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或る女 - 有島武郎(アクセス), 28.1 或る女

28.1 或る 女

こんな 夢 の ような 楽し さ が たわ い も なく 一 週間 ほど は なんの 故障 も ひき起こさ ず に 続いた 。 歓楽 に 耽溺 し やすい 、 従って いつでも 現在 を いちばん 楽しく 過ごす の を 生まれながら 本能 と して いる 葉子 は 、 こんな 有頂天な 境界 から 一 歩 でも 踏み出す 事 を 極端に 憎んだ 。 葉子 が 帰って から 一 度 しか 会う 事 の でき ない 妹 たち が 、 休日 に かけて しきりに 遊び に 来たい と 訴え 来る の を 、 病気 だ と か 、 家 の 中 が 片づか ない と か 、 口実 を 設けて 拒んで しまった 。 木村 から も 古藤 の 所 か 五十川 女史 の 所 か に あてて たより が 来て いる に は 相違 ない と 思った けれども 、 五十川 女史 は もとより 古藤 の 所 に さえ 住所 が 知ら して ない ので 、 それ を 回送 して よこす 事 も でき ない の を 葉子 は 知っていた 。 定子 ―― この 名 は 時々 葉子 の 心 を 未練がましく さ せ ない で は なかった 。 しかし 葉子 は いつでも 思い 捨てる ように その 名 を 心 の 中 から 振り落とそう と 努めた 。 倉地 の 妻 の 事 は 何 か の 拍子 に つけて 心 を 打った 。 この 瞬間 だけ は 葉子 の 胸 は 呼吸 も でき ない くらい 引き締められた 。 それ でも 葉子 は 現在 目前 の 歓楽 を そんな 心痛 で 破ら せまい と した 。 そして その ため に は 倉地 に あらん限り の 媚 び と 親切 と を ささげて 、 倉地 から 同じ 程度 の 愛 撫 を むさぼろう と した 。 そう する 事 が 自然に この 難題 に 解決 を つける 導火線 に も なる と 思った 。 ・・

倉地 も 葉子 に 譲ら ない ほど の 執着 を もって 葉子 が ささげる 杯 から 歓楽 を 飲み 飽きよう と する らしかった 。 不休 の 活動 を 命 と して いる ような 倉地 で は あった けれども 、 この 家 に 移って 来て から 、 家 を 明ける ような 事 は 一 度 も なかった 。 それ は 倉地 自身 が 告白 する ように 破天荒な 事 だった らしい 。 二 人 は 、 初めて 恋 を 知った 少年 少女 が 世間 も 義理 も 忘れ 果てて 、 生命 さえ 忘れ 果てて 肉体 を 破って まで も 魂 を 一 つ に 溶かしたい と あせる 、 それ と 同じ 熱情 を ささげ 合って 互い 互い を 楽しんだ 。 楽しんだ と いう より も 苦しんだ 。 その 苦し み を 楽しんだ 。 倉地 は この 家 に 移って 以来 新聞 も 配達 さ せ なかった 。 郵便 だけ は 移転 通知 を して 置いた ので 倉地 の 手 もと に 届いた けれども 、 倉地 は その 表書き さえ 目 を 通そう と は し なかった 。 毎日 の 郵便 は つや の 手 に よって 束 に されて 、 葉子 が 自分 の 部屋 に 定めた 玄関 わき の 六 畳 の 違い棚 に むなしく 積み重ねられた 。 葉子 の 手 もと に は 妹 たち から の ほか に は 一 枚 の はがき さえ 来 なかった 。 それほど 世間 から 自分 たち を 切り 放して いる の を 二 人 と も 苦痛 と は 思わ なかった 。 苦痛 どころ で は ない 、 それ が 幸いであり 誇り であった 。 門 に は 「 木村 」 と だけ 書いた 小さい 門 札 が 出して あった 。 木村 と いう 平凡な 姓 は 二 人 の 楽しい 巣 を 世間 に あばく ような 事 は ない と 倉地 が いい出した のだった 。 ・・

