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芥川龍之介—Short Stories, 藪の中 | 芥川龍之介 (3)

藪の中 | 芥川龍之介 (3)

妻 は おれ が ためらう 内 に 、何 か 一声 ひとこえ 叫ぶ が 早い か 、たちまち 藪 の 奥 へ 走り出した。 盗人 も 咄嗟 とっさに 飛びかかった が 、これ は 袖 そで さえ 捉 とらえ なかった らしい。 おれ は ただ 幻 の よう に 、そう 云 う 景色 を 眺めて いた。

盗人 は 妻 が 逃げ 去った 後 のち 、太刀 たち や 弓矢 を 取り上げる と 、一 箇所 だけ おれ の 縄 なわ を 切った。 「今度 は おれ の 身の上 だ。」 ――おれ は 盗人 が 藪 の 外 へ 、姿 を 隠して しまう 時 に 、こう 呟 つぶやいた の を 覚えて いる。 その 跡 は どこ も 静かだった。 いや 、まだ 誰 か の 泣く 声 が する。 おれ は 縄 を 解き ながら 、じっと 耳 を 澄ま せて 見た。 が 、その 声 も 気 が ついて 見れば 、おれ 自身 の 泣いて いる 声 だった で は ない か? (三 度 み たび 、長き 沈黙)

おれ は やっと 杉 の 根 から 、疲れ果てた 体 を 起した。 おれ の 前 に は 妻 が 落した 、小 刀 さすが が 一 つ 光って いる。 おれ は それ を 手 に とる と 、一 突き に おれ の 胸 へ 刺さ した。 何 か 腥 なまぐさい 塊 かたまり が おれ の 口 へ こみ上げて 来る。 が 、苦しみ は 少しも ない。 ただ 胸 が 冷たく なる と 、一層 あたり が しんと して しまった。 ああ 、何と 云 う 静か さ だろう。 この 山陰 やま かげ の 藪 の 空 に は 、小鳥 一 羽 囀 さえずり に 来 ない。 ただ 杉 や 竹 の 杪 うら に 、寂しい 日影 が 漂 ただよって いる。 日影 が 、――それ も 次第に 薄れて 来る。 ――もう 杉 や 竹 も 見え ない。 おれ は そこ に 倒れた まま 、深い 静か さ に 包まれて いる。

その 時 誰 か 忍び足 に 、おれ の 側 へ 来た もの が ある。 おれ は そちら を 見よう と した。 が 、おれ の まわり に は 、いつか 薄 闇 うす やみ が 立ちこめて いる。 誰 か 、――その 誰 か は 見え ない 手 に 、そっと 胸 の 小 刀 さすが を 抜いた。 同時に おれ の 口 の 中 に は 、もう 一 度 血潮 が 溢 あふれて 来る。 おれ は それ ぎり 永久 に 、中 有 ちゅう う の 闇 へ 沈んで しまった。 ………

(大正 十 年 十二 月)


藪の中 | 芥川龍之介 (3) やぶ の なか|あくたがわ りゅう ゆきすけ Im Busch | Ryunosuke Akutagawa (3) In the Grove | Ryunosuke Akutagawa (3) En el monte | Ryunosuke Akutagawa (3) Dans la brousse | Ryunosuke Akutagawa (3) No mato | Ryunosuke Akutagawa (3) В кустах | Рюноскэ Акутагава (3) I bushen | Ryunosuke Akutagawa (3) 树林里 | 芥川龙之介 (3) 樹林裡 | 芥川龍之介 (3)

妻 は おれ が ためらう 内 に 、何 か 一声 ひとこえ 叫ぶ が 早い か 、たちまち 藪 の 奥 へ 走り出した。 つま|||||うち||なん||ひとこえ||さけぶ||はやい|||やぶ||おく||はしりだした While I was hesitant, my wife shouted something and immediately ran into the bush. 盗人 も 咄嗟 とっさに 飛びかかった が 、これ は 袖 そで さえ 捉 とらえ なかった らしい。 ぬすびと||とっさ||とびかかった||||そで|||そく||| The thief also jumped at him, but apparently he didn't even catch his sleeve. おれ は ただ 幻 の よう に 、そう 云 う 景色 を 眺めて いた。 |||まぼろし|||||うん||けしき||ながめて| Like a phantom, I was gazing at such a scenery.

