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或る女 - 有島武郎(アクセス), 22.1 或る女

22.1 或る 女

どこ か から 菊 の 香 が かすかに 通って 来た ように 思って 葉子 は 快い 眠り から 目 を さました 。 自分 の そば に は 、 倉地 が 頭から すっぽり と ふとん を かぶって 、 いびき も 立て ず に 熟睡 して いた 。 料理 屋 を 兼ねた 旅館 の に 似合わ しい 華手 な 縮緬 の 夜具 の 上 に は もう だいぶ 高く なった らしい 秋 の 日 の 光 が 障子 越し に さして いた 。 葉子 は 往復 一 か月 の 余 を 船 に 乗り 続けて いた ので 、 船脚 の 揺らめき の なごり が 残って いて 、 からだ が ふら り ふら り と 揺れる ような 感じ を 失って は い なかった が 、 広い 畳 の 間 に 大きな 軟らかい 夜具 を のべて 、 五 体 を 思う まま 延ばして 、 一晩 ゆっくり と 眠り 通した その 心地よ さ は 格別だった 。 仰向け に なって 、 寒から ぬ 程度 に 暖まった 空気 の 中 に 両手 を 二の腕 まで むき出しに して 、 軟らかい 髪 の 毛 に 快い 触覚 を 感じ ながら 、 何 を 思う と も なく 天井 の 木目 を 見 やって いる の も 、 珍しい 事 の ように 快かった 。 ・・

やや 小 半時 も そうした まま で いる と 、 帳場 で ぼん ぼん 時計 が 九 時 を 打った 。 三 階 に いる のだ けれども その 音 は ほがらかに かわいた 空気 を 伝って 葉子 の 部屋 まで 響いて 来た 。 と 、 倉地 が いきなり 夜具 を はねのけて 床 の 上 に 上体 を 立てて 目 を こすった 。 ・・

「 九 時 だ な 今 打った の は 」・・

と 陸 で 聞く と おかしい ほど 大きな 塩 が れ 声 で いった 。 どれほど 熟睡 して いて も 、 時間 に は 鋭敏な 船員 らしい 倉地 の 様子 が なんの 事 は なく 葉子 を ほほえま した 。 ・・

倉地 が 立つ と 、 葉子 も 床 を 出た 。 そして そのへん を 片づけたり 、 煙草 を 吸ったり して いる 間 に ( 葉子 は 船 の 中 で 煙草 を 吸う 事 を 覚えて しまった のだった ) 倉地 は 手早く 顔 を 洗って 部屋 に 帰って 来た 。 そして 制服 に 着 かえ 始めた 。 葉子 は いそいそ と それ を 手伝った 。 倉地 特有な 西 洋風 に 甘ったるい ような 一種 の におい が その からだ に も 服 に も まつわって いた 。 それ が 不思議に いつでも 葉子 の 心 を ときめか した 。 ・・

「 もう 飯 を 食っと る 暇 は ない 。 また しばらく 忙しい で 木っ葉 みじん だ 。 今夜 は おそい かも しれ ん よ 。 おれたち に は 天 長 節 も 何も あった もん じゃ ない 」・・

そう いわれて みる と 葉子 は きょう が 天 長 節 な の を 思い出した 。 葉子 の 心 は なお なお 寛 濶 に なった 。 ・・

倉地 が 部屋 を 出る と 葉子 は 縁側 に 出て 手 欄 から 下 を のぞいて 見た 。 両側 に 桜 並み 木 の ずっと ならんだ 紅葉 坂 は 急 勾配 を なして 海岸 の ほう に 傾いて いる 、 そこ を 倉地 の 紺 羅 紗 の 姿 が 勢い よく 歩いて 行く の が 見えた 。 半分 が た 散り 尽くした 桜 の 葉 は 真 紅 に 紅葉 して 、 軒並み に 掲げられた 日章旗 が 、 風 の ない 空気 の 中 に あざやかに ならんで いた 。 その 間 に 英国 の 国旗 が 一 本 まじって ながめられる の も 開港 場 らしい 風情 を 添えて いた 。 ・・

