16.言葉 の 冒険 の 旅 .読解 力 と 語彙 が 伸びて いく
その 次の リーダー は もっと 面白かった 。 私 は 今 でも お 勧め する 。 それ は 『中国 文化 20 の 講座 』と いう もの であった 。 この 本 は 1963 年 に イェール 大学 で 初心者 向け リーダー として 開発 さ れた もの で 、平易 で 率直な 言葉 で 中国 の 歴史 や 文化 に ついて 記述 している 。 私 は 今 でも 自分 の 中国語 を リフレッシュ する ために 時々 この 本 を 読む 。 この 本 は 学習者 の ため に やさしい 言葉 で 書かれて は いる が 、題材 は 現実的で 、中国 の 文化 や 歴史 を 取り上げた もの である 。 段階 的に なっている 読解 の 教材 は 初心者 に は 絶対 必要な もの で 、より たやすい 教材 を 読む こと に よって 自信 が つき 流暢さ も 増していく のである 。 しかし こういう リーダー は 興味 の 持てる 内容 で なくて は ならず 、子供 向け の お話 の ような もの で は 困る 。 理想 は 学習者 が 選ぶ こと の できる 作品集 が ある こと だろう 。 そして できる だけ 早く 現実的な 内容 に 移って いく べきだ 。 4 ヶ月 も 経つ と 本物 の 中国 の 書物 だけ を 読む ように なった 。 大抵 の 場合 、単語 一覧 表 が 特別に 付いた リーダー を 利用した 。 内容 は 歴史 、政治 、文学 と 様々 だった 。 突然 に 原語 に よる 魅惑的な 世界 が 私 の 目の前 に 開けて きた 。 はじめ の うち は 書物 の 中 で 、やがて 私 の 中国語 が 上手に なる に つれて 、知り合い に なった 人々 を 通して 。 私 は 中国語 の 勉強 に 打ち込んだ 。 フランス 語 の 時 の ように 中国 語 の 場合 は 十 年間 の 学校 で の 学習 の 蓄積 を 利用する という わけに は いか なかった 。 だが 私 は できる だけ 短 期間 に 習得 しよう と 決心 した 。 自発 的に 学習 に 取り組んだ のだ 。 私 は 朝 起きる と すぐ テープレコーダー の スイッチ を 入れた 。 それ は バックグラウンドミュージック の 代わり だったり 、集中 的な 発音 練習 だったり した 。 漢字 の 勉強 に も 熱心に 取り組んだ 。 毎日 書いて 復習 した 。 できる だけ 多く の もの を 読み 、漢字 の 読み取り 能力 を 増す ために 同じ もの を 何度 も 読み返した 。 教科書 に 付いている わかりにくい 単語 一覧 表 を 勉強した 。 いつも 新しい 単語 なんて 永久 に 覚え られ ない ような 気 が した もの だった 。 それ でも 結果 的に は 身 に ついていった 。 香港 は 北京 官話 を 話す 土地 で は ない から それ を 学ぶ こと は 全く 孤独な 作業 だった 。 ただ でかけて いって 店主 や 他の 人々 と 北京 官話 で 会話 する という わけに は いかない 。 たまたま 北京 官 話 に よる ラジオ や テレビ の 番組 が あれば いくらか 理解 する こと は できた が すぐに 忘れて しまう 。 それ に 反して テープレコーダー を 使う こと は もう わかっている 教材 を 何度も 何度も 聴く こと に なる から 学習 に は とても 役立った 。 問題 は その 当時 の 理解力 で 充分 面白く 思える 内容 の リスニング 教材 を 入手 する こと だった 。 私 が 香港 に 住んで いた 頃 、テープレコーダー は 持ち 運び の できる もの で は なかった 。 当時 は まだ オープンリ-ル の 大きくて 重たく 不恰好な もの だった 。 家 で 座って 聴か なければ なら なかった 。 今 では 最新 技術 の お蔭 で たやすく 面白い 内容 の 教材 を みつけて ダウンロード したり 録音 する こと が できる から どこ でも 聴く こと が できる 。 基本 的に 中国 語 に は 表音 文字 が ない ため 3千 から 4千 の 漢字 、それ も それぞれ 15 画 まで 、または それ以上 の 画数 の もの を 勉強 し なければ ならなかった 。 言う まで も なく ボキャブラリー の 獲得 は 英語 より も 難しい 。 