盗人 は 妻 が 逃げ 去った 後 のち 、太刀 たち や 弓矢 を 取り上げる と 、一 箇所 だけ おれ の 縄 なわ を 切った。 ぬすびと||つま||にげ|さった|あと||たち|||ゆみや||とりあげる||ひと|かしょ||||なわ|||きった After his wife had fled, the thief took up his sword and bow and arrow, and cut my rope in one place. 「今度 は おれ の 身の上 だ。」 こんど||||みのうえ| "This time it's on me." ――おれ は 盗人 が 藪 の 外 へ 、姿 を 隠して しまう 時 に 、こう 呟 つぶやいた の を 覚えて いる。 ||ぬすびと||やぶ||がい||すがた||かくして||じ|||つぶや||||おぼえて| --I remember muttering this when the thief hid himself outside the bush. その 跡 は どこ も 静かだった。 |あと||||しずかだった The trail was silent everywhere. いや 、まだ 誰 か の 泣く 声 が する。 ||だれ|||なく|こえ|| No, I can still hear someone crying. おれ は 縄 を 解き ながら 、じっと 耳 を 澄ま せて 見た。 ||なわ||とき|||みみ||すま||みた I listened intently as I untied the rope. が 、その 声 も 気 が ついて 見れば 、おれ 自身 の 泣いて いる 声 だった で は ない か? ||こえ||き|||みれば||じしん||ないて||こえ||||| But then I realized that it was my own voice crying. (三 度 み たび 、長き 沈黙) みっ|たび|||ながき|ちんもく (Three times, long silence)

おれ は やっと 杉 の 根 から 、疲れ果てた 体 を 起した。 |||すぎ||ね||つかれはてた|からだ||おこした I finally lifted my exhausted body from the cedar roots. おれ の 前 に は 妻 が 落した 、小 刀 さすが が 一 つ 光って いる。 ||ぜん|||つま||おとした|しょう|かたな|||ひと||ひかって| おれ は それ を 手 に とる と 、一 突き に おれ の 胸 へ 刺さ した。 ||||て||||ひと|つき||||むね||ささ| I picked it up and stabbed it into my chest with one thrust. 何 か 腥 なまぐさい 塊 かたまり が おれ の 口 へ こみ上げて 来る。 なん||せい||かたまり|||||くち||こみあげて|くる Some kind of lump rises up into my mouth. が 、苦しみ は 少しも ない。 |くるしみ||すこしも| ただ 胸 が 冷たく なる と 、一層 あたり が しんと して しまった。 |むね||つめたく|||いっそう||||| However, when my heart felt cold, my surroundings became even more silent. ああ 、何と 云 う 静か さ だろう。 |なんと|うん||しずか|| Oh, how quiet! この 山陰 やま かげ の 藪 の 空 に は 、小鳥 一 羽 囀 さえずり に 来 ない。 |さんいん||||やぶ||から|||ことり|ひと|はね|てん|||らい| Not a single bird chirps in the sky above the bushes in the shade of the mountains. ただ 杉 や 竹 の 杪 うら に 、寂しい 日影 が 漂 ただよって いる。 |すぎ||たけ||びょう|||さびしい|ひかげ||ただよ|| But behind the cedar and bamboo bushes, a lone shadow floats. 日影 が 、――それ も 次第に 薄れて 来る。 ひかげ||||しだいに|うすれて|くる The shadows—that too, gradually faded. ――もう 杉 や 竹 も 見え ない。 |すぎ||たけ||みえ| おれ は そこ に 倒れた まま 、深い 静か さ に 包まれて いる。 ||||たおれた||ふかい|しずか|||つつまれて| I am lying there, surrounded by a deep silence.

その 時 誰 か 忍び足 に 、おれ の 側 へ 来た もの が ある。 |じ|だれ||しのびあし||||がわ||きた||| おれ は そちら を 見よう と した。 ||||みよう|| が 、おれ の まわり に は 、いつか 薄 闇 うす やみ が 立ちこめて いる。 |||||||うす|やみ||||たちこめて| However, someday, a twilight is closing in on me. 誰 か 、――その 誰 か は 見え ない 手 に 、そっと 胸 の 小 刀 さすが を 抜いた。 だれ|||だれ|||みえ||て|||むね||しょう|かたな|||ぬいた Someone--that someone, with an invisible hand, gently pulled out the knife from his chest. 同時に おれ の 口 の 中 に は 、もう 一 度 血潮 が 溢 あふれて 来る。 どうじに|||くち||なか||||ひと|たび|ちしお||こぼ||くる At the same time, my mouth is filled with blood once more. おれ は それ ぎり 永久 に 、中 有 ちゅう う の 闇 へ 沈んで しまった。 ||||えいきゅう||なか|ゆう||||やみ||しずんで| At that moment, I was forever sunk into the darkness of the Middle Ages. ………

(大正 十 年 十二 月) たいしょう|じゅう|とし|じゅうに|つき