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或る女 - 有島武郎(アクセス), 35.2 或る女

35.2 或る 女

そこ に 愛子 が 白い 西洋 封筒 を 持って 帰って 来た 。 葉子 は 岡 に それ を 見せつける ように 取り上げて 、 取る に も 足ら ぬ 軽い もの でも 扱う ように 飛び 飛び に 読んで みた 。 それ に は ただ あたりまえな 事 だけ が 書いて あった 。 しばらく 目 で 見た 二 人 の 大きく なって 変わった の に は 驚いた と か 、 せっかく 寄って 作って くれた ごちそう を すっかり 賞味 し ない うち に 帰った の は 残念だ が 、 自分 の 性分 と して は あの 上 我慢 が でき なかった のだ から 許して くれ と か 、 人間 は 他人 の 見よう見まね で 育って 行った ので は だめだ から 、 た と い どんな 境遇 に いて も 自分 の 見識 を 失って は いけない と か 、 二 人 に は 倉地 と いう 人間 だけ は どうかして 近づけ させ たく ない と 思う と か 、 そして 最後に 、 愛子 さん は 詠 歌 が なかなか 上手だった が このごろ できる か 、 できる なら それ を 見せて ほしい 、 軍隊 生活 の 乾燥 無味 な のに は 堪えられ ない から と して あった 。 そして あて名 は 愛子 、 貞 世 の 二 人 に なって いた 。 ・・

「 ばかじゃ ない の 愛 さん 、 あなた この お 手紙 で いい気に なって 、 下手くそな ぬ たで も お 見せ 申した んでしょう …… いい気な もの ね …… この 御 本 と 一緒に も お 手紙 が 来た はず ね 」・・

愛子 は すぐ また 立とう と した 。 しかし 葉子 は そう は させ なかった 。 ・・

「 一 本 一 本 お 手紙 を 取り に 行ったり 帰ったり した んじゃ 日 が 暮れます わ 。 …… 日 が 暮れる と いえば もう 暗く なった わ 。 貞 ちゃん は また 何 を して いる だろう …… あなた 早く 呼び に 行って 一緒に お 夕飯 の したく を して ちょうだい 」・・

愛子 は そこ に ある 書物 を ひとかかえ に 胸 に 抱いて 、 うつむく と 愛らしく 二 重 に なる 頤 で 押えて 座 を 立って 行った 。 それ が いかにも しおしお と 、 細かい 挙動 の 一つ一つ で 岡 に 哀訴 する ように 見れば 見なさ れた 。 「 互いに 見かわす ような 事 を して みる が いい 」 そう 葉子 は 心 の 中 で 二 人 を たしなめ ながら 、 二 人 に 気 を 配った 。 岡 も 愛子 も 申し 合わした ように 瞥視 もし 合わ なかった 。 けれども 葉子 は 二 人 が せめて は 目 だけ でも 慰め 合いたい 願い に 胸 を 震わして いる の を はっきり と 感ずる ように 思った 。 葉子 の 心 は おぞましく も 苦々しい 猜疑 の ため に 苦しんだ 。 若 さ と 若 さ と が 互いに きびしく 求め 合って 、 葉子 など を やすやす と 袖 に する まで に その 情 炎 は 嵩 じ て いる と 思う と 耐えられ なかった 。 葉子 は しいて 自分 を 押し しずめる ため に 、 帯 の 間 から 煙草 入れ を 取り出して ゆっくり 煙 を 吹いた 。 煙 管 の 先 が 端 なく 火鉢 に かざした 岡 の 指先 に 触れる と 電気 の ような もの が 葉子 に 伝わる の を 覚えた 。 若 さ …… 若 さ ……。 ・・

そこ に は 二 人 の 間 に しばらく ぎ ご ち ない 沈黙 が 続いた 。 岡 が 何 を いえば 愛子 は 泣いた んだろう 。 愛子 は 何 を 泣いて 岡 に 訴えて いた のだろう 。 葉子 が 数え きれ ぬ ほど 経験 した 幾多 の 恋 の 場面 の 中 から 、 激情 的な いろいろの 光景 が つぎつぎ に 頭 の 中 に 描か れる のだった 。 もう そうした 年齢 が 岡 に も 愛子 に も 来て いる のだ 。 それ に 不思議 は ない 。 しかし あれほど 葉子 に あこがれ おぼれて 、 いわば 恋 以上 の 恋 と も いう べき もの を 崇拝 的に ささげて いた 岡 が 、 あの 純 直 な 上品な そして きわめて 内気な 岡 が 、 見る見る 葉子 の 把 持 から 離れて 、 人 も あろう に 愛子 ―― 妹 の 愛子 の ほう に 移って 行こう と して いる らしい の を 見 なければ なら ない の は なんという 事 だろう 。 愛子 の 涙 ―― それ は 察する 事 が できる 。 愛子 は きっと 涙ながらに 葉子 と 倉地 と の 間 に このごろ 募って 行く 奔放な 放 埒 な 醜 行 を 訴えた に 違いない 。 葉子 の 愛子 と 貞 世 と に 対する 偏 頗 な 愛憎 と 、 愛子 の 上 に 加えられる 御殿 女 中 風 な 圧迫 と を 嘆いた に 違いない 。 しかも それ を あの 女 に 特有な 多 恨 らしい 、 冷ややかな 、 さびしい 表現 法 で 、 そして 息 気づ まる ような 若 さ と 若 さ と の 共鳴 の 中 に ……。 ・・

