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或る女 - 有島武郎(アクセス), 22.2 或る女

22.2 或る 女

朝 から 何事 も 忘れた ように 快かった 葉子 の 気持ち は この 電話 一 つ の ため に 妙に こじれて しまった 。 東京 に 帰れば 今度 こそ は なかなか 容易 なら ざる 反抗 が 待ちうけて いる と は 十二分に 覚悟 して 、 その 備え を して おいた つもりで は いた けれども 、 古藤 の 口うら から 考えて みる と 面 と ぶつかった 実際 は 空想 して いた より も 重大である の を 思わず に は いられ なかった 。 葉子 は 電話 室 を 出る と けさ 始めて 顔 を 合わした 内 儀 に 帳場 格子 の 中 から 挨拶 されて 、 部屋 に も 伺い に 来 ないで なれなれしく 言葉 を かける その 仕打ち に まで 不快 を 感じ ながら 、 匆々 三 階 に 引き上げた 。 ・・

それ から は もう ほんとうに なんにも する 事 が なかった 。 ただ 倉地 の 帰って 来る の ばかり が いらいら する ほど 待ち に 待た れた 。 品川 台 場 沖 あたり で 打ち出す 祝砲 が かすかに 腹 に こたえる ように 響いて 、 子供 ら は 往来 で そのころ しきり に はやった 南京 花火 を ぱち ぱち と 鳴らして いた 。 天気 が いい ので 女 中 たち は はしゃぎ きった 冗談 など を 言い 言い あらゆる 部屋 を 明け 放して 、 仰 山 らしく はたき や 箒 の 音 を 立てた 。 そして ただ 一 人 この 旅館 で は 居残って いる らしい 葉子 の 部屋 を 掃除 せ ず に 、 いきなり 縁側 に ぞうきん を かけたり した 。 それ が 出て 行け がし の 仕打ち の ように 葉子 に は 思えば 思わ れた 。 ・・

「 どこ か 掃除 の 済んだ 部屋 が ある んでしょう 。 しばらく そこ を 貸して ください な 。 そして ここ も きれいに して ちょうだい 。 部屋 の 掃除 も し ないで ぞうきんがけ なぞ したって なんにも なり は し ない わ 」・・

と 少し 剣 を 持た せて いって やる と 、 けさ 来た の と は 違う 、 横浜 生まれ らしい 、 悪 ずれ のした 中年 の 女 中 は 、 始めて 縁側 から 立ち上がって 小 めんどう そうに 葉子 を 畳 廊下 一 つ を 隔てた 隣 の 部屋 に 案内 した 。 ・・

けさ まで 客 が いた らしく 、 掃除 は 済んで いた けれども 、 火鉢 だの 、 炭 取り だの 、 古い 新聞 だの が 、 部屋 の すみ に は まだ 置いた まま に なって いた 。 あけ 放した 障子 から かわいた 暖かい 光線 が 畳 の 表 三 分 ほど まで さしこんで いる 、 そこ に 膝 を 横 くずし に すわり ながら 、 葉子 は 目 を 細めて まぶしい 光線 を 避け つつ 、 自分 の 部屋 を 片づけて いる 女 中 の 気配 に 用心 の 気 を 配った 。 どんな 所 に いて も 大事な 金目 な もの を くだらない もの と 一緒に ほうり出して おく の が 葉子 の 癖 だった 。 葉子 は そこ に いかにも 伊達で 寛 濶 な 心 を 見せて いる ようだった が 、 同時に 下らない 女 中 ずれ が 出来心 でも 起こし は し ない か と 思う と 、 細心に 監視 する の も 忘れ は し なかった 。 こうして 隣 の 部屋 に 気 を 配って い ながら も 、 葉子 は 部屋 の すみ に きちょうめんに 折りたたんで ある 新聞 を 見る と 、 日本 に 帰って から まだ 新聞 と いう もの に 目 を 通さ なかった の を 思い出して 、 手 に 取り上げて 見た 。 テレビン 油 の ような 香 いが ぷんぷん する ので それ が きょう の 新聞 である 事 が すぐ 察せられた 。 はたして 第 一面に は 「 聖 寿 万 歳 」 と 肉太に 書か れた 見出し の 下 に 貴 顕 の 肖像 が 掲げられて あった 。 葉子 は 一 か月 の 余 も 遠のいて いた 新聞 紙 を 物珍しい もの に 思って ざっと 目 を とおし 始めた 。 ・・

一面に は その 年 の 六 月 に 伊藤 内閣 と 交迭 して できた 桂 内閣 に 対して いろいろな 注文 を 提出 した 論文 が 掲げられて 、 海外 通信 に は シナ 領土 内 に おける 日 露 の 経済 的 関係 を 説いた チリコフ 伯 の 演説 の 梗概 など が 見えて いた 。 二 面 に は 富 口 と いう 文学 博士 が 「 最近 日本 に おける いわゆる 婦人 の 覚醒 」 と いう 続き物 の 論文 を 載せて いた 。 福田 と いう 女 の 社会 主義 者 の 事 や 、 歌人 と して 知ら れた 与謝 野 晶子 女史 の 事 など の 名 が 現われて いる の を 葉子 は 注意 した 。 しかし 今 の 葉子 に は それ が 不思議に 自分 と は かけ離れた 事 の ように 見えた 。 ・・

三 面 に 来る と 四 号 活字 で 書か れた 木部 孤 と いう 字 が 目 に 着いた ので 思わず そこ を 読んで 見る 葉子 は あっと 驚か されて しまった 。 ・・

