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或る女 - 有島武郎(アクセス), 20.2 或る女

20.2 或る 女

葉子 は 一 人 の 男 を しっかり と 自分 の 把 持 の 中 に 置いて 、 それ が 猫 が 鼠 でも 弄ぶ る ように 、 勝手に 弄ぶって 楽しむ の を やめる 事 が でき なかった と 同時に 、 時々 は 木村 の 顔 を 一目 見た ばかりで 、 虫 唾 が 走る ほど 厭 悪 の 情 に 駆り立てられて 、 われながら どうして いい か わから ない 事 も あった 。 そんな 時 に は ただ いちずに 腹痛 を 口実 に して 、 一 人 に なって 、 腹立ち 紛れ に あり 合わせた もの を 取って 床 の 上 に ほうったり した 。 もう 何もかも いって しまおう 。 弄ぶ に も 足ら ない 木村 を 近づけて おくに は 当たら ない 事 だ 。 何もかも 明らかに して 気分 だけ でも さっぱり したい と そう 思う 事 も あった 。 しかし 同時に 葉子 は 戦術 家 の 冷静 さ を もって 、 実際 問題 を 勘定 に 入れる 事 も 忘れ は し なかった 。 事務 長 を しっかり 自分 の 手 の 中 に 握る まで は 、 早計 に 木村 を 逃がして は なら ない 。 「 宿屋 きめ ず に 草 鞋 を 脱ぐ 」…… 母 が こんな 事 を 葉子 の 小さい 時 に 教えて くれた の を 思い出したり して 、 葉子 は 一 人 で 苦笑い も した 。 ・・

そう だ 、 まだ 木村 を 逃がして は なら ぬ 。 葉子 は 心 の 中 に 書き記して でも 置く ように 、 上 目 を 使い ながら こんな 事 を 思った 。 ・・

また ある 時 葉子 の 手 もと に 米国 の 切手 の はられた 手紙 が 届いた 事 が あった 。 葉子 は 船 へ なぞ あてて 手紙 を よこす 人 は ない はずだ が と 思って 開いて 見よう と した が 、 また 例 の いたずらな 心 が 動いて 、 わざと 木村 に 開封 さ せた 。 その 内容 が どんな もの である か の 想像 も つか ない ので 、 それ を 木村 に 読ま せる の は 、 武器 を 相手 に 渡して 置いて 、 自分 は 素手 で 格闘 する ような もの だった 。 葉子 は そこ に 興味 を 持った 。 そして どんな 不意な 難題 が 持ち上がる だろう か と 、 心 を ときめか せ ながら 結果 を 待った 。 その 手紙 は 葉子 に 簡単な 挨拶 を 残した まま 上陸 した 岡 から 来た もの だった 。 いかにも 人柄 に 不似合いな 下手な 字体 で 、 葉子 が ひょっとすると 上陸 を 見合わせて そのまま 帰る と いう 事 を 聞いた が 、 もし そう なったら 自分 も 断然 帰朝 する 。 気 違い じみ たし わざと お 笑い に なる かも しれ ない が 、 自分 に は どう 考えて みて も それ より ほか に 道 は ない 。 葉子 に 離れて 路傍 の 人 の 間 に 伍 したら それ こそ 狂気 に なる ばかりだろう 。 今 まで 打ち明け なかった が 、 自分 は 日本 でも 屈指 な 豪商 の 身内 に 一 人 子 と 生まれながら 、 からだ が 弱い の と 母 が 継母 である ため に 、 父 の 慈悲 から 洋行 する 事 に なった が 、 自分 に は 故国 が 慕わ れる ばかりで なく 、 葉子 の ように 親し み を 覚え さ して くれた 人 は ない ので 、 葉子 なし に は 一刻 も 外国 の 土 に 足 を 止めて いる 事 は でき ぬ 。 兄弟 の ない 自分 に は 葉子 が 前世 から の 姉 と より 思わ れ ぬ 。 自分 を あわれんで 弟 と 思って くれ 。 せめて は 葉子 の 声 の 聞こえる 所 顔 の 見える 所 に いる の を 許して くれ 。 自分 は それ だけ の あわれ み を 得たい ばかりに 、 家族 や 後見人 の そしり も なんとも 思わず に 帰国 する のだ 。 事務 長 に も それ を 許して くれる ように 頼んで もらいたい 。 と いう 事 が 、 少し 甘い 、 しかし 真 率 な 熱情 を こめた 文体 で 長々 と 書いて あった のだった 。 ・・

