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或る女 - 有島武郎(アクセス), 40.2 或る女

40.2 或る 女

葉子 は 縫い物 を し ながら 多少 の 不安 を 感じた 。 あの なん の 技巧 も ない 古藤 と 、 疳癖 が 募り 出して 自分 ながら 始末 を し あぐねて いる ような 倉地 と が まともに ぶつかり合ったら 、 どんな 事 を しでかす かも しれ ない 。 木村 を 手 の 中 に 丸めて おく 事 も きょう 二 人 の 会見 の 結果 で だめに なる かも わから ない と 思った 。 しかし 木村 と いえば 、 古藤 の いう 事 など を 聞いて いる と 葉子 も さすが に その 心根 を 思いやら ず に は いられ なかった 。 葉子 が このごろ 倉地 に 対して 持って いる ような 気持ち から は 、 木村 の 立場 や 心持ち が あからさま 過ぎる くらい 想像 が できた 。 木村 は 恋する もの の 本能 から とうに 倉地 と 葉子 と の 関係 は 了解 して いる に 違いない のだ 。 了解 して 一 人 ぽっち で 苦しめる だけ 苦しんで いる に 違いない のだ 。 それ に も 係わら ず その 善良な 心 から どこまでも 葉子 の 言葉 に 信用 を 置いて 、 いつか は 自分 の 誠意 が 葉子 の 心 に 徹する の を 、 あり う べき 事 の ように 思って 、 苦しい 一 日一日 を 暮らして いる に 違いない 。 そして また 落ち込もう と する 窮 境 の 中 から 血 の 出る ような 金 を 欠かさ ず に 送って よこす 。 それ を 思う と 、 古藤 が いう ように その 金 が 葉子 の 手 を 焼か ない の は 不思議 と いって いい ほど だった 。 もっとも 葉子 であって みれば 、 木村 に 醜い エゴイズム を 見いださ ない ほど のんき で は なかった 。 木村 が どこまでも 葉子 の 言葉 を 信用 して かかって いる 点 に も 、 血 の 出る ような 金 を 送って よこす 点 に も 、 葉子 が 倉地 に 対して 持って いる より は もっと 冷静な 功利 的な 打算 が 行なわれて いる と 決める 事 が できる ほど 木村 の 心 の 裏 を 察して いない で は なかった 。 葉子 の 倉地 に 対する 心持ち から 考える と 木村 の 葉子 に 対する 心持ち に は まだ すき が ある と 葉子 は 思った 。 葉子 が もし 木村 であったら 、 どうして おめおめ 米 国三 界 に い 続けて 、 遠く から 葉子 の 心 を 翻す 手段 を 講ずる ような のんきな ま ね が して 済まして いられよう 。 葉子 が 木村 の 立場 に いたら 、 事業 を 捨てて も 、 乞食 に なって も 、 すぐ 米国 から 帰って 来 ない じゃ いられ ない はずだ 。 米国 から 葉子 と 一緒に 日本 に 引き返した 岡 の 心 の ほう が どれ だけ 素直で 誠 しや か だ か しれ やしない 。 そこ に は 生活 と いう 問題 も ある 。 事業 と いう 事 も ある 。 岡 は 生活 に 対して 懸念 など する 必要 は ない し 、 事業 と いう ような もの は てんで 持って は いない 。 木村 と は なんといっても 立場 が 違って は いる 。 と いった ところ で 、 木村 の 持つ 生活 問題 なり 事業 なり が 、 葉子 と 一緒に なって から 後 の 事 を 顧慮 して されて いる 事 だ と して みて も 、 そんな 気持ち で いる 木村 に は 、 なんといっても 余裕 が あり 過ぎる と 思わ ないで はいら れ ない 物足りな さ が あった 。 よし 真 裸 に なるほど 、 職業 から 放れて 無一文に なって いて も いい 、 葉子 の 乗って 帰って 来た 船 に 木村 も 乗って 一緒に 帰って 来たら 、 葉子 は あるいは 木村 を 船 の 中 で 人知れず 殺して 海 の 中 に 投げ込んで いよう と も 、 木村 の 記憶 は 哀しく なつかしい もの と して 死ぬ まで 葉子 の 胸 に 刻みつけられて いたろう もの を 。 …… それ は そう に 相違 ない 。 それにしても 木村 は 気の毒な 男 だ 。 自分 の 愛しよう と する 人 が 他人 に 心 を ひかれて いる …… それ を 発見 する 事 だけ で 悲惨 は 充分だ 。 葉子 は ほんとう は 、 倉地 は 葉子 以外 の 人 に 心 を ひかれて いる と は 思って は いない のだ 。 ただ 少し 葉子 から 離れて 来た らしい と 疑い 始めた だけ だ 。 それ だけ でも 葉子 は すでに 熱 鉄 を の まさ れた ような 焦 躁 と 嫉妬 と を 感ずる のだ から 、 木村 の 立場 は さぞ 苦しい だろう 。 …… そう 推察 する と 葉子 は 自分 の あまり と いえば あまり に 残虐な 心 に 胸 の 中 が ちく ちく と 刺さ れる ように なった 。 「 金 が 手 を 焼く ように 思い は しません か 」 と の 古藤 の いった 言葉 が 妙に 耳 に 残った 。 ・・

