×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

『二百十日』 夏目漱石, 「二」 二百十日 夏目漱石

「二 」 二百十 日 夏目 漱石

「 この 湯 は 何 に 利く んだろう 」 と 豆腐 屋 の 圭 さん が 湯 槽 の なか で 、 ざ ぶ ざ ぶ やり ながら 聞く 。

「 何 に 利く か なあ 。

分析 表 を 見る と 、 何 に でも 利く ようだ 。

―― 君 そんなに 、 臍 ばかり ざ ぶ ざ ぶ 洗ったって 、 出 臍 は 癒 ら ない ぜ 」 「 純 透明だ ね 」 と 出 臍 の 先生 は 、 両手 に 温泉 を 掬 んで 、 口 へ 入れて 見る 。 やがて 、 「 味 も 何も ない 」 と 云 いながら 、 流し へ 吐き出した 。

「 飲んで も いい んだ よ 」 と 碌 さん は が ぶ が ぶ 飲む 。

圭 さん は 臍 を 洗う の を やめて 、 湯 槽 の 縁 へ 肘 を かけて 漫然と 、 硝子 越し に 外 を 眺めて いる 。

碌 さん は 首 だけ 湯 に 漬かって 、 相手 の 臍 から 上 を 見上げた 。

「 どうも 、 いい 体格 だ 。

全く 野生 の まま だ ね 」 「 豆腐 屋 出身 だ から なあ 。

体格 が 悪 るい と 華族 や 金持ち と 喧嘩 は 出来 ない 。

こっち は 一 人 向 は 大勢 だ から 」 「 さも 喧嘩 の 相手 が ある ような 口 振 だ ね 。

当の 敵 は 誰 だい 」 「 誰 でも 構わ ない さ 」 「 ハハハ 呑気 な もん だ 。

喧嘩 に も 強そうだ が 、 足 の 強い の に は 驚いた よ 。

君 と いっしょで なければ 、 きのう ここ まで くる 勇気 は なかった よ 。

実は 途中 で 御免 蒙ろう か と 思った 」 「 実際 少し 気の毒だった ね 。

あれ でも 僕 は よほど 加減 して 、 歩行 いた つもりだ 」 「 本当 かい ?

はたして 本当 なら えらい もの だ 。

―― 何だか 怪しい な 。

すぐ 付け上がる から いやだ 」 「 ハハハ 付け上がる もの か 。

付け上がる の は 華族 と 金持 ばかり だ 」 「 また 華族 と 金持ち か 。

眼 の 敵 だ ね 」 「 金 は なくって も 、 こっち は 天下 の 豆腐 屋 だ 」 「 そう だ 、 いやしくも 天下 の 豆腐 屋 だ 。 野生 の 腕力 家 だ 」 「 君 、 あの 窓 の 外 に 咲いて いる 黄色い 花 は 何 だろう 」 碌 さん は 湯 の 中 で 首 を 捩じ 向ける 。

「 かぼちゃ さ 」 「 馬鹿 あ 云って る 。 かぼちゃ は 地 の 上 を 這って る もの だ 。

あれ は 竹 へ からまって 、 風呂 場 の 屋根 へ あがって いる ぜ 」 「 屋根 へ 上がっちゃ 、 かぼちゃ に なれ ない か な 」 「 だって おかしい じゃ ない か 、 今頃 花 が 咲く の は 」 「 構う もの か ね 、 おかし いたって 、 屋根 に かぼちゃ の 花 が 咲く さ 」 「 そりゃ 唄 かい 」 「 そう さ な 、 前半 は 唄 の つもり で も なかった んだ が 、 後半 に 至って 、 つい 唄 に なって しまった ようだ 」 「 屋根 に かぼちゃ が 生 る ようだ から 、 豆腐 屋 が 馬車 なんか へ 乗る んだ 。

不都合 千万 だ よ 」 「 また 慷慨 か 、 こんな 山 の 中 へ 来て 慷慨 したって 始まら ない さ 。 それ より 早く 阿蘇 へ 登って 噴火 口 から 、 赤い 岩 が 飛び出す ところ でも 見る さ 。

―― しかし 飛び込んじゃ 困る ぜ 。

―― 何だか 少し 心配だ な 」 「 噴火 口 は 実際 猛烈な もの だろう な 。

何でも 、 沢庵 石 の ような 岩 が 真 赤 に なって 、 空 の 中 へ 吹き出す そうだ ぜ 。

それ が 三四 町 四方 一面に 吹き出す のだ から 壮 んに 違 ない 。

―― あした は 早く 起き なくっちゃ 、 いけない よ 」 「 うん 、 起きる 事 は 起きる が 山 へ かかって から 、 あんなに 早く 歩行 いちゃ 、 御免 だ 」 と 碌 さん は すぐ 予防 線 を 張った 。

「 ともかくも 六 時 に 起きて ……」 「 六 時 に 起きる ?

」 「 六 時 に 起きて 、 七 時 半 に 湯 から 出て 、 八 時 に 飯 を 食って 、 八 時 半 に 便所 から 出て 、 そうして 宿 を 出て 、 十一 時 に 阿蘇 神社 へ 参詣 して 、 十二 時 から 登る のだ 」 「 へえ 、 誰 が 」 「 僕 と 君 が さ 」 「 何だか 君 一 人 り で 登る ようだ ぜ 」 「 な に 構わ ない 」 「 ありがたい 仕 合せ だ 。

まるで 御供 の ようだ ね 」 「 う ふん 。

時に 昼 は 何 を 食う か な 。

やっぱり 饂飩 に して 置く か 」 と 圭 さん が 、 あす の 昼 飯 の 相談 を する 。

「 饂飩 は よす よ 。

ここ い ら の 饂飩 は まるで 杉 箸 を 食う ようで 腹 が 突 張って たまらない 」 「 では 蕎麦 か 」 「 蕎麦 も 御免 だ 。

僕 は 麺類 じゃ 、 とても 凌げ ない 男 だ から 」 「 じゃ 何 を 食う つもりだ い 」 「 何でも 御馳走 が 食いたい 」 「 阿蘇 の 山 の 中 に 御馳走 が ある はず が ない よ 。 だから この際 、 ともかくも 饂飩 で 間 に 合せて 置いて ……」 「 この際 は 少し 変だ ぜ 。

この際 た 、 どんな 際 なんだい 」 「 剛 健 な 趣味 を 養成 する ため の 旅行 だ から ……」 「 そんな 旅行 な の かい 。

ちっとも 知ら なかった ぜ 。

剛 健 は いい が 饂飩 は 平に 不 賛成 だ 。

こう 見えて も 僕 は 身分 が 好 いんだ から ね 」 「 だから 柔 弱 で いけない 。

僕 なぞ は 学資 に 窮した 時 、 一 日 に 白米 二 合 で 間に合 せた 事 が ある 」 「 痩せたろう 」 と 碌 さん が 気の毒な 事 を 聞く 。

「 そんなに 痩せ も し なかった が ただ 虱 が 湧いた に は 困った 。

―― 君 、 虱 が 湧いた 事 が ある かい 」 「 僕 は ない よ 。

身分 が 違わ あ 」 「 まあ 経験 して 見た まえ 。

そりゃ 容易に 猟 り 尽 せる もん じゃ ない ぜ 」 「 煮え湯 で 洗濯 したら よかろう 」 「 煮え湯 ?

