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或る女 - 有島武郎(アクセス), 41.2 或る女

41.2 或る 女

古藤 は 思い 入った ふうで 、 油 で よごれた 手 を 幾 度 も まっ黒 に 日 に 焼けた 目 が しら の 所 に 持って行った 。 蚊 が ぶん ぶん と 攻め かけて 来る の も 忘れた ようだった 。 葉子 は 古藤 の 言葉 を もう それ 以上 は 聞いて いられ なかった 。 せっかく そっと して 置いた 心 の よどみ が かきまわされて 、 見まい と して いた きたない もの が ぬら ぬ ら と 目の前 に 浮き出て 来る ようで も あった 。 塗りつぶし 塗りつぶし して いた 心 の 壁 に ひび が 入って 、 そこ から 面 も 向けられ ない 白い 光 が ちら と さす ように も 思った 。 もう しかし それ は すべて あまり おそい 。 葉子 は そんな 物 を 無視 して かかる ほか に 道 が ない と 思った 。 ごまかして は いけない と 古藤 の いった 言葉 は その 瞬間 に も すぐ 葉子 に きびしく 答えた けれども 、 葉子 は 押し切って そんな 言葉 を かなぐり捨て ないで はいら れ ない と 自分 から あきらめた 。 ・・

「 よく わかりました 。 あなた の おっしゃる 事 は いつでも わたし に は よく わかります わ 。 その うち わたし きっと 木村 の ほう に 手紙 を 出す から 安心 して ください まし 。 このごろ は あなた の ほう が 木村 以上 に 神経質に なって いらっしゃる ようだ けれども 、 御 親切 は よく わたし に も わかります わ 。 倉地 さん だって あなた の お 心持ち は 通じて いる に 違いない んです けれども 、 あなた が …… なんと いったら いい でしょう ねえ …… あなた が あんまり 真 正面 から おっしゃる もん だ から 、 つい 向っ腹 を お 立て な すった んでしょう 。 そう でしょう 、 ね 、 倉地 さん 。 …… こんな いやな お 話 は これ だけ に して 妹 たち でも 呼んで おもしろい お 話 でも しましょう 」・・ 「 僕 が もっと 偉い と 、 いう 事 が もっと 深く 皆さん の 心 に は いる んです が 、 僕 の いう 事 は ほんとうの 事 だ と 思う んだ けれども しかた が ありません 。 それ じゃ きっと 木村 に 書いて やって ください 。 僕 自身 は 何も 物 数 寄 らしく その 内容 を 知りたい と は 思って る わけじゃ ない んです から ……」・・

古藤 が まだ 何 か いおう と して いる 時 に 愛子 が 整頓 風呂敷 の 出来上がった の を 持って 、 二 階 から 降りて 来た 。 古藤 は 愛子 から それ を 受け取る と 思い出した ように あわてて 時計 を 見た 。 葉子 は それ に は 頓着 し ない ように 、・・

「 愛さ ん あれ を 古藤 さん に お 目 に かけよう 。 古藤 さん ちょっと 待って い らしって ね 。 今 おもしろい もの を お 目 に かける から 。 貞 ちゃん は 二 階 ? い ない の ? どこ に 行った んだろう …… 貞 ちゃん ! 」・・

こう いって 葉子 が 呼ぶ と 台所 の ほう から 貞 世 が 打ち沈んだ 顔 を して 泣いた あと の ように 頬 を 赤く して は いって 来た 。 やはり 自分 の いった 言葉 に 従って 一 人 ぽっち で 台所 に 行って すすぎ 物 を して いた の か と 思う と 、 葉子 は もう 胸 が 逼って 目 の 中 が 熱く なる のだった 。 ・・

「 さあ 二 人 で この 間 学校 で 習って 来た ダンス を して 古藤 さん と 倉地 さん と に お 目 に お かけ 。 ちょっと コティロン の [#「 コティロン の 」 は 底 本 で は 「 コテイロン の 」] ようで また 変わって います の 。 さ 」・・

二 人 は 十 畳 の 座敷 の ほう に 立って 行った 。 倉地 は これ を きっかけ に からっと 快活に なって 、 今 まで の 事 は 忘れた ように 、 古藤 に も 微笑 を 与え ながら 「 それ は おもしろかろう 」 と いい つつ あと に 続いた 。 愛子 の 姿 を 見る と 古藤 も 釣り 込ま れる ふうに 見えた 。 葉子 は 決して それ を 見のがさ なかった 。 ・・

