×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

或る女 - 有島武郎(アクセス), 34.1 或る女

34.1 或る 女

ともかくも 一家 の 主 と なり 、 妹 たち を 呼び 迎えて 、 その 教育 に 興味 と 責任 と を 持ち 始めた 葉子 は 、 自然 自然に 妻 らしく また 母 らしい 本能 に 立ち 帰って 、 倉地 に 対する 情念 に も どこ か 肉 から 精神 に 移ろう と する 傾き が できて 来る の を 感じた 。 それ は 楽しい 無事 と も 考えれば 考えられ ぬ 事 は なかった 。 しかし 葉子 は 明らかに 倉地 の 心 が そういう 状態 の 下 に は 少しずつ 硬 ばって 行き 冷えて 行く の を 感ぜ ず に は いられ なかった 。 それ が 葉子 に は 何より も 不満だった 。 倉地 を 選んだ 葉子 であって みれば 、 日 が たつ に 従って 葉子 に も 倉地 が 感じ 始めた と 同様な 物 足ら な さ が 感ぜられて 行った 。 落ち着く の か 冷える の か 、 とにかく 倉地 の 感情 が 白熱 して 働か ない の を 見せつけられる 瞬間 は 深い さびし み を 誘い 起こした 。 こんな 事 で 自分 の 全 我 を 投げ入れた 恋 の 花 を 散って しまわ せて なる もの か 。 自分 の 恋 に は 絶頂 が あって は なら ない 。 自分 に は まだ どんな 難 路 でも 舞い 狂い ながら 登って 行く 熱 と 力 と が ある 。 その 熱 と 力 と が 続く 限り 、 ぼんやり 腰 を 据えて 周囲 の 平凡な 景色 など を ながめて 満足 して は いられ ない 。 自分 の 目 に は 絶 巓 の ない 絶 巓 ばかり が 見えて いたい 。 そうした 衝動 は 小 休み なく 葉子 の 胸 に わだかまって いた 。 絵 島 丸 の 船室 で 倉地 が 見せて くれた ような 、 何もかも 無視 した 、 神 の ように 狂暴な 熱心 ―― それ を 繰り返して 行き たかった 。 ・・

竹 柴 館 の 一夜 は まさしく それ だった 。 その 夜 葉子 は 、 次の 朝 に なって 自分 が 死んで 見いださ れよう と も 満足だ と 思った 。 しかし 次の 朝 生きた まま で 目 を 開く と 、 その場で 死ぬ 心持ち に は もう なれ なかった 。 もっと 嵩 じた 歓楽 を 追い 試みよう と いう 欲 念 、 そして それ が でき そうな 期待 が 葉子 を 未練 に した 。 それ から と いう もの 葉子 は 忘我 渾沌 の 歓喜 に 浸る ため に は 、 すべて を 犠牲 と して も 惜しま ない 心 に なって いた 。 そして 倉地 と 葉子 と は 互い 互い を 楽しま せ そして ひき寄せる ため に あらん限り の 手段 を 試みた 。 葉子 は 自分 の 不可 犯 性 ( 女 が 男 に 対して 持つ いちばん 強大な 蠱惑 物 ) の すべて まで 惜しみなく 投げ出して 、 自分 を 倉地 の 目 に 娼婦 以下 の もの に 見せる と も 悔いよう と は し なく なった 。 二 人 は 、 はた目 に は 酸 鼻 だ と さえ 思わ せる ような 肉 欲 の 腐敗 の 末 遠く 、 互いに 淫楽 の 実 を 互い 互い から 奪い合い ながら ずるずる と 壊れ こんで 行く のだった 。 ・・

