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或る女 - 有島武郎(アクセス), 18.1 或る女

18.1 或る 女

その 夜 船 は ビクトリヤ に 着いた 。 倉庫 の 立ち ならんだ 長い 桟橋 に “ Car to the Town . Fare 15¢” と 大きな 白い 看板 に 書いて ある の が 夜目 に も しる く 葉子 の 眼 窓 から 見 やられた 。 米国 へ の 上陸 が 禁ぜられて いる シナ の 苦 力 が ここ から 上陸 する の と 、 相当 の 荷 役 と で 、 船 の 内外 は 急に 騒々しく なった 。 事務 長 は 忙しい と 見えて その 夜 は ついに 葉子 の 部屋 に 顔 を 見せ なかった 。 そこ い ら が 騒々しく なれば なるほど 葉子 は たとえよう の ない 平和 を 感じた 。 生まれて 以来 、 葉子 は 生 に 固 着した 不安 から これほど まで きれいに 遠ざかり うる もの と は 思い も 設けて い なかった 。 しかも それ が 空疎な 平和で は ない 。 飛び立って おどりたい ほど の ecstasy を 苦 も なく 押え うる 強い 力 の 潜んだ 平和だった 。 すべて の 事 に 飽き足った 人 の ように 、 また 二十五 年 に わたる 長い 苦しい 戦い に 始めて 勝って 兜 を 脱いだ 人 の ように 、 心 に も 肉 に も 快い 疲労 を 覚えて 、 いわば その 疲れ を 夢 の ように 味わい ながら 、 なよなよ と ソファ に 身 を 寄せて 灯火 を 見つめて いた 。 倉地 が そこ に いない の が 浅い 心残りだった 。 けれども なんといっても 心安かった 。 ともすれば 微笑 が 口 び る の 上 を さざ波 の ように ひらめき 過ぎた 。 ・・

けれども その 翌日 から 一 等 船客 の 葉子 に 対する 態度 は 手のひら を 返した ように 変わって しまった 。 一夜 の 間 に これほど の 変化 を ひき起こす 事 の できる 力 を 、 葉子 は 田川 夫人 の ほか に 想像 し 得 なかった 。 田川 夫人 が 世に 時めく 良 人 を 持って 、 人 の 目 に 立つ 交際 を して 、 女盛り と いい 条 、 もう いくらか 下り坂 である の に 引きかえて 、 どんな 人 の 配偶 に して みて も 恥ずかしく ない 才能 と 容貌 と を 持った 若々しい 葉子 の たよりな げ な 身の上 と が 、 二 人 に 近づく 男 たち に 同情 の 軽重 を 起こさ せる の は もちろん だった 。 しかし 道徳 は いつでも 田川 夫人 の ような 立場 に ある 人 の 利器 で 、 夫人 は また それ を 有利に 使う 事 を 忘れ ない 種類 の 人 であった 。 そして 船客 たち の 葉子 に 対する 同情 の 底 に 潜む 野心 ―― はかない 、 野心 と も いえ ない ほど の 野心 ―― もう 一 つ いい 換 ゆれ ば 、 葉子 の 記憶 に 親切な 男 と して 、 勇 悍 な 男 と して 、 美貌 な 男 と して 残りたい と いう ほど な 野心 ―― に 絶望 の 断定 を 与える 事 に よって 、 その 同情 を 引っ込め させる 事 の できる の も 夫人 は 心得て いた 。 事務 長 が 自己 の 勢力 範囲 から 離れて しまった 事 も 不快 の 一 つ だった 。 こんな 事 から 事務 長 と 葉子 と の 関係 は 巧妙な 手段 で いち早く 船 中 に 伝えられた に 違いない 。 その 結果 と して 葉子 は たちまち 船 中 の 社交 から 葬られて しまった 。 少なくとも 田川 夫人 の 前 で は 、 船客 の 大部分 は 葉子 に 対して 疎 々 しい 態度 を して 見せる ように なった 。 中 に も いちばん あわれな の は 岡 だった 。 だれ が なんと 告げ口 した の か 知ら ない が 、 葉子 が 朝 おそく 目 を さまして 甲板 に 出て 見る と 、 いつも の ように 手 欄 に よりかかって 、 もう 内海 に なった 波 の 色 を ながめて いた 彼 は 、 葉子 の 姿 を 認める や 否 や 、 ふい と その 場 を はずして 、 どこ へ か 影 を 隠して しまった 。 それ から と いう もの 、 岡 は まるで 幽霊 の ようだった 。 船 の 中 に いる 事 だけ は 確かだ が 、 葉子 が どうかして その 姿 を 見つけた と 思う と 、 次の 瞬間 に は もう 見え なく なって いた 。 そのくせ 葉子 は 思わぬ 時 に 、 岡 が どこ か で 自分 を 見守って いる の を 確かに 感ずる 事 が たびたび だった 。 葉子 は その 岡 を あわれむ 事 すら もう 忘れて いた 。 ・・

結 句 船 の 中 の 人 たち から 度外 視 さ れる の を 気 安い 事 と まで は 思わ ない でも 、 葉子 は かかる 結果 に は いっこう 無頓着だった 。 もう 船 は きょう シヤトル に 着く のだ 。 田川 夫人 や そのほか の 船客 たち の いわゆる 「 監視 」 の 下 に 苦々しい 思い を する の も きょう 限り だ 。 そう 葉子 は 平気で 考えて いた 。 ・・

しかし 船 が シヤトル に 着く と いう 事 は 、 葉子 に ほか の 不安 を 持ち きたさ ず に は おか なかった 。 シカゴ に 行って 半年 か 一 年 木村 と 連れ添う ほか は ある まい と も 思った 。 しかし 木部 の 時 でも 二 か月 と は 同棲 して い なかった と も 思った 。 倉地 と 離れて は 一 日 でも いられ そうに は なかった 。 しかし こんな 事 を 考える に は 船 が シヤトル に 着いて から でも 三 日 や 四 日 の 余裕 は ある 。 倉地 は その 事 は 第 一 に 考えて くれて いる に 違いない 。 葉子 は 今 の 平和 を しいて こんな 問題 で かき乱す 事 を 欲し なかった ばかり で なく とても でき なかった 。 ・・

