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或る女 - 有島武郎(アクセス), 40.1 或る女

40.1 或る 女

六 月 の ある 夕方 だった 。 もう たそがれ 時 で 、 電灯 が ともって 、 その 周囲 に おびただしく 杉森 の 中 から 小さな 羽 虫 が 集まって うるさく 飛び回り 、 やぶ 蚊 が すさまじく 鳴きたてて 軒先 に 蚊 柱 を 立てて いる ころ だった 。 しばらく 目 で 来た 倉地 が 、 張り出し の 葉子 の 部屋 で 酒 を 飲んで いた 。 葉子 は やせ細った 肩 を 単 衣 物 の 下 に とがらして 、 神経 的に 襟 を ぐっと かき 合わせて 、 きちんと 膳 の そば に すわって 、 華車 な 団 扇 で 酒 の 香 に 寄り たかって 来る 蚊 を 追い払って いた 。 二 人 の 間 に は もう 元 の ように 滾々 と 泉 の ごとく わき出る 話題 は なかった 。 たまに 話 が 少し はずんだ と 思う と 、 どちら か に 差し さわる ような 言葉 が 飛び出して 、 ぷ つんと 会話 を 杜 絶やして しまった 。 ・・

「 貞 ちゃん やっぱり 駄々 を こねる か 」・・

一口 酒 を 飲んで 、 ため息 を つく ように 庭 の ほう に 向いて 気 を 吐いた 倉地 は 、 自分 で 気分 を 引き立て ながら 思い出した ように 葉子 の ほう を 向いて こう 尋ねた 。 ・・

「 え ゝ 、 しようがなく なっち まいました 。 この 四五 日ったら ことさら ひどい んです から 」・・

「 そうした 時期 も ある んだろう 。 まあ たん と いびら ないで 置く が いい よ 」・・

「 わたし 時々 ほんとうに 死に たく なっち まいます 」・・

葉子 は 途 轍 も なく 貞 世 の うわさ と は 縁 も ゆかり も ない こんな ひょんな 事 を いった 。 ・・

「 そうだ おれ も そう 思う 事 が ある て ……。 落ち目 に なったら 最後 、 人間 は 浮き上がる が めんどうに なる 。 船 でも が 浸水 し 始めたら 埒 は あか ん から な 。 …… した が 、 おれ は まだ もう 一 反り 反って みて くれる 。 死んだ 気 に なって 、 やれ ん 事 は 一 つ も ない から な 」・・

「 ほんとうです わ 」・・

そういった 葉子 の 目 は いらいら と 輝いて 、 にらむ ように 倉地 を 見た 。 ・・

「 正井 の やつ が 来る そう じゃ ない か 」・・

倉地 は また 話題 を 転ずる ように こういった 。 葉子 が そう だ と さえ いえば 、 倉地 は 割合 に 平気で 受けて 「 困った やつ に 見込ま れた もの だ が 、 見込ま れた 以上 は しかたがない から 、 空腹 がら ない だけ の 仕向け を して やる が いい 」 と いう に 違いない 事 は 、 葉子 に よく わかって は いた けれども 、 今 まで 秘密に して いた 事 を なんとか いわ れ や し ない か と の 気づかい の ため か 、 それとも 倉地 が 秘密 を 持つ の なら こっち も 秘密 を 持って 見せる ぞ と いう 腹 に なりたい ため か 、 自分 に も はっきり と は わから ない 衝動 に 駆られて 、 何という 事 なし に 、・・

「 い ゝ え 」・・

と 答えて しまった 。 ・・

「 来 ない ? …… そりゃ お前 いいかげんじゃ ろう 」・・

と 倉地 は たしなめる ような 調子 に なった 。 ・・

「 い ゝ え 」・・

葉子 は 頑固に いい張って そっぽ を 向いて しまった 。 ・・

「 おい その 団 扇 を 貸して くれ 、 あおが ず に いて は 蚊 で たまら ん …… 来 ない 事 が ある もの か 」・・

「 だれ から そんな ばかな 事 お 聞き に なって ? 」・・

「 だれ から でも いい わ さ 」・・

葉子 は 倉地 が また 歯 に 衣 着せた 物 の 言い かた を する と 思う と かっと 腹 が 立って 返 辞 も し なかった 。 ・・

「 葉 ちゃん 。 おれ は 女 の きげん を 取る ため に 生まれて 来 は せんぞ 。 いいかげん を いって 甘く 見くびる と よく は ない ぜ 」・・

葉子 は それ でも 返事 を し なかった 。 倉地 は 葉子 の 拗ね かた に 不快 を 催した らしかった 。 ・・

「 おい 葉子 ! 正井 は 来る の か 来 ん の か 」・・

正井 の 来る 来 ない は 大事で は ない が 、 葉子 の 虚 言 を 訂正 さ せ ず に は 置か ない と いう ように 、 倉地 は 詰め 寄せて きびしく 問い 迫った 。 葉子 は 庭 の ほう に やって いた 目 を 返して 不思議 そうに 倉地 を 見た 。 ・・

「 い ゝ え と いったら い ゝ えと より いい よう は ありません わ 。 あなた の 『 い ゝ え 』 と わたし の 『 い ゝ え 』 は 『 い ゝ え 』 が 違い で も します かしら 」・・

「 酒 も 何も 飲める か …… おれ が 暇 を 無理に 作って ゆっくり くつろごう と 思う て 来れば 、 いら ん 事 に 角 を 立てて …… 何の 薬 に なる かい それ が 」・・