しかし 倉地 は 知ら ず 、 葉子 に 取って は この いまわしい 腐敗 の 中 に も 一 縷 の 期待 が 潜んで いた 。 一 度 ぎゅっと つかみ 得たら もう 動か ない ある 物 が その 中 に 横たわって いる に 違いない 、 そういう 期待 を 心 の すみ から ぬぐい去る 事 が でき なかった のだった 。 それ は 倉地 が 葉子 の 蠱惑 に 全く 迷わされて しまって 再び 自分 を 回復 し 得 ない 時期 が ある だろう と いう それ だった 。 恋 を しかけた もの の ひけめ と して 葉子 は 今 まで 、 自分 が 倉地 を 愛する ほど 倉地 が 自分 を 愛して は いない と ばかり 思った 。 それ が いつでも 葉子 の 心 を 不安に し 、 自分 と いう もの の 居すわり 所 まで ぐらつか せた 。 どうかして 倉地 を 痴呆 の ように して しまいたい 。 葉子 は それ が ため に は ある 限り の 手段 を 取って 悔い なかった のだ 。 妻子 を 離縁 さ せて も 、 社会 的に 死な して しまって も 、 まだまだ 物 足ら なかった 。 竹 柴 館 の 夜 に 葉子 は 倉地 を 極 印 付き の 凶 状 持ち に まで した 事 を 知った 。 外界 から 切り離さ れる だけ それ だけ 倉地 が 自分 の 手 に 落ちる ように 思って いた 葉子 は それ を 知って 有頂天に なった 。 そして 倉地 が 忍ば ねば なら ぬ 屈辱 を 埋め合わせる ため に 葉子 は 倉地 が 欲する と 思わしい 激しい 情 欲 を 提供 しよう と した のだ 。 そして そう する 事 に よって 、 葉子 自身 が 結局 自己 を 銷尽 して 倉地 の 興味 から 離れ つつ ある 事 に は 気づか なかった のだ 。 ・・

とにもかくにも 二 人 の 関係 は 竹 柴 館 の 一夜 から 面目 を 改めた 。 葉子 は 再び 妻 から 情熱 の 若々しい 情 人 に なって 見えた 。 そういう 心 の 変化 が 葉子 の 肉体 に 及ぼす 変化 は 驚く ばかりだった 。 葉子 は 急に 三 つ も 四 つ も 若 や い だ 。 二十六 の 春 を 迎えた 葉子 は そのころ の 女 と して は そろそろ 老い の 徴候 を も 見せる はずな のに 、 葉子 は 一 つ だけ 年 を 若く 取った ようだった 。 ・・

ある 天気 の いい 午後 ―― それ は 梅 の つぼみ が もう 少しずつ ふくらみ かかった 午後 の 事 だった が ―― 葉子 が 縁側 に 倉地 の 肩 に 手 を かけて 立ち 並び ながら 、 うっとり と 上気 して 雀 の 交わる の を 見て いた 時 、 玄関 に 訪れた 人 の 気配 が した 。 ・・

「 だれ でしょう 」・・

倉地 は 物 惰 さ そうに 、・・

「 岡 だろう 」・・

と いった 。 ・・

「 い ゝ えきっと 正井 さん よ 」・・ 「 なあ に 岡 だ 」・・

「 じゃ 賭けよ 」・・

葉子 は まるで 少女 の ように 甘ったれた 口調 で いって 玄関 に 出て 見た 。 倉地 が いった ように 岡 だった 。 葉子 は 挨拶 も ろくろく し ないで いきなり 岡 の 手 を しっかり と 取った 。 そして 小さな 声 で 、・・

「 よく い らしって ね 。 その 間 着 の よく お 似合い に なる 事 。 春 らしい いい 色 地 です わ 。 今 倉地 と 賭け を して いた 所 。 早く お 上がり 遊ば せ 」・・

葉子 は 倉地 に して いた ように 岡 の や さ 肩 に 手 を 回して ならび ながら 座敷 に は いって 来た 。 ・・

「 やはり あなた の 勝ち よ 。 あなた は あて 事 が お 上手だ から 岡 さん を 譲って 上げたら うまく あたった わ 。 今 御 褒美 を 上げる から そこ で 見て いらっしゃい よ 」・・

そう 倉地 に いう か と 思う と 、 いきなり 岡 を 抱きすくめて その 頬 に 強い 接吻 を 与えた 。 岡 は 少女 の ように 恥じらって しいて 葉子 から 離れよう と もがいた 。 倉地 は 例 の 渋い ように 口 もと を ねじって ほほえみ ながら 、・・

「 ばか ! …… このごろ この 女 は 少し どうかし とります よ 。 岡 さん 、 あなた 一 つ 背中 でも ど や して やって ください 。 …… まだ 勉強 か 」・・

と いい ながら 葉子 に 天井 を 指さして 見せた 。 葉子 は 岡 に 背中 を 向けて 「 さあ ど や して ちょうだい 」 と いい ながら 、 今度 は 天井 を 向いて 、・・

「 愛さ ん 、 貞 ちゃん 、 岡 さん が いら しって よ 。 お 勉強 が 済んだら 早く おり ておい で 」・・

と 澄んだ 美しい 声 で 蓮 葉 に 叫んだ 。 ・・

「 そう お 」・・

と いう 声 が して すぐ 貞 世 が 飛んで おりて 来た 。 ・・

「 貞 ちゃん は 今 勉強 が 済んだ の か 」・・

と 倉地 が 聞く と 貞 世 は 平気な 顔 で 、・・

「 ええ 今 済んで よ 」・・

と いった 。 そこ に は すぐ はなやかな 笑い が 破裂 した 。 愛子 は なかなか 下 に 降りて 来よう と は し なかった 。 それ でも 三 人 は 親しく チャブ 台 を 囲んで 茶 を 飲んだ 。 その 日岡 は 特別に 何 か いい出した そう に して いる 様子 だった が 。 やがて 、・・

