消息 :2
外 は 風 だった 。 遥か 稜線 の 残照 を ムクドリ の 大群 が 遮って いる 。 真壁 は 路地 の 屋台 で タコ焼き を 包ま せた 。
《 次 は どこ ? しょぼくれた 声 だった 。
〈 サツ だ 。 発信 機 の 件 を 確認 して おく 〉
《 ふ ー ん ―― それ だけ ? 〈 女 の 件 も 聞く 〉
《 やっぱり ね 》
〈 興味 が ない の なら しばらく 寝て ろ 〉
県庁 の 東南 の 国道 沿い 、県 都 を 護る 雁谷署 は もう 当直 態勢 に 入って いた 。 玄関 付近 に 手持ち 無沙汰 の 制服 が 見えた ので 、真壁 は 裏 の 駐車場 に 回り 、被疑者 押送 用 の 外階段 を 上って 鉄扉 を 押し開いた 。 煙草 の 煙 が もうもう と 立ちこめる 刑事 一 課 に は 二十 人 ほど の 私服 が いて 、それ が 幾つ か の 塊 に 分かれて 頭 を 突き合わせて いた 。
真壁 は 真っ直ぐ 奥 の デスク に 向かった 。
「聡 介 ――」
声 を 掛ける と 、パンチ パーマ の 角張った 顔 が 驚く でも なく 振り向いた 。 同じ 係 の 若い 顔 が 二 つ 、こちら は 相当に 驚いた 顔 で 真壁 を 見た 。
吉川 聡 介 は その パンチ パーマ の 頭 を ゴリゴリ 掻き ながら 無表情で 立ち上がり 、真壁 の 肩 を 抱く ように して 若手 に 背 を 向ける と 、押し殺した 声 を 外 耳道 に 吹き込んで きた 。
「二度と 名前 で 呼んで みやがれ 、首 の 骨 ぇ 叩き 折って やる ぞ ! この 男 も 変わら ない 。 鬼瓦 の 面相 と クルクル よく 回る 頭 で 小学校 時代 から 雁 谷本 町 界隈 の ボス だった 。 級友 を 従え 駄菓子屋 狙い の 万引き 団 を 結成 し 、真壁 と 啓二 は いつも 見張り役 を やらされた 。
「食って くれ 」
真壁 が 包み を 突き出す と 、吉川 は 真壁 の 肩 を 抱いた まま 振り返り 、打って変わって にこやかに 「出所 挨拶 だ そうだ 」と 若手 に 歯 を 見せた 。 が 、それ は 一瞬 の こと で 、次に は また 厚かましい 手 で 強引に 真壁 の 体 の 向き を 変え させ 、衝立 の ある 奥 の ソファ へ 引きずり込んだ 。 「の この こ ツラ 出す 馬鹿 が どこ に いる よ 。 馬淵 の 係 が さっぱり で な 、焦り まくってる んだ 。 お前 、間違い なく 的に さ れる ぜ 」
その 馬淵 昭信 の 反り返った 般若 顔 が 部屋 の 対角 に 置かれた ソファ に の 覗いて いた 。 吉川 と 階級 も 机 も 横 並び の 盗犯 係長 だ 。 どこ の 所轄 も そう である ように 班 と 班 の 手柄 争い は 骨 肉 相食む 的に 熾烈だ から 、名 の ある 泥棒 の 出所 は 新たな
「泥仕合 」の 火種 と なる 。 まして や 来月 は 『既届 盗 犯 等 検挙 推進 月間 』――。
「で 、何の 用 だ ? 時間 は とれ ねえ ぞ 」
吉川 は もう 貧乏 ゆすり を 始めて いた 。 真壁 は 口元 だけ 笑った 。
「馬淵 の 心配 より 、お前 の 懐具合 は どう な んだ 。 俺 を 的 に する 気 は ない の か 」
「へ ッ ! 二度と ごめん だ ぜ 。 この クソ 野郎 、黙秘 黙秘 で 俺 に 大 恥 かかせ やがって よ 」
「その 時 の 話 を 聞かせろ 」
「ああ ? 「二 年 前 の 大石 団地 の ヤマ だ 」吉川 は 真顔 に なった 。
「いまさら 何 だ 」「一一〇 番 を 受けた 時 、どこ に いた ? 「なんだ と ? 「稲村 の 女房 が 一一〇 番 した 。 そう だった な ? 「そう さ 。 だから 俺 たち が 駆けつけた んだろう が 」
「来る の が 早 過ぎた 。 いくら なんでも な 」
「わから ねえ 野郎 だ な 。 前 に も 言った ろう が 。 あん 時 たまたま 近場 を 警邏 中 だった んだ 。 そこ へ 一一〇 番 無線 が 飛び込んで ――」
「俺 の 自転車 に 前もって 悪戯 して あった 。 違う か 」