勃然 と して 焼く ような 嫉妬 が 葉子 の 胸 の 中 に 堅く 凝り ついて 来た 。 葉子 は すり寄って おどおど して いる 岡 の 手 を 力強く 握りしめた 。 葉子 の 手 は 氷 の ように 冷たかった 。 岡 の 手 は 火鉢 に かざして あった せい か 、 珍しく ほてって 臆病 らしい 油 汗 が 手のひら に し とど に にじみ出て いた 。 ・・

「 あなた は わたし が お こわい の 」・・

葉子 は さりげなく 岡 の 顔 を のぞき込む ように して こういった 。 ・・

「 そんな 事 ……」・・

岡 は しょう 事 なし に 腹 を 据えた ように 割合 に しゃんと した 声 で こう いい ながら 、 葉子 の 目 を ゆっくり 見 やって 、 握ら れた 手 に は 少しも 力 を こめよう と は し なかった 。 葉子 は 裏切ら れた と 思う 不満の ため に もう それ 以上 冷静 を 装って は いられ なかった 。 昔 の ように どこまでも 自分 を 失わ ない 、 粘り気 の 強い 、 鋭い 神経 は もう 葉子 に は なかった 。 ・・

「 あなた は 愛子 を 愛して いて くださる の ね 。 そう でしょう 。 わたし が ここ に 来る 前 愛子 は あんなに 泣いて 何 を 申し上げて いた の ? …… おっしゃって ください な 。 愛子 が あなた の ような 方 に 愛して いただける の は もったいない くらい です から 、 わたし 喜ぶ と もと が め立て など は しません 、 きっと 。 だから おっしゃって ちょうだい 。 …… い ゝ え 、 そんな 事 を おっしゃって そりゃ だめ 、 わたし の 目 は まだ これ でも 黒う ご ざん す から 。 …… あなた そんな 水臭い お 仕向け を わたし に なさろう と いう の ? まさか と は 思います が あなた わたし に おっしゃった 事 を 忘れ なさっちゃ 困ります よ 。 わたし は これ でも 真剣な 事 に は 真剣に なる くらい の 誠実 は ある つもりです 事 よ 。 わたし あなた の お 言葉 は 忘れて は おりません わ 。 姉 だ と 今 でも 思って いて くださる なら ほんとうの 事 を おっしゃって ください 。 愛子 に 対して は わたし は わたし だけ の 事 を して 御覧 に 入れます から …… さ 」・・

そう 疳 走った 声 で いい ながら 葉子 は 時々 握って いる 岡 の 手 を ヒステリック に 激しく 振り 動かした 。 泣いて は なら ぬ と 思えば 思う ほど 葉子 の 目 から は 涙 が 流れた 。 さながら 恋人 に 不実 を 責める ような 熱意 が 思う ざま わき立って 来た 。 しまい に は 岡 に も その 心持ち が 移って 行った ようだった 。 そして 右手 を 握った 葉子 の 手 の 上 に 左 の 手 を 添え ながら 、 上下 から はさむ ように 押えて 、 岡 は 震え 声 で 静かに いい出した 。 ・・

「 御存じ じゃ ありません か 、 わたし 、 恋 の できる ような 人間 で は ない の を 。 年 こそ 若う ございます けれども 心 は 妙に いじけて 老いて しまって いる んです 。 どうしても 恋 の 遂げられ ない ような 女 の 方 に で なければ わたし の 恋 は 動きません 。 わたし を 恋して くれる 人 が ある と したら 、 わたし 、 心 が 即座に 冷えて しまう のです 。 一 度 自分 の 手 に 入れたら 、 どれほど 尊い もの でも 大事な もの でも 、 もう わたし に は 尊く も 大事で も なくなって しまう んです 。 だから わたし 、 さびしい んです 。 なんにも 持って いない 、 なんにも むなしい …… そのくせ そう 知り 抜き ながら わたし 、 何 か どこ か に ある ように 思って つかむ 事 の でき ない もの に あこがれます 。 この 心 さえ なく なれば さびしくって も それ で いい のだ が な と 思う ほど 苦しく も あります 。 何 に でも 自分 の 理想 を すぐ あてはめて 熱する ような 、 そんな 若い 心 が ほしく も あります けれども 、 そんな もの は わたし に は 来 は しません …… 春 に でも なって 来る と よけい 世の中 は むなしく 見えて たまりません 。 それ を さっき ふと 愛子 さん に 申し上げた んです 。 そう したら 愛子 さん が お 泣き に なった んです 。 わたし 、 あと で すぐ 悪い と 思いました 、 人 に いう ような 事 じゃ なかった の を ……」・・

こういう 事 を いう 時 の 岡 は いう 言葉 に も 似 ず 冷酷 と も 思わ れる ほど ただ さびしい 顔 に なった 。 葉子 に は 岡 の 言葉 が わかる ようで も あり 、 妙に からんで も 聞こえた 。 そして ちょっと すかさ れた ように 気勢 を そが れた が 、 どんどん わき上がる ように 内部 から 襲い 立てる 力 は すぐ 葉子 を 理不尽に した 。 ・・