可憐な 姿 を した 姉 と 妹 と は 十 畳 の 電 燈 の 下 に 向かい合って 立った 。 愛子 は いつでも そう な ように こんな 場合 でも いかにも 冷静だった 。 普通ならば その 年ごろ の 少女 と して は 、 やり 所 も ない 羞恥 を 感ずる はずである のに 、 愛子 は 少し 目 を 伏せて いる ほか に は しらじらと して いた 。 き ゃっき ゃっと うれし がったり 恥ずかし がったり する 貞 世 は その 夜 は どうした もの か ただ 物 憂 げ に そこ に しょんぼり と 立った 。 その 夜 の 二 人 は 妙に 無 感情 な 一 対 の 美しい 踊り 手 だった 。 葉子 が 「 一二三 」 と 相 図 を する と 、 二 人 は 両手 を 腰 骨 の 所 に 置き 添えて 静かに 回 旋 し ながら 舞い 始めた 。 兵 営 の 中 ばかり に いて 美しい もの を 全く 見 なかった らしい 古藤 は 、 しばらく は 何事 も 忘れた ように 恍惚 と して 二 人 の 描く 曲線 の さまざまに 見とれて いた 。 ・・

と 突然 貞 世 が 両 袖 を 顔 に あてた と 思う と 、 急に 舞い の 輸 から それて 、 一 散 に 玄関 わき の 六 畳 に 駆け込んだ 。 六 畳 に 達し ない うち に 痛ましく すすり泣く 声 が 聞こえ 出した 。 古藤 は はっと あわてて そっち に 行こう と した が 、 愛子 が 一 人 に なって も 、 顔色 も 動かさ ず に 踊り 続けて いる の を 見る と そのまま また 立ち止まった 。 愛子 は 自分 の し 遂 す べき 務 め を し 遂 せる 事 に 心 を 集める 様子 で 舞い つづけた 。 ・・

「 愛さ ん ちょっと お 待ち 」・・

と いった 葉子 の 声 は 低い ながら 帛 を 裂く ように 疳癖 らしい 調子 に なって いた 。 別室 に 妹 の 駆け込んだ の を 見向き も し ない 愛子 の 不人情 さ を 憤る 怒り と 、 命ぜられた 事 を 中途半端で やめて しまった 貞 世 を 憤る 怒り と で 葉子 は 自制 が でき ない ほど ふるえて いた 。 愛子 は 静かに そこ に 両手 を 腰 から おろして 立ち止まった 。 ・・

「 貞 ちゃん な んです その 失礼 は 。 出て おいで なさい 」・・

葉子 は 激しく 隣室 に 向かって こう 叫んだ 。 隣室 から 貞 世 の すすり泣く 声 が 哀れに も まざまざ と 聞こえて 来る だけ だった 。 抱きしめて も 抱きしめて も 飽き足ら ない ほど の 愛着 を そのまま 裏返した ような 憎しみ が 、 葉子 の 心 を 火 の ように した 。 葉子 は 愛子 に きびしく いいつけて 貞 世 を 六 畳 から 呼び 返さ した 。 ・・

やがて その 六 畳 から 出て 来た 愛子 は 、 さすが に 不安な 面持ち を して いた 。 苦しくって たまらない と いう から 額 に 手 を あてて 見たら 火 の ように 熱い と いう のだ 。 ・・

葉子 は 思わず ぎょっと した 。 生まれ落ちる と から 病気 一 つ せ ず に 育って 来た 貞 世 は 前 から 発熱 して いた の を 自分 で 知ら ず に いた に 違いない 。 気むずかしく なって から 一 週間 ぐらい に なる から 、 何 か の 熱病 に かかった と すれば 病気 は かなり 進んで いた はずだ 。 ひょっとすると 貞 世 は もう 死ぬ …… それ を 葉子 は 直 覚 した ように 思った 。 目の前 で 世界 が 急に 暗く なった 。 電灯 の 光 も 見え ない ほど に 頭 の 中 が 暗い 渦巻き で いっぱいに なった 。 え ゝ 、 いっその事 死んで くれ 。 この 血 祭り で 倉地 が 自分 に はっきり つながれて しまわ ない と だれ が いえよう 。 人身 御供 に して しまおう 。 そう 葉子 は 恐怖 の 絶頂 に あり ながら 妙に しんと した 心持ち で 思いめぐらした 。 そして そこ に ぼんやり した まま 突っ立って いた 。 ・・

