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或る女 - 有島武郎(アクセス), 20.1 或る女

20.1 或る 女

船 の 着いた その 晩 、 田川 夫妻 は 見舞い の 言葉 も 別れ の 言葉 も 残さ ず に 、 おおぜい の 出迎え 人 に 囲まれて 堂々と 威儀 を 整えて 上陸 して しまった 。 その 余 の 人々 の 中 に は わざわざ 葉子 の 部屋 を 訪れて 来た もの が 数 人 は あった けれども 、 葉子 は いかにも 親しみ を こめた 別れ の 言葉 を 与え は した が 、 あと まで 心 に 残る 人 とて は 一 人 も い なかった 。 その 晩 事務 長 が 来て 、 狭っこ い boudoir の ような 船室 で おそく まで しめじ め と 打ち 語った 間 に 、 葉子 は ふと 二 度 ほど 岡 の 事 を 思って いた 。 あんなに 自分 を 慕って い は した が 岡 も 上陸 して しまえば 、 詮方 なく ボストン の ほう に 旅立つ 用意 を する だろう 。 そして やがて 自分 の 事 も いつ と はなし に 忘れて しまう だろう 。 それにしても なんという 上品な 美しい 青年 だったろう 。 こんな 事 を ふと 思った の も しかし 束の間 で 、 その 追憶 は 心 の 戸 を たたいた と 思う と はかなく も どこ か に 消えて しまった 。 今 は ただ 木村 と いう 邪魔な 考え が 、 もやもや と 胸 の 中 に 立ち 迷う ばかりで 、 その 奥 に は 事務 長 の 打ち勝ち がたい 暗い 力 が 、 魔 王 の ように 小 動 ぎ も せ ず うずくまって いる のみ だった 。 ・・

荷 役 の 目まぐるしい 騒ぎ が 二 日 続いた あと の 絵 島 丸 は 、 泣き わめく 遺族 に 取り囲ま れた うつろな 死骸 の ように 、 がらんと 静まり返って 、 騒々しい 桟橋 の 雑 鬧 の 間 に さびしく 横たわって いる 。 ・・

水夫 が 、 輪切り に した 椰子 の 実 で よごれた 甲板 を 単調に ご し /\ ご し /\ と こする 音 が 、 時 と いう もの を ゆるゆる すり減らす やすり の ように 日 が な 日 ね も す 聞こえて いた 。 ・・

葉子 は 早く 早く ここ を 切り上げて 日本 に 帰りたい と いう 子供 じみ た 考え の ほか に は 、 おかしい ほど そのほか の 興味 を 失って しまって 、 他 郷 の 風景 に 一 瞥 を 与える 事 も いとわ しく 、 自分 の 部屋 の 中 に こもり きって 、 ひたすら 発 船 の 日 を 待ちわびた 。 もっとも 木村 が 毎日 米国 と いう 香 い を 鼻 を つく ばかり 身の回り に 漂わせて 、 葉子 を 訪れて 来る ので 、 葉子 は うっかり 寝床 を 離れる 事 も でき なかった 。 ・・

木村 は 来る たび ごと に ぜひ 米国 の 医者 に 健康 診断 を 頼んで 、 大事 なければ 思いきって 検疫 官 の 検疫 を 受けて 、 ともかくも 上陸 する ように と 勧めて みた が 、 葉子 は どこまでも いや を いい と おす ので 、 二 人 の 間 に は 時々 危険な 沈黙 が 続く 事 も 珍しく なかった 。 葉子 は しかし 、 いつでも 手ぎわ よく その 場合 場合 を あやつって 、 それ から 甘い 歓語 を 引き出す だけ の 機 才 を 持ち合わ して いた ので 、 この 一 か月 ほど 見知らぬ 人 の 間 に 立ち まじって 、 貧乏 の 屈辱 を 存分に なめ 尽くした 木村 は 、 見る見る 温 柔 な 葉子 の 言葉 や 表情 に 酔いしれる のだった 。 カリフォルニヤ から 来る 水 々 しい 葡萄 や バナナ を 器用な 経 木 の 小 籃 に 盛ったり 、 美しい 花束 を 携えたり して 、 葉子 の 朝 化粧 が しまった か と 思う ころ に は 木村 が 欠かさ ず 尋ねて 来た 。 そして 毎日 くどくど と 興 録 に 葉子 の 容態 を 聞き ただした 。 興 録 は いいかげんな 事 を いって 一 日 延ばし に 延ばして いる ので たまらなく なって 木村 が 事務 長 に 相談 する と 、 事務 長 は 興 録 より も さらに 要領 を 得 ない 受け答え を した 、 しかたなし に 木村 は 途方 に 暮れて 、 また 葉子 に 帰って 来て 泣きつく ように 上陸 を 迫る のであった 。 その 毎日 の いきさつ を 夜 に なる と 葉子 は 事務 長 と 話しあって 笑い の 種 に した 。 ・・

