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銀河英雄伝説 01黎明篇, 第二章 アスターテ会戦 (2)

彼 の 好み の 回答 を しよう と し ない 、 この 若い 幕僚 に 不 快感 を おぼえ ず に い られ なかった のだ 。

中将 は 、 すわる よう ヤン に 身ぶり で しめす と 、 スクリーン に 顔 を むけた 。

Ⅲ 開戦 後 四 時間 。 同盟 軍 第 四 艦隊 は すでに 艦隊 と 呼称 できる 存在 で は なく なって いる 。 ととのった 戦闘 態 形 は ない 。 統一 さ れた 指揮 系統 も ない 。 各 処 に 寸断 さ れ 、 孤立 さ せ られ 、 各 艦 単位 の 絶望 的な 抵抗 が 散発 する だけ と なって いた 。

旗 艦 レオニダス は 巨大な 金属 の 塊 と 化して 、 虚 空 を さまよって いる 。 その 艦 内 に は すでに 生命 は 存在 し なかった 。

司令 官 パストーレ 中将 の 肉体 は 、 艦 橋 部 が 敵 の 集中 砲火 を うけて 外 殻 に 大きな 亀裂 が 生じた 瞬間 、 内外 の 気圧 差 に よって 真空 中 に 吸いだされて いた 。 その 死体 が どのような かたち に なって どこ の 空間 を 漂って いる か 、 誰 も 知ら ない 。

いっぽう 、 ラインハルト は この 段階 に おける 完全な 勝利 を つかんだ こと を 知っていた 。 メルカッツ から 通信 スクリーン を つうじて 報告 が もたらさ れた 。

「 組織 的な 抵抗 は 終わり ました 。 以後 、 掃討 戦 に うつる こと に なります が ……」 「 無用だ 」

「 は ? 」 メルカッツ は 細い 両眼 を いっそう 細めた 。 「 戦い は 三 分 の 一 が 終わった ばかりだ 。 残 敵 など 放置 して おいて よい 。 つぎの 戦闘 に そなえて 戦力 を 温存 して おく こと だ 。 おって 指示 を だす 。 それ まで に 態 形 を ととのえて おけ 」

「 わかり ました 。 司令 官 閣下 」

おもおもしく うなずく と 、 メルカッツ の 姿 は 通信 スクリーン から 消えた 。

ラインハルト は 赤毛 の 高級 副 官 を かえりみた 。

「 すこし は 態度 が 変わった な 、 彼 も 」

「 ええ 、 変わら ざる を え ない でしょう 」

緒戦 に おける この 勝利 は 大きい 、 と キルヒアイス は 思った 。 ラインハルト の 戦略 構想 が 功 を 奏した こと を 、 諸 提督 も 認め ざる を え ない し 、 兵 は 活気づく 。 敵 は 必勝 の 態勢 を 破られて 動揺 する だろう 。 「 つぎに 左右 どちら の 艦隊 を 攻撃 す べきだ と 思う 、 キルヒアイス ? 」 「 どちら の 側 背 に まわる こと も 可能です が 、 お 考え は 決して おりましょう ? 」 「 まあ な 」 「 右 方 に 位置 する 第 六 艦隊 の ほう が 兵力 が す くのう ございます ね 」

「 その とおり だ 」

金髪 の 若い 指揮 官 の 口 もと に 会心 の 微笑 が 浮かんだ 。

「 敵 が 予測 して いる かも しれません 、 それ だけ が いささか 心配です が ……」 ラインハルト はか ぶり を ふった 。

「 その お それ は ない 。 それ と 察して いれば 、 分 進 合 撃 戦法 を 続行 したり は し ない だろう 。 可能な かぎり 早く 合流 を はかる はずだ 。 合計 すれば まだ わが 軍 より はるかに 優勢な のだ から な 。 それ を し ない の は 、 わが 軍 の 意図 を いまだに 諒 解して いない 証拠 だ 。 敵 第 六 艦隊 の 右側 背 に まわって 攻撃 を かける 。 何 時間 ほど 必要だ ? 」 「 四 時間 弱 です 」 「 こいつ 、 もう 計算 して いた な 」