いつのまに 行った の か 、 倉地 と 古藤 と が 六 畳 の 間 から 首 を 出した 。 ・・

「 お 葉さん …… ありゃ 泣いた ため ばかり の 熱 じゃ ない 。 早く 来て ごらん 」・・

倉地 の あわてる ような 声 が 聞こえた 。 ・・

それ を 聞く と 葉子 は 始めて 事 の 真相 が わかった ように 、 夢 から 目ざめた ように 、 急に 頭 が はっきり して 六 畳 の 間 に 走り込んだ 。 貞 世 は ひときわ 背たけ が 縮まった ように 小さく 丸まって 、 座ぶとん に 顔 を 埋めて いた 。 膝 を ついて そば に よって 後 頸 の 所 に さわって みる と 、 気味 の 悪い ほど の 熱 が 葉子 の 手 に 伝わって 来た 。 ・・

その 瞬間 に 葉子 の 心 は で ん ぐ り 返し を 打った 。 いとしい 貞 世に つらく 当たったら 、 そして もし 貞 世 が その ため に 命 を 落とす ような 事 でも あったら 、 倉地 を 大丈夫 つかむ 事 が できる と 何 が なし に 思い込んで 、 しかも それ を 実行 した 迷信 と も 妄想 と も たとえよう の ない 、 狂気 じみ た 結 願 が なんの 苦 も なく ばらばらに くずれて しまって 、 その 跡 に は どうかして 貞 世 を 活 か したい と いう 素直な 涙ぐましい 願い ばかり が しみじみ と 働いて いた 。 自分 の 愛する もの が 死ぬ か 活 きる か の 境目 に 来た と 思う と 、 生 へ の 執着 と 死 へ の 恐怖 と が 、 今 まで 想像 も 及ば なかった 強 さ で ひしひし と 感ぜられた 。 自分 を 八 つ 裂き に して も 貞 世 の 命 は 取りとめ なくて は なら ぬ 。 もし 貞 世 が 死ねば それ は 自分 が 殺した んだ 。 何も 知ら ない 、 神 の ような 少女 を …… 葉子 は あら ぬ こと まで 勝手に 想像 して 勝手に 苦しむ 自分 を たしなめる つもりで いて も 、 それ 以上 に 種々な 予想 が 激しく 頭 の 中 で 働いた 。 ・・

葉子 は 貞 世 の 背 を さすり ながら 、 嘆願 する ように 哀恕 を 乞 う ように 古藤 や 倉地 や 愛子 まで を 見まわした 。 それ ら の 人々 は いずれ も 心痛 げ な 顔色 を 見せて いない で は なかった 。 しかし 葉子 から 見る と それ は みんな 贋物 だった 。 ・・

やがて 古藤 は 兵 営 へ の 帰途 医者 を 頼む と いって 帰って 行った 。 葉子 は 、 一 人 でも 、 どんな 人 でも 貞 世 の 身 ぢか から 離れて 行く の を つらく 思った 。 そんな 人 たち は 多少 でも 貞 世 の 生命 を 一緒に 持って行って しまう ように 思われて なら なかった 。 ・・

日 は とっぷり 暮れて しまった けれども どこ の 戸締まり も し ない この 家 に 、 古藤 が いって よこした 医者 が やって 来た 。 そして 貞 世 は 明らかに 腸 チブス に かかって いる と 診断 されて しまった 。


