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三姉妹探偵団 4 怪奇篇, 三姉妹探偵団 4 Chapter 03

三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 03

3 嘆き の 恋人 たち

「 あら 、 パトカー 」

と 、 綾子 が 言った 。

「 本当だ 。

── 何 か あった の か なあ 」

珠美 は 、 たちまち 野次馬 根性 を 発揮 して いる 。

もちろん 夕 里子 の 方 だって 、 好奇心 で は 負け ない が 、 パトカー が 夜 、 自分 たち の 住んで いる マンション の 前 に 停 って いる 、 と なる と 、 ただ 面白 がって は い られ ない のである 。

三 人 、 ホテル で の 夕食 を 済ませて 、 帰って 来た ところ だった 。

タクシー の 中 で は 、 専ら 例 の 「 家庭 教師 」 の 話 ばかり 。

夕 里子 が 、

「 何だか 話 が うま すぎて 心配 」

と 言えば 、 珠美 が 、

「 考え 過ぎ よ !

世の中 に ゃ 、 金持ち って の が いる もん な んだ から 」

と 、 自分 は 金持ち で は ない くせ に 、 知ったかぶり 。

一 人 、 綾子 だけ が 、

「 私 に 家庭 教師 なんて 、 つとまる かしら 」

と 、 真剣に 悩んで いた のである 。

「── でも 、 事件 じゃ ない みたい 」

と 、 夕 里子 は 、 タクシー が 停 る と 、 両手 に 荷物 を 下げて 、 外 へ 出た 。

「── あれ ? パトカー から 、 誰 か が 降りて 来る 。

いや 、 二 人 だ 。 何だか 、 一 人 が もう 一 人 の 男 を 、 かかえ 上げる ように して ……。

「 国 友 さん !

夕 里子 は 、 思わず 叫んだ 。

「 や あ 、 ちょうど 良かった 」

と 、 夕 里子 を 見て ホッと した ように 言った の は 、 夕 里子 も 前 に 他の 事件 で 会った こと の ある 三崎 刑事 だった 。

国 友 は 、 具合 でも 悪い の か 、 半ば 意識 が ない 様子 で 、 三崎 に 支え られて 、 やっと 立って いる 。

「 国 友 さん !

どうした の ? と 、 夕 里子 が 駆け寄る 。

「 いや 、 急に 気絶 しち まったん だ 」

と 、 三崎 が 言った 。

「 それ に 、 何だか うわごと を 言ったり な 。 ── 過労 かも しれ ん 。 ともかく 、 す まんが ちょっと こいつ を 休ま せて くれ ん か 」

「 ええ 、 もちろん !

── じゃ 、 ともかく 部屋 へ 」

夕 里子 は エレベーター の 方 へ 飛んで 行く 。

「 お 姉ちゃん たら ……」

珠美 が ため息 を ついた 。

── 無理 も ない 。 夕 里子 は 、 持って いた 荷物 、 全部 放り 出して 行った のである 。

── ま 、 綾子 と 珠美 が 四苦八苦 して 荷物 を 運んだ 苦労 話 は 、 ここ で は 省略 する こと に して ( 二 人 に は 悪い が )、 ともかく 十五 分 ほど 後 に は 、 国 友 は 佐々 本家 の 居間 の ソファ で 引っくり返って おり 、 夕 里子 が せっせと 熱い お しぼり で 顔 を 拭いて やったり した かい あって か 、 ほぼ 、 まともな 状態 に 戻って いた のである 。

「── すま ない ね 、 びっくり さ せて 」

と 、 国 友 は 、 息 を ついて 言った 。

「 本当 よ 。

びっくり しちゃ った 」

と 、 夕 里子 は 、 笑顔 で 言った 。

「 三崎 さん 、 ゆっくり 休め と 言って た わ 。 今夜 、 ここ に 泊って 行けば ? 「 いや ……。

殺人 事件 の 捜査 だ 。 のんびり 寝ちゃ い られ ない よ 」

と は 言い ながら 、 まだ 起き上る 気 に は なれ ない 様子 。

「 今 、 お 姉さん が スープ を 作って る わ 。

お腹 も 空いて た んじゃ ない の ? 「 おい 、 欠 食 児童 みたいな こと 言わ ないで くれ よ 」

と 、 国 友 が 苦笑 する 。

「 あ 、 笑った 。

── うん 、 その 元気 なら 大丈夫だ 」

と 、 夕 里子 は 言って 、「 そのまま 寝て て ね 、 スープ できたら 、 持って 来る 」

「 悪い ね 、 世話 かけて ……」

「 変な 遠慮 し ないで よ 」

と 、 夕 里子 は 台所 へ と 立って 行った 。

「── どう 、 国 友 さん ?

と 、 綾子 が 、 小さな 鍋 で 、 スープ を あたため ながら 言った 。

「 うん 。

もう 大分 いい みたい 。 少し 青い 顔 して る けど 、 寒い せい も ある んでしょ 」

「── お 姉ちゃん 」

と 、 珠美 が そば に 来て 、 夕 里子 を つつく 。

「 何 よ ?

「 聞いた ?

三崎 さん が 言って た こと 」

「 ああ 。

── 聞いた わ よ 。 それ が どうした の ? と 、 夕 里子 は そっけなく 言った 。

「 死体 が 目 を 開いて ニッコリ 笑った 、 って 言って る ん だって 、 国 友 さん 。

── 凄かった ん だって よ 、 大声 上げて 引っくり返って 、 口 から 泡 ふいて ──」

「 オーバー ねえ 」

「 幻覚 じゃ ない の ?

と 、 綾子 が 言った 。

「 きっと 働き 過ぎて くたびれて た の よ 」

「 そう か なあ 」

と 、 珠美 が 腕組み を する 。

「 じゃ 、 あんた 、 何 だって いう の ?

と 、 夕 里子 が 訊 く と 、

「 うん ……。

まあ 、 色々 考え られる けど さ 、 や っ ぱ 、 死体 が お メメパッチリ 、 ニッコリ 笑って コンニチハ 、 なんて こと 、 考え られ ない じゃ ない 」

「 でも ね 」

と 、 綾子 が 、 のんびり と 言った 。

「 この 世の中 に は 、 人間 に は 分 ら ない 、 不思議な こと って ある もん な の よ ……」

「 どうでも いい わ よ 」

と 、 夕 里子 が ため息 を ついて 、「 ともかく 、 珠美 、 お 風呂 に 入って 寝たら ?

「 まだ こんなに 早い のに ?

休み に なった ばっかりで 」

「 じゃ 、 起きて れば ?

ともかく ──」

「 は いはい 。

国 友 さん と お 姉ちゃん の 邪魔 は いたし ませ ん 、 と 」

「 何 言って ん の 」

と 、 夕 里子 が にらむ と 、 珠美 は 、 ちょっと 舌 を 出して 、 口笛 など 吹き ながら 台所 を 出て 行った 。

「── 夕 里子 、 スープ できた わ よ 」

と 、 綾子 が スープ 皿 へ あけ ながら 言った 。

「 サンキュー 。

さすが お 姉ちゃん 」

「 缶詰 の スープ 、 あっ ためる ぐらい の こと 、 私 だって できる わ よ 」

と 、 綾子 は 、 心外 と いう 様子 で 言った 。

「 スプーン を 出して 、 と ……」

夕 里子 が 、 スープ 皿 を 手 に 、 居間 の 方 へ と 行き かける と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。

「 あら 、 誰 かしら ?

と 、 綾子 が 言った 。

「 私 、 出る わ 」

夕 里子 は 、 スープ 皿 を 綾子 へ 渡して 、「 これ 、 国 友 さん に 持って って 」

「 うん ……」

夕 里子 は インタホン の ボタン を 押した 。

何しろ 、 綾子 は 、 人 を 疑う と いう こと を 、 まるで 知ら ない 人 だ 。

こんな 時間 に 誰 が 来よう と 、 すぐ ドア を 開けて しまう 可能 性 が ある 。

「 どなた です か ?

と 、 夕 里子 が インタホン に 呼びかける 声 を 聞き ながら 、 綾子 は 居間 の 中 へ と 、 スープ 皿 を 手 に 入って 行った 。

国 友 は ── 部屋 が ポカポカ あったかい し 、 それ に 夕 里子 の 顔 を 見て 安心 した せい も ある の か 、 少し 眠く なって 来て いた 。

全く 、 一人前 の 刑事 が 、 十八 の 女の子 に 元気づけ られる と いう んだ から 、 情 ない 話 で は ある が ……。

しかし 、 本当に あれ は ショック だった のだ 。

分 ら ない 。

── 一体 何 だった のだろう ?

