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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (4)

悪人 下 (4)

夕方 に なって 、 数 組 の 客 が 同時に 訪れた 。 うち 馬 込 光代 が 受け持った の は 、 二十 代 半 ば の 男性 二 人 組 で 、 スーツ を 選び ながら の まるで 漫才 の ような 掛け合い を 聞いて いる 限 り で は 、 背 の 低い ほう が 最近 やっと 再 就職 の 面接 に 受かった ようで 、 友人 を 引き連れて 来店 した らしかった 。 「 これ まで ずっと 作業 服 や つけ ん 、 スーツって いまいち どれ を 買えば よか と か 分から ん けん な 」 「 しかし 、 普通 、 スーツ と か 買う とき は 、 女房 連れて こんや ? 」 「 馬鹿 言え 、 あれ と 一緒に 来たら 、 シャシ から ネクタイ まで 、 一式 最 安値 商品 で 揃 えら れる 」 「 なん や 、 高級 スーツ 買う つもり や ? 」 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? 「 そう じゃ なか けど 、 中級 さ 、 中級 」 なんだ かんだ と 言い ながら 、 ラック に 吊られた スーツ を 片っ端から 手 に 取って 、 二 人 仲良く 胸 に 当てて いく 。 光代 は 「 まだ 若く 見える が 、 もう この 年代 でも 結婚 して いる んだ なあ 」 と 思い ながら 、 つか ず 離れ ず 、 気長に 声 を かけられる の を 待って いた 。 試着 室 の 前 に は メジャー を 首 に かけた 売り場 主任 の 水谷 和子 が 立って いた 。 さっき 休 憩 を 終えて フロア へ 戻って きた 水谷 に 、 光代 は 今夜 少し 時間 が ない か と 尋ねた 。 もし あ れば 軽く 飲み に 行か ない か と 。 珍しい 誘い に 、 一瞬 、 水谷 は 首 を 捻った が 、「 大丈夫 よ 。 うち の 旦那 も ちょっと 遅う かいてん ずし なるって 言い よった し 、 どこ 行こう か ? この 前 ビックリ バー の 隣 に 出来た 回転 寿司 で も ょかたい ね 」 と 妙に 乗り気に なって くれた 。 じゃあ 、 その 回転 寿司 に 行こう と 決まって 、 光代 が 持ち場 へ 戻ろう と する と 、 水谷 が さっと その 手 を 掴み 、「 この前 の 土 日 、 珍しゅう 休み 取ったり する けん 、 なんか ある と やろう なぁ と は 思う とった けど ……。 よか 話 ね ? 」 と ニャニヤ する 。 光代 は 、「 いや 、 大した こと じゃ なか です よ 。 ただ 、 久しぶりに 水谷 さん と ごはん でもって 思う て 」 とそ の 場 を 逃れた が 、 顔 が ほころぶ の を 止められ なかった 。 土曜 の 昼 に 会った 清水 祐一 と 、 結局 丸一 日 以上 一緒に 過ごした 。 うなぎ を 食べて 、 灯 台 へ 行く つもりで ホテル を 出た のに 、 うなぎ を 食べて 店 を 出る と 、 とつぜんの どしゃ ぶ り に なり 、 結局 、 ドライブ は 諦めて 、 また 別の ホテル に 入った 。 日曜 の 晩 、 祐一 に アパート まで 送って もらい 、 車 の 中 で 長い キス を して 、 別れた の が おととい 、 翌月 曜 の 夜 に は 電話 で 三 時間 も 話 を した 。 途中 、 妹 の 珠代 が 旅行 から 戻った ので 、 最後 の 三十 分 は 寒風 吹きすさぶ アパート の 階段 に 腰かけて 。 あれ から まだ 丸一 日 も 経って いない 。 なのに もう 祐一 の 声 が 聞き たくて 仕方 が ない 。 気 が つく と 、 漫才 コンビ の ような 二 人 組 は 、 壁 際 の ラック に かかった スーツ を 手 に 取って いた 。 壁 際 の ほう は セット 料金 で 三千 円 高く なって いる 上 に 、 替え の ズボン が つい てい ない 。 威圧 感 を 与え ない 程度 に 近寄る と 、 男 たち の 会話 が 聞こえて くる 。 「 そう 言えば 、 この 前 、『 釣り バカ 」 観 に 行った けん な 」 「 一 人 で ? 」 「 まさか 、 息子 と 二 人 で 」 「 お前 、 息子 連れて 、 あげ ん 映画 に 行く と や ? 」 「 子供 、 けつ こう 喜ぶ と ぞ 」 「 マジ で ? うち の ガキ なんか 、 まん が 祭り 以外 全然 興味 なか けど な 」 二十 代 半ば 、 見かけ は 大学 の 友人 同士 と 言って も 通用 する 。 そんな 二 人 が スーツ を 選 ぴ ながら 互い の 子供 の 話 なんか を して いる 。 光代 は そんな 二 人 の 背中 を 微笑ま しく 見つめて いた 。 その 視線 に 気づいた の か 、「 す いま せ ん 。 これ 、 ちょっと 試着 して も よか です か ? 」 と 背 の 低い ほう の 子 が 振り返る 。 すると 、 すぐに 隣 の 子 が その スーツ を 奪い 、「 なん や 、 結局 、 これ に する と や ? なん か ホストっぽう ないや ? 」 と 茶化す 。 言わ れた ほう も 根 が 素直な ようで 、「 そう や ? 」 と せっかく 決めた スーツ を 眺めて 首 を 傾げる 。 「 よかったら 、 試着 して みたら どう です か ? 」 と 光代 は 笑顔 を 向けた 。 「 手 に したら 、 ちょっと 光る 感じ も します けど 、 中 に 白い シャシ と か 合わせたら 、 落ち 着いた 感じ に なります よ 」 光代 の 言葉 に 、 男 は 自信 を 取り戻した ようで 素直に 試着 室 へ ついてきた 。 残った ほう は いかにも 買う 気 が ない 客 らしく 、 目 に ついた スーツ の 値札 を 次 から 次に 捲って 回る 。 サイズ は ぴったりだった 。 様子 を 見る ため に 光代 が 渡した 白い シャシ も 、 男 の 童顔 に 妙に 合って いる 。 「 いかがです か ? 」 鏡 の 前 で 身 を 振り ながら 確認 する 男 に 声 を かける と 、 いつの間にか やってきて いた 男 の 連れ が 、「 あら 、 ほんと 、 そげ ん 派手じゃ なか な 〜」 と 背後 から 声 を かけて くる 。 「 よか ご たる な ? 」 狭い 試着 室 で 、 男 が 鏡 に 映った 光代 と 友人 に 頷いて み せる 。 光代 は 使い込んだ メジャー を ポケット から 出して 、 ズボン の 裾 上げ に 取りかかった 。 続く とき に は 続く もの で 、 その後 も 客 は ひっきりなしに 来店 し 、 来店 する ばかり か 、 次々 に スーツ が 売れて いった 。 閉店 時間 を 回り 、 フロア の 照明 を 半分 落とした レジ の テーブル で 、 光代 が 補 整 に 出す 商品 伝票 を 整理 して いる と 、「 たまに 飲み に 行こうって いう H に 限って これ や ねえ 」 と 言い ながら 、 水谷 が 同じ ように 伝票 の 束 を 掴んで やってくる 。 「 ほんとです ね 」 光代 は 相づち を 打ち ながら 時計 を 確認 した 。 八 時 四十五 分 。 普段 なら すでに 着替えて 、 自転車 を 漕いで いる 時間 だ 。 「 まだ かかり そう ? 」 すでに 整理 を 終えた らしい 水谷 に 訊 かれ 、 光代 は 、「 十五 分 も あれば 」 と 伝票 を 捲って みせた 。 「 じゃあ 、 更衣室 で 待つ とく けん 」 水谷 が そう 言い残して 階段 を 下りて いく 。 半分 照明 が 落とさ れた フロア は 薄暗く 、 暖 房 も 切られて いる ので 、 足元 から 底冷え して くる 。 レジ 台 の 上 に 置か れた 携帯 の 着信 音 が 聞こえた の は その とき だった 。 珠代 か と 思って 手 に 取る と 、 そこ に 祐一 の 名前 が ある 。 光代 は 伝票 の 間 に 親指 を 入れた まま 、 もう 片方 の 手 で 出た 。 「 もしもし 。 俺 」 受話器 の 向こう から 祐一 の 声 が 聞こえて くる 。 光代 は 薄暗い フロア に 誰 も いない の を 確認 し 、「 もしもし 。 