he deeply felt the fact that the Hayatsuki family was the last to disperse. 電話 は ある 銀行 の 重役 を して いる 親類 が いいかげんな 口実 を 作って 只 持って行って しまった 。 でんわ|||ぎんこう||じゅうやく||||しんるい|||こうじつ||つくって|ただ|もっていって| The phone was taken by a relative who was a director of a certain bank on some silly pretext. 父 の 書斎 道具 や 骨董 品 は 蔵書 と 一緒に 糶売 り を さ れた が 、 売り上げ 代 は とうとう 葉子 の 手 に は はいら なかった 。 ちち||しょさい|どうぐ||こっとう|しな||ぞうしょ||いっしょに|ちょうばい||||||うりあげ|だい|||ようこ||て|||| Her father's study tools and antiques were sold together with her book collection, but the proceeds never reached Yoko. 住居 は 住居 で 、 葉子 の 洋行 後 に は 、 両親 の 死後 何 か に 尽力 した と いう 親類 の 某 が 、 二束三文 で 譲り受ける 事 に 親族 会議 で 決まって しまった 。 じゅうきょ||じゅうきょ||ようこ||ようこう|あと|||りょうしん||しご|なん|||じんりょく||||しんるい||ぼう||にそくさんもん||ゆずりうける|こと||しんぞく|かいぎ||きまって| 少し ばかり ある 株券 と 地所 と は 愛子 と 貞 世 と の 教育 費 に あてる 名 儀 で 某 々 が 保管 する 事 に なった 。 すこし|||かぶけん||じしょ|||あいこ||さだ|よ|||きょういく|ひ|||な|ぎ||ぼう|||ほかん||こと|| そんな 勝手 放題 なま ね を さ れる の を 葉子 は 見向き も し ないで 黙って いた 。 |かって|ほうだい||||||||ようこ||みむき||||だまって| もし 葉子 が 素直な 女 だったら 、 かえって 食い 残し と いう ほど の 遺産 は あてがわれて いた に 違いない 。 |ようこ||すなおな|おんな|||くい|のこし|||||いさん||あてがわ れて|||ちがいない しかし 親族 会議 で は 葉子 を 手 に おえない 女 だ と して 、 他 所 に 嫁 入って 行く の を いい 事 に 、 遺産 の 事 に は いっさい 関係 さ せ ない 相談 を した くらい は 葉子 は とうに 感づいて いた 。 |しんぞく|かいぎ|||ようこ||て|||おんな||||た|しょ||よめ|はいって|いく||||こと||いさん||こと||||かんけい||||そうだん|||||ようこ|||かんづいて| 自分 の 財産 と なれば なる べき もの を 一部分 だけ あてがわれて 、 黙って 引っ込んで いる 葉子 で は なかった 。 じぶん||ざいさん|||||||いちぶぶん||あてがわ れて|だまって|ひっこんで||ようこ||| It wasn't Yoko, who had been given only a portion of what should have been her property, and was silently withdrawing. それ か と いって 長女 で は ある が 、 女 の 身 と して 全 財産 に 対する 要求 を する 事 の 無益な の も 知っていた 。 ||||ちょうじょ|||||おんな||み|||ぜん|ざいさん||たいする|ようきゅう|||こと||むえきな|||しっていた On the other hand, although she was the eldest daughter, she also knew that it would be futile to demand all of her property as a woman. で 「 犬 に やる つもりで いよう 」 と 臍 を 堅 め て かかった のだった 。 |いぬ||||||へそ||かた|||| 今 、 あと に 残った もの は 何 が ある 。 いま|||のこった|||なん|| 切り回し よく 見かけ を 派手に して いる 割合 に 、 不足 がちな 三 人 の 姉妹 の 衣類 諸 道具 が 少し ばかり ある だけ だ 。 きりまわし||みかけ||はでに|||わりあい||ふそく||みっ|じん||しまい||いるい|しょ|どうぐ||すこし|||| それ を 叔母 は 容赦 も なく そこ まで 切り込んで 来て いる のだ 。 ||おば||ようしゃ|||||きりこんで|きて|| My aunt cuts into it without mercy. 白紙 の ような はかない 寂し さ と 、「 裸 に なる なら きれいさっぱり 裸 に なって 見せよう 」 と いう 火 の ような 反抗 心 と が 、 むちゃくちゃに 葉子 の 胸 を 冷やしたり 焼いたり した 。 はくし||||さびし|||はだか|||||はだか|||みせよう|||ひ|||はんこう|こころ||||ようこ||むね||ひやしたり|やいたり| 葉子 は こんな 心持ち に なって 、 先ほど の 手紙 の 包み を かかえて 立ち上がり ながら 、 うつむいて 手ざわり の いい 絹 物 を なで 回して いる 叔母 を 見おろした 。 ようこ|||こころもち|||さきほど||てがみ||つつみ|||たちあがり|||てざわり|||きぬ|ぶつ||な で|まわして||おば||みおろした ・・

「 それ じゃ わたし まだ ほか に 用 が あります し します から 錠 を おろさ ず に おきます よ 。 ||||||よう||あり ます||し ます||じょう|||||おき ます| "Then I still have other things to do, so I'll leave the lock open. ご ゆっくり 御覧 なさい まし 。 ||ごらん|| そこ に かためて ある の は わたし が 持って行く んです し 、 ここ に ある の は 愛 と 貞 に やる のです から 別に な すって おいて ください 」・・ ||||||||もっていく||||||||あい||さだ|||||べつに||||

と いい捨てて 、 ず ん ず ん 部屋 を 出た 。 |いいすてて|||||へや||でた 往来 に は 砂 ほこり が 立つ らしく 風 が 吹き 始めて いた 。 おうらい|||すな|||たつ||かぜ||ふき|はじめて| ・・

二 階 に 上がって 見る と 、 父 の 書斎 であった 十六 畳 の 隣 の 六 畳 に 、 愛子 と 貞 世 と が 抱き合って 眠って いた 。 ふた|かい||あがって|みる||ちち||しょさい||じゅうろく|たたみ||となり||むっ|たたみ||あいこ||さだ|よ|||だきあって|ねむって| When he went upstairs and looked, Aiko and Sadayo were sleeping on the 6-tatami room next to the 16-tatami room that had been his father's study. 葉子 は 自分 の 寝床 を 手早く たたみ ながら 愛子 を 呼び起こした 。 ようこ||じぶん||ねどこ||てばやく|||あいこ||よびおこした Yoko quickly folded up her bed and woke Aiko up. 愛子 は 驚いた ように 大きな 美しい 目 を 開く と 半分 夢中 で 飛び起きた 。 あいこ||おどろいた||おおきな|うつくしい|め||あく||はんぶん|むちゅう||とびおきた Aiko opened her big, beautiful eyes in surprise and jumped up in a half-engrossed state. 葉子 は いきなり 厳重な 調子 で 、・・ ようこ|||げんじゅうな|ちょうし|

「 あなた は あす から わたし の 代わり を し ない じゃ なら ない んです よ 。 ||||||かわり|||||||| "You have to take my place tomorrow. 朝 寝坊 なん ぞ して いて どう する の 。 あさ|ねぼう||||||| あなた が ぐずぐず して いる と 貞 ちゃん が かわいそうです よ 。 ||||||さだ|||| I feel sorry for Sada-chan when you are procrastinating. 早く 身 じまい を して 下 の お 掃除 でも なさい まし 」・・ はやく|み||||した|||そうじ|||

