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或る女 - 有島武郎(アクセス), 11.1 或る女

11.1 或る 女

絵 島 丸 が 横浜 を 抜 錨 して から もう 三 日 たった 。 東京 湾 を 出 抜ける と 、 黒潮 に 乗って 、 金 華山 沖 あたり から は 航路 を 東北 に 向けて 、 まっし ぐ ら に 緯度 を 上って 行く ので 、 気温 は 二 日 目 あたり から 目立って 涼しく なって 行った 。 陸 の 影 は いつのまにか 船 の どの 舷 から も ながめる 事 は でき なく なって いた 。 背 羽根 の 灰色 な 腹 の 白い 海鳥 が 、 時々 思い出した ように さびしい 声 で なき ながら 、 船 の 周囲 を 群れ 飛ぶ ほか に は 、 生き物 の 影 とて は 見る 事 も でき ない ように なって いた 。 重い 冷たい 潮 霧 が 野火 の 煙 の ように 濛々 と 南 に 走って 、 それ が 秋 らしい 狭 霧 と なって 、 船体 を 包む か と 思う と 、 たちまち からっと 晴れた 青空 を 船 に 残して 消えて 行ったり した 。 格別 の 風 も ない のに 海面 は 色 濃く 波打ち 騒いだ 。 三 日 目 から は 船 の 中 に 盛んに スティーム が 通り 始めた 。 ・・

葉子 は この 三 日 と いう もの 、 一 度 も 食堂 に 出 ず に 船室 に ばかり 閉じこもって いた 。 船 に 酔った から で は ない 。 始めて 遠い 航海 を 試みる 葉子 に して は 、 それ が 不思議な くらい たやすい 旅 だった 。 ふだん 以上 に 食欲 さえ 増して いた 。 神経 に 強い 刺激 が 与えられて 、 とかく 鬱 結 し やすかった 血液 も 濃く 重たい なり に も なめらかに 血管 の 中 を 循環 し 、 海 から 来る 一種 の 力 が からだ の すみずみ まで 行きわたって 、 うずうず する ほど な 活力 を 感じ させた 。 もらし 所 の ない その 活気 が 運動 も せ ず に いる 葉子 の からだ から 心 に 伝わって 、 一種 の 悒鬱 に 変わる ように さえ 思えた 。 ・・

葉子 は それ でも 船室 を 出よう と は し なかった 。 生まれて から 始めて 孤独に 身 を 置いた ような 彼女 は 、 子供 の ように それ が 楽しみ たかった し 、 また 船 中 で 顔見知り の だれ かれ が できる 前 に 、 これ まで の 事 、 これ から の 事 を 心 に しめて 考えて も みたい と も 思った 。 しかし 葉子 が 三 日 の 間 船室 に 引きこもり 続けた 心持ち に は 、 もう 少し 違った もの も あった 。 葉子 は 自分 が 船客 たち から 激しい 好 奇 の 目 で 見られよう と して いる の を 知っていた 。 立 役 は 幕 明き から 舞台 に 出て いる もの で は ない 。 観客 が 待ち に 待って 、 待ち く た ぶれ そうに なった 時分 に 、 しずしず と 乗り出して 、 舞台 の 空気 を 思う さま 動かさ ねば なら ぬ のだ 。 葉子 の 胸 の 中 に は こんな ずるがしこい いたずらな 心 も 潜んで いた のだ 。 ・・

三 日 目 の 朝 電 燈 が 百合 の 花 の しぼむ ように 消える ころ 葉子 は ふと 深い 眠り から 蒸し暑 さ を 覚えて 目 を さました 。 スティーム の 通って 来る ラディエター から 、 真空 に なった 管 の 中 に 蒸 汽 の 冷えた したたり が 落ちて 立てる 激しい 響き が 聞こえて 、 部屋 の 中 は 軽く 汗ばむ ほど 暖まって いた 。 三 日 の 間 狭い 部屋 の 中 ばかり に いて すわり 疲れ 寝 疲れ のした 葉子 は 、 狭苦しい 寝 台 の 中 に 窮屈に 寝 ちぢまった 自分 を 見いだす と 、 下 に なった 半身 に 軽い しびれ を 覚えて 、 からだ を 仰向け に した 。 そして 一 度 開いた 目 を 閉じて 、 美しく 円 味 を 持った 両 の 腕 を 頭 の 上 に 伸ばして 、 寝 乱れた 髪 を もてあそび ながら 、 さめ ぎ わ の 快い 眠り に また 静かに 落ちて 行った 。 が 、 ほど も なく ほんとうに 目 を さます と 、 大きく 目 を 見開いて 、 あわてた ように 腰 から 上 を 起こして 、 ちょうど 目 通り の ところ に ある いちめんに 水気 で 曇った 眼 窓 を 長い 袖 で 押し ぬぐって 、 ほてった 頬 を ひやひや する その 窓 ガラス に すり つけ ながら 外 を 見た 、 夜 は ほんとうに は 明け 離れて いないで 、 窓 の 向こう に は 光 の ない 濃い 灰色 が どんより と 広がって いる ばかりだった 。 そして 自分 の からだ が ずっと 高まって やがて また 落ちて 行く な と 思わしい ころ に 、 窓 に 近い 舷 に ざ あっと あたって 砕けて 行く 波 濤 が 、 単調な 底力 の ある 震動 を 船室 に 与えて 、 船 は かすかに 横 に かし い だ 。 葉子 は 身動き も せ ず に 目 に その 灰色 を ながめ ながら 、 かみしめる ように 船 の 動揺 を 味わって 見た 。 遠く 遠く 来た と いう 旅情 が 、 さすが に しみじみ と 感ぜられた 。 しかし 葉子 の 目 に は 女らしい 涙 は 浮かば なかった 。 活気 の ず ん ず ん 回復 し つつ あった 彼女 に は 何 か パセティック な 夢 でも 見て いる ような 思い を さ せた 。 ・・