「 きょう は わたし 少し お 願い が ある んです が 皆様 きいて くださる でしょう か 」・・

重苦しく いい出した 。 ・・

「 え ゝ え ゝ あなた の おっしゃる 事 なら なんでも …… ねえ 貞 ちゃん ( と ここ まで は 冗談 らしく いった が 急に まじめに なって )…… なんでも おっしゃって ください ましな 、 そんな 他人行儀 を して くださる と 変です わ 」・・

と 葉子 が いった 。 ・・

「 倉地 さん も いて くださる ので かえって いい よい と 思います が 古藤 さん を ここ に お 連れ しちゃ いけない でしょう か 。 …… 木村 さん から 古藤 さん の 事 は 前 から 伺って いた んです が 、 わたし は 初めて の お方 に お 会い する の が なんだか 億劫な 質 な もの で 二 つ 前 の 日曜日 まで とうとう お 手紙 も 上げ ないで いたら 、 その 日 突然 古藤 さん の ほう から 尋ねて 来て くださった んです 。 古藤 さん も 一 度 お 尋ね しなければ いけない んだ が と いって いなさ いました 。 で わたし 、 きょう は 水曜日 だ から 、 用 便 外出 の 日 だ から 、 これ から 迎え に 行って 来たい と 思う んです 。 いけない でしょう か 」・・

葉子 は 倉地 だけ に 顔 が 見える ように 向き直って 「 自分 に 任せろ 」 と いう 目つき を し ながら 、・・

「 いい わ ね 」・・

と 念 を 押した 。 倉地 は 秘密 を 伝える 人 の ように 顔色 だけ で 「 よし 」 と 答えた 。 葉子 は くるり と 岡 の ほう に 向き直った 。 ・・

「 よう ございます と も ( 葉子 は そのように アクセント を 付けた ) あなた に お 迎 い に 行って いただいて は ほんとに すみません けれども 、 そうして くださる と ほんとうに 結構 。 貞 ちゃん も いい でしょう 。 また もう 一 人 お 友だち が ふえて …… しかも 珍しい 兵隊 さん の お 友だち ……」・・

「 愛 ねえさん が 岡 さん に 連れて いらっしゃいって この 間 そういった の よ 」・・ と 貞 世 は 遠慮 なく いった 。 ・・

「 そう そう 愛子 さん も そう おっしゃって でした ね 」・・

と 岡 は どこまでも 上品な 丁寧な 言葉 で 事 の ついで の ように いった 。 ・・

岡 が 家 を 出る と しばらく して 倉地 も 座 を 立った 。 ・・

「 いい でしょう 。 うまく やって 見せる わ 。 かえって 出入り さ せる ほう が いい わ 」・・

玄関 に 送り出して そう 葉子 は いった 。 ・・

「 どうか な あいつ 、 古藤 の やつ は 少し 骨 張り 過ぎて る …… が 悪かったら 元々 だ …… とにかく きょう おれ の いない ほう が よかろう 」・・ そう いって 倉地 は 出て 行った 。 葉子 は 張り出し に なって いる 六 畳 の 部屋 を きれいに 片づけて 、 火鉢 の 中 に 香 を たき こめて 、 心 静かに 目論見 を めぐらし ながら 古藤 の 来る の を 待った 。 しばらく 会わ ない うち に 古藤 は だいぶ 手ごわく なって いる ように も 思えた 。 そこ を 自分 の 才 力 で 丸める の が 時 に 取って の 興味 の ように も 思えた 。 もし 古藤 を 軟化 すれば 、 木村 と の 関係 は 今 より も つなぎ が よく なる ……。


