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或る女 - 有島武郎(アクセス), 42.1 或る女

42.1 或る 女

「 おね え 様 …… 行っちゃ いや あ ……」・・

まるで 四 つ か 五 つ の 幼児 の ように 頑是 なく わがままに なって しまった 貞 世 の 声 を 聞き 残し ながら 葉子 は 病室 を 出た 。 おりから じめじめ と 降りつづいて いる 五月雨 に 、 廊下 に は 夜明け から の 薄暗 さ が そのまま 残って いた 。 白衣 を 着た 看護 婦 が 暗い だだっ広い 廊下 を 、 上 草履 の 大きな 音 を さ せ ながら 案内 に 立った 。 十 日 の 余 も 、 夜 昼 の 見さかい も なく 、 帯 も 解か ず に 看護 の 手 を 尽くした 葉子 は 、 どうかする と ふらふら と なって 、 頭 だけ が 五 体 から 離れて どこ と も なく 漂って 行く か と も 思う ような 不思議な 錯覚 を 感じ ながら 、 それ でも 緊張 しきった 心持ち に なって いた 。 すべて の 音響 、 すべて の 色彩 が 極度に 誇張 されて その 感覚 に 触れて 来た 。 貞 世 が 腸 チブス と 診断 さ れた その 晩 、 葉子 は 担架 に 乗せられた その あわれな 小さな 妹 に 付き添って この 大学 病院 の 隔離 室 に 来て しまった のである が 、 その 時 別れた なり で 、 倉地 は 一 度 も 病院 を 尋ねて は 来 なかった のだ 。 葉子 は 愛子 一 人 が 留守 する 山内 の 家 の ほう に 、 少し 不 安心で は ある けれども いつか 暇 を やった つや を 呼び寄せて おこう と 思って 、 宿 もと に いって やる と 、 つや は あれ から 看護 婦 を 志願 して 京 橋 の ほう の ある 病院 に いる と いう 事 が 知れた ので 、 やむ を 得 ず 倉地 の 下宿 から 年 を 取った 女 中 を 一 人 頼んで いて もらう 事 に した 。 病院 に 来て から の 十 日 ―― それ は きのう から きょう に かけて の 事 の ように 短く 思わ れ もし 、 一 日 が 一 年 に 相当 する か と 疑わ れる ほど 長く も 感じられた 。 ・・

その 長く 感じられる ほう の 期間 に は 、 倉地 と 愛子 と の 姿 が 不安 と 嫉妬 と の 対照 と なって 葉子 の 心 の 目 に 立ち 現われた 。 葉子 の 家 を 預かって いる もの は 倉地 の 下宿 から 来た 女 だ と する と 、 それ は 倉地 の 犬 と いって も よかった 。 そこ に 一 人 残さ れた 愛子 …… 長い 時間 の 間 に どんな 事 で も 起こり 得 ず に いる もの か 。 そう 気 を 回し 出す と 葉子 は 貞 世 の 寝 台 の かたわら に いて 、 熱 の ため に 口 び る が かさかさに なって 、 半分 目 を あけた まま 昏睡 して いる その 小さな 顔 を 見つめて いる 時 でも 、 思わず かっと なって そこ を 飛び出そう と する ような 衝動 に 駆り立てられる のだった 。 ・・

しかし また 短く 感じられる ほう の 期間 に は ただ 貞 世 ばかり が いた 。 末子 と して 両親 から なめる ほど 溺愛 も さ れ 、 葉子 の 唯一 の 寵児 と も さ れ 、 健康で 、 快活で 、 無邪気で 、 わがままで 、 病気 と いう 事 など は ついぞ 知ら なかった その 子 は 、 引き続いて 父 を 失い 、 母 を 失い 、 葉子 の 病的な 呪 詛 の 犠牲 と なり 、 突然 死 病 に 取りつかれて 、 夢にも うつつ に も 思い も かけ なかった 死 と 向かい合って 、 ひたすら に 恐れおののいて いる 、 その 姿 は 、 千 丈 の 谷底 に 続く 崕 の きわ に 両手 だけ で ぶら下がった 人 が 、 そこ の 土 が ぼろぼろ と くずれ落ちる たび ごと に 、 懸命に なって 助け を 求めて 泣き叫び ながら 、 少し でも 手がかり の ある 物 に しがみつこう と する の を 見る の と 異なら なかった 。 しかも そんな はめ に 貞 世 を おとしいれて しまった の は 結局 自分 に 責任 の 大部分 が ある と 思う と 、 葉子 は いとし さ 悲し さ で 胸 も 腸 も 裂ける ように なった 。 貞 世 が 死ぬ に して も 、 せめて は 自分 だけ は 貞 世 を 愛し 抜いて 死な せ たかった 。 貞 世 を かりにも いじめる と は …… まるで 天使 の ような 心 で 自分 を 信じ きり 愛し 抜いて くれた 貞 世 を かりにも 没 義道 に 取り扱った と は …… 葉子 は 自分 ながら 葉子 の 心 の 埒 な さ 恐ろし さ に 悔いて も 悔いて も 及ば ない 悔い を 感じた 。 そこ まで 詮 じ つめて 来る と 、 葉子 に は 倉地 も なかった 。 ただ 命 に かけて も 貞 世 を 病気 から 救って 、 貞 世 が 元通りに つやつや しい 健康に 帰った 時 、 貞 世 を 大事に 大事に 自分 の 胸 に かき 抱いて やって 、・・

「 貞 ちゃん お前 は よく こそ な おって くれた ね 。 ねえさん を 恨ま ないで おくれ 。 ねえさん は もう 今 まで の 事 を みんな 後悔 して 、 これ から は あなた を いつまでも いつまでも 後生 大事に して あげます から ね 」・・

