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或る女 - 有島武郎(アクセス), 21.1 或る女

21.1 或る 女

絵 島 丸 は シヤトル に 着いて から 十二 日 目 に 纜 を 解いて 帰航 する はず に なって いた 。 その 出発 が あと 三 日 に なった 十 月 十五 日 に 、 木村 は 、 船 医 の 興 録 から 、 葉子 は どうしても ひとまず 帰国 さ せる ほう が 安全だ と いう 最後 の 宣告 を 下されて しまった 。 木村 は その 時 に は もう 大体 覚悟 を 決めて いた 。 帰ろう と 思って いる 葉子 の 下心 を おぼろげ ながら 見て取って 、 それ を 翻す 事 は でき ない と あきらめて いた 。 運命 に 従順な 羊 の ように 、 しかし 執念 く 将来 の 希望 を 命 に して 、 現在 の 不満に 服従 しよう と して いた 。 ・・

緯度 の 高い シヤトル に 冬 の 襲いかかって 来る さま は すさまじい もの だった 。 海岸 線 に 沿う て はるか 遠く まで 連続 して 見渡さ れる ロッキー の 山々 は もう たっぷり と 雪 が かかって 、 穏やかな 夕 空 に 現われ 慣れた 雲 の 峰 も 、 古 綿 の ように 形 の くずれた 色 の 寒い 霰 雲 に 変わって 、 人 を おびやかす 白い もの が 、 今にも 地 を 払って 降り おろして 来る か と 思わ れた 。 海ぞい に 生え そろった アメリカ 松 の 翠 ばかり が 毒々しい ほど 黒ずんで 、 目 に 立つ ばかりで 、 濶葉 樹 の 類 は 、 いつのまにか 、 葉 を 払い 落とした 枝 先 を 針 の ように 鋭く 空 に 向けて いた 。 シヤトル の 町並み が ある と 思わ れる あたり から は ―― 船 の つながれて いる 所 から 市街 は 見え なかった ―― 急に 煤煙 が 立ち 増さって 、 せわしく 冬 じたく を 整え ながら 、 やがて 北 半球 を 包んで 攻め 寄せて 来る まっ白 な 寒気 に 対して おぼつかない 抵抗 を 用意 する ように 見えた 。 ポッケット に 両手 を さし入れて 、 頭 を 縮め 気味に 、 波止場 の 石畳 を 歩き回る 人々 の 姿 に も 、 不安 と 焦 躁 と の うかがわ れる せわしい 自然の 移り変わり の 中 に 、 絵 島 丸 は あわただしい 発 航 の 準備 を し 始めた 。 絞 盤 の 歯車 の きしむ 音 が 船首 と 船尾 と から やかましく 冴え 返って 聞こえ 始めた 。 ・・

木村 は その 日 も 朝 から 葉子 を 訪れて 来た 。 ことに 青白く 見える 顔つき は 、 何 か わくわく と 胸 の 中 に 煮え 返る 想い を まざまざ と 裏切って 、 見る 人 の あわれ を 誘う ほど だった 。 背水 の 陣 と 自分 でも いって いる ように 、 亡父 の 財産 を ありったけ 金 に 代えて 、 手っ払い に 日本 の 雑貨 を 買い入れて 、 こちら から 通知 書 一 つ 出せば 、 いつでも 日本 から 送って よこす ばかりに して ある もの の 、 手 もと に は いささか の 銭 も 残って は い なかった 。 葉子 が 来た ならば と 金 の 上 に も 心 の 上 に も あて に して いた の が みごとに はずれて しまって 、 葉子 が 帰る に つけて は 、 なけなし の 所 から またまた なんとか しなければ なら ない はめ に 立った 木村 は 、 二三 日 の うち に 、 ぬか喜び も 一 時 の 間 で 、 孤独 と 冬 と に 囲ま れ なければ なら なかった のだ 。 ・・

葉子 は 木村 が 結局 事務 長 に すがり 寄って 来る ほか に 道 の ない 事 を 察して いた 。 ・・

木村 は はたして 事務 長 を 葉子 の 部屋 に 呼び寄せて もらった 。 事務 長 は すぐ やって 来た が 、 服 など も 仕事 着 の まま で 何 か よほど せわし そうに 見えた 。 木村 は まあ と いって 倉地 に 椅子 を 与えて 、 きょう は いつも の すげない 態度 に 似 ず 、 折り入って いろいろ と 葉子 の 身の上 を 頼んだ 。 事務 長 は 始め の 忙し そうだった 様子 に 引きかえて 、 どっしり と 腰 を 据えて 正面 から 例 の 大きく 木村 を 見 やり ながら 、 親身に 耳 を 傾けた 。 木村 の 様子 の ほう が かえって そわそわ しく ながめられた 。 ・・

木村 は 大きな 紙 入れ を 取り出して 、 五十 ドル の 切手 を 葉子 に 手渡し した 。 ・・

「 何もかも 御 承知 だ から 倉地 さん の 前 で いう ほう が 世話 なし だ と 思います が 、 なんといっても これ だけ しか でき ない んです 。 こ 、 これ です 」・・

と いって さびしく 笑い ながら 、 両手 を 出して 広げて 見せて から 、 チョッキ を たたいた 。 胸 に かかって いた 重 そうな 金 鎖 も 、 四 つ まで はめられて いた 指輪 の 三 つ まで も なくなって いて 、 たった 、 一 つ 婚約 の 指輪 だけ が 貧乏 臭く 左 の 指 に はまって いる ばかりだった 。 葉子 は さすが に 「 まあ 」 と いった 。 ・・

「 葉子 さん 、 わたし は どうにでも します 。 男 一 匹 なりゃ どこ に ころがり込んだ からって 、―― そんな 経験 も おもしろい くらい の もの です が 、 こ れ ん ばかりじゃ あなた が 足りなかろう と 思う と 、 面目 も ない んです 。 倉地 さん 、 あなた に は これ まで で さえ いいかげん 世話 を して いただいて なんとも すみません です が 、 わたし ども 二 人 は お 打ち明け 申した ところ 、 こういう ていたらく な んです 。 横浜 へ さえ お とどけ くだされば その先 は また どうにでも します から 、 もし 旅費 に でも 不足 します ようでしたら 、 御 迷惑 ついでに なんとか して やって いただく 事 は でき ない でしょう か 」・・

