×

Usamos cookies para ayudar a mejorar LingQ. Al visitar este sitio, aceptas nuestras politicas de cookie.


image

或る女 - 有島武郎(アクセス), 33.2 或る女

33.2 或る 女

しばらく して から 、 倉地 は 葉子 の 肩 越し に 杯 を 取り上げ ながら こう 尋ねた 。 葉子 に は 返事 が なかった 。 また しばらく の 沈黙 の 時間 が 過ぎた 。 倉地 が もう 一 度 何 か いおう と した 時 、 葉子 は いつのまにか しくしく と 泣いて いた 。 倉地 は この 不意打ち に 思わず はっと した ようだった 。 ・・

「 なぜ 木村 から 送ら せる の が 悪い んです 」・・

葉子 は 涙 を 気取ら せまい と する ように 、 しかし 打ち沈んだ 調子 で こう いい出した 。 ・・

「 あなた の 御 様子 で お 心持ち が 読め ない わたし だ と お 思い に なって ? わたし ゆえ に 会社 を お 引き に なって から 、 どれほど 暮らし向き に 苦しんで いらっしゃる か …… その くらい は ばかで も わたし に は ちゃんと 響いて います 。 それ でも しみったれ た 事 を する の は あなた も お きらい 、 わたし も きらい …… わたし は 思う ように お 金 を つかって は いました 。 いました けれども …… 心 で は 泣いて た んです 。 あなた の ため なら どんな 事 でも 喜んで しよう …… そう このごろ 思った んです 。 それ から 木村 に とうとう 手紙 を 書きました 。 わたし が 木村 を なんと 思って る か 、 今さら そんな 事 を お 疑い に なる の あなた は 。 そんな 水臭い 回し 気 を なさる から つい くやしく なっち まいます 。 …… そんな わたし だ か わたし で は ない か ……( そこ で 葉子 は 倉地 から 離れて きちんと すわり 直して 袂 で 顔 を おおう て しまった ) 泥棒 を しろ と おっしゃる ほう が まだ 増しです …… あなた お 一 人 で くよくよ なさって …… お 金 の 出所 を …… 暮らし向き が 張り 過ぎる なら 張り 過ぎる と …… なぜ 相談 に 乗ら せて は くださら ない の …… やはり あなた は わたし を 真 身 に は 思って いらっしゃら ない の ね ……」・・

倉地 は 一 度 は 目 を 張って 驚いた ようだった が 、 やがて 事もなげに 笑い 出した 。 ・・

「 そんな 事 を 思っとった の か 。 ばかだ な あお 前 は 。 御 好意 は 感謝 します …… 全く 。 しかし なんぼ やせて も 枯れて も 、 おれ は 女の子 の 二 人 や 三 人 養う に 事 は 欠かん よ 。 月 に 三百 や 四百 の 金 が 手 回ら ん よう なら 首 を くくって 死んで 見せる 。 お前 を まで 相談 に 乗せる ような 事 は いら ん のだ よ 。 そんな 陰 に まわった 心配事 は せ ん 事 に しよう や 。 この のんき 坊 の おれ まで が いら ん 気 を もま せられる で ……」・・

「 そりゃ うそ です 」・・

葉子 は 顔 を おおう た まま きっぱり と 矢継ぎ早に いい放った 。 倉地 は 黙って しまった 。 葉子 も そのまま しばらく は なんとも 言い出 で なかった 。 ・・

母屋 の ほう で 十二 を 打つ 柱 時計 の 声 が かすかに 聞こえて 来た 。 寒 さ も しんしんと 募って いた に は 相違 なかった 。 しかし 葉子 は その いずれ を も 心 の 戸 の 中 まで は 感じ なかった 。 始め は 一種 の たくらみ から 狂言 でも する ような 気 で かかった のだった けれども 、 こう なる と 葉子 は いつのまにか 自分 で 自分 の 情 に おぼれて しまって いた 。 木村 を 犠牲 に して まで も 倉地 に おぼれ 込んで 行く 自分 が あわれま れ も した 。 倉地 が 費用 の 出所 を ついぞ 打ち明けて 相談 して くれ ない の が 恨み が ま しく 思わ れ も した 。 知らず知らず の うち に どれほど 葉子 は 倉地 に 食い込み 、 倉地 に 食い込まれて いた か を しみじみ と 今さら に 思い知った 。 どう なろう と どう あろう と 倉地 から 離れる 事 は もう でき ない 。 倉地 から 離れる くらい なら 自分 は きっと 死んで 見せる 。 倉地 の 胸 に 歯 を 立てて その 心臓 を かみ 破って しまいたい ような 狂暴な 執念 が 葉子 を 底 知れ ぬ 悲し み へ 誘い込んだ 。 ・・

心 の 不思議な 作用 と して 倉地 も 葉子 の 心持ち は 刺 青 を さ れる ように 自分 の 胸 に 感じて 行く らしかった 。 やや 程 経って から 倉地 は 無 感情 の ような 鈍い 声 で いい出した 。 ・・

