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三姉妹探偵団 4 怪奇篇, 三姉妹探偵団 4 Chapter 13

三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 13

13 長女 と 三女

夕 里子 が 眠り 込んで 、 その 代り ── と いう わけで も ある まい が 、 珠美 は 、 ふと 目 を 開いた 。

こちら は 、 眠り から 快く 覚める 、 と いう わけに は いか なかった 。

何といっても 、 薬 で 無理に 眠ら さ れた のだ から 。

暗い 地下 道 で 追いつか れ 、 口 に 布 を 押し当て られる と 、 鼻 に ツーン と 妙な 匂い が して 、 頭 が クラクラ した 。

あ 、 こいつ は いけない 、 と 思った のだ が 、 やはり 、 息 を し ないで いる と いう わけに も いか ず 、 そのまま 、 薬 を 吸い 込んで 、 失神 した のだった 。

「 ああ …… 頭 が 痛い 」

珠美 は 、 呟いた 。

「 頭痛 の 薬 、 なかった かな ……」

ここ は ?

── 珠美 は 、 やっと 、 ここ が 自分 の 寝室 でも 、 ホテル の 一室 で も ない と いう こと に 思い当った 。

大体 、 ベッド の 上 なら 、 こんなに 体 が 痛く なる わけ は ない 。

動こう と して 、

「 あれ ?

と 、 声 を 上げた 。

足 が 重い 。

── 珠美 は 目 を 足 の 方 へ やって 、 青く なった 。

鎖 で つなが れて いる のだ 。

足首 の 所 に は 、 鉄 の 環 が はめ られて いる 。 鎖 の 一端 は 、 石 の 壁 に 打ち 込んだ 、 太い 環 に はめ られて いた 。

ちょうど 昔 の 「 鉄 仮面 」 と か 、 あんな 話 に 出て 来る ような 足かせ と いう やつ だ 。

「 何 よ !

人 の こと を 、 犬 か 何かと 間違えて ! と 、 珠美 は カッ と して 言った が 、 誰 も 聞いて い ない ので は 、 仕方ない 。

何とも 陰気な 部屋 だった 。

たぶん 、 地下 室 な のだろう 。 底冷え の する 寒 さ である 。

そう 。

── たぶん 、 敦子 と 二 人 で 辿 って いた 地下 室 の 先 に あった 、 下り 階段 。 あの 下 で は ない だろう か 。

広 さ は ちょっと した 居間 ほど も あり 、 裸 電球 が 一 つ 、 天井 から 下って 、 薄暗い 光 を 投げ かけて いる 。

部屋 の 中央 に テーブル と 椅子 。

木 の 、 何とも 愛想 の ない もの だ 。

珠美 が つなが れて いる の は 、 部屋 の 奥 の 隅 っこ で 、 重 そうな 木 の 扉 は 、 ちょうど 反対 側 だった 。

「 何 だって の よ 、 全く !

珠美 は 、 頭 を 振って 、 八つ当り 気味に 言った 。

「 こんな こと して ── ただ じゃ おか ない から ! 強 がって いる の は 、 多分 に 自分 へ の 勇気づけ 、 と いう 面 も ある 。

敦子 さん は どう したろう ?

逃げ られた かしら ?

自分 より 前 を 走って いた から 、 うまく 行けば 、 逃げのびた だろう 。

山荘 へ 戻れば 、 国 友 も いる 。

今に 警官 隊 を 引き連れて 、 ワッ と 押しかけて 来て くれる ……。

大分 、 希望 的 観測 で は あった が 、 そう 考える と 、 少し 元気 も 出て 来た 。

でも ── 一体 この 山荘 は 何 だろう ?

こんな 地下 牢 みたいな 部屋 が あったり 、 秘密の 地下 道 が あったり ……。

きっと 、 あの おばさん 、「 変態 」 な んだ わ 、 と 、 珠美 は 思った 。

それとも 、 美しい 女の子 に 憎しみ を 抱いて いる の か 。

どっち に して も 、 あんまり 嬉しい こと で は なかった 。

ためしに 、 足首 の 鉄 の かせ や 、 鎖 を 引 張ったり 、 叩いたり して みた が 、 とても 歯 が 立た ない ので 、 やめた 。

壁 に もた れて 、 息 を つく 。

「── やれやれ 、 だ わ 」

やっぱり 、 タダ で 泊めて くれる なんて 話 に は 乗る んじゃ なかった わ 、 と 、 珠美 に して は 珍しい 反省 を し ながら 、 ふと 目 を 横 へ 向けて ──。

大きく 目 を 見開いた 。

薄暗くて 、 光 が 充分に 届いて い なかった ので 、 今 まで 気付か なかった のだ が 、 部屋 の もう 一方 の 隅 の 所 に 、 娘 が 一 人 、 倒れて いる 。

珠美 と 同様 、 鎖 で つなが れて 、 石 の 床 に 仰向け に 倒れて 、 身動き 一 つ し ない の は ……。

「 綾子 姉ちゃん !

そう 。

綾子 だった !

珠美 は 、 綾子 の 方 へ と 近寄ろう と した が 、 ピンと 鎖 が のび 切って 、 まだ 二 メートル 以上 、 離れて いた 。

「 お 姉ちゃん !

── 綾子 姉ちゃん ! と 、 珠美 は 大声 で 呼んだ 。

「 ね 、 目 を 覚まして ! ── 珠美 よ ! 綾子 姉ちゃん !

しかし 、 一向に 、 綾子 は 、 目 を 覚ます 様子 が ない 。

「 もう !

じれったい なあ ! いくら 寝起き の 悪い 低 血圧 だって 、 こんな 所 で のんびり 寝て る こと ない でしょ !

「 綾子 姉ちゃん !

起きろ ! この 寝坊 ! 長女 だ ろ ! しっかり しろ ! 散々 怒鳴って やった が 、 一向に 反応 なし 。

「 全く 、 もう ──」

と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。

「 救い 難い わ ね ! それ でも 、 綾子 は 、 死んだ ように 眠り 込んで いる 。

── 死んだ ように ?

珠美 は 、 ふと 、 姉 を 見つめた 。

「 お 姉ちゃん ……」

まさか ── まさか 、 そんな こと が ──。

しかし 、 綾子 の 青ざめた 顔 に は 、 生気 が 感じ られ なかった 。

「 お 姉ちゃん ……。

死んで ない よ ね ? 死んで ない って 言って 」

珠美 は こわごわ 言って みた 。

綾子 姉ちゃん が 死んだ ?

そんな こと 、 ある わけない !

佐々 本 三 姉妹 は 、 生きる も 死ぬ も 一緒な んだ 。

お 姉ちゃん 一 人 が 死ぬ なんて こと ……。

「 お 姉ちゃん !

綾子 姉ちゃん !

珠美 は 、 振り絞る ような 声 で 叫んだ 。

ああ !

── 死んで る んだ ! 綾子 姉ちゃん が 死んだ !

「 死んじゃ いやだ !

お 姉ちゃん !

珠美 は 、 その 場 に 座った まま 、 ワーッ と 泣き 出した 。

声 を 上げ 、 床 に 頭 を こすり つける ように して 、 泣き 続けた のである 。

泣き ながら 、 珠美 は 、 私 が こんなに 泣く なんて 、 と びっくり も して いた 。

やはり 、 姉妹 愛 と いう もの だろう 。

綾子 姉ちゃん 一 人 を 死な せて なる もの か 。

私 も すぐ に 後 を 追って ── 一 日 、 二 日 の 内 に は ……。 でも 、 多少 は 色々 し たい こと も ある から 、 一 週間 ぐらい して から ……。 一 ヵ 月 ? どうせ なら 一周忌 が 済んで から ?

まあ 、 ここ まで 来たら 、 十 年 ぐらい して から で も いい か 。

ともかく 、 いつか は 、 私 も 後 を 追う から ね 。

── かなり いい加減な 追悼 の 言葉 を 心 の 中 で 並べ ながら 、 それ でも 珠美 は ワンワン 泣き 続けて いた ……。

「 どうした の ?

と 、 天から 声 が した 。

綾子 姉ちゃん !

もう 、 天使 か 何 か に なって 、 私 を 慰め に 来て くれた の かしら ? それとも 幽霊 ?

