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或る女 - 有島武郎(アクセス), 17.1 或る女

17.1 或る 女

事務 長 の さしがね は うまい 坪 に はまった 。 検疫 官 は 絵 島 丸 の 検疫 事務 を すっかり 年 とった 次 位 の 医 官 に 任せて しまって 、 自分 は 船長 室 で 船長 、 事務 長 、 葉子 を 相手 に 、 話 に 花 を 咲か せ ながら トランプ を いじり 通した 。 あたりまえならば 、 なんとか か と か 必ず 苦情 の 持ち上がる べき 英国 風 の 小 やかましい 検疫 も あっさり 済んで 放 蕩者 らしい 血気 盛り な 検疫 官 は 、 船 に 来て から 二 時間 そこそこ で きげん よく 帰って 行く 事 に なった 。 ・・

停 まる と も なく 進行 を 止めて いた 絵 島 丸 は 風 の まにまに 少しずつ 方向 を 変え ながら 、 二 人 の 医 官 を 乗せて 行く モーター ・ ボート が 舷側 を 離れる の を 待って いた 。 折り目 正しい 長 めな 紺 の 背広 を 着た 検疫 官 は ボート の 舵 座 に 立ち上がって 、 手 欄 から 葉子 と 一緒に 胸 から 上 を 乗り出した 船長 と なお 戯談 を 取りかわした 。 船 梯子 の 下 まで 医 官 を 見送った 事務 長 は 、 物 慣れた 様子 で ポッケット から いくらか を 水夫 の 手 に つかま せて おいて 、 上 を 向いて 相 図 を する と 、 船 梯子 は きり きり と 水平に 巻き上げられて 行く 、 それ を 事もなげに 身 軽く 駆け上って 来た 。 検疫 官 の 目 は 事務 長 へ の 挨拶 も そこそこ に 、 思いきり 派手な 装い を 凝らした 葉子 の ほう に 吸い 付けられる らしかった 。 葉子 は その 目 を 迎えて 情 を こめた 流 眄 を 送り 返した 。 検疫 官 が その 忙しい 間 に も 何 か しきりに 物 を いおう と した 時 、 けたたましい 汽笛 が 一抹 の 白煙 を 青空 に 揚げて 鳴り はためき 、 船尾 から は すさまじい 推進 機 の 震動 が 起こり 始めた 。 この あわただしい 船 の 別れ を 惜しむ ように 、 検疫 官 は 帽子 を 取って 振り 動かし ながら 、 噪音 に もみ消さ れる 言葉 を 続けて いた が 、 もとより 葉子 に は それ は 聞こえ なかった 。 葉子 は ただ にこにこ と ほほえみ ながら うなずいて 見せた 。 そして ただ 一 時 の いたずら ご ころ から 髪 に さして いた 小さな 造花 を 投げて やる と 、 それ が あわ よく 検疫 官 の 肩 に あたって 足 もと に すべり落ちた 。 検疫 官 が 片手 に 舵 綱 を あやつり ながら 、 有 頂点 に なって それ を 拾おう と する の を 見る と 、 船 舷 に 立ち なら ん で 物珍し げ に 陸地 を 見物 して いた ステヤレージ の 男女 の 客 は 一斉に 手 を たたいて どよめいた 。 葉子 は あたり を 見回した 。 西洋 の 婦人 たち は 等しく 葉子 を 見 やって 、 その 花々しい 服装 から 軽率 らしい 挙動 を 苦々しく 思う らしい 顔つき を して いた 。 それ ら の 外国 人 の 中 に は 田川 夫人 も まじって いた 。 ・・

検疫 官 は 絵 島 丸 が 残して 行った 白 沫 の 中 で 、 腰 を ふらつか せ ながら 、 笑い 興ずる 群 集 に まで 幾 度 も 頭 を 下げた 。 群 集 は また 思い出した ように 漫罵 を 放って 笑い どよめいた 。 それ を 聞く と 日本 語 の よく わかる 白髪 の 船長 は 、 いつも の ように 顔 を 赤く して 、 気の毒 そうに 恥ずかし げ な 目 を 葉子 に 送った が 、 葉子 が はしたない 群 集 の 言葉 に も 、 苦々し げ な 船客 の 顔色 に も 、 少しも 頓着 し ない ふうで 、 ほほえみ 続け ながら モーター ・ ボート の ほう を 見守って いる の を 見る と 、 未 通 女らしく さらに まっ赤 に なって その 場 を はずして しまった 。 ・・

葉子 は 何事 も 屈託 なく ただ おもしろかった 。 からだ じゅう を くすぐる ような 生 の 歓 び から 、 ややもすると なんでもなく 微笑 が 自然に 浮かび 出よう と した 。 「 けさ から 私 は こんなに 生まれ 代わりました 御覧 なさい 」 と いって だれ に でも 自分 の 喜び を 披露 したい ような 気分 に なって いた 。 検疫 官 の 官舎 の 白い 壁 も 、 その ほう に 向かって 走って 行く モーター ・ ボート も 見る見る 遠ざかって 小さな 箱庭 の ように なった 時 、 葉子 は 船長 室 で の きょう の 思い出し 笑い を し ながら 、 手 欄 を 離れて 心 あて に 事務 長 を 目 で 尋ねた 。 と 、 事務 長 は 、 はるか 離れた 船 艙 の 出口 に 田川 夫妻 と 鼎 に なって 、 何 か むずかしい 顔 を し ながら 立ち話 を して いた 。 いつも の 葉子 ならば 三 人 の 様子 で 何事 が 語られて いる か ぐらい は すぐ 見て取る のだ が 、 その 日 は ただ 浮き浮きした 無邪気な 心ばかり が 先 に 立って 、 だれ に でも 好意 の ある 言葉 を かけて 、 同じ 言葉 で 酬 いられたい 衝動 に 駆られ ながら 、 なんの 気 なし に そっち に 足 を 向けよう と して 、 ふと 気 が つく と 、 事務 長 が 「 来て は いけない 」 と 激しく 目 に 物 を 言わ せて いる の が 覚 れた 。 気 が 付いて よく 見る と 田川 夫人 の 顔 に は ま ごう かた なき 悪意 が ひらめいて いた 。 ・・

「 また おせっかいだ な 」・・

一 秒 の 躊躇 も なく 男 の ような 口調 で 葉子 は こう 小さく つぶやいた 。 「 構う もの か 」 そう 思い ながら 葉子 は 事務 長 の 目 使い に も 無頓着に 、 快活な 足どり で いそいそ と 田川 夫妻 の ほう に 近づいて 行った 。 それ を 事務 長 も どう する こと も でき なかった 。 葉子 は 三 人 の 前 に 来る と 軽く 腰 を まげて 後れ 毛 を かき上げ ながら 顔 じゅう を 蠱惑 的な ほほえみ に して 挨拶 した 。 田川 博士 の 頬 に は いち早く それ に 応ずる 物 やさしい 表情 が 浮かぼう と して いた 。 ・・

「 あなた は ずいぶんな 乱暴 を なさる 方 です の ね 」・・

いきなり 震え を 帯びた 冷ややかな 言葉 が 田川 夫人 から 葉子 に 容赦 も なく 投げつけられた 。 それ は 底 意地 の 悪い 挑戦 的な 調子 で 震えて いた 。 田川 博士 は この とっさ の 気まずい 場面 を 繕う ため 何 か 言葉 を 入れて その 不愉快な 緊張 を ゆるめよう と する らしかった が 、 夫人 の 悪意 は せき 立って 募る ばかりだった 。 しかし 夫人 は 口 に 出して は もう なんにも いわ なかった 。 ・・