葉子 は なんという 事 なし に 、 木村 を 困ら して みたい 、 いじめて みたい と いう ような 不思議な 残酷な 心 を 、 木村 に 対して 感ずる ように なって 行った 。 事務 長 と 木村 と を 目の前 に 置いて 、 何も 知ら ない 木村 を 、 事務 長 が 一流 の きびきび した 悪辣な 手 で 思う さま 翻弄 して 見せる の を ながめて 楽しむ の が 一種 の 痼疾 の ように なった 。 そして 葉子 は 木村 を 通して 自分 の 過去 の すべて に 血 の したたる 復讐 を あえて しよう と する のだった 。 そんな 場合 に 、 葉子 は よく どこ か で うろ覚え に した クレオパトラ の 插話 を 思い出して いた 。 クレオパトラ が 自分 の 運命 の 窮迫 した の を 知って 自殺 を 思い立った 時 、 幾 人 も 奴隷 を 目の前 に 引き出さ して 、 それ を 毒 蛇 の 餌食 に して 、 その 幾 人 も の 無 辜 の 人々 が もだえ ながら 絶命 する の を 、 眉 も 動かさ ず に 見て いた と いう 插話 を 思い出して いた 。 葉子 に は 過去 の すべて の 呪 詛 が 木村 の 一身 に 集まって いる ように も 思い なされた 。 母 の 虐げ 、 五十川 女史 の 術数 、 近親 の 圧迫 、 社会 の 環視 、 女 に 対する 男 の 覬覦 、 女 の 苟合 など と いう 葉子 の 敵 を 木村 の 一身 に おっかぶせて 、 それ に 女 の 心 が 企み 出す 残虐な 仕打ち の あらん限り を そそぎ かけよう と する のであった 。 ・・

「 あなた は 丑 の 刻 参り の 藁 人形 よ 」・・

こんな 事 を どうかした 拍子 に 面 と 向かって 木村 に いって 、 木村 が 怪 訝 な 顔 で その 意味 を くみ かねて いる の を 見る と 、 葉子 は 自分 に も わけ の わから ない 涙 を 目 に いっぱい ため ながら ヒステリカル に 笑い 出す ような 事 も あった 。 ・・

木村 を 払い 捨てる 事 に よって 、 蛇 が 殻 を 抜け出る と 同じに 、 自分 の すべて の 過去 を 葬って しまう こと が できる ように も 思い なして みた 。 ・・

葉子 は また 事務 長 に 、 どれほど 木村 が 自分 の 思う まま に なって いる か を 見せつけよう と する 誘惑 も 感じて いた 。 事務 長 の 目の前 で は ずいぶん 乱暴な 事 を 木村 に いったり させたり した 。 時に は 事務 長 の ほう が 見兼ねて 二 人 の 間 を なだめ に かかる 事 さえ ある くらい だった 。 ・・

ある 時 木村 の 来て いる 葉子 の 部屋 に 事務 長 が 来 合わせた 事 が あった 。 葉子 は 枕 もと の 椅子 に 木村 を 腰かけ させて 、 東京 を 発った 時 の 様子 を くわしく 話して 聞か せて いる 所 だった が 、 事務 長 を 見る と いきなり 様子 を かえて 、 さも さ も 木村 を 疎 ん じた ふうで 、・・

「 あなた は 向こう に いら しって ちょうだい 」・・

と 木村 を 向こう の ソファ に 行く ように 目 で さしず して 、 事務 長 を その 跡 に すわら せた 。 ・・

「 さ 、 あなた こちら へ 」・・

と いって 仰向け に 寝た まま 上 目 を つかって 見 やり ながら 、・・

「 いい お 天気 の ようです こと ね 。 …… あの 時 々 ご ーっと 雷 の ような 音 の する の は 何 ? …… わたし うるさい 」・・

「 トロ です よ 」・・

「 そう …… お 客 様 が たん と お あり で すって ね 」・・

「 さあ 少し は 知っと る もの が ある もん だ で 」・・

「 ゆうべ も その 美しい お 客 が いら しった の ? とうとう お 話 に お 見え に なら なかった の ね 」・・

木村 を 前 に 置き ながら 、 この 無謀 と さえ 見える 言葉 を 遠慮 会釈 も なく いい出す の に は 、 さすが の 事務 長 も ぎょっと した らしく 、 返事 も ろくろく し ないで 木村 の ほう に 向いて 、・・

「 どう です マッキンレー は 。 驚いた 事 が 持ち上がり おった もん です ね 」・・

と 話題 を 転じよう と した 。 この 船 の 航海 中 シヤトル に 近く なった ある 日 、 当時 の 大統領 マッキンレー は 凶 徒 の 短銃 に 斃 れた ので 、 この 事件 は 米国 で の うわさ の 中心 に なって いる のだった 。 木村 は その 当時 の 模様 を くわしく 新聞 紙 や 人 の うわさ で 知り合わ せて いた ので 、 乗り気に なって その 話 に 身 を 入れよう と する の を 、 葉子 は に べ も なく さえぎって 、・・

「 なんで すね あなた は 、 貴夫 人 の 話 の 腰 を 折ったり して 、 そんな ごまかし くらい で は だまされて は いま せ ん よ 。 倉地 さん 、 どんな 美しい 方 です 。 アメリカ 生粋 の 人って どんなな んでしょう ね 。 わたし 、 見たい 。 あわして ください ましな 今度 来たら 。 ここ に 連れて 来て くださる んです よ 。 ほか の もの な ん ぞ なんにも 見 たく は ない けれど 、 これ ばかり は ぜひ 見 とう ご ざん す わ 。 そこ に 行く と ね 、 木村 なん ぞ は そりゃ あ やぼな もん です こと よ 」・・

と いって 、 木村 の いる ほう を はるかに 下 目 で 見 やり ながら 、・・

「 木村 さんどう ? こっち に いら しって から ちっと は 女 の お 友だち が おでき に なって ? Lady Friend と いう の が ? 」・・

