×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

或る女 - 有島武郎(アクセス), 24.1 或る女

24.1 或る 女

その 次の 朝 女将 と 話 を したり 、 呉服 屋 を 呼んだり した ので 、 日 が かなり 高く なる まで 宿 に いた 葉子 は 、 いやいや ながら 例 の けばけばしい 綿入れ を 着て 、 羽織 だけ は 女将 が 借りて くれた 、 妹 分 と いう 人 の 烏 羽黒 の 縮緬 の 紋付き に して 旅館 を 出た 。 倉地 は 昨夜 の 夜ふかし に も 係わら ず その 朝 早く 横浜 の ほう に 出かけた あと だった 。 きょう も 空 は 菊 日和 と でも いう 美しい 晴れ かた を して いた 。 ・・

葉子 は わざと 宿 で 車 を 頼んで もらわ ず に 、 煉瓦 通り に 出て から きれい そうな 辻 待ち を 傭って それ に 乗った 。 そして 池 の 端 の ほう に 車 を 急が せた 。 定子 を 目の前 に 置いて 、 その 小さな 手 を なでたり 、 絹糸 の ような 髪 の 毛 を もてあそぶ 事 を 思う と 葉子 の 胸 は われ に も なく ただ わくわく と せき込んで 来た 。 眼鏡 橋 を 渡って から 突き当たり の 大 時計 は 見え ながら なかなか そこ まで 車 が 行か ない の を もどかしく 思った 。 膝 の 上 に 乗せた 土産 の おもちゃ や 小さな 帽子 など を やきもき し ながら ひねり 回したり 、 膝 掛け の 厚い 地 を ぎゅっと 握り締めたり して 、 はやる 心 を 押し しずめよう と して みる けれども それ を どう する 事 も でき なかった 。 車 が ようやく 池 の 端に 出る と 葉子 は 右 、 左 、 と 細い 道筋 の 角 々 で さしず した 。 そして 岩崎 の 屋敷 裏 に あたる 小さな 横 町 の 曲がり かどで 車 を 乗り捨てた 。 ・・

一 か月 の 間 来 ない だけ な のだ けれども 、 葉子 に は それ が 一 年 に も 二 年 に も 思わ れた ので 、 その 界隈 が 少しも 変化 し ないで 元 の とおり な の が かえって 不思議な ようだった 。 じめじめ した 小 溝 に 沿う て 根 ぎ わ の 腐 れた 黒板 塀 の 立って る 小さな 寺 の 境内 を 突っ切って 裏 に 回る と 、 寺 の 貸し 地面 に ぽっつ り 立った 一戸建て の 小 家 が 乳母 の 住む 所 だ 。 没 義道 に 頭 を 切り取ら れた 高野 槇 が 二 本 旧 の 姿 で 台所 前 に 立って いる 、 その 二 本 に 干し 竿 を 渡して 小さな 襦袢 や 、 まる 洗い に した 胴 着 が 暖かい 日 の 光 を 受けて ぶら下がって いる の を 見る と 葉子 は もう たまらなく なった 。 涙 が ぽろぽろ と たわ い も なく 流れ 落ちた 。 家 の 中 で は 定子 の 声 が し なかった 。 葉子 は 気 を 落ち着ける ため に 案内 を 求め ず に 入り口 に 立った まま 、 そっと 垣根 から 庭 を のぞいて 見る と 、 日 あたり の いい 縁側 に 定子 が たった 一 人 、 葉子 に は しごき 帯 を 長く 結んだ 後ろ姿 を 見せて 、 一心不乱 に せっせと 少し ばかり の こわれ おもちゃ を いじ くり 回して いた 。 何事 に まれ 真剣な 様子 を 見せつけられる と 、―― わき目 も ふら ず 畑 を 耕す 農夫 、 踏み切り に 立って 子 を 背負った まま 旗 を かざす 女房 、 汗 を し とど に たらし ながら 坂道 に 荷車 を 押す 出稼ぎ の 夫婦 ―― わけ も なく 涙 に つまされる 葉子 は 、 定子 の そうした 姿 を 一目 見た ばかりで 、 人間 力 で は どう する 事 も でき ない 悲しい 出来事 に でも 出あった ように 、 しみじみ と さびしい 心持ち に なって しまった 。 ・・

「 定 ちゃん 」・・

涙 を 声 に した ように 葉子 は 思わず 呼んだ 。 定子 が びっくり して 後ろ を 振り向いた 時 に は 、 葉子 は 戸 を あけて 入り口 を 駆け上がって 定子 の そば に すり寄って いた 。 父 に 似た のだろう 痛々しい ほど 華車 作り な 定子 は 、 どこ に どうして しまった の か 、 声 も 姿 も 消え 果てた 自分 の 母 が 突然 そば 近く に 現われた の に 気 を 奪わ れた 様子 で 、 とみに は 声 も 出さ ず に 驚いて 葉子 を 見守った 。 ・・

「 定 ちゃん ママ だ よ 。 よく 丈夫でした ね 。 そして よく 一 人 で おとな に して ……」・・

もう 声 が 続か なかった 。 ・・

「 ママ ちゃん 」・・

そう 突然 大きな 声 で いって 定子 は 立ち上がり ざま 台所 の ほう に 駆けて 行った 。 ・・

「 婆 や ママ ちゃん が 来た の よ 」・・

と いう 声 が した 。 ・・

「 え ! 」・・

と 驚く らしい 婆 や の 声 が 裏庭 から 聞こえた 。 と 、 あわてた ように 台所 を 上がって 、 定子 を 横 抱き に した 婆 や が 、 かぶって いた 手ぬぐい を 頭から はずし ながら ころがり込む ように して 座敷 に は いって 来た 。 二 人 は 向き合って すわる と 両方 と も 涙ぐみ ながら 無言 で 頭 を 下げた 。 ・・

「 ちょっと 定 ちゃん を こっち に お 貸し 」・・

しばらく して から 葉子 は 定子 を 婆 や の 膝 から 受け取って 自分 の ふところ に 抱きしめた 。 ・・

「 お 嬢 さま …… 私 に は もう 何 が なんだか ちっとも わかりません が 、 私 は ただ もう くやしゅう ございます 。 …… どうして こう 早く お 帰り に なった んで ございます か …… 皆様 の おっしゃる 事 を 伺って いる と あんまり 業 腹 で ございます から …… もう 私 は 耳 を ふさいで おります 。 あなた から 伺った ところ が どうせ こう 年 を 取ります と 腑 に 落ちる 気づかい は ございませ ん 。 でも まあ おから だ が どう か と 思って お 案じ 申して おりました が 、 御 丈夫で 何より で ございました …… 何しろ 定子 様 が お かわいそうで ……」・・