葉子 は そうした まま で 、 過 ぐ る 二 日 の 間 暇に まかせて 思い 続けた 自分 の 過去 を 夢 の ように 繰り返して いた 。 連絡 の ない 終わり の ない 絵巻 が つぎつぎ に 広げられたり 巻か れたり した 。 キリスト を 恋い 恋うて 、 夜 も 昼 も やみ がたく 、 十字架 を 編み込んだ 美しい 帯 を 作って 献 げ よう と 一心に 、 日課 も 何も そっちのけ に して 、 指 の 先 が ささくれる まで 編み 針 を 動かした 可憐な 少女 も 、 その 幻想 の 中 に 現われ 出た 。 寄宿舎 の 二 階 の 窓 近く 大きな 花 を 豊かに 開いた 木 蘭 の 香 いま で が そこ い ら に 漂って いる ようだった 。 国分寺 跡 の 、 武蔵野 の 一角 らしい 櫟 の 林 も 現われた 。 すっかり 少女 の ような 無邪気な 素直な 心 に なって しまって 、 孤 の 膝 に 身 も 魂 も 投げかけ ながら 、 涙 と ともに ささやか れる 孤 の 耳 うち の ように 震えた 細い 言葉 を 、 ただ 「 は いはい 」 と 夢心地 に うなずいて のみ 込んだ 甘い 場面 は 、 今 の 葉子 と は 違った 人 の ようだった 。 そう か と 思う と 左岸 の 崕 の 上 から 広瀬 川 を 越えて 青葉 山 を いちめんに 見渡した 仙台 の 景色 が するする と 開け 渡った 。 夏 の 日 は 北国 の 空 に も あふれ 輝いて 、 白い 礫 の 河原 の 間 を まっさおに 流れる 川 の 中 に は 、 赤裸 な 少年 の 群れ が 赤々 と した 印象 を 目 に 与えた 。 草 を 敷か ん ばかりに 低く うずくまって 、 はなやかな 色合い の パラソル に 日 を よけ ながら 、 黙って 思い に ふける 一 人 の 女 ―― その 時 に は 彼女 は どの 意味 から も 女 だった ―― どこまでも 満足 の 得られ ない 心 で 、 だんだん と 世間 から 埋もれて 行か ねば なら ない ような 境遇 に 押し込められよう と する 運命 。 確かに 道 を 踏み ちがえた と も 思い 、 踏み ちがえた の は 、 だれ が さした 事 だ と 神 を すら なじって みたい ような 思い 。 暗い 産 室 も 隠れて は い なかった 。 そこ の 恐ろしい 沈黙 の 中 から 起こる 強い 快い 赤 児 の 産声 ―― やみ がたい 母性 の 意識 ――「 われ すでに 世に 勝て り 」 と でも いって みたい 不思議な 誇り ―― 同時に 重く 胸 を 押えつける 生 の 暗い 急変 。 かかる 時 思い も 設け ず 力強く 迫って 来る 振り捨てた 男 の 執着 。 あす を も 頼み 難い 命 の 夕闇 に さまよい ながら 、 切れ切れな 言葉 で 葉子 と 最後 の 妥協 を 結ぼう と する 病床 の 母 ―― その 顔 は 葉子 の 幻想 を 断ち切る ほど の 強 さ で 現われ 出た 。 思い 入った 決心 を 眉 に 集めて 、 日ごろ の 楽天 的な 性 情 に も 似 ず 、 運命 と 取り組む ような 真剣な 顔つき で 大事 の 結 着 を 待つ 木村 の 顔 。 母 の 死 を あわれむ と も 悲しむ と も 知れ ない 涙 を 目 に は たたえ ながら 、 氷 の ように 冷え切った 心 で 、 うつむいた まま 、 口 一 つ きか ない 葉子 自身 の 姿 …… そんな 幻 像 が あるいは つぎつぎ に 、 あるいは 折り重なって 、 灰色 の 霧 の 中 に 動き 現われた 。 そして 記憶 は だんだん と 過去 から 現在 の ほう に 近づいて 来た 。 と 、 事務 長 の 倉地 の 浅黒く 日 に 焼けた 顔 と 、 その 広い 肩 と が 思い出さ れた 。 葉子 は 思い も かけ ない もの を 見いだした ように はっと なる と 、 その 幻 像 は たわ い も なく 消えて 、 記憶 は また 遠い 過去 に 帰って 行った 。 それ が また だんだん 現在 の ほう に 近づいて 来た と 思う と 、 最後に は きっと 倉地 の 姿 が 現われ 出た 。 ・・

それ が 葉子 を いらいら さ せて 、 葉子 は 始めて 夢現 の 境 から ほんとうに 目ざめて 、 うるさい もの でも 払いのける ように 、 眼 窓 から 目 を そむけて 寝 台 を 離れた 。 葉子 の 神経 は 朝 から ひどく 興奮 して いた 。 スティーム で 存分に 暖まって 来た 船室 の 中 の 空気 は 息 気 苦しい ほど だった 。 ・・