「 それ が でき ん で たまる か 」・・

と 事務 長 は 木村 の 内 行 を 見抜いて 裏書き する ように 大きな 声 で いった 。 ・・

「 ところ が できて いたら お 慰み 、 そう でしょう ? 倉地 さん まあ こう な の 。 木村 が わたし を もらい に 来た 時 に は ね 。 石 の ように 堅く すわりこんで しまって 、 まるで 命 の 取り やり でも し かね ない 談判 の しかた です の よ 。 そのころ 母 は 大病 で 臥せって いました の 。 なんとか 母 に おっしゃって ね 、 母 に 。 わたし 、 忘れちゃ なら ない 言葉 が ありました わ 。 え ゝ と …… そうそう ( 木村 の 口調 を 上手に まね ながら )『 わたし 、 もし ほか の 人 に 心 を 動かす ような 事 が ありましたら 神様 の 前 に 罪人 です 』 で すって …… そういう 調子 です もの 」・・

木村 は 少し 怒 気 を ほのめかす 顔つき を して 、 遠く から 葉子 を 見つめた まま 口 も きか ないで いた 。 事務 長 は からから と 笑い ながら 、・・

「 それ じゃ 木村 さん 今ごろ は 神様 の 前 に いい くら かげん 罪人 に なっと る でしょう 」・・

と 木村 を 見返した ので 、 木村 も やむなく 苦りきった 笑い を 浮かべ ながら 、・・

「 おのれ を もって 人 を 計る 筆法 です ね 」・・

と 答え は した が 、 葉子 の 言葉 を 皮肉 と 解して 、 人前 で たしなめる に して は やや 軽 すぎる し 、 冗談 と 見て 笑って しまう に して は 確かに 強 すぎる ので 、 木村 の 顔色 は 妙に ぎこちなく こだわって しまって いつまでも 晴れ なかった 。 葉子 は 口 び る だけ に 軽い 笑い を 浮かべ ながら 、 胆汁 の みなぎった ような その 顔 を 下 目 で 快 げ に まじまじ と ながめ やった 。 そして 苦い 清涼 剤 でも 飲んだ ように 胸 の つかえ を 透かして いた 。 ・・

やがて 事務 長 が 座 を 立つ と 、 葉子 は 、 眉 を ひそめて 快から ぬ 顔 を した 木村 を 、 しいて また もと の ように 自分 の そば 近く すわら せた 。 ・・

「 いやな や つっちゃ ない の 。 あんな 話 でも して いない と 、 ほか に なんにも 話 の 種 の ない 人 です の …… あなた さぞ 御 迷惑でしたろう ね 」・・

と いい ながら 、 事務 長 に した ように 上 目 に 媚 び を 集めて じっと 木村 を 見た 。 しかし 木村 の 感情 は ひどく ほつれて 、 容易に 解ける 様子 は なかった 。 葉子 を 故意 に 威圧 しよう と たくらむ わざと な 改まり かた も 見えた 。 葉子 は いたずら 者 らしく 腹 の 中 で くすくす 笑い ながら 、 木村 の 顔 を 好意 を こめた 目つき で ながめ 続けた 。 木村 の 心 の 奥 に は 何 か いい出して みたい くせ に 、 なんとなく 腹 の 中 が 見すかさ れ そうで 、 いい出し かねて いる 物 が ある らしかった が 、 途切れ がち ながら 話 が 小 半時 も 進んだ 時 、 とてつもなく 、・・

「 事務 長 は 、 な んです か 、 夜 に なって まで あなた の 部屋 に 話し に 来る 事 が ある んです か 」・・

と さりげなく 尋ねよう と する らしかった が 、 その 語尾 は われ に も なく 震えて いた 。 葉子 は 陥 穽 に かかった 無知な 獣 を 憫 み 笑う ような 微笑 を 口 び る に 浮かべ ながら 、・・

「 そんな 事 が さ れます もの か この 小さな 船 の 中 で 。 考えて も ごらん なさい まし 。 さきほど わたし が いった の は 、 このごろ は 毎晩 夜 に なる と 暇な ので 、 あの 人 たち が 食堂 に 集まって 来て 、 酒 を 飲み ながら 大きな 声 で いろんな くだらない 話 を する んです の 。 それ が よく ここ まで 聞こえる んです 。 それ に ゆうべ あの 人 が 来 なかった から からかって やった だけ な んです の よ 。 このごろ は 質 の 悪い 女 まで が 隊 を 組む ように して どっさり 船 に 来て 、 それ は 騒々しい んです の 。 …… ほ ゝ ゝ ゝ あなた の 苦労 性ったら ない 」・・

木村 は 取りつく 島 を 見失って 、 二 の 句 が つげ ないで いた 。 それ を 葉子 は かわいい 目 を 上げて 、 無邪気な 顔 を して 見 やり ながら 笑って いた 。 そして 事務 長 が はいって 来た 時 途 切らした 話 の 糸口 を みごとに 忘れ ず に 拾い上げて 、 東京 を 発った 時 の 模様 を また 仔細に 話し つづけた 。 ・・