女 の 間 に 起こる 不思議な 心 と 心 と の 交渉 から 、 葉子 は なんという 事 なく 、 事務 長 と 自分 と の 間 に けさ 起こった ばかりの 出来事 を 、 輪郭 だけ で は ある と して も 田川 夫人 が 感づいて いる な と 直 覚 した 。 ただ 一言 で は あった けれども 、 それ は 検疫 官 と トランプ を いじった 事 を 責める だけ に して は 、 激し 過ぎ 、 悪意 が こめられ 過ぎて いる こと を 直 覚 した 。 今 の 激しい 言葉 は 、 その 事 を 深く 根 に 持ち ながら 、 検疫 医 に 対する 不謹慎な 態度 を たしなめる 言葉 の ように して 使われて いる の を 直 覚 した 。 葉子 の 心 の すみ から すみ まで を 、 溜 飲 の 下がる ような 小気味よ さ が 小おどり し つつ 走 せ めぐった 。 葉子 は 何 を そんなに 事 々 しく たしなめられる 事 が ある のだろう と いう ような 少 ししゃ あし ゃあ した 無邪気な 顔つき で 、 首 を かしげ ながら 夫人 を 見守った 。 ・・

「 航海 中 は とにかく わたし 葉子 さん の お 世話 を お 頼ま れ 申して いる んです から ね 」・・

初め は しとやかに 落ち付いて いう つもり らしかった が 、 それ が だんだん 激し て 途切れ がちな 言葉 に なって 、 夫人 は しまい に は 激動 から 息 気 を さえ はずま して いた 。 その 瞬間 に 火 の ような 夫人 の ひとみ と 、 皮肉に 落ち付き 払った 葉子 の ひとみ と が 、 ぱったり 出っく わして 小ぜり合い を した が 、 また 同時に 蹴 返す ように 離れて 事務 長 の ほう に 振り向けられた 。 ・・

「 ご もっともです 」・・

事務 長 は 虻 に 当惑 した 熊 の ような 顔つき で 、 柄 に も ない 謹慎 を 装い ながら こう 受け 答えた 。 それ から 突然 本気な 表情 に 返って 、・・

「 わたし も 事務 長 であって 見れば 、 どの お 客 様 に 対して も 責任 が ある のだ で 、 御 迷惑に なる ような 事 は せ ん つもりです が 」・・

ここ で 彼 は 急に 仮面 を 取り去った ように にこにこ し 出した 。 ・・

「 そう むき に なる ほど の 事 で も ない じゃ ありません か 。 たかが 早月 さん に 一 度 か 二 度 愛嬌 を いう て いただいて 、 それ で 検疫 の 時間 が 二 時間 から 違う のです もの 。 いつでも ここ で 四 時間 の 以上 も むだに せ に ゃ なら ん のです て 」・・

田川 夫人 が ますます せき込んで 、 矢継ぎ早に まく しかけよう と する の を 、 事務 長 は 事もなげに 軽々 と おっかぶせて 、・・

「 それ に して から が お 話 は いかがです 、 部屋 で 伺いましょう か 。 ほか の お 客 様 の 手前 も いかがです 。 博士 、 例の とおり 狭っこ い 所 です が 、 甲板 で は ゆっくり も できません で 、 あそこ で お茶 でも 入れましょう 。 早月 さん あなた も いかがです 」・・

と 笑い 笑い 言って から くるり ッ と 葉子 の ほう に 向き直って 、 田川 夫妻 に は 気 が 付か ない ように 頓狂な 顔 を ちょっと して 見せた 。 ・・

横浜 で 倉地 の あと に 続いて 船室 へ の 階子 段 を 下る 時 始めて 嗅ぎ 覚えた ウイスキー と 葉巻 と の まじり合った ような 甘 た るい 一種 の 香 いが 、 この 時 かすかに 葉子 の 鼻 を かすめた と 思った 。 それ を かぐ と 葉子 の 情熱 の ほ むら が 一 時 に あおり 立てられて 、 人前 で は 考えられ も せ ぬ ような 思い が 、 旋風 の ごとく 頭 の 中 を こそ い で 通る の を 覚えた 。 男 に は それ が どんな 印象 を 与えた か を 顧みる 暇 も なく 、 田川 夫妻 の 前 と いう こと も はばから ず に 、 自分 で は 醜い に 違いない と 思う ような 微笑 が 、 覚え ず 葉子 の 眉 の 間 に 浮かび上がった 。 事務 長 は 小 むずかしい 顔 に なって 振り返り ながら 、・・

「 いかがです 」 と もう 一 度 田川 夫妻 を 促した 。 しかし 田川 博士 は 自分 の 妻 の おとなげない の を あわれむ 物 わかり の いい 紳士 と いう 態度 を 見せて 、 態 よく 事務 長 に ことわり を いって 、 夫人 と 一緒に そこ を 立ち去った 。 ・・

「 ちょっと いらっしゃい 」・・

田川 夫妻 の 姿 が 見え なく なる と 、 事務 長 は ろくろく 葉子 を 見むき も し ないで こう いい ながら 先 に 立った 。 葉子 は 小 娘 の ように いそいそ と その あと に ついて 、 薄暗い 階子 段 に かかる と 男 に お ぶい かかる ように して こ ぜ わし く 降りて 行った 。 そして 機関 室 と 船員 室 と の 間 に ある 例 の 暗い 廊下 を 通って 、 事務 長 が 自分 の 部屋 の 戸 を あけた 時 、 ぱっと 明るく なった 白い 光 の 中 に 、 nonchalant な diabolic な 男 の 姿 を 今さら の ように 一種 の 畏 れ と なつかし さ と を こめて 打ち ながめた 。 ・・

部屋 に は いる と 事務 長 は 、 田川 夫人 の 言葉 でも 思い出した らしく めんどうくさ そうに 吐息 一 つ して 、 帳簿 を 事務 テーブル の 上 に ほうりなげて おいて 、 また 戸 から 頭 だけ つき出して 、「 ボーイ 」 と 大きな 声 で 呼び 立てた 。 そして 戸 を しめきる と 、 始めて まともに 葉子 に 向きなおった 。 そして 腹 を ゆすり 上げて 続け さま に 思い 存分 笑って から 、・・

「 え 」 と 大きな 声 で 、 半分 は 物 でも 尋ねる ように 、 半分 は 「 どう だい 」 と いった ような 調子 で いって 、 足 を 開いて akimbo を して 突っ立ち ながら 、 ちょいと 無邪気に 首 を かしげて 見せた 。 ・・

そこ に ボーイ が 戸 の 後ろ から 顔 だけ 出した 。 ・・

「 シャンペン だ 。 船長 の 所 に バー から 持って 来さ した の が 、 二三 本 残って る よ 。 十 の 字 三 つ ぞ ( 大至急 と いう 軍隊 用語 )。 …… 何 が おかしい かい 」・・

事務 長 は 葉子 の ほう を 向いた まま こういった の である が 、 実際 その 時 ボーイ は 意味 あり げ に に やに や 薄 笑い を して いた 。 ・・