ラインハルト は もう 一度に こり と 笑った 。 笑う と 、 少年 の 表情 に なる 。 だが たちまち 微笑 を 消した の は 、 彼 を 凝視 する いく つ か の 視線 に 気 が ついた から であった 。 キルヒアイス 以外 の 者 にたいして は 、 ラインハルト は 容易に 笑顔 を みせ ない 。 「 その むね を 全 艦隊 に 伝達 しろ 。 時計 方向 に 針路 を 変更 し つつ すすみ 、 敵 第 六 艦隊 の 右側 背 から 攻撃 する 」

「 かしこまり ました 」

キルヒアイス は 応えた が 、 なに か 言い た げ に 金髪 の 上官 を 見て いる 。 ラインハルト は 不審 そうに 眉 を よせて 相手 を 見かえした 。

「 なに か 異議 で も ある の か ? 」 「 いえ 、 そう では ありません 。 時間 的 余裕 が あります し 、 兵士 たち に 休息 を とら せて は いかが か と 思います が ……」 「 ああ 、 そう だ な 、 気づか なかった 」

ラインハルト は 兵士 に 一 時間 半 ずつ 二 交替 で 休息 さ せ 、 その 間 に 食事 と タンク ・ ベッド 入り を すませる よう 、 命令 を 伝達 さ せた 。

タンク ・ ベッド と は 軽い プラスチック 製 の 密閉 式 タンク 内 に 水深 三〇 センチ の 濃い 塩 水 を たたえた もの で 、 水温 は 三二 度 C に たもたれて いる 。 この 内部 に 身体 を 横たえて 浮かんで いる と 、 色彩 、 光熱 、 音響 など 外界 の 刺激 から 隔離 さ れ 、 完全に 静穏 な 状態 に おか れる 。 一 時間 を タンク 内 で すごした 場合 、 身 心 の リフレッシュ 効果 は 八 時間 の 熟睡 に 匹敵 する と いわ れる 。 戦闘 で 身 心 を 消耗 さ せた 兵士 たち を 短 時間 で 回復 さ せる のに 、 これ 以上 の 存在 は ない 。

小 部隊 で タンク ・ ベッド の 設備 を 欠く 場合 、 覚醒 効果 を もつ 薬剤 を 使用 する こと が ある が 、 これ は しばしば 人体 に 危険 を およぼす だけ で なく 、 軍隊 組織 そのもの に 悪 影響 が ある 。 薬物 中毒 の 兵士 など 、 人 的 資源 と して まったく 価値 が ない のだ 。 したがって 、 この 手段 が もちいられる の は 最悪の 場合 である 。 負傷 者 にたいする 治療 も おこなわ れた 。 電子 が 人体 細胞 を 活性 化 さ せ 、 自然 治癒 能力 を 飛躍 的に 高める こと は 、 西暦 一九〇〇 年 代 の すえ に は ひろく 知られて いた 。 それ に サイボーグ 技術 の 発展 が くわわり 、 軍医 の 手 に かかる こと が できれば 、 九 割 は 生命 が 助かる と いう 時代 に 、 今日 で は なって いる 。 むろん 、〝 死んだ ほう が まし 〟 な 状況 を 完全に 追放 する こと は 不可能な のだ が ……。

ともかく 、 帝国 軍 の 兵士 たち に は 一 時 の 平安 が 訪れて いた 。 各 艦 内 の 食堂 に は 陽気な 喧騒 が 渦まいて いる 。 アルコール は 禁止 されて いて も 、 戦闘 と 勝利 に よる 酩酊 感 が 兵士 たち を 支配 し 、 料理 の 味 を 実際 より よく して いた 。 うち の 若い 司令 官 も なかなか やる じゃ ない か 、 と いう ささやき が かわさ れる 。 美貌 が とりえ の 飾り 人形 と 思って いた が 、 どうしてたいした 戦略 家 だ 。 大昔 の ウッド 提督 以来 かも しれ ん な ……。