葉子 に おぼれ きった 婆 や の 口 から さも くやし そうに こうした 言葉 が つぶやか れる の を 、 葉子 は さびしい 心持ち で 聞か ねば なら なかった 。 耄碌 した と 自分 で は いい ながら 、 若い 時 に 亭主 に 死に 別れて 立派に 後 家 を 通して 後ろ 指 一 本 ささ れ なかった 昔気質の しっかり者 だけ に 、 親類 たち の 陰口 や うわさ で 聞いた 葉子 の 乱行 に は あきれ果てて い ながら 、 この世 で の ただ 一 人 の 秘蔵 物 と して 葉子 の 頭 から 足 の 先 まで も 自分 の 誇り に して いる 婆 や の 切ない 心持ち は 、 ひしひし と 葉子 に も 通じる のだった 。 婆 や と 定子 …… こんな 純粋な 愛情 の 中 に 取り囲まれて 、 落ち着いた 、 しとやかな 、 そして 安穏な 一生 を 過ごす の も 、 葉子 は 望ましい と 思わ ないで は なかった 。 ことに 婆 や と 定子 と を 目の前 に 置いて 、 つつましやかな 過不足 の ない 生活 を ながめる と 、 葉子 の 心 は 知らず知らず なじんで 行く の を 覚えた 。 ・・

しかし 同時に 倉地 の 事 を ちょっと でも 思う と 葉子 の 血 は 一 時 に わき立った 。 平穏な 、 その代わり 死んだ も 同然な 一生 が なんだ 。 純粋な 、 その代わり 冷え も せ ず 熱し も し ない 愛情 が なんだ 。 生きる 以上 は 生きて る らしく 生き ないで どう しよう 。 愛する 以上 は 命 と 取りかえっこ を する くらい に 愛せ ず に は いられ ない 。 そうした 衝動 が 自分 でも どう する 事 も でき ない 強い 感情 に なって 、 葉子 の 心 を 本能 的に 煽 ぎ 立てる のだった 。 この 奇怪な 二 つ の 矛盾 が 葉子 の 心 の 中 に は 平気で 両立 しよう と して いた 。 葉子 は 眼前 の 境界 で その 二 つ の 矛盾 を 割合 に 困難 も なく 使い分ける 不思議な 心 の 広 さ を 持って いた 。 ある 時 に は 極端に 涙もろく 、 ある 時 に は 極端に 残虐だった 。 まるで 二 人 の 人 が 一 つ の 肉体 に 宿って いる か と 自分 ながら 疑う ような 事 も あった 。 それ が 時 に は いまいましかった 、 時に は 誇らしく も あった 。 ・・

「 定 ちゃ ま 。 よう こ ざいました ね 、 ママ ちゃん が 早く お 帰り に なって 。 お立ち に なって から でも お 聞き分け よく ママ の マ の 字 も おっしゃら なかった んです けれども 、 どうかする と こう ぼんやり 考えて でも いらっしゃる ような の が お かわいそうで 、 一 時 は おから だ でも 悪く なり は し ない か と 思う ほど でした 。 こんな でも なかなか 心 は 働いて いらっしゃる んです から ねえ 」・・

と 婆 や は 、 葉子 の 膝 の 上 に 巣食う ように 抱かれて 、 黙った まま 、 澄んだ ひとみ で 母 の 顔 を 下 から のぞく ように して いる 定子 と 葉子 と を 見くらべ ながら 、 述懐 めいた 事 を いった 。 葉子 は 自分 の 頬 を 、 暖かい 桃 の 膚 の ように 生 毛 の 生えた 定子 の 頬 に すり つけ ながら 、 それ を 聞いた 。 ・・

「 お前 の その 気象 で わから ない と お いい なら 、 くどくど いった ところ が むだ かも しれ ない から 、 今度 の 事 に ついて は 私 なんにも 話す まい が 、 家 の 親類 たち の いう 事 な ん ぞ は きっと 気 に し ない でおくれよ 。 今度 の 船 に は 飛んで も ない 一 人 の 奥さん が 乗り 合わして いて ね 、 その 人 が ちょっと した 気まぐれ から ある 事 ない 事 取りまぜて こっち に いって よこした ので 、 事 あれ か し と 待ち構えて いた 人 たち の 耳 に は いったん だ から 、 これ から 先だって どんな ひどい 事 を いわ れる か しれた もん じゃ ない んだ よ 。 お前 も 知って の とおり 私 は 生まれ落ちる と から つむじ曲がり じゃ あった けれども 、 あんなに 周囲 から こづき 回さ れ さえ しなければ こんなに なり は し なかった のだ よ 。 それ は だれ より も お前 が 知って ておくれだ わ ね 。 これ から だって 私 は 私 なり に 押し通す よ 。 だれ が なんと いったって 構う もん です か 。 その つもり で お前 も 私 を 見て い ておくれ 。 広い 世の中 に 私 が どんな 失策 を しでかして も 、 心から 思いやって くれる の は ほんとうに お前 だけ だ わ 。 …… 今度 から は 私 も ちょいちょい 来る だろう けれども 、 この上 と も この 子 を 頼みます よ 。 ね 、 定 ちゃん 。 よく 婆 や の いう 事 を 聞いて いい 子 に なって ちょうだい よ 。 ママ ちゃん は ここ に いる 時 でも いない 時 でも 、 いつでも あなた を 大事に 大事に 思って る んだ から ね 。 …… さ 、 もう こんな むずかしい お 話 は よして お 昼 の お したく でも しましょう ね 。 きょう は ママ ちゃん が おいしい ごちそう を こしらえて 上げる から 定 ちゃん も 手伝い して ちょうだい ね 」・・

そう いって 葉子 は 気軽 そうに 立ち上がって 台所 の ほう に 定子 と 連れだった 。 婆 や も 立ち上がり は した が その 顔 は 妙に 冴え なかった 。 そして 台所 で 働き ながら やや ともすると 内 所 で 鼻 を すすって いた 。 ・・

そこ に は 葉山 で 木部 孤 と 同棲 して いた 時 に 使った 調度 が 今 だ に 古び を 帯びて 保存 さ れたり して いた 。 定子 を そば に おいて そんな もの を 見る に つけ 、 少し 感傷 的に なった 葉子 の 心 は 涙 に 動こう と した 。 けれども その 日 は なんといっても 近ごろ 覚え ない ほど しみじみ と した 楽し さ だった 。 何事 に でも 器用な 葉子 は 不足 がちな 台所 道具 を 巧みに 利用 して 、 西 洋風 な 料理 と 菓子 と を 三 品 ほど 作った 。 定子 は すっかり 喜んで しまって 、 小さな 手足 を まめ まめ しく 働か し ながら 、「 は いはい 」 と いって 庖丁 を あっち に 運んだり 、 皿 を こっち に 運んだり した 。 三 人 は 楽しく 昼 飯 の 卓 に ついた 。 そして 夕方 まで 水入らず に ゆっくり 暮らした 。 ・・