煮え湯 なら いい かも 知れ ない 。

しかし 洗濯 する に して も ただ で は 出来 ない から な 」 「 な ある ほど 、 銭 が 一 文 も ない んだ ね 」 「 一 文 も ない の さ 」 「 君 どうした 」 「 仕方 が ない から 、 襯衣 を 敷居 の 上 へ 乗せて 、 手頃な 丸い 石 を 拾って 来て 、 こつこつ 叩いた 。

そう したら 虱 が 死な ない うち に 、 襯衣 が 破れて しまった 」 「 お やおや 」 「 しかも それ を 宿 の かみ さん が 見つけて 、 僕 に 退去 を 命じた 」 「 さぞ 困ったろう ね 」 「 なあ に 困ら ん さ 、 そんな 事 で 困っちゃ 、 今日 まで 生きて いられる もの か 。 これ から 追い追い 華族 や 金持ち を 豆腐 屋 に する んだ から な 。

滅多に 困っちゃ 仕方 が ない 」 「 する と 僕 な ん ぞ も 、 今に 、 と お ふい 、 油揚 、 がん も どき と 怒鳴って 、 あるか なくっちゃ なら ない か ね 」 「 華族 で も ない 癖 に 」 「 まだ 華族 に は なら ない が 、 金 は だいぶ ある よ 」 「 あって も その くらい じゃ 駄目だ 」 「 この くらい じゃ 豆腐 いと 云 う 資格 は ない の か な 。

大 に 僕 の 財産 を 見縊った ね 」 「 時に 君 、 背中 を 流して くれ ない か 」 「 僕 の も 流す の かい 」 「 流して も いい さ 。

隣り の 部屋 の 男 も 流し くら を やって た ぜ 、 君 」 「 隣り の 男 の 背中 は 似たり寄ったりだ から 公平だ が 、 君 の 背中 と 、 僕 の 背中 と は だいぶ 面積 が 違う から 損だ 」 「 そんな 面倒な 事 を 云 う なら 一 人 で 洗う ばかりだ 」 と 圭 さん は 、 両足 を 湯 壺 の 中 に うんと 踏ん張って 、 ぎ ゅう と 手拭 を しごいた と 思ったら 、 両端 を 握った まま 、 ぴしゃり と 、 音 を 立てて 斜 に 膏 切った 背中 へ あてがった 。

やがて 二の腕 へ 力瘤 が 急に 出来上がる と 、 水 を 含んだ 手拭 は 、 岡 の ように 肉 づい た 背中 を ぎ ちぎ ち 磨 り 始める 。

手拭 の 運動 に つれて 、 圭 さん の 太い 眉 がくしゃ り と 寄って 来る 。

鼻 の 穴 が 三 角形 に 膨脹 して 、 小 鼻 が 勃 と して 左右 に 展開 する 。

口 は 腹 を 切る 時 の ように 堅く 喰 締った まま 、 両 耳 の 方 まで 割けて くる 。

「 まるで 仁王 の ようだ ね 。

仁王 の 行水 だ 。

そんな 猛烈な 顔 が よく できる ね 。

こりゃ 不思議だ 。

そう 眼 を ぐ り ぐ りさ せ なくって も 、 背中 は 洗え そうな もの だ が ね 」 圭 さん は 何にも 云 わ ず に 一生懸命に ぐいぐい 擦る 。 擦って は 時々 、 手拭 を 温泉 に 漬けて 、 充分 水 を 含ま せる 。

含ま せる たんび に 、 碌 さん の 顔 へ 、 汗 と 膏 と 垢 と 温泉 の 交った もの が 十五六 滴 ずつ 飛んで 来る 。 「 こいつ は 降参 だ 。

ちょっと 失敬 して 、 流し の 方 へ 出る よ 」 と 碌 さん は 湯 槽 を 飛び出した 。

飛び出し は した もの の 、 感心 の 極 、 流し へ 突っ立った まま 、 茫然と して 、 仁王 の 行水 を 眺めて いる 。

「 あの 隣り の 客 は 元来 何者 だろう 」 と 圭 さん が 槽 の なか から 質問 する 。

「 隣り の 客 どころ じゃ ない 。

その 顔 は 不思議だ よ 」 「 もう 済んだ 。

ああ 好 い 心 持 だ 」 と 圭 さん 、 手拭 の 一端 を 放す や 否 や 、 ざ ぶん と 温泉 の 中 へ 、 石 の ように 大きな 背中 を 落す 。

満 槽 の 湯 は 一度に 面 喰って 、 槽 の 底 から 大 恐 惶 を 持ち上げる 。 ざ あっざ あっと 音 が して 、 流し へ 溢れ だす 。 「 ああ いい 心持ち だ 」 と 圭 さん は 波 の なか で 云った 。 「 なるほど そう 遠慮 なし に 振舞ったら 、 好 い 心 持 に 相違 ない 。

君 は 豪傑 だ よ 」 「 あの 隣り の 客 は 竹刀 と 小手 の 事 ばかり 云って る じゃ ない か 。 全体 何者 だい 」 と 圭 さん は 呑気 な もの だ 。

「 君 が 華族 と 金持ち の 事 を 気 に する ような もの だろう 」 「 僕 の は 深い 原因 が ある のだ が 、 あの 客 の は 何だか 訳 が 分 ら ない 」 「 なに 自分 じゃあ 、 あれ で 分って る んだ よ 。 ―― そこ で その 小手 を 取ら れた んだ あね ――」 と 碌 さん が 隣り の 真似 を する 。

「 ハハハハ そこ で そら 竹刀 を 落した んだ あね か 。

ハハハハ 。

どうも 気楽な もの だ 」 と 圭 さん も 真似 して 見る 。

「 なに あれ でも 、 実は 慷慨 家 かも 知れ ない 。

そら よく 草 双 紙 に ある じゃ ない か 。

何とか の 何 々 、 実は 海賊 の 張 本 毛 剃 九 右 衛 門 て 」 「 海賊 らしく も ない ぜ 。

さっき 温泉 に 這 入り に 来る 時 、 覗いて 見たら 、 二 人 共 木 枕 を して 、 ぐう ぐう 寝て いた よ 」 「 木 枕 を して 寝られる くらい の 頭 だ から 、 そら 、 そこ で 、 その 、 小手 を 取ら れる んだ あね 」 と 碌 さん は 、 まだ 真似 を する 。 「 竹刀 も 取ら れる んだ あね か 。

ハハハハ 。

何でも 赤い 表紙 の 本 を 胸 の 上 へ 載せた まん ま 寝て いた よ 」 「 その 赤い 本 が 、 何でも その 、 竹刀 を 落したり 、 小手 を 取ら れる んだ あね 」 と 碌 さん は 、 どこまでも 真似 を する 。

「 何 だろう 、 あの 本 は 」 「 伊賀 の 水 月 さ 」 と 碌 さん は 、 躊躇 なく 答えた 。

「 伊賀 の 水 月 ?

伊賀 の 水 月 た 何 だい 」 「 伊賀 の 水 月 を 知ら ない の かい 」 「 知ら ない 。

知ら なければ 恥 か な 」 と 圭 さん は ちょっと 首 を 捻った 。

「 恥 じゃ ない が 話せ ない よ 」 「 話せ ない ?

なぜ 」 「 なぜって 、 君 、 荒木 又 右 衛 門 を 知ら ない か 」 「 うん 、 又 右 衛 門 か 」 「 知って る の かい 」 と 碌 さん また 湯 の 中 へ 這 入る 。 圭 さん は また 槽 の なか へ 突 立った 。

「 もう 仁王 の 行水 は 御免 だ よ 」 「 もう 大丈夫 、 背中 は あらわ ない 。

あまり 這 入って る と 逆 上る から 、 時々 こう 立つ の さ 」 「 ただ 立つ ばかり なら 、 安心だ 。

―― それ で 、 その 、 荒木 又 右 衛 門 を 知って る かい 」 「 又 右 衛 門 ?