葉子 は その くせ 、 船客 と 顔 を 見合わせる の が 不快で なら なかった ので 、 事務 長 に 頼んで 船橋 に 上げて もらった 。 船 は 今 瀬戸 内 の ような 狭い 内海 を 動揺 も なく 進んで いた 。 船長 は ビクトリア で 傭 い 入れた 水 先 案内 と 二 人 ならんで 立って いた が 、 葉子 を 見る と いつも の とおり 顔 を まっ赤 に し ながら 帽子 を 取って 挨拶 した 。 ビスマーク の ような 顔 を して 、 船長 より 一 が け も 二 が け も 大きい 白髪 の 水 先 案内 は ふと 振り返って じっと 葉子 を 見た が 、 そのまま 向き直って 、・・

「 Charmin ' little lassie ! wha ' is that ?」・・

と スコットランド 風 な 強い 発音 で 船長 に 尋ねた 。 葉子 に は わから ない つもりで いった のだ 。 船長 が あわてて 何 か ささやく と 、 老人 は からから と 笑って ちょっと 首 を 引っ込ま せ ながら 、 もう 一 度 振り返って 葉子 を 見た 。 ・・

その 毒気 なく からから と 笑う 声 が 、 恐ろしく 気 に 入った ばかりで なく 、 かわいて 晴れ渡った 秋 の 朝 の 空 と なんとも いえ ない 調和 を して いる と 思い ながら 葉子 は 聞いた 。 そして その 老人 の 背中 でも なでて やりたい ような 気 に なった 。 船 は 小 動 ぎ も せ ず に アメリカ 松 の 生え 茂った 大島 小島 の 間 を 縫って 、 舷側 に 来て ぶつかる さざ波 の 音 も のどかだった 。 そして 昼 近く なって ちょっと した 岬 を くるり と 船 が かわす と 、 やがて ポート ・ タウンセンド に 着いた 。 そこ で は 米国 官憲 の 検査 が 型 ばかり ある のだ 。 くずした 崕 の 土 で 埋め立て を して 造った 、 桟橋 まで 小さな 漁村 で 、 四角な 箱 に 窓 を 明けた ような 、 生々しい 一色 の ペンキ で 塗り 立てた 二三 階建て の 家並み が 、 けわしい 斜面 に 沿う て 、 高く 低く 立ち 連なって 、 岡 の 上 に は 水上 げ の 風車 が 、 青空 に 白い 羽根 を ゆるゆる 動かし ながら 、 かった ん こっと ん と のんき らしく 音 を 立てて 回って いた 。 鴎 が 群れ を なして 猫 に 似た 声 で なき ながら 、 船 の まわり を 水 に 近く のどかに 飛び回る の を 見る の も 、 葉子 に は 絶えて 久しい 物珍し さ だった 。 飴屋 の 呼び 売り の ような 声 さえ 町 の ほう から 聞こえて 来た 。 葉子 は チャート ・ ルーム の 壁 に もたれかかって 、 ぽかぽか と さす 秋 の 日 の 光 を 頭から 浴び ながら 、 静かな 恵み 深い 心 で 、 この 小さな 町 の 小さな 生活 の 姿 を ながめ やった 。 そして 十四 日 の 航海 の 間 に 、 いつのまにか 海 の 心 を 心 と して いた のに 気 が ついた 。 放 埒 な 、 移り気な 、 想像 も 及ば ぬ パッション に のたうち 回って うめき 悩む あの 大 海原 ―― 葉子 は 失わ れた 楽園 を 慕い 望む イヴ の ように 、 静かに 小さく うねる 水 の 皺 を 見 やり ながら 、 はるかな 海 の 上 の 旅路 を 思いやった 。 ・・

「 早月 さん 、 ちょっと そこ から で いい 、 顔 を 貸して ください 」・・

すぐ 下 で 事務 長 の こういう 声 が 聞こえた 。 葉子 は 母 に 呼び 立てられた 少女 の ように 、 うれし さ に 心 を ときめか せ ながら 、 船橋 の 手 欄 から 下 を 見おろした 。 そこ に 事務 長 が 立って いた 。 ・・

「 One more over there , look !」・・

こう いい ながら 、 米国 の 税関 吏 らしい 人 に 葉子 を 指さして 見せた 。 官吏 は うなずき ながら 手帳 に 何 か 書き入れた 。 ・・

船 は まもなく この 漁村 を 出発 した が 、 出発 する と まもなく 事務 長 は 船橋 に のぼって 来た 。 ・・

「 Here we are ! Seatle is as good as reached now .」・・

船長 に と も なく 葉子 に と も なく いって 置いて 、 水 先 案内 と 握手 し ながら 、・・

「 Thanks to you .」・・

と 付け足した 。 そして 三 人 で しばらく 快活に 四方 山 の 話 を して いた が 、 ふと 思い出した ように 葉子 を 顧みて 、・・

「 これ から また 当分 は 目 が 回る ほど 忙しく なる で 、 その 前 に ちょっと 御 相談 が ある んだ が 、 下 に 来て くれません か 」・・

と いった 。 葉子 は 船長 に ちょっと 挨拶 を 残して 、 すぐ 事務 長 の あと に 続いた 。 階子 段 を 降りる 時 でも 、 目 の 先 に 見える 頑丈な 広い 肩 から 一種 の 不安 が 抜け出て 来て 葉子 に 逼 る 事 は もう なかった 。 自分 の 部屋 の 前 まで 来る と 、 事務 長 は 葉子 の 肩 に 手 を かけて 戸 を あけた 。 部屋 の 中 に は 三四 人 の 男 が 濃く 立ちこめた 煙草 の 煙 の 中 に 所 狭く 立ったり 腰 を かけたり して いた 。 そこ に は 興 録 の 顔 も 見えた 。 事務 長 は 平気で 葉子 の 肩 に 手 を かけた まま は いって 行った 。 ・・