○ 某 大 汽船 会社 船 中 の 大 怪 事 ・・

事務 長 と 婦人 船客 と の 道 なら ぬ 恋 ――・・

船客 は 木部 孤 の 先 妻 ・・

こういう 大 業 な 標題 が まず 葉子 の 目 を 小 痛く 射 つけた 。 ・・

「 本邦 にて 最も 重要なる 位置 に ある 某 汽船 会社 の 所有 船 ○○ 丸 の 事務 長 は 、 先ごろ 米国 航路 に 勤務 中 、 かつて 木部 孤 に 嫁 して ほど も なく 姿 を 晦まし たる 莫連 女 某 が 一 等 船客 と して 乗り込み いたる を そそのかし 、 その 女 を 米国 に 上陸 せ しめ ず ひそかに 連れ帰り たる 怪 事実 あり 。 しかも 某 女 と いえる は 米国 に 先行 せる 婚約 の 夫 まで ある 身分 の もの なり 。 船客 に 対して 最も 重き 責任 を 担う べき 事務 長 に かかる 不 埒 の 挙動 あり し は 、 事務 長一 個 の 失態 のみ なら ず 、 その 汽船 会社 の 体面 に も 影響 する 由々しき 大事 なり 。 事 の 仔細 は もれなく 本紙 の 探知 し たる 所 なれ ども 、 改悛 の 余地 を 与え ん ため 、 しばらく 発表 を 見合わせ おく べし 。 もし ある 期間 を 過ぎて も 、 両人 の 醜 行 改まる 模様 なき 時 は 、 本紙 は 容赦 なく 詳細 の 記事 を 掲げて 畜生 道 に 陥り たる 二 人 を 懲戒 し 、 併せて 汽船 会社 の 責任 を 問う 事 と す べし 。 読者 請う 刮目 して その 時 を 待て 」・・

葉子 は 下 くちびる を かみしめ ながら この 記事 を 読んだ 。 いったい 何 新聞 だろう と 、 その 時 まで 気 に も 留め ないで いた 第 一面 を 繰り 戻して 見る と 、 麗 々 と 「 報 正 新報 」 と 書 して あった 。 それ を 知る と 葉子 の 全身 は 怒り の ため に 爪 の 先 まで 青白く なって 、 抑えつけて も 抑えつけて も ぶるぶる と 震え 出した 。 「 報 正 新報 」 と いえば 田川 法学 博士 の 機関 新聞 だ 。 その 新聞 に こんな 記事 が 現われる の は 意外で も あり 当然で も あった 。 田川 夫人 と いう 女 は どこ まで 執念 く 卑しい 女 な のだろう 。 田川 夫人 から の 通信 に 違いない のだ 。 「 報 正 新報 」 は この 通信 を 受ける と 、 報道 の 先鞭 を つけて おく ため と 、 読者 の 好奇心 を あおる ため と に 、 いち早く あれ だけ の 記事 を 載せて 、 田川 夫人 から さらに くわしい 消息 の 来る の を 待って いる のだろう 。 葉子 は 鋭く も こう 推した 。 もし これ が ほか の 新聞 であったら 、 倉地 の 一身 上 の 危機 で も ある のだ から 、 葉子 は どんな 秘密な 運動 を して も 、 この上 の 記事 の 発表 は もみ消さ なければ なら ない と 胸 を 定めた に 相違 なかった けれども 、 田川 夫人 が 悪意 を こめて させて いる 仕事 だ と して 見る と 、 どの 道 書か ず に は おく まい と 思わ れた 。 郵船 会社 の ほう で 高圧 的な 交渉 でも すれば とにかく 、 そのほか に は 道 が ない 。 くれぐれも 憎い 女 は 田川 夫人 だ …… こう いちずに 思いめぐらす と 葉子 は 船 の 中 で の 屈辱 を 今さら に まざまざ と 心 に 浮かべた 。 ・・

「 お 掃除 が できました 」・・ そう 襖 越し に いい ながら さっき の 女 中 は 顔 も 見せ ず に さっさと 階下 に 降りて 行って しまった 。 葉子 は 結局 それ を 気 安い 事 に して 、 その 新聞 を 持った まま 、 自分 の 部屋 に 帰った 。 どこ を 掃除 した のだ と 思わ れる ような 掃除 の しかた で 、 はたき まで が 違い棚 の 下 に おき 忘られて いた 。 過敏に きちょうめんで きれい好きな 葉子 は もう たまらなかった 。 自分 で てきぱき と そこ い ら を 片づけて 置いて 、 パラソル と 手 携 げ を 取り上げる が 否 や その 宿 を 出た 。 ・・

往来 に 出る と その 旅館 の 女 中 が 四五 人 早じまい を して 昼間 の 中 を 野毛 山 の 大 神宮 の ほう に でも 散歩 に 行く らしい 後ろ姿 を 見た 。 そそくさ と 朝 の 掃除 を 急いだ 女 中 たち の 心 も 葉子 に は 読めた 。 葉子 は その 女 たち を 見送る と なんという 事 なし に さびしく 思った 。 ・・

帯 の 間 に はさんだ まま に して おいた 新聞 の 切り抜き が 胸 を 焼く ようだった 。 葉子 は 歩き 歩き それ を 引き出して 手 携 げ に しまい かえた 。 旅館 は 出た が どこ に 行こう と いう あて も なかった 葉子 は うつむいて 紅葉 坂 を おり ながら 、 さしも し ない パラソル の 石突き で 霜解け に なった 土 を 一足 一足 突きさして 歩いて 行った 。 いつのまにか じめじめ した 薄ぎたない 狭い 通り に 来た と 思う と 、 は し なく も いつか 古藤 と 一緒に 上がった 相模 屋 の 前 を 通って いる のだった 。 「 相模 屋 」 と 古めかしい 字体 で 書いた 置き 行 燈 の 紙 まで が その 時 の まま で すすけて いた 。 葉子 は 見 覚えられて いる の を 恐れる ように 足早に その 前 を 通りぬけた 。 ・・

