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或る女 - 有島武郎(アクセス), 43.1 或る女

43.1 或る 女

その 夜 おそく まで 岡 は ほんとうに 忠実 や かに 貞 世 の 病床 に 付き添って 世話 を して くれた 。 口 少な に しとやかに よく 気 を つけて 、 貞 世 の 欲する 事 を あらかじめ 知り 抜いて いる ような 岡 の 看護 ぶり は 、 通り一ぺんな 看護 婦 の 働き ぶり と は まるで くらべもの に なら なかった 。 葉子 は 看護 婦 を 早く 寝かして しまって 、 岡 と 二 人 だけ で 夜 の ふける まで 氷嚢 を 取りかえたり 、 熱 を 計ったり した 。 ・・

高熱 の ため に 貞 世 の 意識 は だんだん 不明瞭に なって 来て いた 。 退院 して 家 に 帰りたい と せがんで しよう の ない 時 は 、 そっと 向き を かえて 臥 かして から 、「 さあ もう お家 です よ 」 と いう と 、 うれし そうに 笑顔 を もらしたり した 。 それ を 見 なければ なら ぬ 葉子 は たまらなかった 。 どうかした 拍子 に 、 葉子 は 飛び上がり そうに 心 が 責められた 。 これ で 貞 世 が 死んで しまった なら 、 どうして 生き 永 ら えて いられよう 。 貞 世 を こんな 苦しみ に おとしいれた もの は みんな 自分 だ 。 自分 が 前 どおり に 貞 世に 優しく さえ して いたら 、 こんな 死 病 は 夢にも 貞 世 を 襲って 来 は し なかった のだ 。 人 の 心 の 報い は 恐ろしい …… そう 思って 来る と 葉子 は だれ に わびよう も ない 苦悩 に 息 気づ まった 。 ・・

緑色 の 風呂敷 で 包んだ 電 燈 の 下 に 、 氷嚢 を 幾 つ も 頭 と 腹部 と に あてがわ れた 貞 世 は 、 今にも 絶え 入る か と 危ぶま れる ような 荒い 息 気づかい で 夢現 の 間 を さまよう らしく 、 聞きとれ ない 囈言 を 時々 口走り ながら 、 眠って いた 。 岡 は 部屋 の すみ の ほう に つつましく 突っ立った まま 、 緑色 を すかして 来る 電 燈 の 光 で ことさら 青白い 顔色 を して 、 じっと 貞 世 を 見守って いた 。 葉子 は 寝 台 に 近く 椅子 を 寄せて 、 貞 世 の 顔 を のぞき込む ように し ながら 、 貞 世 の ため に 何 か し 続けて い なければ 、 貞 世 の 病気 が ますます 重 る と いう 迷信 の ような 心づかい から 、 要 も ない の に 絶えず 氷嚢 の 位置 を 取りかえて やったり など して いた 。 ・・

そして 短い 夜 は だんだん に ふけて 行った 。 葉子 の 目 から は 絶えず 涙 が は ふり 落ちた 。 倉地 と 思い も かけ ない 別れ かた を した その 記憶 が 、 ただ わけ も なく 葉子 を 涙ぐま した 。 ・・

と 、 ふっと 葉子 は 山内 の 家 の ありさま を 想像 に 浮かべた 。 玄関 わき の 六 畳 で でも あろう か 、 二 階 の 子供 の 勉強 部屋 で でも あろう か 、 この 夜ふけ を 下宿 から 送ら れた 老女 が 寝入った あと 、 倉地 と 愛子 と が 話し 続けて いる ような 事 は ない か 。 あの 不思議に 心 の 裏 を 決して 他人 に 見せた 事 の ない 愛子 が 、 倉地 を どう 思って いる か それ は わから ない 。 おそらくは 倉地 に 対して は 何の 誘惑 も 感じて は いない だろう 。 しかし 倉地 は ああいう したたか 者 だ 。 愛子 は 骨 に 徹する 怨恨 を 葉子 に 対して いだいて いる 。 その 愛子 が 葉子 に 対して 復讐 の 機会 を 見いだした と この 晩 思い 定め なかった と だれ が 保証 し 得よう 。 そんな 事 は とうの昔 に 行なわれて しまって いる の かも しれ ない 。 もし そう なら 、 今ごろ は 、 この しめやかな 夜 を …… 太陽 が 消えて なく なった ような 寒 さ と 闇 と が 葉子 の 心 に おおいかぶさって 来た 。 愛子 一 人 ぐらい を 指 の 間 に 握りつぶす 事 が でき ない と 思って いる の か …… 見て いる が いい 。 葉子 は いらだち きって 毒 蛇 の ような 殺気 だった 心 に なった 。 そして 静かに 岡 の ほう を 顧みた 。 ・・

何 か 遠い ほう の 物 でも 見つめて いる ように 少し ぼんやり した 目つき で 貞 世 を 見守って いた 岡 は 、 葉子 に 振り向か れる と 、 その ほう に 素早く 目 を 転じた が 、 その物 すごい 不気味 さ に 脊髄 まで 襲わ れた ふうで 、 顔色 を かえて 目 を たじろが した 。 ・・