葉子 は 木村 が 問う まま に 包ま ず 岡 と の 関係 を 話して 聞か せた 。 木村 は 考え 深く 、 それ を 聞いて いた が 、 そんな 人 なら ぜひ あって 話 を して みたい と いい出した 。 自分 より 一 段 若い と 見る と 、 かく ばかり 寛大に なる 木村 を 見て 葉子 は 不快に 思った 。 よし 、 それでは 岡 を 通して 倉地 と の 関係 を 木村 に 知らせて やろう 。 そして 木村 が 嫉妬 と 憤怒 と で まっ黒 に なって 帰って 来た 時 、 それ を 思う まま あやつって また 元 の 鞘 に 納めて 見せよう 。 そう 思って 葉子 は 木村 の いう まま に 任せて 置いた 。 ・・

次の 朝 、 木村 は 深い 感激 の 色 を たたえて 船 に 来た 。 そして 岡 と 会見 した 時 の 様子 を くわしく 物語った 。 岡 は オリエンタル ・ ホテル の 立派な 一室 に たった 一 人 で いた が 、 その ホテル に は 田川 夫妻 も 同 宿 な ので 、 日本 人 の 出入り が うるさい と いって 困って いた 。 木村 の 訪問 した と いう の を 聞いて 、 ひどく なつかし そうな 様子 で 出迎えて 、 兄 でも 敬う ように もてなして 、 やや 落ち付いて から 隠し 立て なく 真 率 に 葉子 に 対する 自分 の 憧憬 の ほど を 打ち明けた ので 、 木村 は 自分 の いおう と する 告白 を 、 他人 の 口 から まざまざ と 聞く ような 切な 情 に ほだされて 、 もらい泣き まで して しまった 。 二 人 は 互いに 相 あわれむ と いう ような なつかし み を 感じた 。 これ を 縁 に 木村 は どこまでも 岡 を 弟 と も 思って 親しむ つもりだ 。 が 、 日本 に 帰る 決心 だけ は 思いとどまる ように 勧めて 置いた と いった 。 岡 は さすが に 育ち だけ に 事務 長 と 葉子 と の 間 の いきさつ を 想像 に 任せて 、 はしたなく 木村 に 語る 事 は し なかった らしい 。 木村 は その 事 に ついて は なんとも いわ なかった 。 葉子 の 期待 は 全く はずれて しまった 。 役者 下手な ため に 、 せっかく の 芝居 が 芝居 に なら ず に しまった 事 を 物 足ら なく 思った 。 しかし この 事 が あって から 岡 の 事 が 時々 葉子 の 頭 に 浮かぶ ように なった 。 女 に して も みま ほしい か の 華車 な 青春 の 姿 が どうかする と いとしい 思い出 と なって 、 葉子 の 心 の すみ に 潜む ように なった 。 ・・

船 が シヤトル に 着いて から 五六 日 たって 、 木村 は 田川 夫妻 に も 面会 する 機会 を 造った らしかった 。 そのころ から 木村 は 突然 わき目 に も それ と 気 が 付く ほど 考え 深く なって 、 ともすると 葉子 の 言葉 すら 聞き落として あわてたり する 事 が あった 。 そして ある 時 とうとう 一 人 胸 の 中 に は 納めて いられ なく なった と 見えて 、・・

「 わた しにゃ あなた が なぜ あんな 人 と 近しく する か わかりません が ね 」・・

と 事務 長 の 事 を うわさ の ように いった 。 葉子 は 少し 腹部 に 痛み を 覚える の を ことさら 誇張 して わき腹 を 左手 で 押えて 、 眉 を ひそめ ながら 聞いて いた が 、 もっともらしく 幾 度 も うなずいて 、・・

「 それ は ほんとうに おっしゃる とおり です から 何も 好んで 近づきたい と は 思わ ない んです けれども 、 これ まで ずいぶん 世話に なって います し ね 、 それ に ああ 見えて いて 思いのほか 親切 気 の ある 人 です から 、 ボーイ でも 水夫 で も こわがり ながら なついて います わ 。 おまけに わたし お 金 まで 借りて います もの 」・・