本当に 、 国 友 は 、 あの 殺さ れた 娘 が 目 を 開き 、 ニコッ と 笑う の を 見た ── と 思った のである 。

もちろん ── そんな こと が ある わけ は ない !

そんな 馬鹿な !

やっぱり 疲れて る の か な 。

若い 若い と は いって も 、 無理 を すれば ガタ が 来る の は 当り前だ ……。

三崎 さん の 言う 通り 、 少し 休んだ 方 が いい の かも しれ ない 。

考えて みりゃ 、 のんびり 旅行 なんて した の は いつ の こと だったろう ?

そう だ なあ 。

夕 里子 君 と 二 人 で 旅行 ── なんて の も 、 悪く ない ……。

そりゃ 、 年齢 は 少々 離れて いる が 、 夕 里子 は 、 年齢 の 割に しっかり した 子 だ 。

大学 を 出る まで 待って も いい 。 ただ ── それ まで こうして 、 何だか 物騒な 事件 の とき に ばかり 会って る と いう の は ……。

そうだ 。

大学 へ 行けば 、 もっと 若くて ( 当然 夕 里子 と 同い年 の ) カッコ イイ 男の子 だって いる だろう 。 ── 短大 へ 行く の か な ? それ なら 女の子 ばっかり で 、 心配 ない 。

でも 、 ボーイフレンド の 一 人 や 二 人 、 でき ない わけ が ない 。

ここ は やはり 、「 恋人 」 である こと を 、 何 か の 形 で 宣言 して おか ない と ──。

半ば 、 まどろみ ながら 、 そんな こと を 考えて いる と 、 ふと 、 スープ の 匂い が した 。

夕 里子 が スープ を 持って 来て くれた のだ 。

そう 思う と 、 国 友 の 胸 が ジン と 熱く なった 。

── 何と 可愛い 、 優しい 子 な んだ !

いつ に なく 、 国 友 は 感じ やすく なって いた の かも しれ ない 。

「 国 友 さん ……」

そっと 囁く 声 。

── そうだ ! 俺 の 恋人 は この 子 しか い ない !

誰 に も 渡して なる もんか !

国 友 は 、 夕 里子 の 顔 が 間近に 迫って 、 その 吐息 が かかる の を 感じた 。

国 友 は 、 とっさに 、 頭 を 上げる と 、 両手 で 夕 里子 を かき 抱き 、 ギュッと 唇 を 押しつけた 。

夕 里子 は 、 ちょっと 体 を 固く した が 、 逆らう でも なく 、 じっと キス さ れる まま に なって 動か ない ……。

熱い 熱い キス が 続いて ──

「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん が ──」

と 、 夕 里子 の 声 が した 。

夕 里子 の 声 ?

国 友 は 、 そっと 、 キス した 相手 から 離れた 。

「── 綾子 君 」

綾子 が 、 ポカン と した 顔 で 、 国 友 を 見つめて いる 。

「 国 友 さん ……」

「 すま ない !

僕 は てっきり ──」

「 いえ 、 いい んです 」

と 、 綾子 は 首 を 振って 、「 ね 、 夕 里子 」

と 夕 里子 の 方 を 見る と ……。

夕 里子 は 、 顔 を 破裂 し そうな ほど 真 赤 に して 、 じっと 国 友 を にらみ つけて いる 。

「 夕 里子 君 ……」

国 友 の 方 は 、 夕 里子 が 赤く なった 分 、 青く なった 。

「 ね 、 これ は 誤解 な んだ 。 僕 は うっかり して ──」

「 相手 も 確かめ ず に キス する の ね 。

そういう 人 な の ね 。 分 った わ 」

「 夕 里子 ── いい じゃ ない の 、 私 と 間違えた だけ で ──」

「 悪かった !

国 友 が 拝む ように して 、「 殴る なり 、 蹴る なり 、 好きに して くれ !

「 じゃ 、 好きな ように する わ 」

夕 里子 は 、 台所 へ 飛び 込む と 、 包丁 を 手 に 戻って 来た 。

「 夕 里子 、 あんた 何 を ──」

「 放っといて !

夕 里子 は 包丁 を 構えて 国 友 へ と 大股 に 歩み寄る と 、「 お 姉ちゃん に キス した 責任 は どう する の !

と 、 詰め寄った 。

「 いや 、 だから 僕 は ──」

国 友 が あわてて 後 ず さる 。

「 お 姉ちゃん は 純情な んだ から ね !

間違って キス した なんて 、 そんな ひどい こと 、 許さ れる と 思って る の ? 「 夕 里子 ったら ……」

「 お 姉ちゃん は 黙って て !

夕 里子 は 包丁 を ぐ いと 国 友 の 胸 もと へ 突きつけた 。

「 夕 里子 君 !

「 今度 、 こんな こと を したら 、 生かしちゃ おか ない から !

「 わ 、 分 った ……」

「 よく 分 った ?

夕 里子 は サッと 包丁 を 下げる と 、「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん よ 」

「 え ?

「 お 客 。

── 私 、 ご 案内 する から 、 お 茶 いれて 」

夕 里子 は サッサ と 玄関 の 方 へ 歩いて 行く 。

「 夕 里子 ったら ……」

綾子 が ポカン と して いる と 、 また 夕 里子 が 現われて 、 パッと 包丁 を 差し出す 。

「 キャーッ !

綾子 は 飛び上った 。

「 何 して ん の 。

これ 、 しま っと いて 」

「 あ ── は いはい 」

「 お 茶 よ 」

夕 里子 は 、 玄関 へ と 出て 行った 。

「 石垣 と 申し ます 」

と 、 その 婦人 は 言った 。

「 石垣 園子 」

「 どうも 」

と 、 夕 里子 は 頭 を 下げた 。

「 ちょうど 、 今日 、 こちら の 方 に 用事 が ございまして ね 、 東京 へ 出た もの です から 、 とても 無理 と は 思って いた のです が 、 沼 淵 先生 に お 電話 して みた のです 。

そう し ましたら 、 偶然 、 今日 、 引き受けて 下さる 方 が 見付かった と いう お 話 で ……。 で 、 突然で 失礼 と は 存じ ました が 、 こうして うかがった わけです 」

「 そう です か 」

夕 里子 は 、 誤解 さ れ ない 内 に 、 と 、「 あの ── これ が 姉 の 綾子 です 。

私 は 次女 の 夕 里子 、 もう 一 人 は 下 に おり ます けど 」

「 沼 淵 先生 から うかがい ました わ 。

あなた が マネージャー だ と か 」

「 マネージャー ?

芸能 人 じゃ ある ま いし 。

夕 里子 は 、 しかし あの 沼 淵 と いう 教授 、 なかなか ユーモア の センス が ある わ 、 など と 考えて いた 。

「 ご 姉妹 三 人 で おい で に なる と の こと でした けど ──」

「 でも 、 そんな 図 々 しい こと を ……」

「 いえ 、 一向に 構い ませ ん の 。

私 ども 、 親子 三 人 で 、 そりゃ あ 退屈 して おり ます もの 。 ぜひ 大勢 で おい で 下さい な 。 一流 ホテル 並み と は いきま せ ん けれど 、 主人 は なかなか 料理 の 腕 も 確かな んです よ 」

「 じゃ 、 遠慮 なく ──」

と 、 珠美 が いつの間に やら 、 居間 へ 入って 来て 、 話 に 加わる 。

夕 里子 は 、 ちょっと 珠美 を にらんで やった 。

しかし ── 正直な ところ 、 夕 里子 は ホッ と して いた のである 。

もちろん 、 さっき の 、 国 友 が 綾子 に キス した 一 件 で は 、 まだ 頭 に 来て いた のだ が 、 それ は さておき 、 石垣 と いう 一家 、 そんな 山 の 中 に 住んで る なんて 、 少々 変り 者 揃い な のじゃ ない かしら 、 と 思って いた 。

しかし 、 こうして 突然 やって 来た 母親 、 石垣 園子 は 、 多少 神経質 そうに は 見える もの の 、 至って 穏やかな 、 知的な ムード の ある 上品な 婦人 だった 。

ただ 、 十三 歳 の 子供 が いる と いう 割に は 、 少し 老けて いて 、 たぶん ── 四十五 、 六 だろう と 思えた 。

それだけに 、 落ちつき が ある の も 確かだった が 。

「 あの ……」

さすが に 、 仕事 を 頼ま れて いる の は 自分 だ と いう 思い の せい か 、 綾子 も 口 を 開いて 、「 お 子 さん の お 名前 は ……」

「 石垣 秀 哉 と 申し ます 」

「 秀 哉 君 …… です か 」

「 どうか よろしく 」

と 、 石垣 園子 に 頭 を 下げ られ 、 綾子 は あわてて 、

「 は 、 はい !