「 愛子 が そんな お 言葉 で 泣きましたって ? 不思議です わ ねえ 。 …… それ なら それ で ようご ざん す 。 ……( ここ で 葉子 は 自分 に も 堪え 切れ ず に さめざめ と 泣き出した ) 岡 さん わたし も さびしい …… さびしくって 、 さびしくって ……」・・

「 お 察し 申します 」・・

岡 は 案外 しんみり した 言葉 で そういった 。 ・・

「 お わかり に なって ? 」・・

と 葉子 は 泣き ながら 取りすがる ように した 。 ・・

「 わかります 。 …… あなた は 堕落 した 天使 の ような 方 です 。 御免 ください 。 船 の 中 で 始めて お目にかかって から わたし 、 ちっとも 心持ち が 変わって は いない んです 。 あなた が いらっしゃる んで わたし 、 ようやく さびし さ から のがれます 」・・

「 うそ ! …… あなた は もう わたし に 愛想 を お つかし な の よ 。 わたし の ように 堕落 した もの は ……」・・

葉子 は 岡 の 手 を 放して 、 とうとう ハンケチ を 顔 に あてた 。 ・・

「 そういう 意味 で いった わけじゃ ない んです けれども ……」・・

やや しばらく 沈黙 した 後 に 、 当惑 しきった ように さびしく 岡 は 独 語 ち て また 黙って しまった 。 岡 は どんなに さびし そうな 時 でも なかなか 泣か なかった 。 それ が 彼 を いっそう さびしく 見せた 。 ・・

三 月 末 の 夕方 の 空 は なごやかだった 。 庭先 の 一重 桜 の こずえ に は 南 に 向いた ほう に 白い 花べん が どこ から か 飛んで 来て くっついた ように ちらほら 見え 出して いた 、 その先 に は 赤く 霜 枯れた 杉森 が ゆるやかに 暮れ 初めて 、 光 を 含んだ 青空 が 静かに 流れる ように 漂って いた 。 苔 香 園 の ほう から 園 丁 が 間 遠 に 鋏 を ならす 音 が 聞こえる ばかりだった 。 ・・

若 さ から 置いて 行か れる …… そうした さびし み が 嫉妬 に かわって ひしひし と 葉子 を 襲って 来た 。 葉子 は ふと 母 の 親 佐 を 思った 。 葉子 が 木部 と の 恋 に 深入り して 行った 時 、 それ を 見守って いた 時 の 親 佐 を 思った 。 親 佐 の その 心 を 思った 。 自分 の 番 が 来た …… その 心持ち は たまらない もの だった 。 と 、 突然 定子 の 姿 が 何より も なつかしい もの と なって 胸 に 逼って 来た 。 葉子 は 自分 に も その 突然の 連想 の 経路 は わから なかった 。 突然 も あまりに 突然 ―― しかし 葉子 に 逼 る その 心持ち は 、 さらに 葉子 を 畳 に 突っ伏して 泣か せる ほど 強い もの だった 。 ・・

玄関 から 人 の はいって 来る 気配 が した 。 葉子 は すぐ それ が 倉地 である 事 を 感じた 。 葉子 は 倉地 と 思った だけ で 、 不思議な 憎悪 を 感じ ながら その 動静 に 耳 を すました 。 倉地 は 台所 の ほう に 行って 愛子 を 呼んだ ようだった 。 二 人 の 足音 が 玄関 の 隣 の 六 畳 の ほう に 行った 。 そして しばらく 静かだった 。 と 思う と 、・・

「 いや 」・・

と 小さく 退ける ように いう 愛子 の 声 が 確かに 聞こえた 。 抱きすくめられて 、 もがき ながら 放た れた 声 らしかった が 、 その 声 の 中 に は 憎悪 の 影 は 明らかに 薄かった 。 ・・

葉子 は 雷 に 撃た れた ように 突然 泣きやんで 頭 を あげた 。 ・・

すぐ 倉地 が 階子 段 を のぼって 来る 音 が 聞こえた 。 ・・

「 わたし 台所 に 参ります から ね 」・・

何も 知ら なかった らしい 岡 に 、 葉子 は わずかに それ だけ を いって 、 突然 座 を 立って 裏 階子 に 急いだ 。 と 、 かけ違い に 倉地 は 座敷 に は いって 来た 。 強い 酒 の 香 が すぐ 部屋 の 空気 を よごした 。 ・・

「 や あ 春 に なり おった 。 桜 が 咲いた ぜ 。 おい 葉子 」・・

いかにも 気さく らしく 塩 が れた 声 で こう 叫んだ 倉地 に 対して 、 葉子 は 返事 も でき ない ほど 興奮 して いた 。 葉子 は 手 に 持った ハンケチ を 口 に 押し込む ように くわえて 、 震える 手 で 壁 を 細かく たたく ように し ながら 階子 段 を 降りた 。 ・・

葉子 は 頭 の 中 に 天地 の 壊れ 落ちる ような 音 を 聞き ながら 、 そのまま 縁 に 出て 庭 下駄 を はこう と あせった けれども どうしても はけ ない ので 、 はだし の まま 庭 に 出た 。 そして 次の 瞬間 に 自分 を 見いだした 時 に は いつ 戸 を あけた と も 知ら ず 物 置き 小屋 の 中 に は いって いた 。


