22.言葉 の 冒険 の 旅 .内容 を 探す
日本語 が うまく なる ために は できる 限り 日本語 の 内容 に 自分 を 曝す こと だ と 承知 していた 。 いくらか 言葉 の 意味 が わかって くる と 、東京 に は 英語 の ラジオ局 も あった が いつも 日本語 の ラジオ 放送 を 聴く こと に した 。 テープ を 繰り返し 聴き 、できる 限り 読んだ 。 残念 ながら 中国 語 で 手に入れる こと の できた 単語 表 の 付いた リーダー は そんなに なかった 。 今日 で は インターネット や 最新 の 辞書 の ソフトウェア や The Linguist の ような システム を 利用 する こと に よって 意欲 の ある 学習者 は 広範な 学習 手段 を 手に入れる こと が できる 。 現実 の 言葉 を 特に 用意 した 「教科書 」を 使う こと に よって 進歩 は 早く なる 。 つまり 、学習者 向け に 作った 言葉 から 離れ 現実 に 話されている 言葉 を 発見する のが 早ければ 早い ほど 、進歩 の 速度 は 増す 、と いう こと である 。 新しい 言語 を 学ぶ に は 誰 も が 自分 自身 の 方法 を 見つけ出さ なければ ならない 。 そして その 言語 を 作り 変えた もの を 学習者 に 押し付ける 教師 に 気 を 付けなければ いけない 。 ある 晩 、11 時 頃 であった が 、 NHK ラジオ の 教育 放送 を 聞きながら 車 で 家 に 帰る 途中 次の ような 音 が 耳 に 入ってきた 。 「 ゼイアアセイラズ 、 ゼイアアセイラズ 」 これ が 何 分 も 続いた 。 私 は お 経 か と 思った 。 最後に それ が ラジオ の 英語 教師 が 極めて 日本語的 アクセント で “ They are sailors .”と いう フレーズ を 繰り返して いる のだ と わかった 。 こういう 風 に 繰り返さ れる 一種 の 言葉 の 物真似 は 意味 ある もの と は 全く 言え ず 利用 価値 も ない 。 ある 意味 で この こと は 学校 で 受けた フランス 語 の 授業 を 思い起こさせた 。 現在 は 日本 の どんな 都市 、どんな 町 に も 若い ネイティヴスピーカー の 英語 教師 が いる 。 1970 年代 に 比べたら 日本 の 英語 教育 は 格段 の 進歩 を 遂げている 。 日本語 が うまく なって くる と 、私 は 興味 を 持続 させる ため と 日本語 の 知識 を 広げる ために 内容 の 種類 を 変えて みよう と 思った 。 例えば 、家族 で 伊豆 半島 に 旅行 した 時 、ノーベル 文学 賞 を 受賞 した 川端 康成 の 小説 『伊豆 の 踊り子 』を 収録 した もの を 車 の 中 で 聞こう と 持っていった 。 私 達 は その 地方 の 美しい 山 や 海 の 景色 を 楽しみ ながら 小説 に 描かれている 旅 芸人 の 一団 の 辿った 道筋 を 追って いった 。 私 が 聴いた テープ の 中 で 一番 面白かった の は NHK ラジオ の 『昭和 の 記録 』という もの であった 。 これ は 1925 年 から 1945 年 まで に 実際 に 放送 さ れた ラジオ の ニュース を 再放送 した 内容 だった 。 何度 も 聴いて いる うちに その 殆ど を 理解 できる ように なった 。 今 でも その頃 の スポーツ 行事 や 政治的 、歴史的 事件 を 報道する ラジオパーソナリティ の 言葉 の いくつ か が 頭 の 中 に 響いてくる 。 今日 で は 本 も 広範囲に オーディオ化 、デジタル化 されて 製造されている ので 、様々な 言語 の 学習者 の 興味 に 合った 信頼できる 内容 の もの が たくさん 手に入る ように なった 。 新しい 言語 を よく 知る ために は 読む こと と 繰り返し 聴く こと が 効果的で は ある が 、学習者 にとって 常に 最も 刺激 を 受け 練習 の 場 と なる のは ネイティヴスピーカー と 本物 の 会話 を 交わす こと である 。 東京 の カナダ 大使館 で 一番 親しかった 同僚 は 日本人 の 商務官 、“ニック ”矢崎 氏 であった 。 彼 は 私 の 日本語 学習 の 努力 に 対して 大きな 手助け を して くれた 。 私 が 思う に 、彼 の 長所 は 非常に 注意深く 、骨 を 折りながら 、ゆっくり 時間 を かけて 自己 表現 を する 傾向 が あった こと だ 。 私 は 彼 の 発音 と 彼 の 好きな 言い回し を 真似た 。 彼 は 最初 から 私 の 日本語 習得 の 努力 を 支えて くれた 人 で 、私 の 学習 に 大きな 影響 を 与えた 。 新しい 言語 を 学ぶ 際 、教師 で は ない が 辛抱強く 支えて くれる ネイティヴスピーカー を みつける こと は 何にも 替え 難い 価値 ある こと である 。 やがて 私 は 会話 の 殆ど を 最後 まで 持ちこたえる こと が できる ように なった 。 私 の 会話 の 作戦 は 自分 の 能力 の 範囲 内 で 自分 の 言い たい こと を 簡潔に そして 充分に 伝える 努力 を する こと であった 。 言葉 より 考え が 先走る こと の ない よう 速く 喋る のを できるだけ 避けた 。 しかし これ は 言う は 易く 行なう は 難し で 、しばしば どう 自己 表現 す べき か 苦しんだ 。 けれども それ は 学習 の 過程 で すべて 経験 する こと であった 。