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或る女 - 有島武郎(アクセス), 30.2 或る女

30.2 或る 女

倉地 は 事業 の ため に 奔走 して いる ので その 夜 は 年越し に 来 ない と 下宿 から 知らせて 来た 。 妹 たち は 除夜 の 鐘 を 聞く まで は 寝 ない など と いって いた が いつのまにか ねむく なった と 見えて 、 あまり 静かな ので 二 階 に 行って 見る と 、 二 人 と も 寝床 に は いって いた 。 つや に は 暇 が 出して あった 。 葉子 に 内 所 で 「 報 正 新報 」 を 倉地 に 取り次いだ の は 、 た とい 葉子 に 無益な 心配 を さ せ ない ため だ と いう 倉地 の 注意 が あった ため である に も せよ 、 葉子 の 心持ち を 損じ もし 不安に も した 。 つや が 葉子 に 対して も 素直な 敬愛 の 情 を いだいて いた の は 葉子 も よく 心得て いた 。 前 に も 書いた ように 葉子 は 一目 見た 時 から つや が 好きだった 。 台所 など を さ せ ず に 、 小 間 使い と して 手回り の 用事 でも さ せたら 顔かたち と いい 、 性質 と いい 、 取り 回し と いい これほど 理想 的な 少女 は ない と 思う ほど だった 。 つや に も 葉子 の 心持ち は すぐ 通じた らしく 、 つや は この 家 の ため に 陰日向 なく せっせと 働いた のだった 。 けれども 新聞 の 小さな 出来事 一 つ が 葉子 を 不安に して しまった 。 倉地 が 双 鶴 館 の 女将 に 対して も 気の毒 がる の を 構わ ず 、 妹 たち に 働かせる の が かえって いい から と の 口実 の もと に 暇 を やって しまった のだった 。 で 勝手 の ほう に も 人気 は なかった 。 ・・

葉子 は 何 を 原因 と も なく そのころ 気分 が いらいら し がちで 寝付き も 悪かった ので 、 ぞくぞく しみ込んで 来る ような 寒 さ に も 係わら ず 、 火鉢 の そば に いた 。 そして 所在ない まま に その 日 倉地 の 下宿 から 届けて 来た 木村 の 手紙 を 読んで 見る 気 に なった のだ 。 ・・

葉子 は 猫 板 に 片 肘 を 持た せ ながら 、 必要 も ない ほど 高価だ と 思わ れる 厚い 書 牋紙 に 大きな 字 で 書きつづって ある 木村 の 手紙 を 一 枚 一 枚 読み 進んだ 。 おとなびた ようで 子供っぽい 、 そう か と 思う と 感情 の 高潮 を 示した と 思わ れる 所 も 妙に 打算 的な 所 が 離れ 切ら ない と 葉子 に 思わ せる ような 内容 だった 。 葉子 は 一 々 精読 する の が めんどうな ので 行 から 行 に 飛び越え ながら 読んで 行った 。 そして 日付け の 所 まで 来て も 格別な 情緒 を 誘わ れ は し なかった 。 しかし 葉子 は この 以前 倉地 の 見て いる 前 でした ように ずたずたに 引き裂いて 捨てて しまう 事 は し なかった 。 し なかった どころ で は ない 、 その 中 に は 葉子 を 考え させる もの が 含まれて いた 。 木村 は 遠からず ハミルトン と か いう 日本 の 名誉 領事 を して いる 人 の 手 から 、 日本 を 去る 前 に 思いきって して 行った 放 資 の 回収 を して もらえる のだ 。 不 即 不 離 の 関係 を 破ら ず に 別れた 自分 の やり かた は やはり 図 に あたって いた と 思った 。 「 宿屋 きめ ず に 草 鞋 を 脱 」 ぐ ばか を し ない 必要 は もう ない 、 倉地 の 愛 は 確かに 自分 の 手 に 握り 得た から 。 しかし 口 に こそ 出し は し ない が 、 倉地 は 金 の 上 で は かなり に 苦しんで いる に 違いない 。 倉地 の 事業 と いう の は 日本 じゅう の 開港 場 に いる 水 先 案内 業者 の 組合 を 作って 、 その 実権 を 自分 の 手 に 握ろう と する の らしかった が 、 それ が 仕上がる の は 短い 日月 に は できる 事 で は な さ そうだった 。 ことに 時節 が 時節がら 正月 に かかって いる から 、 そういう もの の 設立 に は いちばん 不便な 時 らしく も 思わ れた 。 木村 を 利用 して やろう 。 ・・

