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或る女 - 有島武郎(アクセス), 37.2 或る女

37.2 或る 女

倉地 は どんどん 歩いて 二 人 の 話し声 が 耳 に 入ら ぬ くらい 遠ざかった 。 葉子 は 木部 の 口 から 例の 感傷 的な 言葉 が 今 出る か 今 出る か と 思って 待って いた けれども 、 木部 に は いささか も そんな ふう は なかった 。 笑い ばかり で なく 、 すべて に うつろな 感じ が する ほど 無 感情 に 見えた 。 ・・

「 あなた は ほんとうに 今 何 を なさって いらっしゃいます の 」・・

と 葉子 は 少し 木部 に 近よって 尋ねた 。 木部 は 近寄ら れた だけ 葉子 から 遠のいて また うつろに 笑った 。 ・・

「 何 を する もん です か 。 人間 に 何 が できる もん です か 。 …… もう 春 も 末 に なりました ね 」・・

途 轍 も ない 言葉 を しいて くっ付けて 木部 は その よく 光る 目 で 葉子 を 見た 。 そして すぐ その 目 を 返して 、 遠ざかった 倉地 を こめて 遠く 海 と 空 と の 境目 に ながめ 入った 。 ・・

「 わたし あなた と ゆっくり お 話 が して みたい と 思います が ……」・・

こう 葉子 は しんみり ぬすむ ように いって みた 。 木部 は 少しも それ に 心 を 動かさ れ ない ように 見えた 。 ・・

「 そう …… それ も おもしろい か な 。 …… わたし は これ でも 時おり は あなた の 幸福 を 祈ったり して います よ 、 おかしな もん です ね 、 ハヽヽヽ ( 葉子 が その 言葉 に つけ入って 何 か いおう と する の を 木部 は 悠々と おっかぶせて ) あれ が 、 あす こ に 見える の が 大島 です 。 ぽつんと 一 つ 雲 か 何 か の よう に 見える でしょう 空 に 浮いて …… 大島って 伊豆 の 先 の 離れ島 です 、 あれ が わたし の 釣り を する 所 から 正面 に 見える んです 。 あれ で いて 、 日 に よって 色 が さまざまに 変わります 。 どうかする と 噴煙 が ぽ ーっと 見える 事 も あります よ 」・・

また 言葉 が ぽつんと 切れて 沈黙 が 続いた 。 下駄 の 音 の ほか に 波 の 音 も だんだん と 近く 聞こえ 出した 。 葉子 は ただただ 胸 が 切なく なる の を 覚えた 。 もう 一 度 どうしても ゆっくり 木部 に あいたい 気 に なって いた 。 ・・

「 木部 さん …… あなた さぞ わたし を 恨んで いらっしゃいましょう ね 。 …… けれども わたし あなた に どうしても 申し上げて おきたい 事 が あります の 。 なんとか して 一 度 わたし に 会って くださいません ? その うち に 。 わたし の 番地 は ……」・・

「 お 会い しましょう 『 その うち に 』…… その うち に は いい 言葉 です ね …… その うち に ……。 話 が ある から と 女 に いわ れた 時 に は 、 話 を 期待 し ないで 抱擁 か 虚無 か を 覚悟 しろって 名言 が あります ぜ 、 ハヽヽヽヽ 」・・

「 それ は あんまりな おっしゃり かた です わ 」・・

葉子 は きわめて 冗談 の ように また きわめて まじめ の ように こう いって みた 。 ・・

「 あんまり か あんまりで ない か …… とにかく 名言 に は 相違 あります まい 、 ハヽヽヽヽ 」・・

木部 は また うつろに 笑った が 、 また 痛い 所 に でも 触れた ように 突然 笑い やんだ 。 ・・

倉地 は 波打ちぎわ 近く まで 来て も 渡れ そう も ない ので 遠く から こっち を 振り向いて 、 むずかしい 顔 を して 立って いた 。 ・・

「 どれ お 二 人 に 橋渡し を して 上げましょう か な 」・・

そう いって 木部 は 川 べ の 葦 を 分けて しばらく 姿 を 隠して いた が 、 やがて 小さな 田 舟 に 乗って 竿 を さして 現われて 来た 。 その 時 葉子 は 木部 が 釣り 道具 を 持って いない のに 気 が ついた 。 ・・

「 あなた 釣り竿 は 」・・

「 釣り竿 です か …… 釣り竿 は 水 の 上 に 浮いて る でしょう 。 いまに ここ まで 流れて 来る か …… 来 ない か ……」・・

そう 応えて 案外 上手に 舟 を 漕いだ 。 倉地 は 行き 過ぎた だけ を 忙 い で 取って返して 来た 。 そして 三 人 は あぶな か しく 立った まま 舟 に 乗った 。 倉地 は 木部 の 前 も 構わ ず わき の 下 に 手 を 入れて 葉子 を かかえた 。 木部 は 冷 然 と して 竿 を 取った 。 三 突き ほど で たわいなく 舟 は 向こう岸 に 着いた 。 倉地 が いちはやく 岸 に 飛び上がって 、 手 を 延ばして 葉子 を 助けよう と した 時 、 木部 が 葉子 に 手 を 貸して いた ので 、 葉子 は すぐに それ を つかんだ 。 思いきり 力 を こめた ため か 、 木部 の 手 が 舟 を 漕いだ ため だった か 、 とにかく 二 人 の 手 は 握り合わ さ れた まま 小刻みに はげしく 震えた 。 ・・