34.1 或る 女 ある|おんな 34.1 Una mujer

ともかくも 一家 の 主 と なり 、 妹 たち を 呼び 迎えて 、 その 教育 に 興味 と 責任 と を 持ち 始めた 葉子 は 、 自然 自然に 妻 らしく また 母 らしい 本能 に 立ち 帰って 、 倉地 に 対する 情念 に も どこ か 肉 から 精神 に 移ろう と する 傾き が できて 来る の を 感じた 。 |いっか||おも|||いもうと|||よび|むかえて||きょういく||きょうみ||せきにん|||もち|はじめた|ようこ||しぜん|しぜんに|つま|||はは||ほんのう||たち|かえって|くらち||たいする|じょうねん|||||にく||せいしん||うつろう|||かたむき|||くる|||かんじた それ は 楽しい 無事 と も 考えれば 考えられ ぬ 事 は なかった 。 ||たのしい|ぶじ|||かんがえれば|かんがえ られ||こと|| しかし 葉子 は 明らかに 倉地 の 心 が そういう 状態 の 下 に は 少しずつ 硬 ばって 行き 冷えて 行く の を 感ぜ ず に は いられ なかった 。 |ようこ||あきらかに|くらち||こころ|||じょうたい||した|||すこしずつ|かた|ば って|いき|ひえて|いく|||かんぜ||||いら れ| However, Yoko clearly couldn't help feeling that Kurachi's heart was gradually hardening and cooling under such conditions. それ が 葉子 に は 何より も 不満だった 。 ||ようこ|||なにより||ふまんだった 倉地 を 選んだ 葉子 であって みれば 、 日 が たつ に 従って 葉子 に も 倉地 が 感じ 始めた と 同様な 物 足ら な さ が 感ぜられて 行った 。 くらち||えらんだ|ようこ|||ひ||||したがって|ようこ|||くらち||かんじ|はじめた||どうような|ぶつ|たら||||かんぜ られて|おこなった 落ち着く の か 冷える の か 、 とにかく 倉地 の 感情 が 白熱 して 働か ない の を 見せつけられる 瞬間 は 深い さびし み を 誘い 起こした 。 おちつく|||ひえる||||くらち||かんじょう||はくねつ||はたらか||||みせつけ られる|しゅんかん||ふかい||||さそい|おこした こんな 事 で 自分 の 全 我 を 投げ入れた 恋 の 花 を 散って しまわ せて なる もの か 。 |こと||じぶん||ぜん|われ||なげいれた|こい||か||ちって||||| 自分 の 恋 に は 絶頂 が あって は なら ない 。 じぶん||こい|||ぜっちょう||||| 自分 に は まだ どんな 難 路 でも 舞い 狂い ながら 登って 行く 熱 と 力 と が ある 。 じぶん|||||なん|じ||まい|くるい||のぼって|いく|ねつ||ちから||| その 熱 と 力 と が 続く 限り 、 ぼんやり 腰 を 据えて 周囲 の 平凡な 景色 など を ながめて 満足 して は いられ ない 。 |ねつ||ちから|||つづく|かぎり||こし||すえて|しゅうい||へいぼんな|けしき||||まんぞく|||いら れ| 自分 の 目 に は 絶 巓 の ない 絶 巓 ばかり が 見えて いたい 。 じぶん||め|||た|てん|||た|てん|||みえて|い たい I want my eyes to see nothing but annihilation. そうした 衝動 は 小 休み なく 葉子 の 胸 に わだかまって いた 。 |しょうどう||しょう|やすみ||ようこ||むね||| Such impulses were in Yoko's heart without a break. 絵 島 丸 の 船室 で 倉地 が 見せて くれた ような 、 何もかも 無視 した 、 神 の ように 狂暴な 熱心 ―― それ を 繰り返して 行き たかった 。 え|しま|まる||せんしつ||くらち||みせて|||なにもかも|むし||かみ|||きょうぼうな|ねっしん|||くりかえして|いき| ・・