と さも 当惑 した らしく いう と 、・・

「 あなた お 金 は 無し です か 」・・

木村 は 葉子 の 当惑 さ を 自分 の 顔 に も 現わして いた 。 ・・

「 それ は お 話し した じゃ ありません か 」・・

「 困った なあ 」・・

木村 は よほど 困り きった らしく 握った 手 を 鼻 の 下 に あてがって 、 下 を 向いた まま しばらく 思案 に 暮れて いた が 、・・

「 いくら ほど 借り に なって いる んです 」・・

「 さあ 診察 料 や 滋養 品 で 百 円 近く に も なって います か しら ん 」・・

「 あなた は 金 は 全く 無し です ね 」・・

木村 は さらに 繰り返して いって ため息 を ついた 。 ・・

葉子 は 物 慣れ ぬ 弟 を 教え いたわる ように 、・・

「 それ に 万一 わたし の 病気 が よく なら ないで 、 ひとまず 日本 へ で も 帰る ように なれば 、 なお なお 帰り の 船 の 中 で は 世話に なら なければ なら ない でしょう 。 …… でも 大丈夫 そんな 事 は ない と は 思います けれども 、 さきざき まで の 考え を つけて おく の が 旅 に あれば いちばん 大事です もの 」・・

木村 は なお も 握った 手 を 鼻 の 下 に 置いた なり 、 なんにも いわ ず 、 身動き も せ ず 考え込んで いた 。 ・・

葉子 は 術 な さ そうに 木村 の その 顔 を おもしろく 思い ながら まじまじ と 見 やって いた 。 ・・

木村 は ふと 顔 を 上げて しげしげ と 葉子 を 見た 。 何 か そこ に 字 でも 書いて あり は し ない か と それ を 読む ように 。 そして 黙った まま 深々と 嘆息 した 。 ・・

「 葉子 さん 。 わたし は 何 から 何 まで あなた を 信じて いる の が いい 事 な のでしょう か 。 あなた の 身 の ため ばかり 思って も いう ほう が いい か と も 思う んです が ……」・・

「 で は おっしゃって ください ましな なんでも 」・・

葉子 の 口 は 少し 親しみ を こめて 冗談 らしく 答えて いた が 、 その 目 から は 木村 を 黙ら せる だけ の 光 が 射られて いた 。 軽はずみな 事 を いやしくも いって みる が いい 、 頭 を 下げ させ ない で は 置か ない から 。 そう その 目 は たしかに いって いた 。 ・・

木村 は 思わず 自分 の 目 を たじろが して 黙って しまった 。 葉子 は 片意地に も 目 で 続け さま に 木村 の 顔 を むちうった 。 木村 は その 笞 の 一つ一つ を 感ずる ように どぎまぎ した 。 ・・

「 さ 、 おっしゃって ください まし …… さ 」・・

葉子 は その 言葉 に は どこまでも 好意 と 信頼 と を こめて 見せた 。 木村 は やはり 躊躇 して いた 。 葉子 は いきなり 手 を 延ばして 木村 を 寝 台 に 引きよせた 。 そして 半分 起き上がって その 耳 に 近く 口 を 寄せ ながら 、・・

「 あなた みたいに 水臭い 物 の おっしゃり かた を なさる 方 も ない もん ね 。 なんと でも 思って いらっしゃる 事 を おっしゃって くだされば いい じゃ ありません か 。 …… あ 、 痛い …… い ゝ えさ して 痛く も ない の 。 何 を 思って いらっしゃる んだ か おっしゃって ください まし 、 ね 、 さ 。 な んでしょう ねえ 。 伺いたい 事 ね 。 そんな 他人行儀 は …… あ 、 あ 、 痛い 、 お ゝ 痛い …… ちょっと ここ の ところ を 押えて ください まし 。 …… さし込んで 来た ようで …… あ 、 あ 」・・

と いい ながら 、 目 を つぶって 、 床 の 上 に 寝 倒れる と 、 木村 の 手 を 持ち 添えて 自分 の 脾腹 を 押え さ して 、 つら そうに 歯 を くいしばって シーツ に 顔 を 埋めた 。 肩 で つく 息 気 が かすかに 雪 白 の シーツ を 震わした 。 ・・

