×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

或る女 - 有島武郎(アクセス), 25.1 或る女

25.1 或る 女

それ から 一 日 置いて 次の 日 に 古藤 から 九 時 ごろ に 来る が いい か と 電話 が かかって 来た 。 葉子 は 十 時 すぎ に して くれ と 返事 を さ せた 。 古藤 に 会う に は 倉地 が 横浜 に 行った あと が いい と 思った から だ 。 ・・

東京 に 帰って から 叔母 と 五十川 女史 の 所 へ は 帰った 事 だけ を 知らせて は 置いた が 、 どっち から も 訪問 は 元 より の 事 一言半句 の 挨拶 も なかった 。 責めて 来る なり 慰めて 来る なり 、 なんとか し そうな もの だ 。 あまり と いえば 人 を 踏みつけ に した しわざ だ と は 思った けれども 、 葉子 と して は 結 句 それ が めんどう が なくって いい と も 思った 。 そんな 人 たち に 会って いさく さ 口 を きく より も 、 古藤 と 話し さえ すれば その 口裏 から 東京 の 人 たち の 心持ち も 大体 は わかる 。 積極 的な 自分 の 態度 は その 上 で 決めて も おそく は ない と 思案 した 。 ・・

双 鶴 館 の 女将 は ほんとうに 目 から 鼻 に 抜ける ように 落ち度 なく 、 葉子 の 影 身 に なって 葉子 の ため に 尽くして くれた 。 その 後ろ に は 倉地 が いて 、 あの いかにも 疎 大 らしく 見え ながら 、 人 の 気 も つか ない ような 綿密な 所 に まで 気 を 配って 、 采配 を 振って いる の は わかって いた 。 新聞 記者 など が どこ を どうして 探り 出した か 、 始め の うち は 押し 強く 葉子 に 面会 を 求めて 来た の を 、 女将 が 手ぎわ よく 追い払った ので 、 近づき こそ は し なかった が 遠巻き に して 葉子 の 挙動 に 注意 して いる 事 など を 、 女将 は 眉 を ひそめ ながら 話して 聞か せたり した 。 木部 の 恋人 であった と いう 事 が ひどく 記者 たち の 興味 を ひいた ように 見えた 。 葉子 は 新聞 記者 と 聞く と 、 震え上がる ほど いやな 感じ を 受けた 。 小さい 時分 に 女 記者 に なろう など と 人 に も 口外 した 覚え が ある くせ に 、 探訪 など に 来る 人 たち の 事 を 考える と いちばん 賤 しい 種類 の 人間 の ように 思わ ないで はいら れ なかった 。 仙台 で 、 新聞 社 の 社長 と 親 佐 と 葉子 と の 間 に 起こった 事 と して 不倫な 捏造 記事 ( 葉子 は その 記事 の うち 、 母 に 関して は どの へん まで が 捏造 である か 知ら なかった 。 少なくとも 葉子 に 関して は 捏造 だった ) が 掲載 さ れた ばかりで なく 、 母 の いわゆる 寃罪 は 堂々と 新聞 紙上 で 雪 が れた が 、 自分 の は とうとう そのまま に なって しまった 、 あの 苦い 経験 など が ますます 葉子 の 考え を 頑 な に した 。 葉子 が 「 報 正 新報 」 の 記事 を 見た 時 も 、 それほど 田川 夫人 が 自分 を 迫害 しよう と する なら 、 こちら も どこ か の 新聞 を 手 に 入れて 田川 夫人 に 致命 傷 を 与えて やろう か と いう ( 道徳 を 米 の 飯 と 同様に 見て 生きて いる ような 田川 夫人 に 、 その 点 に 傷 を 与えて 顔 出し が でき ない ように する の は 容易な 事 だ と 葉子 は 思った ) 企み を 自分 ひと り で 考えた 時 でも 、 あの 記者 と いう もの を 手なずける まで に 自分 を 堕落 さ せ たく ない ばかりに その 目論見 を 思いとどまった ほど だった 。 ・・

その 朝 も 倉地 と 葉子 と は 女将 を 話 相手 に 朝飯 を 食い ながら 新聞 に 出た あの 奇怪な 記事 の 話 を して 、 葉子 が とうに それ を ちゃんと 知っていた 事 など を 談 り 合い ながら 笑ったり した 。 ・・

「 忙しい に かまけて 、 あれ は あの まま に して おった が …… 一 つ は あまり 短 兵 急に こっち から 出しゃ ば る と 足 もと を 見 や がる で 、…… あれ は なんとか せ ん と めんどうだ て 」・・

と 倉地 は がらっと 箸 を 膳 に 捨て ながら 、 葉子 から 女将 に 目 を やった 。 ・・

「 そう です と も さ 。 下らない 、 あなた 、 あれ で あなた の お 職 掌 に でも けち が 付いたら ほんとうに ばかばかしゅう ご ざん す わ 。 報 正 新報 社 に なら わたし 御 懇意の 方 も 二 人 や 三 人 は いらっしゃる から 、 なんなら わたし から それ と なく お 話し して みて も よう ございます わ 。 わたし は また お 二 人 と も 今 まで あんまり 平気で いらっしゃる んで 、 もう なんとか お 話 が ついた のだ と ばかり 思ってました の 」・・

と 女将 は 怜 し そうな 目 に 真 味な 色 を 見せて こういった 。 倉地 は 無頓着に 「 そう さ な 」 と いった きり だった が 、 葉子 は 二 人 の 意見 が ほぼ 一致 した らしい の を 見る と 、 いくら 女将 が 巧みに 立ち回って も それ を もみ消す 事 は でき ない と いい出した 。 なぜ と いえば それ は 田川 夫人 が 何 か 葉子 を 深く 意 趣 に 思って させた 事 で 、「 報 正 新報 」 に それ が 現われた わけ は 、 その 新聞 が 田川 博士 の 機関 新聞 だ から だ と 説明 した 。 倉地 は 田川 と 新聞 と の 関係 を 始めて 知った らしい 様子 で 意外な 顔つき を した 。 ・・