と しみじみ と 泣き ながら いって やり たかった 。 ただ それ だけ の 願い に 固まって しまった 。 そうした 心持ち に なって いる と 、 時間 は ただ 矢 の ように 飛んで 過ぎた 。 死 の ほう へ 貞 世 を 連れて 行く 時間 は ただ 矢 の ように 飛んで 過ぎる と 思えた 。 ・・

この 奇怪な 心 の 葛藤 に 加えて 、 葉子 の 健康 は この 十 日 ほど の 激しい 興奮 と 活動 と で みじめに も そこない 傷つけられて いる らしかった 。 緊張 の 極点 に いる ような 今 の 葉子 に は さほど と 思わ れ ない ように も あった が 、 貞 世 が 死ぬ か なおる か して 一 息つく 時 が 来たら 、 どうして 肉体 を ささえる 事 が できよう か と 危ぶま ないで はいら れ ない 予感 が きびしく 葉子 を 襲う 瞬間 は 幾 度 も あった 。 ・・

そうした 苦しみ の 最中 に 珍しく 倉地 が 尋ねて 来た のだった 。 ちょうど 何もかも 忘れて 貞 世 の 事 ばかり 気 に して いた 葉子 は 、 この 案内 を 聞く と 、 まるで 生まれかわった ように その 心 は 倉地 で いっぱいに なって しまった 。 ・・

病室 の 中 から 叫び に 叫ぶ 貞 世 の 声 が 廊下 まで 響いて 聞こえた けれども 、 葉子 は それ に は 頓着 して いられ ない ほど むき に なって 看護 婦 の あと を 追った 。 歩き ながら 衣 紋 を 整えて 、 例の 左手 を あげて 鬢 の 毛 を 器用に かき上げ ながら 、 応接 室 の 所 まで 来る と 、 そこ は さすが に いくぶん か 明るく なって いて 、 開き戸 の そば の ガラス 窓 の 向こう に 頑丈な 倉地 と 、 思い も かけ ず 岡 の 華車 な 姿 と が ながめられた 。 ・・

葉子 は 看護 婦 の いる の も 岡 の いる の も 忘れた ように いきなり 倉地 に 近づいて 、 その 胸 に 自分 の 顔 を 埋めて しまった 。 何より も かに より も 長い 長い 間 あい 得 ず に いた 倉地 の 胸 は 、 数 限り も ない 連想 に 飾られて 、 すべて の 疑惑 や 不快 を 一掃 する に 足る ほど なつかしかった 。 倉地 の 胸 から 触れ 慣れた 衣 ざ わりと 、 強烈な 膚 の におい と が 、 葉子 の 病的に 嵩 じた 感覚 を 乱 酔 さす ほど に 伝わって 来た 。 ・・

「 どう だ 、 ちっと は いい か 」・・

「 お ゝ この 声 だ 、 この 声 だ 」…… 葉子 は かく 思い ながら 悲しく なった 。 それ は 長い 間 闇 の 中 に 閉じこめられて いた もの が 偶然 灯 の 光 を 見た 時 に 胸 を 突いて わき出て 来る ような 悲し さ だった 。 葉子 は 自分 の 立場 を ことさら あわれに 描いて みたい 衝動 を 感じた 。 ・・

「 だめです 。 貞 世 は 、 かわいそうに 死にます 」・・

「 ばかな …… あなた に も 似合わ ん 、 そう 早う 落胆 する 法 が ある もの かい 。 どれ 一 つ 見舞って やろう 」・・

そう いい ながら 倉地 は 先刻 から そこ に いた 看護 婦 の ほう に 振り向いた 様子 だった 。 そこ に 看護 婦 も 岡 も いる と いう 事 は ちゃんと 知ってい ながら 、 葉子 は だれ も いない もの の ような 心持ち で 振る舞って いた の を 思う と 、 自分 ながら このごろ は 心 が 狂って いる ので は ない か と さえ 疑った 。 看護 婦 は 倉地 と 葉子 と の 対話 ぶり で 、 この 美しい 婦人 の 素性 を のみ込んだ と いう ような 顔 を して いた 。 岡 は さすが に つつましやかに 心痛 の 色 を 顔 に 現わして 椅子 の 背 に 手 を かけた まま 立って いた 。 ・・

「 あ ゝ 、 岡 さん あなた も わざわざ お 見舞い くださって ありがとう ございました 」・・

葉子 は 少し 挨拶 の 機会 を おくら した と 思い ながら も やさしく こういった 。 岡 は 頬 を 紅 ら め た まま 黙って うなずいた 。 ・・

「 ちょうど 今 見えた もん だ で 御 一緒 した が 、 岡 さん は ここ で お 帰り を 願った が いい と 思う が ……( そう いって 倉地 は 岡 の ほう を 見た ) 何しろ 病気 が 病気 です から ……」・・

「 わたし 、 貞 世 さん に ぜひ お 会い したい と 思います から どう か お 許し ください 」・・

岡 は 思い 入った ように こう いって 、 ちょうど そこ に 看護 婦 が 持って 来た 二 枚 の 白い 上っ張り の うち 少し 古く 見える 一 枚 を 取って 倉地 より も 先 に 着 始めた 。 葉子 は 岡 を 見る と もう 一 つ の たくらみ を 心 の 中 で 案じ 出して いた 。 岡 を できる だけ たびたび 山内 の 家 の ほう に 遊び に 行か せて やろう 。 それ は 倉地 と 愛子 と が 接触 する 機会 を いくらか でも 妨げる 結果 に なる に 違いない 。 岡 と 愛子 と が 互いに 愛し 合う ように なったら …… なった と して も それ は 悪い 結果 と いう 事 は でき ない 。 岡 は 病身 で は ある けれども 地位 も あれば 金 も ある 。 それ は 愛子 のみ なら ず 、 自分 の 将来 に 取って も 役 に 立つ に 相違 ない 。 …… と そう 思う すぐ その 下 から 、 どうしても 虫 の 好か ない 愛子 が 、 葉子 の 意志 の 下 に すっかり つなぎ つけられて いる ような 岡 を ぬすんで 行く の を 見 なければ なら ない の が 面 憎く も 妬ま しく も あった 。 ・・