停車場 前 は すぐ そこ だった 。 もう 十二 時 近い 秋 の 日 は はなやかに 照り 満ちて 、 思った より 数多い 群衆 が 運河 に かけ渡した いくつか の 橋 を にぎやかに 往来 して いた 。 葉子 は 自分 一 人 が みんな から 振り向いて 見られる ように 思い なした 。 それ が あたりまえの 時 ならば 、 どれほど 多く の 人 に じろじろ と 見られよう と も 度 を 失う ような 葉子 で は なかった けれども 、 たった今 いまいましい 新聞 の 記事 を 見た 葉子 で は あり 、 いかにも 西洋 じみ た 野暮 くさい 綿入れ を 着て いる 葉子 であった 。 服装 に 塵 ほど でも 批点 の 打ち どころ が ある と 気 が ひけて なら ない 葉子 と して は 、 旅館 を 出て 来た の が 悲しい ほど 後悔 さ れた 。 ・・

葉子 は とうとう 税関 波止場 の 入り口 まで 来て しまった 。 その 入り口 の 小さな 煉瓦 造り の 事務 所 に は 、 年 の 若い 監視 補 たち が 二 重 金 ぼたん の 背広 に 、 海軍 帽 を かぶって 事務 を 取って いた が 、 そこ に 近づく 葉子 の 様子 を 見る と 、 きのう 上陸 した 時 から 葉子 を 見 知っている か の ように 、 その 飛び 放れて 華手 造り な 姿 に 目 を 定める らしかった 。 物好きな その 人 たち は 早くも 新聞 の 記事 を 見て 問題 と なって いる 女 が 自分 に 違いない と 目星 を つけて いる ので は ある まい か と 葉子 は 何事 に つけて も 愚痴っぽく ひけ 目 に なる 自分 を 見いだした 。 葉子 は しかし そうした ふう に 見つめられ ながら も そこ を 立ち去る 事 が でき なかった 。 もしや 倉地 が 昼 飯 でも 食べ に あの 大きな 五 体 を 重々しく 動かし ながら 船 の ほう から 出て 来 は し ない か と 心待ち が さ れた から だ 。 ・・

葉子 は そろそろ と 海洋 通り を グランド ・ ホテル の ほう に 歩いて みた 。 倉地 が 出て 来れば 、 倉地 の ほう でも 自分 を 見つける だろう し 、 自分 の ほう でも 後ろ に 目 は ない ながら 、 出て 来た の を 感づいて みせる と いう 自信 を 持ち ながら 、 後ろ も 振り向か ず に だんだん 波止場 から 遠ざかった 。 海ぞい に 立て 連ねた 石 杭 を つなぐ 頑丈な 鉄 鎖 に は 、 西洋 人 の 子供 たち が 犢 ほど な 洋 犬 や あま に 付き添われて 事もなげに 遊び 戯れて いた 。 そして 葉子 を 見る と 心安 立て に 無邪気に ほほえんで 見せたり した 。 小さな かわいい 子供 を 見る と どんな 時 どんな 場合 でも 、 葉子 は 定子 を 思い出して 、 胸 が しめつけられる ように なって 、 すぐ 涙ぐむ のだった 。 この 場合 は ことさら そう だった 。 見て いられ ない ほど それ ら の 子供 たち は 悲しい 姿 に 葉子 の 目 に 映った 。 葉子 は そこ から 避ける ように 足 を 返して また 税関 の ほう に 歩み 近づいた 。 監視 課 の 事務 所 の 前 を 来たり 往ったり する 人数 は 絡 繹 と して 絶え なかった が 、 その 中 に 事務 長 らしい 姿 は さらに 見え なかった 。 葉子 は 絵 島 丸 まで 行って 見る 勇気 も なく 、 そこ を 幾 度 も あちこち して 監視 補 たち の 目 に かかる の も うるさかった ので 、 すごすご と 税関 の 表門 を 県庁 の ほう に 引き返した 。


22.2 或る 女 ある|おんな 22.2 Una mujer

朝 から 何事 も 忘れた ように 快かった 葉子 の 気持ち は この 電話 一 つ の ため に 妙に こじれて しまった 。 あさ||なにごと||わすれた||こころよかった|ようこ||きもち|||でんわ|ひと|||||みょうに|| 東京 に 帰れば 今度 こそ は なかなか 容易 なら ざる 反抗 が 待ちうけて いる と は 十二分に 覚悟 して 、 その 備え を して おいた つもりで は いた けれども 、 古藤 の 口うら から 考えて みる と 面 と ぶつかった 実際 は 空想 して いた より も 重大である の を 思わず に は いられ なかった 。 とうきょう||かえれば|こんど||||ようい|||はんこう||まちうけて||||じゅうにぶんに|かくご|||そなえ||||||||ことう||くちうら||かんがえて|||おもて|||じっさい||くうそう|||||じゅうだいである|||おもわず|||いら れ| 葉子 は 電話 室 を 出る と けさ 始めて 顔 を 合わした 内 儀 に 帳場 格子 の 中 から 挨拶 されて 、 部屋 に も 伺い に 来 ないで なれなれしく 言葉 を かける その 仕打ち に まで 不快 を 感じ ながら 、 匆々 三 階 に 引き上げた 。 ようこ||でんわ|しつ||でる|||はじめて|かお||あわした|うち|ぎ||ちょうば|こうし||なか||あいさつ|さ れて|へや|||うかがい||らい|||ことば||||しうち|||ふかい||かんじ||そうそう|みっ|かい||ひきあげた ・・