葉子 は もう 胸 いっぱい 悲しく なって いた 。 ほんとう は 倉地 の 前 に 突っ伏して 、 自分 は 病気 で 始終 から だ が 自由に なら ない の が 倉地 に 気の毒だ 。 けれども どう か 捨て ないで 愛し 続けて くれ 。 からだ が だめに なって も 心 の 続く 限り は 自分 は 倉地 の 情 人 で いたい 。 そう より でき ない 。 そこ を あわれんで せめて は 心 の 誠 を ささげ さ して くれ 。 もし 倉地 が 明 々 地 に いって くれ さえ すれば 、 元 の 細 君 を 呼び 迎えて くれて も 構わ ない 。 そして せめて は 自分 を あわれんで なり 愛して くれ 。 そう 嘆願 が し たかった のだ 。 倉地 は それ に 感激 して くれる かも しれ ない 。 おれ は お前 も 愛する が 去った 妻 も 捨てる に は 忍びない 。 よく いって くれた 。 それ なら お前 の 言葉 に 甘えて 哀れな 妻 を 呼び 迎えよう 。 妻 も さぞ お前 の 黄金 の ような 心 に は 感ずる だろう 。 おれ は 妻 と は 家庭 を 持とう 。 しかし お前 と は 恋 を 持とう 。 そう いって 涙ぐんで くれる かも しれ ない 。 もし そんな 場面 が 起こり 得たら 葉子 は どれほど うれしい だろう 。 葉子 は その 瞬間 に 、 生まれ 代わって 、 正しい 生活 が 開けて くる のに と 思った 。 それ を 考えた だけ で 胸 の 中 から は 美しい 涙 が にじみ 出す のだった 。 けれども 、 そんな ばか を いう もの で は ない 、 おれ の 愛して いる の は お前 一 人 だ 。 元 の 妻 など に おれ が 未練 を 持って いる と 思う の が 間違い だ 。 病気 が ある の なら さっそく 病院 に は いる が いい 、 費用 は いくら でも 出して やる から 。 こう 倉地 が いわ ない と も 限ら ない 。 それ は あり そうな 事 だ 。 その 時 葉子 は 自分 の 心 を 立ち 割って 誠 を 見せた 言葉 が 、 情け も 容赦 も 思いやり も なく 、 踏みにじら れ けがされて しまう の を 見 なければ なら ない のだ 。 それ は 地獄 の 苛責 より も 葉子 に は 堪え がたい 事 だ 。 た とい 倉地 が 前 の 態度 に 出て くれる 可能 性 が 九十九 あって 、 あと の 態度 を 採り そうな 可能 性 が 一 つ しか ない と して も 、 葉子 に は 思いきって 嘆願 を して みる 勇気 が 出 ない のだ 。 倉地 も 倉地 で 同じ ような 事 を 思って 苦しんで いる らしい 。 なんとか して 元 の ような かけ 隔て の ない 葉子 を 見いだして 、 だんだん と 陥って 行く 生活 の 窮 境 の 中 に も 、 せめて は しばらく なり と も 人間 らしい 心 に なりたい と 思って 、 葉子 に 近づいて 来て いる のだ 。 それ を どこまでも 知り 抜き ながら 、 そして 身 に つまされて 深い 同情 を 感じ ながら 、 どうしても 面 と 向かう と 殺したい ほど 憎ま ないで はいら れ ない 葉子 の 心 は 自分 ながら 悲しかった 。 ・・

葉子 は 倉地 の 最後 の 一言 で その 急所 に 触れられた のだった 。 葉子 は 倉地 の 目の前 で 見る見る しおれて しまった 。 泣く まい と 気張り ながら 幾 度 も 雄々しく 涙 を 飲んだ 。 倉地 は 明らかに 葉子 の 心 を 感じた らしく 見えた 。 ・・

「 葉子 ! お前 は なんで このごろ そう 他 所 他 所 しく して い なければ なら ん のだ 。 え ? 」・・

と いい ながら 葉子 の 手 を 取ろう と した 。 その 瞬間 に 葉子 の 心 は 火 の ように 怒って いた 。 ・・

「 他 所 他 所 し い の は あなた じゃ ありません か 」・・

そう 知らず知らず いって しまって 、 葉子 は 没 義道 に 手 を 引っ込めた 。 倉地 を にらみつける 目 から は 熱い 大粒の 涙 が ぼろぼろ と こぼれた 。 そして 、・・

「 あ ゝ …… あ 、 地獄 だ 地獄 だ 」・・

と 心 の 中 で 絶望 的に 切なく 叫んだ 。 ・・

二 人 の 間 に は またもや いまわしい 沈黙 が 繰り返さ れた 。 ・・

その 時 玄関 に 案内 の 声 が 聞こえた 。 葉子 は その 声 を 聞いて 古藤 が 来た の を 知った 。 そして 大急ぎで 涙 を 押し ぬぐった 。 二 階 から 降りて 来て 取り次ぎ に 立った 愛子 が やがて 六 畳 の 間 に は いって 来て 、 古藤 が 来た と 告げた 。 ・・

「 二 階 に お 通し して お茶 でも 上げて お 置き 、 なん だって 今ごろ …… 御飯 時 も 構わ ないで ……」・・

と めんどうくさ そうに いった が 、 あれ 以来 来た 事 の ない 古藤 に あう の は 、 今 の この 苦しい 圧迫 から のがれる だけ でも 都合 が よかった 。 このまま 続いたら また 例 の 発作 で 倉地 に 愛想 を 尽かさ せる ような 事 を しでかす に きまって いた から 。 ・・

「 わたし ちょっと 会って みます から ね 、 あなた 構わ ないで いらっしゃい 。 木村 の 事 も 探って おきたい から 」・・

そう いって 葉子 は その 座 を はずした 。 倉地 は 返事 一 つ せ ず に 杯 を 取り上げて いた 。 ・・

二 階 に 行って 見る と 、 古藤 は 例の 軍服 に 上等 兵 の 肩 章 を 付けて 、 あぐら を かき ながら 貞 世 と 何 か 話 を して いた 。 葉子 は 今 まで 泣き 苦しんで いた と は 思え ぬ ほど 美しい きげん に なって いた 。 簡単な 挨拶 を 済ます と 古藤 は 例 の いう べき 事 から 先 に いい 始めた 。 ・・

「 ごめん どう です が ね 、 あす 定期 検閲 な 所 が 今度 は 室 内 の 整頓 な んです 。 ところが 僕 は 整頓 風呂敷 を 洗濯 して おく の を すっかり 忘れて しまって ね 。 今 特別に 外出 を 伍長 に そっと 頼んで 許して もらって 、 これ だけ 布 を 買って 来た んです が 、 縁 を 縫って くれる 人 が ない んで 弱って 駆けつけた んです 。 大急ぎで やって いただけ ない でしょう か 」・・

