037. 大寒小寒 - 土田耕平
大寒 小寒 -土田 耕平
お ほ 寒 こ 寒 ・・
山 から 小僧 が ・・
とんで くる ……・・
冬 の さむい 晩 の こと 、 三郎 は おばあ さん と 二人 で 、 奥 座敷 の こたつ に あた つて ゐま した 。 庭 の 竹やぶ が 、とき /″\風 に 吹き たわむ 音 が して 、その あと は 、しんと しづか に なります 。 そして 、 遠く の 方 で 犬 の 吠える 声 が きこえたり する の も 、 山家 の 冬 らしい 気 もち で あります 。 大寒 小寒 の 唄 は 、さ ういふ さむい 晩 など 、おばあさん が 口癖 の やうに 、三郎 に うたつて きかせる 唄 で ありました 。 ・・
「おばあさん 、小僧 が なぜ 山 から とんで くる の 。」 ・・
三郎 は 、 今 また おばあ さん が 口ずさんで ゐる の を きいて 、 かう 云 つて たづ ねました 。 ・・
「山 は 寒う なつて も 、こたつ も なければ お家 も ない 。 それ で とんで くる のだ らう よ 。」 ・・
おばあ さん は 手 に 縫物 の 針 を はこび ながら 答 へました 。 ・・
「小僧 つて お寺 の 小僧 かい 。」 ・・
「 何 に お 寺 な もの か 、 お 寺 なら お 師匠 さま が ゐて 可愛が つて 下さる だ ら う が 、 山 の 小僧 は 木 の 股 から 生れた から 、 お 父さん も お母さん も なし の 一人 ぽつ ちよ 。」 ・・
「お ばあさん も ない の 。」 ・・
「ああ 、おばあさん も ない のだ よ 。」 ・・
「それ で 小僧 は 着物 を きて ゐる の かい 。」 ・・
「 着物 くら ゐ は きて ゐる だ ら うよ 。」 ・・
「 誰 が 着物 を 縫 つて くれる の 。」 ・・
「そんな こと は 知らない よ 。 大方 木 の 葉 の 衣 か なんだら う 。」 ・・
木 の 葉 の 衣 つて どんな もの だ ら う と 、 三郎 は 想像 して みた が 、 はつ きり 思 ひ 浮べる こと は できません でした 。 ・・
「小僧 は 山 から とんで きて どう する の 。」 ・・
「人 の 家 の 門 へ 立つ て 、モシ /\火 に あたらせて おくんなさい 、なんて 云ふ の だらう 。」 ・・
「そして 、火 に あたらせて もらふ の 。」 ・・
「 い ゝ え 、 火 に なん ぞ あたれない 。」 ・・
「 なぜ 。」 ・・
「小僧 の いふ こと は 、誰 の 耳 に も きこえ ない のだ から 、いくら 大きな 声 を した とて 聞え ない 。 もし かすれば 、今 じぶん お家 の 門 へ きて 立つ て ゐる かも 知れない 。」 ・・
三郎 は そんな 話 を きく と 、気味 が わるく なりました 。 頭 を 青く すり こく つた 、赤 はだし の 小僧 の すがた が 、目 に 見える やうに おもひました 。 おばあさん は 、やさしい 笑み を 浮かべて 、・・
「どれ /\、一 つ お餅 でも やいて たべよう 。」 ・・
と 云 ひ ながら 、 縫物 を わき へ よせました 。 そして 、こたつ の 火 を つぎたして 、その 上 へ 金網 を わたしました 。 お 餅 の やける か うば しい 匂ひ を かぐ と 、三郎 は もう 小僧 の こと など 忘れて しまひました 。 ・・
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三郎 は 大人 に なつて 、東京 の にぎやかな 町 なか で くらす やう に なりました 。 けれど 毎年 冬 に なる と 、大寒 小寒 の 唄 を おもひ 出し 、おばあさん を 思ひ 出し する ので ありました 。 幼い 三郎 が かさね /″\ 問 ひた づ ねる の を 、 少しも うるさがる こと なく 、 しんせつに 答 へて 下された おばあ さん を 、 どんなに か なつかしく お も ひました こと で せ う 。