そう さ 、 どこ か で 聞いた ようだ ね 。

豊臣 秀吉 の 家来 じゃ ない か 」 と 圭 さん 、 飛んで も ない 事 を 云 う 。

「 ハハハハ こいつ は あきれた 。

華族 や 金持ち を 豆腐 屋 に する だ なんて 、 えらい 事 を 云 う が 、 どうも 何も 知ら ない ね 」 「 じゃ 待った 。

少し 考える から 。

又 右 衛 門 だ ね 。

又 右 衛 門 、 荒木 又 右 衛 門 だ ね 。

待ち たまえ よ 、 荒木 の 又 右 衛 門 と 。

うん 分った 」 「 何 だい 」 「 相撲 取だ 」 「 ハハハハ 荒木 、 ハハハハ 荒木 、 又 ハハハハ 又 右 衛 門 が 、 相撲 取り 。 いよいよ 、 あきれて しまった 。

実に 無 識 だ ね 。

ハハハハ 」 と 碌 さん は 大 恐 悦 である 。

「 そんなに おかしい か 」 「 おかし いって 、 誰 に 聞か したって 笑う ぜ 」 「 そんなに 有名な 男 か 」 「 そう さ 、 荒木 又 右 衛 門 じゃ ない か 」 「 だから 僕 も どこ か で 聞いた ように 思う の さ 」 「 そら 、 落ち 行く先 き は 九州 相良って 云 う じゃ ない か 」 「 云 うか も 知れ ん が 、 その 句 は 聞いた 事 が ない ようだ 」 「 困った 男 だ な 」 「 ちっとも 困りゃ し ない 。 荒木 又 右 衛 門 ぐらい 知ら なくったって 、 毫 も 僕 の 人格 に は 関係 は しまい 。 それ より も 五 里 の 山路 が 苦 に なって 、 やたらに 不平 を 並べる ような 人 が 困った 男 な んだ 」 「 腕力 や 脚力 を 持ち出さ れちゃ 駄目だ ね 。

とうてい 叶いっこ ない 。 そこ へ 行く と 、 どうしても 豆腐 屋 出身 の 天下 だ 。

僕 も 豆腐 屋 へ 年 期 奉公 に 住み込んで 置けば よかった 」 「 君 は 第 一 平生 から 惰弱 で いけない 。

ちっとも 意志 が ない 」 「 これ で よっぽど 有る つもりな んだ が な 。

ただ 饂飩 に 逢った 時 ばかり は 全く 意志 が 薄弱だ と 、 自分 ながら 思う ね 」 「 ハハハハ つまら ん 事 を 云って いら あ 」 「 しかし 豆腐 屋 に しちゃ 、 君 の からだ は 奇麗 過ぎる ね 」 「 こんなに 黒くって も かい 」 「 黒い 白い は 別 と して 、 豆腐 屋 は 大概 箚青 が ある じゃ ない か 」 「 なぜ 」 「 なぜ か 知ら ない が 、 箚青 が ある もん だ よ 。 君 、 なぜ ほら なかった 」 「 馬鹿 あ 云って ら あ 。 僕 の ような 高尚な 男 が 、 そんな 愚 な 真似 を する もの か 。

華族 や 金持 が ほれば 似合う かも 知れ ない が 、 僕 に は そんな もの は 向か ない 。

荒木 又 右 衛 門 だって 、 ほっちゃ いま い 」 「 荒木 又 右 衛 門 か 。

そい つ は 困った な 。

まだ そこ まで は 調べ が 届いて いない から ね 」 「 そりゃ どう で も いい が 、 ともかくも あした は 六 時 に 起きる んだ よ 」 「 そうして 、 ともかくも 饂飩 を 食う んだろう 。 僕 の 意志 の 薄弱な の に も 困る かも 知れ ない が 、 君 の 意志 の 強固な の に も 辟易 する よ 。

うち を 出て から 、 僕 の 云 う 事 は 一 つ も 通ら ない んだ から な 。

全く 唯 々 諾々 と して 命令 に 服して いる んだ 。

豆腐 屋 主義 は きびしい もん だ ね 」 「 な に この くらい 強硬に し ない と 増長 して いけない 」 「 僕 が かい 」 「 なあ に 世の中 の 奴 ら が さ 。

金持ち と か 、 華族 と か 、 なんとか か と か 、 生意気に 威張る 奴 ら が さ 」 「 しかし そりゃ 見当 違 だ ぜ 。

そんな もの の 身代り に 僕 が 豆腐 屋 主義 に 屈従 する な たまらない 。

どうも 驚 ろ いた 。

以来 君 と 旅行 する の は 御免 だ 」 「 なあ に 構わ ん さ 」 「 君 は 構わ なくって も こっち は 大いに 構う んだ よ 。 その 上 旅費 は 奇麗に 折半 さ れる んだ から 、 愚 の 極 だ 」 「 しかし 僕 の 御蔭 で 天地 の 壮観 たる 阿蘇 の 噴火 口 を 見る 事 が できる だろう 」 「 可 愛想 に 。

一 人 だって 阿蘇 ぐらい 登れる よ 」 「 しかし 華族 や 金持 なんて 存外 意気地 が ない もん で ……」 「 また 身代り か 、 どう だい 身代り は やめ に して 、 本当の 華族 や 金持ち の 方 へ 持って行ったら 」 「 いずれ 、 その 内 持って く つもりだ が ね 。

―― 意気地 が なくって 、 理 窟 が わから なくって 、 個人 と しちゃ あ 三 文 の 価値 も ない もん だ 」 「 だ から 、 どしどし 豆腐 屋 に して しまう さ 」 「 その 内 、 して やろう と 思って る の さ 」 「 思って る だけ じゃ 剣 呑 な もの だ 」 「 なあ に 年 が 年中 思って いりゃ 、 どうにか なる もん だ 」 「 随分 気 が 長い ね 。 もっとも 僕 の 知った もの に ね 。

虎 列 拉 ( コレラ ) に なる なる と 思って いたら 、 とうとう 虎 列 拉 に なった もの が ある が ね 。

君 の もそう 、 うまく 行く と 好 い けれども 」 「 時に あの 髯 を 抜いて た 爺さん が 手拭 を さげて やって 来た ぜ 」 「 ちょうど 好 い から 君 一 つ 聞いて 見た まえ 」 「 僕 は もう 湯気 に 上がり そうだ から 、 出る よ 」 「 まあ 、 いい さ 、 出 ない でも 。

君 が いや なら 僕 が 聞いて 見る から 、 もう 少し 這 入って いた まえ 」 「 おや 、 あと から 竹刀 と 小手 が いっしょに 来た ぜ 」 「 どれ 。

なるほど 、 揃って 来た 。

あと から 、 まだ 来る ぜ 。

や あ 婆さん が 来た 。

婆さん も 、 この 湯 槽 へ 這 入る の か な 」 「 僕 は ともかくも 出る よ 」 「 婆さん が 這 入る なら 、 僕 も ともかくも 出よう 」 風呂 場 を 出る と 、 ひやりと 吹く 秋風 が 、 袖口 から すう と 這 入って 、 素肌 を 臍 の あたり まで 吹き抜けた 。

出 臍 の 圭 さん は 、 はっくしょう と 大きな 苦 沙 弥 を 無遠慮に やる 。 上がり 口 に 白 芙蓉 が 五六 輪 、 夕 暮 の 秋 を 淋しく 咲いて いる 。

見上げる 向 で は 阿蘇 の 山 が ごうう ごうう と 遠く ながら 鳴って いる 。

「 あす こ へ 登る んだ ね 」 と 碌 さん が 云 う 。

「 鳴って る ぜ 。

愉快だ な 」 と 圭 さん が 云 う 。


「二 」 二百十 日 夏目 漱石 ふた|にひゃくじゅう|ひ|なつめ|そうせき 2" Two Hundred and Eleven Days, Natsume Soseki

「 この 湯 は 何 に 利く んだろう 」 と 豆腐 屋 の 圭 さん が 湯 槽 の なか で 、 ざ ぶ ざ ぶ やり ながら 聞く 。 |ゆ||なん||きく|||とうふ|や||けい|||ゆ|ふね||||||||||きく “What is this hot water good for?” Asks Kei, a tofu shop, in the hot water tank while rushing.