事務 長 は 腕組み を した まま まじまじ と 木村 の 顔 を 見 やり ながら 聞いて いた が 、・・

「 あなた は ちっとも 持っと らん のです か 」・・

と 聞いた 。 木村 は わざと 快活に しいて 声 高く 笑い ながら 、・・

「 きれいな もん です 」・・

と また チョッキ を たたく と 、・・

「 そりゃ いか ん 。 何 、 船賃 なん ぞい ります もの か 。 東京 で 本店 に お払い に なれば いい んじゃ し 、 横浜 の 支店 長 も 万事 心得 とら れる んだ で 、 御 心配 いりません わ 。 そりゃ あなた お 持ち に なる が いい 。 外国 に いて 文なし で は 心細い もん です よ 」・・

と 例の 塩辛 声 で やや ふきげん らしく いった 。 その 言葉 に は 不思議に 重々しい 力 が こもって いて 、 木村 は しばらく かれこれ と 押し問答 を して いた が 、 結局 事務 長 の 親切 を 無にする 事 の 気の毒 さ に 、 直 な 心から なお いろいろ と 旅 中 の 世話 を 頼み ながら 、 また 大きな 紙 入れ を 取り出して 切手 を たたみ込んで しまった 。 ・・

「 よし よし それ で 何も いう 事 は なし 。 早月 さん は わし が 引き受けた 」・・

と 不敵な 微笑 を 浮かべ ながら 、 事務 長 は 始めて 葉子 の ほう を 見返った 。 ・・

葉子 は 二 人 を 目の前 に 置いて 、 いつも の ように 見比べ ながら 二 人 の 会話 を 聞いて いた 。 あたりまえ なら 、 葉子 はたいてい の 場合 、 弱い もの の 味方 を して 見る の が 常だった 。 どんな 時 でも 、 強い もの が その 強 味 を 振りかざして 弱い 者 を 圧迫 する の を 見る と 、 葉子 はかっと なって 、 理 が 非で も 弱い もの を 勝た して やり たかった 。 今 の 場合 木村 は 単に 弱者 である ばかり で なく 、 その 境遇 も みじめな ほど たよりない 苦しい もの である 事 は 存分に 知り 抜いて い ながら 、 木村 に 対して の 同情 は 不思議に も わいて 来 なかった 。 齢 の 若 さ 、 姿 の しなやか さ 、 境遇 の ゆたか さ 、 才能 の はなやか さ と いう ような もの を たより に する 男 たち の 蠱惑 の 力 は 、 事務 長 の 前 で は 吹けば 飛ぶ 塵 の ごとく 対照 さ れた 。 この 男 の 前 に は 、 弱い もの の 哀れ より も 醜 さ が さらけ出さ れた 。 ・・

なんという 不幸な 青年 だろう 。 若い 時 に 父親 に 死に 別れて から 、 万事 思い の まま だった 生活 から いきなり 不自由な 浮世 の どん底 に ほうり出さ れ ながら 、 めげ も せ ず に せっせと 働いて 、 後ろ 指 を ささ れ ない だけ の 世渡り を して 、 だれ から も 働き の ある 行く末 たのもしい 人 と 思わ れ ながら 、 それ でも 心 の 中 の さびし さ を 打ち消す ため に 思い 入った 恋人 は 仇 し 男 に そむいて しまって いる 。 それ を また そう と も 知ら ず に 、 その 男 の 情け に すがって 、 消える に 決まった 約束 を のがす まい と して いる 。 …… 葉子 は しいて 自分 を 説 服する ように こう 考えて みた が 、 少しも 身 に しみた 感じ は 起こって 来 ないで 、 ややもすると 笑い 出したい ような 気 に すら なって いた 。 ・・

「 よし よし それ で 何も いう 事 は なし 。 早月 さん は わし が 引き受けた 」・・

と いう 声 と 不敵な 微笑 と が ど や す ように 葉子 の 心 の 戸 を 打った 時 、 葉子 も 思わず 微笑 を 浮かべて それ に 応じよう と した 。 が 、 その 瞬間 、 目ざとく 木村 の 見て いる のに 気 が ついて 、 顔 に は 笑い の 影 は みじんも 現わさ なかった 。 ・・

「 わし へ の 用 は それ だけ でしょう 。 じゃ 忙しい で 行きます よ 」・・

と ぶっきらぼうに いって 事務 長 が 部屋 を 出て 行って しまう と 、 残った 二 人 は 妙に てれて 、 しばらく は 互いに 顔 を 見 合わす の も はばかって 黙った まま で いた 。 ・・

事務 長 が 行って しまう と 葉子 は 急に 力 が 落ちた ように 思った 。 今 まで の 事 が まるで 芝居 でも 見て 楽しんで いた ようだった 。 木村 の やる 瀬 ない 心 の 中 が 急に 葉子 に 逼って 来た 。 葉子 の 目 に は 木村 を あわれむ と も 自分 を あわれむ と も 知れ ない 涙 が いつのまにか 宿って いた 。 ・・

木村 は 痛まし げ に 黙った まま で しばらく 葉子 を 見 やって いた が 、・・

「 葉子 さん 今に なって そう 泣いて もらっちゃ わたし が たまりません よ 。 きげん を 直して ください 。 また いい 日 も 回って 来る でしょう から 。 神 を 信ずる もの ―― そういう 信仰 が 今 あなた に ある か どう か 知ら ない が ―― お かあさん が ああいう 堅い 信者 で あり なさった し 、 あなた も 仙台 時分 に は 確かに 信仰 を 持って いられた と 思います が 、 こんな 場合 に は なおさら 同じ 神様 から 来る 信仰 と 希望 と を 持って 進んで 行きたい もの だ と 思います よ 。 何事 も 神様 は 知っていられる …… そこ に わたし は たゆま ない 希望 を つないで 行きます 」・・