どうした と ? 」 と 嬉し そうな 声 を 返した 。 「 まだ 仕事 中 ? 」 祐一 の 問いかけ に → 光代 は 、「 うん 、 なんで ? 」 と 問い返した 。 「 今日 、 なんか 用 ある ? 」 「 今日って 、 今 からって こと ? 」 フロア に 響いた 自分 の 声 が 、 もう すでに 喜んで いる 。 「 だって 長崎 やろ ? 仕事 もう 終わった と ? 」 と 光代 は 訊 いた 。 「 六 時 に 終わった 。 今日 、 自分 の 車 で 現場 に 行った けん 、 そこ から 直接 そっち に 行こう か と 思う て 」 運転 中 な の か 、 ときどき 電波 が 途切れる 。 「 今 、 どこ ? 」 と 光代 は 訊 いた 。 知ら ぬ 間 に 立ち上がって いて 、 伝票 に 差し込んで いた 親指 も 抜けて いる 。 「 今 、 もう 高速 降りる 」 「 え ? 高速って 、 佐賀 大和 ? 」 光代 は 思わず ガラス 窓 へ 目 を 向けた 。 佐賀 大和 の インター から なら 、 ここ まで 十分 と かから ない 。 光代 は 椅子 に 座り 直す と 、「 来て くれる なら 、 もっと 早う 知らせて くれ れ ば よか と に 」 と 、 嬉しくて 文句 を 言った 。 隣 に ある ファーストフード 店 の 駐車 場 で 待ち合わせる こと に して 、 光代 は 祐一 から の 電話 を 切った 。 平日 の 夜 、 思い も 寄ら ぬ 祐一 の 行動 に 、 からだ が カツ と する ほど の 幸福 感 が 押し寄せ て 〃 くる 。 残って いた 伝票 を 手早く 処理 し ながら も 、 高速 を 降りた 祐一 の 車 が 、 今 、 走り抜けて いる 街道 の 風景 が 浮かび 、 一 枚 確認 済み の はんこ を 押す 度 に 、 車 が 近づいて くる の が 感 じられる 。 十五 分 は かかる と 思って いた 仕事 を 、 光代 は 五 分 で 終わら せた 。 フロア の 電気 を 消し て 、 一 階 の 更衣室 へ 駆け込む と 、 すでに 着替えた 水谷 が いつも 持参 して いる 水筒 から 、 どくだみ 茶 を 注いで 飲んで いる 。 「 あら 、 もう 終わった と ? 」 水谷 に 尋ねられ 、 光代 は 一瞬 、「 あ 、 えっと 」 と 言葉 を 詰まら せた 。 これ から 二 人 で 回転 寿司 に 行く 約束 を 忘れて いた わけで は なかった が 、 あまり の 急 展開 に 断る 言い訳 を 考えて い なかった のだ 。 「 どうした と ? 」 言葉 を 詰まら せた 光代 を 見つめ 、 水谷 が 心配 そうに 訊 いて くる 。 「 あの 、 えっと ……」 「 どうした と ? なんか あった ? 」 「 いや 、 そう じゃ なくて 、 今 、 ちょっと 電話 が あって ……」 「 電話 ? 誰 から ? 」 光代 は また 口ごもった 。 水谷 に は 、 これ から 行く はずの 回転 寿司 店 で 、 祐一 と の 出会 い に ついて 話そう と して いた くせ に 、 いざ と なる と それ が 口 からすっと 出て こ ない 。 光代 の 様子 を じっと 見つめて いた 水谷 が 、「 また 今度 に する ? 私 は いっでも よか よ 」 と 意味 深 な 笑み を 浮かべる 。 「 すいません ……」 と 光代 は 謝った 。 「 彼 氏 が 急に 迎え に きた と やる ? 」 急な 変更 を 気 に も せ ず 、 水谷 が 微笑む 。 「 なんか あった と やろう と は 思う とった よ 。 珍しゅう 週 末 に 休み 取ったり する し 、 昨日 から 幸せ そうな 顔 し とった もん 」 「 すいません ….:」 と 光代 は また 謝った 。 「 ほんと 、 気 に せ んで よ かって 。 :。 … で 、 佐賀 の 人 ね ? 」 「 いや 、 長崎 の ……」 「 へえ 、 長崎 から 急に 会い に 来た と ? あら ら 、 じゃあ 、 私 と 回転 寿司 なんか 食べ とる 場合 じゃ なか ねえ 。 ほら 、 早う 着替えて 行か ん ね 」 水谷 は そう 言って 、 突っ立って いる 光代 の 尻 を 叩いた 。 水谷 が 先 に 帰り 、 誰 も い なく なった 更衣室 で 光代 は 急いで 着替えた 。 着替えて いる 最 中 に 携帯 が 鳴り 、「 今 、 着いた 」 と いう 祐一 から の メール が 入って いる 。 革 ジャケット を 着て きて よかった 。 いつも 着て いる ダウン ジャケット の 襟 が 汚れて い て 、 今朝 、 もう 一 日 着て から クリーニング に 出そう か と 思った のだ が 、 なんとなく やめ た のだ 。 週 末 、 祐一 に 会った とき に も 、 この 革 ジャケット を 着て いた 。 一 年 ほど 前 、 珠代 と バ ス で 博多 に 買い物 に 行った とき 、 十一万 円 と いう 値段 に 跨踏 は した が 、 十 年 に 一 度 と 奮発して 買った もの だった 。 更衣室 の 鍵 を 閉め 、 管理 室 の 警備貝 に 渡して 通用口 を 出た 。 寒風 が 足元 を 吹き抜け 、 マフラー を しっかり と 首 に 巻き 直す 。 がらんと した 駐車 場 に は 白線 だけ が くっきり と 浮 かび 、 フェンス の 向こう に は 、 休 閑中 の 畑 と 鉄塔 が ある 。 視線 を 転じる と 、 隣 に ある ファーストフード 店 の 駐車 場 に 、 見覚え の ある 白い 車 が 停 まって いる 。 さほど 混 んで いない が 、 よく 磨か れた 祐一 の 車 だけ が 、 駐車 場 の 照明 に き ら きら と 輝いて いる 。 光代 は 一旦 駐車 場 から 国道 に 出て 、 フェンス の 向こう を 覗き ながら 、 隣 の 駐車 場 へ と 急いだ 。 ファーストフード 店 の 駐車 場 に 入る と 、 祐一 の 車 の ライト が チカッ と 光った 。 隣 から 歩いて くる 自分 の 姿 を ずっと 見て いた らしい 。 光代 は 暗い 車 内 に いる だろう 祐一 に 向かって 、 小さく 手 を 振って 見せた 。 近寄って いく と 、 祐一 が 助手 席 の ドア を 内側 から 開けて くれた 。 開いた とたん 、 車 内 が 明るく なり 、 作業 服 を 着た 祐一 の 姿 が 見える 。 光代 は 車 に 駆け寄り 、「 さ ぶ 〜 い 」 と 身震い し ながら 助手 席 に 乗り込んだ 。 その 間 、 一 度 も 祐一 と は 目 を 合わせ なかった が 、 ドア が 閉まり 、 また 車 内 が 暗く なった とたん 、 「 ほんとに 仕事 終わって すぐに 来た と ? 」 と 祐一 の ほう へ 顔 を 向けた 。 「 家 に 帰って から や と 、 もっと 遅う なる けん 」 祐一 が 車 内 の 暖房 を 強め ながら 言う 。 「 もっと 早う 電話 くれれば よかった と に 」 「 しよう か なって 思う た けど 、 仕事 中 やろう と 思う て 」 「 もし 、 今日 、 会 えんかつ たら どう する つもり やった と ? 」 光代 が ちょっと 意地 悪く 尋ねる と 、「 もし 会え ん かつ たら 、 そのまま 帰る つもり やった 」 と 生真面目に 答える 。 光代 は シフト レバー に 置か れた 祐一 の 手 に 自分 の 手 を のせた 。 祐一 の 作業 着 の せい か 、 車 内 に 廃 嘘 の ような 匂い が した 。 車 は ファーストフード 店 の 駐車 場 に 停められた まま 、 なかなか 動き出さ なかった 。 す で に 三 組 ほど 、 店 内 から 出て きた 客 が 車 に 乗り込み 、 駐車 場 から 走り去って いる 。 逆に 入って くる 車 が ない ので 、 車 が 減る たび に 、 まるで 大海 の 小舟 の ように 自分 たち の 車 だ け が 残さ れる 。 もう 何分 くらい 経つ の か 、 光代 の 指 と 祐一 の 指 は 、 未 だに シフト レバー の 上 で 絡み合って いる 。 言葉 は なく 、 ただ 指先 だけ が 、 もう 何分 も 話 を して いる 。 「 明日 も 仕事 、 早い と やる ? 」 光代 は 祐一 の 中指 を 握り ながら 尋ねた 。 フェンス の 向こう に 見える 国道 を 、 スピード を 上げた 車 が 走って いく 。 