船 に 乗って から ろくろく 運動 も せ ず に 、 野菜 気 の 少ない 物 ばかり を むさぼり 食べた ので 、 身内 の 血 に は 激しい 熱 が こもって 、 毛 の さき へ まで も 通う ようだった 。 寝 台 から 立ち上がった 葉子 は 瞑 眩 を 感ずる ほど に 上気 して 、 氷 の ような 冷たい もの でも ひしと 抱きしめたい 気持ち に なった 。 で 、 ふらふら と 洗面 台 の ほう に 行って 、 ピッチャー の 水 を なみなみ と 陶器 製 の 洗面 盤 に あけて 、 ずっぷり ひたした 手ぬぐい を ゆるく 絞って 、 ひやっと する の を 構わ ず 、 胸 を あけて 、 それ を 乳房 と 乳房 と の 間 に ぐっと あてがって みた 。 強い はげしい 動 悸 が 押えて いる 手のひら へ 突き返して 来た 。 葉子 は そうした まま で 前 の 鏡 に 自分 の 顔 を 近づけて 見た 。 まだ 夜 の 気 が 薄暗く さまよって いる 中 に 、 頬 を ほてら し ながら 深い 呼吸 を して いる 葉子 の 顔 が 、 自分 に すら 物 すごい ほど なまめかしく 映って いた 。 葉子 は 物好き らしく 自分 の 顔 に 訳 の わから ない 微笑 を たたえて 見た 。 ・・

それ でも その うち に 葉子 の 不思議な 心 の どよめき は しずまって 行った 。 しずまって 行く に つれ 、 葉子 は 今 まで の 引き続き で また 瞑想 的な 気分 に 引き入れられて いた 。 しかし その 時 は もう 夢想 家 で は なかった 。 ごく 実際 的な 鋭い 頭 が 針 の ように 光って とがって いた 。 葉子 は ぬれ 手ぬぐい を 洗面 盤 に ほうりなげて おいて 、 静かに 長 椅子 に 腰 を おろした 。 ・・

笑い事 で は ない 。 いったい 自分 は どう する つもりで いる んだろう 。 そう 葉子 は 出発 以来 の 問い を もう 一 度 自分 に 投げかけて みた 。 小さい 時 から まわり の 人 たち に はばから れる ほど 才 はじけて 、 同じ 年ごろ の 女の子 と は いつでも 一 調子 違った 行き かた を 、 する でも なくして 来 なければ なら なかった 自分 は 、 生まれる 前 から 運命 に でも 呪われて いる のだろう か 。 それ か と いって 葉子 は なべ て の 女 の 順々 に 通って 行く 道 を 通る 事 は どうしても でき なかった 。 通って 見よう と した 事 は 幾 度 あった か わから ない 。 こう さえ 行けば いい のだろう と 通って 来て 見る と 、 いつでも 飛んで も なく 違った 道 を 歩いて いる 自分 を 見いだして しまって いた 。 そして つまずいて は 倒れた 。 まわり の 人 たち は 手 を 取って 葉子 を 起こして やる 仕方 も 知ら ない ような 顔 を して ただ ばからしく あざわらって いる 。 そんなふうに しか 葉子 に は 思え なかった 。 幾 度 も の そんな 苦い 経験 が 葉子 を 片意地な 、 少しも 人 を たよろう と し ない 女 に して しまった 。 そして 葉子 は いわば 本能 の 向か せる ように 向いて どんどん 歩く より しかたがなかった 。 葉子 は 今さら の ように 自分 の まわり を 見回して 見た 。 いつのまにか 葉子 は いちばん 近しい はずの 人 たち から も かけ離れて 、 たった 一 人 で 崕 の きわ に 立って いた 。 そこ で ただ 一 つ 葉子 を 崕 の 上 に つないで いる 綱 に は 木村 と の 婚約 と いう 事 が ある だけ だ 。 そこ に 踏みとどまれば よし 、 さもなければ 、 世の中 と の 縁 は たちどころに 切れて しまう のだ 。 世の中 に 活 き ながら 世の中 と の 縁 が 切れて しまう のだ 。 木村 と の 婚約 で 世の中 は 葉子 に 対して 最後 の 和睦 を 示そう と して いる のだ 。 葉子 に 取って 、 この 最後 の 機会 を も 破り 捨てよう と いう の は さすが に 容易で は なかった 。 木村 と いふ 首 桎 を 受け ないで は 生活 の 保障 が 絶え 果て なければ なら ない のだ から 。 葉子 の 懐中 に は 百五十 ドル の 米貨 が ある ばかりだった 。 定子 の 養育 費 だけ でも 、 米国 に 足 を おろす や 否 や 、 すぐに 木村 に たよら なければ なら ない の は 目の前 に わかって いた 。 後 詰め と なって くれる 親類 の 一 人 も ない の は もちろん の 事 、 やや ともすれば 親切 ご かし に 無い もの まで せびり 取ろう と する 手 合い が 多い のだ 。 たまたま 葉子 の 姉妹 の 内実 を 知って 気の毒だ と 思って も 、 葉子 で は と いう ように 手出し を 控える もの ばかり だった 。 木村 ―― 葉子 に は 義理 に も 愛 も 恋 も 起こり 得 ない 木村 ばかり が 、 葉子 に 対する ただ 一 人 の 戦士 な のだ 。 あわれな 木村 は 葉子 の 蠱惑 に 陥った ばかりで 、 早月 家 の 人々 から 否応 なし に この 重い 荷 を 背負わ されて しまって いる のだ 。 ・・