「 おれ は また 興 録 の やつ …… あいつ は べらべら した やつで 、 右左 の はっきり し ない 油断 の なら ぬ 男 だ から 、 あいつ の 仕事 か と も 思って みた が 、 なるほど それ に して は 記事 の 出 かた が 少し 早 すぎる て 」・・

そう いって やおら 立ち上がり ながら 次の 間 に 着 かえ に 行った 。 ・・

女 中 が 膳 部 を 片づけ 終わら ぬ うち に 古藤 が 来た と いう 案内 が あった 。 ・・

葉子 は ちょっと 当惑 した 。 あつらえて おいた 衣類 が まだ でき ない の と 、 着 具合 が よくって 、 倉地 から も しっくり 似合う と ほめられる ので 、 その 朝 も 芸者 の ちょいちょい 着 らしい 、 黒 繻子 の 襟 の 着いた 、 伝法 な 棒 縞 の 身 幅 の 狭い 着物 に 、 黒 繻子 と 水色 匹 田 の 昼夜 帯 を しめて 、 どてら を 引っかけて いた ばかりで なく 、 髪 まで やはり 櫛 巻き に して いた のだった 。 え ゝ 、 いい 構う もの か 、 どうせ 鼻 を あかさ せる なら のっけ から あかさ せて やろう 、 そう 思って 葉子 は そのまま の 姿 で 古藤 を 待ち構えた 。 ・・

昔 の まま の 姿 で 、 古藤 は 旅館 と いう より も 料理 屋 と いった ふう の 家 の 様子 に 少し 鼻 じ ろ み ながら は いって 来た 。 そうして 飛び 離れて 風体 の 変わった 葉子 を 見る と 、 なおさら 勝手 が 違って 、 これ が あの 葉子 な の か と いう ように 、 驚き の 色 を 隠し 立て も せ ず に 顔 に 現わし ながら 、 じっと その 姿 を 見た 。 ・・

「 まあ 義一 さん しばらく 。 お 寒い の ね 。 どうぞ 火鉢 に よって ください ましな 。 ちょっと 御免 ください よ 」 そう いって 、 葉子 は あでやかに 上体 だけ を 後ろ に ひねって 、 広 蓋 から 紋付き の 羽織 を 引き出して 、 すわった まま どてら と 着 直した 。 なまめかしい におい が その 動作 に つれて ひそやかに 部屋 の 中 に 動いた 。 葉子 は 自分 の 服装 が どう 古藤 に 印象 して いる か など を 考えて も み ない ようだった 。 十 年 も 着 慣れた ふだん着 で きのう も 会った ばかりの 弟 の ように 親しい 人 に 向かう ような とり なし を した 。 古藤 は とみに は 口 も きけ ない ように 思い惑って いる らしかった 。 多少 垢 に なった 薩摩 絣 の 着物 を 着て 、 観世 撚 の 羽織 紐 に も 、 きちんと はいた 袴 に も 、 その 人 の 気質 が 明らかに 書き記して ある ようだった 。 ・・

「 こんな でたいへん 変な 所 です けれども どう か 気楽に なさって ください まし 。 それ で ない と なんだか 改まって しまって お 話 が しに くくって いけません から 」・・

心 置き ない 、 そして 古藤 を 信頼 して いる 様子 を 巧みに も それ と なく 気取ら せる ような 葉子 の 態度 は だんだん 古藤 の 心 を 静めて 行く らしかった 。 古藤 は 自分 の 長所 も 短所 も 無自覚で いる ような 、 そのくせ どこ か に 鋭い 光 の ある 目 を あげて まじまじ と 葉子 を 見 始めた 。 ・・

「 何より 先 に お 礼 。 ありがとう ございました 妹 たち を 。 おととい 二 人 で ここ に 来てたいへん 喜んで いました わ 」・・

「 なんにも し やしない 、 ただ 塾 に 連れて 行って 上げた だけ です 。 お 丈夫です か 」・・

古藤 は ありのまま を ありのままに いった 。 そんな 序曲 的な 会話 を 少し 続けて から 葉子 は おもむろに 探り 知って おか なければ なら ない ような 事柄 に 話題 を 向けて 行った 。 ・・

「 今度 こんな ひょんな 事 で わたし アメリカ に 上陸 も せ ず 帰って 来る 事 に なった んです が 、 ほんとう を おっしゃって ください よ 、 あなた は いったい わたし を どう お 思い に なって 」・・

葉子 は 火鉢 の 縁 に 両 肘 を ついて 、 両手 の 指先 を 鼻 の 先 に 集めて 組んだり ほどいたり し ながら 、 古藤 の 顔 に 浮かび 出る すべて の 意味 を 読もう と した 。 ・・