木村 は あたふた し ながら 、 今 まで の 言葉 など は そっちのけ に して 介抱 に かかった 。


20.2 或る 女 ある|おんな 20.2 Una mujer

葉子 は 一 人 の 男 を しっかり と 自分 の 把 持 の 中 に 置いて 、 それ が 猫 が 鼠 でも 弄ぶ る ように 、 勝手に 弄ぶって 楽しむ の を やめる 事 が でき なかった と 同時に 、 時々 は 木村 の 顔 を 一目 見た ばかりで 、 虫 唾 が 走る ほど 厭 悪 の 情 に 駆り立てられて 、 われながら どうして いい か わから ない 事 も あった 。 ようこ||ひと|じん||おとこ||||じぶん||わ|じ||なか||おいて|||ねこ||ねずみ||もてあそぶ|||かってに|もてあそぶ って|たのしむ||||こと|||||どうじに|ときどき||きむら||かお||いちもく|みた||ちゅう|つば||はしる||いと|あく||じょう||かりたて られて|||||||こと|| そんな 時 に は ただ いちずに 腹痛 を 口実 に して 、 一 人 に なって 、 腹立ち 紛れ に あり 合わせた もの を 取って 床 の 上 に ほうったり した 。 |じ|||||ふくつう||こうじつ|||ひと|じん|||はらだち|まぎれ|||あわせた|||とって|とこ||うえ||| もう 何もかも いって しまおう 。 |なにもかも|| 弄ぶ に も 足ら ない 木村 を 近づけて おくに は 当たら ない 事 だ 。 もてあそぶ|||たら||きむら||ちかづけて|||あたら||こと| 何もかも 明らかに して 気分 だけ でも さっぱり したい と そう 思う 事 も あった 。 なにもかも|あきらかに||きぶん||||し たい|||おもう|こと|| しかし 同時に 葉子 は 戦術 家 の 冷静 さ を もって 、 実際 問題 を 勘定 に 入れる 事 も 忘れ は し なかった 。 |どうじに|ようこ||せんじゅつ|いえ||れいせい||||じっさい|もんだい||かんじょう||いれる|こと||わすれ||| 事務 長 を しっかり 自分 の 手 の 中 に 握る まで は 、 早計 に 木村 を 逃がして は なら ない 。 じむ|ちょう|||じぶん||て||なか||にぎる|||そうけい||きむら||にがして||| 「 宿屋 きめ ず に 草 鞋 を 脱ぐ 」…… 母 が こんな 事 を 葉子 の 小さい 時 に 教えて くれた の を 思い出したり して 、 葉子 は 一 人 で 苦笑い も した 。 やどや||||くさ|わらじ||ぬぐ|はは|||こと||ようこ||ちいさい|じ||おしえて||||おもいだしたり||ようこ||ひと|じん||にがわらい|| ・・

そう だ 、 まだ 木村 を 逃がして は なら ぬ 。 |||きむら||にがして||| That's right, we still can't let Kimura escape. 葉子 は 心 の 中 に 書き記して でも 置く ように 、 上 目 を 使い ながら こんな 事 を 思った 。 ようこ||こころ||なか||かきしるして||おく||うえ|め||つかい|||こと||おもった ・・