「 岡 さん 。 わたし 一生 の お 頼み …… これ から すぐ 山内 の 家 まで 行って ください 。 そして 不用な 荷物 は 今夜 の うち に みんな 倉地 さん の 下宿 に 送り 返して しまって 、 わたし と 愛子 の ふだん 使い の 着物 と 道具 と を 持って 、 すぐ ここ に 引っ越して 来る ように 愛子 に いいつけて ください 。 もし 倉地 さん が 家 に 来て いたら 、 わたし から 確かに 返した と いって これ を 渡して ください ( そう いって 葉子 は 懐 紙 に 拾 円 紙幣 の 束 を 包んで 渡した )。 いつまで かかって も 構わ ない から 今夜 の うち に ね 。 お 頼み を 聞いて くださって ? 」・・

なんでも 葉子 の いう 事 なら 口 返答 を し ない 岡 だ けれども この 常識 を はずれた 葉子 の 言葉 に は 当惑 して 見えた 。 岡 は 窓ぎわ に 行って カーテン の 陰 から 戸外 を すかして 見て 、 ポケット から 巧 緻 な 浮き彫り を 施した 金 時計 を 取り出して 時間 を 読んだり した 。 そして 少し 躊躇 する ように 、・・

「 それ は 少し 無理だ と わたし 、 思います が …… あれ だけ の 荷物 を 片づける の は ……」・・ 「 無理だ から こそ あなた を 見込んで お 願い する んです わ 。 そう ねえ 、 入り用の ない 荷物 を 倉地 さん の 下宿 に 届ける の は 何 かも しれません わ ね 。 じゃ 構わ ない から 置き手紙 を 婆 や と いう の に 渡して おいて ください まし 。 そして 婆 や に いいつけて あす でも 倉地 さん の 所 に 運ば して ください まし 。 それ なら 何も いさく さ は ない でしょう 。 それ でも おい や ? いかが ? …… よう ございます 。 それ じゃ もう よう ございます 。 あなた を こんなに おそく まで お 引きとめ して おいて 、 又 候 めんどうな お 願い を しよう と する なんて わたし も どうかして いました わ 。 …… 貞 ちゃん なんでもない の よ 。 わたし 今岡 さん と お 話し して いた んです よ 。 汽車 の 音 でも なんでもない んだ から 、 心配 せ ず に お 休み …… どうして 貞 世 は こんなに 怖い 事 ばかり いう ように なって しまった んでしょう 。 夜中 など に 一 人 で 起きて いて 囈言 を 聞く と ぞ ーっと する ほど 気味 が 悪く なります の よ 。 あなた は どうぞ もう お 引き取り ください まし 。 わたし 車屋 を やります から ……」・・

「 車屋 を お やり に なる くらい なら わたし 行きます 」・・

「 でも あなた が 倉地 さん に 何とか 思わ れ なさる ようじゃ お 気の毒です もの 」・・

「 わたし 、 倉地 さんなん ぞ を はばかって いって いる の では ありません 」・・

「 それ は よく わかって います わ 。 でも わたし と して は そんな 結果 も 考えて みて から お 頼み する ん でした のに ……」・・

こういう 押し問答 の 末 に 岡 は とうとう 愛子 の 迎え に 行く 事 に なって しまった 。 倉地 が その 夜 は きっと 愛子 の 所 に いる に 違いない と 思った 葉子 は 、 病院 に 泊まる もの と 高 を くくって いた 岡 が 突然 真 夜中 に 訪れて 来た ので 倉地 も さすが に あわて ず に はいら れ まい 。 それ だけ の 狼狽 を さ せる に して も 快い 事 だ と 思って いた 。 葉子 は 宿直 部屋 に 行って 、 しだ ら なく 睡 入った 当番 の 看護 婦 を 呼び起こして 人力車 を 頼ま した 。 ・・

岡 は 思い 入った 様子 で そっと 貞 世 の 病室 を 出た 。 出る 時 に 岡 は 持って 来た パラフィン 紙 に 包んで ある 包み を 開く と 美しい 花束 だった 。 岡 は それ を そっと 貞 世 の 枕 もと に おいて 出て 行った 。 ・・

しばらく する と 、 しとしと と 降る 雨 の 中 を 、 岡 を 乗せた 人力車 が 走り去る 音 が かすかに 聞こえて 、 やがて 遠く に 消えて しまった 。 看護 婦 が 激しく 玄関 の 戸締まり する 音 が 響いて 、 その あと は ひっそり と 夜 が ふけた 。 遠く の 部屋 で ディフテリヤ に かかって いる 子供 の 泣く 声 が 間 遠 に 聞こえる ほか に は 、 音 と いう 音 は 絶え 果てて いた 。 ・・

葉子 は ただ 一 人 いたずらに 興奮 して 狂う ような 自分 を 見いだした 。 不眠 で 過ごした 夜 が 三 日 も 四 日 も 続いて いる の に かかわら ず 、 睡気 と いう もの は 少しも 襲って 来 なかった 。 重 石 を つり下げた ような 腰部 の 鈍痛 ばかり で なく 、 脚 部 は 抜ける ように だるく 冷え 、 肩 は 動かす たび ごと に め り め り 音 が する か と 思う ほど 固く 凝り 、 頭 の 心 は 絶え間 なく ぎりぎり と 痛んで 、 そこ から やり どころ の ない 悲哀 と 疳癪 と が こんこんと わいて 出た 。 もう 鏡 は 見まい と 思う ほど 顔 は げっそり と 肉 が こけて 、 目 の まわり の 青 黒い 暈 は 、 さら ぬ だに 大きい 目 を ことさら に ぎらぎら と 大きく 見せた 。 鏡 を 見まい と 思い ながら 、 葉子 は おり ある ごと に 帯 の 間 から 懐中 鏡 を 出して 自分 の 顔 を 見つめ ないで はいら れ なかった 。 ・・