「 やっ、 どうも ありがとう 」・・

倉地 は 葉子 の 上陸 を 助けて くれた 木部 に こう 礼 を いった 。 ・・

木部 は 舟 から は 上がら なかった 。 そして 鍔広 の 帽子 を 取って 、・・

「 それ じゃ これ で お 別れ します 」・・

と いった 。 ・・

「 暗く なりました から 、 お 二 人 と も 足 もと に 気 を お つけ なさい 。 さようなら 」・・

と 付け加えた 。 ・・

三 人 は 相当 の 挨拶 を 取りかわして 別れた 。 一 町 ほど 来て から 急に 行く手 が 明るく なった ので 、 見る と 光明 寺 裏 の 山 の 端に 、 夕月 が 濃い 雲 の 切れ目 から 姿 を 見せた のだった 。 葉子 は 後ろ を 振り返って 見た 。 紫色 に 暮れた 砂 の 上 に 木部 が 舟 を 葦間 に 漕ぎ 返して 行く 姿 が 影絵 の ように 黒く ながめられた 。 葉子 は 白 琥珀 の パラソル を ぱっと 開いて 、 倉地 に は いたずらに 見える ように 振り 動かした 。 ・・

三四 町 来て から 倉地 が 今度 は 後ろ を 振り返った 。 もう そこ に は 木部 の 姿 は なかった 。 葉子 は パラソル を 畳もう と して 思わず 涙ぐんで しまって いた 。 ・・

「 あれ は いったい だれ だ 」・・

「 だれ だって いい じゃ ありません か 」・・

暗 さ に まぎれて 倉地 に 涙 は 見せ なかった が 、 葉子 の 言葉 は 痛ましく 疳 走って いた 。 ・・

「 ローマンス の たくさん ある 女 は ちがった もの だ な 」・・

「 え ゝ 、 その とおり …… あんな 乞食 みたいな 見っと も ない 恋人 を 持った 事 が ある の よ 」・・

「 さすが は お前 だ よ 」・・

「 だから 愛想 が 尽きた でしょう 」・・

突如と して また いい よう の ない さびし さ 、 哀し さ 、 くやし さ が 暴風 の ように 襲って 来た 。 また 来た と 思って も それ は もう おそかった 。 砂 の 上 に 突っ伏して 、 今にも 絶え 入り そうに 身 もだえ する 葉子 を 、 倉地 は 聞こえ ぬ 程度 に 舌打ち し ながら 介抱 せ ねば なら なかった 。 ・・

その 夜 旅館 に 帰って から も 葉子 は いつまでも 眠ら なかった 。 そこ に 来て 働く 女 中 たち を 一人一人 突 慳貪 に きびしく たしなめた 。 しまい に は 一 人 と して 寄りつく もの が なくなって しまう くらい 。 倉地 も 始め の うち は しぶしぶ つき合って いた が 、 ついに は 勝手に する が いい と いわんばかり に 座敷 を 代えて ひと り で 寝て しまった 。 ・・

春 の 夜 は ただ 、 事 も なく しめやかに ふけて 行った 。 遠く から 聞こえて 来る 蛙 の 鳴き声 の ほか に は 、 日 勝 様 の 森 あたり で なく らしい 梟 の 声 が する ばかりだった 。 葉子 と は なんの 関係 も ない 夜 鳥 で あり ながら 、 その 声 に は 人 を ばかに しきった ような 、 それでいて 聞く に 堪え ない ほど さびしい 響き が 潜んで いた 。 ほう 、 ほう …… ほう 、 ほうほう と 間 遠 に 単調に 同じ 木 の 枝 と 思わしい 所 から 聞こえて いた 。 人々 が 寝しずまって みる と 、 憤怒 の 情 は いつか 消え 果てて 、 いいよう の ない 寂 寞 が その あと に 残った 。 ・・

葉子 の する 事 いう 事 は 一つ一つ 葉子 を 倉地 から 引き離そう と する ばかりだった 。 今夜 も 倉地 が 葉子 から 待ち望んで いた もの を 葉子 は 明らかに 知っていた 。 しかも 葉子 は わけ の わから ない 怒り に 任せて 自分 の 思う まま に 振る舞った 結果 、 倉地 に は 不快 きわまる 失望 を 与えた に 違いない 。 こうした まま で 日 が たつ に 従って 、 倉地 は 否応 なし に さらに 新しい 性 的 興味 の 対象 を 求める ように なる の は 目前 の 事 だ 。 現に 愛子 は その 候補 者 の 一 人 と して 倉地 の 目 に は 映り 始めて いる ので は ない か 。 葉子 は 倉地 と の 関係 を 始め から 考え たどって みる に つれて 、 どうしても 間違った 方向 に 深入り した の を 悔い ないで はいら れ なかった 。 しかし 倉地 を 手なずける ため に は あの 道 を えらぶ より しかたがなかった ように も 思える 。 倉地 の 性格 に 欠点 が ある のだ 。 そう で は ない 。 倉地 に 愛 を 求めて 行った 自分 の 性格 に 欠点 が ある のだ 。 …… そこ まで 理屈 らしく 理屈 を たどって 来て みる と 、 葉子 は 自分 と いう もの が 踏みにじって も 飽き足りない ほど いやな 者 に 見えた 。 ・・

「 なぜ わたし は 木部 を 捨て 木村 を 苦しめ なければ なら ない のだろう 。 なぜ 木部 を 捨てた 時 に わたし は 心 に 望んで いる ような 道 を まっし ぐ ら に 進んで 行く 事 が でき なかった のだろう 。 わたし を 木村 に しいて 押し付けた 五十川 の おばさん は 悪い …… わたし の 恨み は どうして も 消える もの か 。 …… と いって おめおめ と その 策略 に 乗って しまった わたし は なんという ふがいない 女 だった のだろう 。 倉地 に だけ は わたし は 失望 し たく ない と 思った 。 今 まで の すべて の 失望 を あの 人 で 全部 取り返して まだ 余り きる ような 喜び を 持とう と した のだった 。 わたし は 倉地 と は 離れて は いられ ない 人間 だ と 確かに 信じて いた 。 そして わたし の 持って る すべて を …… 醜い もの の すべて を も 倉地 に 与えて 悲しい と も 思わ なかった のだ 。 わたし は 自分 の 命 を 倉地 の 胸 に たたきつけた 。 それ だ のに 今 は 何 が 残って いる …… 何 が 残って いる ……。 今夜 かぎり わたし は 倉地 に 見放さ れる のだ 。 この 部屋 を 出て 行って しまった 時 の 冷淡な 倉地 の 顔 ! …… わたし は 行こう 。 これ から 行って 倉地 に わびよう 、 奴隷 の ように 畳 に 頭 を こすり 付けて わびよう …… そうだ 。 …… しかし 倉地 が 冷 刻 な 顔 を して わたし の 心 を 見 も 返ら なかったら …… わたし は 生きて る 間 に そんな 倉地 の 顔 を 見る 勇気 は ない 。 …… 木部 に わびよう か …… 木部 は 居所 さえ 知ら そう と は し ない のだ もの ……」・・