「 お やすい 御用 です と も ね 。 愛さ ん ! 」・・

大きく 呼ぶ と 階下 に いた 愛子 が 平生 に 似合わ ず 、 あたふた と 階子 段 を のぼって 来た 。 葉子 は ふと また 倉地 を 念頭 に 浮かべて いやな 気持ち に なった 。 しかし その ころ 貞 世 から 愛子 に 愛 が 移った か と 思わ れる ほど 葉子 は 愛子 を 大事に 取り扱って いた 。 それ は 前 に も 書いた とおり 、 しいて も 他人 に 対する 愛情 を 殺す 事 に よって 、 倉地 と の 愛 が より 緊 く 結ばれる と いう 迷信 の ような 心 の 働き から 起こった 事 だった 。 愛して も 愛し 足りない ような 貞 世に つらく 当たって 、 どうしても 気 の 合わ ない 愛子 を 虫 を 殺して 大事に して みたら 、 あるいは 倉地 の 心 が 変わって 来る かも しれ ない と そう 葉子 は 何 が なし に 思う のだった 。 で 、 倉地 と 愛子 と の 間 に どんな 奇怪な 徴候 を 見つけ出そう と も 、 念 に かけて も 葉子 は 愛子 を 責め まい と 覚悟 を して いた 。 ・・

「 愛さ ん 古藤 さん が ね 、 大急ぎで この 縁 を 縫って もらいたい と おっしゃる んだ から 、 あなた して 上げて ちょうだいな 。 古藤 さん 、 今 下 に は 倉地 さん が 来て いらっしゃる んです が 、 あなた は お きらい ね お あい なさる の は …… そう 、 じゃ こちら で お 話 でも します から どうぞ 」・・

そう いって 古藤 を 妹 たち の 部屋 の 隣 に 案内 した 。 古藤 は 時計 を 見 い 見 い せわし そうに して いた 。 ・・

「 木村 から たより が あります か 」・・

木村 は 葉子 の 良 人 で は なく 自分 の 親友 だ と いった ような ふうで 、 古藤 は もう 木村 君 と は いわ なかった 。 葉子 は この 前 古藤 が 来た 時 から それ と 気づいて いた が 、 きょう は ことさら その 心持ち が 目立って 聞こえた 。 葉子 は たびたび 来る と 答えた 。 ・・

「 困って いる ようです ね 」・・

「 え ゝ 、 少し は ね 」・・

「 少し どころ じゃ ない ようです よ 僕 の 所 に 来る 手紙 に よる と 。 なんでも 来年 に 開か れる はずだった 博覧 会 が 来 々 年 に 延びた ので 、 木村 は また この前 以上 の 窮 境 に 陥った らしい のです 。 若い うち だ から いい ような もの の あんな 不運な 男 も すくない 。 金 も 送って は 来 ない でしょう 」・・

なんという ぶしつけな 事 を いう 男 だろう と 葉子 は 思った が 、 あまり いう 事 に わだかまり が ない ので 皮肉で も いって やる 気 に は なれ なかった 。 ・・

「 い ゝ え 相変わらず 送って くれます こと よ 」・・

「 木村って いう の は そうした 男 な んだ 」・・

古藤 は 半ば は 自分 に いう ように 感激 した 調子 で こういった が 、 平気で 仕送り を 受けて いる らしく 物 を いう 葉子 に は ひどく 反感 を 催した らしく 、・・

「 木村 から の 送金 を 受け取った 時 、 その 金 が あなた の 手 を 焼き ただ ら かす ように は 思いません か 」・・

と 激しく 葉子 を まともに 見つめ ながら いった 。 そして 油 で よごれた ような 赤い 手 で 、 せわし なく 胸 の 真鍮 ぼたん を はめたり はずしたり した 。 ・・

「 なぜ です の 」・・

「 木村 は 困り きって る んです よ 。 …… ほんとうに あなた 考えて ごらん なさい ……」・・

勢い 込んで なお いい 募ろう と した 古藤 は 、 襖 を 明け 開いた まま の 隣 の 部屋 に 愛子 たち が いる の に 気づいた らしく 、・・

「 あなた は この 前 お目にかかった 時 から する と 、 また ひどく やせました ねえ 」・・

と 言葉 を そらした 。 ・・

「 愛さ ん もう できて ? 」・・

と 葉子 も 調子 を かえて 愛子 に 遠く から こう 尋ね 「 い ゝ えま だ 少し 」 と 愛子 が いう の を しお に 葉子 は そちら に 立った 。 貞 世 は ひどく つまらな そうな 顔 を して 、 机 に 両 肘 を 持た せた まま 、 ぼんやり と 庭 の ほう を 見 やって 、 三 人 の 挙動 など に は 目 も くれ ない ふうだった 。 垣根 添い の 木 の 間 から は 、 種々な 色 の 薔薇 の 花 が 夕闇 の 中 に も ちらほら と 見えて いた 。 葉子 は このごろ の 貞 世 は ほんとうに 変だ と 思い ながら 、 愛子 の 縫い かけ の 布 を 取り上げて 見た 。 それ は まだ 半分 も 縫い上げられて は い なかった 。 葉子 の 疳癪 は ぎりぎり 募って 来た けれども 、 しいて 心 を 押し しずめ ながら 、・・

「 これっぽっち …… 愛子 さんどう した と いう んだろう 。 どれ ねえさん に お 貸し 、 そして あなた は …… 貞 ちゃん も 古藤 さん の 所 に 行って お 相手 を して おいで ……」・・

「 僕 は 倉地 さん に あって 来ます 」・・

突然 後ろ向き の 古藤 は 畳 に 片手 を ついて 肩 越し に 向き 返り ながら こういった 。 そして 葉子 が 返事 を する 暇 も なく 立ち上がって 階子 段 を 降りて 行こう と した 。 葉子 は すばやく 愛子 に 目 くば せ して 、 下 に 案内 して 二 人 の 用 を 足して やる ように と いった 。 愛子 は 急いで 立って 行った 。