しかし 葉子 の 心 の 底 に は どこ か に 痛み を 覚えた 。 さんざん 木村 を 苦しめ 抜いた あげく に 、 なお あの 根 の 正直な 人間 を たぶらかして なけなし の 金 を しぼり 取る の は 俗に いう 「 つつ もた せ 」 の 所業 と 違って は いない 。 そう 思う と 葉子 は 自分 の 堕落 を 痛く 感ぜ ず に は いられ なかった 。 けれども 現在 の 葉子 に いちばん 大事な もの は 倉地 と いう 情 人 の ほか に は なかった 。 心 の 痛 み を 感じ ながら も 倉地 の 事 を 思う と なお 心 が 痛かった 。 彼 は 妻子 を 犠牲 に 供し 、 自分 の 職業 を 犠牲 に 供し 、 社会 上 の 名誉 を 犠牲 に 供して まで 葉子 の 愛 に おぼれ 、 葉子 の 存在 に 生きよう と して くれて いる のだ 。 それ を 思う と 葉子 は 倉地 の ため に なんでも して 見せて やり たかった 。 時に よる と われ に も なく 侵して 来る 涙ぐましい 感じ を じっと こらえて 、 定子 に 会い に 行か ず に いる の も 、 そう する 事 が 何 か 宗教 上 の 願 がけ で 、 倉地 の 愛 を つなぎとめる 禁 厭 の ように 思える から して いる 事 だった 。 木村 に だって いつか は 物質 上 の 償い 目 に 対して 物質 上 の 返礼 だけ は する 事 が できる だろう 。 自分 の する 事 は 「 つつ もた せ 」 と は 形 が 似て いる だけ だ 。 やって やれ 。 そう 葉子 は 決心 した 。 読む でも なく 読ま ぬ で も なく 手 に 持って ながめて いた 手紙 の 最後 の 一 枚 を 葉子 は 無意識 の ように ぽたり と 膝 の 上 に 落とした 。 そして そのまま じっと 鉄びん から 立つ 湯気 が 電 燈 の 光 の 中 に 多様な 渦 紋 を 描いて は 消え 描いて は 消え する の を 見つめて いた 。 ・・

しばらく して から 葉子 は 物 う げ に 深い 吐息 を 一 つ して 、 上体 を ひねって 棚 の 上 から 手 文庫 を 取り おろした 。 そして 筆 を かみ ながら また 上 目 で じっと 何 か 考える らしかった 。 と 、 急に 生きかえった ように はきはき なって 、 上等の シナ 墨 を 眼 の 三 つ まで は いった まん まるい 硯 に すり おろした 。 そして 軽く 麝香 の 漂う なか で 男 の 字 の ような 健筆 で 、 精巧な 雁 皮 紙 の 巻紙 に 、 一気に 、 次 の ように したためた 。 ・・

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「 書けば きり が ございませ ん 。 伺えば きり が ございませ ん 。 だから 書き も いたしません でした 。 あなた の お 手紙 も きょう いただいた もの まで は 拝見 せ ず に ずたずたに 破って 捨てて しまいました 。 その 心 を お 察し ください まし 。 ・・

うわさ に も お 聞き と は 存じます が 、 わたし は みごとに 社会 的に 殺されて しまいました 。 どうして わたし が この上 あなた の 妻 と 名乗れましょう 。 自業自得 と 世の中 で は 申します 。 わたし も 確かに そう 存じて います 。 けれども 親類 、 縁者 、 友だち に まで 突き放されて 、 二 人 の 妹 を かかえて みます と 、 わたし は 目 も くらんで しまいます 。 倉地 さん だけ が どういう 御 縁 か お 見捨て なく わたし ども 三 人 を お 世話 くださって います 。 こうして わたし は どこ まで 沈んで 行く 事 で ございましょう 。 ほんとうに 自業自得 で ございます 。 ・・