しかし こんな 生活 を 倉地 に 長い 間 要求 する の は 無理だ と いう こと を 葉子 は ついに 感づか ねば なら なかった 。 ある 夕食 の 後 倉地 は 二 階 の 一 間 で 葉子 を 力強く 膝 の 上 に 抱き 取って 、 甘い 私 語 を 取りかわして いた 時 、 葉子 が 情 に 激し て 倉地 に 与えた 熱い 接吻 の 後 に すぐ 、 倉地 が 思わず 出た あくび を じっと かみ殺した の を いち早く 見て取る と 、 葉子 は この 種 の 歓楽 が すでに 峠 を 越した 事 を 知った 。 その 夜 は 葉子 に は 不幸な 一夜 だった 。 かろうじて 築き上げた 永遠の 城 塞が 、 はかなく も 瞬時 の 蜃気楼 の ように 見る見る くずれて 行く の を 感じて 、 倉地 の 胸 に 抱か れ ながら ほとんど 一夜 を 眠ら ず に 通して しまった 。 ・・

それ でも 翌日 に なる と 葉子 は 快活に なって いた 。 ことさら 快活に 振る舞おう と して いた に は 違いない けれども 、 葉子 の 倉地 に 対する 溺愛 は 葉子 を して ほとんど 自然に 近い 容易 さ を もって それ を さ せる に 充分だった 。 ・・

「 きょう は わたし の 部屋 で おもしろい 事 して 遊びましょう 。 いらっしゃい な 」・・

そう いって 少女 が 少女 を 誘う ように 牡牛 の ように 大きな 倉地 を 誘った 。 倉地 は 煙った い 顔 を し ながら 、 それ でも その あと から ついて 来た 。 ・・

部屋 は さすが に 葉子 の もの である だけ 、 どことなく 女性 的な 軟らか 味 を 持って いた 。 東 向き の 腰 高 窓 に は 、 もう 冬 と いって いい 十一 月 末 の 日 が 熱 の ない 強い 光 を 射 つけて 、 アメリカ から 買って 帰った 上等の 香水 を ふり かけた 匂い 玉 から かすか ながら きわめて 上品な 芳 芬 を 静かに 部屋 の 中 に まき散らして いた 。 葉子 は その 匂い 玉 の 下がって いる 壁 ぎ わ の 柱 の 下 に 、 自分 に あてがわ れた きらびやかな 縮緬 の 座ぶとん を 移して 、 それ に 倉地 を すわら せて おいて 、 違い棚 から 郵便 の 束 を いく つ と なく 取り おろして 来た 。 ・・

「 さ あけ さ は 岩戸 の すき から 世の中 を のぞいて 見る の よ 。 それ も おもしろい でしょう 」・・

と いい ながら 倉地 に 寄り添った 。 倉地 は 幾 十 通 と ある 郵便 物 を 見た ばかりで いいかげん げん なり した 様子 だった が 、 だんだん と 興味 を 催して 来た らしく 、 日 の 順に 一 つ の 束 から ほどき 始めた 。 ・・

いかに つまらない 事務 用 の 通信 でも 、 交通 遮断 の 孤島 か 、 障壁 で 高く 囲ま れた 美しい 牢獄 に 閉じこもって いた ような 二 人 に 取って は 予想 以上 の 気 散 じ だった 。 倉地 も 葉子 も あり ふれた 文句 に まで 思い 存分の 批評 を 加えた 。 こういう 時 の 葉子 は その ほとばしる ような 暖かい 才気 の ため に 世に すぐれて おもしろ 味 の 多い 女 に なった 。 口 を ついて 出る 言葉 言葉 が どれ も これ も 絢爛 な 色彩 に 包まれて いた 。 二 日 目 の 所 に は 岡 から 来た 手紙 が 現われ 出た 。 船 の 中 で の 礼 を 述べて 、 とうとう 葉子 と 同じ 船 で 帰って 来て しまった ため に 、 家元 で は 相変わらず の 薄 志 弱 行 と 人 毎 に 思わ れる の が 彼 を 深く 責める 事 や 、 葉子 に 手紙 を 出したい と 思って あらゆる 手がかり を 尋ねた けれども 、 どうしても わから ない ので 会社 で 聞き 合わせて 事務 長 の 住所 を 知り 得た から この 手紙 を 出す と いう 事 や 、 自分 は ただただ 葉子 を 姉 と 思って 尊敬 も し 慕い も して いる のだ から 、 せめて その 心 を 通わ す だけ の 自由 が 与えて もらいたい と いう 事 だの が 、 思い 入った 調子 で 、 下手な 字体 で 書いて あった 。 葉子 は 忘却 の 廃 址 の 中 から 、 生 々 と した 少年 の 大理石 像 を 掘りあてた 人 の ように おもしろがった 。 ・・