41.2 或る 女 ある|おんな 41,2 Una mujer

古藤 は 思い 入った ふうで 、 油 で よごれた 手 を 幾 度 も まっ黒 に 日 に 焼けた 目 が しら の 所 に 持って行った 。 ことう||おもい|はいった||あぶら|||て||いく|たび||まっ くろ||ひ||やけた|め||||しょ||もっていった 蚊 が ぶん ぶん と 攻め かけて 来る の も 忘れた ようだった 。 か|||||せめ||くる|||わすれた| 葉子 は 古藤 の 言葉 を もう それ 以上 は 聞いて いられ なかった 。 ようこ||ことう||ことば||||いじょう||きいて|いら れ| せっかく そっと して 置いた 心 の よどみ が かきまわされて 、 見まい と して いた きたない もの が ぬら ぬ ら と 目の前 に 浮き出て 来る ようで も あった 。 |||おいた|こころ||||かきまわさ れて|みまい|||||||||||めのまえ||うきでて|くる||| It was as if the stagnation in my mind, which I had put aside, was stirred up, and the filthy things I had been trying to hide from my eyes began to rise before my eyes. 塗りつぶし 塗りつぶし して いた 心 の 壁 に ひび が 入って 、 そこ から 面 も 向けられ ない 白い 光 が ちら と さす ように も 思った 。 ぬりつぶし|ぬりつぶし|||こころ||かべ||||はいって|||おもて||むけ られ||しろい|ひかり|||||||おもった もう しかし それ は すべて あまり おそい 。 葉子 は そんな 物 を 無視 して かかる ほか に 道 が ない と 思った 。 ようこ|||ぶつ||むし|||||どう||||おもった ごまかして は いけない と 古藤 の いった 言葉 は その 瞬間 に も すぐ 葉子 に きびしく 答えた けれども 、 葉子 は 押し切って そんな 言葉 を かなぐり捨て ないで はいら れ ない と 自分 から あきらめた 。 ||||ことう|||ことば|||しゅんかん||||ようこ|||こたえた||ようこ||おしきって||ことば||かなぐりすて||||||じぶん|| ・・

「 よく わかりました 。 |わかり ました あなた の おっしゃる 事 は いつでも わたし に は よく わかります わ 。 |||こと|||||||わかり ます| その うち わたし きっと 木村 の ほう に 手紙 を 出す から 安心 して ください まし 。 ||||きむら||||てがみ||だす||あんしん||| このごろ は あなた の ほう が 木村 以上 に 神経質に なって いらっしゃる ようだ けれども 、 御 親切 は よく わたし に も わかります わ 。 ||||||きむら|いじょう||しんけいしつに|||||ご|しんせつ||||||わかり ます| 倉地 さん だって あなた の お 心持ち は 通じて いる に 違いない んです けれども 、 あなた が …… なんと いったら いい でしょう ねえ …… あなた が あんまり 真 正面 から おっしゃる もん だ から 、 つい 向っ腹 を お 立て な すった んでしょう 。 くらち||||||こころもち||つうじて|||ちがいない|||||||||||||まこと|しょうめん|||||||むかい っ はら|||たて||| そう でしょう 、 ね 、 倉地 さん 。 |||くらち| …… こんな いやな お 話 は これ だけ に して 妹 たち でも 呼んで おもしろい お 話 でも しましょう 」・・ |||はなし||||||いもうと|||よんで|||はなし||し ましょう 「 僕 が もっと 偉い と 、 いう 事 が もっと 深く 皆さん の 心 に は いる んです が 、 僕 の いう 事 は ほんとうの 事 だ と 思う んだ けれども しかた が ありません 。 ぼく|||えらい|||こと|||ふかく|みなさん||こころ||||||ぼく|||こと|||こと|||おもう|||||あり ませ ん それ じゃ きっと 木村 に 書いて やって ください 。 |||きむら||かいて|| 僕 自身 は 何も 物 数 寄 らしく その 内容 を 知りたい と は 思って る わけじゃ ない んです から ……」・・ ぼく|じしん||なにも|ぶつ|すう|よ|||ないよう||しり たい|||おもって|||||

古藤 が まだ 何 か いおう と して いる 時 に 愛子 が 整頓 風呂敷 の 出来上がった の を 持って 、 二 階 から 降りて 来た 。 ことう|||なん||||||じ||あいこ||せいとん|ふろしき||できあがった|||もって|ふた|かい||おりて|きた 古藤 は 愛子 から それ を 受け取る と 思い出した ように あわてて 時計 を 見た 。 ことう||あいこ||||うけとる||おもいだした|||とけい||みた 葉子 は それ に は 頓着 し ない ように 、・・ ようこ|||||とんちゃく|||