天使 と お化け じゃ 、 大分 違って いる が 、 ともかく 何となく 実体 が なくて フワフワ して る って いう 点 は 似た ような もん だ 。

「 珠美 ──」

珠美 は 、 そろそろ と 顔 を 上げた 。

綾子 が 、 チョコン と 床 に 座って 、 目 を 丸く し ながら 、 珠美 を 見て いた 。

「 お 姉ちゃん ……」

「 何 を 泣いて る の ?

綾子 は 、 いつも と 同じ 調子 で 言った 。

「 死んだ んじゃ なかった の ?

珠美 は 呆れて 、「 あんなに 大声 で 呼んだ のに !

返事 一 つ して くれ ない から ──」

「 私 の こと 起こした の ?

ごめんなさい 」

綾子 は 、 頭 を 振って 、「 何だか 、 グッスリ 寝ちゃ って ……。

アーア 」

と 、 大 欠 伸 。

珠美 は 、 腹 が 立つ やら 嬉しい やら 、 複雑な 心境 だった 。

少なくとも 、 水分 と 塩分 を 、 大分 損して いる 。

お 金 に したら 、 いくら ぐらい かしら 、 と 考えたり して いた 。

「 綾子 姉ちゃん 、 どうして ここ へ ?

と 、 珠美 は 言った 。

「 私 ?

さあ ……」

と 、 首 を かしげる 。

「 確か 、 あの 秀 哉 君 に 教えて た の よ ね 」

「 とんだ 家庭 教師 だ わ 」

「 そう ね ……。

ああ 。 そう だ 。 何 か 飲む もの を もらった んだ わ 。 それ を 飲んだら 、 眠く なって ……」

「 薬 が 入って た の よ 」

「 そう らしい わ ……。

まだ 眠い 」

「 眠ら ないで よ !

── 命 が 危 いって いう のに ! 「 命 が ?

「 だって 、 そう でしょ ?

こんな 風 に 鎖 に つなが れて 、 まさか TV の 撮影 じゃ ない んだ から 」

「 そう ねえ 。

── 寒い し 、 この 鎖 も 本物 みたいだ し ね 」

「 そう よ 。

どう する ? 綾子 は 、 肩 を すくめて 、

「 だって 、 どう しよう も ない じゃ ない 」

と 言った 。

「 呑気 な んだ から !

度胸 が ある 、 と いう の と は 違う 。

綾子 は 、 人 が 自分 に 対して 悪意 を 抱く こと が ある 、 と いう の が 、 信じ られ ない のである 。

もちろん 、 綾子 も 子供 じゃ ない から 、 世の中 に は 色々な 人間 が いて 、 色々な 事件 が 起って いる と いう こと も 分 って いる 。

しかし 、 それ が 、 自分 の 身 に 起る と は 考え ない 。

「 大丈夫 よ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 私 たち 、 他の 人 に 何も 悪い こと して ない んだ もの 。 殺さ れたり し ない わ よ 」

珠美 は 、 この 姉 の 信念 が 羨 しかった 。

と ── 足音 が した 。

扉 の 外 である 。

その 足音 は 、 上 の 方 から ゆっくり と 降りて 来て 、 扉 の 前 で 止った 。

ギーッ と 扉 が 開く 。

「 や あ 、 気 が 付いた の 」

立って いた の は 、 秀 哉 だった 。

「 秀 哉 君 ……」

綾子 が 、 息 を ついた 。

「 あなた な の 、 こんな こと した の は ? 「 僕 と ママ だ よ 」

「 早く 、 この 鎖 を 外し なさい !

と 、 珠美 が 、 目 を 吊り上げ て 怒った 。

「 でないと 、 その 首 を 引っこ抜いて 、 サッカー ボール に しちゃ う から ! 「 元気だ ね 」

と 、 秀 哉 は 笑った 。

「 そういう 元気な 人 の 方 が 、 面白い んだ よ 」

「 ちっとも 面白 か ない わ よ 」

と 、 珠美 は にらみ つけ ながら 言った 。

「 秀 哉 君 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 一体 これ は どういう こと な の ? 「 先生 は 、 落ちついて る ね 」

「 そう じゃ ない の 。

鈍い だけ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 馬鹿正直に 言う こと ない わ よ 」

と 、 珠美 は 綾子 を にらんだ 。

「 二 人 と も 、 もう 逃げ られ ない よ 。

観念 した 方 が いい 」

と 、 秀 哉 が 言った 。

「 観念 する の は そっち でしょ 」

と 、 珠美 は 言った 。

「 こっち に は 刑事 さん が ついて る んだ から ね 」

「 いつ だって 、 あんな 人 、 やっつけ られる さ 」

と 、 秀 哉 は ニッコリ 笑った 。

「 私 たち を 、 どう しよう って いう の ?

「 殺しゃ し ない よ 。

ただ 、 血 を もらう だけ だ よ 」

「 何で すって ?

珠美 は 、 目 を 丸く した 。

「 何 を もらう って ? 「 血 だ よ 」

と 、 秀 哉 は 言った 。

「 献血 の 運動 でも やって る の ?

と 、 綾子 が 訊 いた 。

秀 哉 が 吹き出して 、

「 そう かも しれ ない よ 。

── もう すぐ ママ が 来る 。 そう したら 分 る さ 。 じゃ 、 また ね 」

と 、 秀 哉 は 出て 行く 。

「 ちょっと !

待ち なさい よ ! ── この ガキ ! 珠美 は 怒鳴り 疲れて 、 ハアハア 息 を ついた 。

「── 血 を 取る の かしら ?

と 、 綾子 が 言った 。

「 私 、 低 血圧 だ から 、 献血 した こと ない の よ 」

「 そんな 呑気 な こ と 言って ……」

と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。

「 きっと 、 あの 一家 は 吸 血 鬼 な の よ 」

「 ドラキュラ ?

でも 、 キバ が ない わ 」

「 そういう 種類 な んじゃ ない ?

「 そう かしら ……。

でも 、 昼間 も 起きて る し ──」

と 、 綾子 は 真剣に 考え 込んで いる 。

「 夕 里子 姉ちゃん 、 何 して ん の か なあ 。

可愛い 妹 が 、 こんな ひどい 目 に 遭って いる って いう のに ! 珠美 は 、 天 を 仰いで 嘆息 した 。

「── ねえ 、 珠美 」

「 何 ?

「 でも 、 食事 に ── にんにく が ついて た わ よ 」

と 、 綾子 は 真面目な 顔 で 言った 。

珠美 は 、 何 を 言う 気力 も 失せ て いた ……。

「── 夜 が 明けた な 」

と 、 国 友 は 呟く ように 言った 。

ソファ で 頭 を かかえて いた 水谷 が 、 ゆっくり と 顔 を 上げた 。

「 そろそろ ……」

「 そう です ね 」

国 友 は 、 無表情の まま 、 窓 辺 に 寄った 。

外 は 、 もう 刻々 と 明るく なり つつ あった 。

── 皮肉な こと に 、 今日 も いい 天気 の ようだ 。

国 友 は 、 そっと 首 を 振った 。

お前 は 何の ため に ここ に 来た んだ ?

この 役立た ず が !