きょう 拝見 した お 手紙 も ほんとう は 読ま ず に 裂いて しまう ので ございました けれども …… わたし の 居所 を どなた に も お 知らせ し ない わけ など は 申し上げる まで も ございます まい 。 ・・

この 手紙 は あなた に 差し上げる 最後 の もの か と 思わ れます 。 お 大事に お 過ごし 遊ば し ませ 。 陰ながら 御 成功 を 祈り 上げます 。 ・・

ただいま 除夜 の 鐘 が 鳴ります 。 ・・

大晦日 の 夜 ・・

木村 様 ・・

葉 より 」・・

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葉子 は それ を 日本 風 の 状 袋 に 収めて 、 毛筆 で 器用に 表記 を 書いた 。 書き 終わる と 急に いらいら し 出して 、 いきなり 両手 に 握って ひと思いに 引き裂こう と した が 、 思い返して 捨てる ように それ を 畳 の 上 に なげ出す と 、 われ に も なく 冷ややかな 微笑 が 口 じ り を かすかに 引きつら した 。 ・・

葉子 の 胸 を ど きん と さ せる ほど 高く 、 すぐ 最寄り に ある 増 上 寺 の 除夜 の 鐘 が 鳴り 出した 。 遠く から どこ の 寺 の ともし れ ない 鐘 の 声 が それ に 応ずる ように 聞こえて 来た 。 その 音 に 引き入れられて 耳 を 澄ます と 夜 の 沈黙 の 中 に も 声 は あった 。 十二 時 を 打つ ぼん ぼん 時計 、「 かるた 」 を 読み上げる らしい はしゃいだ 声 、 何 に 驚いて か 夜なき を する 鶏 …… 葉子 は そんな 響き を 探り 出す と 、 人 の 生きて いる と いう の が 恐ろしい ほど 不思議に 思わ れ 出した 。 ・・

急に 寒 さ を 覚えて 葉子 は 寝 じたく に 立ち上がった 。


30.2 或る 女 ある|おんな 30.2 Una mujer

倉地 は 事業 の ため に 奔走 して いる ので その 夜 は 年越し に 来 ない と 下宿 から 知らせて 来た 。 くらち||じぎょう||||ほんそう|||||よ||としこし||らい|||げしゅく||しらせて|きた 妹 たち は 除夜 の 鐘 を 聞く まで は 寝 ない など と いって いた が いつのまにか ねむく なった と 見えて 、 あまり 静かな ので 二 階 に 行って 見る と 、 二 人 と も 寝床 に は いって いた 。 いもうと|||じょや||かね||きく|||ね|||||||||||みえて||しずかな||ふた|かい||おこなって|みる||ふた|じん|||ねどこ|||| つや に は 暇 が 出して あった 。 |||いとま||だして| 葉子 に 内 所 で 「 報 正 新報 」 を 倉地 に 取り次いだ の は 、 た とい 葉子 に 無益な 心配 を さ せ ない ため だ と いう 倉地 の 注意 が あった ため である に も せよ 、 葉子 の 心持ち を 損じ もし 不安に も した 。 ようこ||うち|しょ||ほう|せい|しんぽう||くらち||とりついだ|||||ようこ||むえきな|しんぱい|||||||||くらち||ちゅうい||||||||ようこ||こころもち||そんじ||ふあんに|| Even if the reason why Yoko passed the 'Hosho Shinpo' to Kurachi internally was because of Kurachi's warning that it was to prevent Yoko from worrying unnecessarily, he wanted to understand Yoko's feelings. I was disappointed and worried. つや が 葉子 に 対して も 素直な 敬愛 の 情 を いだいて いた の は 葉子 も よく 心得て いた 。 ||ようこ||たいして||すなおな|けいあい||じょう||||||ようこ|||こころえて| 前 に も 書いた ように 葉子 は 一目 見た 時 から つや が 好きだった 。 ぜん|||かいた||ようこ||いちもく|みた|じ||||すきだった 台所 など を さ せ ず に 、 小 間 使い と して 手回り の 用事 でも さ せたら 顔かたち と いい 、 性質 と いい 、 取り 回し と いい これほど 理想 的な 少女 は ない と 思う ほど だった 。 だいどころ|||||||しょう|あいだ|つかい|||てまわり||ようじ||||かおかたち|||せいしつ|||とり|まわし||||りそう|てきな|しょうじょ||||おもう|| つや に も 葉子 の 心持ち は すぐ 通じた らしく 、 つや は この 家 の ため に 陰日向 なく せっせと 働いた のだった 。 |||ようこ||こころもち|||つうじた|||||いえ||||かげひなた|||はたらいた| Tsuya seems to have understood Yoko's feelings immediately, and Tsuya worked diligently for the sake of the house. けれども 新聞 の 小さな 出来事 一 つ が 葉子 を 不安に して しまった 。 |しんぶん||ちいさな|できごと|ひと|||ようこ||ふあんに|| 倉地 が 双 鶴 館 の 女将 に 対して も 気の毒 がる の を 構わ ず 、 妹 たち に 働かせる の が かえって いい から と の 口実 の もと に 暇 を やって しまった のだった 。 くらち||そう|つる|かん||おかみ||たいして||きのどく||||かまわ||いもうと|||はたらかせる||||||||こうじつ||||いとま|||| で 勝手 の ほう に も 人気 は なかった 。 |かって|||||にんき|| ・・