どうして やろう 。


11.1 或る 女 ある|おんな 11.1 Una mujer

絵 島 丸 が 横浜 を 抜 錨 して から もう 三 日 たった 。 え|しま|まる||よこはま||ぬき|いかり||||みっ|ひ| 東京 湾 を 出 抜ける と 、 黒潮 に 乗って 、 金 華山 沖 あたり から は 航路 を 東北 に 向けて 、 まっし ぐ ら に 緯度 を 上って 行く ので 、 気温 は 二 日 目 あたり から 目立って 涼しく なって 行った 。 とうきょう|わん||だ|ぬける||くろしお||のって|きむ|はなやま|おき||||こうろ||とうほく||むけて|まっ し||||いど||のぼって|いく||きおん||ふた|ひ|め|||めだって|すずしく||おこなった 陸 の 影 は いつのまにか 船 の どの 舷 から も ながめる 事 は でき なく なって いた 。 りく||かげ|||せん|||げん||||こと||||| 背 羽根 の 灰色 な 腹 の 白い 海鳥 が 、 時々 思い出した ように さびしい 声 で なき ながら 、 船 の 周囲 を 群れ 飛ぶ ほか に は 、 生き物 の 影 とて は 見る 事 も でき ない ように なって いた 。 せ|はね||はいいろ||はら||しろい|うみどり||ときどき|おもいだした|||こえ||||せん||しゅうい||むれ|とぶ||||いきもの||かげ|||みる|こと|||||| 重い 冷たい 潮 霧 が 野火 の 煙 の ように 濛々 と 南 に 走って 、 それ が 秋 らしい 狭 霧 と なって 、 船体 を 包む か と 思う と 、 たちまち からっと 晴れた 青空 を 船 に 残して 消えて 行ったり した 。 おもい|つめたい|しお|きり||のび||けむり|||もうもう||みなみ||はしって|||あき||せま|きり|||せんたい||つつむ|||おもう|||から っと|はれた|あおぞら||せん||のこして|きえて|おこなったり| 格別 の 風 も ない のに 海面 は 色 濃く 波打ち 騒いだ 。 かくべつ||かぜ||||かいめん||いろ|こく|なみうち|さわいだ 三 日 目 から は 船 の 中 に 盛んに スティーム が 通り 始めた 。 みっ|ひ|め|||せん||なか||さかんに|||とおり|はじめた ・・

葉子 は この 三 日 と いう もの 、 一 度 も 食堂 に 出 ず に 船室 に ばかり 閉じこもって いた 。 ようこ|||みっ|ひ||||ひと|たび||しょくどう||だ|||せんしつ|||とじこもって| 船 に 酔った から で は ない 。 せん||よった|||| 始めて 遠い 航海 を 試みる 葉子 に して は 、 それ が 不思議な くらい たやすい 旅 だった 。 はじめて|とおい|こうかい||こころみる|ようこ||||||ふしぎな|||たび| ふだん 以上 に 食欲 さえ 増して いた 。 |いじょう||しょくよく||まして| 神経 に 強い 刺激 が 与えられて 、 とかく 鬱 結 し やすかった 血液 も 濃く 重たい なり に も なめらかに 血管 の 中 を 循環 し 、 海 から 来る 一種 の 力 が からだ の すみずみ まで 行きわたって 、 うずうず する ほど な 活力 を 感じ させた 。 しんけい||つよい|しげき||あたえ られて||うつ|けつ|||けつえき||こく|おもたい|||||けっかん||なか||じゅんかん||うみ||くる|いっしゅ||ちから||||||ゆきわたって|||||かつりょく||かんじ|さ せた もらし 所 の ない その 活気 が 運動 も せ ず に いる 葉子 の からだ から 心 に 伝わって 、 一種 の 悒鬱 に 変わる ように さえ 思えた 。 |しょ||||かっき||うんどう||||||ようこ||||こころ||つたわって|いっしゅ||ゆううつ||かわる|||おもえた ・・

葉子 は それ でも 船室 を 出よう と は し なかった 。 ようこ||||せんしつ||でよう|||| 生まれて から 始めて 孤独に 身 を 置いた ような 彼女 は 、 子供 の ように それ が 楽しみ たかった し 、 また 船 中 で 顔見知り の だれ かれ が できる 前 に 、 これ まで の 事 、 これ から の 事 を 心 に しめて 考えて も みたい と も 思った 。 うまれて||はじめて|こどくに|み||おいた||かのじょ||こども|||||たのしみ||||せん|なか||かおみしり||||||ぜん|||||こと||||こと||こころ|||かんがえて|||||おもった しかし 葉子 が 三 日 の 間 船室 に 引きこもり 続けた 心持ち に は 、 もう 少し 違った もの も あった 。 |ようこ||みっ|ひ||あいだ|せんしつ||ひきこもり|つづけた|こころもち||||すこし|ちがった||| 葉子 は 自分 が 船客 たち から 激しい 好 奇 の 目 で 見られよう と して いる の を 知っていた 。 ようこ||じぶん||せんきゃく|||はげしい|よしみ|き||め||み られよう||||||しっていた 立 役 は 幕 明き から 舞台 に 出て いる もの で は ない 。 た|やく||まく|あき||ぶたい||でて||||| 観客 が 待ち に 待って 、 待ち く た ぶれ そうに なった 時分 に 、 しずしず と 乗り出して 、 舞台 の 空気 を 思う さま 動かさ ねば なら ぬ のだ 。 かんきゃく||まち||まって|まち||||そう に||じぶん||||のりだして|ぶたい||くうき||おもう||うごかさ|||| 葉子 の 胸 の 中 に は こんな ずるがしこい いたずらな 心 も 潜んで いた のだ 。 ようこ||むね||なか||||||こころ||ひそんで|| ・・