「 わたし が 愛子 の 年ごろ だったら この 人 と 心中 ぐらい して いる かも しれません ね 。 あんな 心 を 持った 人 でも 少し 齢 を 取る と 男 は あなた みたいに なっち まう の ね 」・・

「 あなた と は なんだ 」・・

「 あなた みたいな 悪党 に 」・・

「 それ は お 門 が 違う だろう 」・・

「 違いません と も …… 御 同様に と いう ほう が いい わ 。 私 は 心 だけ あなた に 来て 、 からだ は あの 人 に やる と ほんと は よかった んだ が ……」・・

「 ばか ! おれ は 心な ん ぞ に 用 は な いわい 」・・

「 じゃ 心 の ほう を あの 人 に やろう か しら ん 」・・

「 そうして くれ 。 お前 に は いく つ も 心 が ある はずだ から 、 ありったけ くれて しまえ 」・・

「 でも かわいそうだ から いちばん 小さ そうな の を 一 つ だけ あなた の 分 に 残して 置きましょう よ 」・・

そう いって 二 人 は 笑った 。 倉地 は 返事 を 出す ほう に 岡 の その 手紙 を 仕分けた 。 葉子 は それ を 見て 軽い 好奇心 が わく の を 覚えた 。


28.1 或る 女 ある|おんな 28.1 Una mujer

こんな 夢 の ような 楽し さ が たわ い も なく 一 週間 ほど は なんの 故障 も ひき起こさ ず に 続いた 。 |ゆめ|||たのし|||||||ひと|しゅうかん||||こしょう||ひきおこさ|||つづいた 歓楽 に 耽溺 し やすい 、 従って いつでも 現在 を いちばん 楽しく 過ごす の を 生まれながら 本能 と して いる 葉子 は 、 こんな 有頂天な 境界 から 一 歩 でも 踏み出す 事 を 極端に 憎んだ 。 かんらく||たんでき|||したがって||げんざい|||たのしく|すごす|||うまれながら|ほんのう||||ようこ|||うちょうてんな|きょうかい||ひと|ふ||ふみだす|こと||きょくたんに|にくんだ 葉子 が 帰って から 一 度 しか 会う 事 の でき ない 妹 たち が 、 休日 に かけて しきりに 遊び に 来たい と 訴え 来る の を 、 病気 だ と か 、 家 の 中 が 片づか ない と か 、 口実 を 設けて 拒んで しまった 。 ようこ||かえって||ひと|たび||あう|こと||||いもうと|||きゅうじつ||||あそび||こ たい||うったえ|くる|||びょうき||||いえ||なか||かたづか||||こうじつ||もうけて|こばんで| After Yoko returned home, her younger sisters, whom she could only see once, kept asking her to come over for the holidays. I refused. 木村 から も 古藤 の 所 か 五十川 女史 の 所 か に あてて たより が 来て いる に は 相違 ない と 思った けれども 、 五十川 女史 は もとより 古藤 の 所 に さえ 住所 が 知ら して ない ので 、 それ を 回送 して よこす 事 も でき ない の を 葉子 は 知っていた 。 きむら|||ことう||しょ||いそがわ|じょし||しょ||||||きて||||そうい|||おもった||いそがわ|じょし|||ことう||しょ|||じゅうしょ||しら||||||かいそう|||こと||||||ようこ||しっていた I thought that there was no doubt that the letter addressed to either Furuto or Ms. Isogawa was coming from Kimura, but since Ms. Isogawa and even Ms. Furuto did not have an address, I forwarded it. Yoko knew that she couldn't even send them to him. 定子 ―― この 名 は 時々 葉子 の 心 を 未練がましく さ せ ない で は なかった 。 さだこ||な||ときどき|ようこ||こころ||みれんがましく|||||| Teiko—a name that sometimes made Yoko's heart linger. しかし 葉子 は いつでも 思い 捨てる ように その 名 を 心 の 中 から 振り落とそう と 努めた 。 |ようこ|||おもい|すてる|||な||こころ||なか||ふりおとそう||つとめた 倉地 の 妻 の 事 は 何 か の 拍子 に つけて 心 を 打った 。 くらち||つま||こと||なん|||ひょうし|||こころ||うった この 瞬間 だけ は 葉子 の 胸 は 呼吸 も でき ない くらい 引き締められた 。 |しゅんかん|||ようこ||むね||こきゅう|||||ひきしめ られた それ でも 葉子 は 現在 目前 の 歓楽 を そんな 心痛 で 破ら せまい と した 。 ||ようこ||げんざい|もくぜん||かんらく|||しんつう||やぶら||| Still, Yoko tried not to let such heartache ruin the pleasure that was right before her eyes. そして その ため に は 倉地 に あらん限り の 媚 び と 親切 と を ささげて 、 倉地 から 同じ 程度 の 愛 撫 を むさぼろう と した 。 |||||くらち||あらんかぎり||び|||しんせつ||||くらち||おなじ|ていど||あい|ぶ|||| そう する 事 が 自然に この 難題 に 解決 を つける 導火線 に も なる と 思った 。 ||こと||しぜんに||なんだい||かいけつ|||どうかせん|||||おもった ・・