40.1 或る 女 ある|おんな 40.1 Una mujer

六 月 の ある 夕方 だった 。 むっ|つき|||ゆうがた| もう たそがれ 時 で 、 電灯 が ともって 、 その 周囲 に おびただしく 杉森 の 中 から 小さな 羽 虫 が 集まって うるさく 飛び回り 、 やぶ 蚊 が すさまじく 鳴きたてて 軒先 に 蚊 柱 を 立てて いる ころ だった 。 ||じ||でんとう||||しゅうい|||すぎもり||なか||ちいさな|はね|ちゅう||あつまって||とびまわり||か|||なきたてて|のきさき||か|ちゅう||たてて||| しばらく 目 で 来た 倉地 が 、 張り出し の 葉子 の 部屋 で 酒 を 飲んで いた 。 |め||きた|くらち||はりだし||ようこ||へや||さけ||のんで| 葉子 は やせ細った 肩 を 単 衣 物 の 下 に とがらして 、 神経 的に 襟 を ぐっと かき 合わせて 、 きちんと 膳 の そば に すわって 、 華車 な 団 扇 で 酒 の 香 に 寄り たかって 来る 蚊 を 追い払って いた 。 ようこ||やせほそった|かた||ひとえ|ころも|ぶつ||した|||しんけい|てきに|えり||||あわせて||ぜん|||||はなくるま||だん|おうぎ||さけ||かおり||より||くる|か||おいはらって| 二 人 の 間 に は もう 元 の ように 滾々 と 泉 の ごとく わき出る 話題 は なかった 。 ふた|じん||あいだ||||もと|||こんこん||いずみ|||わきでる|わだい|| たまに 話 が 少し はずんだ と 思う と 、 どちら か に 差し さわる ような 言葉 が 飛び出して 、 ぷ つんと 会話 を 杜 絶やして しまった 。 |はなし||すこし|||おもう|||||さし|||ことば||とびだして|||かいわ||もり|たやして| Occasionally, when I thought the conversation was going a little lively, an offensive word popped out and suddenly the conversation was lost. ・・

「 貞 ちゃん やっぱり 駄々 を こねる か 」・・ さだ|||だだ|||

一口 酒 を 飲んで 、 ため息 を つく ように 庭 の ほう に 向いて 気 を 吐いた 倉地 は 、 自分 で 気分 を 引き立て ながら 思い出した ように 葉子 の ほう を 向いて こう 尋ねた 。 ひとくち|さけ||のんで|ためいき||||にわ||||むいて|き||はいた|くらち||じぶん||きぶん||ひきたて||おもいだした||ようこ||||むいて||たずねた ・・

「 え ゝ 、 しようがなく なっち まいました 。 |||な っち|まい ました この 四五 日ったら ことさら ひどい んです から 」・・ |しご|ひ ったら||||

「 そうした 時期 も ある んだろう 。 |じき||| まあ たん と いびら ないで 置く が いい よ 」・・ |||||おく|||

「 わたし 時々 ほんとうに 死に たく なっち まいます 」・・ |ときどき||しに||な っち|まい ます

葉子 は 途 轍 も なく 貞 世 の うわさ と は 縁 も ゆかり も ない こんな ひょんな 事 を いった 。 ようこ||と|わだち|||さだ|よ|||||えん|||||||こと|| Yoko said such an unexpected thing, which had nothing to do with the rumor about Sadayo. ・・

「 そうだ おれ も そう 思う 事 が ある て ……。 そう だ||||おもう|こと||| 落ち目 に なったら 最後 、 人間 は 浮き上がる が めんどうに なる 。 おちめ|||さいご|にんげん||うきあがる||| When you're on the verge of falling, it's hard for people to get back on their feet. 船 でも が 浸水 し 始めたら 埒 は あか ん から な 。 せん|||しんすい||はじめたら|らち||||| If the ship starts to flood, it won't matter. …… した が 、 おれ は まだ もう 一 反り 反って みて くれる 。 ||||||ひと|そり|かえって|| 死んだ 気 に なって 、 やれ ん 事 は 一 つ も ない から な 」・・ しんだ|き|||||こと||ひと|||||

「 ほんとうです わ 」・・

そういった 葉子 の 目 は いらいら と 輝いて 、 にらむ ように 倉地 を 見た 。 |ようこ||め||||かがやいて|||くらち||みた ・・

「 正井 の やつ が 来る そう じゃ ない か 」・・ まさい||||くる||||

倉地 は また 話題 を 転ずる ように こういった 。 くらち|||わだい||てんずる|| 葉子 が そう だ と さえ いえば 、 倉地 は 割合 に 平気で 受けて 「 困った やつ に 見込ま れた もの だ が 、 見込ま れた 以上 は しかたがない から 、 空腹 がら ない だけ の 仕向け を して やる が いい 」 と いう に 違いない 事 は 、 葉子 に よく わかって は いた けれども 、 今 まで 秘密に して いた 事 を なんとか いわ れ や し ない か と の 気づかい の ため か 、 それとも 倉地 が 秘密 を 持つ の なら こっち も 秘密 を 持って 見せる ぞ と いう 腹 に なりたい ため か 、 自分 に も はっきり と は わから ない 衝動 に 駆られて 、 何という 事 なし に 、・・ ようこ|||||||くらち||わりあい||へいきで|うけて|こまった|||みこま|||||みこま||いじょう||||くうふく|||||しむけ|||||||||ちがいない|こと||ようこ|||||||いま||ひみつに|||こと|||||||||||きづかい|||||くらち||ひみつ||もつ|||||ひみつ||もって|みせる||||はら||なり たい|||じぶん||||||||しょうどう||かられて|なんという|こと|| As long as Yoko says yes, Kurachi accepts relatively unconcernedly, saying, ``I expected him to be in trouble, but there's nothing I can do about it, so I'll do something to make him not hungry. Okay," Yoko knew very well, but was it because she was concerned that someone would somehow reveal something that had been kept a secret until now, or if Kurachi had a secret? Maybe it was because I wanted to show you a secret, but I was driven by an urge that I didn't quite understand, and without saying anything...

「 い ゝ え 」・・

と 答えて しまった 。 |こたえて| ・・

「 来 ない ? らい| …… そりゃ お前 いいかげんじゃ ろう 」・・ |おまえ||

と 倉地 は たしなめる ような 調子 に なった 。 |くらち||||ちょうし|| ・・

「 い ゝ え 」・・

葉子 は 頑固に いい張って そっぽ を 向いて しまった 。 ようこ||がんこに|いいはって|||むいて| Yoko stubbornly insisted and turned away. ・・

「 おい その 団 扇 を 貸して くれ 、 あおが ず に いて は 蚊 で たまら ん …… 来 ない 事 が ある もの か 」・・ ||だん|おうぎ||かして||あお が|||||か||||らい||こと|||| "Hey, lend me that fan. Mosquitoes can't stand it when you're sitting on it.