「 え ゝ 、 ほんとう を いいましょう 」・・

そう 決心 する もの の ように 古藤 は いって から ひと 膝 乗り出した 。 ・・

「 この 十二 月 に 兵隊 に 行か なければ なら ない もの だ から 、 それ まで に 研究 室 の 仕事 を 片づく もの だけ は 片づけて 置こう と 思った ので 、 何もかも 打ち捨てて いました から 、 この あいだ 横浜 から あなた の 電話 を 受ける まで は 、 あなた の 帰って 来られた の を 知ら ないで いた んです 。 もっとも 帰って 来られる ような 話 は どこ か で 聞いた ようでした が 。 そして 何 か それ に は 重大な わけ が ある に 違いない と は 思って いました が 。 ところが あなた の 電話 を 切る と まもなく 木村 君 の 手紙 が 届いて 来た んです 。 それ は たぶん 絵 島 丸 より 一 日 か 二 日 早く 大北 汽船 会社 の 船 が 着いた はずだ から 、 それ が 持って 来た んでしょう 。 ここ に 持って 来ました が 、 それ を 見て 僕 は 驚いて しまった んです 。 ずいぶん 長い 手紙 だ から あと で 御覧 に なる なら 置いて 行きましょう 。 簡単に いう と ( そう いって 古藤 は その 手紙 の 必要な 要点 を 心 の 中 で 整頓 する らしく しばらく 黙って いた が ) 木村 君 は あなた が 帰る ように なった の を 非常に 悲しんで いる ようです 。 そして あなた ほど 不幸な 運命 に もてあそば れる 人 は ない 。 また あなた ほど 誤解 を 受ける 人 は ない 。 だれ も あなた の 複雑な 性格 を 見 窮めて 、 その 底 に ある 尊い 点 を 拾い上げる 人 が ない から 、 いろいろな ふうに あなた は 誤解 されて いる 。 あなた が 帰る に ついて は 日本 でも 種々 さまざまな 風説 が 起こる 事 だろう けれども 、 君 だけ は それ を 信じて くれちゃ 困る 。 それ から …… あなた は 今 でも 僕 の 妻 だ …… 病気 に 苦しめられ ながら 、 世の中 の 迫害 を 存分に 受け なければ なら ない あわれむ べき 女 だ 。 他人 が なんと いおう と 君 だけ は 僕 を 信じて …… もし あなた を 信ずる こと が でき なければ 僕 を 信じて 、 あなた を 妹 だ と 思って あなた の ため に 戦って くれ …… ほんとう は もっと 最大 級 の 言葉 が 使って ある のだ けれども 大体 そんな 事 が 書いて あった んです 。 それ で ……」・・

「 それ で ? 」・・

葉子 は 目の前 で 、 こん がら がった 糸 が 静かに ほごれて 行く の を 見つめる ように 、 不思議な 興味 を 感じ ながら 、 顔 だけ は 打ち沈んで こう 促した 。 ・・

「 それ で です ね 。 僕 は その 手紙 に 書いて ある 事 と あなた の 電話 の 『 滑稽だった 』 と いう 言葉 と を どう 結び付けて みたら いい か わから なく なって しまった んです 。 木村 の 手紙 を 見 ない 前 でも あなた の あの 電話 の 口調 に は …… 電話 だった せい か まるで のんきな 冗談 口 の ように しか 聞こえ なかった もの だ から …… ほんとう を いう と かなり 不快 を 感じて いた 所 だった のです 。 思った とおり を いいます から 怒ら ないで 聞いて ください 」・・

「 何 を 怒りましょう 。 ようこそ はっきり おっしゃって くださる わ ね 。 あれ は わたし も あと で ほんとうに すまなかった と 思いました の よ 。 木村 が 思う ように わたし は 他人 の 誤解 なん ぞ そんなに 気 に して は いない の 。 小さい 時 から 慣れっこに なって る んです もの 。 だから 皆さん が 勝手な あて 推量 なぞ を して いる の が 少し は 癪 に さわった けれども 、 滑稽に 見えて しかたがなかった んです の よ 。 そこ に もって 来て 電話 で あなた の お 声 が 聞こえた もん だ から 、 飛び立つ ように うれしくって 思わず しら ず あんな 軽はずみな 事 を いって しまいました の 。 木村 から 頼まれて 私 の 世話 を 見て くださった 倉地 と いう 事務 長 の 方 も それ は きさくな 親切な 人 じゃ あります けれども 、 船 で 始めて 知り合い に なった 方 だ から 、 お 心安 立て な ん ぞ は でき ない でしょう 。 あなた の お 声 が した 時 に は ほんとうに 敵 の 中 から 救い出さ れた ように 思った んです もの …… まあ しかし そんな 事 は 弁解 する に も 及びません わ 。 それ から どう なさって ? 」・・

古藤 は 例 の 厚い 理想 の 被 の 下 から 、 深く 隠さ れた 感情 が 時々 きらきら と ひらめく ような 目 を 、 少し 物 惰 げ に 大きく 見開いて 葉子 の 顔 を つれ づれ と 見 やった 。 初対面 の 時 に は 人並み は ずれて 遠慮がちだった くせ に 、 少し 慣れて 来る と 人 を 見 徹そう と する ように 凝視 する その 目 は 、 いつでも 葉子 に 一種 の 不安 を 与えた 。 古藤 の 凝視 に は ずうずうしい と いう 所 は 少しも なかった 。 また 故意 に そう する らしい 様子 も 見え なかった 。 少し 鈍 と 思わ れる ほど 世 事 に うとく 、 事物 の ほんとうの 姿 を 見て取る 方法 に 暗い ながら 、 まっ正直に 悪意 なく それ を なし遂げよう と する らしい 目つき だった 。 古藤 なん ぞ に 自分 の 秘密 が なんで あばかれて たまる もの か と 多寡 を くくり つつ も 、 その物 軟らか ながら どんどん 人 の 心 の 中 に はいり込もう と する ような 目つき に あう と 、 いつか 秘密の どん底 を 誤 た ずつ かま れ そうな 気 が して なら なかった 。 そう なる に して も しかし それ まで に は 古藤 は 長い 間 忍耐 して 待たなければ なら ない だろう 、 そう 思って 葉子 は 一面 小気味よく も 思った 。


