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銀河英雄伝説 01黎明篇, 第八章 死線 (1)

Ⅰ 最初の 一 ヵ 月 、 同盟 軍 の 全 宇宙 艦隊 は めくる めく 興奮 を 友 と して いた 。 その 友情 が さめる と 、 あと に は 興ざめ した 気分 と 、 もっと 悪い もの ―― 不安 と あせり が 残さ れた 。 士官 たち は 兵士 の いない 場所 で 、 兵士 たち は 士官 の いない 場所 で 、 たがいに 疑問 を ぶつけあう ように なった 。

―― なぜ 、 敵 は 姿 を あらわさ ない の か ?

同盟 軍 は ウランフ 提督 の 第 一〇 艦隊 を 先頭 に 、 帝国 領 内 に 五〇〇 光年 ほど も 侵入 して いた 。 二〇〇 を かぞえる 恒星 系 が 同盟 軍 の 手中 に おち 、 その うち 三〇 あまり が 低 開発 と は いえ 有人 だった 。 そこ に は 合計 して 五〇〇〇万 人 ほど の 民間 人 が いた 。 彼ら を 支配 す べき 総督 、 辺境 伯 、 徴税 官 、 軍人 ら は 逃亡 して しまって おり 、 抵抗 らしい 抵抗 は まるで なかった のだ 。

「 吾々 は 解放 軍 だ 」

とり残さ れた 農民 や 鉱 夫 たち の 群 に 、 同盟 軍 の 宣 撫士 官 は そう 語りかけた 。

「 吾々 は きみ たち に 自由 と 平等 を 約束 する 。 もう 専制 主義 の 圧政 に 苦しむ こと は ない のだ 。 あらゆる 政治 上 の 権利 が きみ たち に は あたえ られ 、 自由な 市民 と して の あらたな 生活 が はじまる だろう 」

彼ら が 落胆 した こと に 、 彼ら を 迎えた の は 熱烈な 歓呼 の 叫び で は なかった 。 おもしろく も な さ そうに 宣 撫士 官 の 情熱 的な 能 弁 を 聞きながす と 、 農民 の 代表 は 言った のだ 。

「 政治 的な 権利 と やら より も さき に 、 生きる 権利 を あたえて ほしい もん だ ね 。 食糧 が ない んだ 。 赤ん坊 の ミルク も ない 。 軍隊 が みんな もっていって しまった 。 自由 や 平等 より さき に 、 パン や ミルク を 約束 して くれ ん か ね 」

「 もちろん だ と も 」

理想 の かけら も ない 散文 的な 要求 に 、 内心 、 失望 し つつ も 、 宣 撫士 官 たち は そう 答えた 。 なにしろ 彼ら は 解放 軍 な のだ 。 帝政 の 重い 桎梏 に あえぐ 哀れな 民衆 に 、 生活 の 保障 を あたえる の は 、 戦闘 と 同等 以上 に 重要な 責務 である 。

彼ら は 各 艦隊 の 補給 部 から 食糧 を 供出 する と ともに 、 イゼルローン の 総 司令 部 に つぎ の ような もの を 要求 した ―― 五〇〇〇万 人 の 一八〇 日 ぶん の 食糧 、 二〇〇 種 に のぼる 食用 植物 の 種子 、 人造 蛋白 製造 プラント 四〇 、 水 耕 プラント 六〇 、 および それ ら を 輸送 する 船舶 。

「 解放 地区 の 住民 を 飢餓 状態 から 恒久 的に 救う に は 、 最低 限 、 これ だけ の もの が 必要である 。 解放 地区 の 拡大 に ともない 、 この 数値 は 順次 、 大きな もの と なる であろう 」

と いう 註釈 を つけた 要求 書 を 見て 、 遠征 軍 の 後方 主任 参謀 である キャゼルヌ 少将 は 思わず うなった 。

五〇〇〇万 人 の 一八〇 日 ぶん の 食糧 と いえば 、 穀物 だけ でも 一〇〇〇万 トン に 達する であろう 。 二〇万 トン 級 の 輸送 船 が 五〇 隻 必要である 。 だいいち 、 それ は イゼルローン の 食糧 生産 ・ 貯蔵 能力 を 大きく 凌 駕 して いた 。

「 イゼルローン の 倉庫 全部 を 空 に して も 、 穀物 は 七〇〇万 トン しか ありません 。 人造 蛋白 と 水 耕 の プラント を フル 回転 して も ……」

