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影踏み (Shadowfall by Hideo Yokoyama), 影踏み:消息:1

影踏み :消息 :1

消息 1

三月 二十五日 早朝 ――。

三寒四温 で 言う なら 、真壁 修一 の 出所 は 寒 の 日 に あたった 。 高塀 の 外 に 出迎え の 人影 は なく 、だが 内耳 の 奥 に は 耳骨 を つんつん と 突いて くる いつも の 合図 が あって 、啓二 の 晴々 とした 声 が 頭蓋 全体 に 響いた 。

《 修 兄 ィ 、 お めで と さ ん ! えー と 、まずは 保護司 さん の とこ ? 〈 いや 〉

真壁 は 答え 、ハーフコート の 襟 を 立てて バス停 に 足 を 向けた 。

丁度 、市内 方面 に 向かう バス が 来た ところ だった 。 短い 列 に ついた 真壁 は コート の ポケット を 探った 。 「作業 賞与 金 」と 印字 された 薄っぺらい 茶封筒 を 掴み 出して 封 を 切り 、手のひら に 硬貨 を 滑らせた 。

何 も 変わって い ない 。 舗道 は 区画 整理 に 背いた 数 軒 の あばら家 を 避けて 鉤型 に 走っている し 、街道 筋 の 銀杏 並木 は 貧相 な 枝振り も 幹 の すすけ 具合 も 以前 の まま 、くすんだ 風景画 の ように 目 に 映る 。 県道 を 跨ぐ 歩道橋 の すぐ 下 に 、歩行者用 信号機 の 付いた ゼブラ が 引かれていて 、それ だけ が 二 年 前 と 違う 。 車 優先 社会 へ の 反発 だ か 反省 だ か が 、上 も 下 も 人 が 渡れる 二重 横断 の 珍妙 な 光景 を 納得 顔 で 許している 。

真壁 は 雁 谷 市 役所 前 で バス を 降りた 。

もう 出勤 の 時間 な の だろう 、そこかしこ の 道 から 背広 や コート が 現れ 、色彩 の ない 行軍 の 列 と なって 職員 通用口 に 吸い込まれて いく 。 その 市 庁舎 を ぐるり 回った 裏手 の 県立 図書館 は 、やや 明るい 色合い ながら 刑務所 の 高 塀 に よく 似た 赤 煉瓦 造り だ 。 案 の 定 、耳 骨 が また つんつん と 突かれた 。

《 ねえ ねえ 、 それ じゃあ 例 の 件 、 ホント に 調べる 気 ? 〈 そう だ 〉

真壁 は 二階 の カウンター で 地元 紙 の 閲覧 を 申し出た 。 過去 二 年間 分 の マイクロ フィルム を 借り受け 、窓際 の 読出機 に 腰 を 据えた 。

古い 順 に 社会 面 の 事件 記事 を チェック する 。 最初 に 画面 に 映し出さ れた の は 「真壁 逮捕 」を 報じた 日 の 紙面 だった 。 読み 飛ばし 、手元 の ダイヤル を 操作 して 次 の 日 の 紙面 に 送る 。 数 秒 見つめて また 送る 。 次 の 日 ……。 さらに 次 の 日 ……。 「死 」「殺 」「傷 」。 殺伐 と した 活字 の 残像 が 重なって は 消えて いく 。

三 カ月 分 ほど 見 終えた 頃 、焦れったさ を 伝える ように 中耳 の 辺り が 疼いた 。

《 修 兄 ィ の 思い過ごし だ と 思う なあ 》

〈………〉

《 なんにも 起こって ないって ば 》

〈 いい から 、 少し 黙って ろ 〉

真壁 は 手元 の ダイヤル を 動かし 続けた 。 一 度 と して 席 を 立たず 、二 年間 分 の 社会 面 を 見 終えた 時 に は 陽 が 傾き かけて いた 。 見当たら なかった 。 真壁 が 予想 して いた 事件 は ――。