25.1 或る 女 ある|おんな 25.1 Una mujer

それ から 一 日 置いて 次の 日 に 古藤 から 九 時 ごろ に 来る が いい か と 電話 が かかって 来た 。 ||ひと|ひ|おいて|つぎの|ひ||ことう||ここの|じ|||くる|||||でんわ|||きた 葉子 は 十 時 すぎ に して くれ と 返事 を さ せた 。 ようこ||じゅう|じ||||||へんじ||| 古藤 に 会う に は 倉地 が 横浜 に 行った あと が いい と 思った から だ 。 ことう||あう|||くらち||よこはま||おこなった|||||おもった|| ・・

東京 に 帰って から 叔母 と 五十川 女史 の 所 へ は 帰った 事 だけ を 知らせて は 置いた が 、 どっち から も 訪問 は 元 より の 事 一言半句 の 挨拶 も なかった 。 とうきょう||かえって||おば||いそがわ|じょし||しょ|||かえった|こと|||しらせて||おいた|||||ほうもん||もと|||こと|いちごんはんく||あいさつ|| 責めて 来る なり 慰めて 来る なり 、 なんとか し そうな もの だ 。 せめて|くる||なぐさめて|くる||||そう な|| あまり と いえば 人 を 踏みつけ に した しわざ だ と は 思った けれども 、 葉子 と して は 結 句 それ が めんどう が なくって いい と も 思った 。 |||じん||ふみつけ|||||||おもった||ようこ||||けつ|く|||||なく って||||おもった If I said too much, I thought it was an act of trampling on people, but Yoko thought it wouldn't be a problem in the end. そんな 人 たち に 会って いさく さ 口 を きく より も 、 古藤 と 話し さえ すれば その 口裏 から 東京 の 人 たち の 心持ち も 大体 は わかる 。 |じん|||あって|||くち|||||ことう||はなし||||くちうら||とうきょう||じん|||こころもち||だいたい|| 積極 的な 自分 の 態度 は その 上 で 決めて も おそく は ない と 思案 した 。 せっきょく|てきな|じぶん||たいど|||うえ||きめて||||||しあん| ・・

双 鶴 館 の 女将 は ほんとうに 目 から 鼻 に 抜ける ように 落ち度 なく 、 葉子 の 影 身 に なって 葉子 の ため に 尽くして くれた 。 そう|つる|かん||おかみ|||め||はな||ぬける||おちど||ようこ||かげ|み|||ようこ||||つくして| その 後ろ に は 倉地 が いて 、 あの いかにも 疎 大 らしく 見え ながら 、 人 の 気 も つか ない ような 綿密な 所 に まで 気 を 配って 、 采配 を 振って いる の は わかって いた 。 |うしろ|||くらち|||||うと|だい||みえ||じん||き|||||めんみつな|しょ|||き||くばって|さいはい||ふって||||| I knew that behind him was Kurachi, who, despite his sparse appearance, was paying close attention to details that no one else would have noticed, and was directing his actions. 新聞 記者 など が どこ を どうして 探り 出した か 、 始め の うち は 押し 強く 葉子 に 面会 を 求めて 来た の を 、 女将 が 手ぎわ よく 追い払った ので 、 近づき こそ は し なかった が 遠巻き に して 葉子 の 挙動 に 注意 して いる 事 など を 、 女将 は 眉 を ひそめ ながら 話して 聞か せたり した 。 しんぶん|きしゃ||||||さぐり|だした||はじめ||||おし|つよく|ようこ||めんかい||もとめて|きた|||おかみ||てぎわ||おいはらった||ちかづき||||||とおまき|||ようこ||きょどう||ちゅうい|||こと|||おかみ||まゆ||||はなして|きか|| At first, the proprietress shooed away the newspaper reporters and others who wanted to meet Yoko, so she didn't even approach her, but she turned around and asked Yoko. While frowning, the proprietress told me that she was paying attention to the behavior of the staff. 木部 の 恋人 であった と いう 事 が ひどく 記者 たち の 興味 を ひいた ように 見えた 。 きべ||こいびと||||こと|||きしゃ|||きょうみ||||みえた 葉子 は 新聞 記者 と 聞く と 、 震え上がる ほど いやな 感じ を 受けた 。 ようこ||しんぶん|きしゃ||きく||ふるえあがる|||かんじ||うけた 小さい 時分 に 女 記者 に なろう など と 人 に も 口外 した 覚え が ある くせ に 、 探訪 など に 来る 人 たち の 事 を 考える と いちばん 賤 しい 種類 の 人間 の ように 思わ ないで はいら れ なかった 。 ちいさい|じぶん||おんな|きしゃ|||||じん|||こうがい||おぼえ|||||たんぼう|||くる|じん|||こと||かんがえる|||せん||しゅるい||にんげん|||おもわ|||| 仙台 で 、 新聞 社 の 社長 と 親 佐 と 葉子 と の 間 に 起こった 事 と して 不倫な 捏造 記事 ( 葉子 は その 記事 の うち 、 母 に 関して は どの へん まで が 捏造 である か 知ら なかった 。 せんだい||しんぶん|しゃ||しゃちょう||おや|たすく||ようこ|||あいだ||おこった|こと|||ふりんな|ねつぞう|きじ|ようこ|||きじ|||はは||かんして||||||ねつぞう|||しら| 少なくとも 葉子 に 関して は 捏造 だった ) が 掲載 さ れた ばかりで なく 、 母 の いわゆる 寃罪 は 堂々と 新聞 紙上 で 雪 が れた が 、 自分 の は とうとう そのまま に なって しまった 、 あの 苦い 経験 など が ますます 葉子 の 考え を 頑 な に した 。 すくなくとも|ようこ||かんして||ねつぞう|||けいさい|||||はは|||えんざい||どうどうと|しんぶん|しじょう||ゆき||||じぶん|||||||||にがい|けいけん||||ようこ||かんがえ||がん||| 葉子 が 「 報 正 新報 」 の 記事 を 見た 時 も 、 それほど 田川 夫人 が 自分 を 迫害 しよう と する なら 、 こちら も どこ か の 新聞 を 手 に 入れて 田川 夫人 に 致命 傷 を 与えて やろう か と いう ( 道徳 を 米 の 飯 と 同様に 見て 生きて いる ような 田川 夫人 に 、 その 点 に 傷 を 与えて 顔 出し が でき ない ように する の は 容易な 事 だ と 葉子 は 思った ) 企み を 自分 ひと り で 考えた 時 でも 、 あの 記者 と いう もの を 手なずける まで に 自分 を 堕落 さ せ たく ない ばかりに その 目論見 を 思いとどまった ほど だった 。 ようこ||ほう|せい|しんぽう||きじ||みた|じ|||たがわ|ふじん||じぶん||はくがい||||||||||しんぶん||て||いれて|たがわ|ふじん||ちめい|きず||あたえて|||||どうとく||べい||めし||どうように|みて|いきて|||たがわ|ふじん|||てん||きず||あたえて|かお|だし||||||||よういな|こと|||ようこ||おもった|たくらみ||じぶん||||かんがえた|じ|||きしゃ|||||てなずける|||じぶん||だらく|||||||もくろみ||おもいとどまった|| ・・

