46.1 或る 女 ある|おんな 46.1 Una mujer

まっ暗 な 廊下 が 古ぼけた 縁側 に なったり 、 縁側 の 突き当たり に 階子 段 が あったり 、 日当たり の いい 中二階 の ような 部屋 が あったり 、 納戸 と 思わ れる 暗い 部屋 に 屋根 を 打ち抜いて ガラス を はめて 光線 が 引いて あったり する ような 、 いわば その 界隈 に たくさん ある 待 合 の 建て 物 に 手 を 入れて 使って いる ような 病院 だった 。 まっ くら||ろうか||ふるぼけた|えんがわ|||えんがわ||つきあたり||はしご|だん|||ひあたり|||ちゅうにかい|||へや|||なんど||おもわ||くらい|へや||やね||うちぬいて|がらす|||こうせん||ひいて||||||かいわい||||ま|ごう||たて|ぶつ||て||いれて|つかって|||びょういん| つや は 加治木 病院 と いう その 病院 の 看護 婦 に なって いた 。 ||かじき|びょういん||||びょういん||かんご|ふ||| ・・

長く 天気 が 続いて 、 その あと に 激しい 南 風 が 吹いて 、 東京 の 市街 は ほこり まぶ れ に なって 、 空 も 、 家屋 も 、 樹木 も 、 黄粉 で まぶした ように なった あげく 、 気持ち 悪く 蒸し 蒸し と 膚 を 汗ばま せる ような 雨 に 変わった ある 日 の 朝 、 葉子 は わずか ばかりな 荷物 を 持って 人力車 で 加治木 病院 に 送ら れた 。 ながく|てんき||つづいて||||はげしい|みなみ|かぜ||ふいて|とうきょう||しがい|||||||から||かおく||じゅもく||きなこ||||||きもち|わるく|むし|むし||はだ||あせばま|||あめ||かわった||ひ||あさ|ようこ||||にもつ||もって|じんりきしゃ||かじき|びょういん||おくら| 後ろ の 車 に は 愛子 が 荷物 の 一部分 を 持って 乗って いた 。 うしろ||くるま|||あいこ||にもつ||いちぶぶん||もって|のって| 須田 町 に 出た 時 、 愛子 の 車 は 日本橋 の 通り を まっすぐに 一 足先 に 病院 に 行か して 、 葉子 は 外 濠 に 沿う た 道 を 日本 銀行 から しばらく 行く 釘 店 の 横丁 に 曲がら せた 。 すだ|まち||でた|じ|あいこ||くるま||にっぽんばし||とおり|||ひと|あしさき||びょういん||いか||ようこ||がい|ほり||そう||どう||にっぽん|ぎんこう|||いく|くぎ|てん||よこちょう||まがら| 自分 の 住んで いた 家 を 他 所 ながら 見て 通りたい 心持ち に なって いた から だった 。 じぶん||すんで||いえ||た|しょ||みて|とおり たい|こころもち||||| 前 幌 の すきま から のぞく のだった けれども 、 一 年 の 後 に も そこ に は さして 変わった 様子 は 見え なかった 。 ぜん|ほろ|||||||ひと|とし||あと|||||||かわった|ようす||みえ| 自分 の いた 家 の 前 で ちょっと 車 を 止まら して 中 を のぞいて 見た 。 じぶん|||いえ||ぜん|||くるま||とまら||なか|||みた 門 札 に は 叔父 の 名 は なくなって 、 知ら ない 他人 の 姓名 が 掲げられて いた 。 もん|さつ|||おじ||な|||しら||たにん||せいめい||かかげ られて| それ でも その 人 は 医者 だ と 見えて 、 父 の 時分 から の 永 寿 堂 病院 と いう 看板 は 相変わらず 玄関 の に 見えて いた 。 |||じん||いしゃ|||みえて|ちち||じぶん|||なが|ひさ|どう|びょういん|||かんばん||あいかわらず|げんかん|||みえて| 長三 洲 と 署名 して ある その 字 も 葉子 に は 親しみ の 深い もの だった 。 ちょうぞう|す||しょめい||||あざ||ようこ|||したしみ||ふかい|| 葉子 が アメリカ に 出発 した 朝 も 九 月 で は あった が やはり その 日 の ように じめじめ と 雨 の 降る 日 だった の を 思い出した 。 ようこ||あめりか||しゅっぱつ||あさ||ここの|つき|||||||ひ|||||あめ||ふる|ひ||||おもいだした 愛子 が 櫛 を 折って 急に 泣き出した の も 、 貞 世 が 怒った ような 顔 を して 目 に 涙 を いっぱい ためた まま 見送って いた の も その 玄関 を 見る と 描く ように 思い出さ れた 。 あいこ||くし||おって|きゅうに|なきだした|||さだ|よ||いかった||かお|||め||なみだ|||||みおくって|||||げんかん||みる||えがく||おもいださ| ・・

