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或る女 - 有島武郎(アクセス), 34.2 或る女

34.2 或る 女

三十 分 ほど たった ころ 一 つ 木 の 兵 営 から 古藤 は 岡 に 伴われて やって 来た 。 葉子 は 六 畳 に いて 、 貞 世 を 取り次ぎ に 出した 。 ・・

「 貞 世 さん だ ね 。 大きく なった ね 」・・

まるで 前 の 古藤 の 声 と は 思わ れ ぬ ような おとなびた 黒ずんだ 声 が して 、 が ちゃ が ちゃ と 佩剣 を 取る らしい 音 も 聞こえた 。 やがて 岡 の 先 に 立って 格好 の 悪い きたない 黒 の 軍服 を 着た 古藤 が 、 皮 類 の 腐った ような 香 い を ぷんぷん さ せ ながら 葉子 の いる 所 に は いって 来た 。 ・・

葉子 は 他意 なく 好意 を こめた 目つき で 、 少女 の ように 晴れやかに 驚き ながら 古藤 を 見た 。 ・・

「 まあ これ が 古藤 さん ? なんて こわい 方 に なって おしまい な すった んでしょう 。 元 の 古藤 さん は お 額 の お 白い 所 だけ に しか 残っちゃ いません わ 。 がみがみ と しかったり な すっちゃ いやです 事 よ 。 ほんとうに しばらく 。 もう 金輪際 来て は くださら ない もの と あきらめて いました のに 、 よく …… よく い らしって くださ いました 。 岡 さん の お 手柄 です わ …… ありがとう ございました 」・・

と いって 葉子 は そこ に ならんで すわった 二 人 の 青年 を かたみ が わりに 見 やり ながら 軽く 挨拶 した 。 ・・

「 さぞ お つらい でしょう ねえ 。 お 湯 は ? お召し に なら ない ? ちょうど 沸いて います わ 」・・ 「 だいぶ 臭くって お 気の毒です が 、 一 度 や 二 度 湯 に つかったって なおり は しません から …… まあ はいりません 」・・ 古藤 は は いって 来た 時 の しかつめらしい 様子 に 引きかえて 顔色 を 軟 ら が せられて いた 。 葉子 は 心 の 中 で 相変わらず の simpleton だ と 思った 。 ・・

「 そう ねえ 何時まで 門限 は ? …… え 、 六 時 ? それ じゃ もう いくらも ありません わ ね 。 じゃ お 湯 は よして いただいて お 話 の ほう を たん と しましょう ねえ 。 いかが 軍隊 生活 は 、 お 気 に 入って ? 」・・

「 はいら なかった 前 以上 に きらいに なりました 」・・ 「 岡 さん は どう なさった の 」・・ 「 わたし まだ 猶予 中 です が 検査 を 受けたって きっと だめです 。 不 合格 の ような 健康 を 持つ と 、 わたし 軍隊 生活 の できる ような 人 が うらやましくって なりません 。 …… から だ でも 強く なったら わたし 、 もう 少し 心 も 強く なる んでしょう けれども ……」・・

「 そんな 事 は ありません ねえ 」・・ 古藤 は 自分 の 経験 から 岡 を 説 伏する ように そういった 。 ・・

「 僕 も その 一 人 だ が 、 鬼 の ような 体格 を 持って いて 、 女 の ような 弱虫 が 隊 に いて 見る と たくさん います よ 。 僕 は こんな 心 で こんな 体格 を 持って いる の が 先天 的 の 二 重 生活 を しいられる ようで 苦しい んです 。 これ から も 僕 は この 矛盾 の ため に きっと 苦しむ に 違いない 」・・

「 なんで すね お 二 人 と も 、 妙な 所 で 謙遜 のしっこ を なさる の ね 。 岡 さん だって そう お 弱く は ない し 、 古藤 さん と きたら それ は 意志 堅固 ……」・・

「 そう なら 僕 は きょう も ここ なんか に は 来 や しません 。 木村 君 に も とうに 決心 を さ せて いる はずな んです 」・・

葉子 の 言葉 を 中途 から 奪って 、 古藤 は したたか 自分 自身 を むちうつ ように 激しく こういった 。 葉子 は 何もかも わかって いる くせ にし ら を 切って 不思議 そうな 目つき を して 見せた 。 ・・

「 そう だ 、 思いきって いう だけ の 事 は いって しまいましょう 。 …… 岡 君 立た ないで ください 。 君 が いて くださる と かえって いい んです 」・・

そう いって 古藤 は 葉子 を しばらく 熟 視 して から いい出す 事 を まとめよう と する ように 下 を 向いた 。 岡 も ちょっと 形 を 改めて 葉子 の ほう を ぬすみ 見る ように した 。 葉子 は 眉 一 つ 動かさ なかった 。 そして そば に いる 貞 世に 耳 うち して 、 愛子 を 手伝って 五 時 に 夕食 の 食べられる 用意 を する ように 、 そして 三 縁 亭 から 三 皿 ほど の 料理 を 取り寄せる ように いいつけて 座 を はずさ した 。 古藤 は おどる ように して 部屋 を 出て 行く 貞 世 を そっと 目 の はずれ で 見送って いた が 、 やがて おもむろに 顔 を あげた 。 日 に 焼けた 顔 が さらに 赤く なって いた 。 ・・

「 僕 は ね ……( そう いって おいて 古藤 は また 考えた )…… あなた が 、 そんな 事 は ない と あなた は いう でしょう が 、 あなた が 倉地 と いう その 事務 長 の 人 の 奥さん に なら れる と いう の なら 、 それ が 悪いって 思って る わけじゃ ない んです 。 そんな 事 が ある と すりゃ そりゃ しかた の ない 事 な んだ 。 …… そして です ね 、 僕 に も そりゃ わかる ようです 。 …… わかるって いう の は 、 あなた が そう なれば なり そうな 事 だ と 、 それ が わかるって いう んです 。 しかし それ なら それ で いい から 、 それ を 木村 に はっきり と いって やって ください 。 そこ なんだ 僕 の いわ ん と する の は 。 あなた は 怒る かも しれません が 、 僕 は 木村 に 幾 度 も 葉子 さん と は もう 縁 を 切れって 勧告 しました 。 これ まで 僕 が あなた に 黙って そんな 事 を して いた の は わるかった から お 断わり を します ( そう いって 古藤 は ちょっと 誠実に 頭 を 下げた 。 葉子 も 黙った まま まじめに うなずいて 見せた )。 けれども 木村 から の 返事 は 、 それ に 対する 返事 は いつでも 同一な んです 。 葉子 から 破 約 の 事 を 申し出て 来る か 、 倉地 と いう 人 と の 結婚 を 申し出て 来る まで は 、 自分 は だれ の 言葉 より も 葉子 の 言葉 と 心 と に 信用 を おく 。 親友 であって も この 問題 に ついて は 、 君 の 勧告 だけ で は 心 は 動か ない 。 こう な んです 。 木村って の は そんな 男 な んです よ ( 古藤 の 言葉 は ちょっと 曇った が すぐ 元 の ように なった )。 それ を あなた は 黙って おく の は 少し 変だ と 思います 」・・ 「 それ で ……」・・ 葉子 は 少し 座 を 乗り出して 古藤 を 励ます ように 言葉 を 続け させた 。 ・・

「 木村 から は 前 から あなた の 所 に 行って よく 事情 を 見て やって くれ 、 病気 の 事 も 心配で なら ない から と いって 来て は いる んです が 、 僕 は 自分 ながら どう しよう も ない 妙な 潔癖 が ある もん だ から つい 伺い おくれて しまった のです 。 なるほど あなた は 先 より は やせました ね 。 そうして 顔 の 色 も よく ありません ね 」・・ そう いい ながら 古藤 は じっと 葉子 の 顔 を 見 やった 。 葉子 は 姉 の ように 一 段 の 高み から 古藤 の 目 を 迎えて 鷹 揚 に ほほえんで いた 。 いう だけ いわ せて みよう 、 そう 思って 今度 は 岡 の ほう に 目 を やった 。 ・・

「 岡 さん 。 あなた 今 古藤 さん の おっしゃる 事 を すっかり お 聞き に なって いて くださいました わ ね 。 あなた は このごろ 失礼 ながら 家族 の 一 人 の ように こちら に 遊び におい で くださる んです が 、 わたし を どう お 思い に なって いらっしゃる か 、 御 遠慮 なく 古藤 さん に お 話し な すって ください ましな 。 決して 御 遠慮 なく …… わたし どんな 事 を 伺って も 決して 決して なんとも 思い は いたしません から 」・・ それ を 聞く と 岡 は ひどく 当惑 して 顔 を まっ赤 に して 処女 の ように 羞恥 かんだ 。 古藤 の そば に 岡 を 置いて 見る の は 、 青銅 の 花びん の そば に 咲き かけ の 桜 を 置いて 見る ようだった 。 葉子 は ふと 心 に 浮かんだ その 対比 を 自分 ながら おもしろい と 思った 。 そんな 余裕 を 葉子 は 失わ ないで いた 。 ・・