葉子 は やせた 肩 を 痛ましく 震わして 、 倉地 から 絶縁 されて しまった もの の ように 、 さびしく 哀しく 涙 の 枯れる か と 思う まで 泣く のだった 。 静まり きった 夜 の 空気 の 中 に 、 時々 鼻 を かみ ながら すすり 上げ すすり 上げ 泣き伏す 痛ましい 声 だけ が 聞こえた 。 葉子 は 自分 の 声 に つまされて なおさら 悲哀 から 悲哀 の どん底 に 沈んで 行った 。 ・・

やや しばらく して から 葉子 は 決心 する ように 、 手近に あった 硯箱 と 料 紙 と を 引き寄せた 。 そして 震える 手先 を しいて 繰り ながら 簡単な 手紙 を 乳母 に あてて 書いた 。 それ に は 乳母 と も 定子 と も 断然 縁 を 切る から 以後 他人 と 思って くれ 。 もし 自分 が 死んだら ここ に 同封 する 手紙 を 木部 の 所 に 持って行く が いい 。 木部 は きっと どうして でも 定子 を 養って くれる だろう から と いう 意味 だけ を 書いた 。 そして 木部 あて の 手紙 に は 、・・

「 定子 は あなた の 子 です 。 その 顔 を 一目 御覧 に なったら すぐ お わかり に なります 。 わたし は 今 まで 意地 から も 定子 は わたし 一 人 の 子 で わたし 一 人 の もの と する つもりで いました 。 けれども わたし が 世に ない もの と なった 今 は 、 あなた は もう わたし の 罪 を 許して くださる か と も 思います 。 せめて は 定子 を 受け入れて くださいましょう 。 ・・

葉子 の 死んだ 後 ・・

あわれなる 定子 の ママ より ・・

定子 の お とう 様 へ 」・・

と 書いた 。 涙 は 巻紙 の 上 に とめど なく 落ちて 字 を にじました 。 東京 に 帰ったら ためて 置いた 預金 の 全部 を 引き出して それ を 為替 に して 同封 する ため に 封 を 閉じ なかった 。 ・・

最後 の 犠牲 …… 今 まで とつ お いつ 捨て 兼ねて いた 最愛 の もの を 最後 の 犠牲 に して みたら 、 たぶん は 倉地 の 心 が もう 一 度 自分 に 戻って 来る かも しれ ない 。 葉子 は 荒神 に 最愛 の もの を 生 牲 と して 願い を きいて もらおう と する 太古 の 人 の ような 必死な 心 に なって いた 。 それ は 胸 を 張り 裂く ような 犠牲 だった 。 葉子 は 自分 の 目 から も 英雄 的に 見える この 決心 に 感激 して また 新しく 泣きくずれた 。 ・・

「 どうか 、 どう か 、…… どう ー か 」・・

葉子 は だれ に と も なく 手 を 合わして 、 一心に 念じて おいて 、 雄々しく 涙 を 押し ぬぐう と 、 そっと 座 を 立って 、 倉地 の 寝て いる ほう へ と 忍びよった 。 廊下 の 明り は 大半 消されて いる ので 、 ガラス 窓 から おぼろに さし込む 月 の 光 が たより に なった 。 廊下 の 半分 が た 燐 の 燃えた ような その 光 の 中 を 、 やせ細って いっそう 背たけ の 伸びて 見える 葉子 は 、 影 が 歩む ように 音 も なく 静かに 歩み ながら 、 そっと 倉地 の 部屋 の 襖 を 開いて 中 に はいった 。 薄暗く ともった 有明け の 下 に 倉地 は 何事 も 知ら ぬ げ に 快く 眠って いた 。 葉子 は そっと その 枕 もと に 座 を 占めた 。 そして 倉地 の 寝顔 を 見守った 。 ・・

葉子 の 目 に は ひとりでに 涙 が わく ように あふれ出て 、 厚 ぼったい ような 感じ に なった 口 び る は われ に も なく わなわな と 震えて 来た 。 葉子 は そうした まま で 黙って なおも 倉地 を 見 続けて いた 。 葉子 の 目 に たまった 涙 の ため に 倉地 の 姿 は 見る見る にじんだ ように 輪郭 が ぼやけて しまった 。 葉子 は 今さら 人 が 違った ように 心 が 弱って 、 受け身に ばかり なら ず に は いられ なく なった 自分 が 悲しかった 。 なんという 情けない かわいそうな 事 だろう 。 そう 葉子 は しみじみ と 思った 。 ・・

だんだん 葉子 の 涙 は すすり泣き に かわって 行った 。 倉地 が 眠り の 中 で それ を 感じた らしく 、 うるさ そうに うめき声 を 小さく 立てて 寝返り を 打った 。 葉子 は ぎょっと して 息 気 を つめた 。 ・・

しかし すぐ すすり泣き は また 帰って 来た 。 葉子 は 何事 も 忘れ 果てて 、 倉地 の 床 の そば に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも 泣き 続けて いた 。