「 もう いい 早く やって おくれ 」・・ ||はやく||

そう 葉子 は 車 の 上 から 涙声 で いった 。 |ようこ||くるま||うえ||なみだごえ|| 車 は 梶 棒 を 向け 換えられて 、 また 雨 の 中 を 小さく 揺れ ながら 日本橋 の ほう に 走り出した 。 くるま||かじ|ぼう||むけ|かえ られて||あめ||なか||ちいさく|ゆれ||にっぽんばし||||はしりだした 葉子 は 不思議に そこ に 一緒に 住んで いた 叔父 叔母 の 事 を 泣き ながら 思いやった 。 ようこ||ふしぎに|||いっしょに|すんで||おじ|おば||こと||なき||おもいやった あの 人 たち は 今 どこ に どうして いる だろう 。 |じん|||いま||||| あの 白 痴 の 子 も もう ずいぶん 大きく なったろう 。 |しろ|ち||こ||||おおきく| でも 渡 米 を 企てて から まだ 一 年 と は たって いない んだ 。 |と|べい||くわだてて|||ひと|とし||||| へえ 、 そんな 短い 間 に これほど の 変化 が …… 葉子 は 自分 で 自分 に あきれる ように それ を 思いやった 。 ||みじかい|あいだ||||へんか||ようこ||じぶん||じぶん||||||おもいやった それでは あの 白 痴 の 子 も 思った ほど 大きく なって いる わけで は ある まい 。 ||しろ|ち||こ||おもった||おおきく|||||| 葉子 は その 子 の 事 を 思う と どうした わけ か 定子 の 事 を 胸 が 痛む ほど きびしく おもい出して しまった 。 ようこ|||こ||こと||おもう|||||さだこ||こと||むね||いたむ|||おもいだして| 鎌倉 に 行った 時 以来 、 自分 の ふところ から もぎ 放して しまって 、 金輪際 忘れて しまおう と 堅く 心 に 契って いた その 定子 が …… それ は その 場合 葉子 を 全く 惨めに して しまった 。 かまくら||おこなった|じ|いらい|じぶん|||||はなして||こんりんざい|わすれて|||かたく|こころ||ちぎって|||さだこ|||||ばあい|ようこ||まったく|みじめに|| ・・

病院 に 着いた 時 も 葉子 は 泣き 続けて いた 。 びょういん||ついた|じ||ようこ||なき|つづけて| そして その 病院 の すぐ 手前 まで 来て 、 そこ に 入院 しよう と した 事 を 心から 後悔 して しまった 。 ||びょういん|||てまえ||きて|||にゅういん||||こと||こころから|こうかい|| こんな 落 魄 した ような 姿 を つや に 見せる の が 堪え がたい 事 の ように 思わ れ 出した のだ 。 |おと|はく|||すがた||||みせる|||こらえ||こと|||おもわ||だした| ・・

暗い 二 階 の 部屋 に 案内 されて 、 愛子 が 準備 して おいた 床 に 横 に なる と 葉子 は だれ に 挨拶 も せ ず に ただ 泣き 続けた 。 くらい|ふた|かい||へや||あんない|さ れて|あいこ||じゅんび|||とこ||よこ||||ようこ||||あいさつ||||||なき|つづけた そこ は 運河 の 水 の に おい が 泥臭く 通って 来る ような 所 だった 。 ||うんが||すい|||||どろくさく|かよって|くる||しょ| 愛子 は 煤けた 障子 の 陰 で 手回り の 荷物 を 取り出して 案 配した 。 あいこ||すすけた|しょうじ||かげ||てまわり||にもつ||とりだして|あん|はいした 口 少 な の 愛子 は 姉 を 慰める ような 言葉 も 出さ なかった 。 くち|しょう|||あいこ||あね||なぐさめる||ことば||ださ| 外部 が 騒々しい だけ に 部屋 の 中 は なおさら ひっそり と 思わ れた 。 がいぶ||そうぞうしい|||へや||なか|||||おもわ| ・・