その 夜 は 妹 たち が 学校 から 来る はず に なって いた ので 葉子 は 婆 や の 勧める 晩 飯 も 断わって 夕方 その 家 を 出た 。 入り口 の 所 に つく ねん と 立って 姿 や に 両 肩 を ささえられ ながら 姿 の 消える まで 葉子 を 見送った 定子 の 姿 が いつまでも いつまでも 葉子 の 心 から 離れ なかった 。 夕闇 に まぎれた 幌 の 中 で 葉子 は 幾 度 か ハンケチ を 目 に あてた 。 ・・

宿 に 着く ころ に は 葉子 の 心持ち は 変わって いた 。 玄関 に は いって 見る と 、 女学校 で なければ 履か れ ない ような 安 下駄 の きたなく なった の が 、 お 客 や 女 中 たち の 気取った 履き物 の 中 に まじって 脱いで ある の を 見て 、 もう 妹 たち が 来て 待って いる の を 知った 。 さっそく に 出迎え に 出た 女将 に 、 今夜 は 倉地 が 帰って 来たら 他 所 の 部屋 で 寝る ように 用意 を して おいて もらいたい と 頼んで 、 静々 と 二 階 へ 上がって 行った 。 ・・

襖 を あけて 見る と 二 人 の 姉妹 は ぴったり と くっつき 合って 泣いて いた 。 人 の 足音 を 姉 の それ だ と は 充分に 知り ながら 、 愛子 の ほう は 泣き顔 を 見せる の が 気 まり が 悪い ふうで 、 振り向き も せ ず に 一 入 うなだれて しまった が 、 貞 世 の ほう は 葉子 の 姿 を 一目 見る なり 、 はねる ように 立ち上がって 激しく 泣き ながら 葉子 の ふところ に 飛びこんで 来た 。 葉子 も 思わず 飛び立つ ように 貞 世 を 迎えて 、 長火鉢 の かたわら の 自分 の 座 に すわる と 、 貞 世 は その 膝 に 突っ伏して すすり 上げ すすり 上げ 可憐な 背中 に 波 を 打た した 。 これほど まで に 自分 の 帰り を 待ちわびて も い 、 喜んで も くれる の か と 思う と 、 骨 肉 の 愛着 から も 、 妹 だけ は 少なくとも 自分 の 掌握 の 中 に ある と の 満足 から も 、 葉子 は この上 なく うれしかった 。 しかし 火鉢 から はるか 離れた 向こう側 に 、 うやうやしく 居ずまい を 正して 、 愛子 が ひそひそ と 泣き ながら 、 規則正しく おじぎ を する の を 見る と 葉子 は すぐ 癪 に さわった 。 どうして 自分 は この 妹 に 対して 優しく する 事 が でき ない のだろう と は 思い つつ も 、 葉子 は 愛子 の 所作 を 見る と 一 々 気 に さわら ないで はいら れ ない のだ 。 葉子 の 目 は 意地 わるく 剣 を 持って 冷ややかに 小柄で 堅 肥 り な 愛子 を 激しく 見すえた 。 ・・

「 会い たて から つけ つけ いう の も な んだ けれども 、 な んです ねえ その おじぎ の しかた は 、 他人行儀 らしい 。 もっと 打ち解けて くれたって いい じゃ ない の 」・・

と いう と 愛子 は 当惑 した ように 黙った まま 目 を 上げて 葉子 を 見た 。 その 目 は しかし 恐れて も 恨んで も いる らしく は なかった 。 小 羊 の ような 、 まつ毛 の 長い 、 形 の いい 大きな 目 が 、 涙 に 美しく ぬれて 夕月 の ように ぽっかり と ならんで いた 。 悲しい 目つき の ようだ けれども 、 悲しい と いう ので も ない 。 多 恨 な 目 だ 。 多 情 な 目 で さえ ある かも しれ ない 。 そう 皮肉な 批評 家 らしく 葉子 は 愛子 の 目 を 見て 不快に 思った 。 大 多数 の 男 は あんな 目 で 見られる と 、 この上 なく 詩的な 霊 的な 一 瞥 を 受け取った ように も 思う のだろう 。 そんな 事 さえ 素早く 考え の 中 に つけ加えた 。 貞 世 が 広い 帯 を して 来て いる のに 、 愛子 が 少し 古びた 袴 を はいて いる の さえ さげすま れた 。 ・・

「 そんな 事 は どう でも ようご ざん す わ 。 さ 、 お 夕飯 に しましょう ね 」・・

葉子 は やがて 自分 の 妄念 を かき 払う ように こう いって 、 女 中 を 呼んだ 。 ・・

貞 世 は 寵児 らしく すっかり はしゃぎ きって いた 。 二 人 が 古藤 に つれられて 始めて 田島 の 塾 に 行った 時 の 様子 から 、 田島 先生 が 非常に 二 人 を かわいがって くれる 事 から 、 部屋 の 事 、 食物 の 事 、 さすが に 女の子 らしく 細かい 事 まで 自分 一 人 の 興 に 乗じて 談 り 続けた 。 愛子 も 言葉少なに 要領 を 得た 口 を きいた 。 ・・

「 古藤 さん が 時々 来て くださる の ? 」・・

と 聞いて みる と 、 貞 世 は 不平 らしく 、・・

「 い ゝ え 、 ちっとも 」・・

「 では お 手紙 は ? 」・・

「 来て よ 、 ねえ 愛 ねえ さま 。 二 人 の 所 に 同じ くらい ずつ 来ます わ 」・・

と 、 愛子 は 控え目 らしく ほほえみ ながら 上 目 越し に 貞 世 を 見て 、・・

「 貞 ちゃん の ほう に 余計 来る くせ に 」・・

と なんでもない 事 で 争ったり した 。 愛子 は 姉 に 向かって 、・・

「 塾 に 入れて くださる と 古藤 さん が 私 たち に 、 もう これ 以上 私 の して 上げる 事 は ない と 思う から 、 用 が なければ 来ません 。 その代わり 用 が あったら いつでも そう いって お よこし なさい と おっしゃった きり いらっしゃいません の よ 。 そうして こちら でも 古藤 さん に お 願い する ような 用 は なんにも ない んです もの 」・・

と いった 。 葉子 は それ を 聞いて ほほえみ ながら 古藤 が 二 人 を 塾 に つれて 行った 時 の 様子 を 想像 して みた 。 例 の ように どこ の 玄関 番 か と 思わ れる 風体 を して 、 髪 を 刈る 時 の ほか 剃 ら ない 顎 ひげ を 一二 分 ほど も 延ばして 、 頑丈な 容貌 や 体格 に 不似合いな はにかんだ 口 つきで 、 田島 と いう 、 男 の ような 女 学者 と 話 を して いる 様子 が 見える ようだった 。