「 五 時 半 起き 」 祐一 が 光代 の 手首 を 親指 の 腹 で 撫でる 。 「 ここ から 長崎 まで 二 時間 くらい かかる よ ね ? あんまり 時間 ない ね 」 「 ちょっと 顔 見 たかった だけ やけん ..…・」 エンジン を かけた まま の 車 の 中 で 、 デジタル 時計 が 9” 肥 を 示して いる 。 「 帰る と やる ? 」 と 光代 は 尋ねた 。 指 の 動き を 止めた 祐一 が 、「…… うん 、 今夜 の うち に 帰ら ん と 、 明日 三 時 起き に なる し 」 と 苦笑 する 。 会い たくて 、 会い たくて 、 仕方 が なくなった んだ 。 仕方 が なくて 、 仕事場 から 真っす ぐ 走って きた んだ 。 祐一 が そう 言って くれる こと は なかった が 、 自分 の 手首 を 撫でる 祐一 の 指 の 動き で 、 そんな 気持ち が 伝わって きた 。 これ から 近く の ラブ ホテル に 入れば 、 二 時間 くらい は 一緒に いられる 。 ただ 、 それ か ら 長崎 へ 帰る と なる と 、 到着 は 深夜 一 時 過ぎ に なる 。 すぐに 寝て も 、 四 時間 ほど しか 眠 ら ず に 、 祐一 は きつい 仕事 へ 出かけ なければ なら ない 。 二 時間 で いい から 一緒に いたい 。 でも 、 一 時間 でも 多く 、 祐一 を 眠ら せて あげたい 。 「 うち に 妹 が おら ん やったら ね :…・」 思わず そんな 言葉 が 漏れて 、 光代 は 自分 で 自分 の 言葉 に ハツ と した 。 これ まで 妹 の 珠 代 を 邪魔だ と 思った こと は ない 。 逆に いつも 妹 の 帰り ばかり を 心配 して いる 生活 だった のだ 。 「 ホテル .:… 行く ? 」 祐一 が ぼ そっと 訊 いて きた 。 その 訊 き 方 が 、 明日 の 朝 を 心配 して いる の か 、 どこ か 跨 踏 して いる 。 「 でも 今 から 入ったら 、 帰る の 遅く なる よ 」 「…… そう やけど 」 シフト レバー の 上 で 、 祐一 の 指先 に 力 が 入る 。 「 なんか 、 やっぱり 佐賀 と 長崎って 遠い ね 」 光代 は ふと そう 眩 いて しまい 、 すぐに 、「 あ 、 じゃ なくて 」 と 首 を 振った 。 「::: そう じゃ なくて 、 なんか 、 せっかく 来て くれた と に 、 ゆっくり する 時間 も ない 〆 一 1 し 」 「 平日 やけん 、 仕方 なか よ 」 祐一 が 諦めた ように 眩 く ・ それ が どこ か 冷たく 響き 、「 祐一って 真面目 か ょね 」 と 思 わ ず 光代 は 言い返した 。 「 仕事 は 休め ん よ 。 おじさん の 会社 やし 」 「 でも 、 土 日 は 私 が なかなか 仕事 休め ん よ 。 この前 の ように 二 日 続けて 一緒に おる んな ん て 、 滅多に でき ん かも 」 少し 意地悪な 言い 方 だった 。 その とたん 、 祐一 の 指先 から 力 が なくなる 。 私 に 会い に きて くれた 人 な のだ 、 と 光代 は 思う 。 自分 たち に は 会う 時間 が ない んだ と 、 そんな こと を わざわざ 聞き に きた わけで は なくて 、 きつい だろう 仕事 を 終えた その 足 で 、 二 時間 も 車 を 走ら せて 、 わざわざ 私 に 会い に 来て くれた 人 な のだ と 。 「 ねえ 、 隣 の 駐車 場 に 移動 せ ん ? 」 光代 は 力 の 抜けた 祐一 の 指 を 引っ張った 。 「 もう 店 も 終わっと る し 、 他の 車 が 入って くる こと も ない けん 、 ゆっくり 話 できる よ 。 建物 の 裏 に 停めれば 、 通り から も 見え ん し 」 光代 の 言葉 に 祐一 が フェンス の 向こう 、 すでに 照明 も 消さ れた 紳士 服 店 の 駐車 場 に 目 を 向け 、 すぐに サイド ブレーキ を 下ろそう と する 。 「 あ 、 ちょっと 待って 。 晩 ご飯 まだ 食べ とら ん と やる ? そこ で なんか 買って くる け ん 」 光代 が 慌てて そう 言う と 、「 いや 、 高速の サービス エリア で うどん 食 うて きた 。 我慢 でき ん で 」 と 祐一 は 笑った 。 車 は ファーストフード 店 の 駐車 場 を 出て 、 紳士 服 店 「 若葉 」 の 駐車 場 に 入った 。 店舗 の 裏 に 回る と 辺り は 真っ暗で 、 フェンス の 向こう に 見える 畑 の 中 、 ライト アップ さ れた 化粧 品 の 大きな 看板 だけ が 風景 に なる 。 「 私 、 今度 の 金曜日 、 公休 やけん 、 長崎 に 行こう か な 。 日帰り やけど 」 車 が 停 まる と 、 光代 は ハンドル を 握った まま の 祐一 に 言った 。 その 瞬間 、 祐一 の 腕 が 伸びて きて 、 耳元 から 首すじ に かけて 、 熱い 手のひら が 置か れる 。 祐一 は 何も 言わ ず に キス を して きた 。 一瞬 焦った が 、 あっという間 に 祐一 の からだ が のしかかって くる 。 光 代 は 目 を 閉じて 、 からだ を 任せた 。 駐車 場 を 出た の は 、 十 時 を 回った ころ だった 。 いつまで でも 抱き合って い たかった が 、 それ 以上 に 、 明日 の 朝 、 祐一 に つらい 思い を さ せ たく ない と いう 気持ち が 強かった 。 車 を 出す と 、 祐一 は 案内 も なし に 光代 の アパート へ 向かった 。 器用に 車線 を 変更 し 、 次々 と 他の 車 を 抜いて いく 。 「 じゃあ 、 しあさって バス で 長崎 に 行く ね 」 光代 は すでに 慣れた 車 の 揺れ に 身 を 任せ ながら 言った 。 「 六 時 に は 仕事 終わる けん 」 祐一 が 前 の 車 を 煽り ながら 眩 く ・ 「 せっかく やけん 、 午前 中 に 行って 、 一 人 で 観光 しょっと 。 長崎 市 内 に 行く とって 、 も う 何 年 ぶり やろ ……、 去年 、 妹 たち と ハウステンボス に は 行った けど 」 「 俺 が 案内 できれば いい と けど 。 …:」 「 大丈夫 。 ちゃんぽん 食べて 、 教会 と か 見て :…・」 297 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? 自転車 で 十五 分 かかる 距離 が 、 祐一 の 運転 だ と ほんの 三 分 だった 。 祐一 は 先日 と 同じ ように 未 舗装 の アパート 敷地 内 に 車 を 入れた 。 「 あ 〜、 やっぱり 、 妹 、 もう 帰っと る 」 光代 は 明かり の ついた 二 階 の 窓 を 見上げた 。 「…… さっき 会う た ばっかり と に ね 」 そう 眩 く 光代 の 唇 に 、 祐一 の 乾いた 唇 が 重なる 。 「 気 を つけて 帰って よ 」 光代 は 唇 を つけた まま 言った 。 祐一 も そのまま で 頷いた 。 一瞬 、 祐一 が 何 か 言い かけ たような 気 が して 、「 え ? 」 と 光代 は からだ を 離した 。 しかし 祐一 は 目 を 伏せた だけ だった 。 光代 は 敷地 から 出て いく 車 を 見送った 。 車道 へ 出る と 、 祐一 は 一 度 クラクション を 鳴 らし 、 あっという間 に 走り去った 。 もう 寂しかった 。 もう 会い たく なって いた 。 光代 は 赤い テールランプ が 見え なく なる まで 立って いた 。 あれ は いつ だった か 、 珠代 が 美容 師 の 男の子 と 付き合って いる ころ 、 同じ ような こと を 言って いた 。 デート が 終わる と もう 寂しい 。 もう 会い たくて 仕方ない 。 当時 は その 気 持ち が いまいち 理解 でき ず に いた が 、 今 なら 分かる 。 分かる どころ か 、 こんな 気持ち に なって 、 よく 平気で いられた もの だ と さえ 思う 。 光代 は 車 を 追いかけて 走り出したい 気 分 だった 。 座り込んで 、 声 を 上げて 泣き たかった 。 祐一 と 一緒に いられる ならば 、 なん だって でき そうな 気 さえ した 。


悪人 下 (4) あくにん|した The Bad Guy (4) Homme méchant, en bas (4).