その 朝 も 倉地 と 葉子 と は 女将 を 話 相手 に 朝飯 を 食い ながら 新聞 に 出た あの 奇怪な 記事 の 話 を して 、 葉子 が とうに それ を ちゃんと 知っていた 事 など を 談 り 合い ながら 笑ったり した 。 |あさ||くらち||ようこ|||おかみ||はなし|あいて||あさはん||くい||しんぶん||でた||きかいな|きじ||はなし|||ようこ||||||しっていた|こと|||だん||あい||わらったり| ・・

「 忙しい に かまけて 、 あれ は あの まま に して おった が …… 一 つ は あまり 短 兵 急に こっち から 出しゃ ば る と 足 もと を 見 や がる で 、…… あれ は なんとか せ ん と めんどうだ て 」・・ いそがしい|||||||||||ひと||||みじか|つわもの|きゅうに|||だしゃ||||あし|||み||||||||||| "I was so busy that I left it where it was... but one thing was that if I stepped out too quickly, it would stare at my feet... I can't handle it. It's a hassle."

と 倉地 は がらっと 箸 を 膳 に 捨て ながら 、 葉子 から 女将 に 目 を やった 。 |くらち||がら っと|はし||ぜん||すて||ようこ||おかみ||め|| ・・

「 そう です と も さ 。 下らない 、 あなた 、 あれ で あなた の お 職 掌 に でも けち が 付いたら ほんとうに ばかばかしゅう ご ざん す わ 。 くだらない|||||||しょく|てのひら|||||ついたら|||||| 報 正 新報 社 に なら わたし 御 懇意の 方 も 二 人 や 三 人 は いらっしゃる から 、 なんなら わたし から それ と なく お 話し して みて も よう ございます わ 。 ほう|せい|しんぽう|しゃ||||ご|こんいの|かた||ふた|じん||みっ|じん|||||||||||はなし|||||| わたし は また お 二 人 と も 今 まで あんまり 平気で いらっしゃる んで 、 もう なんとか お 話 が ついた のだ と ばかり 思ってました の 」・・ ||||ふた|じん|||いま|||へいきで||||||はなし||||||おもって ました|

と 女将 は 怜 し そうな 目 に 真 味な 色 を 見せて こういった 。 |おかみ||れい||そう な|め||まこと|あじな|いろ||みせて| 倉地 は 無頓着に 「 そう さ な 」 と いった きり だった が 、 葉子 は 二 人 の 意見 が ほぼ 一致 した らしい の を 見る と 、 いくら 女将 が 巧みに 立ち回って も それ を もみ消す 事 は でき ない と いい出した 。 くらち||むとんちゃくに|||||||||ようこ||ふた|じん||いけん|||いっち|||||みる|||おかみ||たくみに|たちまわって||||もみけす|こと|||||いいだした Kurachi carelessly said, "I see," but when Yoko saw that the two of them seemed to agree, no matter how cleverly the proprietress tried to get around, she couldn't drown it out. issued. なぜ と いえば それ は 田川 夫人 が 何 か 葉子 を 深く 意 趣 に 思って させた 事 で 、「 報 正 新報 」 に それ が 現われた わけ は 、 その 新聞 が 田川 博士 の 機関 新聞 だ から だ と 説明 した 。 |||||たがわ|ふじん||なん||ようこ||ふかく|い|おもむき||おもって|さ せた|こと||ほう|せい|しんぽう||||あらわれた||||しんぶん||たがわ|はかせ||きかん|しんぶん|||||せつめい| 倉地 は 田川 と 新聞 と の 関係 を 始めて 知った らしい 様子 で 意外な 顔つき を した 。 くらち||たがわ||しんぶん|||かんけい||はじめて|しった||ようす||いがいな|かおつき|| ・・

「 おれ は また 興 録 の やつ …… あいつ は べらべら した やつで 、 右左 の はっきり し ない 油断 の なら ぬ 男 だ から 、 あいつ の 仕事 か と も 思って みた が 、 なるほど それ に して は 記事 の 出 かた が 少し 早 すぎる て 」・・ |||きょう|ろく||||||||みぎひだり|||||ゆだん||||おとこ|||||しごと||||おもって||||||||きじ||だ|||すこし|はや||

そう いって やおら 立ち上がり ながら 次の 間 に 着 かえ に 行った 。 |||たちあがり||つぎの|あいだ||ちゃく|||おこなった ・・

女 中 が 膳 部 を 片づけ 終わら ぬ うち に 古藤 が 来た と いう 案内 が あった 。 おんな|なか||ぜん|ぶ||かたづけ|おわら||||ことう||きた|||あんない|| ・・