遠く 海 の ほう を 見る と 税関 の 桟橋 に 繋 われた 四 艘 ほど の 汽船 の 中 に 、 葉子 が 乗って 帰った 絵 島 丸 も まじって いた 。 まっさおに 澄みわたった 海 に 対して きょう の 祭日 を 祝賀 する ため に 檣 から 檣 に かけわたさ れた 小 旌 が おもちゃ の ように ながめられた 。 ・・

葉子 は 長い 航海 の 始終 を 一場 の 夢 の ように 思いやった 。 その 長旅 の 間 に 、 自分 の 一身 に 起こった 大きな 変化 も 自分 の 事 の ようで は なかった 。 葉子 は 何 が なし に 希望 に 燃えた 活 々 した 心 で 手 欄 を 離れた 。 部屋 に は 小 ざっぱ り と 身じたく を した 女 中 が 来て 寝床 を あげて いた 。 一 間 半 の 大 床の間 に 飾ら れた 大花 活 け に は 、 菊 の 花 が 一抱え 分 も いけられて いて 、 空気 が 動く たび ごと に 仙人 じみ た 香 を 漂わした 。 その 香 を かぐ と 、 ともすると まだ 外国 に いる ので は ない か と 思わ れる ような 旅 心 が 一気に くだけて 、 自分 は もう 確かに 日本 の 土 の 上 に いる のだ と いう 事 が しっかり 思わさ れた 。 ・・

「 いい お 日和 ね 。 今夜 あたり は 忙し んでしょう 」・・

と 葉子 は 朝飯 の 膳 に 向かい ながら 女 中 に いって みた 。 ・・

「 はい 今夜 は 御 宴会 が 二 つ ばかり ございまして ね 。 でも 浜 の 方 でも 外務 省 の 夜会 に いらっしゃる 方 も ございます から 、 たん と 込み合い は いたします まい けれども 」・・

そう 応え ながら 女 中 は 、 昨晩 おそく 着いて 来た 、 ちょっと 得体の知れない この 美しい 婦人 の 素性 を 探ろう と する ように 注意深い 目 を やった 。 葉子 は 葉子 で 「 浜 」 と いう 言葉 など から 、 横浜 と いう 土地 を 形 に して 見る ような 気持ち が した 。 ・・

短く なって は いて も 、 なんにも する 事 なし に 一 日 を 暮らす か と 思えば 、 その 秋 の 一日の長 さ が 葉子 に は ひどく 気 に なり 出した 。 明後日 東京 に 帰る まで の 間 に 、 買い物 でも 見て 歩きたい のだ けれども 、 土産物 は 木村 が 例の 銀行 切手 を くずして あり余る ほど 買って 持た して よこした し 、 手 もと に は 哀れな ほど より 金 は 残って い なかった 。 ちょっと でも じっと して いられ ない 葉子 は 、 日本 で 着よう と は 思わ なかった ので 、 西洋 向き に 注文 した 華手 すぎる ような 綿入れ に 手 を 通し ながら 、 とつ 追いつ 考えた 。 ・・

「 そうだ 古藤 に 電話 でも かけて みて やろう 」・・

葉子 は これ は いい 思案 だ と 思った 。 東京 の ほう で 親類 たち が どんな 心持ち で 自分 を 迎えよう と して いる か 、 古藤 の ような 男 に 今度 の 事 が どう 響いて いる だろう か 、 これ は 単に 慰み ばかり で は ない 、 知って おか なければ なら ない 大事な 事 だった 。 そう 葉子 は 思った 。 そして 女 中 を 呼んで 東京 に 電話 を つなぐ ように 頼んだ 。 ・・

祭日 であった せい か 電話 は 思いのほか 早く つながった 。 葉子 は 少し いたずら らしい 微笑 を 笑窪 の はいる その 美しい 顔 に 軽く 浮かべ ながら 、 階段 を 足早に 降りて 行った 。 今ごろ に なって ようやく 床 を 離れた らしい 男女 の 客 が しどけない ふう を して 廊下 の ここ かしこ で 葉子 と すれ違った 。 葉子 は それ ら の 人々 に は 目 も くれ ず に 帳場 に 行って 電話 室 に 飛び込む と ぴっしり と 戸 を しめて しまった 。 そして 受話器 を 手 に 取る が 早い か 、 電話 に 口 を 寄せて 、・・