また ある 時 葉子 の 手 もと に 米国 の 切手 の はられた 手紙 が 届いた 事 が あった 。 ||じ|ようこ||て|||べいこく||きって||はら れた|てがみ||とどいた|こと|| 葉子 は 船 へ なぞ あてて 手紙 を よこす 人 は ない はずだ が と 思って 開いて 見よう と した が 、 また 例 の いたずらな 心 が 動いて 、 わざと 木村 に 開封 さ せた 。 ようこ||せん||||てがみ|||じん||||||おもって|あいて|みよう|||||れい|||こころ||うごいて||きむら||かいふう|| Thinking that no one should be sending a letter to the ship, Yoko tries to open it, but her mischievous heart moves again and she deliberately forces Kimura to open it. その 内容 が どんな もの である か の 想像 も つか ない ので 、 それ を 木村 に 読ま せる の は 、 武器 を 相手 に 渡して 置いて 、 自分 は 素手 で 格闘 する ような もの だった 。 |ないよう|||||||そうぞう|||||||きむら||よま||||ぶき||あいて||わたして|おいて|じぶん||すで||かくとう|||| I couldn't imagine what it was about, so making Kimura read it was like handing over the weapon to the opponent and fighting with my bare hands. 葉子 は そこ に 興味 を 持った 。 ようこ||||きょうみ||もった そして どんな 不意な 難題 が 持ち上がる だろう か と 、 心 を ときめか せ ながら 結果 を 待った 。 ||ふいな|なんだい||もちあがる||||こころ|||||けっか||まった その 手紙 は 葉子 に 簡単な 挨拶 を 残した まま 上陸 した 岡 から 来た もの だった 。 |てがみ||ようこ||かんたんな|あいさつ||のこした||じょうりく||おか||きた|| いかにも 人柄 に 不似合いな 下手な 字体 で 、 葉子 が ひょっとすると 上陸 を 見合わせて そのまま 帰る と いう 事 を 聞いた が 、 もし そう なったら 自分 も 断然 帰朝 する 。 |ひとがら||ふにあいな|へたな|じたい||ようこ|||じょうりく||みあわせて||かえる|||こと||きいた|||||じぶん||だんぜん|きちょう| I heard that Yoko, by any chance, would postpone landing and return home, but if that happened, I would definitely return to the morning. 気 違い じみ たし わざと お 笑い に なる かも しれ ない が 、 自分 に は どう 考えて みて も それ より ほか に 道 は ない 。 き|ちがい|||||わらい|||||||じぶん||||かんがえて|||||||どう|| 葉子 に 離れて 路傍 の 人 の 間 に 伍 したら それ こそ 狂気 に なる ばかりだろう 。 ようこ||はなれて|ろぼう||じん||あいだ||ご||||きょうき||| 今 まで 打ち明け なかった が 、 自分 は 日本 でも 屈指 な 豪商 の 身内 に 一 人 子 と 生まれながら 、 からだ が 弱い の と 母 が 継母 である ため に 、 父 の 慈悲 から 洋行 する 事 に なった が 、 自分 に は 故国 が 慕わ れる ばかりで なく 、 葉子 の ように 親し み を 覚え さ して くれた 人 は ない ので 、 葉子 なし に は 一刻 も 外国 の 土 に 足 を 止めて いる 事 は でき ぬ 。 いま||うちあけ|||じぶん||にっぽん||くっし||ごうしょう||みうち||ひと|じん|こ||うまれながら|||よわい|||はは||ままはは||||ちち||じひ||ようこう||こと||||じぶん|||ここく||したわ||||ようこ|||したし|||おぼえ||||じん||||ようこ||||いっこく||がいこく||つち||あし||とどめて||こと||| 兄弟 の ない 自分 に は 葉子 が 前世 から の 姉 と より 思わ れ ぬ 。 きょうだい|||じぶん|||ようこ||ぜんせ|||あね|||おもわ|| 自分 を あわれんで 弟 と 思って くれ 。 じぶん|||おとうと||おもって| せめて は 葉子 の 声 の 聞こえる 所 顔 の 見える 所 に いる の を 許して くれ 。 ||ようこ||こえ||きこえる|しょ|かお||みえる|しょ|||||ゆるして| 自分 は それ だけ の あわれ み を 得たい ばかりに 、 家族 や 後見人 の そしり も なんとも 思わず に 帰国 する のだ 。 じぶん||||||||え たい||かぞく||こうけんにん|||||おもわず||きこく|| Wanting to receive that kind of mercy, he returns home without even thinking about the slander of his family and guardians. 事務 長 に も それ を 許して くれる ように 頼んで もらいたい 。 じむ|ちょう|||||ゆるして|||たのんで|もらい たい と いう 事 が 、 少し 甘い 、 しかし 真 率 な 熱情 を こめた 文体 で 長々 と 書いて あった のだった 。 ||こと||すこし|あまい||まこと|りつ||ねつじょう|||ぶんたい||ながなが||かいて|| ・・

葉子 は 木村 が 問う まま に 包ま ず 岡 と の 関係 を 話して 聞か せた 。 ようこ||きむら||とう|||つつま||おか|||かんけい||はなして|きか| 木村 は 考え 深く 、 それ を 聞いて いた が 、 そんな 人 なら ぜひ あって 話 を して みたい と いい出した 。 きむら||かんがえ|ふかく|||きいて||||じん||||はなし|||||いいだした 自分 より 一 段 若い と 見る と 、 かく ばかり 寛大に なる 木村 を 見て 葉子 は 不快に 思った 。 じぶん||ひと|だん|わかい||みる||||かんだいに||きむら||みて|ようこ||ふかいに|おもった よし 、 それでは 岡 を 通して 倉地 と の 関係 を 木村 に 知らせて やろう 。 ||おか||とおして|くらち|||かんけい||きむら||しらせて| Alright then, let's let Kimura know about our relationship with Kurachi through Oka. そして 木村 が 嫉妬 と 憤怒 と で まっ黒 に なって 帰って 来た 時 、 それ を 思う まま あやつって また 元 の 鞘 に 納めて 見せよう 。 |きむら||しっと||ふんぬ|||まっ くろ|||かえって|きた|じ|||おもう||||もと||さや||おさめて|みせよう And when Kimura comes back black with jealousy and rage, I'll handle it as I please and return it to its original scabbard. そう 思って 葉子 は 木村 の いう まま に 任せて 置いた 。 |おもって|ようこ||きむら|||||まかせて|おいた ・・