葉子 は 貞 世 の 寝息 を うかがって いつも の ように 鏡 を 取り出した 。 そして 顔 を 少し 電灯 の ほう に 振り向けて じっと 自分 を 映して 見た 。 おびただしい 毎日 の 抜け毛 で 額 ぎ わ の 著しく 透いて しまった の が 第 一 に 気 に なった 。 少し 振り 仰いで 顔 を 映す と 頬 の こけた の が さほど に 目立た ない けれども 、 顎 を 引いて 下 俯き に なる と 、 口 と 耳 と の 間 に は 縦 に 大きな 溝 の ような 凹み が できて 、 下顎 骨 [# ルビ の 「 かがく こつ 」 は 底 本 で は 「 か が つ こつ 」] が 目立って いかめしく 現われ 出て いた 。 長く 見つめて いる うち に は だんだん 慣れて 来て 、 自分 の 意識 で しいて 矯正 する ため に 、 やせた 顔 も さほど と は 思わ れ なくなり 出す が 、 ふと 鏡 に 向かった 瞬間 に は 、 これ が 葉子 葉子 と 人々 の 目 を そば だ た した 自分 か と 思う ほど 醜かった 。 そうして 鏡 に 向かって いる うち に 、 葉子 は その 投影 を 自分 以外 の ある 他人 の 顔 で は ない か と 疑い 出した 。 自分 の 顔 より 映る はず が ない 。 それ だ のに そこ に 映って いる の は 確かに だれ か 見 も 知ら ぬ 人 の 顔 だ 。 苦痛 に しいたげられ 、 悪意 に ゆがめられ 、 煩悩 の ため に 支離滅裂に なった 亡者 の 顔 …… 葉子 は 背筋 に 一 時 に 氷 を あてられた ように なって 、 身ぶるい し ながら 思わず 鏡 を 手 から 落とした 。 ・・

金属 の 床 に 触れる 音 が 雷 の ように 響いた 。 葉子 は あわてて 貞 世 を 見 やった 。 貞 世 は まっ赤 に 充血 して 熱 の こもった 目 を まんじ り と 開いて 、 さも 不思議 そうに 中 有 を 見 やって いた 。 ・・

「 愛 ねえさん …… 遠く で ピストル の 音 が した よう よ 」・・

はっきり した 声 で こういった の で 、 葉子 が 顔 を 近寄 せて 何 か いおう と する と 昏々 と して たわ い も なく また 眠り に おちいる のだった 。 貞 世 の 眠る の と 共に 、 なんとも いえ ない 無気味な 死 の 脅かし が 卒 然 と して 葉子 を 襲った 。 部屋 の 中 に は そこら じゅう に 死 の 影 が 満ち満ちて いた 。 目の前 の 氷 水 を 入れた コップ 一 つ も 次の 瞬間 に は ひとりでに 倒れて こわれて しまい そうに 見えた 。 物 の 影 に なって 薄暗い 部分 は 見る見る 部屋 じゅう に 広がって 、 すべて を 冷たく 暗く 包み 終わる か と も 疑わ れた 。 死 の 影 は 最も 濃く 貞 世 の 目 と 口 の まわり に 集まって いた 。 そこ に は 死 が 蛆 の ように に ょろ に ょろ と うごめいて いる の が 見えた 。 それ より も …… それ より も その 影 は そろそろ と 葉子 を 目がけて 四方 の 壁 から 集まり 近づこう と ひしめいて いる のだ 。 葉子 は ほとんど その 死 の 姿 を 見る ように 思った 。 頭 の 中 が シーン と 冷え 通って 冴え きった 寒 さ が ぞくぞく と 四 肢 を 震わした 。 ・・

その 時 宿直 室 の 掛け 時計 が 遠く の ほう で 一 時 を 打った 。 ・・

もし この 音 を 聞か なかったら 、 葉子 は 恐ろし さ の あまり 自分 の ほう から 宿直 室 へ 駆け込んで 行った かも しれ なかった 。 葉子 は おびえ ながら 耳 を そばだてた 。 宿直 室 の ほう から 看護 婦 が 草履 を ば たば た と 引きずって 来る 音 が 聞こえた 。 葉子 は ほっと 息 気 を ついた 。 そして あわてる ように 身 を 動かして 、 貞 世 の 頭 の 氷嚢 の 溶け 具合 を しらべて 見たり 、 掻 巻 を 整えて やったり した 。 海 の 底 に 一 つ 沈んで ぎ らっと 光る 貝殻 の ように 、 床 の 上 で 影 の 中 に 物 すごく 横たわって いる 鏡 を 取り上げて ふところ に 入れた 。 そうして 一室 一室 と 近づいて 来る 看護 婦 の 足音 に 耳 を 澄まし ながら また 考え 続けた 。


43.1 或る 女 ある|おんな 43.1 Una mujer

その 夜 おそく まで 岡 は ほんとうに 忠実 や かに 貞 世 の 病床 に 付き添って 世話 を して くれた 。 |よ|||おか|||ちゅうじつ|||さだ|よ||びょうしょう||つきそって|せわ||| 口 少な に しとやかに よく 気 を つけて 、 貞 世 の 欲する 事 を あらかじめ 知り 抜いて いる ような 岡 の 看護 ぶり は 、 通り一ぺんな 看護 婦 の 働き ぶり と は まるで くらべもの に なら なかった 。 くち|すくな||||き|||さだ|よ||ほっする|こと|||しり|ぬいて|||おか||かんご|||とおりいっぺんな|かんご|ふ||はたらき|||||||| Oka's manner of nursing, who was quiet and polite, and who seemed to know in advance what Sadayo wanted, was nothing compared to the work of an impromptu nurse. 葉子 は 看護 婦 を 早く 寝かして しまって 、 岡 と 二 人 だけ で 夜 の ふける まで 氷嚢 を 取りかえたり 、 熱 を 計ったり した 。 ようこ||かんご|ふ||はやく|ねかして||おか||ふた|じん|||よ||||ひょうのう||とりかえたり|ねつ||はかったり| Yoko put the nurses to bed early, and Oka and the two of them spent the rest of the night replacing ice packs and taking their temperature. ・・