「 全く は おれ が 悪かった の かも しれ ない 。 一 時 は 全く 金 に は 弱り 込んだ 。 しかし おれ は 早 や 世の中 の 底 潮 に もぐり込んだ 人間 だ と 思う と 度胸 が すわって しまい おった 。 毒 も 皿 も 食って くれよう 、 そう 思って ( 倉地 は あたり を はばかる ように さらに 声 を 落とした ) やり出した 仕事 が あの 組合 の 事 よ 。 水 先 案内 の やつ ら は くわしい 海図 を 自分 で 作って 持っと る 。 要塞 地 の 様子 も 玄人 以上 だ さ 。 それ を 集め に かかって みた 。 思う ように は 行か ん が 、 食う だけ の 金 は 余る ほど 出る 」・・

葉子 は 思わず ぎょっと して 息 気 が つまった 。 近ごろ 怪しげな 外国 人 が 倉地 の 所 に 出入り する の も 心当たり に なった 。 倉地 は 葉子 が 倉地 の 言葉 を 理解 して 驚いた 様子 を 見る と 、 ほとほと 悪魔 の ような 顔 を して に やり と 笑った 。 捨てばち な 不敵 さ と 力 と が みなぎって 見えた 。 ・・

「 愛想 が 尽きた か ……」・・

愛想 が 尽きた 。 葉子 は 自分 自身 に 愛想 が 尽きよう と して いた 。 葉子 は 自分 の 乗った 船 は いつでも 相 客 もろとも に 転覆 して 沈んで 底 知れ ぬ 泥 土 の 中 に 深々と もぐり込んで 行く 事 を 知った 。 売 国 奴 、 国 賊 、―― あるいは そういう 名 が 倉地 の 名 に 加えられる かも しれ ない …… と 思った だけ で 葉子 は 怖 毛 を ふるって 、 倉地 から 飛びのこう と する 衝動 を 感じた 。 ぎょっと した 瞬間 に ただ 瞬間 だけ 感じた 。 次に どうかして そんな 恐ろしい はめ から 倉地 を 救い出さ なければ なら ない と いう 殊勝な 心 に も なった 。 しかし 最後に 落ち着いた の は 、 その 深み に 倉地 を ことさら 突き落として みたい 悪魔 的な 誘惑 だった 。 それほど まで の 葉子 に 対する 倉地 の 心尽くし を 、 臆病な 驚き と 躊躇 と で迎える 事 に よって 、 倉地 に 自分 の 心持ち の 不徹底な の を 見下げられ は し ない か と いう 危惧 より も 、 倉地 が 自分 の ため に どれほど の 堕落 でも 汚 辱 でも 甘んじて 犯す か 、 それ を さ せて みて 、 満足 して も 満足 して も 満足 しきら ない 自分 の 心 の 不足 を 満たし たかった 。 そこ まで 倉地 を 突き落とす こと は 、 それ だけ 二 人 の 執着 を 強める 事 だ と も 思った 。 葉子 は 何事 を 犠牲 に 供して も 灼熱 した 二 人 の 間 の 執着 を 続ける ばかりで なく さらに 強める 術 を 見いだそう と した 。 倉地 の 告白 を 聞いて 驚いた 次の 瞬間 に は 、 葉子 は 意識 こそ せ ね これ だけ の 心持ち に 働かれて いた 。 「 そんな 事 で 愛想 が 尽きて たまる もの か 」 と 鼻 で あしらう ような 心持ち に 素早く も 自分 を 落ち着けて しまった 。 驚き の 表情 は すぐ 葉子 の 顔 から 消えて 、 妖婦 に のみ 見る 極端に 肉 的な 蠱惑 の 微笑 が それ に 代わって 浮か み 出した 。 ・・

「 ちょっと 驚か さ れ は しました わ 。 …… いい わ 、 わたし だって なんでも します わ 」・・

倉地 は 葉子 が 言わ ず 語ら ず の うち に 感激 して いる の を 感得 して いた 。 ・・

「 よし それ で 話 は わかった 。 木村 …… 木村 から も しぼり 上げろ 、 構う もの かい 。 人間 並み に 見られ ない おれたち が 人間 並み に 振る舞って いて たまる かい 。 葉 ちゃん …… 命 」・・

「 命 ! …… 命 命 ※[# 感嘆 符 三 つ 、131-15]」・・

葉子 は 自分 の 激しい 言葉 に 目 も くる めく ような 酔い を 覚え ながら 、 あらん限り の 力 を こめて 倉地 を 引き寄せた 。 膳 の 上 の もの が 音 を 立てて くつがえる の を 聞いた ようだった が 、 その あと は 色 も 音 も ない 焔 の 天地 だった 。 すさまじく 焼け ただれた 肉 の 欲 念 が 葉子 の 心 を 全く 暗まして しまった 。 天国 か 地獄 か それ は 知ら ない 。 しかも 何もかも みじん に つき くだいて 、 びりびり と 震動 する 炎 々 たる 焔 に 燃やし 上げた この 有頂天の 歓楽 の ほか に 世に 何者 が あろう 。 葉子 は 倉地 を 引き寄せた 。 倉地 に おいて 今 まで 自分 から 離れて いた 葉子 自身 を 引き寄せた 。 そして 切る ような 痛み と 、 痛み から のみ 来る 奇怪な 快感 と を 自分 自身 に 感じて 陶然 と 酔いしれ ながら 、 倉地 の 二の腕 に 歯 を 立てて 、 思いきり 弾力 性 に 富んだ 熱した その 肉 を かんだ 。 ・・