そう 思い思い 布 の 一方 を 手早く 縫い 終わって 、 縫い目 を 器用に しごき ながら 目 を あげる と 、 そこ に は 貞 世 が さっき の まま 机 に 両 肘 を ついて 、 たかって 来る 蚊 も 追わ ず に ぼんやり と 庭 の 向こう を 見 続けて いた 。 切り下げ に した 厚い 黒 漆 の 髪 の 毛 の 下 に のぞき 出した 耳たぶ は 霜焼け でも した ように 赤く なって 、 それ を 見た だけ でも 、 貞 世 は 何 か 興奮 して 向こう を 向き ながら 泣いて いる に 違いなく 思わ れた 。 覚え が ない で は ない 。 葉子 も 貞 世 ほど の 齢 の 時 に は 何か知ら ず 急に 世の中 が 悲しく 見える 事 が あった 。 何事 も ただ 明るく 快く 頼もしく のみ 見える その 底 から ふっと 悲しい もの が 胸 を えぐって わき出る 事 が あった 。 取り分けて 快活で は あった が 、 葉子 は 幼い 時 から 妙な 事 に 臆病 がる 子 だった 。 ある 時 家族 じゅう で 北国 の さびしい 田舎 の ほう に 避暑 に 出かけた 事 が あった が 、 ある 晩 がらんと 客 の 空いた 大きな 旅 籠 屋 に 宿った 時 、 枕 を 並べて 寝た 人 たち の 中 で 葉子 は 床の間 に 近い いちばん 端に 寝かさ れた が 、 どうした かげん で か 気味 が 悪くて たまらなく なり 出した 。 暗い 床の間 の 軸 物 の 中 から か 、 置き 物 の 陰 から か 、 得 体 の わから ない もの が 現われ 出て 来 そうな ような 気 が して 、 そう 思い出す と ぞくぞく と 総身 に 震え が 来て 、 とても 頭 を 枕 に つけて は いられ なかった 。 で 、 眠り かかった 父 や 母 に せがんで 、 その 二 人 の 中 に 割りこま して もらおう と 思った けれども 、 父 や 母 も そんなに 大きく なって 何 を ばか を いう のだ と いって 少しも 葉子 の いう 事 を 取り上げて は くれ なかった 。 葉子 は しばらく 両親 と 争って いる うち に いつのまにか 寝入った と 見えて 、 翌日 目 を さまして 見る と 、 やはり 自分 が 気味 の 悪い と 思った 所 に 寝て いた 自分 を 見いだした 。 その 夕方 、 同じ 旅 籠 屋 の 二 階 の 手摺 から 少し 荒れた ような 庭 を 何の 気 なし に じっと 見入って いる と 、 急に 昨夜 の 事 を 思い出して 葉子 は 悲しく なり 出した 。 父 に も 母 に も 世の中 の すべて の もの に も 自分 は どうかして 見放されて しまった のだ 。 親切 らしく いって くれる 人 は みんな 自分 に 虚 事 を して いる のだ 。 いいかげん の 所 で 自分 は どん と みんな から 突き放さ れる ような 悲しい 事 に なる に [#「 なる に 」 は 底 本 で は 「 ある に 」] 違いない 。 どうして それ を 今 まで 気づか ず に いた のだろう 。 そう なった 暁 に 一 人 で この 庭 を こうして 見守ったら どんなに 悲しい だろう 。 小さい ながら に そんな 事 を 一 人 で 思い ふけって いる と もう とめど なく 悲しく なって 来て 父 が なんといっても 母 が なんといっても 、 自分 の 心 を 自分 の 涙 に ひたし きって 泣いた 事 を 覚えて いる 。 ・・

