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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (5)

悪人 下 (5)

手 を 振る 光代 の 姿 が ルームミラー から 消えて 、 もう どれ くらい 走った の か 。 すぐ そこ に 高速の 入口 が 見える 交差 点 で 、 車 は 赤 信号 に 捕まった 。 祐一 は 尻 ポケット から 財布 を 出した 。 中 に は 五千 円 に 満たない 金 しか 入って いない 。 もしも 光代 が ホテル に 行く こと を 承諾 したら 、 帰り は いくら 遅く なろう と 一般 道 で 帰る つもりだった 。 幸い 光代 が 明日 の 仕事 を 心配 して くれた おかげ で 、 祐一 は これ から 高速に 乗る こと が できる 。 会い たくて 、 会い たくて 仕方なかった 。 つい 数 日 前 に 出会った ばかりな のに 、 一 日 で も 会え ない と 、 それ で 何もかも が 終わって しまい そうで 恐ろしかった 。 夜 、 電話 で いく ら 話して も 、 恐ろし さ は 拭え なかった 。 電話 を 切った とたん に 苦しく なって 、 もう 会え ない ような 気 が した 。 眠る と 光代 が い なく なる 夢 を 見た 。 朝 起きて 、 すぐに 電話 を かけ たかった が 、 早朝 五 時 に かける 勇気 は なく 、 仕事 中 も ずっと 光代 の こと だけ を 考えて い た 。 仕事 が 終わる ころ に は もう 居て も 立って も いられ なく なり 、 気 が つけば 、 車 で 佐賀 に 向かって いた 。 朝 、 おじ の ワゴン で は なく 、 自分 の 車 で 現場 へ 向かった 時点 で 、 もう 行こう と 決めて いた の かも しれ ない 。 祐一 は なかなか 変わら ない 信号 を 待ち ながら 、 力一杯 ハンドル を 両手 で 叩いた 。 横 に 車 が 並んで い なければ 、 そのまま 額 を 打ち付けたい 気分 だった 。 あれ は まだ 祖父母 の 家 に 連れて 来られる 前 、 おふくろ と 市 内 の アパート に 住んで いた 。 ある 日 、「 今 から お 父さん に 会い に 行く よ 」 と 、 とつぜん おふくろ が 言った 。 喜んで 支 度 を して 、 一緒に 路面 電車 に 乗った 。 「 駅 に 着いたら 汽車 に 乗り換える けん ね 」 と お ふ くろ は 言った 。 「 遠い と ? 」 と 尋ねる と 、「 ものすご -、 遠い よ 」 と 答えた 。 混 んだ 路面 電車 で 、 おふくろ は 吊り革 を 掴んだ 。 俺 は その スカート を 掴んだ 。 電車 が そ 走り出す と 、 前 に 座って いる 男 たち が 、 互い の 肩 を 突き 合い クスクス と 笑い 出した 。 剃 わき げ り 忘れた おふくろ の 腋毛 を 笑って いる らしかった 。 おふくろ は 顔 を 真っ赤に して 腋 を ハ ンカチ で 隠した 。 暑い 日 だった 。 混 んだ 電車 は 大きく 揺れて 、 おふくろ の ハンカチ が ず れる たび に 、 男 たち が 笑い を 堪えた 。 国鉄 の 駅 に 着いて 、 汽車 に 乗り換えた 。 揺れる 路面 電車 で 必死に 腋 を 隠して いた お ふ くろ は 、 水 を 浴びた ように 汗だくだった 。 切符 を 買おう と 混 んだ 窓口 に 並んで いる とき 、 俺 は 、「 ごめん ね 」 と 謝った 。 おふくろ は きょとんと して 首 を 捻り 、「 暑 か ねえ 」 と 微笑 む と 、 俺 の 鼻 に 浮かんだ 汗 を 、 その ハンカチ で 拭って くれた 。 とつぜん 背後 で クラクション を 鳴らさ れ 、 祐一 は 我 に 返った 。 慌てて アクセル を 踏み 込む と 、 ハンドル に しがみついて いた から だ が シート に 叩きつけられる 。 気 が 動転 して 、 高速 入口 へ の 車線 に 入れ ず に 、 そのまま 高架 を くぐって しまった 。 次の 信号 で Uターン しよう と 速度 を 落とし 、 気分 転換 に ラジオ を つける と 、 地元 の ニ ュース 番組 が 流れた 。 祐一 は 車 を 大きく Uターン さ せた 。 入り 損ねた 高速の 入口 が すぐ に 近づいて くる 。 「 では 次の ニュース です 。 今月 十 日 未明 、 福岡 と 佐賀 の 県境 、 三瀬 峠 で 起こった 殺人 事 件 の 重要 参考人 と して 指名 手配 されて いた 二十二 歳 の 男性 が 、 昨夜 、 名古屋 市 内 の サウ ナ 店 で 、 店員 から の 通報 で 駆けつけた 警官 に より 身柄 を 拘束 、 すぐに 移送 さ れ 、 現在 、 取り調べ を 受けて いる 模様 です 。 詳しい 情報 が 入り 次第 、 十一 時 の ニュース でも お 伝え します 」 ニュース が 終わり 、 保険 の コマーシャル が 流れる 。 祐一 は 高速の 入口 へ 切り かけて い た ハンドル を 戻し 、 思い切り アクセル を 踏み込んだ 。 とつぜん 割り込んで きた 祐一 の 車 に 、 背後 の 車 から 激しい クラクション が 鳴らさ れる 。 祐一 は それ でも アクセル を 踏み 続 け 、 前 を 走る もう 一 台 の 車 を 抜き去る と 、 やっと スピード を 弛 め て 、 自動 販売 機 の 立つ 路肩 に 車 を 停めた 。 ラジオ は 懐かしい クリスマス ソング を 流して いた 。 祐一 は すぐに チャンネル を 変えて みた が 、 三瀬 峠 の 事件 を 伝える 番組 は 他 に なかった 。 路肩 に 停めた 車 の 中 で 、 祐一 は ハンドル を 抱え込んだ 。 すぐ 横 を 大型 トラック が 走り 抜けて いき 、 その 風圧 で 車体 が ふっと 浮かぶ 。 祐一 は 掴んだ ハンドル を 大きく 揺すった 。 揺すった ところ で 、 ハンドル は ビク と も し ない 。 祐一 は もう 一 度 、 ハンドル を 揺さぶった 。 力 を 込めて 揺さぶれば 揺さぶる ほど 、 ハンドル で は なく 、 自分 の からだ が 前後 に 揺れる 。 あいつ が 捕まった 。 逃げて いた あの 男 が 捕まった 。 石橋 佳乃 を 三瀬 峠 へ 連れて 行った あの 男 が 、 名古屋 で 捕まった 。 知らず知らず に 、 祐一 は そう 眩 いて いた 。 そう 眩 いて いる のに 、 なぜ か 昔 、 おふくろ と 一緒に 親父 に 会い に 行った 日 の 情景 が 思い出さ れる 。 路面 電車 の 中 で 、 おふくろ の 腋 毛 を 笑った 男 たち 。 混 んだ 切符 売り場 の 窓口 で 、 鼻 の 汗 を 拭いて くれた おふくろ の 顔 。 どうして 今 、 あの とき の こと が 浮かんで くる の か 分から なかった 。 ただ 、 忘れよう と し て も 、 浮かんで くる 情景 を 消して しまう こと が でき なかった 。 路面 電車 で 国鉄 の 駅 へ 向かい 、 そこ で 列車 に 乗り換えた 。 おふくろ は 俺 を 窓際 の 席 に 座ら せ 、 横 で ずっと うとうと して いた 。 親父 が 出て いった ばかりの ころ 、 おふくろ は 毎晩 の ように 泣いて いた 。 心細くて 横 に 座る と 、 俺 の 頭 を 撫で ながら 、「 嫌な こと は ぜ 〜 ん ぶ 忘れて しまおう ねえ 。 一緒に ぜ 〜 ん ぶ 忘れて しまおう ねえ 」 と ますます 声 を 上げて 泣いた 。 おふくろ と 一緒に 乗った 列車 の 窓 から は 、 海 が 見えた 。 座った の が 山側 の 座席 で 、 海 側 の 座席 に は お 揃い の 帽子 を かぶった 小学生 の 兄弟 と その 両親 が 座って いた 。 