「 あなた 義一 さん ? あ ゝ そう 。 義一 さん それ は 滑稽な の よ 」・・

と ひとりでに すら すら と いって しまって われながら 葉子 は はっと 思った 。 その 時 の 浮き浮きした 軽い 心持ち から いう と 、 葉子 に は そういう より 以上 に 自然な 言葉 は なかった のだ けれども 、 それでは あまりに 自分 と いう もの を 明白に さらけ出して いた のに 気 が 付いた のだ 。 古藤 は 案のじょう 答え 渋って いる らしかった 。 とみに は 返事 も し ないで 、 ちゃんと 聞こえて いる らしい のに 、 ただ 「 な んです ? 」 と 聞き返して 来た 。 葉子 に は すぐ 東京 の 様子 を 飲み込んだ ように 思った 。 ・・

「 そんな 事 どうでも よ ご ざん す わ 。 あなた お 丈夫でした の 」・・

と いって みる と 「 え ゝ 」 と だけ すげない 返事 が 、 機械 を 通して である だけ に ことさら すげなく 響いて 来た 。 そして 今度 は 古藤 の ほう から 、・・

「 木村 …… 木村 君 は どうして います 。 あなた 会った んです か 」・・

と はっきり 聞こえて 来た 。 葉子 は すかさず 、・・

「 は あ 会い まして よ 。 相変わらず 丈夫で います 。 ありがとう 。 けれども ほんとうに かわいそうでした の 。 義一 さん …… 聞こえます か 。 明後日 私 東京 に 帰ります わ 。 もう 叔母 の 所 に は 行けません から ね 、 あす こ に は 行き たく ありません から …… あの ね 、 透 矢 町 の ね 、 双 鶴 館 …… つがい の 鶴 …… そう 、 お わかり に なって ? …… 双 鶴 館 に 行きます から …… あなた 来て くだされる ? …… でも ぜひ 聞いて いただか なければ なら ない 事 が ある んです から …… よくって ? …… そう ぜひ どうぞ 。 明 々 後日 の 朝 ? ありがとう きっと お 待ち 申して います から ぜひ です の よ 」・・

葉子 が そう いって いる 間 、 古藤 の 言葉 は しまい まで 奥歯 に 物 の はさまった ように 重かった 。 そして やや ともすると 葉子 と の 会見 を 拒もう と する 様子 が 見えた 。 もし 葉子 の 銀 の ように 澄んだ 涼しい 声 が 、 古藤 を 選んで 哀訴 する らしく 響か なかったら 、 古藤 は 葉子 の いう 事 を 聞いて は い なかった かも しれ ない と 思わ れる ほど だった 。


22.1 或る 女 ある|おんな 22.1 Una mujer

どこ か から 菊 の 香 が かすかに 通って 来た ように 思って 葉子 は 快い 眠り から 目 を さました 。 |||きく||かおり|||かよって|きた||おもって|ようこ||こころよい|ねむり||め|| 自分 の そば に は 、 倉地 が 頭から すっぽり と ふとん を かぶって 、 いびき も 立て ず に 熟睡 して いた 。 じぶん|||||くらち||あたまから||||||||たて|||じゅくすい|| 料理 屋 を 兼ねた 旅館 の に 似合わ しい 華手 な 縮緬 の 夜具 の 上 に は もう だいぶ 高く なった らしい 秋 の 日 の 光 が 障子 越し に さして いた 。 りょうり|や||かねた|りょかん|||にあわ||はなて||ちりめん||やぐ||うえ|||||たかく|||あき||ひ||ひかり||しょうじ|こし||| 葉子 は 往復 一 か月 の 余 を 船 に 乗り 続けて いた ので 、 船脚 の 揺らめき の なごり が 残って いて 、 からだ が ふら り ふら り と 揺れる ような 感じ を 失って は い なかった が 、 広い 畳 の 間 に 大きな 軟らかい 夜具 を のべて 、 五 体 を 思う まま 延ばして 、 一晩 ゆっくり と 眠り 通した その 心地よ さ は 格別だった 。 ようこ||おうふく|ひと|かげつ||よ||せん||のり|つづけて|||ふなあし||ゆらめき||||のこって|||||||||ゆれる||かんじ||うしなって|||||ひろい|たたみ||あいだ||おおきな|やわらかい|やぐ|||いつ|からだ||おもう||のばして|ひとばん|||ねむり|とおした||ここちよ|||かくべつだった Yoko had been on the boat for more than a month round trip, so she could still feel the swaying motion of the stern, and she hadn't lost the feeling of her body swaying, but the wide tatami mats were still there. It was an exceptionally comfortable sleep, with a large, soft nightgown stretched out between them, and my five bodies stretched out as I wished. 仰向け に なって 、 寒から ぬ 程度 に 暖まった 空気 の 中 に 両手 を 二の腕 まで むき出しに して 、 軟らかい 髪 の 毛 に 快い 触覚 を 感じ ながら 、 何 を 思う と も なく 天井 の 木目 を 見 やって いる の も 、 珍しい 事 の ように 快かった 。 あおむけ|||さむから||ていど||あたたまった|くうき||なか||りょうて||にのうで||むきだしに||やわらかい|かみ||け||こころよい|しょっかく||かんじ||なん||おもう||||てんじょう||もくめ||み|||||めずらしい|こと|||こころよかった ・・