「 たりない こと は わかって いる 」

部下 の 報告 を 、 キャゼルヌ は さえぎった 。 三〇〇〇万 人 の 同盟 軍将 兵 を 対象 と する 補給 計画 は 、 キャゼルヌ の 手 に よって たて られて おり 、 その 運営 に かんして は 彼 は 自信 を もって いた 。

しかし 全軍 の 二 倍 ちかく に も なる 非 戦闘 員 を かかえる と なる と 話 は べつである 。 計画 の スケール を 三 倍 に 修正 せ ねば なら ず 、 しかも 、 こと は 急 を 要して いる 。 各 艦隊 の 補給 部 が 過大な 負担 に たえかねて 悲鳴 を あげる 情景 が 、 キャゼルヌ に は 容易に 想像 できた 。

「 それにしても 、 宣 撫士 官 と いう 奴 ら は 低 能 ぞろい か 」

彼 が そう 思った の は 、 要求 書 の 末尾 の 部分 を 見て 、 である 。

「 解放 地区 の 拡大 に ともない 、 この 数値 は 順次 、 大きな もの と なる であろう 」―― と いう こと は 、 補給 の 負担 が 増大 する いっぽう 、 と いう こと で は ない か 。 勢力 範囲 の 拡大 を 無邪気に 喜んで いる 場合 で は ある まい 。 しかも 、 ここ に は おそろしい 暗示 が ある ……。

キャゼルヌ は 総 司令 官 ロボス 元帥 に 面会 を もとめた 。 総 司令 官 の オフィス に は 作戦 参謀 の フォーク 准将 も いた 。 これ は 予想 して いた こと だった 。 参謀 長 の グリーンヒル 大将 より も 総 司令 官 の 信任 厚い 彼 は 、 上司 の 傍 で つねに 目 を 光らせて おり 、

「 総 司令 官 は 作戦 参謀 の マイク に すぎ ない 。 実際 に しゃべって いる の は フォーク 准将 だ 」

など と 蔭 口 を たたか れる ちかごろ だった 。

「 宣 撫班 から の 要求 に ついて 話 が ある そうだ が ……」

ロボス 元帥 は 肉づき の よ すぎる あご を なでた 。

「 どういう こと か ね 、 それ で なく と も 忙しい のだ から 手短に たのむ よ 」

無能な 男 が 元帥 に なれる はず は ない 。 ロボス は 前線 で 武 勲 も たて 、 後方 で は 着実な 事務 処理 の 能力 を しめし 、 大 部隊 を 統率 し 参謀 チーム を 管理 する こと の できる 男 だった 。 すくなくとも 、 四〇 代 まで は そう だった 。 だが 今日 で は 、 衰え が 目だって いる 。 万事 に 無気力で 、 とくに 判断 、 洞察 、 決断 に かんする エネルギー の 欠乏 が み られた 。 だからこそ フォーク 准将 の 独走 と 専断 を 許して も いる のだろう 。

先日 まで の 英才 が なぜ そう なった か 、 その 原因 に ついて は 諸説 さまざまで 、 青少年 時代 の 頭脳 と 肉体 の 酷使 が 脳 軟化 的 症状 を ひきおこした のだ 、 と か 、 慢性 の 心臓 疾患 に よる もの だ 、 と か 、 統合 作戦 本 部長 の 座 を シトレ 元帥 と あらそって 敗北 した 後遺症 だ 、 と か 、 将兵 は 想像 の 翼 を ひろげて 語りあって いた 。

その 翼 が ひろがり すぎる と 、 美女 と なる と みさかい の ない ロボス が 一夜 を ともに した 女 から たち の 悪い 病気 を 感染 さ れた のだ 、 など と いう 説 も でて くる のだった 。 その 説 に は おまけ が あって 、 元帥 を 不名誉な 病気 に したてた 女 は 帝国 の 工作 員 だった 、 と いう のである 。 それ を 聞いた 者 は 、 ひとしきり 不謹慎な 笑み を 浮かべた あと で 、 なんとなく うそ 寒い もの を 感じて 首 を すくめたり する のだった 。