それ は 始終 事務 長 や 船 医 と 一 かたまり の グループ を 作って 、 サルン の 小さな テーブル を 囲んで ウイスキー を 傾け ながら 、 時々 他の 船客 の 会話 に 無遠慮な 皮肉 や 茶々 を 入れたり する 連中 だった 。 日本 人 が 着る と いかにも いや味に 見える アメリカ 風 の 背広 も 、 さして 取って つけた ように は 見え ない ほど 、 太平洋 を 幾 度 も 往来 した らしい 人 たち で 、 どんな 職業 に 従事 して いる の か 、 そういう 見分け に は 人一倍 鋭敏な 観察 力 を 持って いる 葉子 に すら 見当 が つか なかった 。 葉子 が はいって 行って も 、 彼ら は 格別 自分 たち の 名前 を 名乗る でも なく 、 いちばん 安楽な 椅子 に 腰かけて いた 男 が 、 それ を 葉子 に 譲って 、 自分 は 二 つ に 折れる ように 小さく なって 、 すでに 一 人 腰かけて いる 寝 台 に 曲がり こむ と 、 一同 は その 様子 に 声 を 立てて 笑った が 、 すぐ また 前 どおり 平気な 顔 を して 勝手な 口 を きき 始めた 。 それ でも 一座 は 事務 長 に は 一目 置いて いる らしく 、 また 事務 長 と 葉子 と の 関係 も 、 事務 長 から 残らず 聞か されて いる 様子 だった 。 葉子 は そういう 人 たち の 間 に ある の を 結 句 気 安く 思った 。 彼ら は 葉子 を 下級 船員 の いわゆる 「 姉 御 」 扱い に して いた 。 ・・

「 向こう に 着いたら これ で 悶着 もの だ ぜ 。 田川 の 嚊 め 、 あいつ 、 一 味噌 すら ず に お くま いて 」・・

「 因 業 な 生まれ だ なあ 」・・

「 なんでも 正面 から ぶっ突かって 、 いさく さ いわ せ ず 決めて しまう ほか は ない よ 」・・

など と 彼ら は 戯談 ぶった 口調 で 親身な 心持ち を いい 現わした 。 事務 長 は 眉 も 動かさ ず に 、 机 に よりかかって 黙って いた 。 葉子 は これら の 言葉 から そこ に 居 合わす 人々 の 性質 や 傾向 を 読み取ろう と して いた 。 興 録 の ほか に 三 人 いた 。 その 中 の 一 人 は 甲斐 絹 の どてら を 着て いた 。 ・・

「 このまま この 船 で お 帰り なさる が いい ね 」・・

と その どてら を 着た 中年 の 世渡り 巧者 らしい の が 葉子 の 顔 を 窺 い 窺 いい う と 、 事務 長 は 少し 屈託 らしい 顔 を して 物 懶 げ に 葉子 を 見 やり ながら 、・・

「 わたし も そう 思う んだ が どう だ 」・・

と たずねた 。 葉子 は 、・・

「 さあ ……」・・

と 生 返事 を する ほか なかった 。 始めて 口 を きく 幾 人 も の 男 の 前 で 、 とっか は 物 を いう の が さすが に 億劫だった 。 興 録 は 事務 長 の 意向 を 読んで 取る と 、 分別 ぶった 顔 を さし出して 、・・

「 それ に 限ります よ 。 あなた 一 つ 病気 に お なり なさりゃ 世話 なし です さ 。 上陸 した ところ が 急に 動く ように は なれ ない 。 また そういう からだ で は 検疫 が とやかく やかましい に 違いない し 、 この 間 の ように 検疫 所 で まっ裸 に さ れる ような 事 で も 起これば 、 国際 問題 だ のな んだ のって 始末 に おえなく なる 。 それ より は 出帆 まで 船 に 寝て いらっしゃる ほう が いい と 、 そこ は 私 が 大丈夫 やります よ 。 そして おいて 船 の 出 ぎ わに なって やはり どうしても いけない と いえば それっきり の もん で さあ 」・・