その 翌日 十一 時 すぎ に 葉子 は 地 の 底 から 掘り起こさ れた ように 地球 の 上 に 目 を 開いた 。 倉地 は まだ 死んだ もの 同然に いぎ た なく 眠って いた 。 戸 板 の 杉 の 赤み が 鰹節 の 心 の ように 半透明 に まっ赤 に 光って いる ので 、 日 が 高い の も 天気 が 美しく 晴れて いる の も 察せられた 。 甘 ずっぱ く 立てこもった 酒 と 煙草 の 余 燻 の 中 に 、 すき間 もる 光線 が 、 透明に 輝く 飴色 の 板 と なって 縦 に 薄暗 さ の 中 を 区切って いた 。 いつも ならば まっ赤 に 充血 して 、 精力 に 充 ち 満ちて 眠り ながら 働いて いる ように 見える 倉地 も 、 その 朝 は 目 の 周囲 に 死 色 を さえ 注 して いた 。 むき出しに した 腕 に は 青 筋 が 病的に 思わ れる ほど 高く 飛び出て は い ずって いた 。 泳ぎ 回る 者 でも いる ように 頭 の 中 が ぐらぐら する 葉子 に は 、 殺人 者 が 凶行 から 目ざめて 行った 時 の ような 底 の 知れ ない 気味 わる さ が 感ぜられた 。 葉子 は 密やかに その 部屋 を 抜け出して 戸外 に 出た 。 ・・

降る ような 真昼 の 光線 に あう と 、 両眼 は 脳 心 の ほう に しゃにむに 引きつけられて たまらない 痛 さ を 感じた 。 かわいた 空気 は 息 気 を とめる ほど 喉 を 干 から ば した 。 葉子 は 思わず よろけて 入り口 の 下見 板 に 寄りかかって 、 打撲 を 避ける ように 両手 で 顔 を 隠して うつむいて しまった 。 ・・

やがて 葉子 は 人 を 避け ながら 芝生 の 先 の 海 ぎ わ に 出て みた 。 満月 に 近い ころ の 事 とて 潮 は 遠く ひいて いた 。 蘆 の 枯れ葉 が 日 を 浴びて 立つ 沮洳 地 の ような 平地 が 目の前 に 広がって いた 。 しかし 自然 は 少しも 昔 の 姿 を 変えて は い なかった 。 自然 も 人 も きのう の まま の 営み を して いた 。 葉子 は 不思議な もの を 見せつけられた ように 茫然と して 潮 干潟 の 泥 を 見 、 うろこ雲 で 飾ら れた 青空 を 仰いだ 。 ゆうべ の 事 が 真実 なら この 景色 は 夢 で あら ねば なら ぬ 。 この 景色 が 真実 なら ゆうべ の 事 は 夢 で あら ねば なら ぬ 。 二 つ が 両立 しよう はず は ない 。 …… 葉子 は 茫然と して なお 目 に は いって 来る もの を ながめ 続けた 。 ・・

痲痺 しきった ような 葉子 の 感覚 は だんだん 回復 して 来た 。 それ と 共に 瞑 眩 を 感ずる ほど の 頭痛 を まず 覚えた 。 次いで 後 腰部 に 鈍重な 疼 み が むくむく と 頭 を もたげる の を 覚えた 。 肩 は 石 の ように 凝って いた 。 足 は 氷 の ように 冷えて いた 。 ・・

ゆうべ の 事 は 夢 で は なかった のだ …… そして 今 見る この 景色 も 夢 で は あり 得 ない …… それ は あまりに 残酷だ 、 残酷だ 。 なぜ ゆうべ を さかい に して 、 世の中 は かるた を 裏返した ように 変わって いて は くれ なかった のだ 。 ・・

この 景色 の どこ に 自分 は 身 を おく 事 が できよう 。 葉子 は 痛切に 自分 が 落ち込んで 行った 深淵 の 深み を 知った 。 そして そこ に しゃがんで しまって 、 苦い 涙 を 泣き 始めた 。 ・・

懺悔 の 門 の 堅く 閉ざさ れた 暗い 道 が ただ 一筋 、 葉子 の 心 の 目 に は 行く手 に 見 やられる ばかりだった 。


33.2 或る 女 ある|おんな 33.2 Una mujer

しばらく して から 、 倉地 は 葉子 の 肩 越し に 杯 を 取り上げ ながら こう 尋ねた 。 |||くらち||ようこ||かた|こし||さかずき||とりあげ|||たずねた 葉子 に は 返事 が なかった 。 ようこ|||へんじ|| また しばらく の 沈黙 の 時間 が 過ぎた 。 |||ちんもく||じかん||すぎた 倉地 が もう 一 度 何 か いおう と した 時 、 葉子 は いつのまにか しくしく と 泣いて いた 。 くらち|||ひと|たび|なん|||||じ|ようこ|||||ないて| 倉地 は この 不意打ち に 思わず はっと した ようだった 。 くらち|||ふいうち||おもわず||| ・・