「 わたし こういう 事柄 に は 物 を いう 力 は ない ように 思います から ……」・・ 「 そう いわ ないで ほんとうに 思った 事 を いって みて ください 。 僕 は 一徹 です から ひどい 思い 間違い を して いない と も 限りません から 。 どうか 聞か して ください 」・・

そう いって 古藤 も 肩 章 越し に 岡 を 顧みた 。 ・・

「 ほんとうに 何も いう 事 は ない んです けれども …… 木村 さん に は わたし 口 に いえ ない ほど 御 同情 して います 。 木村 さん の ような いい 方 が 今ごろ どんなに ひと り で さびしく 思って いられる か と 思いやった だけ で わたし さびしく なって しまいます 。 けれども 世の中 に は いろいろな 運命 が ある ので は ない でしょう か 。 そうして 銘々 は 黙って それ を 耐えて 行く より しかたがない ように わたし 思います 。 そこ で 無理 を しよう と する と すべて の 事 が 悪く なる ばかり …… それ は わたし だけ の 考え です けれども 。 わたし そう 考え ない と 一刻 も 生きて いられ ない ような 気 が して なりません 。 葉子 さん と 木村 さん と 倉地 さん と の 関係 は わたし 少し は 知って る ように も 思います けれども 、 よく 考えて みる と かえって ちっとも 知ら ない の かも しれません ねえ 。 わたし は 自分 自身 が 少しも わから ない んです から お 三 人 の 事 など も 、 わから ない 自分 の 、 わから ない 想像 だけ の 事 だ と 思いたい んです 。 …… 古藤 さん に は そこ まで は お 話し しません でした けれども 、 わたし 自分 の 家 の 事情 がたいへん 苦しい ので 心 を 打ちあける ような 人 を 持って いません でした が ……、 ことに 母 と か 姉妹 と か いう 女 の 人 に …… 葉子 さん に お目にかかったら 、 なんでもなく それ が できた んです 。 それ で わたし は うれしかった んです 。 そうして 葉子 さん が 木村 さん と どうしても 気 が お 合い に なら ない 、 その 事 も 失礼です けれども 今 の 所 で は わたし 想像 が 違って いない ように も 思います 。 けれども そのほか の 事 は わたし なんとも 自信 を もって いう 事 が できません 。 そんな 所 まで 他人 が 想像 を したり 口 を 出したり して いい もの か どう かも わたし わかりません 。 たいへん 独善 的に 聞こえる かも しれません が 、 そんな 気 は なく 、 運命 に できる だけ 従順に して いたい と 思う と 、 わたし 進んで 物 を いったり したり する の が 恐ろしい と 思います 。 …… なんだか 少しも 役 に 立た ない 事 を いって しまい まして …… わたし やはり 力 が ありません から 、 何も いわ なかった ほう が よかった んです けれども ……」・・ そう 絶え 入る ように 声 を 細めて 岡 は 言葉 を 結ば ぬ うち に 口 を つぐんで しまった 。 その あと に は 沈黙 だけ が ふさわしい ように 口 を つぐんで しまった 。 ・・

実際 その あと に は 不思議な ほど しめやかな 沈黙 が 続いた 。 たき 込めた 香 の に おい が かすかに 動く だけ だった 。 ・・

「 あんなに 謙遜 な 岡 君 も ( 岡 は あわてて その 賛辞 らしい 古藤 の 言葉 を 打ち消そう と し そうに した が 、 古藤 が どんどん 言葉 を 続ける ので そのまま 顔 を 赤く して 黙って しまった ) あなた と 木村 と が どうしても 折り合わ ない 事 だけ は 少なくとも 認めて いる んです 。 そう でしょう 」・・

葉子 は 美しい 沈黙 を が さつ な 手 で かき乱さ れた 不快 を かすかに 物 足ら なく 思う らしい 表情 を して 、・・

「 それ は 洋行 する 前 、 いつぞや 横浜 に 一緒に 行って いただいた 時 くわしく お 話し した じゃ ありません か 。 それ は わたし どなた に でも 申し上げて いた 事 です わ 」・・

「 そん なら なぜ …… その 時 は 木村 の ほか に は 保護 者 は い なかった から 、 あなた と して は お 妹 さん たち を 育てて 行く 上 に も 自分 を 犠牲 に して 木村 に 行く 気 で おいで だった かも しれません が なぜ …… なぜ 今に なって も 木村 と の 関係 を そのまま に して おく 必要 が ある んです 」・・ 岡 は 激しい 言葉 で 自分 が 責められる か の よう に はらはら し ながら 首 を 下げたり 、 葉子 と 古藤 の 顔 と を かたみ が わりに 見 やったり して いた が 、 とうとう 居 たたま れ なく なった と 見えて 、 静かに 座 を 立って 人 の いない 二 階 の ほう に 行って しまった 。 葉子 は 岡 の 心持ち を 思いやって 引き止め なかった し 、 古藤 は 、 いて もらった 所 が なんの 役 に も 立た ない と 思った らしく これ も 引き止め は し なかった 。 さす 花 も ない 青銅 の 花びん 一 つ …… 葉子 は 心 の 中 で 皮肉に ほほえんだ 。 ・・

「 それ より 先 に 伺わ して ちょうだいな 、 倉地 さん は どの くらい の 程度 で わたし たち を 保護 して いらっしゃる か 御存じ ? 」・・

古藤 は すぐ ぐっと 詰まって しまった 。 しかし すぐ 盛り返して 来た 。 ・・

「 僕 は 岡 君 と 違って ブルジョア の 家 に 生まれ なかった もの です から デリカシー と いう ような 美徳 を あまり たくさん 持って いない ようだ から 、 失礼な 事 を いったら 許して ください 。 倉地って 人 は 妻子 まで 離縁 した …… しかも 非常に 貞 節 らしい 奥さん まで 離縁 した と 新聞 に 出て いました 」・・ 「 そう ね 新聞 に は 出て いました わ ね 。 …… よう ございます わ 、 仮に そう だ と したら それ が 何 か わたし と 関係 の ある 事 だ と でも おっしゃる の 」・・

そう いい ながら 葉子 は 少し 気 に 障 えた らしく 、 炭 取り を 引き寄せて 火鉢 に 火 を つぎ足した 。 桜 炭 の 火花 が 激しく 飛んで 二 人 の 間 に はじけた 。 ・・

「 まあ ひどい この 炭 は 、 水 を かけ ず に 持って 来た と 見える の ね 。 女 ばかり の 世帯 だ と 思って 出入り の 御 用聞き まで 人 を ばかに する んです の よ 」・・

葉子 は そう 言い 言い 眉 を ひそめた 。 古藤 は 胸 を つかれた ようだった 。 ・・

「 僕 は 乱暴な もん だ から …… いい 過ぎ が あったら ほんとうに 許して ください 。 僕 は 実際 いかに 親友 だ から と いって 木村 ばかり を いい ように と 思って る わけじゃ ない んです けれども 、 全く あの 境遇 に は 同情 して しまう もん だ から …… 僕 は あなた も 自分 の 立場 さえ はっきり いって くだされば あなた の 立場 も 理解 が できる と 思う んだ けれども なあ 。 …… 僕 は あまり 直線 的 すぎる んでしょう か 。 僕 は 世の中 を sun - clear に 見たい と 思います よ 。 でき ない もん でしょう か 」・・

葉子 は なでる ような 好意 の ほほえみ を 見せた 。 ・・

「 あなた が わたし ほんとうに うらやましゅう ご ざん す わ 。 平和な 家庭 に お 育ち に なって 素直に なんでも 御覧 に なれる の は ありがたい 事 な んです わ 。 そんな 方 ばかり が 世の中 に いらっしゃる と めんどう が なくなって それ は いい んです けれども 、 岡 さん なんか は それ から 見る と ほんとうに お 気の毒な んです の 。 わたし みたいな もの を さえ ああして たより に して いらっしゃる の を 見る と いじらしくって きょう は 倉地 さん の 見て いる 前 で キス して 上げっち まった の 。 …… 他人事 じゃ ありません わ ね ( 葉子 の 顔 は すぐ 曇った )。 あなた と 同様 はきはき した 事 の 好きな わたし が こんなに 意地 を こじら したり 、 人 の 気 を かねたり 、 好んで 誤解 を 買って出たり する ように なって しまった 、 それ を 考えて ごらん に なって ちょうだい 。 あなた に は 今 は お わかり に なら ない かも しれません けれども …… それにしても もう 五 時 。 愛子 に 手 料理 を 作ら せて おきました から 久しぶりで 妹 たち に も 会って やって ください まし 、 ね 、 いい でしょう 」・・ 古藤 は 急に 固く なった 。 ・・