それ から は もう ほんとうに なんにも する 事 が なかった 。 |||||||こと|| ただ 倉地 の 帰って 来る の ばかり が いらいら する ほど 待ち に 待た れた 。 |くらち||かえって|くる|||||||まち||また| 品川 台 場 沖 あたり で 打ち出す 祝砲 が かすかに 腹 に こたえる ように 響いて 、 子供 ら は 往来 で そのころ しきり に はやった 南京 花火 を ぱち ぱち と 鳴らして いた 。 しなかわ|だい|じょう|おき|||うちだす|しゅくほう|||はら||||ひびいて|こども|||おうらい||||||なんきん|はなび|||||ならして| 天気 が いい ので 女 中 たち は はしゃぎ きった 冗談 など を 言い 言い あらゆる 部屋 を 明け 放して 、 仰 山 らしく はたき や 箒 の 音 を 立てた 。 てんき||||おんな|なか|||||じょうだん|||いい|いい||へや||あけ|はなして|あお|やま||||そう||おと||たてた そして ただ 一 人 この 旅館 で は 居残って いる らしい 葉子 の 部屋 を 掃除 せ ず に 、 いきなり 縁側 に ぞうきん を かけたり した 。 ||ひと|じん||りょかん|||いのこって|||ようこ||へや||そうじ|||||えんがわ||||| それ が 出て 行け がし の 仕打ち の ように 葉子 に は 思えば 思わ れた 。 ||でて|いけ|||しうち|||ようこ|||おもえば|おもわ| It seemed to Yoko that it was a punishment for leaving. ・・

「 どこ か 掃除 の 済んだ 部屋 が ある んでしょう 。 ||そうじ||すんだ|へや||| しばらく そこ を 貸して ください な 。 |||かして|| そして ここ も きれいに して ちょうだい 。 部屋 の 掃除 も し ないで ぞうきんがけ なぞ したって なんにも なり は し ない わ 」・・ へや||そうじ|||||||||||| There's no point in wiping the room without even cleaning it."

と 少し 剣 を 持た せて いって やる と 、 けさ 来た の と は 違う 、 横浜 生まれ らしい 、 悪 ずれ のした 中年 の 女 中 は 、 始めて 縁側 から 立ち上がって 小 めんどう そうに 葉子 を 畳 廊下 一 つ を 隔てた 隣 の 部屋 に 案内 した 。 |すこし|けん||もた||||||きた||||ちがう|よこはま|うまれ||あく|||ちゅうねん||おんな|なか||はじめて|えんがわ||たちあがって|しょう||そう に|ようこ||たたみ|ろうか|ひと|||へだてた|となり||へや||あんない| ・・

けさ まで 客 が いた らしく 、 掃除 は 済んで いた けれども 、 火鉢 だの 、 炭 取り だの 、 古い 新聞 だの が 、 部屋 の すみ に は まだ 置いた まま に なって いた 。 ||きゃく||||そうじ||すんで|||ひばち||すみ|とり||ふるい|しんぶん|||へや||||||おいた|||| あけ 放した 障子 から かわいた 暖かい 光線 が 畳 の 表 三 分 ほど まで さしこんで いる 、 そこ に 膝 を 横 くずし に すわり ながら 、 葉子 は 目 を 細めて まぶしい 光線 を 避け つつ 、 自分 の 部屋 を 片づけて いる 女 中 の 気配 に 用心 の 気 を 配った 。 |はなした|しょうじ|||あたたかい|こうせん||たたみ||ひょう|みっ|ぶん|||||||ひざ||よこ|||||ようこ||め||ほそめて||こうせん||さけ||じぶん||へや||かたづけて||おんな|なか||けはい||ようじん||き||くばった A warm, dry beam of light shines through the open shoji screens up to about a third of the surface of the tatami mats. Sitting there on her knees, Yoko squints her eyes to avoid the dazzling rays as she cleans up her room. I paid close attention to the signs of the maid who was in the room. どんな 所 に いて も 大事な 金目 な もの を くだらない もの と 一緒に ほうり出して おく の が 葉子 の 癖 だった 。 |しょ||||だいじな|かねめ|||||||いっしょに|ほうりだして||||ようこ||くせ| 葉子 は そこ に いかにも 伊達で 寛 濶 な 心 を 見せて いる ようだった が 、 同時に 下らない 女 中 ずれ が 出来心 でも 起こし は し ない か と 思う と 、 細心に 監視 する の も 忘れ は し なかった 。 ようこ|||||だてで|ひろし|かつ||こころ||みせて||||どうじに|くだらない|おんな|なか|||できごころ||おこし||||||おもう||さいしんに|かんし||||わすれ||| こうして 隣 の 部屋 に 気 を 配って い ながら も 、 葉子 は 部屋 の すみ に きちょうめんに 折りたたんで ある 新聞 を 見る と 、 日本 に 帰って から まだ 新聞 と いう もの に 目 を 通さ なかった の を 思い出して 、 手 に 取り上げて 見た 。 |となり||へや||き||くばって||||ようこ||へや|||||おりたたんで||しんぶん||みる||にっぽん||かえって|||しんぶん|||||め||つう さ||||おもいだして|て||とりあげて|みた テレビン 油 の ような 香 いが ぷんぷん する ので それ が きょう の 新聞 である 事 が すぐ 察せられた 。 |あぶら|||かおり|||||||||しんぶん||こと|||さっせ られた はたして 第 一面に は 「 聖 寿 万 歳 」 と 肉太に 書か れた 見出し の 下 に 貴 顕 の 肖像 が 掲げられて あった 。 |だい|いちめんに||せい|ひさ|よろず|さい||にくぶとに|かか||みだし||した||とうと|あきら||しょうぞう||かかげ られて| As expected, on the front page, under the boldly written headline ``Long live the life of the saint,'' there was a portrait of the nobleman. 葉子 は 一 か月 の 余 も 遠のいて いた 新聞 紙 を 物珍しい もの に 思って ざっと 目 を とおし 始めた 。 ようこ||ひと|かげつ||よ||とおのいて||しんぶん|かみ||ものめずらしい|||おもって||め|||はじめた ・・