葉子 は 何 を 原因 と も なく そのころ 気分 が いらいら し がちで 寝付き も 悪かった ので 、 ぞくぞく しみ込んで 来る ような 寒 さ に も 係わら ず 、 火鉢 の そば に いた 。 ようこ||なん||げんいん|||||きぶん|||||ねつき||わるかった|||しみこんで|くる||さむ||||かかわら||ひばち|||| そして 所在ない まま に その 日 倉地 の 下宿 から 届けて 来た 木村 の 手紙 を 読んで 見る 気 に なった のだ 。 |しょざいない||||ひ|くらち||げしゅく||とどけて|きた|きむら||てがみ||よんで|みる|き||| ・・

葉子 は 猫 板 に 片 肘 を 持た せ ながら 、 必要 も ない ほど 高価だ と 思わ れる 厚い 書 牋紙 に 大きな 字 で 書きつづって ある 木村 の 手紙 を 一 枚 一 枚 読み 進んだ 。 ようこ||ねこ|いた||かた|ひじ||もた|||ひつよう||||こうかだ||おもわ||あつい|しょ|せんかみ||おおきな|あざ||かきつづって||きむら||てがみ||ひと|まい|ひと|まい|よみ|すすんだ おとなびた ようで 子供っぽい 、 そう か と 思う と 感情 の 高潮 を 示した と 思わ れる 所 も 妙に 打算 的な 所 が 離れ 切ら ない と 葉子 に 思わ せる ような 内容 だった 。 ||こども っぽい||||おもう||かんじょう||たかしお||しめした||おもわ||しょ||みょうに|ださん|てきな|しょ||はなれ|きら|||ようこ||おもわ|||ないよう| 葉子 は 一 々 精読 する の が めんどうな ので 行 から 行 に 飛び越え ながら 読んで 行った 。 ようこ||ひと||せいどく||||||ぎょう||ぎょう||とびこえ||よんで|おこなった そして 日付け の 所 まで 来て も 格別な 情緒 を 誘わ れ は し なかった 。 |ひづけ||しょ||きて||かくべつな|じょうちょ||さそわ|||| しかし 葉子 は この 以前 倉地 の 見て いる 前 でした ように ずたずたに 引き裂いて 捨てて しまう 事 は し なかった 。 |ようこ|||いぜん|くらち||みて||ぜん||||ひきさいて|すてて||こと||| し なかった どころ で は ない 、 その 中 に は 葉子 を 考え させる もの が 含まれて いた 。 |||||||なか|||ようこ||かんがえ|さ せる|||ふくま れて| 木村 は 遠からず ハミルトン と か いう 日本 の 名誉 領事 を して いる 人 の 手 から 、 日本 を 去る 前 に 思いきって して 行った 放 資 の 回収 を して もらえる のだ 。 きむら||とおからず|はみるとん||||にっぽん||めいよ|りょうじ||||じん||て||にっぽん||さる|ぜん||おもいきって||おこなった|はな|し||かいしゅう|||| 不 即 不 離 の 関係 を 破ら ず に 別れた 自分 の やり かた は やはり 図 に あたって いた と 思った 。 ふ|そく|ふ|はな||かんけい||やぶら|||わかれた|じぶん||||||ず|||||おもった 「 宿屋 きめ ず に 草 鞋 を 脱 」 ぐ ばか を し ない 必要 は もう ない 、 倉地 の 愛 は 確かに 自分 の 手 に 握り 得た から 。 やどや||||くさ|わらじ||だつ||||||ひつよう||||くらち||あい||たしかに|じぶん||て||にぎり|えた| しかし 口 に こそ 出し は し ない が 、 倉地 は 金 の 上 で は かなり に 苦しんで いる に 違いない 。 |くち|||だし|||||くらち||きむ||うえ|||||くるしんで|||ちがいない 倉地 の 事業 と いう の は 日本 じゅう の 開港 場 に いる 水 先 案内 業者 の 組合 を 作って 、 その 実権 を 自分 の 手 に 握ろう と する の らしかった が 、 それ が 仕上がる の は 短い 日月 に は できる 事 で は な さ そうだった 。 くらち||じぎょう|||||にっぽん|||かいこう|じょう|||すい|さき|あんない|ぎょうしゃ||くみあい||つくって||じっけん||じぶん||て||にぎろう||||||||しあがる|||みじかい|じつげつ||||こと|||||そう だった ことに 時節 が 時節がら 正月 に かかって いる から 、 そういう もの の 設立 に は いちばん 不便な 時 らしく も 思わ れた 。 |じせつ||じせつがら|しょうがつ||||||||せつりつ||||ふべんな|じ|||おもわ| Especially since the season falls on New Year's, it seemed like the most inconvenient time to establish such a thing. 木村 を 利用 して やろう 。 きむら||りよう|| ・・