と にらみつけた 。 愛子 は 羊 の ように 柔和な 目 を まばゆ そうに して 、 姉 を ぬすみ 見 ながら 、 着物 を 着か えて 下 に 降りて 行った 。 あいこ||ひつじ|||にゅうわな|め|||そう に||あね|||み||きもの||つか||した||おりて|おこなった Aiko's gentle sheep-like eyes seemed to dazzle, and while she secretly looked at her sister, she put on her kimono and went downstairs. 葉子 は なんとなく 性 の 合わ ない この 妹 が 、 階子 段 を 降り きった の を 聞き すまして 、 そっと 貞 世 の ほう に 近づいた 。 ようこ|||せい||あわ|||いもうと||はしご|だん||ふり||||きき|||さだ|よ||||ちかづいた 面ざし の 葉子 に よく 似た 十三 の 少女 は 、 汗 じみ た 顔 に は 下げ 髪 が ねばり 付いて 、 頬 は 熱 で も ある ように 上気 して いる 。 おもざし||ようこ|||にた|じゅうさん||しょうじょ||あせ|||かお|||さげ|かみ|||ついて|ほお||ねつ|||||じょうき|| それ を 見る と 葉子 は 骨 肉 の いとし さ に 思わず ほほえま せられて 、 その 寝床 に いざ り 寄って 、 その 童 女 を 羽 がい に 軽く 抱きすくめた 。 ||みる||ようこ||こつ|にく|||||おもわず||せら れて||ねどこ||||よって||わらべ|おんな||はね|||かるく|だきすくめた そして しみじみ と その 寝顔 に ながめ 入った 。 ||||ねがお|||はいった 貞 世 の 軽い 呼吸 は 軽く 葉子 の 胸 に 伝わって 来た 。 さだ|よ||かるい|こきゅう||かるく|ようこ||むね||つたわって|きた その 呼吸 が 一 つ 伝わる たび に 、 葉子 の 心 は 妙に めいって 行った 。 |こきゅう||ひと||つたわる|||ようこ||こころ||みょうに||おこなった 同じ 胎 を 借りて この世 に 生まれ 出た 二 人 の 胸 に は 、 ひた と 共鳴 する 不思議な 響き が 潜んで いた 。 おなじ|はら||かりて|このよ||うまれ|でた|ふた|じん||むね|||||きょうめい||ふしぎな|ひびき||ひそんで| Born into this world from the same womb, a mysterious echo lurks in the hearts of the two. 葉子 は 吸い取ら れる ように その 響き に 心 を 集めて いた が 、 果ては 寂しい 、 ただ 寂しい 涙 が ほろほろ と とめど なく 流れ出る のだった 。 ようこ||すいとら||||ひびき||こころ||あつめて|||はては|さびしい||さびしい|なみだ||||||ながれでる| ・・

一家 の 離散 を 知ら ぬ 顔 で 、 女 の 身 そら を ただ ひと り 米国 の 果て まで さすらって 行く の を 葉子 は 格別 なんとも 思って い なかった 。 いっか||りさん||しら||かお||おんな||み||||||べいこく||はて|||いく|||ようこ||かくべつ||おもって|| 振り分け 髪 の 時分 から 、 飽 くまで 意地 の 強い 目 は し の きく 性質 を 思う まま に 増長 さして 、 ぐんぐん と 世の中 を わき目 も ふら ず 押し通して 二十五 に なった 今 、 こんな 時 に ふと 過去 を 振り返って 見る と 、 いつのまにか あたりまえの 女 の 生活 を すりぬけて 、 たった 一 人見 も 知ら ぬ 野ずえ に 立って いる ような 思い を せ ず に は いられ なかった 。 ふりわけ|かみ||じぶん||ほう||いじ||つよい|め|||||せいしつ||おもう|||ぞうちょう||||よのなか||わきめ||||おしとおして|にじゅうご|||いま||じ|||かこ||ふりかえって|みる||||おんな||せいかつ||||ひと|ひとみ||しら||のずえ||たって|||おもい||||||いら れ| 女学校 や 音楽 学校 で 、 葉子 の 強い 個性 に 引きつけられて 、 理想 の 人 で で も ある ように 近寄って 来た 少女 たち は 、 葉子 に おどおど しい 同性 の 恋 を ささげ ながら 、 葉子 に inspire されて 、 われ知らず 大胆な 奔放な 振る舞い を する ように なった 。 じょがっこう||おんがく|がっこう||ようこ||つよい|こせい||ひきつけ られて|りそう||じん||||||ちかよって|きた|しょうじょ|||ようこ||||どうせい||こい||||ようこ|||さ れて|われしらず|だいたんな|ほんぽうな|ふるまい|||| At girls' schools and music schools, the girls who were attracted to Yoko's strong personality and approached her as if she were an ideal person offered Yoko a timid same-sex love, and were inspired by Yoko. Unknowingly, I began to behave boldly and wildly. そのころ 「 国民 文学 」 や 「 文学 界 」 に 旗 挙げ を して 、 新しい 思想 運動 を 興そう と した 血気 な ロマンティックな 青年 たち に 、 歌 の 心 を 授けた 女 の 多く は 、 おおかた 葉子 から 血 脈 を 引いた 少女 ら であった 。 |こくみん|ぶんがく||ぶんがく|かい||き|あげ|||あたらしい|しそう|うんどう||おこそう|||けっき||ろまんてぃっくな|せいねん|||うた||こころ||さずけた|おんな||おおく|||ようこ||ち|みゃく||ひいた|しょうじょ|| 倫理 学者 や 、 教育 家 や 、 家庭 の 主権 者 など も その ころ から 猜疑 の 目 を 見張って 少女 国 を 監視 し 出した 。 りんり|がくしゃ||きょういく|いえ||かてい||しゅけん|もの||||||さいぎ||め||みはって|しょうじょ|くに||かんし||だした 葉子 の 多感な 心 は 、 自分 でも 知ら ない 革命 的 と も いう べき 衝動 の ため に あて も なく 揺 ぎ 始めた 。 ようこ||たかんな|こころ||じぶん||しら||かくめい|てき|||||しょうどう|||||||よう||はじめた 葉子 は 他人 を 笑い ながら 、 そして 自分 を さげすみ ながら 、 まっ暗 な 大きな 力 に 引きずられて 、 不思議な 道 に 自覚 なく 迷い 入って 、 しまい に は まっし ぐ ら に 走り出した 。 ようこ||たにん||わらい|||じぶん||||まっ くら||おおきな|ちから||ひきずら れて|ふしぎな|どう||じかく||まよい|はいって||||まっ し||||はしりだした だれ も 葉子 の 行く 道 の しる べ を する 人 も なく 、 他の 正しい 道 を 教えて くれる 人 も なかった 。 ||ようこ||いく|どう||||||じん|||たの|ただしい|どう||おしえて||じん|| たまたま 大きな 声 で 呼び 留める 人 が ある か と 思えば 、 裏表 の 見えすいた ぺてん に かけて 、 昔 の まま の 女 で あら せよう と する もの ばかり だった 。 |おおきな|こえ||よび|とどめる|じん|||||おもえば|うらおもて||みえすいた||||むかし||||おんな|||||||| 葉子 は そのころ から どこ か 外国 に 生まれて いれば よかった と 思う ように なった 。 ようこ||||||がいこく||うまれて||||おもう|| あの 自由 らしく 見える 女 の 生活 、 男 と 立ち 並んで 自分 を 立てて 行く 事 の できる 女 の 生活 …… 古い 良心 が 自分 の 心 を さいなむ たび に 、 葉子 は 外国 人 の 良心 と いう もの を 見 たく 思った 。 |じゆう||みえる|おんな||せいかつ|おとこ||たち|ならんで|じぶん||たてて|いく|こと|||おんな||せいかつ|ふるい|りょうしん||じぶん||こころ|||||ようこ||がいこく|じん||りょうしん|||||み||おもった The life of a woman who seemed to be free, the life of a woman who could stand side by side with a man... Every time her old conscience tormented her, Yoko wanted to see the conscience of a foreigner. rice field . 葉子 は 心 の 奥底 で ひそかに 芸者 を うらやみ も した 。 ようこ||こころ||おくそこ|||げいしゃ|||| 日本 で 女 が 女らしく 生きて いる の は 芸者 だけ で は ない か と さえ 思った 。 にっぽん||おんな||おんならしく|いきて||||げいしゃ||||||||おもった こんな 心持ち で 年 を 取って 行く 間 に 葉子 は もちろん なんど も つまずいて ころんだ 。 |こころもち||とし||とって|いく|あいだ||ようこ|||||| Yoko, of course, stumbled and fell over and over as she grew older with this feeling. そして ひと り で 膝 の 塵 を 払わ なければ なら なかった 。 ||||ひざ||ちり||はらわ||| こんな 生活 を 続けて 二十五 に なった 今 、 ふと 今 まで 歩いて 来た 道 を 振り返って 見る と 、 いっしょに 葉子 と 走って いた 少女 たち は 、 とうの昔 に 尋常な 女 に なり済まして いて 、 小さく 見える ほど 遠く の ほう から 、 あわれむ ような さげすむ ような 顔つき を して 、 葉子 の 姿 を ながめて いた 。 |せいかつ||つづけて|にじゅうご|||いま||いま||あるいて|きた|どう||ふりかえって|みる|||ようこ||はしって||しょうじょ|||とうのむかし||じんじょうな|おんな||なりすまして||ちいさく|みえる||とおく||||||||かおつき|||ようこ||すがた||| 葉子 は もと 来た 道 に 引き返す 事 は もう でき なかった 。 ようこ|||きた|どう||ひきかえす|こと|||| できた ところ で 引き返そう と する 気 は みじんも なかった 。 |||ひきかえそう|||き||| 「 勝手に する が いい 」 そう 思って 葉子 は また わけ も なく 不思議な 暗い 力 に 引っぱら れた 。 かってに|||||おもって|ようこ||||||ふしぎな|くらい|ちから||ひっぱら| こういう はめ に なった 今 、 米国 に い よう が 日本 に いよう が 少し ばかりの 財産 が あろう が 無かろう が 、 そんな 事 は 些細 な 話 だった 。 ||||いま|べいこく|||||にっぽん||||すこし||ざいさん||||なかろう|||こと||ささい||はなし| 境遇 でも 変わったら 何 か 起こる かも しれ ない 。 きょうぐう||かわったら|なん||おこる||| 元 の まま かも しれ ない 。 もと||||| 勝手に なれ 。 かってに| 葉子 を 心 の 底 から 動かし そうな もの は 一 つ も 身近に は 見当たら なかった 。 ようこ||こころ||そこ||うごかし|そう な|||ひと|||みぢかに||みあたら| There was not a single thing nearby that seemed to move Yoko from the bottom of her heart. ・・

しかし 一 つ あった 。 |ひと|| But there was one. 葉子 の 涙 は ただ わけ も なく ほろほろ と 流れた 。 ようこ||なみだ||||||||ながれた Yoko's tears flowed slowly for no reason. 貞 世 は 何事 も 知ら ず に 罪 なく 眠り つづけて いた 。 さだ|よ||なにごと||しら|||ざい||ねむり|| 同じ 胎 を 借りて この世 に 生まれ 出た 二 人 の 胸 に は 、 ひた と 共鳴 する 不思議な 響き が 潜んで いた 。 おなじ|はら||かりて|このよ||うまれ|でた|ふた|じん||むね|||||きょうめい||ふしぎな|ひびき||ひそんで| 葉子 は 吸い取ら れる ように その 響き に 心 を 集めて いた が 、 この 子 も やがて は 自分 が 通って 来た ような 道 を 歩く の か と 思う と 、 自分 を あわれむ と も 妹 を あわれむ と も 知れ ない 切ない 心 に 先だたれて 、 思わず ぎゅっと 貞 世 を 抱きしめ ながら 物 を いおう と した 。 ようこ||すいとら||||ひびき||こころ||あつめて||||こ||||じぶん||かよって|きた||どう||あるく||||おもう||じぶん|||||いもうと|||||しれ||せつない|こころ||さきだた れて|おもわず||さだ|よ||だきしめ||ぶつ|||| しかし 何 を いい 得よう ぞ 。 |なん|||えよう| 喉 も ふさがって しまって いた 。 のど|||| 貞 世 は 抱きしめられた ので 始めて 大きく 目 を 開いた 。 さだ|よ||だきしめ られた||はじめて|おおきく|め||あいた そして しばらく の 間 、 涙 に ぬれた 姉 の 顔 を まじまじ と ながめて いた が 、 やがて 黙った まま 小さい 袖 で その 涙 を ぬぐい 始めた 。 |||あいだ|なみだ|||あね||かお||||||||だまった||ちいさい|そで|||なみだ|||はじめた 葉子 の 涙 は 新しく わき返った 。 ようこ||なみだ||あたらしく|わきかえった 貞 世 は 痛まし そうに 姉 の 涙 を ぬぐい つづけた 。 さだ|よ||いたまし|そう に|あね||なみだ||| そして しまい に は その 袖 を 自分 の 顔 に 押しあてて 何 か 言い 言い しゃくり上げ ながら 泣き出して しまった 。 |||||そで||じぶん||かお||おしあてて|なん||いい|いい|しゃくりあげ||なきだして|