37.2 或る 女 ある|おんな 37,2 Una mujer

倉地 は どんどん 歩いて 二 人 の 話し声 が 耳 に 入ら ぬ くらい 遠ざかった 。 くらち|||あるいて|ふた|じん||はなしごえ||みみ||はいら|||とおざかった 葉子 は 木部 の 口 から 例の 感傷 的な 言葉 が 今 出る か 今 出る か と 思って 待って いた けれども 、 木部 に は いささか も そんな ふう は なかった 。 ようこ||きべ||くち||れいの|かんしょう|てきな|ことば||いま|でる||いま|でる|||おもって|まって|||きべ|||||||| 笑い ばかり で なく 、 すべて に うつろな 感じ が する ほど 無 感情 に 見えた 。 わらい|||||||かんじ||||む|かんじょう||みえた ・・

「 あなた は ほんとうに 今 何 を なさって いらっしゃいます の 」・・ |||いま|なん|||いらっしゃい ます|

と 葉子 は 少し 木部 に 近よって 尋ねた 。 |ようこ||すこし|きべ||ちかよって|たずねた 木部 は 近寄ら れた だけ 葉子 から 遠のいて また うつろに 笑った 。 きべ||ちかよら|||ようこ||とおのいて|||わらった ・・

「 何 を する もん です か 。 なん||||| 人間 に 何 が できる もん です か 。 にんげん||なん||||| …… もう 春 も 末 に なりました ね 」・・ |はる||すえ||なり ました|

途 轍 も ない 言葉 を しいて くっ付けて 木部 は その よく 光る 目 で 葉子 を 見た 。 と|わだち|||ことば|||くっつけて|きべ||||ひかる|め||ようこ||みた そして すぐ その 目 を 返して 、 遠ざかった 倉地 を こめて 遠く 海 と 空 と の 境目 に ながめ 入った 。 |||め||かえして|とおざかった|くらち|||とおく|うみ||から|||さかいめ|||はいった ・・

「 わたし あなた と ゆっくり お 話 が して みたい と 思います が ……」・・ |||||はなし|||||おもい ます|

こう 葉子 は しんみり ぬすむ ように いって みた 。 |ようこ|||||| 木部 は 少しも それ に 心 を 動かさ れ ない ように 見えた 。 きべ||すこしも|||こころ||うごかさ||||みえた ・・

「 そう …… それ も おもしろい か な 。 …… わたし は これ でも 時おり は あなた の 幸福 を 祈ったり して います よ 、 おかしな もん です ね 、 ハヽヽヽ ( 葉子 が その 言葉 に つけ入って 何 か いおう と する の を 木部 は 悠々と おっかぶせて ) あれ が 、 あす こ に 見える の が 大島 です 。 ||||ときおり||||こうふく||いのったり||い ます|||||||ようこ|||ことば||つけいって|なん|||||||きべ||ゆうゆうと|お っ かぶせて||||||みえる|||おおしま| ぽつんと 一 つ 雲 か 何 か の よう に 見える でしょう 空 に 浮いて …… 大島って 伊豆 の 先 の 離れ島 です 、 あれ が わたし の 釣り を する 所 から 正面 に 見える んです 。 |ひと||くも||なん|||||みえる||から||ういて|おおしま って|いず||さき||はなれじま||||||つり|||しょ||しょうめん||みえる| あれ で いて 、 日 に よって 色 が さまざまに 変わります 。 |||ひ|||いろ|||かわり ます どうかする と 噴煙 が ぽ ーっと 見える 事 も あります よ 」・・ どうか する||ふんえん|||- っと|みえる|こと||あり ます|

また 言葉 が ぽつんと 切れて 沈黙 が 続いた 。 |ことば|||きれて|ちんもく||つづいた 下駄 の 音 の ほか に 波 の 音 も だんだん と 近く 聞こえ 出した 。 げた||おと||||なみ||おと||||ちかく|きこえ|だした 葉子 は ただただ 胸 が 切なく なる の を 覚えた 。 ようこ|||むね||せつなく||||おぼえた もう 一 度 どうしても ゆっくり 木部 に あいたい 気 に なって いた 。 |ひと|たび|||きべ|||き||| ・・

「 木部 さん …… あなた さぞ わたし を 恨んで いらっしゃいましょう ね 。 きべ||||||うらんで|いらっしゃい ましょう| …… けれども わたし あなた に どうしても 申し上げて おきたい 事 が あります の 。 |||||もうしあげて|おき たい|こと||あり ます| なんとか して 一 度 わたし に 会って くださいません ? ||ひと|たび|||あって|ください ませ ん その うち に 。 わたし の 番地 は ……」・・ ||ばんち|

「 お 会い しましょう 『 その うち に 』…… その うち に は いい 言葉 です ね …… その うち に ……。 |あい|し ましょう|||||||||ことば||||| 話 が ある から と 女 に いわ れた 時 に は 、 話 を 期待 し ないで 抱擁 か 虚無 か を 覚悟 しろって 名言 が あります ぜ 、 ハヽヽヽヽ 」・・ はなし|||||おんな||||じ|||はなし||きたい|||ほうよう||きょむ|||かくご|しろ って|めいげん||あり ます||

「 それ は あんまりな おっしゃり かた です わ 」・・

葉子 は きわめて 冗談 の ように また きわめて まじめ の ように こう いって みた 。 ようこ|||じょうだん|||||||||| ・・

「 あんまり か あんまりで ない か …… とにかく 名言 に は 相違 あります まい 、 ハヽヽヽヽ 」・・ ||||||めいげん|||そうい|あり ます||

木部 は また うつろに 笑った が 、 また 痛い 所 に でも 触れた ように 突然 笑い やんだ 。 きべ||||わらった|||いたい|しょ|||ふれた||とつぜん|わらい| ・・

倉地 は 波打ちぎわ 近く まで 来て も 渡れ そう も ない ので 遠く から こっち を 振り向いて 、 むずかしい 顔 を して 立って いた 。 くらち||なみうちぎわ|ちかく||きて||わたれ|||||とおく||||ふりむいて||かお|||たって| ・・