35.2 或る 女 ある|おんな 35.2 Una mujer

そこ に 愛子 が 白い 西洋 封筒 を 持って 帰って 来た 。 ||あいこ||しろい|せいよう|ふうとう||もって|かえって|きた 葉子 は 岡 に それ を 見せつける ように 取り上げて 、 取る に も 足ら ぬ 軽い もの でも 扱う ように 飛び 飛び に 読んで みた 。 ようこ||おか||||みせつける||とりあげて|とる|||たら||かるい|||あつかう||とび|とび||よんで| それ に は ただ あたりまえな 事 だけ が 書いて あった 。 |||||こと|||かいて| しばらく 目 で 見た 二 人 の 大きく なって 変わった の に は 驚いた と か 、 せっかく 寄って 作って くれた ごちそう を すっかり 賞味 し ない うち に 帰った の は 残念だ が 、 自分 の 性分 と して は あの 上 我慢 が でき なかった のだ から 許して くれ と か 、 人間 は 他人 の 見よう見まね で 育って 行った ので は だめだ から 、 た と い どんな 境遇 に いて も 自分 の 見識 を 失って は いけない と か 、 二 人 に は 倉地 と いう 人間 だけ は どうかして 近づけ させ たく ない と 思う と か 、 そして 最後に 、 愛子 さん は 詠 歌 が なかなか 上手だった が このごろ できる か 、 できる なら それ を 見せて ほしい 、 軍隊 生活 の 乾燥 無味 な のに は 堪えられ ない から と して あった 。 |め||みた|ふた|じん||おおきく||かわった||||おどろいた||||よって|つくって|||||しょうみ|||||かえった|||ざんねんだ||じぶん||しょうぶん|||||うえ|がまん||||||ゆるして||||にんげん||たにん||みようみまね||そだって|おこなった|||||||||きょうぐう||||じぶん||けんしき||うしなって|||||ふた|じん|||くらち|||にんげん||||ちかづけ|さ せ||||おもう||||さいごに|あいこ|||よ|うた|||じょうずだった|||||||||みせて||ぐんたい|せいかつ||かんそう|むみ||||こらえ られ||||| そして あて名 は 愛子 、 貞 世 の 二 人 に なって いた 。 |あてな||あいこ|さだ|よ||ふた|じん||| And the addresses were Aiko and Sadayo. ・・

「 ばかじゃ ない の 愛 さん 、 あなた この お 手紙 で いい気に なって 、 下手くそな ぬ たで も お 見せ 申した んでしょう …… いい気な もの ね …… この 御 本 と 一緒に も お 手紙 が 来た はず ね 」・・ |||あい|||||てがみ||いいきに||へたくそな|||||みせ|もうした||いいきな||||ご|ほん||いっしょに|||てがみ||きた||

愛子 は すぐ また 立とう と した 。 あいこ||||りっとう|| しかし 葉子 は そう は させ なかった 。 |ようこ||||さ せ| ・・

「 一 本 一 本 お 手紙 を 取り に 行ったり 帰ったり した んじゃ 日 が 暮れます わ 。 ひと|ほん|ひと|ほん||てがみ||とり||おこなったり|かえったり|||ひ||くれ ます| …… 日 が 暮れる と いえば もう 暗く なった わ 。 ひ||くれる||||くらく|| 貞 ちゃん は また 何 を して いる だろう …… あなた 早く 呼び に 行って 一緒に お 夕飯 の したく を して ちょうだい 」・・ さだ||||なん||||||はやく|よび||おこなって|いっしょに||ゆうはん|||||

愛子 は そこ に ある 書物 を ひとかかえ に 胸 に 抱いて 、 うつむく と 愛らしく 二 重 に なる 頤 で 押えて 座 を 立って 行った 。 あいこ|||||しょもつ||||むね||いだいて|||あいらしく|ふた|おも|||い||おさえて|ざ||たって|おこなった それ が いかにも しおしお と 、 細かい 挙動 の 一つ一つ で 岡 に 哀訴 する ように 見れば 見なさ れた 。 |||||こまかい|きょどう||ひとつひとつ||おか||あいそ|||みれば|みなさ| 「 互いに 見かわす ような 事 を して みる が いい 」 そう 葉子 は 心 の 中 で 二 人 を たしなめ ながら 、 二 人 に 気 を 配った 。 たがいに|みかわす||こと|||||||ようこ||こころ||なか||ふた|じん||||ふた|じん||き||くばった 岡 も 愛子 も 申し 合わした ように 瞥視 もし 合わ なかった 。 おか||あいこ||もうし|あわした||べつし||あわ| Oka and Aiko didn't even look at each other as they had agreed. けれども 葉子 は 二 人 が せめて は 目 だけ でも 慰め 合いたい 願い に 胸 を 震わして いる の を はっきり と 感ずる ように 思った 。 |ようこ||ふた|じん||||め|||なぐさめ|あい たい|ねがい||むね||ふるわして||||||かんずる||おもった 葉子 の 心 は おぞましく も 苦々しい 猜疑 の ため に 苦しんだ 。 ようこ||こころ||||にがにがしい|さいぎ||||くるしんだ Yoko's heart was tormented by a hideous and bitter suspicion. 若 さ と 若 さ と が 互いに きびしく 求め 合って 、 葉子 など を やすやす と 袖 に する まで に その 情 炎 は 嵩 じ て いる と 思う と 耐えられ なかった 。 わか|||わか||||たがいに||もとめ|あって|ようこ|||||そで||||||じょう|えん||かさみ|||||おもう||たえ られ| 葉子 は しいて 自分 を 押し しずめる ため に 、 帯 の 間 から 煙草 入れ を 取り出して ゆっくり 煙 を 吹いた 。 ようこ|||じぶん||おし||||おび||あいだ||たばこ|いれ||とりだして||けむり||ふいた 煙 管 の 先 が 端 なく 火鉢 に かざした 岡 の 指先 に 触れる と 電気 の ような もの が 葉子 に 伝わる の を 覚えた 。 けむり|かん||さき||はし||ひばち|||おか||ゆびさき||ふれる||でんき|||||ようこ||つたわる|||おぼえた 若 さ …… 若 さ ……。 わか||わか| ・・