誰 の ため に 、 なんの ため に 、 見 も 知ら ぬ 相手 と 殺し あう の か 、 と いう 疑問 は 、 その とき 兵士 たち に は なかった 。 生き残った こと と 勝った こと と を 、 彼ら は 単純に よろこんで いた 。 しかし 数 時間 後 に は 、 生き残った 彼ら の うち 、 幾 人 か が あらたな 死者 の 列 に くわわら ねば なら ない のだ 。

Ⅳ 「 四 時 半 の 方角 に 艦 影 見 ゆ 。 識別 不能 」

後衛 部隊 の 駆逐 艦 から 報告 を うけた とき 、 同盟 軍 第 六 艦隊 司令 官 ムーア 中将 は 幕僚 団 と ともに 食事 の 最中 だった 。

小麦 蛋白 の カツレツ に いれた ナイフ を そのまま に 、 中将 は 艦 橋 から の 連絡 士官 を 不機嫌な 目つき で にらみつけた 。 ナイフ より するどい 視線 を つき こまれて 、 士官 は 内心 、 怯えた 。 ムーア 中将 は 豪放だ が 粗野な 人物 と して 世に 知られて いた のだ 。 「 四 時 半 の 方角 だ と ? 」 中将 の 声 は 、 その 目つき に ふさわしい もの だった 。 「 は 、 はい 、 四 時 半 の 方角 です 。 敵 か 味方 か 、 まだ 判別 できません 」 「 ほう 、 どちら の 四 時 半 だ ? 午前 か 、 午後 か 」

いやみ を 言い ながら も 、 ムーア は 食事 を 中断 して 士官 食堂 を でた 。 あわてて つづく 幕僚 たち を かえりみる と 、 たくましく 盛りあがった 肩 を 揺すって み せる 。

「 うろたえ おって ! 敵 が 四 時 半 の 方角 に いる はず が ない で は ない か 。 敵 は 吾々 の 行 手 に いる のだ から な 」

大声 で 中将 は 言った 。

「 吾々 は 戦場 に 急行 して いる 。 かならずや 第 二 艦隊 も 同様の 行動 を とって いる に ちがいない 。 そう であれば 、 敵 を 左右 から 挟 撃 できる 。 勝つ 機会 は 充分に ある のだ 。 いや 、 かならず 勝つ 。 数 から 言って も 態勢 から 言って も ……」

「 ですが 、 閣下 ……」

中将 の 雄弁 を さえぎった の は 、 幕僚 の ひと り 、 ラップ 少佐 だった 。 脂 に 汚れた 口 を ハンカチ で ぬぐって いる 。

「 なんだ !?」

「 敵 は 戦場 を 移動 した の では ありません か 、 どうも そう 思わ れます が ……」 「 第 四 艦隊 を 放置 して か ? 」 「 申しあげ にくい こと です が 、 第 四 艦隊 は すでに 敗退 した と 小 官 は 予測 します 」 中将 は 太 すぎる 眉 を しかめた 。

「 大胆で 、 しかも 不愉快な 予想 だ な 、 少佐 。 脂 で 口 が なめらかに なった と みえる 」

赤面 して 、 ラップ 少佐 は ハンカチ を しまった 。

一同 は その とき 艦 内 走 路 に 乗って 艦 橋 に 到着 して いた が 、 不意に よろめき そうに なった 。 ほんの 一瞬 、 重力 制御 システム に 修正 の 時差 が 生じた ため である 。 急激な 方向 転換 を 余儀なく さ れた から であった が 、 エネルギー 測定 装置 は 、 艦 を 破壊 する に たる 指向 性 エネルギー を 外 殻 の すぐ 傍 に 感知 して いた 。

