31.1 或る 女 ある|おんな 31.1 Una mujer

寒い 明治 三十五 年 の 正月 が 来て 、 愛子 たち の 冬期 休暇 も 終わり に 近づいた 。 さむい|めいじ|さんじゅうご|とし||しょうがつ||きて|あいこ|||とうき|きゅうか||おわり||ちかづいた 葉子 は 妹 たち を 再び 田島 塾 の ほう に 帰して やる 気 に は なれ なかった 。 ようこ||いもうと|||ふたたび|たしま|じゅく||||かえして||き|||| 田島 と いう 人 に 対して 反感 を いだいた ばかりで は ない 。 たしま|||じん||たいして|はんかん||||| 妹 たち を 再び 預かって もらう 事 に なれば 葉子 は 当然 挨拶 に 行って 来 べき 義務 を 感じた けれども 、 どういう もの か それ が はばかられて でき なかった 。 いもうと|||ふたたび|あずかって||こと|||ようこ||とうぜん|あいさつ||おこなって|らい||ぎむ||かんじた|||||||はばから れて|| 横浜 の 支店 長 の 永井 と か 、 この 田島 と か 、 葉子 に は 自分 ながら わけ の わから ない 苦手の 人 が あった 。 よこはま||してん|ちょう||ながい||||たしま|||ようこ|||じぶん||||||にがての|じん|| その 人 たち が 格別 偉い 人 だ と も 、 恐ろしい 人 だ と も 思う ので は なかった けれども 、 どういう もの か その 前 に 出る 事 に 気 が 引けた 。 |じん|||かくべつ|えらい|じん||||おそろしい|じん||||おもう|||||||||ぜん||でる|こと||き||ひけた 葉子 は また 妹 たち が 言わ ず 語ら ず の うち に 生徒 たち から 受け ねば なら ぬ 迫害 を 思う と 不憫で も あった 。 ようこ|||いもうと|||いわ||かたら|||||せいと|||うけ||||はくがい||おもう||ふびんで|| Yoko also felt pity for the persecution her sisters had to endure without saying a word from the students. で 、 毎日 通学 する に は 遠 すぎる と いう 理由 の もと に そこ を やめて 、 飯倉 に ある 幽蘭 女学校 と いう の に 通わせる 事 に した 。 |まいにち|つうがく||||とお||||りゆう|||||||いいくら|||ゆうらん|じょがっこう|||||かよわせる|こと|| ・・

二 人 が 学校 に 通い 出す ように なる と 、 倉地 は 朝 から 葉子 の 所 で 退 校 時間 まで 過ごす ように なった 。 ふた|じん||がっこう||かよい|だす||||くらち||あさ||ようこ||しょ||しりぞ|こう|じかん||すごす|| 倉地 の 腹心 の 仲間 たち も ちょいちょい 出入り した 。 くらち||ふくしん||なかま||||でいり| ことに 正井 と いう 男 は 倉地 の 影 の ように 倉地 の いる 所 に は 必ず いた 。 |まさい|||おとこ||くらち||かげ|||くらち|||しょ|||かならず| 例の 水 先 案内 業者 組合 の 設立 に ついて 正井 が いちばん 働いて いる らしかった 。 れいの|すい|さき|あんない|ぎょうしゃ|くみあい||せつりつ|||まさい|||はたらいて|| 正井 と いう 男 は 、 一見 放漫 な ように 見えて いて 、 剃刀 の ように 目 は し の きく 人 だった 。 まさい|||おとこ||いっけん|ほうまん|||みえて||かみそり|||め|||||じん| A man named Masai, who at first glance appeared to be wild, had eyes as sharp as a razor. その 人 が 玄関 から は いったら 、 その あと に 行って 見る と 履き物 は 一 つ 残らず そろえて あって 、 傘 は 傘 で 一隅 に ちゃんと 集めて あった 。 |じん||げんかん|||||||おこなって|みる||はきもの||ひと||のこらず|||かさ||かさ||いちぐう|||あつめて| 葉子 も 及ば ない 素早 さ で 花びん の 花 の しおれ かけた の や 、 茶 や 菓子 の 足し なく なった の を 見て取って 、 翌日 は 忘れ ず に それ を 買い ととのえて 来た 。 