私 は 外国語 学習者 に とって 辞書 は 最終的 手段 に すぎない と いう こと が わかった 。 外国語 の 学習 に おいて は 普通の 辞書 で 単語 を 引いて いく のは 最も 能率的でない 、時間 を 無駄に する 作業 である 。 大抵 の 場合 辞書 を 閉じる やいなや 単語 の 意味 を 忘れて しまう 。 中国 語 の 辞書 を 引く こと は アルファベット に 基づいた 言語 の 単語 を 引く こと より はるかに 難しい のである 。 外国 語 の 学習 で 我々 が みな 直面 する 挫折感 の 一 つ に 新しく 覚えた 単語 を すぐに 忘れて しまう という の が ある 。 何もかも 学んで は また 学び 直す と いう こと を 何度 も し なくては ならない ように 思えて くる のだ 。 中国 語 で は 漢字 を 覚える こと の 難しさ が この こと を 一層 大きな 問題 に する 。 私 は 漢字 を 早く 覚える 方法 を 見出さ なければ ならなかった 。 私 は 単語 を 覚え 記憶 する 力 を 強化 できる ような 技術 を 開発 した 。 その 一 つ は 中国 の 子供 達 が 漢字 を 覚えて いく 方法 に 基づく もの であった 。 桝 目 の ついた 漢字 練習 帳 を 使い 、1 行 目 に まず ある 漢字 を 6‐7 回 書いて いく 。 それ から 3 行 目 に 英語 で その 音 や 意味 を 書き込んで いく 。 次に 二 つ目 の 漢字 を 書き下ろし 、同じ こと を する 。 する と すぐに 既に 学んだ 最初の 漢字 に 行き当たる から 、それ を もう 一度 書か なければ ならない 。 言い換えれば 、既に 学んだ 漢字 を 忘れる 前に 定期的に 思い出す ように した のである 。 はじめ の うち は 1 日 に 10 個 の 漢字 を 覚える のが やっと だった が 、その うち 1 日 に 30 は 覚える こと が できる ように なり 、大体 50 パーセント は 記憶 に 留める こと が できる ように なった 。 その 単語 が 自分 の 読んで いたり 聞いて いたり した 内容 に 関連 が あった 場合 に は 、記憶 率 は もっと 高かった 。 新しい 単語 が 定着 し 始める まで 系統的に 繰り返し 繰り返し 覚えて いく と いう この 基本 原則 は 私 が どの 言語 を 学ぶ 時 に も 引き継がれて いった 。 字 は きれい で は なかった けれども 、私 に とって 中国語 を 書く 事 は 大切な 事 だった 。 中国 語 を 書く 時 は 、注意深く 文章 を 組み立て 、言葉 を 選ぶ 時間 が あった 。 書く 事 は 単語 力 を 強化 する 事 に 役立った 。 また 文章 構成 を 練習 する 機会 で も あった 。 現代 中国 語 で は 書き言葉 は 話し言葉 と 似て おり 、私 の 書いた もの も その とおり だった 。 対照 的 に 、 中国語 古典 で は 、 話し言葉 と は だいぶ 異なり 優雅で 短く 書かれて いた 。 現代 の 中国 の 作家 達 は この 洗練 さ れた 言葉 の いくつ か を 彼ら の 散文 の 中 に 取り入れて いた 。 私 は これ に は かまわ なかった 。 私 の 中国語 は シンプル かつ 端的 で 、新聞 の 社説 や 宿題 として 出さ れた もの を 訳する に は 充分 だった 。 書く こと 話す こと の 一部 として 扱う 事 は 中国 語 で 表現 する 事 を 上達 させた 。 語学 学習 者 は できる だけ 頻繁に 書き 、書き言葉 と 話し言葉 の 違い を 最小 限 に 抑える ように 努力 する べきである 。 もう 一 つ 新しい 単語 を 定着 する まで 覚える ため の 基本 原則 に 文脈 の 大切 さ を 挙げる 。 中国 語 の 漢字 の 意味 を 覚える に は 個別 に 覚える より も 二 つ 或いは 三 つ の 漢字 で 成り立っている 熟語 で 覚える 方 が ずっと 楽 だ 。 今 で も ある 漢字 を 一 つ だけ 見て も 意味 が わから ない こと が ある が 熟語 に なって いれば すぐ に わかる 。 単語 を ある 一 つ の 文 の 文脈 や より 広い 内容 の 中 で 覚える と いう 原則 は どの 言語 に も 有効 で 、我々 の 開発 した The Linguist の 学習 システム の 基本的な 特色 に なっている 。