水谷 も 立ち上って 、 やって 来た 。

「── 寒 そうだ な 」

と 、 ポツッ と 呟く 。

二 人 と も 、 疲れ 切って いる の は 事実 だった 。

何しろ 、 夜通し 、 この 山荘 の 中 を 、 捜し 回った のである 。

夕 里子 、 珠美 、 綾子 、 そして 、 石垣 親子 ……。

その 誰 も 、 山荘 の 中 に は い なかった 。

何 か あった のだ 。

── それ だけ が 確かだった 。

国 友 と 水谷 は 、 家具 を 引っくり返し 、 壁 布 を はぎ 、 床 の カーペット を めくって 、 どこ か に 、 秘密の 出入 口 が ない か 、 隠し 部屋 が ない か と 捜し 回った 。

もし 、 これ で 何でもなかったら ── 夕 里子 たち も 、 無事だった と したら 、 この 弁償 の ため に 、 国 友 も 水 谷 も 少なくとも 十 年 は 働か なくて は なら なかったろう 。

山荘 の 中 は 、 正に 、 竜巻 が 駆け抜けた ような 有様 だった 。

しかし 、 結局 ── 何一つ 、 手がかり は つかめ なかった のである 。

二 人 の 疲労 は 、 体力 より 、 むしろ 、 落胆 から の 方 が 大きかったろう 。

もし 、 い なく なった 夕 里子 たち が 、 外 に いた と したら 、 この 猛烈な 寒 さ の 中 で 、 とても 生きて は い られ ない に 違いなかった 。

国 友 の 、 傷心 ぶり も 分 る と いう もの だった 。

そして 水 谷 の 方 も また ……。

「 教師 失格 です よ 」

と 、 自嘲 気味に 呟く 。

「 生徒 が 殺さ れ 、 行方 不明に なって 、 僕 だけ が 無事 と は ね 。 ── 父母 に 何と 言って 説明 すりゃ いい の か 」

「 それ なら 、 僕 も 同じです 。

刑事 です から ね 、 僕 は 」

と 、 国 友 が 言った 。

「 犯罪 の 起きる の を 、 未然 に 防げ なかった 。 全く もって 、 情 ない こと です よ 」

「 いや 、 あなた は 、 後 で 犯人 を 捕まえる こと が できる 。

教師 は 、 そう は いきま せ ん 」

「 いや 、 僕 は 刑事 と いう だけ で なく 、 恋人 と して も 、 愛する 娘 を 救え なかった 」

「 それ なら 、 生徒 は 教師 に とって 、 我が 子 も 同じです 。

我が 子 を 守れ なかった のです から ね 」

「 いや 、 先生 は 別に ガードマン じゃ ない でしょう 」

「 それ なら 刑事 さん だって ──」

「 刑事 は 、 市民 の 安全 を 守る の が 使命 です 」

「 教師 だって 、 生徒 の 安全に は 責任 が あり ます 」

「 しかし 、 刑事 と は 違う 」

「 同じです !

授業 だけ して りゃ いい と いう もの で は ない 」

「 刑事 だって 、 犯人 を 捕まえりゃ い いって もの じゃ あり ませ ん 」

「 ともかく 、 僕 は 最低の 教師 です 」

「 いや 、 刑事 と して の 僕 の 方 が 最低です 」

「 それ は 主観 的な 意見 です 。

客観 的に 見れば 明らかに ──」

「 いや 、 絶対 に 、 僕 の 方 が だめな 男 です 」

「 僕 の 方 です よ 、 だめな の は 」

「 だめ 男 」 ぶり を 競って (?

) いる 内 、 二 人 は 、 空しく なった の か 、 黙り 込んで しまった 。

無理 も ない 結論 である 。

しばらく して 、 国 友 が 、 ため息 を ついて 、

「── ともかく 、 二 人 と も だめ と いう こと に し ましょう 」

「 そう です ね ……」

水谷 が 肯 く 。

二 人 は 、 どちら から と も なく 、 肩 を 抱き合った 。

── 感動 的 、 と いう に は 、 どこ か 間 の 抜けた 光景 である 。

しかし 、 当人 たち が 大真面目だった こと は 、 言って おか なくて は なる まい 。

「 外 へ 出て み ましょう か 」

と 、 水谷 が 言った 。

「 そう です ね ……」

国 友 は 肯 いて 、「 身投げ する に は 、 あの 断崖 は ちょうど いい ……」

ひたすら 、 暗い ムード が 漂って いる 。

国 友 と 水谷 は 、 裏庭 へ 出て みた 。

雪 の 反射 が 、 もう目に まぶしい 。

陽 は 射 して いて も 、 やはり 、 寒 さ は 相当な もの だった 。

夜明け前 の 、 一 番 の 冷え 込み は 、 都会 で は 想像 も つか ない 厳し さ だろう 。

「── でも 、 もしかしたら 、 どこ か に 」

と 、 国 友 は 、 呟く ように 言った 。

「 そう です ね ……」

水谷 は 、 青空 を 見上げた 。

「 大声 で 呼んで み ます か 」

「 いい です ね 」

大声 を 出す 元気 が 残って いる か どう か 、 いささか 疑問 だった が 、 二 人 は 断崖 の 方 へ 歩いて 行って 、 両足 を 雪 の 中 に 踏んばって 立った 。

水谷 が 、 まず 、 冷えた 空気 を 一杯に 吸い 込んで 、

「 お ー い 」

と 力一杯 、 声 を 出した 。

こだま が 、 二 つ 、 三 つ 、 と 駆け巡る ように 返って 来る 。

国 友 も 、 ここ は 負け られ ない 、 と ばかり 、

「 夕 里子 く ー ん !

と 、 大声 で 呼んだ 。

個人 名 を 出した の は 、 少々 気 が 咎めた が 、 しかし 、 今 は そんな こと に こだわって は い られ ない 。

「 佐々 本 く ー ん !

と 、 水谷 も 負け ず に 声 を 張り上げた 。

「 綾子 く ー ん !

「 川西 く ー ん !

「 珠美 く ー ん !

次々 に 名前 が 出て 、 こだま と 入り乱れる ので 、 その 内 、 誰 を 呼んで いる の か 分 ら なく なって しまう 。

「 夕 里子 く ー ん !

「 国 友 さ ー ん !

「 佐々 本 く ー ん !

「 綾 ──」

と 、 言い かけて 、 国 友 は やめた 。

「 今 、 何 か 言い ました か ? 「 え ?

「 いや ── 国 友 さん 、 と 呼び ませ ん でした か ?

「 僕 が ?

いいえ 」

「 じゃ ── 僕 かな ?

しかし 、 自分 の 名前 を 呼んだり は し ない と 思う けど ──」

そこ へ 、

「 国 友 さん !

と 、 また 声 が した 。

国 友 の 顔 が 、 ジキル と ハイド だって 、 こう は 変る まい と 思える ほど 、 変った 。

暗 から 明 へ 。 ── その 差 は 、 四十 ワット の 電球 から 百 ワット どころ で は なく 、 いわば 深海 の 闇 から 、 ワイキキ の 真 夏 の 砂浜 へ と いきなり 投げ出さ れた ほど の 違い が あった 。

「 夕 里子 君 だ !

── 夕 里子 君 ! どこ に いる んだ ! と 、 国 友 は 叫んだ 。

「 下 よ !

国 友 さん !

確かに 、 夕 里子 の 声 は 足下 の 方 から 聞こえて いた 。

一瞬 、 国 友 は 、 夕 里子 が 「 地獄 」 から 呼びかけて いる の かも しれ ない 、 と いう 思い に 捉え られた が 、

「 夕 里子 君 なら 、 天国 に 決 って る !

と 、 思い 直した 。

「 崖 の 途中 な の !

と 、 夕 里子 が 叫んだ 。

「 ロープ を 垂らして ! 「 やった !

国 友 と 水谷 は 、 飛び上った 。

「 良かった !

「 見付けた ぞ !

「 万歳 !

大 の 男 が 二 人 、 雪 の 上 で 飛び はね ながら 抱きついたり して いる のだ から 、 とても 、 他人 に 見せ られた 光景 で は ない 。

やっと 我 に 返った 国 友 は 、

「 待って ろ !

今 すぐ ロープ を 投げる ! と 、 怒鳴った 。

「 ロープ を 取って 来 ます !

と 言った とき に は 、 もう 水谷 は 山荘 の 方 へ 駆け 出して いた 。

水谷 は 、 ほとんど 信じ られ ない ような スピード で 戻って 来た 。

ロープ を 肩 に かけて いる 。

その 間 に 、 国 友 は 、 雪 を つかんで は 谷 に 向 って 投げて いた 。

それ を 見て 、

「 もう 少し 右 !