竹 柴 館 の 一夜 は まさしく それ だった 。 たけ|しば|かん||いちや|||| One night at Takeshibakan was just that. その 夜 葉子 は 、 次の 朝 に なって 自分 が 死んで 見いださ れよう と も 満足だ と 思った 。 |よ|ようこ||つぎの|あさ|||じぶん||しんで|みいださ||||まんぞくだ||おもった That night, Yoko thought she would be happy to be found dead the next morning. しかし 次の 朝 生きた まま で 目 を 開く と 、 その場で 死ぬ 心持ち に は もう なれ なかった 。 |つぎの|あさ|いきた|||め||あく||そのばで|しぬ|こころもち||||| もっと 嵩 じた 歓楽 を 追い 試みよう と いう 欲 念 、 そして それ が でき そうな 期待 が 葉子 を 未練 に した 。 |かさみ||かんらく||おい|こころみよう|||よく|ねん|||||そう な|きたい||ようこ||みれん|| それ から と いう もの 葉子 は 忘我 渾沌 の 歓喜 に 浸る ため に は 、 すべて を 犠牲 と して も 惜しま ない 心 に なって いた 。 |||||ようこ||ぼうわれ|こんとん||かんき||ひたる||||||ぎせい||||おしま||こころ||| From then on, Yoko became willing to sacrifice everything in order to be immersed in the bliss of ecstasy. そして 倉地 と 葉子 と は 互い 互い を 楽しま せ そして ひき寄せる ため に あらん限り の 手段 を 試みた 。 |くらち||ようこ|||たがい|たがい||たのしま|||ひきよせる|||あらんかぎり||しゅだん||こころみた 葉子 は 自分 の 不可 犯 性 ( 女 が 男 に 対して 持つ いちばん 強大な 蠱惑 物 ) の すべて まで 惜しみなく 投げ出して 、 自分 を 倉地 の 目 に 娼婦 以下 の もの に 見せる と も 悔いよう と は し なく なった 。 ようこ||じぶん||ふか|はん|せい|おんな||おとこ||たいして|もつ||きょうだいな|こわく|ぶつ||||おしみなく|なげだして|じぶん||くらち||め||しょうふ|いか||||みせる|||くいよう||||| Yoko generously threw away all of her invincibility (the most powerful allurement that a woman has in relation to a man), and made herself look less than a prostitute in Kurachi's eyes. rice field . 二 人 は 、 はた目 に は 酸 鼻 だ と さえ 思わ せる ような 肉 欲 の 腐敗 の 末 遠く 、 互いに 淫楽 の 実 を 互い 互い から 奪い合い ながら ずるずる と 壊れ こんで 行く のだった 。 ふた|じん||はため|||さん|はな||||おもわ|||にく|よく||ふはい||すえ|とおく|たがいに|いんらく||み||たがい|たがい||うばいあい||||こぼれ||いく| The two of them scrambled for the fruits of their lecherous pleasures from each other, and slowly fell into disrepair at the end of a carnal corruption that at first glance seemed like they had a sour nose. ・・

しかし 倉地 は 知ら ず 、 葉子 に 取って は この いまわしい 腐敗 の 中 に も 一 縷 の 期待 が 潜んで いた 。 |くらち||しら||ようこ||とって||||ふはい||なか|||ひと|る||きたい||ひそんで| But Kurachi didn't know about it, and for Yoko, there was a glimmer of hope hidden in this hideous corruption. 一 度 ぎゅっと つかみ 得たら もう 動か ない ある 物 が その 中 に 横たわって いる に 違いない 、 そういう 期待 を 心 の すみ から ぬぐい去る 事 が でき なかった のだった 。 ひと|たび|||えたら||うごか|||ぶつ|||なか||よこたわって|||ちがいない||きたい||こころ||||ぬぐいさる|こと|||| それ は 倉地 が 葉子 の 蠱惑 に 全く 迷わされて しまって 再び 自分 を 回復 し 得 ない 時期 が ある だろう と いう それ だった 。 ||くらち||ようこ||こわく||まったく|まよわさ れて||ふたたび|じぶん||かいふく||とく||じき||||||| It was that there would be a time when Kurachi would be completely led astray by Yoko's allure and would not be able to recover himself again. 恋 を しかけた もの の ひけめ と して 葉子 は 今 まで 、 自分 が 倉地 を 愛する ほど 倉地 が 自分 を 愛して は いない と ばかり 思った 。 こい||||||||ようこ||いま||じぶん||くらち||あいする||くらち||じぶん||あいして|||||おもった Up until now, Yoko thought that Kurachi didn't love her as much as she loved him. それ が いつでも 葉子 の 心 を 不安に し 、 自分 と いう もの の 居すわり 所 まで ぐらつか せた 。 |||ようこ||こころ||ふあんに||じぶん|||||いすわり|しょ||| This always made Yoko's heart uneasy, causing her to waver even to where she sat. どうかして 倉地 を 痴呆 の ように して しまいたい 。 |くらち||ちほう||||しま い たい Somehow I want to make Kurachi look like he's demented. 葉子 は それ が ため に は ある 限り の 手段 を 取って 悔い なかった のだ 。 ようこ||||||||かぎり||しゅだん||とって|くい|| Yoko did whatever it took to make it happen, and she didn't regret it. 妻子 を 離縁 さ せて も 、 社会 的に 死な して しまって も 、 まだまだ 物 足ら なかった 。 さいし||りえん||||しゃかい|てきに|しな|||||ぶつ|たら| Even if he divorced his wife and children, and even if he died socially, it still wasn't enough. 竹 柴 館 の 夜 に 葉子 は 倉地 を 極 印 付き の 凶 状 持ち に まで した 事 を 知った 。 たけ|しば|かん||よ||ようこ||くらち||ごく|いん|つき||きょう|じょう|もち||||こと||しった 外界 から 切り離さ れる だけ それ だけ 倉地 が 自分 の 手 に 落ちる ように 思って いた 葉子 は それ を 知って 有頂天に なった 。 がいかい||きりはなさ|||||くらち||じぶん||て||おちる||おもって||ようこ||||しって|うちょうてんに| Yoko, who thought that being cut off from the outside world would make Kurachi fall into her hands, was ecstatic when she learned about it. そして 倉地 が 忍ば ねば なら ぬ 屈辱 を 埋め合わせる ため に 葉子 は 倉地 が 欲する と 思わしい 激しい 情 欲 を 提供 しよう と した のだ 。 |くらち||しのば||||くつじょく||うめあわせる|||ようこ||くらち||ほっする||おもわしい|はげしい|じょう|よく||ていきょう|||| And in order to make up for the humiliation that Kurachi had to endure, Yoko tried to provide him with the intense lust that Kurachi seemed to desire. そして そう する 事 に よって 、 葉子 自身 が 結局 自己 を 銷尽 して 倉地 の 興味 から 離れ つつ ある 事 に は 気づか なかった のだ 。 |||こと|||ようこ|じしん||けっきょく|じこ||しょうじん||くらち||きょうみ||はなれ|||こと|||きづか|| And by doing so, Yoko didn't realize that she was eventually exhausting herself and drifting away from Kurachi's interest. ・・