「 どれ お 二 人 に 橋渡し を して 上げましょう か な 」・・ ||ふた|じん||はしわたし|||あげ ましょう||

そう いって 木部 は 川 べ の 葦 を 分けて しばらく 姿 を 隠して いた が 、 やがて 小さな 田 舟 に 乗って 竿 を さして 現われて 来た 。 ||きべ||かわ|||あし||わけて||すがた||かくして||||ちいさな|た|ふね||のって|さお|||あらわれて|きた その 時 葉子 は 木部 が 釣り 道具 を 持って いない のに 気 が ついた 。 |じ|ようこ||きべ||つり|どうぐ||もって|||き|| ・・

「 あなた 釣り竿 は 」・・ |つりざお|

「 釣り竿 です か …… 釣り竿 は 水 の 上 に 浮いて る でしょう 。 つりざお|||つりざお||すい||うえ||ういて|| いまに ここ まで 流れて 来る か …… 来 ない か ……」・・ |||ながれて|くる||らい||

そう 応えて 案外 上手に 舟 を 漕いだ 。 |こたえて|あんがい|じょうずに|ふね||こいだ 倉地 は 行き 過ぎた だけ を 忙 い で 取って返して 来た 。 くらち||いき|すぎた|||ぼう|||とってかえして|きた そして 三 人 は あぶな か しく 立った まま 舟 に 乗った 。 |みっ|じん|||||たった||ふね||のった 倉地 は 木部 の 前 も 構わ ず わき の 下 に 手 を 入れて 葉子 を かかえた 。 くらち||きべ||ぜん||かまわ||||した||て||いれて|ようこ|| 木部 は 冷 然 と して 竿 を 取った 。 きべ||ひや|ぜん|||さお||とった 三 突き ほど で たわいなく 舟 は 向こう岸 に 着いた 。 みっ|つき||||ふね||むこうぎし||ついた 倉地 が いちはやく 岸 に 飛び上がって 、 手 を 延ばして 葉子 を 助けよう と した 時 、 木部 が 葉子 に 手 を 貸して いた ので 、 葉子 は すぐに それ を つかんだ 。 くらち|||きし||とびあがって|て||のばして|ようこ||たすけよう|||じ|きべ||ようこ||て||かして|||ようこ||||| 思いきり 力 を こめた ため か 、 木部 の 手 が 舟 を 漕いだ ため だった か 、 とにかく 二 人 の 手 は 握り合わ さ れた まま 小刻みに はげしく 震えた 。 おもいきり|ちから|||||きべ||て||ふね||こいだ|||||ふた|じん||て||にぎりあわ||||こきざみに||ふるえた ・・

「 やっ、 どうも ありがとう 」・・

倉地 は 葉子 の 上陸 を 助けて くれた 木部 に こう 礼 を いった 。 くらち||ようこ||じょうりく||たすけて||きべ|||れい|| ・・

木部 は 舟 から は 上がら なかった 。 きべ||ふね|||あがら| そして 鍔広 の 帽子 を 取って 、・・ |つばこう||ぼうし||とって

「 それ じゃ これ で お 別れ します 」・・ |||||わかれ|し ます

と いった 。 ・・

「 暗く なりました から 、 お 二 人 と も 足 もと に 気 を お つけ なさい 。 くらく|なり ました|||ふた|じん|||あし|||き|||| さようなら 」・・

と 付け加えた 。 |つけくわえた ・・

三 人 は 相当 の 挨拶 を 取りかわして 別れた 。 みっ|じん||そうとう||あいさつ||とりかわして|わかれた 一 町 ほど 来て から 急に 行く手 が 明るく なった ので 、 見る と 光明 寺 裏 の 山 の 端に 、 夕月 が 濃い 雲 の 切れ目 から 姿 を 見せた のだった 。 ひと|まち||きて||きゅうに|ゆくて||あかるく|||みる||こうみょう|てら|うら||やま||はしたに|ゆうづき||こい|くも||きれめ||すがた||みせた| 葉子 は 後ろ を 振り返って 見た 。 ようこ||うしろ||ふりかえって|みた 紫色 に 暮れた 砂 の 上 に 木部 が 舟 を 葦間 に 漕ぎ 返して 行く 姿 が 影絵 の ように 黒く ながめられた 。 むらさきいろ||くれた|すな||うえ||きべ||ふね||あしかん||こぎ|かえして|いく|すがた||かげえ|||くろく|ながめ られた 葉子 は 白 琥珀 の パラソル を ぱっと 開いて 、 倉地 に は いたずらに 見える ように 振り 動かした 。 ようこ||しろ|こはく||ぱらそる|||あいて|くらち||||みえる||ふり|うごかした ・・

三四 町 来て から 倉地 が 今度 は 後ろ を 振り返った 。 さんし|まち|きて||くらち||こんど||うしろ||ふりかえった もう そこ に は 木部 の 姿 は なかった 。 ||||きべ||すがた|| 葉子 は パラソル を 畳もう と して 思わず 涙ぐんで しまって いた 。 ようこ||ぱらそる||たたもう|||おもわず|なみだぐんで|| ・・

「 あれ は いったい だれ だ 」・・

「 だれ だって いい じゃ ありません か 」・・ ||||あり ませ ん|

暗 さ に まぎれて 倉地 に 涙 は 見せ なかった が 、 葉子 の 言葉 は 痛ましく 疳 走って いた 。 あん||||くらち||なみだ||みせ|||ようこ||ことば||いたましく|かん|はしって| ・・

「 ローマンス の たくさん ある 女 は ちがった もの だ な 」・・ ||||おんな|||||

「 え ゝ 、 その とおり …… あんな 乞食 みたいな 見っと も ない 恋人 を 持った 事 が ある の よ 」・・ |||||こじき||み っと|||こいびと||もった|こと|||| "Well, that's right... I've had an unattractive lover who looks like a beggar."