首 を 伸ば して 、 海 を 見よう と する と 、 うとうと して いた おふくろ が 目 を 覚まし 、「 ほら 、 ちゃん と 座 つ とき なさい よ 。 危ない けん 」 と 頭 を 押さえた 。 「 着いたら 、 海 なら いくら でも 見られる けん 」 と 。 どれ くらい 乗って いた の か 、 気 が つく と 、 おふくろ と 同じ ように うとうと して いた 。 「 ほら 、 降りる よ 」 と 、 とつぜん 腕 を 掴まれて 、 寝ぼけた まま 列車 を 降りた 。 駅 から し ばら く 歩いた 。 着いた ところ は フェリー 乗り場 だった 。 「 ここ から 船 に 乗って 、 向こう に 行く けん ね 」 おふくろ は そう 言って 、 対岸 を 指さした 。 フェリー 乗り場 の 駐車 場 に は 、 たくさんの 車 が 並んで いた 。 この 車 も 全部 、 一緒に フ ェリー に 乗る のだ と おふくろ は 教えて くれた 。 列車 の 中 で おふくろ が 言った 通り 、 目の前 に は 海 が あり 、 遠く に 対岸 の 灯台 が 小さく 見えた 。 灯台 を 見た の は あの とき が 初めて だった 。 ポケット で 携帯 が 鳴って いた 。 祐一 は 路肩 に 停めた 車 の 中 で 、 ハンドル を 握りしめた まま だった 。 相変わらず 横 を トラック が 走り抜けて いく 。 通る たび に 風圧 で こちら の 車体 が ふっと そう です か 。 祐一 は あん とき の こと を まだ 覚え とった です か ……。 あれ は 祐一 が 五 歳 か 、 六 歳 :….。 てっきり 、 祐一 は もう 忘れ とるって 思う とった です よ 。 前 に も 話し まし た けど 、 祐一 が 私 の ところ で 働く ように なって から は 、 前 に も 増して 祐一 は 自分 の 息子 の よう やった で すけ ん ねえ 。 最近 で は 仕事 も 覚えて 、 クレーン 免許 ば 取る 気 も あった み 浮かぶ 。 祐一 は 携帯 を 取り出した 。 「 家 」 から だった 。 電話 に 出る と 、 少し オドオド した よう な 祖母 の 声 が 聞こえて くる 。 「 ゆ 、 祐一 ね ? あんた 、 今 、 どこ に おる と ? 」 近く に 誰 か が いて 、 その 誰 か に 確認 し ながら 話して いる ようだった 。 「 なんで ? 」 と 祐一 は 訊 いた 。 「 い 、 今 、 警察 の 人 が 来 と んな つと さ 、 ここ に 」 わざと 明るく 振る舞おう と して いる が 、 祖母 の 声 が 震えて いる 。 「 どこ に おる と ? すぐ 帰って こ れる と やる ? 」 また 一 台 、 トラック が 横 を 走り抜けて いく 。 祐一 は 電話 を 切った 。 ほとんど 反射 的に 指 が 動いた 。 た いやし 。 ぱあ じい 考えて みれば 、 あれ が 原因 で 祐一 は 婆さん 爺さん の 家 で 暮らす ように なった と です ょ 。 そう です か :….。 祐一 は 未 だに 、 父ちゃん に 会い に 行った と 思う とる と です か 。 切 なか です ねえ 。 ほんと は 自分 の 母親 に 捨てられよう と し とった と に ねぇ 。 祐一 が どう 話した か 知ら んです けど 、 あの とき もう 祐一 の 母親 は どうにも なら ん よう かいしよう に なっとった と です よ 。 周り の 反対 を 押し切って 、 甲斐 性 なし の 男 と くっついて 、 すぐ に 祐一 ば 産んだ まで は よかった ばってん 、 五 年 も 経た ん うち に 男 は 二 人 ば 置いて 出て 行って しも うて 。 祐一 の 母親 の 肩 持つ わけじゃ な かばって ん 、 キャバレー で 働いて 、 自分 なり に 祐一 の こと 育てよう と は 思う とった と でしょう ね 。 ただ 、 そう 簡単に いく もん で す か 。 あげ ん 所 で 働けば 、 すぐに また 悪 か 男 の 目 に ついて 、 あっという間 に 金 は 筆 り 取られて 、 挙げ句 の 果て に 病気 して ……、 実家 の 婆さん に 一 本 電話 かければ よかろう に 、 それ も でき ん 。 結局 、 頼る 者 も おら んで ……。 あの 日 は 、 いよいよ 切羽詰まった と でしょう ねえ 。 祐一 に 「 お 父さん に 会い に 行く よ 」 なんて 嘘 ついて 、 男 の 居場所 なんか 知り も せ ん くせ に 。 あの 日 、 祐一 は フェリー 乗り場 に 置き去り に さ れた と です よ 、 結局 、 翌朝 まで じっと 一 人 で 待つ とったら しか です 。 切符 ば 買い に 行くって 言う て 、 そのまま 逃げた 母親 ば 、 フェリー 乗り場 の 桟橋 の 柱 に 隠れて 、 朝 まで ずっと 待つ とったら しか です 。 翌朝 、 係員 に 見つけられた とき 、 祐一 は それ でも 動こう と せ ん や つたって 。 「 母 ちゃ ん が ここ に おれって 言う たも ん ! 」って 、 その 人 の 腕 に 噛みついたって 。 置き去り に する 前 に 、 母親 が 言う たら しかと です よ 。 「 向こう に 灯台 の 見える やろ う ? 」って 、「 あの 灯台 ば 見 とき なさい 」って 、「 そ したら すぐ お母さん 、 切符 買う て 戻って くる けん 」って 。 結局 、 母親 が 連絡 して きた と は その 一 週間 後 です よ 。 自分 で は 死ぬ 気 やったって 言い よった ばってん 、 俺 に は そう 思え んです ねえ 。 結局 その あと は 、 児童 相談 所 や 家庭 裁判 所 の 世話に なって 、 婆さん たち が 二 人 を 引き取って 、 それ から また すぐです もん ねえ 、 母親 が 男 作って 逃げ出した と は 。 それ でも ねえ 、 親子って いう と は 不思議な もん です よ 。 あれ は ちょうど 祐一 が うち で 働き 出した ころ やった か ねえ 、 なんか の 拍子 に 、「 母 ち ゃん から は ぜんぜん 連絡 な しか ? 」って 、 私 が 訊 いた と です よ 。 たしか 爺さん の 具合 が 悪う なった とき で 、 私 と して も 、 もし 万が一 の こと が あったら 、 葬式 くらい 呼んで やら ん と なぁ 、 なんて 心 のどっか で 思う とって 、 それ が ぼろっと 出た と やろう と 思う と です けど ね 。 母親 が 男 作って 家 を 出た あと は 、 てっきり 音沙汰 なしって 思う とったん です よ 。 実際 、 婆さん や 爺さん も 、「 何 年 か に 一 度 、 思い出した ように 年賀 状 が 来る だけ 。 年賀 状 が 来 る たんび に 住所 が 変わ つとって …・・・、 たぶん その たんび に 男 も 変わっと る の やろう 」 な ん て 言い よった し 。 だけ ん 、 祐一 に 「 ぜんぜん 連絡 な しか ? 」って 訊 いた とき も 、 祐一 が 頷いて 終わりって 思う とった と です よ 。 そ したら 、「 爺ちゃん の こと なら 、 もう 知らせて ある 」って 。 「 知らせて あるって 、 お前 ……。 母ちゃん と 連絡 取り合い よっと か ? 」 「 たまに 一緒に メシ 食い よる 」 「 たまにって ……」 「 年 に 一 回 あるか ない か 」 「 婆さん たち は 知っと る と か ? 」 祐一 は 、「 いや 、 知ら ん 」って 首 振りました よ 。 ほら 、 あの 婆さん も 祐一 は 自分 が 育 て たって 自負 も ある し 、 祐一 も 言いにくかった と でしょう ねえ 。 