と 、 床 に ぶつ か っ ち まう んじゃ ない か と いう 勢い で 頭 を 下げた 。

「 それ で ── いつ から おい で いただけ ます かしら ?

と 、 石垣 園子 が 訊 く と 、 すかさず 、

「 そりゃ もう いつ から でも 。

何 でしたら 、 今日 から でも ──」

と 、 珠美 が 応じる 。

「 まあ 、 それ でしたら 、 好都合だ わ 」

と 、 石垣 園子 は 微笑んで 、「 私 、 今夜 、 車 で 山荘 へ 戻り ます の 。

じゃ 、 それ に お 乗り に なって いただければ ──」

「 今夜 です か ?

夕 里子 は 面食らった 。

「 でも ── 何の 仕度 も ──」

「 あら 、 一応 、 うち は 小さい ながら ホテル です もの 。

何の お 仕度 も 必要 あり ませ ん わ 。 着替え だけ お 持ち くだされば 」

と は 言わ れて も ……。

「 どう する ?

夕 里子 は 、 綾子 を 見た 。

「 私 ── どっち でも 」

訊 いた 方 が 間違い だった 。

夕 里子 は 突然の こと に びっくり は した が 、 と いって 、 今夜 と 明日 で 、 どう 違う と いう こと も ない 。 今夜 で いけない と いう 理由 は 、 特に 見出せ なかった ……。

「── 失礼 」

と 、 居間 へ 国 友 が 顔 を 出した 。

「 あの ── 僕 は もう 失礼 する よ 」

「 あら 、 国 友 さん も 行く んじゃ なかった の ?

と 、 珠美 が 言った 。

「 あり がたい けど ね 、 仕事 が ある 」

台所 へ 追いやら れて いた 国 友 は 、 大分 ショック から 立ち直った 様子 だった 。

「 あ 、 そう 」

と 、 夕 里子 は 澄まして 、「 お 姉さん 、 送って 行けば ?

「 夕 里子 ったら ──」

そこ へ 電話 が 鳴り 出し 、 立って いた 国 友 が 、 受話器 を 取った 。

「 はい 。

── あ 、 三崎 さん 。 ── ご 心配 かけて すみません 。 もう 大丈夫です 。 ── ええ 、 今 から 、 そっち へ 戻って ── は あ ? 国 友 が 目 を 丸く して いる 。

「 しかし ── こんな とき に ? ── は あ 、 それ は よく 分 って ます が 。 ── ええ 、 まあ 。 ── よく 分 り ました 。 ── いえ 、 ありがとう ございます 」

終り の 方 に なる に つれ 、 徐々に デクレッシェンド して 行った 。

「 どうした の 、 国 友 さん ?

と 、 夕 里子 が 言った 。

「 うん 、 三崎 さん が ……」

「 クビ だって ?

「 珠美 !

「 いや 、 休み を 取れ 、 と 言う んだ 。

年 内 は 休養 する ように 、 と ……」

「 へえ 、 良かった じゃ ん 」

と 、 珠美 は 呑気 に 言った 。

「 何で ガッカリ して る わけ ? 「 いや …… ホッと した ような ガックリ 来た ような 、 妙な 気分 さ 」

「 じゃ 、 一緒に 行けば ?

珠美 は 、 石垣 園子 の 方 へ 向いて 、「 この 人 、 お 姉ちゃん の 恋人 な んです 。

顔 は ともかく 人 は いい んです 」

「 珠美 !

何 よ 、 その 言い 方 」

「 正直な 感想 よ 」

石垣 園子 は 、 笑い声 を 上げて 、

「 ああ 、 本当に 面白い ご 姉妹 ね !

声 を 出して 笑った なんて 、 久しぶりだ わ 」

と 言った 。

「 そちら の 国 ── 友 さん でした ? ぜひ ご 一緒に 」

「 は 、 しかし ──」

「 車 の 運転 、 私 一 人 で は 、 少し 心細かった んです の 。

もし お 手伝い いただける と 、 とても 助かり ます わ 」

国 友 は 、 少し 迷って いた が 、

「── 分 り ました 。

僕 でも 力 仕事 ぐらい は お 役 に 立てる でしょう 」

と 、 思い切った ように 言った 。

「 決 った !

じゃ 、 全員 十五 分 以内 に 仕度 ! 珠美 は 真 先 に 居間 から 飛び出して 行く 。

「 じゃ 、 私 たち も 失礼 して 。

── お 姉さん 、 手伝って あげる 」

夕 里子 は 綾子 を 促した 。

何しろ 、 綾子 一 人 に やら せて おいたら 、 十五 分 どころ か 、 十五 時間 かかって も 、 仕度 なんて 終り っこ ない のだ 。

三 姉妹 が 居間 を 出て 行き 、 国 友 と 石垣 園子 が 残さ れた 。

「── すみません 、 図 々 しく 」

と 、 国 友 が 恐縮 する 。

「 いいえ 。

でも 、 とても 魅力 の ある 方 たち です ね 」

「 ええ 、 全く 、 珍しい です よ 。

つまり ── 何と 言う か 、 個性 的で 」

「 羨 し いわ 、 お 若い って いう こと は 」

と 、 石垣 園子 は 、 ため息 を ついて 、「 国 友 さん も 、 とても お 若くて いらっしゃる の ね 」

「 いえ 、 それほど でも ……」

と 、 国 友 は 照れて 赤く なった 。

「 とても お 似合い だ と 思い ます わ 、 国 友 さん と 、 あの 夕 里子 さん と いう 方 ……」

「 は あ 」

「 年齢 の 違い なんて 、 長い 目 で 見れば 、 ほんの 小さな こと で しか あり ませ ん わ 。

本当に ……」

石垣 園子 は 、 ほとんど 独り言 の ように 呟いた 。

「 おい 、 何 だ 、 一体 」

三崎 は 渋い 顔 で 、「 もう 帰って 寝よう と 思って た んだ ぞ 」

「 分 って る よ 」

検死 官 は 、 先 に 立って 歩いて 行く 。

「 しかし 、 見せて おき たくて な 」

「 何 を ?

「 さっき の 女の子 さ 」

「 もう 見た よ 。

それとも 国 友 みたいに 、 また 、 目 を 開いた と でも 言う の か ? 「 いや 、 そう じゃ ない 」

検死 官 は 、 冗談 を 言う 雰囲気 で は ない ようだった 。

重い 扉 を 開ける 。

── 冷たい 台 の 上 に 、 あの 娘 が 、 横たえ られて いた 。 首 まで 、 布 で 覆わ れて いる 。

「── こういう ところ で 見る と 、 別もの の ようだ な 」

と 、 三崎 は 言った 。

「 国 友 君 は 大丈夫だった か ?

「 うん 。

休み を 取ら せた 」

「 それ が いい 。

── 若い から って 、 無理 を しちゃ いか ん 」

検死 官 は 布 を ゆっくり と まくった 。

── 今 は 、 全裸 で 横たわって いる 。 三崎 は サッと 眺めて 、

「 変わった ところ は ない ような 気 が する ね 」

「 背中 を 見てくれ 」

検死 官 が 死体 を 抱き 起こす ように した 。

三崎 は 、 娘 の 背中 を 覗き 込んで ハッと 息 を のんだ 。

三崎 が 青ざめた のだ 。 珍しい こと だった 。

「 これ は ……」

娘 の 、 青白い 背中 に 、 何 十 も の 筋 が 走って いた 。

「 鞭 で 打た れた んだろう な 。

── むごい こと を する 」

死体 を 元通りに して 、 検死 官 は 布 で 覆った 。

「── どう だ ?

「 うん 」

三崎 は 言葉 が ない 様子 だった 。

「 わけ が 分 らん な 」

「 それ は 犯人 から 聞く 」

三崎 の 声 は 少し 震えて いた 。

「 この 俺 が 、 聞き 出して やる ! ── それ きり 、 二 人 は 口 を きか ず に 、 その 部屋 を 出た 。

足音 が 、 冷たい 廊下 に 響く 。

「── 国 友 が 見たら 、 さぞ ショック だったろう な 」

と 、 三崎 が 言った 。

「 見 なくて 良かった かも しれ ん 」

「 そう だ な 。

しかし ──」

と 言い かけて 、 三崎 は 足 を 止め 、 振り向いた 。

「 どうした ?

「 いや ── 何だか 、 笑い声 が した ような 気 が した んだ 」

「 あそこ から か ?

三崎 は 首 を 振って 、

「 気のせい だ な 」

と 言って 、 また 歩き 出した 。

二 人 の 足音 だけ が 、 響いて いる ……。


三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 03 みっ|しまい|たんてい|だん|chapter

3  嘆き の 恋人 たち なげき||こいびと| 3 amants déplorés

「 あら 、 パトカー 」 |ぱとかー "Oh, voiture de police"

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった Dit Reiko.