「 なに 、 田川 の 奥さん が 、 木村って いう のに 、 味噌 さえ し こ たま すって くれれば いちばん ええ のだ が 」・・

と 事務 長 は 船 医 の 言葉 を 無視 した 様子 で 、 自分 の 思う とおり を ぶっきらぼうに いって のけた 。


18.1 或る 女 ある|おんな 18.1 Una mujer

その 夜 船 は ビクトリヤ に 着いた 。 |よ|せん||||ついた 倉庫 の 立ち ならんだ 長い 桟橋 に “ Car to the Town . Fare 15¢” と 大きな 白い 看板 に 書いて ある の が 夜目 に も しる く 葉子 の 眼 窓 から 見 やられた 。 そうこ||たち||ながい|さんばし||car|||town|fare||おおきな|しろい|かんばん||かいて||||よめ|||||ようこ||がん|まど||み| 米国 へ の 上陸 が 禁ぜられて いる シナ の 苦 力 が ここ から 上陸 する の と 、 相当 の 荷 役 と で 、 船 の 内外 は 急に 騒々しく なった 。 べいこく|||じょうりく||きんぜ られて||しな||く|ちから||||じょうりく||||そうとう||に|やく|||せん||ないがい||きゅうに|そうぞうしく| There was a sudden commotion inside and outside the ship as Chinese coolies, who were prohibited from landing in the United States, were landing from here and there was a considerable amount of loading and unloading. 事務 長 は 忙しい と 見えて その 夜 は ついに 葉子 の 部屋 に 顔 を 見せ なかった 。 じむ|ちょう||いそがしい||みえて||よ|||ようこ||へや||かお||みせ| The office manager seemed so busy that he finally didn't show up in Yoko's room that night. そこ い ら が 騒々しく なれば なるほど 葉子 は たとえよう の ない 平和 を 感じた 。 ||||そうぞうしく|||ようこ|||||へいわ||かんじた 生まれて 以来 、 葉子 は 生 に 固 着した 不安 から これほど まで きれいに 遠ざかり うる もの と は 思い も 設けて い なかった 。 うまれて|いらい|ようこ||せい||かた|ちゃくした|ふあん|||||とおざかり|||||おもい||もうけて|| Ever since she was born, Yoko had never imagined that she could so cleanly distance herself from the anxiety that clung to her life. しかも それ が 空疎な 平和で は ない 。 |||くうそな|へいわで|| 飛び立って おどりたい ほど の ecstasy を 苦 も なく 押え うる 強い 力 の 潜んだ 平和だった 。 とびたって|おどり たい|||||く|||おさえ||つよい|ちから||ひそんだ|へいわだった すべて の 事 に 飽き足った 人 の ように 、 また 二十五 年 に わたる 長い 苦しい 戦い に 始めて 勝って 兜 を 脱いだ 人 の ように 、 心 に も 肉 に も 快い 疲労 を 覚えて 、 いわば その 疲れ を 夢 の ように 味わい ながら 、 なよなよ と ソファ に 身 を 寄せて 灯火 を 見つめて いた 。 ||こと||あきたった|じん||||にじゅうご|とし|||ながい|くるしい|たたかい||はじめて|かって|かぶと||ぬいだ|じん|||こころ|||にく|||こころよい|ひろう||おぼえて|||つかれ||ゆめ|||あじわい||||||み||よせて|とうか||みつめて| 倉地 が そこ に いない の が 浅い 心残りだった 。 くらち|||||||あさい|こころのこりだった けれども なんといっても 心安かった 。 ||こころやすかった ともすれば 微笑 が 口 び る の 上 を さざ波 の ように ひらめき 過ぎた 。 |びしょう||くち||||うえ||さざなみ||||すぎた ・・

けれども その 翌日 から 一 等 船客 の 葉子 に 対する 態度 は 手のひら を 返した ように 変わって しまった 。 ||よくじつ||ひと|とう|せんきゃく||ようこ||たいする|たいど||てのひら||かえした||かわって| 一夜 の 間 に これほど の 変化 を ひき起こす 事 の できる 力 を 、 葉子 は 田川 夫人 の ほか に 想像 し 得 なかった 。 いちや||あいだ||||へんか||ひきおこす|こと|||ちから||ようこ||たがわ|ふじん||||そうぞう||とく| 田川 夫人 が 世に 時めく 良 人 を 持って 、 人 の 目 に 立つ 交際 を して 、 女盛り と いい 条 、 もう いくらか 下り坂 である の に 引きかえて 、 どんな 人 の 配偶 に して みて も 恥ずかしく ない 才能 と 容貌 と を 持った 若々しい 葉子 の たよりな げ な 身の上 と が 、 二 人 に 近づく 男 たち に 同情 の 軽重 を 起こさ せる の は もちろん だった 。 たがわ|ふじん||よに|ときめく|よ|じん||もって|じん||め||たつ|こうさい|||おんなざかり|||じょう|||くだりざか||||ひきかえて||じん||はいぐう|||||はずかしく||さいのう||ようぼう|||もった|わかわかしい|ようこ|||||みのうえ|||ふた|じん||ちかづく|おとこ|||どうじょう||けいちょう||おこさ||||| Mrs. Tagawa has a world-famous husband, has a conspicuous relationship, and is said to be in the prime of her life. Of course, Yoko, who was youthful and possessed of talent and good looks, had a humble personality that caused the men who approached them to sympathize with them. しかし 道徳 は いつでも 田川 夫人 の ような 立場 に ある 人 の 利器 で 、 夫人 は また それ を 有利に 使う 事 を 忘れ ない 種類 の 人 であった 。 |どうとく|||たがわ|ふじん|||たちば|||じん||りき||ふじん|||||ゆうりに|つかう|こと||わすれ||しゅるい||じん| そして 船客 たち の 葉子 に 対する 同情 の 底 に 潜む 野心 ―― はかない 、 野心 と も いえ ない ほど の 野心 ―― もう 一 つ いい 換 ゆれ ば 、 葉子 の 記憶 に 親切な 男 と して 、 勇 悍 な 男 と して 、 美貌 な 男 と して 残りたい と いう ほど な 野心 ―― に 絶望 の 断定 を 与える 事 に よって 、 その 同情 を 引っ込め させる 事 の できる の も 夫人 は 心得て いた 。 |せんきゃく|||ようこ||たいする|どうじょう||そこ||ひそむ|やしん||やしん|||||||やしん||ひと|||かん|||ようこ||きおく||しんせつな|おとこ|||いさみ|かん||おとこ|||びぼう||おとこ|||のこり たい|||||やしん||ぜつぼう||だんてい||あたえる|こと||||どうじょう||ひっこめ|さ せる|こと|||||ふじん||こころえて| And the ambition lurking in the bottom of the passengers' sympathy for Yoko--an ephemeral ambition that can hardly be called ambition--in other words, a brave man as a man who is kind to Yoko's memory. She also knew that by giving her ambition to remain a good-looking man a hopeless assertion, she could make her sympathy withdraw. 事務 長 が 自己 の 勢力 範囲 から 離れて しまった 事 も 不快 の 一 つ だった 。 じむ|ちょう||じこ||せいりょく|はんい||はなれて||こと||ふかい||ひと|| こんな 事 から 事務 長 と 葉子 と の 関係 は 巧妙な 手段 で いち早く 船 中 に 伝えられた に 違いない 。 |こと||じむ|ちょう||ようこ|||かんけい||こうみょうな|しゅだん||いちはやく|せん|なか||つたえ られた||ちがいない その 結果 と して 葉子 は たちまち 船 中 の 社交 から 葬られて しまった 。 |けっか|||ようこ|||せん|なか||しゃこう||ほうむら れて| 少なくとも 田川 夫人 の 前 で は 、 船客 の 大部分 は 葉子 に 対して 疎 々 しい 態度 を して 見せる ように なった 。 すくなくとも|たがわ|ふじん||ぜん|||せんきゃく||だいぶぶん||ようこ||たいして|うと|||たいど|||みせる|| 中 に も いちばん あわれな の は 岡 だった 。 なか|||||||おか| だれ が なんと 告げ口 した の か 知ら ない が 、 葉子 が 朝 おそく 目 を さまして 甲板 に 出て 見る と 、 いつも の ように 手 欄 に よりかかって 、 もう 内海 に なった 波 の 色 を ながめて いた 彼 は 、 葉子 の 姿 を 認める や 否 や 、 ふい と その 場 を はずして 、 どこ へ か 影 を 隠して しまった 。 |||つげぐち||||しら|||ようこ||あさ||め|||かんぱん||でて|みる|||||て|らん||||うちうみ|||なみ||いろ||||かれ||ようこ||すがた||みとめる||いな|||||じょう||||||かげ||かくして| I don't know who told him what, but when Yoko woke up late in the morning and went out onto the deck, he was leaning against the handrail as usual, gazing at the color of the waves that had already turned into the inland sea. As soon as he recognized Yoko's appearance, he abruptly left the scene and hid his shadow somewhere. それ から と いう もの 、 岡 は まるで 幽霊 の ようだった 。 |||||おか|||ゆうれい|| From then on, Oka was like a ghost. 船 の 中 に いる 事 だけ は 確かだ が 、 葉子 が どうかして その 姿 を 見つけた と 思う と 、 次の 瞬間 に は もう 見え なく なって いた 。 せん||なか|||こと|||たしかだ||ようこ||||すがた||みつけた||おもう||つぎの|しゅんかん||||みえ||| そのくせ 葉子 は 思わぬ 時 に 、 岡 が どこ か で 自分 を 見守って いる の を 確かに 感ずる 事 が たびたび だった 。 |ようこ||おもわぬ|じ||おか|||||じぶん||みまもって||||たしかに|かんずる|こと||| 葉子 は その 岡 を あわれむ 事 すら もう 忘れて いた 。 ようこ|||おか|||こと|||わすれて| ・・