「 何 に 利く か なあ 。 なん||きく|| "What is it good for?

分析 表 を 見る と 、 何 に でも 利く ようだ 。 ぶんせき|ひょう||みる||なん|||きく| Looking at the analysis table, it seems to work for anything.

―― 君 そんなに 、 臍 ばかり ざ ぶ ざ ぶ 洗ったって 、 出 臍 は 癒 ら ない ぜ 」 「 純 透明だ ね 」 と 出 臍 の 先生 は 、 両手 に 温泉 を 掬 んで 、 口 へ 入れて 見る 。 きみ||へそ||||||あらった って|だ|へそ||いや||||じゅん|とうめいだ|||だ|へそ||せんせい||りょうて||おんせん||まり||くち||いれて|みる ――You so much, even if you wash your navel so much, your navel will not heal. ”“ It's purely transparent, ”said the umbilical teacher, scooping the hot springs in both hands and putting them in his mouth. やがて 、 「 味 も 何も ない 」 と 云 いながら 、 流し へ 吐き出した 。 |あじ||なにも|||うん||ながし||はきだした Eventually, he spit it out into the sink, saying, "There is no taste."

「 飲んで も いい んだ よ 」 と 碌 さん は が ぶ が ぶ 飲む 。 のんで||||||ろく|||||||のむ

圭 さん は 臍 を 洗う の を やめて 、 湯 槽 の 縁 へ 肘 を かけて 漫然と 、 硝子 越し に 外 を 眺めて いる 。 けい|||へそ||あらう||||ゆ|ふね||えん||ひじ|||まんぜんと|がらす|こし||がい||ながめて|

碌 さん は 首 だけ 湯 に 漬かって 、 相手 の 臍 から 上 を 見上げた 。 ろく|||くび||ゆ||つかって|あいて||へそ||うえ||みあげた

「 どうも 、 いい 体格 だ 。 ||たいかく| "Hello, I have a good physique.

全く 野生 の まま だ ね 」 「 豆腐 屋 出身 だ から なあ 。 まったく|やせい|||||とうふ|や|しゅっしん||| It's still wild at all. "" I'm from a tofu shop.

体格 が 悪 るい と 華族 や 金持ち と 喧嘩 は 出来 ない 。 たいかく||あく|||かぞく||かねもち||けんか||でき|

こっち は 一 人 向 は 大勢 だ から 」 「 さも 喧嘩 の 相手 が ある ような 口 振 だ ね 。 ||ひと|じん|むかい||おおぜい||||けんか||あいて||||くち|ふ|| This is because there are a lot of people for one person. "" It's like having a fighting partner.

当の 敵 は 誰 だい 」 「 誰 でも 構わ ない さ 」 「 ハハハ 呑気 な もん だ 。 とうの|てき||だれ||だれ||かまわ||||のんき||| Who is the enemy in question? "" Anyone is fine. "" Hahaha, I'm sick.

喧嘩 に も 強そうだ が 、 足 の 強い の に は 驚いた よ 。 けんか|||きょうそうだ||あし||つよい||||おどろいた| It seems to be strong in fights, but I was surprised that the legs were strong.

君 と いっしょで なければ 、 きのう ここ まで くる 勇気 は なかった よ 。 きみ||||||||ゆうき|||

実は 途中 で 御免 蒙ろう か と 思った 」 「 実際 少し 気の毒だった ね 。 じつは|とちゅう||ごめん|かぶろう|||おもった|じっさい|すこし|きのどくだった|

あれ でも 僕 は よほど 加減 して 、 歩行 いた つもりだ 」 「 本当 かい ? ||ぼく|||かげん||ほこう|||ほんとう|

はたして 本当 なら えらい もの だ 。 |ほんとう|||| It's really great if it's true.

―― 何だか 怪しい な 。 なんだか|あやしい|

すぐ 付け上がる から いやだ 」 「 ハハハ 付け上がる もの か 。 |つけあがる||||つけあがる|| I don't like it because it will be added soon. "" Hahaha.

付け上がる の は 華族 と 金持 ばかり だ 」 「 また 華族 と 金持ち か 。 つけあがる|||かぞく||かねもち||||かぞく||かねもち| Only the Chinese and the rich are added. "" Is it the Chinese and the rich again?

眼 の 敵 だ ね 」 「 金 は なくって も 、 こっち は 天下 の 豆腐 屋 だ 」 「 そう だ 、 いやしくも 天下 の 豆腐 屋 だ 。 がん||てき|||きむ||なく って||||てんか||とうふ|や|||||てんか||とうふ|や| It's an enemy of the eyes. "" Even if you don't have money, this is a tofu shop in the world. "" Yes, it's a tofu shop in the world. 野生 の 腕力 家 だ 」 「 君 、 あの 窓 の 外 に 咲いて いる 黄色い 花 は 何 だろう 」 碌 さん は 湯 の 中 で 首 を 捩じ 向ける 。 やせい||わんりょく|いえ||きみ||まど||がい||さいて||きいろい|か||なん||ろく|||ゆ||なか||くび||ねじ|むける It's a wild strength man. "" You, what's the yellow flower that's blooming outside that window? "Mr. Igo twists his neck in the hot water.

「 かぼちゃ さ 」 「 馬鹿 あ 云って る 。 ||ばか||うん って| かぼちゃ は 地 の 上 を 這って る もの だ 。 ||ち||うえ||はって|||

あれ は 竹 へ からまって 、 風呂 場 の 屋根 へ あがって いる ぜ 」 「 屋根 へ 上がっちゃ 、 かぼちゃ に なれ ない か な 」 「 だって おかしい じゃ ない か 、 今頃 花 が 咲く の は 」 「 構う もの か ね 、 おかし いたって 、 屋根 に かぼちゃ の 花 が 咲く さ 」 「 そりゃ 唄 かい 」 「 そう さ な 、 前半 は 唄 の つもり で も なかった んだ が 、 後半 に 至って 、 つい 唄 に なって しまった ようだ 」 「 屋根 に かぼちゃ が 生 る ようだ から 、 豆腐 屋 が 馬車 なんか へ 乗る んだ 。 ||たけ|||ふろ|じょう||やね|||||やね||あがっちゃ||||||||||||いまごろ|か||さく|||かまう||||||やね||||か||さく|||うた|||||ぜんはん||うた||||||||こうはん||いたって||うた|||||やね||||せい||||とうふ|や||ばしゃ|||のる|

不都合 千万 だ よ 」 「 また 慷慨 か 、 こんな 山 の 中 へ 来て 慷慨 したって 始まら ない さ 。 ふつごう|せんまん||||こうがい|||やま||なか||きて|こうがい||はじまら|| It's an inconvenience of 10 million. "" It doesn't start to be angry again, or to come into such a mountain and get angry. それ より 早く 阿蘇 へ 登って 噴火 口 から 、 赤い 岩 が 飛び出す ところ でも 見る さ 。 ||はやく|あそ||のぼって|ふんか|くち||あかい|いわ||とびだす|||みる|

―― しかし 飛び込んじゃ 困る ぜ 。 |とびこんじゃ|こまる|

―― 何だか 少し 心配だ な 」 「 噴火 口 は 実際 猛烈な もの だろう な 。 なんだか|すこし|しんぱいだ||ふんか|くち||じっさい|もうれつな|||

何でも 、 沢庵 石 の ような 岩 が 真 赤 に なって 、 空 の 中 へ 吹き出す そうだ ぜ 。 なんでも|たくあん|いし|||いわ||まこと|あか|||から||なか||ふきだす|そう だ|

それ が 三四 町 四方 一面に 吹き出す のだ から 壮 んに 違 ない 。 ||さんし|まち|しほう|いちめんに|ふきだす|||そう||ちが|

―― あした は 早く 起き なくっちゃ 、 いけない よ 」 「 うん 、 起きる 事 は 起きる が 山 へ かかって から 、 あんなに 早く 歩行 いちゃ 、 御免 だ 」 と 碌 さん は すぐ 予防 線 を 張った 。 ||はやく|おき|||||おきる|こと||おきる||やま|||||はやく|ほこう||ごめん|||ろく||||よぼう|せん||はった ――You have to get up early tomorrow. ”“ Yeah, it happens, but after it hits the mountain, I'm sorry to walk so fast, ”said Mr. Ikari, who immediately put up a preventive line.