「 本当だ 。 ほんとうだ

── 何 か あった の か なあ 」 なん||||| Something っ た Quelque chose est arrivé?

珠美 は 、 たちまち 野次馬 根性 を 発揮 して いる 。 たまみ|||やじうま|こんじょう||はっき||

もちろん 夕 里子 の 方 だって 、 好奇心 で は 負け ない が 、 パトカー が 夜 、 自分 たち の 住んで いる マンション の 前 に 停 って いる 、 と なる と 、 ただ 面白 がって は い られ ない のである 。 |ゆう|さとご||かた||こうきしん|||まけ|||ぱとかー||よ|じぶん|||すんで||まんしょん||ぜん||てい|||||||おもしろ|||||| Of course even Riko Yuriko can not beat it with curiosity, but when a police car is parked in front of an apartment where he lives at night, he can not just be funny.

三 人 、 ホテル で の 夕食 を 済ませて 、 帰って 来た ところ だった 。 みっ|じん|ほてる|||ゆうしょく||すませて|かえって|きた||

タクシー の 中 で は 、 専ら 例 の 「 家庭 教師 」 の 話 ばかり 。 たくしー||なか|||もっぱら|れい||かてい|きょうし||はなし|

夕 里子 が 、 ゆう|さとご|

「 何だか 話 が うま すぎて 心配 」 なんだか|はなし||||しんぱい

と 言えば 、 珠美 が 、 |いえば|たまみ|

「 考え 過ぎ よ ! かんがえ|すぎ|

世の中 に ゃ 、 金持ち って の が いる もん な んだ から 」 よのなか|||かねもち||||||||

と 、 自分 は 金持ち で は ない くせ に 、 知ったかぶり 。 |じぶん||かねもち||||||しったかぶり Even though I wasn't rich, I knew it.

一 人 、 綾子 だけ が 、 ひと|じん|あやこ||

「 私 に 家庭 教師 なんて 、 つとまる かしら 」 わたくし||かてい|きょうし|||

と 、 真剣に 悩んで いた のである 。 |しんけんに|なやんで||

「── でも 、 事件 じゃ ない みたい 」 |じけん|||

と 、 夕 里子 は 、 タクシー が 停 る と 、 両手 に 荷物 を 下げて 、 外 へ 出た 。 |ゆう|さとご||たくしー||てい|||りょうて||にもつ||さげて|がい||でた

「── あれ ? パトカー から 、 誰 か が 降りて 来る 。 ぱとかー||だれ|||おりて|くる

いや 、 二 人 だ 。 |ふた|じん| 何だか 、 一 人 が もう 一 人 の 男 を 、 かかえ 上げる ように して ……。 なんだか|ひと|じん|||ひと|じん||おとこ|||あげる||

「 国 友 さん ! くに|とも|

夕 里子 は 、 思わず 叫んだ 。 ゆう|さとご||おもわず|さけんだ

「 や あ 、 ちょうど 良かった 」 |||よかった

と 、 夕 里子 を 見て ホッと した ように 言った の は 、 夕 里子 も 前 に 他の 事件 で 会った こと の ある 三崎 刑事 だった 。 |ゆう|さとご||みて|ほっと|||いった|||ゆう|さとご||ぜん||たの|じけん||あった||||みさき|けいじ| It was the detective Misaki that Yurika had met in other cases before that she was relieved to see Yurika.

国 友 は 、 具合 でも 悪い の か 、 半ば 意識 が ない 様子 で 、 三崎 に 支え られて 、 やっと 立って いる 。 くに|とも||ぐあい||わるい|||なかば|いしき|||ようす||みさき||ささえ|||たって|

「 国 友 さん ! くに|とも|

どうした の ? と 、 夕 里子 が 駆け寄る 。 |ゆう|さとご||かけよる

「 いや 、 急に 気絶 しち まったん だ 」 |きゅうに|きぜつ|||

と 、 三崎 が 言った 。 |みさき||いった

「 それ に 、 何だか うわごと を 言ったり な 。 ||なんだか|||いったり| ── 過労 かも しれ ん 。 かろう||| ともかく 、 す まんが ちょっと こいつ を 休ま せて くれ ん か 」 ||||||やすま||||

「 ええ 、 もちろん !

── じゃ 、 ともかく 部屋 へ 」 ||へや|

夕 里子 は エレベーター の 方 へ 飛んで 行く 。 ゆう|さとご||えれべーたー||かた||とんで|いく

「 お 姉ちゃん たら ……」 |ねえちゃん|

珠美 が ため息 を ついた 。 たまみ||ためいき||

── 無理 も ない 。 むり|| 夕 里子 は 、 持って いた 荷物 、 全部 放り 出して 行った のである 。 ゆう|さとご||もって||にもつ|ぜんぶ|はな り|だして|おこなった|

── ま 、 綾子 と 珠美 が 四苦八苦 して 荷物 を 運んだ 苦労 話 は 、 ここ で は 省略 する こと に して ( 二 人 に は 悪い が )、 ともかく 十五 分 ほど 後 に は 、 国 友 は 佐々 本家 の 居間 の ソファ で 引っくり返って おり 、 夕 里子 が せっせと 熱い お しぼり で 顔 を 拭いて やったり した かい あって か 、 ほぼ 、 まともな 状態 に 戻って いた のである 。 |あやこ||たまみ||しくはっく||にもつ||はこんだ|くろう|はなし|||||しょうりゃく|||||ふた|じん|||わるい|||じゅうご|ぶん||あと|||くに|とも||ささ|ほんけ||いま||||ひっくりかえって||ゆう|さとご|||あつい||||かお||ふいて||||||||じょうたい||もどって||

「── すま ない ね 、 びっくり さ せて 」

と 、 国 友 は 、 息 を ついて 言った 。 |くに|とも||いき|||いった

「 本当 よ 。 ほんとう|

びっくり しちゃ った 」

と 、 夕 里子 は 、 笑顔 で 言った 。 |ゆう|さとご||えがお||いった

「 三崎 さん 、 ゆっくり 休め と 言って た わ 。 みさき|||やすめ||いって|| 今夜 、 ここ に 泊って 行けば ? こんや|||とまって|いけば 「 いや ……。

殺人 事件 の 捜査 だ 。 さつじん|じけん||そうさ| のんびり 寝ちゃ い られ ない よ 」 |ねちゃ||||

と は 言い ながら 、 まだ 起き上る 気 に は なれ ない 様子 。 ||いい|||おきあがる|き|||||ようす Having said that, it looks like she still can't get up.

「 今 、 お 姉さん が スープ を 作って る わ 。 いま||ねえさん||すーぷ||つくって||

お腹 も 空いて た んじゃ ない の ? おなか||あいて|||| 「 おい 、 欠 食 児童 みたいな こと 言わ ないで くれ よ 」 |けつ|しょく|じどう|||いわ|||

と 、 国 友 が 苦笑 する 。 |くに|とも||くしょう|

「 あ 、 笑った 。 |わらった

── うん 、 その 元気 なら 大丈夫だ 」 ||げんき||だいじょうぶだ

と 、 夕 里子 は 言って 、「 そのまま 寝て て ね 、 スープ できたら 、 持って 来る 」 |ゆう|さとご||いって||ねて|||すーぷ||もって|くる

「 悪い ね 、 世話 かけて ……」 わるい||せわ|

「 変な 遠慮 し ないで よ 」 へんな|えんりょ|||

と 、 夕 里子 は 台所 へ と 立って 行った 。 |ゆう|さとご||だいどころ|||たって|おこなった

「── どう 、 国 友 さん ? |くに|とも|

と 、 綾子 が 、 小さな 鍋 で 、 スープ を あたため ながら 言った 。 |あやこ||ちいさな|なべ||すーぷ||||いった

「 うん 。

もう 大分 いい みたい 。 |だいぶ|| 少し 青い 顔 して る けど 、 寒い せい も ある んでしょ 」 すこし|あおい|かお||||さむい|||| I have a slight blue face, but it's cold, is not it? "

「── お 姉ちゃん 」 |ねえちゃん

と 、 珠美 が そば に 来て 、 夕 里子 を つつく 。 |たまみ||||きて|ゆう|さとご||

「 何 よ ? なん|

「 聞いた ? きいた

三崎 さん が 言って た こと 」 みさき|||いって||

「 ああ 。

── 聞いた わ よ 。 きいた|| それ が どうした の ? と 、 夕 里子 は そっけなく 言った 。 |ゆう|さとご|||いった

「 死体 が 目 を 開いて ニッコリ 笑った 、 って 言って る ん だって 、 国 友 さん 。 したい||め||あいて|にっこり|わらった||いって||||くに|とも|