もっと 左 ! と 、 下 で 夕 里子 が 指示 を 出す 。

「── よし 、 この 辺 です よ 」

と 、 国 友 は 言った 。

「 僕 が 降りて 行き ます から ──」

「 いや 、 ここ は 僕 が 」

と 、 水谷 は 早くも ロープ を 体 に 縛り つけて いる 。

国 友 も 、 ここ は こだわら ない こと に した 。

立木 に ロープ を 巻き つけた 上 で 、 ぐっと 体重 を かけて 引 張る 。

「── OK です 」

「 じゃ 、 先 に 彼女 を 上げ ます から 」

と 、 水谷 は 言って 、 崖 を 下り 始めた のである ……。


三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 13 みっ|しまい|たんてい|だん|chapter Three Sisters Detectives 4 Chapter 13

13  長女 と 三女 ちょうじょ||さんじょ

夕 里子 が 眠り 込んで 、 その 代り ── と いう わけで も ある まい が 、 珠美 は 、 ふと 目 を 開いた 。 ゆう|さとご||ねむり|こんで||かわり||||||||たまみ|||め||あいた Even if Riko Yuriko slept and was not the substitute ─ ─, Zhumi suddenly opened his eyes.

こちら は 、 眠り から 快く 覚める 、 と いう わけに は いか なかった 。 ||ねむり||こころよく|さめる|||||| I could not help waking up from sleep.

何といっても 、 薬 で 無理に 眠ら さ れた のだ から 。 なんといっても|くすり||むりに|ねむら||||

暗い 地下 道 で 追いつか れ 、 口 に 布 を 押し当て られる と 、 鼻 に ツーン と 妙な 匂い が して 、 頭 が クラクラ した 。 くらい|ちか|どう||おいつか||くち||ぬの||おしあて|||はな||||みょうな|におい|||あたま|||

あ 、 こいつ は いけない 、 と 思った のだ が 、 やはり 、 息 を し ないで いる と いう わけに も いか ず 、 そのまま 、 薬 を 吸い 込んで 、 失神 した のだった 。 |||||おもった||||いき||||||||||||くすり||すい|こんで|しっしん||

「 ああ …… 頭 が 痛い 」 |あたま||いたい

珠美 は 、 呟いた 。 たまみ||つぶやいた

「 頭痛 の 薬 、 なかった かな ……」 ずつう||くすり||

ここ は ?

── 珠美 は 、 やっと 、 ここ が 自分 の 寝室 でも 、 ホテル の 一室 で も ない と いう こと に 思い当った 。 たまみ|||||じぶん||しんしつ||ほてる||いっしつ||||||||おもいあたった

大体 、 ベッド の 上 なら 、 こんなに 体 が 痛く なる わけ は ない 。 だいたい|べっど||うえ|||からだ||いたく|||| In general, if you are on a bed, there is no reason for your body to hurt.

動こう と して 、 うごこう||

「 あれ ?

と 、 声 を 上げた 。 |こえ||あげた

足 が 重い 。 あし||おもい

── 珠美 は 目 を 足 の 方 へ やって 、 青く なった 。 たまみ||め||あし||かた|||あおく|

鎖 で つなが れて いる のだ 。 くさり||つな が|||

足首 の 所 に は 、 鉄 の 環 が はめ られて いる 。 あしくび||しょ|||くろがね||かん|||| 鎖 の 一端 は 、 石 の 壁 に 打ち 込んだ 、 太い 環 に はめ られて いた 。 くさり||いったん||いし||かべ||うち|こんだ|ふとい|かん||||

ちょうど 昔 の 「 鉄 仮面 」 と か 、 あんな 話 に 出て 来る ような 足かせ と いう やつ だ 。 |むかし||くろがね|かめん||||はなし||でて|くる||あしかせ|||| Just like an old "iron mask", it is a foolish thing to appear in such a story.

「 何 よ ! なん|

人 の こと を 、 犬 か 何かと 間違えて ! じん||||いぬ||なにかと|まちがえて と 、 珠美 は カッ と して 言った が 、 誰 も 聞いて い ない ので は 、 仕方ない 。 |たまみ|||||いった||だれ||きいて|||||しかたない

何とも 陰気な 部屋 だった 。 なんとも|いんきな|へや|

たぶん 、 地下 室 な のだろう 。 |ちか|しつ|| 底冷え の する 寒 さ である 。 そこびえ|||さむ||

そう 。

── たぶん 、 敦子 と 二 人 で 辿 って いた 地下 室 の 先 に あった 、 下り 階段 。 |あつこ||ふた|じん||てん|||ちか|しつ||さき|||くだり|かいだん あの 下 で は ない だろう か 。 |した|||||

広 さ は ちょっと した 居間 ほど も あり 、 裸 電球 が 一 つ 、 天井 から 下って 、 薄暗い 光 を 投げ かけて いる 。 ひろ|||||いま||||はだか|でんきゅう||ひと||てんじょう||くだって|うすぐらい|ひかり||なげ||

部屋 の 中央 に テーブル と 椅子 。 へや||ちゅうおう||てーぶる||いす

木 の 、 何とも 愛想 の ない もの だ 。 き||なんとも|あいそ|||| It's nothing terrible, nothing terrible.

珠美 が つなが れて いる の は 、 部屋 の 奥 の 隅 っこ で 、 重 そうな 木 の 扉 は 、 ちょうど 反対 側 だった 。 たまみ||つな が|||||へや||おく||すみ|||おも|そう な|き||とびら|||はんたい|がわ| It is in the corner of the back of the room that Pearmi is connected, the door of the heavy tree was just the opposite side.

「 何 だって の よ 、 全く ! なん||||まったく

珠美 は 、 頭 を 振って 、 八つ当り 気味に 言った 。 たまみ||あたま||ふって|やつあたり|ぎみに|いった

「 こんな こと して ── ただ じゃ おか ない から ! "Doing something like this - it just does not matter! 強 がって いる の は 、 多分 に 自分 へ の 勇気づけ 、 と いう 面 も ある 。 つよ|||||たぶん||じぶん|||ゆうきづけ|||おもて|| There is also the aspect that it is encouraging to him, perhaps, that he is stuck.

敦子 さん は どう したろう ? あつこ||||

逃げ られた かしら ? にげ||

自分 より 前 を 走って いた から 、 うまく 行けば 、 逃げのびた だろう 。 じぶん||ぜん||はしって||||いけば|にげのびた| I ran in front of myself, so if it goes well it would have escaped.

山荘 へ 戻れば 、 国 友 も いる 。 さんそう||もどれば|くに|とも||

今に 警官 隊 を 引き連れて 、 ワッ と 押しかけて 来て くれる ……。 いまに|けいかん|たい||ひきつれて|||おしかけて|きて|

大分 、 希望 的 観測 で は あった が 、 そう 考える と 、 少し 元気 も 出て 来た 。 だいぶ|きぼう|てき|かんそく||||||かんがえる||すこし|げんき||でて|きた

でも ── 一体 この 山荘 は 何 だろう ? |いったい||さんそう||なん|

こんな 地下 牢 みたいな 部屋 が あったり 、 秘密の 地下 道 が あったり ……。 |ちか|ろう||へや|||ひみつの|ちか|どう||

きっと 、 あの おばさん 、「 変態 」 な んだ わ 、 と 、 珠美 は 思った 。 |||へんたい|||||たまみ||おもった

それとも 、 美しい 女の子 に 憎しみ を 抱いて いる の か 。 |うつくしい|おんなのこ||にくしみ||いだいて|||

どっち に して も 、 あんまり 嬉しい こと で は なかった 。 |||||うれしい||||

ためしに 、 足首 の 鉄 の かせ や 、 鎖 を 引 張ったり 、 叩いたり して みた が 、 とても 歯 が 立た ない ので 、 やめた 。 |あしくび||くろがね||||くさり||ひ|はったり|たたいたり|||||は||たた|||

壁 に もた れて 、 息 を つく 。 かべ||||いき|| I got a breath in the walls as well.