「 で は 手短に 申しあげます 。 閣下 、 わが 軍 は 危機 に 直面 して おります 。 それ も 重大な 危機 に 」

キャゼルヌ は あえて 大 上段 から きりこみ 、 相手 の 反応 を うかがった 。 ロボス 元帥 は あご を なでる 手 を 停め 、 不審 そうな 視線 を 後方 主任 参謀 の 顔 に 送りこんだ 。 フォーク 准将 は 色 の 悪い 唇 を 心もち ゆがめた が 、 これ は たんに 性癖 である に すぎ ない 。

「 急に また 、 なんだ ね 」

元帥 の 声 に 驚愕 の ひびき は なかった が 、 おちついて いる と いう より 感性 が にぶって いる と いう べきで は ない か 、 と キャゼルヌ は 思う 。

「 宣 撫班 から の 要求 は ご存じ で いらっしゃいます ね 」 キャゼルヌ は 言った が 、 これ は 考えよう に よって は 無礼な 質問 かも しれ なかった 。 フォーク は あきらかに そう 考えた らしく 、 唇 の ゆがめ かた を 大きく した が 、 口 に だして は なにも 言わ なかった 。 後日 、 問題 に する つもり かも しれ ない 。

「 知っている 。 どうも 過大な 要求 と いう 気 も する が 、 占領 政策 上 、 やむ を えん ので は ない か な 」

「 総 司令 部 に それ だけ の 物資 は ありません 」 「 本国 に 要求 を 伝えれば よかろう 。 経済 官僚 ども が ヒステリー を おこす かも しれん が 、 奴 ら も 送って こ ない わけに は いく まい 」

「 ええ 、 たしかに 送って は くる でしょう 。 しかし 、 それ ら の 物資 が イゼルローン に まで は とどいた と して 、 そのさき どう なります か 」 元帥 は また あご を な で はじめた 。 いくら こすって も 余分な 肉 が おちる わけで も ある まい に 、 と キャゼルヌ は 意地 悪く 考えた 。

「 どういう 意味 か ね 、 少将 」

「 敵 の 作戦 が 、 わが 軍 に 補給 上 の 過大な 負担 を かける こと に ある 、 と いう こと です ! 」 強い 口調 であった 。 本来 なら 、 この ていど の こと も わから ない の か 、 と どなりつけて やりたい ところ だ 。 「 つまり 敵 は 輸送 船団 を 攻撃 し 、 わが 軍 の 補給 線 を 絶とう と 試みる だろう ―― それ が 後方 主任 参謀 の ご 意見 な のです な 」

フォーク 准将 が 言った 。 口 を さしはさま れた の は 不愉快だ が 、 キャゼルヌ は うなずいた 。

「 しかし 最 前線 まで の 宙 域 は 、 わが 軍 の 占領 下 に あります 。 そう ご 心配 に は およば ない でしょう 。 ああ 、 いや 、 もちろん 念のため に 護衛 は つけます 」 「 なるほど 、 念のため に ね 」

思いきり 皮肉に キャゼルヌ は 言った 。 フォーク が どう 思おう と 、 かまう もの か 。

ヤン 、 頼む から 生きて 還れ よ ―― 心 の なか で キャゼルヌ は 友人 に そう 呼びかけた 。 死ぬ に は ばかばかし すぎる 戦い だ 、 と 、 思わず に は い られ なかった 。

Ⅱ 同盟 首都 ハイネセン で は 、 遠征 軍 から の 大規模な 要求 にたいして 、 賛否 両 派 が 激論 を 闘わ せて いた 。 賛成 派 は 主張 する ―― もともと 遠征 の 目的 は 帝政 の 重圧 に あえぐ 帝国 の 民衆 を 解放 する に ある 。 五〇〇〇万 も の 民衆 を 飢餓 から 救う の は 人道 上 から も 当然である 。 また 、 わが 軍 が 彼ら を 救済 した と 知れば 、 帝政 へ の 反発 と あいまって 、 民心 が 同盟 に 傾く の は 必然 である 。 軍事 的 理由 から も 政治 的 意義 から も 、 遠征 軍 の 要求 に 応じ 、 占領 地 住民 に 食糧 その他 を 供与 す べきである ……。