高熱 の ため に 貞 世 の 意識 は だんだん 不明瞭に なって 来て いた 。 こうねつ||||さだ|よ||いしき|||ふめいりょうに||きて| 退院 して 家 に 帰りたい と せがんで しよう の ない 時 は 、 そっと 向き を かえて 臥 かして から 、「 さあ もう お家 です よ 」 と いう と 、 うれし そうに 笑顔 を もらしたり した 。 たいいん||いえ||かえり たい||||||じ|||むき|||が|||||おいえ|||||||そう に|えがお||| それ を 見 なければ なら ぬ 葉子 は たまらなかった 。 ||み||||ようこ|| どうかした 拍子 に 、 葉子 は 飛び上がり そうに 心 が 責められた 。 |ひょうし||ようこ||とびあがり|そう に|こころ||せめ られた これ で 貞 世 が 死んで しまった なら 、 どうして 生き 永 ら えて いられよう 。 ||さだ|よ||しんで||||いき|なが|||いら れよう 貞 世 を こんな 苦しみ に おとしいれた もの は みんな 自分 だ 。 さだ|よ|||くるしみ||||||じぶん| 自分 が 前 どおり に 貞 世に 優しく さえ して いたら 、 こんな 死 病 は 夢にも 貞 世 を 襲って 来 は し なかった のだ 。 じぶん||ぜん|||さだ|よに|やさしく|||||し|びょう||ゆめにも|さだ|よ||おそって|らい|||| 人 の 心 の 報い は 恐ろしい …… そう 思って 来る と 葉子 は だれ に わびよう も ない 苦悩 に 息 気づ まった 。 じん||こころ||むくい||おそろしい||おもって|くる||ようこ|||||||くのう||いき|きづ| The retribution of a person's heart is terrifying... Thinking that, Yoko was filled with anguish that no one could apologize for. ・・

緑色 の 風呂敷 で 包んだ 電 燈 の 下 に 、 氷嚢 を 幾 つ も 頭 と 腹部 と に あてがわ れた 貞 世 は 、 今にも 絶え 入る か と 危ぶま れる ような 荒い 息 気づかい で 夢現 の 間 を さまよう らしく 、 聞きとれ ない 囈言 を 時々 口走り ながら 、 眠って いた 。 みどりいろ||ふろしき||つつんだ|いなずま|とも||した||ひょうのう||いく|||あたま||ふくぶ|||||さだ|よ||いまにも|たえ|はいる|||あやぶま|||あらい|いき|きづかい||ゆめうつつ||あいだ||||ききとれ||うわごと||ときどき|くちばしり||ねむって| 岡 は 部屋 の すみ の ほう に つつましく 突っ立った まま 、 緑色 を すかして 来る 電 燈 の 光 で ことさら 青白い 顔色 を して 、 じっと 貞 世 を 見守って いた 。 おか||へや|||||||つったった||みどりいろ|||くる|いなずま|とも||ひかり|||あおじろい|かおいろ||||さだ|よ||みまもって| 葉子 は 寝 台 に 近く 椅子 を 寄せて 、 貞 世 の 顔 を のぞき込む ように し ながら 、 貞 世 の ため に 何 か し 続けて い なければ 、 貞 世 の 病気 が ますます 重 る と いう 迷信 の ような 心づかい から 、 要 も ない の に 絶えず 氷嚢 の 位置 を 取りかえて やったり など して いた 。 ようこ||ね|だい||ちかく|いす||よせて|さだ|よ||かお||のぞきこむ||||さだ|よ||||なん|||つづけて|||さだ|よ||びょうき|||おも||||めいしん|||こころづかい||かなめ|||||たえず|ひょうのう||いち||とりかえて|||| ・・

そして 短い 夜 は だんだん に ふけて 行った 。 |みじかい|よ|||||おこなった 葉子 の 目 から は 絶えず 涙 が は ふり 落ちた 。 ようこ||め|||たえず|なみだ||||おちた 倉地 と 思い も かけ ない 別れ かた を した その 記憶 が 、 ただ わけ も なく 葉子 を 涙ぐま した 。 くらち||おもい||||わかれ|||||きおく||||||ようこ||なみだぐま| ・・