葉子 は 二 人 の 男 を 案内 し ながら 先 に 立った 。 暗い 長い 廊下 の 両側 に 立ち ならんだ 病室 の 中 から は 、 呼吸 困難 の 中 から かすれた ような 声 で ディフテリヤ らしい 幼児 の 泣き叫ぶ の が 聞こえたり した 。 貞 世 の 病室 から は 一 人 の 看護 婦 が 半ば 身 を 乗り出して 、 部屋 の 中 に 向いて 何 か いい ながら 、 しきりと こっち を ながめて いた 。 貞 世 の 何 か いい 募る 言葉 さえ が 葉子 の 耳 に 届いて 来た 。 その 瞬間 に もう 葉子 は そこ に 倉地 の いる 事 など も 忘れて 、 急ぎ足 で そのほう に 走り 近づいた 。 ・・

「 そら もう 帰って いらっしゃいました よ 」・・

と いい ながら 顔 を 引っ込めた 看護 婦 に 続いて 、 飛び込む ように 病室 に は いって 見る と 、 貞 世 は 乱暴に も 寝 台 の 上 に 起き上がって 、 膝小僧 も あらわに なるほど 取り乱した 姿 で 、 手 を 顔 に あてた まま おいおい と 泣いて いた 。 葉子 は 驚いて 寝 台 に 近寄った 。 ・・

「 なんという あなた は 聞きわけ の ない …… 貞 ちゃん その 病気 で 、 あなた 、 寝 台 から 起き上がったり する と いつまでも なおり は しません よ 。 あなた の 好きな 倉地 の おじさん と 岡 さん が お 見舞い に 来て くださった のです よ 。 はっきり わかります か 、 そら 、 そこ を 御覧 、 横 に なって から 」・・

そう 言い 言い 葉子 は いかにも 愛情 に 満ちた 器用な 手つき で 軽く 貞 世 を かかえて 床 の 上 に 臥 かしつけた 。 貞 世 の 顔 は 今 まで 盛んな 運動 でも して いた ように 美しく 活 々 と 紅 味 が さして 、 ふさふさ した 髪 の 毛 は 少し もつれて 汗ばんで 額 ぎ わ に 粘り ついて いた 。 それ は 病気 を 思わ せる より も 過剰 の 健康 と でも いう べき もの を 思わ せた 。 ただ その 両眼 と 口 び る だけ は 明らかに 尋常で なかった 。 すっかり 充血 した その 目 は ふだん より も 大きく なって 、 二 重 まぶた に なって いた 。 その ひとみ は 熱 の ため に 燃えて 、 おどおど と 何者 か を 見つめて いる ように も 、 何 か を 見いだそう と して 尋ね あぐんで いる ように も 見えた 。 その 様子 は たとえば 葉子 を 見入って いる 時 でも 、 葉子 を 貫いて 葉子 の 後ろ の 方 はるか の 所 に ある 或る 者 を 見きわめよう と あらん限り の 力 を 尽くして いる ようだった 。 口 び る は 上下 と も からからに なって 内 紫 と いう 柑類 の 実 を むいて 天日 に 干した ように かわいて いた 。 それ は 見る も いたいたしかった 。 その 口 び る の 中 から 高熱 の ため に 一種 の 臭気 が 呼吸 の たび ごと に 吐き出さ れる 、 その 臭気 が 口 び る の 著しい ゆがめ かた の ため に 、 目 に 見える ようだった 。 貞 世 は 葉子 に 注意 されて 物 惰 げ に 少し 目 を そらして 倉地 と 岡 と の いる ほう を 見た が 、 それ が どうした ん だ と いう ように 、 少し の 興味 も 見せ ず に また 葉子 を 見入り ながら せっせと 肩 を ゆすって 苦しげな 呼吸 を つづけた 。 ・・