やや 小 半時 も そうした まま で いる と 、 帳場 で ぼん ぼん 時計 が 九 時 を 打った 。 |しょう|はんとき|||||||ちょうば||||とけい||ここの|じ||うった 三 階 に いる のだ けれども その 音 は ほがらかに かわいた 空気 を 伝って 葉子 の 部屋 まで 響いて 来た 。 みっ|かい||||||おと||||くうき||つたって|ようこ||へや||ひびいて|きた と 、 倉地 が いきなり 夜具 を はねのけて 床 の 上 に 上体 を 立てて 目 を こすった 。 |くらち|||やぐ|||とこ||うえ||じょうたい||たてて|め|| ・・

「 九 時 だ な 今 打った の は 」・・ ここの|じ|||いま|うった||

と 陸 で 聞く と おかしい ほど 大きな 塩 が れ 声 で いった 。 |りく||きく||||おおきな|しお|||こえ|| どれほど 熟睡 して いて も 、 時間 に は 鋭敏な 船員 らしい 倉地 の 様子 が なんの 事 は なく 葉子 を ほほえま した 。 |じゅくすい||||じかん|||えいびんな|せんいん||くらち||ようす|||こと|||ようこ||| ・・

倉地 が 立つ と 、 葉子 も 床 を 出た 。 くらち||たつ||ようこ||とこ||でた そして そのへん を 片づけたり 、 煙草 を 吸ったり して いる 間 に ( 葉子 は 船 の 中 で 煙草 を 吸う 事 を 覚えて しまった のだった ) 倉地 は 手早く 顔 を 洗って 部屋 に 帰って 来た 。 |||かたづけたり|たばこ||すったり|||あいだ||ようこ||せん||なか||たばこ||すう|こと||おぼえて|||くらち||てばやく|かお||あらって|へや||かえって|きた そして 制服 に 着 かえ 始めた 。 |せいふく||ちゃく||はじめた 葉子 は いそいそ と それ を 手伝った 。 ようこ||||||てつだった 倉地 特有な 西 洋風 に 甘ったるい ような 一種 の におい が その からだ に も 服 に も まつわって いた 。 くらち|とくゆうな|にし|ようふう||あまったるい||いっしゅ||||||||ふく|||| それ が 不思議に いつでも 葉子 の 心 を ときめか した 。 ||ふしぎに||ようこ||こころ||| ・・

「 もう 飯 を 食っと る 暇 は ない 。 |めし||しょく っと||いとま|| また しばらく 忙しい で 木っ葉 みじん だ 。 ||いそがしい||き っ は|| I'll be busy again for a while and the leaves will fall apart. 今夜 は おそい かも しれ ん よ 。 こんや|||||| おれたち に は 天 長 節 も 何も あった もん じゃ ない 」・・ |||てん|ちょう|せつ||なにも||||

そう いわれて みる と 葉子 は きょう が 天 長 節 な の を 思い出した 。 |いわ れて|||ようこ||||てん|ちょう|せつ||||おもいだした 葉子 の 心 は なお なお 寛 濶 に なった 。 ようこ||こころ||||ひろし|かつ|| ・・