結 句 船 の 中 の 人 たち から 度外 視 さ れる の を 気 安い 事 と まで は 思わ ない でも 、 葉子 は かかる 結果 に は いっこう 無頓着だった 。 けつ|く|せん||なか||じん|||どがい|し|||||き|やすい|こと||||おもわ|||ようこ|||けっか||||むとんちゃくだった In the end, although Yoko didn't feel comfortable being looked down upon by the people on board, she didn't seem to care about the consequences. もう 船 は きょう シヤトル に 着く のだ 。 |せん|||||つく| 田川 夫人 や そのほか の 船客 たち の いわゆる 「 監視 」 の 下 に 苦々しい 思い を する の も きょう 限り だ 。 たがわ|ふじん||||せんきゃく||||かんし||した||にがにがしい|おもい||||||かぎり| そう 葉子 は 平気で 考えて いた 。 |ようこ||へいきで|かんがえて| ・・

しかし 船 が シヤトル に 着く と いう 事 は 、 葉子 に ほか の 不安 を 持ち きたさ ず に は おか なかった 。 |せん||||つく|||こと||ようこ||||ふあん||もち|||||| However, the arrival of the ship in Seattle could not help but cause Yoko to have other concerns. シカゴ に 行って 半年 か 一 年 木村 と 連れ添う ほか は ある まい と も 思った 。 しかご||おこなって|はんとし||ひと|とし|きむら||つれそう|||||||おもった I thought I had no choice but to go to Chicago and spend half a year or a year with Kimura. しかし 木部 の 時 でも 二 か月 と は 同棲 して い なかった と も 思った 。 |きべ||じ||ふた|かげつ|||どうせい||||||おもった However, I also thought that even during Kibe's time, they hadn't lived together for more than two months. 倉地 と 離れて は 一 日 でも いられ そうに は なかった 。 くらち||はなれて||ひと|ひ||いら れ|そう に|| しかし こんな 事 を 考える に は 船 が シヤトル に 着いて から でも 三 日 や 四 日 の 余裕 は ある 。 ||こと||かんがえる|||せん||||ついて|||みっ|ひ||よっ|ひ||よゆう|| 倉地 は その 事 は 第 一 に 考えて くれて いる に 違いない 。 くらち|||こと||だい|ひと||かんがえて||||ちがいない 葉子 は 今 の 平和 を しいて こんな 問題 で かき乱す 事 を 欲し なかった ばかり で なく とても でき なかった 。 ようこ||いま||へいわ||||もんだい||かきみだす|こと||ほし||||||| ・・

葉子 は その くせ 、 船客 と 顔 を 見合わせる の が 不快で なら なかった ので 、 事務 長 に 頼んで 船橋 に 上げて もらった 。 ようこ||||せんきゃく||かお||みあわせる|||ふかいで||||じむ|ちょう||たのんで|ふなはし||あげて| 船 は 今 瀬戸 内 の ような 狭い 内海 を 動揺 も なく 進んで いた 。 せん||いま|せと|うち|||せまい|うちうみ||どうよう|||すすんで| 船長 は ビクトリア で 傭 い 入れた 水 先 案内 と 二 人 ならんで 立って いた が 、 葉子 を 見る と いつも の とおり 顔 を まっ赤 に し ながら 帽子 を 取って 挨拶 した 。 せんちょう||びくとりあ||よう||いれた|すい|さき|あんない||ふた|じん||たって|||ようこ||みる|||||かお||まっ あか||||ぼうし||とって|あいさつ| ビスマーク の ような 顔 を して 、 船長 より 一 が け も 二 が け も 大きい 白髪 の 水 先 案内 は ふと 振り返って じっと 葉子 を 見た が 、 そのまま 向き直って 、・・ |||かお|||せんちょう||ひと||||ふた||||おおきい|しらが||すい|さき|あんない|||ふりかえって||ようこ||みた|||むきなおって