倉地 も 葉子 に 譲ら ない ほど の 執着 を もって 葉子 が ささげる 杯 から 歓楽 を 飲み 飽きよう と する らしかった 。 くらち||ようこ||ゆずら||||しゅうちゃく|||ようこ|||さかずき||かんらく||のみ|あきよう||| It seemed that Kurachi, with an unyielding obsession with Yoko, was about to drink the pleasures out of the cup Yoko offered him. 不休 の 活動 を 命 と して いる ような 倉地 で は あった けれども 、 この 家 に 移って 来て から 、 家 を 明ける ような 事 は 一 度 も なかった 。 ふきゅう||かつどう||いのち|||||くらち||||||いえ||うつって|きて||いえ||あける||こと||ひと|たび|| それ は 倉地 自身 が 告白 する ように 破天荒な 事 だった らしい 。 ||くらち|じしん||こくはく|||はてんこうな|こと|| 二 人 は 、 初めて 恋 を 知った 少年 少女 が 世間 も 義理 も 忘れ 果てて 、 生命 さえ 忘れ 果てて 肉体 を 破って まで も 魂 を 一 つ に 溶かしたい と あせる 、 それ と 同じ 熱情 を ささげ 合って 互い 互い を 楽しんだ 。 ふた|じん||はじめて|こい||しった|しょうねん|しょうじょ||せけん||ぎり||わすれ|はてて|せいめい||わすれ|はてて|にくたい||やぶって|||たましい||ひと|||とかし たい|||||おなじ|ねつじょう|||あって|たがい|たがい||たのしんだ 楽しんだ と いう より も 苦しんだ 。 たのしんだ|||||くるしんだ その 苦し み を 楽しんだ 。 |にがし|||たのしんだ 倉地 は この 家 に 移って 以来 新聞 も 配達 さ せ なかった 。 くらち|||いえ||うつって|いらい|しんぶん||はいたつ||| 郵便 だけ は 移転 通知 を して 置いた ので 倉地 の 手 もと に 届いた けれども 、 倉地 は その 表書き さえ 目 を 通そう と は し なかった 。 ゆうびん|||いてん|つうち|||おいた||くらち||て|||とどいた||くらち|||おもてがき||め||とおそう|||| 毎日 の 郵便 は つや の 手 に よって 束 に されて 、 葉子 が 自分 の 部屋 に 定めた 玄関 わき の 六 畳 の 違い棚 に むなしく 積み重ねられた 。 まいにち||ゆうびん||||て|||たば||さ れて|ようこ||じぶん||へや||さだめた|げんかん|||むっ|たたみ||ちがいだな|||つみかさね られた 葉子 の 手 もと に は 妹 たち から の ほか に は 一 枚 の はがき さえ 来 なかった 。 ようこ||て||||いもうと|||||||ひと|まい||||らい| それほど 世間 から 自分 たち を 切り 放して いる の を 二 人 と も 苦痛 と は 思わ なかった 。 |せけん||じぶん|||きり|はなして||||ふた|じん|||くつう|||おもわ| 苦痛 どころ で は ない 、 それ が 幸いであり 誇り であった 。 くつう|||||||さいわいであり|ほこり| 門 に は 「 木村 」 と だけ 書いた 小さい 門 札 が 出して あった 。 もん|||きむら|||かいた|ちいさい|もん|さつ||だして| 木村 と いう 平凡な 姓 は 二 人 の 楽しい 巣 を 世間 に あばく ような 事 は ない と 倉地 が いい出した のだった 。 きむら|||へいぼんな|せい||ふた|じん||たのしい|す||せけん||||こと||||くらち||いいだした| ・・