「 お前 、 母ちゃん に 会う て 、 腹 立た ん と か ? 」 思わず 、 そう 訊 きました よ 。 だって 、 ろくに 食べ物 も 与え ん で 、 その 上 、 フェリー 乗 り 場 に 置き去り に して 、 挙げ句 の 果て が 婆さん に 預けた まま です よ 。 でも 、 祐一 は 、 「 腹 立た ん 」って 言い よりました 。 「 腹 立てる ほど 、 会 うて ない 」って 。 「 母ちゃん 、 今 、 どこ で 何 し よる と か ? 」って 訊 いたら 、「 雲仙 の 旅館 で 働 い とる 」って 。 あれ が もう 三 年 か 四 年 前 。 祐一 を 見送った あと 、 光代 は しばらく アパート の 外 階段 に 座り込んで いた 。 硬い コン クリート が 尻 を 冷やし 、 一 階 の 部屋 から は 赤ん坊 を あやす 若い 男 の 声 が 聞こえた 。 さすが に 寒く なって 二 階 の 自室 へ 向かった 。 鍵 を 開け 、「 ただいま -」 と 声 を かける と 、 トイレ の 中 から 、「 残業 やった と ? 」 と 珠代 の 声 が 聞こえる 。 光代 は 、「 あ 、 うん 」 と 暖昧 に 答え ながら 靴 を 脱いだ 。 廊下 を 進んで 居間 へ 入る と 、 テーブル に シチュー を 食 べ た あと らしい Ⅲ が あった 。 「 自分 で 作った と ? 」 トイレ に 声 を かけて みる が 、 返事 は ない 。 襖 を 開けて 、 寝室 に して いる 六 畳 間 に 入った 。 祐一 は もう 高速に 乗った だろう か 。 な 祐一 自身 も たまに 車 で 会い に 行ったり する こと も あったら しか です よ 。 「 二 人 で 何の 話 する と か ? 」って 訊 いたら 、「 別に 何も 話さ ん 」って 。 私 は ね 、 正直 、 祐一 の 母親 ぱ 許す 気 は ない と です よ 。 未 だに フェリー 乗り場 に 置き 去 り に さ れた 祐一 が 目 に 浮かんで しまう 。 私 だけ じゃ なくて 、 婆さん も 爺さん も 、 親戚 中 の 人間 が そう です よ 。 ただ 、 ほんとに 不思議な もん で 、 当の 祐一 は その 母親 ば 、 もう 許 し とる と です もん ねえ 。 ん と なく 窓際 に 向かい 、 レース の カーテン を 開けた 。 さっき 祐一 を 見送った 場所 を 野良 猫 が 一 匹 駆け抜ける 。 その とき だった 。 表通り を ものすごい スピード で 走って きた 車 が 、 まるで スピン でも する ような 勢い で 、 そこ に 滑り込んで きた のだ 。 その 瞬間 、 ゴミ 捨て 場 に 駆け込もう と した 野良 猫 が 、 青い ライト に 浮かび上がった 。 光代 は 思わず 両手 を 握りしめた 。 「 危ない ! 」 と 心 の 中 で 叫んだ 。 車 が ゴミ 捨て場 の ポリバケッ に ぶつかる 寸前 で 停 まる 。 身 を 縮めて いた 野良 猫 が 、 青い ライト の 中 、 ふと 我 に 返った ように 逃げ出して いく 。 「 祐一 ? ……」 滑り込んで きた の は 祐一 の 車 に 違いなかった 。 野良 猫 の い なく なった 空き地 を 、 青い ライト が 照らして いる 。 光代 は 反射 的に カーテン を 閉め 、 慌てて 玄関 へ 腓 け 出した 。 あまりに も 急いで いる の で 、 うまく 踵 が 靴 に 入ら ない 。 床 に 置かれて いた バッグ を 反射 的に 取る と 、「 どこ 行く と ? 」 と 、 トイレ から 呑気 な 珠代 の 声 が 聞こえる 。 光代 は 何も 答え ず に 玄関 を 飛び出し た 。 アパート の 階段 から 、 暗い 車 内 で ハンドル に 突っ伏して いる 祐一 が 見えた 。 車 の ライ ト が 汚れた ポリバケッ を 照らして いる 。 光代 は 階段 を 下りた ところ で 思わず 足 を 止めた 。 目の前 の 光景 が 幻覚 の ように 思えた のだ 。 会いたい と 思う 気持ち が 、 こんな 光景 を 見せて いる ので は ない か と 。 それ でも ゆっくり と 近寄る と 、 足元 で 砂利 が 鳴った 。 光代 は 運転 席 の ガラス を 指先 で 叩いた 。 叩いた 瞬間 、 祐一 が ビクッ と 起き上がる 。 「 どうした と ? 」 と 光代 は 声 を 出さ ず に 尋ねた 。 その 口元 を 見つめて いる 祐一 の 目 が 、 どこ か とても 遠い 場所 を 見て いる よ うだった 。 光代 は もう 一 度 ガラス を 叩いた 。 叩き ながら 、「 どうした と ? 」 と 目 で 尋ねた 。 それ に 答える ように 祐一 が 目 を 逸ら す 。 光代 は また ガラス を 叩いた 。 しばらく ハンドル を 握った まま 傭 いて いた 祐一 が ゆっくり と ドア を 開ける 。 光代 は 一 歩 あと ず さった 。 車 を 降りて きた 祐一 が 、 何も 言わ ず に 光代 の 前 に 立つ 。 光代 は その 顔 を 見上げ ながら 、 「 どうした と ? 」 と また 訊 いた 。 通り を 車 が 一 台 走って いく 。 路肩 の 雑草 が その 風圧 で 激しく 揺れる 。 その とき だった 。 祐一 が とつぜん 光代 を 抱きしめた 。 あまりに も とつぜんで 、 光代 は 短い 声 を 上げた 。 「 俺 、 もっと 早う 光代 に 会 つ とれ ぱ よかった 。 もっと 早う 会っと れば 、 こげ ん こと に は なら ん やった ……」 抱きしめる 祐一 の 胸 から 声 が する 。 「』 え ? 。」 「 車 に 、 俺 の 車 に 乗って くれ ん や ? 」 「 え 」 「 俺 の 車 に 乗って くれって ! 」 とつぜん 声 を 荒らげた 祐一 が 、 光代 の 腕 を 引っ張って 、 助手 席 の ほう へ 回り込む 。 「 ど 、 どうした と ? 」 あまりに も 急で 、 光代 は 思わず 腰 を 引き 、 引きずら れる 踵 が 砂利 に 埋まった 。 「 よ かけ ん 、 乗れって ! 」 祐一 は ほとんど 光代 を 小 脇 に 抱える ように して 、 助手 席 の ドア を 開けた 。 両側 の ドア が 開いた 車 内 を 風 が 吹き抜け 、 暖房 で 暖まった 風 が 流れ出て くる 。 「 ちよ 、 ちょっと 」 光代 は 抵抗 した 。 乗り たく なかった わけで は なくて 、 一言 で いい から 何 か 説明 して ほ しかった 。 「 ど 、 どうした と ? ねぇ ? 」 乱暴に からだ を 押さ れ ながら 、 光代 は 祐一 の 手首 を 掴んだ 。 とても 乱暴な 物言い で 、 とても 乱暴に 扱われて いる のに 、 祐一 の 震える 手首 が とても 弱々しく 感じられた 。 光代 を 助手 席 に 押し込む と 、 祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回った 。 まるで 転がり込む ように 乗り込んで 、 息 を 荒く した まま サイド ブレーキ を 下ろす 。 下ろした 途端 、 タイヤ が 地面 の 砂利 を 蹴飛ばして 、 猛 スピード で 発車 する 。 アパート 前 の 空き地 を 飛び出し 、 311 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? 急 ハンドル で 左 へ 曲がる 。 曲がった 瞬間 、 対向 車 と ぶつかり そうに なり 、 光代 は また 声 を 上げた 。 間一髪 、 対向 車 を 媒 した 車 は 、 畑 の 中 を 一直線 に 伸びる 暗い 道 を 加速 した 。


悪人 下 (5) あくにん|した Evil Man (5) Le méchant, en bas (5).