反論 が ある ―― もともと 、 この 遠征 は 無謀な もの だった 。 当初 の 予定 だけ でも 、 必要 経費 は 二〇〇〇億 ディナール 、 これ は 今 年度 国家 予算 の 五・四 パーセント 、 軍事 予算 の 一 割 以上 に 相当 する 。 これ だけ でも 財政 決算 が 予算 を 大幅に うわまわる こと は 確実である のに 、 このうえ 、 占領 地 を 確保 し 住民 に 食糧 を 供与 する と なれば 、 財政 の 破綻 は 目 に 見えて いる 。 もはや 遠征 を 中止 し 、 占領 地 を 放棄 して 、 イゼルローン に 帰還 す べきだ 。 イゼルローン さえ 確保 して おけば 、 帝国 から の 侵攻 は 防ぐ こと が できる のだ から ……。

主義 主張 に 打算 や 感情 が からまって 、 激論 は はてしなく つづく か と 思わ れた が 、

「 わが 軍将 兵 に 戦死 の 機会 を あたえよ 。 手 を こまねいて 日 を 送れば 、 不名誉なる 餓死 の 危機 に 直面 する のみ 」

と いう イゼルローン から の 報告 ―― と いう より は 悲鳴 ―― が 事態 を 収拾 した 。 要求 どおり の 物資 が 集め られ 、 輸送 が 開始 さ れた が 、 ほどなく 前回 と ほぼ 同量 の 追加 要求 が とどけ られて きた 。 占領 地 は 拡大 し 、 占領 地 住民 の 数 は 一億 を こえた 。 当然 、 必要な 物資 の 量 は 増加 せ ざる を え ない ……。

賛成 派 も さすが に 鼻 白んだ 。 反対 派 は 言った ―― それ みた こと か 、 際限 が ない で は ない か 。 五〇〇〇万 が 一億 に なった 。 その うち 一億 が 二億 に も なる だろう 。 帝国 は わが 同盟 の 財政 を 破壊 する つもりな のだ 。 うかうか と それ に のった 政府 と 軍部 の 責任 は まぬがれ ない だろう 。 もはや ほか に 方法 は ない 。 撤兵 せよ ! ……。

「 帝国 は 無 辜 の 民衆 そのもの を 武器 と して 、 わが 軍 の 侵攻 に 対抗 して いる のだ 。 憎む べき 方法 だ が 、 わが 軍 が 解放 と 救済 を 大義 名分 と して いる 以上 、 有効な 方法 である こと は 認め ざる を え ない 。 もはや 撤兵 す べきだ 。

最初の 一 ヵ 月 、 同盟 軍 の 全 宇宙 艦隊 は めくる めく 興奮 を 友 と して いた 。 その 友情 が さめる と 、 あと に は 興ざめ した 気分 と 、 もっと 悪い もの ―― 不安 と あせり が 残さ れた 。 士官 たち は 兵士 の いない 場所 で 、 兵士 たち は 士官 の いない 場所 で 、 たがいに 疑問 を ぶつけあう ように なった 。

―― なぜ 、 敵 は 姿 を あらわさ ない の か ?

同盟 軍 は ウランフ 提督 の 第 一〇 艦隊 を 先頭 に 、 帝国 領 内 に 五〇〇 光年 ほど も 侵入 して いた 。 二〇〇 を かぞえる 恒星 系 が 同盟 軍 の 手中 に おち 、 その うち 三〇 あまり が 低 開発 と は いえ 有人 だった 。 そこ に は 合計 して 五〇〇〇万 人 ほど の 民間 人 が いた 。 彼ら を 支配 す べき 総督 、 辺境 伯 、 徴税 官 、 軍人 ら は 逃亡 して しまって おり 、 抵抗 らしい 抵抗 は まるで なかった のだ 。

「 吾々 は 解放 軍 だ 」

とり残さ れた 農民 や 鉱 夫 たち の 群 に 、 同盟 軍 の 宣 撫士 官 は そう 語りかけた 。

「 吾々 は きみ たち に 自由 と 平等 を 約束 する 。 もう 専制 主義 の 圧政 に 苦しむ こと は ない のだ 。 あらゆる 政治 上 の 権利 が きみ たち に は あたえ られ 、 自由な 市民 と して の あらたな 生活 が はじまる だろう 」

彼ら が 落胆 した こと に 、 彼ら を 迎えた の は 熱烈な 歓呼 の 叫び で は なかった 。 おもしろく も な さ そうに 宣 撫士 官 の 情熱 的な 能 弁 を 聞きながす と 、 農民 の 代表 は 言った のだ 。