24.1 或る 女 ある|おんな 24.1 Una mujer

その 次の 朝 女将 と 話 を したり 、 呉服 屋 を 呼んだり した ので 、 日 が かなり 高く なる まで 宿 に いた 葉子 は 、 いやいや ながら 例 の けばけばしい 綿入れ を 着て 、 羽織 だけ は 女将 が 借りて くれた 、 妹 分 と いう 人 の 烏 羽黒 の 縮緬 の 紋付き に して 旅館 を 出た 。 |つぎの|あさ|おかみ||はなし|||ごふく|や||よんだり|||ひ|||たかく|||やど|||ようこ||||れい|||わたいれ||きて|はおり|||おかみ||かりて||いもうと|ぶん|||じん||からす|はぐろ||ちりめん||もんつき|||りょかん||でた 倉地 は 昨夜 の 夜ふかし に も 係わら ず その 朝 早く 横浜 の ほう に 出かけた あと だった 。 くらち||さくや||よふかし|||かかわら|||あさ|はやく|よこはま||||でかけた|| きょう も 空 は 菊 日和 と でも いう 美しい 晴れ かた を して いた 。 ||から||きく|ひより||||うつくしい|はれ|||| ・・

葉子 は わざと 宿 で 車 を 頼んで もらわ ず に 、 煉瓦 通り に 出て から きれい そうな 辻 待ち を 傭って それ に 乗った 。 ようこ|||やど||くるま||たのんで||||れんが|とおり||でて|||そう な|つじ|まち||よう って|||のった そして 池 の 端 の ほう に 車 を 急が せた 。 |いけ||はし||||くるま||いそが| 定子 を 目の前 に 置いて 、 その 小さな 手 を なでたり 、 絹糸 の ような 髪 の 毛 を もてあそぶ 事 を 思う と 葉子 の 胸 は われ に も なく ただ わくわく と せき込んで 来た 。 さだこ||めのまえ||おいて||ちいさな|て|||きぬいと|||かみ||け|||こと||おもう||ようこ||むね|||||||||せきこんで|きた 眼鏡 橋 を 渡って から 突き当たり の 大 時計 は 見え ながら なかなか そこ まで 車 が 行か ない の を もどかしく 思った 。 めがね|きょう||わたって||つきあたり||だい|とけい||みえ|||||くるま||いか|||||おもった 膝 の 上 に 乗せた 土産 の おもちゃ や 小さな 帽子 など を やきもき し ながら ひねり 回したり 、 膝 掛け の 厚い 地 を ぎゅっと 握り締めたり して 、 はやる 心 を 押し しずめよう と して みる けれども それ を どう する 事 も でき なかった 。 ひざ||うえ||のせた|みやげ||||ちいさな|ぼうし|||||||まわしたり|ひざ|かけ||あつい|ち|||にぎりしめたり|||こころ||おし||||||||||こと||| 車 が ようやく 池 の 端に 出る と 葉子 は 右 、 左 、 と 細い 道筋 の 角 々 で さしず した 。 くるま|||いけ||はしたに|でる||ようこ||みぎ|ひだり||ほそい|みちすじ||かど|||| そして 岩崎 の 屋敷 裏 に あたる 小さな 横 町 の 曲がり かどで 車 を 乗り捨てた 。 |いわさき||やしき|うら|||ちいさな|よこ|まち||まがり||くるま||のりすてた ・・

一 か月 の 間 来 ない だけ な のだ けれども 、 葉子 に は それ が 一 年 に も 二 年 に も 思わ れた ので 、 その 界隈 が 少しも 変化 し ないで 元 の とおり な の が かえって 不思議な ようだった 。 ひと|かげつ||あいだ|らい||||||ようこ|||||ひと|とし|||ふた|とし|||おもわ||||かいわい||すこしも|へんか|||もと|||||||ふしぎな| じめじめ した 小 溝 に 沿う て 根 ぎ わ の 腐 れた 黒板 塀 の 立って る 小さな 寺 の 境内 を 突っ切って 裏 に 回る と 、 寺 の 貸し 地面 に ぽっつ り 立った 一戸建て の 小 家 が 乳母 の 住む 所 だ 。 ||しょう|みぞ||そう||ね||||くさ||こくばん|へい||たって||ちいさな|てら||けいだい||つっきって|うら||まわる||てら||かし|じめん||ぽっ つ||たった|いっこだて||しょう|いえ||うば||すむ|しょ| 没 義道 に 頭 を 切り取ら れた 高野 槇 が 二 本 旧 の 姿 で 台所 前 に 立って いる 、 その 二 本 に 干し 竿 を 渡して 小さな 襦袢 や 、 まる 洗い に した 胴 着 が 暖かい 日 の 光 を 受けて ぶら下がって いる の を 見る と 葉子 は もう たまらなく なった 。 ぼつ|よしみち||あたま||きりとら||たかの|まき||ふた|ほん|きゅう||すがた||だいどころ|ぜん||たって|||ふた|ほん||ほし|さお||わたして|ちいさな|じゅばん|||あらい|||どう|ちゃく||あたたかい|ひ||ひかり||うけて|ぶらさがって||||みる||ようこ|||| 涙 が ぽろぽろ と たわ い も なく 流れ 落ちた 。 なみだ||||||||ながれ|おちた 家 の 中 で は 定子 の 声 が し なかった 。 いえ||なか|||さだこ||こえ||| 葉子 は 気 を 落ち着ける ため に 案内 を 求め ず に 入り口 に 立った まま 、 そっと 垣根 から 庭 を のぞいて 見る と 、 日 あたり の いい 縁側 に 定子 が たった 一 人 、 葉子 に は しごき 帯 を 長く 結んだ 後ろ姿 を 見せて 、 一心不乱 に せっせと 少し ばかり の こわれ おもちゃ を いじ くり 回して いた 。 ようこ||き||おちつける|||あんない||もとめ|||いりぐち||たった|||かきね||にわ|||みる||ひ||||えんがわ||さだこ|||ひと|じん|ようこ||||おび||ながく|むすんだ|うしろすがた||みせて|いっしんふらん|||すこし||||||||まわして| 何事 に まれ 真剣な 様子 を 見せつけられる と 、―― わき目 も ふら ず 畑 を 耕す 農夫 、 踏み切り に 立って 子 を 背負った まま 旗 を かざす 女房 、 汗 を し とど に たらし ながら 坂道 に 荷車 を 押す 出稼ぎ の 夫婦 ―― わけ も なく 涙 に つまされる 葉子 は 、 定子 の そうした 姿 を 一目 見た ばかりで 、 人間 力 で は どう する 事 も でき ない 悲しい 出来事 に でも 出あった ように 、 しみじみ と さびしい 心持ち に なって しまった 。 なにごと|||しんけんな|ようす||みせつけ られる||わきめ||||はたけ||たがやす|のうふ|ふみきり||たって|こ||せおった||き|||にょうぼう|あせ|||||||さかみち||にぐるま||おす|でかせぎ||ふうふ||||なみだ|||ようこ||さだこ|||すがた||いちもく|みた||にんげん|ちから|||||こと||||かなしい|できごと|||であった|||||こころもち||| ・・