手 を 振る 光代 の 姿 が ルームミラー から 消えて 、 もう どれ くらい 走った の か 。 て||ふる|てるよ||すがた||||きえて||||はしった|| The appearance of Mitsuyo waving his hand disappeared from the rear-view mirror, and how long did he run? すぐ そこ に 高速の 入口 が 見える 交差 点 で 、 車 は 赤 信号 に 捕まった 。 |||こうそくの|いりぐち||みえる|こうさ|てん||くるま||あか|しんごう||つかまった 祐一 は 尻 ポケット から 財布 を 出した 。 ゆういち||しり|ぽけっと||さいふ||だした 中 に は 五千 円 に 満たない 金 しか 入って いない 。 なか|||ごせん|えん||みたない|きむ||はいって| もしも 光代 が ホテル に 行く こと を 承諾 したら 、 帰り は いくら 遅く なろう と 一般 道 で 帰る つもりだった 。 |てるよ||ほてる||いく|||しょうだく||かえり|||おそく|||いっぱん|どう||かえる| 幸い 光代 が 明日 の 仕事 を 心配 して くれた おかげ で 、 祐一 は これ から 高速に 乗る こと が できる 。 さいわい|てるよ||あした||しごと||しんぱい|||||ゆういち||||こうそくに|のる||| 会い たくて 、 会い たくて 仕方なかった 。 あい||あい||しかたなかった I wanted to meet, I couldn't help it. つい 数 日 前 に 出会った ばかりな のに 、 一 日 で も 会え ない と 、 それ で 何もかも が 終わって しまい そうで 恐ろしかった 。 |すう|ひ|ぜん||であった|||ひと|ひ|||あえ|||||なにもかも||おわって||そう で|おそろしかった 夜 、 電話 で いく ら 話して も 、 恐ろし さ は 拭え なかった 。 よ|でんわ||||はなして||おそろし|||ぬぐえ| 電話 を 切った とたん に 苦しく なって 、 もう 会え ない ような 気 が した 。 でんわ||きった|||くるしく|||あえ|||き|| 眠る と 光代 が い なく なる 夢 を 見た 。 ねむる||てるよ|||||ゆめ||みた 朝 起きて 、 すぐに 電話 を かけ たかった が 、 早朝 五 時 に かける 勇気 は なく 、 仕事 中 も ずっと 光代 の こと だけ を 考えて い た 。 あさ|おきて||でんわ|||||そうちょう|いつ|じ|||ゆうき|||しごと|なか|||てるよ|||||かんがえて|| 仕事 が 終わる ころ に は もう 居て も 立って も いられ なく なり 、 気 が つけば 、 車 で 佐賀 に 向かって いた 。 しごと||おわる|||||いて||たって||いら れ|||き|||くるま||さが||むかって| 朝 、 おじ の ワゴン で は なく 、 自分 の 車 で 現場 へ 向かった 時点 で 、 もう 行こう と 決めて いた の かも しれ ない 。 あさ|||わごん||||じぶん||くるま||げんば||むかった|じてん|||いこう||きめて||||| 祐一 は なかなか 変わら ない 信号 を 待ち ながら 、 力一杯 ハンドル を 両手 で 叩いた 。 ゆういち|||かわら||しんごう||まち||ちからいっぱい|はんどる||りょうて||たたいた 横 に 車 が 並んで い なければ 、 そのまま 額 を 打ち付けたい 気分 だった 。 よこ||くるま||ならんで||||がく||うちつけ たい|きぶん| あれ は まだ 祖父母 の 家 に 連れて 来られる 前 、 おふくろ と 市 内 の アパート に 住んで いた 。 |||そふぼ||いえ||つれて|こ られる|ぜん|||し|うち||あぱーと||すんで| ある 日 、「 今 から お 父さん に 会い に 行く よ 」 と 、 とつぜん おふくろ が 言った 。 |ひ|いま|||とうさん||あい||いく||||||いった 喜んで 支 度 を して 、 一緒に 路面 電車 に 乗った 。 よろこんで|し|たび|||いっしょに|ろめん|でんしゃ||のった 「 駅 に 着いたら 汽車 に 乗り換える けん ね 」 と お ふ くろ は 言った 。 えき||ついたら|きしゃ||のりかえる||||||||いった 「 遠い と ? とおい| 」 と 尋ねる と 、「 ものすご -、 遠い よ 」 と 答えた 。 |たずねる|||とおい|||こたえた 混 んだ 路面 電車 で 、 おふくろ は 吊り革 を 掴んだ 。 こん||ろめん|でんしゃ||||つりかわ||つかんだ 俺 は その スカート を 掴んだ 。 おれ|||すかーと||つかんだ 電車 が そ 走り出す と 、 前 に 座って いる 男 たち が 、 互い の 肩 を 突き 合い クスクス と 笑い 出した 。 でんしゃ|||はしりだす||ぜん||すわって||おとこ|||たがい||かた||つき|あい|くすくす||わらい|だした 剃 わき げ り 忘れた おふくろ の 腋毛 を 笑って いる らしかった 。 てい||||わすれた|||わきげ||わらって|| He seemed to be laughing at his armpit hair, which he had forgotten to shave. おふくろ は 顔 を 真っ赤に して 腋 を ハ ンカチ で 隠した 。 ||かお||まっかに||わき|||||かくした 暑い 日 だった 。 あつい|ひ| 混 んだ 電車 は 大きく 揺れて 、 おふくろ の ハンカチ が ず れる たび に 、 男 たち が 笑い を 堪えた 。 こん||でんしゃ||おおきく|ゆれて|||はんかち||||||おとこ|||わらい||こらえた 国鉄 の 駅 に 着いて 、 汽車 に 乗り換えた 。 こくてつ||えき||ついて|きしゃ||のりかえた 揺れる 路面 電車 で 必死に 腋 を 隠して いた お ふ くろ は 、 水 を 浴びた ように 汗だくだった 。 ゆれる|ろめん|でんしゃ||ひっしに|わき||かくして||||||すい||あびた||あせだくだった 切符 を 買おう と 混 んだ 窓口 に 並んで いる とき 、 俺 は 、「 ごめん ね 」 と 謝った 。 きっぷ||かおう||こん||まどぐち||ならんで|||おれ|||||あやまった おふくろ は きょとんと して 首 を 捻り 、「 暑 か ねえ 」 と 微笑 む と 、 俺 の 鼻 に 浮かんだ 汗 を 、 その ハンカチ で 拭って くれた 。 ||||くび||ねじり|あつ||||びしょう|||おれ||はな||うかんだ|あせ|||はんかち||ぬぐって| とつぜん 背後 で クラクション を 鳴らさ れ 、 祐一 は 我 に 返った 。 |はいご||||ならさ||ゆういち||われ||かえった 慌てて アクセル を 踏み 込む と 、 ハンドル に しがみついて いた から だ が シート に 叩きつけられる 。 あわてて|あくせる||ふみ|こむ||はんどる|||||||しーと||たたきつけ られる 気 が 動転 して 、 高速 入口 へ の 車線 に 入れ ず に 、 そのまま 高架 を くぐって しまった 。 き||どうてん||こうそく|いりぐち|||しゃせん||いれ||||こうか||| 次の 信号 で Uターン しよう と 速度 を 落とし 、 気分 転換 に ラジオ を つける と 、 地元 の ニ ュース 番組 が 流れた 。 つぎの|しんごう||u たーん|||そくど||おとし|きぶん|てんかん||らじお||||じもと||||ばんぐみ||ながれた 祐一 は 車 を 大きく Uターン さ せた 。 ゆういち||くるま||おおきく|u たーん|| 入り 損ねた 高速の 入口 が すぐ に 近づいて くる 。 はいり|そこねた|こうそくの|いりぐち||||ちかづいて| 「 では 次の ニュース です 。 |つぎの|にゅーす| 今月 十 日 未明 、 福岡 と 佐賀 の 県境 、 三瀬 峠 で 起こった 殺人 事 件 の 重要 参考人 と して 指名 手配 されて いた 二十二 歳 の 男性 が 、 昨夜 、 名古屋 市 内 の サウ ナ 店 で 、 店員 から の 通報 で 駆けつけた 警官 に より 身柄 を 拘束 、 すぐに 移送 さ れ 、 現在 、 取り調べ を 受けて いる 模様 です 。 