「── やれやれ 、 だ わ 」

やっぱり 、 タダ で 泊めて くれる なんて 話 に は 乗る んじゃ なかった わ 、 と 、 珠美 に して は 珍しい 反省 を し ながら 、 ふと 目 を 横 へ 向けて ──。 |ただ||とめて|||はなし|||のる|||||たまみ||||めずらしい|はんせい|||||め||よこ||むけて

大きく 目 を 見開いた 。 おおきく|め||みひらいた

薄暗くて 、 光 が 充分に 届いて い なかった ので 、 今 まで 気付か なかった のだ が 、 部屋 の もう 一方 の 隅 の 所 に 、 娘 が 一 人 、 倒れて いる 。 うすぐらくて|ひかり||じゅうぶんに|とどいて||||いま||きづか||||へや|||いっぽう||すみ||しょ||むすめ||ひと|じん|たおれて|

珠美 と 同様 、 鎖 で つなが れて 、 石 の 床 に 仰向け に 倒れて 、 身動き 一 つ し ない の は ……。 たまみ||どうよう|くさり||つな が||いし||とこ||あおむけ||たおれて|みうごき|ひと|||||

「 綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん

そう 。

綾子 だった ! あやこ|

珠美 は 、 綾子 の 方 へ と 近寄ろう と した が 、 ピンと 鎖 が のび 切って 、 まだ 二 メートル 以上 、 離れて いた 。 たまみ||あやこ||かた|||ちかよろう||||ぴんと|くさり|||きって||ふた|めーとる|いじょう|はなれて| Tami tried to approach Ayako, but the pins and chains flew away, still more than two meters away.

「 お 姉ちゃん ! |ねえちゃん

── 綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん と 、 珠美 は 大声 で 呼んだ 。 |たまみ||おおごえ||よんだ

「 ね 、 目 を 覚まして ! |め||さまして ── 珠美 よ ! たまみ| 綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん

しかし 、 一向に 、 綾子 は 、 目 を 覚ます 様子 が ない 。 |いっこうに|あやこ||め||さます|ようす||

「 もう !

じれったい なあ ! いくら 寝起き の 悪い 低 血圧 だって 、 こんな 所 で のんびり 寝て る こと ない でしょ ! |ねおき||わるい|てい|けつあつ|||しょ|||ねて||||

「 綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん

起きろ ! おきろ この 寝坊 ! |ねぼう 長女 だ ろ ! ちょうじょ|| しっかり しろ ! 散々 怒鳴って やった が 、 一向に 反応 なし 。 さんざん|どなって|||いっこうに|はんのう|

「 全く 、 もう ──」 まったく|

と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。 |たまみ||ためいき||

「 救い 難い わ ね ! すくい|かたい|| それ でも 、 綾子 は 、 死んだ ように 眠り 込んで いる 。 ||あやこ||しんだ||ねむり|こんで|

── 死んだ ように ? しんだ|

珠美 は 、 ふと 、 姉 を 見つめた 。 たまみ|||あね||みつめた

「 お 姉ちゃん ……」 |ねえちゃん

まさか ── まさか 、 そんな こと が ──。

しかし 、 綾子 の 青ざめた 顔 に は 、 生気 が 感じ られ なかった 。 |あやこ||あおざめた|かお|||せいき||かんじ||

「 お 姉ちゃん ……。 |ねえちゃん

死んで ない よ ね ? しんで||| 死んで ない って 言って 」 しんで|||いって

珠美 は こわごわ 言って みた 。 たまみ|||いって|

綾子 姉ちゃん が 死んだ ? あやこ|ねえちゃん||しんだ

そんな こと 、 ある わけない !

佐々 本 三 姉妹 は 、 生きる も 死ぬ も 一緒な んだ 。 ささ|ほん|みっ|しまい||いきる||しぬ||いっしょな|

お 姉ちゃん 一 人 が 死ぬ なんて こと ……。 |ねえちゃん|ひと|じん||しぬ||

「 お 姉ちゃん ! |ねえちゃん

綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん

珠美 は 、 振り絞る ような 声 で 叫んだ 。 たまみ||ふりしぼる||こえ||さけんだ

ああ !

── 死んで る んだ ! しんで|| 綾子 姉ちゃん が 死んだ ! あやこ|ねえちゃん||しんだ

「 死んじゃ いやだ ! しんじゃ|

お 姉ちゃん ! |ねえちゃん

珠美 は 、 その 場 に 座った まま 、 ワーッ と 泣き 出した 。 たまみ|||じょう||すわった||||なき|だした

声 を 上げ 、 床 に 頭 を こすり つける ように して 、 泣き 続けた のである 。 こえ||あげ|とこ||あたま||||||なき|つづけた| He raised his voice, rubbed his head over the floor, and kept crying.

泣き ながら 、 珠美 は 、 私 が こんなに 泣く なんて 、 と びっくり も して いた 。 なき||たまみ||わたくし|||なく||||||

やはり 、 姉妹 愛 と いう もの だろう 。 |しまい|あい||||

綾子 姉ちゃん 一 人 を 死な せて なる もの か 。 あやこ|ねえちゃん|ひと|じん||しな||||

私 も すぐ に 後 を 追って ── 一 日 、 二 日 の 内 に は ……。 わたくし||||あと||おって|ひと|ひ|ふた|ひ||うち|| でも 、 多少 は 色々 し たい こと も ある から 、 一 週間 ぐらい して から ……。 |たしょう||いろいろ|||||||ひと|しゅうかん||| 一 ヵ 月 ? ひと||つき どうせ なら 一周忌 が 済んで から ? ||いっしゅうき||すんで|

まあ 、 ここ まで 来たら 、 十 年 ぐらい して から で も いい か 。 |||きたら|じゅう|とし|||||||

ともかく 、 いつか は 、 私 も 後 を 追う から ね 。 |||わたくし||あと||おう||

── かなり いい加減な 追悼 の 言葉 を 心 の 中 で 並べ ながら 、 それ でも 珠美 は ワンワン 泣き 続けて いた ……。 |いいかげんな|ついとう||ことば||こころ||なか||ならべ||||たまみ||わんわん|なき|つづけて|

「 どうした の ?

と 、 天から 声 が した 。 |てんから|こえ||

綾子 姉ちゃん ! あやこ|ねえちゃん

もう 、 天使 か 何 か に なって 、 私 を 慰め に 来て くれた の かしら ? |てんし||なん||||わたくし||なぐさめ||きて||| それとも 幽霊 ? |ゆうれい

天使 と お化け じゃ 、 大分 違って いる が 、 ともかく 何となく 実体 が なくて フワフワ して る って いう 点 は 似た ような もん だ 。 てんし||おばけ||だいぶ|ちがって||||なんとなく|じったい|||ふわふわ|||||てん||にた||| Angels and ghosts are very different, but somehow somehow there is no substance and the fact that it is fluffy is similar.

「 珠美 ──」 たまみ

珠美 は 、 そろそろ と 顔 を 上げた 。 たまみ||||かお||あげた

綾子 が 、 チョコン と 床 に 座って 、 目 を 丸く し ながら 、 珠美 を 見て いた 。 あやこ||||とこ||すわって|め||まるく|||たまみ||みて|

「 お 姉ちゃん ……」 |ねえちゃん

「 何 を 泣いて る の ? なん||ないて||

綾子 は 、 いつも と 同じ 調子 で 言った 。 あやこ||||おなじ|ちょうし||いった

「 死んだ んじゃ なかった の ? しんだ|||

珠美 は 呆れて 、「 あんなに 大声 で 呼んだ のに ! たまみ||あきれて||おおごえ||よんだ|

返事 一 つ して くれ ない から ──」 へんじ|ひと|||||

「 私 の こと 起こした の ? わたくし|||おこした| "Did you wake me about that?"

ごめんなさい 」

綾子 は 、 頭 を 振って 、「 何だか 、 グッスリ 寝ちゃ って ……。 あやこ||あたま||ふって|なんだか|ぐっすり|ねちゃ|

アーア 」

と 、 大 欠 伸 。 |だい|けつ|しん

珠美 は 、 腹 が 立つ やら 嬉しい やら 、 複雑な 心境 だった 。 たまみ||はら||たつ||うれしい||ふくざつな|しんきょう|

少なくとも 、 水分 と 塩分 を 、 大分 損して いる 。 すくなくとも|すいぶん||えんぶん||だいぶ|そんして|

お 金 に したら 、 いくら ぐらい かしら 、 と 考えたり して いた 。 |きむ|||||||かんがえたり|| I was thinking about how much I would be into money.