「 だれ から そんな ばかな 事 お 聞き に なって ? ||||こと||きき|| 」・・

「 だれ から でも いい わ さ 」・・

葉子 は 倉地 が また 歯 に 衣 着せた 物 の 言い かた を する と 思う と かっと 腹 が 立って 返 辞 も し なかった 。 ようこ||くらち|||は||ころも|きせた|ぶつ||いい|||||おもう||か っと|はら||たって|かえ|じ||| The thought that Kurachi was going to speak in such a condescending way again made Yoko angry, and she didn't even reply. ・・

「 葉 ちゃん 。 は| おれ は 女 の きげん を 取る ため に 生まれて 来 は せんぞ 。 ||おんな||||とる|||うまれて|らい|| いいかげん を いって 甘く 見くびる と よく は ない ぜ 」・・ |||あまく|みくびる||||| It's not good to be sloppy and underestimate."

葉子 は それ でも 返事 を し なかった 。 ようこ||||へんじ||| 倉地 は 葉子 の 拗ね かた に 不快 を 催した らしかった 。 くらち||ようこ||すね|||ふかい||もよおした| It seems that Kurachi was displeased with Yoko's pestering. ・・

「 おい 葉子 ! |ようこ 正井 は 来る の か 来 ん の か 」・・ まさい||くる|||らい|||

正井 の 来る 来 ない は 大事で は ない が 、 葉子 の 虚 言 を 訂正 さ せ ず に は 置か ない と いう ように 、 倉地 は 詰め 寄せて きびしく 問い 迫った 。 まさい||くる|らい|||だいじで||||ようこ||きょ|げん||ていせい||||||おか|||||くらち||つめ|よせて||とい|せまった Whether Masai comes or doesn't matter is not important, but Kurachi sternly asked him, saying that Yoko's lie should not be left uncorrected. 葉子 は 庭 の ほう に やって いた 目 を 返して 不思議 そうに 倉地 を 見た 。 ようこ||にわ||||||め||かえして|ふしぎ|そう に|くらち||みた ・・

「 い ゝ え と いったら い ゝ えと より いい よう は ありません わ 。 ||||||||||||あり ませ ん| あなた の 『 い ゝ え 』 と わたし の 『 い ゝ え 』 は 『 い ゝ え 』 が 違い で も します かしら 」・・ ||||||||||||||||ちがい|||し ます| I wonder if there is a difference between your "no" and my "no".

「 酒 も 何も 飲める か …… おれ が 暇 を 無理に 作って ゆっくり くつろごう と 思う て 来れば 、 いら ん 事 に 角 を 立てて …… 何の 薬 に なる かい それ が 」・・ さけ||なにも|のめる||||いとま||むりに|つくって||||おもう||くれば|||こと||かど||たてて|なんの|くすり|||||

葉子 は もう 胸 いっぱい 悲しく なって いた 。 ようこ|||むね||かなしく|| ほんとう は 倉地 の 前 に 突っ伏して 、 自分 は 病気 で 始終 から だ が 自由に なら ない の が 倉地 に 気の毒だ 。 ||くらち||ぜん||つ っ ふくして|じぶん||びょうき||しじゅう||||じゆうに|||||くらち||きのどくだ けれども どう か 捨て ないで 愛し 続けて くれ 。 |||すて||あいし|つづけて| からだ が だめに なって も 心 の 続く 限り は 自分 は 倉地 の 情 人 で いたい 。 |||||こころ||つづく|かぎり||じぶん||くらち||じょう|じん||い たい そう より でき ない 。 そこ を あわれんで せめて は 心 の 誠 を ささげ さ して くれ 。 |||||こころ||まこと||||| もし 倉地 が 明 々 地 に いって くれ さえ すれば 、 元 の 細 君 を 呼び 迎えて くれて も 構わ ない 。 |くらち||あき||ち||||||もと||ほそ|きみ||よび|むかえて|||かまわ| As long as Kurachi goes to Meiyouchi, it doesn't matter if he calls his ex-wife to pick him up. そして せめて は 自分 を あわれんで なり 愛して くれ 。 |||じぶん||||あいして| そう 嘆願 が し たかった のだ 。 |たんがん|||| 倉地 は それ に 感激 して くれる かも しれ ない 。 くらち||||かんげき||||| おれ は お前 も 愛する が 去った 妻 も 捨てる に は 忍びない 。 ||おまえ||あいする||さった|つま||すてる|||しのびない よく いって くれた 。 それ なら お前 の 言葉 に 甘えて 哀れな 妻 を 呼び 迎えよう 。 ||おまえ||ことば||あまえて|あわれな|つま||よび|むかえよう 妻 も さぞ お前 の 黄金 の ような 心 に は 感ずる だろう 。 つま|||おまえ||おうごん|||こころ|||かんずる| おれ は 妻 と は 家庭 を 持とう 。 ||つま|||かてい||もとう しかし お前 と は 恋 を 持とう 。 |おまえ|||こい||もとう そう いって 涙ぐんで くれる かも しれ ない 。 ||なみだぐんで|||| もし そんな 場面 が 起こり 得たら 葉子 は どれほど うれしい だろう 。 ||ばめん||おこり|えたら|ようこ|||| 葉子 は その 瞬間 に 、 生まれ 代わって 、 正しい 生活 が 開けて くる のに と 思った 。 ようこ|||しゅんかん||うまれ|かわって|ただしい|せいかつ||あけて||||おもった それ を 考えた だけ で 胸 の 中 から は 美しい 涙 が にじみ 出す のだった 。 ||かんがえた|||むね||なか|||うつくしい|なみだ|||だす| けれども 、 そんな ばか を いう もの で は ない 、 おれ の 愛して いる の は お前 一 人 だ 。 |||||||||||あいして||||おまえ|ひと|じん| 元 の 妻 など に おれ が 未練 を 持って いる と 思う の が 間違い だ 。 もと||つま|||||みれん||もって|||おもう|||まちがい| It is a mistake to think that I have feelings for my ex-wife. 病気 が ある の なら さっそく 病院 に は いる が いい 、 費用 は いくら でも 出して やる から 。 びょうき||||||びょういん||||||ひよう||||だして|| If you're sick, go to the hospital right away, I'll pay for it as much as you want. こう 倉地 が いわ ない と も 限ら ない 。 |くらち||||||かぎら| それ は あり そうな 事 だ 。 |||そう な|こと| その 時 葉子 は 自分 の 心 を 立ち 割って 誠 を 見せた 言葉 が 、 情け も 容赦 も 思いやり も なく 、 踏みにじら れ けがされて しまう の を 見 なければ なら ない のだ 。 |じ|ようこ||じぶん||こころ||たち|わって|まこと||みせた|ことば||なさけ||ようしゃ||おもいやり|||ふみにじら||けがさ れて||||み|||| At that time, Yoko had to see how the words that had broken her heart and showed sincerity were trampled and defiled without mercy, mercy, or compassion. それ は 地獄 の 苛責 より も 葉子 に は 堪え がたい 事 だ 。 ||じごく||かしゃく|||ようこ|||こらえ||こと| た とい 倉地 が 前 の 態度 に 出て くれる 可能 性 が 九十九 あって 、 あと の 態度 を 採り そうな 可能 性 が 一 つ しか ない と して も 、 葉子 に は 思いきって 嘆願 を して みる 勇気 が 出 ない のだ 。 ||くらち||ぜん||たいど||でて||かのう|せい||つくも||||たいど||とり|そう な|かのう|せい||ひと|||||||ようこ|||おもいきって|たんがん||||ゆうき||だ|| 倉地 も 倉地 で 同じ ような 事 を 思って 苦しんで いる らしい 。 くらち||くらち||おなじ||こと||おもって|くるしんで|| なんとか して 元 の ような かけ 隔て の ない 葉子 を 見いだして 、 だんだん と 陥って 行く 生活 の 窮 境 の 中 に も 、 せめて は しばらく なり と も 人間 らしい 心 に なりたい と 思って 、 葉子 に 近づいて 来て いる のだ 。 ||もと||||へだて|||ようこ||みいだして|||おちいって|いく|せいかつ||きゅう|さかい||なか|||||||||にんげん||こころ||なり たい||おもって|ようこ||ちかづいて|きて|| それ を どこまでも 知り 抜き ながら 、 そして 身 に つまされて 深い 同情 を 感じ ながら 、 どうしても 面 と 向かう と 殺したい ほど 憎ま ないで はいら れ ない 葉子 の 心 は 自分 ながら 悲しかった 。 |||しり|ぬき|||み|||ふかい|どうじょう||かんじ|||おもて||むかう||ころし たい||にくま|||||ようこ||こころ||じぶん||かなしかった Knowing this to the end, and feeling a deep sympathy for him, Yoko felt so sad that she could not help hating him to the point of wanting to kill him. ・・