次の 朝 、 木村 は 深い 感激 の 色 を たたえて 船 に 来た 。 つぎの|あさ|きむら||ふかい|かんげき||いろ|||せん||きた そして 岡 と 会見 した 時 の 様子 を くわしく 物語った 。 |おか||かいけん||じ||ようす|||ものがたった 岡 は オリエンタル ・ ホテル の 立派な 一室 に たった 一 人 で いた が 、 その ホテル に は 田川 夫妻 も 同 宿 な ので 、 日本 人 の 出入り が うるさい と いって 困って いた 。 おか|||ほてる||りっぱな|いっしつ|||ひと|じん|||||ほてる|||たがわ|ふさい||どう|やど|||にっぽん|じん||でいり|||||こまって| Oka was alone in a splendid room at the Oriental Hotel, but since Mr. and Mrs. Tagawa were also staying at the hotel, he was troubled by the noise of Japanese people coming and going. 木村 の 訪問 した と いう の を 聞いて 、 ひどく なつかし そうな 様子 で 出迎えて 、 兄 でも 敬う ように もてなして 、 やや 落ち付いて から 隠し 立て なく 真 率 に 葉子 に 対する 自分 の 憧憬 の ほど を 打ち明けた ので 、 木村 は 自分 の いおう と する 告白 を 、 他人 の 口 から まざまざ と 聞く ような 切な 情 に ほだされて 、 もらい泣き まで して しまった 。 きむら||ほうもん||||||きいて|||そう な|ようす||でむかえて|あに||うやまう||||おちついて||かくし|たて||まこと|りつ||ようこ||たいする|じぶん||しょうけい||||うちあけた||きむら||じぶん|||||こくはく||たにん||くち||||きく||せつな|じょう|||もらいなき||| When he heard that Kimura was visiting, he greeted him with a look of great nostalgia, treated him as if he were his older brother, and after he had calmed down a little, he openly and honestly confessed his admiration for Yoko. So, Kimura was touched by the earnest feeling of hearing the confession he was about to make from someone else's mouth, and even burst into tears. 二 人 は 互いに 相 あわれむ と いう ような なつかし み を 感じた 。 ふた|じん||たがいに|そう||||||||かんじた The two felt a nostalgic feeling of pitying each other. これ を 縁 に 木村 は どこまでも 岡 を 弟 と も 思って 親しむ つもりだ 。 ||えん||きむら|||おか||おとうと|||おもって|したしむ| Because of this, Kimura intends to become close to Oka, thinking of him as his younger brother. が 、 日本 に 帰る 決心 だけ は 思いとどまる ように 勧めて 置いた と いった 。 |にっぽん||かえる|けっしん|||おもいとどまる||すすめて|おいた|| However, he said that he advised him not to make up his mind to return to Japan. 岡 は さすが に 育ち だけ に 事務 長 と 葉子 と の 間 の いきさつ を 想像 に 任せて 、 はしたなく 木村 に 語る 事 は し なかった らしい 。 おか||||そだち|||じむ|ちょう||ようこ|||あいだ||||そうぞう||まかせて||きむら||かたる|こと|||| 木村 は その 事 に ついて は なんとも いわ なかった 。 きむら|||こと|||||| 葉子 の 期待 は 全く はずれて しまった 。 ようこ||きたい||まったく|| 役者 下手な ため に 、 せっかく の 芝居 が 芝居 に なら ず に しまった 事 を 物 足ら なく 思った 。 やくしゃ|へたな|||||しばい||しばい||||||こと||ぶつ|たら||おもった しかし この 事 が あって から 岡 の 事 が 時々 葉子 の 頭 に 浮かぶ ように なった 。 ||こと||||おか||こと||ときどき|ようこ||あたま||うかぶ|| 女 に して も みま ほしい か の 華車 な 青春 の 姿 が どうかする と いとしい 思い出 と なって 、 葉子 の 心 の すみ に 潜む ように なった 。 おんな||||||||はなくるま||せいしゅん||すがた||どうか する|||おもいで|||ようこ||こころ||||ひそむ|| For some reason, her youthful appearance, which she wanted to see even as a woman, became a fond memory, lurking in a corner of Yoko's heart. ・・

船 が シヤトル に 着いて から 五六 日 たって 、 木村 は 田川 夫妻 に も 面会 する 機会 を 造った らしかった 。 せん||||ついて||ごろく|ひ||きむら||たがわ|ふさい|||めんかい||きかい||つくった| そのころ から 木村 は 突然 わき目 に も それ と 気 が 付く ほど 考え 深く なって 、 ともすると 葉子 の 言葉 すら 聞き落として あわてたり する 事 が あった 。 ||きむら||とつぜん|わきめ|||||き||つく||かんがえ|ふかく|||ようこ||ことば||ききおとして|||こと|| From that time onwards, Kimura suddenly became so deep in thought that he noticed it in his side of the eye. そして ある 時 とうとう 一 人 胸 の 中 に は 納めて いられ なく なった と 見えて 、・・ ||じ||ひと|じん|むね||なか|||おさめて|いら れ||||みえて