「 綾子 姉ちゃん 、 どうして ここ へ ? あやこ|ねえちゃん|||

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 私 ? わたくし

さあ ……」

と 、 首 を かしげる 。 |くび||

「 確か 、 あの 秀 哉 君 に 教えて た の よ ね 」 たしか||しゅう|や|きみ||おしえて||||

「 とんだ 家庭 教師 だ わ 」 |かてい|きょうし||

「 そう ね ……。

ああ 。 そう だ 。 何 か 飲む もの を もらった んだ わ 。 なん||のむ||||| それ を 飲んだら 、 眠く なって ……」 ||のんだら|ねむく|

「 薬 が 入って た の よ 」 くすり||はいって|||

「 そう らしい わ ……。

まだ 眠い 」 |ねむい

「 眠ら ないで よ ! ねむら||

── 命 が 危 いって いう のに ! いのち||き||| 「 命 が ? いのち|

「 だって 、 そう でしょ ?

こんな 風 に 鎖 に つなが れて 、 まさか TV の 撮影 じゃ ない んだ から 」 |かぜ||くさり||つな が|||tv||さつえい||||

「 そう ねえ 。

── 寒い し 、 この 鎖 も 本物 みたいだ し ね 」 さむい|||くさり||ほんもの|||

「 そう よ 。

どう する ? 綾子 は 、 肩 を すくめて 、 あやこ||かた||

「 だって 、 どう しよう も ない じゃ ない 」

と 言った 。 |いった

「 呑気 な んだ から ! のんき|||

度胸 が ある 、 と いう の と は 違う 。 どきょう||||||||ちがう

綾子 は 、 人 が 自分 に 対して 悪意 を 抱く こと が ある 、 と いう の が 、 信じ られ ない のである 。 あやこ||じん||じぶん||たいして|あくい||いだく||||||||しんじ|||

もちろん 、 綾子 も 子供 じゃ ない から 、 世の中 に は 色々な 人間 が いて 、 色々な 事件 が 起って いる と いう こと も 分 って いる 。 |あやこ||こども||||よのなか|||いろいろな|にんげん|||いろいろな|じけん||おこって||||||ぶん||

しかし 、 それ が 、 自分 の 身 に 起る と は 考え ない 。 |||じぶん||み||おこる|||かんがえ|

「 大丈夫 よ 」 だいじょうぶ|

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 私 たち 、 他の 人 に 何も 悪い こと して ない んだ もの 。 わたくし||たの|じん||なにも|わるい||||| 殺さ れたり し ない わ よ 」 ころさ|||||

珠美 は 、 この 姉 の 信念 が 羨 しかった 。 たまみ|||あね||しんねん||うらや|

と ── 足音 が した 。 |あしおと||

扉 の 外 である 。 とびら||がい|

その 足音 は 、 上 の 方 から ゆっくり と 降りて 来て 、 扉 の 前 で 止った 。 |あしおと||うえ||かた||||おりて|きて|とびら||ぜん||とまった

ギーッ と 扉 が 開く 。 ||とびら||あく

「 や あ 、 気 が 付いた の 」 ||き||ついた|

立って いた の は 、 秀 哉 だった 。 たって||||しゅう|や|

「 秀 哉 君 ……」 しゅう|や|きみ

綾子 が 、 息 を ついた 。 あやこ||いき||

「 あなた な の 、 こんな こと した の は ? 「 僕 と ママ だ よ 」 ぼく||まま||

「 早く 、 この 鎖 を 外し なさい ! はやく||くさり||はずし|

と 、 珠美 が 、 目 を 吊り上げ て 怒った 。 |たまみ||め||つりあげ||いかった

「 でないと 、 その 首 を 引っこ抜いて 、 サッカー ボール に しちゃ う から ! ||くび||ひっこぬいて|さっかー|ぼーる|||| 「 元気だ ね 」 げんきだ|

と 、 秀 哉 は 笑った 。 |しゅう|や||わらった

「 そういう 元気な 人 の 方 が 、 面白い んだ よ 」 |げんきな|じん||かた||おもしろい||

「 ちっとも 面白 か ない わ よ 」 |おもしろ||||

と 、 珠美 は にらみ つけ ながら 言った 。 |たまみ|||||いった

「 秀 哉 君 」 しゅう|や|きみ

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 一体 これ は どういう こと な の ? いったい|||||| "What the hell is this all about? 「 先生 は 、 落ちついて る ね 」 せんせい||おちついて||

「 そう じゃ ない の 。

鈍い だけ 」 にぶい|

と 、 綾子 は 言った 。 |あやこ||いった

「 馬鹿正直に 言う こと ない わ よ 」 ばかしょうじきに|いう||||

と 、 珠美 は 綾子 を にらんだ 。 |たまみ||あやこ||

「 二 人 と も 、 もう 逃げ られ ない よ 。 ふた|じん||||にげ|||

観念 した 方 が いい 」 かんねん||かた|| You better idea. "

と 、 秀 哉 が 言った 。 |しゅう|や||いった

「 観念 する の は そっち でしょ 」 かんねん|||||

と 、 珠美 は 言った 。 |たまみ||いった

「 こっち に は 刑事 さん が ついて る んだ から ね 」 |||けいじ|||||||

「 いつ だって 、 あんな 人 、 やっつけ られる さ 」 |||じん|||

と 、 秀 哉 は ニッコリ 笑った 。 |しゅう|や||にっこり|わらった

「 私 たち を 、 どう しよう って いう の ? わたくし||||||| "What are you going to do with us?

「 殺しゃ し ない よ 。 ころしゃ||| "I will not kill you.

ただ 、 血 を もらう だけ だ よ 」 |ち||||| I just get blood. "

「 何で すって ? なんで|

珠美 は 、 目 を 丸く した 。 たまみ||め||まるく|

「 何 を もらう って ? なん||| 「 血 だ よ 」 ち||

と 、 秀 哉 は 言った 。 |しゅう|や||いった

「 献血 の 運動 でも やって る の ? けんけつ||うんどう||||

と 、 綾子 が 訊 いた 。 |あやこ||じん|

秀 哉 が 吹き出して 、 しゅう|や||ふきだして

「 そう かも しれ ない よ 。

── もう すぐ ママ が 来る 。 ||まま||くる そう したら 分 る さ 。 ||ぶん|| じゃ 、 また ね 」

と 、 秀 哉 は 出て 行く 。 |しゅう|や||でて|いく

「 ちょっと !

待ち なさい よ ! まち|| ── この ガキ ! |がき 珠美 は 怒鳴り 疲れて 、 ハアハア 息 を ついた 。 たまみ||どなり|つかれて|はあはあ|いき||

「── 血 を 取る の かしら ? ち||とる||

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった

「 私 、 低 血圧 だ から 、 献血 した こと ない の よ 」 わたくし|てい|けつあつ|||けんけつ|||||

「 そんな 呑気 な こ と 言って ……」 |のんき||||いって

と 、 珠美 は 、 ため息 を ついた 。 |たまみ||ためいき||

「 きっと 、 あの 一家 は 吸 血 鬼 な の よ 」 ||いっか||す|ち|おに|||

「 ドラキュラ ?

でも 、 キバ が ない わ 」

「 そういう 種類 な んじゃ ない ? |しゅるい|||

「 そう かしら ……。

でも 、 昼間 も 起きて る し ──」 |ひるま||おきて||

と 、 綾子 は 真剣に 考え 込んで いる 。 |あやこ||しんけんに|かんがえ|こんで|

「 夕 里子 姉ちゃん 、 何 して ん の か なあ 。 ゆう|さとご|ねえちゃん|なん|||||

可愛い 妹 が 、 こんな ひどい 目 に 遭って いる って いう のに ! かわいい|いもうと||||め||あって|||| 珠美 は 、 天 を 仰いで 嘆息 した 。 たまみ||てん||あおいで|たんそく|