葉子 は 倉地 の 最後 の 一言 で その 急所 に 触れられた のだった 。 ようこ||くらち||さいご||いちげん|||きゅうしょ||ふれ られた| 葉子 は 倉地 の 目の前 で 見る見る しおれて しまった 。 ようこ||くらち||めのまえ||みるみる|| 泣く まい と 気張り ながら 幾 度 も 雄々しく 涙 を 飲んだ 。 なく|||きばり||いく|たび||おおしく|なみだ||のんだ While trying not to cry, I courageously drank my tears over and over again. 倉地 は 明らかに 葉子 の 心 を 感じた らしく 見えた 。 くらち||あきらかに|ようこ||こころ||かんじた||みえた ・・

「 葉子 ! ようこ お前 は なんで このごろ そう 他 所 他 所 しく して い なければ なら ん のだ 。 おまえ|||||た|しょ|た|しょ||||||| え ? 」・・

と いい ながら 葉子 の 手 を 取ろう と した 。 |||ようこ||て||とろう|| その 瞬間 に 葉子 の 心 は 火 の ように 怒って いた 。 |しゅんかん||ようこ||こころ||ひ|||いかって| ・・

「 他 所 他 所 し い の は あなた じゃ ありません か 」・・ た|しょ|た|しょ|||||||あり ませ ん|

そう 知らず知らず いって しまって 、 葉子 は 没 義道 に 手 を 引っ込めた 。 |しらずしらず|||ようこ||ぼつ|よしみち||て||ひっこめた 倉地 を にらみつける 目 から は 熱い 大粒の 涙 が ぼろぼろ と こぼれた 。 くらち|||め|||あつい|おおつぶの|なみだ|||| そして 、・・

「 あ ゝ …… あ 、 地獄 だ 地獄 だ 」・・ |||じごく||じごく|

と 心 の 中 で 絶望 的に 切なく 叫んだ 。 |こころ||なか||ぜつぼう|てきに|せつなく|さけんだ ・・

二 人 の 間 に は またもや いまわしい 沈黙 が 繰り返さ れた 。 ふた|じん||あいだ|||||ちんもく||くりかえさ| ・・

その 時 玄関 に 案内 の 声 が 聞こえた 。 |じ|げんかん||あんない||こえ||きこえた 葉子 は その 声 を 聞いて 古藤 が 来た の を 知った 。 ようこ|||こえ||きいて|ことう||きた|||しった そして 大急ぎで 涙 を 押し ぬぐった 。 |おおいそぎで|なみだ||おし| 二 階 から 降りて 来て 取り次ぎ に 立った 愛子 が やがて 六 畳 の 間 に は いって 来て 、 古藤 が 来た と 告げた 。 ふた|かい||おりて|きて|とりつぎ||たった|あいこ|||むっ|たたみ||あいだ||||きて|ことう||きた||つげた ・・

「 二 階 に お 通し して お茶 でも 上げて お 置き 、 なん だって 今ごろ …… 御飯 時 も 構わ ないで ……」・・ ふた|かい|||とおし||おちゃ||あげて||おき|||いまごろ|ごはん|じ||かまわ| "I'll take you to the second floor and give you some tea, so why don't you worry about when it's time to eat..."

と めんどうくさ そうに いった が 、 あれ 以来 来た 事 の ない 古藤 に あう の は 、 今 の この 苦しい 圧迫 から のがれる だけ でも 都合 が よかった 。 ||そう に||||いらい|きた|こと|||ことう|||||いま|||くるしい|あっぱく|||||つごう|| このまま 続いたら また 例 の 発作 で 倉地 に 愛想 を 尽かさ せる ような 事 を しでかす に きまって いた から 。 |つづいたら||れい||ほっさ||くらち||あいそ||つかさ|||こと|||||| ・・

「 わたし ちょっと 会って みます から ね 、 あなた 構わ ないで いらっしゃい 。 ||あって|み ます||||かまわ|| 木村 の 事 も 探って おきたい から 」・・ きむら||こと||さぐって|おき たい|

そう いって 葉子 は その 座 を はずした 。 ||ようこ|||ざ|| 倉地 は 返事 一 つ せ ず に 杯 を 取り上げて いた 。 くらち||へんじ|ひと|||||さかずき||とりあげて| ・・