三 日 目 の 朝 電 燈 が 百合 の 花 の しぼむ ように 消える ころ 葉子 は ふと 深い 眠り から 蒸し暑 さ を 覚えて 目 を さました 。 みっ|ひ|め||あさ|いなずま|とも||ゆり||か||||きえる||ようこ|||ふかい|ねむり||むしあつ|||おぼえて|め|| スティーム の 通って 来る ラディエター から 、 真空 に なった 管 の 中 に 蒸 汽 の 冷えた したたり が 落ちて 立てる 激しい 響き が 聞こえて 、 部屋 の 中 は 軽く 汗ばむ ほど 暖まって いた 。 ||かよって|くる|||しんくう|||かん||なか||む|き||ひえた|||おちて|たてる|はげしい|ひびき||きこえて|へや||なか||かるく|あせばむ||あたたまって| 三 日 の 間 狭い 部屋 の 中 ばかり に いて すわり 疲れ 寝 疲れ のした 葉子 は 、 狭苦しい 寝 台 の 中 に 窮屈に 寝 ちぢまった 自分 を 見いだす と 、 下 に なった 半身 に 軽い しびれ を 覚えて 、 からだ を 仰向け に した 。 みっ|ひ||あいだ|せまい|へや||なか|||||つかれ|ね|つかれ||ようこ||せまくるしい|ね|だい||なか||きゅうくつに|ね||じぶん||みいだす||した|||はんしん||かるい|||おぼえて|||あおむけ|| そして 一 度 開いた 目 を 閉じて 、 美しく 円 味 を 持った 両 の 腕 を 頭 の 上 に 伸ばして 、 寝 乱れた 髪 を もてあそび ながら 、 さめ ぎ わ の 快い 眠り に また 静かに 落ちて 行った 。 |ひと|たび|あいた|め||とじて|うつくしく|えん|あじ||もった|りょう||うで||あたま||うえ||のばして|ね|みだれた|かみ||||||||こころよい|ねむり|||しずかに|おちて|おこなった が 、 ほど も なく ほんとうに 目 を さます と 、 大きく 目 を 見開いて 、 あわてた ように 腰 から 上 を 起こして 、 ちょうど 目 通り の ところ に ある いちめんに 水気 で 曇った 眼 窓 を 長い 袖 で 押し ぬぐって 、 ほてった 頬 を ひやひや する その 窓 ガラス に すり つけ ながら 外 を 見た 、 夜 は ほんとうに は 明け 離れて いないで 、 窓 の 向こう に は 光 の ない 濃い 灰色 が どんより と 広がって いる ばかりだった 。 |||||め||||おおきく|め||みひらいて|||こし||うえ||おこして||め|とおり||||||みずけ||くもった|がん|まど||ながい|そで||おし|||ほお|||||まど|がらす|||||がい||みた|よ||||あけ|はなれて|い ないで|まど||むこう|||ひかり|||こい|はいいろ||||ひろがって|| そして 自分 の からだ が ずっと 高まって やがて また 落ちて 行く な と 思わしい ころ に 、 窓 に 近い 舷 に ざ あっと あたって 砕けて 行く 波 濤 が 、 単調な 底力 の ある 震動 を 船室 に 与えて 、 船 は かすかに 横 に かし い だ 。 |じぶん|||||たかまって|||おちて|いく|||おもわしい|||まど||ちかい|げん|||あっ と||くだけて|いく|なみ|とう||たんちょうな|そこぢから|||しんどう||せんしつ||あたえて|せん|||よこ|||| 葉子 は 身動き も せ ず に 目 に その 灰色 を ながめ ながら 、 かみしめる ように 船 の 動揺 を 味わって 見た 。 ようこ||みうごき|||||め|||はいいろ||||||せん||どうよう||あじわって|みた 遠く 遠く 来た と いう 旅情 が 、 さすが に しみじみ と 感ぜられた 。 とおく|とおく|きた|||りょじょう||||||かんぜ られた しかし 葉子 の 目 に は 女らしい 涙 は 浮かば なかった 。 |ようこ||め|||おんならしい|なみだ||うかば| 活気 の ず ん ず ん 回復 し つつ あった 彼女 に は 何 か パセティック な 夢 でも 見て いる ような 思い を さ せた 。 かっき||||||かいふく||||かのじょ|||なん||||ゆめ||みて|||おもい||| ・・