「 僕 は 帰ります 。 僕 は 木村 に はっきり した 報告 も でき ない うち に 、 こちら で 御飯 を いただいたり する の は なんだか 気 が とがめます 。 葉子 さん 頼みます 、 木村 を 救って ください 。 そして あなた 自身 を 救って ください 。 僕 は ほんとう を いう と 遠く に 離れて あなた を 見て いる と どうしても きらいに なっち まう んです が 、 こう やって お 話し して いる と 失礼な 事 を いったり 自分 で 怒ったり し ながら も 、 あなた は 自分 でも あざむけ ない ような もの を 持って おら れる の を 感ずる ように 思う んです 。 境遇 が 悪い んだ きっと 。 僕 は 一生 が 大事だ と 思います よ 。 来世 が あろう が 過去 世 が あろう が この 一生 が 大事だ と 思います よ 。 生きがい が あった と 思う ように 生きて 行きたい と 思います よ 。 ころんだって 倒れたって そんな 事 を 世間 の ように かれこれ くよくよ せ ず に 、 ころんだら 立って 、 倒れたら 起き上がって 行きたい と 思います 。 僕 は 少し 人並み は ずれて ばか の ようだ けれども 、 ばか 者 で さえ が そうして 行きたい と 思って る んです 」・・ 古藤 は 目 に 涙 を ためて 痛まし げ に 葉子 を 見 やった 。 その 時 電灯 が 急に 部屋 を 明るく した 。 ・・

「 あなた は ほんとうに どこ か 悪い ようです ね 。 早く な おって ください 。 それ じゃ 僕 は これ で きょう は 御免 を こうむります 。 さようなら 」・・

牝鹿 の ように 敏感な 岡 さえ が いっこう 注意 し ない 葉子 の 健康 状態 を 、 鈍重 らしい 古藤 が いち早く 見て取って 案じて くれる の を 見る と 、 葉子 は この 素朴な 青年 に なつかし 味 を 感ずる のだった 。 葉子 は 立って 行く 古藤 の 後ろ から 、・・

「 愛さ ん 貞 ちゃん 古藤 さん が お 帰り に なる と いけない から 早く 来て おとめ 申し ておくれ 」・・

と 叫んだ 。 玄関 に 出た 古藤 の 所 に 台所 口 から 貞 世 が 飛んで 来た 。 飛んで 来 は した が 、 倉地 に 対して の ように すぐ おどりかかる 事 は 得し ないで 、 口 も きか ず に 、 少し 恥ずかし げ に そこ に 立ちすくんだ 。 その あと から 愛子 が 手ぬぐい を 頭から 取り ながら 急ぎ足 で 現われた 。 玄関 のな げし の 所 に 照り返し を つけて 置いて ある ランプ の 光 を まともに 受けた 愛子 の 顔 を 見る と 、 古藤 は 魅 いられた ように その 美 に 打た れた らしく 、 目礼 も せ ず に その 立ち 姿 に ながめ 入った 。 愛子 は に こり と 左 の 口 じ り に 笑くぼ の 出る 微笑 を 見せて 、 右手 の 指先 が 廊下 の 板 に やっと さわる ほど 膝 を 折って 軽く 頭 を 下げた 。 愛子 の 顔 に は 羞恥 らしい もの は 少しも 現われ なかった 。 ・・

「 いけません 、 古藤 さん 。 妹 たち が 御 恩返し の つもり で 一生懸命に した んです から 、 おいしく は ありません が 、 ぜひ 、 ね 。 貞 ちゃん お前 さん その 帽子 と 剣 と を 持って お 逃げ 」・・

葉子 に そう いわれて 貞 世 は すばしこく 帽子 だけ 取り上げて しまった 。 古藤 は おめおめ と 居残る 事 に なった 。 ・・

葉子 は 倉地 を も 呼び 迎え させた 。 ・・

十二 畳 の 座敷 に は この 家 に 珍しく にぎやかな 食卓 が しつらえられた 。 五 人 が おのおの 座 に ついて 箸 を 取ろう と する 所 に 倉地 が はいって 来た 。 ・・

「 さあ いらっしゃい まし 、 今夜 は にぎやかです の よ 。 ここ へ どうぞ ( そう 云って 古藤 の 隣 の 座 を 目 で 示した )。 倉地 さん 、 この 方 が いつも お うわさ を する 木村 の 親友 の 古藤 義一 さん です 。 きょう 珍しく い らしって くださ いました の 。 これ が 事務 長 を して い らしった 倉地 三吉 さん です 」・・ 紹介 さ れた 倉地 は 心 置き ない 態度 で 古藤 の そば に すわり ながら 、・・ 「 わたし は たしか 双 鶴 館 で ちょっと お目にかかった ように 思う が 御挨拶 も せ ず 失敬 しました 。 こちら に は 始終 お 世話に なっと ります 。 以後 よろしく 」・・

と いった 。 古藤 は 正面 から 倉地 を じっと 見 やり ながら ちょっと 頭 を 下げた きり 物 も いわ なかった 。 倉地 は 軽々しく 出した 自分 の 今 の 言葉 を 不快に 思った らしく 、 苦りきって 顔 を 正面 に 直した が 、 しいて 努力 する ように 笑顔 を 作って もう 一 度 古藤 を 顧みた 。 ・・

「 あの 時 から する と 見違える ように 変わら れました な 。 わたし も 日 清 戦争 の 時 は 半分 軍人 の ような 生活 を した が 、 なかなか おもしろかった です よ 。 しかし 苦しい 事 も たまに は お あり だろう な 」・・

古藤 は 食卓 を 見 やった まま 、・・

「 え ゝ 」・・

と だけ 答えた 。 倉地 の 我慢 は それ まで だった 。 一座 は その 気分 を 感じて なんとなく 白け 渡った 。 葉子 の 手慣れた tact でも それ は なかなか 一掃 さ れ なかった 。 岡 は その 気まず さ を 強烈な 電気 の ように 感じて いる らしかった 。 ひと り 貞 世 だけ はしゃぎ 返った 。 ・・

「 この サラダ は 愛 ねえさん が お 醋 と オリーブ 油 を 間違って 油 を たくさん かけた から きっと 油っこ くって よ 」・・ 愛子 は おだやかに 貞 世 を にらむ ように して 、・・ 「 貞 ちゃん は ひどい 」・・

と いった 。 貞 世 は 平気だった 。 ・・

「 その代わり わたし が また お 醋 を あと から 入れた から すっぱ すぎる 所 が ある かも しれ なくって よ 。 も 少し ついでに お 葉 も 入れれば よ かって ねえ 、 愛 ねえさん 」・・

みんな は 思わず 笑った 。 古藤 も 笑う に は 笑った 。 しかし その 笑い声 は すぐ しずまって しまった 。 ・・

やがて 古藤 が 突然 箸 を おいた 。 ・・

「 僕 が 悪い ため に せっかく の 食卓 をたいへん 不愉快に した ようです 。 すみません でした 。 僕 は これ で 失礼 します 」・・ 葉子 は あわてて 、・・ 「 まあ そんな 事 は ちっとも ありません 事 よ 。 古藤 さん そんな 事 を おっしゃら ず に しまい まで いら しって ちょうだい どうぞ 。 みんな で 途中 まで お 送り します から 」・・ と とめた が 古藤 は どうしても きか なかった 。 人々 は 食事 なかば で 立ち上がら ねば なら なかった 。 古藤 は 靴 を はいて から 、 帯 皮 を 取り上げて 剣 を つる と 、 洋服 の しわ を 延ばし ながら 、 ちらっと 愛子 に 鋭く 目 を やった 。 始 め から ほとんど 物 を いわ なかった 愛子 は 、 この 時 も 黙った まま 、 多 恨 な 柔和な 目 を 大きく 見開いて 、 中座 を して 行く 古藤 を 美しく たしなめる ように じっと 見返して いた 、 それ を 葉子 の 鋭い 視覚 は 見のがさ なかった 。 ・・

「 古藤 さん 、 あなた これ から きっと たびたび いら しって ください まし よ 。 まだまだ 申し上げる 事 が たくさん 残って います し 、 妹 たち も お 待ち 申して います から 、 きっと です こと よ 」・・ そう いって 葉子 も 親しみ を 込めた ひとみ を 送った 。 古藤 は しゃち こ 張った 軍隊 式 の 立 礼 を して 、 さ くさく と 砂利 の 上 に 靴 の 音 を 立て ながら 、 夕闇 の 催した 杉森 の 下 道 の ほう へ と 消えて 行った 。 ・・