「 定 ちゃん 」・・ てい|

涙 を 声 に した ように 葉子 は 思わず 呼んだ 。 なみだ||こえ||||ようこ||おもわず|よんだ 定子 が びっくり して 後ろ を 振り向いた 時 に は 、 葉子 は 戸 を あけて 入り口 を 駆け上がって 定子 の そば に すり寄って いた 。 さだこ||||うしろ||ふりむいた|じ|||ようこ||と|||いりぐち||かけあがって|さだこ||||すりよって| 父 に 似た のだろう 痛々しい ほど 華車 作り な 定子 は 、 どこ に どうして しまった の か 、 声 も 姿 も 消え 果てた 自分 の 母 が 突然 そば 近く に 現われた の に 気 を 奪わ れた 様子 で 、 とみに は 声 も 出さ ず に 驚いて 葉子 を 見守った 。 ちち||にた||いたいたしい||はなくるま|つくり||さだこ||||||||こえ||すがた||きえ|はてた|じぶん||はは||とつぜん||ちかく||あらわれた|||き||うばわ||ようす||||こえ||ださ|||おどろいて|ようこ||みまもった ・・

「 定 ちゃん ママ だ よ 。 てい||まま|| よく 丈夫でした ね 。 |じょうぶでした| そして よく 一 人 で おとな に して ……」・・ ||ひと|じん||||

もう 声 が 続か なかった 。 |こえ||つづか| ・・

「 ママ ちゃん 」・・ まま|

そう 突然 大きな 声 で いって 定子 は 立ち上がり ざま 台所 の ほう に 駆けて 行った 。 |とつぜん|おおきな|こえ|||さだこ||たちあがり||だいどころ||||かけて|おこなった ・・

「 婆 や ママ ちゃん が 来た の よ 」・・ ばあ||まま|||きた||

と いう 声 が した 。 ||こえ|| ・・

「 え ! 」・・

と 驚く らしい 婆 や の 声 が 裏庭 から 聞こえた 。 |おどろく||ばあ|||こえ||うらにわ||きこえた と 、 あわてた ように 台所 を 上がって 、 定子 を 横 抱き に した 婆 や が 、 かぶって いた 手ぬぐい を 頭から はずし ながら ころがり込む ように して 座敷 に は いって 来た 。 |||だいどころ||あがって|さだこ||よこ|いだき|||ばあ|||||てぬぐい||あたまから|||ころがりこむ|||ざしき||||きた 二 人 は 向き合って すわる と 両方 と も 涙ぐみ ながら 無言 で 頭 を 下げた 。 ふた|じん||むきあって|||りょうほう|||なみだぐみ||むごん||あたま||さげた ・・

「 ちょっと 定 ちゃん を こっち に お 貸し 」・・ |てい||||||かし

しばらく して から 葉子 は 定子 を 婆 や の 膝 から 受け取って 自分 の ふところ に 抱きしめた 。 |||ようこ||さだこ||ばあ|||ひざ||うけとって|じぶん||||だきしめた ・・

「 お 嬢 さま …… 私 に は もう 何 が なんだか ちっとも わかりません が 、 私 は ただ もう くやしゅう ございます 。 |じょう||わたくし||||なん||||わかり ませ ん||わたくし||||| …… どうして こう 早く お 帰り に なった んで ございます か …… 皆様 の おっしゃる 事 を 伺って いる と あんまり 業 腹 で ございます から …… もう 私 は 耳 を ふさいで おります 。 ||はやく||かえり||||||みなさま|||こと||うかがって||||ぎょう|はら|||||わたくし||みみ|||おり ます あなた から 伺った ところ が どうせ こう 年 を 取ります と 腑 に 落ちる 気づかい は ございませ ん 。 ||うかがった|||||とし||とり ます||ふ||おちる|きづかい||| でも まあ おから だ が どう か と 思って お 案じ 申して おりました が 、 御 丈夫で 何より で ございました …… 何しろ 定子 様 が お かわいそうで ……」・・ ||||||||おもって||あんじ|もうして|おり ました||ご|じょうぶで|なにより|||なにしろ|さだこ|さま|||

葉子 に おぼれ きった 婆 や の 口 から さも くやし そうに こうした 言葉 が つぶやか れる の を 、 葉子 は さびしい 心持ち で 聞か ねば なら なかった 。 ようこ||||ばあ|||くち||||そう に||ことば||||||ようこ|||こころもち||きか||| 耄碌 した と 自分 で は いい ながら 、 若い 時 に 亭主 に 死に 別れて 立派に 後 家 を 通して 後ろ 指 一 本 ささ れ なかった 昔気質の しっかり者 だけ に 、 親類 たち の 陰口 や うわさ で 聞いた 葉子 の 乱行 に は あきれ果てて い ながら 、 この世 で の ただ 一 人 の 秘蔵 物 と して 葉子 の 頭 から 足 の 先 まで も 自分 の 誇り に して いる 婆 や の 切ない 心持ち は 、 ひしひし と 葉子 に も 通じる のだった 。 もうろく|||じぶん|||||わかい|じ||ていしゅ||しに|わかれて|りっぱに|あと|いえ||とおして|うしろ|ゆび|ひと|ほん||||むかしかたぎの|しっかりもの|||しんるい|||かげぐち||||きいた|ようこ||らんぎょう|||あきれはてて|||このよ||||ひと|じん||ひぞう|ぶつ|||ようこ||あたま||あし||さき|||じぶん||ほこり||||ばあ|||せつない|こころもち||||ようこ|||つうじる| Although she herself says that she has grown old, she was separated from her husband when she was young, and since then she has not given a single finger back to her husband. The old woman, who is appalled by her misbehavior, takes pride in Yoko from head to toe as her only treasured possession in this world. was . 婆 や と 定子 …… こんな 純粋な 愛情 の 中 に 取り囲まれて 、 落ち着いた 、 しとやかな 、 そして 安穏な 一生 を 過ごす の も 、 葉子 は 望ましい と 思わ ないで は なかった 。 ばあ|||さだこ||じゅんすいな|あいじょう||なか||とりかこま れて|おちついた|||あんおんな|いっしょう||すごす|||ようこ||のぞましい||おもわ||| ことに 婆 や と 定子 と を 目の前 に 置いて 、 つつましやかな 過不足 の ない 生活 を ながめる と 、 葉子 の 心 は 知らず知らず なじんで 行く の を 覚えた 。 |ばあ|||さだこ|||めのまえ||おいて||かふそく|||せいかつ||||ようこ||こころ||しらずしらず||いく|||おぼえた ・・