しかし 葉子 の 心 の 底 に は どこ か に 痛み を 覚えた 。 |ようこ||こころ||そこ||||||いたみ||おぼえた さんざん 木村 を 苦しめ 抜いた あげく に 、 なお あの 根 の 正直な 人間 を たぶらかして なけなし の 金 を しぼり 取る の は 俗に いう 「 つつ もた せ 」 の 所業 と 違って は いない 。 |きむら||くるしめ|ぬいた|||||ね||しょうじきな|にんげん|||||きむ|||とる|||ぞくに||||||しょぎょう||ちがって|| After tormenting Kimura so much, still trying to squeeze out the little money out of that honest man at heart is no different than what is commonly called ``cheating''. そう 思う と 葉子 は 自分 の 堕落 を 痛く 感ぜ ず に は いられ なかった 。 |おもう||ようこ||じぶん||だらく||いたく|かんぜ||||いら れ| けれども 現在 の 葉子 に いちばん 大事な もの は 倉地 と いう 情 人 の ほか に は なかった 。 |げんざい||ようこ|||だいじな|||くらち|||じょう|じん||||| 心 の 痛 み を 感じ ながら も 倉地 の 事 を 思う と なお 心 が 痛かった 。 こころ||つう|||かんじ|||くらち||こと||おもう|||こころ||いたかった 彼 は 妻子 を 犠牲 に 供し 、 自分 の 職業 を 犠牲 に 供し 、 社会 上 の 名誉 を 犠牲 に 供して まで 葉子 の 愛 に おぼれ 、 葉子 の 存在 に 生きよう と して くれて いる のだ 。 かれ||さいし||ぎせい||きょうし|じぶん||しょくぎょう||ぎせい||きょうし|しゃかい|うえ||めいよ||ぎせい||きょうして||ようこ||あい|||ようこ||そんざい||いきよう||||| それ を 思う と 葉子 は 倉地 の ため に なんでも して 見せて やり たかった 。 ||おもう||ようこ||くらち||||||みせて|| 時に よる と われ に も なく 侵して 来る 涙ぐましい 感じ を じっと こらえて 、 定子 に 会い に 行か ず に いる の も 、 そう する 事 が 何 か 宗教 上 の 願 がけ で 、 倉地 の 愛 を つなぎとめる 禁 厭 の ように 思える から して いる 事 だった 。 ときに|||||||おかして|くる|なみだぐましい|かんじ||||さだこ||あい||いか||||||||こと||なん||しゅうきょう|うえ||ねがい|||くらち||あい|||きん|いと|||おもえる||||こと| 木村 に だって いつか は 物質 上 の 償い 目 に 対して 物質 上 の 返礼 だけ は する 事 が できる だろう 。 