「 愛さ ん あれ を 古藤 さん に お 目 に かけよう 。 あいさ||||ことう||||め|| 古藤 さん ちょっと 待って い らしって ね 。 ことう|||まって||らし って| 今 おもしろい もの を お 目 に かける から 。 いま|||||め||| 貞 ちゃん は 二 階 ? さだ|||ふた|かい い ない の ? どこ に 行った んだろう …… 貞 ちゃん ! ||おこなった||さだ| 」・・

こう いって 葉子 が 呼ぶ と 台所 の ほう から 貞 世 が 打ち沈んだ 顔 を して 泣いた あと の ように 頬 を 赤く して は いって 来た 。 ||ようこ||よぶ||だいどころ||||さだ|よ||うちしずんだ|かお|||ないた||||ほお||あかく||||きた やはり 自分 の いった 言葉 に 従って 一 人 ぽっち で 台所 に 行って すすぎ 物 を して いた の か と 思う と 、 葉子 は もう 胸 が 逼って 目 の 中 が 熱く なる のだった 。 |じぶん|||ことば||したがって|ひと|じん|ぽっ ち||だいどころ||おこなって||ぶつ|||||||おもう||ようこ|||むね||ひつ って|め||なか||あつく|| ・・

「 さあ 二 人 で この 間 学校 で 習って 来た ダンス を して 古藤 さん と 倉地 さん と に お 目 に お かけ 。 |ふた|じん|||あいだ|がっこう||ならって|きた|だんす|||ことう|||くらち|||||め||| ちょっと コティロン の [#「 コティロン の 」 は 底 本 で は 「 コテイロン の 」] ようで また 変わって います の 。 ||||||そこ|ほん|||||||かわって|い ます| さ 」・・

二 人 は 十 畳 の 座敷 の ほう に 立って 行った 。 ふた|じん||じゅう|たたみ||ざしき||||たって|おこなった 倉地 は これ を きっかけ に からっと 快活に なって 、 今 まで の 事 は 忘れた ように 、 古藤 に も 微笑 を 与え ながら 「 それ は おもしろかろう 」 と いい つつ あと に 続いた 。 くらち||||||から っと|かいかつに||いま|||こと||わすれた||ことう|||びしょう||あたえ||||||||||つづいた 愛子 の 姿 を 見る と 古藤 も 釣り 込ま れる ふうに 見えた 。 あいこ||すがた||みる||ことう||つり|こま|||みえた 葉子 は 決して それ を 見のがさ なかった 。 ようこ||けっして|||みのがさ| ・・

可憐な 姿 を した 姉 と 妹 と は 十 畳 の 電 燈 の 下 に 向かい合って 立った 。 かれんな|すがた|||あね||いもうと|||じゅう|たたみ||いなずま|とも||した||むかいあって|たった 愛子 は いつでも そう な ように こんな 場合 でも いかにも 冷静だった 。 あいこ|||||||ばあい|||れいせいだった 普通ならば その 年ごろ の 少女 と して は 、 やり 所 も ない 羞恥 を 感ずる はずである のに 、 愛子 は 少し 目 を 伏せて いる ほか に は しらじらと して いた 。 ふつうならば||としごろ||しょうじょ|||||しょ|||しゅうち||かんずる|||あいこ||すこし|め||ふせて||||||| き ゃっき ゃっと うれし がったり 恥ずかし がったり する 貞 世 は その 夜 は どうした もの か ただ 物 憂 げ に そこ に しょんぼり と 立った 。 |ゃっ き|ゃっ と|||はずかし|||さだ|よ|||よ||||||ぶつ|ゆう|||||||たった その 夜 の 二 人 は 妙に 無 感情 な 一 対 の 美しい 踊り 手 だった 。 |よ||ふた|じん||みょうに|む|かんじょう||ひと|たい||うつくしい|おどり|て| 葉子 が 「 一二三 」 と 相 図 を する と 、 二 人 は 両手 を 腰 骨 の 所 に 置き 添えて 静かに 回 旋 し ながら 舞い 始めた 。 ようこ||ひふみ||そう|ず||||ふた|じん||りょうて||こし|こつ||しょ||おき|そえて|しずかに|かい|せん|||まい|はじめた 兵 営 の 中 ばかり に いて 美しい もの を 全く 見 なかった らしい 古藤 は 、 しばらく は 何事 も 忘れた ように 恍惚 と して 二 人 の 描く 曲線 の さまざまに 見とれて いた 。 つわもの|いとな||なか||||うつくしい|||まったく|み|||ことう||||なにごと||わすれた||こうこつ|||ふた|じん||えがく|きょくせん|||みとれて| ・・