こうした ふう で 葛藤 は 葉子 の 手 一 つ で 勝手に 紛らさ れたり ほご さ れたり した 。


20.1 或る 女 ある|おんな 20.1 Una mujer

船 の 着いた その 晩 、 田川 夫妻 は 見舞い の 言葉 も 別れ の 言葉 も 残さ ず に 、 おおぜい の 出迎え 人 に 囲まれて 堂々と 威儀 を 整えて 上陸 して しまった 。 せん||ついた||ばん|たがわ|ふさい||みまい||ことば||わかれ||ことば||のこさ|||||でむかえ|じん||かこま れて|どうどうと|いぎ||ととのえて|じょうりく|| その 余 の 人々 の 中 に は わざわざ 葉子 の 部屋 を 訪れて 来た もの が 数 人 は あった けれども 、 葉子 は いかにも 親しみ を こめた 別れ の 言葉 を 与え は した が 、 あと まで 心 に 残る 人 とて は 一 人 も い なかった 。 |よ||ひとびと||なか||||ようこ||へや||おとずれて|きた|||すう|じん||||ようこ|||したしみ|||わかれ||ことば||あたえ||||||こころ||のこる|じん|||ひと|じん||| その 晩 事務 長 が 来て 、 狭っこ い boudoir の ような 船室 で おそく まで しめじ め と 打ち 語った 間 に 、 葉子 は ふと 二 度 ほど 岡 の 事 を 思って いた 。 |ばん|じむ|ちょう||きて|せま っこ|||||せんしつ|||||||うち|かたった|あいだ||ようこ|||ふた|たび||おか||こと||おもって| あんなに 自分 を 慕って い は した が 岡 も 上陸 して しまえば 、 詮方 なく ボストン の ほう に 旅立つ 用意 を する だろう 。 |じぶん||したって|||||おか||じょうりく|||せんかた||ぼすとん||||たびだつ|ようい||| そして やがて 自分 の 事 も いつ と はなし に 忘れて しまう だろう 。 ||じぶん||こと||||||わすれて|| それにしても なんという 上品な 美しい 青年 だったろう 。 ||じょうひんな|うつくしい|せいねん| こんな 事 を ふと 思った の も しかし 束の間 で 、 その 追憶 は 心 の 戸 を たたいた と 思う と はかなく も どこ か に 消えて しまった 。 |こと|||おもった||||つかのま|||ついおく||こころ||と||||おもう|||||||きえて| 今 は ただ 木村 と いう 邪魔な 考え が 、 もやもや と 胸 の 中 に 立ち 迷う ばかりで 、 その 奥 に は 事務 長 の 打ち勝ち がたい 暗い 力 が 、 魔 王 の ように 小 動 ぎ も せ ず うずくまって いる のみ だった 。 いま|||きむら|||じゃまな|かんがえ||||むね||なか||たち|まよう|||おく|||じむ|ちょう||うちかち||くらい|ちから||ま|おう|||しょう|どう|||||||| ・・

荷 役 の 目まぐるしい 騒ぎ が 二 日 続いた あと の 絵 島 丸 は 、 泣き わめく 遺族 に 取り囲ま れた うつろな 死骸 の ように 、 がらんと 静まり返って 、 騒々しい 桟橋 の 雑 鬧 の 間 に さびしく 横たわって いる 。 に|やく||めまぐるしい|さわぎ||ふた|ひ|つづいた|||え|しま|まる||なき||いぞく||とりかこま|||しがい||||しずまりかえって|そうぞうしい|さんばし||ざつ|どう||あいだ|||よこたわって| ・・

水夫 が 、 輪切り に した 椰子 の 実 で よごれた 甲板 を 単調に ご し /\ ご し /\ と こする 音 が 、 時 と いう もの を ゆるゆる すり減らす やすり の ように 日 が な 日 ね も す 聞こえて いた 。 すいふ||わぎり|||やし||み|||かんぱん||たんちょうに|||||||おと||じ||||||すりへらす||||ひ|||ひ||||きこえて| ・・

葉子 は 早く 早く ここ を 切り上げて 日本 に 帰りたい と いう 子供 じみ た 考え の ほか に は 、 おかしい ほど そのほか の 興味 を 失って しまって 、 他 郷 の 風景 に 一 瞥 を 与える 事 も いとわ しく 、 自分 の 部屋 の 中 に こもり きって 、 ひたすら 発 船 の 日 を 待ちわびた 。 ようこ||はやく|はやく|||きりあげて|にっぽん||かえり たい|||こども|||かんがえ|||||||||きょうみ||うしなって||た|ごう||ふうけい||ひと|べつ||あたえる|こと||||じぶん||へや||なか|||||はつ|せん||ひ||まちわびた もっとも 木村 が 毎日 米国 と いう 香 い を 鼻 を つく ばかり 身の回り に 漂わせて 、 葉子 を 訪れて 来る ので 、 葉子 は うっかり 寝床 を 離れる 事 も でき なかった 。 |きむら||まいにち|べいこく|||かおり|||はな||||みのまわり||ただよわせて|ようこ||おとずれて|くる||ようこ|||ねどこ||はなれる|こと||| ・・