見送り に 立た なかった 倉地 が 座敷 の ほう で ひとり言 の ように だれ に 向かって と も なく 「 ばか ! 」 と いう の が 聞こえた 。


34.2 或る 女 ある|おんな 34,2 Una mujer

三十 分 ほど たった ころ 一 つ 木 の 兵 営 から 古藤 は 岡 に 伴われて やって 来た 。 さんじゅう|ぶん||||ひと||き||つわもの|いとな||ことう||おか||ともなわ れて||きた 葉子 は 六 畳 に いて 、 貞 世 を 取り次ぎ に 出した 。 ようこ||むっ|たたみ|||さだ|よ||とりつぎ||だした ・・

「 貞 世 さん だ ね 。 さだ|よ||| 大きく なった ね 」・・ おおきく||

まるで 前 の 古藤 の 声 と は 思わ れ ぬ ような おとなびた 黒ずんだ 声 が して 、 が ちゃ が ちゃ と 佩剣 を 取る らしい 音 も 聞こえた 。 |ぜん||ことう||こえ|||おもわ|||||くろずんだ|こえ||||||||はいつるぎ||とる||おと||きこえた やがて 岡 の 先 に 立って 格好 の 悪い きたない 黒 の 軍服 を 着た 古藤 が 、 皮 類 の 腐った ような 香 い を ぷんぷん さ せ ながら 葉子 の いる 所 に は いって 来た 。 |おか||さき||たって|かっこう||わるい||くろ||ぐんぷく||きた|ことう||かわ|るい||くさった||かおり|||||||ようこ|||しょ||||きた ・・

葉子 は 他意 なく 好意 を こめた 目つき で 、 少女 の ように 晴れやかに 驚き ながら 古藤 を 見た 。 ようこ||たい||こうい|||めつき||しょうじょ|||はれやかに|おどろき||ことう||みた ・・

「 まあ これ が 古藤 さん ? |||ことう| なんて こわい 方 に なって おしまい な すった んでしょう 。 ||かた|||||| 元 の 古藤 さん は お 額 の お 白い 所 だけ に しか 残っちゃ いません わ 。 もと||ことう||||がく|||しろい|しょ||||のこっちゃ|いま せ ん| がみがみ と しかったり な すっちゃ いやです 事 よ 。 ||||||こと| ほんとうに しばらく 。 もう 金輪際 来て は くださら ない もの と あきらめて いました のに 、 よく …… よく い らしって くださ いました 。 |こんりんざい|きて|||||||い ました|||||らし って||い ました I had given up on you, thinking that you would never come again, but you were so kind. 岡 さん の お 手柄 です わ …… ありがとう ございました 」・・ おか||||てがら||||

と いって 葉子 は そこ に ならんで すわった 二 人 の 青年 を かたみ が わりに 見 やり ながら 軽く 挨拶 した 。 ||ようこ||||||ふた|じん||せいねん|||||み|||かるく|あいさつ| ・・

「 さぞ お つらい でしょう ねえ 。 お 湯 は ? |ゆ| お召し に なら ない ? おめし||| ちょうど 沸いて います わ 」・・ 「 だいぶ 臭くって お 気の毒です が 、 一 度 や 二 度 湯 に つかったって なおり は しません から …… まあ はいりません 」・・  古藤 は は いって 来た 時 の しかつめらしい 様子 に 引きかえて 顔色 を 軟 ら が せられて いた 。 |わいて|い ます|||くさく って||きのどくです||ひと|たび||ふた|たび|ゆ||つかった って|||し ませ ん|||はいり ませ ん|ことう||||きた|じ|||ようす||ひきかえて|かおいろ||なん|||せら れて| 葉子 は 心 の 中 で 相変わらず の simpleton だ と 思った 。 ようこ||こころ||なか||あいかわらず|||||おもった ・・

「 そう ねえ 何時まで 門限 は ? ||いつまで|もんげん| …… え 、 六 時 ? |むっ|じ それ じゃ もう いくらも ありません わ ね 。 ||||あり ませ ん|| じゃ お 湯 は よして いただいて お 話 の ほう を たん と しましょう ねえ 。 ||ゆ|||||はなし||||||し ましょう| いかが 軍隊 生活 は 、 お 気 に 入って ? |ぐんたい|せいかつ|||き||はいって 」・・

「 はいら なかった 前 以上 に きらいに なりました 」・・ 「 岡 さん は どう なさった の 」・・ ||ぜん|いじょう|||なり ました|おか||||| 「 わたし まだ 猶予 中 です が 検査 を 受けたって きっと だめです 。 ||ゆうよ|なか|||けんさ||うけた って|| 不 合格 の ような 健康 を 持つ と 、 わたし 軍隊 生活 の できる ような 人 が うらやましくって なりません 。 ふ|ごうかく|||けんこう||もつ|||ぐんたい|せいかつ||||じん||うらやましく って|なり ませ ん …… から だ でも 強く なったら わたし 、 もう 少し 心 も 強く なる んでしょう けれども ……」・・ |||つよく||||すこし|こころ||つよく|||

「 そんな 事 は ありません ねえ 」・・  古藤 は 自分 の 経験 から 岡 を 説 伏する ように そういった 。 |こと||あり ませ ん||ことう||じぶん||けいけん||おか||せつ|ふくする|| ・・

「 僕 も その 一 人 だ が 、 鬼 の ような 体格 を 持って いて 、 女 の ような 弱虫 が 隊 に いて 見る と たくさん います よ 。 ぼく|||ひと|じん|||おに|||たいかく||もって||おんな|||よわむし||たい|||みる|||い ます| 僕 は こんな 心 で こんな 体格 を 持って いる の が 先天 的 の 二 重 生活 を しいられる ようで 苦しい んです 。 ぼく|||こころ|||たいかく||もって||||せんてん|てき||ふた|おも|せいかつ||しい られる||くるしい| これ から も 僕 は この 矛盾 の ため に きっと 苦しむ に 違いない 」・・ |||ぼく|||むじゅん|||||くるしむ||ちがいない

「 なんで すね お 二 人 と も 、 妙な 所 で 謙遜 のしっこ を なさる の ね 。 |||ふた|じん|||みょうな|しょ||けんそん|のし っこ|||| 岡 さん だって そう お 弱く は ない し 、 古藤 さん と きたら それ は 意志 堅固 ……」・・ おか|||||よわく||||ことう||||||いし|けんご

「 そう なら 僕 は きょう も ここ なんか に は 来 や しません 。 ||ぼく||||||||らい||し ませ ん 木村 君 に も とうに 決心 を さ せて いる はずな んです 」・・ きむら|きみ||||けっしん||||||

葉子 の 言葉 を 中途 から 奪って 、 古藤 は したたか 自分 自身 を むちうつ ように 激しく こういった 。 ようこ||ことば||ちゅうと||うばって|ことう|||じぶん|じしん||||はげしく| 葉子 は 何もかも わかって いる くせ にし ら を 切って 不思議 そうな 目つき を して 見せた 。 ようこ||なにもかも|||||||きって|ふしぎ|そう な|めつき|||みせた ・・

「 そう だ 、 思いきって いう だけ の 事 は いって しまいましょう 。 ||おもいきって||||こと|||しまい ましょう …… 岡 君 立た ないで ください 。 おか|きみ|たた|| 君 が いて くださる と かえって いい んです 」・・ きみ|||||||

そう いって 古藤 は 葉子 を しばらく 熟 視 して から いい出す 事 を まとめよう と する ように 下 を 向いた 。 ||ことう||ようこ|||じゅく|し|||いいだす|こと||||||した||むいた 岡 も ちょっと 形 を 改めて 葉子 の ほう を ぬすみ 見る ように した 。 おか|||かた||あらためて|ようこ|||||みる|| 葉子 は 眉 一 つ 動かさ なかった 。 ようこ||まゆ|ひと||うごかさ| そして そば に いる 貞 世に 耳 うち して 、 愛子 を 手伝って 五 時 に 夕食 の 食べられる 用意 を する ように 、 そして 三 縁 亭 から 三 皿 ほど の 料理 を 取り寄せる ように いいつけて 座 を はずさ した 。 ||||さだ|よに|みみ|||あいこ||てつだって|いつ|じ||ゆうしょく||たべ られる|ようい|||||みっ|えん|ちん||みっ|さら|||りょうり||とりよせる|||ざ||| 古藤 は おどる ように して 部屋 を 出て 行く 貞 世 を そっと 目 の はずれ で 見送って いた が 、 やがて おもむろに 顔 を あげた 。 ことう|||||へや||でて|いく|さだ|よ|||め||||みおくって|||||かお|| 日 に 焼けた 顔 が さらに 赤く なって いた 。 ひ||やけた|かお|||あかく|| ・・