葉子 は やがて 静かに 顔 を あげて 部屋 の 中 を 見た 。 ようこ|||しずかに|かお|||へや||なか||みた 愛子 の 顔色 が 黄色く 見える ほど その 日 の 空 も 部屋 の 中 も 寂れて いた 。 あいこ||かおいろ||きいろく|みえる|||ひ||から||へや||なか||さびれて| 少し 黴 を 持った ように ほこりっぽく ぶ くぶ く する 畳 の 上 に は 丸 盆 の 上 に 大学 病院 から 持って 来た 薬 びん が 乗せて あった 。 すこし|かび||もった||ほこり っぽく|||||たたみ||うえ|||まる|ぼん||うえ||だいがく|びょういん||もって|きた|くすり|||のせて| 障子 ぎ わに は 小さな 鏡台 が 、 違い棚 に は 手 文庫 と 硯箱 が 飾ら れた けれども 、 床の間 に は 幅 物 一 つ 、 花 活 け 一 つ 置いて なかった 。 しょうじ||||ちいさな|きょうだい||ちがいだな|||て|ぶんこ||すずりばこ||かざら|||とこのま|||はば|ぶつ|ひと||か|かつ||ひと||おいて| その代わり に 草 色 の 風呂敷 に 包み込んだ 衣類 と 黒い 柄 の パラソル と が 置いて あった 。 そのかわり||くさ|いろ||ふろしき||つつみこんだ|いるい||くろい|え||ぱらそる|||おいて| 薬 びん の 乗せて ある 丸 盆 が 、 出入り の 商人 から 到来 の もの で 、 縁 の 所 に 剥げた 所 が できて 、 表 に は 赤い 短冊 の ついた 矢 が 的に 命中 して いる 画 が 安っぽい 金 で 描いて あった 。 くすり|||のせて||まる|ぼん||でいり||しょうにん||とうらい||||えん||しょ||はげた|しょ|||ひょう|||あかい|たんざく|||や||てきに|めいちゅう|||が||やすっぽい|きむ||えがいて| The round tray with the medicine bottle on it was brought in from a merchant who came and went, and it has peeling spots on the rim and an arrow hitting the target with a red strip on the front. It was drawn in 葉子 は それ を 見る と 盆 も あろう に と 思った 。 ようこ||||みる||ぼん|||||おもった それ だけ で もう 葉子 は 腹 が 立ったり 情けなく なったり した 。 ||||ようこ||はら||たったり|なさけなく|| ・・

「 愛さ ん あなた 御 苦労 でも 毎日 ちょっと ずつ は 来て くれ ない じゃ 困ります よ 。 あいさ|||ご|くろう||まいにち||||きて||||こまり ます| 貞 ちゃん の 様子 も 聞きたい し ね 。 さだ|||ようす||きき たい|| …… 貞 ちゃん も 頼んだ よ 。 さだ|||たのんだ| 熱 が 下がって 物事 が わかる ように なる 時 に は わたし も なおって 帰る だろう から …… 愛 さん 」・・ ねつ||さがって|ものごと|||||じ|||||なお って|かえる|||あい|

いつも の とおり はきはき と した 手 答え が ない ので 、 もう ぎりぎり して 来た 葉子 は 剣 を 持った 声 で 、「 愛さ ん 」 と 語 気強く 呼びかけた 。 ||||||て|こたえ|||||||きた|ようこ||けん||もった|こえ||あいさ|||ご|きづよく|よびかけた As usual, there was no clear response, so Yoko, who had just arrived at the last minute, called out, "Ai-san," with a sword-wielding voice. 言葉 を かける と それ でも 片づけ もの の 手 を 置いて 葉子 の ほう に 向き直った 愛子 は 、 この 時 ようやく 顔 を 上げて おとなしく 「 はい 」 と 返事 を した 。 ことば||||||かたづけ|||て||おいて|ようこ||||むきなおった|あいこ|||じ||かお||あげて||||へんじ|| 葉子 の 目 は すかさず その 顔 を 発 矢 と むちうった 。 ようこ||め||||かお||はつ|や|| Yoko's eyes immediately fluttered at her face. そして 寝床 の 上 に 半身 を 肘 に ささえて 起き上がった 。 |ねどこ||うえ||はんしん||ひじ|||おきあがった 車 で 揺られた ため に 腹部 は 痛み を 増して 声 を あげたい ほど うずいて いた 。 くるま||ゆられた|||ふくぶ||いたみ||まして|こえ||あげ たい||| ・・