「 右 後 背 より 敵 襲 ! 」 第 六 艦隊 の 通信 回路 は 驚愕 の 悲鳴 に みちた が 、 たちまち 雑音 に とってかわら れた 。 士官 たち は 慄然と した 。 通信 の 混乱 こそ 、 敵 が 至近 距離 に 位置 する と いう 事実 の 、 雄弁な 証明 だった から である 。

「 うろたえる な ! 」 ムーア 中将 の 叱 咤 は 、 半分 、 自分 自身 に むけた もの だった 。 事態 を 甘く みて いた こと にたいする 後悔 が 、 中将 の 分厚い 頰 を したたかに ひっぱたいて いた 。 艦隊 後衛 に は 最 新鋭の 艦艇 を 配置 して い なかった のだ 。 後 背 から の 奇襲 に は とうてい 、 たえ られ ないで あろう 。

後 背 に 帝国 軍 が いる ! と いう こと は 、 第 四 艦隊 は 敗れ さった の か ? それとも 帝国 軍 が 豊富な 別動隊 を 用意 して いた のだろう か 。

「 迎撃 せよ 、 砲門 開け 」

心 に 混乱 を 生じ ながら 、 その 混乱 を 整合 せ ぬ まま に 、 中将 は 最低 限度 の 命令 を くだした 。

老練な メルカッツ 大将 の 指揮 する 帝国 軍 は 、 整然たる 攻撃 態 形 を とって 、 同盟 軍 第 六 艦隊 の 右 後 背 から 襲いかかって いた 。 中性子 ビーム 砲 が 燦 然 たる 死 の 閃光 を 投げつけ 、 同盟 軍 老朽 艦 の 出力 の 弱い 磁場 を 突き破って 艦 体 を 刺し つらぬく 。

めくる めく 火 球 が 常 闇 の なか に 誕生 して は 消えさって いく 情景 を 、 メルカッツ は スクリーン を とおして 見まもって いた 。 四〇 年間 、 見なれて きた 光景 である が 、 この とき の 彼 に は いま まで に ない 感慨 が あった 。

メルカッツ は 、 もはや ラインハルト を たんなる 〝 金髪 の 陶器 人形 〟 と は みて い なかった 。 緒戦 の 勝利 は まぐれ で は ない 。 正確な 洞察 と 判断 を もと に 、 大胆な 発想 転換 が おこなわ れた 、 その 正当な 結果 だった 。 三方 から の 包囲 を うけ ながら 、 包囲 さ れる より 早く 各 個 撃破 の 策 に でる と は !

自分 に は とても でき ない こと だ 。 ふるくから の 戦友 たち も 同様だろう 。 因習 に とらわれ ない 若者 だ から こそ 可能だった のだ 。

もはや 吾々 の ような 老 兵 の 時代 は 去った の かも しれ ない 。 ふと 、 そういう こと まで 考えた 。

その あいだ に も 、 戦闘 は 苛烈 さ を まして いる 。

帝国 軍 は 錐 を も みこむ ように 同盟 軍 の 隊列 に 浸透 し 、 砲戦 に おいて も 格闘 戦 に おいて も 優位に たち つつ あった 。 全軍 が 勢い に のり 、 先制 の 有利 さ を 充分に 生かして いる ようだ 。 同盟 軍 も 必死の 反撃 を しめして は いる が 、 指揮 官 自身 が 混乱 から たちなおれ ないで いる 以上 、たいした 効果 は のぞめ ない 。 「 全 艦隊 、 反転 せよ ! 」 ムーア 中将 は 艦 橋 中央 の 床 に 仁王立ち に なって 叫んだ 。 ようやく 意 を 決した のだ 。 それ まで は やたら どなって いただけ だった 。