そこ に は 二 人 の 間 に しばらく ぎ ご ち ない 沈黙 が 続いた 。 |||ふた|じん||あいだ|||||||ちんもく||つづいた 岡 が 何 を いえば 愛子 は 泣いた んだろう 。 おか||なん|||あいこ||ないた| 愛子 は 何 を 泣いて 岡 に 訴えて いた のだろう 。 あいこ||なん||ないて|おか||うったえて|| 葉子 が 数え きれ ぬ ほど 経験 した 幾多 の 恋 の 場面 の 中 から 、 激情 的な いろいろの 光景 が つぎつぎ に 頭 の 中 に 描か れる のだった 。 ようこ||かぞえ||||けいけん||いくた||こい||ばめん||なか||げきじょう|てきな||こうけい||||あたま||なか||えがか|| もう そうした 年齢 が 岡 に も 愛子 に も 来て いる のだ 。 ||ねんれい||おか|||あいこ|||きて|| それ に 不思議 は ない 。 ||ふしぎ|| しかし あれほど 葉子 に あこがれ おぼれて 、 いわば 恋 以上 の 恋 と も いう べき もの を 崇拝 的に ささげて いた 岡 が 、 あの 純 直 な 上品な そして きわめて 内気な 岡 が 、 見る見る 葉子 の 把 持 から 離れて 、 人 も あろう に 愛子 ―― 妹 の 愛子 の ほう に 移って 行こう と して いる らしい の を 見 なければ なら ない の は なんという 事 だろう 。 ||ようこ|||||こい|いじょう||こい|||||||すうはい|てきに|||おか|||じゅん|なお||じょうひんな|||うちきな|おか||みるみる|ようこ||わ|じ||はなれて|じん||||あいこ|いもうと||あいこ||||うつって|いこう|||||||み|||||||こと| However, Oka, who adored Yoko so much and worshiped what could be called love more than love, that pure, elegant, and extremely shy Oka, suddenly broke away from Yoko's grasp. And then, out of all the people, Aiko--what is it that I have to see that it seems like I'm going to move on to Aiko, my little sister? 愛子 の 涙 ―― それ は 察する 事 が できる 。 あいこ||なみだ|||さっする|こと|| 愛子 は きっと 涙ながらに 葉子 と 倉地 と の 間 に このごろ 募って 行く 奔放な 放 埒 な 醜 行 を 訴えた に 違いない 。 あいこ|||なみだながらに|ようこ||くらち|||あいだ|||つのって|いく|ほんぽうな|はな|らち||みにく|ぎょう||うったえた||ちがいない 葉子 の 愛子 と 貞 世 と に 対する 偏 頗 な 愛憎 と 、 愛子 の 上 に 加えられる 御殿 女 中 風 な 圧迫 と を 嘆いた に 違いない 。 ようこ||あいこ||さだ|よ|||たいする|へん|すこぶる||あいぞう||あいこ||うえ||くわえ られる|ごてん|おんな|なか|かぜ||あっぱく|||なげいた||ちがいない しかも それ を あの 女 に 特有な 多 恨 らしい 、 冷ややかな 、 さびしい 表現 法 で 、 そして 息 気づ まる ような 若 さ と 若 さ と の 共鳴 の 中 に ……。 ||||おんな||とくゆうな|おお|うら||ひややかな||ひょうげん|ほう|||いき|きづ|||わか|||わか||||きょうめい||なか| ・・

勃然 と して 焼く ような 嫉妬 が 葉子 の 胸 の 中 に 堅く 凝り ついて 来た 。 ぼつぜん|||やく||しっと||ようこ||むね||なか||かたく|こり||きた 葉子 は すり寄って おどおど して いる 岡 の 手 を 力強く 握りしめた 。 ようこ||すりよって||||おか||て||ちからづよく|にぎりしめた 葉子 の 手 は 氷 の ように 冷たかった 。 ようこ||て||こおり|||つめたかった 岡 の 手 は 火鉢 に かざして あった せい か 、 珍しく ほてって 臆病 らしい 油 汗 が 手のひら に し とど に にじみ出て いた 。 おか||て||ひばち||||||めずらしく||おくびょう||あぶら|あせ||てのひら|||||にじみでて| ・・