あまりに 事もなげな 倉地 の 様子 を 見て いる と 葉子 は 自分 の 心 の 切な さ に 比べて 、 男 の 心 を 恨めしい もの に 思わず に いられ なく なった 。 けさ の 記憶 の まだ 生々しい 部屋 の 中 を 見る に つけて も 、 激しく 嵩 ぶって 来る 情熱 が 妙に こじれて 、 いて も 立って も いられ ない もどかし さ が 苦しく 胸 に 逼 る のだった 。 今 まで はまる きり 眼中 に なかった 田川 夫人 も 、 三 等 の 女 客 の 中 で 、 処女 と も 妻 と も つか ぬ 二 人 の 二十 女 も 、 果ては 事務 長 に まつわりつく あの 小 娘 の ような 岡 まで が 、 写真 で 見た 事務 長 の 細 君 と 一緒に なって 、 苦しい 敵意 を 葉子 の 心 に あおり 立てた 。 ボーイ に まで 笑いもの に されて 、 男 の 皮 を 着た この 好 色 の 野獣 の なぶり もの に されて いる ので は ない か 。 自分 の 身 も 心 も ただ 一息 に ひ しぎ つぶす か と 見える あの 恐ろしい 力 は 、 自分 を 征服 する と 共に すべて の 女 に 対して も 同じ 力 で 働く ので は ない か 。 その たくさんの 女 の 中 の 影 の 薄い 一 人 の 女 と して 彼 は 自分 を 扱って いる ので は ない か 。 自分 に は 何物 に も 代え 難く 思わ れる けさ の 出来事 が あった あと でも 、 ああ 平気で いられる その のんき さ は どうした もの だろう 。 葉子 は 物心 が ついて から 始終 自分 でも 言い 現わす 事 の でき ない 何物 か を 逐 い 求めて いた 。 その 何物 か は 葉子 の すぐ 手近に あり ながら 、 しっかり と つかむ 事 は どうしても でき ず 、 そのくせ いつでも その 力 の 下 に 傀儡 の ように あて も なく 動かされて いた 。 葉子 は けさ の 出来事 以来 なんとなく 思いあがって いた のだ 。 それ は その 何物 か が おぼろげ ながら 形 を 取って 手 に 触れた ように 思った から だ 。 しかし それ も 今 から 思えば 幻影 に 過ぎ ない らしく も ある 。 自分 に 特別な 注意 も 払って い なかった この 男 の 出来心 に 対して 、 こっち から 進んで 情 を そそる ような 事 を した 自分 は なんという 事 を した のだろう 。 どう したら この 取り返し の つか ない 自分 の 破滅 を 救う 事 が できる のだろう と 思って 来る と 、 一 秒 でも この いまわしい 記憶 の さまよう 部屋 の 中 に は いたたまれない ように 思え 出した 。 しかし 同時に 事務 長 は 断ち がたい 執着 と なって 葉子 の 胸 の 底 に こびりついて いた 。 この 部屋 を このまま で 出て 行く の は 死ぬ より も つらい 事 だった 。 どうしても はっきり と 事務 長 の 心 を 握る まで は …… 葉子 は 自分 の 心 の 矛盾 に 業 を 煮やし ながら 、 自分 を さげすみ 果てた ような 絶望 的な 怒り の 色 を 口 び る の あたり に 宿して 、 黙った まま 陰 鬱 に 立って いた 。 今 まで そわそわ と 小 魔 の ように 葉子 の 心 を めぐり おどって いた はなやかな 喜び ―― それ は どこ に 行って しまった のだろう 。 ・・

事務 長 は それ に 気づいた の か 気 が つか ない の か 、 やがて よりかかり の ない まるい 事務 いす に 尻 を すえて 、 子供 の ような 罪 の ない 顔 を し ながら 、 葉子 を 見て 軽く 笑って いた 。 葉子 は その 顔 を 見て 、 恐ろしい 大胆な 悪事 を 赤 児 同様 の 無邪気 さ で 犯し うる 質 の 男 だ と 思った 。 葉子 は こんな 無自覚な 状態 に は とても なって いられ なかった 。 一足 ずつ 先 を 越されて いる の か しら ん と いう 不安 まで が 心 の 平衡 を さらに 狂わした 。 ・・

「 田川 博士 は 馬鹿 ばかで 、 田川 の 奥さん は 利口 ばか と いう んだ 。 は ゝ ゝ ゝ ゝ 」・・

そう いって 笑って 、 事務 長 は 膝 が しら を はっし と 打った 手 を かえして 、 机 の 上 に ある 葉巻 を つまんだ 。 ・・

葉子 は 笑う より も 腹だたしく 、 腹だたしい より も 泣きたい くらい に なって いた 。 口 び る を ぶるぶる と 震わし ながら 涙 で も たまった ように 輝く 目 は 剣 を 持って 、 恨み を こめて 事務 長 を 見入った が 、 事務 長 は 無頓着に 下 を 向いた まま 、 一心に 葉巻 に 火 を つけて いる 。 葉子 は 胸 に 抑え あまる 恨み つら み を いい出す に は 、 心 が あまりに 震えて 喉 が かわき きって いる ので 、 下 くちびる を かみしめた まま 黙って いた 。 ・・

倉地 は それ を 感づいて いる のだ のに と 葉子 は 置き ざ り に さ れた ような やり 所 の ない さびし さ を 感じて いた 。 ・・

ボーイ が シャンペン と コップ と を 持って は いって 来た 。 そして 丁寧に それ を 事務 テーブル の 上 に 置いて 、 さっき の ように 意味 あり げ な 微笑 を もらし ながら 、 そっと 葉子 を ぬすみ 見た 。 待ち構えて いた 葉子 の 目 は しかし ボーイ を 笑わ して は おか なかった 。 ボーイ は ぎょっと して 飛んで も ない 事 を した と いう ふうに 、 すぐ 慎み深い 給仕 らしく 、 そこそこ に 部屋 を 出て 行った 。 ・・

事務 長 は 葉巻 の 煙 に 顔 を しかめ ながら 、 シャンペン を ついで 盆 を 葉子 の ほう に さし出した 。 葉子 は 黙って 立った まま 手 を 延ばした 。 何 を する に も 心 に も ない 作り事 を して いる ようだった 。 この 短い 瞬間 に 、 今 まで の 出来事 で いいかげん 乱れて いた 心 は 、 身 の 破滅 が とうとう 来て しまった のだ と いう おそろしい 予想 に 押し ひし がれて 、 頭 は 氷 で 巻か れた ように 冷たく 気 うとく なった 。 胸 から 喉 もと に つきあげて 来る 冷たい そして 熱い 球 の ような もの を 雄々しく 飲み込んで も 飲み込んで も 涙 が やや ともすると 目 が しら を 熱く うるおして 来た 。 薄手 の コップ に 泡 を 立てて 盛ら れた 黄金色 の 酒 は 葉子 の 手 の 中 で 細かい さざ波 を 立てた 。 葉子 は それ を 気取ら れ まい と 、 しいて 左 の 手 を 軽く あげて 鬢 の 毛 を かき上げ ながら 、 コップ を 事務 長 の と 打ち合わせた が 、 それ を きっかけ に 願 でも ほどけた ように 今 まで からく 持ちこたえて いた 自制 は 根こそぎ くずされて しまった 。


17.1 或る 女 ある|おんな 17.1 Una mujer

事務 長 の さしがね は うまい 坪 に はまった 。 じむ|ちょう|||||つぼ|| 検疫 官 は 絵 島 丸 の 検疫 事務 を すっかり 年 とった 次 位 の 医 官 に 任せて しまって 、 自分 は 船長 室 で 船長 、 事務 長 、 葉子 を 相手 に 、 話 に 花 を 咲か せ ながら トランプ を いじり 通した 。 けんえき|かん||え|しま|まる||けんえき|じむ|||とし||つぎ|くらい||い|かん||まかせて||じぶん||せんちょう|しつ||せんちょう|じむ|ちょう|ようこ||あいて||はなし||か||さか|||とらんぷ|||とおした あたりまえならば 、 なんとか か と か 必ず 苦情 の 持ち上がる べき 英国 風 の 小 やかましい 検疫 も あっさり 済んで 放 蕩者 らしい 血気 盛り な 検疫 官 は 、 船 に 来て から 二 時間 そこそこ で きげん よく 帰って 行く 事 に なった 。 |||||かならず|くじょう||もちあがる||えいこく|かぜ||しょう||けんえき|||すんで|はな|とうもの||けっき|さかり||けんえき|かん||せん||きて||ふた|じかん|||||かえって|いく|こと|| ・・