ようこ||およば||すばや|||かびん||か||||||ちゃ||かし||たし|||||みてとって|よくじつ||わすれ|||||かい||きた Quicker than Yoko, I noticed that the flowers in the vase were wilting, and that the tea and sweets had run out. 無口 の くせ に どこ か に 愛嬌 が ある か と 思う と 、 ばか 笑い を して いる 最中 に 不思議に 陰険な 目つき を ちらつかせたり した 。 むくち|||||||あいきょう|||||おもう|||わらい||||さい なか||ふしぎに|いんけんな|めつき||| 葉子 は その 人 を 観察 すれば する ほど その 正体 が わから ない ように 思った 。 ようこ|||じん||かんさつ|||||しょうたい|||||おもった それ は 葉子 を もどかしく さ せる ほど だった 。 ||ようこ|||||| 時々 葉子 は 倉地 が この 男 と 組合 設立 の 相談 以外 の 秘密 らしい 話 合い を して いる の に 感づいた が 、 それ は どうしても 明確に 知る 事 が でき なかった 。 ときどき|ようこ||くらち|||おとこ||くみあい|せつりつ||そうだん|いがい||ひみつ||はなし|あい||||||かんづいた|||||めいかくに|しる|こと||| 倉地 に 聞いて みて も 、 倉地 は 例 の のんきな 態度 で 事もなげに 話題 を そらして しまった 。 くらち||きいて|||くらち||れい|||たいど||こともなげに|わだい||| ・・

葉子 は しかし なんといっても 自分 が 望み うる 幸福 の 絶頂 に 近い 所 に いた 。 ようこ||||じぶん||のぞみ||こうふく||ぜっちょう||ちかい|しょ|| 倉地 を 喜ば せる 事 が 自分 を 喜ば せる 事 であり 、 自分 を 喜ば せる 事 が 倉地 を 喜ば せる 事 である 、 そうした 作為 の ない 調和 は 葉子 の 心 を しとやかに 快活に した 。 くらち||よろこば||こと||じぶん||よろこば||こと||じぶん||よろこば||こと||くらち||よろこば||こと|||さくい|||ちょうわ||ようこ||こころ|||かいかつに| 何 に でも 自分 が しよう と さえ 思えば 適応 し うる 葉子 に 取って は 、 抜け目 の ない 世話 女房 に なる くらい の 事 は なんでもなかった 。 なん|||じぶん|||||おもえば|てきおう|||ようこ||とって||ぬけめ|||せわ|にょうぼう|||||こと|| 妹 たち も この 姉 を 無二 の もの と して 、 姉 の して くれる 事 は 一 も 二 も なく 正しい もの と 思う らしかった 。 いもうと||||あね||むに|||||あね||||こと||ひと||ふた|||ただしい|||おもう| 始終 葉子 から 継 子 あつかい に されて いる 愛子 さえ 、 葉子 の 前 に は ただ 従順な しとやかな 少女 だった 。 しじゅう|ようこ||つ|こ|||さ れて||あいこ||ようこ||ぜん||||じゅうじゅんな||しょうじょ| 愛子 と して も 少なくとも 一 つ は どうしても その 姉 に 感謝 しなければ なら ない 事 が あった 。 あいこ||||すくなくとも|ひと|||||あね||かんしゃ|し なければ|||こと|| それ は 年齢 の お陰 も ある 。 ||ねんれい||おかげ|| 愛子 は ことし で 十六 に なって いた 。 あいこ||||じゅうろく||| しかし 葉子 が い なかったら 、 愛子 は これほど 美しく は なれ なかった に 違いない 。 |ようこ||||あいこ|||うつくしく|||||ちがいない 二三 週間 の うち に 愛子 は 山 から 掘り出さ れた ばかりの ルビー と 磨き を かけ 上げた ルビー と ほど に 変わって いた 。 ふみ|しゅうかん||||あいこ||やま||ほりださ|||るびー||みがき|||あげた|るびー||||かわって| Within a few weeks, Aiko had turned into a ruby freshly dug out of the mountain and a polished ruby. 