と 、 ふっと 葉子 は 山内 の 家 の ありさま を 想像 に 浮かべた 。 ||ようこ||さんない||いえ||||そうぞう||うかべた 玄関 わき の 六 畳 で でも あろう か 、 二 階 の 子供 の 勉強 部屋 で でも あろう か 、 この 夜ふけ を 下宿 から 送ら れた 老女 が 寝入った あと 、 倉地 と 愛子 と が 話し 続けて いる ような 事 は ない か 。 げんかん|||むっ|たたみ|||||ふた|かい||こども||べんきょう|へや||||||よふけ||げしゅく||おくら||ろうじょ||ねいった||くらち||あいこ|||はなし|つづけて|||こと||| あの 不思議に 心 の 裏 を 決して 他人 に 見せた 事 の ない 愛子 が 、 倉地 を どう 思って いる か それ は わから ない 。 |ふしぎに|こころ||うら||けっして|たにん||みせた|こと|||あいこ||くらち|||おもって|||||| おそらくは 倉地 に 対して は 何の 誘惑 も 感じて は いない だろう 。 |くらち||たいして||なんの|ゆうわく||かんじて||| しかし 倉地 は ああいう したたか 者 だ 。 |くらち||||もの| 愛子 は 骨 に 徹する 怨恨 を 葉子 に 対して いだいて いる 。 あいこ||こつ||てっする|えんこん||ようこ||たいして|| Aiko harbors a deep grudge against Yoko. その 愛子 が 葉子 に 対して 復讐 の 機会 を 見いだした と この 晩 思い 定め なかった と だれ が 保証 し 得よう 。 |あいこ||ようこ||たいして|ふくしゅう||きかい||みいだした|||ばん|おもい|さだめ|||||ほしょう||えよう Who can guarantee that Aiko did not decide that night that she had found an opportunity for revenge against Yoko? そんな 事 は とうの昔 に 行なわれて しまって いる の かも しれ ない 。 |こと||とうのむかし||おこなわ れて|||||| もし そう なら 、 今ごろ は 、 この しめやかな 夜 を …… 太陽 が 消えて なく なった ような 寒 さ と 闇 と が 葉子 の 心 に おおいかぶさって 来た 。 |||いまごろ||||よ||たいよう||きえて||||さむ|||やみ|||ようこ||こころ|||きた 愛子 一 人 ぐらい を 指 の 間 に 握りつぶす 事 が でき ない と 思って いる の か …… 見て いる が いい 。 あいこ|ひと|じん|||ゆび||あいだ||にぎりつぶす|こと|||||おもって||||みて||| Do you think you can't squeeze at least one Aiko between your fingers? 葉子 は いらだち きって 毒 蛇 の ような 殺気 だった 心 に なった 。 ようこ||||どく|へび|||さっき||こころ|| そして 静かに 岡 の ほう を 顧みた 。 |しずかに|おか||||かえりみた ・・

何 か 遠い ほう の 物 でも 見つめて いる ように 少し ぼんやり した 目つき で 貞 世 を 見守って いた 岡 は 、 葉子 に 振り向か れる と 、 その ほう に 素早く 目 を 転じた が 、 その物 すごい 不気味 さ に 脊髄 まで 襲わ れた ふうで 、 顔色 を かえて 目 を たじろが した 。 なん||とおい|||ぶつ||みつめて|||すこし|||めつき||さだ|よ||みまもって||おか||ようこ||ふりむか||||||すばやく|め||てんじた||そのもの||ぶきみ|||せきずい||おそわ|||かおいろ|||め||| ・・

「 岡 さん 。 おか| わたし 一生 の お 頼み …… これ から すぐ 山内 の 家 まで 行って ください 。 |いっしょう|||たのみ||||さんない||いえ||おこなって| そして 不用な 荷物 は 今夜 の うち に みんな 倉地 さん の 下宿 に 送り 返して しまって 、 わたし と 愛子 の ふだん 使い の 着物 と 道具 と を 持って 、 すぐ ここ に 引っ越して 来る ように 愛子 に いいつけて ください 。 |ふような|にもつ||こんや|||||くらち|||げしゅく||おくり|かえして||||あいこ|||つかい||きもの||どうぐ|||もって||||ひっこして|くる||あいこ||| もし 倉地 さん が 家 に 来て いたら 、 わたし から 確かに 返した と いって これ を 渡して ください ( そう いって 葉子 は 懐 紙 に 拾 円 紙幣 の 束 を 包んで 渡した )。 |くらち|||いえ||きて||||たしかに|かえした|||||わたして||||ようこ||ふところ|かみ||ひろ|えん|しへい||たば||つつんで|わたした いつまで かかって も 構わ ない から 今夜 の うち に ね 。 |||かまわ|||こんや|||| お 頼み を 聞いて くださって ? |たのみ||きいて| 」・・

なんでも 葉子 の いう 事 なら 口 返答 を し ない 岡 だ けれども この 常識 を はずれた 葉子 の 言葉 に は 当惑 して 見えた 。 |ようこ|||こと||くち|へんとう||||おか||||じょうしき|||ようこ||ことば|||とうわく||みえた Oka didn't say anything back to Yoko, but he seemed perplexed by Yoko's unconventional words. 岡 は 窓ぎわ に 行って カーテン の 陰 から 戸外 を すかして 見て 、 ポケット から 巧 緻 な 浮き彫り を 施した 金 時計 を 取り出して 時間 を 読んだり した 。 おか||まどぎわ||おこなって|かーてん||かげ||こがい|||みて|ぽけっと||こう|ち||うきぼり||ほどこした|きむ|とけい||とりだして|じかん||よんだり| Oka went to the window and peered out from behind the curtains, took out from his pocket a finely embossed gold watch and read the time. そして 少し 躊躇 する ように 、・・ |すこし|ちゅうちょ||