一面に は その 年 の 六 月 に 伊藤 内閣 と 交迭 して できた 桂 内閣 に 対して いろいろな 注文 を 提出 した 論文 が 掲げられて 、 海外 通信 に は シナ 領土 内 に おける 日 露 の 経済 的 関係 を 説いた チリコフ 伯 の 演説 の 梗概 など が 見えて いた 。 いちめんに|||とし||むっ|つき||いとう|ないかく||こうてつ|||かつら|ないかく||たいして||ちゅうもん||ていしゅつ||ろんぶん||かかげ られて|かいがい|つうしん|||しな|りょうど|うち|||ひ|ろ||けいざい|てき|かんけい||といた||はく||えんぜつ||こうがい|||みえて| On the front page was an article in which various orders were submitted to the Katsura Cabinet, which had been replaced by the Ito Cabinet in June of that year. I could see the synopsis of Count Chirikov's speech in which he preached. 二 面 に は 富 口 と いう 文学 博士 が 「 最近 日本 に おける いわゆる 婦人 の 覚醒 」 と いう 続き物 の 論文 を 載せて いた 。 ふた|おもて|||とみ|くち|||ぶんがく|はかせ||さいきん|にっぽん||||ふじん||かくせい|||つづきもの||ろんぶん||のせて| 福田 と いう 女 の 社会 主義 者 の 事 や 、 歌人 と して 知ら れた 与謝 野 晶子 女史 の 事 など の 名 が 現われて いる の を 葉子 は 注意 した 。 ふくた|||おんな||しゃかい|しゅぎ|もの||こと||かじん|||しら||よさ|の|あきこ|じょし||こと|||な||あらわれて||||ようこ||ちゅうい| しかし 今 の 葉子 に は それ が 不思議に 自分 と は かけ離れた 事 の ように 見えた 。 |いま||ようこ|||||ふしぎに|じぶん|||かけはなれた|こと|||みえた ・・

三 面 に 来る と 四 号 活字 で 書か れた 木部 孤 と いう 字 が 目 に 着いた ので 思わず そこ を 読んで 見る 葉子 は あっと 驚か されて しまった 。 みっ|おもて||くる||よっ|ごう|かつじ||かか||きべ|こ|||あざ||め||ついた||おもわず|||よんで|みる|ようこ||あっ と|おどろか|さ れて| When she came to the third page, she saw the character Ko Kibe written in size 4 type, so Yoko read it without thinking and was surprised. ・・

○ 某 大 汽船 会社 船 中 の 大 怪 事 ・・ ぼう|だい|きせん|かいしゃ|せん|なか||だい|かい|こと ○ A big mystery aboard a certain big steamship company...

事務 長 と 婦人 船客 と の 道 なら ぬ 恋 ――・・ じむ|ちょう||ふじん|せんきゃく|||どう|||こい An irrational love affair between the secretary and a female passenger ----

船客 は 木部 孤 の 先 妻 ・・ せんきゃく||きべ|こ||さき|つま The passenger is Ko Kibe's ex-wife...