しかし 同時に 倉地 の 事 を ちょっと でも 思う と 葉子 の 血 は 一 時 に わき立った 。 |どうじに|くらち||こと||||おもう||ようこ||ち||ひと|じ||わきたった 平穏な 、 その代わり 死んだ も 同然な 一生 が なんだ 。 へいおんな|そのかわり|しんだ||どうぜんな|いっしょう|| 純粋な 、 その代わり 冷え も せ ず 熱し も し ない 愛情 が なんだ 。 じゅんすいな|そのかわり|ひえ||||あつし||||あいじょう|| 生きる 以上 は 生きて る らしく 生き ないで どう しよう 。 いきる|いじょう||いきて|||いき||| 愛する 以上 は 命 と 取りかえっこ を する くらい に 愛せ ず に は いられ ない 。 あいする|いじょう||いのち||とりかえ っこ|||||あいせ||||いら れ| そうした 衝動 が 自分 でも どう する 事 も でき ない 強い 感情 に なって 、 葉子 の 心 を 本能 的に 煽 ぎ 立てる のだった 。 |しょうどう||じぶん||||こと||||つよい|かんじょう|||ようこ||こころ||ほんのう|てきに|あお||たてる| この 奇怪な 二 つ の 矛盾 が 葉子 の 心 の 中 に は 平気で 両立 しよう と して いた 。 |きかいな|ふた|||むじゅん||ようこ||こころ||なか|||へいきで|りょうりつ|||| These two bizarre contradictions were calmly trying to reconcile in Yoko's mind. 葉子 は 眼前 の 境界 で その 二 つ の 矛盾 を 割合 に 困難 も なく 使い分ける 不思議な 心 の 広 さ を 持って いた 。 ようこ||がんぜん||きょうかい|||ふた|||むじゅん||わりあい||こんなん|||つかいわける|ふしぎな|こころ||ひろ|||もって| ある 時 に は 極端に 涙もろく 、 ある 時 に は 極端に 残虐だった 。 |じ|||きょくたんに|なみだもろく||じ|||きょくたんに|ざんぎゃくだった まるで 二 人 の 人 が 一 つ の 肉体 に 宿って いる か と 自分 ながら 疑う ような 事 も あった 。 |ふた|じん||じん||ひと|||にくたい||やどって||||じぶん||うたがう||こと|| それ が 時 に は いまいましかった 、 時に は 誇らしく も あった 。 ||じ||||ときに||ほこらしく|| ・・

「 定 ちゃ ま 。 てい|| よう こ ざいました ね 、 ママ ちゃん が 早く お 帰り に なって 。 ||ざい ました||まま|||はやく||かえり|| お立ち に なって から でも お 聞き分け よく ママ の マ の 字 も おっしゃら なかった んです けれども 、 どうかする と こう ぼんやり 考えて でも いらっしゃる ような の が お かわいそうで 、 一 時 は おから だ でも 悪く なり は し ない か と 思う ほど でした 。 おたち||||||ききわけ||まま||||あざ||||||どうか する||||かんがえて||||||||ひと|じ|||||わるく|||||||おもう|| Even after she got up, she didn't even say the letter "M", but I felt sorry for her thinking about it in a daze. It was enough to make me wonder. こんな でも なかなか 心 は 働いて いらっしゃる んです から ねえ 」・・ |||こころ||はたらいて||||

と 婆 や は 、 葉子 の 膝 の 上 に 巣食う ように 抱かれて 、 黙った まま 、 澄んだ ひとみ で 母 の 顔 を 下 から のぞく ように して いる 定子 と 葉子 と を 見くらべ ながら 、 述懐 めいた 事 を いった 。 |ばあ|||ようこ||ひざ||うえ||すくう||いだか れて|だまった||すんだ|||はは||かお||した||||||さだこ||ようこ|||みくらべ||じゅっかい||こと|| 葉子 は 自分 の 頬 を 、 暖かい 桃 の 膚 の ように 生 毛 の 生えた 定子 の 頬 に すり つけ ながら 、 それ を 聞いた 。 ようこ||じぶん||ほお||あたたかい|もも||はだ|||せい|け||はえた|さだこ||ほお|||||||きいた ・・

「 お前 の その 気象 で わから ない と お いい なら 、 くどくど いった ところ が むだ かも しれ ない から 、 今度 の 事 に ついて は 私 なんにも 話す まい が 、 家 の 親類 たち の いう 事 な ん ぞ は きっと 気 に し ない でおくれよ 。 おまえ|||きしょう|||||||||||||||||こんど||こと||||わたくし||はなす|||いえ||しんるい||||こと||||||き|||| "If you don't know what the weather is like, it might be a waste of time to talk about it, so I won't tell you anything about this time, but I'm sure you'll like what your relatives say. Please don't. 今度 の 船 に は 飛んで も ない 一 人 の 奥さん が 乗り 合わして いて ね 、 その 人 が ちょっと した 気まぐれ から ある 事 ない 事 取りまぜて こっち に いって よこした ので 、 事 あれ か し と 待ち構えて いた 人 たち の 耳 に は いったん だ から 、 これ から 先だって どんな ひどい 事 を いわ れる か しれた もん じゃ ない んだ よ 。 こんど||せん|||とんで|||ひと|じん||おくさん||のり|あわして||||じん||||きまぐれ|||こと||こと|とりまぜて||||||こと|||||まちかまえて||じん|||みみ||||||||せんだって|||こと|||||||||| On board the next ship was a wife who hadn't even flown. People have heard about it, so I don't know what kind of terrible things they might say in the future. お前 も 知って の とおり 私 は 生まれ落ちる と から つむじ曲がり じゃ あった けれども 、 あんなに 周囲 から こづき 回さ れ さえ しなければ こんなに なり は し なかった のだ よ 。 おまえ||しって|||わたくし||うまれおちる|||つむじまがり|||||しゅうい|||まわさ|||し なければ||||||| As you know, I was crooked from the moment I was born, but I wouldn't have become this way if it hadn't been for the people around me. それ は だれ より も お前 が 知って ておくれだ わ ね 。 |||||おまえ||しって||| これ から だって 私 は 私 なり に 押し通す よ 。 |||わたくし||わたくし|||おしとおす| だれ が なんと いったって 構う もん です か 。 |||いった って|かまう||| その つもり で お前 も 私 を 見て い ておくれ 。 |||おまえ||わたくし||みて|| 広い 世の中 に 私 が どんな 失策 を しでかして も 、 心から 思いやって くれる の は ほんとうに お前 だけ だ わ 。 ひろい|よのなか||わたくし|||しっさく||||こころから|おもいやって|||||おまえ||| No matter what mistakes I make in this wide world, you are the only one who truly cares about me from the bottom of my heart. …… 今度 から は 私 も ちょいちょい 来る だろう けれども 、 この上 と も この 子 を 頼みます よ 。 こんど|||わたくし|||くる|||このうえ||||こ||たのみ ます| ね 、 定 ちゃん 。 |てい| よく 婆 や の いう 事 を 聞いて いい 子 に なって ちょうだい よ 。 |ばあ||||こと||きいて||こ|||| ママ ちゃん は ここ に いる 時 でも いない 時 でも 、 いつでも あなた を 大事に 大事に 思って る んだ から ね 。 まま||||||じ|||じ|||||だいじに|だいじに|おもって|||| …… さ 、 もう こんな むずかしい お 話 は よして お 昼 の お したく でも しましょう ね 。 |||||はなし||||ひる|||||し ましょう| きょう は ママ ちゃん が おいしい ごちそう を こしらえて 上げる から 定 ちゃん も 手伝い して ちょうだい ね 」・・ ||まま|||||||あげる||てい|||てつだい|||