葉子 は 貞 世 の 後ろ姿 を 見る に つけて ふと その 時 の 自分 を 思い出した 。 妙な 心 の 働き から 、 その 時 の 葉子 が 貞 世に なって そこ に 幻 の ように 現われた ので は ない か と さえ 疑った 。 これ は 葉子 に は 始終 ある 癖 だった 。 始めて 起こった 事 が 、 どうしても いつか の 過去 に そのまま 起こった 事 の ように 思われて なら ない 事 が よく あった 。 貞 世 の 姿 は 貞 世 で は なかった 。 苔 香 園 は 苔 香 園 で は なかった 。 美人 屋敷 は 美人 屋敷 で は なかった 。 周囲 だけ が 妙に もやもや して 心 の ほう だけ が 澄みきった 水 の ように はっきり した その 頭 の 中 に は 、 貞 世 の と も 、 幼い 時 の 自分 の と も 区別 の つか ない はかな さ 悲し さ が こみ上げる ように わいて いた 。 葉子 は しばらく は 針 の 運び も 忘れて しまって 、 電灯 の 光 を 背 に 負って 夕闇 に 埋もれて 行く 木立 ち に ながめ 入った 貞 世 の 姿 を 、 恐ろし さ を 感ずる まで に なり ながら 見 続けた 。 ・・

「 貞 ちゃん 」・・

とうとう 黙って いる の が 無気味に なって 葉子 は 沈黙 を 破りたい ばかりに こう 呼んで みた 。 貞 世 は 返事 一 つ し なかった 。 …… 葉子 は ぞっと した 。 貞 世 は ああした まま で 通り 魔 に でも 魅 いられて 死んで いる ので は ない か 。 それとも もう 一 度 名前 を 呼んだら 、 線香 の 上 に たまった 灰 が 少し の 風 で くずれ落ちる ように 、 声 の 響き で ほろほろ と かき消す ように あの いたいけな 姿 は なく なって しまう ので は ない だろう か 。 そして その あと に は 夕闇 に 包ま れた 苔 香 園 の 木立 ち と 、 二 階 の 縁側 と 、 小さな 机 だけ が 残る ので は ない だろう か 。 …… ふだん の 葉子 ならば なんという ばかだろう と 思う ような 事 を おどおど し ながら まじめに 考えて いた 。 ・・

その 時 階下 で 倉地 の ひどく 激昂 した 声 が 聞こえた 。 葉子 は はっと して 長い 悪夢 から でも さめた ように われ に 帰った 。 そこ に いる の は 姿 は 元 の まま だ が 、 やはり ま ごうか た なき 貞 世 だった 。 葉子 は あわてて いつのまにか 膝 から ず り 落として あった 白 布 を 取り上げて 、 階下 の ほう に きっと 聞き 耳 を 立てた 。 事態 は だいぶ 大事 らしかった 。 ・・

「 貞 ちゃん 。 …… 貞 ちゃん ……」・・

葉子 は そう いい ながら 立ち上がって 行って 、 貞 世 を 後ろ から 羽 がい に 抱きしめて やろう と した 。 しかし その 瞬間 に 自分 の 胸 の 中 に 自然に 出来上がら して いた 結 願 を 思い出して 、 心 を 鬼 に し ながら 、・・

「 貞 ちゃん と いったら お 返事 を なさい な 。 なんの 事 です 拗ねた ま ね を して 。 台所 に 行って あと の すすぎ 返し でも して おいで 、 勉強 も し ないで ぼんやり して いる と 毒 です よ 」・・

「 だって おね え 様 わたし 苦しい んです もの 」・・

「 うそ を お 言い 。 このごろ は あなた ほんとうに いけなく なった 事 。 わがまま ばかし して いる と ねえさん は ききません よ 」・・

貞 世 は さびし そうな 恨めし そうな 顔 を まっ赤 に して 葉子 の ほう を 振り向いた 。 それ を 見た だけ で 葉子 は すっかり 打ちくだかれて いた 。 水落 の あたり を すっと 氷 の 棒 で も 通る ような 心持ち が する と 、 喉 の 所 は もう 泣き かけて いた 。 なんという 心 に 自分 は なって しまった のだろう …… 葉子 は その 上 その 場 に は いたたまれない で 、 急いで 階下 の ほう へ 降りて 行った 。 ・・