こういう 大 業 な 標題 が まず 葉子 の 目 を 小 痛く 射 つけた 。 |だい|ぎょう||ひょうだい|||ようこ||め||しょう|いたく|い| ・・

「 本邦 にて 最も 重要なる 位置 に ある 某 汽船 会社 の 所有 船 ○○ 丸 の 事務 長 は 、 先ごろ 米国 航路 に 勤務 中 、 かつて 木部 孤 に 嫁 して ほど も なく 姿 を 晦まし たる 莫連 女 某 が 一 等 船客 と して 乗り込み いたる を そそのかし 、 その 女 を 米国 に 上陸 せ しめ ず ひそかに 連れ帰り たる 怪 事実 あり 。 ほんぽう||もっとも|じゅうようなる|いち|||ぼう|きせん|かいしゃ||しょゆう|せん|まる||じむ|ちょう||さきごろ|べいこく|こうろ||きんむ|なか||きべ|こ||よめ|||||すがた||くらまし||ばくれん|おんな|ぼう||ひと|とう|せんきゃく|||のりこみ|||||おんな||べいこく||じょうりく|||||つれかえり||かい|じじつ| "The secretary general of the ship XX Maru, owned by a certain steamship company, which has the most important position in Japan, is a Moren woman who recently disappeared after marrying Ko Kibe while working on a route to the United States. There is a mysterious fact that a certain man tried to board the ship as a first-class passenger, and secretly took the woman back without letting her land in the United States. しかも 某 女 と いえる は 米国 に 先行 せる 婚約 の 夫 まで ある 身分 の もの なり 。 |ぼう|おんな||||べいこく||せんこう||こんやく||おっと|||みぶん||| Moreover, a woman who can be called a certain woman is of a certain social status even to her fiancee's husband, who will be the first to leave the United States. 船客 に 対して 最も 重き 責任 を 担う べき 事務 長 に かかる 不 埒 の 挙動 あり し は 、 事務 長一 個 の 失態 のみ なら ず 、 その 汽船 会社 の 体面 に も 影響 する 由々しき 大事 なり 。 せんきゃく||たいして|もっとも|おもき|せきにん||になう||じむ|ちょう|||ふ|らち||きょどう||||じむ|ちょういち|こ||しったい|||||きせん|かいしゃ||たいめん|||えいきょう||ゆゆしき|だいじ| 事 の 仔細 は もれなく 本紙 の 探知 し たる 所 なれ ども 、 改悛 の 余地 を 与え ん ため 、 しばらく 発表 を 見合わせ おく べし 。 こと||しさい|||ほんし||たんち|||しょ|||かいしゅん||よち||あたえ||||はっぴょう||みあわせ|| The details of the matter have been uncovered by this paper, but in order to give room for reconciliation, we should refrain from announcing them for a while. もし ある 期間 を 過ぎて も 、 両人 の 醜 行 改まる 模様 なき 時 は 、 本紙 は 容赦 なく 詳細 の 記事 を 掲げて 畜生 道 に 陥り たる 二 人 を 懲戒 し 、 併せて 汽船 会社 の 責任 を 問う 事 と す べし 。 ||きかん||すぎて||りょうにん||みにく|ぎょう|あらたまる|もよう||じ||ほんし||ようしゃ||しょうさい||きじ||かかげて|ちくしょう|どう||おちいり||ふた|じん||ちょうかい||あわせて|きせん|かいしゃ||せきにん||とう|こと||| If, even after a certain period of time, there is no sign of improvement in their ugliness, this paper will mercilessly publish a detailed article to punish the two for their misadventures, and at the same time to hold the steamship company accountable. Must. 読者 請う 刮目 して その 時 を 待て 」・・ どくしゃ|こう|かつもく|||じ||まて

葉子 は 下 くちびる を かみしめ ながら この 記事 を 読んだ 。 ようこ||した||||||きじ||よんだ Yoko read this article while biting her lower lip. いったい 何 新聞 だろう と 、 その 時 まで 気 に も 留め ないで いた 第 一面 を 繰り 戻して 見る と 、 麗 々 と 「 報 正 新報 」 と 書 して あった 。 |なん|しんぶん||||じ||き|||とどめ|||だい|いちめん||くり|もどして|みる||うらら|||ほう|せい|しんぽう||しょ|| それ を 知る と 葉子 の 全身 は 怒り の ため に 爪 の 先 まで 青白く なって 、 抑えつけて も 抑えつけて も ぶるぶる と 震え 出した 。 ||しる||ようこ||ぜんしん||いかり||||つめ||さき||あおじろく||おさえつけて||おさえつけて||||ふるえ|だした 「 報 正 新報 」 と いえば 田川 法学 博士 の 機関 新聞 だ 。 ほう|せい|しんぽう|||たがわ|ほうがく|はかせ||きかん|しんぶん| その 新聞 に こんな 記事 が 現われる の は 意外で も あり 当然で も あった 。 |しんぶん|||きじ||あらわれる|||いがいで|||とうぜんで|| 田川 夫人 と いう 女 は どこ まで 執念 く 卑しい 女 な のだろう 。 たがわ|ふじん|||おんな||||しゅうねん||いやしい|おんな|| 田川 夫人 から の 通信 に 違いない のだ 。 たがわ|ふじん|||つうしん||ちがいない| 「 報 正 新報 」 は この 通信 を 受ける と 、 報道 の 先鞭 を つけて おく ため と 、 読者 の 好奇心 を あおる ため と に 、 いち早く あれ だけ の 記事 を 載せて 、 田川 夫人 から さらに くわしい 消息 の 来る の を 待って いる のだろう 。 ほう|せい|しんぽう|||つうしん||うける||ほうどう||せんべん||||||どくしゃ||こうきしん||||||いちはやく||||きじ||のせて|たがわ|ふじん||||しょうそく||くる|||まって|| When Hosho Shinpo received this message, in order to stay ahead of the news story and to arouse the curiosity of its readers, it quickly published an article of that size, and further news came from Mrs. Tagawa. I guess I'm waiting for 葉子 は 鋭く も こう 推した 。 ようこ||するどく|||おした もし これ が ほか の 新聞 であったら 、 倉地 の 一身 上 の 危機 で も ある のだ から 、 葉子 は どんな 秘密な 運動 を して も 、 この上 の 記事 の 発表 は もみ消さ なければ なら ない と 胸 を 定めた に 相違 なかった けれども 、 田川 夫人 が 悪意 を こめて させて いる 仕事 だ と して 見る と 、 どの 道 書か ず に は おく まい と 思わ れた 。 |||||しんぶん||くらち||いっしん|うえ||きき||||||ようこ|||ひみつな|うんどう||||このうえ||きじ||はっぴょう||もみけさ|||||むね||さだめた||そうい|||たがわ|ふじん||あくい|||さ せて||しごと||||みる|||どう|かか|||||||おもわ| If this was another newspaper, it would be a personal crisis for Kurachi, so no matter what kind of secret exercise Yoko did, she felt confident that she would have to suppress the publication of the above article. There was no doubt that it had been decided, but when I saw it as a job that Mrs. Tagawa had made me do with malicious intent, I felt that I couldn't help but write it down. 郵船 会社 の ほう で 高圧 的な 交渉 でも すれば とにかく 、 そのほか に は 道 が ない 。 ゆうせん|かいしゃ||||こうあつ|てきな|こうしょう|||||||どう|| くれぐれも 憎い 女 は 田川 夫人 だ …… こう いちずに 思いめぐらす と 葉子 は 船 の 中 で の 屈辱 を 今さら に まざまざ と 心 に 浮かべた 。 |にくい|おんな||たがわ|ふじん||||おもいめぐらす||ようこ||せん||なか|||くつじょく||いまさら||||こころ||うかべた The woman she hated the most was Mrs. Tagawa. ・・