夕方 に なって 、 数 組 の 客 が 同時に 訪れた 。 ゆうがた|||すう|くみ||きゃく||どうじに|おとずれた In the evening, several sets of guests visited at the same time. うち 馬 込 光代 が 受け持った の は 、 二十 代 半 ば の 男性 二 人 組 で 、 スーツ を 選び ながら の まるで 漫才 の ような 掛け合い を 聞いて いる 限 り で は 、 背 の 低い ほう が 最近 やっと 再 就職 の 面接 に 受かった ようで 、 友人 を 引き連れて 来店 した らしかった 。 |うま|こみ|てるよ||うけもった|||にじゅう|だい|はん|||だんせい|ふた|じん|くみ||すーつ||えらび||||まんざい|||かけあい||きいて||げん||||せ||ひくい|||さいきん||さい|しゅうしょく||めんせつ||うかった||ゆうじん||ひきつれて|らいてん|| 「 これ まで ずっと 作業 服 や つけ ん 、 スーツって いまいち どれ を 買えば よか と か 分から ん けん な 」 「 しかし 、 普通 、 スーツ と か 買う とき は 、 女房 連れて こんや ? |||さぎょう|ふく||||すーつ って||||かえば||||わから|||||ふつう|すーつ|||かう|||にょうぼう|つれて| 」 「 馬鹿 言え 、 あれ と 一緒に 来たら 、 シャシ から ネクタイ まで 、 一式 最 安値 商品 で 揃 えら れる 」 「 なん や 、 高級 スーツ 買う つもり や ? ばか|いえ|||いっしょに|きたら|||ねくたい||いっしき|さい|やすね|しょうひん||そろ|||||こうきゅう|すーつ|かう|| 」 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? だい|よっ|しょう|かれ||だれ||であった| 「 そう じゃ なか けど 、 中級 さ 、 中級 」 なんだ かんだ と 言い ながら 、 ラック に 吊られた スーツ を 片っ端から 手 に 取って 、 二 人 仲良く 胸 に 当てて いく 。 ||||ちゅうきゅう||ちゅうきゅう||||いい||らっく||つり られた|すーつ||かたっぱしから|て||とって|ふた|じん|なかよく|むね||あてて| 光代 は 「 まだ 若く 見える が 、 もう この 年代 でも 結婚 して いる んだ なあ 」 と 思い ながら 、 つか ず 離れ ず 、 気長に 声 を かけられる の を 待って いた 。 てるよ|||わかく|みえる||||ねんだい||けっこん||||||おもい||||はなれ||きながに|こえ||かけ られる|||まって| 試着 室 の 前 に は メジャー を 首 に かけた 売り場 主任 の 水谷 和子 が 立って いた 。 しちゃく|しつ||ぜん|||めじゃー||くび|||うりば|しゅにん||みずたに|かずこ||たって| さっき 休 憩 を 終えて フロア へ 戻って きた 水谷 に 、 光代 は 今夜 少し 時間 が ない か と 尋ねた 。 |きゅう|いこ||おえて|ふろあ||もどって||みずたに||てるよ||こんや|すこし|じかん|||||たずねた もし あ れば 軽く 飲み に 行か ない か と 。 |||かるく|のみ||いか||| 珍しい 誘い に 、 一瞬 、 水谷 は 首 を 捻った が 、「 大丈夫 よ 。 めずらしい|さそい||いっしゅん|みずたに||くび||ねじった||だいじょうぶ| うち の 旦那 も ちょっと 遅う かいてん ずし なるって 言い よった し 、 どこ 行こう か ? ||だんな|||おそう|||なる って|いい||||いこう| この 前 ビックリ バー の 隣 に 出来た 回転 寿司 で も ょかたい ね 」 と 妙に 乗り気に なって くれた 。 |ぜん|びっくり|ばー||となり||できた|かいてん|すし|||ょか たい|||みょうに|のりきに|| じゃあ 、 その 回転 寿司 に 行こう と 決まって 、 光代 が 持ち場 へ 戻ろう と する と 、 水谷 が さっと その 手 を 掴み 、「 この前 の 土 日 、 珍しゅう 休み 取ったり する けん 、 なんか ある と やろう なぁ と は 思う とった けど ……。 ||かいてん|すし||いこう||きまって|てるよ||もちば||もどろう||||みずたに||||て||つかみ|この まえ||つち|ひ|めずらしゅう|やすみ|とったり||||||||||おもう|| Then, when Mitsuyo decided to go to the conveyor belt sushi and tried to return to his place, Mizutani quickly grabbed his hand and said, "The last Saturday and Sunday, I'll take a rare break. I thought it was ... よか 話 ね ? |はなし| 」 と ニャニヤ する 。 光代 は 、「 いや 、 大した こと じゃ なか です よ 。 てるよ|||たいした||||| ただ 、 久しぶりに 水谷 さん と ごはん でもって 思う て 」 とそ の 場 を 逃れた が 、 顔 が ほころぶ の を 止められ なかった 。 |ひさしぶりに|みずたに||||でも って|おもう||||じょう||のがれた||かお|||||とどめ られ| 土曜 の 昼 に 会った 清水 祐一 と 、 結局 丸一 日 以上 一緒に 過ごした 。 どよう||ひる||あった|きよみず|ゆういち||けっきょく|まるいち|ひ|いじょう|いっしょに|すごした うなぎ を 食べて 、 灯 台 へ 行く つもりで ホテル を 出た のに 、 うなぎ を 食べて 店 を 出る と 、 とつぜんの どしゃ ぶ り に なり 、 結局 、 ドライブ は 諦めて 、 また 別の ホテル に 入った 。 ||たべて|とう|だい||いく||ほてる||でた||||たべて|てん||でる||||||||けっきょく|どらいぶ||あきらめて||べつの|ほてる||はいった 日曜 の 晩 、 祐一 に アパート まで 送って もらい 、 車 の 中 で 長い キス を して 、 別れた の が おととい 、 翌月 曜 の 夜 に は 電話 で 三 時間 も 話 を した 。 にちよう||ばん|ゆういち||あぱーと||おくって||くるま||なか||ながい|きす|||わかれた||||よくげつ|よう||よ|||でんわ||みっ|じかん||はなし|| 途中 、 妹 の 珠代 が 旅行 から 戻った ので 、 最後 の 三十 分 は 寒風 吹きすさぶ アパート の 階段 に 腰かけて 。 とちゅう|いもうと||たまよ||りょこう||もどった||さいご||さんじゅう|ぶん||かんぷう|ふきすさぶ|あぱーと||かいだん||こしかけて あれ から まだ 丸一 日 も 経って いない 。 |||まるいち|ひ||たって| なのに もう 祐一 の 声 が 聞き たくて 仕方 が ない 。 ||ゆういち||こえ||きき||しかた|| 気 が つく と 、 漫才 コンビ の ような 二 人 組 は 、 壁 際 の ラック に かかった スーツ を 手 に 取って いた 。 き||||まんざい|こんび|||ふた|じん|くみ||かべ|さい||らっく|||すーつ||て||とって| 壁 際 の ほう は セット 料金 で 三千 円 高く なって いる 上 に 、 替え の ズボン が つい てい ない 。 かべ|さい||||せっと|りょうきん||さんせん|えん|たかく|||うえ||かえ||ずぼん|||| 威圧 感 を 与え ない 程度 に 近寄る と 、 男 たち の 会話 が 聞こえて くる 。 いあつ|かん||あたえ||ていど||ちかよる||おとこ|||かいわ||きこえて| 「 そう 言えば 、 この 前 、『 釣り バカ 」 観 に 行った けん な 」 「 一 人 で ? |いえば||ぜん|つり|ばか|かん||おこなった|||ひと|じん| 」 「 まさか 、 息子 と 二 人 で 」 「 お前 、 息子 連れて 、 あげ ん 映画 に 行く と や ? |むすこ||ふた|じん||おまえ|むすこ|つれて|||えいが||いく|| 」 「 子供 、 けつ こう 喜ぶ と ぞ 」 「 マジ で ? こども|||よろこぶ|||| うち の ガキ なんか 、 まん が 祭り 以外 全然 興味 なか けど な 」 二十 代 半ば 、 見かけ は 大学 の 友人 同士 と 言って も 通用 する 。 ||がき||||まつり|いがい|ぜんぜん|きょうみ||||にじゅう|だい|なかば|みかけ||だいがく||ゆうじん|どうし||いって||つうよう| そんな 二 人 が スーツ を 選 ぴ ながら 互い の 子供 の 話 なんか を して いる 。 |ふた|じん||すーつ||せん|||たがい||こども||はなし|||| 光代 は そんな 二 人 の 背中 を 微笑ま しく 見つめて いた 。 てるよ|||ふた|じん||せなか||ほおえま||みつめて| その 視線 に 気づいた の か 、「 す いま せ ん 。 |しせん||きづいた|||||| これ 、 ちょっと 試着 して も よか です か ? ||しちゃく||||| 」 と 背 の 低い ほう の 子 が 振り返る 。 |せ||ひくい|||こ||ふりかえる すると 、 すぐに 隣 の 子 が その スーツ を 奪い 、「 なん や 、 結局 、 これ に する と や ? ||となり||こ|||すーつ||うばい|||けっきょく||||| なん か ホストっぽう ないや ? ||ほすと っぽう| 」 と 茶化す 。 |ちゃかす 言わ れた ほう も 根 が 素直な ようで 、「 そう や ? いわ||||ね||すなおな||| 」 と せっかく 決めた スーツ を 眺めて 首 を 傾げる 。 ||きめた|すーつ||ながめて|くび||かしげる 「 よかったら 、 試着 して みたら どう です か ? |しちゃく||||| 」 と 光代 は 笑顔 を 向けた 。 |てるよ||えがお||むけた 「 手 に したら 、 ちょっと 光る 感じ も します けど 、 中 に 白い シャシ と か 合わせたら 、 落ち 着いた 感じ に なります よ 」 光代 の 言葉 に 、 男 は 自信 を 取り戻した ようで 素直に 試着 室 へ ついてきた 。 て||||ひかる|かんじ||し ます||なか||しろい||||あわせたら|おち|ついた|かんじ||なり ます||てるよ||ことば||おとこ||じしん||とりもどした||すなおに|しちゃく|しつ|| 残った ほう は いかにも 買う 気 が ない 客 らしく 、 目 に ついた スーツ の 値札 を 次 から 次に 捲って 回る 。 のこった||||かう|き|||きゃく||め|||すーつ||ねふだ||つぎ||つぎに|まくって|まわる サイズ は ぴったりだった 。 さいず|| 様子 を 見る ため に 光代 が 渡した 白い シャシ も 、 男 の 童顔 に 妙に 合って いる 。 ようす||みる|||てるよ||わたした|しろい|||おとこ||どうがん||みょうに|あって| 「 いかがです か ? 」 鏡 の 前 で 身 を 振り ながら 確認 する 男 に 声 を かける と 、 いつの間にか やってきて いた 男 の 連れ が 、「 あら 、 ほんと 、 そげ ん 派手じゃ なか な 〜」 と 背後 から 声 を かけて くる 。 きよう||ぜん||み||ふり||かくにん||おとこ||こえ||||いつのまにか|||おとこ||つれ||||||はでじゃ||||はいご||こえ||| 「 よか ご たる な ? 」 狭い 試着 室 で 、 男 が 鏡 に 映った 光代 と 友人 に 頷いて み せる 。 せまい|しちゃく|しつ||おとこ||きよう||うつった|てるよ||ゆうじん||うなずいて|| In a small dressing room, a man nods to Mitsuyo and his friends in the mirror. 光代 は 使い込んだ メジャー を ポケット から 出して 、 ズボン の 裾 上げ に 取りかかった 。 てるよ||つかいこんだ|めじゃー||ぽけっと||だして|ずぼん||すそ|あげ||とりかかった 続く とき に は 続く もの で 、 その後 も 客 は ひっきりなしに 来店 し 、 来店 する ばかり か 、 次々 に スーツ が 売れて いった 。 つづく||||つづく|||そのご||きゃく|||らいてん||らいてん||||つぎつぎ||すーつ||うれて| 閉店 時間 を 回り 、 フロア の 照明 を 半分 落とした レジ の テーブル で 、 光代 が 補 整 に 出す 商品 伝票 を 整理 して いる と 、「 たまに 飲み に 行こうって いう H に 限って これ や ねえ 」 と 言い ながら 、 水谷 が 同じ ように 伝票 の 束 を 掴んで やってくる 。 へいてん|じかん||まわり|ふろあ||しょうめい||はんぶん|おとした|れじ||てーぶる||てるよ||ほ|ひとし||だす|しょうひん|でんぴょう||せいり|||||のみ||いこう って||h||かぎって|||||いい||みずたに||おなじ||でんぴょう||たば||つかんで| 「 ほんとです ね 」 光代 は 相づち を 打ち ながら 時計 を 確認 した 。 ||てるよ||あいづち||うち||とけい||かくにん| 八 時 四十五 分 。 やっ|じ|しじゅうご|ぶん 普段 なら すでに 着替えて 、 自転車 を 漕いで いる 時間 だ 。 ふだん|||きがえて|じてんしゃ||こいで||じかん| 「 まだ かかり そう ? Still need more time? 」 すでに 整理 を 終えた らしい 水谷 に 訊 かれ 、 光代 は 、「 十五 分 も あれば 」 と 伝票 を 捲って みせた 。 |せいり||おえた||みずたに||じん||てるよ||じゅうご|ぶん||||でんぴょう||まくって| 「 じゃあ 、 更衣室 で 待つ とく けん 」 水谷 が そう 言い残して 階段 を 下りて いく 。 |こういしつ||まつ|||みずたに|||いいのこして|かいだん||おりて| 半分 照明 が 落とさ れた フロア は 薄暗く 、 暖 房 も 切られて いる ので 、 足元 から 底冷え して くる 。 はんぶん|しょうめい||おとさ||ふろあ||うすぐらく|だん|ふさ||きら れて|||あしもと||そこびえ|| レジ 台 の 上 に 置か れた 携帯 の 着信 音 が 聞こえた の は その とき だった 。 れじ|だい||うえ||おか||けいたい||ちゃくしん|おと||きこえた||||| 珠代 か と 思って 手 に 取る と 、 そこ に 祐一 の 名前 が ある 。 たまよ|||おもって|て||とる||||ゆういち||なまえ|| I thought it was Tamashiro and picked it up, and there was Yuichi's name. 光代 は 伝票 の 間 に 親指 を 入れた まま 、 もう 片方 の 手 で 出た 。 てるよ||でんぴょう||あいだ||おやゆび||いれた|||かたほう||て||でた 「 もしもし 。 俺 」 受話器 の 向こう から 祐一 の 声 が 聞こえて くる 。 おれ|じゅわき||むこう||ゆういち||こえ||きこえて| 光代 は 薄暗い フロア に 誰 も いない の を 確認 し 、「 もしもし 。 てるよ||うすぐらい|ふろあ||だれ|||||かくにん|| どうした と ? 」 と 嬉し そうな 声 を 返した 。 |うれし|そう な|こえ||かえした 「 まだ 仕事 中 ? |しごと|なか 」 祐一 の 問いかけ に → 光代 は 、「 うん 、 なんで ? ゆういち||といかけ||てるよ||| 」 と 問い返した 。 |といかえした 「 今日 、 なんか 用 ある ? きょう||よう| 」 「 今日って 、 今 からって こと ? きょう って|いま|から って| 」 フロア に 響いた 自分 の 声 が 、 もう すでに 喜んで いる 。 ふろあ||ひびいた|じぶん||こえ||||よろこんで| 「 だって 長崎 やろ ? |ながさき| 仕事 もう 終わった と ? しごと||おわった| 」 と 光代 は 訊 いた 。 |てるよ||じん| 「 六 時 に 終わった 。 むっ|じ||おわった 今日 、 自分 の 車 で 現場 に 行った けん 、 そこ から 直接 そっち に 行こう か と 思う て 」 運転 中 な の か 、 ときどき 電波 が 途切れる 。 きょう|じぶん||くるま||げんば||おこなった||||ちょくせつ|||いこう|||おもう||うんてん|なか|||||でんぱ||とぎれる 「 今 、 どこ ? いま| 」 と 光代 は 訊 いた 。 |てるよ||じん| 知ら ぬ 間 に 立ち上がって いて 、 伝票 に 差し込んで いた 親指 も 抜けて いる 。 しら||あいだ||たちあがって||でんぴょう||さしこんで||おやゆび||ぬけて| 「 今 、 もう 高速 降りる 」 「 え ? いま||こうそく|おりる| 高速って 、 佐賀 大和 ? こうそく って|さが|だいわ 」 光代 は 思わず ガラス 窓 へ 目 を 向けた 。 てるよ||おもわず|がらす|まど||め||むけた 佐賀 大和 の インター から なら 、 ここ まで 十分 と かから ない 。 さが|だいわ||いんたー|||||じゅうぶん||| 光代 は 椅子 に 座り 直す と 、「 来て くれる なら 、 もっと 早う 知らせて くれ れ ば よか と に 」 と 、 嬉しくて 文句 を 言った 。 てるよ||いす||すわり|なおす||きて||||はやう|しらせて||||||||うれしくて|もんく||いった 隣 に ある ファーストフード 店 の 駐車 場 で 待ち合わせる こと に して 、 光代 は 祐一 から の 電話 を 切った 。 となり||||てん||ちゅうしゃ|じょう||まちあわせる||||てるよ||ゆういち|||でんわ||きった 平日 の 夜 、 思い も 寄ら ぬ 祐一 の 行動 に 、 からだ が カツ と する ほど の 幸福 感 が 押し寄せ て 〃 くる 。 