こんげつ|じゅう|ひ|みめい|ふくおか||さが||けんきょう|みつせ|とうげ||おこった|さつじん|こと|けん||じゅうよう|さんこうにん|||しめい|てはい|さ れて||にじゅうに|さい||だんせい||さくや|なごや|し|うち||||てん||てんいん|||つうほう||かけつけた|けいかん|||みがら||こうそく||いそう|||げんざい|とりしらべ||うけて||もよう| 詳しい 情報 が 入り 次第 、 十一 時 の ニュース でも お 伝え します 」 ニュース が 終わり 、 保険 の コマーシャル が 流れる 。 くわしい|じょうほう||はいり|しだい|じゅういち|じ||にゅーす|||つたえ|し ます|にゅーす||おわり|ほけん||こまーしゃる||ながれる 祐一 は 高速の 入口 へ 切り かけて い た ハンドル を 戻し 、 思い切り アクセル を 踏み込んだ 。 ゆういち||こうそくの|いりぐち||きり||||はんどる||もどし|おもいきり|あくせる||ふみこんだ とつぜん 割り込んで きた 祐一 の 車 に 、 背後 の 車 から 激しい クラクション が 鳴らさ れる 。 |わりこんで||ゆういち||くるま||はいご||くるま||はげしい|||ならさ| 祐一 は それ でも アクセル を 踏み 続 け 、 前 を 走る もう 一 台 の 車 を 抜き去る と 、 やっと スピード を 弛 め て 、 自動 販売 機 の 立つ 路肩 に 車 を 停めた 。 ゆういち||||あくせる||ふみ|つづ||ぜん||はしる||ひと|だい||くるま||ぬきさる|||すぴーど||ち|||じどう|はんばい|き||たつ|ろかた||くるま||とめた ラジオ は 懐かしい クリスマス ソング を 流して いた 。 らじお||なつかしい|くりすます|そんぐ||ながして| 祐一 は すぐに チャンネル を 変えて みた が 、 三瀬 峠 の 事件 を 伝える 番組 は 他 に なかった 。 ゆういち|||ちゃんねる||かえて|||みつせ|とうげ||じけん||つたえる|ばんぐみ||た|| 路肩 に 停めた 車 の 中 で 、 祐一 は ハンドル を 抱え込んだ 。 ろかた||とめた|くるま||なか||ゆういち||はんどる||かかえこんだ すぐ 横 を 大型 トラック が 走り 抜けて いき 、 その 風圧 で 車体 が ふっと 浮かぶ 。 |よこ||おおがた|とらっく||はしり|ぬけて|||ふうあつ||しゃたい|||うかぶ 祐一 は 掴んだ ハンドル を 大きく 揺すった 。 ゆういち||つかんだ|はんどる||おおきく|ゆすった 揺すった ところ で 、 ハンドル は ビク と も し ない 。 ゆすった|||はんどる|||||| 祐一 は もう 一 度 、 ハンドル を 揺さぶった 。 ゆういち|||ひと|たび|はんどる||ゆさぶった 力 を 込めて 揺さぶれば 揺さぶる ほど 、 ハンドル で は なく 、 自分 の からだ が 前後 に 揺れる 。 ちから||こめて|ゆさぶれば|ゆさぶる||はんどる||||じぶん||||ぜんご||ゆれる あいつ が 捕まった 。 ||つかまった 逃げて いた あの 男 が 捕まった 。 にげて|||おとこ||つかまった 石橋 佳乃 を 三瀬 峠 へ 連れて 行った あの 男 が 、 名古屋 で 捕まった 。 いしばし|よしの||みつせ|とうげ||つれて|おこなった||おとこ||なごや||つかまった 知らず知らず に 、 祐一 は そう 眩 いて いた 。 しらずしらず||ゆういち|||くら|| そう 眩 いて いる のに 、 なぜ か 昔 、 おふくろ と 一緒に 親父 に 会い に 行った 日 の 情景 が 思い出さ れる 。 |くら||||||むかし|||いっしょに|おやじ||あい||おこなった|ひ||じょうけい||おもいださ| 路面 電車 の 中 で 、 おふくろ の 腋 毛 を 笑った 男 たち 。 ろめん|でんしゃ||なか||||わき|け||わらった|おとこ| 混 んだ 切符 売り場 の 窓口 で 、 鼻 の 汗 を 拭いて くれた おふくろ の 顔 。 こん||きっぷ|うりば||まどぐち||はな||あせ||ふいて||||かお どうして 今 、 あの とき の こと が 浮かんで くる の か 分から なかった 。 |いま||||||うかんで||||わから| ただ 、 忘れよう と し て も 、 浮かんで くる 情景 を 消して しまう こと が でき なかった 。 |わすれよう|||||うかんで||じょうけい||けして||||| 路面 電車 で 国鉄 の 駅 へ 向かい 、 そこ で 列車 に 乗り換えた 。 ろめん|でんしゃ||こくてつ||えき||むかい|||れっしゃ||のりかえた おふくろ は 俺 を 窓際 の 席 に 座ら せ 、 横 で ずっと うとうと して いた 。 ||おれ||まどぎわ||せき||すわら||よこ||||| 親父 が 出て いった ばかりの ころ 、 おふくろ は 毎晩 の ように 泣いて いた 。 おやじ||でて||||||まいばん|||ないて| 心細くて 横 に 座る と 、 俺 の 頭 を 撫で ながら 、「 嫌な こと は ぜ 〜 ん ぶ 忘れて しまおう ねえ 。 こころぼそくて|よこ||すわる||おれ||あたま||なで||いやな||||||わすれて|| 一緒に ぜ 〜 ん ぶ 忘れて しまおう ねえ 」 と ますます 声 を 上げて 泣いた 。 いっしょに||||わすれて|||||こえ||あげて|ないた おふくろ と 一緒に 乗った 列車 の 窓 から は 、 海 が 見えた 。 ||いっしょに|のった|れっしゃ||まど|||うみ||みえた 座った の が 山側 の 座席 で 、 海 側 の 座席 に は お 揃い の 帽子 を かぶった 小学生 の 兄弟 と その 両親 が 座って いた 。 すわった|||やまがわ||ざせき||うみ|がわ||ざせき||||そろい||ぼうし|||しょうがくせい||きょうだい|||りょうしん||すわって| The seat on the mountain side was the seat on the mountain side, and the seat on the sea side was the seat of an elementary school sibling and his parents wearing matching hats. 首 を 伸ば して 、 海 を 見よう と する と 、 うとうと して いた おふくろ が 目 を 覚まし 、「 ほら 、 ちゃん と 座 つ とき なさい よ 。 くび||のば||うみ||みよう|||||||||め||さまし||||ざ|||| 危ない けん 」 と 頭 を 押さえた 。 あぶない|||あたま||おさえた 「 着いたら 、 海 なら いくら でも 見られる けん 」 と 。 ついたら|うみ||||み られる|| どれ くらい 乗って いた の か 、 気 が つく と 、 おふくろ と 同じ ように うとうと して いた 。 ||のって||||き||||||おなじ|||| 「 ほら 、 降りる よ 」 と 、 とつぜん 腕 を 掴まれて 、 寝ぼけた まま 列車 を 降りた 。 |おりる||||うで||つかま れて|ねぼけた||れっしゃ||おりた 駅 から し ばら く 歩いた 。 えき|||||あるいた 着いた ところ は フェリー 乗り場 だった 。 ついた|||ふぇりー|のりば| 「 ここ から 船 に 乗って 、 向こう に 行く けん ね 」 おふくろ は そう 言って 、 対岸 を 指さした 。 ||せん||のって|むこう||いく||||||いって|たいがん||ゆびさした フェリー 乗り場 の 駐車 場 に は 、 たくさんの 車 が 並んで いた 。 ふぇりー|のりば||ちゅうしゃ|じょう||||くるま||ならんで| この 車 も 全部 、 一緒に フ ェリー に 乗る のだ と おふくろ は 教えて くれた 。 |くるま||ぜんぶ|いっしょに||||のる|||||おしえて| 列車 の 中 で おふくろ が 言った 通り 、 目の前 に は 海 が あり 、 遠く に 対岸 の 灯台 が 小さく 見えた 。 れっしゃ||なか||||いった|とおり|めのまえ|||うみ|||とおく||たいがん||とうだい||ちいさく|みえた 灯台 を 見た の は あの とき が 初めて だった 。 とうだい||みた||||||はじめて| ポケット で 携帯 が 鳴って いた 。 ぽけっと||けいたい||なって| 祐一 は 路肩 に 停めた 車 の 中 で 、 ハンドル を 握りしめた まま だった 。 ゆういち||ろかた||とめた|くるま||なか||はんどる||にぎりしめた|| 相変わらず 横 を トラック が 走り抜けて いく 。 あいかわらず|よこ||とらっく||はしりぬけて| 通る たび に 風圧 で こちら の 車体 が ふっと そう です か 。 