決心 した 所 が ある らしく 力強い 言葉 で こういった 。 何の 希望 ! 葉子 は 木村 の 事 に ついて は 、 木村 の いわゆる 神様 以上 に 木村 の 未来 を 知り ぬいて いる のだ 。 木村 の 希望 と いう の は やがて 失望 に そうして 絶望 に 終わる だけ の もの だ 。 何の 信仰 ! 何の 希望 ! 木村 は 葉子 が 据えた 道 を ―― 行き ど まり の 袋小路 を ―― 天使 の 昇り 降り する 雲 の 梯 の ように 思って いる 。 あ ゝ 何の 信仰 ! ・・

葉子 は ふと 同じ 目 を 自分 に 向けて 見た 。 木村 を 勝手気ままに こづき 回す 威力 を 備えた 自分 は また だれ に 何者 に 勝手に さ れる のだろう 。 どこ か で 大きな 手 が 情け も なく 容赦 も なく 冷 然 と 自分 の 運命 を あやつって いる 。 木村 の 希望 が はかなく 断ち切れる 前 、 自分 の 希望 が いち早く 断たれて しまわ ない と どうして 保障 する 事 が できよう 。 木村 は 善人 だ 。 自分 は 悪人 だ 。 葉子 は いつのまにか 純 な 感情 に 捕えられて いた 。 ・・

「 木村 さん 。 あなた は きっと 、 しまい に は きっと 祝福 を お 受け に なります …… どんな 事 が あって も 失望 なさっちゃ いやです よ 。 あなた の ような 善い 方 が 不幸に ばかり お あい に なる わけ が ありません わ 。 …… わたし は 生まれる とき から 呪わ れた 女 な んです もの 。 神 、 ほんとう は 神様 を 信ずる より …… 信ずる より 憎む ほう が 似合って いる んです …… ま 、 聞いて …… でも 、 わたし 卑怯 は いやだ から 信じます …… 神様 は わたし みたいな もの を どう なさる か 、 しっかり 目 を 明いて 最後 まで 見て います 」・・

と いって いる うち に だれ に と も なく くやし さ が 胸 いっぱい に こみ上げて 来る のだった 。 ・・

「 あなた は そんな 信仰 は ない と おっしゃる でしょう けれども …… でも わたし に は これ が 信仰 です 。 立派な 信仰 です もの 」・・

と いって きっぱり 思いきった ように 、 火 の ように 熱く 目 に たまった まま で 流れ ず に いる 涙 を 、 ハンケチ で ぎゅっと 押し ぬぐい ながら 、 黯然 と 頭 を たれた 木村 に 、・・

「 もう やめましょう こんな お 話 。 こんな 事 を いって る と 、 いえば いう ほど 先 が 暗く なる ばかりです 。 ほんとに 思いきって 不 仕 合わせ な 人 は こんな 事 を つべこべ と 口 に なん ぞ 出し は しません わ 。 ね 、 いや 、 あなた は 自分 の ほう から めいって しまって 、 わたし の いった 事 ぐらい で な んです ねえ 、 男 の くせ に 」・・

木村 は 返事 も せ ず に まっさおに なって うつむいて いた 。 ・・

そこ に 「 御免なさい 」 と いう か と 思う と 、 いきなり 戸 を あけて は いって 来た もの が あった 。 木村 も 葉子 も 不意 を 打たれて 気先 を くじか れ ながら 、 見る と 、 いつぞや 錨 綱 で 足 を けがした 時 、 葉子 の 世話に なった 老 水夫 だった 。 彼 は とうとう 跛脚 に なって いた 。 そして 水夫 の ような 仕事 に は とても 役 に 立た ない から 、 幸い オークランド に 小 農地 を 持って とにかく 暮らし を 立てて いる 甥 を 尋ねて 厄介に なる 事 に なった ので 、 礼 かたがた 暇乞い に 来た と いう のだった 。 葉子 は 紅 く なった 目 を 少し 恥ずかし げ に またたか せ ながら 、 いろいろ と 慰めた 。 ・・

・・

「 何 ね こう 老 いぼ れちゃ 、 こんな 稼業 を やって る が てんで うそ なれ ど 、 事務 長 さん と ボンスン ( 水夫 長 ) と が かわいそうだ と いって 使って くれる で 、 いい気に なった が 罰 あたった んだ ね 」・・

と いって 臆病に 笑った 。 葉子 が この 老人 を あわれみ いたわる さま は わき目 も いじらしかった 。 日本 に は 伝言 を 頼む ような 近親 さえ ない 身 だ と いう ような 事 を 聞く たび に 、 葉子 は 泣き出し そうな 顔 を して 合点 合点 して いた が 、 しまい に は 木村 の 止める の も 聞か ず 寝床 から 起き上がって 、 木村 の 持って 来た 果物 を ありったけ 籃 に つめて 、・・

「 陸 に 上がれば いくらも ある んだろう けれども 、 これ を 持って おい で 。 そして その 中 に 果物 で なく は いって いる もの が あったら 、 それ も お前 さん に 上げた んだ から ね 、 人 に 取ら れたり しちゃ いけません よ 」・・

と いって それ を 渡して やった 。 ・・

老人 が 来て から 葉子 は 夜 が 明けた ように 始めて 晴れやかな ふだん の 気分 に なった 。 そして 例の いたずら らしい にこにこ した 愛嬌 を 顔 いちめん に たたえて 、・・

「 なんという 気さくな んでしょう 。 わたし 、 あんな お じいさん の お 内 儀 さん に なって みたい …… だ から ね 、 いい もの を やっち まった 」・・

きょ とり と して まじまじ 木村 の むっつり と した 顔 を 見 やる 様子 は 大きな 子供 と より 思え なかった 。 ・・

「 あなた から いただいた エンゲージ ・ リング ね 、 あれ を やり まして よ 。 だって なんにも ない んです もの 」・・

なんとも いえ ない 媚 び を つつむ おと がい が 二 重 に なって 、 きれいな 歯 並み が 笑い の さざ波 の ように 口 び る の 汀 に 寄せたり 返したり した 。