「 僕 は ね ……( そう いって おいて 古藤 は また 考えた )…… あなた が 、 そんな 事 は ない と あなた は いう でしょう が 、 あなた が 倉地 と いう その 事務 長 の 人 の 奥さん に なら れる と いう の なら 、 それ が 悪いって 思って る わけじゃ ない んです 。 ぼく||||||ことう|||かんがえた||||こと|||||||||||くらち||||じむ|ちょう||じん||おくさん||||||||||わるい って|おもって|||| そんな 事 が ある と すりゃ そりゃ しかた の ない 事 な んだ 。 |こと|||||||||こと|| …… そして です ね 、 僕 に も そりゃ わかる ようです 。 |||ぼく||||| …… わかるって いう の は 、 あなた が そう なれば なり そうな 事 だ と 、 それ が わかるって いう んです 。 わかる って|||||||||そう な|こと|||||わかる って|| しかし それ なら それ で いい から 、 それ を 木村 に はっきり と いって やって ください 。 |||||||||きむら|||||| そこ なんだ 僕 の いわ ん と する の は 。 ||ぼく||||||| あなた は 怒る かも しれません が 、 僕 は 木村 に 幾 度 も 葉子 さん と は もう 縁 を 切れって 勧告 しました 。 ||いかる||しれ ませ ん||ぼく||きむら||いく|たび||ようこ|||||えん||きれ って|かんこく|し ました これ まで 僕 が あなた に 黙って そんな 事 を して いた の は わるかった から お 断わり を します ( そう いって 古藤 は ちょっと 誠実に 頭 を 下げた 。 ||ぼく||||だまって||こと|||||||||ことわり||し ます|||ことう|||せいじつに|あたま||さげた 葉子 も 黙った まま まじめに うなずいて 見せた )。 ようこ||だまった||||みせた けれども 木村 から の 返事 は 、 それ に 対する 返事 は いつでも 同一な んです 。 |きむら|||へんじ||||たいする|へんじ|||どういつな| 葉子 から 破 約 の 事 を 申し出て 来る か 、 倉地 と いう 人 と の 結婚 を 申し出て 来る まで は 、 自分 は だれ の 言葉 より も 葉子 の 言葉 と 心 と に 信用 を おく 。 ようこ||やぶ|やく||こと||もうしでて|くる||くらち|||じん|||けっこん||もうしでて|くる|||じぶん||||ことば|||ようこ||ことば||こころ|||しんよう|| 親友 であって も この 問題 に ついて は 、 君 の 勧告 だけ で は 心 は 動か ない 。 しんゆう||||もんだい||||きみ||かんこく||||こころ||うごか| こう な んです 。 木村って の は そんな 男 な んです よ ( 古藤 の 言葉 は ちょっと 曇った が すぐ 元 の ように なった )。 きむら って||||おとこ||||ことう||ことば|||くもった|||もと||| それ を あなた は 黙って おく の は 少し 変だ と 思います 」・・ 「 それ で ……」・・ ||||だまって||||すこし|へんだ||おもい ます|| 葉子 は 少し 座 を 乗り出して 古藤 を 励ます ように 言葉 を 続け させた 。 ようこ||すこし|ざ||のりだして|ことう||はげます||ことば||つづけ|さ せた ・・

「 木村 から は 前 から あなた の 所 に 行って よく 事情 を 見て やって くれ 、 病気 の 事 も 心配で なら ない から と いって 来て は いる んです が 、 僕 は 自分 ながら どう しよう も ない 妙な 潔癖 が ある もん だ から つい 伺い おくれて しまった のです 。 きむら|||ぜん||||しょ||おこなって||じじょう||みて|||びょうき||こと||しんぱいで||||||きて|||||ぼく||じぶん||||||みょうな|けっぺき|||||||うかがい||| なるほど あなた は 先 より は やせました ね 。 |||さき|||やせ ました| そうして 顔 の 色 も よく ありません ね 」・・  そう いい ながら 古藤 は じっと 葉子 の 顔 を 見 やった 。 |かお||いろ|||あり ませ ん|||||ことう|||ようこ||かお||み| 葉子 は 姉 の ように 一 段 の 高み から 古藤 の 目 を 迎えて 鷹 揚 に ほほえんで いた 。 ようこ||あね|||ひと|だん||たかみ||ことう||め||むかえて|たか|よう||| いう だけ いわ せて みよう 、 そう 思って 今度 は 岡 の ほう に 目 を やった 。 ||||||おもって|こんど||おか||||め|| ・・

「 岡 さん 。 おか| あなた 今 古藤 さん の おっしゃる 事 を すっかり お 聞き に なって いて くださいました わ ね 。 |いま|ことう||||こと||||きき||||くださ い ました|| あなた は このごろ 失礼 ながら 家族 の 一 人 の ように こちら に 遊び におい で くださる んです が 、 わたし を どう お 思い に なって いらっしゃる か 、 御 遠慮 なく 古藤 さん に お 話し な すって ください ましな 。 |||しつれい||かぞく||ひと|じん|||||あそび||||||||||おもい|||||ご|えんりょ||ことう||||はなし|||| 決して 御 遠慮 なく …… わたし どんな 事 を 伺って も 決して 決して なんとも 思い は いたしません から 」・・  それ を 聞く と 岡 は ひどく 当惑 して 顔 を まっ赤 に して 処女 の ように 羞恥 かんだ 。 けっして|ご|えんりょ||||こと||うかがって||けっして|けっして||おもい||いたし ませ ん||||きく||おか|||とうわく||かお||まっ あか|||しょじょ|||しゅうち| 古藤 の そば に 岡 を 置いて 見る の は 、 青銅 の 花びん の そば に 咲き かけ の 桜 を 置いて 見る ようだった 。 ことう||||おか||おいて|みる|||せいどう||かびん||||さき|||さくら||おいて|みる| 葉子 は ふと 心 に 浮かんだ その 対比 を 自分 ながら おもしろい と 思った 。 ようこ|||こころ||うかんだ||たいひ||じぶん||||おもった そんな 余裕 を 葉子 は 失わ ないで いた 。 |よゆう||ようこ||うしなわ|| ・・

「 わたし こういう 事柄 に は 物 を いう 力 は ない ように 思います から ……」・・ 「 そう いわ ないで ほんとうに 思った 事 を いって みて ください 。 ||ことがら|||ぶつ|||ちから||||おもい ます||||||おもった|こと|||| 僕 は 一徹 です から ひどい 思い 間違い を して いない と も 限りません から 。 ぼく||いってつ||||おもい|まちがい||||||かぎり ませ ん| どうか 聞か して ください 」・・ |きか||

そう いって 古藤 も 肩 章 越し に 岡 を 顧みた 。 ||ことう||かた|しょう|こし||おか||かえりみた ・・

「 ほんとうに 何も いう 事 は ない んです けれども …… 木村 さん に は わたし 口 に いえ ない ほど 御 同情 して います 。 |なにも||こと|||||きむら|||||くち|||||ご|どうじょう||い ます 木村 さん の ような いい 方 が 今ごろ どんなに ひと り で さびしく 思って いられる か と 思いやった だけ で わたし さびしく なって しまいます 。 きむら|||||かた||いまごろ||||||おもって|いら れる|||おもいやった||||||しまい ます けれども 世の中 に は いろいろな 運命 が ある ので は ない でしょう か 。 |よのなか||||うんめい||||||| そうして 銘々 は 黙って それ を 耐えて 行く より しかたがない ように わたし 思います 。 |めいめい||だまって|||たえて|いく|||||おもい ます そこ で 無理 を しよう と する と すべて の 事 が 悪く なる ばかり …… それ は わたし だけ の 考え です けれども 。 ||むり||||||||こと||わるく||||||||かんがえ|| わたし そう 考え ない と 一刻 も 生きて いられ ない ような 気 が して なりません 。 ||かんがえ|||いっこく||いきて|いら れ|||き|||なり ませ ん 葉子 さん と 木村 さん と 倉地 さん と の 関係 は わたし 少し は 知って る ように も 思います けれども 、 よく 考えて みる と かえって ちっとも 知ら ない の かも しれません ねえ 。 ようこ|||きむら|||くらち||||かんけい|||すこし||しって||||おもい ます|||かんがえて|||||しら||||しれ ませ ん| わたし は 自分 自身 が 少しも わから ない んです から お 三 人 の 事 など も 、 わから ない 自分 の 、 わから ない 想像 だけ の 事 だ と 思いたい んです 。 ||じぶん|じしん||すこしも||||||みっ|じん||こと|||||じぶん||||そうぞう|||こと|||おもい たい| …… 古藤 さん に は そこ まで は お 話し しません でした けれども 、 わたし 自分 の 家 の 事情 がたいへん 苦しい ので 心 を 打ちあける ような 人 を 持って いません でした が ……、 ことに 母 と か 姉妹 と か いう 女 の 人 に …… 葉子 さん に お目にかかったら 、 なんでもなく それ が できた んです 。 ことう||||||||はなし|し ませ ん||||じぶん||いえ||じじょう|が たいへん|くるしい||こころ||うちあける||じん||もって|いま せ ん||||はは|||しまい||||おんな||じん||ようこ|||おめにかかったら||||| それ で わたし は うれしかった んです 。 そうして 葉子 さん が 木村 さん と どうしても 気 が お 合い に なら ない 、 その 事 も 失礼です けれども 今 の 所 で は わたし 想像 が 違って いない ように も 思います 。 |ようこ|||きむら||||き|||あい|||||こと||しつれいです||いま||しょ||||そうぞう||ちがって||||おもい ます けれども そのほか の 事 は わたし なんとも 自信 を もって いう 事 が できません 。 |||こと||||じしん||||こと||でき ませ ん そんな 所 まで 他人 が 想像 を したり 口 を 出したり して いい もの か どう かも わたし わかりません 。 |しょ||たにん||そうぞう|||くち||だしたり||||||||わかり ませ ん たいへん 独善 的に 聞こえる かも しれません が 、 そんな 気 は なく 、 運命 に できる だけ 従順に して いたい と 思う と 、 わたし 進んで 物 を いったり したり する の が 恐ろしい と 思います 。 |どくぜん|てきに|きこえる||しれ ませ ん|||き|||うんめい||||じゅうじゅんに||い たい||おもう|||すすんで|ぶつ|||||||おそろしい||おもい ます …… なんだか 少しも 役 に 立た ない 事 を いって しまい まして …… わたし やはり 力 が ありません から 、 何も いわ なかった ほう が よかった んです けれども ……」・・  そう 絶え 入る ように 声 を 細めて 岡 は 言葉 を 結ば ぬ うち に 口 を つぐんで しまった 。 |すこしも|やく||たた||こと|||||||ちから||あり ませ ん||なにも|||||||||たえ|はいる||こえ||ほそめて|おか||ことば||むすば||||くち||| その あと に は 沈黙 だけ が ふさわしい ように 口 を つぐんで しまった 。 ||||ちんもく|||||くち||| ・・