《 ほ 〜 ら 、 やっぱり 修 兄 ィ の 妄想 じゃ ん か 。 女 は 亭主 を 殺して いません 。 たったいま 証明 さ れました 》

啓二 が 茶 化す ように 言った 。 真壁 は 頷か なかった 。

〈 殺 ろう と して た こと は 確か だ 〉

《 だ から 、 それ が 妄想 だって 言って ん の 。 だいいち 、 俺 たち に なんの 関係 が ある わけ ? 〈 自分 が パクられた 時 の こと は 正確 に 知って おきたい 〉

《 はい はい 、 そん じゃ 行こう 。 何 も なかったって わかった ん だ から 》

せっつく 声 を 内耳 の 奥 に 閉じ込め 、真壁 は 最初 に 読み 飛ばした 二 年 前 の 紙面 を 画面 に 呼び出した 。

三月 二十 二日 付 社会 面 ――。 四 コマ 漫画 の 下 に 大きく スペース を 割いた 囲み 記事 が 載って いる 。 『〝 ノビカベ 〟 捕まる 』 の 三 段 見出し 。

至近 距離 から 必要 以上 の ストロボ を 当てて 撮られた 顔写真 。 目つき は 油断 なく 、定規 で 引き下ろした ような 鼻筋 や 薄く 締まった 口元 は CG デザイナー が 好んで 描く 未来人 的な 風貌 を 連想させる 。 二 年 前 の その 写真 を 見つめる 真壁 は 、やや 頬 が こけ 、瞳 に 懐疑 の 濁り を 増した か 。

記事 は 多分 に 週刊 誌 的 だ 。 中央 紙 と の 差別化 に こだわる 地方紙 記者 の 鼻息 の 荒さ だ か 鼻 の 高さ だ 書きっぷり に 匂う 。

〝 ノビカベ 〟 が 捕まった ―― 深夜 、 寝静まった 民家 を 狙い 現金 を 盗み 出す 「 ノビ 師 」 と 呼ば れる 忍び込み の プロ 、 住所 不定 無職 、 真壁 修一 (32) が 雁 谷 署 に 逮捕 された 。 取り調べ に 対して 決して 口 を 割らない 、 その 高く 強固 な 「 壁 」 を 思わ す した たか さ に 、 刑事 たち から 名前 を もじって 〝 ノビカベ 〟 と 綽名 される 。 例 に よって 逮捕 事実 すら 認め ず 完全 黙秘 を 決め込んでいる が 、県下 で は 真壁 が 出所 した 昨年 来 、ノビ の 被害 が 頻発 しており 、同 署 は 余罪 が 多数 ある もの と みて 厳しく 追及している 。

調べ に よる と 、真壁 は 二十日 午前 二時 ごろ 、雁谷市 大石町 一丁目 会社員 、稲村 道夫 さん (41 )方 西側 サッシ 窓 を ドライバー で 破り 侵入 。 居間 や 仏 間 を 物色 し た が 、稲村 さん の 妻 葉子 さん (30 )が 物音 で 目 を 覚まし 一 一 〇 番 通報 。 駆けつけた 雁 谷 署員 に 住居 侵入 の 現行 犯 で ――

啓二 が 思考 に 割り込ん できた 。 《 妻 葉子 さん が 物音 で 目 を 覚まし ―― ここ が 違うって 言う ん だ ろ 修 兄 ィ は ? 〈 そう だ 〉

真壁 は 目 を 閉じた 。 服役 した 二 年間 、あの 夜 の こと を 考え ない 日 は なかった 。

古い 住宅 団地 の 一角 だった 。 自転車 で 団地 を ひと 回り し 、ブロック 塀 に 囲われた その 二階屋 を 選んだ 。 侵入 は たやすかった 。 居間 は すっかり 今風 に リフォーム さ れ 、大 画面 テレビ や 革張り の ソファ が 「中流 の 上 」を 告げ て い た 。 ガラス テーブル の 上 に グラス が 一 つ 。 オールド の 空 ボトル 。 半ば まで 減った ホワイトホース 。 ピーナッツ の 食べ 残し 。 テレビ の リモコン 。 ひしゃげた マイルドセブン の 空 箱 。 吸殻 が 山 と なった 灰皿 ……。