「 政治 的な 権利 と やら より も さき に 、 生きる 権利 を あたえて ほしい もん だ ね 。 食糧 が ない んだ 。 赤ん坊 の ミルク も ない 。 軍隊 が みんな もっていって しまった 。 自由 や 平等 より さき に 、 パン や ミルク を 約束 して くれ ん か ね 」

「 もちろん だ と も 」

理想 の かけら も ない 散文 的な 要求 に 、 内心 、 失望 し つつ も 、 宣 撫士 官 たち は そう 答えた 。 なにしろ 彼ら は 解放 軍 な のだ 。 帝政 の 重い 桎梏 に あえぐ 哀れな 民衆 に 、 生活 の 保障 を あたえる の は 、 戦闘 と 同等 以上 に 重要な 責務 である 。

彼ら は 各 艦隊 の 補給 部 から 食糧 を 供出 する と ともに 、 イゼルローン の 総 司令 部 に つぎ の ような もの を 要求 した ―― 五〇〇〇万 人 の 一八〇 日 ぶん の 食糧 、 二〇〇 種 に のぼる 食用 植物 の 種子 、 人造 蛋白 製造 プラント 四〇 、 水 耕 プラント 六〇 、 および それ ら を 輸送 する 船舶 。

「 解放 地区 の 住民 を 飢餓 状態 から 恒久 的に 救う に は 、 最低 限 、 これ だけ の もの が 必要である 。 解放 地区 の 拡大 に ともない 、 この 数値 は 順次 、 大きな もの と なる であろう 」

と いう 註釈 を つけた 要求 書 を 見て 、 遠征 軍 の 後方 主任 参謀 である キャゼルヌ 少将 は 思わず うなった 。

五〇〇〇万 人 の 一八〇 日 ぶん の 食糧 と いえば 、 穀物 だけ でも 一〇〇〇万 トン に 達する であろう 。 二〇万 トン 級 の 輸送 船 が 五〇 隻 必要である 。 だいいち 、 それ は イゼルローン の 食糧 生産 ・ 貯蔵 能力 を 大きく 凌 駕 して いた 。

「 イゼルローン の 倉庫 全部 を 空 に して も 、 穀物 は 七〇〇万 トン しか ありません 。 人造 蛋白 と 水 耕 の プラント を フル 回転 して も ……」

「 たりない こと は わかって いる 」

部下 の 報告 を 、 キャゼルヌ は さえぎった 。 三〇〇〇万 人 の 同盟 軍将 兵 を 対象 と する 補給 計画 は 、 キャゼルヌ の 手 に よって たて られて おり 、 その 運営 に かんして は 彼 は 自信 を もって いた 。

しかし 全軍 の 二 倍 ちかく に も なる 非 戦闘 員 を かかえる と なる と 話 は べつである 。 計画 の スケール を 三 倍 に 修正 せ ねば なら ず 、 しかも 、 こと は 急 を 要して いる 。 各 艦隊 の 補給 部 が 過大な 負担 に たえかねて 悲鳴 を あげる 情景 が 、 キャゼルヌ に は 容易に 想像 できた 。

「 それにしても 、 宣 撫士 官 と いう 奴 ら は 低 能 ぞろい か 」

彼 が そう 思った の は 、 要求 書 の 末尾 の 部分 を 見て 、 である 。

「 解放 地区 の 拡大 に ともない 、 この 数値 は 順次 、 大きな もの と なる であろう 」―― と いう こと は 、 補給 の 負担 が 増大 する いっぽう 、 と いう こと で は ない か 。 勢力 範囲 の 拡大 を 無邪気に 喜んで いる 場合 で は ある まい 。 しかも 、 ここ に は おそろしい 暗示 が ある ……。

キャゼルヌ は 総 司令 官 ロボス 元帥 に 面会 を もとめた 。 総 司令 官 の オフィス に は 作戦 参謀 の フォーク 准将 も いた 。 これ は 予想 して いた こと だった 。 参謀 長 の グリーンヒル 大将 より も 総 司令 官 の 信任 厚い 彼 は 、 上司 の 傍 で つねに 目 を 光らせて おり 、