木村 は 来る たび ごと に ぜひ 米国 の 医者 に 健康 診断 を 頼んで 、 大事 なければ 思いきって 検疫 官 の 検疫 を 受けて 、 ともかくも 上陸 する ように と 勧めて みた が 、 葉子 は どこまでも いや を いい と おす ので 、 二 人 の 間 に は 時々 危険な 沈黙 が 続く 事 も 珍しく なかった 。 きむら||くる|||||べいこく||いしゃ||けんこう|しんだん||たのんで|だいじ||おもいきって|けんえき|かん||けんえき||うけて||じょうりく||||すすめて|||ようこ|||||||||ふた|じん||あいだ|||ときどき|きけんな|ちんもく||つづく|こと||めずらしく| 葉子 は しかし 、 いつでも 手ぎわ よく その 場合 場合 を あやつって 、 それ から 甘い 歓語 を 引き出す だけ の 機 才 を 持ち合わ して いた ので 、 この 一 か月 ほど 見知らぬ 人 の 間 に 立ち まじって 、 貧乏 の 屈辱 を 存分に なめ 尽くした 木村 は 、 見る見る 温 柔 な 葉子 の 言葉 や 表情 に 酔いしれる のだった 。 ようこ||||てぎわ|||ばあい|ばあい|||||あまい|かんご||ひきだす|||き|さい||もちあわ|||||ひと|かげつ||みしらぬ|じん||あいだ||たち||びんぼう||くつじょく||ぞんぶんに|な め|つくした|きむら||みるみる|ぬる|じゅう||ようこ||ことば||ひょうじょう||よいしれる| カリフォルニヤ から 来る 水 々 しい 葡萄 や バナナ を 器用な 経 木 の 小 籃 に 盛ったり 、 美しい 花束 を 携えたり して 、 葉子 の 朝 化粧 が しまった か と 思う ころ に は 木村 が 欠かさ ず 尋ねて 来た 。 ||くる|すい|||ぶどう||ばなな||きような|へ|き||しょう|らん||もったり|うつくしい|はなたば||たずさえたり||ようこ||あさ|けしょう|||||おもう||||きむら||かかさ||たずねて|きた そして 毎日 くどくど と 興 録 に 葉子 の 容態 を 聞き ただした 。 |まいにち|||きょう|ろく||ようこ||ようだい||きき| 興 録 は いいかげんな 事 を いって 一 日 延ばし に 延ばして いる ので たまらなく なって 木村 が 事務 長 に 相談 する と 、 事務 長 は 興 録 より も さらに 要領 を 得 ない 受け答え を した 、 しかたなし に 木村 は 途方 に 暮れて 、 また 葉子 に 帰って 来て 泣きつく ように 上陸 を 迫る のであった 。 きょう|ろく|||こと|||ひと|ひ|のばし||のばして|||||きむら||じむ|ちょう||そうだん|||じむ|ちょう||きょう|ろく||||ようりょう||とく||うけこたえ|||||きむら||とほう||くれて||ようこ||かえって|きて|なきつく||じょうりく||せまる| その 毎日 の いきさつ を 夜 に なる と 葉子 は 事務 長 と 話しあって 笑い の 種 に した 。 |まいにち||||よ||||ようこ||じむ|ちょう||はなしあって|わらい||しゅ|| ・・

葉子 は なんという 事 なし に 、 木村 を 困ら して みたい 、 いじめて みたい と いう ような 不思議な 残酷な 心 を 、 木村 に 対して 感ずる ように なって 行った 。 ようこ|||こと|||きむら||こまら||||||||ふしぎな|ざんこくな|こころ||きむら||たいして|かんずる|||おこなった 事務 長 と 木村 と を 目の前 に 置いて 、 何も 知ら ない 木村 を 、 事務 長 が 一流 の きびきび した 悪辣な 手 で 思う さま 翻弄 して 見せる の を ながめて 楽しむ の が 一種 の 痼疾 の ように なった 。 じむ|ちょう||きむら|||めのまえ||おいて|なにも|しら||きむら||じむ|ちょう||いちりゅう||||あくらつな|て||おもう||ほんろう||みせる||||たのしむ|||いっしゅ||こしつ||| そして 葉子 は 木村 を 通して 自分 の 過去 の すべて に 血 の したたる 復讐 を あえて しよう と する のだった 。 |ようこ||きむら||とおして|じぶん||かこ||||ち|||ふくしゅう|||||| そんな 場合 に 、 葉子 は よく どこ か で うろ覚え に した クレオパトラ の 插話 を 思い出して いた 。 |ばあい||ようこ||||||うろおぼえ|||くれおぱとら||そうわ||おもいだして| クレオパトラ が 自分 の 運命 の 窮迫 した の を 知って 自殺 を 思い立った 時 、 幾 人 も 奴隷 を 目の前 に 引き出さ して 、 それ を 毒 蛇 の 餌食 に して 、 その 幾 人 も の 無 辜 の 人々 が もだえ ながら 絶命 する の を 、 眉 も 動かさ ず に 見て いた と いう 插話 を 思い出して いた 。 くれおぱとら||じぶん||うんめい||きゅうはく||||しって|じさつ||おもいたった|じ|いく|じん||どれい||めのまえ||ひきださ||||どく|へび||えじき||||いく|じん|||む|こ||ひとびと||||ぜつめい||||まゆ||うごかさ|||みて||||そうわ||おもいだして| When Cleopatra, knowing that her fate was in danger, decided to commit suicide, she brought slaves out before her eyes, made them prey to poisonous snakes, and killed many innocent people. I remembered the tale that I had watched him die in agony without moving my eyebrows. 葉子 に は 過去 の すべて の 呪 詛 が 木村 の 一身 に 集まって いる ように も 思い なされた 。 ようこ|||かこ||||まじない|のろ||きむら||いっしん||あつまって||||おもい| 母 の 虐げ 、 五十川 女史 の 術数 、 近親 の 圧迫 、 社会 の 環視 、 女 に 対する 男 の 覬覦 、 女 の 苟合 など と いう 葉子 の 敵 を 木村 の 一身 に おっかぶせて 、 それ に 女 の 心 が 企み 出す 残虐な 仕打ち の あらん限り を そそぎ かけよう と する のであった 。 はは||しいたげ|いそがわ|じょし||じゅっすう|きんしん||あっぱく|しゃかい||かんし|おんな||たいする|おとこ||きゆ|おんな||かごう||||ようこ||てき||きむら||いっしん||お っ かぶせて|||おんな||こころ||たくらみ|だす|ざんぎゃくな|しうち||あらんかぎり|||||| The mother's oppression, Ms. Isogawa's skill, the pressure of her relatives, the social outlook, the man's prejudice against the woman, and the woman's conspiracy, Yoko's enemies were placed on Kimura's side, and the woman's heart conspired. He was trying to pour out as much cruel treatment as possible. ・・

「 あなた は 丑 の 刻 参り の 藁 人形 よ 」・・ ||うし||きざ|まいり||わら|にんぎょう| "You are a straw doll for visiting the time of the ox."