「 ともかくも 六 時 に 起きて ……」 「 六 時 に 起きる ? |むっ|じ||おきて|むっ|じ||おきる

」 「 六 時 に 起きて 、 七 時 半 に 湯 から 出て 、 八 時 に 飯 を 食って 、 八 時 半 に 便所 から 出て 、 そうして 宿 を 出て 、 十一 時 に 阿蘇 神社 へ 参詣 して 、 十二 時 から 登る のだ 」 「 へえ 、 誰 が 」 「 僕 と 君 が さ 」 「 何だか 君 一 人 り で 登る ようだ ぜ 」 「 な に 構わ ない 」 「 ありがたい 仕 合せ だ 。 むっ|じ||おきて|なな|じ|はん||ゆ||でて|やっ|じ||めし||くって|やっ|じ|はん||べんじょ||でて||やど||でて|じゅういち|じ||あそ|じんじゃ||さんけい||じゅうに|じ||のぼる|||だれ||ぼく||きみ|||なんだか|きみ|ひと|じん|||のぼる|||||かまわ|||し|あわせ|

まるで 御供 の ようだ ね 」 「 う ふん 。 |おとも||||| It's like a companion. "" Uh-huh.

時に 昼 は 何 を 食う か な 。 ときに|ひる||なん||くう|| Sometimes what do you eat during the day?

やっぱり 饂飩 に して 置く か 」 と 圭 さん が 、 あす の 昼 飯 の 相談 を する 。 |うどん|||おく|||けい|||||ひる|めし||そうだん|| After all, do you want to put it in udon noodles? "Kei-san talks about tomorrow's lunch.

「 饂飩 は よす よ 。 うどん|||

ここ い ら の 饂飩 は まるで 杉 箸 を 食う ようで 腹 が 突 張って たまらない 」 「 では 蕎麦 か 」 「 蕎麦 も 御免 だ 。 ||||うどん|||すぎ|はし||くう||はら||つ|はって|||そば||そば||ごめん|

僕 は 麺類 じゃ 、 とても 凌げ ない 男 だ から 」 「 じゃ 何 を 食う つもりだ い 」 「 何でも 御馳走 が 食いたい 」 「 阿蘇 の 山 の 中 に 御馳走 が ある はず が ない よ 。 ぼく||めんるい|||しのげ||おとこ||||なん||くう|||なんでも|ごちそう||くい たい|あそ||やま||なか||ごちそう|||||| だから この際 、 ともかくも 饂飩 で 間 に 合せて 置いて ……」 「 この際 は 少し 変だ ぜ 。 |このさい||うどん||あいだ||あわせて|おいて|このさい||すこし|へんだ|

この際 た 、 どんな 際 なんだい 」 「 剛 健 な 趣味 を 養成 する ため の 旅行 だ から ……」 「 そんな 旅行 な の かい 。 このさい|||さい||かたし|けん||しゅみ||ようせい||||りょこう||||りょこう|||

ちっとも 知ら なかった ぜ 。 |しら||

剛 健 は いい が 饂飩 は 平に 不 賛成 だ 。 かたし|けん||||うどん||ひらに|ふ|さんせい| Takeshi is good, but Udon is flatly disagreeable.

こう 見えて も 僕 は 身分 が 好 いんだ から ね 」 「 だから 柔 弱 で いけない 。 |みえて||ぼく||みぶん||よしみ|||||じゅう|じゃく||

僕 なぞ は 学資 に 窮した 時 、 一 日 に 白米 二 合 で 間に合 せた 事 が ある 」 「 痩せたろう 」 と 碌 さん が 気の毒な 事 を 聞く 。 ぼく|||がくし||きゅうした|じ|ひと|ひ||はくまい|ふた|ごう||まにあ||こと|||やせたろう||ろく|||きのどくな|こと||きく When I was in need of tuition, I was able to make it in time with two white rice in a day. ”“ I'm thin, ”says Mr. Igo, who feels sorry for him.

「 そんなに 痩せ も し なかった が ただ 虱 が 湧いた に は 困った 。 |やせ||||||しらみ||わいた|||こまった

―― 君 、 虱 が 湧いた 事 が ある かい 」 「 僕 は ない よ 。 きみ|しらみ||わいた|こと||||ぼく|||

身分 が 違わ あ 」 「 まあ 経験 して 見た まえ 。 みぶん||ちがわ|||けいけん||みた|

そりゃ 容易に 猟 り 尽 せる もん じゃ ない ぜ 」 「 煮え湯 で 洗濯 したら よかろう 」 「 煮え湯 ? |よういに|りょう||つく||||||にえゆ||せんたく|||にえゆ That's not something that can be easily hunted. "" Would you like to wash it in boiling water? "" Boiled water?

煮え湯 なら いい かも 知れ ない 。 にえゆ||||しれ|

しかし 洗濯 する に して も ただ で は 出来 ない から な 」 「 な ある ほど 、 銭 が 一 文 も ない んだ ね 」 「 一 文 も ない の さ 」 「 君 どうした 」 「 仕方 が ない から 、 襯衣 を 敷居 の 上 へ 乗せて 、 手頃な 丸い 石 を 拾って 来て 、 こつこつ 叩いた 。 |せんたく||||||||でき|||||||せん||ひと|ぶん|||||ひと|ぶん|||||きみ||しかた||||しんい||しきい||うえ||のせて|てごろな|まるい|いし||ひろって|きて||たたいた

そう したら 虱 が 死な ない うち に 、 襯衣 が 破れて しまった 」 「 お やおや 」 「 しかも それ を 宿 の かみ さん が 見つけて 、 僕 に 退去 を 命じた 」 「 さぞ 困ったろう ね 」 「 なあ に 困ら ん さ 、 そんな 事 で 困っちゃ 、 今日 まで 生きて いられる もの か 。 ||しらみ||しな||||しんい||やぶれて|||||||やど|||||みつけて|ぼく||たいきょ||めいじた||こまったろう||||こまら||||こと||こまっちゃ|きょう||いきて|いら れる|| これ から 追い追い 華族 や 金持ち を 豆腐 屋 に する んだ から な 。 ||おいおい|かぞく||かねもち||とうふ|や|||||

滅多に 困っちゃ 仕方 が ない 」 「 する と 僕 な ん ぞ も 、 今に 、 と お ふい 、 油揚 、 がん も どき と 怒鳴って 、 あるか なくっちゃ なら ない か ね 」 「 華族 で も ない 癖 に 」 「 まだ 華族 に は なら ない が 、 金 は だいぶ ある よ 」 「 あって も その くらい じゃ 駄目だ 」 「 この くらい じゃ 豆腐 いと 云 う 資格 は ない の か な 。 めったに|こまっちゃ|しかた|||||ぼく|||||いまに||||あぶらあげ|||||どなって|||||||かぞく||||くせ|||かぞく||||||きむ||||||||||だめだ||||とうふ||うん||しかく|||||

