蜘蛛 の 糸 (1/3)
ある 日 の 事 で ございます 。
御 釈迦 様 は 極楽 の 蓮池 の ふち を 、独り で ぶらぶら 御 歩き に なって いらっしゃい ました 。 池 の 中 に 咲いて いる 蓮 の 花 は 、みんな 玉 の ように まっ白 で 、その まん中 に ある 金色 の 蕊 から は 、何とも 云え ない 好い 匂 が 、絶間なく あたり へ 溢れて 居り ます 。 極楽 は 丁度 朝 な ので ございましょう 。 やがて 御 釈迦様 は その 池 の ふち に 御佇みになって 、水 の 面 を 蔽っている 蓮 の 葉 の 間 から 、ふと 下の 容子 を 御覧になり ました 。 この 極楽 の 蓮池 の 下 は 、丁度 地獄 の 底 に 当って 居ります から 、水晶 の ような 水 を 透き 徹して 、三途 の 河 や 針 の 山 の 景色 が 、丁度 覗き 眼鏡 を 見る ように 、はっきり と 見える ので ございます 。 する と その 地獄 の 底 に 、犍陀多 と 云う 男 が 一人 、ほか の 罪人 と 一しょに 蠢いて いる 姿 が 、御眼 に 止まりました 。 この 犍陀多 と 云う 男 は 、人 を 殺したり 家 に 火 を つけたり 、いろいろ 悪事 を 働いた 大 泥坊 で ございます が 、それ でも たった 一 つ 、善い 事 を 致した 覚え が ございます 。 と 申し ます の は 、ある 時 この 男 が 深い 林 の 中 を 通り ます と 、小さな 蜘蛛 が 一匹 、路ばた を 這って 行く のが 見えました 。 そこ で 犍陀多 は 早速 足 を 挙げて 、踏み 殺そう と 致し ました が 、「いや 、いや 、これ も 小さい ながら 、命 の ある もの に 違いない 。 その 命 を 無暗に とる と 云う 事 は 、いくら 何でも 可哀そうだ 。 」と 、こう 急に 思い返して 、とうとう その 蜘蛛 を 殺さ ずに 助けて やった から で ございます 。 御 釈迦 様 は 地獄 の 容子 を 御覧 に なり ながら 、この 犍陀多 に は 蜘蛛 を 助けた 事 が ある の を 御 思い出し に なり ました 。 そうして それ だけ の 善い 事 を した 報 に は 、出来る なら 、この 男 を 地獄 から 救い出して やろう と 御考え に なり ました 。 幸い 、側 を 見ます と 、翡翠 の ような 色 を した 蓮 の 葉 の 上 に 、極楽 の 蜘蛛 が 一匹 、美しい 銀色 の 糸 を かけて 居ります 。 御 釈迦 様 は その 蜘蛛 の 糸 を そっと 御手 に 御取り に なって 、玉 の ような 白蓮 の 間 から 、遥か 下 に ある 地獄 の 底 へ 、まっすぐに それ を 御下し なさいました 。