きむら|||||ぶっしつ|うえ||つぐない|め||たいして|ぶっしつ|うえ||へんれい||||こと||| 自分 の する 事 は 「 つつ もた せ 」 と は 形 が 似て いる だけ だ 。 じぶん|||こと|||||||かた||にて||| やって やれ 。 そう 葉子 は 決心 した 。 |ようこ||けっしん| 読む でも なく 読ま ぬ で も なく 手 に 持って ながめて いた 手紙 の 最後 の 一 枚 を 葉子 は 無意識 の ように ぽたり と 膝 の 上 に 落とした 。 よむ|||よま|||||て||もって|||てがみ||さいご||ひと|まい||ようこ||むいしき|||||ひざ||うえ||おとした そして そのまま じっと 鉄びん から 立つ 湯気 が 電 燈 の 光 の 中 に 多様な 渦 紋 を 描いて は 消え 描いて は 消え する の を 見つめて いた 。 |||てつびん||たつ|ゆげ||いなずま|とも||ひかり||なか||たような|うず|もん||えがいて||きえ|えがいて||きえ||||みつめて| ・・

しばらく して から 葉子 は 物 う げ に 深い 吐息 を 一 つ して 、 上体 を ひねって 棚 の 上 から 手 文庫 を 取り おろした 。 |||ようこ||ぶつ||||ふかい|といき||ひと|||じょうたい|||たな||うえ||て|ぶんこ||とり| そして 筆 を かみ ながら また 上 目 で じっと 何 か 考える らしかった 。 |ふで|||||うえ|め|||なん||かんがえる| と 、 急に 生きかえった ように はきはき なって 、 上等の シナ 墨 を 眼 の 三 つ まで は いった まん まるい 硯 に すり おろした 。 |きゅうに|いきかえった||||じょうとうの|しな|すみ||がん||みっ|||||||すずり||| そして 軽く 麝香 の 漂う なか で 男 の 字 の ような 健筆 で 、 精巧な 雁 皮 紙 の 巻紙 に 、 一気に 、 次 の ように したためた 。 |かるく|じゃこう||ただよう|||おとこ||あざ|||けんぴつ||せいこうな|がん|かわ|かみ||まきがみ||いっきに|つぎ||| ・・

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「 書けば きり が ございませ ん 。 かけば|||| 伺えば きり が ございませ ん 。 うかがえば|||| だから 書き も いたしません でした 。 |かき||いたし ませ ん| あなた の お 手紙 も きょう いただいた もの まで は 拝見 せ ず に ずたずたに 破って 捨てて しまいました 。 |||てがみ|||||||はいけん|||||やぶって|すてて|しまい ました その 心 を お 察し ください まし 。 |こころ|||さっし|| ・・