しかし こんな 生活 を 倉地 に 長い 間 要求 する の は 無理だ と いう こと を 葉子 は ついに 感づか ねば なら なかった 。 ||せいかつ||くらち||ながい|あいだ|ようきゅう||||むりだ|||||ようこ|||かんづか||| ある 夕食 の 後 倉地 は 二 階 の 一 間 で 葉子 を 力強く 膝 の 上 に 抱き 取って 、 甘い 私 語 を 取りかわして いた 時 、 葉子 が 情 に 激し て 倉地 に 与えた 熱い 接吻 の 後 に すぐ 、 倉地 が 思わず 出た あくび を じっと かみ殺した の を いち早く 見て取る と 、 葉子 は この 種 の 歓楽 が すでに 峠 を 越した 事 を 知った 。 |ゆうしょく||あと|くらち||ふた|かい||ひと|あいだ||ようこ||ちからづよく|ひざ||うえ||いだき|とって|あまい|わたくし|ご||とりかわして||じ|ようこ||じょう||はげし||くらち||あたえた|あつい|せっぷん||あと|||くらち||おもわず|でた||||かみころした|||いちはやく|みてとる||ようこ|||しゅ||かんらく|||とうげ||こした|こと||しった After one dinner, Kurachi held Yoko firmly on his knees in the second floor room and exchanged sweet chats. Seeing Kurachi's unintentional yawn quietly, Yoko knew that this kind of pleasure had already passed the hill. その 夜 は 葉子 に は 不幸な 一夜 だった 。 |よ||ようこ|||ふこうな|いちや| かろうじて 築き上げた 永遠の 城 塞が 、 はかなく も 瞬時 の 蜃気楼 の ように 見る見る くずれて 行く の を 感じて 、 倉地 の 胸 に 抱か れ ながら ほとんど 一夜 を 眠ら ず に 通して しまった 。 |きずきあげた|えいえんの|しろ|ふさが|||しゅんじ||しんきろう|||みるみる||いく|||かんじて|くらち||むね||いだか||||いちや||ねむら|||とおして| I felt that the eternal fortress I had barely built was crumbling like a momentary mirage, and I spent almost the night without sleep while being held by Kurachi's chest. ・・

それ でも 翌日 に なる と 葉子 は 快活に なって いた 。 ||よくじつ||||ようこ||かいかつに|| ことさら 快活に 振る舞おう と して いた に は 違いない けれども 、 葉子 の 倉地 に 対する 溺愛 は 葉子 を して ほとんど 自然に 近い 容易 さ を もって それ を さ せる に 充分だった 。 |かいかつに|ふるまおう||||||ちがいない||ようこ||くらち||たいする|できあい||ようこ||||しぜんに|ちかい|ようい|||||||||じゅうぶんだった ・・

「 きょう は わたし の 部屋 で おもしろい 事 して 遊びましょう 。 ||||へや|||こと||あそび ましょう いらっしゃい な 」・・

そう いって 少女 が 少女 を 誘う ように 牡牛 の ように 大きな 倉地 を 誘った 。 ||しょうじょ||しょうじょ||さそう||おうし|||おおきな|くらち||さそった 倉地 は 煙った い 顔 を し ながら 、 それ でも その あと から ついて 来た 。 くらち||けむった||かお||||||||||きた ・・

