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或る女 - 有島武郎(アクセス), 29.2 或る女

29.2 或る 女

それ でも その 夜 の 夕食 は 珍しく にぎやかだった 。 貞 世 が はしゃぎ きって 、 胸 いっぱい の もの を 前後 も 連絡 も なく しゃべり 立てる ので 愛子 さえ も 思わず に やり と 笑ったり 、 自分 の 事 を 容赦 なく いわ れたり する と 恥ずかし そうに 顔 を 赤らめたり した 。 ・・

貞 世 は うれし さ に 疲れ果てて 夜 の 浅い うち に 寝床 に はいった 。 明るい 電 燈 の 下 に 葉子 と 愛子 と 向かい合う と 、 久しく あわ ないで いた 骨 肉 の 人々 の 間 に のみ 感ぜられる 淡い 心 置き を 感じた 。 葉子 は 愛子 に だけ は 倉地 の 事 を 少し 具体 的に 知ら して おく ほう が いい と 思って 、 話 の きっかけ に 少し 言葉 を 改めた 。 ・・

「 まだ あなた 方 に お 引き合わせ が して ない けれども 倉地って いう 方 ね 、 絵 島 丸 の 事務 長 の ……( 愛子 は 従順に 落ち着いて うなずいて 見せた )…… あの 方 が 今 木村 さん に 成り かわって わたし の 世話 を 見て いて くださる の よ 。 木村 さん から お 頼ま れ に なった もの だ から 、 迷惑 そうに も なく 、 こんな いい 家 まで 見つけて くださった の 。 木村 さん は 米国 で いろいろ 事業 を 企てて いらっしゃる んだ けれども 、 どうも お 仕事 が うまく 行か ないで 、 お 金 が 注ぎ込み に ばかり なって いて 、 とても こっち に は 送って くだされ ない の 、 わたし の 家 は あなた も 知って の とおり でしょう 。 どうしても しばらく の 間 は 御 迷惑 でも 倉地 さん に 万事 を 見て いただか なければ なら ない のだ から 、 あなた も その つもり で いて ちょうだい よ 。 ちょくちょく ここ に も 来て くださる から ね 。 それ に つけて 世間 で は 何 か くだらない うわさ を して いる に 違いない が 、 愛 さん の 塾 なんか で は なんにも お 聞き で は なかった かい 」・・

「 い ゝ え 、 わたし たち に 面 と 向かって 何 か おっしゃる 方 は 一 人 も ありません わ 。 でも 」・・

と 愛子 は 例の 多 恨 らしい 美しい 目 を 上 目 に 使って 葉子 を ぬすみ 見る ように し ながら 、・・

「 でも 何しろ あんな 新聞 が 出た もん です から 」・・

「 どんな 新聞 ? 」・・

「 あら お ねえ 様 御存じ なし な の 。 報 正 新報 に 続き物 で おね え 様 と その 倉地 と いう 方 の 事 が 長く 出て いました の よ 」・・

「 へ ー え 」・・

葉子 は 自分 の 無知に あきれる ような 声 を 出して しまった 。 それ は 実際 思い も かけ ぬ と いう より は 、 あり そうな 事 で は ある が 今 の 今 まで 知ら ず に いた 、 それ に 葉子 は あきれた のだった 。 しかし それ は 愛子 の 目 に 自分 を 非常に 無 辜 らしく 見せた だけ の 利益 は あった 。 さすが の 愛子 も 驚いた らしい 目 を して 姉 の 驚いた 顔 を 見 やった 。 ・・

「 いつ ? 」・・

「 今月 の 始め ごろ でした か しら ん 。 だ もん です から 皆さん 方 の 間 で はたいへんな 評判 らしい んです の 。 今度 も 塾 を 出て 来年 から 姉 の 所 から 通います と 田島 先生 に 申し上げたら 、 先生 も 家 の 親類 たち に 手紙 や なんか で だいぶ お 聞き 合わせ に なった ようです の よ 。 そして きょう わたし たち を 自分 の お 部屋 に お呼び に なって 『 わたし は お前 さん 方 を 塾 から 出した く は ない けれども 、 塾 に 居 続ける 気 は ない か 』 と おっしゃる の よ 。 でも わたし たち は なんだか 塾 に いる の が 肩身 が …… どうしても いやに なった もん です から 、 無理に お 願い して 帰って 来て しまいました の 」・・