「 おね え さま …… 水 …… 氷 …… もう いっちゃ いや ……」・・

これ だけ かすかに いう と もう 苦し そうに 目 を つぶって ほろほろ と 大粒の 涙 を こぼす のだった 。


42.1 或る 女 ある|おんな 42.1 Una mujer

「 おね え 様 …… 行っちゃ いや あ ……」・・ ||さま|おこなっちゃ||

まるで 四 つ か 五 つ の 幼児 の ように 頑是 なく わがままに なって しまった 貞 世 の 声 を 聞き 残し ながら 葉子 は 病室 を 出た 。 |よっ|||いつ|||ようじ|||がんこれ|||||さだ|よ||こえ||きき|のこし||ようこ||びょうしつ||でた おりから じめじめ と 降りつづいて いる 五月雨 に 、 廊下 に は 夜明け から の 薄暗 さ が そのまま 残って いた 。 |||ふりつづいて||さみだれ||ろうか|||よあけ|||うすぐら||||のこって| 白衣 を 着た 看護 婦 が 暗い だだっ広い 廊下 を 、 上 草履 の 大きな 音 を さ せ ながら 案内 に 立った 。 はくい||きた|かんご|ふ||くらい|だだっぴろい|ろうか||うえ|ぞうり||おおきな|おと|||||あんない||たった 十 日 の 余 も 、 夜 昼 の 見さかい も なく 、 帯 も 解か ず に 看護 の 手 を 尽くした 葉子 は 、 どうかする と ふらふら と なって 、 頭 だけ が 五 体 から 離れて どこ と も なく 漂って 行く か と も 思う ような 不思議な 錯覚 を 感じ ながら 、 それ でも 緊張 しきった 心持ち に なって いた 。 じゅう|ひ||よ||よ|ひる||みさかい|||おび||とか|||かんご||て||つくした|ようこ||どうか する|||||あたま|||いつ|からだ||はなれて|||||ただよって|いく||||おもう||ふしぎな|さっかく||かんじ||||きんちょう||こころもち||| For more than 10 days, there was no sign of day or night, and she had done all she could to nurse her without taking off her belt. While experiencing a strange illusion that made me think I was going, I was still tense. すべて の 音響 、 すべて の 色彩 が 極度に 誇張 されて その 感覚 に 触れて 来た 。 ||おんきょう|||しきさい||きょくどに|こちょう|さ れて||かんかく||ふれて|きた All the sounds and all the colors have been exaggerated to the extreme, touching the sensation. 貞 世 が 腸 チブス と 診断 さ れた その 晩 、 葉子 は 担架 に 乗せられた その あわれな 小さな 妹 に 付き添って この 大学 病院 の 隔離 室 に 来て しまった のである が 、 その 時 別れた なり で 、 倉地 は 一 度 も 病院 を 尋ねて は 来 なかった のだ 。 さだ|よ||ちょう|||しんだん||||ばん|ようこ||たんか||のせ られた|||ちいさな|いもうと||つきそって||だいがく|びょういん||かくり|しつ||きて|||||じ|わかれた|||くらち||ひと|たび||びょういん||たずねて||らい|| 葉子 は 愛子 一 人 が 留守 する 山内 の 家 の ほう に 、 少し 不 安心で は ある けれども いつか 暇 を やった つや を 呼び寄せて おこう と 思って 、 宿 もと に いって やる と 、 つや は あれ から 看護 婦 を 志願 して 京 橋 の ほう の ある 病院 に いる と いう 事 が 知れた ので 、 やむ を 得 ず 倉地 の 下宿 から 年 を 取った 女 中 を 一 人 頼んで いて もらう 事 に した 。 ようこ||あいこ|ひと|じん||るす||さんない||いえ||||すこし|ふ|あんしんで|||||いとま|||||よびよせて|||おもって|やど||||||||||かんご|ふ||しがん||けい|きょう|||||びょういん|||||こと||しれた||||とく||くらち||げしゅく||とし||とった|おんな|なか||ひと|じん|たのんで|||こと|| Yoko felt a little uneasy at Yamauchi's house, where Aiko was away alone, but thought that someday she would bring Tsuya over after she had taken some time off, so she went to the inn and found that Tsuya had been there since then. I learned that she was applying to be a nurse at a hospital in Kyobashi, so I had no choice but to ask an old maid from my boarding house in Kurachi. 病院 に 来て から の 十 日 ―― それ は きのう から きょう に かけて の 事 の ように 短く 思わ れ もし 、 一 日 が 一 年 に 相当 する か と 疑わ れる ほど 長く も 感じられた 。 びょういん||きて|||じゅう|ひ|||||||||こと|||みじかく|おもわ|||ひと|ひ||ひと|とし||そうとう||||うたがわ|||ながく||かんじ られた ・・

その 長く 感じられる ほう の 期間 に は 、 倉地 と 愛子 と の 姿 が 不安 と 嫉妬 と の 対照 と なって 葉子 の 心 の 目 に 立ち 現われた 。 |ながく|かんじ られる|||きかん|||くらち||あいこ|||すがた||ふあん||しっと|||たいしょう|||ようこ||こころ||め||たち|あらわれた 葉子 の 家 を 預かって いる もの は 倉地 の 下宿 から 来た 女 だ と する と 、 それ は 倉地 の 犬 と いって も よかった 。 ようこ||いえ||あずかって||||くらち||げしゅく||きた|おんな|||||||くらち||いぬ|||| そこ に 一 人 残さ れた 愛子 …… 長い 時間 の 間 に どんな 事 で も 起こり 得 ず に いる もの か 。 ||ひと|じん|のこさ||あいこ|ながい|じかん||あいだ|||こと|||おこり|とく||||| そう 気 を 回し 出す と 葉子 は 貞 世 の 寝 台 の かたわら に いて 、 熱 の ため に 口 び る が かさかさに なって 、 半分 目 を あけた まま 昏睡 して いる その 小さな 顔 を 見つめて いる 時 でも 、 思わず かっと なって そこ を 飛び出そう と する ような 衝動 に 駆り立てられる のだった 。 |き||まわし|だす||ようこ||さだ|よ||ね|だい|||||ねつ||||くち||||||はんぶん|め||||こんすい||||ちいさな|かお||みつめて||じ||おもわず|か っと||||とびだそう||||しょうどう||かりたて られる| When I started to think about it, Yoko was by Sadayo's bed, even as she stared at that little face in a coma with his lips half-open from the fever. Involuntarily, I was driven by an urge to jump out of there. ・・