部屋 は さすが に 葉子 の もの である だけ 、 どことなく 女性 的な 軟らか 味 を 持って いた 。 へや||||ようこ||||||じょせい|てきな|やわらか|あじ||もって| 東 向き の 腰 高 窓 に は 、 もう 冬 と いって いい 十一 月 末 の 日 が 熱 の ない 強い 光 を 射 つけて 、 アメリカ から 買って 帰った 上等の 香水 を ふり かけた 匂い 玉 から かすか ながら きわめて 上品な 芳 芬 を 静かに 部屋 の 中 に まき散らして いた 。 ひがし|むき||こし|たか|まど||||ふゆ||||じゅういち|つき|すえ||ひ||ねつ|||つよい|ひかり||い||あめりか||かって|かえった|じょうとうの|こうすい||||におい|たま|||||じょうひんな|かおり|ふん||しずかに|へや||なか||まきちらして| 葉子 は その 匂い 玉 の 下がって いる 壁 ぎ わ の 柱 の 下 に 、 自分 に あてがわ れた きらびやかな 縮緬 の 座ぶとん を 移して 、 それ に 倉地 を すわら せて おいて 、 違い棚 から 郵便 の 束 を いく つ と なく 取り おろして 来た 。 ようこ|||におい|たま||さがって||かべ||||ちゅう||した||じぶん|||||ちりめん||ざぶとん||うつして|||くらち|||||ちがいだな||ゆうびん||たば||||||とり||きた ・・

「 さ あけ さ は 岩戸 の すき から 世の中 を のぞいて 見る の よ 。 ||||いわと||||よのなか|||みる|| それ も おもしろい でしょう 」・・

と いい ながら 倉地 に 寄り添った 。 |||くらち||よりそった 倉地 は 幾 十 通 と ある 郵便 物 を 見た ばかりで いいかげん げん なり した 様子 だった が 、 だんだん と 興味 を 催して 来た らしく 、 日 の 順に 一 つ の 束 から ほどき 始めた 。 くらち||いく|じゅう|つう|||ゆうびん|ぶつ||みた||||||ようす|||||きょうみ||もよおして|きた||ひ||じゅんに|ひと|||たば|||はじめた ・・