小 肥 り で 背たけ は 姉 より も はるかに 低い が 、 ぴち ぴち と 締まった 肉づき と 、 抜け 上がる ほど 白い 艶 の ある 皮膚 と は いい 均整 を 保って 、 短く は ある が 類 の ない ほど 肉 感 的な 手足 の 指 の 先 細 な 所 に 利点 を 見せて いた 。 しょう|こえ|||せたけ||あね||||ひくい|||||しまった|にくづき||ぬけ|あがる||しろい|つや|||ひふ||||きんせい||たもって|みじかく||||るい||||にく|かん|てきな|てあし||ゆび||さき|ほそ||しょ||りてん||みせて| むっくり と 牛乳 色 の 皮膚 に 包ま れた 地蔵 肩 の 上 に 据えられた その 顔 は また 葉子 の 苦心 に 十二分に 酬 いる もの だった 。 ||ぎゅうにゅう|いろ||ひふ||つつま||じぞう|かた||うえ||すえ られた||かお|||ようこ||くしん||じゅうにぶんに|しゅう||| His face, which was set on Jizo's shoulders wrapped in plump milk-colored skin, was more than rewarding for Yoko's painstaking efforts. 葉子 が えり ぎ わ を 剃って やる と そこ に 新しい 美 が 生まれ 出た 。 ようこ||||||てい って|||||あたらしい|び||うまれ|でた 髪 を 自分 の 意匠 どおり に 束ねて やる と そこ に 新しい 蠱惑 が わき上がった 。 かみ||じぶん||いしょう|||たばねて|||||あたらしい|こわく||わきあがった When I tied up my hair according to my design, a new fascination welled up. 葉子 は 愛子 を 美しく する 事 に 、 成功 した 作品 に 対する 芸術 家 と 同様の 誇り と 喜び と を 感じた 。 ようこ||あいこ||うつくしく||こと||せいこう||さくひん||たいする|げいじゅつ|いえ||どうようの|ほこり||よろこび|||かんじた 暗い 所 に いて 明るい ほう に 振り向いた 時 など の 愛子 の 卵形 の 顔 形 は 美 の 神 ビーナス を さえ 妬ま す 事 が できたろう 。 くらい|しょ|||あかるい|||ふりむいた|じ|||あいこ||らんけい||かお|かた||び||かみ|びーなす|||ねたま||こと|| Aiko's oval face shape, such as when she was in the dark and turned to the light, could have made even the goddess of beauty, Venus, jealous. 顔 の 輪郭 と 、 やや 額 ぎ わ を 狭く する まで に 厚く 生え そろった 黒 漆 の 髪 と は 闇 の 中 に 溶けこむ ように ぼかされて 、 前 から のみ 来る 光線 の ため に 鼻筋 は 、 ギリシャ 人 の それ に 見る ような 、 規則正しく 細長い 前面 の 平面 を きわ立た せ 、 潤い きった 大きな 二 つ の ひとみ と 、 締まって 厚い 上下 の 口 び る と は 、 皮膚 を 切り 破って 現われ 出た 二 対 の 魂 の ように なまなましい 感じ で 見る 人 を 打った 。 かお||りんかく|||がく||||せまく||||あつく|はえ||くろ|うるし||かみ|||やみ||なか||とけこむ||ぼかさ れて|ぜん|||くる|こうせん||||はなすじ||ぎりしゃ|じん||||みる||きそくただしく|ほそながい|ぜんめん||へいめん||きわだた||うるおい||おおきな|ふた|||||しまって|あつい|じょうげ||くち|||||ひふ||きり|やぶって|あらわれ|でた|ふた|たい||たましい||||かんじ||みる|じん||うった The contours of his face and his thick black lacquer hair that narrows the forehead are blurred as if to melt into the darkness, and the light beams coming from the front make the