倉地 が 部屋 を 出る と 葉子 は 縁側 に 出て 手 欄 から 下 を のぞいて 見た 。 くらち||へや||でる||ようこ||えんがわ||でて|て|らん||した|||みた 両側 に 桜 並み 木 の ずっと ならんだ 紅葉 坂 は 急 勾配 を なして 海岸 の ほう に 傾いて いる 、 そこ を 倉地 の 紺 羅 紗 の 姿 が 勢い よく 歩いて 行く の が 見えた 。 りょうがわ||さくら|なみ|き||||こうよう|さか||きゅう|こうばい|||かいがん||||かたむいて||||くらち||こん|ら|さ||すがた||いきおい||あるいて|いく|||みえた 半分 が た 散り 尽くした 桜 の 葉 は 真 紅 に 紅葉 して 、 軒並み に 掲げられた 日章旗 が 、 風 の ない 空気 の 中 に あざやかに ならんで いた 。 はんぶん|||ちり|つくした|さくら||は||まこと|くれない||こうよう||のきなみ||かかげ られた|にっしょうき||かぜ|||くうき||なか|||| その 間 に 英国 の 国旗 が 一 本 まじって ながめられる の も 開港 場 らしい 風情 を 添えて いた 。 |あいだ||えいこく||こっき||ひと|ほん||ながめ られる|||かいこう|じょう||ふぜい||そえて| The sight of the British flag mingled in between them added to the atmosphere of an open port. ・・

遠く 海 の ほう を 見る と 税関 の 桟橋 に 繋 われた 四 艘 ほど の 汽船 の 中 に 、 葉子 が 乗って 帰った 絵 島 丸 も まじって いた 。 とおく|うみ||||みる||ぜいかん||さんばし||つな||よっ|そう|||きせん||なか||ようこ||のって|かえった|え|しま|まる||| まっさおに 澄みわたった 海 に 対して きょう の 祭日 を 祝賀 する ため に 檣 から 檣 に かけわたさ れた 小 旌 が おもちゃ の ように ながめられた 。 |すみわたった|うみ||たいして|||さいじつ||しゅくが||||しょう||しょう||||しょう|せい|||||ながめ られた ・・

葉子 は 長い 航海 の 始終 を 一場 の 夢 の ように 思いやった 。 ようこ||ながい|こうかい||しじゅう||いちじょう||ゆめ|||おもいやった その 長旅 の 間 に 、 自分 の 一身 に 起こった 大きな 変化 も 自分 の 事 の ようで は なかった 。 |ながたび||あいだ||じぶん||いっしん||おこった|おおきな|へんか||じぶん||こと|||| 葉子 は 何 が なし に 希望 に 燃えた 活 々 した 心 で 手 欄 を 離れた 。 ようこ||なん||||きぼう||もえた|かつ|||こころ||て|らん||はなれた 部屋 に は 小 ざっぱ り と 身じたく を した 女 中 が 来て 寝床 を あげて いた 。 へや|||しょう|ざ っぱ|||みじたく|||おんな|なか||きて|ねどこ||| 一 間 半 の 大 床の間 に 飾ら れた 大花 活 け に は 、 菊 の 花 が 一抱え 分 も いけられて いて 、 空気 が 動く たび ごと に 仙人 じみ た 香 を 漂わした 。 ひと|あいだ|はん||だい|とこのま||かざら||おおはな|かつ||||きく||か||ひとかかえ|ぶん||いけ られて||くうき||うごく||||せんにん|||かおり||ただよわした その 香 を かぐ と 、 ともすると まだ 外国 に いる ので は ない か と 思わ れる ような 旅 心 が 一気に くだけて 、 自分 は もう 確かに 日本 の 土 の 上 に いる のだ と いう 事 が しっかり 思わさ れた 。 |かおり||||||がいこく||||||||おもわ|||たび|こころ||いっきに||じぶん|||たしかに|にっぽん||つち||うえ||||||こと|||おもわさ| ・・

「 いい お 日和 ね 。 ||ひより| 今夜 あたり は 忙し んでしょう 」・・ こんや|||いそがし|

と 葉子 は 朝飯 の 膳 に 向かい ながら 女 中 に いって みた 。 |ようこ||あさはん||ぜん||むかい||おんな|なか||| ・・

「 はい 今夜 は 御 宴会 が 二 つ ばかり ございまして ね 。 |こんや||ご|えんかい||ふた|||| でも 浜 の 方 でも 外務 省 の 夜会 に いらっしゃる 方 も ございます から 、 たん と 込み合い は いたします まい けれども 」・・ |はま||かた||がいむ|しょう||やかい|||かた||||||こみあい||いたし ます||