「 お 掃除 が できました 」・・   そう 襖 越し に いい ながら さっき の 女 中 は 顔 も 見せ ず に さっさと 階下 に 降りて 行って しまった 。 |そうじ||でき ました||ふすま|こし||||||おんな|なか||かお||みせ||||かいか||おりて|おこなって| 葉子 は 結局 それ を 気 安い 事 に して 、 その 新聞 を 持った まま 、 自分 の 部屋 に 帰った 。 ようこ||けっきょく|||き|やすい|こと||||しんぶん||もった||じぶん||へや||かえった どこ を 掃除 した のだ と 思わ れる ような 掃除 の しかた で 、 はたき まで が 違い棚 の 下 に おき 忘られて いた 。 ||そうじ||||おもわ|||そうじ|||||||ちがいだな||した|||ぼう られて| Even the duster was left under the shelf and forgotten in a way that made one wonder where it had been cleaned. 過敏に きちょうめんで きれい好きな 葉子 は もう たまらなかった 。 かびんに||きれいずきな|ようこ||| 自分 で てきぱき と そこ い ら を 片づけて 置いて 、 パラソル と 手 携 げ を 取り上げる が 否 や その 宿 を 出た 。 じぶん||||||||かたづけて|おいて|ぱらそる||て|けい|||とりあげる||いな|||やど||でた ・・

往来 に 出る と その 旅館 の 女 中 が 四五 人 早じまい を して 昼間 の 中 を 野毛 山 の 大 神宮 の ほう に でも 散歩 に 行く らしい 後ろ姿 を 見た 。 おうらい||でる|||りょかん||おんな|なか||しご|じん|はやじまい|||ひるま||なか||のげ|やま||だい|じんぐう|||||さんぽ||いく||うしろすがた||みた そそくさ と 朝 の 掃除 を 急いだ 女 中 たち の 心 も 葉子 に は 読めた 。 ||あさ||そうじ||いそいだ|おんな|なか|||こころ||ようこ|||よめた 葉子 は その 女 たち を 見送る と なんという 事 なし に さびしく 思った 。 ようこ|||おんな|||みおくる|||こと||||おもった ・・

帯 の 間 に はさんだ まま に して おいた 新聞 の 切り抜き が 胸 を 焼く ようだった 。 おび||あいだ|||||||しんぶん||きりぬき||むね||やく| 葉子 は 歩き 歩き それ を 引き出して 手 携 げ に しまい かえた 。 ようこ||あるき|あるき|||ひきだして|て|けい|||| 旅館 は 出た が どこ に 行こう と いう あて も なかった 葉子 は うつむいて 紅葉 坂 を おり ながら 、 さしも し ない パラソル の 石突き で 霜解け に なった 土 を 一足 一足 突きさして 歩いて 行った 。 りょかん||でた||||いこう||||||ようこ|||こうよう|さか|||||||ぱらそる||いしづき||しもどけ|||つち||ひとあし|ひとあし|つきさして|あるいて|おこなった いつのまにか じめじめ した 薄ぎたない 狭い 通り に 来た と 思う と 、 は し なく も いつか 古藤 と 一緒に 上がった 相模 屋 の 前 を 通って いる のだった 。 |||うすぎたない|せまい|とおり||きた||おもう|||||||ことう||いっしょに|あがった|さがみ|や||ぜん||かよって|| 「 相模 屋 」 と 古めかしい 字体 で 書いた 置き 行 燈 の 紙 まで が その 時 の まま で すすけて いた 。 さがみ|や||ふるめかしい|じたい||かいた|おき|ぎょう|とも||かみ||||じ||||| 葉子 は 見 覚えられて いる の を 恐れる ように 足早に その 前 を 通りぬけた 。 ようこ||み|おぼえ られて||||おそれる||あしばやに||ぜん||とおりぬけた ・・

停車場 前 は すぐ そこ だった 。 ていしゃば|ぜん|||| もう 十二 時 近い 秋 の 日 は はなやかに 照り 満ちて 、 思った より 数多い 群衆 が 運河 に かけ渡した いくつか の 橋 を にぎやかに 往来 して いた 。 |じゅうに|じ|ちかい|あき||ひ|||てり|みちて|おもった||かずおおい|ぐんしゅう||うんが||かけわたした|いく つ か||きょう|||おうらい|| 葉子 は 自分 一 人 が みんな から 振り向いて 見られる ように 思い なした 。 ようこ||じぶん|ひと|じん||||ふりむいて|み られる||おもい| それ が あたりまえの 時 ならば 、 どれほど 多く の 人 に じろじろ と 見られよう と も 度 を 失う ような 葉子 で は なかった けれども 、 たった今 いまいましい 新聞 の 記事 を 見た 葉子 で は あり 、 いかにも 西洋 じみ た 野暮 くさい 綿入れ を 着て いる 葉子 であった 。 |||じ|||おおく||じん||||み られよう|||たび||うしなう||ようこ|||||たったいま||しんぶん||きじ||みた|ようこ|||||せいよう|||やぼ||わたいれ||きて||ようこ| 服装 に 塵 ほど でも 批点 の 打ち どころ が ある と 気 が ひけて なら ない 葉子 と して は 、 旅館 を 出て 来た の が 悲しい ほど 後悔 さ れた 。 ふくそう||ちり|||ひてん||うち|||||き|||||ようこ||||りょかん||でて|きた|||かなしい||こうかい|| ・・