実際 その あと に は 不思議な ほど しめやかな 沈黙 が 続いた 。 じっさい|||||ふしぎな|||ちんもく||つづいた たき 込めた 香 の に おい が かすかに 動く だけ だった 。 |こめた|かおり||||||うごく|| ・・

「 あんなに 謙遜 な 岡 君 も ( 岡 は あわてて その 賛辞 らしい 古藤 の 言葉 を 打ち消そう と し そうに した が 、 古藤 が どんどん 言葉 を 続ける ので そのまま 顔 を 赤く して 黙って しまった ) あなた と 木村 と が どうしても 折り合わ ない 事 だけ は 少なくとも 認めて いる んです 。 |けんそん||おか|きみ||おか||||さんじ||ことう||ことば||うちけそう|||そう に|||ことう|||ことば||つづける|||かお||あかく||だまって||||きむら||||おりあわ||こと|||すくなくとも|みとめて|| そう でしょう 」・・

葉子 は 美しい 沈黙 を が さつ な 手 で かき乱さ れた 不快 を かすかに 物 足ら なく 思う らしい 表情 を して 、・・ ようこ||うつくしい|ちんもく|||||て||かきみださ||ふかい|||ぶつ|たら||おもう||ひょうじょう||

「 それ は 洋行 する 前 、 いつぞや 横浜 に 一緒に 行って いただいた 時 くわしく お 話し した じゃ ありません か 。 ||ようこう||ぜん||よこはま||いっしょに|おこなって||じ|||はなし|||あり ませ ん| それ は わたし どなた に でも 申し上げて いた 事 です わ 」・・ ||||||もうしあげて||こと||

「 そん なら なぜ …… その 時 は 木村 の ほか に は 保護 者 は い なかった から 、 あなた と して は お 妹 さん たち を 育てて 行く 上 に も 自分 を 犠牲 に して 木村 に 行く 気 で おいで だった かも しれません が なぜ …… なぜ 今に なって も 木村 と の 関係 を そのまま に して おく 必要 が ある んです 」・・  岡 は 激しい 言葉 で 自分 が 責められる か の よう に はらはら し ながら 首 を 下げたり 、 葉子 と 古藤 の 顔 と を かたみ が わりに 見 やったり して いた が 、 とうとう 居 たたま れ なく なった と 見えて 、 静かに 座 を 立って 人 の いない 二 階 の ほう に 行って しまった 。 ||||じ||きむら|||||ほご|もの||||||||||いもうと||||そだてて|いく|うえ|||じぶん||ぎせい|||きむら||いく|き|||||しれ ませ ん||||いまに|||きむら|||かんけい||||||ひつよう||||おか||はげしい|ことば||じぶん||せめ られる||||||||くび||さげたり|ようこ||ことう||かお||||||み||||||い||||||みえて|しずかに|ざ||たって|じん|||ふた|かい||||おこなって| 葉子 は 岡 の 心持ち を 思いやって 引き止め なかった し 、 古藤 は 、 いて もらった 所 が なんの 役 に も 立た ない と 思った らしく これ も 引き止め は し なかった 。 ようこ||おか||こころもち||おもいやって|ひきとめ|||ことう||||しょ|||やく|||たた|||おもった||||ひきとめ||| さす 花 も ない 青銅 の 花びん 一 つ …… 葉子 は 心 の 中 で 皮肉に ほほえんだ 。 |か|||せいどう||かびん|ひと||ようこ||こころ||なか||ひにくに| ・・

「 それ より 先 に 伺わ して ちょうだいな 、 倉地 さん は どの くらい の 程度 で わたし たち を 保護 して いらっしゃる か 御存じ ? ||さき||うかがわ|||くらち||||||ていど|||||ほご||||ごぞんじ 」・・

古藤 は すぐ ぐっと 詰まって しまった 。 ことう||||つまって| しかし すぐ 盛り返して 来た 。 ||もりかえして|きた ・・

「 僕 は 岡 君 と 違って ブルジョア の 家 に 生まれ なかった もの です から デリカシー と いう ような 美徳 を あまり たくさん 持って いない ようだ から 、 失礼な 事 を いったら 許して ください 。 ぼく||おか|きみ||ちがって|||いえ||うまれ|||||||||びとく||||もって||||しつれいな|こと|||ゆるして| 倉地って 人 は 妻子 まで 離縁 した …… しかも 非常に 貞 節 らしい 奥さん まで 離縁 した と 新聞 に 出て いました 」・・ 「 そう ね 新聞 に は 出て いました わ ね 。 くらち って|じん||さいし||りえん|||ひじょうに|さだ|せつ||おくさん||りえん|||しんぶん||でて|い ました|||しんぶん|||でて|い ました|| …… よう ございます わ 、 仮に そう だ と したら それ が 何 か わたし と 関係 の ある 事 だ と でも おっしゃる の 」・・ |||かりに|||||||なん||||かんけい|||こと|||||

そう いい ながら 葉子 は 少し 気 に 障 えた らしく 、 炭 取り を 引き寄せて 火鉢 に 火 を つぎ足した 。 |||ようこ||すこし|き||さわ|||すみ|とり||ひきよせて|ひばち||ひ||つぎたした 桜 炭 の 火花 が 激しく 飛んで 二 人 の 間 に はじけた 。 さくら|すみ||ひばな||はげしく|とんで|ふた|じん||あいだ|| ・・

「 まあ ひどい この 炭 は 、 水 を かけ ず に 持って 来た と 見える の ね 。 |||すみ||すい|||||もって|きた||みえる|| 女 ばかり の 世帯 だ と 思って 出入り の 御 用聞き まで 人 を ばかに する んです の よ 」・・ おんな|||せたい|||おもって|でいり||ご|ようきき||じん|||||| Thinking it's an all-female household, they even make fun of people, even the go-betweens."