しかし また 短く 感じられる ほう の 期間 に は ただ 貞 世 ばかり が いた 。 ||みじかく|かんじ られる|||きかん||||さだ|よ||| 末子 と して 両親 から なめる ほど 溺愛 も さ れ 、 葉子 の 唯一 の 寵児 と も さ れ 、 健康で 、 快活で 、 無邪気で 、 わがままで 、 病気 と いう 事 など は ついぞ 知ら なかった その 子 は 、 引き続いて 父 を 失い 、 母 を 失い 、 葉子 の 病的な 呪 詛 の 犠牲 と なり 、 突然 死 病 に 取りつかれて 、 夢にも うつつ に も 思い も かけ なかった 死 と 向かい合って 、 ひたすら に 恐れおののいて いる 、 その 姿 は 、 千 丈 の 谷底 に 続く 崕 の きわ に 両手 だけ で ぶら下がった 人 が 、 そこ の 土 が ぼろぼろ と くずれ落ちる たび ごと に 、 懸命に なって 助け を 求めて 泣き叫び ながら 、 少し でも 手がかり の ある 物 に しがみつこう と する の を 見る の と 異なら なかった 。 すえこ|||りょうしん||||できあい||||ようこ||ゆいいつ||ちょうじ|||||けんこうで|かいかつで|むじゃきで||びょうき|||こと||||しら|||こ||ひきつづいて|ちち||うしない|はは||うしない|ようこ||びょうてきな|まじない|のろ||ぎせい|||とつぜん|し|びょう||とりつか れて|ゆめにも||||おもい||||し||むかいあって|||おそれおののいて|||すがた||せん|たけ||たにそこ||つづく|がい||||りょうて|||ぶらさがった|じん||||つち||||くずれおちる||||けんめいに||たすけ||もとめて|なきさけび||すこし||てがかり|||ぶつ|||||||みる|||ことなら| しかも そんな はめ に 貞 世 を おとしいれて しまった の は 結局 自分 に 責任 の 大部分 が ある と 思う と 、 葉子 は いとし さ 悲し さ で 胸 も 腸 も 裂ける ように なった 。 ||||さだ|よ||||||けっきょく|じぶん||せきにん||だいぶぶん||||おもう||ようこ||||かなし|||むね||ちょう||さける|| 貞 世 が 死ぬ に して も 、 せめて は 自分 だけ は 貞 世 を 愛し 抜いて 死な せ たかった 。 さだ|よ||しぬ||||||じぶん|||さだ|よ||あいし|ぬいて|しな|| 貞 世 を かりにも いじめる と は …… まるで 天使 の ような 心 で 自分 を 信じ きり 愛し 抜いて くれた 貞 世 を かりにも 没 義道 に 取り扱った と は …… 葉子 は 自分 ながら 葉子 の 心 の 埒 な さ 恐ろし さ に 悔いて も 悔いて も 及ば ない 悔い を 感じた 。 さだ|よ|||||||てんし|||こころ||じぶん||しんじ||あいし|ぬいて||さだ|よ|||ぼつ|よしみち||とりあつかった|||ようこ||じぶん||ようこ||こころ||らち|||おそろし|||くいて||くいて||およば||くい||かんじた そこ まで 詮 じ つめて 来る と 、 葉子 に は 倉地 も なかった 。 ||せん|||くる||ようこ|||くらち|| By the time I got there, Yoko didn't even have Kurachi. ただ 命 に かけて も 貞 世 を 病気 から 救って 、 貞 世 が 元通りに つやつや しい 健康に 帰った 時 、 貞 世 を 大事に 大事に 自分 の 胸 に かき 抱いて やって 、・・ |いのち||||さだ|よ||びょうき||すくって|さだ|よ||もとどおりに|||けんこうに|かえった|じ|さだ|よ||だいじに|だいじに|じぶん||むね|||いだいて|

「 貞 ちゃん お前 は よく こそ な おって くれた ね 。 さだ||おまえ||||||| ねえさん を 恨ま ないで おくれ 。 ||うらま|| ねえさん は もう 今 まで の 事 を みんな 後悔 して 、 これ から は あなた を いつまでも いつまでも 後生 大事に して あげます から ね 」・・ |||いま|||こと|||こうかい|||||||||ごしょう|だいじに||あげ ます|| Sister, you've already regretted everything you've done up until now, and from now on, I'll cherish you forever, forever."

と しみじみ と 泣き ながら いって やり たかった 。 |||なき|||| ただ それ だけ の 願い に 固まって しまった 。 ||||ねがい||かたまって| そうした 心持ち に なって いる と 、 時間 は ただ 矢 の ように 飛んで 過ぎた 。 |こころもち|||||じかん|||や|||とんで|すぎた 死 の ほう へ 貞 世 を 連れて 行く 時間 は ただ 矢 の ように 飛んで 過ぎる と 思えた 。 し||||さだ|よ||つれて|いく|じかん|||や|||とんで|すぎる||おもえた ・・

この 奇怪な 心 の 葛藤 に 加えて 、 葉子 の 健康 は この 十 日 ほど の 激しい 興奮 と 活動 と で みじめに も そこない 傷つけられて いる らしかった 。 |きかいな|こころ||かっとう||くわえて|ようこ||けんこう|||じゅう|ひ|||はげしい|こうふん||かつどう||||||きずつけ られて|| 緊張 の 極点 に いる ような 今 の 葉子 に は さほど と 思わ れ ない ように も あった が 、 貞 世 が 死ぬ か なおる か して 一 息つく 時 が 来たら 、 どうして 肉体 を ささえる 事 が できよう か と 危ぶま ないで はいら れ ない 予感 が きびしく 葉子 を 襲う 瞬間 は 幾 度 も あった 。 きんちょう||きょくてん||||いま||ようこ|||||おもわ|||||||さだ|よ||しぬ|||||ひと|いきつく|じ||きたら||にくたい|||こと|||||あやぶま|||||よかん|||ようこ||おそう|しゅんかん||いく|たび|| It didn't seem like much to Yoko, who was now at the peak of her tension, but when Sadayo died or healed and the time came to take a breather, how would he be able to support his body? There were many moments when Yoko was overwhelmed by a strong premonition that she couldn't help but be afraid. ・・