21.1 或る 女 ある|おんな 21.1 Una mujer

絵 島 丸 は シヤトル に 着いて から 十二 日 目 に 纜 を 解いて 帰航 する はず に なって いた 。 え|しま|まる||||ついて||じゅうに|ひ|め||ともづな||といて|きこう||||| その 出発 が あと 三 日 に なった 十 月 十五 日 に 、 木村 は 、 船 医 の 興 録 から 、 葉子 は どうしても ひとまず 帰国 さ せる ほう が 安全だ と いう 最後 の 宣告 を 下されて しまった 。 |しゅっぱつ|||みっ|ひ|||じゅう|つき|じゅうご|ひ||きむら||せん|い||きょう|ろく||ようこ||||きこく|||||あんぜんだ|||さいご||せんこく||くださ れて| 木村 は その 時 に は もう 大体 覚悟 を 決めて いた 。 きむら|||じ||||だいたい|かくご||きめて| 帰ろう と 思って いる 葉子 の 下心 を おぼろげ ながら 見て取って 、 それ を 翻す 事 は でき ない と あきらめて いた 。 かえろう||おもって||ようこ||したごころ||||みてとって|||ひるがえす|こと|||||| 運命 に 従順な 羊 の ように 、 しかし 執念 く 将来 の 希望 を 命 に して 、 現在 の 不満に 服従 しよう と して いた 。 うんめい||じゅうじゅんな|ひつじ||||しゅうねん||しょうらい||きぼう||いのち|||げんざい||ふまんに|ふくじゅう|||| ・・

緯度 の 高い シヤトル に 冬 の 襲いかかって 来る さま は すさまじい もの だった 。 いど||たかい|||ふゆ||おそいかかって|くる||||| 海岸 線 に 沿う て はるか 遠く まで 連続 して 見渡さ れる ロッキー の 山々 は もう たっぷり と 雪 が かかって 、 穏やかな 夕 空 に 現われ 慣れた 雲 の 峰 も 、 古 綿 の ように 形 の くずれた 色 の 寒い 霰 雲 に 変わって 、 人 を おびやかす 白い もの が 、 今にも 地 を 払って 降り おろして 来る か と 思わ れた 。 かいがん|せん||そう|||とおく||れんぞく||みわたさ||||やまやま|||||ゆき|||おだやかな|ゆう|から||あらわれ|なれた|くも||みね||ふる|めん|||かた|||いろ||さむい|あられ|くも||かわって|じん|||しろい|||いまにも|ち||はらって|ふり||くる|||おもわ| 海ぞい に 生え そろった アメリカ 松 の 翠 ばかり が 毒々しい ほど 黒ずんで 、 目 に 立つ ばかりで 、 濶葉 樹 の 類 は 、 いつのまにか 、 葉 を 払い 落とした 枝 先 を 針 の ように 鋭く 空 に 向けて いた 。 うみぞい||はえ||あめりか|まつ||みどり|||どくどくしい||くろずんで|め||たつ||かつは|き||るい|||は||はらい|おとした|えだ|さき||はり|||するどく|から||むけて| シヤトル の 町並み が ある と 思わ れる あたり から は ―― 船 の つながれて いる 所 から 市街 は 見え なかった ―― 急に 煤煙 が 立ち 増さって 、 せわしく 冬 じたく を 整え ながら 、 やがて 北 半球 を 包んで 攻め 寄せて 来る まっ白 な 寒気 に 対して おぼつかない 抵抗 を 用意 する ように 見えた 。 ||まちなみ||||おもわ|||||せん||つなが れて||しょ||しがい||みえ||きゅうに|ばいえん||たち|まさ って||ふゆ|||ととのえ|||きた|はんきゅう||つつんで|せめ|よせて|くる|まっしろ||かんき||たいして||ていこう||ようい|||みえた ポッケット に 両手 を さし入れて 、 頭 を 縮め 気味に 、 波止場 の 石畳 を 歩き回る 人々 の 姿 に も 、 不安 と 焦 躁 と の うかがわ れる せわしい 自然の 移り変わり の 中 に 、 絵 島 丸 は あわただしい 発 航 の 準備 を し 始めた 。 ||りょうて||さしいれて|あたま||ちぢめ|ぎみに|はとば||いしだたみ||あるきまわる|ひとびと||すがた|||ふあん||あせ|そう||||||しぜんの|うつりかわり||なか||え|しま|まる|||はつ|わたる||じゅんび|||はじめた 絞 盤 の 歯車 の きしむ 音 が 船首 と 船尾 と から やかましく 冴え 返って 聞こえ 始めた 。 しぼ|ばん||はぐるま|||おと||せんしゅ||せんび||||さえ|かえって|きこえ|はじめた ・・

木村 は その 日 も 朝 から 葉子 を 訪れて 来た 。 きむら|||ひ||あさ||ようこ||おとずれて|きた ことに 青白く 見える 顔つき は 、 何 か わくわく と 胸 の 中 に 煮え 返る 想い を まざまざ と 裏切って 、 見る 人 の あわれ を 誘う ほど だった 。 |あおじろく|みえる|かおつき||なん||||むね||なか||にえ|かえる|おもい||||うらぎって|みる|じん||||さそう|| 背水 の 陣 と 自分 でも いって いる ように 、 亡父 の 財産 を ありったけ 金 に 代えて 、 手っ払い に 日本 の 雑貨 を 買い入れて 、 こちら から 通知 書 一 つ 出せば 、 いつでも 日本 から 送って よこす ばかりに して ある もの の 、 手 もと に は いささか の 銭 も 残って は い なかった 。 はいすい||じん||じぶん|||||ぼうふ||ざいさん|||きむ||かえて|て っ はらい||にっぽん||ざっか||かいいれて|||つうち|しょ|ひと||だせば||にっぽん||おくって|||||||て||||||せん||のこって||| 葉子 が 来た ならば と 金 の 上 に も 心 の 上 に も あて に して いた の が みごとに はずれて しまって 、 葉子 が 帰る に つけて は 、 なけなし の 所 から またまた なんとか しなければ なら ない はめ に 立った 木村 は 、 二三 日 の うち に 、 ぬか喜び も 一 時 の 間 で 、 孤独 と 冬 と に 囲ま れ なければ なら なかった のだ 。 ようこ||きた|||きむ||うえ|||こころ||うえ||||||||||||ようこ||かえる||||||しょ||||し なければ|||||たった|きむら||ふみ|ひ||||ぬかよろこび||ひと|じ||あいだ||こどく||ふゆ|||かこま||||| ・・

葉子 は 木村 が 結局 事務 長 に すがり 寄って 来る ほか に 道 の ない 事 を 察して いた 。 ようこ||きむら||けっきょく|じむ|ちょう|||よって|くる|||どう|||こと||さっして| ・・