「 あなた は わたし が お こわい の 」・・

葉子 は さりげなく 岡 の 顔 を のぞき込む ように して こういった 。 ようこ|||おか||かお||のぞきこむ||| ・・

「 そんな 事 ……」・・ |こと

岡 は しょう 事 なし に 腹 を 据えた ように 割合 に しゃんと した 声 で こう いい ながら 、 葉子 の 目 を ゆっくり 見 やって 、 握ら れた 手 に は 少しも 力 を こめよう と は し なかった 。 おか|||こと|||はら||すえた||わりあい||||こえ|||||ようこ||め|||み||にぎら||て|||すこしも|ちから|||||| 葉子 は 裏切ら れた と 思う 不満の ため に もう それ 以上 冷静 を 装って は いられ なかった 。 ようこ||うらぎら|||おもう|ふまんの|||||いじょう|れいせい||よそおって||いら れ| 昔 の ように どこまでも 自分 を 失わ ない 、 粘り気 の 強い 、 鋭い 神経 は もう 葉子 に は なかった 。 むかし||||じぶん||うしなわ||ねばりけ||つよい|するどい|しんけい|||ようこ||| ・・

「 あなた は 愛子 を 愛して いて くださる の ね 。 ||あいこ||あいして|||| そう でしょう 。 わたし が ここ に 来る 前 愛子 は あんなに 泣いて 何 を 申し上げて いた の ? ||||くる|ぜん|あいこ|||ないて|なん||もうしあげて|| …… おっしゃって ください な 。 愛子 が あなた の ような 方 に 愛して いただける の は もったいない くらい です から 、 わたし 喜ぶ と もと が め立て など は しません 、 きっと 。 あいこ|||||かた||あいして|||||||||よろこぶ||||めだて|||し ませ ん| だから おっしゃって ちょうだい 。 …… い ゝ え 、 そんな 事 を おっしゃって そりゃ だめ 、 わたし の 目 は まだ これ でも 黒う ご ざん す から 。 ||||こと|||||||め|||||くろう|||| …… あなた そんな 水臭い お 仕向け を わたし に なさろう と いう の ? ||みずくさい||しむけ||||||| まさか と は 思います が あなた わたし に おっしゃった 事 を 忘れ なさっちゃ 困ります よ 。 |||おもい ます||||||こと||わすれ||こまり ます| わたし は これ でも 真剣な 事 に は 真剣に なる くらい の 誠実 は ある つもりです 事 よ 。 ||||しんけんな|こと|||しんけんに||||せいじつ||||こと| わたし あなた の お 言葉 は 忘れて は おりません わ 。 ||||ことば||わすれて||おり ませ ん| 姉 だ と 今 でも 思って いて くださる なら ほんとうの 事 を おっしゃって ください 。 あね|||いま||おもって|||||こと||| 愛子 に 対して は わたし は わたし だけ の 事 を して 御覧 に 入れます から …… さ 」・・ あいこ||たいして|||||||こと|||ごらん||いれ ます||

そう 疳 走った 声 で いい ながら 葉子 は 時々 握って いる 岡 の 手 を ヒステリック に 激しく 振り 動かした 。 |かん|はしった|こえ||||ようこ||ときどき|にぎって||おか||て||||はげしく|ふり|うごかした 泣いて は なら ぬ と 思えば 思う ほど 葉子 の 目 から は 涙 が 流れた 。 ないて|||||おもえば|おもう||ようこ||め|||なみだ||ながれた さながら 恋人 に 不実 を 責める ような 熱意 が 思う ざま わき立って 来た 。 |こいびと||ふじつ||せめる||ねつい||おもう||わきたって|きた As if accusing his lover of unfaithfulness, his enthusiasm welled up in his mind. しまい に は 岡 に も その 心持ち が 移って 行った ようだった 。 |||おか||||こころもち||うつって|おこなった| そして 右手 を 握った 葉子 の 手 の 上 に 左 の 手 を 添え ながら 、 上下 から はさむ ように 押えて 、 岡 は 震え 声 で 静かに いい出した 。 |みぎて||にぎった|ようこ||て||うえ||ひだり||て||そえ||じょうげ||||おさえて|おか||ふるえ|こえ||しずかに|いいだした ・・

「 御存じ じゃ ありません か 、 わたし 、 恋 の できる ような 人間 で は ない の を 。 ごぞんじ||あり ませ ん|||こい||||にんげん||||| 年 こそ 若う ございます けれども 心 は 妙に いじけて 老いて しまって いる んです 。 とし||わかう|||こころ||みょうに||おいゆいて||| どうしても 恋 の 遂げられ ない ような 女 の 方 に で なければ わたし の 恋 は 動きません 。 |こい||とげ られ|||おんな||かた||||||こい||うごき ませ ん My love won't move unless it's for the kind of woman I can't fall in love with. わたし を 恋して くれる 人 が ある と したら 、 わたし 、 心 が 即座に 冷えて しまう のです 。 ||こいして||じん||||||こころ||そくざに|ひえて|| 一 度 自分 の 手 に 入れたら 、 どれほど 尊い もの でも 大事な もの でも 、 もう わたし に は 尊く も 大事で も なくなって しまう んです 。 ひと|たび|じぶん||て||いれたら||とうとい|||だいじな|||||||とうとく||だいじで|||| だから わたし 、 さびしい んです 。 なんにも 持って いない 、 なんにも むなしい …… そのくせ そう 知り 抜き ながら わたし 、 何 か どこ か に ある ように 思って つかむ 事 の でき ない もの に あこがれます 。 |もって||||||しり|ぬき|||なん|||||||おもって||こと||||||あこがれ ます I don't have anything, I'm empty of anything. この 心 さえ なく なれば さびしくって も それ で いい のだ が な と 思う ほど 苦しく も あります 。 |こころ||||さびしく って|||||||||おもう||くるしく||あり ます 何 に でも 自分 の 理想 を すぐ あてはめて 熱する ような 、 そんな 若い 心 が ほしく も あります けれども 、 そんな もの は わたし に は 来 は しません …… 春 に でも なって 来る と よけい 世の中 は むなしく 見えて たまりません 。 なん|||じぶん||りそう||||ねっする|||わかい|こころ||||あり ます||||||||らい||し ませ ん|はる||||くる|||よのなか|||みえて|たまり ませ ん それ を さっき ふと 愛子 さん に 申し上げた んです 。 ||||あいこ|||もうしあげた| そう したら 愛子 さん が お 泣き に なった んです 。 ||あいこ||||なき||| わたし 、 あと で すぐ 悪い と 思いました 、 人 に いう ような 事 じゃ なかった の を ……」・・ ||||わるい||おもい ました|じん||||こと||||