「── ねえ 、 珠美 」 |たまみ

「 何 ? なん

「 でも 、 食事 に ── にんにく が ついて た わ よ 」 |しょくじ|||||||

と 、 綾子 は 真面目な 顔 で 言った 。 |あやこ||まじめな|かお||いった

珠美 は 、 何 を 言う 気力 も 失せ て いた ……。 たまみ||なん||いう|きりょく||しっせ||

「── 夜 が 明けた な 」 よ||あけた|

と 、 国 友 は 呟く ように 言った 。 |くに|とも||つぶやく||いった

ソファ で 頭 を かかえて いた 水谷 が 、 ゆっくり と 顔 を 上げた 。 ||あたま||||みずたに||||かお||あげた

「 そろそろ ……」

「 そう です ね 」

国 友 は 、 無表情の まま 、 窓 辺 に 寄った 。 くに|とも||むひょうじょうの||まど|ほとり||よった

外 は 、 もう 刻々 と 明るく なり つつ あった 。 がい|||こくこく||あかるく|||

── 皮肉な こと に 、 今日 も いい 天気 の ようだ 。 ひにくな|||きょう|||てんき||

国 友 は 、 そっと 首 を 振った 。 くに|とも|||くび||ふった

お前 は 何の ため に ここ に 来た んだ ? おまえ||なんの|||||きた|

この 役立た ず が ! |やくだた||

水谷 も 立ち上って 、 やって 来た 。 みずたに||たちのぼって||きた

「── 寒 そうだ な 」 さむ|そう だ|

と 、 ポツッ と 呟く 。 |||つぶやく

二 人 と も 、 疲れ 切って いる の は 事実 だった 。 ふた|じん|||つかれ|きって||||じじつ|

何しろ 、 夜通し 、 この 山荘 の 中 を 、 捜し 回った のである 。 なにしろ|よどおし||さんそう||なか||さがし|まわった|

夕 里子 、 珠美 、 綾子 、 そして 、 石垣 親子 ……。 ゆう|さとご|たまみ|あやこ||いしがき|おやこ

その 誰 も 、 山荘 の 中 に は い なかった 。 |だれ||さんそう||なか||||

何 か あった のだ 。 なん|||

── それ だけ が 確かだった 。 |||たしかだった

国 友 と 水谷 は 、 家具 を 引っくり返し 、 壁 布 を はぎ 、 床 の カーペット を めくって 、 どこ か に 、 秘密の 出入 口 が ない か 、 隠し 部屋 が ない か と 捜し 回った 。 くに|とも||みずたに||かぐ||ひっくりかえし|かべ|ぬの|||とこ||||||||ひみつの|しゅつにゅう|くち||||かくし|へや|||||さがし|まわった

もし 、 これ で 何でもなかったら ── 夕 里子 たち も 、 無事だった と したら 、 この 弁償 の ため に 、 国 友 も 水 谷 も 少なくとも 十 年 は 働か なくて は なら なかったろう 。 |||なんでもなかったら|ゆう|さとご|||ぶじだった||||べんしょう||||くに|とも||すい|たに||すくなくとも|じゅう|とし||はたらか|||| If this was nothing, it would have been working for at least ten years for both national friends and water valleys, for this reimbursement if the evening child was also safe.

山荘 の 中 は 、 正に 、 竜巻 が 駆け抜けた ような 有様 だった 。 さんそう||なか||まさに|たつまき||かけぬけた||ありさま|

しかし 、 結局 ── 何一つ 、 手がかり は つかめ なかった のである 。 |けっきょく|なにひとつ|てがかり||||

二 人 の 疲労 は 、 体力 より 、 むしろ 、 落胆 から の 方 が 大きかったろう 。 ふた|じん||ひろう||たいりょく|||らくたん|||かた||おおきかったろう

もし 、 い なく なった 夕 里子 たち が 、 外 に いた と したら 、 この 猛烈な 寒 さ の 中 で 、 とても 生きて は い られ ない に 違いなかった 。 ||||ゆう|さとご|||がい||||||もうれつな|さむ|||なか|||いきて||||||ちがいなかった

国 友 の 、 傷心 ぶり も 分 る と いう もの だった 。 くに|とも||しょうしん|||ぶん|||||

そして 水 谷 の 方 も また ……。 |すい|たに||かた||

「 教師 失格 です よ 」 きょうし|しっかく||

と 、 自嘲 気味に 呟く 。 |じちょう|ぎみに|つぶやく

「 生徒 が 殺さ れ 、 行方 不明に なって 、 僕 だけ が 無事 と は ね 。 せいと||ころさ||ゆくえ|ふめいに||ぼく|||ぶじ||| ── 父母 に 何と 言って 説明 すりゃ いい の か 」 ふぼ||なんと|いって|せつめい||||

「 それ なら 、 僕 も 同じです 。 ||ぼく||おなじです

刑事 です から ね 、 僕 は 」 けいじ||||ぼく|

と 、 国 友 が 言った 。 |くに|とも||いった

「 犯罪 の 起きる の を 、 未然 に 防げ なかった 。 はんざい||おきる|||みぜん||ふせげ| 全く もって 、 情 ない こと です よ 」 まったく||じょう||||

「 いや 、 あなた は 、 後 で 犯人 を 捕まえる こと が できる 。 |||あと||はんにん||つかまえる|||

教師 は 、 そう は いきま せ ん 」 きょうし||||||

「 いや 、 僕 は 刑事 と いう だけ で なく 、 恋人 と して も 、 愛する 娘 を 救え なかった 」 |ぼく||けいじ||||||こいびと||||あいする|むすめ||すくえ|

「 それ なら 、 生徒 は 教師 に とって 、 我が 子 も 同じです 。 ||せいと||きょうし|||わが|こ||おなじです

我が 子 を 守れ なかった のです から ね 」 わが|こ||まもれ||||

「 いや 、 先生 は 別に ガードマン じゃ ない でしょう 」 |せんせい||べつに|がーどまん|||

「 それ なら 刑事 さん だって ──」 ||けいじ||

「 刑事 は 、 市民 の 安全 を 守る の が 使命 です 」 けいじ||しみん||あんぜん||まもる|||しめい|

「 教師 だって 、 生徒 の 安全に は 責任 が あり ます 」 きょうし||せいと||あんぜんに||せきにん|||

「 しかし 、 刑事 と は 違う 」 |けいじ|||ちがう

「 同じです ! おなじです

授業 だけ して りゃ いい と いう もの で は ない 」 じゅぎょう||||||||||

「 刑事 だって 、 犯人 を 捕まえりゃ い いって もの じゃ あり ませ ん 」 けいじ||はんにん||つかまえりゃ|||||||

「 ともかく 、 僕 は 最低の 教師 です 」 |ぼく||さいていの|きょうし|

「 いや 、 刑事 と して の 僕 の 方 が 最低です 」 |けいじ||||ぼく||かた||さいていです

「 それ は 主観 的な 意見 です 。 ||しゅかん|てきな|いけん|

客観 的に 見れば 明らかに ──」 きゃっかん|てきに|みれば|あきらかに

「 いや 、 絶対 に 、 僕 の 方 が だめな 男 です 」 |ぜったい||ぼく||かた|||おとこ|

「 僕 の 方 です よ 、 だめな の は 」 ぼく||かた|||||

「 だめ 男 」 ぶり を 競って (? |おとこ|||きそって

) いる 内 、 二 人 は 、 空しく なった の か 、 黙り 込んで しまった 。 |うち|ふた|じん||むなしく||||だまり|こんで|

無理 も ない 結論 である 。 むり|||けつろん|

しばらく して 、 国 友 が 、 ため息 を ついて 、 ||くに|とも||ためいき||

「── ともかく 、 二 人 と も だめ と いう こと に し ましょう 」 |ふた|じん|||||||||

「 そう です ね ……」

水谷 が 肯 く 。 みずたに||こう|

二 人 は 、 どちら から と も なく 、 肩 を 抱き合った 。 ふた|じん|||||||かた||だきあった

── 感動 的 、 と いう に は 、 どこ か 間 の 抜けた 光景 である 。 かんどう|てき|||||||あいだ||ぬけた|こうけい|

しかし 、 当人 たち が 大真面目だった こと は 、 言って おか なくて は なる まい 。 |とうにん|||おおまじめだった|||いって|||||

「 外 へ 出て み ましょう か 」 がい||でて|||

と 、 水谷 が 言った 。 |みずたに||いった

「 そう です ね ……」

国 友 は 肯 いて 、「 身投げ する に は 、 あの 断崖 は ちょうど いい ……」 くに|とも||こう||みなげ|||||だんがい|||

ひたすら 、 暗い ムード が 漂って いる 。 |くらい|むーど||ただよって|

国 友 と 水谷 は 、 裏庭 へ 出て みた 。 くに|とも||みずたに||うらにわ||でて|

雪 の 反射 が 、 もう目に まぶしい 。 ゆき||はんしゃ||もうもくに|

陽 は 射 して いて も 、 やはり 、 寒 さ は 相当な もの だった 。 よう||い|||||さむ|||そうとうな||

夜明け前 の 、 一 番 の 冷え 込み は 、 都会 で は 想像 も つか ない 厳し さ だろう 。 よあけまえ||ひと|ばん||ひえ|こみ||とかい|||そうぞう||||きびし||