木村 は はたして 事務 長 を 葉子 の 部屋 に 呼び寄せて もらった 。 きむら|||じむ|ちょう||ようこ||へや||よびよせて| 事務 長 は すぐ やって 来た が 、 服 など も 仕事 着 の まま で 何 か よほど せわし そうに 見えた 。 じむ|ちょう||||きた||ふく|||しごと|ちゃく||||なん||||そう に|みえた 木村 は まあ と いって 倉地 に 椅子 を 与えて 、 きょう は いつも の すげない 態度 に 似 ず 、 折り入って いろいろ と 葉子 の 身の上 を 頼んだ 。 きむら|||||くらち||いす||あたえて||||||たいど||に||おりいって|||ようこ||みのうえ||たのんだ 事務 長 は 始め の 忙し そうだった 様子 に 引きかえて 、 どっしり と 腰 を 据えて 正面 から 例 の 大きく 木村 を 見 やり ながら 、 親身に 耳 を 傾けた 。 じむ|ちょう||はじめ||いそがし|そう だった|ようす||ひきかえて|||こし||すえて|しょうめん||れい||おおきく|きむら||み|||しんみに|みみ||かたむけた 木村 の 様子 の ほう が かえって そわそわ しく ながめられた 。 きむら||ようす|||||||ながめ られた ・・

木村 は 大きな 紙 入れ を 取り出して 、 五十 ドル の 切手 を 葉子 に 手渡し した 。 きむら||おおきな|かみ|いれ||とりだして|ごじゅう|どる||きって||ようこ||てわたし| ・・

「 何もかも 御 承知 だ から 倉地 さん の 前 で いう ほう が 世話 なし だ と 思います が 、 なんといっても これ だけ しか でき ない んです 。 なにもかも|ご|しょうち|||くらち|||ぜん|||||せわ||||おもい ます|||||||| こ 、 これ です 」・・

と いって さびしく 笑い ながら 、 両手 を 出して 広げて 見せて から 、 チョッキ を たたいた 。 |||わらい||りょうて||だして|ひろげて|みせて||ちょっき|| 胸 に かかって いた 重 そうな 金 鎖 も 、 四 つ まで はめられて いた 指輪 の 三 つ まで も なくなって いて 、 たった 、 一 つ 婚約 の 指輪 だけ が 貧乏 臭く 左 の 指 に はまって いる ばかりだった 。 むね||||おも|そう な|きむ|くさり||よっ|||はめ られて||ゆびわ||みっ|||||||ひと||こんやく||ゆびわ|||びんぼう|くさく|ひだり||ゆび|||| 葉子 は さすが に 「 まあ 」 と いった 。 ようこ|||||| ・・

「 葉子 さん 、 わたし は どうにでも します 。 ようこ|||||し ます 男 一 匹 なりゃ どこ に ころがり込んだ からって 、―― そんな 経験 も おもしろい くらい の もの です が 、 こ れ ん ばかりじゃ あなた が 足りなかろう と 思う と 、 面目 も ない んです 。 おとこ|ひと|ひき||||ころがりこんだ|から って||けいけん||||||||||||||たりなかろう||おもう||めんぼく||| 倉地 さん 、 あなた に は これ まで で さえ いいかげん 世話 を して いただいて なんとも すみません です が 、 わたし ども 二 人 は お 打ち明け 申した ところ 、 こういう ていたらく な んです 。 くらち||||||||||せわ||||||||||ふた|じん|||うちあけ|もうした||||| Mr. Kurachi, I'm very sorry that you've taken care of me so carelessly, but the two of us have confessed to each other that this is how it should be. 横浜 へ さえ お とどけ くだされば その先 は また どうにでも します から 、 もし 旅費 に でも 不足 します ようでしたら 、 御 迷惑 ついでに なんとか して やって いただく 事 は でき ない でしょう か 」・・ よこはま||||||そのさき||||し ます|||りょひ|||ふそく|し ます||ご|めいわく||||||こと|||||

事務 長 は 腕組み を した まま まじまじ と 木村 の 顔 を 見 やり ながら 聞いて いた が 、・・ じむ|ちょう||うでぐみ||||||きむら||かお||み|||きいて||

「 あなた は ちっとも 持っと らん のです か 」・・ |||じ っと||| "Are you going to have one at all?"

と 聞いた 。 |きいた 木村 は わざと 快活に しいて 声 高く 笑い ながら 、・・ きむら|||かいかつに||こえ|たかく|わらい|

「 きれいな もん です 」・・

と また チョッキ を たたく と 、・・ ||ちょっき|||

「 そりゃ いか ん 。 何 、 船賃 なん ぞい ります もの か 。 なん|ふなちん|||り ます|| 東京 で 本店 に お払い に なれば いい んじゃ し 、 横浜 の 支店 長 も 万事 心得 とら れる んだ で 、 御 心配 いりません わ 。 とうきょう||ほんてん||おはらい||||||よこはま||してん|ちょう||ばんじ|こころえ|||||ご|しんぱい|いり ませ ん| All you have to do is pay at the head office in Tokyo, and the Yokohama branch manager will take care of everything, so don't worry. そりゃ あなた お 持ち に なる が いい 。 |||もち|||| 外国 に いて 文なし で は 心細い もん です よ 」・・ がいこく|||もんなし|||こころぼそい|||

と 例の 塩辛 声 で やや ふきげん らしく いった 。 |れいの|しおから|こえ||||| その 言葉 に は 不思議に 重々しい 力 が こもって いて 、 木村 は しばらく かれこれ と 押し問答 を して いた が 、 結局 事務 長 の 親切 を 無にする 事 の 気の毒 さ に 、 直 な 心から なお いろいろ と 旅 中 の 世話 を 頼み ながら 、 また 大きな 紙 入れ を 取り出して 切手 を たたみ込んで しまった 。 |ことば|||ふしぎに|おもおもしい|ちから||||きむら|||||おしもんどう|||||けっきょく|じむ|ちょう||しんせつ||むにする|こと||きのどく|||なお||こころから||||たび|なか||せわ||たのみ|||おおきな|かみ|いれ||とりだして|きって||たたみこんで| ・・