とおる|||ふうあつ||||しゃたい||||| 祐一 は あん とき の こと を まだ 覚え とった です か ……。 ゆういち||||||||おぼえ||| Did Yuichi still remember that time ...? あれ は 祐一 が 五 歳 か 、 六 歳 :….。 ||ゆういち||いつ|さい||むっ|さい Is that Yuichi 5 years old or 6 years old:…. .. てっきり 、 祐一 は もう 忘れ とるって 思う とった です よ 。 |ゆういち|||わすれ|とる って|おもう||| 前 に も 話し まし た けど 、 祐一 が 私 の ところ で 働く ように なって から は 、 前 に も 増して 祐一 は 自分 の 息子 の よう やった で すけ ん ねえ 。 ぜん|||はなし||||ゆういち||わたくし||||はたらく|||||ぜん|||まして|ゆういち||じぶん||むすこ||||||| As I said before, since Yuichi started working at my place, Yuichi did more like his own son than before. 最近 で は 仕事 も 覚えて 、 クレーン 免許 ば 取る 気 も あった み 浮かぶ 。 さいきん|||しごと||おぼえて|くれーん|めんきょ||とる|き||||うかぶ 祐一 は 携帯 を 取り出した 。 ゆういち||けいたい||とりだした 「 家 」 から だった 。 いえ|| 電話 に 出る と 、 少し オドオド した よう な 祖母 の 声 が 聞こえて くる 。 でんわ||でる||すこし|||||そぼ||こえ||きこえて| 「 ゆ 、 祐一 ね ? |ゆういち| あんた 、 今 、 どこ に おる と ? |いま|||| 」 近く に 誰 か が いて 、 その 誰 か に 確認 し ながら 話して いる ようだった 。 ちかく||だれ|||||だれ|||かくにん|||はなして|| 「 なんで ? 」 と 祐一 は 訊 いた 。 |ゆういち||じん| 「 い 、 今 、 警察 の 人 が 来 と んな つと さ 、 ここ に 」 わざと 明るく 振る舞おう と して いる が 、 祖母 の 声 が 震えて いる 。 |いま|けいさつ||じん||らい||||||||あかるく|ふるまおう|||||そぼ||こえ||ふるえて| "Now, the police are coming here," he is deliberately trying to behave brightly, but his grandmother's voice is quivering. 「 どこ に おる と ? すぐ 帰って こ れる と やる ? |かえって|||| 」 また 一 台 、 トラック が 横 を 走り抜けて いく 。 |ひと|だい|とらっく||よこ||はしりぬけて| Another truck runs sideways. 祐一 は 電話 を 切った 。 ゆういち||でんわ||きった ほとんど 反射 的に 指 が 動いた 。 |はんしゃ|てきに|ゆび||うごいた た いやし 。 ぱあ じい 考えて みれば 、 あれ が 原因 で 祐一 は 婆さん 爺さん の 家 で 暮らす ように なった と です ょ 。 ||かんがえて||||げんいん||ゆういち||ばあさん|じいさん||いえ||くらす||||| そう です か :….。 祐一 は 未 だに 、 父ちゃん に 会い に 行った と 思う とる と です か 。 ゆういち||み||とうちゃん||あい||おこなった||おもう|||| 切 なか です ねえ 。 せつ||| ほんと は 自分 の 母親 に 捨てられよう と し とった と に ねぇ 。 ||じぶん||ははおや||すて られよう|||||| 祐一 が どう 話した か 知ら んです けど 、 あの とき もう 祐一 の 母親 は どうにも なら ん よう かいしよう に なっとった と です よ 。 ゆういち|||はなした||しら||||||ゆういち||ははおや||||||||な っと った||| 周り の 反対 を 押し切って 、 甲斐 性 なし の 男 と くっついて 、 すぐ に 祐一 ば 産んだ まで は よかった ばってん 、 五 年 も 経た ん うち に 男 は 二 人 ば 置いて 出て 行って しも うて 。 まわり||はんたい||おしきって|かい|せい|||おとこ|||||ゆういち||うんだ||||ばっ てん|いつ|とし||へた||||おとこ||ふた|じん||おいて|でて|おこなって|| 祐一 の 母親 の 肩 持つ わけじゃ な かばって ん 、 キャバレー で 働いて 、 自分 なり に 祐一 の こと 育てよう と は 思う とった と でしょう ね 。 ゆういち||ははおや||かた|もつ|||||||はたらいて|じぶん|||ゆういち|||そだてよう|||おもう|||| ただ 、 そう 簡単に いく もん で す か 。 ||かんたんに||||| あげ ん 所 で 働けば 、 すぐに また 悪 か 男 の 目 に ついて 、 あっという間 に 金 は 筆 り 取られて 、 挙げ句 の 果て に 病気 して ……、 実家 の 婆さん に 一 本 電話 かければ よかろう に 、 それ も でき ん 。 ||しょ||はたらけば|||あく||おとこ||め|||あっというま||きむ||ふで||とら れて|あげく||はて||びょうき||じっか||ばあさん||ひと|ほん|でんわ||||||| 結局 、 頼る 者 も おら んで ……。 けっきょく|たよる|もの||| After all, some people rely on it ... あの 日 は 、 いよいよ 切羽詰まった と でしょう ねえ 。 |ひ|||せっぱつまった||| 祐一 に 「 お 父さん に 会い に 行く よ 」 なんて 嘘 ついて 、 男 の 居場所 なんか 知り も せ ん くせ に 。 ゆういち|||とうさん||あい||いく|||うそ||おとこ||いばしょ||しり||||| あの 日 、 祐一 は フェリー 乗り場 に 置き去り に さ れた と です よ 、 結局 、 翌朝 まで じっと 一 人 で 待つ とったら しか です 。 |ひ|ゆういち||ふぇりー|のりば||おきざり|||||||けっきょく|よくあさ|||ひと|じん||まつ||| 切符 ば 買い に 行くって 言う て 、 そのまま 逃げた 母親 ば 、 フェリー 乗り場 の 桟橋 の 柱 に 隠れて 、 朝 まで ずっと 待つ とったら しか です 。 きっぷ||かい||いく って|いう|||にげた|ははおや||ふぇりー|のりば||さんばし||ちゅう||かくれて|あさ|||まつ||| 翌朝 、 係員 に 見つけられた とき 、 祐一 は それ でも 動こう と せ ん や つたって 。 よくあさ|かかりいん||みつけ られた||ゆういち||||うごこう||||| 「 母 ちゃ ん が ここ に おれって 言う たも ん ! はは||||||おれ って|いう|| 」って 、 その 人 の 腕 に 噛みついたって 。 ||じん||うで||かみついた って 置き去り に する 前 に 、 母親 が 言う たら しかと です よ 。 おきざり|||ぜん||ははおや||いう|||| 「 向こう に 灯台 の 見える やろ う ? むこう||とうだい||みえる|| 」って 、「 あの 灯台 ば 見 とき なさい 」って 、「 そ したら すぐ お母さん 、 切符 買う て 戻って くる けん 」って 。 ||とうだい||み|||||||お かあさん|きっぷ|かう||もどって||| 結局 、 母親 が 連絡 して きた と は その 一 週間 後 です よ 。 けっきょく|ははおや||れんらく||||||ひと|しゅうかん|あと|| 自分 で は 死ぬ 気 やったって 言い よった ばってん 、 俺 に は そう 思え んです ねえ 。 じぶん|||しぬ|き|やった って|いい||ばっ てん|おれ||||おもえ|| 結局 その あと は 、 児童 相談 所 や 家庭 裁判 所 の 世話に なって 、 婆さん たち が 二 人 を 引き取って 、 それ から また すぐです もん ねえ 、 母親 が 男 作って 逃げ出した と は 。 けっきょく||||じどう|そうだん|しょ||かてい|さいばん|しょ||せわに||ばあさん|||ふた|じん||ひきとって|||||||ははおや||おとこ|つくって|にげだした|| それ でも ねえ 、 親子って いう と は 不思議な もん です よ 。 |||おやこ って||||ふしぎな||| あれ は ちょうど 祐一 が うち で 働き 出した ころ やった か ねえ 、 なんか の 拍子 に 、「 母 ち ゃん から は ぜんぜん 連絡 な しか ? |||ゆういち||||はたらき|だした|||||||ひょうし||はは||||||れんらく|| 」って 、 私 が 訊 いた と です よ 。 |わたくし||じん|||| たしか 爺さん の 具合 が 悪う なった とき で 、 私 と して も 、 もし 万が一 の こと が あったら 、 葬式 くらい 呼んで やら ん と なぁ 、 なんて 心 のどっか で 思う とって 、 それ が ぼろっと 出た と やろう と 思う と です けど ね 。 |じいさん||ぐあい||わるう||||わたくし|||||まんがいち|||||そうしき||よんで||||||こころ|のど っか||おもう||||ぼろ っと|でた||||おもう|||| 母親 が 男 作って 家 を 出た あと は 、 てっきり 音沙汰 なしって 思う とったん です よ 。 ははおや||おとこ|つくって|いえ||でた||||おとさた|なし って|おもう||| 実際 、 婆さん や 爺さん も 、「 何 年 か に 一 度 、 思い出した ように 年賀 状 が 来る だけ 。 じっさい|ばあさん||じいさん||なん|とし|||ひと|たび|おもいだした||ねんが|じょう||くる| 年賀 状 が 来 る たんび に 住所 が 変わ つとって …・・・、 たぶん その たんび に 男 も 変わっと る の やろう 」 な ん て 言い よった し 。 ねんが|じょう||らい||||じゅうしょ||かわ|つと って|||||おとこ||かわ っと|||||||いい|| だけ ん 、 祐一 に 「 ぜんぜん 連絡 な しか ? ||ゆういち|||れんらく|| 」って 訊 いた とき も 、 祐一 が 頷いて 終わりって 思う とった と です よ 。 |じん||||ゆういち||うなずいて|おわり って|おもう|||| そ したら 、「 爺ちゃん の こと なら 、 もう 知らせて ある 」って 。 ||じいちゃん|||||しらせて|| 「 知らせて あるって 、 お前 ……。 しらせて|ある って|おまえ 母ちゃん と 連絡 取り合い よっと か ? かあちゃん||れんらく|とりあい|よっ と| 」 「 たまに 一緒に メシ 食い よる 」 「 たまにって ……」 「 年 に 一 回 あるか ない か 」 「 婆さん たち は 知っと る と か ? |いっしょに|めし|くい||たまに って|とし||ひと|かい||||ばあさん|||ち っと||| 」 祐一 は 、「 いや 、 知ら ん 」って 首 振りました よ 。 ゆういち|||しら|||くび|ふり ました| ほら 、 あの 婆さん も 祐一 は 自分 が 育 て たって 自負 も ある し 、 祐一 も 言いにくかった と でしょう ねえ 。 ||ばあさん||ゆういち||じぶん||いく|||じふ||||ゆういち||いいにくかった||| 「 お前 、 母ちゃん に 会う て 、 腹 立た ん と か ? おまえ|かあちゃん||あう||はら|たた||| 」 思わず 、 そう 訊 きました よ 。 おもわず||じん|き ました| Involuntarily, I asked you so. だって 、 ろくに 食べ物 も 与え ん で 、 その 上 、 フェリー 乗 り 場 に 置き去り に して 、 挙げ句 の 果て が 婆さん に 預けた まま です よ 。 ||たべもの||あたえ||||うえ|ふぇりー|じょう||じょう||おきざり|||あげく||はて||ばあさん||あずけた||| でも 、 祐一 は 、 「 腹 立た ん 」って 言い よりました 。 |ゆういち||はら|たた|||いい|より ました 「 腹 立てる ほど 、 会 うて ない 」って 。 はら|たてる||かい||| 「 母ちゃん 、 今 、 どこ で 何 し よる と か ? かあちゃん|いま|||なん|||| "Mom, where and what are you doing now? 」って 訊 いたら 、「 雲仙 の 旅館 で 働 い とる 」って 。 |じん||うんぜん||りょかん||はたら||| When asked, "I will work at an inn in Unzen." あれ が もう 三 年 か 四 年 前 。 |||みっ|とし||よっ|とし|ぜん 祐一 を 見送った あと 、 光代 は しばらく アパート の 外 階段 に 座り込んで いた 。 ゆういち||みおくった||てるよ|||あぱーと||がい|かいだん||すわりこんで| 硬い コン クリート が 尻 を 冷やし 、 一 階 の 部屋 から は 赤ん坊 を あやす 若い 男 の 声 が 聞こえた 。 かたい||||しり||ひやし|ひと|かい||へや|||あかんぼう|||わかい|おとこ||こえ||きこえた さすが に 寒く なって 二 階 の 自室 へ 向かった 。 ||さむく||ふた|かい||じしつ||むかった 鍵 を 開け 、「 ただいま -」 と 声 を かける と 、 トイレ の 中 から 、「 残業 やった と ? かぎ||あけ|||こえ||||といれ||なか||ざんぎょう|| 」 と 珠代 の 声 が 聞こえる 。 |たまよ||こえ||きこえる 光代 は 、「 あ 、 うん 」 と 暖昧 に 答え ながら 靴 を 脱いだ 。 てるよ|||||だんまい||こたえ||くつ||ぬいだ 廊下 を 進んで 居間 へ 入る と 、 テーブル に シチュー を 食 べ た あと らしい Ⅲ が あった 。 ろうか||すすんで|いま||はいる||てーぶる||しちゅー||しょく|||||| 「 自分 で 作った と ? じぶん||つくった| 」 トイレ に 声 を かけて みる が 、 返事 は ない 。 といれ||こえ|||||へんじ|| 襖 を 開けて 、 寝室 に して いる 六 畳 間 に 入った 。 ふすま||あけて|しんしつ||||むっ|たたみ|あいだ||はいった 祐一 は もう 高速に 乗った だろう か 。 ゆういち|||こうそくに|のった|| な 祐一 自身 も たまに 車 で 会い に 行ったり する こと も あったら しか です よ 。 |ゆういち|じしん|||くるま||あい||おこなったり||||||| 「 二 人 で 何の 話 する と か ? ふた|じん||なんの|はなし||| 」って 訊 いたら 、「 別に 何も 話さ ん 」って 。 |じん||べつに|なにも|はなさ|| 私 は ね 、 正直 、 祐一 の 母親 ぱ 許す 気 は ない と です よ 。 わたくし|||しょうじき|ゆういち||ははおや||ゆるす|き||||| 未 だに フェリー 乗り場 に 置き 去 り に さ れた 祐一 が 目 に 浮かんで しまう 。 み||ふぇりー|のりば||おき|さ|||||ゆういち||め||うかんで| 私 だけ じゃ なくて 、 婆さん も 爺さん も 、 親戚 中 の 人間 が そう です よ 。 わたくし||||ばあさん||じいさん||しんせき|なか||にんげん|||| ただ 、 ほんとに 不思議な もん で 、 当の 祐一 は その 母親 ば 、 もう 許 し とる と です もん ねえ 。 ||ふしぎな|||とうの|ゆういち|||ははおや|||ゆる|||||| ん と なく 窓際 に 向かい 、 レース の カーテン を 開けた 。 |||まどぎわ||むかい|れーす||かーてん||あけた さっき 祐一 を 見送った 場所 を 野良 猫 が 一 匹 駆け抜ける 。 |ゆういち||みおくった|ばしょ||のら|ねこ||ひと|ひき|かけぬける その とき だった 。 表通り を ものすごい スピード で 走って きた 車 が 、 まるで スピン でも する ような 勢い で 、 そこ に 滑り込んで きた のだ 。 おもてどおり|||すぴーど||はしって||くるま|||||||いきおい||||すべりこんで|| その 瞬間 、 ゴミ 捨て 場 に 駆け込もう と した 野良 猫 が 、 青い ライト に 浮かび上がった 。 |しゅんかん|ごみ|すて|じょう||かけこもう|||のら|ねこ||あおい|らいと||うかびあがった 光代 は 思わず 両手 を 握りしめた 。 てるよ||おもわず|りょうて||にぎりしめた 「 危ない ! あぶない 」 と 心 の 中 で 叫んだ 。 |こころ||なか||さけんだ 車 が ゴミ 捨て場 の ポリバケッ に ぶつかる 寸前 で 停 まる 。 