こういう 事 を いう 時 の 岡 は いう 言葉 に も 似 ず 冷酷 と も 思わ れる ほど ただ さびしい 顔 に なった 。 |こと|||じ||おか|||ことば|||に||れいこく|||おもわ|||||かお|| 葉子 に は 岡 の 言葉 が わかる ようで も あり 、 妙に からんで も 聞こえた 。 ようこ|||おか||ことば||||||みょうに|||きこえた そして ちょっと すかさ れた ように 気勢 を そが れた が 、 どんどん わき上がる ように 内部 から 襲い 立てる 力 は すぐ 葉子 を 理不尽に した 。 |||||きせい||||||わきあがる||ないぶ||おそい|たてる|ちから|||ようこ||りふじんに| She lost her temper as if she was a little embarrassed, but the power that surged up from within immediately made Yoko unreasonable. ・・

「 愛子 が そんな お 言葉 で 泣きましたって ? あいこ||||ことば||なき ました って 不思議です わ ねえ 。 ふしぎです|| …… それ なら それ で ようご ざん す 。 ……( ここ で 葉子 は 自分 に も 堪え 切れ ず に さめざめ と 泣き出した ) 岡 さん わたし も さびしい …… さびしくって 、 さびしくって ……」・・ ||ようこ||じぶん|||こらえ|きれ|||||なきだした|おか|||||さびしく って|さびしく って

「 お 察し 申します 」・・ |さっし|もうし ます

岡 は 案外 しんみり した 言葉 で そういった 。 おか||あんがい|||ことば|| ・・

「 お わかり に なって ? 」・・

と 葉子 は 泣き ながら 取りすがる ように した 。 |ようこ||なき||とりすがる|| ・・

「 わかります 。 わかり ます …… あなた は 堕落 した 天使 の ような 方 です 。 ||だらく||てんし|||かた| 御免 ください 。 ごめん| 船 の 中 で 始めて お目にかかって から わたし 、 ちっとも 心持ち が 変わって は いない んです 。 せん||なか||はじめて|おめにかかって||||こころもち||かわって||| あなた が いらっしゃる んで わたし 、 ようやく さびし さ から のがれます 」・・ |||||||||のがれ ます With you here, I can finally escape from loneliness."

「 うそ ! …… あなた は もう わたし に 愛想 を お つかし な の よ 。 |||||あいそ|||||| わたし の ように 堕落 した もの は ……」・・ |||だらく|||

葉子 は 岡 の 手 を 放して 、 とうとう ハンケチ を 顔 に あてた 。 ようこ||おか||て||はなして||||かお|| ・・

「 そういう 意味 で いった わけじゃ ない んです けれども ……」・・ |いみ||||||

やや しばらく 沈黙 した 後 に 、 当惑 しきった ように さびしく 岡 は 独 語 ち て また 黙って しまった 。 ||ちんもく||あと||とうわく||||おか||どく|ご||||だまって| 岡 は どんなに さびし そうな 時 でも なかなか 泣か なかった 。 おか||||そう な|じ|||なか| それ が 彼 を いっそう さびしく 見せた 。 ||かれ||||みせた ・・

三 月 末 の 夕方 の 空 は なごやかだった 。 みっ|つき|すえ||ゆうがた||から|| 庭先 の 一重 桜 の こずえ に は 南 に 向いた ほう に 白い 花べん が どこ から か 飛んで 来て くっついた ように ちらほら 見え 出して いた 、 その先 に は 赤く 霜 枯れた 杉森 が ゆるやかに 暮れ 初めて 、 光 を 含んだ 青空 が 静かに 流れる ように 漂って いた 。 にわさき||ひとえ|さくら|||||みなみ||むいた|||しろい|かべん|||||とんで|きて||||みえ|だして||そのさき|||あかく|しも|かれた|すぎもり|||くれ|はじめて|ひかり||ふくんだ|あおぞら||しずかに|ながれる||ただよって| 苔 香 園 の ほう から 園 丁 が 間 遠 に 鋏 を ならす 音 が 聞こえる ばかりだった 。 こけ|かおり|えん||||えん|ちょう||あいだ|とお||やっとこ|||おと||きこえる| ・・