葉子 は とうとう 税関 波止場 の 入り口 まで 来て しまった 。 ようこ|||ぜいかん|はとば||いりぐち||きて| その 入り口 の 小さな 煉瓦 造り の 事務 所 に は 、 年 の 若い 監視 補 たち が 二 重 金 ぼたん の 背広 に 、 海軍 帽 を かぶって 事務 を 取って いた が 、 そこ に 近づく 葉子 の 様子 を 見る と 、 きのう 上陸 した 時 から 葉子 を 見 知っている か の ように 、 その 飛び 放れて 華手 造り な 姿 に 目 を 定める らしかった 。 |いりぐち||ちいさな|れんが|つくり||じむ|しょ|||とし||わかい|かんし|ほ|||ふた|おも|きむ|||せびろ||かいぐん|ぼう|||じむ||とって|||||ちかづく|ようこ||ようす||みる|||じょうりく||じ||ようこ||み|しっている|||||とび|はなれて|はなて|つくり||すがた||め||さだめる| 物好きな その 人 たち は 早くも 新聞 の 記事 を 見て 問題 と なって いる 女 が 自分 に 違いない と 目星 を つけて いる ので は ある まい か と 葉子 は 何事 に つけて も 愚痴っぽく ひけ 目 に なる 自分 を 見いだした 。 ものずきな||じん|||はやくも|しんぶん||きじ||みて|もんだい||||おんな||じぶん||ちがいない||めぼし||||||||||ようこ||なにごと||||ぐち っぽく||め|||じぶん||みいだした Those curiosity-loving people had already read the newspaper article and were guessing that the woman in question was definitely her. I found myself. 葉子 は しかし そうした ふう に 見つめられ ながら も そこ を 立ち去る 事 が でき なかった 。 ようこ||||||みつめ られ|||||たちさる|こと||| もしや 倉地 が 昼 飯 でも 食べ に あの 大きな 五 体 を 重々しく 動かし ながら 船 の ほう から 出て 来 は し ない か と 心待ち が さ れた から だ 。 |くらち||ひる|めし||たべ|||おおきな|いつ|からだ||おもおもしく|うごかし||せん||||でて|らい||||||こころまち||||| ・・

葉子 は そろそろ と 海洋 通り を グランド ・ ホテル の ほう に 歩いて みた 。 ようこ||||かいよう|とおり||ぐらんど|ほてる||||あるいて| 倉地 が 出て 来れば 、 倉地 の ほう でも 自分 を 見つける だろう し 、 自分 の ほう でも 後ろ に 目 は ない ながら 、 出て 来た の を 感づいて みせる と いう 自信 を 持ち ながら 、 後ろ も 振り向か ず に だんだん 波止場 から 遠ざかった 。 くらち||でて|くれば|くらち||||じぶん||みつける|||じぶん||||うしろ||め||||でて|きた|||かんづいて||||じしん||もち||うしろ||ふりむか||||はとば||とおざかった 海ぞい に 立て 連ねた 石 杭 を つなぐ 頑丈な 鉄 鎖 に は 、 西洋 人 の 子供 たち が 犢 ほど な 洋 犬 や あま に 付き添われて 事もなげに 遊び 戯れて いた 。 うみぞい||たて|つらねた|いし|くい|||がんじょうな|くろがね|くさり|||せいよう|じん||こども|||とく|||よう|いぬ||||つきそわ れて|こともなげに|あそび|たわむれて| そして 葉子 を 見る と 心安 立て に 無邪気に ほほえんで 見せたり した 。 |ようこ||みる||こころやす|たて||むじゃきに||みせたり| 小さな かわいい 子供 を 見る と どんな 時 どんな 場合 でも 、 葉子 は 定子 を 思い出して 、 胸 が しめつけられる ように なって 、 すぐ 涙ぐむ のだった 。 ちいさな||こども||みる|||じ||ばあい||ようこ||さだこ||おもいだして|むね||しめつけ られる||||なみだぐむ| この 場合 は ことさら そう だった 。 |ばあい|||| 見て いられ ない ほど それ ら の 子供 たち は 悲しい 姿 に 葉子 の 目 に 映った 。 みて|いら れ||||||こども|||かなしい|すがた||ようこ||め||うつった 葉子 は そこ から 避ける ように 足 を 返して また 税関 の ほう に 歩み 近づいた 。 ようこ||||さける||あし||かえして||ぜいかん||||あゆみ|ちかづいた 監視 課 の 事務 所 の 前 を 来たり 往ったり する 人数 は 絡 繹 と して 絶え なかった が 、 その 中 に 事務 長 らしい 姿 は さらに 見え なかった 。 かんし|か||じむ|しょ||ぜん||きたり|おう ったり||にんずう||から|えき|||たえ||||なか||じむ|ちょう||すがた|||みえ| 葉子 は 絵 島 丸 まで 行って 見る 勇気 も なく 、 そこ を 幾 度 も あちこち して 監視 補 たち の 目 に かかる の も うるさかった ので 、 すごすご と 税関 の 表門 を 県庁 の ほう に 引き返した 。 ようこ||え|しま|まる||おこなって|みる|ゆうき|||||いく|たび||||かんし|ほ|||め|||||||||ぜいかん||おもてもん||けんちょう||||ひきかえした