「 よし よし それ で 何も いう 事 は なし 。 ||||なにも||こと|| 早月 さん は わし が 引き受けた 」・・ さつき|||||ひきうけた

と 不敵な 微笑 を 浮かべ ながら 、 事務 長 は 始めて 葉子 の ほう を 見返った 。 |ふてきな|びしょう||うかべ||じむ|ちょう||はじめて|ようこ||||みかえった ・・

葉子 は 二 人 を 目の前 に 置いて 、 いつも の ように 見比べ ながら 二 人 の 会話 を 聞いて いた 。 ようこ||ふた|じん||めのまえ||おいて||||みくらべ||ふた|じん||かいわ||きいて| あたりまえ なら 、 葉子 はたいてい の 場合 、 弱い もの の 味方 を して 見る の が 常だった 。 ||ようこ|はたいて い||ばあい|よわい|||みかた|||みる|||とわだった どんな 時 でも 、 強い もの が その 強 味 を 振りかざして 弱い 者 を 圧迫 する の を 見る と 、 葉子 はかっと なって 、 理 が 非で も 弱い もの を 勝た して やり たかった 。 |じ||つよい||||つよ|あじ||ふりかざして|よわい|もの||あっぱく||||みる||ようこ|はか っと||り||ひで||よわい|||かた||| Whenever she saw the strong using their strength to oppress the weak, Yoko became enraged and wanted to win over the weak, even if it was unreasonable. 今 の 場合 木村 は 単に 弱者 である ばかり で なく 、 その 境遇 も みじめな ほど たよりない 苦しい もの である 事 は 存分に 知り 抜いて い ながら 、 木村 に 対して の 同情 は 不思議に も わいて 来 なかった 。 いま||ばあい|きむら||たんに|じゃくしゃ||||||きょうぐう|||||くるしい|||こと||ぞんぶんに|しり|ぬいて|||きむら||たいして||どうじょう||ふしぎに|||らい| 齢 の 若 さ 、 姿 の しなやか さ 、 境遇 の ゆたか さ 、 才能 の はなやか さ と いう ような もの を たより に する 男 たち の 蠱惑 の 力 は 、 事務 長 の 前 で は 吹けば 飛ぶ 塵 の ごとく 対照 さ れた 。 よわい||わか||すがた||||きょうぐう||||さいのう||||||||||||おとこ|||こわく||ちから||じむ|ちょう||ぜん|||ふけば|とぶ|ちり|||たいしょう|| この 男 の 前 に は 、 弱い もの の 哀れ より も 醜 さ が さらけ出さ れた 。 |おとこ||ぜん|||よわい|||あわれ|||みにく|||さらけださ| Before this man, ugliness was exposed rather than pity for the weak. ・・

なんという 不幸な 青年 だろう 。 |ふこうな|せいねん| 若い 時 に 父親 に 死に 別れて から 、 万事 思い の まま だった 生活 から いきなり 不自由な 浮世 の どん底 に ほうり出さ れ ながら 、 めげ も せ ず に せっせと 働いて 、 後ろ 指 を ささ れ ない だけ の 世渡り を して 、 だれ から も 働き の ある 行く末 たのもしい 人 と 思わ れ ながら 、 それ でも 心 の 中 の さびし さ を 打ち消す ため に 思い 入った 恋人 は 仇 し 男 に そむいて しまって いる 。 わかい|じ||ちちおや||しに|わかれて||ばんじ|おもい||||せいかつ|||ふじゆうな|うきよ||どんぞこ||ほうりださ|||||||||はたらいて|うしろ|ゆび|||||||よわたり||||||はたらき|||ゆくすえ||じん||おもわ|||||こころ||なか|||||うちけす|||おもい|はいった|こいびと||あだ||おとこ|||| When I was young, I was separated from my father at the death of my father, and suddenly I was thrown into the depths of the crippled world. And even though everyone thinks of him as a person with a fulfilling future, his lover, who has fallen in love with him in order to erase the loneliness in his heart, has rebelled against his enemy. それ を また そう と も 知ら ず に 、 その 男 の 情け に すがって 、 消える に 決まった 約束 を のがす まい と して いる 。 ||||||しら||||おとこ||なさけ|||きえる||きまった|やくそく|||||| …… 葉子 は しいて 自分 を 説 服する ように こう 考えて みた が 、 少しも 身 に しみた 感じ は 起こって 来 ないで 、 ややもすると 笑い 出したい ような 気 に すら なって いた 。 ようこ|||じぶん||せつ|ふくする|||かんがえて|||すこしも|み|||かんじ||おこって|らい|||わらい|だし たい||き|||| ・・

「 よし よし それ で 何も いう 事 は なし 。 ||||なにも||こと|| 早月 さん は わし が 引き受けた 」・・ さつき|||||ひきうけた

と いう 声 と 不敵な 微笑 と が ど や す ように 葉子 の 心 の 戸 を 打った 時 、 葉子 も 思わず 微笑 を 浮かべて それ に 応じよう と した 。 ||こえ||ふてきな|びしょう|||||||ようこ||こころ||と||うった|じ|ようこ||おもわず|びしょう||うかべて|||おうじよう|| が 、 その 瞬間 、 目ざとく 木村 の 見て いる のに 気 が ついて 、 顔 に は 笑い の 影 は みじんも 現わさ なかった 。 ||しゅんかん|めざとく|きむら||みて|||き|||かお|||わらい||かげ|||あらわさ| ・・

「 わし へ の 用 は それ だけ でしょう 。 |||よう|||| じゃ 忙しい で 行きます よ 」・・ |いそがしい||いき ます|

と ぶっきらぼうに いって 事務 長 が 部屋 を 出て 行って しまう と 、 残った 二 人 は 妙に てれて 、 しばらく は 互いに 顔 を 見 合わす の も はばかって 黙った まま で いた 。 |||じむ|ちょう||へや||でて|おこなって|||のこった|ふた|じん||みょうに||||たがいに|かお||み|あわす||||だまった||| ・・