bridge of his nose look like a Greek. As you can see in the 1980s, the regularly elongated plane of the front stands out, and the two large, well-moistened pupils and the tight, thick upper and lower lips are two pairs of souls that have emerged by cutting through the skin. It hit the viewer with a vivid feeling like. 愛子 は そうした 時 に いちばん 美しい ように 、 闇 の 中 に さびしく ひと り で いて 、 その 多 恨 な 目 で じっと 明るみ を 見つめて いる ような 少女 だった 。 あいこ|||じ|||うつくしい||やみ||なか||||||||おお|うら||め|||あかるみ||みつめて|||しょうじょ| ・・

葉子 は 倉地 が 葉子 の ため に して 見せた 大きな 英断 に 酬 いる ため に 、 定子 を 自分 の 愛 撫 の 胸 から 裂いて 捨てよう と 思い きわめ ながら も 、 どうしても それ が でき ないで いた 。 ようこ||くらち||ようこ|||||みせた|おおきな|えいだん||しゅう||||さだこ||じぶん||あい|ぶ||むね||さいて|すてよう||おもい||||||||| In order to repay the great decisiveness that Kurachi made for Yoko, Yoko thought of tearing Teiko out of her caressed breasts and throwing her away, but she just couldn't do it. あれ から 一 度 も 訪れ こそ し ない が 、 時おり 金 を 送って やる 事 と 、 乳母 から 安否 を 知ら させる 事 だけ は 続けて いた 。 ||ひと|たび||おとずれ|||||ときおり|きむ||おくって||こと||うば||あんぴ||しら|さ せる|こと|||つづけて| I haven't visited her since then, but I've continued to send her money from time to time and to let her nurse know if she's okay. 乳母 の 手紙 は いつでも 恨み つら み で 満たされて いた 。 うば||てがみ|||うらみ||||みたさ れて| 日本 に 帰って 来て くださった かい が どこ に ある 。 にっぽん||かえって|きて|||||| 親 が なくて 子 が 子 らしく 育つ もの か 育た ぬ もの か ちょっと でも 考えて みて もらいたい 。 おや|||こ||こ||そだつ|||そだた||||||かんがえて||もらい たい 乳母 も だんだん 年 を 取って 行く 身 だ 。 うば|||とし||とって|いく|み| 麻 疹 に かかって 定子 は 毎日 毎日 ママ の 名 を 呼び 続けて いる 、 その 声 が 葉子 の 耳 に 聞こえ ない の が 不思議だ 。 あさ|しん|||さだこ||まいにち|まいにち|まま||な||よび|つづけて|||こえ||ようこ||みみ||きこえ||||ふしぎだ こんな 事 が 消息 の たび ごと に たどたどしく 書き連ねて あった 。 |こと||しょうそく||||||かきつらねて| This kind of thing was written in a stuttering manner every time I received news. 葉子 は いて も 立って も たまらない ような 事 が あった 。 ようこ||||たって||||こと|| けれども そんな 時 に は 倉地 の 事 を 思った 。 ||じ|||くらち||こと||おもった ちょっと 倉地 の 事 を 思った だけ で 、 歯 を くいしばり ながら も 、 苔 香 園 の 表門 から そっと 家 を 抜け出る 誘惑 に 打ち勝った 。 |くらち||こと||おもった|||は|||||こけ|かおり|えん||おもてもん|||いえ||ぬけでる|ゆうわく||うちかった