倉地 の 声 に まじって 古藤 の 声 も 激し て 聞こえた 。


40.2 或る 女 ある|おんな 40.2 Una mujer

葉子 は 縫い物 を し ながら 多少 の 不安 を 感じた 。 ようこ||ぬいもの||||たしょう||ふあん||かんじた あの なん の 技巧 も ない 古藤 と 、 疳癖 が 募り 出して 自分 ながら 始末 を し あぐねて いる ような 倉地 と が まともに ぶつかり合ったら 、 どんな 事 を しでかす かも しれ ない 。 |||ぎこう|||ことう||かんくせ||つのり|だして|じぶん||しまつ||||||くらち||||ぶつかりあったら||こと||||| If that unskilled Furuto and Kurachi, who seemed to be struggling to deal with his growing cynicism, were to clash head-on, what kind of things could they possibly do? 木村 を 手 の 中 に 丸めて おく 事 も きょう 二 人 の 会見 の 結果 で だめに なる かも わから ない と 思った 。 きむら||て||なか||まるめて||こと|||ふた|じん||かいけん||けっか||||||||おもった しかし 木村 と いえば 、 古藤 の いう 事 など を 聞いて いる と 葉子 も さすが に その 心根 を 思いやら ず に は いられ なかった 。 |きむら|||ことう|||こと|||きいて|||ようこ|||||こころね||おもいやら||||いら れ| 葉子 が このごろ 倉地 に 対して 持って いる ような 気持ち から は 、 木村 の 立場 や 心持ち が あからさま 過ぎる くらい 想像 が できた 。 ようこ|||くらち||たいして|もって|||きもち|||きむら||たちば||こころもち|||すぎる||そうぞう|| Judging from the feelings that Yoko had towards Kurachi these days, I could imagine Kimura's position and feelings all too clearly. 木村 は 恋する もの の 本能 から とうに 倉地 と 葉子 と の 関係 は 了解 して いる に 違いない のだ 。 きむら||こいする|||ほんのう|||くらち||ようこ|||かんけい||りょうかい||||ちがいない| 了解 して 一 人 ぽっち で 苦しめる だけ 苦しんで いる に 違いない のだ 。 りょうかい||ひと|じん|ぽっ ち||くるしめる||くるしんで|||ちがいない| それ に も 係わら ず その 善良な 心 から どこまでも 葉子 の 言葉 に 信用 を 置いて 、 いつか は 自分 の 誠意 が 葉子 の 心 に 徹する の を 、 あり う べき 事 の ように 思って 、 苦しい 一 日一日 を 暮らして いる に 違いない 。 |||かかわら|||ぜんりょうな|こころ|||ようこ||ことば||しんよう||おいて|||じぶん||せいい||ようこ||こころ||てっする||||||こと|||おもって|くるしい|ひと|ひいちにち||くらして|||ちがいない Nonetheless, from that good heart, he puts trust in Yoko's words, and thinks that someday his sincerity will penetrate Yoko's heart, thinking that it should be possible, and endures each and every painful day. They must be living. そして また 落ち込もう と する 窮 境 の 中 から 血 の 出る ような 金 を 欠かさ ず に 送って よこす 。 ||おちこもう|||きゅう|さかい||なか||ち||でる||きむ||かかさ|||おくって| Then, in the midst of his depressing predicament, he never fails to send him bloody money. それ を 思う と 、 古藤 が いう ように その 金 が 葉子 の 手 を 焼か ない の は 不思議 と いって いい ほど だった 。 ||おもう||ことう|||||きむ||ようこ||て||やか||||ふしぎ||||| もっとも 葉子 であって みれば 、 木村 に 醜い エゴイズム を 見いださ ない ほど のんき で は なかった 。 |ようこ|||きむら||みにくい|||みいださ|||||| However, in Yoko's case, she wasn't so carefree that she didn't find ugly egoism in Kimura. 木村 が どこまでも 葉子 の 言葉 を 信用 して かかって いる 点 に も 、 血 の 出る ような 金 を 送って よこす 点 に も 、 葉子 が 倉地 に 対して 持って いる より は もっと 冷静な 功利 的な 打算 が 行なわれて いる と 決める 事 が できる ほど 木村 の 心 の 裏 を 察して いない で は なかった 。 きむら|||ようこ||ことば||しんよう||||てん|||ち||でる||きむ||おくって||てん|||ようこ||くらち||たいして|もって|||||れいせいな|こうり|てきな|ださん||おこなわ れて|||きめる|こと||||きむら||こころ||うら||さっして|||| 葉子 の 倉地 に 対する 心持ち から 考える と 木村 の 葉子 に 対する 心持ち に は まだ すき が ある と 葉子 は 思った 。 ようこ||くらち||たいする|こころもち||かんがえる||きむら||ようこ||たいする|こころもち||||||||ようこ||おもった 葉子 が もし 木村 であったら 、 どうして おめおめ 米 国三 界 に い 続けて 、 遠く から 葉子 の 心 を 翻す 手段 を 講ずる ような のんきな ま ね が して 済まして いられよう 。 ようこ|||きむら||||べい|くにぞう|かい|||つづけて|とおく||ようこ||こころ||ひるがえす|しゅだん||こうずる|||||||すまして|いら れよう If Yoko were Kimura, how could she continue to stay in the Three Worlds of the United States and get away with taking measures to change her mind from afar? 