うわさ に も お 聞き と は 存じます が 、 わたし は みごとに 社会 的に 殺されて しまいました 。 ||||きき|||ぞんじ ます|||||しゃかい|てきに|ころさ れて|しまい ました どうして わたし が この上 あなた の 妻 と 名乗れましょう 。 |||このうえ|||つま||なのれ ましょう 自業自得 と 世の中 で は 申します 。 じごうじとく||よのなか|||もうし ます わたし も 確かに そう 存じて います 。 ||たしかに||ぞんじて|い ます けれども 親類 、 縁者 、 友だち に まで 突き放されて 、 二 人 の 妹 を かかえて みます と 、 わたし は 目 も くらんで しまいます 。 |しんるい|えんじゃ|ともだち|||つきはなさ れて|ふた|じん||いもうと|||み ます||||め|||しまい ます 倉地 さん だけ が どういう 御 縁 か お 見捨て なく わたし ども 三 人 を お 世話 くださって います 。 くらち|||||ご|えん|||みすて||||みっ|じん|||せわ||い ます こうして わたし は どこ まで 沈んで 行く 事 で ございましょう 。 |||||しずんで|いく|こと|| ほんとうに 自業自得 で ございます 。 |じごうじとく|| ・・

きょう 拝見 した お 手紙 も ほんとう は 読ま ず に 裂いて しまう ので ございました けれども …… わたし の 居所 を どなた に も お 知らせ し ない わけ など は 申し上げる まで も ございます まい 。 |はいけん|||てがみ||||よま|||さいて|||||||いどころ||||||しらせ||||||もうしあげる|||| ・・

この 手紙 は あなた に 差し上げる 最後 の もの か と 思わ れます 。 |てがみ||||さしあげる|さいご|||||おもわ|れ ます お 大事に お 過ごし 遊ば し ませ 。 |だいじに||すごし|あそば|| 陰ながら 御 成功 を 祈り 上げます 。 かげながら|ご|せいこう||いのり|あげ ます ・・

ただいま 除夜 の 鐘 が 鳴ります 。 |じょや||かね||なり ます New Year's Eve bells are ringing now. ・・

大晦日 の 夜 ・・ おおみそか||よ

木村 様 ・・ きむら|さま

葉 より 」・・ は|

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葉子 は それ を 日本 風 の 状 袋 に 収めて 、 毛筆 で 器用に 表記 を 書いた 。 ようこ||||にっぽん|かぜ||じょう|ふくろ||おさめて|もうひつ||きように|ひょうき||かいた 書き 終わる と 急に いらいら し 出して 、 いきなり 両手 に 握って ひと思いに 引き裂こう と した が 、 思い返して 捨てる ように それ を 畳 の 上 に なげ出す と 、 われ に も なく 冷ややかな 微笑 が 口 じ り を かすかに 引きつら した 。 かき|おわる||きゅうに|||だして||りょうて||にぎって|ひとおもいに|ひきさこう||||おもいかえして|すてる||||たたみ||うえ||なげだす||||||ひややかな|びしょう||くち|||||ひきつら| ・・

葉子 の 胸 を ど きん と さ せる ほど 高く 、 すぐ 最寄り に ある 増 上 寺 の 除夜 の 鐘 が 鳴り 出した 。 ようこ||むね||||||||たかく||もより|||ぞう|うえ|てら||じょや||かね||なり|だした 遠く から どこ の 寺 の ともし れ ない 鐘 の 声 が それ に 応ずる ように 聞こえて 来た 。 とおく||||てら|||||かね||こえ||||おうずる||きこえて|きた その 音 に 引き入れられて 耳 を 澄ます と 夜 の 沈黙 の 中 に も 声 は あった 。 |おと||ひきいれ られて|みみ||すます||よ||ちんもく||なか|||こえ|| 十二 時 を 打つ ぼん ぼん 時計 、「 かるた 」 を 読み上げる らしい はしゃいだ 声 、 何 に 驚いて か 夜なき を する 鶏 …… 葉子 は そんな 響き を 探り 出す と 、 人 の 生きて いる と いう の が 恐ろしい ほど 不思議に 思わ れ 出した 。 じゅうに|じ||うつ|||とけい|||よみあげる|||こえ|なん||おどろいて||よなき|||にわとり|ようこ|||ひびき||さぐり|だす||じん||いきて||||||おそろしい||ふしぎに|おもわ||だした ・・

急に 寒 さ を 覚えて 葉子 は 寝 じたく に 立ち上がった 。 きゅうに|さむ|||おぼえて|ようこ||ね|||たちあがった