「 なぜ 木村 から 送ら せる の が 悪い んです 」・・ |きむら||おくら||||わるい|

葉子 は 涙 を 気取ら せまい と する ように 、 しかし 打ち沈んだ 調子 で こう いい出した 。 ようこ||なみだ||きどら||||||うちしずんだ|ちょうし|||いいだした ・・

「 あなた の 御 様子 で お 心持ち が 読め ない わたし だ と お 思い に なって ? ||ご|ようす|||こころもち||よめ||||||おもい|| わたし ゆえ に 会社 を お 引き に なって から 、 どれほど 暮らし向き に 苦しんで いらっしゃる か …… その くらい は ばかで も わたし に は ちゃんと 響いて います 。 |||かいしゃ|||ひき|||||くらしむき||くるしんで||||||||||||ひびいて|い ます それ でも しみったれ た 事 を する の は あなた も お きらい 、 わたし も きらい …… わたし は 思う ように お 金 を つかって は いました 。 ||||こと||||||||||||||おもう|||きむ||||い ました いました けれども …… 心 で は 泣いて た んです 。 い ました||こころ|||ないて|| あなた の ため なら どんな 事 でも 喜んで しよう …… そう このごろ 思った んです 。 |||||こと||よろこんで||||おもった| それ から 木村 に とうとう 手紙 を 書きました 。 ||きむら|||てがみ||かき ました わたし が 木村 を なんと 思って る か 、 今さら そんな 事 を お 疑い に なる の あなた は 。 ||きむら|||おもって|||いまさら||こと|||うたがい||||| そんな 水臭い 回し 気 を なさる から つい くやしく なっち まいます 。 |みずくさい|まわし|き||||||な っち|まい ます …… そんな わたし だ か わたし で は ない か ……( そこ で 葉子 は 倉地 から 離れて きちんと すわり 直して 袂 で 顔 を おおう て しまった ) 泥棒 を しろ と おっしゃる ほう が まだ 増しです …… あなた お 一 人 で くよくよ なさって …… お 金 の 出所 を …… 暮らし向き が 張り 過ぎる なら 張り 過ぎる と …… なぜ 相談 に 乗ら せて は くださら ない の …… やはり あなた は わたし を 真 身 に は 思って いらっしゃら ない の ね ……」・・ |||||||||||ようこ||くらち||はなれて|||なおして|たもと||かお|||||どろぼう||||||||ましです|||ひと|じん|||||きむ||しゅっしょ||くらしむき||はり|すぎる||はり|すぎる|||そうだん||のら|||||||||||まこと|み|||おもって||||

倉地 は 一 度 は 目 を 張って 驚いた ようだった が 、 やがて 事もなげに 笑い 出した 。 くらち||ひと|たび||め||はって|おどろいた||||こともなげに|わらい|だした ・・

「 そんな 事 を 思っとった の か 。 |こと||おも っと った|| ばかだ な あお 前 は 。 |||ぜん| 御 好意 は 感謝 します …… 全く 。 ご|こうい||かんしゃ|し ます|まったく しかし なんぼ やせて も 枯れて も 、 おれ は 女の子 の 二 人 や 三 人 養う に 事 は 欠かん よ 。 ||||かれて||||おんなのこ||ふた|じん||みっ|じん|やしなう||こと||けっかん| But no matter how thin or withered I am, I will never lack to support two or three girls. 月 に 三百 や 四百 の 金 が 手 回ら ん よう なら 首 を くくって 死んで 見せる 。 つき||さんびゃく||しひゃく||きむ||て|まわら||||くび|||しんで|みせる If you can't afford 300 or 400 dollars a month, hang yourself and die. お前 を まで 相談 に 乗せる ような 事 は いら ん のだ よ 。 おまえ|||そうだん||のせる||こと||||| そんな 陰 に まわった 心配事 は せ ん 事 に しよう や 。 |かげ|||しんぱいごと||||こと||| この のんき 坊 の おれ まで が いら ん 気 を もま せられる で ……」・・ ||ぼう|||||||き|||せら れる|

「 そりゃ うそ です 」・・

葉子 は 顔 を おおう た まま きっぱり と 矢継ぎ早に いい放った 。 ようこ||かお|||||||やつぎばやに|いいはなった 倉地 は 黙って しまった 。 くらち||だまって| 葉子 も そのまま しばらく は なんとも 言い出 で なかった 。 ようこ||||||いいだ|| ・・