葉子 は ちょっと 当惑 した 。 ようこ|||とうわく| あつらえて おいた 衣類 が まだ でき ない の と 、 着 具合 が よくって 、 倉地 から も しっくり 似合う と ほめられる ので 、 その 朝 も 芸者 の ちょいちょい 着 らしい 、 黒 繻子 の 襟 の 着いた 、 伝法 な 棒 縞 の 身 幅 の 狭い 着物 に 、 黒 繻子 と 水色 匹 田 の 昼夜 帯 を しめて 、 どてら を 引っかけて いた ばかりで なく 、 髪 まで やはり 櫛 巻き に して いた のだった 。 ||いるい|||||||ちゃく|ぐあい||よく って|くらち||||にあう||ほめ られる|||あさ||げいしゃ|||ちゃく||くろ|しゅす||えり||ついた|でんぽう||ぼう|しま||み|はば||せまい|きもの||くろ|しゅす||みずいろ|ひき|た||ちゅうや|おび|||||ひっかけて||||かみ|||くし|まき|||| え ゝ 、 いい 構う もの か 、 どうせ 鼻 を あかさ せる なら のっけ から あかさ せて やろう 、 そう 思って 葉子 は そのまま の 姿 で 古藤 を 待ち構えた 。 |||かまう||||はな||あか さ|||||あか さ||||おもって|ようこ||||すがた||ことう||まちかまえた ・・

昔 の まま の 姿 で 、 古藤 は 旅館 と いう より も 料理 屋 と いった ふう の 家 の 様子 に 少し 鼻 じ ろ み ながら は いって 来た 。 むかし||||すがた||ことう||りょかん|||||りょうり|や|||||いえ||ようす||すこし|はな|||||||きた そうして 飛び 離れて 風体 の 変わった 葉子 を 見る と 、 なおさら 勝手 が 違って 、 これ が あの 葉子 な の か と いう ように 、 驚き の 色 を 隠し 立て も せ ず に 顔 に 現わし ながら 、 じっと その 姿 を 見た 。 |とび|はなれて|ふうてい||かわった|ようこ||みる|||かって||ちがって||||ようこ|||||||おどろき||いろ||かくし|たて|||||かお||あらわし||||すがた||みた ・・

「 まあ 義一 さん しばらく 。 |ぎいち|| お 寒い の ね 。 |さむい|| どうぞ 火鉢 に よって ください ましな 。 |ひばち|||| ちょっと 御免 ください よ 」 そう いって 、 葉子 は あでやかに 上体 だけ を 後ろ に ひねって 、 広 蓋 から 紋付き の 羽織 を 引き出して 、 すわった まま どてら と 着 直した 。 |ごめん|||||ようこ|||じょうたい|||うしろ|||ひろ|ふた||もんつき||はおり||ひきだして|||||ちゃく|なおした なまめかしい におい が その 動作 に つれて ひそやかに 部屋 の 中 に 動いた 。 ||||どうさ||||へや||なか||うごいた 葉子 は 自分 の 服装 が どう 古藤 に 印象 して いる か など を 考えて も み ない ようだった 。 ようこ||じぶん||ふくそう|||ことう||いんしょう||||||かんがえて|||| 十 年 も 着 慣れた ふだん着 で きのう も 会った ばかりの 弟 の ように 親しい 人 に 向かう ような とり なし を した 。 じゅう|とし||ちゃく|なれた|ふだんぎ||||あった||おとうと|||したしい|じん||むかう||||| Wearing casual clothes that I had been used to wearing for ten years, I tried to intercede with someone close to me, like a younger brother I had just met the day before. 古藤 は とみに は 口 も きけ ない ように 思い惑って いる らしかった 。 ことう||||くち|||||おもいまどって|| 多少 垢 に なった 薩摩 絣 の 着物 を 着て 、 観世 撚 の 羽織 紐 に も 、 きちんと はいた 袴 に も 、 その 人 の 気質 が 明らかに 書き記して ある ようだった 。 たしょう|あか|||さつま|かすり||きもの||きて|かんぜ|ひね||はおり|ひも|||||はかま||||じん||きしつ||あきらかに|かきしるして|| ・・

「 こんな でたいへん 変な 所 です けれども どう か 気楽に なさって ください まし 。 |で たいへん|へんな|しょ|||||きらくに||| それ で ない と なんだか 改まって しまって お 話 が しに くくって いけません から 」・・ |||||あらたまって|||はなし||||いけ ませ ん|

心 置き ない 、 そして 古藤 を 信頼 して いる 様子 を 巧みに も それ と なく 気取ら せる ような 葉子 の 態度 は だんだん 古藤 の 心 を 静めて 行く らしかった 。 こころ|おき|||ことう||しんらい|||ようす||たくみに|||||きどら|||ようこ||たいど|||ことう||こころ||しずめて|いく| 古藤 は 自分 の 長所 も 短所 も 無自覚で いる ような 、 そのくせ どこ か に 鋭い 光 の ある 目 を あげて まじまじ と 葉子 を 見 始めた 。 ことう||じぶん||ちょうしょ||たんしょ||むじかくで|||||||するどい|ひかり|||め|||||ようこ||み|はじめた ・・

「 何より 先 に お 礼 。 なにより|さき|||れい ありがとう ございました 妹 たち を 。 ||いもうと|| おととい 二 人 で ここ に 来てたいへん 喜んで いました わ 」・・ |ふた|じん||||きて たいへん|よろこんで|い ました|

「 なんにも し やしない 、 ただ 塾 に 連れて 行って 上げた だけ です 。 ||||じゅく||つれて|おこなって|あげた|| お 丈夫です か 」・・ |じょうぶです|