へいじつ||よ|おもい||よら||ゆういち||こうどう||||かつ|||||こうふく|かん||おしよせ|| 残って いた 伝票 を 手早く 処理 し ながら も 、 高速 を 降りた 祐一 の 車 が 、 今 、 走り抜けて いる 街道 の 風景 が 浮かび 、 一 枚 確認 済み の はんこ を 押す 度 に 、 車 が 近づいて くる の が 感 じられる 。 のこって||でんぴょう||てばやく|しょり||||こうそく||おりた|ゆういち||くるま||いま|はしりぬけて||かいどう||ふうけい||うかび|ひと|まい|かくにん|すみ||||おす|たび||くるま||ちかづいて||||かん|じら れる 十五 分 は かかる と 思って いた 仕事 を 、 光代 は 五 分 で 終わら せた 。 じゅうご|ぶん||||おもって||しごと||てるよ||いつ|ぶん||おわら| フロア の 電気 を 消し て 、 一 階 の 更衣室 へ 駆け込む と 、 すでに 着替えた 水谷 が いつも 持参 して いる 水筒 から 、 どくだみ 茶 を 注いで 飲んで いる 。 ふろあ||でんき||けし||ひと|かい||こういしつ||かけこむ|||きがえた|みずたに|||じさん|||すいとう|||ちゃ||そそいで|のんで| 「 あら 、 もう 終わった と ? ||おわった| 」 水谷 に 尋ねられ 、 光代 は 一瞬 、「 あ 、 えっと 」 と 言葉 を 詰まら せた 。 みずたに||たずね られ|てるよ||いっしゅん||えっ と||ことば||つまら| これ から 二 人 で 回転 寿司 に 行く 約束 を 忘れて いた わけで は なかった が 、 あまり の 急 展開 に 断る 言い訳 を 考えて い なかった のだ 。 ||ふた|じん||かいてん|すし||いく|やくそく||わすれて||||||||きゅう|てんかい||ことわる|いいわけ||かんがえて||| 「 どうした と ? 」 言葉 を 詰まら せた 光代 を 見つめ 、 水谷 が 心配 そうに 訊 いて くる 。 ことば||つまら||てるよ||みつめ|みずたに||しんぱい|そう に|じん|| 「 あの 、 えっと ……」 「 どうした と ? |えっ と|| なんか あった ? 」 「 いや 、 そう じゃ なくて 、 今 、 ちょっと 電話 が あって ……」 「 電話 ? ||||いま||でんわ|||でんわ 誰 から ? だれ| 」 光代 は また 口ごもった 。 てるよ|||くちごもった 水谷 に は 、 これ から 行く はずの 回転 寿司 店 で 、 祐一 と の 出会 い に ついて 話そう と して いた くせ に 、 いざ と なる と それ が 口 からすっと 出て こ ない 。 みずたに|||||いく||かいてん|すし|てん||ゆういち|||であ||||はなそう||||||||||||くち|からす っと|でて|| 光代 の 様子 を じっと 見つめて いた 水谷 が 、「 また 今度 に する ? てるよ||ようす|||みつめて||みずたに|||こんど|| 私 は いっでも よか よ 」 と 意味 深 な 笑み を 浮かべる 。 わたくし||いっ でも||||いみ|ふか||えみ||うかべる 「 すいません ……」 と 光代 は 謝った 。 ||てるよ||あやまった 「 彼 氏 が 急に 迎え に きた と やる ? かれ|うじ||きゅうに|むかえ|||| 」 急な 変更 を 気 に も せ ず 、 水谷 が 微笑む 。 きゅうな|へんこう||き|||||みずたに||ほおえむ 「 なんか あった と やろう と は 思う とった よ 。 ||||||おもう|| 珍しゅう 週 末 に 休み 取ったり する し 、 昨日 から 幸せ そうな 顔 し とった もん 」 「 すいません ….:」 と 光代 は また 謝った 。 めずらしゅう|しゅう|すえ||やすみ|とったり|||きのう||しあわせ|そう な|かお||||||てるよ|||あやまった 「 ほんと 、 気 に せ んで よ かって 。 |き||||| "I'm really glad you care. :。 … で 、 佐賀 の 人 ね ? |さが||じん| 」 「 いや 、 長崎 の ……」 「 へえ 、 長崎 から 急に 会い に 来た と ? |ながさき|||ながさき||きゅうに|あい||きた| あら ら 、 じゃあ 、 私 と 回転 寿司 なんか 食べ とる 場合 じゃ なか ねえ 。 |||わたくし||かいてん|すし||たべ||ばあい||| ほら 、 早う 着替えて 行か ん ね 」 水谷 は そう 言って 、 突っ立って いる 光代 の 尻 を 叩いた 。 |はやう|きがえて|いか|||みずたに|||いって|つったって||てるよ||しり||たたいた 水谷 が 先 に 帰り 、 誰 も い なく なった 更衣室 で 光代 は 急いで 着替えた 。 みずたに||さき||かえり|だれ|||||こういしつ||てるよ||いそいで|きがえた 着替えて いる 最 中 に 携帯 が 鳴り 、「 今 、 着いた 」 と いう 祐一 から の メール が 入って いる 。 きがえて||さい|なか||けいたい||なり|いま|ついた|||ゆういち|||めーる||はいって| 革 ジャケット を 着て きて よかった 。 かわ|じゃけっと||きて|| いつも 着て いる ダウン ジャケット の 襟 が 汚れて い て 、 今朝 、 もう 一 日 着て から クリーニング に 出そう か と 思った のだ が 、 なんとなく やめ た のだ 。 |きて||だうん|じゃけっと||えり||けがれて|||けさ||ひと|ひ|きて||くりーにんぐ||だそう|||おもった|||||| 週 末 、 祐一 に 会った とき に も 、 この 革 ジャケット を 着て いた 。 しゅう|すえ|ゆういち||あった|||||かわ|じゃけっと||きて| 一 年 ほど 前 、 珠代 と バ ス で 博多 に 買い物 に 行った とき 、 十一万 円 と いう 値段 に 跨踏 は した が 、 十 年 に 一 度 と 奮発して 買った もの だった 。 ひと|とし||ぜん|たまよ|||||はかた||かいもの||おこなった||じゅういちまん|えん|||ねだん||また ふ||||じゅう|とし||ひと|たび||ふんぱつ して|かった|| 更衣室 の 鍵 を 閉め 、 管理 室 の 警備貝 に 渡して 通用口 を 出た 。 こういしつ||かぎ||しめ|かんり|しつ||けいび かい||わたして|つうようぐち||でた 寒風 が 足元 を 吹き抜け 、 マフラー を しっかり と 首 に 巻き 直す 。 かんぷう||あしもと||ふきぬけ|まふらー||||くび||まき|なおす がらんと した 駐車 場 に は 白線 だけ が くっきり と 浮 かび 、 フェンス の 向こう に は 、 休 閑中 の 畑 と 鉄塔 が ある 。 ||ちゅうしゃ|じょう|||はくせん|||||うか||ふぇんす||むこう|||きゅう|ひまなか||はたけ||てっとう|| 視線 を 転じる と 、 隣 に ある ファーストフード 店 の 駐車 場 に 、 見覚え の ある 白い 車 が 停 まって いる 。 しせん||てんじる||となり||||てん||ちゅうしゃ|じょう||みおぼえ|||しろい|くるま||てい|| When I turned my eyes, a familiar white car was parked in the parking lot of the fast food restaurant next door. さほど 混 んで いない が 、 よく 磨か れた 祐一 の 車 だけ が 、 駐車 場 の 照明 に き ら きら と 輝いて いる 。 |こん|||||みがか||ゆういち||くるま|||ちゅうしゃ|じょう||しょうめい||||||かがやいて| 光代 は 一旦 駐車 場 から 国道 に 出て 、 フェンス の 向こう を 覗き ながら 、 隣 の 駐車 場 へ と 急いだ 。 てるよ||いったん|ちゅうしゃ|じょう||こくどう||でて|ふぇんす||むこう||のぞき||となり||ちゅうしゃ|じょう|||いそいだ ファーストフード 店 の 駐車 場 に 入る と 、 祐一 の 車 の ライト が チカッ と 光った 。 |てん||ちゅうしゃ|じょう||はいる||ゆういち||くるま||らいと||||ひかった 隣 から 歩いて くる 自分 の 姿 を ずっと 見て いた らしい 。 となり||あるいて||じぶん||すがた|||みて|| 光代 は 暗い 車 内 に いる だろう 祐一 に 向かって 、 小さく 手 を 振って 見せた 。 てるよ||くらい|くるま|うち||||ゆういち||むかって|ちいさく|て||ふって|みせた 近寄って いく と 、 祐一 が 助手 席 の ドア を 内側 から 開けて くれた 。 ちかよって|||ゆういち||じょしゅ|せき||どあ||うちがわ||あけて| 開いた とたん 、 車 内 が 明るく なり 、 作業 服 を 着た 祐一 の 姿 が 見える 。 