停 まる と も なく 進行 を 止めて いた 絵 島 丸 は 風 の まにまに 少しずつ 方向 を 変え ながら 、 二 人 の 医 官 を 乗せて 行く モーター ・ ボート が 舷側 を 離れる の を 待って いた 。 てい|||||しんこう||とどめて||え|しま|まる||かぜ|||すこしずつ|ほうこう||かえ||ふた|じん||い|かん||のせて|いく|もーたー|ぼーと||げんがわ||はなれる|||まって| 折り目 正しい 長 めな 紺 の 背広 を 着た 検疫 官 は ボート の 舵 座 に 立ち上がって 、 手 欄 から 葉子 と 一緒に 胸 から 上 を 乗り出した 船長 と なお 戯談 を 取りかわした 。 おりめ|ただしい|ちょう||こん||せびろ||きた|けんえき|かん||ぼーと||かじ|ざ||たちあがって|て|らん||ようこ||いっしょに|むね||うえ||のりだした|せんちょう|||ぎだん||とりかわした 船 梯子 の 下 まで 医 官 を 見送った 事務 長 は 、 物 慣れた 様子 で ポッケット から いくらか を 水夫 の 手 に つかま せて おいて 、 上 を 向いて 相 図 を する と 、 船 梯子 は きり きり と 水平に 巻き上げられて 行く 、 それ を 事もなげに 身 軽く 駆け上って 来た 。 せん|はしご||した||い|かん||みおくった|じむ|ちょう||ぶつ|なれた|ようす||||||すいふ||て|||||うえ||むいて|そう|ず||||せん|はしご|||||すいへいに|まきあげ られて|いく|||こともなげに|み|かるく|かけあがって|きた 検疫 官 の 目 は 事務 長 へ の 挨拶 も そこそこ に 、 思いきり 派手な 装い を 凝らした 葉子 の ほう に 吸い 付けられる らしかった 。 けんえき|かん||め||じむ|ちょう|||あいさつ||||おもいきり|はでな|よそおい||こらした|ようこ||||すい|つけ られる| 葉子 は その 目 を 迎えて 情 を こめた 流 眄 を 送り 返した 。 ようこ|||め||むかえて|じょう|||りゅう|べん||おくり|かえした 検疫 官 が その 忙しい 間 に も 何 か しきりに 物 を いおう と した 時 、 けたたましい 汽笛 が 一抹 の 白煙 を 青空 に 揚げて 鳴り はためき 、 船尾 から は すさまじい 推進 機 の 震動 が 起こり 始めた 。 けんえき|かん|||いそがしい|あいだ|||なん|||ぶつ|||||じ||きてき||いちまつ||はくえん||あおぞら||あげて|なり||せんび||||すいしん|き||しんどう||おこり|はじめた この あわただしい 船 の 別れ を 惜しむ ように 、 検疫 官 は 帽子 を 取って 振り 動かし ながら 、 噪音 に もみ消さ れる 言葉 を 続けて いた が 、 もとより 葉子 に は それ は 聞こえ なかった 。 ||せん||わかれ||おしむ||けんえき|かん||ぼうし||とって|ふり|うごかし||そうおん||もみけさ||ことば||つづけて||||ようこ|||||きこえ| 葉子 は ただ にこにこ と ほほえみ ながら うなずいて 見せた 。 ようこ||||||||みせた そして ただ 一 時 の いたずら ご ころ から 髪 に さして いた 小さな 造花 を 投げて やる と 、 それ が あわ よく 検疫 官 の 肩 に あたって 足 もと に すべり落ちた 。 ||ひと|じ||||||かみ||||ちいさな|ぞうか||なげて|||||||けんえき|かん||かた|||あし|||すべりおちた 検疫 官 が 片手 に 舵 綱 を あやつり ながら 、 有 頂点 に なって それ を 拾おう と する の を 見る と 、 船 舷 に 立ち なら ん で 物珍し げ に 陸地 を 見物 して いた ステヤレージ の 男女 の 客 は 一斉に 手 を たたいて どよめいた 。 けんえき|かん||かたて||かじ|つな||||ゆう|ちょうてん|||||ひろおう|||||みる||せん|げん||たち||||ものめずらし|||りくち||けんぶつ|||||だんじょ||きゃく||いっせいに|て||| 葉子 は あたり を 見回した 。 ようこ||||みまわした 西洋 の 婦人 たち は 等しく 葉子 を 見 やって 、 その 花々しい 服装 から 軽率 らしい 挙動 を 苦々しく 思う らしい 顔つき を して いた 。 せいよう||ふじん|||ひとしく|ようこ||み|||はなばなしい|ふくそう||けいそつ||きょどう||にがにがしく|おもう||かおつき||| それ ら の 外国 人 の 中 に は 田川 夫人 も まじって いた 。 |||がいこく|じん||なか|||たがわ|ふじん||| ・・

検疫 官 は 絵 島 丸 が 残して 行った 白 沫 の 中 で 、 腰 を ふらつか せ ながら 、 笑い 興ずる 群 集 に まで 幾 度 も 頭 を 下げた 。 けんえき|かん||え|しま|まる||のこして|おこなった|しろ|まつ||なか||こし|||||わらい|きょうずる|ぐん|しゅう|||いく|たび||あたま||さげた The quarantine officer staggered in the white mist left by Eshimamaru and bowed repeatedly to the laughing crowd. 群 集 は また 思い出した ように 漫罵 を 放って 笑い どよめいた 。 ぐん|しゅう|||おもいだした||まんば||はなって|わらい| The crowd roared with curses and laughter as they remembered. それ を 聞く と 日本 語 の よく わかる 白髪 の 船長 は 、 いつも の ように 顔 を 赤く して 、 気の毒 そうに 恥ずかし げ な 目 を 葉子 に 送った が 、 葉子 が はしたない 群 集 の 言葉 に も 、 苦々し げ な 船客 の 顔色 に も 、 少しも 頓着 し ない ふうで 、 ほほえみ 続け ながら モーター ・ ボート の ほう を 見守って いる の を 見る と 、 未 通 女らしく さらに まっ赤 に なって その 場 を はずして しまった 。 ||きく||にっぽん|ご||||しらが||せんちょう|||||かお||あかく||きのどく|そう に|はずかし|||め||ようこ||おくった||ようこ|||ぐん|しゅう||ことば|||にがにがし|||せんきゃく||かおいろ|||すこしも|とんちゃく|||||つづけ||もーたー|ぼーと||||みまもって||||みる||み|つう|おんならしく||まっ あか||||じょう||| Hearing this, the white-haired captain, who understood Japanese well, blushed as usual and gave Yoko a pitiful and embarrassed look. She didn't seem to care in the slightest about the dull complexion of the passengers, and continued to smile as she watched over the motor boat. . ・・

葉子 は 何事 も 屈託 なく ただ おもしろかった 。 ようこ||なにごと||くったく||| Yoko was carefree and just funny. からだ じゅう を くすぐる ような 生 の 歓 び から 、 ややもすると なんでもなく 微笑 が 自然に 浮かび 出よう と した 。 |||||せい||かん|||||びしょう||しぜんに|うかび|でよう|| From the joy of life that tickled my whole body, a smile began to emerge spontaneously. 「 けさ から 私 は こんなに 生まれ 代わりました 御覧 なさい 」 と いって だれ に でも 自分 の 喜び を 披露 したい ような 気分 に なって いた 。 ||わたくし|||うまれ|かわり ました|ごらん|||||||じぶん||よろこび||ひろう|し たい||きぶん||| I felt like I wanted to show my joy to anyone, saying, "Look at how much I've been reborn since this morning." 検疫 官 の 官舎 の 白い 壁 も 、 その ほう に 向かって 走って 行く モーター ・ ボート も 見る見る 遠ざかって 小さな 箱庭 の ように なった 時 、 葉子 は 船長 室 で の きょう の 思い出し 笑い を し ながら 、 手 欄 を 離れて 心 あて に 事務 長 を 目 で 尋ねた 。 けんえき|かん||かんしゃ||しろい|かべ|||||むかって|はしって|いく|もーたー|ぼーと||みるみる|とおざかって|ちいさな|はこにわ||||じ|ようこ||せんちょう|しつ|||||おもいだし|わらい||||て|らん||はなれて|こころ|||じむ|ちょう||め||たずねた と 、 事務 長 は 、 はるか 離れた 船 艙 の 出口 に 田川 夫妻 と 鼎 に なって 、 何 か むずかしい 顔 を し ながら 立ち話 を して いた 。 |じむ|ちょう|||はなれた|せん|そう||でぐち||たがわ|ふさい||かなえ|||なん|||かお||||たちばなし||| The secretary-general was standing with Mr. and Mrs. Tagawa at the exit of the far-off hold, and they were talking with a somewhat embarrassed look on their faces. いつも の 葉子 ならば 三 人 の 様子 で 何事 が 語られて いる か ぐらい は すぐ 見て取る のだ が 、 その 日 は ただ 浮き浮きした 無邪気な 心ばかり が 先 に 立って 、 だれ に でも 好意 の ある 言葉 を かけて 、 同じ 言葉 で 酬 いられたい 衝動 に 駆られ ながら 、 なんの 気 なし に そっち に 足 を 向けよう と して 、 ふと 気 が つく と 、 事務 長 が 「 来て は いけない 」 と 激しく 目 に 物 を 言わ せて いる の が 覚 れた 。 ||ようこ||みっ|じん||ようす||なにごと||かたら れて||||||みてとる||||ひ|||うきうきした|むじゃきな|こころばかり||さき||たって||||こうい|||ことば|||おなじ|ことば||しゅう|い られ たい|しょうどう||かられ|||き|||||あし||むけよう||||き||||じむ|ちょう||きて||||はげしく|め||ぶつ||いわ|||||あきら| If Yoko was the usual, she would be able to tell at a glance what the three of them were talking about, but on that day, nothing but an exhilarated and innocent heart would take the lead, and she would say words of goodwill to everyone. Then, driven by the urge to be rewarded with the same words, I inadvertently tried to turn my foot in that direction. I realized that you were making me say. 気 が 付いて よく 見る と 田川 夫人 の 顔 に は ま ごう かた なき 悪意 が ひらめいて いた 。 き||ついて||みる||たがわ|ふじん||かお|||||||あくい||| When I came to my senses and took a closer look, Mrs. Tagawa's face was flashing with unmistakable malice. ・・

「 また おせっかいだ な 」・・ "You're busy again"...