「 わた しにゃ あなた が なぜ あんな 人 と 近しく する か わかりません が ね 」・・ ||||||じん||ちかしく|||わかり ませ ん||

と 事務 長 の 事 を うわさ の ように いった 。 |じむ|ちょう||こと||||| 葉子 は 少し 腹部 に 痛み を 覚える の を ことさら 誇張 して わき腹 を 左手 で 押えて 、 眉 を ひそめ ながら 聞いて いた が 、 もっともらしく 幾 度 も うなずいて 、・・ ようこ||すこし|ふくぶ||いたみ||おぼえる||||こちょう||わきばら||ひだりて||おさえて|まゆ||||きいて||||いく|たび|| Yoko exaggerated the pain she felt in her abdomen, pressed her left hand against her side, and frowned as she listened.

「 それ は ほんとうに おっしゃる とおり です から 何も 好んで 近づきたい と は 思わ ない んです けれども 、 これ まで ずいぶん 世話に なって います し ね 、 それ に ああ 見えて いて 思いのほか 親切 気 の ある 人 です から 、 ボーイ でも 水夫 で も こわがり ながら なついて います わ 。 |||||||なにも|このんで|ちかづき たい|||おもわ|||||||せわに||い ます||||||みえて||おもいのほか|しんせつ|き|||じん|||ぼーい||すいふ||||||い ます| おまけに わたし お 金 まで 借りて います もの 」・・ |||きむ||かりて|い ます|

と さも 当惑 した らしく いう と 、・・ ||とうわく||||

「 あなた お 金 は 無し です か 」・・ ||きむ||なし||

木村 は 葉子 の 当惑 さ を 自分 の 顔 に も 現わして いた 。 きむら||ようこ||とうわく|||じぶん||かお|||あらわして| ・・

「 それ は お 話し した じゃ ありません か 」・・ |||はなし|||あり ませ ん|

「 困った なあ 」・・ こまった|

木村 は よほど 困り きった らしく 握った 手 を 鼻 の 下 に あてがって 、 下 を 向いた まま しばらく 思案 に 暮れて いた が 、・・ きむら|||こまり|||にぎった|て||はな||した|||した||むいた|||しあん||くれて||

「 いくら ほど 借り に なって いる んです 」・・ ||かり||||

「 さあ 診察 料 や 滋養 品 で 百 円 近く に も なって います か しら ん 」・・ |しんさつ|りょう||じよう|しな||ひゃく|えん|ちかく||||い ます|||

「 あなた は 金 は 全く 無し です ね 」・・ ||きむ||まったく|なし||

木村 は さらに 繰り返して いって ため息 を ついた 。 きむら|||くりかえして||ためいき|| ・・

葉子 は 物 慣れ ぬ 弟 を 教え いたわる ように 、・・ ようこ||ぶつ|なれ||おとうと||おしえ||

「 それ に 万一 わたし の 病気 が よく なら ないで 、 ひとまず 日本 へ で も 帰る ように なれば 、 なお なお 帰り の 船 の 中 で は 世話に なら なければ なら ない でしょう 。 ||まんいち|||びょうき||||||にっぽん||||かえる|||||かえり||せん||なか|||せわに||||| "And if my illness doesn't get better and I have to go back to Japan for the time being, I'll still have to look after you on the ship on the way home. …… でも 大丈夫 そんな 事 は ない と は 思います けれども 、 さきざき まで の 考え を つけて おく の が 旅 に あれば いちばん 大事です もの 」・・ |だいじょうぶ||こと|||||おもい ます|||||かんがえ||||||たび||||だいじです|

木村 は なお も 握った 手 を 鼻 の 下 に 置いた なり 、 なんにも いわ ず 、 身動き も せ ず 考え込んで いた 。 きむら||||にぎった|て||はな||した||おいた|||||みうごき||||かんがえこんで| ・・

葉子 は 術 な さ そうに 木村 の その 顔 を おもしろく 思い ながら まじまじ と 見 やって いた 。 ようこ||じゅつ|||そう に|きむら|||かお|||おもい||||み|| ・・