葉子 が 木村 の 立場 に いたら 、 事業 を 捨てて も 、 乞食 に なって も 、 すぐ 米国 から 帰って 来 ない じゃ いられ ない はずだ 。 ようこ||きむら||たちば|||じぎょう||すてて||こじき|||||べいこく||かえって|らい|||いら れ|| 米国 から 葉子 と 一緒に 日本 に 引き返した 岡 の 心 の ほう が どれ だけ 素直で 誠 しや か だ か しれ やしない 。 べいこく||ようこ||いっしょに|にっぽん||ひきかえした|おか||こころ||||||すなおで|まこと|||||| そこ に は 生活 と いう 問題 も ある 。 |||せいかつ|||もんだい|| 事業 と いう 事 も ある 。 じぎょう|||こと|| 岡 は 生活 に 対して 懸念 など する 必要 は ない し 、 事業 と いう ような もの は てんで 持って は いない 。 おか||せいかつ||たいして|けねん|||ひつよう||||じぎょう|||||||もって|| Oka doesn't need to worry about his livelihood, and he doesn't have a business at all. 木村 と は なんといっても 立場 が 違って は いる 。 きむら||||たちば||ちがって|| と いった ところ で 、 木村 の 持つ 生活 問題 なり 事業 なり が 、 葉子 と 一緒に なって から 後 の 事 を 顧慮 して されて いる 事 だ と して みて も 、 そんな 気持ち で いる 木村 に は 、 なんといっても 余裕 が あり 過ぎる と 思わ ないで はいら れ ない 物足りな さ が あった 。 ||||きむら||もつ|せいかつ|もんだい||じぎょう|||ようこ||いっしょに|||あと||こと||こりょ||さ れて||こと|||||||きもち|||きむら||||よゆう|||すぎる||おもわ|||||ものたりな||| In that sense, even if Kimura's life problems and businesses are things that have been done with consideration for the future after he and Yoko become together, Kimura, who feels that way, can't help but wonder. I couldn't help but think that there was too much leeway, and there was something unsatisfactory about it. よし 真 裸 に なるほど 、 職業 から 放れて 無一文に なって いて も いい 、 葉子 の 乗って 帰って 来た 船 に 木村 も 乗って 一緒に 帰って 来たら 、 葉子 は あるいは 木村 を 船 の 中 で 人知れず 殺して 海 の 中 に 投げ込んで いよう と も 、 木村 の 記憶 は 哀しく なつかしい もの と して 死ぬ まで 葉子 の 胸 に 刻みつけられて いたろう もの を 。 |まこと|はだか|||しょくぎょう||はなれて|むいちもんに|||||ようこ||のって|かえって|きた|せん||きむら||のって|いっしょに|かえって|きたら|ようこ|||きむら||せん||なか||ひとしれず|ころして|うみ||なか||なげこんで||||きむら||きおく||かなしく|||||しぬ||ようこ||むね||きざみつけ られて||| It's okay to be completely naked, it's okay to leave your job and become penniless, and if Kimura boarded the same boat that Yoko came back on and returned with you, then Yoko would probably hide Kimura on the boat. Even if he killed her and threw her into the sea, Kimura's memory was a sad and nostalgic one that would be engraved in Yoko's heart until she died. …… それ は そう に 相違 ない 。 ||||そうい| それにしても 木村 は 気の毒な 男 だ 。 |きむら||きのどくな|おとこ| 自分 の 愛しよう と する 人 が 他人 に 心 を ひかれて いる …… それ を 発見 する 事 だけ で 悲惨 は 充分だ 。 じぶん||あいしよう|||じん||たにん||こころ||ひか れて||||はっけん||こと|||ひさん||じゅうぶんだ The person you're trying to love is attracted to someone else... just discovering it is miserable enough. 葉子 は ほんとう は 、 倉地 は 葉子 以外 の 人 に 心 を ひかれて いる と は 思って は いない のだ 。 ようこ||||くらち||ようこ|いがい||じん||こころ||ひか れて||||おもって||| ただ 少し 葉子 から 離れて 来た らしい と 疑い 始めた だけ だ 。 |すこし|ようこ||はなれて|きた|||うたがい|はじめた|| それ だけ でも 葉子 は すでに 熱 鉄 を の まさ れた ような 焦 躁 と 嫉妬 と を 感ずる のだ から 、 木村 の 立場 は さぞ 苦しい だろう 。 |||ようこ|||ねつ|くろがね||||||あせ|そう||しっと|||かんずる|||きむら||たちば|||くるしい| With that alone, Yoko already felt frustration and jealousy as if she had been choked with hot iron, so Kimura's position must have been very difficult. …… そう 推察 する と 葉子 は 自分 の あまり と いえば あまり に 残虐な 心 に 胸 の 中 が ちく ちく と 刺さ れる ように なった 。 |すいさつ|||ようこ||じぶん|||||||ざんぎゃくな|こころ||むね||なか|||||ささ||| 「 金 が 手 を 焼く ように 思い は しません か 」 と の 古藤 の いった 言葉 が 妙に 耳 に 残った 。 きむ||て||やく||おもい||し ませ ん||||ことう|||ことば||みょうに|みみ||のこった ・・