「 閣下 ! 反転 さ せて も 混乱 が 生じる だけ です 。


彼 の 好み の 回答 を しよう と し ない 、 この 若い 幕僚 に 不 快感 を おぼえ ず に い られ なかった のだ 。

中将 は 、 すわる よう ヤン に 身ぶり で しめす と 、 スクリーン に 顔 を むけた 。

開戦 後 四 時間 。 同盟 軍 第 四 艦隊 は すでに 艦隊 と 呼称 できる 存在 で は なく なって いる 。 ととのった 戦闘 態 形 は ない 。 統一 さ れた 指揮 系統 も ない 。 各 処 に 寸断 さ れ 、 孤立 さ せ られ 、 各 艦 単位 の 絶望 的な 抵抗 が 散発 する だけ と なって いた 。

旗 艦 レオニダス は 巨大な 金属 の 塊 と 化して 、 虚 空 を さまよって いる 。 その 艦 内 に は すでに 生命 は 存在 し なかった 。

司令 官 パストーレ 中将 の 肉体 は 、 艦 橋 部 が 敵 の 集中 砲火 を うけて 外 殻 に 大きな 亀裂 が 生じた 瞬間 、 内外 の 気圧 差 に よって 真空 中 に 吸いだされて いた 。 その 死体 が どのような かたち に なって どこ の 空間 を 漂って いる か 、 誰 も 知ら ない 。

いっぽう 、 ラインハルト は この 段階 に おける 完全な 勝利 を つかんだ こと を 知っていた 。 メルカッツ から 通信 スクリーン を つうじて 報告 が もたらさ れた 。

「 組織 的な 抵抗 は 終わり ました 。 以後 、 掃討 戦 に うつる こと に なります が ……」 「 無用だ 」

「 は ? 」

メルカッツ は 細い 両眼 を いっそう 細めた 。

「 戦い は 三 分 の 一 が 終わった ばかりだ 。 残 敵 など 放置 して おいて よい 。 つぎの 戦闘 に そなえて 戦力 を 温存 して おく こと だ 。 おって 指示 を だす 。 それ まで に 態 形 を ととのえて おけ 」

「 わかり ました 。 司令 官 閣下 」

おもおもしく うなずく と 、 メルカッツ の 姿 は 通信 スクリーン から 消えた 。

ラインハルト は 赤毛 の 高級 副 官 を かえりみた 。

「 すこし は 態度 が 変わった な 、 彼 も 」

「 ええ 、 変わら ざる を え ない でしょう 」

緒戦 に おける この 勝利 は 大きい 、 と キルヒアイス は 思った 。 ラインハルト の 戦略 構想 が 功 を 奏した こと を 、 諸 提督 も 認め ざる を え ない し 、 兵 は 活気づく 。 敵 は 必勝 の 態勢 を 破られて 動揺 する だろう 。 「 つぎに 左右 どちら の 艦隊 を 攻撃 す べきだ と 思う 、 キルヒアイス ? 」

「 どちら の 側 背 に まわる こと も 可能です が 、 お 考え は 決して おりましょう ? 」

「 まあ な 」

「 右 方 に 位置 する 第 六 艦隊 の ほう が 兵力 が す くのう ございます ね 」

「 その とおり だ 」

金髪 の 若い 指揮 官 の 口 もと に 会心 の 微笑 が 浮かんだ 。

「 敵 が 予測 して いる かも しれません 、 それ だけ が いささか 心配です が ……」 ラインハルト はか ぶり を ふった 。

「 その お それ は ない 。 それ と 察して いれば 、 分 進 合 撃 戦法 を 続行 したり は し ない だろう 。 可能な かぎり 早く 合流 を はかる はずだ 。 合計 すれば まだ わが 軍 より はるかに 優勢な のだ から な 。 それ を し ない の は 、 わが 軍 の 意図 を いまだに 諒 解して いない 証拠 だ 。 敵 第 六 艦隊 の 右側 背 に まわって 攻撃 を かける 。 何 時間 ほど 必要だ ? 」