一 秒 の 躊躇 も なく 男 の ような 口調 で 葉子 は こう 小さく つぶやいた 。 ひと|びょう||ちゅうちょ|||おとこ|||くちょう||ようこ|||ちいさく| Without a second of hesitation, Yoko muttered softly in a manly tone. 「 構う もの か 」 そう 思い ながら 葉子 は 事務 長 の 目 使い に も 無頓着に 、 快活な 足どり で いそいそ と 田川 夫妻 の ほう に 近づいて 行った 。 かまう||||おもい||ようこ||じむ|ちょう||め|つかい|||むとんちゃくに|かいかつな|あしどり||||たがわ|ふさい||||ちかづいて|おこなった "I don't care," thought Yoko, disregarding the eyes of the secretary, and with cheerful steps she approached Mr. and Mrs. Tagawa. それ を 事務 長 も どう する こと も でき なかった 。 ||じむ|ちょう||||||| Even the secretary couldn't do anything about it. 葉子 は 三 人 の 前 に 来る と 軽く 腰 を まげて 後れ 毛 を かき上げ ながら 顔 じゅう を 蠱惑 的な ほほえみ に して 挨拶 した 。 ようこ||みっ|じん||ぜん||くる||かるく|こし|||おくれ|け||かきあげ||かお|||こわく|てきな||||あいさつ| When Yoko came in front of the three of them, she bent down slightly, brushed back her hair, and greeted them with a captivating smile. 田川 博士 の 頬 に は いち早く それ に 応ずる 物 やさしい 表情 が 浮かぼう と して いた 。 たがわ|はかせ||ほお|||いちはやく|||おうずる|ぶつ||ひょうじょう||うかぼう||| Dr. Tagawa's cheeks were about to show a friendly expression in response. ・・

「 あなた は ずいぶんな 乱暴 を なさる 方 です の ね 」・・ |||らんぼう|||かた||| "You're a pretty violent person, aren't you?"

いきなり 震え を 帯びた 冷ややかな 言葉 が 田川 夫人 から 葉子 に 容赦 も なく 投げつけられた 。 |ふるえ||おびた|ひややかな|ことば||たがわ|ふじん||ようこ||ようしゃ|||なげつけ られた Suddenly, Mrs. Tagawa threw cold, trembling words at Yoko without mercy. それ は 底 意地 の 悪い 挑戦 的な 調子 で 震えて いた 。 ||そこ|いじ||わるい|ちょうせん|てきな|ちょうし||ふるえて| It quivered in a nasty, defiant tone. 田川 博士 は この とっさ の 気まずい 場面 を 繕う ため 何 か 言葉 を 入れて その 不愉快な 緊張 を ゆるめよう と する らしかった が 、 夫人 の 悪意 は せき 立って 募る ばかりだった 。 たがわ|はかせ|||||きまずい|ばめん||つくろう||なん||ことば||いれて||ふゆかいな|きんちょう|||||||ふじん||あくい|||たって|つのる| Dr. Tagawa seemed to be trying to ease the unpleasant tension by putting some words in order to make up for this momentary embarrassment, but his wife's ill will only grew. しかし 夫人 は 口 に 出して は もう なんにも いわ なかった 。 |ふじん||くち||だして||||| But the lady said nothing more. ・・

女 の 間 に 起こる 不思議な 心 と 心 と の 交渉 から 、 葉子 は なんという 事 なく 、 事務 長 と 自分 と の 間 に けさ 起こった ばかりの 出来事 を 、 輪郭 だけ で は ある と して も 田川 夫人 が 感づいて いる な と 直 覚 した 。 おんな||あいだ||おこる|ふしぎな|こころ||こころ|||こうしょう||ようこ|||こと||じむ|ちょう||じぶん|||あいだ|||おこった||できごと||りんかく||||||||たがわ|ふじん||かんづいて||||なお|あきら| From the strange heart-to-heart negotiations that take place between the women, Yoko somehow manages to imagine the events that just happened between the office manager and herself this morning, even if only in outline. I could feel it. ただ 一言 で は あった けれども 、 それ は 検疫 官 と トランプ を いじった 事 を 責める だけ に して は 、 激し 過ぎ 、 悪意 が こめられ 過ぎて いる こと を 直 覚 した 。 |いちげん|||||||けんえき|かん||とらんぷ|||こと||せめる|||||はげし|すぎ|あくい||こめ られ|すぎて||||なお|あきら| It was just one word, but I realized that it was too violent and too malicious to just blame the quarantine officer and Trump for messing around. 今 の 激しい 言葉 は 、 その 事 を 深く 根 に 持ち ながら 、 検疫 医 に 対する 不謹慎な 態度 を たしなめる 言葉 の ように して 使われて いる の を 直 覚 した 。 いま||はげしい|ことば|||こと||ふかく|ね||もち||けんえき|い||たいする|ふきんしんな|たいど|||ことば||||つかわ れて||||なお|あきら| I could sense in my intuition that the harsh words just now were being used as if to reprimand the unscrupulous attitude of the quarantine doctor, even though they had this deep rooted in them. 葉子 の 心 の すみ から すみ まで を 、 溜 飲 の 下がる ような 小気味よ さ が 小おどり し つつ 走 せ めぐった 。 ようこ||こころ|||||||たま|いん||さがる||こきみよ|||こおどり|||はし|| From corner to corner in Yoko's heart, a lightness that made her sip danced and ran around. 葉子 は 何 を そんなに 事 々 しく たしなめられる 事 が ある のだろう と いう ような 少 ししゃ あし ゃあ した 無邪気な 顔つき で 、 首 を かしげ ながら 夫人 を 見守った 。 ようこ||なん|||こと|||たしなめ られる|こと|||||||しょう|||||むじゃきな|かおつき||くび||||ふじん||みまもった Yoko tilted her head and looked over at Mrs. Kobayashi with an innocent look on her face, as if wondering why she was being reprimanded so harshly. ・・

「 航海 中 は とにかく わたし 葉子 さん の お 世話 を お 頼ま れ 申して いる んです から ね 」・・ こうかい|なか||||ようこ||||せわ|||たのま||もうして|||| "At any rate, I'm asking you to take care of Yoko during the voyage."

初め は しとやかに 落ち付いて いう つもり らしかった が 、 それ が だんだん 激し て 途切れ がちな 言葉 に なって 、 夫人 は しまい に は 激動 から 息 気 を さえ はずま して いた 。 はじめ|||おちついて||||||||はげし||とぎれ||ことば|||ふじん|||||げきどう||いき|き||||| At first, he seemed to be speaking calmly and calmly, but his words gradually turned into violent and scrambled words, and at the end, the turmoil left the lady gasping for air. その 瞬間 に 火 の ような 夫人 の ひとみ と 、 皮肉に 落ち付き 払った 葉子 の ひとみ と が 、 ぱったり 出っく わして 小ぜり合い を した が 、 また 同時に 蹴 返す ように 離れて 事務 長 の ほう に 振り向けられた 。 |しゅんかん||ひ|||ふじん||||ひにくに|おちつき|はらった|ようこ||||||で っく||こぜりあい|||||どうじに|け|かえす||はなれて|じむ|ちょう||||ふりむけ られた At that moment, the fire-like eyes of Mrs. Yoko and the sarcastically calm eyes of Yoko suddenly ran into each other and had a small skirmish, but at the same time they kicked away and turned away from the office manager. redirected to. ・・

「 ご もっともです 」・・ "You're welcome"...