二 階 に 行って 見る と 、 古藤 は 例の 軍服 に 上等 兵 の 肩 章 を 付けて 、 あぐら を かき ながら 貞 世 と 何 か 話 を して いた 。 ふた|かい||おこなって|みる||ことう||れいの|ぐんぷく||じょうとう|つわもの||かた|しょう||つけて|||||さだ|よ||なん||はなし||| 葉子 は 今 まで 泣き 苦しんで いた と は 思え ぬ ほど 美しい きげん に なって いた 。 ようこ||いま||なき|くるしんで||||おもえ|||うつくしい|||| 簡単な 挨拶 を 済ます と 古藤 は 例 の いう べき 事 から 先 に いい 始めた 。 かんたんな|あいさつ||すます||ことう||れい||||こと||さき|||はじめた ・・

「 ごめん どう です が ね 、 あす 定期 検閲 な 所 が 今度 は 室 内 の 整頓 な んです 。 ||||||ていき|けんえつ||しょ||こんど||しつ|うち||せいとん|| ところが 僕 は 整頓 風呂敷 を 洗濯 して おく の を すっかり 忘れて しまって ね 。 |ぼく||せいとん|ふろしき||せんたく||||||わすれて|| However, I completely forgot to wash the tidy furoshiki. 今 特別に 外出 を 伍長 に そっと 頼んで 許して もらって 、 これ だけ 布 を 買って 来た んです が 、 縁 を 縫って くれる 人 が ない んで 弱って 駆けつけた んです 。 いま|とくべつに|がいしゅつ||ごちょう|||たのんで|ゆるして||||ぬの||かって|きた|||えん||ぬって||じん||||よわって|かけつけた| 大急ぎで やって いただけ ない でしょう か 」・・ おおいそぎで|||||

「 お やすい 御用 です と も ね 。 ||ごよう|||| 愛さ ん ! あいさ| 」・・

大きく 呼ぶ と 階下 に いた 愛子 が 平生 に 似合わ ず 、 あたふた と 階子 段 を のぼって 来た 。 おおきく|よぶ||かいか|||あいこ||へいぜい||にあわ||||はしご|だん|||きた 葉子 は ふと また 倉地 を 念頭 に 浮かべて いやな 気持ち に なった 。 ようこ||||くらち||ねんとう||うかべて||きもち|| しかし その ころ 貞 世 から 愛子 に 愛 が 移った か と 思わ れる ほど 葉子 は 愛子 を 大事に 取り扱って いた 。 |||さだ|よ||あいこ||あい||うつった|||おもわ|||ようこ||あいこ||だいじに|とりあつかって| それ は 前 に も 書いた とおり 、 しいて も 他人 に 対する 愛情 を 殺す 事 に よって 、 倉地 と の 愛 が より 緊 く 結ばれる と いう 迷信 の ような 心 の 働き から 起こった 事 だった 。 ||ぜん|||かいた||||たにん||たいする|あいじょう||ころす|こと|||くらち|||あい|||きん||むすばれる|||めいしん|||こころ||はたらき||おこった|こと| 愛して も 愛し 足りない ような 貞 世に つらく 当たって 、 どうしても 気 の 合わ ない 愛子 を 虫 を 殺して 大事に して みたら 、 あるいは 倉地 の 心 が 変わって 来る かも しれ ない と そう 葉子 は 何 が なし に 思う のだった 。 あいして||あいし|たりない||さだ|よに||あたって||き||あわ||あいこ||ちゅう||ころして|だいじに||||くらち||こころ||かわって|くる||||||ようこ||なん||||おもう| で 、 倉地 と 愛子 と の 間 に どんな 奇怪な 徴候 を 見つけ出そう と も 、 念 に かけて も 葉子 は 愛子 を 責め まい と 覚悟 を して いた 。 |くらち||あいこ|||あいだ|||きかいな|ちょうこう||みつけだそう|||ねん||||ようこ||あいこ||せめ|||かくご||| ・・

「 愛さ ん 古藤 さん が ね 、 大急ぎで この 縁 を 縫って もらいたい と おっしゃる んだ から 、 あなた して 上げて ちょうだいな 。 あいさ||ことう||||おおいそぎで||えん||ぬって|もらい たい|||||||あげて| 古藤 さん 、 今 下 に は 倉地 さん が 来て いらっしゃる んです が 、 あなた は お きらい ね お あい なさる の は …… そう 、 じゃ こちら で お 話 でも します から どうぞ 」・・ ことう||いま|した|||くらち|||きて|||||||||||||||||||はなし||し ます|| Mr. Furuto, Mr. Kurachi is here right now, but you don't like me.

そう いって 古藤 を 妹 たち の 部屋 の 隣 に 案内 した 。 ||ことう||いもうと|||へや||となり||あんない| 古藤 は 時計 を 見 い 見 い せわし そうに して いた 。 ことう||とけい||み||み|||そう に|| ・・

「 木村 から たより が あります か 」・・ きむら||||あり ます|

木村 は 葉子 の 良 人 で は なく 自分 の 親友 だ と いった ような ふうで 、 古藤 は もう 木村 君 と は いわ なかった 。 きむら||ようこ||よ|じん||||じぶん||しんゆう||||||ことう|||きむら|きみ|||| It was as if Kimura wasn't Yoko's good friend, but his best friend, and Furuto no longer called him Kimura. 葉子 は この 前 古藤 が 来た 時 から それ と 気づいて いた が 、 きょう は ことさら その 心持ち が 目立って 聞こえた 。 ようこ|||ぜん|ことう||きた|じ||||きづいて|||||||こころもち||めだって|きこえた Yoko had been aware of this since Furuto had arrived the other day, but today she could hear his feelings particularly conspicuously. 葉子 は たびたび 来る と 答えた 。 ようこ|||くる||こたえた ・・

「 困って いる ようです ね 」・・ こまって|||

「 え ゝ 、 少し は ね 」・・ ||すこし||

「 少し どころ じゃ ない ようです よ 僕 の 所 に 来る 手紙 に よる と 。 すこし||||||ぼく||しょ||くる|てがみ||| "According to the letter that came to me, it doesn't look like it's going anywhere. なんでも 来年 に 開か れる はずだった 博覧 会 が 来 々 年 に 延びた ので 、 木村 は また この前 以上 の 窮 境 に 陥った らしい のです 。 |らいねん||あか|||はくらん|かい||らい||とし||のびた||きむら|||この まえ|いじょう||きゅう|さかい||おちいった|| The expo, which was supposed to be held next year, was postponed to the year after next, so it seems that Kimura was once again in an even worse predicament than before. 若い うち だ から いい ような もの の あんな 不運な 男 も すくない 。 わかい|||||||||ふうんな|おとこ|| 金 も 送って は 来 ない でしょう 」・・ きむ||おくって||らい||