「 総 司令 官 は 作戦 参謀 の マイク に すぎ ない 。 実際 に しゃべって いる の は フォーク 准将 だ 」

など と 蔭 口 を たたか れる ちかごろ だった 。

「 宣 撫班 から の 要求 に ついて 話 が ある そうだ が ……」

ロボス 元帥 は 肉づき の よ すぎる あご を なでた 。

「 どういう こと か ね 、 それ で なく と も 忙しい のだ から 手短に たのむ よ 」

無能な 男 が 元帥 に なれる はず は ない 。 ロボス は 前線 で 武 勲 も たて 、 後方 で は 着実な 事務 処理 の 能力 を しめし 、 大 部隊 を 統率 し 参謀 チーム を 管理 する こと の できる 男 だった 。 すくなくとも 、 四〇 代 まで は そう だった 。 だが 今日 で は 、 衰え が 目だって いる 。 万事 に 無気力で 、 とくに 判断 、 洞察 、 決断 に かんする エネルギー の 欠乏 が み られた 。 だからこそ フォーク 准将 の 独走 と 専断 を 許して も いる のだろう 。

先日 まで の 英才 が なぜ そう なった か 、 その 原因 に ついて は 諸説 さまざまで 、 青少年 時代 の 頭脳 と 肉体 の 酷使 が 脳 軟化 的 症状 を ひきおこした のだ 、 と か 、 慢性 の 心臓 疾患 に よる もの だ 、 と か 、 統合 作戦 本 部長 の 座 を シトレ 元帥 と あらそって 敗北 した 後遺症 だ 、 と か 、 将兵 は 想像 の 翼 を ひろげて 語りあって いた 。

その 翼 が ひろがり すぎる と 、 美女 と なる と みさかい の ない ロボス が 一夜 を ともに した 女 から たち の 悪い 病気 を 感染 さ れた のだ 、 など と いう 説 も でて くる のだった 。 その 説 に は おまけ が あって 、 元帥 を 不名誉な 病気 に したてた 女 は 帝国 の 工作 員 だった 、 と いう のである 。 それ を 聞いた 者 は 、 ひとしきり 不謹慎な 笑み を 浮かべた あと で 、 なんとなく うそ 寒い もの を 感じて 首 を すくめたり する のだった 。

「 で は 手短に 申しあげます 。 閣下 、 わが 軍 は 危機 に 直面 して おります 。 それ も 重大な 危機 に 」

キャゼルヌ は あえて 大 上段 から きりこみ 、 相手 の 反応 を うかがった 。 ロボス 元帥 は あご を なでる 手 を 停め 、 不審 そうな 視線 を 後方 主任 参謀 の 顔 に 送りこんだ 。 フォーク 准将 は 色 の 悪い 唇 を 心もち ゆがめた が 、 これ は たんに 性癖 である に すぎ ない 。

「 急に また 、 なんだ ね 」

元帥 の 声 に 驚愕 の ひびき は なかった が 、 おちついて いる と いう より 感性 が にぶって いる と いう べきで は ない か 、 と キャゼルヌ は 思う 。

「 宣 撫班 から の 要求 は ご存じ で いらっしゃいます ね 」 キャゼルヌ は 言った が 、 これ は 考えよう に よって は 無礼な 質問 かも しれ なかった 。 フォーク は あきらかに そう 考えた らしく 、 唇 の ゆがめ かた を 大きく した が 、 口 に だして は なにも 言わ なかった 。 後日 、 問題 に する つもり かも しれ ない 。

「 知っている 。 どうも 過大な 要求 と いう 気 も する が 、 占領 政策 上 、 やむ を えん ので は ない か な 」

「 総 司令 部 に それ だけ の 物資 は ありません 」 「 本国 に 要求 を 伝えれば よかろう 。 経済 官僚 ども が ヒステリー を おこす かも しれん が 、 奴 ら も 送って こ ない わけに は いく まい 」

「 ええ 、 たしかに 送って は くる でしょう 。 しかし 、 それ ら の 物資 が イゼルローン に まで は とどいた と して 、 そのさき どう なります か 」 元帥 は また あご を な で はじめた 。 いくら こすって も 余分な 肉 が おちる わけで も ある まい に 、 と キャゼルヌ は 意地 悪く 考えた 。

「 どういう 意味 か ね 、 少将 」

「 敵 の 作戦 が 、 わが 軍 に 補給 上 の 過大な 負担 を かける こと に ある 、 と いう こと です ! 」

強い 口調 であった 。 本来 なら 、 この ていど の こと も わから ない の か 、 と どなりつけて やりたい ところ だ 。 「 つまり 敵 は 輸送 船団 を 攻撃 し 、 わが 軍 の 補給 線 を 絶とう と 試みる だろう ―― それ が 後方 主任 参謀 の ご 意見 な のです な 」