母屋 の ほう で 十二 を 打つ 柱 時計 の 声 が かすかに 聞こえて 来た 。 おもや||||じゅうに||うつ|ちゅう|とけい||こえ|||きこえて|きた 寒 さ も しんしんと 募って いた に は 相違 なかった 。 さむ||||つのって||||そうい| There was no doubt that it was getting colder. しかし 葉子 は その いずれ を も 心 の 戸 の 中 まで は 感じ なかった 。 |ようこ||||||こころ||と||なか|||かんじ| 始め は 一種 の たくらみ から 狂言 でも する ような 気 で かかった のだった けれども 、 こう なる と 葉子 は いつのまにか 自分 で 自分 の 情 に おぼれて しまって いた 。 はじめ||いっしゅ||||きょうげん||||き||||||||ようこ|||じぶん||じぶん||じょう|||| 木村 を 犠牲 に して まで も 倉地 に おぼれ 込んで 行く 自分 が あわれま れ も した 。 きむら||ぎせい|||||くらち|||こんで|いく|じぶん||||| 倉地 が 費用 の 出所 を ついぞ 打ち明けて 相談 して くれ ない の が 恨み が ま しく 思わ れ も した 。 くらち||ひよう||しゅっしょ|||うちあけて|そうだん||||||うらみ||||おもわ||| I also felt resentment that Kurachi would not confide in me about the source of the expense and consult with me. 知らず知らず の うち に どれほど 葉子 は 倉地 に 食い込み 、 倉地 に 食い込まれて いた か を しみじみ と 今さら に 思い知った 。 しらずしらず|||||ようこ||くらち||くいこみ|くらち||くいこま れて||||||いまさら||おもいしった どう なろう と どう あろう と 倉地 から 離れる 事 は もう でき ない 。 ||||||くらち||はなれる|こと|||| 倉地 から 離れる くらい なら 自分 は きっと 死んで 見せる 。 くらち||はなれる|||じぶん|||しんで|みせる 倉地 の 胸 に 歯 を 立てて その 心臓 を かみ 破って しまいたい ような 狂暴な 執念 が 葉子 を 底 知れ ぬ 悲し み へ 誘い込んだ 。 くらち||むね||は||たてて||しんぞう|||やぶって|しま い たい||きょうぼうな|しゅうねん||ようこ||そこ|しれ||かなし|||さそいこんだ ・・

心 の 不思議な 作用 と して 倉地 も 葉子 の 心持ち は 刺 青 を さ れる ように 自分 の 胸 に 感じて 行く らしかった 。 こころ||ふしぎな|さよう|||くらち||ようこ||こころもち||とげ|あお|||||じぶん||むね||かんじて|いく| やや 程 経って から 倉地 は 無 感情 の ような 鈍い 声 で いい出した 。 |ほど|たって||くらち||む|かんじょう|||にぶい|こえ||いいだした ・・

「 全く は おれ が 悪かった の かも しれ ない 。 まったく||||わるかった|||| 一 時 は 全く 金 に は 弱り 込んだ 。 ひと|じ||まったく|きむ|||よわり|こんだ しかし おれ は 早 や 世の中 の 底 潮 に もぐり込んだ 人間 だ と 思う と 度胸 が すわって しまい おった 。 |||はや||よのなか||そこ|しお||もぐりこんだ|にんげん|||おもう||どきょう|||| However, when I thought that I was a person who had already slipped into the depths of the world, I was filled with courage. 毒 も 皿 も 食って くれよう 、 そう 思って ( 倉地 は あたり を はばかる ように さらに 声 を 落とした ) やり出した 仕事 が あの 組合 の 事 よ 。 どく||さら||くって|||おもって|くらち|||||||こえ||おとした|やりだした|しごと|||くみあい||こと| Thinking that he would eat the poison and the plate (Kurachi lowered his voice even more as if hesitating), the job he started was that union. 水 先 案内 の やつ ら は くわしい 海図 を 自分 で 作って 持っと る 。 すい|さき|あんない||||||かいず||じぶん||つくって|じ っと| The pilots make their own detailed nautical charts and take them with them. 要塞 地 の 様子 も 玄人 以上 だ さ 。 ようさい|ち||ようす||くろうと|いじょう|| The state of the fortress is also more than an expert. それ を 集め に かかって みた 。 ||あつめ||| I tried to collect them. 思う ように は 行か ん が 、 食う だけ の 金 は 余る ほど 出る 」・・ おもう|||いか|||くう|||きむ||あまる||でる

葉子 は 思わず ぎょっと して 息 気 が つまった 。 ようこ||おもわず|||いき|き|| Yoko was startled involuntarily and gasped. 近ごろ 怪しげな 外国 人 が 倉地 の 所 に 出入り する の も 心当たり に なった 。 ちかごろ|あやしげな|がいこく|じん||くらち||しょ||でいり||||こころあたり|| 倉地 は 葉子 が 倉地 の 言葉 を 理解 して 驚いた 様子 を 見る と 、 ほとほと 悪魔 の ような 顔 を して に やり と 笑った 。 くらち||ようこ||くらち||ことば||りかい||おどろいた|ようす||みる|||あくま|||かお||||||わらった 捨てばち な 不敵 さ と 力 と が みなぎって 見えた 。 すてばち||ふてき|||ちから||||みえた ・・

