こころ ２１ 21 21 21 21

二十一 にじゅういち

冬 が 来た 時 、 私 （ わたくし ） は 偶然 国 へ 帰ら なければ なら ない 事 に なった 。 ふゆ||きた|じ|わたくし|||ぐうぜん|くに||かえら||||こと|| When winter came, I had to go back to the country by chance.

私 の 母 から 受け取った 手紙 の 中 に 、 父 の 病気 の 経過 が 面白く ない 様子 を 書いて 、 今 が 今 と いう 心配 も ある まい が 、 年 が 年 だ から 、 できる なら 都合 して 帰って 来て くれ と 頼む ように 付け足して あった 。 わたくし||はは||うけとった|てがみ||なか||ちち||びょうき||けいか||おもしろく||ようす||かいて|いま||いま|||しんぱい|||||とし||とし|||||つごう||かえって|きて|||たのむ||つけたして| 父 は かねて から 腎臓 （ じんぞう ） を 病んで いた 。 ちち||||じんぞう|||やんで| 中年 以後 の 人 に しばしば 見る 通り 、 父 の この 病 （ やまい ） は 慢性 であった 。 ちゅうねん|いご||じん|||みる|とおり|ちち|||びょう|||まんせい| その代り 要 心 さえ して いれば 急変 の ない もの と 当人 も 家族 の もの も 信じて 疑わ なかった 。 そのかわり|かなめ|こころ||||きゅうへん|||||とうにん||かぞく||||しんじて|うたがわ| Instead, there was no doubt that he and his family believed that there would be no sudden change as long as he had the utmost importance. 現に 父 は 養生 の お蔭 （ かげ ） 一 つ で 、 今日 （ こんにち ） まで どう か こう か 凌 （ しの ） い で 来た ように 客 が 来る と 吹聴 （ ふいちょう ） して いた 。 げんに|ちち||ようじょう||おかげ||ひと|||きょう|||||||しの||||きた||きゃく||くる||ふいちょう||| In fact, my father was blowing the whistle that thanks to his health care, he had somehow managed to survive until today, and that the guests would be coming. その 父 が 、 母 の 書 信 に よる と 、 庭 へ 出て 何 か して いる 機 （ はずみ ） に 突然 眩暈 （ めまい ） が して 引 ッ 繰り 返った 。 |ちち||はは||しょ|しん||||にわ||でて|なん||||き|||とつぜん|めまい||||ひ||くり|かえった 家内 （ かない ） の もの は 軽症 の 脳溢血 （ のういっけつ ） と 思い 違えて 、 すぐ その 手当 を した 。 かない|||||けいしょう||のういっけつ|||おもい|ちがえて|||てあて|| 後 （ あと ） で 医者 から どうも そう で は ない らしい 、 やはり 持病 の 結果 だろう と いう 判断 を 得て 、 始めて 卒倒 と 腎臓 病 と を 結び付けて 考える ように なった のである 。 あと|||いしゃ|||||||||じびょう||けっか||||はんだん||えて|はじめて|そっとう||じんぞう|びょう|||むすびつけて|かんがえる||| 冬 休み が 来る に は まだ 少し 間 （ ま ） が あった 。 ふゆ|やすみ||くる||||すこし|あいだ||| 私 は 学期 の 終り まで 待って いて も 差 支 （ さ しつ か ） え ある まい と 思って 一 日 二 日 そのまま に して おいた 。 わたくし||がっき||おわり||まって|||さ|し||||||||おもって|ひと|ひ|ふた|ひ|||| すると その 一 日 二 日 の 間 に 、 父 の 寝て いる 様子 だの 、 母 の 心配 して いる 顔 だの が 時々 眼 に 浮かんだ 。 ||ひと|ひ|ふた|ひ||あいだ||ちち||ねて||ようす||はは||しんぱい|||かお|||ときどき|がん||うかんだ その たび に 一種 の 心苦し さ を 嘗 （ な ） め た 私 は 、 とうとう 帰る 決心 を した 。 |||いっしゅ||こころぐるし|||しょう||||わたくし|||かえる|けっしん|| 国 から 旅費 を 送ら せる 手数 （ て かず ） と 時間 を 省く ため 、 私 は 暇乞 （ いとま ご ） い かたがた 先生 の 所 へ 行って 、 要 （ い ） る だけ の 金 を 一 時 立て替えて もらう 事 に した 。 くに||りょひ||おくら||てすう||||じかん||はぶく||わたくし||いとまごい|||||せんせい||しょ||おこなって|かなめ|||||きむ||ひと|じ|たてかえて||こと|| 先生 は 少し 風邪 （ かぜ ） の 気味 で 、 座敷 へ 出る の が 臆 劫 （ おっくう ） だ と いって 、 私 を その 書斎 に 通した 。 