そう いって 葉子 は 気軽 そうに 立ち上がって 台所 の ほう に 定子 と 連れだった 。 ||ようこ||きがる|そう に|たちあがって|だいどころ||||さだこ||つれだった 婆 や も 立ち上がり は した が その 顔 は 妙に 冴え なかった 。 ばあ|||たちあがり|||||かお||みょうに|さえ| そして 台所 で 働き ながら やや ともすると 内 所 で 鼻 を すすって いた 。 |だいどころ||はたらき||||うち|しょ||はな||| ・・

そこ に は 葉山 で 木部 孤 と 同棲 して いた 時 に 使った 調度 が 今 だ に 古び を 帯びて 保存 さ れたり して いた 。 |||はやま||きべ|こ||どうせい|||じ||つかった|ちょうど||いま|||ふるび||おびて|ほぞん|||| 定子 を そば に おいて そんな もの を 見る に つけ 、 少し 感傷 的に なった 葉子 の 心 は 涙 に 動こう と した 。 さだこ||||||||みる|||すこし|かんしょう|てきに||ようこ||こころ||なみだ||うごこう|| けれども その 日 は なんといっても 近ごろ 覚え ない ほど しみじみ と した 楽し さ だった 。 ||ひ|||ちかごろ|おぼえ||||||たのし|| 何事 に でも 器用な 葉子 は 不足 がちな 台所 道具 を 巧みに 利用 して 、 西 洋風 な 料理 と 菓子 と を 三 品 ほど 作った 。 なにごと|||きような|ようこ||ふそく||だいどころ|どうぐ||たくみに|りよう||にし|ようふう||りょうり||かし|||みっ|しな||つくった 定子 は すっかり 喜んで しまって 、 小さな 手足 を まめ まめ しく 働か し ながら 、「 は いはい 」 と いって 庖丁 を あっち に 運んだり 、 皿 を こっち に 運んだり した 。 さだこ|||よろこんで||ちいさな|てあし|||||はたらか|||||||ほうちょう||あっ ち||はこんだり|さら||||はこんだり| 三 人 は 楽しく 昼 飯 の 卓 に ついた 。 みっ|じん||たのしく|ひる|めし||すぐる|| そして 夕方 まで 水入らず に ゆっくり 暮らした 。 |ゆうがた||みずいらず|||くらした ・・

その 夜 は 妹 たち が 学校 から 来る はず に なって いた ので 葉子 は 婆 や の 勧める 晩 飯 も 断わって 夕方 その 家 を 出た 。 |よ||いもうと|||がっこう||くる||||||ようこ||ばあ|||すすめる|ばん|めし||ことわって|ゆうがた||いえ||でた 入り口 の 所 に つく ねん と 立って 姿 や に 両 肩 を ささえられ ながら 姿 の 消える まで 葉子 を 見送った 定子 の 姿 が いつまでも いつまでも 葉子 の 心 から 離れ なかった 。 いりぐち||しょ|||||たって|すがた|||りょう|かた||ささえ られ||すがた||きえる||ようこ||みおくった|さだこ||すがた||||ようこ||こころ||はなれ| 夕闇 に まぎれた 幌 の 中 で 葉子 は 幾 度 か ハンケチ を 目 に あてた 。 ゆうやみ|||ほろ||なか||ようこ||いく|たび||||め|| ・・

宿 に 着く ころ に は 葉子 の 心持ち は 変わって いた 。 やど||つく||||ようこ||こころもち||かわって| 玄関 に は いって 見る と 、 女学校 で なければ 履か れ ない ような 安 下駄 の きたなく なった の が 、 お 客 や 女 中 たち の 気取った 履き物 の 中 に まじって 脱いで ある の を 見て 、 もう 妹 たち が 来て 待って いる の を 知った 。 げんかん||||みる||じょがっこう|||はか||||やす|げた|||||||きゃく||おんな|なか|||きどった|はきもの||なか|||ぬいで||||みて||いもうと|||きて|まって||||しった さっそく に 出迎え に 出た 女将 に 、 今夜 は 倉地 が 帰って 来たら 他 所 の 部屋 で 寝る ように 用意 を して おいて もらいたい と 頼んで 、 静々 と 二 階 へ 上がって 行った 。 ||でむかえ||でた|おかみ||こんや||くらち||かえって|きたら|た|しょ||へや||ねる||ようい||||もらい たい||たのんで|しずしず||ふた|かい||あがって|おこなった ・・

襖 を あけて 見る と 二 人 の 姉妹 は ぴったり と くっつき 合って 泣いて いた 。 ふすま|||みる||ふた|じん||しまい|||||あって|ないて| 人 の 足音 を 姉 の それ だ と は 充分に 知り ながら 、 愛子 の ほう は 泣き顔 を 見せる の が 気 まり が 悪い ふうで 、 振り向き も せ ず に 一 入 うなだれて しまった が 、 貞 世 の ほう は 葉子 の 姿 を 一目 見る なり 、 はねる ように 立ち上がって 激しく 泣き ながら 葉子 の ふところ に 飛びこんで 来た 。 じん||あしおと||あね||||||じゅうぶんに|しり||あいこ||||なきがお||みせる|||き|||わるい||ふりむき|||||ひと|はい||||さだ|よ||||ようこ||すがた||いちもく|みる||||たちあがって|はげしく|なき||ようこ||||とびこんで|きた 葉子 も 思わず 飛び立つ ように 貞 世 を 迎えて 、 長火鉢 の かたわら の 自分 の 座 に すわる と 、 貞 世 は その 膝 に 突っ伏して すすり 上げ すすり 上げ 可憐な 背中 に 波 を 打た した 。 ようこ||おもわず|とびたつ||さだ|よ||むかえて|ながひばち||||じぶん||ざ||||さだ|よ|||ひざ||つ っ ふくして||あげ||あげ|かれんな|せなか||なみ||うた| これほど まで に 自分 の 帰り を 待ちわびて も い 、 喜んで も くれる の か と 思う と 、 骨 肉 の 愛着 から も 、 妹 だけ は 少なくとも 自分 の 掌握 の 中 に ある と の 満足 から も 、 葉子 は この上 なく うれしかった 。 |||じぶん||かえり||まちわびて|||よろこんで||||||おもう||こつ|にく||あいちゃく|||いもうと|||すくなくとも|じぶん||しょうあく||なか|||||まんぞく|||ようこ||このうえ|| しかし 火鉢 から はるか 離れた 向こう側 に 、 うやうやしく 居ずまい を 正して 、 愛子 が ひそひそ と 泣き ながら 、 規則正しく おじぎ を する の を 見る と 葉子 は すぐ 癪 に さわった 。 |ひばち|||はなれた|むこうがわ|||いずまい||ただして|あいこ||||なき||きそくただしく||||||みる||ようこ|||しゃく|| どうして 自分 は この 妹 に 対して 優しく する 事 が でき ない のだろう と は 思い つつ も 、 葉子 は 愛子 の 所作 を 見る と 一 々 気 に さわら ないで はいら れ ない のだ 。 |じぶん|||いもうと||たいして|やさしく||こと|||||||おもい|||ようこ||あいこ||しょさ||みる||ひと||き||||||| 葉子 の 目 は 意地 わるく 剣 を 持って 冷ややかに 小柄で 堅 肥 り な 愛子 を 激しく 見すえた 。 ようこ||め||いじ||けん||もって|ひややかに|こがらで|かた|こえ|||あいこ||はげしく|みすえた ・・