葉子 は そう 言い 言い 眉 を ひそめた 。 ようこ|||いい|いい|まゆ|| 古藤 は 胸 を つかれた ようだった 。 ことう||むね||| ・・

「 僕 は 乱暴な もん だ から …… いい 過ぎ が あったら ほんとうに 許して ください 。 ぼく||らんぼうな|||||すぎ||||ゆるして| 僕 は 実際 いかに 親友 だ から と いって 木村 ばかり を いい ように と 思って る わけじゃ ない んです けれども 、 全く あの 境遇 に は 同情 して しまう もん だ から …… 僕 は あなた も 自分 の 立場 さえ はっきり いって くだされば あなた の 立場 も 理解 が できる と 思う んだ けれども なあ 。 ぼく||じっさい||しんゆう|||||きむら||||||おもって||||||まったく||きょうぐう|||どうじょう||||||ぼく||||じぶん||たちば|||||||たちば||りかい||||おもう||| …… 僕 は あまり 直線 的 すぎる んでしょう か 。 ぼく|||ちょくせん|てき||| 僕 は 世の中 を sun - clear に 見たい と 思います よ 。 ぼく||よのなか|||||み たい||おもい ます| でき ない もん でしょう か 」・・

葉子 は なでる ような 好意 の ほほえみ を 見せた 。 ようこ||||こうい||||みせた ・・

「 あなた が わたし ほんとうに うらやましゅう ご ざん す わ 。 平和な 家庭 に お 育ち に なって 素直に なんでも 御覧 に なれる の は ありがたい 事 な んです わ 。 へいわな|かてい|||そだち|||すなおに||ごらん||||||こと||| そんな 方 ばかり が 世の中 に いらっしゃる と めんどう が なくなって それ は いい んです けれども 、 岡 さん なんか は それ から 見る と ほんとうに お 気の毒な んです の 。 |かた|||よのなか||||||||||||おか||||||みる||||きのどくな|| わたし みたいな もの を さえ ああして たより に して いらっしゃる の を 見る と いじらしくって きょう は 倉地 さん の 見て いる 前 で キス して 上げっち まった の 。 ||||||||||||みる||いじらしく って|||くらち|||みて||ぜん||きす||あげ っち|| When I saw someone like me relying on him like that, I thought I was messing with him, so today I kissed him in front of Mr. Kurachi. …… 他人事 じゃ ありません わ ね ( 葉子 の 顔 は すぐ 曇った )。 ひとごと||あり ませ ん|||ようこ||かお|||くもった あなた と 同様 はきはき した 事 の 好きな わたし が こんなに 意地 を こじら したり 、 人 の 気 を かねたり 、 好んで 誤解 を 買って出たり する ように なって しまった 、 それ を 考えて ごらん に なって ちょうだい 。 ||どうよう|||こと||すきな||||いじ||||じん||き|||このんで|ごかい||かってでたり|||||||かんがえて|||| I, who likes to say things just like you, have come to be so stubborn, to dislike people's feelings, and to willingly seek out misunderstandings, please think about that. . あなた に は 今 は お わかり に なら ない かも しれません けれども …… それにしても もう 五 時 。 |||いま||||||||しれ ませ ん||||いつ|じ You may not realize it now... but it's already five o'clock. 愛子 に 手 料理 を 作ら せて おきました から 久しぶりで 妹 たち に も 会って やって ください まし 、 ね 、 いい でしょう 」・・  古藤 は 急に 固く なった 。 あいこ||て|りょうり||つくら||おき ました||ひさしぶりで|いもうと||||あって|||||||ことう||きゅうに|かたく| I made Aiko cook for me, so please meet my sisters for the first time in a while, okay?" Furuto suddenly stiffened. ・・

「 僕 は 帰ります 。 ぼく||かえり ます 僕 は 木村 に はっきり した 報告 も でき ない うち に 、 こちら で 御飯 を いただいたり する の は なんだか 気 が とがめます 。 ぼく||きむら||||ほうこく||||||||ごはん|||||||き||とがめ ます 葉子 さん 頼みます 、 木村 を 救って ください 。 ようこ||たのみ ます|きむら||すくって| そして あなた 自身 を 救って ください 。 ||じしん||すくって| 僕 は ほんとう を いう と 遠く に 離れて あなた を 見て いる と どうしても きらいに なっち まう んです が 、 こう やって お 話し して いる と 失礼な 事 を いったり 自分 で 怒ったり し ながら も 、 あなた は 自分 でも あざむけ ない ような もの を 持って おら れる の を 感ずる ように 思う んです 。 ぼく||||||とおく||はなれて|||みて|||||な っち|||||||はなし||||しつれいな|こと|||じぶん||いかったり||||||じぶん|||||||もって|||||かんずる||おもう| 境遇 が 悪い んだ きっと 。 きょうぐう||わるい|| 僕 は 一生 が 大事だ と 思います よ 。 ぼく||いっしょう||だいじだ||おもい ます| 来世 が あろう が 過去 世 が あろう が この 一生 が 大事だ と 思います よ 。 らいせ||||かこ|よ|||||いっしょう||だいじだ||おもい ます| 生きがい が あった と 思う ように 生きて 行きたい と 思います よ 。 いきがい||||おもう||いきて|いき たい||おもい ます| ころんだって 倒れたって そんな 事 を 世間 の ように かれこれ くよくよ せ ず に 、 ころんだら 立って 、 倒れたら 起き上がって 行きたい と 思います 。 ころんだ って|たおれた って||こと||せけん|||||||||たって|たおれたら|おきあがって|いき たい||おもい ます 僕 は 少し 人並み は ずれて ばか の ようだ けれども 、 ばか 者 で さえ が そうして 行きたい と 思って る んです 」・・  古藤 は 目 に 涙 を ためて 痛まし げ に 葉子 を 見 やった 。 ぼく||すこし|ひとなみ||||||||もの|||||いき たい||おもって|||ことう||め||なみだ|||いたまし|||ようこ||み| その 時 電灯 が 急に 部屋 を 明るく した 。 |じ|でんとう||きゅうに|へや||あかるく| ・・

「 あなた は ほんとうに どこ か 悪い ようです ね 。 |||||わるい|| 早く な おって ください 。 はやく||| それ じゃ 僕 は これ で きょう は 御免 を こうむります 。 ||ぼく||||||ごめん||こうむり ます さようなら 」・・

牝鹿 の ように 敏感な 岡 さえ が いっこう 注意 し ない 葉子 の 健康 状態 を 、 鈍重 らしい 古藤 が いち早く 見て取って 案じて くれる の を 見る と 、 葉子 は この 素朴な 青年 に なつかし 味 を 感ずる のだった 。 おしか|||びんかんな|おか||||ちゅうい|||ようこ||けんこう|じょうたい||どんじゅう||ことう||いちはやく|みてとって|あんじて||||みる||ようこ|||そぼくな|せいねん|||あじ||かんずる| When Oka, who was as sensitive as a doe, didn't pay much attention to Yoko's health condition, the dull-looking Furuto quickly noticed and worried about her, and Yoko felt nostalgic for this simple young man. 葉子 は 立って 行く 古藤 の 後ろ から 、・・ ようこ||たって|いく|ことう||うしろ|

「 愛さ ん 貞 ちゃん 古藤 さん が お 帰り に なる と いけない から 早く 来て おとめ 申し ておくれ 」・・ あいさ||さだ||ことう||||かえり||||||はやく|きて||もうし| ``Ai-san, Sada-chan, and Koto-san, I don't want you to go home, so please hurry up and say hello.''

と 叫んだ 。 |さけんだ 玄関 に 出た 古藤 の 所 に 台所 口 から 貞 世 が 飛んで 来た 。 げんかん||でた|ことう||しょ||だいどころ|くち||さだ|よ||とんで|きた 飛んで 来 は した が 、 倉地 に 対して の ように すぐ おどりかかる 事 は 得し ないで 、 口 も きか ず に 、 少し 恥ずかし げ に そこ に 立ちすくんだ 。 とんで|らい||||くらち||たいして|||||こと||とくし||くち|||||すこし|はずかし|||||たちすくんだ その あと から 愛子 が 手ぬぐい を 頭から 取り ながら 急ぎ足 で 現われた 。 |||あいこ||てぬぐい||あたまから|とり||いそぎあし||あらわれた 玄関 のな げし の 所 に 照り返し を つけて 置いて ある ランプ の 光 を まともに 受けた 愛子 の 顔 を 見る と 、 古藤 は 魅 いられた ように その 美 に 打た れた らしく 、 目礼 も せ ず に その 立ち 姿 に ながめ 入った 。 げんかん||||しょ||てりかえし|||おいて||らんぷ||ひかり|||うけた|あいこ||かお||みる||ことう||み|いら れた|||び||うた|||もくれい||||||たち|すがた|||はいった Looking at Aiko's face, which was properly lit by the light of the lamp that was placed in the entrance hallway, Furuto seemed to be fascinated by its beauty. Without hesitation, I gazed at her standing figure. 愛子 は に こり と 左 の 口 じ り に 笑くぼ の 出る 微笑 を 見せて 、 右手 の 指先 が 廊下 の 板 に やっと さわる ほど 膝 を 折って 軽く 頭 を 下げた 。 あいこ|||||ひだり||くち||||えくぼ||でる|びしょう||みせて|みぎて||ゆびさき||ろうか||いた|||||ひざ||おって|かるく|あたま||さげた 愛子 の 顔 に は 羞恥 らしい もの は 少しも 現われ なかった 。 あいこ||かお|||しゅうち||||すこしも|あらわれ| ・・