「 愛想 が 尽きた か ……」・・ あいそ||つきた|

愛想 が 尽きた 。 あいそ||つきた 葉子 は 自分 自身 に 愛想 が 尽きよう と して いた 。 ようこ||じぶん|じしん||あいそ||つきよう||| Yoko was about to lose interest in herself. 葉子 は 自分 の 乗った 船 は いつでも 相 客 もろとも に 転覆 して 沈んで 底 知れ ぬ 泥 土 の 中 に 深々と もぐり込んで 行く 事 を 知った 。 ようこ||じぶん||のった|せん|||そう|きゃく|||てんぷく||しずんで|そこ|しれ||どろ|つち||なか||しんしんと|もぐりこんで|いく|こと||しった Yoko knew that the boat she was on would capsize and sink along with her passengers at any moment, sinking deep into the bottomless mud. 売 国 奴 、 国 賊 、―― あるいは そういう 名 が 倉地 の 名 に 加えられる かも しれ ない …… と 思った だけ で 葉子 は 怖 毛 を ふるって 、 倉地 から 飛びのこう と する 衝動 を 感じた 。 う|くに|やつ|くに|ぞく|||な||くらち||な||くわえ られる|||||おもった|||ようこ||こわ|け|||くらち||とびのこう|||しょうどう||かんじた A traitor, a bandit—or perhaps such a name might be added to Kurachi's name...The mere thought of it gave Yoko a terrifying urge to flee from Kurachi. ぎょっと した 瞬間 に ただ 瞬間 だけ 感じた 。 ||しゅんかん|||しゅんかん||かんじた 次に どうかして そんな 恐ろしい はめ から 倉地 を 救い出さ なければ なら ない と いう 殊勝な 心 に も なった 。 つぎに|||おそろしい|||くらち||すくいださ||||||しゅしょうな|こころ||| しかし 最後に 落ち着いた の は 、 その 深み に 倉地 を ことさら 突き落として みたい 悪魔 的な 誘惑 だった 。 |さいごに|おちついた||||ふかみ||くらち|||つきおとして||あくま|てきな|ゆうわく| それほど まで の 葉子 に 対する 倉地 の 心尽くし を 、 臆病な 驚き と 躊躇 と で迎える 事 に よって 、 倉地 に 自分 の 心持ち の 不徹底な の を 見下げられ は し ない か と いう 危惧 より も 、 倉地 が 自分 の ため に どれほど の 堕落 でも 汚 辱 でも 甘んじて 犯す か 、 それ を さ せて みて 、 満足 して も 満足 して も 満足 しきら ない 自分 の 心 の 不足 を 満たし たかった 。 |||ようこ||たいする|くらち||こころづくし||おくびょうな|おどろき||ちゅうちょ||でむかえる|こと|||くらち||じぶん||こころもち||ふてっていな|||みさげ られ|||||||きぐ|||くらち||じぶん||||||だらく||きたな|じょく||あまんじて|おかす|||||||まんぞく|||まんぞく|||まんぞく|||じぶん||こころ||ふそく||みたし| By welcoming Kurachi's sincere devotion to Yoko with cowardly surprise and hesitation, Kurachi was more concerned that he might look down on his incomplete feelings. No matter how much depravity and humiliation I was willing to commit for the sake of my sake, I wanted to let it go and fill the void in my heart that was never satisfied no matter how satisfied I was. そこ まで 倉地 を 突き落とす こと は 、 それ だけ 二 人 の 執着 を 強める 事 だ と も 思った 。 ||くらち||つきおとす|||||ふた|じん||しゅうちゃく||つよめる|こと||||おもった 葉子 は 何事 を 犠牲 に 供して も 灼熱 した 二 人 の 間 の 執着 を 続ける ばかりで なく さらに 強める 術 を 見いだそう と した 。 ようこ||なにごと||ぎせい||きょうして||しゃくねつ||ふた|じん||あいだ||しゅうちゃく||つづける||||つよめる|じゅつ||みいだそう|| 倉地 の 告白 を 聞いて 驚いた 次の 瞬間 に は 、 葉子 は 意識 こそ せ ね これ だけ の 心持ち に 働かれて いた 。 くらち||こくはく||きいて|おどろいた|つぎの|しゅんかん|||ようこ||いしき|||||||こころもち||はたらか れて| 「 そんな 事 で 愛想 が 尽きて たまる もの か 」 と 鼻 で あしらう ような 心持ち に 素早く も 自分 を 落ち着けて しまった 。 |こと||あいそ||つきて|||||はな||||こころもち||すばやく||じぶん||おちつけて| 驚き の 表情 は すぐ 葉子 の 顔 から 消えて 、 妖婦 に のみ 見る 極端に 肉 的な 蠱惑 の 微笑 が それ に 代わって 浮か み 出した 。 おどろき||ひょうじょう|||ようこ||かお||きえて|ようふ|||みる|きょくたんに|にく|てきな|こわく||びしょう||||かわって|うか||だした The expression of surprise soon disappeared from Yoko's face, replaced by an extremely fleshly and seductive smile that only a witch could see. ・・

「 ちょっと 驚か さ れ は しました わ 。 |おどろか||||し ました| …… いい わ 、 わたし だって なんでも します わ 」・・ |||||し ます|

倉地 は 葉子 が 言わ ず 語ら ず の うち に 感激 して いる の を 感得 して いた 。 くらち||ようこ||いわ||かたら|||||かんげき|||||かんとく|| ・・