「 四 時間 弱 です 」

「 こいつ 、 もう 計算 して いた な 」

ラインハルト は もう 一度に こり と 笑った 。 笑う と 、 少年 の 表情 に なる 。 だが たちまち 微笑 を 消した の は 、 彼 を 凝視 する いく つ か の 視線 に 気 が ついた から であった 。 キルヒアイス 以外 の 者 にたいして は 、 ラインハルト は 容易に 笑顔 を みせ ない 。 「 その むね を 全 艦隊 に 伝達 しろ 。 時計 方向 に 針路 を 変更 し つつ すすみ 、 敵 第 六 艦隊 の 右側 背 から 攻撃 する 」

「 かしこまり ました 」

キルヒアイス は 応えた が 、 なに か 言い た げ に 金髪 の 上官 を 見て いる 。 ラインハルト は 不審 そうに 眉 を よせて 相手 を 見かえした 。

「 なに か 異議 で も ある の か ? 」

「 いえ 、 そう では ありません 。 時間 的 余裕 が あります し 、 兵士 たち に 休息 を とら せて は いかが か と 思います が ……」 「 ああ 、 そう だ な 、 気づか なかった 」

ラインハルト は 兵士 に 一 時間 半 ずつ 二 交替 で 休息 さ せ 、 その 間 に 食事 と タンク ・ ベッド 入り を すませる よう 、 命令 を 伝達 さ せた 。

タンク ・ ベッド と は 軽い プラスチック 製 の 密閉 式 タンク 内 に 水深 三〇 センチ の 濃い 塩 水 を たたえた もの で 、 水温 は 三二 度 C に たもたれて いる 。 この 内部 に 身体 を 横たえて 浮かんで いる と 、 色彩 、 光熱 、 音響 など 外界 の 刺激 から 隔離 さ れ 、 完全に 静穏 な 状態 に おか れる 。 一 時間 を タンク 内 で すごした 場合 、 身 心 の リフレッシュ 効果 は 八 時間 の 熟睡 に 匹敵 する と いわ れる 。 戦闘 で 身 心 を 消耗 さ せた 兵士 たち を 短 時間 で 回復 さ せる のに 、 これ 以上 の 存在 は ない 。

小 部隊 で タンク ・ ベッド の 設備 を 欠く 場合 、 覚醒 効果 を もつ 薬剤 を 使用 する こと が ある が 、 これ は しばしば 人体 に 危険 を およぼす だけ で なく 、 軍隊 組織 そのもの に 悪 影響 が ある 。 薬物 中毒 の 兵士 など 、 人 的 資源 と して まったく 価値 が ない のだ 。 したがって 、 この 手段 が もちいられる の は 最悪の 場合 である 。 負傷 者 にたいする 治療 も おこなわ れた 。 電子 が 人体 細胞 を 活性 化 さ せ 、 自然 治癒 能力 を 飛躍 的に 高める こと は 、 西暦 一九〇〇 年 代 の すえ に は ひろく 知られて いた 。 それ に サイボーグ 技術 の 発展 が くわわり 、 軍医 の 手 に かかる こと が できれば 、 九 割 は 生命 が 助かる と いう 時代 に 、 今日 で は なって いる 。 むろん 、〝 死んだ ほう が まし 〟 な 状況 を 完全に 追放 する こと は 不可能な のだ が ……。

ともかく 、 帝国 軍 の 兵士 たち に は 一 時 の 平安 が 訪れて いた 。 各 艦 内 の 食堂 に は 陽気な 喧騒 が 渦まいて いる 。 アルコール は 禁止 されて いて も 、 戦闘 と 勝利 に よる 酩酊 感 が 兵士 たち を 支配 し 、 料理 の 味 を 実際 より よく して いた 。 うち の 若い 司令 官 も なかなか やる じゃ ない か 、 と いう ささやき が かわさ れる 。 美貌 が とりえ の 飾り 人形 と 思って いた が 、 どうしてたいした 戦略 家 だ 。 大昔 の ウッド 提督 以来 かも しれ ん な ……。