とにもかくにも 二 人 の 関係 は 竹 柴 館 の 一夜 から 面目 を 改めた 。 |ふた|じん||かんけい||たけ|しば|かん||いちや||めんぼく||あらためた 葉子 は 再び 妻 から 情熱 の 若々しい 情 人 に なって 見えた 。 ようこ||ふたたび|つま||じょうねつ||わかわかしい|じょう|じん|||みえた そういう 心 の 変化 が 葉子 の 肉体 に 及ぼす 変化 は 驚く ばかりだった 。 |こころ||へんか||ようこ||にくたい||およぼす|へんか||おどろく| 葉子 は 急に 三 つ も 四 つ も 若 や い だ 。 ようこ||きゅうに|みっ|||よっ|||わか||| 二十六 の 春 を 迎えた 葉子 は そのころ の 女 と して は そろそろ 老い の 徴候 を も 見せる はずな のに 、 葉子 は 一 つ だけ 年 を 若く 取った ようだった 。 にじゅうろく||はる||むかえた|ようこ||||おんな|||||おい||ちょうこう|||みせる|||ようこ||ひと|||とし||わかく|とった| ・・

ある 天気 の いい 午後 ―― それ は 梅 の つぼみ が もう 少しずつ ふくらみ かかった 午後 の 事 だった が ―― 葉子 が 縁側 に 倉地 の 肩 に 手 を かけて 立ち 並び ながら 、 うっとり と 上気 して 雀 の 交わる の を 見て いた 時 、 玄関 に 訪れた 人 の 気配 が した 。 |てんき|||ごご|||うめ|||||すこしずつ|||ごご||こと|||ようこ||えんがわ||くらち||かた||て|||たち|ならび||||じょうき||すずめ||まじわる|||みて||じ|げんかん||おとずれた|じん||けはい|| ・・

「 だれ でしょう 」・・

倉地 は 物 惰 さ そうに 、・・ くらち||ぶつ|だ||そう に

「 岡 だろう 」・・ おか|

と いった 。 ・・

「 い ゝ えきっと 正井 さん よ 」・・ ||えき っと|まさい|| 「 なあ に 岡 だ 」・・ ||おか|

「 じゃ 賭けよ 」・・ |かけよ

葉子 は まるで 少女 の ように 甘ったれた 口調 で いって 玄関 に 出て 見た 。 ようこ|||しょうじょ|||あまったれた|くちょう|||げんかん||でて|みた 倉地 が いった ように 岡 だった 。 くらち||||おか| 葉子 は 挨拶 も ろくろく し ないで いきなり 岡 の 手 を しっかり と 取った 。 ようこ||あいさつ||||||おか||て||||とった そして 小さな 声 で 、・・ |ちいさな|こえ|

「 よく い らしって ね 。 ||らし って| その 間 着 の よく お 似合い に なる 事 。 |あいだ|ちゃく||||にあい|||こと 春 らしい いい 色 地 です わ 。 はる|||いろ|ち|| 今 倉地 と 賭け を して いた 所 。 いま|くらち||かけ||||しょ 早く お 上がり 遊ば せ 」・・ はやく||あがり|あそば|