「 いけません 、 古藤 さん 。 いけ ませ ん|ことう| 妹 たち が 御 恩返し の つもり で 一生懸命に した んです から 、 おいしく は ありません が 、 ぜひ 、 ね 。 いもうと|||ご|おんがえし||||いっしょうけんめいに||||||あり ませ ん||| 貞 ちゃん お前 さん その 帽子 と 剣 と を 持って お 逃げ 」・・ さだ||おまえ|||ぼうし||けん|||もって||にげ

葉子 に そう いわれて 貞 世 は すばしこく 帽子 だけ 取り上げて しまった 。 ようこ|||いわ れて|さだ|よ|||ぼうし||とりあげて| 古藤 は おめおめ と 居残る 事 に なった 。 ことう||||いのこる|こと|| ・・

葉子 は 倉地 を も 呼び 迎え させた 。 ようこ||くらち|||よび|むかえ|さ せた ・・

十二 畳 の 座敷 に は この 家 に 珍しく にぎやかな 食卓 が しつらえられた 。 じゅうに|たたみ||ざしき||||いえ||めずらしく||しょくたく||しつらえ られた 五 人 が おのおの 座 に ついて 箸 を 取ろう と する 所 に 倉地 が はいって 来た 。 いつ|じん|||ざ|||はし||とろう|||しょ||くらち|||きた ・・

「 さあ いらっしゃい まし 、 今夜 は にぎやかです の よ 。 |||こんや|||| ここ へ どうぞ ( そう 云って 古藤 の 隣 の 座 を 目 で 示した )。 ||||うん って|ことう||となり||ざ||め||しめした 倉地 さん 、 この 方 が いつも お うわさ を する 木村 の 親友 の 古藤 義一 さん です 。 くらち|||かた|||||||きむら||しんゆう||ことう|ぎいち|| きょう 珍しく い らしって くださ いました の 。 |めずらしく||らし って||い ました| これ が 事務 長 を して い らしった 倉地 三吉 さん です 」・・  紹介 さ れた 倉地 は 心 置き ない 態度 で 古藤 の そば に すわり ながら 、・・ ||じむ|ちょう||||らし った|くらち|みよし|||しょうかい|||くらち||こころ|おき||たいど||ことう||||| 「 わたし は たしか 双 鶴 館 で ちょっと お目にかかった ように 思う が 御挨拶 も せ ず 失敬 しました 。 |||そう|つる|かん|||おめにかかった||おもう||ごあいさつ||||しっけい|し ました こちら に は 始終 お 世話に なっと ります 。 |||しじゅう||せわに|な っと|り ます 以後 よろしく 」・・ いご|

と いった 。 古藤 は 正面 から 倉地 を じっと 見 やり ながら ちょっと 頭 を 下げた きり 物 も いわ なかった 。 ことう||しょうめん||くらち|||み||||あたま||さげた||ぶつ||| 倉地 は 軽々しく 出した 自分 の 今 の 言葉 を 不快に 思った らしく 、 苦りきって 顔 を 正面 に 直した が 、 しいて 努力 する ように 笑顔 を 作って もう 一 度 古藤 を 顧みた 。 くらち||かるがるしく|だした|じぶん||いま||ことば||ふかいに|おもった||にがりきって|かお||しょうめん||なおした|||どりょく|||えがお||つくって||ひと|たび|ことう||かえりみた ・・

「 あの 時 から する と 見違える ように 変わら れました な 。 |じ||||みちがえる||かわら|れ ました| わたし も 日 清 戦争 の 時 は 半分 軍人 の ような 生活 を した が 、 なかなか おもしろかった です よ 。 ||ひ|きよし|せんそう||じ||はんぶん|ぐんじん|||せいかつ||||||| しかし 苦しい 事 も たまに は お あり だろう な 」・・ |くるしい|こと|||||||

古藤 は 食卓 を 見 やった まま 、・・ ことう||しょくたく||み||

「 え ゝ 」・・

と だけ 答えた 。 ||こたえた 倉地 の 我慢 は それ まで だった 。 くらち||がまん|||| 一座 は その 気分 を 感じて なんとなく 白け 渡った 。 いちざ|||きぶん||かんじて||しらけ|わたった 葉子 の 手慣れた tact でも それ は なかなか 一掃 さ れ なかった 。 ようこ||てなれた||||||いっそう||| 岡 は その 気まず さ を 強烈な 電気 の ように 感じて いる らしかった 。 おか|||きまず|||きょうれつな|でんき|||かんじて|| ひと り 貞 世 だけ はしゃぎ 返った 。 ||さだ|よ|||かえった ・・

「 この サラダ は 愛 ねえさん が お 醋 と オリーブ 油 を 間違って 油 を たくさん かけた から きっと 油っこ くって よ 」・・  愛子 は おだやかに 貞 世 を にらむ ように して 、・・ |さらだ||あい||||そ||おりーぶ|あぶら||まちがって|あぶら||||||あぶら っこ|||あいこ|||さだ|よ|||| 「 貞 ちゃん は ひどい 」・・ さだ|||

と いった 。 貞 世 は 平気だった 。 さだ|よ||へいきだった ・・

「 その代わり わたし が また お 醋 を あと から 入れた から すっぱ すぎる 所 が ある かも しれ なくって よ 。 そのかわり|||||そ||||いれた||||しょ|||||なく って| も 少し ついでに お 葉 も 入れれば よ かって ねえ 、 愛 ねえさん 」・・ |すこし|||は||いれれば||||あい|

みんな は 思わず 笑った 。 ||おもわず|わらった 古藤 も 笑う に は 笑った 。 ことう||わらう|||わらった しかし その 笑い声 は すぐ しずまって しまった 。 ||わらいごえ|||| ・・

やがて 古藤 が 突然 箸 を おいた 。 |ことう||とつぜん|はし|| ・・

「 僕 が 悪い ため に せっかく の 食卓 をたいへん 不愉快に した ようです 。 ぼく||わるい|||||しょくたく|を たいへん|ふゆかいに|| すみません でした 。 僕 は これ で 失礼 します 」・・  葉子 は あわてて 、・・ ぼく||||しつれい|し ます|ようこ|| 「 まあ そんな 事 は ちっとも ありません 事 よ 。 ||こと|||あり ませ ん|こと| 古藤 さん そんな 事 を おっしゃら ず に しまい まで いら しって ちょうだい どうぞ 。 ことう|||こと|||||||||| みんな で 途中 まで お 送り します から 」・・  と とめた が 古藤 は どうしても きか なかった 。 ||とちゅう|||おくり|し ます|||||ことう|||| 人々 は 食事 なかば で 立ち上がら ねば なら なかった 。 ひとびと||しょくじ|||たちあがら||| 古藤 は 靴 を はいて から 、 帯 皮 を 取り上げて 剣 を つる と 、 洋服 の しわ を 延ばし ながら 、 ちらっと 愛子 に 鋭く 目 を やった 。 ことう||くつ||||おび|かわ||とりあげて|けん||||ようふく||||のばし|||あいこ||するどく|め|| 始 め から ほとんど 物 を いわ なかった 愛子 は 、 この 時 も 黙った まま 、 多 恨 な 柔和な 目 を 大きく 見開いて 、 中座 を して 行く 古藤 を 美しく たしなめる ように じっと 見返して いた 、 それ を 葉子 の 鋭い 視覚 は 見のがさ なかった 。 はじめ||||ぶつ||||あいこ|||じ||だまった||おお|うら||にゅうわな|め||おおきく|みひらいて|ちゅうざ|||いく|ことう||うつくしく||||みかえして||||ようこ||するどい|しかく||みのがさ| ・・

「 古藤 さん 、 あなた これ から きっと たびたび いら しって ください まし よ 。 ことう||||||||||| まだまだ 申し上げる 事 が たくさん 残って います し 、 妹 たち も お 待ち 申して います から 、 きっと です こと よ 」・・  そう いって 葉子 も 親しみ を 込めた ひとみ を 送った 。 |もうしあげる|こと|||のこって|い ます||いもうと||||まち|もうして|い ます||||||||ようこ||したしみ||こめた|||おくった 古藤 は しゃち こ 張った 軍隊 式 の 立 礼 を して 、 さ くさく と 砂利 の 上 に 靴 の 音 を 立て ながら 、 夕闇 の 催した 杉森 の 下 道 の ほう へ と 消えて 行った 。 ことう||||はった|ぐんたい|しき||た|れい||||||じゃり||うえ||くつ||おと||たて||ゆうやみ||もよおした|すぎもり||した|どう|||||きえて|おこなった ・・

見送り に 立た なかった 倉地 が 座敷 の ほう で ひとり言 の ように だれ に 向かって と も なく 「 ばか ! みおくり||たた||くらち||ざしき||||ひとりごと|||||むかって|||| 」 と いう の が 聞こえた 。 ||||きこえた