古藤 は ありのまま を ありのままに いった 。 ことう||||| そんな 序曲 的な 会話 を 少し 続けて から 葉子 は おもむろに 探り 知って おか なければ なら ない ような 事柄 に 話題 を 向けて 行った 。 |じょきょく|てきな|かいわ||すこし|つづけて||ようこ|||さぐり|しって||||||ことがら||わだい||むけて|おこなった ・・

「 今度 こんな ひょんな 事 で わたし アメリカ に 上陸 も せ ず 帰って 来る 事 に なった んです が 、 ほんとう を おっしゃって ください よ 、 あなた は いったい わたし を どう お 思い に なって 」・・ こんど|||こと|||あめりか||じょうりく||||かえって|くる|こと|||||||||||||||||おもい||

葉子 は 火鉢 の 縁 に 両 肘 を ついて 、 両手 の 指先 を 鼻 の 先 に 集めて 組んだり ほどいたり し ながら 、 古藤 の 顔 に 浮かび 出る すべて の 意味 を 読もう と した 。 ようこ||ひばち||えん||りょう|ひじ|||りょうて||ゆびさき||はな||さき||あつめて|くんだり||||ことう||かお||うかび|でる|||いみ||よもう|| ・・

「 え ゝ 、 ほんとう を いいましょう 」・・ ||||いい ましょう

そう 決心 する もの の ように 古藤 は いって から ひと 膝 乗り出した 。 |けっしん|||||ことう|||||ひざ|のりだした ・・

「 この 十二 月 に 兵隊 に 行か なければ なら ない もの だ から 、 それ まで に 研究 室 の 仕事 を 片づく もの だけ は 片づけて 置こう と 思った ので 、 何もかも 打ち捨てて いました から 、 この あいだ 横浜 から あなた の 電話 を 受ける まで は 、 あなた の 帰って 来られた の を 知ら ないで いた んです 。 |じゅうに|つき||へいたい||いか||||||||||けんきゅう|しつ||しごと||かたづく||||かたづけて|おこう||おもった||なにもかも|うちすてて|い ました||||よこはま||||でんわ||うける|||||かえって|こ られた|||しら||| もっとも 帰って 来られる ような 話 は どこ か で 聞いた ようでした が 。 |かえって|こ られる||はなし|||||きいた|| そして 何 か それ に は 重大な わけ が ある に 違いない と は 思って いました が 。 |なん|||||じゅうだいな|||||ちがいない|||おもって|い ました| ところが あなた の 電話 を 切る と まもなく 木村 君 の 手紙 が 届いて 来た んです 。 |||でんわ||きる|||きむら|きみ||てがみ||とどいて|きた| それ は たぶん 絵 島 丸 より 一 日 か 二 日 早く 大北 汽船 会社 の 船 が 着いた はずだ から 、 それ が 持って 来た んでしょう 。 |||え|しま|まる||ひと|ひ||ふた|ひ|はやく|おおきた|きせん|かいしゃ||せん||ついた|||||もって|きた| ここ に 持って 来ました が 、 それ を 見て 僕 は 驚いて しまった んです 。 ||もって|き ました||||みて|ぼく||おどろいて|| ずいぶん 長い 手紙 だ から あと で 御覧 に なる なら 置いて 行きましょう 。 |ながい|てがみ|||||ごらん||||おいて|いき ましょう 簡単に いう と ( そう いって 古藤 は その 手紙 の 必要な 要点 を 心 の 中 で 整頓 する らしく しばらく 黙って いた が ) 木村 君 は あなた が 帰る ように なった の を 非常に 悲しんで いる ようです 。 かんたんに|||||ことう|||てがみ||ひつような|ようてん||こころ||なか||せいとん||||だまって|||きむら|きみ||||かえる|||||ひじょうに|かなしんで|| そして あなた ほど 不幸な 運命 に もてあそば れる 人 は ない 。 |||ふこうな|うんめい||||じん|| また あなた ほど 誤解 を 受ける 人 は ない 。 |||ごかい||うける|じん|| だれ も あなた の 複雑な 性格 を 見 窮めて 、 その 底 に ある 尊い 点 を 拾い上げる 人 が ない から 、 いろいろな ふうに あなた は 誤解 されて いる 。 ||||ふくざつな|せいかく||み|きわめて||そこ|||とうとい|てん||ひろいあげる|じん||||||||ごかい|さ れて| あなた が 帰る に ついて は 日本 でも 種々 さまざまな 風説 が 起こる 事 だろう けれども 、 君 だけ は それ を 信じて くれちゃ 困る 。 ||かえる||||にっぽん||しゅじゅ||ふうせつ||おこる|こと|||きみ|||||しんじて||こまる それ から …… あなた は 今 でも 僕 の 妻 だ …… 病気 に 苦しめられ ながら 、 世の中 の 迫害 を 存分に 受け なければ なら ない あわれむ べき 女 だ 。 ||||いま||ぼく||つま||びょうき||くるしめ られ||よのなか||はくがい||ぞんぶんに|うけ||||||おんな| 他人 が なんと いおう と 君 だけ は 僕 を 信じて …… もし あなた を 信ずる こと が でき なければ 僕 を 信じて 、 あなた を 妹 だ と 思って あなた の ため に 戦って くれ …… ほんとう は もっと 最大 級 の 言葉 が 使って ある のだ けれども 大体 そんな 事 が 書いて あった んです 。 たにん|||||きみ|||ぼく||しんじて||||しんずる|||||ぼく||しんじて|||いもうと|||おもって|||||たたかって|||||さいだい|きゅう||ことば||つかって||||だいたい||こと||かいて|| それ で ……」・・