愛子 は ふだん の 無口に 似 ず こういう 事 を 話す 時 に は ちゃんと 筋 目 が 立って いた 。 葉子 に は 愛子 の 沈んだ ような 態度 が すっかり 読めた 。 葉子 の 憤怒 は 見る見る その 血相 を 変え させた 。 田川 夫人 と いう 人 は どこ まで 自分 に 対して 執念 を 寄せよう と する のだろう 。 それにしても 夫人 の 友だち に は 五十川 と いう 人 も ある はずだ 。 もし 五十川 の おばさん が ほんとうに 自分 の 改悛 を 望んで いて くれる なら 、 その 記事 の 中止 なり 訂正 なり を 、 夫 田川 の 手 を 経て させる 事 は できる はずな のだ 。 田島 さん も なんとか して くれよう が あり そうな もの だ 。 そんな 事 を 妹 たち に いう くらい なら なぜ 自分 に 一言 忠告 でも して は くれ ない のだ ( ここ で 葉子 は 帰朝 以来 妹 たち を 預かって もらった 礼 を し に 行って い なかった 自分 を 顧みた 。 しかし 事情 が それ を 許さ ない のだろう ぐらい は 察して くれて も よ さ そうな もの だ と 思った ) それほど 自分 は もう 世間 から 見くびら れ 除け者 に されて いる のだ 。 葉子 は 何 か たたきつける もの で も あれば 、 そして 世間 と いう もの が 何 か 形 を 備えた もの であれば 、 力 の 限り 得 物 を たたきつけて やり たかった 。 葉子 は 小刻みに 震え ながら 、 言葉 だけ は しとやかに 、・・

「 古藤 さん は 」・・

「 たまに お たより を くださ います 」・・

「 あなた 方 も 上げる の 」・・

「 え ゝ たまに 」・・

「 新聞 の 事 を 何 か いって 来た かい 」・・

「 なんにも 」・・

「 ここ の 番地 は 知らせて 上げて 」・・

「 い ゝ え 」・・

「 なぜ 」・・

「 おね え 様 の 御 迷惑に なり は し ない か と 思って 」・・

この 小 娘 は もう みんな 知っている 、 と 葉子 は 一種 の おそれ と 警戒 と を もって 考えた 。 何事 も 心得 ながら 白々しく 無邪気 を 装って いる らしい この 妹 が 敵 の 間 諜 の ように も 思えた 。 ・・

「 今夜 は もう お 休み 。 疲れた でしょう 」・・

葉子 は 冷 然 と して 、 灯 の 下 に うつむいて きちんと すわって いる 妹 を 尻目 に かけた 。 愛子 は しとやかに 頭 を 下げて 従順に 座 を 立って 行った 。 ・・

その 夜 十一 時 ごろ 倉地 が 下宿 の ほう から 通って 来た 。 裏庭 を ぐるっと 回って 、 毎夜 戸じまり を せ ず に おく 張り出し の 六 畳 の 間 から 上がって 来る 音 が 、 じれ ながら 鉄びん の 湯気 を 見て いる 葉子 の 神経 に すぐ 通じた 。 葉子 は すぐ 立ち上がって 猫 の ように 足音 を 盗み ながら 急いで そっち に 行った 。 ちょうど 敷居 を 上がろう と して いた 倉地 は 暗い 中 に 葉子 の 近づく 気配 を 知って 、 いつも の とおり 、 立ち上がり ざま に 葉子 を 抱擁 しよう と した 。 しかし 葉子 は そう は させ なかった 。 そして 急いで 戸 を 締めきって から 、 電灯 の スイッチ を ひねった 。 火の気 の ない 部屋 の 中 は 急に 明るく なった けれども 身 を 刺す ように 寒かった 。 倉地 の 顔 は 酒 に 酔って いる ように 赤かった 。 ・・

「 どうした 顔色 が よく ない ぞ 」・・

倉地 は いぶかる ように 葉子 の 顔 を まじまじ と 見 やり ながら そういった 。 ・・

「 待って ください 、 今 わたし ここ に 火鉢 を 持って 来ます から 。 妹 たち が 寝 ば なだ から あす こ で は 起こす と いけません から 」・・

そう いい ながら 葉子 は 手 あぶり に 火 を ついで 持って 来た 。 そして 酒 肴 も そこ に ととのえた 。 ・・

「 色 が 悪い はず …… 今夜 は また すっかり 向 かっ腹 が 立った んです もの 。 わたし たち の 事 が 報 正 新報 に みんな 出て しまった の を 御存じ ? 」・・