木村 は ふと 顔 を 上げて しげしげ と 葉子 を 見た 。 きむら|||かお||あげて|||ようこ||みた 何 か そこ に 字 でも 書いて あり は し ない か と それ を 読む ように 。 なん||||あざ||かいて|||||||||よむ| そして 黙った まま 深々と 嘆息 した 。 |だまった||しんしんと|たんそく| Then, in silence, he sighed deeply. ・・

「 葉子 さん 。 ようこ| わたし は 何 から 何 まで あなた を 信じて いる の が いい 事 な のでしょう か 。 ||なん||なん||||しんじて|||||こと||| Is it a good thing for me to believe in you with all my heart? あなた の 身 の ため ばかり 思って も いう ほう が いい か と も 思う んです が ……」・・ ||み||||おもって|||||||||おもう|| I think it's better to say this, even if it's only for your own sake..."

「 で は おっしゃって ください ましな なんでも 」・・

葉子 の 口 は 少し 親しみ を こめて 冗談 らしく 答えて いた が 、 その 目 から は 木村 を 黙ら せる だけ の 光 が 射られて いた 。 ようこ||くち||すこし|したしみ|||じょうだん||こたえて||||め|||きむら||だまら||||ひかり||い られて| 軽はずみな 事 を いやしくも いって みる が いい 、 頭 を 下げ させ ない で は 置か ない から 。 かるはずみな|こと|||||||あたま||さげ|さ せ||||おか|| Don't be afraid to say something lighthearted, because I won't let you bow your head. そう その 目 は たしかに いって いた 。 ||め|||| ・・

木村 は 思わず 自分 の 目 を たじろが して 黙って しまった 。 きむら||おもわず|じぶん||め||||だまって| Kimura involuntarily rolled his eyes and fell silent. 葉子 は 片意地に も 目 で 続け さま に 木村 の 顔 を むちうった 。 ようこ||かたいじに||め||つづけ|||きむら||かお|| Yoko continued to whip Kimura's face with one-sided eyes. 木村 は その 笞 の 一つ一つ を 感ずる ように どぎまぎ した 。 きむら|||ち||ひとつひとつ||かんずる||| ・・

「 さ 、 おっしゃって ください まし …… さ 」・・

葉子 は その 言葉 に は どこまでも 好意 と 信頼 と を こめて 見せた 。 ようこ|||ことば||||こうい||しんらい||||みせた 木村 は やはり 躊躇 して いた 。 きむら|||ちゅうちょ|| 葉子 は いきなり 手 を 延ばして 木村 を 寝 台 に 引きよせた 。 ようこ|||て||のばして|きむら||ね|だい||ひきよせた そして 半分 起き上がって その 耳 に 近く 口 を 寄せ ながら 、・・ |はんぶん|おきあがって||みみ||ちかく|くち||よせ|

「 あなた みたいに 水臭い 物 の おっしゃり かた を なさる 方 も ない もん ね 。 ||みずくさい|ぶつ||||||かた|||| "There's no one like you who talks like you're watery. なんと でも 思って いらっしゃる 事 を おっしゃって くだされば いい じゃ ありません か 。 ||おもって||こと||||||あり ませ ん| …… あ 、 痛い …… い ゝ えさ して 痛く も ない の 。 |いたい|||||いたく||| 何 を 思って いらっしゃる んだ か おっしゃって ください まし 、 ね 、 さ 。 なん||おもって|||||||| な んでしょう ねえ 。 伺いたい 事 ね 。 うかがい たい|こと| そんな 他人行儀 は …… あ 、 あ 、 痛い 、 お ゝ 痛い …… ちょっと ここ の ところ を 押えて ください まし 。 |たにんぎょうぎ||||いたい|||いたい||||||おさえて|| …… さし込んで 来た ようで …… あ 、 あ 」・・ さしこんで|きた|||

と いい ながら 、 目 を つぶって 、 床 の 上 に 寝 倒れる と 、 木村 の 手 を 持ち 添えて 自分 の 脾腹 を 押え さ して 、 つら そうに 歯 を くいしばって シーツ に 顔 を 埋めた 。 |||め|||とこ||うえ||ね|たおれる||きむら||て||もち|そえて|じぶん||ひはら||おさえ||||そう に|は|||しーつ||かお||うずめた 肩 で つく 息 気 が かすかに 雪 白 の シーツ を 震わした 。 かた|||いき|き|||ゆき|しろ||しーつ||ふるわした ・・

木村 は あたふた し ながら 、 今 まで の 言葉 など は そっちのけ に して 介抱 に かかった 。 きむら|||||いま|||ことば||||||かいほう||