「 それ で ? 」・・

葉子 は 目の前 で 、 こん がら がった 糸 が 静かに ほごれて 行く の を 見つめる ように 、 不思議な 興味 を 感じ ながら 、 顔 だけ は 打ち沈んで こう 促した 。 ようこ||めのまえ|||||いと||しずかに|ほご れて|いく|||みつめる||ふしぎな|きょうみ||かんじ||かお|||うちしずんで||うながした ・・

「 それ で です ね 。 僕 は その 手紙 に 書いて ある 事 と あなた の 電話 の 『 滑稽だった 』 と いう 言葉 と を どう 結び付けて みたら いい か わから なく なって しまった んです 。 ぼく|||てがみ||かいて||こと||||でんわ||こっけいだった|||ことば||||むすびつけて|||||||| 木村 の 手紙 を 見 ない 前 でも あなた の あの 電話 の 口調 に は …… 電話 だった せい か まるで のんきな 冗談 口 の ように しか 聞こえ なかった もの だ から …… ほんとう を いう と かなり 不快 を 感じて いた 所 だった のです 。 きむら||てがみ||み||ぜん|||||でんわ||くちょう|||でんわ||||||じょうだん|くち||||きこえ||||||||||ふかい||かんじて||しょ|| 思った とおり を いいます から 怒ら ないで 聞いて ください 」・・ おもった|||いい ます||いから||きいて|

「 何 を 怒りましょう 。 なん||いかり ましょう ようこそ はっきり おっしゃって くださる わ ね 。 あれ は わたし も あと で ほんとうに すまなかった と 思いました の よ 。 |||||||||おもい ました|| 木村 が 思う ように わたし は 他人 の 誤解 なん ぞ そんなに 気 に して は いない の 。 きむら||おもう||||たにん||ごかい||||き||||| 小さい 時 から 慣れっこに なって る んです もの 。 ちいさい|じ||なれっこに|||| だから 皆さん が 勝手な あて 推量 なぞ を して いる の が 少し は 癪 に さわった けれども 、 滑稽に 見えて しかたがなかった んです の よ 。 |みなさん||かってな||すいりょう|||||||すこし||しゃく||||こっけいに|みえて|||| そこ に もって 来て 電話 で あなた の お 声 が 聞こえた もん だ から 、 飛び立つ ように うれしくって 思わず しら ず あんな 軽はずみな 事 を いって しまいました の 。 |||きて|でんわ|||||こえ||きこえた||||とびたつ||うれしく って|おもわず||||かるはずみな|こと|||しまい ました| 木村 から 頼まれて 私 の 世話 を 見て くださった 倉地 と いう 事務 長 の 方 も それ は きさくな 親切な 人 じゃ あります けれども 、 船 で 始めて 知り合い に なった 方 だ から 、 お 心安 立て な ん ぞ は でき ない でしょう 。 きむら||たのま れて|わたくし||せわ||みて||くらち|||じむ|ちょう||かた|||||しんせつな|じん||あり ます||せん||はじめて|しりあい|||かた||||こころやす|たて||||||| あなた の お 声 が した 時 に は ほんとうに 敵 の 中 から 救い出さ れた ように 思った んです もの …… まあ しかし そんな 事 は 弁解 する に も 及びません わ 。 |||こえ|||じ||||てき||なか||すくいださ|||おもった||||||こと||べんかい||||および ませ ん| それ から どう なさって ? 」・・

古藤 は 例 の 厚い 理想 の 被 の 下 から 、 深く 隠さ れた 感情 が 時々 きらきら と ひらめく ような 目 を 、 少し 物 惰 げ に 大きく 見開いて 葉子 の 顔 を つれ づれ と 見 やった 。 ことう||れい||あつい|りそう||おお||した||ふかく|かくさ||かんじょう||ときどき|||||め||すこし|ぶつ|だ|||おおきく|みひらいて|ようこ||かお|||||み| 初対面 の 時 に は 人並み は ずれて 遠慮がちだった くせ に 、 少し 慣れて 来る と 人 を 見 徹そう と する ように 凝視 する その 目 は 、 いつでも 葉子 に 一種 の 不安 を 与えた 。 しょたいめん||じ|||ひとなみ|||えんりょがちだった|||すこし|なれて|くる||じん||み|てっそう||||ぎょうし|||め|||ようこ||いっしゅ||ふあん||あたえた 古藤 の 凝視 に は ずうずうしい と いう 所 は 少しも なかった 。 ことう||ぎょうし||||||しょ||すこしも| また 故意 に そう する らしい 様子 も 見え なかった 。 |こい|||||ようす||みえ| 少し 鈍 と 思わ れる ほど 世 事 に うとく 、 事物 の ほんとうの 姿 を 見て取る 方法 に 暗い ながら 、 まっ正直に 悪意 なく それ を なし遂げよう と する らしい 目つき だった 。 すこし|どん||おもわ|||よ|こと|||じぶつ|||すがた||みてとる|ほうほう||くらい||まっ しょうじきに|あくい||||なしとげよう||||めつき| 古藤 なん ぞ に 自分 の 秘密 が なんで あばかれて たまる もの か と 多寡 を くくり つつ も 、 その物 軟らか ながら どんどん 人 の 心 の 中 に はいり込もう と する ような 目つき に あう と 、 いつか 秘密の どん底 を 誤 た ずつ かま れ そうな 気 が して なら なかった 。 ことう||||じぶん||ひみつ|||あばか れて|||||たか|||||そのもの|やわらか|||じん||こころ||なか||はいりこもう||||めつき|||||ひみつの|どんぞこ||ご|||||そう な|き|||| そう なる に して も しかし それ まで に は 古藤 は 長い 間 忍耐 して 待たなければ なら ない だろう 、 そう 思って 葉子 は 一面 小気味よく も 思った 。 ||||||||||ことう||ながい|あいだ|にんたい||またなければ|||||おもって|ようこ||いちめん|こきみよく||おもった