「 さすが は お前 だ よ 」・・ ||おまえ||

「 だから 愛想 が 尽きた でしょう 」・・ |あいそ||つきた|

突如と して また いい よう の ない さびし さ 、 哀し さ 、 くやし さ が 暴風 の ように 襲って 来た 。 とつじょと|||||||||かなし|||||ぼうふう|||おそって|きた また 来た と 思って も それ は もう おそかった 。 |きた||おもって||||| 砂 の 上 に 突っ伏して 、 今にも 絶え 入り そうに 身 もだえ する 葉子 を 、 倉地 は 聞こえ ぬ 程度 に 舌打ち し ながら 介抱 せ ねば なら なかった 。 すな||うえ||つ っ ふくして|いまにも|たえ|はいり|そう に|み|||ようこ||くらち||きこえ||ていど||したうち|||かいほう|||| ・・

その 夜 旅館 に 帰って から も 葉子 は いつまでも 眠ら なかった 。 |よ|りょかん||かえって|||ようこ|||ねむら| そこ に 来て 働く 女 中 たち を 一人一人 突 慳貪 に きびしく たしなめた 。 ||きて|はたらく|おんな|なか|||ひとりひとり|つ|けんどん||| しまい に は 一 人 と して 寄りつく もの が なくなって しまう くらい 。 |||ひと|じん|||よりつく||||| 倉地 も 始め の うち は しぶしぶ つき合って いた が 、 ついに は 勝手に する が いい と いわんばかり に 座敷 を 代えて ひと り で 寝て しまった 。 くらち||はじめ|||||つきあって|||||かってに|||||||ざしき||かえて||||ねて| ・・

春 の 夜 は ただ 、 事 も なく しめやかに ふけて 行った 。 はる||よ|||こと|||||おこなった 遠く から 聞こえて 来る 蛙 の 鳴き声 の ほか に は 、 日 勝 様 の 森 あたり で なく らしい 梟 の 声 が する ばかりだった 。 とおく||きこえて|くる|かえる||なきごえ|||||ひ|か|さま||しげる|||||ふくろう||こえ||| 葉子 と は なんの 関係 も ない 夜 鳥 で あり ながら 、 その 声 に は 人 を ばかに しきった ような 、 それでいて 聞く に 堪え ない ほど さびしい 響き が 潜んで いた 。 ようこ||||かんけい|||よ|ちょう|||||こえ|||じん||||||きく||こらえ||||ひびき||ひそんで| Despite being a night bird that had nothing to do with Yoko, there was an unbearably lonely sound hidden in her voice that seemed to ridicule people. ほう 、 ほう …… ほう 、 ほうほう と 間 遠 に 単調に 同じ 木 の 枝 と 思わしい 所 から 聞こえて いた 。 |||||あいだ|とお||たんちょうに|おなじ|き||えだ||おもわしい|しょ||きこえて| 人々 が 寝しずまって みる と 、 憤怒 の 情 は いつか 消え 果てて 、 いいよう の ない 寂 寞 が その あと に 残った 。 ひとびと||ねしずまって|||ふんぬ||じょう|||きえ|はてて||||じゃく|ばく|||||のこった ・・

葉子 の する 事 いう 事 は 一つ一つ 葉子 を 倉地 から 引き離そう と する ばかりだった 。 ようこ|||こと||こと||ひとつひとつ|ようこ||くらち||ひきはなそう||| 今夜 も 倉地 が 葉子 から 待ち望んで いた もの を 葉子 は 明らかに 知っていた 。 こんや||くらち||ようこ||まちのぞんで||||ようこ||あきらかに|しっていた しかも 葉子 は わけ の わから ない 怒り に 任せて 自分 の 思う まま に 振る舞った 結果 、 倉地 に は 不快 きわまる 失望 を 与えた に 違いない 。 |ようこ||||||いかり||まかせて|じぶん||おもう|||ふるまった|けっか|くらち|||ふかい||しつぼう||あたえた||ちがいない こうした まま で 日 が たつ に 従って 、 倉地 は 否応 なし に さらに 新しい 性 的 興味 の 対象 を 求める ように なる の は 目前 の 事 だ 。 |||ひ||||したがって|くらち||いやおう||||あたらしい|せい|てき|きょうみ||たいしょう||もとめる|||||もくぜん||こと| As the days went by, Kurachi would be compelled to find a new sexual interest. 現に 愛子 は その 候補 者 の 一 人 と して 倉地 の 目 に は 映り 始めて いる ので は ない か 。 げんに|あいこ|||こうほ|もの||ひと|じん|||くらち||め|||うつり|はじめて||||| In fact, isn't Aiko beginning to appear in Kurachi's eyes as one of the candidates? 葉子 は 倉地 と の 関係 を 始め から 考え たどって みる に つれて 、 どうしても 間違った 方向 に 深入り した の を 悔い ないで はいら れ なかった 。 ようこ||くらち|||かんけい||はじめ||かんがえ||||||まちがった|ほうこう||ふかいり||||くい|||| As Yoko traced her relationship with Kurachi from the beginning, she couldn't help but regret that she had gone in the wrong direction. しかし 倉地 を 手なずける ため に は あの 道 を えらぶ より しかたがなかった ように も 思える 。 |くらち||てなずける|||||どう|||||||おもえる 倉地 の 性格 に 欠点 が ある のだ 。 くらち||せいかく||けってん||| そう で は ない 。 倉地 に 愛 を 求めて 行った 自分 の 性格 に 欠点 が ある のだ 。 くらち||あい||もとめて|おこなった|じぶん||せいかく||けってん||| …… そこ まで 理屈 らしく 理屈 を たどって 来て みる と 、 葉子 は 自分 と いう もの が 踏みにじって も 飽き足りない ほど いやな 者 に 見えた 。 ||りくつ||りくつ|||きて|||ようこ||じぶん|||||ふみにじって||あきたりない|||もの||みえた …… When I followed the reasoning to that point, Yoko seemed to be a person who didn't get tired of being trampled on. ・・