吉川 の 顔色 が 変わった 。
今回 の 服役 で 得た 唯一 の 収穫 は マイクロ 発信機 に 関する 情報 だった 。 地方 警察 でも 内々 に 予算 化 され 、本部 は もとより 一線 の 主だった 所轄 に も 配備 された のだ と いう 話 を 受刑者 の 一人 から 聞いた 。
「自転車 に 玩具 を 仕掛け 、だから 俺 が 大石 団地 に 入った の を 知った 。 近場 で 張り込んでる 最中 に 稲村 の 家 から 一一〇番 が 入った ――そういう こと だった んじゃないのか 」
「ふざけた こと ぬかす んじゃ ねえ 。 玩具 って 何 だ よ ? そんな もん 知ら ねえ ぜ 俺 は 」
吉川 はしら を 切り 、だが 半分 は 開き直って 言い 足した 。
「あったら 使う だろう よ 。 盗っ人 の クズ 野郎 を ふんじばる ため なら 手段 は 選ば ねえ 」
「ああ 、覚えて おく 」
雁 谷 署 の 刑事 一 課 に も 発信機 が 配備 されて いる 。 それ は 間違い な さ そうだった 。
真壁 は 吉川 を 見据えた 。
「もう 一つ 聞かせろ ――俺 が 入った 後 、稲村 の 家 で 変わった こと は なかった か 」
「なんで お前 が そんな こと 知り たがる ? 「あった の か 」
吉川 は 訝しげ に 真壁 を 見つめ 、が 、思い出した ように フッと 笑った 。
「あそ こんち も お前 に 入られて ミソ が つい ちまったん だろう よ 。 たった の 五 日 後 に また 入ら れた ぜ 」
「 また ……? 手口 は 何 だ 」
「〝 宵 空き 〟 だ 。 いま 馬淵 の 係 が 追っ掛け 回して る タマ で な 」
「他 に は 」
「 あ ? 「他 に 稲村 の 家 で 騒ぎ は なかった か 」
「おい 、何 を 嗅いでる の か 知らん けど な 、無駄だ ぜ 。 もう 稲村 の 家 なんて ねえ んだ よ 」
「どういう 意味 だ 」
「入ら れた 後 が もっと 大変で な 。 半年 もし ねえ うち に 旦那 が 保証人 で しくじって 家 屋敷 を 取られ る わ 、女房 と 離婚 する わ で ――」
と 、衝立 の 端 から タコ焼き の 青海苔 を 歯 に つけた 若い の が 顔 だけ 覗かせた 。
「係長 、電話 です 」
おう 、と 腰 を 浮かせた 吉川 を 、真壁 の 手 が 引き留めた 。
「稲村 の 女房 は 今 どこ に いる ? 「そこ まで は 知ら ねえ よ 」
吉川 の 巨体 を 見送る と 、すぐさま 中 耳 に 声 が した 。 笑い を こらえて いる 。
《 離婚 して た ん だ ね 》
〈 らしい な 〉
《って こと は 生きて 別れた わけだ よ ね 》 〈 興味 が ない ん じゃ なかった の か 〉 《 ない よ 。 修 兄 ィ も 興味 なく した ろ ? それ に は 答え ず 、真壁 は 視線 を 壁 に 投げた 。 恭しく 額 に 納まった 『警察 職員 の 信条 』の すぐ 下 に 、課員 の 三月 と 四月 の 当直 予定表 が 隠す でも なく 貼って ある 。 吉川 の 今月 の 泊まり は 、三 、九 、十六 、二十三 の 四 回 。 馬淵 は ……。 その 部下 たち は ……。
〈 啓二 ―― 全員 の を 刻 ん どけ 〉
《 あい よ 》
三十 秒 ほど みれば よかった 。 放っておけば 部屋 中 に 貼って ある 刷り物 すべて を 丸々 暗記 して しまう 。 それほど の 能力 を もち ながら 、その 能力 を なにより 発揮 できた はずの 受験 教育 に ひょいと 背 を 向けた 。
《 はい 、 完了 》
真壁 は 腰 を 上げた 。 電話 に 出ている パンチ パーマ の 後頭部 に 一瞥 を くれ 、鉄扉 へ 足 を 向けた 。 お だ を あげる 若手 の 向こう 、対角 の ソファ から 肌 で 感じる ほど の 視線 が 届いた 。 吉川 の 忠告 通り 、馬淵 は かなり 飢えて いる 。 その 般若 顔 に 窪んだ 両眼 に は 、投票 日 間近の 選挙 参謀 が 票読み を している かのような 血走り が あった 。