そうした 苦しみ の 最中 に 珍しく 倉地 が 尋ねて 来た のだった 。 |くるしみ||さい なか||めずらしく|くらち||たずねて|きた| ちょうど 何もかも 忘れて 貞 世 の 事 ばかり 気 に して いた 葉子 は 、 この 案内 を 聞く と 、 まるで 生まれかわった ように その 心 は 倉地 で いっぱいに なって しまった 。 |なにもかも|わすれて|さだ|よ||こと||き||||ようこ|||あんない||きく|||うまれかわった|||こころ||くらち|||| ・・

病室 の 中 から 叫び に 叫ぶ 貞 世 の 声 が 廊下 まで 響いて 聞こえた けれども 、 葉子 は それ に は 頓着 して いられ ない ほど むき に なって 看護 婦 の あと を 追った 。 びょうしつ||なか||さけび||さけぶ|さだ|よ||こえ||ろうか||ひびいて|きこえた||ようこ|||||とんちゃく||いら れ||||||かんご|ふ||||おった 歩き ながら 衣 紋 を 整えて 、 例の 左手 を あげて 鬢 の 毛 を 器用に かき上げ ながら 、 応接 室 の 所 まで 来る と 、 そこ は さすが に いくぶん か 明るく なって いて 、 開き戸 の そば の ガラス 窓 の 向こう に 頑丈な 倉地 と 、 思い も かけ ず 岡 の 華車 な 姿 と が ながめられた 。 あるき||ころも|もん||ととのえて|れいの|ひだりて|||びん||け||きように|かきあげ||おうせつ|しつ||しょ||くる||||||||あかるく|||ひらきど||||がらす|まど||むこう||がんじょうな|くらち||おもい||||おか||はなくるま||すがた|||ながめ られた ・・

葉子 は 看護 婦 の いる の も 岡 の いる の も 忘れた ように いきなり 倉地 に 近づいて 、 その 胸 に 自分 の 顔 を 埋めて しまった 。 ようこ||かんご|ふ|||||おか|||||わすれた|||くらち||ちかづいて||むね||じぶん||かお||うずめて| As if forgetting whether the nurses or Oka were there, Yoko suddenly approached Kurachi and buried her face in his chest. 何より も かに より も 長い 長い 間 あい 得 ず に いた 倉地 の 胸 は 、 数 限り も ない 連想 に 飾られて 、 すべて の 疑惑 や 不快 を 一掃 する に 足る ほど なつかしかった 。 なにより|||||ながい|ながい|あいだ||とく||||くらち||むね||すう|かぎり|||れんそう||かざら れて|||ぎわく||ふかい||いっそう|||たる|| Kurachi's heart, which had been lost for a long, long time, was adorned with countless associations, and it was enough to wipe away all doubts and displeasure. 倉地 の 胸 から 触れ 慣れた 衣 ざ わりと 、 強烈な 膚 の におい と が 、 葉子 の 病的に 嵩 じた 感覚 を 乱 酔 さす ほど に 伝わって 来た 。 くらち||むね||ふれ|なれた|ころも|||きょうれつな|はだ|||||ようこ||びょうてきに|かさみ||かんかく||らん|よ||||つたわって|きた The familiar texture of Kurachi's chest and the strong smell of her skin were conveyed to the extent that Yoko's sickly heightened senses were intoxicated. ・・

「 どう だ 、 ちっと は いい か 」・・ ||ち っと|||

「 お ゝ この 声 だ 、 この 声 だ 」…… 葉子 は かく 思い ながら 悲しく なった 。 |||こえ|||こえ||ようこ|||おもい||かなしく| それ は 長い 間 闇 の 中 に 閉じこめられて いた もの が 偶然 灯 の 光 を 見た 時 に 胸 を 突いて わき出て 来る ような 悲し さ だった 。 ||ながい|あいだ|やみ||なか||とじこめ られて||||ぐうぜん|とう||ひかり||みた|じ||むね||ついて|わきでて|くる||かなし|| 葉子 は 自分 の 立場 を ことさら あわれに 描いて みたい 衝動 を 感じた 。 ようこ||じぶん||たちば||||えがいて||しょうどう||かんじた Yoko felt the urge to portray her position in a particularly pitiable way. ・・

「 だめです 。 貞 世 は 、 かわいそうに 死にます 」・・ さだ|よ|||しに ます

「 ばかな …… あなた に も 似合わ ん 、 そう 早う 落胆 する 法 が ある もの かい 。 ||||にあわ|||はやう|らくたん||ほう|||| "Idiot... it doesn't suit you, how can you get discouraged so quickly? どれ 一 つ 見舞って やろう 」・・ |ひと||みまって|