「 知っと る と も 」・・

倉地 は 不思議で も ない と いう 顔 を して 目 を しば だたいた 。 ・・

「 田川 の 奥さん と いう 人 は ほんとうに ひどい 人 ね 」・・

葉子 は 歯 を かみくだく ように 鳴らし ながら いった 。 ・・

「 全く あれ は 方 図 の ない 利口 ばかだ 」・・

そう 吐き捨てる ように いい ながら 倉地 の 語る 所 に よる と 、 倉地 は 葉子 に 、 きっと その うち 掲載 さ れる 「 報 正 新報 」 の 記事 を 見 せまい ため に 引っ越して 来た 当座 わざと 新聞 は どれ も 購読 し なかった が 、 倉地 だけ の 耳 へ は ある 男 ( それ は 絵 島 丸 の 中 で 葉子 の 身 を 上 を 相談 した 時 、 甲斐 絹 の どてら を 着て 寝床 の 中 に 二 つ に 折れ 込んで いた その 男 である の が あと で 知れた 。 その 男 は 名 を 正井 と いった ) から つや の 取り次ぎ で 内 秘 に 知ら されて いた のだ そうだ 。 郵船 会社 は この 記事 が 出る 前 から 倉地 の ため に また 会社 自身 の ため に 、 極力 もみ消し を した のだ けれども 、 新聞 社 で は いっこう 応ずる 色 が なかった 。 それ から 考える と それ は 当時 新聞 社 の 慣用 手段 の ふところ 金 を むさぼろう と いう 目論見 ばかり から 来た ので ない 事 だけ は 明らかに なった 。 あんな 記事 が 現われて は もう 会社 と して も 黙って は いられ なく なって 、 大急ぎで 詮議 を した 結果 、 倉地 と 船 医 の 興 録 と が 処分 さ れる 事 に なった と いう のだ 。 ・・

「 田川 の 嬶 の いたずらに 決 まっとる 。 ばかに くやしかった と 見える て 。 …… が 、 こう なりゃ 結局 パッと なった ほうがい いわい 。 みんな 知っと る だけ 一 々 申し訳 を いわ ず と 済む 。 お前 は また まだ それ しき の 事 に くよくよ し とる ん か 。 ばかな 。 …… それ より 妹 たち は 来 とる ん か 。 寝顔 に でも お目にかかって おこう よ 。 写真 ―― 船 の 中 に あった ね ―― で 見て も かわいらしい 子 たち だった が ……」・・

二 人 は やおら その 部屋 を 出た 。 そして 十 畳 と 茶の間 と の 隔て の 襖 を そっと 明ける と 、 二 人 の 姉妹 は 向かい合って 別々の 寝床 に すやすや と 眠って いた 。 緑色 の 笠 の かかった 、 電灯 の 光 は 海 の 底 の ように 部屋 の 中 を 思わ せた 。 ・・

「 あっち は 」・・

「 愛子 」・・

「 こっち は 」・・

「 貞 世 」・・

葉子 は 心ひそかに 、 世にも 艶 や かな この 少女 二 人 を 妹 に 持つ 事 に 誇り を 感じて 暖かい 心 に なって いた 。 そして 静かに 膝 を ついて 、 切り下げ に した 貞 世 の 前髪 を そっと な で あげて 倉地 に 見せた 。 倉地 は 声 を 殺す の に 少なからず 難儀な ふうで 、・・

「 そう やる と こっち は 、 貞 世 は 、 お前 に よく 似 とる わ い 。 …… 愛子 は 、 ふむ 、 これ は また すてきな 美人 じゃ ない か 。 おれ は こんな の は 見た 事 が ない …… お前 の 二の舞い でも せ に ゃ 結構だ が ……」・・

そう いい ながら 倉地 は 愛子 の 顔 ほど も ある ような 大きな 手 を さし出して 、 そう したい 誘惑 を 退け かねる ように 、 紅 椿 の ような 紅 いそ の 口 び る に 触れて みた 。 ・・

その 瞬間 に 葉子 は ぎょっと した 。 倉地 の 手 が 愛子 の 口 び る に 触れた 時 の 様子 から 、 葉子 は 明らかに 愛子 が まだ 目ざめて いて 、 寝た ふり を して いる の を 感づいた と 思った から だ 。 葉子 は 大急ぎで 倉地 に 目 くば せ して そっと その 部屋 を 出た 。