「 Charmin ' little lassie ! wha ' is that ?」・・ charmin|||||

と スコットランド 風 な 強い 発音 で 船長 に 尋ねた 。 |すこっとらんど|かぜ||つよい|はつおん||せんちょう||たずねた 葉子 に は わから ない つもりで いった のだ 。 ようこ||||||| 船長 が あわてて 何 か ささやく と 、 老人 は からから と 笑って ちょっと 首 を 引っ込ま せ ながら 、 もう 一 度 振り返って 葉子 を 見た 。 せんちょう|||なん||||ろうじん||||わらって||くび||ひっこま||||ひと|たび|ふりかえって|ようこ||みた ・・

その 毒気 なく からから と 笑う 声 が 、 恐ろしく 気 に 入った ばかりで なく 、 かわいて 晴れ渡った 秋 の 朝 の 空 と なんとも いえ ない 調和 を して いる と 思い ながら 葉子 は 聞いた 。 |どっけ||||わらう|こえ||おそろしく|き||はいった||||はれわたった|あき||あさ||から|||||ちょうわ|||||おもい||ようこ||きいた そして その 老人 の 背中 でも なでて やりたい ような 気 に なった 。 ||ろうじん||せなか|||やり たい||き|| 船 は 小 動 ぎ も せ ず に アメリカ 松 の 生え 茂った 大島 小島 の 間 を 縫って 、 舷側 に 来て ぶつかる さざ波 の 音 も のどかだった 。 せん||しょう|どう||||||あめりか|まつ||はえ|しげった|おおしま|おじま||あいだ||ぬって|げんがわ||きて||さざなみ||おと|| そして 昼 近く なって ちょっと した 岬 を くるり と 船 が かわす と 、 やがて ポート ・ タウンセンド に 着いた 。 |ひる|ちかく||||みさき||||せん||||||||ついた そこ で は 米国 官憲 の 検査 が 型 ばかり ある のだ 。 |||べいこく|かんけん||けんさ||かた||| くずした 崕 の 土 で 埋め立て を して 造った 、 桟橋 まで 小さな 漁村 で 、 四角な 箱 に 窓 を 明けた ような 、 生々しい 一色 の ペンキ で 塗り 立てた 二三 階建て の 家並み が 、 けわしい 斜面 に 沿う て 、 高く 低く 立ち 連なって 、 岡 の 上 に は 水上 げ の 風車 が 、 青空 に 白い 羽根 を ゆるゆる 動かし ながら 、 かった ん こっと ん と のんき らしく 音 を 立てて 回って いた 。 |がい||つち||うめたて|||つくった|さんばし||ちいさな|ぎょそん||しかくな|はこ||まど||あけた||なまなましい|いっしょく||ぺんき||ぬり|たてた|ふみ|かいだて||いえなみ|||しゃめん||そう||たかく|ひくく|たち|つらなって|おか||うえ|||すいじょう|||かざぐるま||あおぞら||しろい|はね|||うごかし||||こ っと|||||おと||たてて|まわって| It was a small fishing village that was reclaimed from the soil of ruined sand, and even the pier was a small fishing village. The row of two-three-story houses painted in a fresh single color, like a square box with windows opened, stood on a steep slope. Along the way, standing high and low, on top of the hill, windmills floating on the water, with their white blades slowly moving against the blue sky, made a carefree noise. 鴎 が 群れ を なして 猫 に 似た 声 で なき ながら 、 船 の まわり を 水 に 近く のどかに 飛び回る の を 見る の も 、 葉子 に は 絶えて 久しい 物珍し さ だった 。 かもめ||むれ|||ねこ||にた|こえ||||せん||||すい||ちかく||とびまわる|||みる|||ようこ|||たえて|ひさしい|ものめずらし|| 飴屋 の 呼び 売り の ような 声 さえ 町 の ほう から 聞こえて 来た 。 あめや||よび|うり|||こえ||まち||||きこえて|きた 葉子 は チャート ・ ルーム の 壁 に もたれかかって 、 ぽかぽか と さす 秋 の 日 の 光 を 頭から 浴び ながら 、 静かな 恵み 深い 心 で 、 この 小さな 町 の 小さな 生活 の 姿 を ながめ やった 。 ようこ||ちゃーと|るーむ||かべ||||||あき||ひ||ひかり||あたまから|あび||しずかな|めぐみ|ふかい|こころ|||ちいさな|まち||ちいさな|せいかつ||すがた||| そして 十四 日 の 航海 の 間 に 、 いつのまにか 海 の 心 を 心 と して いた のに 気 が ついた 。 |じゅうよん|ひ||こうかい||あいだ|||うみ||こころ||こころ|||||き|| 放 埒 な 、 移り気な 、 想像 も 及ば ぬ パッション に のたうち 回って うめき 悩む あの 大 海原 ―― 葉子 は 失わ れた 楽園 を 慕い 望む イヴ の ように 、 静かに 小さく うねる 水 の 皺 を 見 やり ながら 、 はるかな 海 の 上 の 旅路 を 思いやった 。 はな|らち||うつりぎな|そうぞう||およば|||||まわって||なやむ||だい|うなばら|ようこ||うしなわ||らくえん||したい|のぞむ||||しずかに|ちいさく||すい||しわ||み||||うみ||うえ||たびじ||おもいやった That vast ocean writhing and groaning with wild, capricious, unimaginable passion—Yoko, like Eve yearning for a lost paradise, quietly gazes at the wrinkles of the water, far away. I thought about the journey on the sea. ・・