事務 長 は 虻 に 当惑 した 熊 の ような 顔つき で 、 柄 に も ない 謹慎 を 装い ながら こう 受け 答えた 。 じむ|ちょう||あぶ||とうわく||くま|||かおつき||え||||きんしん||よそおい|||うけ|こたえた With a face like that of a bear bewildered by horseflies, the secretary-general, pretending to be uncharacteristically discreet, replied: それ から 突然 本気な 表情 に 返って 、・・ ||とつぜん|ほんきな|ひょうじょう||かえって Then suddenly returned to a serious expression,...

「 わたし も 事務 長 であって 見れば 、 どの お 客 様 に 対して も 責任 が ある のだ で 、 御 迷惑に なる ような 事 は せ ん つもりです が 」・・ ||じむ|ちょう||みれば|||きゃく|さま||たいして||せきにん|||||ご|めいわくに|||こと||||| "I'm also the office manager, so from my point of view, I'm responsible for every customer, so I don't intend to cause any trouble."

ここ で 彼 は 急に 仮面 を 取り去った ように にこにこ し 出した 。 ||かれ||きゅうに|かめん||とりさった||||だした ・・

「 そう むき に なる ほど の 事 で も ない じゃ ありません か 。 ||||||こと|||||あり ませ ん| "Isn't it something that's not worthy of being so obnoxious? たかが 早月 さん に 一 度 か 二 度 愛嬌 を いう て いただいて 、 それ で 検疫 の 時間 が 二 時間 から 違う のです もの 。 |さつき|||ひと|たび||ふた|たび|あいきょう|||||||けんえき||じかん||ふた|じかん||ちがう|| It's just that Mr. Hayatsuki has been kind to me once or twice, and that's why the quarantine time is different from 2 hours. いつでも ここ で 四 時間 の 以上 も むだに せ に ゃ なら ん のです て 」・・ |||よっ|じかん||いじょう||||||||| I always have to waste more than four hours here."

田川 夫人 が ますます せき込んで 、 矢継ぎ早に まく しかけよう と する の を 、 事務 長 は 事もなげに 軽々 と おっかぶせて 、・・ たがわ|ふじん|||せきこんで|やつぎばやに|||||||じむ|ちょう||こともなげに|かるがる||お っ かぶせて Mrs. Tagawa was getting more and more irritated, and she was about to throw up in rapid succession, but the office manager lightly overwhelmed her, and...

「 それ に して から が お 話 は いかがです 、 部屋 で 伺いましょう か 。 ||||||はなし|||へや||うかがい ましょう| "By the way, how about we talk later, shall we ask in the room? ほか の お 客 様 の 手前 も いかがです 。 |||きゃく|さま||てまえ|| How about standing in front of other customers? 博士 、 例の とおり 狭っこ い 所 です が 、 甲板 で は ゆっくり も できません で 、 あそこ で お茶 でも 入れましょう 。 はかせ|れいの||せま っこ||しょ|||かんぱん|||||でき ませ ん||||おちゃ||いれ ましょう Doctor, as usual, the place is cramped, but we can't even relax on the deck, so let's have some tea over there. 早月 さん あなた も いかがです 」・・ さつき||||

と 笑い 笑い 言って から くるり ッ と 葉子 の ほう に 向き直って 、 田川 夫妻 に は 気 が 付か ない ように 頓狂な 顔 を ちょっと して 見せた 。 |わらい|わらい|いって|||||ようこ||||むきなおって|たがわ|ふさい|||き||つか|||とんきょうな|かお||||みせた After saying that with a laugh, he turned around to face Yoko and showed a slightly maddened face so that the Tagawas wouldn't notice. ・・

横浜 で 倉地 の あと に 続いて 船室 へ の 階子 段 を 下る 時 始めて 嗅ぎ 覚えた ウイスキー と 葉巻 と の まじり合った ような 甘 た るい 一種 の 香 いが 、 この 時 かすかに 葉子 の 鼻 を かすめた と 思った 。 よこはま||くらち||||つづいて|せんしつ|||はしご|だん||くだる|じ|はじめて|かぎ|おぼえた|ういすきー||はまき|||まじりあった||あま|||いっしゅ||かおり|||じ||ようこ||はな||||おもった それ を かぐ と 葉子 の 情熱 の ほ むら が 一 時 に あおり 立てられて 、 人前 で は 考えられ も せ ぬ ような 思い が 、 旋風 の ごとく 頭 の 中 を こそ い で 通る の を 覚えた 。 ||||ようこ||じょうねつ|||||ひと|じ|||たて られて|ひとまえ|||かんがえ られ|||||おもい||せんぷう|||あたま||なか|||||とおる|||おぼえた When she smelled it, the flames of passion in Yoko were stirred up at once, and she felt thoughts that she would never have thought of in front of other people whirl through her head like a whirlwind. 男 に は それ が どんな 印象 を 与えた か を 顧みる 暇 も なく 、 田川 夫妻 の 前 と いう こと も はばから ず に 、 自分 で は 醜い に 違いない と 思う ような 微笑 が 、 覚え ず 葉子 の 眉 の 間 に 浮かび上がった 。 おとこ||||||いんしょう||あたえた|||かえりみる|いとま|||たがわ|ふさい||ぜん|||||はば から|||じぶん|||みにくい||ちがいない||おもう||びしょう||おぼえ||ようこ||まゆ||あいだ||うかびあがった The man didn't even have time to think about what kind of impression it had made on him, and without hesitation that it was in front of Mr. and Mrs. Tagawa, a smile that he thought must be ugly smiled between Yoko's eyebrows. emerged in . 事務 長 は 小 むずかしい 顔 に なって 振り返り ながら 、・・ じむ|ちょう||しょう||かお|||ふりかえり| The secretary turned around with a stern look on his face and said,

「 いかがです 」 と もう 一 度 田川 夫妻 を 促した 。 |||ひと|たび|たがわ|ふさい||うながした しかし 田川 博士 は 自分 の 妻 の おとなげない の を あわれむ 物 わかり の いい 紳士 と いう 態度 を 見せて 、 態 よく 事務 長 に ことわり を いって 、 夫人 と 一緒に そこ を 立ち去った 。 |たがわ|はかせ||じぶん||つま||||||ぶつ||||しんし|||たいど||みせて|なり||じむ|ちょう|||||ふじん||いっしょに|||たちさった However, Dr. Tagawa showed the attitude of a gentle gentleman who pities his wife's timidness, politely said goodbye to the secretary, and left with her. ・・

「 ちょっと いらっしゃい 」・・ "I'm here for a minute"...

田川 夫妻 の 姿 が 見え なく なる と 、 事務 長 は ろくろく 葉子 を 見むき も し ないで こう いい ながら 先 に 立った 。 たがわ|ふさい||すがた||みえ||||じむ|ちょう|||ようこ||みむき|||||||さき||たった When Mr. and Mrs. Tagawa were out of sight, the office manager went ahead without even looking at Yoko Rokuroku. 葉子 は 小 娘 の ように いそいそ と その あと に ついて 、 薄暗い 階子 段 に かかる と 男 に お ぶい かかる ように して こ ぜ わし く 降りて 行った 。 ようこ||しょう|むすめ|||||||||うすぐらい|はしご|だん||||おとこ|||||||||||おりて|おこなった Yoko followed them eagerly like a little girl, and when she reached the dim stairs, she rushed down the stairs as if to jump on the man. そして 機関 室 と 船員 室 と の 間 に ある 例 の 暗い 廊下 を 通って 、 事務 長 が 自分 の 部屋 の 戸 を あけた 時 、 ぱっと 明るく なった 白い 光 の 中 に 、 nonchalant な diabolic な 男 の 姿 を 今さら の ように 一種 の 畏 れ と なつかし さ と を こめて 打ち ながめた 。 |きかん|しつ||せんいん|しつ|||あいだ|||れい||くらい|ろうか||かよって|じむ|ちょう||じぶん||へや||と|||じ||あかるく||しろい|ひかり||なか||||||おとこ||すがた||いまさら|||いっしゅ||い||||||||うち| ・・