こんな 事 を どうかした 拍子 に 面 と 向かって 木村 に いって 、 木村 が 怪 訝 な 顔 で その 意味 を くみ かねて いる の を 見る と 、 葉子 は 自分 に も わけ の わから ない 涙 を 目 に いっぱい ため ながら ヒステリカル に 笑い 出す ような 事 も あった 。 |こと|||ひょうし||おもて||むかって|きむら|||きむら||かい|いぶか||かお|||いみ|||||||みる||ようこ||じぶん|||||||なみだ||め|||||||わらい|だす||こと|| ・・

木村 を 払い 捨てる 事 に よって 、 蛇 が 殻 を 抜け出る と 同じに 、 自分 の すべて の 過去 を 葬って しまう こと が できる ように も 思い なして みた 。 きむら||はらい|すてる|こと|||へび||から||ぬけでる||どうじに|じぶん||||かこ||ほうむって|||||||おもい|| ・・

葉子 は また 事務 長 に 、 どれほど 木村 が 自分 の 思う まま に なって いる か を 見せつけよう と する 誘惑 も 感じて いた 。 ようこ|||じむ|ちょう|||きむら||じぶん||おもう|||||||みせつけよう|||ゆうわく||かんじて| 事務 長 の 目の前 で は ずいぶん 乱暴な 事 を 木村 に いったり させたり した 。 じむ|ちょう||めのまえ||||らんぼうな|こと||きむら|||さ せたり| 時に は 事務 長 の ほう が 見兼ねて 二 人 の 間 を なだめ に かかる 事 さえ ある くらい だった 。 ときに||じむ|ちょう||||みかねて|ふた|じん||あいだ|||||こと|||| ・・

ある 時 木村 の 来て いる 葉子 の 部屋 に 事務 長 が 来 合わせた 事 が あった 。 |じ|きむら||きて||ようこ||へや||じむ|ちょう||らい|あわせた|こと|| 葉子 は 枕 もと の 椅子 に 木村 を 腰かけ させて 、 東京 を 発った 時 の 様子 を くわしく 話して 聞か せて いる 所 だった が 、 事務 長 を 見る と いきなり 様子 を かえて 、 さも さ も 木村 を 疎 ん じた ふうで 、・・ ようこ||まくら|||いす||きむら||こしかけ|さ せて|とうきょう||はっ った|じ||ようす|||はなして|きか|||しょ|||じむ|ちょう||みる|||ようす||||||きむら||うと|||

「 あなた は 向こう に いら しって ちょうだい 」・・ ||むこう||||

と 木村 を 向こう の ソファ に 行く ように 目 で さしず して 、 事務 長 を その 跡 に すわら せた 。 |きむら||むこう||||いく||め||||じむ|ちょう|||あと||| ・・

「 さ 、 あなた こちら へ 」・・

と いって 仰向け に 寝た まま 上 目 を つかって 見 やり ながら 、・・ ||あおむけ||ねた||うえ|め|||み||

「 いい お 天気 の ようです こと ね 。 ||てんき|||| …… あの 時 々 ご ーっと 雷 の ような 音 の する の は 何 ? |じ|||- っと|かみなり|||おと|||||なん …… わたし うるさい 」・・

「 トロ です よ 」・・

「 そう …… お 客 様 が たん と お あり で すって ね 」・・ ||きゃく|さま||||||||

「 さあ 少し は 知っと る もの が ある もん だ で 」・・ |すこし||ち っと|||||||

「 ゆうべ も その 美しい お 客 が いら しった の ? |||うつくしい||きゃく|||| とうとう お 話 に お 見え に なら なかった の ね 」・・ ||はなし|||みえ|||||

木村 を 前 に 置き ながら 、 この 無謀 と さえ 見える 言葉 を 遠慮 会釈 も なく いい出す の に は 、 さすが の 事務 長 も ぎょっと した らしく 、 返事 も ろくろく し ないで 木村 の ほう に 向いて 、・・ きむら||ぜん||おき|||むぼう|||みえる|ことば||えんりょ|えしゃく|||いいだす||||||じむ|ちょう|||||へんじ|||||きむら||||むいて With Kimura in front of him, even the secretary-general seemed taken aback by the fact that he said these seemingly reckless words without hesitation.

「 どう です マッキンレー は 。 驚いた 事 が 持ち上がり おった もん です ね 」・・ おどろいた|こと||もちあがり||||

と 話題 を 転じよう と した 。 |わだい||てんじよう|| この 船 の 航海 中 シヤトル に 近く なった ある 日 、 当時 の 大統領 マッキンレー は 凶 徒 の 短銃 に 斃 れた ので 、 この 事件 は 米国 で の うわさ の 中心 に なって いる のだった 。 |せん||こうかい|なか|||ちかく|||ひ|とうじ||だいとうりょう|||きょう|と||たんじゅう||へい||||じけん||べいこく|||||ちゅうしん|||| One day while the ship was sailing near Seattle, then-President McKinley was shot down by a thug, and this incident has become the center of rumors in the United States. 木村 は その 当時 の 模様 を くわしく 新聞 紙 や 人 の うわさ で 知り合わ せて いた ので 、 乗り気に なって その 話 に 身 を 入れよう と する の を 、 葉子 は に べ も なく さえぎって 、・・ きむら|||とうじ||もよう|||しんぶん|かみ||じん||||しりあわ||||のりきに|||はなし||み||いれよう|||||ようこ|||||| Kimura knew the details of the situation at that time from newspapers and rumors, so Yoko was eager to get involved in the story, but Yoko bluntly interrupted her.