と 突然 貞 世 が 両 袖 を 顔 に あてた と 思う と 、 急に 舞い の 輸 から それて 、 一 散 に 玄関 わき の 六 畳 に 駆け込んだ 。 |とつぜん|さだ|よ||りょう|そで||かお||||おもう||きゅうに|まい||ゆ|||ひと|ち||げんかん|||むっ|たたみ||かけこんだ Suddenly Sadayo put his sleeves to his face, and suddenly he turned away from the dance and rushed into the six-tatami room by the entrance. 六 畳 に 達し ない うち に 痛ましく すすり泣く 声 が 聞こえ 出した 。 むっ|たたみ||たっし||||いたましく|すすりなく|こえ||きこえ|だした 古藤 は はっと あわてて そっち に 行こう と した が 、 愛子 が 一 人 に なって も 、 顔色 も 動かさ ず に 踊り 続けて いる の を 見る と そのまま また 立ち止まった 。 ことう||||||いこう||||あいこ||ひと|じん||||かおいろ||うごかさ|||おどり|つづけて||||みる||||たちどまった 愛子 は 自分 の し 遂 す べき 務 め を し 遂 せる 事 に 心 を 集める 様子 で 舞い つづけた 。 あいこ||じぶん|||すい|||つとむ||||すい||こと||こころ||あつめる|ようす||まい| ・・

「 愛さ ん ちょっと お 待ち 」・・ あいさ||||まち

と いった 葉子 の 声 は 低い ながら 帛 を 裂く ように 疳癖 らしい 調子 に なって いた 。 ||ようこ||こえ||ひくい||はく||さく||かんくせ||ちょうし||| 別室 に 妹 の 駆け込んだ の を 見向き も し ない 愛子 の 不人情 さ を 憤る 怒り と 、 命ぜられた 事 を 中途半端で やめて しまった 貞 世 を 憤る 怒り と で 葉子 は 自制 が でき ない ほど ふるえて いた 。 べっしつ||いもうと||かけこんだ|||みむき||||あいこ||ふにんじょう|||いきどおる|いかり||めいぜ られた|こと||ちゅうとはんぱで|||さだ|よ||いきどおる|いかり|||ようこ||じせい|||||| Yoko was trembling to the point where she couldn't control herself, angered at Aiko's unkindness for not even paying attention to her sister's rushing into the other room, and angered at Sadayo who stopped doing what he was ordered to do half-heartedly. . 愛子 は 静かに そこ に 両手 を 腰 から おろして 立ち止まった 。 あいこ||しずかに|||りょうて||こし|||たちどまった ・・

「 貞 ちゃん な んです その 失礼 は 。 さだ|||||しつれい| 出て おいで なさい 」・・ でて||

葉子 は 激しく 隣室 に 向かって こう 叫んだ 。 ようこ||はげしく|りんしつ||むかって||さけんだ 隣室 から 貞 世 の すすり泣く 声 が 哀れに も まざまざ と 聞こえて 来る だけ だった 。 りんしつ||さだ|よ||すすりなく|こえ||あわれに||||きこえて|くる|| 抱きしめて も 抱きしめて も 飽き足ら ない ほど の 愛着 を そのまま 裏返した ような 憎しみ が 、 葉子 の 心 を 火 の ように した 。 だきしめて||だきしめて||あきたら||||あいちゃく|||うらがえした||にくしみ||ようこ||こころ||ひ||| Yoko's heart was set on fire by a hatred that seemed to have turned inside out the affection she held so tightly that she couldn't get enough of it. 葉子 は 愛子 に きびしく いいつけて 貞 世 を 六 畳 から 呼び 返さ した 。 ようこ||あいこ||||さだ|よ||むっ|たたみ||よび|かえさ| ・・

やがて その 六 畳 から 出て 来た 愛子 は 、 さすが に 不安な 面持ち を して いた 。 ||むっ|たたみ||でて|きた|あいこ||||ふあんな|おももち||| 苦しくって たまらない と いう から 額 に 手 を あてて 見たら 火 の ように 熱い と いう のだ 。 くるしく って|||||がく||て|||みたら|ひ|||あつい||| ・・