葉子 は そうした まま で 、 過 ぐ る 二 日 の 間 暇に まかせて 思い 続けた 自分 の 過去 を 夢 の ように 繰り返して いた 。 ようこ|||||か|||ふた|ひ||あいだ|ひまに||おもい|つづけた|じぶん||かこ||ゆめ|||くりかえして| 連絡 の ない 終わり の ない 絵巻 が つぎつぎ に 広げられたり 巻か れたり した 。 れんらく|||おわり|||えまき||||ひろげ られたり|まか|| キリスト を 恋い 恋うて 、 夜 も 昼 も やみ がたく 、 十字架 を 編み込んだ 美しい 帯 を 作って 献 げ よう と 一心に 、 日課 も 何も そっちのけ に して 、 指 の 先 が ささくれる まで 編み 針 を 動かした 可憐な 少女 も 、 その 幻想 の 中 に 現われ 出た 。 きりすと||こい|こうて|よ||ひる||||じゅうじか||あみこんだ|うつくしい|おび||つくって|けん||||いっしんに|にっか||なにも||||ゆび||さき||||あみ|はり||うごかした|かれんな|しょうじょ|||げんそう||なか||あらわれ|でた 寄宿舎 の 二 階 の 窓 近く 大きな 花 を 豊かに 開いた 木 蘭 の 香 いま で が そこ い ら に 漂って いる ようだった 。 きしゅくしゃ||ふた|かい||まど|ちかく|おおきな|か||ゆたかに|あいた|き|らん||かおり||||||||ただよって|| 国分寺 跡 の 、 武蔵野 の 一角 らしい 櫟 の 林 も 現われた 。 こくぶんじ|あと||むさしの||いっかく||くぬぎ||りん||あらわれた すっかり 少女 の ような 無邪気な 素直な 心 に なって しまって 、 孤 の 膝 に 身 も 魂 も 投げかけ ながら 、 涙 と ともに ささやか れる 孤 の 耳 うち の ように 震えた 細い 言葉 を 、 ただ 「 は いはい 」 と 夢心地 に うなずいて のみ 込んだ 甘い 場面 は 、 今 の 葉子 と は 違った 人 の ようだった 。 |しょうじょ|||むじゃきな|すなおな|こころ||||こ||ひざ||み||たましい||なげかけ||なみだ|||||こ||みみ||||ふるえた|ほそい|ことば||||||ゆめごこち||||こんだ|あまい|ばめん||いま||ようこ|||ちがった|じん|| そう か と 思う と 左岸 の 崕 の 上 から 広瀬 川 を 越えて 青葉 山 を いちめんに 見渡した 仙台 の 景色 が するする と 開け 渡った 。 |||おもう||さがん||がい||うえ||ひろせ|かわ||こえて|あおば|やま|||みわたした|せんだい||けしき||||あけ|わたった 夏 の 日 は 北国 の 空 に も あふれ 輝いて 、 白い 礫 の 河原 の 間 を まっさおに 流れる 川 の 中 に は 、 赤裸 な 少年 の 群れ が 赤々 と した 印象 を 目 に 与えた 。 なつ||ひ||きたぐに||から||||かがやいて|しろい|れき||かわはら||あいだ|||ながれる|かわ||なか|||あかはだか||しょうねん||むれ||あかあか|||いんしょう||め||あたえた 草 を 敷か ん ばかりに 低く うずくまって 、 はなやかな 色合い の パラソル に 日 を よけ ながら 、 黙って 思い に ふける 一 人 の 女 ―― その 時 に は 彼女 は どの 意味 から も 女 だった ―― どこまでも 満足 の 得られ ない 心 で 、 だんだん と 世間 から 埋もれて 行か ねば なら ない ような 境遇 に 押し込められよう と する 運命 。 くさ||しか|||ひくく|||いろあい||ぱらそる||ひ||||だまって|おもい|||ひと|じん||おんな||じ|||かのじょ|||いみ|||おんな|||まんぞく||え られ||こころ||||せけん||うずもれて|いか|||||きょうぐう||おしこめ られよう|||うんめい 確かに 道 を 踏み ちがえた と も 思い 、 踏み ちがえた の は 、 だれ が さした 事 だ と 神 を すら なじって みたい ような 思い 。 たしかに|どう||ふみ||||おもい|ふみ|||||||こと|||かみ||||||おもい 暗い 産 室 も 隠れて は い なかった 。 くらい|さん|しつ||かくれて||| そこ の 恐ろしい 沈黙 の 中 から 起こる 強い 快い 赤 児 の 産声 ―― やみ がたい 母性 の 意識 ――「 われ すでに 世に 勝て り 」 と でも いって みたい 不思議な 誇り ―― 同時に 重く 胸 を 押えつける 生 の 暗い 急変 。 ||おそろしい|ちんもく||なか||おこる|つよい|こころよい|あか|じ||うぶごえ|||ぼせい||いしき|||よに|かて||||||ふしぎな|ほこり|どうじに|おもく|むね||おさえつける|せい||くらい|きゅうへん かかる 時 思い も 設け ず 力強く 迫って 来る 振り捨てた 男 の 執着 。 |じ|おもい||もうけ||ちからづよく|せまって|くる|ふりすてた|おとこ||しゅうちゃく あす を も 頼み 難い 命 の 夕闇 に さまよい ながら 、 切れ切れな 言葉 で 葉子 と 最後 の 妥協 を 結ぼう と する 病床 の 母 ―― その 顔 は 葉子 の 幻想 を 断ち切る ほど の 強 さ で 現われ 出た 。 |||たのみ|かたい|いのち||ゆうやみ||||きれぎれな|ことば||ようこ||さいご||だきょう||むすぼう|||びょうしょう||はは||かお||ようこ||げんそう||たちきる|||つよ|||あらわれ|でた 思い 入った 決心 を 眉 に 集めて 、 日ごろ の 楽天 的な 性 情 に も 似 ず 、 運命 と 取り組む ような 真剣な 顔つき で 大事 の 結 着 を 待つ 木村 の 顔 。 おもい|はいった|けっしん||まゆ||あつめて|ひごろ||らくてん|てきな|せい|じょう|||に||うんめい||とりくむ||しんけんな|かおつき||だいじ||けつ|ちゃく||まつ|きむら||かお 母 の 死 を あわれむ と も 悲しむ と も 知れ ない 涙 を 目 に は たたえ ながら 、 氷 の ように 冷え切った 心 で 、 うつむいた まま 、 口 一 つ きか ない 葉子 自身 の 姿 …… そんな 幻 像 が あるいは つぎつぎ に 、 あるいは 折り重なって 、 灰色 の 霧 の 中 に 動き 現われた 。 はは||し|||||かなしむ|||しれ||なみだ||め|||||こおり|||ひえきった|こころ||||くち|ひと||||ようこ|じしん||すがた||まぼろし|ぞう||||||おりかさなって|はいいろ||きり||なか||うごき|あらわれた そして 記憶 は だんだん と 過去 から 現在 の ほう に 近づいて 来た 。 |きおく||||かこ||げんざい||||ちかづいて|きた と 、 事務 長 の 倉地 の 浅黒く 日 に 焼けた 顔 と 、 その 広い 肩 と が 思い出さ れた 。 |じむ|ちょう||くらち||あさぐろく|ひ||やけた|かお|||ひろい|かた|||おもいださ| 葉子 は 思い も かけ ない もの を 見いだした ように はっと なる と 、 その 幻 像 は たわ い も なく 消えて 、 記憶 は また 遠い 過去 に 帰って 行った 。 ようこ||おもい||||||みいだした||||||まぼろし|ぞう||||||きえて|きおく|||とおい|かこ||かえって|おこなった それ が また だんだん 現在 の ほう に 近づいて 来た と 思う と 、 最後に は きっと 倉地 の 姿 が 現われ 出た 。 ||||げんざい||||ちかづいて|きた||おもう||さいごに|||くらち||すがた||あらわれ|でた ・・

