025 .秋 の 歌 -寺田 寅彦
チャイコフスキー の 「秋 の 歌 」と いう 小曲 が ある 。 私 は ジンバリスト の 演奏 した この 曲 の レコード を 持って いる 。 そして 、折にふれて 、これ を 取り出して 、独り 静かに この 曲 の 呼び出す 幻想 の 世界 に わけ入る 。
北欧 の 、果て も なき 平野 の 奥 に 、白樺 の 森 が ある 。 歎く よう に 垂れた 木々 の 梢 は 、もう 黄金色 に 色づいて いる 。 傾く 夕日 の 空 から 、淋しい 風 が 吹き 渡る と 、落葉 が 、美しい 美しい 涙 の ように ふり注ぐ 。
私 は 、森 の 中 を 縫う 、荒れ果てた 小径 を 、あてもなく 彷徨い 歩く 。 私 と 並んで 、マリアナ ・ミハイロウナ が 歩いて いる 。
二 人 は 黙って 歩いて いる 。 しかし 、 二人 の 胸 の 中 に 行き交う 想い は 、 ヴァイオリン の 音 に なって 、 高く 低く 聞こえて いる 。 その 音 は 、 あらゆる人 の 世 の 言葉 に も 増して 、 遣 る 瀬ない 悲し み を 現わした もの である 。 私 が G の 絃 で 話せば 、マリアナ は E の 絃 で 答える 。 絃 の 音 が 、 断 えて は 続き 続いて は 消える 時 に 、 二人 は 立 止まる 。 そして 、じっと 眼 を 見交わす 。 二 人 の 眼 に は 、露 の 玉 が 光って いる 。
二人は また 歩き出す 。 絃の 音は 、前よりも 高く ふるえて 、やがて 咽ぶように 落ち入る 。
ヴァイオリン の 音 の 、 起伏 する の を 受けて 、 山彦 の 答える よう に 、 かすかな 、 セロ の ような 音 が 響いて 来る 。 それ が 消えて 行く の を 、 追い縋り でも する よう に 、 また ヴァイオリン の 高音 が 響いて 来る 。
この かすかな 伴奏 の 音 が 、別れた 後 の 、未来 に 残る 二 人 の 想い の 反響 である 。 これ が 限りなく 果敢なく 、淋しい 。
「 あかあか と つれない 秋 の 日 」 が 、 野 の 果 に 沈んで 行く 。 二 人 は 、森 の はずれ に 立って 、云い 合わせた ように 、遠い 寺 の 塔 に 輝く 最後 の 閃光 を 見詰める 。
一度 乾いて いた 涙 が 、また 止め 度 も なく 流れる 。 しかし 、それは もう 悲しみ の 涙 では なくて 、永久に 魂に 喰い入る 、淋しい 淋しい あきらめ の 涙 である 。
夜が 迫って 来る 。 マリアナの 姿は もう 見えない 。 私は 、ただ 一人 淋しく 、森の はずれの 切株に 腰を かけて 、かすかな 空の 微光の 中に 消えて 行く 絃の 音の 名残を 追うて いる 。
気が つくと 、曲は 終っている 。 そして 、膝に のせた 手の さきから 、燃え尽した 巻煙草の 灰が ほとりと 落ちて 、緑の カーペットに 砕ける 。
( 大正 十一 年 九 月 『 渋 柿 』)