「 なぜ わたし は 木部 を 捨て 木村 を 苦しめ なければ なら ない のだろう 。 |||きべ||すて|きむら||くるしめ|||| なぜ 木部 を 捨てた 時 に わたし は 心 に 望んで いる ような 道 を まっし ぐ ら に 進んで 行く 事 が でき なかった のだろう 。 |きべ||すてた|じ||||こころ||のぞんで|||どう||まっ し||||すすんで|いく|こと|||| わたし を 木村 に しいて 押し付けた 五十川 の おばさん は 悪い …… わたし の 恨み は どうして も 消える もの か 。 ||きむら|||おしつけた|いそがわ||||わるい|||うらみ||||きえる|| Aunt Isogawa, who pushed me against Kimura, is bad... Will my resentment ever disappear? …… と いって おめおめ と その 策略 に 乗って しまった わたし は なんという ふがいない 女 だった のだろう 。 |||||さくりゃく||のって||||||おんな|| …… I wonder what a reckless woman I was to have fallen for that ruse. 倉地 に だけ は わたし は 失望 し たく ない と 思った 。 くらち||||||しつぼう|||||おもった 今 まで の すべて の 失望 を あの 人 で 全部 取り返して まだ 余り きる ような 喜び を 持とう と した のだった 。 いま|||||しつぼう|||じん||ぜんぶ|とりかえして||あまり|||よろこび||もとう||| わたし は 倉地 と は 離れて は いられ ない 人間 だ と 確かに 信じて いた 。 ||くらち|||はなれて||いら れ||にんげん|||たしかに|しんじて| そして わたし の 持って る すべて を …… 醜い もの の すべて を も 倉地 に 与えて 悲しい と も 思わ なかった のだ 。 |||もって||||みにくい||||||くらち||あたえて|かなしい|||おもわ|| わたし は 自分 の 命 を 倉地 の 胸 に たたきつけた 。 ||じぶん||いのち||くらち||むね|| それ だ のに 今 は 何 が 残って いる …… 何 が 残って いる ……。 |||いま||なん||のこって||なん||のこって| 今夜 かぎり わたし は 倉地 に 見放さ れる のだ 。 こんや||||くらち||みはなさ|| この 部屋 を 出て 行って しまった 時 の 冷淡な 倉地 の 顔 ! |へや||でて|おこなって||じ||れいたんな|くらち||かお …… わたし は 行こう 。 ||いこう これ から 行って 倉地 に わびよう 、 奴隷 の ように 畳 に 頭 を こすり 付けて わびよう …… そうだ 。 ||おこなって|くらち|||どれい|||たたみ||あたま|||つけて||そう だ …… しかし 倉地 が 冷 刻 な 顔 を して わたし の 心 を 見 も 返ら なかったら …… わたし は 生きて る 間 に そんな 倉地 の 顔 を 見る 勇気 は ない 。 |くらち||ひや|きざ||かお|||||こころ||み||かえら||||いきて||あいだ|||くらち||かお||みる|ゆうき|| …… 木部 に わびよう か …… 木部 は 居所 さえ 知ら そう と は し ない のだ もの ……」・・ きべ||||きべ||いどころ||しら|||||||

葉子 は やせた 肩 を 痛ましく 震わして 、 倉地 から 絶縁 されて しまった もの の ように 、 さびしく 哀しく 涙 の 枯れる か と 思う まで 泣く のだった 。 ようこ|||かた||いたましく|ふるわして|くらち||ぜつえん|さ れて||||||かなしく|なみだ||かれる|||おもう||なく| Yoko's thin shoulders trembled painfully, and she wept sadly until her tears dried up, like someone who had been cut off from Kurachi. 静まり きった 夜 の 空気 の 中 に 、 時々 鼻 を かみ ながら すすり 上げ すすり 上げ 泣き伏す 痛ましい 声 だけ が 聞こえた 。 しずまり||よ||くうき||なか||ときどき|はな|||||あげ||あげ|なきふす|いたましい|こえ|||きこえた 葉子 は 自分 の 声 に つまされて なおさら 悲哀 から 悲哀 の どん底 に 沈んで 行った 。 ようこ||じぶん||こえ||||ひあい||ひあい||どんぞこ||しずんで|おこなった ・・

やや しばらく して から 葉子 は 決心 する ように 、 手近に あった 硯箱 と 料 紙 と を 引き寄せた 。 ||||ようこ||けっしん|||てぢかに||すずりばこ||りょう|かみ|||ひきよせた そして 震える 手先 を しいて 繰り ながら 簡単な 手紙 を 乳母 に あてて 書いた 。 |ふるえる|てさき|||くり||かんたんな|てがみ||うば|||かいた それ に は 乳母 と も 定子 と も 断然 縁 を 切る から 以後 他人 と 思って くれ 。 |||うば|||さだこ|||だんぜん|えん||きる||いご|たにん||おもって| In order to do that, I will definitely cut ties with both the wet nurse and Teiko, so please think of me as a stranger from now on. もし 自分 が 死んだら ここ に 同封 する 手紙 を 木部 の 所 に 持って行く が いい 。 |じぶん||しんだら|||どうふう||てがみ||きべ||しょ||もっていく|| 木部 は きっと どうして でも 定子 を 養って くれる だろう から と いう 意味 だけ を 書いた 。 きべ|||||さだこ||やしなって||||||いみ|||かいた そして 木部 あて の 手紙 に は 、・・ |きべ|||てがみ||

「 定子 は あなた の 子 です 。 さだこ||||こ| その 顔 を 一目 御覧 に なったら すぐ お わかり に なります 。 |かお||いちもく|ごらん|||||||なり ます わたし は 今 まで 意地 から も 定子 は わたし 一 人 の 子 で わたし 一 人 の もの と する つもりで いました 。 ||いま||いじ|||さだこ|||ひと|じん||こ|||ひと|じん||||||い ました けれども わたし が 世に ない もの と なった 今 は 、 あなた は もう わたし の 罪 を 許して くださる か と も 思います 。 |||よに|||||いま|||||||ざい||ゆるして|||||おもい ます せめて は 定子 を 受け入れて くださいましょう 。 ||さだこ||うけいれて|ください ましょう ・・