「 なんで すね あなた は 、 貴夫 人 の 話 の 腰 を 折ったり して 、 そんな ごまかし くらい で は だまされて は いま せ ん よ 。 ||||たかお|じん||はなし||こし||おったり|||||||だまさ れて||||| 倉地 さん 、 どんな 美しい 方 です 。 くらち|||うつくしい|かた| アメリカ 生粋 の 人って どんなな んでしょう ね 。 あめりか|きっすい||じん って||| わたし 、 見たい 。 |み たい あわして ください ましな 今度 来たら 。 |||こんど|きたら ここ に 連れて 来て くださる んです よ 。 ||つれて|きて||| ほか の もの な ん ぞ なんにも 見 たく は ない けれど 、 これ ばかり は ぜひ 見 とう ご ざん す わ 。 |||||||み|||||||||み||||| そこ に 行く と ね 、 木村 なん ぞ は そりゃ あ やぼな もん です こと よ 」・・ ||いく|||きむら||||||||||

と いって 、 木村 の いる ほう を はるかに 下 目 で 見 やり ながら 、・・ ||きむら||||||した|め||み|| Saying that, he looked far down where Kimura was, and...

「 木村 さんどう ? きむら| "How about you, Kimura-san? こっち に いら しって から ちっと は 女 の お 友だち が おでき に なって ? |||||ち っと||おんな|||ともだち|||| Have you made any female friends since you came here? Lady Friend と いう の が ? lady|friend|||| What is Lady Friend? 」・・ "...

「 それ が でき ん で たまる か 」・・ "Can it be done?"

と 事務 長 は 木村 の 内 行 を 見抜いて 裏書き する ように 大きな 声 で いった 。 |じむ|ちょう||きむら||うち|ぎょう||みぬいて|うらがき|||おおきな|こえ|| Said the secretary in a loud voice as if he had seen through Kimura's internal affairs and endorsed it. ・・

「 ところ が できて いたら お 慰み 、 そう でしょう ? |||||なぐさみ|| 倉地 さん まあ こう な の 。 くらち||||| 木村 が わたし を もらい に 来た 時 に は ね 。 きむら||||||きた|じ||| 石 の ように 堅く すわりこんで しまって 、 まるで 命 の 取り やり でも し かね ない 談判 の しかた です の よ 。 いし|||かたく||||いのち||とり||||||だんぱん||||| そのころ 母 は 大病 で 臥せって いました の 。 |はは||たいびょう||ふせって|い ました| At that time, my mother was lying in bed with a serious illness. なんとか 母 に おっしゃって ね 、 母 に 。 |はは||||はは| わたし 、 忘れちゃ なら ない 言葉 が ありました わ 。 |わすれちゃ|||ことば||あり ました| え ゝ と …… そうそう ( 木村 の 口調 を 上手に まね ながら )『 わたし 、 もし ほか の 人 に 心 を 動かす ような 事 が ありましたら 神様 の 前 に 罪人 です 』 で すって …… そういう 調子 です もの 」・・ |||そう そう|きむら||くちょう||じょうずに|||||||じん||こころ||うごかす||こと||あり ましたら|かみさま||ぜん||ざいにん|||||ちょうし||

木村 は 少し 怒 気 を ほのめかす 顔つき を して 、 遠く から 葉子 を 見つめた まま 口 も きか ないで いた 。 きむら||すこし|いか|き|||かおつき|||とおく||ようこ||みつめた||くち|||| 事務 長 は からから と 笑い ながら 、・・ じむ|ちょう||||わらい|

「 それ じゃ 木村 さん 今ごろ は 神様 の 前 に いい くら かげん 罪人 に なっと る でしょう 」・・ ||きむら||いまごろ||かみさま||ぜん|||||ざいにん||な っと|| "Then Mr. Kimura, by now you'll be a sinner before God."

と 木村 を 見返した ので 、 木村 も やむなく 苦りきった 笑い を 浮かべ ながら 、・・ |きむら||みかえした||きむら|||にがりきった|わらい||うかべ|

「 おのれ を もって 人 を 計る 筆法 です ね 」・・ |||じん||はかる|ひっぽう|| "It's a writing method that measures people by themselves."

と 答え は した が 、 葉子 の 言葉 を 皮肉 と 解して 、 人前 で たしなめる に して は やや 軽 すぎる し 、 冗談 と 見て 笑って しまう に して は 確かに 強 すぎる ので 、 木村 の 顔色 は 妙に ぎこちなく こだわって しまって いつまでも 晴れ なかった 。 |こたえ||||ようこ||ことば||ひにく||かいして|ひとまえ|||||||けい|||じょうだん||みて|わらって|||||たしかに|つよ|||きむら||かおいろ||みょうに|||||はれ| 葉子 は 口 び る だけ に 軽い 笑い を 浮かべ ながら 、 胆汁 の みなぎった ような その 顔 を 下 目 で 快 げ に まじまじ と ながめ やった 。 ようこ||くち|||||かるい|わらい||うかべ||たんじゅう|||||かお||した|め||こころよ|||||| そして 苦い 清涼 剤 でも 飲んだ ように 胸 の つかえ を 透かして いた 。 |にがい|せいりょう|ざい||のんだ||むね||||すかして| ・・