せんせい||すこし|かぜ|||きみ||ざしき||でる|||おく|ごう|||||わたくし|||しょさい||とおした 書斎 の 硝子 戸 （ ガラス ど ） から 冬 に 入 （ い ）って 稀 （ まれ ） に 見る ような 懐かしい 和 （ やわ ） ら かな 日光 が 机 掛 （ つくえ か ） け の 上 に 射 （ さ ） して いた 。 しょさい||がらす|と|がらす|||ふゆ||はい|||まれ|||みる||なつかしい|わ||||にっこう||つくえ|かかり|||||うえ||い||| 先生 は この 日 あたり の 好 （ い ） い 室 （ へや ） の 中 へ 大きな 火鉢 を 置いて 、 五 徳 （ ごとく ） の 上 に 懸けた 金 盥 （ かな だ らい ） から 立ち 上 （ あが ） る 湯気 （ ゆげ ） で 、 呼吸 （ いき ） の 苦しく なる の を 防いで いた 。 せんせい|||ひ|||よしみ|||しつ|||なか||おおきな|ひばち||おいて|いつ|とく|||うえ||かけた|きむ|たらい|||||たち|うえ|||ゆげ|||こきゅう|||くるしく||||ふせいで| 「 大病 は 好 （ い ） いが 、 ちょっと した 風邪 （ かぜ ） など は かえって 厭 （ いや ） な もの です ね 」 と いった 先生 は 、 苦笑 し ながら 私 の 顔 を 見た 。 たいびょう||よしみ|||||かぜ|||||いと||||||||せんせい||くしょう|||わたくし||かお||みた 先生 は 病気 と いう 病気 を した 事 の ない 人 であった 。 せんせい||びょうき|||びょうき|||こと|||じん| 先生 の 言葉 を 聞いた 私 は 笑い たく なった 。 せんせい||ことば||きいた|わたくし||わらい|| 「 私 は 風邪 ぐらい なら 我慢 します が 、 それ 以上 の 病気 は 真 平 （ まっぴら ） です 。 わたくし||かぜ|||がまん|し ます|||いじょう||びょうき||まこと|ひら|| 先生 だって 同じ 事 でしょう 。 せんせい||おなじ|こと| 試みに やって ご覧 に なる と よく 解 （ わか ） ります 」「 そう か ね 。 こころみに||ごらん|||||かい||り ます||| 私 は 病気 に なる くらい なら 、 死 病 に 罹 （ か か ） りたい と 思って る 」 私 は 先生 の いう 事 に 格別 注意 を 払わ なかった 。 わたくし||びょうき|||||し|びょう||り|||り たい||おもって||わたくし||せんせい|||こと||かくべつ|ちゅうい||はらわ| I want to get sick if I get sick. ”I didn't pay particular attention to what the teacher said. すぐ 母 の 手紙 の 話 を して 、 金 の 無心 を 申し出た 。 |はは||てがみ||はなし|||きむ||むしん||もうしでた 「 そりゃ 困る でしょう 。 |こまる| その くらい なら 今 手元 に ある はずだ から 持って行き たまえ 」 先生 は 奥さん を 呼んで 、 必要の 金額 を 私 の 前 に 並べ させて くれた 。 |||いま|てもと|||||もっていき||せんせい||おくさん||よんで|ひつようの|きんがく||わたくし||ぜん||ならべ|さ せて| それ を 奥 の 茶箪笥 （ ちゃだんす ） か 何 か の 抽出 （ ひきだし ） から 出して 来た 奥さん は 、 白い 半紙 の 上 へ 鄭 寧 （ ていねい ） に 重ねて 、「 そりゃ ご 心配です ね 」 と いった 。 ||おく||ちゃだんす|||なん|||ちゅうしゅつ|||だして|きた|おくさん||しろい|はんし||うえ||てい|やすし|||かさねて|||しんぱいです||| 「 何遍 （ なんべん ） も 卒倒 した んです か 」 と 先生 が 聞いた 。 なんべん|||そっとう|||||せんせい||きいた The teacher asked, "Did you faint?" 「 手紙 に は 何とも 書いて ありません が 。 てがみ|||なんとも|かいて|あり ませ ん| ―― そんなに 何度 も 引 ッ 繰り 返る もの です か 」「 ええ 」 先生 の 奥さん の 母親 と いう 人 も 私 の 父 と 同じ 病気 で 亡くなった のだ と いう 事 が 始めて 私 に 解った 。 |なんど||ひ||くり|かえる|||||せんせい||おくさん||ははおや|||じん||わたくし||ちち||おなじ|びょうき||なくなった||||こと||はじめて|わたくし||わかった 「 どうせ むずかしい んでしょう 」 と 私 が いった 。 ||||わたくし|| 「 そう さ ね 。 私 が 代ら れれば 代って あげて も 好 （ い ） いが 。 わたくし||かわら||かわって|||よしみ|| It would be nice if I could be replaced. ―― 嘔気 （ はきけ ） は ある んです か 」「 どう です か 、 何とも 書いて ない から 、 大方 （ おおかた ） ない んでしょう 」「 吐気 さえ 来 なければ まだ 大丈夫です よ 」 と 奥さん が いった 。 おうき|||||||||なんとも|かいて|||おおかた||||はきけ||らい|||だいじょうぶです|||おくさん|| 私 は その 晩 の 汽車 で 東京 を 立った 。 わたくし|||ばん||きしゃ||とうきょう||たった