そう 思い思い 布 の 一方 を 手早く 縫い 終わって 、 縫い目 を 器用に しごき ながら 目 を あげる と 、 そこ に は 貞 世 が さっき の まま 机 に 両 肘 を ついて 、 たかって 来る 蚊 も 追わ ず に ぼんやり と 庭 の 向こう を 見 続けて いた 。 |おもいおもい|ぬの||いっぽう||てばやく|ぬい|おわって|ぬいめ||きように|||め|||||||さだ|よ|||||つくえ||りょう|ひじ||||くる|か||おわ|||||にわ||むこう||み|つづけて| Thinking about that, I quickly finished sewing one side of the cloth, and when I looked up while deftly ironing the seam, I saw Sadayo still there, resting his elbows on the desk, absent-mindedly walking in the garden without even chasing the mosquitoes. I kept looking over there. 切り下げ に した 厚い 黒 漆 の 髪 の 毛 の 下 に のぞき 出した 耳たぶ は 霜焼け でも した ように 赤く なって 、 それ を 見た だけ でも 、 貞 世 は 何 か 興奮 して 向こう を 向き ながら 泣いて いる に 違いなく 思わ れた 。 きりさげ|||あつい|くろ|うるし||かみ||け||した|||だした|みみたぶ||しもやけ||||あかく||||みた|||さだ|よ||なん||こうふん||むこう||むき||ないて|||ちがいなく|おもわ| 覚え が ない で は ない 。 おぼえ||||| 葉子 も 貞 世 ほど の 齢 の 時 に は 何か知ら ず 急に 世の中 が 悲しく 見える 事 が あった 。 ようこ||さだ|よ|||よわい||じ|||なにかしら||きゅうに|よのなか||かなしく|みえる|こと|| 何事 も ただ 明るく 快く 頼もしく のみ 見える その 底 から ふっと 悲しい もの が 胸 を えぐって わき出る 事 が あった 。 なにごと|||あかるく|こころよく|たのもしく||みえる||そこ|||かなしい|||むね|||わきでる|こと|| Everything seemed bright, pleasant, and reliable, but from the bottom of it, there were times when something sad would erupt from my chest. 取り分けて 快活で は あった が 、 葉子 は 幼い 時 から 妙な 事 に 臆病 がる 子 だった 。 とりわけて|かいかつで||||ようこ||おさない|じ||みょうな|こと||おくびょう||こ| ある 時 家族 じゅう で 北国 の さびしい 田舎 の ほう に 避暑 に 出かけた 事 が あった が 、 ある 晩 がらんと 客 の 空いた 大きな 旅 籠 屋 に 宿った 時 、 枕 を 並べて 寝た 人 たち の 中 で 葉子 は 床の間 に 近い いちばん 端に 寝かさ れた が 、 どうした かげん で か 気味 が 悪くて たまらなく なり 出した 。 |じ|かぞく|||きたぐに|||いなか||||ひしょ||でかけた|こと|||||ばん||きゃく||あいた|おおきな|たび|かご|や||やどった|じ|まくら||ならべて|ねた|じん|||なか||ようこ||とこのま||ちかい||はしたに|ねかさ|||||||きみ||わるくて|||だした 暗い 床の間 の 軸 物 の 中 から か 、 置き 物 の 陰 から か 、 得 体 の わから ない もの が 現われ 出て 来 そうな ような 気 が して 、 そう 思い出す と ぞくぞく と 総身 に 震え が 来て 、 とても 頭 を 枕 に つけて は いられ なかった 。 くらい|とこのま||じく|ぶつ||なか|||おき|ぶつ||かげ|||とく|からだ||||||あらわれ|でて|らい|そう な||き||||おもいだす||||そうみ||ふるえ||きて||あたま||まくら||||いら れ| で 、 眠り かかった 父 や 母 に せがんで 、 その 二 人 の 中 に 割りこま して もらおう と 思った けれども 、 父 や 母 も そんなに 大きく なって 何 を ばか を いう のだ と いって 少しも 葉子 の いう 事 を 取り上げて は くれ なかった 。 |ねむり||ちち||はは||||ふた|じん||なか||わりこま||||おもった||ちち||はは|||おおきく||なん||||||||すこしも|ようこ|||こと||とりあげて||| 葉子 は しばらく 両親 と 争って いる うち に いつのまにか 寝入った と 見えて 、 翌日 目 を さまして 見る と 、 やはり 自分 が 気味 の 悪い と 思った 所 に 寝て いた 自分 を 見いだした 。 ようこ|||りょうしん||あらそって|||||ねいった||みえて|よくじつ|め|||みる|||じぶん||きみ||わるい||おもった|しょ||ねて||じぶん||みいだした その 夕方 、 同じ 旅 籠 屋 の 二 階 の 手摺 から 少し 荒れた ような 庭 を 何の 気 なし に じっと 見入って いる と 、 急に 昨夜 の 事 を 思い出して 葉子 は 悲しく なり 出した 。 |ゆうがた|おなじ|たび|かご|や||ふた|かい||てすり||すこし|あれた||にわ||なんの|き||||みいって|||きゅうに|さくや||こと||おもいだして|ようこ||かなしく||だした 父 に も 母 に も 世の中 の すべて の もの に も 自分 は どうかして 見放されて しまった のだ 。 ちち|||はは|||よのなか|||||||じぶん|||みはなさ れて|| 親切 らしく いって くれる 人 は みんな 自分 に 虚 事 を して いる のだ 。 しんせつ||||じん|||じぶん||きょ|こと|||| いいかげん の 所 で 自分 は どん と みんな から 突き放さ れる ような 悲しい 事 に なる に [#「 なる に 」 は 底 本 で は 「 ある に 」] 違いない 。 ||しょ||じぶん||||||つきはなさ|||かなしい|こと|||||||そこ|ほん|||||ちがいない There is no doubt that I will end up in a sad situation where I will be thrown away by everyone. どうして それ を 今 まで 気づか ず に いた のだろう 。 |||いま||きづか|||| そう なった 暁 に 一 人 で この 庭 を こうして 見守ったら どんなに 悲しい だろう 。 ||あかつき||ひと|じん|||にわ|||みまもったら||かなしい| 小さい ながら に そんな 事 を 一 人 で 思い ふけって いる と もう とめど なく 悲しく なって 来て 父 が なんといっても 母 が なんといっても 、 自分 の 心 を 自分 の 涙 に ひたし きって 泣いた 事 を 覚えて いる 。 ちいさい||||こと||ひと|じん||おもい|ふけ って||||||かなしく||きて|ちち|||はは|||じぶん||こころ||じぶん||なみだ||||ないた|こと||おぼえて| Though I was young, I thought about such things alone, and I began to feel endlessly sad. remember . ・・