葉子 は 思わず ぎょっと した 。 ようこ||おもわず|| 生まれ落ちる と から 病気 一 つ せ ず に 育って 来た 貞 世 は 前 から 発熱 して いた の を 自分 で 知ら ず に いた に 違いない 。 うまれおちる|||びょうき|ひと|||||そだって|きた|さだ|よ||ぜん||はつねつ|||||じぶん||しら|||||ちがいない Sadayo, who had never been sick since birth, must have been unaware that he had a fever from the beginning. 気むずかしく なって から 一 週間 ぐらい に なる から 、 何 か の 熱病 に かかった と すれば 病気 は かなり 進んで いた はずだ 。 きむずかしく|||ひと|しゅうかん|||||なん|||ねつびょう|||||びょうき|||すすんで|| ひょっとすると 貞 世 は もう 死ぬ …… それ を 葉子 は 直 覚 した ように 思った 。 |さだ|よ|||しぬ|||ようこ||なお|あきら|||おもった By any chance, Sadayo was already dead...Yoko thought she knew this instinctively. 目の前 で 世界 が 急に 暗く なった 。 めのまえ||せかい||きゅうに|くらく| 電灯 の 光 も 見え ない ほど に 頭 の 中 が 暗い 渦巻き で いっぱいに なった 。 でんとう||ひかり||みえ||||あたま||なか||くらい|うずまき||| え ゝ 、 いっその事 死んで くれ 。 ||いっそのこと|しんで| この 血 祭り で 倉地 が 自分 に はっきり つながれて しまわ ない と だれ が いえよう 。 |ち|まつり||くらち||じぶん|||つなが れて|||||| Who can say that this blood festival will not tie Kurachi to himself? 人身 御供 に して しまおう 。 じんしん|おとも||| I'll make you a human sacrifice. そう 葉子 は 恐怖 の 絶頂 に あり ながら 妙に しんと した 心持ち で 思いめぐらした 。 |ようこ||きょうふ||ぜっちょう||||みょうに|||こころもち||おもいめぐらした Yoko thought about this with a strangely calm feeling, even though she was at the height of her fear. そして そこ に ぼんやり した まま 突っ立って いた 。 ||||||つったって| ・・

いつのまに 行った の か 、 倉地 と 古藤 と が 六 畳 の 間 から 首 を 出した 。 |おこなった|||くらち||ことう|||むっ|たたみ||あいだ||くび||だした ・・

「 お 葉さん …… ありゃ 泣いた ため ばかり の 熱 じゃ ない 。 |ようさん||ないた||||ねつ|| 早く 来て ごらん 」・・ はやく|きて|

倉地 の あわてる ような 声 が 聞こえた 。 くらち||||こえ||きこえた ・・

それ を 聞く と 葉子 は 始めて 事 の 真相 が わかった ように 、 夢 から 目ざめた ように 、 急に 頭 が はっきり して 六 畳 の 間 に 走り込んだ 。 ||きく||ようこ||はじめて|こと||しんそう||||ゆめ||めざめた||きゅうに|あたま||||むっ|たたみ||あいだ||はしりこんだ 貞 世 は ひときわ 背たけ が 縮まった ように 小さく 丸まって 、 座ぶとん に 顔 を 埋めて いた 。 さだ|よ|||せたけ||ちぢまった||ちいさく|まるまって|ざぶとん||かお||うずめて| Sadayo was curled into a small ball, as if his back had shrunk, and buried his face in the cushion. 膝 を ついて そば に よって 後 頸 の 所 に さわって みる と 、 気味 の 悪い ほど の 熱 が 葉子 の 手 に 伝わって 来た 。 ひざ||||||あと|けい||しょ|||||きみ||わるい|||ねつ||ようこ||て||つたわって|きた ・・