あいた||くるま|うち||あかるく||さぎょう|ふく||きた|ゆういち||すがた||みえる 光代 は 車 に 駆け寄り 、「 さ ぶ 〜 い 」 と 身震い し ながら 助手 席 に 乗り込んだ 。 てるよ||くるま||かけより|||||みぶるい|||じょしゅ|せき||のりこんだ その 間 、 一 度 も 祐一 と は 目 を 合わせ なかった が 、 ドア が 閉まり 、 また 車 内 が 暗く なった とたん 、 「 ほんとに 仕事 終わって すぐに 来た と ? |あいだ|ひと|たび||ゆういち|||め||あわせ|||どあ||しまり||くるま|うち||くらく||||しごと|おわって||きた| 」 と 祐一 の ほう へ 顔 を 向けた 。 |ゆういち||||かお||むけた 「 家 に 帰って から や と 、 もっと 遅う なる けん 」 祐一 が 車 内 の 暖房 を 強め ながら 言う 。 いえ||かえって|||||おそう|||ゆういち||くるま|うち||だんぼう||つよ め||いう 「 もっと 早う 電話 くれれば よかった と に 」 「 しよう か なって 思う た けど 、 仕事 中 やろう と 思う て 」 「 もし 、 今日 、 会 えんかつ たら どう する つもり やった と ? |はやう|でんわ||||||||おもう|||しごと|なか|||おもう|||きょう|かい||||||| 」 光代 が ちょっと 意地 悪く 尋ねる と 、「 もし 会え ん かつ たら 、 そのまま 帰る つもり やった 」 と 生真面目に 答える 。 てるよ|||いじ|わるく|たずねる|||あえ|||||かえる||||きまじめに|こたえる 光代 は シフト レバー に 置か れた 祐一 の 手 に 自分 の 手 を のせた 。 てるよ||しふと|ればー||おか||ゆういち||て||じぶん||て|| 祐一 の 作業 着 の せい か 、 車 内 に 廃 嘘 の ような 匂い が した 。 ゆういち||さぎょう|ちゃく||||くるま|うち||はい|うそ|||におい|| 車 は ファーストフード 店 の 駐車 場 に 停められた まま 、 なかなか 動き出さ なかった 。 くるま|||てん||ちゅうしゃ|じょう||とめ られた|||うごきださ| す で に 三 組 ほど 、 店 内 から 出て きた 客 が 車 に 乗り込み 、 駐車 場 から 走り去って いる 。 |||みっ|くみ||てん|うち||でて||きゃく||くるま||のりこみ|ちゅうしゃ|じょう||はしりさって| 逆に 入って くる 車 が ない ので 、 車 が 減る たび に 、 まるで 大海 の 小舟 の ように 自分 たち の 車 だ け が 残さ れる 。 ぎゃくに|はいって||くるま||||くるま||へる||||たいかい||こぶね|||じぶん|||くるま||||のこさ| もう 何分 くらい 経つ の か 、 光代 の 指 と 祐一 の 指 は 、 未 だに シフト レバー の 上 で 絡み合って いる 。 |なにぶん||たつ|||てるよ||ゆび||ゆういち||ゆび||み||しふと|ればー||うえ||からみあって| 言葉 は なく 、 ただ 指先 だけ が 、 もう 何分 も 話 を して いる 。 ことば||||ゆびさき||||なにぶん||はなし||| 「 明日 も 仕事 、 早い と やる ? あした||しごと|はやい|| 」 光代 は 祐一 の 中指 を 握り ながら 尋ねた 。 てるよ||ゆういち||なかゆび||にぎり||たずねた フェンス の 向こう に 見える 国道 を 、 スピード を 上げた 車 が 走って いく 。 ふぇんす||むこう||みえる|こくどう||すぴーど||あげた|くるま||はしって| 「 五 時 半 起き 」 祐一 が 光代 の 手首 を 親指 の 腹 で 撫でる 。 いつ|じ|はん|おき|ゆういち||てるよ||てくび||おやゆび||はら||なでる 「 ここ から 長崎 まで 二 時間 くらい かかる よ ね ? ||ながさき||ふた|じかん|||| あんまり 時間 ない ね 」 「 ちょっと 顔 見 たかった だけ やけん ..…・」 エンジン を かけた まま の 車 の 中 で 、 デジタル 時計 が 9” 肥 を 示して いる 。 |じかん||||かお|み||||えんじん|||||くるま||なか||でじたる|とけい||こえ||しめして| 「 帰る と やる ? かえる|| 」 と 光代 は 尋ねた 。 |てるよ||たずねた 指 の 動き を 止めた 祐一 が 、「…… うん 、 今夜 の うち に 帰ら ん と 、 明日 三 時 起き に なる し 」 と 苦笑 する 。 ゆび||うごき||とどめた|ゆういち|||こんや||||かえら|||あした|みっ|じ|おき|||||くしょう| 会い たくて 、 会い たくて 、 仕方 が なくなった んだ 。 あい||あい||しかた||| 仕方 が なくて 、 仕事場 から 真っす ぐ 走って きた んだ 。 しかた|||しごとば||まっ す||はしって|| 祐一 が そう 言って くれる こと は なかった が 、 自分 の 手首 を 撫でる 祐一 の 指 の 動き で 、 そんな 気持ち が 伝わって きた 。 ゆういち|||いって||||||じぶん||てくび||なでる|ゆういち||ゆび||うごき|||きもち||つたわって| これ から 近く の ラブ ホテル に 入れば 、 二 時間 くらい は 一緒に いられる 。 ||ちかく||らぶ|ほてる||はいれば|ふた|じかん|||いっしょに|いら れる ただ 、 それ か ら 長崎 へ 帰る と なる と 、 到着 は 深夜 一 時 過ぎ に なる 。 ||||ながさき||かえる||||とうちゃく||しんや|ひと|じ|すぎ|| すぐに 寝て も 、 四 時間 ほど しか 眠 ら ず に 、 祐一 は きつい 仕事 へ 出かけ なければ なら ない 。 |ねて||よっ|じかん|||ねむ||||ゆういち|||しごと||でかけ||| 二 時間 で いい から 一緒に いたい 。 ふた|じかん||||いっしょに|い たい でも 、 一 時間 でも 多く 、 祐一 を 眠ら せて あげたい 。 |ひと|じかん||おおく|ゆういち||ねむら||あげ たい 「 うち に 妹 が おら ん やったら ね :…・」 思わず そんな 言葉 が 漏れて 、 光代 は 自分 で 自分 の 言葉 に ハツ と した 。 ||いもうと||||||おもわず||ことば||もれて|てるよ||じぶん||じぶん||ことば||はつ|| これ まで 妹 の 珠 代 を 邪魔だ と 思った こと は ない 。 ||いもうと||しゅ|だい||じゃまだ||おもった||| 逆に いつも 妹 の 帰り ばかり を 心配 して いる 生活 だった のだ 。 ぎゃくに||いもうと||かえり|||しんぱい|||せいかつ|| 「 ホテル .:… 行く ? ほてる|いく 」 祐一 が ぼ そっと 訊 いて きた 。 ゆういち||||じん|| その 訊 き 方 が 、 明日 の 朝 を 心配 して いる の か 、 どこ か 跨 踏 して いる 。 |じん||かた||あした||あさ||しんぱい|||||||また|ふ|| 「 でも 今 から 入ったら 、 帰る の 遅く なる よ 」 「…… そう やけど 」 シフト レバー の 上 で 、 祐一 の 指先 に 力 が 入る 。 |いま||はいったら|かえる||おそく|||||しふと|ればー||うえ||ゆういち||ゆびさき||ちから||はいる 「 なんか 、 やっぱり 佐賀 と 長崎って 遠い ね 」 光代 は ふと そう 眩 いて しまい 、 すぐに 、「 あ 、 じゃ なくて 」 と 首 を 振った 。 ||さが||ながさき って|とおい||てるよ||||くら||||||||くび||ふった 「::: そう じゃ なくて 、 なんか 、 せっかく 来て くれた と に 、 ゆっくり する 時間 も ない 〆 一 1 し 」 「 平日 やけん 、 仕方 なか よ 」 祐一 が 諦めた ように 眩 く ・ それ が どこ か 冷たく 響き 、「 祐一って 真面目 か ょね 」 と 思 わ ず 光代 は 言い返した 。 |||||きて||||||じかん||||ひと||へいじつ||しかた|||ゆういち||あきらめた||くら||||||つめたく|ひびき|ゆういち って|まじめ||||おも|||てるよ||いいかえした 「 仕事 は 休め ん よ 。 しごと||やすめ|| おじさん の 会社 やし 」 「 でも 、 土 日 は 私 が なかなか 仕事 休め ん よ 。 ||かいしゃ|||つち|ひ||わたくし|||しごと|やすめ|| この前 の ように 二 日 続けて 一緒に おる んな ん て 、 滅多に でき ん かも 」 少し 意地悪な 言い 方 だった 。 この まえ|||ふた|ひ|つづけて|いっしょに|||||めったに||||すこし|いじわるな|いい|かた| その とたん 、 祐一 の 指先 から 力 が なくなる 。 ||ゆういち||ゆびさき||ちから|| 私 に 会い に きて くれた 人 な のだ 、 と 光代 は 思う 。 