誰 の ため に 、 なんの ため に 、 見 も 知ら ぬ 相手 と 殺し あう の か 、 と いう 疑問 は 、 その とき 兵士 たち に は なかった 。 生き残った こと と 勝った こと と を 、 彼ら は 単純に よろこんで いた 。 しかし 数 時間 後 に は 、 生き残った 彼ら の うち 、 幾 人 か が あらたな 死者 の 列 に くわわら ねば なら ない のだ 。

「 四 時 半 の 方角 に 艦 影 見 ゆ 。 識別 不能 」

後衛 部隊 の 駆逐 艦 から 報告 を うけた とき 、 同盟 軍 第 六 艦隊 司令 官 ムーア 中将 は 幕僚 団 と ともに 食事 の 最中 だった 。

小麦 蛋白 の カツレツ に いれた ナイフ を そのまま に 、 中将 は 艦 橋 から の 連絡 士官 を 不機嫌な 目つき で にらみつけた 。 ナイフ より するどい 視線 を つき こまれて 、 士官 は 内心 、 怯えた 。 ムーア 中将 は 豪放だ が 粗野な 人物 と して 世に 知られて いた のだ 。 「 四 時 半 の 方角 だ と ? 」

中将 の 声 は 、 その 目つき に ふさわしい もの だった 。

「 は 、 はい 、 四 時 半 の 方角 です 。 敵 か 味方 か 、 まだ 判別 できません 」 「 ほう 、 どちら の 四 時 半 だ ? 午前 か 、 午後 か 」

いやみ を 言い ながら も 、 ムーア は 食事 を 中断 して 士官 食堂 を でた 。 あわてて つづく 幕僚 たち を かえりみる と 、 たくましく 盛りあがった 肩 を 揺すって み せる 。

「 うろたえ おって ! 敵 が 四 時 半 の 方角 に いる はず が ない で は ない か 。 敵 は 吾々 の 行 手 に いる のだ から な 」

大声 で 中将 は 言った 。

「 吾々 は 戦場 に 急行 して いる 。 かならずや 第 二 艦隊 も 同様の 行動 を とって いる に ちがいない 。 そう であれば 、 敵 を 左右 から 挟 撃 できる 。 勝つ 機会 は 充分に ある のだ 。 いや 、 かならず 勝つ 。 数 から 言って も 態勢 から 言って も ……」

「 ですが 、 閣下 ……」

中将 の 雄弁 を さえぎった の は 、 幕僚 の ひと り 、 ラップ 少佐 だった 。 脂 に 汚れた 口 を ハンカチ で ぬぐって いる 。

「 なんだ !?」

「 敵 は 戦場 を 移動 した の では ありません か 、 どうも そう 思わ れます が ……」 「 第 四 艦隊 を 放置 して か ? 」

「 申しあげ にくい こと です が 、 第 四 艦隊 は すでに 敗退 した と 小 官 は 予測 します 」 中将 は 太 すぎる 眉 を しかめた 。

「 大胆で 、 しかも 不愉快な 予想 だ な 、 少佐 。 脂 で 口 が なめらかに なった と みえる 」

赤面 して 、 ラップ 少佐 は ハンカチ を しまった 。

一同 は その とき 艦 内 走 路 に 乗って 艦 橋 に 到着 して いた が 、 不意に よろめき そうに なった 。 ほんの 一瞬 、 重力 制御 システム に 修正 の 時差 が 生じた ため である 。 急激な 方向 転換 を 余儀なく さ れた から であった が 、 エネルギー 測定 装置 は 、 艦 を 破壊 する に たる 指向 性 エネルギー を 外 殻 の すぐ 傍 に 感知 して いた 。