なんという ぶしつけな 事 を いう 男 だろう と 葉子 は 思った が 、 あまり いう 事 に わだかまり が ない ので 皮肉で も いって やる 気 に は なれ なかった 。 ||こと|||おとこ|||ようこ||おもった||||こと||||||ひにくで||||き|||| Yoko wondered what kind of rude things he would say, but he didn't have much animosity towards what he said, so he didn't feel motivated to say anything sarcasm. ・・

「 い ゝ え 相変わらず 送って くれます こと よ 」・・ |||あいかわらず|おくって|くれ ます||

「 木村って いう の は そうした 男 な んだ 」・・ きむら って|||||おとこ||

古藤 は 半ば は 自分 に いう ように 感激 した 調子 で こういった が 、 平気で 仕送り を 受けて いる らしく 物 を いう 葉子 に は ひどく 反感 を 催した らしく 、・・ ことう||なかば||じぶん||||かんげき||ちょうし||||へいきで|しおくり||うけて|||ぶつ|||ようこ||||はんかん||もよおした| Furuto said this halfway in a deeply moved tone, as if he were telling himself, but he seems to have been terribly hostile to Yoko, who seemed to be accepting the remittance without hesitation.

「 木村 から の 送金 を 受け取った 時 、 その 金 が あなた の 手 を 焼き ただ ら かす ように は 思いません か 」・・ きむら|||そうきん||うけとった|じ||きむ||||て||やき||||||おもい ませ ん|

と 激しく 葉子 を まともに 見つめ ながら いった 。 |はげしく|ようこ|||みつめ|| そして 油 で よごれた ような 赤い 手 で 、 せわし なく 胸 の 真鍮 ぼたん を はめたり はずしたり した 。 |あぶら||||あかい|て||||むね||しんちゅう||||| ・・

「 なぜ です の 」・・

「 木村 は 困り きって る んです よ 。 きむら||こまり|||| …… ほんとうに あなた 考えて ごらん なさい ……」・・ ||かんがえて||

勢い 込んで なお いい 募ろう と した 古藤 は 、 襖 を 明け 開いた まま の 隣 の 部屋 に 愛子 たち が いる の に 気づいた らしく 、・・ いきおい|こんで|||つのろう|||ことう||ふすま||あけ|あいた|||となり||へや||あいこ||||||きづいた| Furuto, who tried to gather even more momentum, seemed to notice that Aiko and the others were in the next room with the fusuma open.

「 あなた は この 前 お目にかかった 時 から する と 、 また ひどく やせました ねえ 」・・ |||ぜん|おめにかかった|じ||||||やせ ました| "You've lost a lot of weight since the last time I met you."

と 言葉 を そらした 。 |ことば|| ・・

「 愛さ ん もう できて ? あいさ||| 」・・

と 葉子 も 調子 を かえて 愛子 に 遠く から こう 尋ね 「 い ゝ えま だ 少し 」 と 愛子 が いう の を しお に 葉子 は そちら に 立った 。 |ようこ||ちょうし|||あいこ||とおく|||たずね|||||すこし||あいこ|||||||ようこ||||たった 貞 世 は ひどく つまらな そうな 顔 を して 、 机 に 両 肘 を 持た せた まま 、 ぼんやり と 庭 の ほう を 見 やって 、 三 人 の 挙動 など に は 目 も くれ ない ふうだった 。 さだ|よ||||そう な|かお|||つくえ||りょう|ひじ||もた|||||にわ||||み||みっ|じん||きょどう||||め|||| 垣根 添い の 木 の 間 から は 、 種々な 色 の 薔薇 の 花 が 夕闇 の 中 に も ちらほら と 見えて いた 。 かきね|そい||き||あいだ|||しゅじゅな|いろ||ばら||か||ゆうやみ||なか|||||みえて| Through the trees along the hedge, roses of various colors could be seen here and there, even in the twilight. 葉子 は このごろ の 貞 世 は ほんとうに 変だ と 思い ながら 、 愛子 の 縫い かけ の 布 を 取り上げて 見た 。 ようこ||||さだ|よ|||へんだ||おもい||あいこ||ぬい|||ぬの||とりあげて|みた それ は まだ 半分 も 縫い上げられて は い なかった 。 |||はんぶん||ぬいあげ られて||| It wasn't even half sewn up yet. 葉子 の 疳癪 は ぎりぎり 募って 来た けれども 、 しいて 心 を 押し しずめ ながら 、・・ ようこ||かんしゃく|||つのって|きた|||こころ||おし|| Yoko's tantrums were barely rising, but she kept pressing down on her heart.

「 これっぽっち …… 愛子 さんどう した と いう んだろう 。 これ っぽ っち|あいこ||||| どれ ねえさん に お 貸し 、 そして あなた は …… 貞 ちゃん も 古藤 さん の 所 に 行って お 相手 を して おいで ……」・・ ||||かし||||さだ|||ことう|||しょ||おこなって||あいて|||

「 僕 は 倉地 さん に あって 来ます 」・・ ぼく||くらち||||き ます

突然 後ろ向き の 古藤 は 畳 に 片手 を ついて 肩 越し に 向き 返り ながら こういった 。 とつぜん|うしろむき||ことう||たたみ||かたて|||かた|こし||むき|かえり|| Furuto, who was suddenly facing backwards, put one hand on the tatami mat and looked over his shoulder and said, そして 葉子 が 返事 を する 暇 も なく 立ち上がって 階子 段 を 降りて 行こう と した 。 |ようこ||へんじ|||いとま|||たちあがって|はしご|だん||おりて|いこう|| 葉子 は すばやく 愛子 に 目 くば せ して 、 下 に 案内 して 二 人 の 用 を 足して やる ように と いった 。 ようこ|||あいこ||め||||した||あんない||ふた|じん||よう||たして|||| 愛子 は 急いで 立って 行った 。 あいこ||いそいで|たって|おこなった