その 瞬間 に 葉子 の 心 は で ん ぐ り 返し を 打った 。 |しゅんかん||ようこ||こころ||||||かえし||うった いとしい 貞 世に つらく 当たったら 、 そして もし 貞 世 が その ため に 命 を 落とす ような 事 でも あったら 、 倉地 を 大丈夫 つかむ 事 が できる と 何 が なし に 思い込んで 、 しかも それ を 実行 した 迷信 と も 妄想 と も たとえよう の ない 、 狂気 じみ た 結 願 が なんの 苦 も なく ばらばらに くずれて しまって 、 その 跡 に は どうかして 貞 世 を 活 か したい と いう 素直な 涙ぐましい 願い ばかり が しみじみ と 働いて いた 。 |さだ|よに||あたったら|||さだ|よ|||||いのち||おとす||こと|||くらち||だいじょうぶ||こと||||なん||||おもいこんで||||じっこう||めいしん|||もうそう||||||きょうき|||けつ|ねがい|||く|||||||あと||||さだ|よ||かつ||し たい|||すなおな|なみだぐましい|ねがい|||||はたらいて| If I hit my dear Sadayo hard, and if Sadayo lost his life because of it, for some reason I thought that I would be able to grab hold of Kurachi, and then I did it, superstition and delusion. This insane, insane wish had fallen apart effortlessly, and in its wake was nothing but a sincere, tearful wish to somehow make the most of my virginity. . 自分 の 愛する もの が 死ぬ か 活 きる か の 境目 に 来た と 思う と 、 生 へ の 執着 と 死 へ の 恐怖 と が 、 今 まで 想像 も 及ば なかった 強 さ で ひしひし と 感ぜられた 。 じぶん||あいする|||しぬ||かつ||||さかいめ||きた||おもう||せい|||しゅうちゃく||し|||きょうふ|||いま||そうぞう||およば||つよ|||||かんぜ られた When I thought that the thing I loved was on the verge of dying or living, I felt a strong attachment to life and a fear of death with a strength I had never imagined. 自分 を 八 つ 裂き に して も 貞 世 の 命 は 取りとめ なくて は なら ぬ 。 じぶん||やっ||さき||||さだ|よ||いのち||とりとめ|||| Even if you cut yourself into pieces, you must save Sadayo's life. もし 貞 世 が 死ねば それ は 自分 が 殺した んだ 。 |さだ|よ||しねば|||じぶん||ころした| 何も 知ら ない 、 神 の ような 少女 を …… 葉子 は あら ぬ こと まで 勝手に 想像 して 勝手に 苦しむ 自分 を たしなめる つもりで いて も 、 それ 以上 に 種々な 予想 が 激しく 頭 の 中 で 働いた 。 なにも|しら||かみ|||しょうじょ||ようこ||||||かってに|そうぞう||かってに|くるしむ|じぶん|||||||いじょう||しゅじゅな|よそう||はげしく|あたま||なか||はたらいた ・・

葉子 は 貞 世 の 背 を さすり ながら 、 嘆願 する ように 哀恕 を 乞 う ように 古藤 や 倉地 や 愛子 まで を 見まわした 。 ようこ||さだ|よ||せ||||たんがん|||あいじょ||きつ|||ことう||くらち||あいこ|||みまわした While rubbing Sadayo's back, Yoko glanced around at Furuto, Kurachi, and Aiko, as if pleading and begging for mercy. それ ら の 人々 は いずれ も 心痛 げ な 顔色 を 見せて いない で は なかった 。 |||ひとびと||||しんつう|||かおいろ||みせて|||| しかし 葉子 から 見る と それ は みんな 贋物 だった 。 |ようこ||みる|||||にせもの| ・・

やがて 古藤 は 兵 営 へ の 帰途 医者 を 頼む と いって 帰って 行った 。 |ことう||つわもの|いとな|||きと|いしゃ||たのむ|||かえって|おこなった 葉子 は 、 一 人 でも 、 どんな 人 でも 貞 世 の 身 ぢか から 離れて 行く の を つらく 思った 。 ようこ||ひと|じん|||じん||さだ|よ||み|||はなれて|いく||||おもった そんな 人 たち は 多少 でも 貞 世 の 生命 を 一緒に 持って行って しまう ように 思われて なら なかった 。 |じん|||たしょう||さだ|よ||せいめい||いっしょに|もっていって|||おもわ れて|| ・・

日 は とっぷり 暮れて しまった けれども どこ の 戸締まり も し ない この 家 に 、 古藤 が いって よこした 医者 が やって 来た 。 ひ|||くれて|||||とじまり|||||いえ||ことう||||いしゃ|||きた そして 貞 世 は 明らかに 腸 チブス に かかって いる と 診断 されて しまった 。 |さだ|よ||あきらかに|ちょう||||||しんだん|さ れて|