「 よし それ で 話 は わかった 。 |||はなし|| 木村 …… 木村 から も しぼり 上げろ 、 構う もの かい 。 きむら|きむら||||あげろ|かまう|| Kimura... Squeeze it from Kimura, don't worry about it. 人間 並み に 見られ ない おれたち が 人間 並み に 振る舞って いて たまる かい 。 にんげん|なみ||み られ||||にんげん|なみ||ふるまって||| We who can't be seen as human beings can't stand to act like human beings. 葉 ちゃん …… 命 」・・ は||いのち

「 命 ! いのち …… 命 命 ※[# 感嘆 符 三 つ 、131-15]」・・ いのち|いのち|かんたん|ふ|みっ|

葉子 は 自分 の 激しい 言葉 に 目 も くる めく ような 酔い を 覚え ながら 、 あらん限り の 力 を こめて 倉地 を 引き寄せた 。 ようこ||じぶん||はげしい|ことば||め|||||よい||おぼえ||あらんかぎり||ちから|||くらち||ひきよせた 膳 の 上 の もの が 音 を 立てて くつがえる の を 聞いた ようだった が 、 その あと は 色 も 音 も ない 焔 の 天地 だった 。 ぜん||うえ||||おと||たてて||||きいた||||||いろ||おと|||ほのお||てんち| すさまじく 焼け ただれた 肉 の 欲 念 が 葉子 の 心 を 全く 暗まして しまった 。 |やけ||にく||よく|ねん||ようこ||こころ||まったく|くらまして| 天国 か 地獄 か それ は 知ら ない 。 てんごく||じごく||||しら| しかも 何もかも みじん に つき くだいて 、 びりびり と 震動 する 炎 々 たる 焔 に 燃やし 上げた この 有頂天の 歓楽 の ほか に 世に 何者 が あろう 。 |なにもかも|||||||しんどう||えん|||ほのお||もやし|あげた||うちょうてんの|かんらく||||よに|なにもの|| And what else is there in the world but this rapturous rapture, which cuts everything to pieces, and ignites it in a fiery, quivering flame? 葉子 は 倉地 を 引き寄せた 。 ようこ||くらち||ひきよせた 倉地 に おいて 今 まで 自分 から 離れて いた 葉子 自身 を 引き寄せた 。 くらち|||いま||じぶん||はなれて||ようこ|じしん||ひきよせた そして 切る ような 痛み と 、 痛み から のみ 来る 奇怪な 快感 と を 自分 自身 に 感じて 陶然 と 酔いしれ ながら 、 倉地 の 二の腕 に 歯 を 立てて 、 思いきり 弾力 性 に 富んだ 熱した その 肉 を かんだ 。 |きる||いたみ||いたみ|||くる|きかいな|かいかん|||じぶん|じしん||かんじて|とうぜん||よいしれ||くらち||にのうで||は||たてて|おもいきり|だんりょく|せい||とんだ|ねっした||にく|| ・・

その 翌日 十一 時 すぎ に 葉子 は 地 の 底 から 掘り起こさ れた ように 地球 の 上 に 目 を 開いた 。 |よくじつ|じゅういち|じ|||ようこ||ち||そこ||ほりおこさ|||ちきゅう||うえ||め||あいた 倉地 は まだ 死んだ もの 同然に いぎ た なく 眠って いた 。 くらち|||しんだ||どうぜんに||||ねむって| 戸 板 の 杉 の 赤み が 鰹節 の 心 の ように 半透明 に まっ赤 に 光って いる ので 、 日 が 高い の も 天気 が 美しく 晴れて いる の も 察せられた 。 と|いた||すぎ||あかみ||かつおぶし||こころ|||はんとうめい||まっ あか||ひかって|||ひ||たかい|||てんき||うつくしく|はれて||||さっせ られた 甘 ずっぱ く 立てこもった 酒 と 煙草 の 余 燻 の 中 に 、 すき間 もる 光線 が 、 透明に 輝く 飴色 の 板 と なって 縦 に 薄暗 さ の 中 を 区切って いた 。 あま|ず っぱ||たてこもった|さけ||たばこ||よ|いぶ||なか||すきま||こうせん||とうめいに|かがやく|あめいろ||いた|||たて||うすぐら|||なか||くぎって| いつも ならば まっ赤 に 充血 して 、 精力 に 充 ち 満ちて 眠り ながら 働いて いる ように 見える 倉地 も 、 その 朝 は 目 の 周囲 に 死 色 を さえ 注 して いた 。 ||まっ あか||じゅうけつ||せいりょく||まこと||みちて|ねむり||はたらいて|||みえる|くらち|||あさ||め||しゅうい||し|いろ|||そそ|| むき出しに した 腕 に は 青 筋 が 病的に 思わ れる ほど 高く 飛び出て は い ずって いた 。 むきだしに||うで|||あお|すじ||びょうてきに|おもわ|||たかく|とびでて|||ず って| 泳ぎ 回る 者 でも いる ように 頭 の 中 が ぐらぐら する 葉子 に は 、 殺人 者 が 凶行 から 目ざめて 行った 時 の ような 底 の 知れ ない 気味 わる さ が 感ぜられた 。 およぎ|まわる|もの||||あたま||なか||||ようこ|||さつじん|もの||きょうこう||めざめて|おこなった|じ|||そこ||しれ||きみ||||かんぜ られた 葉子 は 密やかに その 部屋 を 抜け出して 戸外 に 出た 。 ようこ||ひそやかに||へや||ぬけだして|こがい||でた ・・