それ が 葉子 を いらいら さ せて 、 葉子 は 始めて 夢現 の 境 から ほんとうに 目ざめて 、 うるさい もの でも 払いのける ように 、 眼 窓 から 目 を そむけて 寝 台 を 離れた 。 ||ようこ|||||ようこ||はじめて|ゆめうつつ||さかい|||めざめて||||はらいのける||がん|まど||め|||ね|だい||はなれた 葉子 の 神経 は 朝 から ひどく 興奮 して いた 。 ようこ||しんけい||あさ|||こうふん|| スティーム で 存分に 暖まって 来た 船室 の 中 の 空気 は 息 気 苦しい ほど だった 。 ||ぞんぶんに|あたたまって|きた|せんしつ||なか||くうき||いき|き|くるしい|| ・・

船 に 乗って から ろくろく 運動 も せ ず に 、 野菜 気 の 少ない 物 ばかり を むさぼり 食べた ので 、 身内 の 血 に は 激しい 熱 が こもって 、 毛 の さき へ まで も 通う ようだった 。 せん||のって|||うんどう|||||やさい|き||すくない|ぶつ||||たべた||みうち||ち|||はげしい|ねつ|||け||||||かよう| 寝 台 から 立ち上がった 葉子 は 瞑 眩 を 感ずる ほど に 上気 して 、 氷 の ような 冷たい もの でも ひしと 抱きしめたい 気持ち に なった 。 ね|だい||たちあがった|ようこ||つぶ|くら||かんずる|||じょうき||こおり|||つめたい||||だきしめ たい|きもち|| で 、 ふらふら と 洗面 台 の ほう に 行って 、 ピッチャー の 水 を なみなみ と 陶器 製 の 洗面 盤 に あけて 、 ずっぷり ひたした 手ぬぐい を ゆるく 絞って 、 ひやっと する の を 構わ ず 、 胸 を あけて 、 それ を 乳房 と 乳房 と の 間 に ぐっと あてがって みた 。 |||せんめん|だい||||おこなって|ぴっちゃー||すい||||とうき|せい||せんめん|ばん|||ず っぷり||てぬぐい|||しぼって|ひや っと||||かまわ||むね|||||ちぶさ||ちぶさ|||あいだ|||| 強い はげしい 動 悸 が 押えて いる 手のひら へ 突き返して 来た 。 つよい||どう|き||おさえて||てのひら||つきかえして|きた 葉子 は そうした まま で 前 の 鏡 に 自分 の 顔 を 近づけて 見た 。 ようこ|||||ぜん||きよう||じぶん||かお||ちかづけて|みた まだ 夜 の 気 が 薄暗く さまよって いる 中 に 、 頬 を ほてら し ながら 深い 呼吸 を して いる 葉子 の 顔 が 、 自分 に すら 物 すごい ほど なまめかしく 映って いた 。 |よ||き||うすぐらく|||なか||ほお|||||ふかい|こきゅう||||ようこ||かお||じぶん|||ぶつ||||うつって| 葉子 は 物好き らしく 自分 の 顔 に 訳 の わから ない 微笑 を たたえて 見た 。 ようこ||ものずき||じぶん||かお||やく||||びしょう|||みた ・・

それ でも その うち に 葉子 の 不思議な 心 の どよめき は しずまって 行った 。 |||||ようこ||ふしぎな|こころ|||||おこなった しずまって 行く に つれ 、 葉子 は 今 まで の 引き続き で また 瞑想 的な 気分 に 引き入れられて いた 。 |いく|||ようこ||いま|||ひきつづき|||めいそう|てきな|きぶん||ひきいれ られて| しかし その 時 は もう 夢想 家 で は なかった 。 ||じ|||むそう|いえ||| ごく 実際 的な 鋭い 頭 が 針 の ように 光って とがって いた 。 |じっさい|てきな|するどい|あたま||はり|||ひかって|| 葉子 は ぬれ 手ぬぐい を 洗面 盤 に ほうりなげて おいて 、 静かに 長 椅子 に 腰 を おろした 。 ようこ|||てぬぐい||せんめん|ばん||||しずかに|ちょう|いす||こし|| ・・