「 右 後 背 より 敵 襲 ! 」

第 六 艦隊 の 通信 回路 は 驚愕 の 悲鳴 に みちた が 、 たちまち 雑音 に とってかわら れた 。

士官 たち は 慄然と した 。 通信 の 混乱 こそ 、 敵 が 至近 距離 に 位置 する と いう 事実 の 、 雄弁な 証明 だった から である 。

「 うろたえる な ! 」

ムーア 中将 の 叱 咤 は 、 半分 、 自分 自身 に むけた もの だった 。 事態 を 甘く みて いた こと にたいする 後悔 が 、 中将 の 分厚い 頰 を したたかに ひっぱたいて いた 。 艦隊 後衛 に は 最 新鋭の 艦艇 を 配置 して い なかった のだ 。 後 背 から の 奇襲 に は とうてい 、 たえ られ ないで あろう 。

後 背 に 帝国 軍 が いる ! と いう こと は 、 第 四 艦隊 は 敗れ さった の か ? それとも 帝国 軍 が 豊富な 別動隊 を 用意 して いた のだろう か 。

「 迎撃 せよ 、 砲門 開け 」

心 に 混乱 を 生じ ながら 、 その 混乱 を 整合 せ ぬ まま に 、 中将 は 最低 限度 の 命令 を くだした 。

老練な メルカッツ 大将 の 指揮 する 帝国 軍 は 、 整然たる 攻撃 態 形 を とって 、 同盟 軍 第 六 艦隊 の 右 後 背 から 襲いかかって いた 。 中性子 ビーム 砲 が 燦 然 たる 死 の 閃光 を 投げつけ 、 同盟 軍 老朽 艦 の 出力 の 弱い 磁場 を 突き破って 艦 体 を 刺し つらぬく 。

めくる めく 火 球 が 常 闇 の なか に 誕生 して は 消えさって いく 情景 を 、 メルカッツ は スクリーン を とおして 見まもって いた 。 四〇 年間 、 見なれて きた 光景 である が 、 この とき の 彼 に は いま まで に ない 感慨 が あった 。

メルカッツ は 、 もはや ラインハルト を たんなる 〝 金髪 の 陶器 人形 〟 と は みて い なかった 。 緒戦 の 勝利 は まぐれ で は ない 。 正確な 洞察 と 判断 を もと に 、 大胆な 発想 転換 が おこなわ れた 、 その 正当な 結果 だった 。 三方 から の 包囲 を うけ ながら 、 包囲 さ れる より 早く 各 個 撃破 の 策 に でる と は !

自分 に は とても でき ない こと だ 。 ふるくから の 戦友 たち も 同様だろう 。 因習 に とらわれ ない 若者 だ から こそ 可能だった のだ 。

もはや 吾々 の ような 老 兵 の 時代 は 去った の かも しれ ない 。 ふと 、 そういう こと まで 考えた 。

その あいだ に も 、 戦闘 は 苛烈 さ を まして いる 。

帝国 軍 は 錐 を も みこむ ように 同盟 軍 の 隊列 に 浸透 し 、 砲戦 に おいて も 格闘 戦 に おいて も 優位に たち つつ あった 。 全軍 が 勢い に のり 、 先制 の 有利 さ を 充分に 生かして いる ようだ 。 同盟 軍 も 必死の 反撃 を しめして は いる が 、 指揮 官 自身 が 混乱 から たちなおれ ないで いる 以上 、たいした 効果 は のぞめ ない 。 「 全 艦隊 、 反転 せよ ! 」

ムーア 中将 は 艦 橋 中央 の 床 に 仁王立ち に なって 叫んだ 。 ようやく 意 を 決した のだ 。 それ まで は やたら どなって いただけ だった 。

「 閣下 ! 反転 さ せて も 混乱 が 生じる だけ です 。