29.2 或る 女 ある|おんな 29.2 Una mujer

それ でも その 夜 の 夕食 は 珍しく にぎやかだった 。 |||よ||ゆうしょく||めずらしく| 貞 世 が はしゃぎ きって 、 胸 いっぱい の もの を 前後 も 連絡 も なく しゃべり 立てる ので 愛子 さえ も 思わず に やり と 笑ったり 、 自分 の 事 を 容赦 なく いわ れたり する と 恥ずかし そうに 顔 を 赤らめたり した 。 さだ|よ||||むね|||||ぜんご||れんらく||||たてる||あいこ|||おもわず||||わらったり|じぶん||こと||ようしゃ||||||はずかし|そう に|かお||あからめたり| ・・

貞 世 は うれし さ に 疲れ果てて 夜 の 浅い うち に 寝床 に はいった 。 さだ|よ|||||つかれはてて|よ||あさい|||ねどこ|| 明るい 電 燈 の 下 に 葉子 と 愛子 と 向かい合う と 、 久しく あわ ないで いた 骨 肉 の 人々 の 間 に のみ 感ぜられる 淡い 心 置き を 感じた 。 あかるい|いなずま|とも||した||ようこ||あいこ||むかいあう||ひさしく||||こつ|にく||ひとびと||あいだ|||かんぜ られる|あわい|こころ|おき||かんじた 葉子 は 愛子 に だけ は 倉地 の 事 を 少し 具体 的に 知ら して おく ほう が いい と 思って 、 話 の きっかけ に 少し 言葉 を 改めた 。 ようこ||あいこ||||くらち||こと||すこし|ぐたい|てきに|しら|||||||おもって|はなし||||すこし|ことば||あらためた ・・

「 まだ あなた 方 に お 引き合わせ が して ない けれども 倉地って いう 方 ね 、 絵 島 丸 の 事務 長 の ……( 愛子 は 従順に 落ち着いて うなずいて 見せた )…… あの 方 が 今 木村 さん に 成り かわって わたし の 世話 を 見て いて くださる の よ 。 ||かた|||ひきあわせ|||||くらち って||かた||え|しま|まる||じむ|ちょう||あいこ||じゅうじゅんに|おちついて||みせた||かた||いま|きむら|||なり||||せわ||みて|||| 木村 さん から お 頼ま れ に なった もの だ から 、 迷惑 そうに も なく 、 こんな いい 家 まで 見つけて くださった の 。 きむら||||たのま|||||||めいわく|そう に|||||いえ||みつけて|| 木村 さん は 米国 で いろいろ 事業 を 企てて いらっしゃる んだ けれども 、 どうも お 仕事 が うまく 行か ないで 、 お 金 が 注ぎ込み に ばかり なって いて 、 とても こっち に は 送って くだされ ない の 、 わたし の 家 は あなた も 知って の とおり でしょう 。 きむら|||べいこく|||じぎょう||くわだてて||||||しごと|||いか|||きむ||そそぎこみ|||||||||おくって||||||いえ||||しって||| どうしても しばらく の 間 は 御 迷惑 でも 倉地 さん に 万事 を 見て いただか なければ なら ない のだ から 、 あなた も その つもり で いて ちょうだい よ 。 |||あいだ||ご|めいわく||くらち|||ばんじ||みて|||||||||||||| ちょくちょく ここ に も 来て くださる から ね 。 ||||きて||| それ に つけて 世間 で は 何 か くだらない うわさ を して いる に 違いない が 、 愛 さん の 塾 なんか で は なんにも お 聞き で は なかった かい 」・・ |||せけん|||なん||||||||ちがいない||あい|||じゅく||||||きき||||

「 い ゝ え 、 わたし たち に 面 と 向かって 何 か おっしゃる 方 は 一 人 も ありません わ 。 ||||||おもて||むかって|なん|||かた||ひと|じん||あり ませ ん| でも 」・・

と 愛子 は 例の 多 恨 らしい 美しい 目 を 上 目 に 使って 葉子 を ぬすみ 見る ように し ながら 、・・ |あいこ||れいの|おお|うら||うつくしい|め||うえ|め||つかって|ようこ|||みる|||

「 でも 何しろ あんな 新聞 が 出た もん です から 」・・ |なにしろ||しんぶん||でた|||

「 どんな 新聞 ? |しんぶん 」・・

「 あら お ねえ 様 御存じ なし な の 。 |||さま|ごぞんじ||| 報 正 新報 に 続き物 で おね え 様 と その 倉地 と いう 方 の 事 が 長く 出て いました の よ 」・・ ほう|せい|しんぽう||つづきもの||||さま|||くらち|||かた||こと||ながく|でて|い ました||