そう いい ながら 倉地 は 先刻 から そこ に いた 看護 婦 の ほう に 振り向いた 様子 だった 。 |||くらち||せんこく|||||かんご|ふ||||ふりむいた|ようす| そこ に 看護 婦 も 岡 も いる と いう 事 は ちゃんと 知ってい ながら 、 葉子 は だれ も いない もの の ような 心持ち で 振る舞って いた の を 思う と 、 自分 ながら このごろ は 心 が 狂って いる ので は ない か と さえ 疑った 。 ||かんご|ふ||おか|||||こと|||しってい||ようこ||||||||こころもち||ふるまって||||おもう||じぶん||||こころ||くるって||||||||うたがった Even though she knew that there were nurses and Oka there, Yoko acted as if no one was there. I even doubted. 看護 婦 は 倉地 と 葉子 と の 対話 ぶり で 、 この 美しい 婦人 の 素性 を のみ込んだ と いう ような 顔 を して いた 。 かんご|ふ||くらち||ようこ|||たいわ||||うつくしい|ふじん||すじょう||のみこんだ||||かお||| 岡 は さすが に つつましやかに 心痛 の 色 を 顔 に 現わして 椅子 の 背 に 手 を かけた まま 立って いた 。 おか|||||しんつう||いろ||かお||あらわして|いす||せ||て||||たって| ・・

「 あ ゝ 、 岡 さん あなた も わざわざ お 見舞い くださって ありがとう ございました 」・・ ||おか||||||みまい|||

葉子 は 少し 挨拶 の 機会 を おくら した と 思い ながら も やさしく こういった 。 ようこ||すこし|あいさつ||きかい|||||おもい|||| Yoko said kindly, thinking that she had missed the chance to say hello. 岡 は 頬 を 紅 ら め た まま 黙って うなずいた 。 おか||ほお||くれない|||||だまって| ・・

「 ちょうど 今 見えた もん だ で 御 一緒 した が 、 岡 さん は ここ で お 帰り を 願った が いい と 思う が ……( そう いって 倉地 は 岡 の ほう を 見た ) 何しろ 病気 が 病気 です から ……」・・ |いま|みえた||||ご|いっしょ|||おか||||||かえり||ねがった||||おもう||||くらち||おか||||みた|なにしろ|びょうき||びょうき||

「 わたし 、 貞 世 さん に ぜひ お 会い したい と 思います から どう か お 許し ください 」・・ |さだ|よ|||||あい|し たい||おもい ます|||||ゆるし|

岡 は 思い 入った ように こう いって 、 ちょうど そこ に 看護 婦 が 持って 来た 二 枚 の 白い 上っ張り の うち 少し 古く 見える 一 枚 を 取って 倉地 より も 先 に 着 始めた 。 おか||おもい|はいった|||||||かんご|ふ||もって|きた|ふた|まい||しろい|うわっぱり|||すこし|ふるく|みえる|ひと|まい||とって|くらち|||さき||ちゃく|はじめた 葉子 は 岡 を 見る と もう 一 つ の たくらみ を 心 の 中 で 案じ 出して いた 。 ようこ||おか||みる|||ひと|||||こころ||なか||あんじ|だして| 岡 を できる だけ たびたび 山内 の 家 の ほう に 遊び に 行か せて やろう 。 おか|||||さんない||いえ||||あそび||いか|| それ は 倉地 と 愛子 と が 接触 する 機会 を いくらか でも 妨げる 結果 に なる に 違いない 。 ||くらち||あいこ|||せっしょく||きかい||||さまたげる|けっか||||ちがいない That would undoubtedly hinder any chance of contact between Kurachi and Aiko. 岡 と 愛子 と が 互いに 愛し 合う ように なったら …… なった と して も それ は 悪い 結果 と いう 事 は でき ない 。 おか||あいこ|||たがいに|あいし|あう|||||||||わるい|けっか|||こと||| 岡 は 病身 で は ある けれども 地位 も あれば 金 も ある 。 おか||びょうしん|||||ちい|||きむ|| それ は 愛子 のみ なら ず 、 自分 の 将来 に 取って も 役 に 立つ に 相違 ない 。 ||あいこ||||じぶん||しょうらい||とって||やく||たつ||そうい| …… と そう 思う すぐ その 下 から 、 どうしても 虫 の 好か ない 愛子 が 、 葉子 の 意志 の 下 に すっかり つなぎ つけられて いる ような 岡 を ぬすんで 行く の を 見 なければ なら ない の が 面 憎く も 妬ま しく も あった 。 ||おもう|||した|||ちゅう||すか||あいこ||ようこ||いし||した||||つけ られて|||おか|||いく|||み||||||おもて|にくく||ねたま||| ・・

葉子 は 二 人 の 男 を 案内 し ながら 先 に 立った 。 ようこ||ふた|じん||おとこ||あんない|||さき||たった 暗い 長い 廊下 の 両側 に 立ち ならんだ 病室 の 中 から は 、 呼吸 困難 の 中 から かすれた ような 声 で ディフテリヤ らしい 幼児 の 泣き叫ぶ の が 聞こえたり した 。 くらい|ながい|ろうか||りょうがわ||たち||びょうしつ||なか|||こきゅう|こんなん||なか||||こえ||||ようじ||なきさけぶ|||きこえたり| 貞 世 の 病室 から は 一 人 の 看護 婦 が 半ば 身 を 乗り出して 、 部屋 の 中 に 向いて 何 か いい ながら 、 しきりと こっち を ながめて いた 。 さだ|よ||びょうしつ|||ひと|じん||かんご|ふ||なかば|み||のりだして|へや||なか||むいて|なん|||||||| 貞 世 の 何 か いい 募る 言葉 さえ が 葉子 の 耳 に 届いて 来た 。 さだ|よ||なん|||つのる|ことば|||ようこ||みみ||とどいて|きた その 瞬間 に もう 葉子 は そこ に 倉地 の いる 事 など も 忘れて 、 急ぎ足 で そのほう に 走り 近づいた 。 |しゅんかん|||ようこ||||くらち|||こと|||わすれて|いそぎあし||その ほう||はしり|ちかづいた ・・