部屋 に は いる と 事務 長 は 、 田川 夫人 の 言葉 でも 思い出した らしく めんどうくさ そうに 吐息 一 つ して 、 帳簿 を 事務 テーブル の 上 に ほうりなげて おいて 、 また 戸 から 頭 だけ つき出して 、「 ボーイ 」 と 大きな 声 で 呼び 立てた 。 へや|||||じむ|ちょう||たがわ|ふじん||ことば||おもいだした|||そう に|といき|ひと|||ちょうぼ||じむ|てーぶる||うえ|||||と||あたま||つきだして|ぼーい||おおきな|こえ||よび|たてた When the office manager entered the room, he seemed to recall Mrs. Tagawa's words, sighed lazily, and threw the ledger on the office table. Boy," he called out in a loud voice. そして 戸 を しめきる と 、 始めて まともに 葉子 に 向きなおった 。 |と||||はじめて||ようこ||むきなおった Then, when he closed the door, he turned straight to Yoko for the first time. そして 腹 を ゆすり 上げて 続け さま に 思い 存分 笑って から 、・・ |はら|||あげて|つづけ|||おもい|ぞんぶん|わらって|

「 え 」 と 大きな 声 で 、 半分 は 物 でも 尋ねる ように 、 半分 は 「 どう だい 」 と いった ような 調子 で いって 、 足 を 開いて akimbo を して 突っ立ち ながら 、 ちょいと 無邪気に 首 を かしげて 見せた 。 ||おおきな|こえ||はんぶん||ぶつ||たずねる||はんぶん|||||||ちょうし|||あし||あいて||||つったち|||むじゃきに|くび|||みせた "Eh," he said in a loud voice, half as if he was asking something, and half as if he was saying, "How are you doing?" I showed it. ・・

そこ に ボーイ が 戸 の 後ろ から 顔 だけ 出した 。 ||ぼーい||と||うしろ||かお||だした ・・

「 シャンペン だ 。 船長 の 所 に バー から 持って 来さ した の が 、 二三 本 残って る よ 。 せんちょう||しょ||ばー||もって|きたさ||||ふみ|ほん|のこって|| 十 の 字 三 つ ぞ ( 大至急 と いう 軍隊 用語 )。 じゅう||あざ|みっ|||だいしきゅう|||ぐんたい|ようご …… 何 が おかしい かい 」・・ なん|||

事務 長 は 葉子 の ほう を 向いた まま こういった の である が 、 実際 その 時 ボーイ は 意味 あり げ に に やに や 薄 笑い を して いた 。 じむ|ちょう||ようこ||||むいた||||||じっさい||じ|ぼーい||いみ|||||||うす|わらい||| ・・

あまりに 事もなげな 倉地 の 様子 を 見て いる と 葉子 は 自分 の 心 の 切な さ に 比べて 、 男 の 心 を 恨めしい もの に 思わず に いられ なく なった 。 |こともなげな|くらち||ようす||みて|||ようこ||じぶん||こころ||せつな|||くらべて|おとこ||こころ||うらめしい|||おもわず||いら れ|| けさ の 記憶 の まだ 生々しい 部屋 の 中 を 見る に つけて も 、 激しく 嵩 ぶって 来る 情熱 が 妙に こじれて 、 いて も 立って も いられ ない もどかし さ が 苦しく 胸 に 逼 る のだった 。 ||きおく|||なまなましい|へや||なか||みる||||はげしく|かさみ||くる|じょうねつ||みょうに||||たって||いら れ|||||くるしく|むね||ひつ|| 今 まで はまる きり 眼中 に なかった 田川 夫人 も 、 三 等 の 女 客 の 中 で 、 処女 と も 妻 と も つか ぬ 二 人 の 二十 女 も 、 果ては 事務 長 に まつわりつく あの 小 娘 の ような 岡 まで が 、 写真 で 見た 事務 長 の 細 君 と 一緒に なって 、 苦しい 敵意 を 葉子 の 心 に あおり 立てた 。 いま||||がんちゅう|||たがわ|ふじん||みっ|とう||おんな|きゃく||なか||しょじょ|||つま|||||ふた|じん||にじゅう|おんな||はては|じむ|ちょう||||しょう|むすめ|||おか|||しゃしん||みた|じむ|ちょう||ほそ|きみ||いっしょに||くるしい|てきい||ようこ||こころ|||たてた Mrs. Tagawa, whom I had never seen before, the two women in their twenties who were neither virgins nor wives among the third-class female guests, and finally, Oka, who was like a little girl who had a crush on the office manager. However, together with the secretary's wife, whom she had seen in the photograph, a bitter animosity was stirred in Yoko's heart. ボーイ に まで 笑いもの に されて 、 男 の 皮 を 着た この 好 色 の 野獣 の なぶり もの に されて いる ので は ない か 。 ぼーい|||わらいもの||さ れて|おとこ||かわ||きた||よしみ|いろ||やじゅう|||||さ れて||||| 自分 の 身 も 心 も ただ 一息 に ひ しぎ つぶす か と 見える あの 恐ろしい 力 は 、 自分 を 征服 する と 共に すべて の 女 に 対して も 同じ 力 で 働く ので は ない か 。 じぶん||み||こころ|||ひといき|||||||みえる||おそろしい|ちから||じぶん||せいふく|||ともに|||おんな||たいして||おなじ|ちから||はたらく|||| その たくさんの 女 の 中 の 影 の 薄い 一 人 の 女 と して 彼 は 自分 を 扱って いる ので は ない か 。 ||おんな||なか||かげ||うすい|ひと|じん||おんな|||かれ||じぶん||あつかって||||| 自分 に は 何物 に も 代え 難く 思わ れる けさ の 出来事 が あった あと でも 、 ああ 平気で いられる その のんき さ は どうした もの だろう 。 じぶん|||なにもの|||かえ|かたく|おもわ||||できごと||||||へいきで|いら れる||||||| 葉子 は 物心 が ついて から 始終 自分 でも 言い 現わす 事 の でき ない 何物 か を 逐 い 求めて いた 。 ようこ||ぶっしん||||しじゅう|じぶん||いい|あらわす|こと||||なにもの|||ちく||もとめて| Ever since Yoko could remember, she had been searching for something she couldn't express. その 何物 か は 葉子 の すぐ 手近に あり ながら 、 しっかり と つかむ 事 は どうしても でき ず 、 そのくせ いつでも その 力 の 下 に 傀儡 の ように あて も なく 動かされて いた 。 |なにもの|||ようこ|||てぢかに||||||こと||||||||ちから||した||かいらい||||||うごかさ れて| 葉子 は けさ の 出来事 以来 なんとなく 思いあがって いた のだ 。 ようこ||||できごと|いらい||おもいあがって|| それ は その 何物 か が おぼろげ ながら 形 を 取って 手 に 触れた ように 思った から だ 。 |||なにもの|||||かた||とって|て||ふれた||おもった|| It was because I thought that something vaguely took shape and touched my hand. しかし それ も 今 から 思えば 幻影 に 過ぎ ない らしく も ある 。 |||いま||おもえば|げんえい||すぎ|||| 自分 に 特別な 注意 も 払って い なかった この 男 の 出来心 に 対して 、 こっち から 進んで 情 を そそる ような 事 を した 自分 は なんという 事 を した のだろう 。 じぶん||とくべつな|ちゅうい||はらって||||おとこ||できごころ||たいして|||すすんで|じょう||||こと|||じぶん|||こと||| どう したら この 取り返し の つか ない 自分 の 破滅 を 救う 事 が できる のだろう と 思って 来る と 、 一 秒 でも この いまわしい 記憶 の さまよう 部屋 の 中 に は いたたまれない ように 思え 出した 。 |||とりかえし||||じぶん||はめつ||すくう|こと|||||おもって|くる||ひと|びょう||||きおく|||へや||なか|||||おもえ|だした When I wondered how I could save myself from this irrevocable ruin, I began to feel that I could not stay in this room of haunted memories for even a second. しかし 同時に 事務 長 は 断ち がたい 執着 と なって 葉子 の 胸 の 底 に こびりついて いた 。 |どうじに|じむ|ちょう||たち||しゅうちゃく|||ようこ||むね||そこ||| この 部屋 を このまま で 出て 行く の は 死ぬ より も つらい 事 だった 。 |へや||||でて|いく|||しぬ||||こと| Leaving this room like this was more painful than dying. どうしても はっきり と 事務 長 の 心 を 握る まで は …… 葉子 は 自分 の 心 の 矛盾 に 業 を 煮やし ながら 、 自分 を さげすみ 果てた ような 絶望 的な 怒り の 色 を 口 び る の あたり に 宿して 、 黙った まま 陰 鬱 に 立って いた 。 |||じむ|ちょう||こころ||にぎる|||ようこ||じぶん||こころ||むじゅん||ぎょう||にやし||じぶん|||はてた||ぜつぼう|てきな|いかり||いろ||くち||||||やどして|だまった||かげ|うつ||たって| 今 まで そわそわ と 小 魔 の ように 葉子 の 心 を めぐり おどって いた はなやかな 喜び ―― それ は どこ に 行って しまった のだろう 。 いま||||しょう|ま|||ようこ||こころ||||||よろこび|||||おこなって|| ・・