「 へ ー え 」・・ |-|

葉子 は 自分 の 無知に あきれる ような 声 を 出して しまった 。 ようこ||じぶん||むちに|||こえ||だして| それ は 実際 思い も かけ ぬ と いう より は 、 あり そうな 事 で は ある が 今 の 今 まで 知ら ず に いた 、 それ に 葉子 は あきれた のだった 。 ||じっさい|おもい|||||||||そう な|こと|||||いま||いま||しら||||||ようこ||| しかし それ は 愛子 の 目 に 自分 を 非常に 無 辜 らしく 見せた だけ の 利益 は あった 。 |||あいこ||め||じぶん||ひじょうに|む|こ||みせた|||りえき|| さすが の 愛子 も 驚いた らしい 目 を して 姉 の 驚いた 顔 を 見 やった 。 ||あいこ||おどろいた||め|||あね||おどろいた|かお||み| ・・

「 いつ ? 」・・

「 今月 の 始め ごろ でした か しら ん 。 こんげつ||はじめ||||| だ もん です から 皆さん 方 の 間 で はたいへんな 評判 らしい んです の 。 ||||みなさん|かた||あいだ||は たいへんな|ひょうばん||| That's why it seems to have a great reputation among you all. 今度 も 塾 を 出て 来年 から 姉 の 所 から 通います と 田島 先生 に 申し上げたら 、 先生 も 家 の 親類 たち に 手紙 や なんか で だいぶ お 聞き 合わせ に なった ようです の よ 。 こんど||じゅく||でて|らいねん||あね||しょ||かよい ます||たしま|せんせい||もうしあげたら|せんせい||いえ||しんるい|||てがみ||||||きき|あわせ||||| When I told Mr. Tajima that I would be leaving the cram school and going to my sister's place from next year, Mr. Tajima seemed to have gotten in touch with his relatives through letters and so on. そして きょう わたし たち を 自分 の お 部屋 に お呼び に なって 『 わたし は お前 さん 方 を 塾 から 出した く は ない けれども 、 塾 に 居 続ける 気 は ない か 』 と おっしゃる の よ 。 |||||じぶん|||へや||および|||||おまえ||かた||じゅく||だした|||||じゅく||い|つづける|き||||||| でも わたし たち は なんだか 塾 に いる の が 肩身 が …… どうしても いやに なった もん です から 、 無理に お 願い して 帰って 来て しまいました の 」・・ |||||じゅく|||||かたみ||||||||むりに||ねがい||かえって|きて|しまい ました|

愛子 は ふだん の 無口に 似 ず こういう 事 を 話す 時 に は ちゃんと 筋 目 が 立って いた 。 あいこ||||むくちに|に|||こと||はなす|じ||||すじ|め||たって| 葉子 に は 愛子 の 沈んだ ような 態度 が すっかり 読めた 。 ようこ|||あいこ||しずんだ||たいど|||よめた 葉子 の 憤怒 は 見る見る その 血相 を 変え させた 。 ようこ||ふんぬ||みるみる||けっそう||かえ|さ せた 田川 夫人 と いう 人 は どこ まで 自分 に 対して 執念 を 寄せよう と する のだろう 。 たがわ|ふじん|||じん||||じぶん||たいして|しゅうねん||よせよう||| それにしても 夫人 の 友だち に は 五十川 と いう 人 も ある はずだ 。 |ふじん||ともだち|||いそがわ|||じん||| もし 五十川 の おばさん が ほんとうに 自分 の 改悛 を 望んで いて くれる なら 、 その 記事 の 中止 なり 訂正 なり を 、 夫 田川 の 手 を 経て させる 事 は できる はずな のだ 。 |いそがわ|||||じぶん||かいしゅん||のぞんで|||||きじ||ちゅうし||ていせい|||おっと|たがわ||て||へて|さ せる|こと|||| 田島 さん も なんとか して くれよう が あり そうな もの だ 。 たしま||||||||そう な|| そんな 事 を 妹 たち に いう くらい なら なぜ 自分 に 一言 忠告 でも して は くれ ない のだ ( ここ で 葉子 は 帰朝 以来 妹 たち を 預かって もらった 礼 を し に 行って い なかった 自分 を 顧みた 。 |こと||いもうと|||||||じぶん||いちげん|ちゅうこく|||||||||ようこ||きちょう|いらい|いもうと|||あずかって||れい||||おこなって|||じぶん||かえりみた If she would say such a thing to her sisters, why wouldn't she give her a word of advice? . しかし 事情 が それ を 許さ ない のだろう ぐらい は 察して くれて も よ さ そうな もの だ と 思った ) それほど 自分 は もう 世間 から 見くびら れ 除け者 に されて いる のだ 。 |じじょう||||ゆるさ|||||さっして|||||そう な||||おもった||じぶん|||せけん||みくびら||のけもの||さ れて|| However, I thought it would be all right to guess that my circumstances would not allow it. 葉子 は 何 か たたきつける もの で も あれば 、 そして 世間 と いう もの が 何 か 形 を 備えた もの であれば 、 力 の 限り 得 物 を たたきつけて やり たかった 。 ようこ||なん||||||||せけん|||||なん||かた||そなえた|||ちから||かぎり|とく|ぶつ|||| 葉子 は 小刻みに 震え ながら 、 言葉 だけ は しとやかに 、・・ ようこ||こきざみに|ふるえ||ことば|||