大 に 僕 の 財産 を 見縊った ね 」 「 時に 君 、 背中 を 流して くれ ない か 」 「 僕 の も 流す の かい 」 「 流して も いい さ 。 だい||ぼく||ざいさん||みくびった||ときに|きみ|せなか||ながして||||ぼく|||ながす|||ながして|||

隣り の 部屋 の 男 も 流し くら を やって た ぜ 、 君 」 「 隣り の 男 の 背中 は 似たり寄ったりだ から 公平だ が 、 君 の 背中 と 、 僕 の 背中 と は だいぶ 面積 が 違う から 損だ 」 「 そんな 面倒な 事 を 云 う なら 一 人 で 洗う ばかりだ 」 と 圭 さん は 、 両足 を 湯 壺 の 中 に うんと 踏ん張って 、 ぎ ゅう と 手拭 を しごいた と 思ったら 、 両端 を 握った まま 、 ぴしゃり と 、 音 を 立てて 斜 に 膏 切った 背中 へ あてがった 。 となり||へや||おとこ||ながし||||||きみ|となり||おとこ||せなか||にたりよったりだ||こうへいだ||きみ||せなか||ぼく||せなか||||めんせき||ちがう||そんだ||めんどうな|こと||うん|||ひと|じん||あらう|||けい|||りょうあし||ゆ|つぼ||なか|||ふんばって||||てぬぐい||||おもったら|りょうたん||にぎった||||おと||たてて|しゃ||こう|きった|せなか||

やがて 二の腕 へ 力瘤 が 急に 出来上がる と 、 水 を 含んだ 手拭 は 、 岡 の ように 肉 づい た 背中 を ぎ ちぎ ち 磨 り 始める 。 |にのうで||ちからこぶ||きゅうに|できあがる||すい||ふくんだ|てぬぐい||おか|||にく|||せなか|||||みがく||はじめる

手拭 の 運動 に つれて 、 圭 さん の 太い 眉 がくしゃ り と 寄って 来る 。 てぬぐい||うんどう|||けい|||ふとい|まゆ||||よって|くる

鼻 の 穴 が 三 角形 に 膨脹 して 、 小 鼻 が 勃 と して 左右 に 展開 する 。 はな||あな||みっ|すみ かた||ぼうちょう||しょう|はな||ぼつ|||さゆう||てんかい|

口 は 腹 を 切る 時 の ように 堅く 喰 締った まま 、 両 耳 の 方 まで 割けて くる 。 くち||はら||きる|じ|||かたく|しょく|しまった||りょう|みみ||かた||さけて|

「 まるで 仁王 の ようだ ね 。 |におう|||

仁王 の 行水 だ 。 におう||ぎょうずい|

そんな 猛烈な 顔 が よく できる ね 。 |もうれつな|かお||||

こりゃ 不思議だ 。 |ふしぎだ

そう 眼 を ぐ り ぐ りさ せ なくって も 、 背中 は 洗え そうな もの だ が ね 」 圭 さん は 何にも 云 わ ず に 一生懸命に ぐいぐい 擦る 。 |がん|||||||なく って||せなか||あらえ|そう な|||||けい|||なんにも|うん||||いっしょうけんめいに||かする 擦って は 時々 、 手拭 を 温泉 に 漬けて 、 充分 水 を 含ま せる 。 かすって||ときどき|てぬぐい||おんせん||つけて|じゅうぶん|すい||ふくま|

含ま せる たんび に 、 碌 さん の 顔 へ 、 汗 と 膏 と 垢 と 温泉 の 交った もの が 十五六 滴 ずつ 飛んで 来る 。 ふくま||||ろく|||かお||あせ||こう||あか||おんせん||こう った|||じゅうごろく|しずく||とんで|くる 「 こいつ は 降参 だ 。 ||こうさん|

ちょっと 失敬 して 、 流し の 方 へ 出る よ 」 と 碌 さん は 湯 槽 を 飛び出した 。 |しっけい||ながし||かた||でる|||ろく|||ゆ|ふね||とびだした

飛び出し は した もの の 、 感心 の 極 、 流し へ 突っ立った まま 、 茫然と して 、 仁王 の 行水 を 眺めて いる 。 とびだし|||||かんしん||ごく|ながし||つったった||ぼうぜんと||におう||ぎょうずい||ながめて|

「 あの 隣り の 客 は 元来 何者 だろう 」 と 圭 さん が 槽 の なか から 質問 する 。 |となり||きゃく||がんらい|なにもの|||けい|||ふね||||しつもん|

「 隣り の 客 どころ じゃ ない 。 となり||きゃく|||

その 顔 は 不思議だ よ 」 「 もう 済んだ 。 |かお||ふしぎだ|||すんだ

ああ 好 い 心 持 だ 」 と 圭 さん 、 手拭 の 一端 を 放す や 否 や 、 ざ ぶん と 温泉 の 中 へ 、 石 の ように 大きな 背中 を 落す 。 |よしみ||こころ|じ|||けい||てぬぐい||いったん||はなす||いな|||||おんせん||なか||いし|||おおきな|せなか||おとす

満 槽 の 湯 は 一度に 面 喰って 、 槽 の 底 から 大 恐 惶 を 持ち上げる 。 まん|ふね||ゆ||いちどに|おもて|しょく って|ふね||そこ||だい|こわ|こう||もちあげる ざ あっざ あっと 音 が して 、 流し へ 溢れ だす 。 |あっ ざ|あっ と|おと|||ながし||あふれ| 「 ああ いい 心持ち だ 」 と 圭 さん は 波 の なか で 云った 。 ||こころもち|||けい|||なみ||||うん った 「 なるほど そう 遠慮 なし に 振舞ったら 、 好 い 心 持 に 相違 ない 。 ||えんりょ|||ふるまったら|よしみ||こころ|じ||そうい|

君 は 豪傑 だ よ 」 「 あの 隣り の 客 は 竹刀 と 小手 の 事 ばかり 云って る じゃ ない か 。 きみ||ごうけつ||||となり||きゃく||しない||こて||こと||うん って|||| 全体 何者 だい 」 と 圭 さん は 呑気 な もの だ 。 ぜんたい|なにもの|||けい|||のんき|||

「 君 が 華族 と 金持ち の 事 を 気 に する ような もの だろう 」 「 僕 の は 深い 原因 が ある のだ が 、 あの 客 の は 何だか 訳 が 分 ら ない 」 「 なに 自分 じゃあ 、 あれ で 分って る んだ よ 。 きみ||かぞく||かねもち||こと||き||||||ぼく|||ふかい|げんいん||||||きゃく|||なんだか|やく||ぶん||||じぶん||||ぶん って||| ―― そこ で その 小手 を 取ら れた んだ あね ――」 と 碌 さん が 隣り の 真似 を する 。 |||こて||とら|||||ろく|||となり||まね||

「 ハハハハ そこ で そら 竹刀 を 落した んだ あね か 。 ||||しない||おとした|||

ハハハハ 。

どうも 気楽な もの だ 」 と 圭 さん も 真似 して 見る 。 |きらくな||||けい|||まね||みる

「 なに あれ でも 、 実は 慷慨 家 かも 知れ ない 。 |||じつは|こうがい|いえ||しれ|

そら よく 草 双 紙 に ある じゃ ない か 。 ||くさ|そう|かみ|||||

何とか の 何 々 、 実は 海賊 の 張 本 毛 剃 九 右 衛 門 て 」 「 海賊 らしく も ない ぜ 。 なんとか||なん||じつは|かいぞく||ちょう|ほん|け|てい|ここの|みぎ|まもる|もん||かいぞく||||