── 凄かった ん だって よ 、 大声 上げて 引っくり返って 、 口 から 泡 ふいて ──」 すごかった||||おおごえ|あげて|ひっくりかえって|くち||あわ|

「 オーバー ねえ 」 おーばー|

「 幻覚 じゃ ない の ? げんかく|||

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった

「 きっと 働き 過ぎて くたびれて た の よ 」 |はたらき|すぎて||||

「 そう か なあ 」

と 、 珠美 が 腕組み を する 。 |たまみ||うでぐみ||

「 じゃ 、 あんた 、 何 だって いう の ? ||なん|||

と 、 夕 里子 が 訊 く と 、 |ゆう|さとご||じん||

「 うん ……。

まあ 、 色々 考え られる けど さ 、 や っ ぱ 、 死体 が お メメパッチリ 、 ニッコリ 笑って コンニチハ 、 なんて こと 、 考え られ ない じゃ ない 」 |いろいろ|かんがえ|||||||したい||||にっこり|わらって||||かんがえ|||| Well, I can think of various things, but I can not imagine what the dead body is patronizing, smiling and smiling, Konnichiha. "

「 でも ね 」

と 、 綾子 が 、 のんびり と 言った 。 |あやこ||||いった

「 この 世の中 に は 、 人間 に は 分 ら ない 、 不思議な こと って ある もん な の よ ……」 |よのなか|||にんげん|||ぶん|||ふしぎな|||||||

「 どうでも いい わ よ 」

と 、 夕 里子 が ため息 を ついて 、「 ともかく 、 珠美 、 お 風呂 に 入って 寝たら ? |ゆう|さとご||ためいき||||たまみ||ふろ||はいって|ねたら

「 まだ こんなに 早い のに ? ||はやい|

休み に なった ばっかりで 」 やすみ|||

「 じゃ 、 起きて れば ? |おきて|

ともかく ──」

「 は いはい 。

国 友 さん と お 姉ちゃん の 邪魔 は いたし ませ ん 、 と 」 くに|とも||||ねえちゃん||じゃま|||||

「 何 言って ん の 」 なん|いって||

と 、 夕 里子 が にらむ と 、 珠美 は 、 ちょっと 舌 を 出して 、 口笛 など 吹き ながら 台所 を 出て 行った 。 |ゆう|さとご||||たまみ|||した||だして|くちぶえ||ふき||だいどころ||でて|おこなった

「── 夕 里子 、 スープ できた わ よ 」 ゆう|さとご|すーぷ|||

と 、 綾子 が スープ 皿 へ あけ ながら 言った 。 |あやこ||すーぷ|さら||||いった

「 サンキュー 。 さんきゅー

さすが お 姉ちゃん 」 ||ねえちゃん

「 缶詰 の スープ 、 あっ ためる ぐらい の こと 、 私 だって できる わ よ 」 かんづめ||すーぷ||||||わたくし||||

と 、 綾子 は 、 心外 と いう 様子 で 言った 。 |あやこ||しんがい|||ようす||いった

「 スプーン を 出して 、 と ……」 すぷーん||だして|

夕 里子 が 、 スープ 皿 を 手 に 、 居間 の 方 へ と 行き かける と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。 ゆう|さとご||すーぷ|さら||て||いま||かた|||いき|||げんかん||ちゃいむ||なった

「 あら 、 誰 かしら ? |だれ|

と 、 綾子 が 言った 。 |あやこ||いった

「 私 、 出る わ 」 わたくし|でる|

夕 里子 は 、 スープ 皿 を 綾子 へ 渡して 、「 これ 、 国 友 さん に 持って って 」 ゆう|さとご||すーぷ|さら||あやこ||わたして||くに|とも|||もって|

「 うん ……」

夕 里子 は インタホン の ボタン を 押した 。 ゆう|さとご||||ぼたん||おした

何しろ 、 綾子 は 、 人 を 疑う と いう こと を 、 まるで 知ら ない 人 だ 。 なにしろ|あやこ||じん||うたがう||||||しら||じん|

こんな 時間 に 誰 が 来よう と 、 すぐ ドア を 開けて しまう 可能 性 が ある 。 |じかん||だれ||こよう|||どあ||あけて||かのう|せい||

「 どなた です か ?

と 、 夕 里子 が インタホン に 呼びかける 声 を 聞き ながら 、 綾子 は 居間 の 中 へ と 、 スープ 皿 を 手 に 入って 行った 。 |ゆう|さとご||||よびかける|こえ||きき||あやこ||いま||なか|||すーぷ|さら||て||はいって|おこなった

国 友 は ── 部屋 が ポカポカ あったかい し 、 それ に 夕 里子 の 顔 を 見て 安心 した せい も ある の か 、 少し 眠く なって 来て いた 。 くに|とも||へや||ぽかぽか|||||ゆう|さとご||かお||みて|あんしん|||||||すこし|ねむく||きて| Family friends ─ ─ The room was hot and warm, and it seemed a little sleepy whether there were also reasons for having to worry about seeing the face of Yuriko evening.

全く 、 一人前 の 刑事 が 、 十八 の 女の子 に 元気づけ られる と いう んだ から 、 情 ない 話 で は ある が ……。 まったく|いちにんまえ||けいじ||じゅうはち||おんなのこ||げんきづけ||||||じょう||はなし||||

しかし 、 本当に あれ は ショック だった のだ 。 |ほんとうに|||しょっく||

分 ら ない 。 ぶん||

── 一体 何 だった のだろう ? いったい|なん||

本当に 、 国 友 は 、 あの 殺さ れた 娘 が 目 を 開き 、 ニコッ と 笑う の を 見た ── と 思った のである 。 ほんとうに|くに|とも|||ころさ||むすめ||め||あき|||わらう|||みた||おもった|

もちろん ── そんな こと が ある わけ は ない !

そんな 馬鹿な ! |ばかな

やっぱり 疲れて る の か な 。 |つかれて||||

若い 若い と は いって も 、 無理 を すれば ガタ が 来る の は 当り前だ ……。 わかい|わかい|||||むり|||||くる|||あたりまえだ

三崎 さん の 言う 通り 、 少し 休んだ 方 が いい の かも しれ ない 。 みさき|||いう|とおり|すこし|やすんだ|かた||||||

考えて みりゃ 、 のんびり 旅行 なんて した の は いつ の こと だったろう ? かんがえて|||りょこう||||||||

そう だ なあ 。

夕 里子 君 と 二 人 で 旅行 ── なんて の も 、 悪く ない ……。 ゆう|さとご|きみ||ふた|じん||りょこう||||わるく|

そりゃ 、 年齢 は 少々 離れて いる が 、 夕 里子 は 、 年齢 の 割に しっかり した 子 だ 。 |ねんれい||しょうしょう|はなれて|||ゆう|さとご||ねんれい||わりに|||こ|

大学 を 出る まで 待って も いい 。 だいがく||でる||まって|| ただ ── それ まで こうして 、 何だか 物騒な 事件 の とき に ばかり 会って る と いう の は ……。 ||||なんだか|ぶっそうな|じけん|||||あって|||||

そうだ 。 そう だ

大学 へ 行けば 、 もっと 若くて ( 当然 夕 里子 と 同い年 の ) カッコ イイ 男の子 だって いる だろう 。 だいがく||いけば||わかくて|とうぜん|ゆう|さとご||おないどし||かっこ||おとこのこ||| ── 短大 へ 行く の か な ? たんだい||いく||| それ なら 女の子 ばっかり で 、 心配 ない 。 ||おんなのこ|||しんぱい|

でも 、 ボーイフレンド の 一 人 や 二 人 、 でき ない わけ が ない 。 |ぼーいふれんど||ひと|じん||ふた|じん||||| But one or two boyfriends, there is no way they can not do it.

ここ は やはり 、「 恋人 」 である こと を 、 何 か の 形 で 宣言 して おか ない と ──。 |||こいびと||||なん|||かた||せんげん||||

半ば 、 まどろみ ながら 、 そんな こと を 考えて いる と 、 ふと 、 スープ の 匂い が した 。 なかば||||||かんがえて||||すーぷ||におい||

夕 里子 が スープ を 持って 来て くれた のだ 。 ゆう|さとご||すーぷ||もって|きて||

そう 思う と 、 国 友 の 胸 が ジン と 熱く なった 。 |おもう||くに|とも||むね||||あつく|

── 何と 可愛い 、 優しい 子 な んだ ! なんと|かわいい|やさしい|こ||

いつ に なく 、 国 友 は 感じ やすく なって いた の かも しれ ない 。 |||くに|とも||かんじ|||||||

「 国 友 さん ……」 くに|とも|

そっと 囁く 声 。 |ささやく|こえ

── そうだ ! そう だ 俺 の 恋人 は この 子 しか い ない ! おれ||こいびと|||こ||| My boyfriend is only this girl!