「 それ は 少し 無理だ と わたし 、 思います が …… あれ だけ の 荷物 を 片づける の は ……」・・ ||すこし|むりだ|||おもい ます|||||にもつ||かたづける|| 「 無理だ から こそ あなた を 見込んで お 願い する んです わ 。 むりだ|||||みこんで||ねがい||| そう ねえ 、 入り用の ない 荷物 を 倉地 さん の 下宿 に 届ける の は 何 かも しれません わ ね 。 ||いりようの||にもつ||くらち|||げしゅく||とどける|||なん||しれ ませ ん|| Well, it might be something to deliver unnecessary luggage to Mr. Kurachi's boarding house. じゃ 構わ ない から 置き手紙 を 婆 や と いう の に 渡して おいて ください まし 。 |かまわ|||おきてがみ||ばあ||||||わたして||| そして 婆 や に いいつけて あす でも 倉地 さん の 所 に 運ば して ください まし 。 |ばあ||||||くらち|||しょ||はこば||| And tell the old lady to bring it to Mr. Kurachi's place tomorrow. それ なら 何も いさく さ は ない でしょう 。 ||なにも||||| それ でも おい や ? いかが ? …… よう ございます 。 それ じゃ もう よう ございます 。 あなた を こんなに おそく まで お 引きとめ して おいて 、 又 候 めんどうな お 願い を しよう と する なんて わたし も どうかして いました わ 。 ||||||ひきとめ|||また|こう|||ねがい|||||||||い ました| …… 貞 ちゃん なんでもない の よ 。 さだ|||| わたし 今岡 さん と お 話し して いた んです よ 。 |いまおか||||はなし|||| 汽車 の 音 でも なんでもない んだ から 、 心配 せ ず に お 休み …… どうして 貞 世 は こんなに 怖い 事 ばかり いう ように なって しまった んでしょう 。 きしゃ||おと|||||しんぱい|||||やすみ||さだ|よ|||こわい|こと|||||| 夜中 など に 一 人 で 起きて いて 囈言 を 聞く と ぞ ーっと する ほど 気味 が 悪く なります の よ 。 よなか|||ひと|じん||おきて||うわごと||きく|||- っと|||きみ||わるく|なり ます|| あなた は どうぞ もう お 引き取り ください まし 。 |||||ひきとり|| わたし 車屋 を やります から ……」・・ |くるまや||やり ます|

「 車屋 を お やり に なる くらい なら わたし 行きます 」・・ くるまや|||||||||いき ます

「 でも あなた が 倉地 さん に 何とか 思わ れ なさる ようじゃ お 気の毒です もの 」・・ |||くらち|||なんとか|おもわ|||||きのどくです|

「 わたし 、 倉地 さんなん ぞ を はばかって いって いる の では ありません 」・・ |くらち|||||||||あり ませ ん

「 それ は よく わかって います わ 。 ||||い ます| でも わたし と して は そんな 結果 も 考えて みて から お 頼み する ん でした のに ……」・・ ||||||けっか||かんがえて||||たのみ||||

こういう 押し問答 の 末 に 岡 は とうとう 愛子 の 迎え に 行く 事 に なって しまった 。 |おしもんどう||すえ||おか|||あいこ||むかえ||いく|こと||| 倉地 が その 夜 は きっと 愛子 の 所 に いる に 違いない と 思った 葉子 は 、 病院 に 泊まる もの と 高 を くくって いた 岡 が 突然 真 夜中 に 訪れて 来た ので 倉地 も さすが に あわて ず に はいら れ まい 。 くらち|||よ|||あいこ||しょ||||ちがいない||おもった|ようこ||びょういん||とまる|||たか||||おか||とつぜん|まこと|よなか||おとずれて|きた||くらち||||||||| それ だけ の 狼狽 を さ せる に して も 快い 事 だ と 思って いた 。 |||ろうばい|||||||こころよい|こと|||おもって| 葉子 は 宿直 部屋 に 行って 、 しだ ら なく 睡 入った 当番 の 看護 婦 を 呼び起こして 人力車 を 頼ま した 。 ようこ||しゅくちょく|へや||おこなって||||すい|はいった|とうばん||かんご|ふ||よびおこして|じんりきしゃ||たのま| ・・

岡 は 思い 入った 様子 で そっと 貞 世 の 病室 を 出た 。 おか||おもい|はいった|ようす|||さだ|よ||びょうしつ||でた 出る 時 に 岡 は 持って 来た パラフィン 紙 に 包んで ある 包み を 開く と 美しい 花束 だった 。 でる|じ||おか||もって|きた||かみ||つつんで||つつみ||あく||うつくしい|はなたば| 岡 は それ を そっと 貞 世 の 枕 もと に おいて 出て 行った 。 おか|||||さだ|よ||まくら||||でて|おこなった ・・

しばらく する と 、 しとしと と 降る 雨 の 中 を 、 岡 を 乗せた 人力車 が 走り去る 音 が かすかに 聞こえて 、 やがて 遠く に 消えて しまった 。 |||||ふる|あめ||なか||おか||のせた|じんりきしゃ||はしりさる|おと|||きこえて||とおく||きえて| 看護 婦 が 激しく 玄関 の 戸締まり する 音 が 響いて 、 その あと は ひっそり と 夜 が ふけた 。 かんご|ふ||はげしく|げんかん||とじまり||おと||ひびいて||||||よ|| The sound of a nurse slamming the front door resounded, and after that the night fell quietly. 遠く の 部屋 で ディフテリヤ に かかって いる 子供 の 泣く 声 が 間 遠 に 聞こえる ほか に は 、 音 と いう 音 は 絶え 果てて いた 。 とおく||へや||||||こども||なく|こえ||あいだ|とお||きこえる||||おと|||おと||たえ|はてて| ・・