やがて 事務 長 が 座 を 立つ と 、 葉子 は 、 眉 を ひそめて 快から ぬ 顔 を した 木村 を 、 しいて また もと の ように 自分 の そば 近く すわら せた 。 |じむ|ちょう||ざ||たつ||ようこ||まゆ|||こころよから||かお|||きむら|||||||じぶん|||ちかく|| ・・

「 いやな や つっちゃ ない の 。 あんな 話 でも して いない と 、 ほか に なんにも 話 の 種 の ない 人 です の …… あなた さぞ 御 迷惑でしたろう ね 」・・ |はなし||||||||はなし||しゅ|||じん|||||ご|めいわくでしたろう|

と いい ながら 、 事務 長 に した ように 上 目 に 媚 び を 集めて じっと 木村 を 見た 。 |||じむ|ちょう||||うえ|め||び|||あつめて||きむら||みた しかし 木村 の 感情 は ひどく ほつれて 、 容易に 解ける 様子 は なかった 。 |きむら||かんじょう||||よういに|とける|ようす|| However, Kimura's feelings were severely frayed and did not seem to be easily resolved. 葉子 を 故意 に 威圧 しよう と たくらむ わざと な 改まり かた も 見えた 。 ようこ||こい||いあつ||||||あらたまり|||みえた 葉子 は いたずら 者 らしく 腹 の 中 で くすくす 笑い ながら 、 木村 の 顔 を 好意 を こめた 目つき で ながめ 続けた 。 ようこ|||もの||はら||なか|||わらい||きむら||かお||こうい|||めつき|||つづけた 木村 の 心 の 奥 に は 何 か いい出して みたい くせ に 、 なんとなく 腹 の 中 が 見すかさ れ そうで 、 いい出し かねて いる 物 が ある らしかった が 、 途切れ がち ながら 話 が 小 半時 も 進んだ 時 、 とてつもなく 、・・ きむら||こころ||おく|||なん||いいだして|||||はら||なか||みすかさ||そう で|いいだし|||ぶつ|||||とぎれ|||はなし||しょう|はんとき||すすんだ|じ| Deep inside Kimura's heart, he wanted to say something, but for some reason he felt like his stomach was being overlooked, and it seemed that there was something he couldn't say. Time, unbelievably...

「 事務 長 は 、 な んです か 、 夜 に なって まで あなた の 部屋 に 話し に 来る 事 が ある んです か 」・・ じむ|ちょう|||||よ||||||へや||はなし||くる|こと|||| "Does the office manager come to your room until late at night to talk to you?"

と さりげなく 尋ねよう と する らしかった が 、 その 語尾 は われ に も なく 震えて いた 。 ||たずねよう||||||ごび||||||ふるえて| He seemed to be trying to casually ask, but the ending of his sentence was trembling. 葉子 は 陥 穽 に かかった 無知な 獣 を 憫 み 笑う ような 微笑 を 口 び る に 浮かべ ながら 、・・ ようこ||おちい|せい|||むちな|けだもの||びん||わらう||びしょう||くち||||うかべ| With a smile on her lips as if pitying an ignorant beast in a trap, Yoko...

「 そんな 事 が さ れます もの か この 小さな 船 の 中 で 。 |こと|||れ ます||||ちいさな|せん||なか| "How could such a thing be done in this little ship? 考えて も ごらん なさい まし 。 かんがえて|||| さきほど わたし が いった の は 、 このごろ は 毎晩 夜 に なる と 暇な ので 、 あの 人 たち が 食堂 に 集まって 来て 、 酒 を 飲み ながら 大きな 声 で いろんな くだらない 話 を する んです の 。 ||||||||まいばん|よ||||ひまな|||じん|||しょくどう||あつまって|きて|さけ||のみ||おおきな|こえ||||はなし|||| それ が よく ここ まで 聞こえる んです 。 |||||きこえる| それ に ゆうべ あの 人 が 来 なかった から からかって やった だけ な んです の よ 。 ||||じん||らい||||||||| このごろ は 質 の 悪い 女 まで が 隊 を 組む ように して どっさり 船 に 来て 、 それ は 騒々しい んです の 。 ||しち||わるい|おんな|||たい||くむ||||せん||きて|||そうぞうしい|| …… ほ ゝ ゝ ゝ あなた の 苦労 性ったら ない 」・・ ||||||くろう|せい ったら| … I can’t believe your hard work.”

木村 は 取りつく 島 を 見失って 、 二 の 句 が つげ ないで いた 。 きむら||とりつく|しま||みうしなって|ふた||く|||| Kimura lost sight of the island he was haunted by, and couldn't finish his next sentence. それ を 葉子 は かわいい 目 を 上げて 、 無邪気な 顔 を して 見 やり ながら 笑って いた 。 ||ようこ|||め||あげて|むじゃきな|かお|||み|||わらって| そして 事務 長 が はいって 来た 時 途 切らした 話 の 糸口 を みごとに 忘れ ず に 拾い上げて 、 東京 を 発った 時 の 模様 を また 仔細に 話し つづけた 。 |じむ|ちょう|||きた|じ|と|きらした|はなし||いとぐち|||わすれ|||ひろいあげて|とうきょう||はっ った|じ||もよう|||しさいに|はなし| Then, without forgetting to pick up the thread that had been cut off when the office manager came in, he went on to recount in detail what had happened when he left Tokyo. ・・

こうした ふう で 葛藤 は 葉子 の 手 一 つ で 勝手に 紛らさ れたり ほご さ れたり した 。 |||かっとう||ようこ||て|ひと|||かってに|まぎらさ|||||