「── でも 、 もしかしたら 、 どこ か に 」

と 、 国 友 は 、 呟く ように 言った 。 |くに|とも||つぶやく||いった

「 そう です ね ……」

水谷 は 、 青空 を 見上げた 。 みずたに||あおぞら||みあげた

「 大声 で 呼んで み ます か 」 おおごえ||よんで|||

「 いい です ね 」

大声 を 出す 元気 が 残って いる か どう か 、 いささか 疑問 だった が 、 二 人 は 断崖 の 方 へ 歩いて 行って 、 両足 を 雪 の 中 に 踏んばって 立った 。 おおごえ||だす|げんき||のこって||||||ぎもん|||ふた|じん||だんがい||かた||あるいて|おこなって|りょうあし||ゆき||なか||ふんばって|たった

水谷 が 、 まず 、 冷えた 空気 を 一杯に 吸い 込んで 、 みずたに|||ひえた|くうき||いっぱいに|すい|こんで

「 お ー い 」 |-|

と 力一杯 、 声 を 出した 。 |ちからいっぱい|こえ||だした

こだま が 、 二 つ 、 三 つ 、 と 駆け巡る ように 返って 来る 。 ||ふた||みっ|||かけめぐる||かえって|くる

国 友 も 、 ここ は 負け られ ない 、 と ばかり 、 くに|とも||||まけ||||

「 夕 里子 く ー ん ! ゆう|さとご||-|

と 、 大声 で 呼んだ 。 |おおごえ||よんだ

個人 名 を 出した の は 、 少々 気 が 咎めた が 、 しかし 、 今 は そんな こと に こだわって は い られ ない 。 こじん|な||だした|||しょうしょう|き||とがめた|||いま|||||||||

「 佐々 本 く ー ん ! ささ|ほん||-|

と 、 水谷 も 負け ず に 声 を 張り上げた 。 |みずたに||まけ|||こえ||はりあげた

「 綾子 く ー ん ! あやこ||-|

「 川西 く ー ん ! かわにし||-|

「 珠美 く ー ん ! たまみ||-|

次々 に 名前 が 出て 、 こだま と 入り乱れる ので 、 その 内 、 誰 を 呼んで いる の か 分 ら なく なって しまう 。 つぎつぎ||なまえ||でて|||いりみだれる|||うち|だれ||よんで||||ぶん||||

「 夕 里子 く ー ん ! ゆう|さとご||-|

「 国 友 さ ー ん ! くに|とも||-|

「 佐々 本 く ー ん ! ささ|ほん||-|

「 綾 ──」 あや

と 、 言い かけて 、 国 友 は やめた 。 |いい||くに|とも||

「 今 、 何 か 言い ました か ? いま|なん||いい|| 「 え ?

「 いや ── 国 友 さん 、 と 呼び ませ ん でした か ? |くに|とも|||よび||||

「 僕 が ? ぼく|

いいえ 」

「 じゃ ── 僕 かな ? |ぼく|

しかし 、 自分 の 名前 を 呼んだり は し ない と 思う けど ──」 |じぶん||なまえ||よんだり|||||おもう|

そこ へ 、

「 国 友 さん ! くに|とも|

と 、 また 声 が した 。 ||こえ||

国 友 の 顔 が 、 ジキル と ハイド だって 、 こう は 変る まい と 思える ほど 、 変った 。 くに|とも||かお||||||||かわる|||おもえる||かわった

暗 から 明 へ 。 あん||あき| ── その 差 は 、 四十 ワット の 電球 から 百 ワット どころ で は なく 、 いわば 深海 の 闇 から 、 ワイキキ の 真 夏 の 砂浜 へ と いきなり 投げ出さ れた ほど の 違い が あった 。 |さ||しじゅう|わっと||でんきゅう||ひゃく|わっと||||||しんかい||やみ||||まこと|なつ||すなはま||||なげださ||||ちがい||

「 夕 里子 君 だ ! ゆう|さとご|きみ|

── 夕 里子 君 ! ゆう|さとご|きみ どこ に いる んだ ! と 、 国 友 は 叫んだ 。 |くに|とも||さけんだ

「 下 よ ! した|

国 友 さん ! くに|とも|

確かに 、 夕 里子 の 声 は 足下 の 方 から 聞こえて いた 。 たしかに|ゆう|さとご||こえ||あしもと||かた||きこえて|

一瞬 、 国 友 は 、 夕 里子 が 「 地獄 」 から 呼びかけて いる の かも しれ ない 、 と いう 思い に 捉え られた が 、 いっしゅん|くに|とも||ゆう|さとご||じごく||よびかけて||||||||おもい||とらえ||

「 夕 里子 君 なら 、 天国 に 決 って る ! ゆう|さとご|きみ||てんごく||けっ||

と 、 思い 直した 。 |おもい|なおした

「 崖 の 途中 な の ! がけ||とちゅう||

と 、 夕 里子 が 叫んだ 。 |ゆう|さとご||さけんだ

「 ロープ を 垂らして ! ろーぷ||たらして 「 やった !

国 友 と 水谷 は 、 飛び上った 。 くに|とも||みずたに||とびあがった

「 良かった ! よかった

「 見付けた ぞ ! みつけた|

「 万歳 ! ばんざい

大 の 男 が 二 人 、 雪 の 上 で 飛び はね ながら 抱きついたり して いる のだ から 、 とても 、 他人 に 見せ られた 光景 で は ない 。 だい||おとこ||ふた|じん|ゆき||うえ||とび|||だきついたり||||||たにん||みせ||こうけい|||

やっと 我 に 返った 国 友 は 、 |われ||かえった|くに|とも|

「 待って ろ ! まって|

今 すぐ ロープ を 投げる ! いま||ろーぷ||なげる と 、 怒鳴った 。 |どなった

「 ロープ を 取って 来 ます ! ろーぷ||とって|らい|

と 言った とき に は 、 もう 水谷 は 山荘 の 方 へ 駆け 出して いた 。 |いった|||||みずたに||さんそう||かた||かけ|だして|

水谷 は 、 ほとんど 信じ られ ない ような スピード で 戻って 来た 。 みずたに|||しんじ||||すぴーど||もどって|きた

ロープ を 肩 に かけて いる 。 ろーぷ||かた|||

その 間 に 、 国 友 は 、 雪 を つかんで は 谷 に 向 って 投げて いた 。 |あいだ||くに|とも||ゆき||||たに||むかい||なげて|

それ を 見て 、 ||みて

「 もう 少し 右 ! |すこし|みぎ

もっと 左 ! |ひだり と 、 下 で 夕 里子 が 指示 を 出す 。 |した||ゆう|さとご||しじ||だす

「── よし 、 この 辺 です よ 」 ||ほとり||

と 、 国 友 は 言った 。 |くに|とも||いった

「 僕 が 降りて 行き ます から ──」 ぼく||おりて|いき||

「 いや 、 ここ は 僕 が 」 |||ぼく|

と 、 水谷 は 早くも ロープ を 体 に 縛り つけて いる 。 |みずたに||はやくも|ろーぷ||からだ||しばり||

国 友 も 、 ここ は こだわら ない こと に した 。 くに|とも||||||||

立木 に ロープ を 巻き つけた 上 で 、 ぐっと 体重 を かけて 引 張る 。 たちき||ろーぷ||まき||うえ|||たいじゅう|||ひ|はる

「── OK です 」 ok|

「 じゃ 、 先 に 彼女 を 上げ ます から 」 |さき||かのじょ||あげ||

と 、 水谷 は 言って 、 崖 を 下り 始めた のである ……。 |みずたに||いって|がけ||くだり|はじめた|