葉子 は 貞 世 の 後ろ姿 を 見る に つけて ふと その 時 の 自分 を 思い出した 。 ようこ||さだ|よ||うしろすがた||みる|||||じ||じぶん||おもいだした 妙な 心 の 働き から 、 その 時 の 葉子 が 貞 世に なって そこ に 幻 の ように 現われた ので は ない か と さえ 疑った 。 みょうな|こころ||はたらき|||じ||ようこ||さだ|よに||||まぼろし|||あらわれた|||||||うたがった これ は 葉子 に は 始終 ある 癖 だった 。 ||ようこ|||しじゅう||くせ| 始めて 起こった 事 が 、 どうしても いつか の 過去 に そのまま 起こった 事 の ように 思われて なら ない 事 が よく あった 。 はじめて|おこった|こと|||||かこ|||おこった|こと|||おもわ れて|||こと||| There were times when I couldn't help but think that the first thing that happened was something that just happened sometime in the past. 貞 世 の 姿 は 貞 世 で は なかった 。 さだ|よ||すがた||さだ|よ||| 苔 香 園 は 苔 香 園 で は なかった 。 こけ|かおり|えん||こけ|かおり|えん||| 美人 屋敷 は 美人 屋敷 で は なかった 。 びじん|やしき||びじん|やしき||| 周囲 だけ が 妙に もやもや して 心 の ほう だけ が 澄みきった 水 の ように はっきり した その 頭 の 中 に は 、 貞 世 の と も 、 幼い 時 の 自分 の と も 区別 の つか ない はかな さ 悲し さ が こみ上げる ように わいて いた 。 しゅうい|||みょうに|||こころ|||||すみきった|すい||||||あたま||なか|||さだ|よ||||おさない|じ||じぶん||||くべつ||||||かなし|||こみあげる||| Only the surroundings are strangely hazy, and only the heart is clear like clear water. It was soaring. 葉子 は しばらく は 針 の 運び も 忘れて しまって 、 電灯 の 光 を 背 に 負って 夕闇 に 埋もれて 行く 木立 ち に ながめ 入った 貞 世 の 姿 を 、 恐ろし さ を 感ずる まで に なり ながら 見 続けた 。 ようこ||||はり||はこび||わすれて||でんとう||ひかり||せ||おって|ゆうやみ||うずもれて|いく|こだち||||はいった|さだ|よ||すがた||おそろし|||かんずる|||||み|つづけた ・・