さっき 温泉 に 這 入り に 来る 時 、 覗いて 見たら 、 二 人 共 木 枕 を して 、 ぐう ぐう 寝て いた よ 」 「 木 枕 を して 寝られる くらい の 頭 だ から 、 そら 、 そこ で 、 その 、 小手 を 取ら れる んだ あね 」 と 碌 さん は 、 まだ 真似 を する 。 |おんせん||は|はいり||くる|じ|のぞいて|みたら|ふた|じん|とも|き|まくら|||||ねて|||き|まくら|||ね られる|||あたま|||||||こて||とら|||||ろく||||まね|| 「 竹刀 も 取ら れる んだ あね か 。 しない||とら||||

ハハハハ 。

何でも 赤い 表紙 の 本 を 胸 の 上 へ 載せた まん ま 寝て いた よ 」 「 その 赤い 本 が 、 何でも その 、 竹刀 を 落したり 、 小手 を 取ら れる んだ あね 」 と 碌 さん は 、 どこまでも 真似 を する 。 なんでも|あかい|ひょうし||ほん||むね||うえ||のせた|||ねて||||あかい|ほん||なんでも||しない||おとしたり|こて||とら|||||ろく||||まね||

「 何 だろう 、 あの 本 は 」 「 伊賀 の 水 月 さ 」 と 碌 さん は 、 躊躇 なく 答えた 。 なん|||ほん||いが||すい|つき|||ろく|||ちゅうちょ||こたえた

「 伊賀 の 水 月 ? いが||すい|つき

伊賀 の 水 月 た 何 だい 」 「 伊賀 の 水 月 を 知ら ない の かい 」 「 知ら ない 。 いが||すい|つき||なん||いが||すい|つき||しら||||しら|

知ら なければ 恥 か な 」 と 圭 さん は ちょっと 首 を 捻った 。 しら||はじ||||けい||||くび||ねじった

「 恥 じゃ ない が 話せ ない よ 」 「 話せ ない ? はじ||||はなせ|||はなせ|

なぜ 」 「 なぜって 、 君 、 荒木 又 右 衛 門 を 知ら ない か 」 「 うん 、 又 右 衛 門 か 」 「 知って る の かい 」 と 碌 さん また 湯 の 中 へ 這 入る 。 |なぜ って|きみ|あらき|また|みぎ|まもる|もん||しら||||また|みぎ|まもる|もん||しって|||||ろく|||ゆ||なか||は|はいる 圭 さん は また 槽 の なか へ 突 立った 。 けい||||ふね||||つ|たった

「 もう 仁王 の 行水 は 御免 だ よ 」 「 もう 大丈夫 、 背中 は あらわ ない 。 |におう||ぎょうずい||ごめん||||だいじょうぶ|せなか|||

あまり 這 入って る と 逆 上る から 、 時々 こう 立つ の さ 」 「 ただ 立つ ばかり なら 、 安心だ 。 |は|はいって|||ぎゃく|のぼる||ときどき||たつ||||たつ|||あんしんだ

―― それ で 、 その 、 荒木 又 右 衛 門 を 知って る かい 」 「 又 右 衛 門 ? |||あらき|また|みぎ|まもる|もん||しって|||また|みぎ|まもる|もん

そう さ 、 どこ か で 聞いた ようだ ね 。 |||||きいた||

豊臣 秀吉 の 家来 じゃ ない か 」 と 圭 さん 、 飛んで も ない 事 を 云 う 。 とよとみ|しゅうきち||けらい|||||けい||とんで|||こと||うん|

「 ハハハハ こいつ は あきれた 。

華族 や 金持ち を 豆腐 屋 に する だ なんて 、 えらい 事 を 云 う が 、 どうも 何も 知ら ない ね 」 「 じゃ 待った 。 かぞく||かねもち||とうふ|や||||||こと||うん||||なにも|しら||||まった

少し 考える から 。 すこし|かんがえる|

又 右 衛 門 だ ね 。 また|みぎ|まもる|もん||

又 右 衛 門 、 荒木 又 右 衛 門 だ ね 。 また|みぎ|まもる|もん|あらき|また|みぎ|まもる|もん||

待ち たまえ よ 、 荒木 の 又 右 衛 門 と 。 まち|||あらき||また|みぎ|まもる|もん|

うん 分った 」 「 何 だい 」 「 相撲 取だ 」 「 ハハハハ 荒木 、 ハハハハ 荒木 、 又 ハハハハ 又 右 衛 門 が 、 相撲 取り 。 |ぶん った|なん||すもう|とりだ||あらき||あらき|また||また|みぎ|まもる|もん||すもう|とり いよいよ 、 あきれて しまった 。

実に 無 識 だ ね 。 じつに|む|しき||

ハハハハ 」 と 碌 さん は 大 恐 悦 である 。 ||ろく|||だい|こわ|えつ|

「 そんなに おかしい か 」 「 おかし いって 、 誰 に 聞か したって 笑う ぜ 」 「 そんなに 有名な 男 か 」 「 そう さ 、 荒木 又 右 衛 門 じゃ ない か 」 「 だから 僕 も どこ か で 聞いた ように 思う の さ 」 「 そら 、 落ち 行く先 き は 九州 相良って 云 う じゃ ない か 」 「 云 うか も 知れ ん が 、 その 句 は 聞いた 事 が ない ようだ 」 「 困った 男 だ な 」 「 ちっとも 困りゃ し ない 。 |||||だれ||きか||わらう|||ゆうめいな|おとこ||||あらき|また|みぎ|まもる|もん|||||ぼく|||||きいた||おもう||||おち|ゆくさき|||きゅうしゅう|さがら って|うん|||||うん|||しれ||||く||きいた|こと||||こまった|おとこ||||こまりゃ|| 荒木 又 右 衛 門 ぐらい 知ら なくったって 、 毫 も 僕 の 人格 に は 関係 は しまい 。 あらき|また|みぎ|まもる|もん||しら|な くった って|ごう||ぼく||じんかく|||かんけい|| それ より も 五 里 の 山路 が 苦 に なって 、 やたらに 不平 を 並べる ような 人 が 困った 男 な んだ 」 「 腕力 や 脚力 を 持ち出さ れちゃ 駄目だ ね 。 |||いつ|さと||やまじ||く||||ふへい||ならべる||じん||こまった|おとこ|||わんりょく||きゃくりょく||もちださ||だめだ|

とうてい 叶いっこ ない 。 |かない っこ| そこ へ 行く と 、 どうしても 豆腐 屋 出身 の 天下 だ 。 ||いく|||とうふ|や|しゅっしん||てんか|

僕 も 豆腐 屋 へ 年 期 奉公 に 住み込んで 置けば よかった 」 「 君 は 第 一 平生 から 惰弱 で いけない 。 ぼく||とうふ|や||とし|き|ほうこう||すみこんで|おけば||きみ||だい|ひと|へいぜい||だじゃく||

ちっとも 意志 が ない 」 「 これ で よっぽど 有る つもりな んだ が な 。 |いし||||||ある||||

ただ 饂飩 に 逢った 時 ばかり は 全く 意志 が 薄弱だ と 、 自分 ながら 思う ね 」 「 ハハハハ つまら ん 事 を 云って いら あ 」 「 しかし 豆腐 屋 に しちゃ 、 君 の からだ は 奇麗 過ぎる ね 」 「 こんなに 黒くって も かい 」 「 黒い 白い は 別 と して 、 豆腐 屋 は 大概 箚青 が ある じゃ ない か 」 「 なぜ 」 「 なぜ か 知ら ない が 、 箚青 が ある もん だ よ 。 |うどん||あった|じ|||まったく|いし||はくじゃくだ||じぶん||おもう|||||こと||うん って||||とうふ|や|||きみ||||きれい|すぎる|||くろく って|||くろい|しろい||べつ|||とうふ|や||たいがい|さつあお|||||||||しら|||さつあお||||| 君 、 なぜ ほら なかった 」 「 馬鹿 あ 云って ら あ 。 きみ||||ばか||うん って|| 僕 の ような 高尚な 男 が 、 そんな 愚 な 真似 を する もの か 。 ぼく|||こうしょうな|おとこ|||ぐ||まね||||