くるま||ごみ|すてば|||||すんぜん||てい| 身 を 縮めて いた 野良 猫 が 、 青い ライト の 中 、 ふと 我 に 返った ように 逃げ出して いく 。 み||ちぢめて||のら|ねこ||あおい|らいと||なか||われ||かえった||にげだして| 「 祐一 ? ゆういち ……」 滑り込んで きた の は 祐一 の 車 に 違いなかった 。 すべりこんで||||ゆういち||くるま||ちがいなかった 野良 猫 の い なく なった 空き地 を 、 青い ライト が 照らして いる 。 のら|ねこ|||||あきち||あおい|らいと||てらして| 光代 は 反射 的に カーテン を 閉め 、 慌てて 玄関 へ 腓 け 出した 。 てるよ||はんしゃ|てきに|かーてん||しめ|あわてて|げんかん||ふくらはぎ||だした あまりに も 急いで いる の で 、 うまく 踵 が 靴 に 入ら ない 。 ||いそいで|||||かかと||くつ||はいら| 床 に 置かれて いた バッグ を 反射 的に 取る と 、「 どこ 行く と ? とこ||おか れて||ばっぐ||はんしゃ|てきに|とる|||いく| 」 と 、 トイレ から 呑気 な 珠代 の 声 が 聞こえる 。 |といれ||のんき||たまよ||こえ||きこえる 光代 は 何も 答え ず に 玄関 を 飛び出し た 。 てるよ||なにも|こたえ|||げんかん||とびだし| アパート の 階段 から 、 暗い 車 内 で ハンドル に 突っ伏して いる 祐一 が 見えた 。 あぱーと||かいだん||くらい|くるま|うち||はんどる||つ っ ふくして||ゆういち||みえた 車 の ライ ト が 汚れた ポリバケッ を 照らして いる 。 くるま|||||けがれた|||てらして| 光代 は 階段 を 下りた ところ で 思わず 足 を 止めた 。 てるよ||かいだん||おりた|||おもわず|あし||とどめた 目の前 の 光景 が 幻覚 の ように 思えた のだ 。 めのまえ||こうけい||げんかく|||おもえた| 会いたい と 思う 気持ち が 、 こんな 光景 を 見せて いる ので は ない か と 。 あい たい||おもう|きもち|||こうけい||みせて|||||| それ でも ゆっくり と 近寄る と 、 足元 で 砂利 が 鳴った 。 ||||ちかよる||あしもと||じゃり||なった 光代 は 運転 席 の ガラス を 指先 で 叩いた 。 てるよ||うんてん|せき||がらす||ゆびさき||たたいた 叩いた 瞬間 、 祐一 が ビクッ と 起き上がる 。 たたいた|しゅんかん|ゆういち||||おきあがる 「 どうした と ? 」 と 光代 は 声 を 出さ ず に 尋ねた 。 |てるよ||こえ||ださ|||たずねた その 口元 を 見つめて いる 祐一 の 目 が 、 どこ か とても 遠い 場所 を 見て いる よ うだった 。 |くちもと||みつめて||ゆういち||め|||||とおい|ばしょ||みて||| 光代 は もう 一 度 ガラス を 叩いた 。 てるよ|||ひと|たび|がらす||たたいた 叩き ながら 、「 どうした と ? たたき||| 」 と 目 で 尋ねた 。 |め||たずねた それ に 答える ように 祐一 が 目 を 逸ら す 。 ||こたえる||ゆういち||め||はやら| 光代 は また ガラス を 叩いた 。 てるよ|||がらす||たたいた しばらく ハンドル を 握った まま 傭 いて いた 祐一 が ゆっくり と ドア を 開ける 。 |はんどる||にぎった||よう|||ゆういち||||どあ||あける 光代 は 一 歩 あと ず さった 。 てるよ||ひと|ふ||| 車 を 降りて きた 祐一 が 、 何も 言わ ず に 光代 の 前 に 立つ 。 くるま||おりて||ゆういち||なにも|いわ|||てるよ||ぜん||たつ 光代 は その 顔 を 見上げ ながら 、 「 どうした と ? てるよ|||かお||みあげ||| 」 と また 訊 いた 。 ||じん| 通り を 車 が 一 台 走って いく 。 とおり||くるま||ひと|だい|はしって| 路肩 の 雑草 が その 風圧 で 激しく 揺れる 。 ろかた||ざっそう|||ふうあつ||はげしく|ゆれる その とき だった 。 祐一 が とつぜん 光代 を 抱きしめた 。 ゆういち|||てるよ||だきしめた あまりに も とつぜんで 、 光代 は 短い 声 を 上げた 。 |||てるよ||みじかい|こえ||あげた 「 俺 、 もっと 早う 光代 に 会 つ とれ ぱ よかった 。 おれ||はやう|てるよ||かい|||| もっと 早う 会っと れば 、 こげ ん こと に は なら ん やった ……」 抱きしめる 祐一 の 胸 から 声 が する 。 |はやう|かい っと||||||||||だきしめる|ゆういち||むね||こえ|| 「』 え ? 。」 「 車 に 、 俺 の 車 に 乗って くれ ん や ? くるま||おれ||くるま||のって||| 」 「 え 」 「 俺 の 車 に 乗って くれって ! |おれ||くるま||のって|くれ って 」 とつぜん 声 を 荒らげた 祐一 が 、 光代 の 腕 を 引っ張って 、 助手 席 の ほう へ 回り込む 。 |こえ||あららげた|ゆういち||てるよ||うで||ひっぱって|じょしゅ|せき||||まわりこむ 「 ど 、 どうした と ? 」 あまりに も 急で 、 光代 は 思わず 腰 を 引き 、 引きずら れる 踵 が 砂利 に 埋まった 。 ||きゅうで|てるよ||おもわず|こし||ひき|ひきずら||かかと||じゃり||うずまった 「 よ かけ ん 、 乗れって ! |||のれ って 」 祐一 は ほとんど 光代 を 小 脇 に 抱える ように して 、 助手 席 の ドア を 開けた 。 ゆういち|||てるよ||しょう|わき||かかえる|||じょしゅ|せき||どあ||あけた 両側 の ドア が 開いた 車 内 を 風 が 吹き抜け 、 暖房 で 暖まった 風 が 流れ出て くる 。 りょうがわ||どあ||あいた|くるま|うち||かぜ||ふきぬけ|だんぼう||あたたまった|かぜ||ながれでて| 「 ちよ 、 ちょっと 」 光代 は 抵抗 した 。 ||てるよ||ていこう| 乗り たく なかった わけで は なくて 、 一言 で いい から 何 か 説明 して ほ しかった 。 のり||||||いちげん||||なん||せつめい||| 「 ど 、 どうした と ? ねぇ ? 」 乱暴に からだ を 押さ れ ながら 、 光代 は 祐一 の 手首 を 掴んだ 。 らんぼうに|||おさ|||てるよ||ゆういち||てくび||つかんだ Mitsuyo grabbed Yuichi's wrist while being roughly pushed by his body. とても 乱暴な 物言い で 、 とても 乱暴に 扱われて いる のに 、 祐一 の 震える 手首 が とても 弱々しく 感じられた 。 |らんぼうな|ものいい|||らんぼうに|あつかわ れて|||ゆういち||ふるえる|てくび|||よわよわしく|かんじ られた 光代 を 助手 席 に 押し込む と 、 祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回った 。 てるよ||じょしゅ|せき||おしこむ||ゆういち||どあ||しめて|うんてん|せき||まわった まるで 転がり込む ように 乗り込んで 、 息 を 荒く した まま サイド ブレーキ を 下ろす 。 |ころがりこむ||のりこんで|いき||あらく|||さいど|ぶれーき||おろす 下ろした 途端 、 タイヤ が 地面 の 砂利 を 蹴飛ばして 、 猛 スピード で 発車 する 。 おろした|とたん|たいや||じめん||じゃり||けとばして|もう|すぴーど||はっしゃ| アパート 前 の 空き地 を 飛び出し 、 311 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ? あぱーと|ぜん||あきち||とびだし|だい|よっ|しょう|かれ||だれ||であった| 急 ハンドル で 左 へ 曲がる 。 きゅう|はんどる||ひだり||まがる 曲がった 瞬間 、 対向 車 と ぶつかり そうに なり 、 光代 は また 声 を 上げた 。 まがった|しゅんかん|たいこう|くるま|||そう に||てるよ|||こえ||あげた 間一髪 、 対向 車 を 媒 した 車 は 、 畑 の 中 を 一直線 に 伸びる 暗い 道 を 加速 した 。 かんいっぱつ|たいこう|くるま||ばい||くるま||はたけ||なか||いっちょくせん||のびる|くらい|どう||かそく|