わたくし||あい||||じん||||てるよ||おもう 自分 たち に は 会う 時間 が ない んだ と 、 そんな こと を わざわざ 聞き に きた わけで は なくて 、 きつい だろう 仕事 を 終えた その 足 で 、 二 時間 も 車 を 走ら せて 、 わざわざ 私 に 会い に 来て くれた 人 な のだ と 。 じぶん||||あう|じかん|||||||||きき||||||||しごと||おえた||あし||ふた|じかん||くるま||はしら|||わたくし||あい||きて||じん||| 「 ねえ 、 隣 の 駐車 場 に 移動 せ ん ? |となり||ちゅうしゃ|じょう||いどう|| 」 光代 は 力 の 抜けた 祐一 の 指 を 引っ張った 。 てるよ||ちから||ぬけた|ゆういち||ゆび||ひっぱった 「 もう 店 も 終わっと る し 、 他の 車 が 入って くる こと も ない けん 、 ゆっくり 話 できる よ 。 |てん||しまわ っと|||たの|くるま||はいって|||||||はなし|| 建物 の 裏 に 停めれば 、 通り から も 見え ん し 」 光代 の 言葉 に 祐一 が フェンス の 向こう 、 すでに 照明 も 消さ れた 紳士 服 店 の 駐車 場 に 目 を 向け 、 すぐに サイド ブレーキ を 下ろそう と する 。 たてもの||うら||とめれば|とおり|||みえ|||てるよ||ことば||ゆういち||ふぇんす||むこう||しょうめい||けさ||しんし|ふく|てん||ちゅうしゃ|じょう||め||むけ||さいど|ぶれーき||おろそう|| 「 あ 、 ちょっと 待って 。 ||まって 晩 ご飯 まだ 食べ とら ん と やる ? ばん|ごはん||たべ|||| そこ で なんか 買って くる け ん 」 光代 が 慌てて そう 言う と 、「 いや 、 高速の サービス エリア で うどん 食 うて きた 。 |||かって||||てるよ||あわてて||いう|||こうそくの|さーびす|えりあ|||しょく|| 我慢 でき ん で 」 と 祐一 は 笑った 。 がまん|||||ゆういち||わらった 車 は ファーストフード 店 の 駐車 場 を 出て 、 紳士 服 店 「 若葉 」 の 駐車 場 に 入った 。 くるま|||てん||ちゅうしゃ|じょう||でて|しんし|ふく|てん|わかば||ちゅうしゃ|じょう||はいった 店舗 の 裏 に 回る と 辺り は 真っ暗で 、 フェンス の 向こう に 見える 畑 の 中 、 ライト アップ さ れた 化粧 品 の 大きな 看板 だけ が 風景 に なる 。 てんぽ||うら||まわる||あたり||まっくらで|ふぇんす||むこう||みえる|はたけ||なか|らいと|あっぷ|||けしょう|しな||おおきな|かんばん|||ふうけい|| 「 私 、 今度 の 金曜日 、 公休 やけん 、 長崎 に 行こう か な 。 わたくし|こんど||きんようび|こうきゅう||ながさき||いこう|| 日帰り やけど 」 車 が 停 まる と 、 光代 は ハンドル を 握った まま の 祐一 に 言った 。 ひがえり||くるま||てい|||てるよ||はんどる||にぎった|||ゆういち||いった その 瞬間 、 祐一 の 腕 が 伸びて きて 、 耳元 から 首すじ に かけて 、 熱い 手のひら が 置か れる 。 |しゅんかん|ゆういち||うで||のびて||みみもと||くびすじ|||あつい|てのひら||おか| 祐一 は 何も 言わ ず に キス を して きた 。 ゆういち||なにも|いわ|||きす||| 一瞬 焦った が 、 あっという間 に 祐一 の からだ が のしかかって くる 。 いっしゅん|あせった||あっというま||ゆういち||||| 光 代 は 目 を 閉じて 、 からだ を 任せた 。 ひかり|だい||め||とじて|||まかせた 駐車 場 を 出た の は 、 十 時 を 回った ころ だった 。 ちゅうしゃ|じょう||でた|||じゅう|じ||まわった|| いつまで でも 抱き合って い たかった が 、 それ 以上 に 、 明日 の 朝 、 祐一 に つらい 思い を さ せ たく ない と いう 気持ち が 強かった 。 ||だきあって|||||いじょう||あした||あさ|ゆういち|||おもい||||||||きもち||つよかった 車 を 出す と 、 祐一 は 案内 も なし に 光代 の アパート へ 向かった 。 くるま||だす||ゆういち||あんない||||てるよ||あぱーと||むかった 器用に 車線 を 変更 し 、 次々 と 他の 車 を 抜いて いく 。 きように|しゃせん||へんこう||つぎつぎ||たの|くるま||ぬいて| 「 じゃあ 、 しあさって バス で 長崎 に 行く ね 」 光代 は すでに 慣れた 車 の 揺れ に 身 を 任せ ながら 言った 。 ||ばす||ながさき||いく||てるよ|||なれた|くるま||ゆれ||み||まかせ||いった 「 六 時 に は 仕事 終わる けん 」 祐一 が 前 の 車 を 煽り ながら 眩 く ・ 「 せっかく やけん 、 午前 中 に 行って 、 一 人 で 観光 しょっと 。 むっ|じ|||しごと|おわる||ゆういち||ぜん||くるま||あおり||くら||||ごぜん|なか||おこなって|ひと|じん||かんこう|しょ っと 長崎 市 内 に 行く とって 、 も う 何 年 ぶり やろ ……、 去年 、 妹 たち と ハウステンボス に は 行った けど 」 「 俺 が 案内 できれば いい と けど 。 ながさき|し|うち||いく||||なん|とし|||きょねん|いもうと||||||おこなった||おれ||あんない|||| …:」 「 大丈夫 。 だいじょうぶ ちゃんぽん 食べて 、 教会 と か 見て :…・」 297 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? |たべて|きょうかい|||みて|だい|よっ|しょう|かれ||だれ||であった| 自転車 で 十五 分 かかる 距離 が 、 祐一 の 運転 だ と ほんの 三 分 だった 。 じてんしゃ||じゅうご|ぶん||きょり||ゆういち||うんてん||||みっ|ぶん| 祐一 は 先日 と 同じ ように 未 舗装 の アパート 敷地 内 に 車 を 入れた 。 ゆういち||せんじつ||おなじ||み|ほそう||あぱーと|しきち|うち||くるま||いれた 「 あ 〜、 やっぱり 、 妹 、 もう 帰っと る 」 光代 は 明かり の ついた 二 階 の 窓 を 見上げた 。 ||いもうと||かえ っと||てるよ||あかり|||ふた|かい||まど||みあげた 「…… さっき 会う た ばっかり と に ね 」 そう 眩 く 光代 の 唇 に 、 祐一 の 乾いた 唇 が 重なる 。 |あう|||||||くら||てるよ||くちびる||ゆういち||かわいた|くちびる||かさなる 「 気 を つけて 帰って よ 」 光代 は 唇 を つけた まま 言った 。 き|||かえって||てるよ||くちびる||||いった 祐一 も そのまま で 頷いた 。 ゆういち||||うなずいた 一瞬 、 祐一 が 何 か 言い かけ たような 気 が して 、「 え ? いっしゅん|ゆういち||なん||いい|||き||| 」 と 光代 は からだ を 離した 。 |てるよ||||はなした しかし 祐一 は 目 を 伏せた だけ だった 。 |ゆういち||め||ふせた|| 光代 は 敷地 から 出て いく 車 を 見送った 。 てるよ||しきち||でて||くるま||みおくった 車道 へ 出る と 、 祐一 は 一 度 クラクション を 鳴 らし 、 あっという間 に 走り去った 。 しゃどう||でる||ゆういち||ひと|たび|||な||あっというま||はしりさった もう 寂しかった 。 |さびしかった もう 会い たく なって いた 。 |あい||| 光代 は 赤い テールランプ が 見え なく なる まで 立って いた 。 てるよ||あかい|||みえ||||たって| あれ は いつ だった か 、 珠代 が 美容 師 の 男の子 と 付き合って いる ころ 、 同じ ような こと を 言って いた 。 |||||たまよ||びよう|し||おとこのこ||つきあって|||おなじ||||いって| デート が 終わる と もう 寂しい 。 でーと||おわる|||さびしい もう 会い たくて 仕方ない 。 |あい||しかたない 当時 は その 気 持ち が いまいち 理解 でき ず に いた が 、 今 なら 分かる 。 とうじ|||き|もち|||りかい||||||いま||わかる 分かる どころ か 、 こんな 気持ち に なって 、 よく 平気で いられた もの だ と さえ 思う 。 わかる||||きもち||||へいきで|いら れた|||||おもう 光代 は 車 を 追いかけて 走り出したい 気 分 だった 。 てるよ||くるま||おいかけて|はしりだし たい|き|ぶん| 座り込んで 、 声 を 上げて 泣き たかった 。 すわりこんで|こえ||あげて|なき| 祐一 と 一緒に いられる ならば 、 なん だって でき そうな 気 さえ した 。 ゆういち||いっしょに|いら れる|||||そう な|き||