事務 長 が 行って しまう と 葉子 は 急に 力 が 落ちた ように 思った 。 じむ|ちょう||おこなって|||ようこ||きゅうに|ちから||おちた||おもった 今 まで の 事 が まるで 芝居 でも 見て 楽しんで いた ようだった 。 いま|||こと|||しばい||みて|たのしんで|| 木村 の やる 瀬 ない 心 の 中 が 急に 葉子 に 逼って 来た 。 きむら|||せ||こころ||なか||きゅうに|ようこ||ひつ って|きた 葉子 の 目 に は 木村 を あわれむ と も 自分 を あわれむ と も 知れ ない 涙 が いつのまにか 宿って いた 。 ようこ||め|||きむら|||||じぶん|||||しれ||なみだ|||やどって| ・・

木村 は 痛まし げ に 黙った まま で しばらく 葉子 を 見 やって いた が 、・・ きむら||いたまし|||だまった||||ようこ||み|||

「 葉子 さん 今に なって そう 泣いて もらっちゃ わたし が たまりません よ 。 ようこ||いまに|||ないて||||たまり ませ ん| きげん を 直して ください 。 ||なおして| また いい 日 も 回って 来る でしょう から 。 ||ひ||まわって|くる|| 神 を 信ずる もの ―― そういう 信仰 が 今 あなた に ある か どう か 知ら ない が ―― お かあさん が ああいう 堅い 信者 で あり なさった し 、 あなた も 仙台 時分 に は 確かに 信仰 を 持って いられた と 思います が 、 こんな 場合 に は なおさら 同じ 神様 から 来る 信仰 と 希望 と を 持って 進んで 行きたい もの だ と 思います よ 。 かみ||しんずる|||しんこう||いま|||||||しら|||||||かたい|しんじゃ|||||||せんだい|じぶん|||たしかに|しんこう||もって|いら れた||おもい ます|||ばあい||||おなじ|かみさま||くる|しんこう||きぼう|||もって|すすんで|いき たい||||おもい ます| 何事 も 神様 は 知っていられる …… そこ に わたし は たゆま ない 希望 を つないで 行きます 」・・ なにごと||かみさま||しってい られる|||||||きぼう|||いき ます

決心 した 所 が ある らしく 力強い 言葉 で こういった 。 けっしん||しょ||||ちからづよい|ことば|| 何の 希望 ! なんの|きぼう 葉子 は 木村 の 事 に ついて は 、 木村 の いわゆる 神様 以上 に 木村 の 未来 を 知り ぬいて いる のだ 。 ようこ||きむら||こと||||きむら|||かみさま|いじょう||きむら||みらい||しり||| 木村 の 希望 と いう の は やがて 失望 に そうして 絶望 に 終わる だけ の もの だ 。 きむら||きぼう||||||しつぼう|||ぜつぼう||おわる|||| 何の 信仰 ! なんの|しんこう 何の 希望 ! なんの|きぼう 木村 は 葉子 が 据えた 道 を ―― 行き ど まり の 袋小路 を ―― 天使 の 昇り 降り する 雲 の 梯 の ように 思って いる 。 きむら||ようこ||すえた|どう||いき||||ふくろこうじ||てんし||のぼり|ふり||くも||はしご|||おもって| あ ゝ 何の 信仰 ! ||なんの|しんこう ・・

葉子 は ふと 同じ 目 を 自分 に 向けて 見た 。 ようこ|||おなじ|め||じぶん||むけて|みた 木村 を 勝手気ままに こづき 回す 威力 を 備えた 自分 は また だれ に 何者 に 勝手に さ れる のだろう 。 きむら||かってきままに||まわす|いりょく||そなえた|じぶん|||||なにもの||かってに||| どこ か で 大きな 手 が 情け も なく 容赦 も なく 冷 然 と 自分 の 運命 を あやつって いる 。 |||おおきな|て||なさけ|||ようしゃ|||ひや|ぜん||じぶん||うんめい||| 木村 の 希望 が はかなく 断ち切れる 前 、 自分 の 希望 が いち早く 断たれて しまわ ない と どうして 保障 する 事 が できよう 。 きむら||きぼう|||たちきれる|ぜん|じぶん||きぼう||いちはやく|たた れて|||||ほしょう||こと|| 木村 は 善人 だ 。 きむら||ぜんにん| 自分 は 悪人 だ 。 じぶん||あくにん| 葉子 は いつのまにか 純 な 感情 に 捕えられて いた 。 ようこ|||じゅん||かんじょう||とらえ られて| ・・

「 木村 さん 。 きむら| あなた は きっと 、 しまい に は きっと 祝福 を お 受け に なります …… どんな 事 が あって も 失望 なさっちゃ いやです よ 。 |||||||しゅくふく|||うけ||なり ます||こと||||しつぼう||| あなた の ような 善い 方 が 不幸に ばかり お あい に なる わけ が ありません わ 。 |||よい|かた||ふこうに||||||||あり ませ ん| …… わたし は 生まれる とき から 呪わ れた 女 な んです もの 。 ||うまれる|||のろわ||おんな||| 神 、 ほんとう は 神様 を 信ずる より …… 信ずる より 憎む ほう が 似合って いる んです …… ま 、 聞いて …… でも 、 わたし 卑怯 は いやだ から 信じます …… 神様 は わたし みたいな もの を どう なさる か 、 しっかり 目 を 明いて 最後 まで 見て います 」・・ かみ|||かみさま||しんずる||しんずる||にくむ|||にあって||||きいて|||ひきょう||||しんじ ます|かみさま||||||||||め||あいて|さいご||みて|い ます

と いって いる うち に だれ に と も なく くやし さ が 胸 いっぱい に こみ上げて 来る のだった 。 |||||||||||||むね|||こみあげて|くる| ・・

「 あなた は そんな 信仰 は ない と おっしゃる でしょう けれども …… でも わたし に は これ が 信仰 です 。 |||しんこう|||||||||||||しんこう| 立派な 信仰 です もの 」・・ りっぱな|しんこう||

と いって きっぱり 思いきった ように 、 火 の ように 熱く 目 に たまった まま で 流れ ず に いる 涙 を 、 ハンケチ で ぎゅっと 押し ぬぐい ながら 、 黯然 と 頭 を たれた 木村 に 、・・ |||おもいきった||ひ|||あつく|め|||||ながれ||||なみだ|||||おし|||あんぜん||あたま|||きむら|