葉子 の 死んだ 後 ・・ ようこ||しんだ|あと

あわれなる 定子 の ママ より ・・ |さだこ||まま|

定子 の お とう 様 へ 」・・ さだこ||||さま|

と 書いた 。 |かいた 涙 は 巻紙 の 上 に とめど なく 落ちて 字 を にじました 。 なみだ||まきがみ||うえ||||おちて|あざ|| 東京 に 帰ったら ためて 置いた 預金 の 全部 を 引き出して それ を 為替 に して 同封 する ため に 封 を 閉じ なかった 。 とうきょう||かえったら||おいた|よきん||ぜんぶ||ひきだして|||かわせ|||どうふう||||ふう||とじ| ・・

最後 の 犠牲 …… 今 まで とつ お いつ 捨て 兼ねて いた 最愛 の もの を 最後 の 犠牲 に して みたら 、 たぶん は 倉地 の 心 が もう 一 度 自分 に 戻って 来る かも しれ ない 。 さいご||ぎせい|いま|||||すて|かねて||さいあい||||さいご||ぎせい||||||くらち||こころ|||ひと|たび|じぶん||もどって|くる||| The final sacrifice... If you make the final sacrifice of the beloved thing you've been throwing away for so long, maybe Kurachi's heart will come back to him once more. 葉子 は 荒神 に 最愛 の もの を 生 牲 と して 願い を きいて もらおう と する 太古 の 人 の ような 必死な 心 に なって いた 。 ようこ||こうじん||さいあい||||せい|せい|||ねがい||||||たいこ||じん|||ひっしな|こころ||| Yoko had a desperate heart like an ancient person who tried to get Kojin to grant her wish by sacrificing her beloved thing. それ は 胸 を 張り 裂く ような 犠牲 だった 。 ||むね||はり|さく||ぎせい| 葉子 は 自分 の 目 から も 英雄 的に 見える この 決心 に 感激 して また 新しく 泣きくずれた 。 ようこ||じぶん||め|||えいゆう|てきに|みえる||けっしん||かんげき|||あたらしく|なきくずれた ・・

「 どうか 、 どう か 、…… どう ー か 」・・ ||||-|

葉子 は だれ に と も なく 手 を 合わして 、 一心に 念じて おいて 、 雄々しく 涙 を 押し ぬぐう と 、 そっと 座 を 立って 、 倉地 の 寝て いる ほう へ と 忍びよった 。 ようこ|||||||て||あわして|いっしんに|ねんじて||おおしく|なみだ||おし||||ざ||たって|くらち||ねて|||||しのびよった 廊下 の 明り は 大半 消されて いる ので 、 ガラス 窓 から おぼろに さし込む 月 の 光 が たより に なった 。 ろうか||あかり||たいはん|けさ れて|||がらす|まど|||さしこむ|つき||ひかり|||| 廊下 の 半分 が た 燐 の 燃えた ような その 光 の 中 を 、 やせ細って いっそう 背たけ の 伸びて 見える 葉子 は 、 影 が 歩む ように 音 も なく 静かに 歩み ながら 、 そっと 倉地 の 部屋 の 襖 を 開いて 中 に はいった 。 ろうか||はんぶん|||りん||もえた|||ひかり||なか||やせほそって||せたけ||のびて|みえる|ようこ||かげ||あゆむ||おと|||しずかに|あゆみ|||くらち||へや||ふすま||あいて|なか|| 薄暗く ともった 有明け の 下 に 倉地 は 何事 も 知ら ぬ げ に 快く 眠って いた 。 うすぐらく||ありあけ||した||くらち||なにごと||しら||||こころよく|ねむって| 葉子 は そっと その 枕 もと に 座 を 占めた 。 ようこ||||まくら|||ざ||しめた そして 倉地 の 寝顔 を 見守った 。 |くらち||ねがお||みまもった ・・

葉子 の 目 に は ひとりでに 涙 が わく ように あふれ出て 、 厚 ぼったい ような 感じ に なった 口 び る は われ に も なく わなわな と 震えて 来た 。 ようこ||め||||なみだ||||あふれでて|こう|ぼっ たい||かんじ|||くち||||||||||ふるえて|きた 葉子 は そうした まま で 黙って なおも 倉地 を 見 続けて いた 。 ようこ|||||だまって||くらち||み|つづけて| 葉子 の 目 に たまった 涙 の ため に 倉地 の 姿 は 見る見る にじんだ ように 輪郭 が ぼやけて しまった 。 ようこ||め|||なみだ||||くらち||すがた||みるみる|||りんかく||| 葉子 は 今さら 人 が 違った ように 心 が 弱って 、 受け身に ばかり なら ず に は いられ なく なった 自分 が 悲しかった 。 ようこ||いまさら|じん||ちがった||こころ||よわって|うけみに||||||いら れ|||じぶん||かなしかった なんという 情けない かわいそうな 事 だろう 。 |なさけない||こと| そう 葉子 は しみじみ と 思った 。 |ようこ||||おもった ・・

だんだん 葉子 の 涙 は すすり泣き に かわって 行った 。 |ようこ||なみだ||すすりなき|||おこなった 倉地 が 眠り の 中 で それ を 感じた らしく 、 うるさ そうに うめき声 を 小さく 立てて 寝返り を 打った 。 くらち||ねむり||なか||||かんじた|||そう に|うめきごえ||ちいさく|たてて|ねがえり||うった 葉子 は ぎょっと して 息 気 を つめた 。 ようこ||||いき|き|| ・・

しかし すぐ すすり泣き は また 帰って 来た 。 ||すすりなき|||かえって|きた 葉子 は 何事 も 忘れ 果てて 、 倉地 の 床 の そば に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも 泣き 続けて いた 。 ようこ||なにごと||わすれ|はてて|くらち||とこ|||||||||なき|つづけて|