「 あなた に きょう は はっきり 聞いて おきたい 事 が ある の …… あなた は よもや 岡 さん と ひょんな 約束 なん ぞ して は いま すまい ね 」・・ |||||きいて|おき たい|こと|||||||おか||||やくそく||||||| "There's something I really want to ask you today... You haven't made any strange promises with Mr. Yomoyaoka, have you?"

「 い ゝ え 」・・

愛子 は 手 も なく 素直に こう 答えて 目 を 伏せて しまった 。 あいこ||て|||すなおに||こたえて|め||ふせて| ・・

「 古藤 さん と も ？ ことう||| 」・・

「 い ゝ え 」・・

今度 は 顔 を 上げて 不思議な 事 を 問いただす と いう ように じっと 葉子 を 見つめ ながら こう 答えた 。 こんど||かお||あげて|ふしぎな|こと||といただす|||||ようこ||みつめ|||こたえた その タクト が ある ような 、 ない ような 愛子 の 態度 が 葉子 を いや が 上 に いらだた した 。 |たくと||||||あいこ||たいど||ようこ||||うえ||| 岡 の 場合 に は どこ か 後ろめたくて 首 を たれた と も 見える 。 おか||ばあい|||||うしろめたくて|くび|||||みえる 古藤 の 場合 に は わざと しら を 切る ため に 大胆に 顔 を 上げた と も 取れる 。 ことう||ばあい||||||きる|||だいたんに|かお||あげた|||とれる In Furuto's case, it can be said that he boldly lifted his head to cut off his whites on purpose. また そんな 意味 で は なく 、 あまり 不思議な 詰問 が 二 度 まで 続いた ので 、 二 度 目 に は 怪 訝 に 思って 顔 を 上げた の か と も 考えられる 。 ||いみ|||||ふしぎな|きつもん||ふた|たび||つづいた||ふた|たび|め|||かい|いぶか||おもって|かお||あげた|||||かんがえ られる 葉子 は 畳みかけて 倉地 の 事 まで 問い 正そう と した が 、 その 気分 は くだかれて しまった 。 ようこ||たたみかけて|くらち||こと||とい|せいそう|||||きぶん||くだか れて| そんな 事 を 聞いた の が 第 一 愚かだった 。 |こと||きいた|||だい|ひと|おろかだった 隠し 立て を しよう と 決心 した 以上 は 、 女 は 男 より も はるかに 巧妙で 大胆な の を 葉子 は 自分 で 存分に 知り 抜いて いる のだ 。 かくし|たて||||けっしん||いじょう||おんな||おとこ||||こうみょうで|だいたんな|||ようこ||じぶん||ぞんぶんに|しり|ぬいて|| Having decided to keep a secret, Yoko knew to her heart's content that women were far more clever and daring than men. 自分 から 進んで 内 兜 を 見透かさ れた ような もどかし さ は いっそう 葉子 の 心 を 憤ら した 。 じぶん||すすんで|うち|かぶと||みすかさ|||||||ようこ||こころ||いきどおら| ・・

「 あなた は 二 人 から 何 か そんな 事 を いわ れた 覚え が ある でしょう 。 ||ふた|じん||なん|||こと||||おぼえ||| その 時 あなた は なんと 御 返事 した の 」・・ |じ||||ご|へんじ||

愛子 は 下 を 向いた まま 黙って いた 。 あいこ||した||むいた||だまって| 葉子 は 図星 を さした と 思って 嵩 に かかって 行った 。 ようこ||ずぼし||||おもって|かさみ|||おこなった ・・

「 わたし は 考え が ある から あなた の 口 から も その 事 を 聞いて おきたい んだ よ 。 ||かんがえ||||||くち||||こと||きいて|おき たい|| おっしゃい な 」・・

「 お 二 人 と も なんにも そんな 事 は おっしゃり は しません わ 」・・ |ふた|じん|||||こと||||し ませ ん|

「 おっしゃら ない 事 が ある もんか ね 」 ||こと||||