「 もう やめましょう こんな お 話 。 |やめ ましょう|||はなし こんな 事 を いって る と 、 いえば いう ほど 先 が 暗く なる ばかりです 。 |こと||||||||さき||くらく|| ほんとに 思いきって 不 仕 合わせ な 人 は こんな 事 を つべこべ と 口 に なん ぞ 出し は しません わ 。 |おもいきって|ふ|し|あわせ||じん|||こと||||くち||||だし||し ませ ん| ね 、 いや 、 あなた は 自分 の ほう から めいって しまって 、 わたし の いった 事 ぐらい で な んです ねえ 、 男 の くせ に 」・・ ||||じぶん|||||||||こと||||||おとこ|||

木村 は 返事 も せ ず に まっさおに なって うつむいて いた 。 きむら||へんじ|||||||| ・・

そこ に 「 御免なさい 」 と いう か と 思う と 、 いきなり 戸 を あけて は いって 来た もの が あった 。 ||ごめんなさい|||||おもう|||と|||||きた||| 木村 も 葉子 も 不意 を 打たれて 気先 を くじか れ ながら 、 見る と 、 いつぞや 錨 綱 で 足 を けがした 時 、 葉子 の 世話に なった 老 水夫 だった 。 きむら||ようこ||ふい||うた れて|きさき|||||みる|||いかり|つな||あし|||じ|ようこ||せわに||ろう|すいふ| Both Kimura and Yoko were taken by surprise and discouraged, but when they looked, they realized that they were the old sailor who had taken care of Yoko when she had injured her leg on the anchor rope. 彼 は とうとう 跛脚 に なって いた 。 かれ|||はあし||| そして 水夫 の ような 仕事 に は とても 役 に 立た ない から 、 幸い オークランド に 小 農地 を 持って とにかく 暮らし を 立てて いる 甥 を 尋ねて 厄介に なる 事 に なった ので 、 礼 かたがた 暇乞い に 来た と いう のだった 。 |すいふ|||しごと||||やく||たた|||さいわい|||しょう|のうち||もって||くらし||たてて||おい||たずねて|やっかいに||こと||||れい||いとまごい||きた||| And since it's not very useful for a job like a sailor, fortunately he had a small farm in Auckland and was somehow making a living. It was 葉子 は 紅 く なった 目 を 少し 恥ずかし げ に またたか せ ながら 、 いろいろ と 慰めた 。 ようこ||くれない|||め||すこし|はずかし||||||||なぐさめた ・・

・・

「 何 ね こう 老 いぼ れちゃ 、 こんな 稼業 を やって る が てんで うそ なれ ど 、 事務 長 さん と ボンスン ( 水夫 長 ) と が かわいそうだ と いって 使って くれる で 、 いい気に なった が 罰 あたった んだ ね 」・・ なん|||ろう||||かぎょう|||||||||じむ|ちょう||||すいふ|ちょう||||||つかって|||いいきに|||ばち||| "I'm so old that I'm doing this kind of work and I lied about it, but the chief secretary and Bong-soon (chief sailor) said they felt sorry for me and used me. I got it.”

と いって 臆病に 笑った 。 ||おくびょうに|わらった 葉子 が この 老人 を あわれみ いたわる さま は わき目 も いじらしかった 。 ようこ|||ろうじん||||||わきめ|| 日本 に は 伝言 を 頼む ような 近親 さえ ない 身 だ と いう ような 事 を 聞く たび に 、 葉子 は 泣き出し そうな 顔 を して 合点 合点 して いた が 、 しまい に は 木村 の 止める の も 聞か ず 寝床 から 起き上がって 、 木村 の 持って 来た 果物 を ありったけ 籃 に つめて 、・・ にっぽん|||でんごん||たのむ||きんしん|||み|||||こと||きく|||ようこ||なきだし|そう な|かお|||がてん|がてん|||||||きむら||とどめる|||きか||ねどこ||おきあがって|きむら||もって|きた|くだもの|||らん|| Every time Yoko heard that he didn't even have close relatives in Japan to whom he could ask for a message, Yoko made a face that looked like she was about to burst into tears as she came to the conclusion, but in the end she didn't even listen to Kimura's attempts to stop him. I got up from my bed, filled the basket with all the fruits Kimura brought, and...

「 陸 に 上がれば いくらも ある んだろう けれども 、 これ を 持って おい で 。 りく||あがれば|||||||もって|| そして その 中 に 果物 で なく は いって いる もの が あったら 、 それ も お前 さん に 上げた んだ から ね 、 人 に 取ら れたり しちゃ いけません よ 」・・ ||なか||くだもの|||||||||||おまえ|||あげた||||じん||とら|||いけ ませ ん|

と いって それ を 渡して やった 。 ||||わたして| ・・

老人 が 来て から 葉子 は 夜 が 明けた ように 始めて 晴れやかな ふだん の 気分 に なった 。 ろうじん||きて||ようこ||よ||あけた||はじめて|はれやかな|||きぶん|| そして 例の いたずら らしい にこにこ した 愛嬌 を 顔 いちめん に たたえて 、・・ |れいの|||||あいきょう||かお|||

「 なんという 気さくな んでしょう 。 |きさくな| わたし 、 あんな お じいさん の お 内 儀 さん に なって みたい …… だ から ね 、 いい もの を やっち まった 」・・ ||||||うち|ぎ|||||||||||や っち|

きょ とり と して まじまじ 木村 の むっつり と した 顔 を 見 やる 様子 は 大きな 子供 と より 思え なかった 。 |||||きむら|||||かお||み||ようす||おおきな|こども|||おもえ| ・・

「 あなた から いただいた エンゲージ ・ リング ね 、 あれ を やり まして よ 。 ||||りんぐ|||||| "The engagement ring you gave me, I did it. だって なんにも ない んです もの 」・・

なんとも いえ ない 媚 び を つつむ おと がい が 二 重 に なって 、 きれいな 歯 並み が 笑い の さざ波 の ように 口 び る の 汀 に 寄せたり 返したり した 。 |||び|||||||ふた|おも||||は|なみ||わらい||さざなみ|||くち||||なぎさ||よせたり|かえしたり| Her face was doubled with an indescribably flattering look, and her beautiful teeth swung back and forth from the shore of her mouth like ripples of laughter.