「 早月 さん 、 ちょっと そこ から で いい 、 顔 を 貸して ください 」・・ さつき|||||||かお||かして|

すぐ 下 で 事務 長 の こういう 声 が 聞こえた 。 |した||じむ|ちょう|||こえ||きこえた 葉子 は 母 に 呼び 立てられた 少女 の ように 、 うれし さ に 心 を ときめか せ ながら 、 船橋 の 手 欄 から 下 を 見おろした 。 ようこ||はは||よび|たて られた|しょうじょ||||||こころ|||||ふなはし||て|らん||した||みおろした そこ に 事務 長 が 立って いた 。 ||じむ|ちょう||たって| ・・

「 One more over there , look !」・・ one||||

こう いい ながら 、 米国 の 税関 吏 らしい 人 に 葉子 を 指さして 見せた 。 |||べいこく||ぜいかん|り||じん||ようこ||ゆびさして|みせた 官吏 は うなずき ながら 手帳 に 何 か 書き入れた 。 かんり||||てちょう||なん||かきいれた ・・

船 は まもなく この 漁村 を 出発 した が 、 出発 する と まもなく 事務 長 は 船橋 に のぼって 来た 。 せん||||ぎょそん||しゅっぱつ|||しゅっぱつ||||じむ|ちょう||ふなはし|||きた ・・

「 Here we are ! Seatle is as good as reached now .」・・ here|||seatle||||||

船長 に と も なく 葉子 に と も なく いって 置いて 、 水 先 案内 と 握手 し ながら 、・・ せんちょう|||||ようこ||||||おいて|すい|さき|あんない||あくしゅ||

「 Thanks to you .」・・ thanks||

と 付け足した 。 |つけたした そして 三 人 で しばらく 快活に 四方 山 の 話 を して いた が 、 ふと 思い出した ように 葉子 を 顧みて 、・・ |みっ|じん|||かいかつに|しほう|やま||はなし||||||おもいだした||ようこ||かえりみて

「 これ から また 当分 は 目 が 回る ほど 忙しく なる で 、 その 前 に ちょっと 御 相談 が ある んだ が 、 下 に 来て くれません か 」・・ |||とうぶん||め||まわる||いそがしく||||ぜん|||ご|そうだん|||||した||きて|くれ ませ ん|

と いった 。 葉子 は 船長 に ちょっと 挨拶 を 残して 、 すぐ 事務 長 の あと に 続いた 。 ようこ||せんちょう|||あいさつ||のこして||じむ|ちょう||||つづいた 階子 段 を 降りる 時 でも 、 目 の 先 に 見える 頑丈な 広い 肩 から 一種 の 不安 が 抜け出て 来て 葉子 に 逼 る 事 は もう なかった 。 はしご|だん||おりる|じ||め||さき||みえる|がんじょうな|ひろい|かた||いっしゅ||ふあん||ぬけでて|きて|ようこ||ひつ||こと||| Even as she descended the steps, a kind of unease emanated from the sturdy broad shoulders in front of her, and she no longer held back. 自分 の 部屋 の 前 まで 来る と 、 事務 長 は 葉子 の 肩 に 手 を かけて 戸 を あけた 。 じぶん||へや||ぜん||くる||じむ|ちょう||ようこ||かた||て|||と|| 部屋 の 中 に は 三四 人 の 男 が 濃く 立ちこめた 煙草 の 煙 の 中 に 所 狭く 立ったり 腰 を かけたり して いた 。 へや||なか|||さんし|じん||おとこ||こく|たちこめた|たばこ||けむり||なか||しょ|せまく|たったり|こし|||| そこ に は 興 録 の 顔 も 見えた 。 |||きょう|ろく||かお||みえた 事務 長 は 平気で 葉子 の 肩 に 手 を かけた まま は いって 行った 。 じむ|ちょう||へいきで|ようこ||かた||て||||||おこなった ・・

それ は 始終 事務 長 や 船 医 と 一 かたまり の グループ を 作って 、 サルン の 小さな テーブル を 囲んで ウイスキー を 傾け ながら 、 時々 他の 船客 の 会話 に 無遠慮な 皮肉 や 茶々 を 入れたり する 連中 だった 。 ||しじゅう|じむ|ちょう||せん|い||ひと|||ぐるーぷ||つくって|||ちいさな|てーぶる||かこんで|ういすきー||かたむけ||ときどき|たの|せんきゃく||かいわ||ぶえんりょな|ひにく||ちゃちゃ||いれたり||れんちゅう| 日本 人 が 着る と いかにも いや味に 見える アメリカ 風 の 背広 も 、 さして 取って つけた ように は 見え ない ほど 、 太平洋 を 幾 度 も 往来 した らしい 人 たち で 、 どんな 職業 に 従事 して いる の か 、 そういう 見分け に は 人一倍 鋭敏な 観察 力 を 持って いる 葉子 に すら 見当 が つか なかった 。 にっぽん|じん||きる|||いやみに|みえる|あめりか|かぜ||せびろ|||とって||||みえ|||たいへいよう||いく|たび||おうらい|||じん||||しょくぎょう||じゅうじ||||||みわけ|||ひといちばい|えいびんな|かんさつ|ちから||もって||ようこ|||けんとう||| 葉子 が はいって 行って も 、 彼ら は 格別 自分 たち の 名前 を 名乗る でも なく 、 いちばん 安楽な 椅子 に 腰かけて いた 男 が 、 それ を 葉子 に 譲って 、 自分 は 二 つ に 折れる ように 小さく なって 、 すでに 一 人 腰かけて いる 寝 台 に 曲がり こむ と 、 一同 は その 様子 に 声 を 立てて 笑った が 、 すぐ また 前 どおり 平気な 顔 を して 勝手な 口 を きき 始めた 。 ようこ|||おこなって||かれら||かくべつ|じぶん|||なまえ||なのる||||あんらくな|いす||こしかけて||おとこ||||ようこ||ゆずって|じぶん||ふた|||おれる||ちいさく|||ひと|じん|こしかけて||ね|だい||まがり|||いちどう|||ようす||こえ||たてて|わらった||||ぜん||へいきな|かお|||かってな|くち|||はじめた それ でも 一座 は 事務 長 に は 一目 置いて いる らしく 、 また 事務 長 と 葉子 と の 関係 も 、 事務 長 から 残らず 聞か されて いる 様子 だった 。 ||いちざ||じむ|ちょう|||いちもく|おいて||||じむ|ちょう||ようこ|||かんけい||じむ|ちょう||のこらず|きか|さ れて||ようす| 葉子 は そういう 人 たち の 間 に ある の を 結 句 気 安く 思った 。 ようこ|||じん|||あいだ|||||けつ|く|き|やすく|おもった 彼ら は 葉子 を 下級 船員 の いわゆる 「 姉 御 」 扱い に して いた 。 かれら||ようこ||かきゅう|せんいん|||あね|ご|あつかい||| ・・