葉子 は 倉地 に して いた ように 岡 の や さ 肩 に 手 を 回して ならび ながら 座敷 に は いって 来た 。 ようこ||くらち|||||おか||||かた||て||まわして|||ざしき||||きた ・・

「 やはり あなた の 勝ち よ 。 |||かち| あなた は あて 事 が お 上手だ から 岡 さん を 譲って 上げたら うまく あたった わ 。 |||こと|||じょうずだ||おか|||ゆずって|あげたら||| 今 御 褒美 を 上げる から そこ で 見て いらっしゃい よ 」・・ いま|ご|ほうび||あげる||||みて||

そう 倉地 に いう か と 思う と 、 いきなり 岡 を 抱きすくめて その 頬 に 強い 接吻 を 与えた 。 |くらち|||||おもう|||おか||だきすくめて||ほお||つよい|せっぷん||あたえた 岡 は 少女 の ように 恥じらって しいて 葉子 から 離れよう と もがいた 。 おか||しょうじょ|||はじらって||ようこ||はなれよう|| 倉地 は 例 の 渋い ように 口 もと を ねじって ほほえみ ながら 、・・ くらち||れい||しぶい||くち|||||

「 ばか ! …… このごろ この 女 は 少し どうかし とります よ 。 ||おんな||すこし||とり ます| 岡 さん 、 あなた 一 つ 背中 でも ど や して やって ください 。 おか|||ひと||せなか|||||| …… まだ 勉強 か 」・・ |べんきょう|

と いい ながら 葉子 に 天井 を 指さして 見せた 。 |||ようこ||てんじょう||ゆびさして|みせた 葉子 は 岡 に 背中 を 向けて 「 さあ ど や して ちょうだい 」 と いい ながら 、 今度 は 天井 を 向いて 、・・ ようこ||おか||せなか||むけて|||||||||こんど||てんじょう||むいて

「 愛さ ん 、 貞 ちゃん 、 岡 さん が いら しって よ 。 あいさ||さだ||おか||||| お 勉強 が 済んだら 早く おり ておい で 」・・ |べんきょう||すんだら|はやく|||

と 澄んだ 美しい 声 で 蓮 葉 に 叫んだ 。 |すんだ|うつくしい|こえ||はす|は||さけんだ ・・

「 そう お 」・・

と いう 声 が して すぐ 貞 世 が 飛んで おりて 来た 。 ||こえ||||さだ|よ||とんで||きた ・・

「 貞 ちゃん は 今 勉強 が 済んだ の か 」・・ さだ|||いま|べんきょう||すんだ||

と 倉地 が 聞く と 貞 世 は 平気な 顔 で 、・・ |くらち||きく||さだ|よ||へいきな|かお|

「 ええ 今 済んで よ 」・・ |いま|すんで|

と いった 。 そこ に は すぐ はなやかな 笑い が 破裂 した 。 |||||わらい||はれつ| 愛子 は なかなか 下 に 降りて 来よう と は し なかった 。 あいこ|||した||おりて|こよう|||| それ でも 三 人 は 親しく チャブ 台 を 囲んで 茶 を 飲んだ 。 ||みっ|じん||したしく||だい||かこんで|ちゃ||のんだ その 日岡 は 特別に 何 か いい出した そう に して いる 様子 だった が 。 |ひのおか||とくべつに|なん||いいだした|||||ようす|| やがて 、・・

「 きょう は わたし 少し お 願い が ある んです が 皆様 きいて くださる でしょう か 」・・ |||すこし||ねがい|||||みなさま||||

重苦しく いい出した 。 おもくるしく|いいだした ・・

「 え ゝ え ゝ あなた の おっしゃる 事 なら なんでも …… ねえ 貞 ちゃん ( と ここ まで は 冗談 らしく いった が 急に まじめに なって )…… なんでも おっしゃって ください ましな 、 そんな 他人行儀 を して くださる と 変です わ 」・・ |||||||こと||||さだ||||||じょうだん||||きゅうに||||||||たにんぎょうぎ|||||へんです|