そう 応え ながら 女 中 は 、 昨晩 おそく 着いて 来た 、 ちょっと 得体の知れない この 美しい 婦人 の 素性 を 探ろう と する ように 注意深い 目 を やった 。 |こたえ||おんな|なか||さくばん||ついて|きた||えたいのしれない||うつくしい|ふじん||すじょう||さぐろう||||ちゅういぶかい|め|| 葉子 は 葉子 で 「 浜 」 と いう 言葉 など から 、 横浜 と いう 土地 を 形 に して 見る ような 気持ち が した 。 ようこ||ようこ||はま|||ことば|||よこはま|||とち||かた|||みる||きもち|| ・・

短く なって は いて も 、 なんにも する 事 なし に 一 日 を 暮らす か と 思えば 、 その 秋 の 一日の長 さ が 葉子 に は ひどく 気 に なり 出した 。 みじかく|||||||こと|||ひと|ひ||くらす|||おもえば||あき||いちじつのちょう|||ようこ||||き|||だした 明後日 東京 に 帰る まで の 間 に 、 買い物 でも 見て 歩きたい のだ けれども 、 土産物 は 木村 が 例の 銀行 切手 を くずして あり余る ほど 買って 持た して よこした し 、 手 もと に は 哀れな ほど より 金 は 残って い なかった 。 みょうごにち|とうきょう||かえる|||あいだ||かいもの||みて|あるき たい|||みやげもの||きむら||れいの|ぎんこう|きって|||ありあまる||かって|もた||||て||||あわれな|||きむ||のこって|| ちょっと でも じっと して いられ ない 葉子 は 、 日本 で 着よう と は 思わ なかった ので 、 西洋 向き に 注文 した 華手 すぎる ような 綿入れ に 手 を 通し ながら 、 とつ 追いつ 考えた 。 ||||いら れ||ようこ||にっぽん||きよう|||おもわ|||せいよう|むき||ちゅうもん||はなて|||わたいれ||て||とおし|||おいつ|かんがえた ・・

「 そうだ 古藤 に 電話 でも かけて みて やろう 」・・ そう だ|ことう||でんわ||||

葉子 は これ は いい 思案 だ と 思った 。 ようこ|||||しあん|||おもった 東京 の ほう で 親類 たち が どんな 心持ち で 自分 を 迎えよう と して いる か 、 古藤 の ような 男 に 今度 の 事 が どう 響いて いる だろう か 、 これ は 単に 慰み ばかり で は ない 、 知って おか なければ なら ない 大事な 事 だった 。 とうきょう||||しんるい||||こころもち||じぶん||むかえよう|||||ことう|||おとこ||こんど||こと|||ひびいて||||||たんに|なぐさみ|||||しって|||||だいじな|こと| そう 葉子 は 思った 。 |ようこ||おもった そして 女 中 を 呼んで 東京 に 電話 を つなぐ ように 頼んだ 。 |おんな|なか||よんで|とうきょう||でんわ||||たのんだ ・・

祭日 であった せい か 電話 は 思いのほか 早く つながった 。 さいじつ||||でんわ||おもいのほか|はやく| 葉子 は 少し いたずら らしい 微笑 を 笑窪 の はいる その 美しい 顔 に 軽く 浮かべ ながら 、 階段 を 足早に 降りて 行った 。 ようこ||すこし|||びしょう||えくぼ||は いる||うつくしい|かお||かるく|うかべ||かいだん||あしばやに|おりて|おこなった 今ごろ に なって ようやく 床 を 離れた らしい 男女 の 客 が しどけない ふう を して 廊下 の ここ かしこ で 葉子 と すれ違った 。 いまごろ||||とこ||はなれた||だんじょ||きゃく||||||ろうか|||||ようこ||すれちがった 葉子 は それ ら の 人々 に は 目 も くれ ず に 帳場 に 行って 電話 室 に 飛び込む と ぴっしり と 戸 を しめて しまった 。 ようこ|||||ひとびと|||め|||||ちょうば||おこなって|でんわ|しつ||とびこむ||ぴっ しり||と||| そして 受話器 を 手 に 取る が 早い か 、 電話 に 口 を 寄せて 、・・ |じゅわき||て||とる||はやい||でんわ||くち||よせて