若 さ から 置いて 行か れる …… そうした さびし み が 嫉妬 に かわって ひしひし と 葉子 を 襲って 来た 。 わか|||おいて|いか||||||しっと|||||ようこ||おそって|きた 葉子 は ふと 母 の 親 佐 を 思った 。 ようこ|||はは||おや|たすく||おもった 葉子 が 木部 と の 恋 に 深入り して 行った 時 、 それ を 見守って いた 時 の 親 佐 を 思った 。 ようこ||きべ|||こい||ふかいり||おこなった|じ|||みまもって||じ||おや|たすく||おもった 親 佐 の その 心 を 思った 。 おや|たすく|||こころ||おもった 自分 の 番 が 来た …… その 心持ち は たまらない もの だった 。 じぶん||ばん||きた||こころもち|||| と 、 突然 定子 の 姿 が 何より も なつかしい もの と なって 胸 に 逼って 来た 。 |とつぜん|さだこ||すがた||なにより||||||むね||ひつ って|きた 葉子 は 自分 に も その 突然の 連想 の 経路 は わから なかった 。 ようこ||じぶん||||とつぜんの|れんそう||けいろ||| 突然 も あまりに 突然 ―― しかし 葉子 に 逼 る その 心持ち は 、 さらに 葉子 を 畳 に 突っ伏して 泣か せる ほど 強い もの だった 。 とつぜん|||とつぜん||ようこ||ひつ|||こころもち|||ようこ||たたみ||つ っ ふくして|なか|||つよい|| ・・

玄関 から 人 の はいって 来る 気配 が した 。 げんかん||じん|||くる|けはい|| 葉子 は すぐ それ が 倉地 である 事 を 感じた 。 ようこ|||||くらち||こと||かんじた 葉子 は 倉地 と 思った だけ で 、 不思議な 憎悪 を 感じ ながら その 動静 に 耳 を すました 。 ようこ||くらち||おもった|||ふしぎな|ぞうお||かんじ|||どうせい||みみ|| 倉地 は 台所 の ほう に 行って 愛子 を 呼んだ ようだった 。 くらち||だいどころ||||おこなって|あいこ||よんだ| 二 人 の 足音 が 玄関 の 隣 の 六 畳 の ほう に 行った 。 ふた|じん||あしおと||げんかん||となり||むっ|たたみ||||おこなった そして しばらく 静かだった 。 ||しずかだった と 思う と 、・・ |おもう|

「 いや 」・・

と 小さく 退ける ように いう 愛子 の 声 が 確かに 聞こえた 。 |ちいさく|しりぞける|||あいこ||こえ||たしかに|きこえた 抱きすくめられて 、 もがき ながら 放た れた 声 らしかった が 、 その 声 の 中 に は 憎悪 の 影 は 明らかに 薄かった 。 だきすくめ られて|||はなた||こえ||||こえ||なか|||ぞうお||かげ||あきらかに|うすかった ・・

葉子 は 雷 に 撃た れた ように 突然 泣きやんで 頭 を あげた 。 ようこ||かみなり||うた|||とつぜん|なきやんで|あたま|| ・・

すぐ 倉地 が 階子 段 を のぼって 来る 音 が 聞こえた 。 |くらち||はしご|だん|||くる|おと||きこえた ・・

「 わたし 台所 に 参ります から ね 」・・ |だいどころ||まいり ます||

何も 知ら なかった らしい 岡 に 、 葉子 は わずかに それ だけ を いって 、 突然 座 を 立って 裏 階子 に 急いだ 。 なにも|しら|||おか||ようこ|||||||とつぜん|ざ||たって|うら|はしご||いそいだ と 、 かけ違い に 倉地 は 座敷 に は いって 来た 。 |かけちがい||くらち||ざしき||||きた 強い 酒 の 香 が すぐ 部屋 の 空気 を よごした 。 つよい|さけ||かおり|||へや||くうき|| ・・

「 や あ 春 に なり おった 。 ||はる||| 桜 が 咲いた ぜ 。 さくら||さいた| おい 葉子 」・・ |ようこ

いかにも 気さく らしく 塩 が れた 声 で こう 叫んだ 倉地 に 対して 、 葉子 は 返事 も でき ない ほど 興奮 して いた 。 |きさく||しお|||こえ|||さけんだ|くらち||たいして|ようこ||へんじ|||||こうふん|| 葉子 は 手 に 持った ハンケチ を 口 に 押し込む ように くわえて 、 震える 手 で 壁 を 細かく たたく ように し ながら 階子 段 を 降りた 。 ようこ||て||もった|||くち||おしこむ|||ふるえる|て||かべ||こまかく|||||はしご|だん||おりた ・・

葉子 は 頭 の 中 に 天地 の 壊れ 落ちる ような 音 を 聞き ながら 、 そのまま 縁 に 出て 庭 下駄 を はこう と あせった けれども どうしても はけ ない ので 、 はだし の まま 庭 に 出た 。 ようこ||あたま||なか||てんち||こぼれ|おちる||おと||きき|||えん||でて|にわ|げた||は こう|||||||||||にわ||でた そして 次の 瞬間 に 自分 を 見いだした 時 に は いつ 戸 を あけた と も 知ら ず 物 置き 小屋 の 中 に は いって いた 。 |つぎの|しゅんかん||じぶん||みいだした|じ||||と|||||しら||ぶつ|おき|こや||なか||||