「 古藤 さん は 」・・ ことう||

「 たまに お たより を くださ います 」・・ |||||い ます

「 あなた 方 も 上げる の 」・・ |かた||あげる|

「 え ゝ たまに 」・・

「 新聞 の 事 を 何 か いって 来た かい 」・・ しんぶん||こと||なん|||きた|

「 なんにも 」・・

「 ここ の 番地 は 知らせて 上げて 」・・ ||ばんち||しらせて|あげて

「 い ゝ え 」・・

「 なぜ 」・・

「 おね え 様 の 御 迷惑に なり は し ない か と 思って 」・・ ||さま||ご|めいわくに|||||||おもって

この 小 娘 は もう みんな 知っている 、 と 葉子 は 一種 の おそれ と 警戒 と を もって 考えた 。 |しょう|むすめ||||しっている||ようこ||いっしゅ||||けいかい||||かんがえた Everyone already knew this little girl, Yoko thought with a kind of fear and caution. 何事 も 心得 ながら 白々しく 無邪気 を 装って いる らしい この 妹 が 敵 の 間 諜 の ように も 思えた 。 なにごと||こころえ||しらじらしく|むじゃき||よそおって||||いもうと||てき||あいだ|ちょう||||おもえた ・・

「 今夜 は もう お 休み 。 こんや||||やすみ 疲れた でしょう 」・・ つかれた|

葉子 は 冷 然 と して 、 灯 の 下 に うつむいて きちんと すわって いる 妹 を 尻目 に かけた 。 ようこ||ひや|ぜん|||とう||した||||||いもうと||しりめ|| 愛子 は しとやかに 頭 を 下げて 従順に 座 を 立って 行った 。 あいこ|||あたま||さげて|じゅうじゅんに|ざ||たって|おこなった ・・

その 夜 十一 時 ごろ 倉地 が 下宿 の ほう から 通って 来た 。 |よ|じゅういち|じ||くらち||げしゅく||||かよって|きた 裏庭 を ぐるっと 回って 、 毎夜 戸じまり を せ ず に おく 張り出し の 六 畳 の 間 から 上がって 来る 音 が 、 じれ ながら 鉄びん の 湯気 を 見て いる 葉子 の 神経 に すぐ 通じた 。 うらにわ|||まわって|まいよ|とじまり||||||はりだし||むっ|たたみ||あいだ||あがって|くる|おと||||てつびん||ゆげ||みて||ようこ||しんけい|||つうじた 葉子 は すぐ 立ち上がって 猫 の ように 足音 を 盗み ながら 急いで そっち に 行った 。 ようこ|||たちあがって|ねこ|||あしおと||ぬすみ||いそいで|||おこなった ちょうど 敷居 を 上がろう と して いた 倉地 は 暗い 中 に 葉子 の 近づく 気配 を 知って 、 いつも の とおり 、 立ち上がり ざま に 葉子 を 抱擁 しよう と した 。 |しきい||あがろう||||くらち||くらい|なか||ようこ||ちかづく|けはい||しって||||たちあがり|||ようこ||ほうよう||| しかし 葉子 は そう は させ なかった 。 |ようこ||||さ せ| そして 急いで 戸 を 締めきって から 、 電灯 の スイッチ を ひねった 。 |いそいで|と||しめきって||でんとう||すいっち|| 火の気 の ない 部屋 の 中 は 急に 明るく なった けれども 身 を 刺す ように 寒かった 。 ひのけ|||へや||なか||きゅうに|あかるく|||み||さす||さむかった 倉地 の 顔 は 酒 に 酔って いる ように 赤かった 。 くらち||かお||さけ||よって|||あかかった ・・