葉子 は ただ 一 人 いたずらに 興奮 して 狂う ような 自分 を 見いだした 。 ようこ|||ひと|じん||こうふん||くるう||じぶん||みいだした Yoko found herself maddened by her mischief. 不眠 で 過ごした 夜 が 三 日 も 四 日 も 続いて いる の に かかわら ず 、 睡気 と いう もの は 少しも 襲って 来 なかった 。 ふみん||すごした|よ||みっ|ひ||よっ|ひ||つづいて||||||すいき|||||すこしも|おそって|らい| 重 石 を つり下げた ような 腰部 の 鈍痛 ばかり で なく 、 脚 部 は 抜ける ように だるく 冷え 、 肩 は 動かす たび ごと に め り め り 音 が する か と 思う ほど 固く 凝り 、 頭 の 心 は 絶え間 なく ぎりぎり と 痛んで 、 そこ から やり どころ の ない 悲哀 と 疳癪 と が こんこんと わいて 出た 。 おも|いし||つりさげた||ようぶ||どんつう||||あし|ぶ||ぬける|||ひえ|かた||うごかす||||||||おと|||||おもう||かたく|こり|あたま||こころ||たえま||||いたんで|||||||ひあい||かんしゃく|||||でた Not only do I have a dull pain in my lower back that feels like a heavy stone has been hung, but my legs are so cold that I feel like they are going to fall off. The pain was barely there, and out of it came a flood of helpless sorrow and tantrums. もう 鏡 は 見まい と 思う ほど 顔 は げっそり と 肉 が こけて 、 目 の まわり の 青 黒い 暈 は 、 さら ぬ だに 大きい 目 を ことさら に ぎらぎら と 大きく 見せた 。 |きよう||みまい||おもう||かお||||にく|||め||||あお|くろい|ぼか|||||おおきい|め||||||おおきく|みせた 鏡 を 見まい と 思い ながら 、 葉子 は おり ある ごと に 帯 の 間 から 懐中 鏡 を 出して 自分 の 顔 を 見つめ ないで はいら れ なかった 。 きよう||みまい||おもい||ようこ||||||おび||あいだ||かいちゅう|きよう||だして|じぶん||かお||みつめ|||| ・・

葉子 は 貞 世 の 寝息 を うかがって いつも の ように 鏡 を 取り出した 。 ようこ||さだ|よ||ねいき||||||きよう||とりだした As usual, Yoko took out the mirror while listening to Sadayo's breathing. そして 顔 を 少し 電灯 の ほう に 振り向けて じっと 自分 を 映して 見た 。 |かお||すこし|でんとう||||ふりむけて||じぶん||うつして|みた おびただしい 毎日 の 抜け毛 で 額 ぎ わ の 著しく 透いて しまった の が 第 一 に 気 に なった 。 |まいにち||ぬけげ||がく||||いちじるしく|すいて||||だい|ひと||き|| The first thing that bothered me was that the amount of hair that fell out every day had made my forehead noticeably transparent. 少し 振り 仰いで 顔 を 映す と 頬 の こけた の が さほど に 目立た ない けれども 、 顎 を 引いて 下 俯き に なる と 、 口 と 耳 と の 間 に は 縦 に 大きな 溝 の ような 凹み が できて 、 下顎 骨 [# ルビ の 「 かがく こつ 」 は 底 本 で は 「 か が つ こつ 」] が 目立って いかめしく 現われ 出て いた 。 すこし|ふり|あおいで|かお||うつす||ほお|||||||めだた|||あご||ひいて|した|うつむき||||くち||みみ|||あいだ|||たて||おおきな|みぞ|||くぼみ|||したあご|こつ||||||そこ|ほん||||||||めだって||あらわれ|でて| 長く 見つめて いる うち に は だんだん 慣れて 来て 、 自分 の 意識 で しいて 矯正 する ため に 、 やせた 顔 も さほど と は 思わ れ なくなり 出す が 、 ふと 鏡 に 向かった 瞬間 に は 、 これ が 葉子 葉子 と 人々 の 目 を そば だ た した 自分 か と 思う ほど 醜かった 。 ながく|みつめて||||||なれて|きて|じぶん||いしき|||きょうせい|||||かお|||||おもわ|||だす|||きよう||むかった|しゅんかん|||||ようこ|ようこ||ひとびと||め||||||じぶん|||おもう||みにくかった そうして 鏡 に 向かって いる うち に 、 葉子 は その 投影 を 自分 以外 の ある 他人 の 顔 で は ない か と 疑い 出した 。 |きよう||むかって||||ようこ|||とうえい||じぶん|いがい|||たにん||かお||||||うたがい|だした 自分 の 顔 より 映る はず が ない 。 じぶん||かお||うつる||| それ だ のに そこ に 映って いる の は 確かに だれ か 見 も 知ら ぬ 人 の 顔 だ 。 |||||うつって||||たしかに|||み||しら||じん||かお| 苦痛 に しいたげられ 、 悪意 に ゆがめられ 、 煩悩 の ため に 支離滅裂に なった 亡者 の 顔 …… 葉子 は 背筋 に 一 時 に 氷 を あてられた ように なって 、 身ぶるい し ながら 思わず 鏡 を 手 から 落とした 。 くつう||しいたげ られ|あくい||ゆがめ られ|ぼんのう||||しりめつれつに||もうじゃ||かお|ようこ||せすじ||ひと|じ||こおり|||||みぶるい|||おもわず|きよう||て||おとした ・・