誰 に も 渡して なる もんか ! だれ|||わたして|| Give it to anyone!

国 友 は 、 夕 里子 の 顔 が 間近に 迫って 、 その 吐息 が かかる の を 感じた 。 くに|とも||ゆう|さとご||かお||まぢかに|せまって||といき|||||かんじた

国 友 は 、 とっさに 、 頭 を 上げる と 、 両手 で 夕 里子 を かき 抱き 、 ギュッと 唇 を 押しつけた 。 くに|とも|||あたま||あげる||りょうて||ゆう|さとご|||いだき|ぎゅっと|くちびる||おしつけた

夕 里子 は 、 ちょっと 体 を 固く した が 、 逆らう でも なく 、 じっと キス さ れる まま に なって 動か ない ……。 ゆう|さとご|||からだ||かたく|||さからう||||きす||||||うごか| Yuriko stiffened her body for a moment, but neither did it go against, nor did it move to stay still kissed ... ....

熱い 熱い キス が 続いて ── あつい|あつい|きす||つづいて

「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん が ──」 |ねえちゃん||きゃく||

と 、 夕 里子 の 声 が した 。 |ゆう|さとご||こえ||

夕 里子 の 声 ? ゆう|さとご||こえ

国 友 は 、 そっと 、 キス した 相手 から 離れた 。 くに|とも|||きす||あいて||はなれた

「── 綾子 君 」 あやこ|きみ

綾子 が 、 ポカン と した 顔 で 、 国 友 を 見つめて いる 。 あやこ|||||かお||くに|とも||みつめて|

「 国 友 さん ……」 くに|とも|

「 すま ない !

僕 は てっきり ──」 ぼく||

「 いえ 、 いい んです 」

と 、 綾子 は 首 を 振って 、「 ね 、 夕 里子 」 |あやこ||くび||ふって||ゆう|さとご

と 夕 里子 の 方 を 見る と ……。 |ゆう|さとご||かた||みる|

夕 里子 は 、 顔 を 破裂 し そうな ほど 真 赤 に して 、 じっと 国 友 を にらみ つけて いる 。 ゆう|さとご||かお||はれつ||そう な||まこと|あか||||くに|とも||||

「 夕 里子 君 ……」 ゆう|さとご|きみ

国 友 の 方 は 、 夕 里子 が 赤く なった 分 、 青く なった 。 くに|とも||かた||ゆう|さとご||あかく||ぶん|あおく|

「 ね 、 これ は 誤解 な んだ 。 |||ごかい|| 僕 は うっかり して ──」 ぼく|||

「 相手 も 確かめ ず に キス する の ね 。 あいて||たしかめ|||きす||| "Do not kiss your opponent without confirming it.

そういう 人 な の ね 。 |じん||| 分 った わ 」 ぶん||

「 夕 里子 ── いい じゃ ない の 、 私 と 間違えた だけ で ──」 ゆう|さとご|||||わたくし||まちがえた||

「 悪かった ! わるかった

国 友 が 拝む ように して 、「 殴る なり 、 蹴る なり 、 好きに して くれ ! くに|とも||おがむ|||なぐる||ける||すきに||

「 じゃ 、 好きな ように する わ 」 |すきな|||

夕 里子 は 、 台所 へ 飛び 込む と 、 包丁 を 手 に 戻って 来た 。 ゆう|さとご||だいどころ||とび|こむ||ほうちょう||て||もどって|きた

「 夕 里子 、 あんた 何 を ──」 ゆう|さとご||なん|

「 放っといて ! ほっといて

夕 里子 は 包丁 を 構えて 国 友 へ と 大股 に 歩み寄る と 、「 お 姉ちゃん に キス した 責任 は どう する の ! ゆう|さとご||ほうちょう||かまえて|くに|とも|||おおまた||あゆみよる|||ねえちゃん||きす||せきにん|||| Yuriko set up a knife and walked up to Kunitomo and said, “What will you do with the responsibility of kissing your sister?

と 、 詰め寄った 。 |つめよった

「 いや 、 だから 僕 は ──」 ||ぼく|

国 友 が あわてて 後 ず さる 。 くに|とも|||あと||

「 お 姉ちゃん は 純情な んだ から ね ! |ねえちゃん||じゅんじょうな|||

間違って キス した なんて 、 そんな ひどい こと 、 許さ れる と 思って る の ? まちがって|きす||||||ゆるさ|||おもって|| 「 夕 里子 ったら ……」 ゆう|さとご|

「 お 姉ちゃん は 黙って て ! |ねえちゃん||だまって|

夕 里子 は 包丁 を ぐ いと 国 友 の 胸 もと へ 突きつけた 。 ゆう|さとご||ほうちょう||||くに|とも||むね|||つきつけた

「 夕 里子 君 ! ゆう|さとご|きみ

「 今度 、 こんな こと を したら 、 生かしちゃ おか ない から ! こんど|||||いかしちゃ|||

「 わ 、 分 った ……」 |ぶん|

「 よく 分 った ? |ぶん|

夕 里子 は サッと 包丁 を 下げる と 、「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん よ 」 ゆう|さとご||さっと|ほうちょう||さげる|||ねえちゃん||きゃく||

「 え ?

「 お 客 。 |きゃく

── 私 、 ご 案内 する から 、 お 茶 いれて 」 わたくし||あんない||||ちゃ|い れて

夕 里子 は サッサ と 玄関 の 方 へ 歩いて 行く 。 ゆう|さとご||||げんかん||かた||あるいて|いく

「 夕 里子 ったら ……」 ゆう|さとご|

綾子 が ポカン と して いる と 、 また 夕 里子 が 現われて 、 パッと 包丁 を 差し出す 。 あやこ||||||||ゆう|さとご||あらわれて|ぱっと|ほうちょう||さしだす

「 キャーッ !

綾子 は 飛び上った 。 あやこ||とびあがった

「 何 して ん の 。 なん|||

これ 、 しま っと いて 」

「 あ ── は いはい 」

「 お 茶 よ 」 |ちゃ|

夕 里子 は 、 玄関 へ と 出て 行った 。 ゆう|さとご||げんかん|||でて|おこなった

「 石垣 と 申し ます 」 いしがき||もうし|

と 、 その 婦人 は 言った 。 ||ふじん||いった

「 石垣 園子 」 いしがき|そのこ

「 どうも 」

と 、 夕 里子 は 頭 を 下げた 。 |ゆう|さとご||あたま||さげた

「 ちょうど 、 今日 、 こちら の 方 に 用事 が ございまして ね 、 東京 へ 出た もの です から 、 とても 無理 と は 思って いた のです が 、 沼 淵 先生 に お 電話 して みた のです 。 |きょう|||かた||ようじ||||とうきょう||でた|||||むり|||おもって||||ぬま|ふち|せんせい|||でんわ|||

そう し ましたら 、 偶然 、 今日 、 引き受けて 下さる 方 が 見付かった と いう お 話 で ……。 |||ぐうぜん|きょう|ひきうけて|くださる|かた||みつかった||||はなし| で 、 突然で 失礼 と は 存じ ました が 、 こうして うかがった わけです 」 |とつぜんで|しつれい|||ぞんじ|||||

「 そう です か 」

夕 里子 は 、 誤解 さ れ ない 内 に 、 と 、「 あの ── これ が 姉 の 綾子 です 。 ゆう|さとご||ごかい||||うち||||||あね||あやこ| Evening Riko is not misunderstood, and, "That ─ ─ this is my sister Ayako.