「 どうした 顔色 が よく ない ぞ 」・・ |かおいろ||||

倉地 は いぶかる ように 葉子 の 顔 を まじまじ と 見 やり ながら そういった 。 くらち||||ようこ||かお||||み||| ・・

「 待って ください 、 今 わたし ここ に 火鉢 を 持って 来ます から 。 まって||いま||||ひばち||もって|き ます| 妹 たち が 寝 ば なだ から あす こ で は 起こす と いけません から 」・・ いもうと|||ね||||||||おこす||いけ ませ ん|

そう いい ながら 葉子 は 手 あぶり に 火 を ついで 持って 来た 。 |||ようこ||て|||ひ|||もって|きた そして 酒 肴 も そこ に ととのえた 。 |さけ|さかな|||| ・・

「 色 が 悪い はず …… 今夜 は また すっかり 向 かっ腹 が 立った んです もの 。 いろ||わるい||こんや||||むかい|かっぷく||たった|| わたし たち の 事 が 報 正 新報 に みんな 出て しまった の を 御存じ ? |||こと||ほう|せい|しんぽう|||でて||||ごぞんじ 」・・

「 知っと る と も 」・・ ち っと|||

倉地 は 不思議で も ない と いう 顔 を して 目 を しば だたいた 。 くらち||ふしぎで|||||かお|||め|||だ たいた ・・

「 田川 の 奥さん と いう 人 は ほんとうに ひどい 人 ね 」・・ たがわ||おくさん|||じん||||じん|

葉子 は 歯 を かみくだく ように 鳴らし ながら いった 。 ようこ||は||||ならし|| ・・

「 全く あれ は 方 図 の ない 利口 ばかだ 」・・ まったく|||かた|ず|||りこう|

そう 吐き捨てる ように いい ながら 倉地 の 語る 所 に よる と 、 倉地 は 葉子 に 、 きっと その うち 掲載 さ れる 「 報 正 新報 」 の 記事 を 見 せまい ため に 引っ越して 来た 当座 わざと 新聞 は どれ も 購読 し なかった が 、 倉地 だけ の 耳 へ は ある 男 ( それ は 絵 島 丸 の 中 で 葉子 の 身 を 上 を 相談 した 時 、 甲斐 絹 の どてら を 着て 寝床 の 中 に 二 つ に 折れ 込んで いた その 男 である の が あと で 知れた 。 |はきすてる||||くらち||かたる|しょ||||くらち||ようこ|||||けいさい|||ほう|せい|しんぽう||きじ||み||||ひっこして|きた|とうざ||しんぶん||||こうどく||||くらち|||みみ||||おとこ|||え|しま|まる||なか||ようこ||み||うえ||そうだん||じ|かい|きぬ||||きて|ねどこ||なか||ふた|||おれ|こんで|||おとこ||||||しれた その 男 は 名 を 正井 と いった ) から つや の 取り次ぎ で 内 秘 に 知ら されて いた のだ そうだ 。 |おとこ||な||まさい||||||とりつぎ||うち|ひ||しら|さ れて|||そう だ 郵船 会社 は この 記事 が 出る 前 から 倉地 の ため に また 会社 自身 の ため に 、 極力 もみ消し を した のだ けれども 、 新聞 社 で は いっこう 応ずる 色 が なかった 。 ゆうせん|かいしゃ|||きじ||でる|ぜん||くらち|||||かいしゃ|じしん||||きょくりょく|もみけし|||||しんぶん|しゃ||||おうずる|いろ|| それ から 考える と それ は 当時 新聞 社 の 慣用 手段 の ふところ 金 を むさぼろう と いう 目論見 ばかり から 来た ので ない 事 だけ は 明らかに なった 。 ||かんがえる||||とうじ|しんぶん|しゃ||かんよう|しゅだん|||きむ|||||もくろみ|||きた|||こと|||あきらかに| あんな 記事 が 現われて は もう 会社 と して も 黙って は いられ なく なって 、 大急ぎで 詮議 を した 結果 、 倉地 と 船 医 の 興 録 と が 処分 さ れる 事 に なった と いう のだ 。 |きじ||あらわれて|||かいしゃ||||だまって||いら れ|||おおいそぎで|せんぎ|||けっか|くらち||せん|い||きょう|ろく|||しょぶん|||こと||||| ・・