笑い事 で は ない 。 わらいごと||| いったい 自分 は どう する つもりで いる んだろう 。 |じぶん|||||| そう 葉子 は 出発 以来 の 問い を もう 一 度 自分 に 投げかけて みた 。 |ようこ||しゅっぱつ|いらい||とい|||ひと|たび|じぶん||なげかけて| 小さい 時 から まわり の 人 たち に はばから れる ほど 才 はじけて 、 同じ 年ごろ の 女の子 と は いつでも 一 調子 違った 行き かた を 、 する でも なくして 来 なければ なら なかった 自分 は 、 生まれる 前 から 運命 に でも 呪われて いる のだろう か 。 ちいさい|じ||||じん|||はば から|||さい||おなじ|としごろ||おんなのこ||||ひと|ちょうし|ちがった|いき||||||らい||||じぶん||うまれる|ぜん||うんめい|||のろわ れて||| それ か と いって 葉子 は なべ て の 女 の 順々 に 通って 行く 道 を 通る 事 は どうしても でき なかった 。 ||||ようこ|||||おんな||じゅんじゅん||かよって|いく|どう||とおる|こと|||| 通って 見よう と した 事 は 幾 度 あった か わから ない 。 かよって|みよう|||こと||いく|たび|||| こう さえ 行けば いい のだろう と 通って 来て 見る と 、 いつでも 飛んで も なく 違った 道 を 歩いて いる 自分 を 見いだして しまって いた 。 ||いけば||||かよって|きて|みる|||とんで|||ちがった|どう||あるいて||じぶん||みいだして|| そして つまずいて は 倒れた 。 |||たおれた まわり の 人 たち は 手 を 取って 葉子 を 起こして やる 仕方 も 知ら ない ような 顔 を して ただ ばからしく あざわらって いる 。 ||じん|||て||とって|ようこ||おこして||しかた||しら|||かお|||||| そんなふうに しか 葉子 に は 思え なかった 。 ||ようこ|||おもえ| 幾 度 も の そんな 苦い 経験 が 葉子 を 片意地な 、 少しも 人 を たよろう と し ない 女 に して しまった 。 いく|たび||||にがい|けいけん||ようこ||かたいじな|すこしも|じん||||||おんな||| そして 葉子 は いわば 本能 の 向か せる ように 向いて どんどん 歩く より しかたがなかった 。 |ようこ|||ほんのう||むか|||むいて||あるく|| 葉子 は 今さら の ように 自分 の まわり を 見回して 見た 。 ようこ||いまさら|||じぶん||||みまわして|みた いつのまにか 葉子 は いちばん 近しい はずの 人 たち から も かけ離れて 、 たった 一 人 で 崕 の きわ に 立って いた 。 |ようこ|||ちかしい||じん||||かけはなれて||ひと|じん||がい||||たって| そこ で ただ 一 つ 葉子 を 崕 の 上 に つないで いる 綱 に は 木村 と の 婚約 と いう 事 が ある だけ だ 。 |||ひと||ようこ||がい||うえ||||つな|||きむら|||こんやく|||こと|||| そこ に 踏みとどまれば よし 、 さもなければ 、 世の中 と の 縁 は たちどころに 切れて しまう のだ 。 ||ふみとどまれば|||よのなか|||えん|||きれて|| 世の中 に 活 き ながら 世の中 と の 縁 が 切れて しまう のだ 。 よのなか||かつ|||よのなか|||えん||きれて|| 木村 と の 婚約 で 世の中 は 葉子 に 対して 最後 の 和睦 を 示そう と して いる のだ 。 きむら|||こんやく||よのなか||ようこ||たいして|さいご||わぼく||しめそう|||| 葉子 に 取って 、 この 最後 の 機会 を も 破り 捨てよう と いう の は さすが に 容易で は なかった 。 ようこ||とって||さいご||きかい|||やぶり|すてよう|||||||よういで|| 木村 と いふ 首 桎 を 受け ないで は 生活 の 保障 が 絶え 果て なければ なら ない のだ から 。 きむら|||くび|あしかせ||うけ|||せいかつ||ほしょう||たえ|はて||||| 葉子 の 懐中 に は 百五十 ドル の 米貨 が ある ばかりだった 。 ようこ||かいちゅう|||ひゃくごじゅう|どる||べいか||| 定子 の 養育 費 だけ でも 、 米国 に 足 を おろす や 否 や 、 すぐに 木村 に たよら なければ なら ない の は 目の前 に わかって いた 。 さだこ||よういく|ひ|||べいこく||あし||||いな|||きむら||||||||めのまえ||| 後 詰め と なって くれる 親類 の 一 人 も ない の は もちろん の 事 、 やや ともすれば 親切 ご かし に 無い もの まで せびり 取ろう と する 手 合い が 多い のだ 。 あと|つめ||||しんるい||ひと|じん|||||||こと|||しんせつ||||ない||||とろう|||て|あい||おおい| たまたま 葉子 の 姉妹 の 内実 を 知って 気の毒だ と 思って も 、 葉子 で は と いう ように 手出し を 控える もの ばかり だった 。 |ようこ||しまい||ないじつ||しって|きのどくだ||おもって||ようこ||||||てだし||ひかえる||| 木村 ―― 葉子 に は 義理 に も 愛 も 恋 も 起こり 得 ない 木村 ばかり が 、 葉子 に 対する ただ 一 人 の 戦士 な のだ 。 きむら|ようこ|||ぎり|||あい||こい||おこり|とく||きむら|||ようこ||たいする||ひと|じん||せんし|| あわれな 木村 は 葉子 の 蠱惑 に 陥った ばかりで 、 早月 家 の 人々 から 否応 なし に この 重い 荷 を 背負わ されて しまって いる のだ 。 |きむら||ようこ||こわく||おちいった||さつき|いえ||ひとびと||いやおう||||おもい|に||せおわ|さ れて||| ・・

どうして やろう 。