金属 の 床 に 触れる 音 が 雷 の ように 響いた 。 きんぞく||とこ||ふれる|おと||かみなり|||ひびいた 葉子 は あわてて 貞 世 を 見 やった 。 ようこ|||さだ|よ||み| 貞 世 は まっ赤 に 充血 して 熱 の こもった 目 を まんじ り と 開いて 、 さも 不思議 そうに 中 有 を 見 やって いた 。 さだ|よ||まっ あか||じゅうけつ||ねつ|||め|||||あいて||ふしぎ|そう に|なか|ゆう||み|| Sadayo's red, bloodshot, feverish eyes were wide open, and he looked at Nakayu in a strange way. ・・

「 愛 ねえさん …… 遠く で ピストル の 音 が した よう よ 」・・ あい||とおく||ぴすとる||おと|||| "My dear... I heard the sound of a pistol in the distance."

はっきり した 声 で こういった の で 、 葉子 が 顔 を 近寄 せて 何 か いおう と する と 昏々 と して たわ い も なく また 眠り に おちいる のだった 。 ||こえ|||||ようこ||かお||ちかよ||なん||||||こんこん||||||||ねむり||| 貞 世 の 眠る の と 共に 、 なんとも いえ ない 無気味な 死 の 脅かし が 卒 然 と して 葉子 を 襲った 。 さだ|よ||ねむる|||ともに||||ぶきみな|し||おびやかし||そつ|ぜん|||ようこ||おそった As Sadayo fell asleep, an indescribably eerie threat of death suddenly attacked Yoko. 部屋 の 中 に は そこら じゅう に 死 の 影 が 満ち満ちて いた 。 へや||なか||||||し||かげ||みちみちて| 目の前 の 氷 水 を 入れた コップ 一 つ も 次の 瞬間 に は ひとりでに 倒れて こわれて しまい そうに 見えた 。 めのまえ||こおり|すい||いれた|こっぷ|ひと|||つぎの|しゅんかん||||たおれて|||そう に|みえた 物 の 影 に なって 薄暗い 部分 は 見る見る 部屋 じゅう に 広がって 、 すべて を 冷たく 暗く 包み 終わる か と も 疑わ れた 。 ぶつ||かげ|||うすぐらい|ぶぶん||みるみる|へや|||ひろがって|||つめたく|くらく|つつみ|おわる||||うたがわ| 死 の 影 は 最も 濃く 貞 世 の 目 と 口 の まわり に 集まって いた 。 し||かげ||もっとも|こく|さだ|よ||め||くち||||あつまって| そこ に は 死 が 蛆 の ように に ょろ に ょろ と うごめいて いる の が 見えた 。 |||し||うじ||||||||||||みえた それ より も …… それ より も その 影 は そろそろ と 葉子 を 目がけて 四方 の 壁 から 集まり 近づこう と ひしめいて いる のだ 。 |||||||かげ||||ようこ||めがけて|しほう||かべ||あつまり|ちかづこう|||| More than that...more than that, the shadows were slowly aiming at Yoko, gathering from the four walls and trying to get closer. 葉子 は ほとんど その 死 の 姿 を 見る ように 思った 。 ようこ||||し||すがた||みる||おもった 頭 の 中 が シーン と 冷え 通って 冴え きった 寒 さ が ぞくぞく と 四 肢 を 震わした 。 あたま||なか||しーん||ひえ|かよって|さえ||さむ|||||よっ|し||ふるわした ・・

その 時 宿直 室 の 掛け 時計 が 遠く の ほう で 一 時 を 打った 。 |じ|しゅくちょく|しつ||かけ|とけい||とおく||||ひと|じ||うった ・・

もし この 音 を 聞か なかったら 、 葉子 は 恐ろし さ の あまり 自分 の ほう から 宿直 室 へ 駆け込んで 行った かも しれ なかった 。 ||おと||きか||ようこ||おそろし||||じぶん||||しゅくちょく|しつ||かけこんで|おこなった||| 葉子 は おびえ ながら 耳 を そばだてた 。 ようこ||||みみ|| 宿直 室 の ほう から 看護 婦 が 草履 を ば たば た と 引きずって 来る 音 が 聞こえた 。 しゅくちょく|しつ||||かんご|ふ||ぞうり||||||ひきずって|くる|おと||きこえた 葉子 は ほっと 息 気 を ついた 。 ようこ|||いき|き|| そして あわてる ように 身 を 動かして 、 貞 世 の 頭 の 氷嚢 の 溶け 具合 を しらべて 見たり 、 掻 巻 を 整えて やったり した 。 |||み||うごかして|さだ|よ||あたま||ひょうのう||とけ|ぐあい|||みたり|か|かん||ととのえて|| 海 の 底 に 一 つ 沈んで ぎ らっと 光る 貝殻 の ように 、 床 の 上 で 影 の 中 に 物 すごく 横たわって いる 鏡 を 取り上げて ふところ に 入れた 。 うみ||そこ||ひと||しずんで||ら っと|ひかる|かいがら|||とこ||うえ||かげ||なか||ぶつ||よこたわって||きよう||とりあげて|||いれた I picked up the mirror, which lay horribly in the shadows on the floor, like a glimmering seashell sunk to the bottom of the sea, and put it in my pocket. そうして 一室 一室 と 近づいて 来る 看護 婦 の 足音 に 耳 を 澄まし ながら また 考え 続けた 。 |いっしつ|いっしつ||ちかづいて|くる|かんご|ふ||あしおと||みみ||すまし|||かんがえ|つづけた