降る ような 真昼 の 光線 に あう と 、 両眼 は 脳 心 の ほう に しゃにむに 引きつけられて たまらない 痛 さ を 感じた 。 ふる||まひる||こうせん||||りょうがん||のう|こころ|||||ひきつけ られて||つう|||かんじた かわいた 空気 は 息 気 を とめる ほど 喉 を 干 から ば した 。 |くうき||いき|き||||のど||ひ||| 葉子 は 思わず よろけて 入り口 の 下見 板 に 寄りかかって 、 打撲 を 避ける ように 両手 で 顔 を 隠して うつむいて しまった 。 ようこ||おもわず||いりぐち||したみ|いた||よりかかって|だぼく||さける||りょうて||かお||かくして|| Involuntarily, Yoko staggered, leaned against the clapboard at the entrance, and hid her face with both hands to avoid being bruised, and hung her head down. ・・

やがて 葉子 は 人 を 避け ながら 芝生 の 先 の 海 ぎ わ に 出て みた 。 |ようこ||じん||さけ||しばふ||さき||うみ||||でて| 満月 に 近い ころ の 事 とて 潮 は 遠く ひいて いた 。 まんげつ||ちかい|||こと||しお||とおく|| 蘆 の 枯れ葉 が 日 を 浴びて 立つ 沮洳 地 の ような 平地 が 目の前 に 広がって いた 。 あし||かれは||ひ||あびて|たつ|そじょ|ち|||へいち||めのまえ||ひろがって| しかし 自然 は 少しも 昔 の 姿 を 変えて は い なかった 。 |しぜん||すこしも|むかし||すがた||かえて||| 自然 も 人 も きのう の まま の 営み を して いた 。 しぜん||じん||||||いとなみ||| 葉子 は 不思議な もの を 見せつけられた ように 茫然と して 潮 干潟 の 泥 を 見 、 うろこ雲 で 飾ら れた 青空 を 仰いだ 。 ようこ||ふしぎな|||みせつけ られた||ぼうぜんと||しお|ひがた||どろ||み|うろこぐも||かざら||あおぞら||あおいだ ゆうべ の 事 が 真実 なら この 景色 は 夢 で あら ねば なら ぬ 。 ||こと||しんじつ|||けしき||ゆめ||||| この 景色 が 真実 なら ゆうべ の 事 は 夢 で あら ねば なら ぬ 。 |けしき||しんじつ||||こと||ゆめ||||| 二 つ が 両立 しよう はず は ない 。 ふた|||りょうりつ|||| …… 葉子 は 茫然と して なお 目 に は いって 来る もの を ながめ 続けた 。 ようこ||ぼうぜんと|||め||||くる||||つづけた ・・

痲痺 しきった ような 葉子 の 感覚 は だんだん 回復 して 来た 。 まひ|||ようこ||かんかく|||かいふく||きた それ と 共に 瞑 眩 を 感ずる ほど の 頭痛 を まず 覚えた 。 ||ともに|つぶ|くら||かんずる|||ずつう|||おぼえた 次いで 後 腰部 に 鈍重な 疼 み が むくむく と 頭 を もたげる の を 覚えた 。 ついで|あと|ようぶ||どんじゅうな|うず|||||あたま|||||おぼえた 肩 は 石 の ように 凝って いた 。 かた||いし|||こって| 足 は 氷 の ように 冷えて いた 。 あし||こおり|||ひえて| ・・

ゆうべ の 事 は 夢 で は なかった のだ …… そして 今 見る この 景色 も 夢 で は あり 得 ない …… それ は あまりに 残酷だ 、 残酷だ 。 ||こと||ゆめ||||||いま|みる||けしき||ゆめ||||とく|||||ざんこくだ|ざんこくだ なぜ ゆうべ を さかい に して 、 世の中 は かるた を 裏返した ように 変わって いて は くれ なかった のだ 。 ||||||よのなか||||うらがえした||かわって||||| ・・

この 景色 の どこ に 自分 は 身 を おく 事 が できよう 。 |けしき||||じぶん||み|||こと|| 葉子 は 痛切に 自分 が 落ち込んで 行った 深淵 の 深み を 知った 。 ようこ||つうせつに|じぶん||おちこんで|おこなった|しんえん||ふかみ||しった そして そこ に しゃがんで しまって 、 苦い 涙 を 泣き 始めた 。 |||||にがい|なみだ||なき|はじめた ・・

懺悔 の 門 の 堅く 閉ざさ れた 暗い 道 が ただ 一筋 、 葉子 の 心 の 目 に は 行く手 に 見 やられる ばかりだった 。 ざんげ||もん||かたく|とざさ||くらい|どう|||ひとすじ|ようこ||こころ||め|||ゆくて||み||