フォーク 准将 が 言った 。 口 を さしはさま れた の は 不愉快だ が 、 キャゼルヌ は うなずいた 。

「 しかし 最 前線 まで の 宙 域 は 、 わが 軍 の 占領 下 に あります 。 そう ご 心配 に は およば ない でしょう 。 ああ 、 いや 、 もちろん 念のため に 護衛 は つけます 」 「 なるほど 、 念のため に ね 」

思いきり 皮肉に キャゼルヌ は 言った 。 フォーク が どう 思おう と 、 かまう もの か 。

ヤン 、 頼む から 生きて 還れ よ ―― 心 の なか で キャゼルヌ は 友人 に そう 呼びかけた 。 死ぬ に は ばかばかし すぎる 戦い だ 、 と 、 思わず に は い られ なかった 。

同盟 首都 ハイネセン で は 、 遠征 軍 から の 大規模な 要求 にたいして 、 賛否 両 派 が 激論 を 闘わ せて いた 。 賛成 派 は 主張 する ―― もともと 遠征 の 目的 は 帝政 の 重圧 に あえぐ 帝国 の 民衆 を 解放 する に ある 。 五〇〇〇万 も の 民衆 を 飢餓 から 救う の は 人道 上 から も 当然である 。 また 、 わが 軍 が 彼ら を 救済 した と 知れば 、 帝政 へ の 反発 と あいまって 、 民心 が 同盟 に 傾く の は 必然 である 。 軍事 的 理由 から も 政治 的 意義 から も 、 遠征 軍 の 要求 に 応じ 、 占領 地 住民 に 食糧 その他 を 供与 す べきである ……。

反論 が ある ―― もともと 、 この 遠征 は 無謀な もの だった 。 当初 の 予定 だけ でも 、 必要 経費 は 二〇〇〇億 ディナール 、 これ は 今 年度 国家 予算 の 五・四 パーセント 、 軍事 予算 の 一 割 以上 に 相当 する 。 これ だけ でも 財政 決算 が 予算 を 大幅に うわまわる こと は 確実である のに 、 このうえ 、 占領 地 を 確保 し 住民 に 食糧 を 供与 する と なれば 、 財政 の 破綻 は 目 に 見えて いる 。 もはや 遠征 を 中止 し 、 占領 地 を 放棄 して 、 イゼルローン に 帰還 す べきだ 。 イゼルローン さえ 確保 して おけば 、 帝国 から の 侵攻 は 防ぐ こと が できる のだ から ……。

主義 主張 に 打算 や 感情 が からまって 、 激論 は はてしなく つづく か と 思わ れた が 、

「 わが 軍将 兵 に 戦死 の 機会 を あたえよ 。 手 を こまねいて 日 を 送れば 、 不名誉なる 餓死 の 危機 に 直面 する のみ 」

と いう イゼルローン から の 報告 ―― と いう より は 悲鳴 ―― が 事態 を 収拾 した 。 要求 どおり の 物資 が 集め られ 、 輸送 が 開始 さ れた が 、 ほどなく 前回 と ほぼ 同量 の 追加 要求 が とどけ られて きた 。 占領 地 は 拡大 し 、 占領 地 住民 の 数 は 一億 を こえた 。 当然 、 必要な 物資 の 量 は 増加 せ ざる を え ない ……。

賛成 派 も さすが に 鼻 白んだ 。 反対 派 は 言った ―― それ みた こと か 、 際限 が ない で は ない か 。 五〇〇〇万 が 一億 に なった 。 その うち 一億 が 二億 に も なる だろう 。 帝国 は わが 同盟 の 財政 を 破壊 する つもりな のだ 。 うかうか と それ に のった 政府 と 軍部 の 責任 は まぬがれ ない だろう 。 もはや ほか に 方法 は ない 。 撤兵 せよ ! ……。

「 帝国 は 無 辜 の 民衆 そのもの を 武器 と して 、 わが 軍 の 侵攻 に 対抗 して いる のだ 。 憎む べき 方法 だ が 、 わが 軍 が 解放 と 救済 を 大義 名分 と して いる 以上 、 有効な 方法 である こと は 認め ざる を え ない 。 もはや 撤兵 す べきだ 。