「 あなた 義一 さん ? |ぎいち| あ ゝ そう 。 義一 さん それ は 滑稽な の よ 」・・ ぎいち||||こっけいな||

と ひとりでに すら すら と いって しまって われながら 葉子 は はっと 思った 。 ||||||||ようこ|||おもった その 時 の 浮き浮きした 軽い 心持ち から いう と 、 葉子 に は そういう より 以上 に 自然な 言葉 は なかった のだ けれども 、 それでは あまりに 自分 と いう もの を 明白に さらけ出して いた のに 気 が 付いた のだ 。 |じ||うきうきした|かるい|こころもち||||ようこ|||||いじょう||しぜんな|ことば|||||||じぶん|||||めいはくに|さらけだして|||き||ついた| 古藤 は 案のじょう 答え 渋って いる らしかった 。 ことう||あんのじょう|こたえ|しぶって|| Furuto seemed reluctant to answer as expected. とみに は 返事 も し ないで 、 ちゃんと 聞こえて いる らしい のに 、 ただ 「 な んです ? ||へんじ|||||きこえて|||||| 」 と 聞き返して 来た 。 |ききかえして|きた 葉子 に は すぐ 東京 の 様子 を 飲み込んだ ように 思った 。 ようこ||||とうきょう||ようす||のみこんだ||おもった ・・

「 そんな 事 どうでも よ ご ざん す わ 。 |こと|||||| あなた お 丈夫でした の 」・・ ||じょうぶでした|

と いって みる と 「 え ゝ 」 と だけ すげない 返事 が 、 機械 を 通して である だけ に ことさら すげなく 響いて 来た 。 |||||||||へんじ||きかい||とおして||||||ひびいて|きた そして 今度 は 古藤 の ほう から 、・・ |こんど||ことう|||

「 木村 …… 木村 君 は どうして います 。 きむら|きむら|きみ|||い ます あなた 会った んです か 」・・ |あった||

と はっきり 聞こえて 来た 。 ||きこえて|きた 葉子 は すかさず 、・・ ようこ||

「 は あ 会い まして よ 。 ||あい|| 相変わらず 丈夫で います 。 あいかわらず|じょうぶで|い ます ありがとう 。 けれども ほんとうに かわいそうでした の 。 義一 さん …… 聞こえます か 。 ぎいち||きこえ ます| 明後日 私 東京 に 帰ります わ 。 みょうごにち|わたくし|とうきょう||かえり ます| もう 叔母 の 所 に は 行けません から ね 、 あす こ に は 行き たく ありません から …… あの ね 、 透 矢 町 の ね 、 双 鶴 館 …… つがい の 鶴 …… そう 、 お わかり に なって ? |おば||しょ|||いけ ませ ん|||||||いき||あり ませ ん||||とおる|や|まち|||そう|つる|かん|||つる||||| …… 双 鶴 館 に 行きます から …… あなた 来て くだされる ? そう|つる|かん||いき ます|||きて| …… でも ぜひ 聞いて いただか なければ なら ない 事 が ある んです から …… よくって ? ||きいて|||||こと|||||よく って …… そう ぜひ どうぞ 。 明 々 後日 の 朝 ? あき||ごじつ||あさ ありがとう きっと お 待ち 申して います から ぜひ です の よ 」・・ |||まち|もうして|い ます|||||

葉子 が そう いって いる 間 、 古藤 の 言葉 は しまい まで 奥歯 に 物 の はさまった ように 重かった 。 ようこ|||||あいだ|ことう||ことば||||おくば||ぶつ||||おもかった そして やや ともすると 葉子 と の 会見 を 拒もう と する 様子 が 見えた 。 |||ようこ|||かいけん||こばもう|||ようす||みえた And I could see that he was about to refuse to meet with Yoko. もし 葉子 の 銀 の ように 澄んだ 涼しい 声 が 、 古藤 を 選んで 哀訴 する らしく 響か なかったら 、 古藤 は 葉子 の いう 事 を 聞いて は い なかった かも しれ ない と 思わ れる ほど だった 。 |ようこ||ぎん|||すんだ|すずしい|こえ||ことう||えらんで|あいそ|||ひびか||ことう||ようこ|||こと||きいて||||||||おもわ|||