「 向こう に 着いたら これ で 悶着 もの だ ぜ 。 むこう||ついたら|||もんちゃく||| 田川 の 嚊 め 、 あいつ 、 一 味噌 すら ず に お くま いて 」・・ たがわ||かかあ|||ひと|みそ|||||| Tagawa-san, don't give up on him."...

「 因 業 な 生まれ だ なあ 」・・ いん|ぎょう||うまれ||

「 なんでも 正面 から ぶっ突かって 、 いさく さ いわ せ ず 決めて しまう ほか は ない よ 」・・ |しょうめん||ぶ っ つか って||||||きめて||||| "I have no choice but to confront them head-on and make decisions without telling them."

など と 彼ら は 戯談 ぶった 口調 で 親身な 心持ち を いい 現わした 。 ||かれら||ぎだん||くちょう||しんみな|こころもち|||あらわした 事務 長 は 眉 も 動かさ ず に 、 机 に よりかかって 黙って いた 。 じむ|ちょう||まゆ||うごかさ|||つくえ|||だまって| 葉子 は これら の 言葉 から そこ に 居 合わす 人々 の 性質 や 傾向 を 読み取ろう と して いた 。 ようこ||これ ら||ことば||||い|あわす|ひとびと||せいしつ||けいこう||よみとろう||| 興 録 の ほか に 三 人 いた 。 きょう|ろく||||みっ|じん| その 中 の 一 人 は 甲斐 絹 の どてら を 着て いた 。 |なか||ひと|じん||かい|きぬ||||きて| ・・

「 このまま この 船 で お 帰り なさる が いい ね 」・・ ||せん|||かえり||||

と その どてら を 着た 中年 の 世渡り 巧者 らしい の が 葉子 の 顔 を 窺 い 窺 いい う と 、 事務 長 は 少し 屈託 らしい 顔 を して 物 懶 げ に 葉子 を 見 やり ながら 、・・ ||||きた|ちゅうねん||よわたり|こうしゃ||||ようこ||かお||き||き||||じむ|ちょう||すこし|くったく||かお|||ぶつ|らん|||ようこ||み||

「 わたし も そう 思う んだ が どう だ 」・・ |||おもう||||

と たずねた 。 葉子 は 、・・ ようこ|

「 さあ ……」・・

と 生 返事 を する ほか なかった 。 |せい|へんじ|||| 始めて 口 を きく 幾 人 も の 男 の 前 で 、 とっか は 物 を いう の が さすが に 億劫だった 。 はじめて|くち|||いく|じん|||おとこ||ぜん||||ぶつ|||||||おっくうだった 興 録 は 事務 長 の 意向 を 読んで 取る と 、 分別 ぶった 顔 を さし出して 、・・ きょう|ろく||じむ|ちょう||いこう||よんで|とる||ぶんべつ||かお||さしだして

「 それ に 限ります よ 。 ||かぎり ます| "That's all. あなた 一 つ 病気 に お なり なさりゃ 世話 なし です さ 。 |ひと||びょうき|||||せわ||| If you're the only one who's sick, I don't care. 上陸 した ところ が 急に 動く ように は なれ ない 。 じょうりく||||きゅうに|うごく|||| また そういう からだ で は 検疫 が とやかく やかましい に 違いない し 、 この 間 の ように 検疫 所 で まっ裸 に さ れる ような 事 で も 起これば 、 国際 問題 だ のな んだ のって 始末 に おえなく なる 。 |||||けんえき|||||ちがいない|||あいだ|||けんえき|しょ||まっ はだか|||||こと|||おこれば|こくさい|もんだい|||||しまつ||| Also, with that kind of body, the quarantine must be quite noisy, and if something like this happened where they were stripped naked at the quarantine station, it would be an international problem and it would be impossible to deal with it. Become . それ より は 出帆 まで 船 に 寝て いらっしゃる ほう が いい と 、 そこ は 私 が 大丈夫 やります よ 。 |||しゅっぱん||せん||ねて||||||||わたくし||だいじょうぶ|やり ます| If it's better for you to sleep on the ship until it sets sail, I'll take care of that for you. そして おいて 船 の 出 ぎ わに なって やはり どうしても いけない と いえば それっきり の もん で さあ 」・・ ||せん||だ||||||||||||| And then, when you leave the ship, if you say you can't do anything, that's it."

「 なに 、 田川 の 奥さん が 、 木村って いう のに 、 味噌 さえ し こ たま すって くれれば いちばん ええ のだ が 」・・ |たがわ||おくさん||きむら って|||みそ|||||||||| "Even though Tagawa's wife is Kimura, it would be best if she would just give me some miso."

と 事務 長 は 船 医 の 言葉 を 無視 した 様子 で 、 自分 の 思う とおり を ぶっきらぼうに いって のけた 。 |じむ|ちょう||せん|い||ことば||むし||ようす||じぶん||おもう||||| Said the secretary, seemingly ignoring the doctor's words, and bluntly said what he thought.