まず は 電話 台 の 引き出し を 物色 した 。 アナログ の 腕時計 、名刺入れ 、封 を 切っていない マイルドセブン 、タイピン 、ボールペン 、薄茶色 の 札入れ 。 中 に 万 札 が 二 枚 。 抜き取って 隣 の 仏間 へ 回った 。

入って すぐ 右手 に 古風 な 姿見 。 窓際 に 置かれた ドレッサー の 平台 の 上 に 「ラ・ベリテ 」の 化粧水 の 瓶 が 一本 。 店頭 売り を しない こと を ウリ に している 高級 品 だが 使い切って あった 。 仏壇 の 引き出し を 探った 。 線香 、蝋燭 、マッチ 、数珠 の 桐 箱 。 墓地 の 権利書 、宝くじ が 十 枚 、年賀状 の 束 ……。

階段 を 上がった 。 寝室 の 襖 を 細く 開いて 中 の 気配 を 窺った 。 十 畳 ほど の 広さ だった 。 左 の 壁 に 狙い目 の 和 ダンス 。 その 脇 に 火 の 消えた 石油 ストーブ 。 寝具 が 二 組 。 枕元 の スタンド に 少なくない 光 量 が あった 。 奥 に 高いびき の 男 。 手前 の 布団 に は 、こちら に 背 を 向けて 横たわる 女 。 うなじ が 露出 して いた 。 息 を 呑む ほど 白かった 。

入る な 。 五感 を 超えた 指令 が 脳 を 突き上げた 。 白い うなじ が こちら を 凝視 して いる 。 女 は 眠って い ない ――。

強 張った 足 で 階段 を 下りた 。 今にも 女 が 金切り声 を 上げる 。 男 が 起き 出して 追って くる 。 そう 覚悟 して いた 。 侵入 口 の 窓 から 庭 に 逃れた 。 カーポート に あった クラウン の 陰 に 身 を 隠し 、二階 の 様子 を 窺った 。 灯 は つかない 。 物音 も し ない 。 乗って きた 自転車 は 裏 の 路地 に 置いて あった 。 犬 走り 伝い に 母屋 の 裏手 に 回った 。 塀 を 乗り越えた 、その 時 だった 、車 の ヘッドライト を 全身 に 浴びた 。 ブレーキ 音 。 回転 する 赤色 灯 。 靴 音 。 刑事 たち の 怒声 ――。

図書館 の 二階 フロア は しんと 静まり返っていた 。

何度 反芻 して も 結論 は 動か ない 。 女 は 最初 から 起きて いた 。 夫 を 殺す 計画 を 胸 に 、まんじり とも せず 布団 の 中 に いた 。

〈 啓二 、 行く ぞ 〉

返事 が なかった 。 啓二 は 一 人 で 囲み 記事 の 後 段 を 読んで いた 。

真壁 は 両親 ともに 教職者 の 家 に 生まれ 、厳格 に 育てられた 。 高校 時代 は 空手 部 に 在籍 。 学業 の 成績 も 良く 、 A 大 法学部 に 現役 合格 した 。 しかし 、浪人 中 だった 双子 の 弟 が 空き巣 を 重ねて 警察 に 追われる 身 と なった こと から 、悲観 した 母親 が 発作的に 家 に 火 を 放って 弟 を 道連れ に 無理 心中 。 二 人 を 助け出そう と した 父親 も 炎 に 呑まれ 死亡 した 。 これ を 境 に 真壁 の 人生 は 暗転 、傷害 事件 を 起こし て 大学 を 退学 に なり 、その後 は 定職 に も 就か ず ――

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