「 会い たて から つけ つけ いう の も な んだ けれども 、 な んです ねえ その おじぎ の しかた は 、 他人行儀 らしい 。 あい|||||||||||||||||||たにんぎょうぎ| もっと 打ち解けて くれたって いい じゃ ない の 」・・ |うちとけて|くれた って||||

と いう と 愛子 は 当惑 した ように 黙った まま 目 を 上げて 葉子 を 見た 。 |||あいこ||とうわく|||だまった||め||あげて|ようこ||みた その 目 は しかし 恐れて も 恨んで も いる らしく は なかった 。 |め|||おそれて||うらんで||||| 小 羊 の ような 、 まつ毛 の 長い 、 形 の いい 大きな 目 が 、 涙 に 美しく ぬれて 夕月 の ように ぽっかり と ならんで いた 。 しょう|ひつじ|||まつげ||ながい|かた|||おおきな|め||なみだ||うつくしく||ゆうづき|||||| 悲しい 目つき の ようだ けれども 、 悲しい と いう ので も ない 。 かなしい|めつき||||かなしい||||| 多 恨 な 目 だ 。 おお|うら||め| 多 情 な 目 で さえ ある かも しれ ない 。 おお|じょう||め|||||| そう 皮肉な 批評 家 らしく 葉子 は 愛子 の 目 を 見て 不快に 思った 。 |ひにくな|ひひょう|いえ||ようこ||あいこ||め||みて|ふかいに|おもった 大 多数 の 男 は あんな 目 で 見られる と 、 この上 なく 詩的な 霊 的な 一 瞥 を 受け取った ように も 思う のだろう 。 だい|たすう||おとこ|||め||み られる||このうえ||してきな|れい|てきな|ひと|べつ||うけとった|||おもう| そんな 事 さえ 素早く 考え の 中 に つけ加えた 。 |こと||すばやく|かんがえ||なか||つけくわえた 貞 世 が 広い 帯 を して 来て いる のに 、 愛子 が 少し 古びた 袴 を はいて いる の さえ さげすま れた 。 さだ|よ||ひろい|おび|||きて|||あいこ||すこし|ふるびた|はかま||||||| ・・

「 そんな 事 は どう でも ようご ざん す わ 。 |こと||||||| さ 、 お 夕飯 に しましょう ね 」・・ ||ゆうはん||し ましょう|

葉子 は やがて 自分 の 妄念 を かき 払う ように こう いって 、 女 中 を 呼んだ 。 ようこ|||じぶん||もうねん|||はらう||||おんな|なか||よんだ ・・

貞 世 は 寵児 らしく すっかり はしゃぎ きって いた 。 さだ|よ||ちょうじ||||| 二 人 が 古藤 に つれられて 始めて 田島 の 塾 に 行った 時 の 様子 から 、 田島 先生 が 非常に 二 人 を かわいがって くれる 事 から 、 部屋 の 事 、 食物 の 事 、 さすが に 女の子 らしく 細かい 事 まで 自分 一 人 の 興 に 乗じて 談 り 続けた 。 ふた|じん||ことう||つれ られて|はじめて|たしま||じゅく||おこなった|じ||ようす||たしま|せんせい||ひじょうに|ふた|じん||||こと||へや||こと|しょくもつ||こと|||おんなのこ||こまかい|こと||じぶん|ひと|じん||きょう||じょうじて|だん||つづけた 愛子 も 言葉少なに 要領 を 得た 口 を きいた 。 あいこ||ことばずくなに|ようりょう||えた|くち|| ・・

「 古藤 さん が 時々 来て くださる の ? ことう|||ときどき|きて|| 」・・

と 聞いて みる と 、 貞 世 は 不平 らしく 、・・ |きいて|||さだ|よ||ふへい|

「 い ゝ え 、 ちっとも 」・・

「 では お 手紙 は ? ||てがみ| 」・・

「 来て よ 、 ねえ 愛 ねえ さま 。 きて|||あい|| 二 人 の 所 に 同じ くらい ずつ 来ます わ 」・・ ふた|じん||しょ||おなじ|||き ます|

と 、 愛子 は 控え目 らしく ほほえみ ながら 上 目 越し に 貞 世 を 見て 、・・ |あいこ||ひかえめ||||うえ|め|こし||さだ|よ||みて

「 貞 ちゃん の ほう に 余計 来る くせ に 」・・ さだ|||||よけい|くる||

と なんでもない 事 で 争ったり した 。 ||こと||あらそったり| 愛子 は 姉 に 向かって 、・・ あいこ||あね||むかって

「 塾 に 入れて くださる と 古藤 さん が 私 たち に 、 もう これ 以上 私 の して 上げる 事 は ない と 思う から 、 用 が なければ 来ません 。 じゅく||いれて|||ことう|||わたくし|||||いじょう|わたくし|||あげる|こと||||おもう||よう|||き ませ ん その代わり 用 が あったら いつでも そう いって お よこし なさい と おっしゃった きり いらっしゃいません の よ 。 そのかわり|よう||||||||||||いらっしゃい ませ ん|| そうして こちら でも 古藤 さん に お 願い する ような 用 は なんにも ない んです もの 」・・ |||ことう||||ねがい|||よう|||||

と いった 。 葉子 は それ を 聞いて ほほえみ ながら 古藤 が 二 人 を 塾 に つれて 行った 時 の 様子 を 想像 して みた 。 ようこ||||きいて|||ことう||ふた|じん||じゅく|||おこなった|じ||ようす||そうぞう|| 例 の ように どこ の 玄関 番 か と 思わ れる 風体 を して 、 髪 を 刈る 時 の ほか 剃 ら ない 顎 ひげ を 一二 分 ほど も 延ばして 、 頑丈な 容貌 や 体格 に 不似合いな はにかんだ 口 つきで 、 田島 と いう 、 男 の ような 女 学者 と 話 を して いる 様子 が 見える ようだった 。 れい|||||げんかん|ばん|||おもわ||ふうてい|||かみ||かる|じ|||てい|||あご|||いちに|ぶん|||のばして|がんじょうな|ようぼう||たいかく||ふにあいな||くち||たしま|||おとこ|||おんな|がくしゃ||はなし||||ようす||みえる| As in the example, he pretends to be a doorkeeper of some sort, he doesn't shave his hair except when he's cutting his hair, he has a beard that's about an inch or two long, and he has a shy mouth that doesn't match his sturdy face and physique. And I could see him talking to Tajima, a male-like female scholar.