と 葉子 が いった 。 |ようこ|| ・・

「 倉地 さん も いて くださる ので かえって いい よい と 思います が 古藤 さん を ここ に お 連れ しちゃ いけない でしょう か 。 くらち||||||||||おもい ます||ことう||||||つれ|||| …… 木村 さん から 古藤 さん の 事 は 前 から 伺って いた んです が 、 わたし は 初めて の お方 に お 会い する の が なんだか 億劫な 質 な もの で 二 つ 前 の 日曜日 まで とうとう お 手紙 も 上げ ないで いたら 、 その 日 突然 古藤 さん の ほう から 尋ねて 来て くださった んです 。 きむら|||ことう|||こと||ぜん||うかがって||||||はじめて||おかた|||あい|||||おっくうな|しち||||ふた||ぜん||にちようび||||てがみ||あげ||||ひ|とつぜん|ことう|||||たずねて|きて|| 古藤 さん も 一 度 お 尋ね しなければ いけない んだ が と いって いなさ いました 。 ことう|||ひと|たび||たずね|し なければ|||||||い ました で わたし 、 きょう は 水曜日 だ から 、 用 便 外出 の 日 だ から 、 これ から 迎え に 行って 来たい と 思う んです 。 ||||すいようび|||よう|びん|がいしゅつ||ひ|||||むかえ||おこなって|こ たい||おもう| いけない でしょう か 」・・

葉子 は 倉地 だけ に 顔 が 見える ように 向き直って 「 自分 に 任せろ 」 と いう 目つき を し ながら 、・・ ようこ||くらち|||かお||みえる||むきなおって|じぶん||まかせろ|||めつき|||

「 いい わ ね 」・・

と 念 を 押した 。 |ねん||おした 倉地 は 秘密 を 伝える 人 の ように 顔色 だけ で 「 よし 」 と 答えた 。 くらち||ひみつ||つたえる|じん|||かおいろ|||||こたえた 葉子 は くるり と 岡 の ほう に 向き直った 。 ようこ||||おか||||むきなおった ・・

「 よう ございます と も ( 葉子 は そのように アクセント を 付けた ) あなた に お 迎 い に 行って いただいて は ほんとに すみません けれども 、 そうして くださる と ほんとうに 結構 。 ||||ようこ|||あくせんと||つけた||||むかい|||おこなって||||||||||けっこう 貞 ちゃん も いい でしょう 。 さだ|||| また もう 一 人 お 友だち が ふえて …… しかも 珍しい 兵隊 さん の お 友だち ……」・・ ||ひと|じん||ともだち||||めずらしい|へいたい||||ともだち

「 愛 ねえさん が 岡 さん に 連れて いらっしゃいって この 間 そういった の よ 」・・ あい|||おか|||つれて|いらっしゃい って||あいだ||| と 貞 世 は 遠慮 なく いった 。 |さだ|よ||えんりょ|| ・・

「 そう そう 愛子 さん も そう おっしゃって でした ね 」・・ ||あいこ||||||

と 岡 は どこまでも 上品な 丁寧な 言葉 で 事 の ついで の ように いった 。 |おか|||じょうひんな|ていねいな|ことば||こと||||| ・・

岡 が 家 を 出る と しばらく して 倉地 も 座 を 立った 。 おか||いえ||でる||||くらち||ざ||たった ・・

「 いい でしょう 。 うまく やって 見せる わ 。 ||みせる| かえって 出入り さ せる ほう が いい わ 」・・ |でいり||||||

玄関 に 送り出して そう 葉子 は いった 。 げんかん||おくりだして||ようこ|| ・・

「 どうか な あいつ 、 古藤 の やつ は 少し 骨 張り 過ぎて る …… が 悪かったら 元々 だ …… とにかく きょう おれ の いない ほう が よかろう 」・・ |||ことう||||すこし|こつ|はり|すぎて|||わるかったら|もともと||||||||| そう いって 倉地 は 出て 行った 。 ||くらち||でて|おこなった 葉子 は 張り出し に なって いる 六 畳 の 部屋 を きれいに 片づけて 、 火鉢 の 中 に 香 を たき こめて 、 心 静かに 目論見 を めぐらし ながら 古藤 の 来る の を 待った 。 ようこ||はりだし||||むっ|たたみ||へや|||かたづけて|ひばち||なか||かおり||||こころ|しずかに|もくろみ||||ことう||くる|||まった しばらく 会わ ない うち に 古藤 は だいぶ 手ごわく なって いる ように も 思えた 。 |あわ||||ことう|||てごわく|||||おもえた そこ を 自分 の 才 力 で 丸める の が 時 に 取って の 興味 の ように も 思えた 。 ||じぶん||さい|ちから||まるめる|||じ||とって||きょうみ||||おもえた もし 古藤 を 軟化 すれば 、 木村 と の 関係 は 今 より も つなぎ が よく なる ……。 |ことう||なんか||きむら|||かんけい||いま||||||