華族 や 金持 が ほれば 似合う かも 知れ ない が 、 僕 に は そんな もの は 向か ない 。 かぞく||かねもち|||にあう||しれ|||ぼく||||||むか|

荒木 又 右 衛 門 だって 、 ほっちゃ いま い 」 「 荒木 又 右 衛 門 か 。 あらき|また|みぎ|まもる|もん|||||あらき|また|みぎ|まもる|もん|

そい つ は 困った な 。 |||こまった|

まだ そこ まで は 調べ が 届いて いない から ね 」 「 そりゃ どう で も いい が 、 ともかくも あした は 六 時 に 起きる んだ よ 」 「 そうして 、 ともかくも 饂飩 を 食う んだろう 。 ||||しらべ||とどいて|||||||||||||むっ|じ||おきる|||||うどん||くう| 僕 の 意志 の 薄弱な の に も 困る かも 知れ ない が 、 君 の 意志 の 強固な の に も 辟易 する よ 。 ぼく||いし||はくじゃくな||||こまる||しれ|||きみ||いし||きょうこな||||へきえき||

うち を 出て から 、 僕 の 云 う 事 は 一 つ も 通ら ない んだ から な 。 ||でて||ぼく||うん||こと||ひと|||とおら||||

全く 唯 々 諾々 と して 命令 に 服して いる んだ 。 まったく|ただ||だくだく|||めいれい||ふくして||

豆腐 屋 主義 は きびしい もん だ ね 」 「 な に この くらい 強硬に し ない と 増長 して いけない 」 「 僕 が かい 」 「 なあ に 世の中 の 奴 ら が さ 。 とうふ|や|しゅぎ||||||||||きょうこうに||||ぞうちょう|||ぼく|||||よのなか||やつ|||

金持ち と か 、 華族 と か 、 なんとか か と か 、 生意気に 威張る 奴 ら が さ 」 「 しかし そりゃ 見当 違 だ ぜ 。 かねもち|||かぞく|||||||なまいきに|いばる|やつ||||||けんとう|ちが||

そんな もの の 身代り に 僕 が 豆腐 屋 主義 に 屈従 する な たまらない 。 |||みがわり||ぼく||とうふ|や|しゅぎ||くつじゅう|||

どうも 驚 ろ いた 。 |おどろ||

以来 君 と 旅行 する の は 御免 だ 」 「 なあ に 構わ ん さ 」 「 君 は 構わ なくって も こっち は 大いに 構う んだ よ 。 いらい|きみ||りょこう||||ごめん||||かまわ|||きみ||かまわ|なく って||||おおいに|かまう|| その 上 旅費 は 奇麗に 折半 さ れる んだ から 、 愚 の 極 だ 」 「 しかし 僕 の 御蔭 で 天地 の 壮観 たる 阿蘇 の 噴火 口 を 見る 事 が できる だろう 」 「 可 愛想 に 。 |うえ|りょひ||きれいに|せっぱん|||||ぐ||ごく|||ぼく||おかげ||てんち||そうかん||あそ||ふんか|くち||みる|こと||||か|あいそ|

一 人 だって 阿蘇 ぐらい 登れる よ 」 「 しかし 華族 や 金持 なんて 存外 意気地 が ない もん で ……」 「 また 身代り か 、 どう だい 身代り は やめ に して 、 本当の 華族 や 金持ち の 方 へ 持って行ったら 」 「 いずれ 、 その 内 持って く つもりだ が ね 。 ひと|じん||あそ||のぼれる|||かぞく||かねもち||ぞんがい|いくじ||||||みがわり||||みがわり|||||ほんとうの|かぞく||かねもち||かた||もっていったら|||うち|もって||||

―― 意気地 が なくって 、 理 窟 が わから なくって 、 個人 と しちゃ あ 三 文 の 価値 も ない もん だ 」 「 だ から 、 どしどし 豆腐 屋 に して しまう さ 」 「 その 内 、 して やろう と 思って る の さ 」 「 思って る だけ じゃ 剣 呑 な もの だ 」 「 なあ に 年 が 年中 思って いりゃ 、 どうにか なる もん だ 」 「 随分 気 が 長い ね 。 いくじ||なく って|り|いわや|||なく って|こじん||||みっ|ぶん||かち||||||||とうふ|や||||||うち||||おもって||||おもって||||けん|どん||||||とし||ねんじゅう|おもって||||||ずいぶん|き||ながい| もっとも 僕 の 知った もの に ね 。 |ぼく||しった|||

虎 列 拉 ( コレラ ) に なる なる と 思って いたら 、 とうとう 虎 列 拉 に なった もの が ある が ね 。 とら|れつ|らつ|これら|||||おもって|||とら|れつ|らつ|||||||

君 の もそう 、 うまく 行く と 好 い けれども 」 「 時に あの 髯 を 抜いて た 爺さん が 手拭 を さげて やって 来た ぜ 」 「 ちょうど 好 い から 君 一 つ 聞いて 見た まえ 」 「 僕 は もう 湯気 に 上がり そうだ から 、 出る よ 」 「 まあ 、 いい さ 、 出 ない でも 。 きみ||も そう||いく||よしみ|||ときに||ぜん||ぬいて||じいさん||てぬぐい||||きた|||よしみ|||きみ|ひと||きいて|みた||ぼく|||ゆげ||あがり|そう だ||でる|||||だ||

君 が いや なら 僕 が 聞いて 見る から 、 もう 少し 這 入って いた まえ 」 「 おや 、 あと から 竹刀 と 小手 が いっしょに 来た ぜ 」 「 どれ 。 きみ||||ぼく||きいて|みる|||すこし|は|はいって||||||しない||こて|||きた||

なるほど 、 揃って 来た 。 |そろって|きた

あと から 、 まだ 来る ぜ 。 |||くる|

や あ 婆さん が 来た 。 ||ばあさん||きた

婆さん も 、 この 湯 槽 へ 這 入る の か な 」 「 僕 は ともかくも 出る よ 」 「 婆さん が 這 入る なら 、 僕 も ともかくも 出よう 」 風呂 場 を 出る と 、 ひやりと 吹く 秋風 が 、 袖口 から すう と 這 入って 、 素肌 を 臍 の あたり まで 吹き抜けた 。 ばあさん|||ゆ|ふね||は|はいる||||ぼく|||でる||ばあさん||は|はいる||ぼく|||でよう|ふろ|じょう||でる|||ふく|あきかぜ||そでぐち||||は|はいって|すはだ||へそ||||ふきぬけた

出 臍 の 圭 さん は 、 はっくしょう と 大きな 苦 沙 弥 を 無遠慮に やる 。 だ|へそ||けい|||はっ くしょう||おおきな|く|いさご|わたる||ぶえんりょに| 上がり 口 に 白 芙蓉 が 五六 輪 、 夕 暮 の 秋 を 淋しく 咲いて いる 。 あがり|くち||しろ|ふよう||ごろく|りん|ゆう|くら||あき||さびしく|さいて|

見上げる 向 で は 阿蘇 の 山 が ごうう ごうう と 遠く ながら 鳴って いる 。 みあげる|むかい|||あそ||やま|||||とおく||なって|

「 あす こ へ 登る んだ ね 」 と 碌 さん が 云 う 。 |||のぼる||||ろく|||うん|

「 鳴って る ぜ 。 なって||

愉快だ な 」 と 圭 さん が 云 う 。 ゆかいだ|||けい|||うん|