いかに つまらない 事務 用 の 通信 でも 、 交通 遮断 の 孤島 か 、 障壁 で 高く 囲ま れた 美しい 牢獄 に 閉じこもって いた ような 二 人 に 取って は 予想 以上 の 気 散 じ だった 。 ||じむ|よう||つうしん||こうつう|しゃだん||ことう||しょうへき||たかく|かこま||うつくしい|ろうごく||とじこもって|||ふた|じん||とって||よそう|いじょう||き|ち|| 倉地 も 葉子 も あり ふれた 文句 に まで 思い 存分の 批評 を 加えた 。 くらち||ようこ||||もんく|||おもい|ぞんぶんの|ひひょう||くわえた Both Kurachi and Yoko criticized even common phrases as much as they wanted. こういう 時 の 葉子 は その ほとばしる ような 暖かい 才気 の ため に 世に すぐれて おもしろ 味 の 多い 女 に なった 。 |じ||ようこ|||||あたたかい|さいき||||よに|||あじ||おおい|おんな|| 口 を ついて 出る 言葉 言葉 が どれ も これ も 絢爛 な 色彩 に 包まれて いた 。 くち|||でる|ことば|ことば||||||けんらん||しきさい||つつま れて| 二 日 目 の 所 に は 岡 から 来た 手紙 が 現われ 出た 。 ふた|ひ|め||しょ|||おか||きた|てがみ||あらわれ|でた 船 の 中 で の 礼 を 述べて 、 とうとう 葉子 と 同じ 船 で 帰って 来て しまった ため に 、 家元 で は 相変わらず の 薄 志 弱 行 と 人 毎 に 思わ れる の が 彼 を 深く 責める 事 や 、 葉子 に 手紙 を 出したい と 思って あらゆる 手がかり を 尋ねた けれども 、 どうしても わから ない ので 会社 で 聞き 合わせて 事務 長 の 住所 を 知り 得た から この 手紙 を 出す と いう 事 や 、 自分 は ただただ 葉子 を 姉 と 思って 尊敬 も し 慕い も して いる のだ から 、 せめて その 心 を 通わ す だけ の 自由 が 与えて もらいたい と いう 事 だの が 、 思い 入った 調子 で 、 下手な 字体 で 書いて あった 。 せん||なか|||れい||のべて||ようこ||おなじ|せん||かえって|きて||||いえもと|||あいかわらず||うす|こころざし|じゃく|ぎょう||じん|まい||おもわ||||かれ||ふかく|せめる|こと||ようこ||てがみ||だし たい||おもって||てがかり||たずねた||||||かいしゃ||きき|あわせて|じむ|ちょう||じゅうしょ||しり|えた|||てがみ||だす|||こと||じぶん|||ようこ||あね||おもって|そんけい|||したい||||||||こころ||かよわ||||じゆう||あたえて|もらい たい|||こと|||おもい|はいった|ちょうし||へたな|じたい||かいて| After thanking him on the boat, he ended up returning on the same boat as Yoko, and everyone at the head of the school thought that he was as weak as ever, and they blamed him deeply, I wanted to write a letter to Yoko and asked for all sorts of clues, but I just couldn't figure it out. I thought, respected, and adored him, so I wanted him to at least be given the freedom to communicate with him. 葉子 は 忘却 の 廃 址 の 中 から 、 生 々 と した 少年 の 大理石 像 を 掘りあてた 人 の ように おもしろがった 。 ようこ||ぼうきゃく||はい|し||なか||せい||||しょうねん||だいりせき|ぞう||ほりあてた|じん||| Yoko was as amused as someone who had dug up a marble statue of a living boy from the ruins of oblivion. ・・

「 わたし が 愛子 の 年ごろ だったら この 人 と 心中 ぐらい して いる かも しれません ね 。 ||あいこ||としごろ|||じん||しんじゅう|||||しれ ませ ん| "If I were around Aiko's age, I might be in a double-suicide relationship with this person. あんな 心 を 持った 人 でも 少し 齢 を 取る と 男 は あなた みたいに なっち まう の ね 」・・ |こころ||もった|じん||すこし|よわい||とる||おとこ||||な っち|||

「 あなた と は なんだ 」・・

「 あなた みたいな 悪党 に 」・・ ||あくとう|

「 それ は お 門 が 違う だろう 」・・ |||もん||ちがう|

「 違いません と も …… 御 同様に と いう ほう が いい わ 。 ちがい ませ ん|||ご|どうように|||||| 私 は 心 だけ あなた に 来て 、 からだ は あの 人 に やる と ほんと は よかった んだ が ……」・・ わたくし||こころ||||きて||||じん|||||||| It would have been really nice if only my heart had come to you, and my body had been given to him..."

「 ばか ! おれ は 心な ん ぞ に 用 は な いわい 」・・ ||こころな||||よう|||

「 じゃ 心 の ほう を あの 人 に やろう か しら ん 」・・ |こころ|||||じん|||||

「 そうして くれ 。 お前 に は いく つ も 心 が ある はずだ から 、 ありったけ くれて しまえ 」・・ おまえ||||||こころ|||||||

「 でも かわいそうだ から いちばん 小さ そうな の を 一 つ だけ あなた の 分 に 残して 置きましょう よ 」・・ ||||ちいさ|そう な|||ひと|||||ぶん||のこして|おき ましょう|

そう いって 二 人 は 笑った 。 ||ふた|じん||わらった 倉地 は 返事 を 出す ほう に 岡 の その 手紙 を 仕分けた 。 くらち||へんじ||だす|||おか|||てがみ||しわけた 葉子 は それ を 見て 軽い 好奇心 が わく の を 覚えた 。 ようこ||||みて|かるい|こうきしん|||||おぼえた Seeing this, Yoko felt a slight sense of curiosity.