「 貞 ちゃん 」・・ さだ|

とうとう 黙って いる の が 無気味に なって 葉子 は 沈黙 を 破りたい ばかりに こう 呼んで みた 。 |だまって||||ぶきみに||ようこ||ちんもく||やぶり たい|||よんで| 貞 世 は 返事 一 つ し なかった 。 さだ|よ||へんじ|ひと||| …… 葉子 は ぞっと した 。 ようこ||| 貞 世 は ああした まま で 通り 魔 に でも 魅 いられて 死んで いる ので は ない か 。 さだ|よ|||||とおり|ま|||み|い られて|しんで||||| Wasn't Sadayo dead just like that, being charmed by a passer-by? それとも もう 一 度 名前 を 呼んだら 、 線香 の 上 に たまった 灰 が 少し の 風 で くずれ落ちる ように 、 声 の 響き で ほろほろ と かき消す ように あの いたいけな 姿 は なく なって しまう ので は ない だろう か 。 ||ひと|たび|なまえ||よんだら|せんこう||うえ|||はい||すこし||かぜ||くずれおちる||こえ||ひびき||||かきけす||||すがた||||||||| そして その あと に は 夕闇 に 包ま れた 苔 香 園 の 木立 ち と 、 二 階 の 縁側 と 、 小さな 机 だけ が 残る ので は ない だろう か 。 |||||ゆうやみ||つつま||こけ|かおり|えん||こだち|||ふた|かい||えんがわ||ちいさな|つくえ|||のこる||||| …… ふだん の 葉子 ならば なんという ばかだろう と 思う ような 事 を おどおど し ながら まじめに 考えて いた 。 ||ようこ|||||おもう||こと||||||かんがえて| ・・

その 時 階下 で 倉地 の ひどく 激昂 した 声 が 聞こえた 。 |じ|かいか||くらち|||げきこう||こえ||きこえた 葉子 は はっと して 長い 悪夢 から でも さめた ように われ に 帰った 。 ようこ||||ながい|あくむ|||||||かえった そこ に いる の は 姿 は 元 の まま だ が 、 やはり ま ごうか た なき 貞 世 だった 。 |||||すがた||もと||||||||||さだ|よ| 葉子 は あわてて いつのまにか 膝 から ず り 落として あった 白 布 を 取り上げて 、 階下 の ほう に きっと 聞き 耳 を 立てた 。 ようこ||||ひざ||||おとして||しろ|ぬの||とりあげて|かいか|||||きき|みみ||たてた 事態 は だいぶ 大事 らしかった 。 じたい|||だいじ| ・・

「 貞 ちゃん 。 さだ| …… 貞 ちゃん ……」・・ さだ|

葉子 は そう いい ながら 立ち上がって 行って 、 貞 世 を 後ろ から 羽 がい に 抱きしめて やろう と した 。 ようこ|||||たちあがって|おこなって|さだ|よ||うしろ||はね|||だきしめて||| しかし その 瞬間 に 自分 の 胸 の 中 に 自然に 出来上がら して いた 結 願 を 思い出して 、 心 を 鬼 に し ながら 、・・ ||しゅんかん||じぶん||むね||なか||しぜんに|できあがら|||けつ|ねがい||おもいだして|こころ||おに|||

「 貞 ちゃん と いったら お 返事 を なさい な 。 さだ|||||へんじ||| なんの 事 です 拗ねた ま ね を して 。 |こと||すねた|||| 台所 に 行って あと の すすぎ 返し でも して おいで 、 勉強 も し ないで ぼんやり して いる と 毒 です よ 」・・ だいどころ||おこなって||||かえし||||べんきょう||||||||どく|| If you go to the kitchen and do some rinsing afterward, and don't even study, it's poisonous."

「 だって おね え 様 わたし 苦しい んです もの 」・・ |||さま||くるしい||

「 うそ を お 言い 。 |||いい このごろ は あなた ほんとうに いけなく なった 事 。 ||||||こと わがまま ばかし して いる と ねえさん は ききません よ 」・・ |||||||きき ませ ん|

貞 世 は さびし そうな 恨めし そうな 顔 を まっ赤 に して 葉子 の ほう を 振り向いた 。 さだ|よ|||そう な|うらめし|そう な|かお||まっ あか|||ようこ||||ふりむいた それ を 見た だけ で 葉子 は すっかり 打ちくだかれて いた 。 ||みた|||ようこ|||うちくだか れて| Yoko was completely crushed just by looking at it. 水落 の あたり を すっと 氷 の 棒 で も 通る ような 心持ち が する と 、 喉 の 所 は もう 泣き かけて いた 。 みずおち||||す っと|こおり||ぼう|||とおる||こころもち||||のど||しょ|||なき|| なんという 心 に 自分 は なって しまった のだろう …… 葉子 は その 上 その 場 に は いたたまれない で 、 急いで 階下 の ほう へ 降りて 行った 。 |こころ||じぶん|||||ようこ|||うえ||じょう|||||いそいで|かいか||||おりて|おこなった ・・

倉地 の 声 に まじって 古藤 の 声 も 激し て 聞こえた 。 くらち||こえ|||ことう||こえ||はげし||きこえた