事務 長 は それ に 気づいた の か 気 が つか ない の か 、 やがて よりかかり の ない まるい 事務 いす に 尻 を すえて 、 子供 の ような 罪 の ない 顔 を し ながら 、 葉子 を 見て 軽く 笑って いた 。 じむ|ちょう||||きづいた|||き|||||||||||じむ|||しり|||こども|||ざい|||かお||||ようこ||みて|かるく|わらって| The office manager, whether he noticed this or not, eventually sat down in a round office chair with no reclining to lean on, and looked at Yoko with an innocent face like that of a child, and smiled lightly. . 葉子 は その 顔 を 見て 、 恐ろしい 大胆な 悪事 を 赤 児 同様 の 無邪気 さ で 犯し うる 質 の 男 だ と 思った 。 ようこ|||かお||みて|おそろしい|だいたんな|あくじ||あか|じ|どうよう||むじゃき|||おかし||しち||おとこ|||おもった Looking at his face, Yoko thought he was a man capable of committing terrifying and daring crimes with the innocence of a baby. 葉子 は こんな 無自覚な 状態 に は とても なって いられ なかった 。 ようこ|||むじかくな|じょうたい|||||いら れ| Yoko could not have been in such an unconscious state. 一足 ずつ 先 を 越されて いる の か しら ん と いう 不安 まで が 心 の 平衡 を さらに 狂わした 。 ひとあし||さき||こさ れて||||||||ふあん|||こころ||へいこう|||くるわした ・・

「 田川 博士 は 馬鹿 ばかで 、 田川 の 奥さん は 利口 ばか と いう んだ 。 たがわ|はかせ||ばか||たがわ||おくさん||りこう|||| は ゝ ゝ ゝ ゝ 」・・

そう いって 笑って 、 事務 長 は 膝 が しら を はっし と 打った 手 を かえして 、 机 の 上 に ある 葉巻 を つまんだ 。 ||わらって|じむ|ちょう||ひざ||||||うった|て|||つくえ||うえ|||はまき|| With a smile, the secretary clapped his knees, turned back, and picked up a cigar on the desk. ・・

葉子 は 笑う より も 腹だたしく 、 腹だたしい より も 泣きたい くらい に なって いた 。 ようこ||わらう|||はらだたしく|はらだたしい|||なき たい|||| 口 び る を ぶるぶる と 震わし ながら 涙 で も たまった ように 輝く 目 は 剣 を 持って 、 恨み を こめて 事務 長 を 見入った が 、 事務 長 は 無頓着に 下 を 向いた まま 、 一心に 葉巻 に 火 を つけて いる 。 くち||||||ふるわし||なみだ|||||かがやく|め||けん||もって|うらみ|||じむ|ちょう||みいった||じむ|ちょう||むとんちゃくに|した||むいた||いっしんに|はまき||ひ||| 葉子 は 胸 に 抑え あまる 恨み つら み を いい出す に は 、 心 が あまりに 震えて 喉 が かわき きって いる ので 、 下 くちびる を かみしめた まま 黙って いた 。 ようこ||むね||おさえ||うらみ||||いいだす|||こころ|||ふるえて|のど||||||した|||||だまって| ・・

倉地 は それ を 感づいて いる のだ のに と 葉子 は 置き ざ り に さ れた ような やり 所 の ない さびし さ を 感じて いた 。 くらち||||かんづいて|||||ようこ||おき||||||||しょ||||||かんじて| Kurachi sensed this, but Yoko felt a sense of helpless loneliness, as if she had been left behind. ・・

ボーイ が シャンペン と コップ と を 持って は いって 来た 。 ぼーい||||こっぷ|||もって|||きた そして 丁寧に それ を 事務 テーブル の 上 に 置いて 、 さっき の ように 意味 あり げ な 微笑 を もらし ながら 、 そっと 葉子 を ぬすみ 見た 。 |ていねいに|||じむ|てーぶる||うえ||おいて||||いみ||||びしょう|||||ようこ|||みた 待ち構えて いた 葉子 の 目 は しかし ボーイ を 笑わ して は おか なかった 。 まちかまえて||ようこ||め|||ぼーい||わらわ|||| ボーイ は ぎょっと して 飛んで も ない 事 を した と いう ふうに 、 すぐ 慎み深い 給仕 らしく 、 そこそこ に 部屋 を 出て 行った 。 ぼーい||||とんで|||こと|||||||つつしみぶかい|きゅうじ||||へや||でて|おこなった ・・

事務 長 は 葉巻 の 煙 に 顔 を しかめ ながら 、 シャンペン を ついで 盆 を 葉子 の ほう に さし出した 。 じむ|ちょう||はまき||けむり||かお|||||||ぼん||ようこ||||さしだした 葉子 は 黙って 立った まま 手 を 延ばした 。 ようこ||だまって|たった||て||のばした 何 を する に も 心 に も ない 作り事 を して いる ようだった 。 なん|||||こころ||||つくりごと|||| この 短い 瞬間 に 、 今 まで の 出来事 で いいかげん 乱れて いた 心 は 、 身 の 破滅 が とうとう 来て しまった のだ と いう おそろしい 予想 に 押し ひし がれて 、 頭 は 氷 で 巻か れた ように 冷たく 気 うとく なった 。 |みじかい|しゅんかん||いま|||できごと|||みだれて||こころ||み||はめつ|||きて||||||よそう||おし||が れて|あたま||こおり||まか|||つめたく|き|| 胸 から 喉 もと に つきあげて 来る 冷たい そして 熱い 球 の ような もの を 雄々しく 飲み込んで も 飲み込んで も 涙 が やや ともすると 目 が しら を 熱く うるおして 来た 。 むね||のど||||くる|つめたい||あつい|たま|||||おおしく|のみこんで||のみこんで||なみだ||||め||||あつく||きた No matter how hard I swallowed the cold and hot balls that rose up from my chest to my throat, my eyes were filled with hot tears as the tears flickered. 薄手 の コップ に 泡 を 立てて 盛ら れた 黄金色 の 酒 は 葉子 の 手 の 中 で 細かい さざ波 を 立てた 。 うすで||こっぷ||あわ||たてて|もら||こがねいろ||さけ||ようこ||て||なか||こまかい|さざなみ||たてた 葉子 は それ を 気取ら れ まい と 、 しいて 左 の 手 を 軽く あげて 鬢 の 毛 を かき上げ ながら 、 コップ を 事務 長 の と 打ち合わせた が 、 それ を きっかけ に 願 でも ほどけた ように 今 まで からく 持ちこたえて いた 自制 は 根こそぎ くずされて しまった 。 ようこ||||きどら|||||ひだり||て||かるく||びん||け||かきあげ||こっぷ||じむ|ちょう|||うちあわせた||||||ねがい||||いま|||もちこたえて||じせい||ねこそぎ|くずさ れて|