「 そら もう 帰って いらっしゃいました よ 」・・ ||かえって|いらっしゃい ました|

と いい ながら 顔 を 引っ込めた 看護 婦 に 続いて 、 飛び込む ように 病室 に は いって 見る と 、 貞 世 は 乱暴に も 寝 台 の 上 に 起き上がって 、 膝小僧 も あらわに なるほど 取り乱した 姿 で 、 手 を 顔 に あてた まま おいおい と 泣いて いた 。 |||かお||ひっこめた|かんご|ふ||つづいて|とびこむ||びょうしつ||||みる||さだ|よ||らんぼうに||ね|だい||うえ||おきあがって|ひざこぞう||||とりみだした|すがた||て||かお||||||ないて| 葉子 は 驚いて 寝 台 に 近寄った 。 ようこ||おどろいて|ね|だい||ちかよった ・・

「 なんという あなた は 聞きわけ の ない …… 貞 ちゃん その 病気 で 、 あなた 、 寝 台 から 起き上がったり する と いつまでも なおり は しません よ 。 |||ききわけ|||さだ|||びょうき|||ね|だい||おきあがったり||||||し ませ ん| あなた の 好きな 倉地 の おじさん と 岡 さん が お 見舞い に 来て くださった のです よ 。 ||すきな|くらち||||おか||||みまい||きて||| はっきり わかります か 、 そら 、 そこ を 御覧 、 横 に なって から 」・・ |わかり ます|||||ごらん|よこ|||

そう 言い 言い 葉子 は いかにも 愛情 に 満ちた 器用な 手つき で 軽く 貞 世 を かかえて 床 の 上 に 臥 かしつけた 。 |いい|いい|ようこ|||あいじょう||みちた|きような|てつき||かるく|さだ|よ|||とこ||うえ||が| 貞 世 の 顔 は 今 まで 盛んな 運動 でも して いた ように 美しく 活 々 と 紅 味 が さして 、 ふさふさ した 髪 の 毛 は 少し もつれて 汗ばんで 額 ぎ わ に 粘り ついて いた 。 さだ|よ||かお||いま||さかんな|うんどう|||||うつくしく|かつ|||くれない|あじ|||||かみ||け||すこし||あせばんで|がく||||ねばり|| Sadayo's face was beautiful and bright red, as though he had been actively exercising, and his bushy hair was a little tangled and clinging to his forehead with sweat. それ は 病気 を 思わ せる より も 過剰 の 健康 と でも いう べき もの を 思わ せた 。 ||びょうき||おもわ||||かじょう||けんこう|||||||おもわ| ただ その 両眼 と 口 び る だけ は 明らかに 尋常で なかった 。 ||りょうがん||くち|||||あきらかに|じんじょうで| すっかり 充血 した その 目 は ふだん より も 大きく なって 、 二 重 まぶた に なって いた 。 |じゅうけつ|||め|||||おおきく||ふた|おも|||| その ひとみ は 熱 の ため に 燃えて 、 おどおど と 何者 か を 見つめて いる ように も 、 何 か を 見いだそう と して 尋ね あぐんで いる ように も 見えた 。 |||ねつ||||もえて|||なにもの|||みつめて||||なん|||みいだそう|||たずね|||||みえた Its eyes were burning with heat, and seemed to be staring timidly at someone, or to be inquisitive, trying to find something. その 様子 は たとえば 葉子 を 見入って いる 時 でも 、 葉子 を 貫いて 葉子 の 後ろ の 方 はるか の 所 に ある 或る 者 を 見きわめよう と あらん限り の 力 を 尽くして いる ようだった 。 |ようす|||ようこ||みいって||じ||ようこ||つらぬいて|ようこ||うしろ||かた|||しょ|||ある|もの||みきわめよう||あらんかぎり||ちから||つくして|| For example, even when he was staring at Yoko, it was as if he was doing everything in his power to pierce through Yoko and make out a certain person far behind her. 口 び る は 上下 と も からからに なって 内 紫 と いう 柑類 の 実 を むいて 天日 に 干した ように かわいて いた 。 くち||||じょうげ|||||うち|むらさき|||かんるい||み|||てんぴ||ほした||| それ は 見る も いたいたしかった 。 ||みる|| その 口 び る の 中 から 高熱 の ため に 一種 の 臭気 が 呼吸 の たび ごと に 吐き出さ れる 、 その 臭気 が 口 び る の 著しい ゆがめ かた の ため に 、 目 に 見える ようだった 。 |くち||||なか||こうねつ||||いっしゅ||しゅうき||こきゅう|||||はきださ|||しゅうき||くち||||いちじるしい||||||め||みえる| 貞 世 は 葉子 に 注意 されて 物 惰 げ に 少し 目 を そらして 倉地 と 岡 と の いる ほう を 見た が 、 それ が どうした ん だ と いう ように 、 少し の 興味 も 見せ ず に また 葉子 を 見入り ながら せっせと 肩 を ゆすって 苦しげな 呼吸 を つづけた 。 さだ|よ||ようこ||ちゅうい|さ れて|ぶつ|だ|||すこし|め|||くらち||おか||||||みた||||||||||すこし||きょうみ||みせ||||ようこ||みいり|||かた|||くるしげな|こきゅう|| At Yoko's attention, Sadayo lazily averted his eyes and looked in the direction of Kurachi and Oka. As he watched, he shook his shoulders and continued to breathe heavily. ・・

「 おね え さま …… 水 …… 氷 …… もう いっちゃ いや ……」・・ |||すい|こおり|||

これ だけ かすかに いう と もう 苦し そうに 目 を つぶって ほろほろ と 大粒の 涙 を こぼす のだった 。 ||||||にがし|そう に|め|||||おおつぶの|なみだ|||