私 は 次女 の 夕 里子 、 もう 一 人 は 下 に おり ます けど 」 わたくし||じじょ||ゆう|さとご||ひと|じん||した||||

「 沼 淵 先生 から うかがい ました わ 。 ぬま|ふち|せんせい||||

あなた が マネージャー だ と か 」 ||まねーじゃー|||

「 マネージャー ? まねーじゃー

芸能 人 じゃ ある ま いし 。 げいのう|じん||||

夕 里子 は 、 しかし あの 沼 淵 と いう 教授 、 なかなか ユーモア の センス が ある わ 、 など と 考えて いた 。 ゆう|さとご||||ぬま|ふち|||きょうじゅ||ゆーもあ||せんす||||||かんがえて|

「 ご 姉妹 三 人 で おい で に なる と の こと でした けど ──」 |しまい|みっ|じん||||||||||

「 でも 、 そんな 図 々 しい こと を ……」 ||ず||||

「 いえ 、 一向に 構い ませ ん の 。 |いっこうに|かまい|||

私 ども 、 親子 三 人 で 、 そりゃ あ 退屈 して おり ます もの 。 わたくし||おやこ|みっ|じん||||たいくつ|||| ぜひ 大勢 で おい で 下さい な 。 |おおぜい||||ください| 一流 ホテル 並み と は いきま せ ん けれど 、 主人 は なかなか 料理 の 腕 も 確かな んです よ 」 いちりゅう|ほてる|なみ|||||||あるじ|||りょうり||うで||たしかな||

「 じゃ 、 遠慮 なく ──」 |えんりょ|

と 、 珠美 が いつの間に やら 、 居間 へ 入って 来て 、 話 に 加わる 。 |たまみ||いつのまに||いま||はいって|きて|はなし||くわわる Then, Tamami enters the living room and joins the story.

夕 里子 は 、 ちょっと 珠美 を にらんで やった 。 ゆう|さとご|||たまみ|||

しかし ── 正直な ところ 、 夕 里子 は ホッ と して いた のである 。 |しょうじきな||ゆう|さとご||ほっ||||

もちろん 、 さっき の 、 国 友 が 綾子 に キス した 一 件 で は 、 まだ 頭 に 来て いた のだ が 、 それ は さておき 、 石垣 と いう 一家 、 そんな 山 の 中 に 住んで る なんて 、 少々 変り 者 揃い な のじゃ ない かしら 、 と 思って いた 。 |||くに|とも||あやこ||きす||ひと|けん||||あたま||きて|||||||いしがき|||いっか||やま||なか||すんで|||しょうしょう|かわり|もの|そろい||||||おもって| Of course, one incident that a national friend kissed Ayako was still in my mind but aside from that, aside from that, a family called Ishigaki, living in such a mountain, a little bit different I thought that it might be.

しかし 、 こうして 突然 やって 来た 母親 、 石垣 園子 は 、 多少 神経質 そうに は 見える もの の 、 至って 穏やかな 、 知的な ムード の ある 上品な 婦人 だった 。 ||とつぜん||きた|ははおや|いしがき|そのこ||たしょう|しんけいしつ|そう に||みえる|||いたって|おだやかな|ちてきな|むーど|||じょうひんな|ふじん|

ただ 、 十三 歳 の 子供 が いる と いう 割に は 、 少し 老けて いて 、 たぶん ── 四十五 、 六 だろう と 思えた 。 |じゅうさん|さい||こども|||||わりに||すこし|ふけて|||しじゅうご|むっ|||おもえた However, in spite of having a 13-year-old child, I think that he was a little old, probably ─ ─ 45, six.

それだけに 、 落ちつき が ある の も 確かだった が 。 |おちつき|||||たしかだった| It was certain that there was a calmness for that alone.

「 あの ……」

さすが に 、 仕事 を 頼ま れて いる の は 自分 だ と いう 思い の せい か 、 綾子 も 口 を 開いて 、「 お 子 さん の お 名前 は ……」 ||しごと||たのま|||||じぶん||||おもい||||あやこ||くち||あいて||こ||||なまえ| As expected, Ayako also opened her mouth, depending on the feeling that she was asked for work, "My child's name is ... ...."

「 石垣 秀 哉 と 申し ます 」 いしがき|しゅう|や||もうし|

「 秀 哉 君 …… です か 」 しゅう|や|きみ||

「 どうか よろしく 」

と 、 石垣 園子 に 頭 を 下げ られ 、 綾子 は あわてて 、 |いしがき|そのこ||あたま||さげ||あやこ||

「 は 、 はい !

と 、 床 に ぶつ か っ ち まう んじゃ ない か と いう 勢い で 頭 を 下げた 。 |とこ||||||||||||いきおい||あたま||さげた I bowed down with the momentum to hit the floor.

「 それ で ── いつ から おい で いただけ ます かしら ?

と 、 石垣 園子 が 訊 く と 、 すかさず 、 |いしがき|そのこ||じん|||

「 そりゃ もう いつ から でも 。

何 でしたら 、 今日 から でも ──」 なん||きょう||

と 、 珠美 が 応じる 。 |たまみ||おうじる

「 まあ 、 それ でしたら 、 好都合だ わ 」 |||こうつごうだ|

と 、 石垣 園子 は 微笑んで 、「 私 、 今夜 、 車 で 山荘 へ 戻り ます の 。 |いしがき|そのこ||ほおえんで|わたくし|こんや|くるま||さんそう||もどり||

じゃ 、 それ に お 乗り に なって いただければ ──」 ||||のり|||

「 今夜 です か ? こんや||

夕 里子 は 面食らった 。 ゆう|さとご||めんくらった

「 でも ── 何の 仕度 も ──」 |なんの|したく|

「 あら 、 一応 、 うち は 小さい ながら ホテル です もの 。 |いちおう|||ちいさい||ほてる||

何の お 仕度 も 必要 あり ませ ん わ 。 なんの||したく||ひつよう|||| 着替え だけ お 持ち くだされば 」 きがえ|||もち|

と は 言わ れて も ……。 ||いわ||

「 どう する ?

夕 里子 は 、 綾子 を 見た 。 ゆう|さとご||あやこ||みた

「 私 ── どっち でも 」 わたくし||

訊 いた 方 が 間違い だった 。 じん||かた||まちがい|

夕 里子 は 突然の こと に びっくり は した が 、 と いって 、 今夜 と 明日 で 、 どう 違う と いう こと も ない 。 ゆう|さとご||とつぜんの|||||||||こんや||あした|||ちがう||||| 今夜 で いけない と いう 理由 は 、 特に 見出せ なかった ……。 こんや|||||りゆう||とくに|みいだせ|

「── 失礼 」 しつれい

と 、 居間 へ 国 友 が 顔 を 出した 。 |いま||くに|とも||かお||だした

「 あの ── 僕 は もう 失礼 する よ 」 |ぼく|||しつれい||

「 あら 、 国 友 さん も 行く んじゃ なかった の ? |くに|とも|||いく|||

と 、 珠美 が 言った 。 |たまみ||いった

「 あり がたい けど ね 、 仕事 が ある 」 ||||しごと||

台所 へ 追いやら れて いた 国 友 は 、 大分 ショック から 立ち直った 様子 だった 。 だいどころ||おいやら|||くに|とも||だいぶ|しょっく||たちなおった|ようす|

「 あ 、 そう 」

と 、 夕 里子 は 澄まして 、「 お 姉さん 、 送って 行けば ? |ゆう|さとご||すまして||ねえさん|おくって|いけば

「 夕 里子 ったら ──」 ゆう|さとご|

そこ へ 電話 が 鳴り 出し 、 立って いた 国 友 が 、 受話器 を 取った 。 ||でんわ||なり|だし|たって||くに|とも||じゅわき||とった

「 はい 。

── あ 、 三崎 さん 。 |みさき| ── ご 心配 かけて すみません 。 |しんぱい|| もう 大丈夫です 。 |だいじょうぶです ── ええ 、 今 から 、 そっち へ 戻って ── は あ ? |いま||||もどって|| 国 友 が 目 を 丸く して いる 。 くに|とも||め||まるく||

「 しかし ── こんな とき に ? ── は あ 、 それ は よく 分 って ます が 。 |||||ぶん||| ── ええ 、 まあ 。 ── よく 分 り ました 。 |ぶん|| ── いえ 、 ありがとう ございます 」

終り の 方 に なる に つれ 、 徐々に デクレッシェンド して 行った 。 おわり||かた|||||じょじょに|||おこなった

「 どうした の 、 国 友 さん ? ||くに|とも|

と 、 夕 里子 が 言った 。 |ゆう|さとご||いった

「 うん 、 三崎 さん が ……」 |みさき||

「 クビ だって ? くび|

「 珠美 ! たまみ

「 いや 、 休み を 取れ 、 と 言う んだ 。 |やすみ||とれ||いう|

年 内 は 休養 する ように 、 と ……」 とし|うち||きゅうよう|||

「 へえ 、 良かった じゃ ん 」 |よかった||

と 、 珠美 は 呑気 に 言った 。 |たまみ||のんき||いった

「 何で ガッカリ して る わけ ? なんで|がっかり||| 「 いや …… ホッと した ような ガックリ 来た ような 、 妙な 気分 さ 」 |ほっと|||がっくり|きた||みょうな|きぶん|

「 じゃ 、 一緒に 行けば ? |いっしょに|いけば

珠美 は 、 石垣 園子 の 方 へ 向いて 、「 この 人 、 お 姉ちゃん の 恋人 な んです 。 たまみ||いしがき|そのこ||かた||むいて||じん||ねえちゃん||こいびと||

