018 .喫茶店 にて -萩原 朔太郎
先日 大阪 の 知人 が 訪ねて 来た ので 、銀座 の 相当な 喫茶店 へ 案内 した 。 学生 の すくない 大阪 に は 、本格的 の 喫茶店 が なく 、珍らしい 土産話 と 思つた から である 。 果して 知人 は 珍らし がり 、次の やうな 感想 を 述べた 。 先程 から 観察 して 居る と 、僅か 一杯の 紅茶 を 飲んで 、半 時間 も ぼんやり 坐つてる 人が 沢山 居る 。 一体 彼等 は 何 を 考 へて ゐる の だ ら うと 。 一 分間 の 閑 も 惜しく 、 タイムイズマネー で 忙 が しく 市中 を 馳 け 廻 つ てる 大阪人 が 、 かう した 東京 の 喫茶 店 風景 を 見て 、 いかにも 閑人 の 寄り 集 り の や う に 思 ひ 、 むしろ 不可思議に 思 ふ の は 当然である 。 私 も さ う 言 はれて 、 初めて 喫茶 店 の 客 が 「 何 を 考 へて 居る のだ ら う 」 と 考 へて 見た 。 おそらく 彼等 は 、 何も 考 へ て は 居ない のだ ら う 。 と 言 つて 疲労 を 休める 為 に 、 休息 して ゐる と いふ わけで もない 。 つまり 彼等 は 、綺麗な 小娘 や 善い 音楽を 背景に して 、都会生活の 気分や 閑散を 楽しんでる のだ 。 これ が 即 ち 文化 の 余裕 と いふ もの であり 、 昔 の 日本 の 江戸 や 、 今 の 仏蘭西 の 巴里 など で 、 この 種 の 閑人 倶楽部 が 市中 の 至る所 に 設備 されてる の は 、 文化 が 長い 伝統 に よ つて 、 余裕 性 を 多分 に もつ てる 証左 である 。 武林 無想庵 氏 の 話 に よる と 、この 余裕性 を もた ない 都市 は 、世界 で 紐育 と 東京 だけ ださう だ が 、それ でも まだ 喫茶店 が ある だけ 、東京 の 方 が 大阪 より まし かも 知れない 。 ニイチエ の 説 に よる と 、絶えず 働く と 言ふ こと は 、賤 しく 俗悪 の 趣味 であり 、人 に 文化 的 情操 の ない 証左 である が 、今 の 日本 の やうな 新開国 では 、絶えず 働く こと が 強要 され 、到底 閑散 の 気分 など は 楽しめない 。 巴里 の 喫茶店 で 、街路 に マロニエ の 葉 の 散る の を 眺め ながら 、一杯 の 葡萄酒 で 半日 も 暮して ゐる なんて こと は 、話 に 聞く だけ でも 贅沢 至極 の こと である 。 昔 の 江戸時代 の 日本人 は 、理髪店 で 浮世話 や 将棋 を し ながら 、殆んど 丸一日 を 暮して 居た 。 文化 の 伝統 が 古く なる ほど 、人 の 心 に 余裕 が 生れ 、生活 が のんびり と して 暮し よく なる 。 それ が 即 ち 「太平の 世 」と いふ も の である 。 今 の 日本 は 、太平の 世 を 去る 事 あまり に 遠い 。 昔 の 江戸 時代 に は 帰ら ない でも 、せめて 巴里 か ロンドン 位 の 程度 に まで 、余裕 の ある 閑散 の 生活 環境 を 作りたい 。