「 田川 の 嬶 の いたずらに 決 まっとる 。 たがわ||かかあ|||けっ|まっ とる ばかに くやしかった と 見える て 。 |||みえる| …… が 、 こう なりゃ 結局 パッと なった ほうがい いわい 。 |||けっきょく|ぱっと||| みんな 知っと る だけ 一 々 申し訳 を いわ ず と 済む 。 |ち っと|||ひと||もうしわけ|||||すむ お前 は また まだ それ しき の 事 に くよくよ し とる ん か 。 おまえ|||||||こと|||||| ばかな 。 …… それ より 妹 たち は 来 とる ん か 。 ||いもうと|||らい||| 寝顔 に でも お目にかかって おこう よ 。 ねがお|||おめにかかって|| 写真 ―― 船 の 中 に あった ね ―― で 見て も かわいらしい 子 たち だった が ……」・・ しゃしん|せん||なか|||||みて|||こ|||

二 人 は やおら その 部屋 を 出た 。 ふた|じん||||へや||でた そして 十 畳 と 茶の間 と の 隔て の 襖 を そっと 明ける と 、 二 人 の 姉妹 は 向かい合って 別々の 寝床 に すやすや と 眠って いた 。 |じゅう|たたみ||ちゃのま|||へだて||ふすま|||あける||ふた|じん||しまい||むかいあって|べつべつの|ねどこ||||ねむって| 緑色 の 笠 の かかった 、 電灯 の 光 は 海 の 底 の ように 部屋 の 中 を 思わ せた 。 みどりいろ||かさ|||でんとう||ひかり||うみ||そこ|||へや||なか||おもわ| ・・

「 あっち は 」・・ あっ ち|

「 愛子 」・・ あいこ

「 こっち は 」・・

「 貞 世 」・・ さだ|よ

葉子 は 心ひそかに 、 世にも 艶 や かな この 少女 二 人 を 妹 に 持つ 事 に 誇り を 感じて 暖かい 心 に なって いた 。 ようこ||こころひそかに|よにも|つや||||しょうじょ|ふた|じん||いもうと||もつ|こと||ほこり||かんじて|あたたかい|こころ||| そして 静かに 膝 を ついて 、 切り下げ に した 貞 世 の 前髪 を そっと な で あげて 倉地 に 見せた 。 |しずかに|ひざ|||きりさげ|||さだ|よ||まえがみ||||||くらち||みせた 倉地 は 声 を 殺す の に 少なからず 難儀な ふうで 、・・ くらち||こえ||ころす|||すくなからず|なんぎな|

「 そう やる と こっち は 、 貞 世 は 、 お前 に よく 似 とる わ い 。 |||||さだ|よ||おまえ|||に||| …… 愛子 は 、 ふむ 、 これ は また すてきな 美人 じゃ ない か 。 あいこ|||||||びじん||| おれ は こんな の は 見た 事 が ない …… お前 の 二の舞い でも せ に ゃ 結構だ が ……」・・ |||||みた|こと|||おまえ||にのまい|||||けっこうだ|

そう いい ながら 倉地 は 愛子 の 顔 ほど も ある ような 大きな 手 を さし出して 、 そう したい 誘惑 を 退け かねる ように 、 紅 椿 の ような 紅 いそ の 口 び る に 触れて みた 。 |||くらち||あいこ||かお|||||おおきな|て||さしだして||し たい|ゆうわく||しりぞけ|||くれない|つばき|||くれない|||くち||||ふれて| ・・

その 瞬間 に 葉子 は ぎょっと した 。 |しゅんかん||ようこ||| 倉地 の 手 が 愛子 の 口 び る に 触れた 時 の 様子 から 、 葉子 は 明らかに 愛子 が まだ 目ざめて いて 、 寝た ふり を して いる の を 感づいた と 思った から だ 。 くらち||て||あいこ||くち||||ふれた|じ||ようす||ようこ||あきらかに|あいこ|||めざめて||ねた|||||||かんづいた||おもった|| 葉子 は 大急ぎで 倉地 に 目 くば せ して そっと その 部屋 を 出た 。 ようこ||おおいそぎで|くらち||め||||||へや||でた