顔 は ともかく 人 は いい んです 」 かお|||じん|||

「 珠美 ! たまみ

何 よ 、 その 言い 方 」 なん|||いい|かた

「 正直な 感想 よ 」 しょうじきな|かんそう|

石垣 園子 は 、 笑い声 を 上げて 、 いしがき|そのこ||わらいごえ||あげて

「 ああ 、 本当に 面白い ご 姉妹 ね ! |ほんとうに|おもしろい||しまい|

声 を 出して 笑った なんて 、 久しぶりだ わ 」 こえ||だして|わらった||ひさしぶりだ|

と 言った 。 |いった

「 そちら の 国 ── 友 さん でした ? ||くに|とも|| ぜひ ご 一緒に 」 ||いっしょに

「 は 、 しかし ──」

「 車 の 運転 、 私 一 人 で は 、 少し 心細かった んです の 。 くるま||うんてん|わたくし|ひと|じん|||すこし|こころぼそかった||

もし お 手伝い いただける と 、 とても 助かり ます わ 」 ||てつだい||||たすかり||

国 友 は 、 少し 迷って いた が 、 くに|とも||すこし|まよって||

「── 分 り ました 。 ぶん||

僕 でも 力 仕事 ぐらい は お 役 に 立てる でしょう 」 ぼく||ちから|しごと||||やく||たてる|

と 、 思い切った ように 言った 。 |おもいきった||いった

「 決 った ! けっ|

じゃ 、 全員 十五 分 以内 に 仕度 ! |ぜんいん|じゅうご|ぶん|いない||したく 珠美 は 真 先 に 居間 から 飛び出して 行く 。 たまみ||まこと|さき||いま||とびだして|いく

「 じゃ 、 私 たち も 失礼 して 。 |わたくし|||しつれい|

── お 姉さん 、 手伝って あげる 」 |ねえさん|てつだって|

夕 里子 は 綾子 を 促した 。 ゆう|さとご||あやこ||うながした

何しろ 、 綾子 一 人 に やら せて おいたら 、 十五 分 どころ か 、 十五 時間 かかって も 、 仕度 なんて 終り っこ ない のだ 。 なにしろ|あやこ|ひと|じん|||||じゅうご|ぶん|||じゅうご|じかん|||したく||おわり|||

三 姉妹 が 居間 を 出て 行き 、 国 友 と 石垣 園子 が 残さ れた 。 みっ|しまい||いま||でて|いき|くに|とも||いしがき|そのこ||のこさ|

「── すみません 、 図 々 しく 」 |ず||

と 、 国 友 が 恐縮 する 。 |くに|とも||きょうしゅく|

「 いいえ 。

でも 、 とても 魅力 の ある 方 たち です ね 」 ||みりょく|||かた|||

「 ええ 、 全く 、 珍しい です よ 。 |まったく|めずらしい||

つまり ── 何と 言う か 、 個性 的で 」 |なんと|いう||こせい|てきで

「 羨 し いわ 、 お 若い って いう こと は 」 うらや||||わかい||||

と 、 石垣 園子 は 、 ため息 を ついて 、「 国 友 さん も 、 とても お 若くて いらっしゃる の ね 」 |いしがき|そのこ||ためいき|||くに|とも|||||わかくて|||

「 いえ 、 それほど でも ……」

と 、 国 友 は 照れて 赤く なった 。 |くに|とも||てれて|あかく|

「 とても お 似合い だ と 思い ます わ 、 国 友 さん と 、 あの 夕 里子 さん と いう 方 ……」 ||にあい|||おもい|||くに|とも||||ゆう|さとご||||かた

「 は あ 」

「 年齢 の 違い なんて 、 長い 目 で 見れば 、 ほんの 小さな こと で しか あり ませ ん わ 。 ねんれい||ちがい||ながい|め||みれば||ちいさな||||||| "The difference in age is only a small thing in the long run.

本当に ……」 ほんとうに

石垣 園子 は 、 ほとんど 独り言 の ように 呟いた 。 いしがき|そのこ|||ひとりごと|||つぶやいた

「 おい 、 何 だ 、 一体 」 |なん||いったい

三崎 は 渋い 顔 で 、「 もう 帰って 寝よう と 思って た んだ ぞ 」 みさき||しぶい|かお|||かえって|ねよう||おもって|||

「 分 って る よ 」 ぶん|||

検死 官 は 、 先 に 立って 歩いて 行く 。 けんし|かん||さき||たって|あるいて|いく

「 しかし 、 見せて おき たくて な 」 |みせて|||

「 何 を ? なん|

「 さっき の 女の子 さ 」 ||おんなのこ|

「 もう 見た よ 。 |みた|

それとも 国 友 みたいに 、 また 、 目 を 開いた と でも 言う の か ? |くに|とも|||め||あいた|||いう|| Or is it like opening up your eyes like a national friend? 「 いや 、 そう じゃ ない 」

検死 官 は 、 冗談 を 言う 雰囲気 で は ない ようだった 。 けんし|かん||じょうだん||いう|ふんいき||||

重い 扉 を 開ける 。 おもい|とびら||あける

── 冷たい 台 の 上 に 、 あの 娘 が 、 横たえ られて いた 。 つめたい|だい||うえ|||むすめ||よこたえ|| 首 まで 、 布 で 覆わ れて いる 。 くび||ぬの||おおわ||

「── こういう ところ で 見る と 、 別もの の ようだ な 」 |||みる||べつもの|||

と 、 三崎 は 言った 。 |みさき||いった

「 国 友 君 は 大丈夫だった か ? くに|とも|きみ||だいじょうぶだった|

「 うん 。

休み を 取ら せた 」 やすみ||とら|

「 それ が いい 。

── 若い から って 、 無理 を しちゃ いか ん 」 わかい|||むり||||

検死 官 は 布 を ゆっくり と まくった 。 けんし|かん||ぬの||||

── 今 は 、 全裸 で 横たわって いる 。 いま||ぜんら||よこたわって| 三崎 は サッと 眺めて 、 みさき||さっと|ながめて

「 変わった ところ は ない ような 気 が する ね 」 かわった|||||き|||

「 背中 を 見てくれ 」 せなか||みてくれ

検死 官 が 死体 を 抱き 起こす ように した 。 けんし|かん||したい||いだき|おこす||

三崎 は 、 娘 の 背中 を 覗き 込んで ハッと 息 を のんだ 。 みさき||むすめ||せなか||のぞき|こんで|はっと|いき||

三崎 が 青ざめた のだ 。 みさき||あおざめた| 珍しい こと だった 。 めずらしい||

「 これ は ……」

娘 の 、 青白い 背中 に 、 何 十 も の 筋 が 走って いた 。 むすめ||あおじろい|せなか||なん|じゅう|||すじ||はしって| Dozens of streaks were running on my daughter's pale back.

「 鞭 で 打た れた んだろう な 。 むち||うた|||

── むごい こと を する 」

死体 を 元通りに して 、 検死 官 は 布 で 覆った 。 したい||もとどおりに||けんし|かん||ぬの||おおった

「── どう だ ?

「 うん 」

三崎 は 言葉 が ない 様子 だった 。 みさき||ことば|||ようす|

「 わけ が 分 らん な 」 ||ぶん||

「 それ は 犯人 から 聞く 」 ||はんにん||きく

三崎 の 声 は 少し 震えて いた 。 みさき||こえ||すこし|ふるえて|

「 この 俺 が 、 聞き 出して やる ! |おれ||きき|だして| ── それ きり 、 二 人 は 口 を きか ず に 、 その 部屋 を 出た 。 ||ふた|じん||くち||||||へや||でた

足音 が 、 冷たい 廊下 に 響く 。 あしおと||つめたい|ろうか||ひびく

「── 国 友 が 見たら 、 さぞ ショック だったろう な 」 くに|とも||みたら||しょっく||

と 、 三崎 が 言った 。 |みさき||いった

「 見 なくて 良かった かも しれ ん 」 み||よかった|||

「 そう だ な 。

しかし ──」

と 言い かけて 、 三崎 は 足 を 止め 、 振り向いた 。 |いい||みさき||あし||とどめ|ふりむいた

「 どうした ?

「 いや ── 何だか 、 笑い声 が した ような 気 が した んだ 」 |なんだか|わらいごえ||||き|||

「 あそこ から か ?

三崎 は 首 を 振って 、 みさき||くび||ふって

「 気のせい だ な 」 きのせい||

と 言って 、 また 歩き 出した 。 |いって||あるき|だした

二 人 の 足音 だけ が 、 響いて いる ……。 ふた|じん||あしおと|||ひびいて|